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はてなキーワード: 詩作とは

2022-08-10

22/7ナナブンノニジュウニ卒業生その後

未だにナナニジ一期生は半分卒業したとしか知らんやつ多いんだろうなと思うから書いておく。まあ自分の追ってるとこ以外は悪いニュースしか食いつかないよね。


花川芽衣」→「浅倉唯」

芸能プロダクション/モデル事務所 LIBERA所属仮面ライダーバイスで悪の女王アギレラ/夏木花/仮面ライダーアギレラ役としてブレイクグラビア活躍し、プレイボーイ青年漫画誌の表紙を飾ること多数。


帆風千春」→「千春」

愛美の妹。偉大な姉を追って声優事務所 響へ。今季てっぺんっ!!!!!!!!!!!!!!!」に愛美キャラの妹(双子)役で出てる。瑠識と舞台「ギミトリックバード」で共演。莉子とcookpadLiveで共演。


海乃るり」→「吉宮瑠識」

しばらくフリーであったが、最近Beffectに所属し、中島由貴の後輩に。アサルトリリィ2.5次元舞台仕事継続北澤早紀(AKB48佐々木優佳里(AKB48)主演の舞台「トレーディングライフ」や楢﨑 誠・西銘 駿主演の舞台「ギミトリックバード」に出演。


倉岡水巴」→「倉丸莉子」

滋賀実家に帰り、大阪芸能事務所舞夢プロ所属YouTubeチャンネルを開設。FM滋賀で土曜18時からホンダカーズ滋賀提供ラジオ番組spike!!で仙石幸一とパーソナリティを務める。cookpadLiveで定期配信


高辻麗」→「日永麗」

千葉実家に帰り、数ヶ月間ニートであったが、バイトを始めフリーターに。配信詩作YouTubeを始める。高辻を気に入ってくれていた演劇ユニット「爆走おとな小学生」や三好大貴主演「雨降る正午、風吹けば」でヒロイン役を務めることも。プレイボーイグラビアデジタル写真集


武田愛奈」→「なっち」

芸能界引退美人で一番礼儀正しく、常識社会人力のあるメンバーだったので、一番現実的選択肢か。学生期間限定Twitterを開設。

2022-06-17

歴代ノーベル文学賞受賞者と、受賞理由

https://moriishi.com/entry/nobel-prize-in-literature-early20c

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E6%96%87%E5%AD%A6%E8%B3%9E%E5%8F%97%E8%B3%9E%E8%80%85%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7

面白かった。ウィンストンチャーチルも受賞してたの知らなかった。

日本人

1968年 川端康成 (1899 – 1972)

日本人の心の真髄をすぐれた感受性をもって表現し、世界の人々に深い感銘を与えたため

受賞講演 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%8E%E3%81%97%E3%81%84%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%A7%81%E2%80%95%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%BA%8F%E8%AA%AC

1994年大江健三郎 (1935 – )

詩趣に富む表現力を持ち、現実虚構が一体となった世界創作して、読者の心に揺さぶりをかけるように現代人の苦境を浮き彫りにしている

2017年 カズオ・イシグロ (1954 – )

壮大な感情の力を持った小説を通し、幻想的な世界とのつながりの感覚の下にある深淵発見した

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1901年 シュリ・プリュドム(仏)

高尚な理想主義芸術的完成度の形跡、心情と知性の両方の資質の珍しい組み合わせを与える、詩的な構成物に対して

1902年 テオドールモムゼン(独)

彼の記念碑著作"ローマ史"を代表作として、存命中歴史著作家の中では最大の巨匠であること

モムゼン ローマ歴史I―ローマの成立―

1903年 ビョルンスティエルネ・ビョルンソン(ノルウェー

その感化の鮮度と精神の希少な純度の両方において名高い、高貴で壮大、且つ多彩な詩に敬意を表して

アルネ

1904年 フレデリックミストラル(同時受賞)(仏)

プロヴァンス言語学者としての重要な業績の他、自然景観と人々の土着の精神を忠実に反映した、彼の詩作の新鮮な独創性と真の触発に対して


1904年 ホセ・エチェガライ・イ・アイサギレ(同時受賞)(スペイン

独創的で個性的手法スペイン演劇の偉大な伝統を復活させた、数多くの鮮やかな構成物に対して


1905年 ヘンリク・シェンキェヴィチ(ポーランド

叙事詩作家としての顕著な功績に対して

1906年 ジョズエ・カルドゥッチ(伊)

念入りな学究とその成果を評価するとともに、創造的なエネルギースタイルの新鮮さ、詩的な傑作を特徴づける叙情的な力に敬意を表して

1907年 ラドヤード・キプリング(英)

この世界的に有名な作家創作を特徴づける、観察力、想像力独創性、発想の意欲と、叙情非凡な才能に対して

ジャングル・ブック

1908年 ルドルフ・クリストフ・オイケン(独)

真実のための本格的検索思考の一貫した力、視野の広さ、表現の暖かさと強さによって、数多くの作品の中で人生理想主義哲学実証したこと

1909年 セルマ・ラーゲルレーヴスウェーデン

その著作を特徴付ける崇高な理想主義生気溢れる想像力精神性の認識を称えて

ニルスのふしぎな旅

1910年 パウル・フォン・ハイゼ(独)

叙情詩人、作家そして世界的に知られた短編小説家としての長年の創作活動を通して世に送り出してきた、無上の芸術性、理想主義の浸透を賞賛して

1911年 モーリス・メーテルリンクベルギー

多岐にわたる文学活動特に戯曲の数々を評価して。豊かな想像力と詩的な空想は、時に御伽話の形を装いながらも、それぞれの作品神秘的な方法で読者ひとりひとりの感性に訴え想像力を刺激する間、深い創造的発想を明らかにする

青い鳥

1912年 ゲアハルト・ハウプトマン(独)

主に、演劇の分野での豊饒で多様、且つ顕著な功績に対して


1913年 ラビンドラナート・タゴール(印)

西洋文学一角なす英語思考表現された、至極の技巧による彼の深く敏感な、鮮やかで美しい韻文に対して

1914年該当者なし

1915年 ロマン・ロラン(仏)

彼の文学活動の高尚な理想主義に、人類の異なるタイプ描写した思いやりと真の慈愛に、敬意を表して

ジャン・クリストフ

1916年 ヴェルネル・フォン・ヘイデンスタム(スウェーデン

我々の文学における新時代を率先的に代表する者としての重要性を認めて

1917年 カール・ギェレルプ(同時受賞(デンマーク))

崇高な理想に触発された、彼の多様で豊かな詩に対して

1917年 ヘンリク・ポントピダン(同時受賞)(デンマーク

デンマーク現代生活の本格的な描写に対して

1918年該当者なし

1919年 カール・シュピッテラースイス

1920年代

1920年 クヌート・ハムスン(ノルウェー

彼の記念碑著作"土地の成長"に対して

ヴィクトリア (岩波文庫)

1921年 アナトール・フランス(仏)

格調高い様式人類への深い共感優美さ、真なるガリア人気質からなる作風による、文学上の輝かしい功績が認められた。

神々は渇く

1922年 ハシント・ベナベンテ(スペイン

スペイン演劇の輝かしい伝統継承する、幸福手法に対して

1923年 ウィリアム・バトラー・イェイツアイルランド

芸術性が高く精妙な詩歌によって国民全体の精神表現した貢献に対し

1924年 ヴワディスワフ・レイモント(波)

彼の偉大なる国民叙事詩"農民"に対して

1925年 ジョージ・バーナード・ショーアイルランド

他に類を見ない風刺に満ち、理想性と人間性を描いた作品を送り出した事に対して


1926年 グラツィア・デレッダ(伊)

まれ故郷の島での生活人間一般的問題を深く人工的に明快に描写した、理想的な天来の著作に対して

1927年 アンリベルクソン(仏)

彼の豊かで活発な発想と、それが表現された鮮やかな技巧に対して

時間自由

1928年 シグリ・ウンセット(ノルウェー

主に、中世北欧生活についての力強い著述に対して

1929年 トーマス・マン(独)

主に現代古典としての認識を広く得た傑作『ブッデンブローク家の人々』に対して

ブッデンブローク家の人びと

魔の山

1930年 シンクレアルイス(米)

活き活きとした写実的描写技術および機智とユーモアを伴った、新しいタイプ人物を造形する能力に対して

本町通り

1931年 エリクアクセルカールフェルトスウェーデン

エリクアクセルカールフェルトの詩に対して

1932年 ジョン・ゴールズワージー(英)

"フォーサイト物語"で頂点を極めた、優れた物語芸術に対して

林檎の樹

1933年 イヴァンブーニンソ連

散文によって古典的なロシア伝統継承した厳格な芸術に対して

呪われた日々、チェーホフのこと

1934年 ルイジ・ピランデルロ(伊)

劇的且つ美しい芸術を、大胆且つ独創的に復活させたこ

月を見つけた

1935年該当者なし

1936年 ユージン・オニール(米)

悲劇の独創的な概念を具現化する、彼の戯曲の力強さ、誠実的さ、深い感情に対して

楡の木陰の欲望

1937年 ロジェ・マルタン・デュ・ガール(仏)

"チボー家の人々"で、現代生活のいくつかの基本的な側面のみならず、人間葛藤を描いた芸術の力と真実に対して

チボー家の人々

1938年 パール・S・バック(米)

中国での農民生活の豊かで真に叙事詩的な記述と、彼女の伝記の傑作のために。

1939年 フランス・エーミルシランペー(フィンランド

1940年代

1940年該当者なし

1941年該当者なし

1942年該当者なし

1943年該当者なし

1944年 ヨハネス・ヴィルヘルム・イェンセン(デンマーク

広い視野知的好奇心と大胆で新鮮な創造スタイルに結びつけられた、彼の詩的想像力の類稀なる強さと豊かさに対して

1945年 ガブリエラミストラルチリ

その力強い動機に触発された抒情詩によって、彼女の名が全ラテンアメリカ世界理想主義的な願望の象徴と化したこと

1946年 ヘルマン・ヘッセスイス

古典的な博愛家の理想と上質な文章を例示する、大胆さと洞察の中で育まれた豊かな筆業に対して

車輪の下

1947年 アンドレジッド(仏)

人間問題や状況を、真の大胆不敵な愛と鋭い心理洞察力で表現した、包括的芸術的重要著作に対して

狭き門

1948年 T・S・エリオット(英)

今日(こんにち)の詩文学への卓越した貢献に対して

1949年 ウィリアム・フォークナー(米)

アメリカ現代小説に対する、強力かつ独創的な貢献に対して


1950年代

1950年 バートランド・ラッセル(英)

人道的理想思想の自由尊重する、彼の多様で顕著な著作群を表彰して

哲学入門

1951年 ペール・ラーゲルクヴィスト(スウェーデン

人類が直面する永遠課題に対し詩作により解を探ろうと試みる芸術的活力と真の意味での精神的自立に対して

バラ

1952年 フランソワ・モーリアック(仏)

彼の小説人間生活ドラマに浸透した、深い精神的な洞察力と芸術的な強さに対して

テレーズ・デスケル

1953年 ウィンストンチャーチル(英)

歴史や伝記の記述熟達に加え、高揚した人間価値についての雄弁な庇護であること

第二次世界大戦

1954年 アーネスト・ヘミングウェイ(米)

"老人と海"に代表される、叙述の芸術への熟達と、現代ストーリーテリング形式に及ぼした影響に対して

老人と海

1955年 ハルドルラクスネスアイスランド

アイスランドの偉大な物語芸術革新した、彼の鮮やかで壮大な力に対して

1956年 フアン・ラモン・ヒメネス(西)

高邁な精神芸術的純度の一例を構成する、スペイン語による彼の叙情的な詩に対して

1957年 アルベール・カミュ(仏)

この時代における人類道義心に関する問題点を、明確な視点から誠実に照らし出した、彼の重要文学創作活動に対して

1958年 ボリス・L・パステルナークソ連

現代風の叙情的な詩、および大ロシア歴史伝統に関する分野における、彼の重要な功績に対して

ドクトル・ジバゴ

1959年 サルヴァトーレ・クァジモド(伊)

古典的な火で現代生活悲劇的な経験を照らし出す、叙情的な詩に対して

1960年代

1960年 サン=ジョン・ペルス(仏)

我々の時代の状況を先見的に反映した、彼の詩の高らかな飛翔と喚情的な形象に対して

1961年 イヴォ・アンドリッチユーゴスラビア

自国歴史主題人間運命を叙述した、彼の偉大な力量に対して

宰相の象の物語

1962年 ジョン・スタインベック(米)

優れた思いやりのあるユーモアと鋭い社会観察を結びつけた、現実的で想像力のある著作に対して

怒りの葡萄

1963年 イオゴス・セフェリス(希)

ヘレネ世界観への深い感情から着想を得た、優れた詩作に対して

1964年 ジャン=ポール・サルトル(受賞辞退)(仏)

アイデアに富み、自由精神真実の探求に満ちた彼の作品が、私たち時代に広範囲な影響を与えてきたことに対して

嘔吐 

1965年ハイル・ショーロホフ(ソ連

彼の「ドン」の叙事詩によって、ロシアの人々の生活歴史的な段階を表現した芸術の力と整合性に対して

静かなドン

1966年 シュムエル・アグノン(同時受賞)(イスラエル

ユダヤ人の人々の生活モチーフにした、深遠に個性的な叙述の芸術に対して

1966年 ネリー・ザックス(同時受賞)(スウェーデン

イスラエル運命を伝える優れた詩と劇作に対して

1967年 ミゲル・アンヘル・アストゥリアスグアテマラ

ラテンアメリカ原住民伝統国民性に深く根ざした、鮮やかな文学的業績に対して

マヤの三つの太陽

1968年 川端康成日本

日本人の心の精髄を、すぐれた感受性をもって表現世界の人々に深い感銘を与えたため

雪国

1969年 サミュエルベケットアイルランド

小説戯曲の新たな形式の中で、現代人の悲惨を描き、その芸術的な偉業を果たした彼の作品に対して

ゴドーを待ちながら

1970年代

1970年 アレクサンドル・ソルジェニーツィンソ連

ロシア文学の不可欠な伝統を追求したその倫理的な力に対して

収容所群島

1971年 パブロ・ネルーダチリ

一国の大陸運命と、多くの人々の夢に生気を与える源となった、力強い詩的作品に対して

1972年 ハインリヒ・ベル(西独)

時代への幅広い眺望と鋭い描写によって、ドイツ文学刷新に貢献した

1973年 パトリックホワイト(豪)

文学新大陸を導入した、叙事詩心理的叙述の芸術に対して

ヴォス―オーストラリア探険家の物語

1974年 エイヴィンド・ユーンソン(同時受賞)(スウェーデン

地域および各時代俯瞰しつつ自由のために奉仕する語りの技法に対して

1974年 ハリーマーティンソン(同時受賞)(スウェーデン

露のひとしずくを捉えて宇宙を映し出す作品群に対して

ニアーラ

1975年 エウジェーニオ・モンターレ(伊)

2022-06-02

ぼくが通っていた動物園公立中学校)の思い出

クラスの2割がイジメ不登校

水泳の授業の後は数人のいじめられっ子全裸廊下をさまよっている

近所の自動販売機が全部ボコボコ破壊されている

下級生の給食運搬の列を襲撃して給食プールに捨てる

廊下歩いてる女の先生を数人で囲んでボコる。助けに来た体育の先生もまとめてボコ

図書室の本が何百冊かブックオフに売られる

理科室で焚き火

いろんな用事お金を持って登校する日は校門前カツアゲしてる。教員は談笑しながら遠くで眺めてる

始業式や終業式では、生徒が壇上に乱入しないよう、壇の前に男の先生10人くらいがズラッと並んで通せんぼしている

式典は暇なので女子スカートをめくって男子に見せてる

成人式行ったら大学進学率は30パーセントなかった(と思う)

成人式ではどこの暴力団に入ったかで盛り上がる

成人式ではガソリンスタンド正社員になった子が成功者の扱い

先生自動車が傷だらけ

転校生女子が2日で不登校になる

家庭訪問先生尾行していじめられっ子の家を特定する

保険先生が「みなさん同年代の平均よりも虫歯が多いですよ!」と毎年言っている

クラスに一人くらい明らかに知的障害を持ってる子がいる

先生給食にはチョークが入ってる

いじめられっ子が突然プール全裸になる

道徳の授業で「シカト存在を無いことにする最悪のいじめです!みんなどう思いますか」と先生が言い、毎日ボコられてるいじめられっ子が「ぼくもそう思います」と答える。みんな爆笑してる

かい営団地が近くに複数あり、そこから通っている子も多い

授業が進まないので教科書最後まで終わらない。中1の数学は円錐の体積の求め方を教わらずに終わった(ぼくは学習塾に行ってる子にやり方を教えてもらった)。しかも中2でフォローもなかった。中3の因数分解は「宿題プリントでやっといて」で終わった

3年の春にすごく体が大きくて体罰しまくる先生が赴任してきて、しばらく不良が大人しくなったが、その先生と不良がなぜか仲良くなって夏頃には元通り荒れ放題になる

書道では背中に墨汁を流し込まれる子がいる

男の先生女子生徒の尻を撫でて捕まる(これは流石に一度しかなかった)

定期テストの答案が強奪されて、一クラスみんなの成績が前回のテストと同じ点数になる(これも一度しかなかった)

合唱コンクール男子が誰も歌わず伴奏してた子が泣き出して中断になる

修学旅行いじめられっ子木刀でしばきまくる。そのための木刀はいじめられっ子自身が選んで買う。

いじめられっ子同士を戦わせる(ポケモンごっこ

ポケモンごっこでは「10万ボルト」や「冷凍ビーム」を出せない子が後でボコられる。そのためいじめられっ子たちは「シュババババ」と効果音を出したりポージングの創意工夫で10万ボルトを表現してる

授業中にポケモンごっこが始まり、机の上で"はねる"よう命令する

先生が授業中いきなり泣く

インフルエンザ学級閉鎖がおわっても半分くらいの子は2、3日休んでる

バスケの授業ではいじめられっ子同士で1on1させる。下手なので笑ってる。

野球の授業でピッチャーキャッチャー以外の全ポジションいじめられっ子一人に担当させてアホほど走らせる

給食牛乳パックの口を開けて、下級生の教室に投げ込む(投げるとき爆弾だー!と言って投げる)

自分が"担当"してるいじめられっ子陰毛が一番最初に生えると、大人を"担当"していじめてるからすごいという理屈で、皆から尊敬される(いや、これは小学校の思い出だ)

休み教室は中から鍵をかけてイジメ部屋にしてる。先生も、中に入れないことを知っているので、昼休み明けの授業は少し遅めに来る

頭いいやつが3人転校して出て行ったけど、みんなのちに医者になった(親が偉い)

知的障害持ってる子へのいじめ日記爆サイ実名で連載されている

卒業式OBバイク20台くらい校庭に入って爆音鳴らしてる

いじめられっ子卒業アルバムを破る。破れたページをみんなに配って共有の思い出の品にする

近所のラブホテルから中学生が利用しないように苦情が入る

いじめられっ子万引きさせる

茨木のり子の「自分感受性くらい」を習ってから3ヶ月くらい、不良が「ばかものよ」と言ったらいじめられっ子がところ構わずはい!」と叫んで返事する遊びが流行った

複数いじめられっ子の誰が早く・大きく返事できるか競うバリエーションもあった

市が有名な詩人出身地であることから教科書に載っていない色々な詩を教わったり、生徒が詩作する授業が月イチくらいであった。あるときぼくの詩が学年で一番になって、不良になんとなく目をつけられてる雰囲気になったので、次の授業から手を抜いた

家庭科の授業では壊れたミシンが異常に多くて、4人で一つを使う(今思い出すと、"壊れたミシン"もなぜかきちんと棚に収納されていた。先生が、指導やすいように、あえて少数のミシンしかさなかったのだろうか?)

いじめられっ子女子の靴を盗んで食ってる

野球部のボールがある日突然全部無くなる

近所の知らない家の庭に教科書を捨てすぎて苦情が来る

いじめられっ子音楽の授業でソロで歌わされる

不良が彼女のためにいじめられっ子10人くらい集めてポルノグラフィティの「アゲハ蝶」を合唱させる

朝の十分読書の取り組みが始まるが、雑談してる生徒が多すぎて自然消滅する

いじめられっ子双子(別々の部活所属してる)がいつの間にか入れ替わってる


いじめとかは全部俺じゃなくて同学年の不良がやってたことね。

たくさんのチンパンジーと触れ合えた濃密な三年間でした。

2022-04-09

なんで俳句って季語必要なんだろう

そんな制約ない方が自由に考えられるじゃん。

多分こんな感じだろう。

室町時代貴族さんたちご一行、今日紅葉に来ています

今日の遊び担当足利さん、いつもやってる詩作りをここでもしようと提案

せっかく良い場所に来てるんだからと季節のものを絡める縛りも入れます

結果バカウケ。宮廷内でもバカウケ。

本当にみんなが楽しんだのはピクニックだが、みんなそれを認めたがらず、やってる自分がカッコ良いからという理由で以後も季語縛りするようになりましたとさ。

2022-01-28

anond:20220128111746

隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。いくばくもなく官を退いた後は、故山、虢略に帰臥し、人と交を絶って、ひたすら詩作に耽った。下吏となって長く膝を俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺そうとしたのであるしかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐うて苦しくなる。李徴は漸く焦躁に駆られて来た。この頃からその容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみ徒に炯々として、曾て進士に登第した頃の豊頬の美少年の俤は、何処に求めようもない。数年の後、貧窮に堪たえず、妻子の衣食のために遂ついに節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになった。一方、これは、己の詩業に半ば絶望したためでもある。曾ての同輩は既に遥はるか高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙にもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の儁才李徴の自尊心を如何に傷つけたかは、想像に難くない。彼は怏々として楽しまず、狂悖の性は愈々抑え難くなった。一年の後、公用で旅に出、汝水のほとりに宿った時、遂に発狂した。或夜半、急に顔色を変えて寝床から起上ると、何か訳の分らぬことを叫びつつそのまま下にとび下りて、闇の中へ駈出した。彼は二度と戻って来なかった。附近山野を捜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなったかを知る者は、誰もなかった。でも、細マッチョ巨根から結構モテるんだよね。

2021-06-26

anond:20210626225641

あー、なんたら妨害とか気をつけるのよ、そこらへんの何某に引っかかるかわかんねーけど

少なくとも長くはない増田人生なんだから

 

一般論を語ってなんで古臭い荒らし行為やろうと思えるのかね

面白くないって言うなとも書いてないのに

俺は大事なことだよって書いたのに

それとも面白くなかったら全部捨てていいと思ってるタイプ

赤ん坊相手にしてると思ってご機嫌伺いすればいい?

どうせしょうもないことで捕まるのはお前なのに?

そして俺は晒し場所がどうであれ三年もかけて作れて凄いね!と評しただけなのに?

 

いやわかってるよ、文字数多かったら怒ってると思ってるタイプだろ

あと自分がどこの何かわからないし何者にもなれず嘆くタイプ

 

まぁいいや、俺からすりゃ増田人生がまたしょうもなくなっちゃうなって思ってる

止める気はないよ、何がインターネットか知らんが、それが増田インターネットの使い方だと言うならいつか正体がバレた日が楽しみだなぁと思うよ

それがインターネットなんだろ?増田

 

ここまででいいね

あと俺はちゃん作品を読んでもないし、後で読もうかなぐらいにしか考えてない

どーせつまんねーだろうけど、それでもちゃんと読むよ

それでも三年かけたんだろ?凄いよ

 

でもそれは俺だってお前だって出来たことだろうが。

 

追記:

 

>それ最悪

は?もしかして全ての作品は褒められるべきとか甘いこと考えてます

作品を完成させることは素晴らしいことだけど、その内容が面白いか面白く無いかは見た奴次第だろうよ

少なくともエヴァも鬼滅もおもんねー奴にはおもんねーだろう

それでも褒めた理由わからんのなら本当に馬鹿なんだよね

悪とか善とかの領域で遊んでて楽しいような人生なら俺もお前も何も残せずに死なないんだけどな

 

元増田読んでないシュバリ

恥ずかしく無いの?って聞く気にすらなれない

事前に元増田くらい読んできてくれ頼むから

 

>その言葉が聞きたかった

改めて言うけど最初から君は何も残せない馬鹿なんだから誰かを評価していい立場じゃ無いのよ

褒めそやされて駄サイクルが〜もお前が作品を作るわけでも無いんだから文句つけちゃダメなのよ

何でかって言えばお前がアホみたいに文章タカタ出来るとてもとても自由で豊かな行為をしてるにもかかわらずお前はアホだから荒らし行為をして人生無為に過ごしてるんだよ

お前の寸評が役に立つときはお前がちゃん名前付で行儀よく書いて、そこからある程度の評価をいただけるようになってからなの

素人児童赤ん坊と一緒なんだからそいつピカレスク小説読ませたところでオンギャーオンギャー言ってるだけでちっとも役に立たないの

 

ましてや荒らし行為をするのを振りかざすとかアホだよね

勝手に捕まってて欲しい、勝手賠償請求されててほしい

そしてそれでも終わってくれない人生絶望してくれ

 

どーせつまんねーだろう、っていう希望的観測を含めた文字列がわかんないからボキと同じ気持ちだ!と思ったんだろうけど

俺はずっとそのボキに向かって『この数時間でお前は何作品作れたんだ?』と聞いてた訳

詩作をするでもプログラムをこねくりまわすでも無いボキとそのボキに向かって「いいから物作れよ」と声をかけ続けてる俺とでは一ミリぐらいしか差がない訳

謝罪したり撤回したりすっからかん人生さらすっからかんになったけど

まぁ人間の頭だと思って優しく扱うよ、優しく扱うからどんな罪になりそうだろうかも曖昧にしたよ。

2021-06-11

ウルトラスーパー山月記

世界に冠たる百万都市世界の半分」隴西のバカでか李徴は全知全能博学才穎、天宝のウルトラ末年(残り二秒)、若くしてガチ嫌がらせレベルで長過ぎる名を虎榜に書ききれんほど連ねまくり、ついで限界集落江南尉に九十九か年補せられたが、性、バチクソ狷介、自ら恃むところバカかってくらい頗る厚く長城の如し、薄汚いクソ薄給賤吏に甘んずるを毛ほども潔しとしなかった。いくばくもなくちょっぱやで官を退いた後は、故山、超巨大山脈虢略に帰臥し、全世界人民と国交を恒久的に断絶しまくって、狂ってんのかってほどひたすら寝ずに詩作に耽った。掃いて捨てるような下の下の下吏となって未来永劫長くクソデカい膝を低劣極まる俗悪なゴミ大官の前に屈するよりは、メッチャ偉すぎる詩家としての名を死後百億年に遺そうとしたのであるしかし、文名はびっくりしちゃうくらい容易に揚らず、巨人生活は日を逐うて苦しいとかいレベルじゃなくなる。ギガンティック李徴は永遠にも思える時を経て漸くヤバすぎる焦躁に駆られて来て号泣しちゃった。この頃からその容貌もエグいほど峭刻となり、全身の肉が削げ落ち垂木の如き骨が秀で、刺さるほど鋭い眼光のみ徒に炯々と発光して、曾てありえんムズい進士に息をするように登第し続けた頃の豊頬のゲロマブ美少年の俤は、何処に求めようもない。数千年の後、エクストリーム貧窮に堪えず、妻子百万の大規模衣食のために遂に節を屈しまくって、再び極東へ赴き、一地方官吏の最要職を奉ずることになった。一方、これは、矮小なる己のクッソしょっぱい詩業に半ばと言わず完全に絶望し尽くしたためでもある。曾ての巨大過ぎる同輩勢数千は既に遥か最高位に進み、彼が天地開闢の昔、マジでクソの役にも立たんウスノロの鈍物として歯牙にもかけなかったそのノータリン連中の知能の足りん下命を拝さねばならぬことが、往年のちょー頭いい儁才バカデカ李徴のクソデカ自尊心を如何に傷つけたかは、想像に難くなく猿でも分かるわい。彼は怏々として微塵もしまず、マジでデカ過ぎる狂悖の性は愈々軽く引くくらい抑え難くなった。一光年の旅の後、公用永遠の旅に出、悠久の大河汝水のほとりに生涯宿った時、遂にアホほど発狂した。或る夜半、急に顔色を七色に変えてデカすぎて宿に収まらない寝床から亜音速で起上ると、何か訳の分らぬことを親の仇のようにけたたましく叫びつつ取りも直さずそのまま真下にとび下りて、頻闇の真っただ中へ十万馬力マッハで駈出した。彼は二度と戻って来なかった。附近ミリ四方の果てしない山野を飽きもせず捜索しても、笑っちゃうほどマジで何の手掛りもない。その後ジャイアント李徴がどうなったかを悉く知る者は、ガチで訳わからんくらい誰もなかった。

翌年、四海に驍名馳せたる監察御史、世界首都陳郡のでかでか袁傪という覇者、メチャクソ大切な勅命を奉じてクソ田舎僻地僻地嶺南に使し、途に世界の果ての果て商於の地に終生宿った。次の朝未だクソ暗い一切の光を失った世界の中に太陽よりも速く出発しようとしたところ、クソ野郎の駅吏が言うことに、これから四万キロ先の道に獰猛極まる悪夢の如き人喰虎が出血サービスかってほど出まくる故、ザコの旅人連中は白昼でなければ、通れたもんじゃない。今はまだ朝が早いってか明けてないから、今少し数世紀ほど待たれたが宜しいでしょうと。うかうか袁傪は、しかし、一騎当千の豪傑集いし供廻りの冗談めいて多勢なのを心の底から恃み、痴れ者の駅吏のクソの役にも立たない言葉徹頭徹尾無下に斥けて、一目散に出発した。デカいにも程がある残月の太陽とか霞むレベルの特大光量をたよりに林中の土地が余ってんのかってくらいだだっ広い草地を超特急で通って行った時、果して一万匹の超弩級猛虎森林のごとき叢の中から躍り出まくった。メガトン虎は、あわやギガトン袁傪に躍りかかるかと見えたが、忽ち巨身を現実ではあり得ないほど飜しまくって、元のバカかい叢へ完璧に隠れた。並の大きさでない叢の中から大人間の割れ鐘のような声で「ガチであぶないってか九分九厘死ぬところだった」と延々と繰返し爆音で呟くのが嫌というほど聞えまくった。その大声に超袁傪はメチャクチャ聞き憶えがあった。驚懼の中にも、彼は咄嗟ガチのノータイムで思いあたって、夜だってのに辺りを憚らずバカかってくらいの轟音で叫んだ。「そのマジでっけー声は、我が友、バカでか李徴子ではないか??????????」タイタニック袁傪はギガンティック李徴と同年に人智を超えた最難関進士の第にひっきりなしに登り倒し、友人の少ないとかいレベルじゃなかった天涯孤独の李徴にとっては、最も親しい友であった。温和な聖人袁傪の性格が、峻峭な性悪李徴の人間のクズみたいな性情と衝突しなかったために決まっているであろう。

世を蓋うクソデカ叢の中からは、暫く数千年やかましい返辞が無かった。しのび泣きかと思われる蚊が泣いてんのかってくらいマジで微かな小声が時々頻繁に洩れまくるばかりである。やや数世紀あって、あり得ないくらい重低音の喧しい声が超早口で答えた。「如何にも自分は栄えある国のまほろば麗しの帝都隴西の世界最強の神に選ばれし偉大なる魂(中略)アルティメット超☆巨大ギガンティックバカでか李徴DXである」と。

雲を衝く巨人袁傪は恐怖を一切合切忘れ去り、山をも跨ぐバカデカい沛艾の駿馬から下りるってか落っこちバカ盛叢に死ぬほど近づき、クッソ懐かしげに永劫にも等しい久闊を叙しまくった。そして、何故ギガント叢から出て来ないのかと怒られるまで問うた。デカ過ぎて叢から殆どハミ出てる李徴のクソほどデカい大声が答えて言う。自分は今や全くもって汚らしい最凶の異類の身となっている。どうして、おめおめと故人の前にあさましいにも程がある醜姿をさらせようか。かつ又、自分が姿を至る所に現せば、必ず君に想像を絶する畏怖嫌厭の情をハチャメチャに起させるに決っているからだ。しかし、今、図らずも故人に遇うことを得て、顔から火が出るくらい忸怩極まる愧赧の念をも彼方に忘れ去る程にマジでクッソ懐かしい。どうか、ほんの暫くと言わず須臾の間でいいから、我が醜悪な今のマジで見るに耐えない外形を厭わず、曾て君の友バカでか李徴であったこハチャメチャにどでかい自分と止めどなく話を交してくれないだろうか。

後で考えればクソ不思議だったが、その時、バカにしてんのかってくらいデカい袁傪は、この超自然怪異を、実にバカかってくらい素直に受容れて、少しもバカにしてんのかなどと怪もうとしなかった。彼は多過ぎる部下に命じて絶え間ない長蛇の大行列の進行を無期限に停め、自分は巨大叢の傍らに立って、見えざる巨声ととこしえに対談した。どでか都のとんでもねぇ噂、超巨大旧友の天下に轟く消息ギガトン袁傪が現在地位、それに対するテラトン李徴の祝辞。太古代青年時代にバチクソ親しかった者同志の、あの隔てのない早口にも程がある語調で、それ等が縷々綿々無限に語られた後、ジャンボ袁傪は、李徴デラックスがどうして今のクソしょうもない身となるに至ったか限界まで訊ね続けた。べらぼうに喧しい草中の声は滔々たる懸河の弁で次のように語った(ごく一部を抜萃)。

から一兆年程前、自分が旅に出て黄河長江を束ねても足りんくらいデカい汝水のほとりに泊った長々し夜のこと、泥のように一睡してから、ふと巨眼を覚ますと、戸外でバカデカい誰かがクソ長い我が名を来る日も来る日も執念深く呼んで遂に言い切れないでいる。死ぬほどうるさい声に嫌嫌応じて2万キロ外へ出て見ると、鼓膜破れるくらいでけー声はびっくりするほどドス黒い常闇の中からメチャクチャ頻りに自分を招く。覚えず、自分はクッソうるせー声を追うて走り出した。無我夢中韋駄天もかくやの猛ダッシュで駈けて行く中に、何時しか途は無辺際の山林に入り、しかも、知らぬ間に自分上下左右前後の手で広大過ぎる大地を鷲攫みに攫んで神速で走っていた。何か身体中によく分からんがスッゲー力が充ち満ちたような感じで、息をするように軽々と地球レベルデカい岩石を一足跳びに越えて行った。気が付くと、ガチでけぇ手先やマジでけぇ肱のあたりに三千丈の毛を生じているらしい。少しびっくりしちゃうくらい明るくなってから、千仞の谷川に臨んでデカ過ぎる姿を映してガン見すると、既にクッソ大きい虎となっていた。自分は初めバカデカい眼を信じなかった。次に、これはクソ長い夢に違いないと考えた。クソ長い夢の中で、これはクソ長い夢だぞと知っているようなクソ長い夢を、自分はそれまでに幾度と無く見たことがあったから。どうしてもクソ長い夢でないと悟らねばならなかった時、自分は極限まで茫然とした。そうして尋常ならざる懼れによってマジで膝がガクついた。全く、どんな没義道極まりない兇悪な事でも必然的に起り得るのだと思うて、海より深く懼れた。しかし、何故こんな事になったのだろう。マジ分らぬ。全く何事もアホかってくらい我々一万匹には判らぬ。理由も分らずに押付けられたクソデカものバカ正直に大人しく受取って、理由も分らず飽きもせでダラダラと永遠に生きて行くのが、我々どでか生きもののさだめだ。自分は直に万死を想うた。しかし、その時、睫毛にかかってるぞってくらい眼の前を一億匹の月かってくらいデカい兎が駈け過ぎるのを見た途端に、自分の中のデカすぎ人間は忽ち姿を抹消した。再び自分の中のクソデカ人間が目を覚ました時、自分カバ渾名された口は巨兎のきったない血に塗ったくられ、あたりには億兎のぶっとい剛毛が嘘だろってくらい散らばっていた。これが世界最強虎軍団としての最初経験であった。それ以来今までにどんなゴミカスみたいな限界極まってる所行をし続けて来たか、それはマジで到底語るに忍びない。ただ、一万日の中に必ず数億時間は、巨体人間の心が超音速で還って来る。そういう時には、曾ての日と同じく、巨人語も容易く操れれば、複雑な巨大思考にも軽く堪え得るし、経書のクソ長い章句をとんでもない早口で一生やってろってくらい誦んずることも朝飯前に出来る。その巨大人間の心で、ガチで巨大過ぎる虎としての己の世界一残虐な行いのあとを見、己の運命を二度見三度見と言わず幾度と無くふりかえる時が、宇宙で最も情なく、恐しく、憤ろしい。しかし、その、デカブツ人間かえる数万分の一時間も、日を経るに従って次第にハイパー駆け足で短くなって行く。今までは、どうしてスーパーウル虎などになったかと怪しんでいたのに、この間マジで何の前触れもなく唐突にひょいと気が付いて見たら、己はどうして有史以前巨人間だったのかと考えていた。これはおしっこチビレベルで恐しいことだ。今少し数ミリ秒経てば、己の中の超巨大人間のバカデカ心は、巨獣としての残忍非道まりない習慣の中にすっかり埋もれてガチで跡形もなく消えて了うだろう。ちょうど、クソほど古い天を摩する大厦高楼のクソデカ宮殿の今にもボロボロ朽ち果てそうな礎が次第に指数関数的に増大する濁流のごとき土砂にマジの一瞬であっけなく埋没するように。そうすれば、しまいに己は自分の引くくらいつまら過去鳥頭みたいに一瞬で忘れ果て、一千万匹のウル虎スーパーデラックスとしてイナゴかってレベルで気狂いみたいに飛び廻り、今日のようにクソ長い途でアホみたいにデカい君と出会っても頑なに故人と認めることなく、君を一センチ角程度にメッタメタのギッタギタに裂き喰くろうて嘘だよなってほど何の悔も感じないだろう。一体、バカデカ獣でもクソデカ人間でも、もとは何か他の似ても似つかないグッチャグチャのゲテものだったんだろう。初めはそれを憶えているが、次第に忘れて了い、原始の初めから今の形のものだったとバカ正直に思い込んでいるのではないか??????????いや、そんな事はマジで心底どうでもいい。己の中のクソデカ人間の心がマジですっかり跡形も無く完全に消え去って了えば、きっと恐らく九割九分絶対に、その方が、己は天上天下に比類なきしあわせ者になれるだろう。だのに、己の中の超ビッグ人間は、その事を、マジでこの上なく恐しく感じて毎晩ガチ泣きしているのだ。ああ、全く、どんなに、小便垂らすほど恐しく、腸の千切れるほど哀しく、満都の同情を誘うほど切なく思っているだろう!己がチョモランマ人間だった有史以来の世界の記憶のなくなることを。この気持は誰にも分らない。ガチで誰にも分らない。己と寸分の狂いも無く同じ身の上に成った者でなければ。ところで、そうだ。己がすっかり百パーセント人間でなくなって人生終了しちゃう前に、一つと言わず頼んで置きたいことが山ほどあり過ぎる。

袁傪はじめ無量無辺の一行は、毎秒息をゴキュゴキュのんで、叢中のけたたましい声の語る不思議に一生聞入って生涯を閉じていた。耳がイカれるような大声は矢継ぎ早に続けて言う。

他でもない。自分は元来メッチャ詩が凄い超カッケー詩人として名を成す積りでいた。しかも、業未だ成らざるに、このクソおもんない運命に立至った。曾て作るところの詩数百万篇、固より宇宙最初から、まだ世に行われておらぬ。山脈並みにうず高い遺稿の所在も最早世界中の誰にも判らなくなっていよう。ところで、その中、悠久の時を経て今も尚記誦せるものが数十億ある。これを我が為だけに末代まで伝録して戴きたいにも程があるのだ。何も、これに仍って一人前のクソデカ詩人面をしたいのではない。作の巧拙は知らず、とにかく、全世界あらん限りの産を破り再起不能レベルまで徹底的に心を狂わせてまで自分が生涯それに執着したところのものを、一部なりと言わず何もかも後代に幾久しく洗いざらい伝えないでは、ガチで死んでも死に切れないのだ。

無数の袁傪は大多数の部下に口酸っぱく命じ、ギャグ漫画かってくらい巨大な筆を千人がかりで執って叢中の調子外れもいいところの放歌高吟のダミ声に奴隷のように随って書きとらせた。李徴の耳をつんざく声は叢の中から朗々と天の果てまで響いた。長短凡そ三十兆篇、格調メチャクチャ鼻につくレベルで高雅、意趣マジで天下無双かってほど卓逸、一万読して作者の才の非凡をまざまざと嫌になるほど思わせるものばかりであるしかし、でか袁傪はひっくり返るほど感嘆しながらもクッソ漠然とテキトーに次のように感じていた。成程、クソ虎作者の素質が第一万流に隷属するものであることは疑っても仕方無いじゃない。しかし、このままでは、第一億流の作品となるのには、何処か(非常に微妙にも程があるマジで心底どうでもよろしい些末な一点に於いて)欠けまくるところがあるのではないか、と。

旧詩をゲロのように吐き終ったデカブツ李徴のかしましい怒声は、突然調子変幻自在に変え、自らを嘲るが如くにがなり立てて言った。

羞ずかしいとかいレベルじゃないことだが、今でも、こんなあさましい忌むべき身と成り果てた今この瞬間でも、己は、己のクソデカ全集長安風流人士の当然長安よりデカい大机の上に所狭しと棟に充ちるほど置かれている見事な様を、夢に見ることがしょっちゅうあるのだ。うすら寒い便所みたいな岩窟の中に物言わぬ死体のように横たわって見る夢にだよ。腹が捩じ切れるまで嗤ってくれ。巨大詩人に成りそこなって巨大虎になったマジで哀れ過ぎる愚鈍な大男を。(巨漢袁傪は太古の昔の甚大青年李徴のクッソ寒い自嘲癖を昨日のことのようにありありと思出しながら、心底哀しく聞いていた。)そうだ。お笑い草ついでに、今の懐いを即席の詩にコンマ一秒で述べて見ようか。このアルティメット虎の中に、まだ、曾ての完全体李徴が飽きもせず生き永らえている動かぬしるしに。

態度もクソデカい袁傪は又下っ端もいいとこの下吏にこっぴどく命じてこれを百万遍書きとらせた。その長ったらしい詩に言う。

本当偶因超巨大狂疾成凶悪殊類

超特大災患馬鹿相仍絶対不可逃

今日現在長大爪牙一体誰敢敵

開闢当時糞喧声跡共摩天程相高

超越渾我為馬鹿異物糞汚蓬茅下

完全体君已乗糞大軺気勢糞程豪

永遠夕大規模渓山対糞明怪月

生涯不成気遠程長嘯但成爆音

(訓、本当に偶たま超巨大狂疾により凶悪殊類と成る、超特大災患は馬鹿に相仍りて絶対逃るべからず、今日現在の超長大爪牙一体誰か敢へて敵せん、開闢当時の糞喧しき声跡共に天を摩する程相高し、渾てに超越する我は馬鹿の異物と為る糞ほど汚らはしき蓬茅の下、完全体なる君は已に糞ほど大きなる軺に乗りて気勢は糞といふ程豪なり、此の永遠の夕べ大規模渓山にて糞ほど明らなる怪月に対して、生涯気も遠き程の長嘯を成さずして但爆音の嘷を成す)

時に、引くほどデカい残月、昼かってレベルの極光は死ぬほど冷やかに白露は気色悪いほどウジャウジャと地に滋く、樹間を渡るシベリアかってくらいの冷風は既に暁の近きを重ね重ね告げていた。人々は最早、事の奇異を忘れ、お通夜かってレベルで粛然として、このデカ過ぎる詩人ゴミ過ぎる薄倖を嘆じた。ウルトラ李徴の胴間声は再び喧しく続ける。

 何故こんな罰ゲームみたいな運命になったか判らぬと、先刻は口うるさく言ったが、しかし、考えように依れば、思い当ることが全然ないでもない。デカデカ人間であった時、己は努めて全人類との交を避けて避けて避けまくった。人々は己を三界に比類なきまでクソ倨傲だ、クソ尊大だといった。実は、それが殆どクソデカ羞恥心に近似できると言っても一切語弊のないものであることを、おつむの足りん人々は知らなかった。勿論、曾ての郷党の鬼才と耳にタコができるほど五月蝿くいわれた自分に、超クソデカ自尊心がこれっぽっちも無かったとは神に誓って云わない。しかし、それはウルトラ臆病なハイパー自尊心とでもいうべきものであった。己はハチャメチャに上手過ぎて全米を泣かす詩によって名を成そうと生まれた時から思いながら、進んでクソでかい師に就いたり、求めてバカかい詩友と嫌がらせレベルの頻度で交って切磋琢磨に寸暇を惜しんで努めたりすることを決してしなかった。かといって、又、己は棒にも箸にもかからないクソ平凡な俗物の間に伍することも欠片も潔しとしなかった。共に、我がクソ臆病なバカでか自尊心と、バカ尊大なクソでか羞恥心との所為に他ならないのである。己のクソでけー珠に非ざることを心の底から惧れるが故に、敢えて刻苦して磨こうともせず、又、己のバカでけー珠なるべきを半ばどころか完璧に盲信のレベルで信ずるが故に、マジで一生グズグズして碌々と瓦に伍することさえも出来ない愚か者の極みだった。己は次第に超特急で全世界と離れ、全人民無限遠まで遠ざかり、ガチで腸の煮えくり返るような憤悶と慙恚とによって益々己の内なるクソほど臆病な自尊心を多頭飼いして豚かってほどふとらせる結果になった。人間例外を許さず誰でもクソデカ猛獣使であり、そのバカデカ猛獣に当るのが、各人の性情で間違いないのだという。己の場合、このバカかってレベルでクソ尊大羞恥心ウルトラ猛獣だった。ウル虎だったのだ。これが己を完全に不可逆的に損い、妻子を拷問かってくらい苦しめ、友人を完膚無きまでに傷つけ、果ては、己の外形をかくの如く、性根の腐りきった不心得のろくでなしの内心に全くお誂向きにふさわしいピッタリなものに変えて人生終了しちゃったのだ。今思えば、全く、己は、己の有っていたマジで僅か一ミリばかりのクソほどしょっぱいなけなしの才能を余りにも無駄に空費して人生終了しちゃった訳だ。人生は何事をも為さぬには余りに長過ぎてクソおもんないが、何事かを為すには余りに短過ぎてやってらんないなどと口先ばかりのとんでもなく薄っぺらバカ警句を弄しながら、紛れもない事実は、才能の不足を世界全土の全人民暴露するかも知れないとのクッソ卑怯まりない危惧と、蛇蝎のごとく親の仇かってほど刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。無知蒙昧の脳足りんで己よりも遥かに乏しい搾りカスみたいな才能でありながら、それをバカの一つ覚えみたいに専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもその辺を歩いているのだ。デカい上に多過ぎる虎と成り果てた今この瞬間、己は幾星霜を経て漸くそれに気が付いた。それを思うと、己は今も胸を地獄の劫火に灼かれるような悔を感じまくる。己には最早めちゃデカ人間としての生活逆立ちしても出来ない。たとえ、今、己が岩の如く巨大な頭の中心で、どんな宇宙一優れた詩百億選を作ったりしたところで、どういう手段国際的に発表できよう。まして、己の頭は日毎にってか秒単位で虎に近づいて行く。ガチでどうすればいいのだ。己の益体もなく湯水のように空費された過去は?己はマジで辛抱堪まらなくなる。そういう時、己は、向うの山の頂の己かよってくらいデカい巖に

2021-03-19

夢で会いましょう

 隴西ろうさいの李徴りちょうは博学才穎さいえい、天宝の末年、若くして名を虎榜こぼうに連ね、ついで江南尉こうなんいに補せられたが、性、狷介けんかい、自みずから恃たのむところ頗すこぶる厚く、賤吏せんりに甘んずるを潔いさぎよしとしなかった。いくばくもなく官を退いた後は、故山こざん、※(「埒のつくり+虎」、第3水準1-91-48)略かくりゃくに帰臥きがし、人と交まじわりを絶って、ひたすら詩作に耽ふけった。下吏となって長く膝ひざを俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺のこそうとしたのであるしかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐おうて苦しくなる。李徴は漸ようやく焦躁しょうそうに駆られて来た。この頃ころからその容貌ようぼうも峭刻しょうこくとなり、肉落ち骨秀ひいで、眼光のみ徒いたずらに炯々けいけいとして、曾かつて進士に登第とうだいした頃の豊頬ほうきょうの美少年の俤おもかげは、何処どこに求めようもない。数年の後、貧窮に堪たえず、妻子の衣食のために遂ついに節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになった。一方、これは、己おのれの詩業に半ば絶望したためでもある。曾ての同輩は既に遥はるか高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙しがにもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の儁才しゅんさい李徴の自尊心を如何いかに傷きずつけたかは、想像に難かたくない。彼は怏々おうおうとして楽しまず、狂悖きょうはいの性は愈々いよいよ抑え難がたくなった。一年の後、公用で旅に出、汝水じょすいのほとりに宿った時、遂に発狂した。或ある夜半、急に顔色を変えて寝床から起上ると、何か訳の分らぬことを叫びつつそのまま下にとび下りて、闇やみの中へ駈出かけだした。彼は二度と戻もどって来なかった。附近山野を捜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなったかを知る者は、誰だれもなかった。

 翌年、監察御史かんさつぎょし、陳郡ちんぐんの袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)えんさんという者、勅命を奉じて嶺南れいなんに使つかいし、途みちに商於しょうおの地に宿った。次の朝未まだ暗い中うちに出発しようとしたところ、駅吏が言うことに、これから先の道に人喰虎ひとくいどらが出る故ゆえ、旅人は白昼でなければ、通れない。今はまだ朝が早いから、今少し待たれたが宜よろしいでしょうと。袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)は、しかし、供廻ともまわりの多勢なのを恃み、駅吏の言葉を斥しりぞけて、出発した。残月の光をたよりに林中の草地を通って行った時、果して一匹の猛虎もうこが叢くさむらの中から躍り出た。虎は、あわや袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)に躍りかかるかと見えたが、忽たちまち身を飜ひるがえして、元の叢に隠れた。叢の中から人間の声で「あぶないところだった」と繰返し呟つぶやくのが聞えた。その声に袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)は聞き憶おぼえがあった。驚懼きょうくの中にも、彼は咄嗟とっさに思いあたって、叫んだ。「その声は、我が友、李徴子ではないか?」袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)は李徴と同年に進士の第に登り、友人の少かった李徴にとっては、最も親しい友であった。温和な袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)の性格が、峻峭しゅんしょうな李徴の性情と衝突しなかったためであろう。

 叢の中からは、暫しばらく返辞が無かった。しのび泣きかと思われる微かすかな声が時々洩もれるばかりである。ややあって、低い声が答えた。「如何にも自分は隴西の李徴である」と。

 袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)は恐怖を忘れ、馬から下りて叢に近づき、懐なつかしげに久闊きゅうかつを叙した。そして、何故なぜ叢から出て来ないのかと問うた。李徴の声が答えて言う。自分は今や異類の身となっている。どうして、おめおめと故人ともの前にあさましい姿をさらせようか。かつ又、自分が姿を現せば、必ず君に畏怖嫌厭いふけんえんの情を起させるに決っているからだ。しかし、今、図らずも故人に遇あうことを得て、愧赧きたんの念をも忘れる程に懐かしい。どうか、ほんの暫くでいいから、我が醜悪な今の外形を厭いとわず、曾て君の友李徴であったこ自分と話を交してくれないだろうか。

 後で考えれば不思議だったが、その時、袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)は、この超自然怪異を、実に素直に受容うけいれて、少しも怪もうとしなかった。彼は部下に命じて行列の進行を停とめ、自分は叢の傍かたわらに立って、見えざる声と対談した。都の噂うわさ、旧友の消息、袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)が現在地位、それに対する李徴の祝辞青年時代に親しかった者同志の、あの隔てのない語調で、それ等らが語られた後、袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)は、李徴がどうして今の身となるに至ったかを訊たずねた。草中の声は次のように語った。

 今から一年程前、自分が旅に出て汝水のほとりに泊った夜のこと、一睡してから、ふと眼めを覚ますと、戸外で誰かが我が名を呼んでいる。声に応じて外へ出て見ると、声は闇の中から頻しきりに自分を招く。覚えず、自分は声を追うて走り出した。無我夢中で駈けて行く中に、何時いつしか途は山林に入り、しかも、知らぬ間に自分は左右の手で地を攫つかんで走っていた。何か身体からだ中に力が充みち満ちたような感じで、軽々と岩石を跳び越えて行った。気が付くと、手先や肱ひじのあたりに毛を生じているらしい。少し明るくなってから谷川に臨んで姿を映して見ると、既に虎となっていた。自分は初め眼を信じなかった。次に、これは夢に違いないと考えた。夢の中で、これは夢だぞと知っているような夢を、自分はそれまでに見たことがあったから。どうしても夢でないと悟らねばならなかった時、自分は茫然ぼうぜんとした。そうして懼おそれた。全く、どんな事でも起り得るのだと思うて、深く懼れた。しかし、何故こんな事になったのだろう。分らぬ。全く何事も我々には判わからぬ。理由も分らずに押付けられたもの大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。自分は直すぐに死を想おもうた。しかし、その時、眼の前を一匹の兎うさぎが駈け過ぎるのを見た途端に、自分中の人間は忽ち姿を消した。再び自分中の人間が目を覚ました時、自分の口は兎の血に塗まみれ、あたりには兎の毛が散らばっていた。これが虎としての最初経験であった。それ以来今までにどんな所行をし続けて来たか、それは到底語るに忍びない。ただ、一日の中に必ず数時間は、人間の心が還かえって来る。そういう時には、曾ての日と同じく、人語も操あやつれれば、複雑な思考にも堪え得るし、経書けいしょの章句を誦そらんずることも出来る。その人間の心で、虎としての己おのれの残虐ざんぎゃくな行おこないのあとを見、己の運命をふりかえる時が、最も情なく、恐しく、憤いきどおろしい。しかし、その、人間かえる時間も、日を経るに従って次第に短くなって行く。今までは、どうして虎などになったかと怪しんでいたのに、この間ひょいと気が付いて見たら、己おれはどうして以前、人間だったのかと考えていた。これは恐しいことだ。今少し経たてば、己おれの中の人間の心は、獣としての習慣の中にすっかり埋うもれて消えて了しまうだろう。ちょうど、古い宮殿の礎いしずえが次第に土砂に埋没するように。そうすれば、しまいに己は自分過去を忘れ果て、一匹の虎として狂い廻り、今日のように途で君と出会っても故人ともと認めることなく、君を裂き喰くろうて何の悔も感じないだろう。一体、獣でも人間でも、もとは何か他ほかのものだったんだろう。初めはそれを憶えているが、次第に忘れて了い、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか? いや、そんな事はどうでもいい。己の中の人間の心がすっかり消えて了えば、恐らく、その方が、己はしあわせになれるだろう。だのに、己の中の人間は、その事を、この上なく恐しく感じているのだ。ああ、全く、どんなに、恐しく、哀かなしく、切なく思っているだろう! 己が人間だった記憶のなくなることを。この気持は誰にも分らない。誰にも分らない。己と同じ身の上に成った者でなければ。ところで、そうだ。己がすっかり人間でなくなって了う前に、一つ頼んで置きたいことがある。

 袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)はじめ一行は、息をのんで、叢中そうちゅうの声の語る不思議に聞入っていた。声は続けて言う。

2020-08-18

anond:20200817094540

隴西の李徴は博學才穎、天寶の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃む所頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかつた。いくばくもなく官を退いた後は、故山、虢略に歸臥し、人と交を絶つて、ひたすら詩作に耽つた。下吏となつて長く膝を俗惡な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺さうとしたのであるしかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐うて苦しくなる。李徴は漸く焦躁に驅られて來た。この頃から其の容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみ徒らに烱々として、曾て進士に登第した頃の豐頬の美少年の俤は、何處に求めやうもない。數年の後、貧窮に堪へず、妻子の衣食のために遂に節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになつた。一方、之は、己の詩業に半ば絶望したためでもある。曾ての同輩は既に遙か高位に進み、彼が昔、鈍物として齒牙にもかけなかつた其の連中の下命を拜さねばならぬことが、往年の秀才李徴の自尊心を如何に傷つけたかは、想像に難くない。彼は怏々として樂しまず、狂悖の性は愈〻抑へ難くなつた。一年の後、公用で旅に出、汝水のほとりに宿つた時、遂に發狂した。或夜半、急に顏色を變へて寢床から起上ると、何か譯の分らぬことを叫びつつ其の儘下にとび下りて、闇の中へ駈出した。彼は二度と戻つて來なかつた。附近山野を搜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなつたかを知る者は、誰もなかつた。

2019-09-24

anond:20190924090652

古代日本でも和歌を嗜むものが尊ばれてたし、古代中国でも科挙詩作問題があったし、その流れがまた戻ってきただけだぞ

2018-10-19

anond:20181019164150

病院は行ったことには行ったが7年くらい前なんだ

「お前さんよう、肛門科にかかる前に風呂くらい入ってこいや」って遠回しに言われた気がして赤面出奔、以来、故山、虢略に帰臥し、人と交を絶って、ひたすら詩作に耽った

まああれだ

きばっていこうや

2018-01-05

anond:20180105172902

また消えてるね

2度と再投稿できないようにここに記す


もし山記がヒップホップ調だったら

西(ろうさい)の李徴は博才穎(さいえい)

達と虎榜(こぼう)に楽々内

性、狷(けんかい)、自ら恃(たの)むところ頗る厚

辺かい?昼間から呑む男 ぶど酒ダブル

作にふけ

リアルにスベ

業に絶望 再就

日寝足 毎週ショック

いに発狂 ふいに脱

誰もき先知らないザマス

だけど知り合いまだに探す

友の袁傪 ここに見

万 虎が現

隠れて言った「危ない」

早全て知ったやむ無

「そのは、我が友、李徴子ではなか?」

ケはたわごと、人喰い出たがり屋

「如何にも自分は隴西(ろうさい)の李徴」

外と気分は後悔と自

病な自尊心 尊大な羞恥心

想なき心 問題は分自

2017-09-13

anond:20170912235753

文脈にかかわらず絶対死ねって言っちゃいけません!って・・・すっげーつまんない言葉尻だな。それを詩作る人に言っちゃうんだ。

そんな通り一遍倫理観から感じる憤りよりもよほど強い衝撃を大森は一連の言葉と行動から感じてしまったんだろうよ。

2016-12-01

http://anond.hatelabo.jp/20161128234150

絶賛の大半がすず一家を、あの時代の「普通」にしちゃてて気持ち悪い。

すずはかなり変わってるし。原作でも周到な狡さで悲惨さを隠蔽しちゃってるけど。

娘を居場所も顔も知らない家に住所の紙きれ一枚持たせて嫁がせるとか。

初対面、結婚式初夜のお努め、翌朝から家事炊事。

顔も知らない結婚相手は都合よくも、すずを好きで初恋の男より細身でイケメン

から処女なのに初めてあった男と抵抗もなく性交してる女性なら気味悪さや抵抗を感じても普通のはずが

なんとなくスルーされるようになってる。

ごつい初恋男よりブサメンでムキムキなんて方が可能性あったろうに。それだと陰惨になるから

優男なんだろう。すずは大ラッキーなわけで。

すずって名前のせいで連想しちゃった金子みすずなんか親に言われて結婚させられ

夫は浪費に浮気淋病みすず感染させ、彼女から詩作自由も奪った。

耐えられなくて離婚したが、淋病に苦しみ27歳で自殺してる。

当時の結婚は、そう甘くない。

舅姑ご近所はいい人ばかり。

あんなにラッキーな例は「普通」じゃないわな。

アニメの方は夫の元カノ遊郭に行ったリンも描かれてないっていうし。

そりゃ綺麗過ぎで、ますます普通」じゃない。

http://anond.hatelabo.jp/20161130122313

2016-09-17

ナコルルと宇梶静江って関係あるの?

ナコルル明和八年生まれ*2。一方、昭和八年といえばアイヌ解放運動家であり、著名なアイヌ文化継承である宇梶静江が生まれた年です。宇梶の詩作にはアイヌとしての誇りと、アイヌ差別による激しい迫害の痛みが色濃く滲んでいます

http://kutabirehateko.hateblo.jp/entry/2016/09/14/005509

くたびれはてこはナコルル誕生である"明和"を架空元号だと誤解していました。

どうやらそのせいで、「ナコルル明和8年生まれ?」→「昭和8年のことか?」→「宇梶静江が生まれた年だぞ!」という連想をしてしまったみたいです。

しかし、もし明和架空元号だったと仮定して、こういう連想ができる理由が分かりません。ナコルルと宇梶静江を結ぶものが何かあるのですか。私はサムライスピリッツに詳しくないから知っている人がいたら教えてください。


もしかして、本当にもしかしてですけど、「明和」と「昭和」は漢字の形が似ているというだけの理由でしょうか。そうだとすれば、これはまるで陰謀論者のたわごと統合失調症妄想と同じレベルです。こじつけには狂気じみたものを感じます

2015-01-03

http://anond.hatelabo.jp/20150103132009

本を出しているのなら、真っ先に嫉妬の種になるのは「自分より絵が上手い・売れている」だと思う

サークル参加して絵を描くからには、こう思っているはずってのも、かなり視野狭窄だがな。

おまえ、全国津々浦々どんだけのイベントがあって、どんだけのサークル同人活動)があると思ってんだ。

真面目に漫画家目指す意識高い系も居れば、好きだから描いて20部くらいコピー詩作って無料配布する人も居る(配れるとは言ってない)。

2014-05-17

http://anond.hatelabo.jp/20140516212508

わかりづらかったようですね。

私の「嫌悪感」「不快感」は、「自分欲情されたこと」によるものではありません。

私はJKでも被災者でもなく、私自身はid:believemeimaliar氏が欲情している対象にはあてはまりません。

id:believemeimaliar氏のような芸風(?)のコメントが、

【(アクセスされてナンボの、叩く側叩かれる側に同意が成立していてマネタイズの導線が敷かれている)ネット稼業の方】

水着姿の写真商業的に出版されているようなグラビアアイドルさん】

【(100歩ゆずって)成人女性

そういった対象に対してなされたものであれば、私もわざわざ無粋な表明はしなかったと思います。(「私の趣味には合わない気色悪さだな」と心の中で感じてスルー、で終了していたはずです。)

今回のid:believemeimaliar氏の発言は、たとえていえば、

【当時女子高生だった、制服姿の十代の(※)お嬢さんグラビアアイドル等ではない一般女性)の写真に、勃起した性器を押し当てているような行為

ではないでしょうか? 私にはそのようにみえました。

(※現時点ではご卒業されていて19歳か20歳か21歳か40歳かそれは存じ上げませんが、詩作の時点では明らかに18歳以下ですよね?)

個人が特定されないように目にモザイクがかかったような”写真”ではなく、出身校まで明らかになっているのですから、たとえていうならばハッキリとそのひととわかるような”写真”です。

個人が特定できるかたちのお嬢さんの(高校時代の)”お写真”に、性器を押し当てる(おそらく当人同意を得ずに)。

そのような状況下では「侮辱」と受け取られても仕方がない行為のように思います

しかも、その”写真”はただの”写真”ではありません。おそらく、その作者さんの人生のなかでもっと過酷な体験のひとつ、その体験に関する”写真”です。

私の不快感はそこにあります

2011-02-23

http://anond.hatelabo.jp/20110223043721

訴える内容も酷いけど使う言葉も単純に酷いよな

ありゃ詩作じゃなくて小学生の作文だろという

低学歴や低能でもよい詩ぐらいは聞かされりゃボンヤリわかると思うから

あれは顧客向けカスタムはなく単純に作り手の限界として低能なのだろう

2009-07-15

自称「護憲活動家」の9条教信者ナイフ学生の腹部を刺し逃走 大阪

自称「護憲活動家」の9条教信者ナイフ学生の腹部を刺し逃走 大阪

箕面署によると、男は、箕面市桜ケ丘1丁目、会社役員中井多賀宏(たかひろ)容疑者(36)。現場から約40メートル東の市道交差点で、2人の車が出合い頭に衝突しそうになったことから、中井容疑者大学生の車を追いかけて口論になり、所持していたナイフ大学生の腹を数カ所刺した疑いが持たれている。中井容疑者の自宅から凶器とみられる折りたたみ式のナイフが見つかったという。

http://www.asahi.com/national/update/0713/OSK200907130147.html

中井 多賀宏(なかい たかひろ、1973年6月17日 - )は、詩人憲法活動家ミュージシャン、。大阪府大阪市生まれ、大阪府箕面市出身。関西学院大学法学部法律学卒業関西学院大学大学院法学研究科中退

略歴

大阪府箕面高等学校27期生。大学入学を機に、本格的に詩作を始める。関西学院大学在学時から、主に差別問題を中心に各種人権問題に取り組み、大学院中退後、憲法価値を広めるべく憲法講師としての活動を始める。2004年に「みのお9条の会」の立ち上げに参加、呼びかけ人となる。2005年に在野の法律家で構成するベーツ憲法研究所を立ち上げる。

伊藤真香山リカなどが「成功させる会」の呼びかけ人代表となっているドキュメンタリー映画シリーズ憲法と共に歩む」の賛同呼びかけ人。 日本国憲法の制定にまつわる映画日本青空」の制作委員(ベーツ憲法研究所として)。 「共謀罪新設反対国際共同署名」の呼びかけ人。

2007年3月、「箕面市平和のまち条例」請求代表者として箕面市議会にて陳述。

2009年7月13日午後7時5分頃、大阪府箕面市箕面8丁目の路上口論となった大学生ナイフで刺し現場から逃走、その後自宅で発見され殺人未遂容疑で緊急逮捕される。[1] [2]

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E4%BA%95%E5%A4%9A%E8%B3%80%E5%AE%8F

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はてサ言い訳が聞きたいもんだなw

自称「護憲活動家」の9条教信者ナイフ学生の腹部を刺し逃走 大阪

自称「護憲活動家」の9条教信者ナイフ学生の腹部を刺し逃走 大阪

箕面署によると、男は、箕面市桜ケ丘1丁目、会社役員中井多賀宏(たかひろ)容疑者(36)。現場から約40メートル東の市道交差点で、2人の車が出合い頭に衝突しそうになったことから、中井容疑者大学生の車を追いかけて口論になり、所持していたナイフ大学生の腹を数カ所刺した疑いが持たれている。中井容疑者の自宅から凶器とみられる折りたたみ式のナイフが見つかったという。

http://www.asahi.com/national/update/0713/OSK200907130147.html

中井 多賀宏(なかい たかひろ、1973年6月17日 - )は、詩人憲法活動家ミュージシャン、。大阪府大阪市生まれ、大阪府箕面市出身。関西学院大学法学部法律学卒業関西学院大学大学院法学研究科中退

略歴

大阪府箕面高等学校27期生。大学入学を機に、本格的に詩作を始める。関西学院大学在学時から、主に差別問題を中心に各種人権問題に取り組み、大学院中退後、憲法価値を広めるべく憲法講師としての活動を始める。2004年に「みのお9条の会」の立ち上げに参加、呼びかけ人となる。2005年に在野の法律家で構成するベーツ憲法研究所を立ち上げる。

伊藤真香山リカなどが「成功させる会」の呼びかけ人代表となっているドキュメンタリー映画シリーズ憲法と共に歩む」の賛同呼びかけ人。 日本国憲法の制定にまつわる映画日本青空」の制作委員(ベーツ憲法研究所として)。 「共謀罪新設反対国際共同署名」の呼びかけ人。

2007年3月、「箕面市平和のまち条例」請求代表者として箕面市議会にて陳述。

2009年7月13日午後7時5分頃、大阪府箕面市箕面8丁目の路上口論となった大学生ナイフで刺し現場から逃走、その後自宅で発見され殺人未遂容疑で緊急逮捕される。[1] [2]

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E4%BA%95%E5%A4%9A%E8%B3%80%E5%AE%8F

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2009-07-14

自称「護憲活動家」の9条教信者ナイフ学生の腹部を刺し逃走 大阪

自称「護憲活動家」の9条教信者ナイフ学生の腹部を刺し逃走 大阪

箕面署によると、男は、箕面市桜ケ丘1丁目、会社役員中井多賀宏(たかひろ)容疑者(36)。現場から約40メートル東の市道交差点で、2人の車が出合い頭に衝突しそうになったことから、中井容疑者大学生の車を追いかけて口論になり、所持していたナイフ大学生の腹を数カ所刺した疑いが持たれている。中井容疑者の自宅から凶器とみられる折りたたみ式のナイフが見つかったという。

http://www.asahi.com/national/update/0713/OSK200907130147.html

中井 多賀宏(なかい たかひろ、1973年6月17日 - )は、詩人憲法活動家ミュージシャン、。大阪府大阪市生まれ、大阪府箕面市出身。関西学院大学法学部法律学卒業関西学院大学大学院法学研究科中退

略歴

大阪府箕面高等学校27期生。大学入学を機に、本格的に詩作を始める。関西学院大学在学時から、主に差別問題を中心に各種人権問題に取り組み、大学院中退後、憲法価値を広めるべく憲法講師としての活動を始める。2004年に「みのお9条の会」の立ち上げに参加、呼びかけ人となる。2005年に在野の法律家で構成するベーツ憲法研究所を立ち上げる。

伊藤真香山リカなどが「成功させる会」の呼びかけ人代表となっているドキュメンタリー映画シリーズ憲法と共に歩む」の賛同呼びかけ人。 日本国憲法の制定にまつわる映画日本青空」の制作委員(ベーツ憲法研究所として)。 「共謀罪新設反対国際共同署名」の呼びかけ人。

2007年3月、「箕面市平和のまち条例」請求代表者として箕面市議会にて陳述。

2009年7月13日午後7時5分頃、大阪府箕面市箕面8丁目の路上口論となった大学生ナイフで刺し現場から逃走、その後自宅で発見され殺人未遂容疑で緊急逮捕される。[1] [2]

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E4%BA%95%E5%A4%9A%E8%B3%80%E5%AE%8F

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