2024-07-20

山月記の李徴に足りないのは覚悟であって、正解は中途半端な人虎ではなく、徹底して虎になることなんだと思った

なんか、山月記感想で多いのは、偉い悪人に頭を下げる公務員職が嫌だからって安易に辞するべきではない、みたいなのが多すぎるんだけど、

でも、公務員やってて、俺は汚職に関わるぐらいなら仕事辞めるから、みたいな人は、そもそもその仕事向いてないわけでしょ?

どんな仕事でも表に出せない裏側があるのは分かるけど、それを飲むのも仕事の適正なわけで、李徴はまあ潔癖だったんだろうけど、向いてないことには変わりないよね

ビッグモーター社員だったとして、街路樹の切断を担当させられても、それをそつなく実行できる人がビッグモーター社員に向いてるんであって、

俺、法に背くぐらいなら仕事辞めるわ、という人は仕事無理に続けてもつらいだけでしょ

でも、そんな社会に嫌気がして、詩で生きると決めた割に、人虎という中途半端な姿になってしまうということは、まだ虎になりきれていないということ

もう元の公務員に戻ることはできないのだから、残る道はただひとつで、それは徹底して人を捨てて、虎になるということだと思う

仕事を捨て、世間体を捨て、家族を捨て、世を捨て、詩だけに狂う、狂人になれということだと思う

逆に言うならば、究極の詩を作るためには、詩を作るマシーンというか、人生全てを詩に捧げる狂人になるしかないということだと思う

悲しいかな、これがなろう系とかであれば、人虎になった李徴は悪い役人をやっつけて、地方領主にまつりあげられたり、

そのうえ詩人として成功したり、モテたり、異世界ハーレムだったりするのだろうけど、

現実はそんなことはなく、昼夜を問わず詩を作ることだけに人生を費やし、人知れない場所死ぬのだろう

まり、これは私のことである…😟

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