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はてなキーワード: 騒擾とは

2017-02-16

いじめ

いじめが起きた時、どこで対応すれば妥当なのかがわからない。

いじめをした子の親がそのことについて把握していればいじめ大事にはならないだろうからいじめが起こるのはまず家庭のコミュニケーションの不足があげられると思う。

今は両親とも働いていないと経済的にゆとりのない家庭が多い。だとすれば家庭のコミュニケーションの不足の増加は近年の社会的な傾向でもあるだろう。

では学校対応できるだろうか?こないだのホッテントリ入りしてた先生エントリーを見ても明らかだがそんな余裕は学校側にもないだろう。

教育困難校に勤務してるけど、もう無理

スマフォの普及、SNSの普及で対応しなければいけないことが多すぎる。そして先生一人当たりが見なければいけない生徒数も多すぎる。

想像してみてほしい。自分先生で30人の生徒の面倒を見なければいけないとしたら。一人ひとりまで細かく対応するなんて無理、ってなるだろう。

では警察なのか?ウィキ定義だと

警察(けいさつ、仏: Police)は、実力を以て社会治安を維持する行政作用及びその主体をいい、社会安全治安を維持する責任を課された行政機関である

警察機能

警察機能には三つの基本的部門に分類することが考えられる。第一犯罪の予防や治安の維持などの行政警察活動を行う一般予防部門であり、第二に既に起こった犯罪捜査犯人逮捕などの司法警察活動を行う犯罪捜査部門である日本警察活動ではこの両者が区別されている。第三に反政府活動暴動騒擾調査や警戒、防諜などの公安警察活動を行う特別部門がある[4]。

また警察機能には通常の警察力で対処が困難な暴動騒擾などを鎮圧することを目的とする治安警察活動を行うものもあるが、これは広義には行政警察活動に含まれる。ただし市民人権に対して行使される公権力が強大であることから、分けて扱うこともある。

個々のいじめに対しては大きすぎる権力に感じるのだけれどどうなのだろう?成長過程の子どもにも学校いじめ警察が介入してきたというのは強い後遺症を残すのではないだろうか?

では教育委員会ウィキ定義だと

教育委員会(きょういくいいんかい英語: board of education)は、教育に関する事務をつかさどる行政委員会である

事務だったらそれも違うよな。では児童相談所

相談の種類

相談種別は、五つに大別される。

養護相談 父母の家出、死亡、離婚入院などによる養育困難、被虐待児など。

保健相談 未熟児虚弱児、小児喘息など。

心身障害相談 障害児、発達障害、重度の心身障害など。

非行相談 虚言、家出浪費癖性的な逸脱、触法行為など。

育成相談 性格や行動、不登校

児童相談所相談すればいいのかな?いじめを受けて児童相談所相談した例を知らないのだが、それで解決できるんだろうか?先生児童相談所連携がうまくいけば何とかなりそうだけれど。

2016-02-28

死霊術師井上

死霊術師としてのすべては、今は亡き祖母から伝習した。大学では文学部に進学した。これはもともと歴史学に興味があったことと、死霊術師としていつか遭遇するかも知ない事態に備えるためだった。

大学3年生の終わりころ、死霊術師としていよいよその事態を迎えることになった。

ある日テレビを見ていると、旅番組のようなものがやっていて、滋賀県西部の山林地帯をいつも見る芸能人が歩いていた。何の変哲もない番組だった。しかし、テレビを介しても充分過ぎるほどに、死者が放つ霊の波動が伝わってきた。もちろん、普段生活していてもその種の死者の波動を感じることはある。霊波は一般に、腐ったり火葬したりして身体が失われると弱まる。またたとえ身体があっても、時間経過によっても霊の波動は弱まる。人間やその他の生き物は、その場にとどまろうという意志を長くはもちえないのだ。恨みだとか、一般に強そうと言われる意志ですらそうだ。こういうのは仏教的に言うと成仏していくってことなんだろう。魂は残らない。めったには。

テレビで知った、滋賀県の霊波は別次元と言えるほど古く、そして強力だった。おそらく、亡骸がある程度そのままの、古い死体があるのだろう。そして、強靭意志21世紀でも保っている。

死体と強い意志。これが重要だ。死者蘇生の用件を満たしている。そしてかなり古い。

腕試しにはちょうどいい。見つけてしまったらもう止められない。死霊術の行使者として、その興味関心を止めることはできない。

祖母から習った作法で、霊波の質から霊が生きた(死んだ?)時代のおおよその年代を感じとった。520年+-30年前くらい? 手元の『日本史辞典』を紐解く。室町後期? 手が震える。研究室で『国史辞典』にかぶりついた。

その頃の近江一般に長享・延徳の乱と呼ばれる動乱期にあった。守護六角氏討伐のために将軍足利義尚が長く近江に陣を設けていた。どうやら死体はこの時期のものらしい。

私は大学研究室院生の先輩に聴いてその時期の文献を学んだ。また隣りの言語学研究室国文学研究室に行って、室町時代言語やその発音について質問した。かなり難しい。筆談の方がいいかもしれない、と祖母アドバイスを実感をもって思い出した。まさか室町期の死体に会えるなんて。せいぜい行って天保期くらいだと思っていた。古い死体なんてもの時代を遡るにつれて加速度的に少なくなる。祖母明治4年に死んだ男の死体蘇生したことがあると言う。これでもだいぶん古い方だ。室町期の死体なんて、祖母からもきいたことがない。後で聞けば、先輩方は私が卒論室町時代後期を扱うから一生懸命調べていると勘違いしていたそうだ。


春休み近江に旅した。大きなスーツケースを持って。蓬莱なんてお誂えむけの地名だ。山の方に入っていく。山は静かだった。ほどなくして現場に到着した。霊波は強い耳鳴りのような形で私の身体に具現する。こんな古くて強い霊波、他の死霊術師が気付かなかったのはちょっと不思議だ。まぁ波長が合う、合わない、はかなり厳密だから。私にもってこいのチャンスなのだ。私は女ながらオリエンテーリング部で体を鍛えていたから山歩きは結構得意なのだオリエンテーリングなんて全然興味が無かったんだけど、新人歓迎コンパで迎えてくれた先輩方の雰囲気がすごく良かった。サークルでは、大学生なりだけど、人との付き合い方、間の取り方を学べたと思う。高校生の時にはあまり意識できなかった、人間(じんかん)の距離感や発話。

山道から沢に下りる。死体が残った理由が、何となくわかった。日本では死体はすぐ腐って亡くなってしまう。しかし沢下にはぽっかりと、知られざる洞窟が顔をのぞかせていた。多分ここに死体がある。相違ないだろう。もしかしたら近年はずっと埋まっていて、最近になって地震などで再び穴が地表に現れたのかもしれない。だから今まで波動に誰も気づかなかったのかも? 洞窟は沢が近く低温が保たれ死体が保存されたのかも。あるいは永久凍土なんかがあって風穴で涼しいのかも。ま、これを考えても詮無い。とにかく、死体があるのは明らかなのだから

ひんやりした洞窟に足を踏み入れる。かなり急だ。いよいよだ。震えるほどだ。周囲には驚かれるけれど、死霊術の技術は、実は私にとってはとても簡単なものだ。血も継いでいるし、祖母と言う佳き師もあったから。祖母もいっていたことだが、基本的死霊術師は技術的な部分はそんなに問題にならない。むしろ重要なのは、死者と会い、契約する時の対話の仕方だ。死者が生きた時代言語常識を、こちらが把握してしっかり対話せねばならない。そうしないと蘇生に応じないこともあるだろうし、蘇生したい旨すら伝えられないこともあるだろう。死霊を怒らせてしまっては、あるいは成仏させてしまっては元も子もない。死霊術師の実力はここで決まる。このことを上手くやるために、私は大学では文学部へ行ったのだ。もし死霊術師に生まれなかったら、稲の光合成研究をしに理学部農学部へ行きたかった。

洞窟の奥にややひらけた場所があり、その壁によりかかるように木製の箱型の人工物が見える。…ああ、かなり古い牛車だ。小八葉の牛車? 公家が移動手段として用いていたもの。八葉の大きさ、小さい? 大きい? これで身分が大体分かるのだが…肝腎の大きさが、大きいのか小さいのかわからない。そんなの文献に載ってない。牛車なんて初めて見るんだ。そもそも近江に牛車。やや不可解? 足利義尚近江出陣の際には公家近江まで出向いたというから牛車できてたのか? それにしたって牛車で近江まで行くの? なにもかも自信が無くなってくる。

これではだめだ。祖母の言によれば、まずはその人をそのまま、そのままに感じるのだ。先入主観は退けるのだ。牛車の文様が大八葉だろうが小八葉だろうが、なかに居る主こそを見るべきなのだ

精神を澄ませる。霊とは頭の中で会話する。結局、『太平記』のテキストをメインに準備を進めていた。『太平記』は南北朝時代を描いた軍記物で、室町後期には往来物として身分を問わず人々に広まっていた。死体教養がいかほどであっても『太平記』の語調なら大丈夫ではないか、と考えた。とうぜんテキスト変わっているんだろうけど…。

太平記』の文法で私は語りかける。

「私はあなたよりも後世を生きる人間で、その間に人間が語る言葉も変わってしまった。この言葉あなたにどの程度通じるか私にはわからないが、どうか話を聞いてほしい」。ここまでテンプレ国文学研究室富田先輩ありがとう

…牛車がガタガタと動く。御簾が超自然的な動きを示し、内の暗闇をあらわにする。お化けが怖い人はびっくりするんだろうけどもちろん私はそんなことはない。打掛の裾が見える。小袖が二重? そして茶色く干からびた手のひらが…暗くてよく見えない…が、死者に話しかけた段階で幽界との淡いが生起し、この世ならざる強烈なイメージ五感以外から五感を経由し認知される。死体は髪の長い公家女性が見える。平安時代のオカメ十二単イメージがあるけど、それより軽装だ。でも相当めかしこんでいる。この時代人間は小さいしガリガリだな。さぁ、いよいよだ。頑張って蘇生素体になってくれるよう語りかけよう。

「…私の寂滅からどれくらいの時間が経過しまたか?」むむ、なんとかこれくらいなら聴き取れる。うほっ、「太平記読み」専攻の坂田先輩ありがとう! 高校非常勤やりながら大変でしょうけど博論頑張ってください。

「五百有余年でございます。『太平記』を読んであなた時代言葉を学びました」「…私も『源氏物語』で古の言葉の遣いに触れました。」「実は、…今日あなたお話しがあって武蔵国から参ったのです」いよいよ本題だ。

あなたは強い心をお持ちで五百有余年をお過ごしになられました。そして幸いにしてお体も崩れず残されております。私はあなた精神と身体とを結び付かせ、再び現し世に復することができます。再び洞窟の外に出て暮らしてみるのはいかがでしょうか」

「たしかに私はまだ黄泉の食物を口にしておりませんね」さすが公家の娘だけある。当意即妙にこたえねば。「私なら黄泉比良坂をあなたを連れて戻ることができます。」「どうして私を選ぶのです」「あなたのように長らく意識と身体とを保つ例はめったにないことなのです。」実はこれはあまり理由になっていない。死霊術師の衝動説明するには、私には言葉が足りない。彼女が尋ねる。

「当時(筆者注:ここでは現在の事を指す)は死者を供養する作法は未だ仏式を用いますか?」意外な質問だ。自らの供養を望んでいるのか? 「ええ、大分形はかわっておりますが仏の教えは今でも通用しております」「ならば既に死んだ者を私なりのやり方で供養して、意味があるということですね」…あやうく意味を取り損ねるところだった。ちょっと不可解な質問だ。彼女は何を考えているのか。彼女の事を深く知った今になって考えると、これは彼女なりにかなり考え抜かれた、ある種の哲学のようなものだった。彼女の培った供養の作法。そのルールがもし現代で途絶えていたら。つまり仏教現代に伝わらなくて、もし私たちが何か違う祈りの作法で死者を弔っていたら。きっと彼女蘇生に応じなかっただろう。彼女の知っているルール現代でも供養ができる。これが彼女にとって重要だったのだ。

「私は京都六角富小路邸宅がある公家(筆者注:ここでは「こうけ」って読んでね!)に生まれました。大乱(筆者注:ここでは応仁の乱を指す)の後の騒擾の世でありますから、私は近江根拠にする武家の御仁に嫁ぐことになりました。いよいよ渡嫁のとき、牛車が谷に落ちて私は命を落としたのです。嫁ぐことが決まってから武家奉公人生活が如何様であるか、主人が如何なる稟性を持つのか。和歌は読めるのか古典は存じているのか。いつも想像していました。」死霊術師の常識から考えれば、それだけでここまで精神は保てない。私はほとんど確信をもって尋ねた。「もちろんそれだけで想いを保つことはできなかったでしょう。どうして。」

彼女はここで初めて表情を私に感じさせた。「実は洛中で一度彼の人をお見かけ申上げたことがあるのです。私の生家は上って四位の家柄ですから、ふらふらと外にでてもあまり咎められることは有りませんでした。ある日京師が物騒になり武家の人が20騎ばかり邸宅の前を過ぎりました。颯爽と武者を連れていたのが、後々判ったことですが我が主人となる方でありました」え? それだけ。うーん恋愛感情ってわからないけど、そんな単純な感情で何百年も持つのかな? 単純だからこそ長持ちする? わからんね。すると彼女が続ける。

「死んだあとはずっと新しい生活の事を考えていました。武家生活。今まで見知った知識や噂話全てからひとつひとつ、未だ来ぬ時の先をずっと、ひとつひとつ限りなく。一日の起きてから寝るまで衣服の糸先から世情に至るまで。とにかくひとつひとつ。世に現れるであろう現象をすべて想像しうる限り、ひとつひとつ。彼や周囲の人間との交わされたであろう会話をひとつひとつ。彼の人とのありうべき時と出来ごとの全てをひとつひとつ想像していたのです。そうしたら、ええと、五百有余年過ぎ去っていたというわけです。」そうして彼女は莞爾した。私は一発でこの女性を好ましいと思ってしまった。こんな偏執的で叮嚀な思考回路を持った人があるだろうか。この人なら。彼女21世紀平成の世の中で夫となるはずだった人の菩提を弔わせたり、あるいは彼の一族についてその後どうなったか調べさせたりすることは、彼女の心性をおそらく負に傾けることはないだろう。ひとつひとつ彼女には想像したことの自分なりの答え合わせをしてもらえたら。私がそのお手伝いができたら。ちょっと勝手か。とにかく、この人なら大丈夫だ。

好奇心イマジネーションとを併せ持って、平成の世まで意識を有した五条顕子姫の死体は、その意識と共に、こうして私の赤羽マンションにやってきた。

2015-06-10

7年以上前のこどもゴキブリ騒擾に反しここ7年のこどもゴキブリがおとなしい理由

7年前に恐ろしいおっさんが動き出し,学校で色々な方法で脅されているため。

2015-04-14

奥本章寛死刑囚の対する再審開始決定で死刑判決取消し 懲役5年の実刑判決

主   文

1 刑訴法435条6号所定の理由による本刑事事件再審を開始する上,平成24年(あ)第736号殺人死体遺棄被告事件平成26年10月16日第一小法廷判決を取り消す。

2 被告人懲役5年に処する。

理   由

弁護人谷口渉,同黒原智宏の再審請求理由は,本件は,平成22年(2010年当時)前後宮崎県内は,いわゆるキラキラネームなどの流行により,母親義母子供らが動物化して騒いでおり,誹謗中傷などほとんど犯罪同然の行為を為しており,被告人としてこれを殺害しなければ自分尊厳を保持し難い特殊事情があり,これが刑訴法435条6号にいわゆる原判決より軽罪を言い渡すべき新規証拠に当たるから再審を請求するというものである

本件に対する平成24年(あ)第736号殺人死体遺棄被告事件平成26年10月16日第一小法廷判決は,被告人が,早朝,自宅において,同居していた長男(当時生後5か月),妻(当時24歳)及び義母(妻の実母,当時50歳)の3名を殺害し,その後,長男死体を土中に遺棄したという殺人死体遺棄の事案について次のように評価した。その経緯,動機は,被告人が,本件の約1年前に妻と結婚した当初から義母とも同居していたところ,義母が,被告人に対して,説教や,叱責,非難を繰り返すことに嫌気がさし,義母との同居生活から逃れたいと思い悩んだ末に,その手段として義母殺害しようと考え,そのことによる逮捕を免れるためには妻も殺害するほかなく,乳児である長男も妻と一体であると考えて,家族3人の殺害を決意したというものである被告人に対する義母の言動には,結婚前後ことなど,被告人としては既に解決したと考えていた問題を繰り返し引き合いに出して非難するものや,被告人の両親に対する非難理不尽被告人に向けるものがあり,その口調も激しいものであったから,若年の被告人がうまく対処できず,義母から逃れたいと考えたこと自体には同情の余地があるものの,そのような事情義母殺害し,さらに妻子の殺害まで決意するというのは,余りに短絡的であるし,自らの自由を手に入れるために家族3人を殺害したという点で,甚だ身勝手ものである。各殺害態様も,長男については,その頸部を両手で絞め付けて瀕死の状態にした上,全身を浴槽の水中に沈めて窒息死させたものであり,妻については,その就寝中に洋包丁を手にして襲いかかり,目を覚ましたところを,その頸部を同包丁で突き刺し,助けを求める声を上げても意に介さずに,後頭部をハンマーで5回くらい殴打し,頭蓋骨を粉砕して脳挫滅により死亡させたものであり,義母についても,目を覚まし立ち上がっていたところを,その頭頂部にハンマーを振り下ろして殴打した上,倒れてからも後頭部を更にハンマーで3回くらい殴打し,頭蓋骨を粉砕して脳挫滅により死亡させたもので,いずれも,強固な殺意に基づく,執拗で,残虐なものである。また,被告人は,本件の数日前に3名の殺害を決意し,その方法を考えた上で,犯行前夜には職場倉庫から上記ハンマーを持ち帰るなどしており,本件は相当に計画的犯行であるし,3名殺害後は,勤務先の資機材置場に穴を掘って,長男死体を埋めて遺棄したほか,埋めきれなかった妻と義母については,強盗犯人殺害されたと装うべく,部屋が荒らされた様子を作出し,貴重品を持ち出して草むらに隠匿するなどもしており,殺害後の情状も悪い。3名の殺害という結果は誠に重大であり,義母の母ら遺族が厳しい処罰感情を示しているのも無理からぬこである。以上の事情を踏まえると,被告人義母から逃れたいと考えたこと自体には同情の余地があること,被告人前科はなく,犯罪性向が強いとはいえないこと,被告人反省の態度を示していることなど,被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても,その刑事責任は誠に重大であり,被告人死刑に処した第1審判決を維持した原判断は,当裁判所もこれを是認せざるを得ない。

しかしながら,弁護人等による再審請求理由によれば,本件が発生した当時の日本社会特に事件生地である宮崎県などにおいては,土着的な卑猥感情表現するサイン漢字の読音や印象を借りて表現する所謂キラキラネームや,国家社会が正常に機能しない結果,母親,祖母,子供などが教育により得ていた理性を失却してその本来の土着的情念を取り戻し,卑猥情念を生成し,一見正常な日本語に類似するものの,それとは判然別物の特殊サイン等により被告人らを誹謗中傷していたというような状況があり,本件が発生する平成22年以前から社会全体に理性が失われ,日本人本来の土着的感情や,それを表現するサイン蔓延しており,理性を保持する被告人として,そのようなサインを用いて被告人を叱責罵倒したり,暴動を起こす妻や長男義母殺害しなければ,これらの勢力に正常な理性を去勢されて人間としての生活が立ち行かなくなると考え,国家等が機能しなくなるや即座に教育された理性を失却し,その本来の土着的情念を取り戻し,警察犯罪認識しない卑怯手段により正常な人間誹謗中傷したり,騒擾を起こす動物と化した妻,義母長男らの社会的人間としての裏切り非人間性に絶望し,斯かる屑畜生のような人間は,主としてそのような人格の発生する脳自体破壊して殺すに如くはない,如上の土着的情念の根源たる長男である乳児は斯かる土着的情念の発生根源たる女性である妻や義母などと一体であると考え,これらの殺害を決意し,長男の頸部を両手で絞め付けて瀕死の状態にした上,全身を浴槽の水中に沈めて窒息死させ,妻については,その就寝中に洋包丁を手にして襲いかかり,目を覚ましたところを,その頸部を同包丁で突き刺し,助けを求める声を上げても意に介さずに,後頭部をハンマーで5回くらい殴打し,頭蓋骨を粉砕して脳挫滅により死亡させ,義母についても,目を覚まし立ち上がっていたところを,その頭頂部にハンマーを振り下ろして殴打した上,倒れてからも後頭部を更にハンマーで3回くらい殴打し,頭蓋骨を粉砕して脳挫滅により死亡させ,また,被告人は,本件の数日前に3名の殺害を決意し,その方法を考えた上で,犯行前夜には職場倉庫から上記ハンマーを持ち帰るなどしており,3名殺害後は,勤務先の資機材置場に穴を掘って,長男死体を埋めて遺棄したほか,埋めきれなかった妻と義母については,強盗犯人殺害されたと装うべく,部屋が荒らされた様子を作出し,貴重品を持ち出して草むらに隠匿するなどもしているが,これは当時から警察組織形骸化していて,被告人正義の行動に及んでもそれを正義の行動と警察理解せず,自分死刑相当の殺人容疑で逮捕するであろうと察知して作為したものであることが明らかであり,全体において止むを得ない行動であったことは明らかであるが,たといこの被害者のように国家機能しなくなるや直ちに教育された理性を失却し,世間流行に任せて土着的な卑猥情念を生成し,当時の警察犯罪理解しないような卑猥感情サイン表現手法によってあらゆる犯罪遂行せんとしていたような屑畜生にも劣る者と雖も一応過去には理性のある人間であって社会に貢献したこともある人間であり,しか被告人は3名もの人間殺害しているのであるから,如上のような状況を勘案しても,被告人殺人行為を犯したことは間違いない。また,たとい被告人が如上のような理由により本件3名を殺害したと雖も,当時国家機能していなかったことについては国家にも責任があり,被告人が父親として妻や長男義母を統制できなかった責任無視することはできず,また,被告人は,単に自己を含む一般社会の正常な人間の理性が去勢されない為だけの理由で本件犯行に及んだのではなく,多少なりとも被害者等に対する人間嫌悪の情があったものであって,動機に不純な部分もあり,刑法199条所定の殺人罪の法定刑の下限は懲役5年であることから,いかに被告人が止むを得ない理由により本件行為に及んだと雖も,例えば国家非常事態であったから超法規的に被告人無罪とすることも,上記責任や不純な動機からすると困難である。少なくとも再審請求は当時の社会状況という新規証拠があって正当であり,原判決のし死刑判断が不当であることは明らかであるが,右の理由被告人刑法199条に従って処断せざるをえない。しかし,被告人殺害した人間は,如上の如く人間性の欠片もない人間であるから,犯情は著しく軽く,被告人を法定刑の下限である懲役5年とするのが相当である。また,我が刑法法制上,刑法25条により執行猶予を附することができるのは懲役3年以下に値する犯罪のみと規定されている為,法定刑の下限が5年である殺人罪を犯した者には,いかにその犯情が軽くとも執行猶予は附しえない。

依って,弁護人らの再審請求は理由があるからこれを認容することとし,被告人懲役5年の実刑に処することとし,主文のとおり判決する。

検察官野口元郎 公判出席

(裁判長裁判官 山浦善樹 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 横田尤孝 裁判官 白木勇)

2015-04-05

警察官職務質問違法」 宮崎地裁延岡支部

 平成27年3月19日午後10時過ぎ頃、宮崎県延岡市内の城山の石碑付近から音声拡声器により一般市民に対して怒鳴り散らしていた者が、市民からの110番通報を受けた延岡署の警察官から人定質問等の職務質問や自宅帰還の際執拗なつきまといを受け、精神的損害を被ったとして、国に対し、国家賠償請求を求めていた裁判で、今月3日、宮崎地裁延岡支部の塚原裁判長は「原告が音声拡声器を用いて一般市民に対して怒鳴り散らしていた目的は、近年国家行政機能していないため、親による虐待誘致的違法命名の放置、親による子供虐待インターネット上における子供騒擾誹謗中傷等、社会違法行為蔓延しており、警察署機能していないため、これを見るにかねて一般市民として警察に代位してかかる違法状態を払いのける為になされたものと認められ、一般市民行為としてその目的が正当であり、手段態様としても、このような違法状態蔓延しているという事情の下に、たとえ午後10時過ぎという夜間であるにせよ、周辺に行政司法機関の集中する同市内城山の石碑付近から、主として行政司法機関及び違法行為助長していると目される同市船倉町方面にたむろしている一般市民に対し、その主張が十分に伝わるように音声拡声器を用いて、単に行政司法機関機能すべきこと、一般市民に対して違法行為を止め、誠実に生活すべきことを呼びかけていたというものであることに鑑みると、まことに止むを得ないものであり、社会通念上相当な行為であったというべく、110番を受けたにせよ、これを漫然違法行為と目して職務質問原告帰還の際に原告執拗につきまとったことについては、警察官職務として許された範囲を逸脱したものであったと言わざるを得ず、当該警察官行為国家賠償法違法であり、原告が当該行為目的警察官に説明したにも関わらず、これを肯定せず原告を石碑に囲い込んで監禁し、執拗職務質問継続し、自宅帰還の際にも送り届けると称して執拗につきまとったといった事情鑑みると、その違法性も高い」と指摘した上、原告に対し、国家賠償として10万円を支払うよう、被告国に命じた。

宮崎日日新聞

2014-08-01

日本破壊計画

いわゆる「無敵の人」の増加を受けて、小説を書いているんだが、

遠隔操作のゆうちゃんや単発の殺害予告とかじゃなくって、

本当に効果的に日本をぶっ壊すんならどこにどう攻撃するのが効果的かな?

国会にしても兜町にしても、意外と警備がザルのように見えて心配なんだが。

今、散発的に起きてる「無敵の人」の犯行が、

徒党を組んだ時に恐ろしいことが起こるような気がしている。

連中が何かの形で結託できたら、結構どんな施設場所でも破壊騒擾できるだろうに。

2014-03-04

自民・石破幹事長ロシア武力介入擁護した件

ロシア軍事介入 日本流では“邦人救出”/自民・石破幹事長が擁護

全文

石破幹事長記者会見(政府与党連絡会議後) | 幹事長記者会見 | 記者会見 | 自民党の活動 | 自由民主党

これは、私も政府ではないので、あるいは外務省ではないので、全て正確な情報承知しているわけではありません。ですから、何か一般論感想みたいなお話になって恐縮ですが、ロシア国会において、全会一致で介入というものを支持した。大統領がそのように提案をし、それを支持したということは、ウクライナにおける自国民保護ということなのであって、それは日本流に言えば、邦人救出というお話ですから、仮に動乱、騒擾状態によって、自国国民が危難に遭遇するようなことがあるとすれば、それを救出するためというのは、武力の行使とか、武力介入という言葉とは少しニュアンスを異にするのではないだろうかなという感じがいたしております。わが国が邦人保護のために自衛隊派遣するということになっても、それはすなわち、武力行使とか武力介入というお話にはならないわけで、当然我々がそれを行う場合には、憲法によって、そのことが国際紛争を解決するための武力の行使であってはならないという制約がかかるわけです。それは何となく世界的に常識お話です。ですから武力介入の中身が一体何であるのか、それが国際法的にいかなる根拠を持って行うものであるのか、単なる自国民保護であるとすれば、そのようなお話にはなってこないわけです。ですから平和的解決が望ましいというのは当たり前の話なのであって、仮に軍事力を伴うものがあったとしても、それがいかなる国際法的な根拠に伴うものであり、そしてそれが誤っても、国連と全く何の関係もない武力介入武力行使ということにならないというのは、これは世の中の常識だと思いますが、そこをどのようにして、国際法的に我々として認識しているか。それは詳細な情報を持っている政府において、適切に対応するものであり、ロシアに対しては、そういうことの自制を呼びかけるというのは、仮にそういうことがあるとすれば、それは当然のことではないでしょうか。



悪く取った場合

ロシア側の介入の名目は、ウクライナにおける自国民保護ということであり、それは日本で言えば日本人救出という話であり、動乱・騒擾状態によって危難に遭遇した自国民がを救出するための行動ですから、武力の行使とか、武力介入と呼ばれるものではありません。

(中略)

仮に軍事力を伴うものがあったとしても、それは国際法的な根拠を伴うものであり、それが国連と全く何の関係もない武力介入武力行使ということにはならないというのは、世の中の常識だと思います

良く取った場合

ロシア側の介入の名目は、ウクライナにおける自国民保護ということであり、それは日本で言えば日本人救出という話ですが、動乱・騒擾状態によって危難に遭遇した自国民を救出するための行動は、本来なら武力の行使とか、武力介入と呼ばれるものであってはいけません。

(中略)

仮に軍事力を伴うものがあったとしても、国際法的な根拠を伴うものでなければならず、誤っても国連と全く何の関係もない武力介入武力行使になってはならないというのは、世の中の常識だと思います

感想

音声書き起こしだから仕方ないとは言え、論旨を読み取りづらい文章だ。

ロシア国民」と「ロシア系住民」の区別がついてないのは単純にマイナス

「なってはいけない」という意味で「ならない」と言ったらツッコミが入るに決まってる。

 
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