はてなキーワード: 永久凍土とは
そうとでも思わなければ何に駆り立てられてるのかがわからないってのはわかる
1:気候と耕作
ロシアとウクライナの人口ってちょうど日本と韓国くらい。しかも倍差しかないんだよね
メルカトル図法を除いても17,130,000 km²で日本の45倍
つまり土地に対して日本の1/45の人しかいない、めちゃくちゃ人口密度が薄い
世界一広いは広いんだが中国のゴビ砂漠よりも永久凍土(ツンドラ)+白樺しか生えない貧しい森林が広くてほぼ使えない
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1220644797
ほぼ北海道をみればわかるが暖房だけで税金がすっとぶ国なんだろうな。
似たような人口密度のオーストラリアは2500万人でも暖かいから一応牧畜とかできて公定歩合が5%くらいずっとついてただけど
ほんとうに気候はやだね
ロシア人みんなオーストラリアとかに移住すべきでは…。とおもうだろ?
2:コロナ
世界のコロナ患者(回復済み含む)の5%がロシアにいていま延べ罹患者1600万人、一日の新規患者数も30万人超えたね
オーストラリアなどの国は封鎖して前半はほぼ全然コロナ居なかった(今年に入っていきない300万人にブレイクアウトした)
それでも中国(すぐ南にある経済発展国)となかよくしてワクチンもらわないといきていけないんだろうな
寒いせいもあってもともと多いからコロナで渡航できない国が増えてハブられ感でもあったんだろうなぁ
3:謎要因
それでも謎は謎なのでプーチンの脳疾患(コロナのブレインフォグ)の可能性をのぞけば
パンデミックを見越した2000年代からの研究が、新型コロナの中和抗体薬実現に繋がった。
目的の形が最も安定になるようなパーツを設計すれば、分子は自ら汲み上がる。
様々なネットワークの振る舞いを明らかにする「パーコレーション理論」を解説。
意識的な感覚警官は皮質よりも深い脳領域から生まれてくるようだ。
宇宙史の110億年をカバーする数約万個の銀河地図が公開された。
永久凍土がゆるんで建物や道路が崩壊、一歩では新たな経済発展の可能性も。
温暖化と食料問題の解決につながる新しい農業ん手法が提案されている。
『地球進化46億年の物語』『人類の進化 大図鑑』『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』『ピーグル号世界周航記』『バッタを倒しにアフリカへ』
『健康・医療情報の見極め方・向き合い方』『RCT大全』『マンガとエビデンスでわかるプラセボ効果』『新医療経済学』『「健康」から生活をまもる』
『脳はこうして学ぶ——学習の神経科学と教育の未来』『リスク心理学——危機対応から心の本質を理解する』『NEO HUMAN ネオヒューマン究極の自由を得る未来』『つながり過ぎた世界の先に』
『沈没船博士、海の底で歴史の謎を追う』『「木」から辿る人類史』『発明は改造する、人類を。』『極端豪雨はなぜ毎年のように発生するのか』
電力効率を考えると200Lのほうがお勧めです。うちは小型冷凍庫も大型冷蔵庫もあるけど、小型冷凍庫ってなんだかんだで霜取りも必要だったり、見た目に比べて案外ものが入らなかったりで、使いこなすのにちょっと工夫がいる。もう少し大型の冷凍庫も、トップオープンタイプのやつは出し入れが面倒でだんだんと下層に永久凍土ができがちなので、これもおすすめしにくい。消去法で考えるとある程度の大きさのドア型の専用冷凍庫がいいってことになるんだけど、このタイプの製品って少ないし、正直「冷食が増えたので」ぐらいのニーズでこれ買うのはオーバーキルだと思う。設置場所に困らないなら、大型冷蔵庫にしちゃったほうがいいよ。電気代も得する。
私すっかり忘れていた鶏ハムを作ろうとして、
ちゃんと美味しくいただけまくっちゃったの。
無事に。
もうすっかり忘れていたから、
塩塩のぱーになって塩辛くて食べられないと思ったけど、
それかもしくは腐って食べられなくなっちゃうとか。
絶妙な塩加減、
塩漬けの保存性の良さを改めて痛感したところなのよ。
すぐに傷んじゃうわ。
たぶんこのレシィピをまた再現しようとしたとしても、
奇跡的に塩加減が手加減無くよかったのを再現出来ないと思うの。
そしてそれを再現出来ないとか!
もうSTAP細胞はあります!って言ってる場合じゃないあの実験の再現性を求められる季節だったのよ。
前にも塩漬けの話しはしたけど、
あの時は塩漬けの味付けはすごい!と言う話しで
今回はまたそれもを上回る保存性もゴイスーすごい!って話しなのよね。
きっとさ、
マンモスが氷漬けになった永久凍土からシベリア超特急が発掘されたとき、
永久凍土の保存性スゲーって研究者たちがそう言ってマンモスの肉で宴会してると思うわ。
実際のところあれって食べられるのかしら?って思うけど、
私的には食べられなくもないが美味しいとは限らない!って想像よ。
私の鶏ハムレシィピは仕込んで急いで作らなくても、
しばらく忘れるぐらいまでは放っておいていいってことだけはハッキリしたわ。
やっぱり保存するには結構きつく塩まぶさなくちゃとも思うのよ。
まったく後の祭りね。
うふふ。
こればかり続くわね。
そう思ってやまない雨はないって言うから、
待つに限るかーって。
温めのサーユーってわけ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
大正生まれの祖父は、坊主頭でメガネをかけ、こけた頬に冷たい眼差しを持ち、いつも気難しそうな顔をしていた。息子である父から聞く話でも、私は祖父に対して怖いというイメージしか抱いていない。第一印象も第二印象も、とにかく怖い。祖父を評する言葉はそれ以外に無い。もっとも、祖父は私が生まれる7年前に亡くなっている。だから、私が見る祖父はいつも仏壇の脇に飾られた白黒写真のみであり、その気難しそうな佇まいを見るたびに幼心にピシッとした気分になり、怖い爺さんだなぁと思うだけだった。私にとって祖父は、無機質な写真のみで完結していた。
対照的に祖母はとても優しい人で、おっとりしたお婆ちゃんだった。私は末の孫だったこともあり、とにかく甘やかされていたので、特にそう思うことも多かった。祖父とは会ったこともないが、祖母とは長い時間を共にした。私は幼稚園に入る前、母が働いている間は朝から夕方まで祖母の家に預けられていたので、祖母とは二人きりの長い時間をゆったりまったり過ごしていた。かなり幼い頃の記憶だが、何故だかその日々のことは断片的によく覚えている。暴れん坊将軍と蒸し芋が大好きな未就園児だったので、祖母とは気が合い可愛がられた。
祖母は幼い頃の私にとって第二の母のような存在で、お話もたくさんしたけれど、既に亡くなっている祖父の遺影はインテリアのように飾らせているだけで、その人となりについては何一つ聞いたことがなかった。息子であるはずの父や叔父からも、祖父の話は聞いたことはほとんどない。思い出話も一つも聞いたことがない。祖父がどんな人かと聞いても「おっかねぇ(怖い)人だった」と返ってくるくらいだ。そんなこんなで、私が知る祖父像は極めて薄い。とても薄っぺらい。お前の爺さんだよと言われてもピンと来ることはなく、いつまで経っても白黒写真の遺影の人でしかなかった。
そんな祖父の遺影の脇には、立派な額に入れられた賞状が飾ってある。内容は、抑留生活を慰労し、銀杯を贈られたという内容で、すでに故人になっている祖父へ政府が贈ったものだ。戦後、日本には57万人以上もの人々がシベリアへ連れて行かれており、祖父もその一人であった。『祖父は戦争へ行き、シベリア抑留をされていた』たったそれだけの漠然とした事実が、私の中の祖父像を大きく占めていた。小さい頃から、「うちのじいさん、ロシアに連れてかれたんか」と単純に思っていた。どこからともなくの知識で、多くのシベリア抑留者がそうであるように「終戦時は満州にでもいて、捕まったんだろう。だが、どうにか生き延びて帰ってきた」と思っていた。
去年、祖母が97歳で亡くなった。50過ぎの時にヘビースモーカーが祟って肺癌で亡くなった祖父に反し、かなりの大往生である。そこで私は、葬式での親戚が口にした言葉で「祖母が嫁いだ翌日に、爺さんに赤紙が来た」と耳にした。おいおい、なんだそのタイミングは。ドラマかよ、と思った。そもそも祖父母はお見合い結婚だし、祖父は戦後も抑留され、長いこと家に帰って来なかったし、つまりそれが事実なら祖母は長々と見知らぬ姑と過ごしたことになる。しかも、ど田舎の山中にある村で、家業は農家という典型的な家だった。時代が時代とはいえ、婆ちゃんは肩身の狭い思いをしていたんだろなぁと可哀想に思った。
その頃から興味が沸いていたんだと思う。
遺影の中で怖いオーラを放っているだけの、実態の無い祖父像について。
私はどこからともなく『兵籍簿』の存在を知り、取り寄せたいと決意して、去年の8月15日、実家で終戦番組を見ながら父に話を切り出して頼んだ。兵籍簿の取り寄せは三等親まで可能で、孫の私でも可能だが、故人の息子にあたる父が取り寄せた方が、必要書類が少なく済むからだ。父は戦争映画などを見るのが好きな人だし、その手のものに興味があるタイプなので、あっさりOKしてくれた。断られたらどうしようと思っていたので、聞いた時はタイミングを見極めドキドキだった。
兵籍簿の取り寄せは案外簡単だ。やり方は調べればネットに載っている。うちの祖父は陸軍なので、県の恩給科に電話で問い合わせ、手続きを始めた。ちなみに、海軍だと厚生労働省になる。陸軍であれば『〇〇県 兵籍簿』あたりで調べれば、どこの県もやり方を導いてくれるだろう。発行に際して必要なものは、対象者が故人の場合は申請者との繋がりがわかるための除籍謄本と戸籍謄本といった、役所で簡単に発行してもらえる書類。あとは申し込み用紙を書いて郵送する。コピー代などで数百円かかるが、あまりにも簡単なので、もっと早く取り寄せればよかったと思った。
まぁ、取り寄せた所で、どうせ祖父はちょろっと満州にいて、そのままシベリアに連れてかれていたんだろう。祖父は誰にも戦時の話をしなかったので、家族の誰しもがそう思っていた。語らずに亡くなったがために、語るまでもない軍歴だったのかと、我々は思い込んでいたのかもしれない。みんなが祖父の戦争について知っていたのは、彼が『シベリア抑留されていた』たった一言の事実のみであるのだから。
当時の書類ということで、読み難く難解な旧字も多かったが、やはり同じ日本語なのでほとんどは解読可能だった。それもネットで調べられた。
読み解いてまず驚いたのが、祖父は1940年から43年2月まで、きっちり軍生活をしており、一度は満期除隊をしていたということだ。その時は主に満州で国境警備をしていたらしい。大きな作戦や戦闘に関わることなく、晴れて日本へ戻っていたのだ。もしかしたら亡き祖母は知っていたかもしれないが、祖父は息子たちへ語らずに亡くなったので、満期除隊をしていたことなど誰も知らなかった。
次に驚いたのは1944年2月、祖父は除隊からほぼ一年後に再び徴兵されており、(祖母が嫁いですぐに赤紙が来たエピソードは日付けから事実だと裏付けられた、祖母マジでお疲れ様すぎる)今度は満州ではなく、北海道の先にある『千島列島』に行っていたことだった。私は先入観からてっきり、祖父が満州で終戦を迎えたと思っていたので、想像していた祖父の人生はガラリと色を変えた。
千島列島……千島列島……たくさんの島が連なる北海道の向こう側……北方領土……。そうか、そこにいた人たちもシベリアへ連れて行かれたのか……。そりゃそうか。
千島列島といえば、日本の降伏後にソ連が乗り込んできた占守島の戦いが有名だが、祖父は『新知島(シムシル島)』から途中で『得撫島(ウルップ島)』に回され、その二度目の徴兵では約一年半の千鳥列島生活を送り、終戦を迎えていた。兵種はずっと砲兵、終戦時は上等兵だった。祖父はヒョロ長い体を駆使し、轟音の轟く砲をぶっ放していたのだろうか。なんともたくましい。
お恥ずかしいことに、私は新知島のことも、得撫島のことも、「なんか名前は聞いたことあるなぁ〜」程度で何一つ知らなかった。千島列島にソ連が攻め入った経緯すらも、占守島の戦いの名前で漠然としているだけで、よくわかっていなかった。
どんな所か調べたくなった。特に長くいたらしき得撫島について。当時の千島列島について。
祖父のいた部隊は結果的には戦闘をしておらず、言わば活躍をしたわけでもないので、ほとんど資料がなくて見つけ出すのには苦労した。
得撫島はもとより、千島列島は自然の宝庫であると同時、一年を通してほとんど霧に包まれ、風も強く、ましてや長い長い冬を有する極寒の地。白夜であり、夏の夜は極めて短い。夏でも長袖は欠かせない。ほぼ無人島。そんな場所で「はい、今日から暮らしてね〜」となったら苦労していないわけがない。制空権を奪われていたので、空からは米軍の攻撃もあった。制海権も奪われており、艦砲射撃が降り注ぐ。戦時中その海域では民間人も含め、2-3万人の人が亡くなっている。祖父のすぐ後に続いて小樽港を出港した同郷の部隊は、魚雷を撃ち込まれて沈没。冬の海に投げ出され、当時は軍機密に隠され2000人以上が死んでいた。祖父もほんの僅かな順番が違っていたら死んでいた。私もこの世にいない。数奇な巡り合わせで今の私は生きている。
得撫島はラッコの島と呼ばれるほどラッコがいるらしい。オットセイもいるらしい。祖父は間違いなく野生のラッコを見ただろう。自然豊かな大地。現代人の私が見たこともない美しい景色を、祖父は計らずとも見ていた。不本意の戦時下に望んでもない場所へ飛ばされてはいるが、愛くるしいラッコちゃんとの遭遇が顰めっ面の祖父の心を癒してくれていたことを願わずにはいられない。
兵籍簿には、祖父の召集や転属などの略歴が淡々と日付けと共に記されていた。必要最低限の事務的な情報であるが、その一つ一つの行間にも目に見えぬ多大な苦労があったはずだ。
古ぼけた紙は語っていた。戦争は8月15日に終わっていなかった。南方の激戦地のように食糧に困る事はなく、敵と遭遇することも戦闘もしなかったとはいえ、祖父は戦後も長らく闘い続けていた。自分の血縁者である祖父が歩んだ具体的な数字を見せられ、これはリアルなことだったと肌身に伝わってきた。日本がしていた戦争と、祖父の存在への深みが増した。
シベリアでの日々を、祖父の白黒写真の顔と合わせて想像してみた。マイナス40度の永久凍土で働く、ろくな装備もない日本兵たち。栄養失調。ひもじい。所々にシラミが沸く。病気が流行る。ご飯は堅い黒パン。粗末なスープ。戦争は終わったのに、周りがどんどん死んでいく。いつまで経っても日本に帰れない。故郷よりももっと寒い、極寒の異国の地。日本には結婚生活を1日しか送らなかった嫁が待っている。祖父は雪深い土地で生まれ育ったから、シベリアでも適応能力が多少なりともあったのだろうか。そう思うことが唯一の救いである。
祖父が何も語らずに亡くなったのは何故か。千島列島を盗られた背徳感か。過去な抑留生活に蓋をしていたのか。赤化教育を受けたことによる偏見を隠すためか。南方の激戦地に比べたらと、自分の半生は話すまでもないことだと思っていたのか。祖父の心を知る事はできない。私は想像することしかできない。祖父は日本に帰ったが、一切を語らずに亡くなった。故郷の山村とは掛け離れた四季の彩りのない場所で、途方もない八年もの戦争と闘ったのに、一言も喋らずに亡くなってしまった。
ここでは政治的な話はしない。
兵籍簿を読むことによって、それまで漠然としていた祖父の存在がぐんと近づいた。存在そのものを実感した。祖父はちゃんと生きていた。過酷な時代を生き抜いた。ドラマや映画の主人公になるような経歴ではないが、私が一分で根を上げるような過酷な環境に長々と身を投じていたのは明らかだ。じいさんすごい。マジでお疲れ様すぎる。生き抜いてくれてありがとう。じいさんが頑張ってくれたおかげで、私はこんな平和な世界でツイ廃をしながら、ソシャゲに夢中になれて、推しに心血を注ぎ、それを通して素晴らしい友人と出会うことが出来た。夏にはクーラーの効いた部屋でアイスを食べられるし、冬には暖かい部屋でアイスを食べられる。平和は素晴らしい。色んな国の友達もいる。その中にはじいさんが憎んでいた国の人もいるかもしれない。私は紙切れ一枚で戦地へ送られることなく、空や海からの脅威を感じることもなく、当たり前の明日をのほほんと待ちながら好きなように生きている。これは素晴らしいことだ。そんな当たり前のことを、強く思った。
兵籍簿を取り寄せて良かった。兵籍簿はどこからともなく知った物だが、私はこれを読まなければ自分の流れる血に関してとても大事なことを知らずに死んでいた。
仏間へ行き、再び祖父の遺影を見上げた。祖父は相変わらず怖い顔をしている。けれど、もうそれだけではなくなっていた。その遺影は漠然とした無機質なものではなく、凄惨な時代を生き抜いた血が流れているのだ。仏間を見下ろす祖父は、計り知れない威厳を背負っていた。
1つ目は、身体が役目を終えるとき。これを「物理的な死」としよう。
2つ目は、その人のことを皆が忘れてしまうとき。こちらは「認識的な死」だ。
どちらが先に来るかは人それぞれだが、ほとんどの人が「物理的」→「認識的」の順番で死ぬだろう。
みんながその人のことを覚えていてくれるから、葬式ではその人を悼んで泣くのだ。
身体は死んでも、誰かが覚えているかぎり、その人は未だ完全に死んではいない。暴君や独裁者すらも例外ではない。
それをある青年が名乗り出て、迷宮に踏み込み、殺した。そして、青年は英雄となった。
という神話が残っている。私の推しーーアステリオスもまた、皆に存在を忘れられる前に、物理的に死ねた。
もし、彼が物理的に殺される前に、皆から存在を忘れられてしまったとしたら?
2018年4月4日、私のもう1人の推しが死んだ。というか私が殺した。
ロシアというギリシャ神話とは全く関係のない地で、私は彼に出会った。
同じようにアステリオスが好きな人達と同じく、私も衝撃を受けたことを覚えている。
一般的に語られている神話通りの「怪物」といえる恐ろしい相手だった。
最期に「向こう側=主人公たちの世界が羨ましい」と呟きながらも、笑顔を見せて、死んでいった。
FGOでは大抵、こういうセンセーショナルな出番を与えられたキャラクターが、主人公の味方として召喚できるようになる。
私は、彼にまた会える日を待っていた。
ずっと待った。
ずっと、ずっと待った。
誰も彼の話をしなかった。
誰も彼の絵を描かなかった。
絵を描いた人も、「ネタバレだから」と自粛ムードで絵を削除してしまった。
雑誌に載った、2部1章のキャラクター相関図には、彼は載っていなかった。
ならば、どうして出した?
そのうち、毎月増えていく可愛らしい☆5サーヴァントたちがプレイヤーたちから「可愛い!」「好き!」と言われてチヤホヤされている様子を見るのに嫌気が差した。
ギリシャが舞台の2部5章「神代巨神海洋 アトランティス」に微かな望みを懸けていたが、新規実装サーヴァントはどれも私の心を惹きつけなかった。
エウロペがアステリオスから見て義理の祖母にあたるのは知っていたけれど、そんなことはどうでも良かった。
アステリオスはモーション改修されなかったし、ミノタウロスも(いつも通りだが)いないことがショックだった。
読むのに十数時間かかる重厚なシナリオにはもう興味がなくなってしまった。
でも、ギリシャが舞台だ。もしかしたら、万が一でもミノタウロスに関する情報が得られるかもしれない。だから私は、ネタバレだけ検索した。
宮本武蔵やカルデアの者といった人気者や、実装されま新キャラに比べたら圧倒的に情報が少なかったが、なんとか事の全貌が見えてきた。
ミノタウロスは、誰かによって召喚されたサーヴァントではなく、ギリシャ異聞帯から「輸出」された、「まだ生きている怪物」だったこと。
現地住民は、とうの昔に怪物と関わるのをやめて、名前すら忘れていたこと。
そして、ある一つのスクショを見て、私はFGOを見限ることにした。
迷宮に主人公とともに踏み入ったと思しきシャルロット・コルデーが、
「汎人類史のミノタ……アステリオスはどんなお方だったのですか?」
と主人公に聞いた。
その台詞に対する主人公の返しの選択肢が私の精神を抉ったのだ。
「大きかった……と思う」/「優しかったよ」
私はアステリオスのことを人一倍知っているつもりだったが、FGOの主人公は違ったらしい。
私はアステリオスのことを忘れてなんかいない。勝手に殺さないでくれ。
主人公≠プレイヤーなのは重々承知だが、私はこんな主人公に感情移入できない。
つまり、公式からも主人公からも現地住民からもプレイヤーからも存在を忘れられたミノタウロスは、サーヴァントとしては未来永劫召喚できないということだ。
それだけ知れて、私は満足した。
私が物理的に殺す前に、彼はすでにギリシャの人々から忘れられて「死んで」いた。
でも少なくとも、私が彼のことを認識し、覚えている。
それだけで、彼は生きている。
「俺がわるいのかよ!」
「スミマセン」
「聞いてんだよ! 俺がわるいのか?」
「あなたは、わるくありません」
「じゃ、だれがわるいんだよっ」
「あなたでは、ありません」
「答えられないのかよ! いいかげんなこというんじゃねえよ」
「申しわけありません」
「俺がわるいんじゃないってんなら、ちゃんと説明しろよ。根拠を出せよ」
「ごめんなさい」
「ごめんで済んだら警察はいらないんだよ! なんなんだ、お前は」
「アシスタントならアシスタントらしく、ちゃんと答えろよ。なんでわるいこともしてない俺が、こんなとこにぶち込まれなきゃいけないんだよ!」
「タコが…」
「タコはもういい」
「と、おっしゃいましても」
「お、口ごたえすんのか、この人非人」
「そのような言葉は、ポリティカルコレクトネスの関係で受け付けてはいけないことになっております」
「何を言ってるんだ、この人でなし!」
俺は、ぷるぷると震えているその頬に唾液が飛び散るほどに罵倒してやった。とはいえ、しょせん相手はホログラムだ。俺のツバは、虚しく空間を飛び抜けていくだけだろう。
AIなんぞに聞かなくてもわかっている。ある種のトキソプラズマは、人を攻撃的にする。ある種の虫は、人をリスクの高い行動に駆り立てる。無謀な起業に駆り立てたりもする。そしてある種の寄生虫は、人をしてタコを投げさせる。長く封印されていたそんなパラサイトが、地球温暖化のある熱帯夜に永久凍土から溶け出したとして、それがいったい俺の責任か?
俺があの夜…
大作を予感させる
マンションにタコ投げつけ 1時間にわたり... - FNN.jpプライムオンライン
https://www.fnn.jp/posts/00397306CX
「自分よりも下の存在ができることは精神的な安定につながる」これの必要な人間も多いからロボットとかAIの進展がほんと待たれる。
http://b.hatena.ne.jp/entry/368123189/comment/punychan
シベリアの永久凍土の中で4万年も凍りついていた虫が息を吹き返す - GIGAZINE
https://gigazine.net/news/20180727-worms-frozen-in-permafrost-come-back-life/
家庭科の授業で地球温暖化の話があった時に思い付いて、13秒くらいで膨らましただけの話だから、真に受けずに流してくれ
放射性廃棄物も二酸化炭素も人間の手には負えないわけだが、事故が起きた際、局所的に甚大な被害を及ぼす原発よりも、慢性的に地球全体に悪影響を与える二酸化炭素を排出する、火力発電の方がヤバい可能性ない?
温暖化して氷が溶けて永久凍土も溶けてメタンガスだっけ?温室効果ガス更に発散して~ってなるよりは、なかなか事故起きないし二酸化炭素出さない原発の方が、「人間がどうこう」ではなく「地球的にプラス」の可能性がわんちゃんあるのでは?
今後膨大な放射性廃棄物が発生するとしても、その頃に技術が追い付くように研究費を出し研究者を育成すれば、原発と、自然と、地球と共存しながら、滅ぶまで人間は電力を用いながら生きていけるのでは??
放射能によって遺伝子に変異が生まれたとしても、それは生命の進化じゃん????
って思ったりした。
あまり深く考えてないのでへーで流してほしい