はてなキーワード: 悪夢とは
以前、話題に取り上げて貰った海運系船乗り。
主に6種類の方法が想定できる。
漁師とならずとも遊覧船や釣り船などで必ず要る資格であり、趣味で取得する人も多い。
区分は「1級」「2級」「特殊」に現在は別れており、業界人は「新1級」などと頭に「新」を付けることがよくある。
これは法改正で区分が変わったからであり、旧区分と混同しないためだ。
新区分ではいわゆる「水上バイク」が独立区分の「特殊」となった。これは水上バイクに関する海難 (海で発生する事故のことを指す業界用語)が頻発したからだ。
区分は新2級よりも新1級の方が大きな船に乗れるという認識で間違いないが、詳しく知りたいのならググると良いだろう。
ちなみに「コレもはやクルーザーだろ」とツッコミたくなるような高級プレジャーボートで無い限りは、たいてい新2級で事足りる。
ただし、新1級と新2級では水上バイクを運転することができないので、水上バイクを運転したいのなら「特殊」を取得しよう。
社会人であっても1ヶ月あれば取得できる。
ちなみにだが船舶系の運転免許資格は有資格者が同伴しているのならば無資格者が船舶を運転しても良い事になっている。
つまりお父さんが有資格者で同伴しているのならば子供に船を運転させても良いということだ。
子供にカッコイイ姿を見せたいお父さんは取得を検討してみたらどうか。
高卒の資格も得ようとする場合は「水産高校」「海上技術学校」「商船高等専門学校」へ進学しなければならない。
ただし実は各校とも得られる船舶系資格に微妙な差異があるので注意が必要だ。
基本的に漁業系の技術を習得するための文部科学省管轄の高校だ。
海運系に特化しているわけではないが、大まかな知識技術は「船舶」という枠組みにあるため共通点もあり就職先には海運系企業もある。
その水産高校によって取得できる海技士免状の等級に差異があるんだ。
当然、等級が低ければ法に定められた権限も違い、4級海技士より5級海技士は権限が限定的である。
4級海技士を取得できる水産高校の方が良いのか?という疑問もあるだろうが、4級海技士を取得できる水産高校は航海もしくは機関のどちらかしか取得できない。
5級海技士を取得できる水産高校の場合は航海も機関も双方を取得できるんだ。
個人的には4級海技士を取得できる水産高校の方が良いと感じる。
理由はより高い授業レベルが期待できるし、そもそも就職したら甲板部もしくは機関部のどちらかへ配属されるからである。
そして社会人になると昇級試験のために真面目に勉強する奴は少ないので早めに高い等級を取得しておくべきだ。
2年生になると遠洋へ出てマグロ漁を実際に行うことでも知られている。
マグロと共に小型のサメもかかるらしく、そのサメの頭を大ハンマーで殴って気絶させるそうだ。
筆者の友人にも水産高校の出の者が居り、彼の話では「女子が返り血を浴びながらサメの頭をハンマーで殴ってる光景は壮絶だ」とのこと。
詳しくは多分、水産高校を卒業した増田かTwitter民が語ってくれることだろう。
小型船舶操縦士と海技士の最も大きな違いは、小型船舶操縦士は航海も機関もカバーするが、海技士免状は航海士用の「海技士(航海)」と機関士用の「海技士(機関)」で別区分となっている。
これは海技士免状が必要なほど大規模化した大型船に対応するための区分だ。
危険物取扱者にも様々な種類があるが、それと同様に航海資格では機関士となれないし逆もまた然りだ。
海技士免状を取得するには「乗船履歴」「筆記試験合格」「口述試験合格」の3要素が必要だ。
先程から俺は「水産高校で海技士免状を取得できる」と言っているが、正確に言うと水産高校で取得できるのは「乗船履歴の特別短縮」「筆記試験の免除」のみである。
これは後述する海上技術学校や商船高等専門学校、海上技術短期大学校、海洋大学校を卒業しても同じである。
国も馬鹿ではないので、たかだか学校を出たくらいではポンッと海技士免状をくれたりはしないのだ。
学校を出ただけのそんなヒヨッコを広大な海原へ放ったりはしない。危険すぎるから。
海技士免状を取得しようとする者は、総じて口述試験の際に物凄く緊張する。
口述試験とはつまり面接による試験であり、学習した内容を試験官の出題に合わせソラで回答をしたり、時としてホワイトボードなどへ図解する試験だ。
それはおそらくこの日本で取得できる資格の中で唯一、試験官が受験生に対して、ブチ切れ、怒鳴り、叱る試験だからである。
受験生があまりにも回答へ窮したり、回答すら出来なかったりすると試験官はキレる。
それもそのはず、試験官の多くは引退した船乗りで構成されており、ヒヨッコの出来があまりにも悪いと現役の頃の感情が蘇って鬼と化すのだ。
試験時間丸々説教に当てられた事例も多数あり、受験生はそうはなるまいと必死になって受けるのだ。
当然、そうなると落とされるのは言うまでもないw
水産高校とは違い、国土交通省管轄の海運系へ特化した高校である。筆者の母校。
水産高校と比べて取得できる資格の差異は4級海技士(航海)と4級海技士(機関)の双方とも取得できる点。
海運系へ特化しているだけあり当然ながら漁法とかそういうのは一切学ばず、全て航海術や機関知識へ当てられる。
俺の経験では校舎の外壁を消防用ホースで洗ったり、屋上から「ジャコブスラダー」という空中ブランコで降りて校舎のペンキ塗りをしたり、やんちゃで破壊した校舎の板壁を修繕したり、グラウンドのフェンスを補修したり、ドアノブ直したり、電灯直したり、学園祭の野外ステージを作ったり、その他色々やらされた。
地域貢献ボランティアにも積極的であり、ごみ拾いに月一で参加させたり、近隣のジジババの家の植木の枝刈り草むしりさせたり、保育園児の相手をさせられたり、老人ホームの模様替えに派遣したりしている。
これらは「協調性」を育み、故郷を大切にする心を育むための教育らしい。
声を大にしては言えないが、海上技術学校の最初期である海員養成所は戦中からある組織なので、旧日本海軍の思想を今でも色濃く受け継いでおり「お国のため精神」が根強い。
何故、そんな旧体制的な思想が現代にも受け継がれるかと言えば、そもそも保護者が海上自衛官だったり海上保安官だったりするためだ。
教官((海上技術学校では先生ではなく教官と呼ぶ))から生徒、保護者に至るまで完全なる右巻きであり、そこへ通う非海洋系家庭の生徒も右巻きになる。
歴史の授業では勝海舟や日露戦争、大東亜・太平洋戦争の部分となると異様な盛り上がりを見せる。
件の中国監視船衝突問題では問答無用で一色氏を支持するといった雰囲気である。
卒業者に海上自衛隊士官候補生を多数輩出している(現在、尉官以上の卒業者がかなり多い)。
純粋培養でネトウヨが育つ環境なのでハテサの皆さんは気に食わない学校かも知れない。
文部科学省管轄の高校では無いためPTAとの関わりが非常に薄く、保護者も船乗りが多いため教官は普通に生徒へ体罰を下す。
俺自身、高校3年間で何度教官から殴られ、グラウンドを走らされ、罰作業を受けたかわからない。
「ウチのボウズがバカやったらブン殴って曲がった根性直してやってくれ」と親が言うので全く問題にならない。
むしろ体罰が「問題があるもの」という評価を学校に関わる者全てがしていない感じだ。体罰は必須であると。
生徒自身も「殴られて当たり前の行為をした」という認識があるため不満を持たない(殴られてマジムカつくという感情はもちろんあるが)。
一面から見ると厳しい校風であるため脱落者、つまり自主退学する者も少なくはなく入学者の1割程度は1年生の内に辞める。
これは海上技術学校自体が奨めていることで「合わないと思ったら早めに辞めて1年遅れで普通校に行った方が将来にも良い」という意見だ(俺の世代にも普通校へ1年遅れで行った者が居る)。
先輩は後輩の精神的フォローをしているが辞めてしまう者は結局辞めてしまう。
中学時代に軟弱な者が続けられないか?と言えばそうでもなく、3年勤め上げることで肉体的にも精神的にも成長していることが結構ある。
逆に番格をはっていた様な剛の者が直ぐに辞めてしまうこともあり、本当に適正はフィーリングでしかない。
水産高校のマグロ漁にあたる航海実習は日本全国を帆船などで周回する。
海があれば増田の地方にも帆船の日本丸や海王丸が入港してきたことがあると思うが、帆船に乗ってる一部の人間は海上技術学校の生徒だ。
そのためまともな修学旅行というものが存在せず、修学旅行先の定番である京都や奈良、北海道に学生時代に行ったという思い出の無い者が結構居る(どうせ就職したら行くけれども)。
こちらも海上技術学校と同様に海運系特化であるが、やはり微妙な差異がある。
管轄は文部科学省、5年制のいわゆる高専であり学歴としては海上技術学校より1段上である。
海上技術学校との違いは、海上技術学校が満遍なく海運のことを学べるのに対し、商船高等専門学校は「航海」もしくは「機関」のどちらかをより専門的に学べるようになっている。
取得できる資格も3級海技士(航海)、もしくは3級海技士(機関)のどちらかであり、資格としても海上技術学校より1段上だ。
入学するにも海上技術学校は良い言葉を使えば「来るもの拒まず」であるが、商船高等専門学校は一定以上の偏差値が必要である(進学校並ではない)。
海上技術学校は実践主義的なので「進学するまで何をしてきたか?」よりも「進学してから何をしたか?」が重視される。
文部科学省管轄である商船高等専門学校は前提としての偏差値があり、それ故に安心して一定以上のレベルの学習は保障されているという利点がある。
比較的新しい海洋系の学校なので海上技術学校のような右巻き偏重ということもなく結構自由な校風のようだ。
海上技術学校もそうではあるが、入寮している生徒が多く、その寮生活に不満を持つ生徒が少なくないらしい。
近年、海洋系以外の学部を創設し、より広い入学者を募集しているようだ。
当然ながら高校を卒業してからだって船乗りになるための道は用意されている。
高校の要素を持つ海上技術学校とは違い、基本5教科などは学ばず海運のことを集中して学ぶ2年制短大。
一般高校卒業から最短で船乗りになろうと思うのならこの選択となる。
海上技術学校では3年かけて取得する4級海技士を海上技術短期大学校では2年で取得できる。
ただやはり海上技術学校卒業と比べると1年間の周回遅れが発生するので、そのまま就職すると1つ年下の1年先輩が居る可能性があるので、そこを割り切る必要がある。
校風としては海上技術学校の生徒よりも意識が高いと言わざるを得ない。
普通高校から普通は選択しないだろう海運という道を選び、明確な目標を抱いて海上技術短期大学校へ来ているので資格の取得率が異様に高い。
海上技術学校や海上技術短期大学校ではボイラー技士資格や危険物取扱者資格なども取得できるのだが、海上技術学校と海上技術短期大学校を比べると海上技術短期大学校の方が取得しようとする者が多いのだ。
就職に対しての熱意もスゴイので、本気で学ぼうとしない人間が就職率だけ見て来ると単位が取れなくなり自主退学するそうだ。
しかも周囲は本気で学ぼうとしているので本気じゃない人間は邪魔者扱いされるらしい。
海洋系大学が統廃合された結果生まれたのが海洋大学である。筆者の母校。
海上技術学校や商船高等専門学校からの進学者も多く、入学時は一般高校出身者と海洋系学校出身者の知識量の差や海への適応力の差が激しい。
具体的にはロープやワイヤーを結んだりする実技(ロープワークという)の際に海洋系学校出身者は一瞬で終えるが、一般高校出身者はモタモタとしてしまい数十分かかってしまったりする。
更には実習船での海へ出ると海洋系学校出身者は活き活きとするのに対し、一般高校出身者は船酔いで実習どころじゃなくなるなどである。
半年間我慢して一般高校出身者でも真面目に学んでいれば海洋系学校出身者とのスキル差はそんなに開かなくなるのだが、それでもやはり実技で職人芸とも言える精度で物を完成させるのは海洋系学校出身者が一日の長もあり多い。
ただ必ずしも海洋系学校出身者が全てにおいて優っているかと言えばそうではなく、筆者の同期には金属加工で才能を開花させた一般高校出身者が居たりするので真面目にやってさえいれば問題はない。
資格は3級海技士(航海)または3級海技士(機関)のどちらかが取得可能。
商船高等専門学校と何が違うかといえば、そもそも大学なので例えば「高等学校教諭1種免許状(商船)」なども取得できる。商船の教諭免許なんてレアなのでたまたま何かのきっかけで現役教師と会話することがあると非常に盛り上がるw
学科や専攻の選択肢が幅広いので個人的には海上技術学校時代よりも楽しめたような気がする。大学時代が人生の春とはよく言ったものである。
ちなみにだが海洋大学は偏差値そこまで高くないくせに大学別平均年収ランキングでいつも上位にいる大学である(平均800万くらい)。
理由は簡単だ。船乗りは続けてると年収1,000万を余裕で超えるからだ。
就活は多くの学生に現実を見せてくれる悪夢だが、海洋系学生にとっては実はそこまで大きな問題ではない。
何故かといえば海洋系学生の就職先の8割は教官や教授、現役船乗りである親のコネだからだw
少しだけ経済の話をするのならば日本の経済は海運に依存しており、最も速く経済の動向の煽りを良い意味でも悪い意味でも受けるのが海運業界だ。
ただ好景気だから採用枠が増えるかと言ったらそうでもなく、どちらかと言えば人材の過不足によって増減すると言って良い。
現在はベビーブーム世代引退の最中にあるため人材不足を起こしており採用枠は多めだと言って良い。
その2へ続く
あんまり知られてそうで知られてないナルコレプシーの感覚について話す。
長いです。
要は自分の意思と関係なしに急に眠気が襲ってきて居眠りしてしまう病気だ。
毎日夢見が悪かったり、寝起きの気分最悪だったり、現実と夢の区別がつかなかったり(妄想とは別でね)
金縛りもどきにあうので体の自由が効かなかったりしばらくしびれたり、
夜中にちょっとしたことで起きたり顔がむくんだり寝てるのにずっと眠かったり…
とにかく 良 い こ と は な い 。 断 言 で き る 。
良く太ってる人がなる、って言われる無呼吸症候群とも関連してるけど
普通の体系の人でもなる。扁桃腺はれやすい人とか、遺伝で骨格的に喉が小さい人とか。
自分の体系はS~Mの服着れる程度の普通サイズだけど、扁桃腺の類が怪しいらしい。
普通の人と見分けるには目を閉じて1~2分で寝てしまう症状がある、ということらしい。
(普通の人は8分程度)
特に強いストレスを感じると自分の意思では本当にどうにもならない。
「寝ちゃだめだ、寝ちゃだめだ、寝ちゃだめだ…!!」
って思ってる時ほど気づいたら落ちる。
緊張すると体が逆に反応するようで、脳内のセルフ強制麻酔がかかるらしい。
そんなわけで、例えものすごい強い眠気覚まし用ガムを噛んでても
コーヒーを飲んでても、鉛筆やボールペン、針なんかで跡が残るくらい手をぶっ指しても
あらゆるものを試してみたりして対策したりしたけど、
その時は良くてもふと油断するともう落ちる。
というか、結局は体力の前借なので後日に反動が来るだけであんまり意味はない。
これで数学の先生に目の前で机ごと腹蹴られて数学がトラウマになったこともある。
今でも数学は苦手だ。計算式目の前にあると泣きそうになったりとかね。
ぶっちゃけ大人にもなって居眠りとか恥ずかしいし、
同僚には白い眼で見られるからその分頑張らないと評価されない。
仕事中に寝るのはさぼってるとか甘えとか言われるけど、
自分の意思でどうにか出来るならとっくにしてる。
ただし、自分の場合、体を動かしてる作業をしてたり忙しかったりすると平気。
自転車は平気だが、座って物事をしてると危ないので、
免許は持ってるけど症状が回復するまで運転は絶対にしないと決めてる。
感覚をエヴァで例えるなら、初号機の電池が切れて動けなくなったシンジ状態。
弐号機とアスカでもいい。
「なっ…こんな時に電池切れ?!動け、動けよ!動いてよ!!このっこのっ…!!」
ってガチャガチャやってるシーンあるけど、正にあんな感じ。
ところで零号機ってあんまり電池が切れたことがないような気がするけどきのせい?
まぁそういった調子で気づいたら体は機能停止して完全に沈黙してるから、はたから見たら居眠りしてるように見える。
自分の目には今さっきまでやっていた動作と同じ画面が見えてるし、周りの音もちゃんと聞こえてる。
つまり現実世界の夢を見ている状態で、自分では仕事してるつもりだから余計にタチが悪い。
で、ハタと何かの拍子に「何で目の前が真っ暗なんだろう…ああ、これ夢だ」と思って目を開けると
目の前にはものすごいタイプミスとか、ミミズの走りまくった文字のメモとか。
時計では10分~以上進んでたりするのでショートトリップもいいとこである。
ただ、電話が鳴るとパッと起きてそのまま電話にハキハキと問題なく受け答えしたりとか、
話しかけられると普通に起きて答えたりとか(寝ぼけてるとか寝言言ってるわけではなく普通に)
よくある。
目を開けたくても開かないときとかもざらにある。
その時は動きたいのに腕や指なんかも動かなくて、まさに初号機の中のシンジ状態。
カタレプキシーというらしいけど、要は金縛りと同じ原理らしい。
やっとの思いで目が開いて、手をぐーぱーすると死後硬直のように
「ギギギ…」って音が聞こえそうな程ぎこちない。
筋肉痛の痛みがなくて腕全体がしばらくしびれてるバージョンだと思えばいい。
脳みその奥から何かがびりびり…じわじわ…という感じで広がってくる感じ。
言い方がアレだけど脳内を沢山の虫が奥底から這ってくるといった感覚。
トイレなんかにいって10分くらい寝たり、
しぬほど甘ったるいコーヒー飲んだりとかするとだいぶマシ。
どうせわかってくれないだろうからと思って、
ここで事情知らない人に目付けられると色々といわれる。
ずいぶんとやる気ない人扱いやほかの部署からチクられまくったりして肩身の狭い思いした。
前々から病名と該当症状を調べてはいて怪しいとは思ってたんだけど
「ナルコレプシーですね」
と診断されたので恐る恐る会社に伝えたら
あっさりと「病気なんだからそうビクビクする必要はない」と分かってくれた。
拍子抜けした。もっと早く言えば良かった。
真面目に頑張っていたので、幸いその辺評価されていたのだと思うけれど。
心療内科じゃ確証が持てないことと精密検査が出来ないとのことで睡眠外来へ。
とりあえず心電図と血液検査と鼻の通りの検査を済ませて、予約がいっぱいなので検査入院待ち。
検査入院は1日半かけて、夕方体中にセンサーを付けて寝る→翌日の日中に2~3時間おきに
分かって貰えなかったりするとつらい。
もし身近にいつも居眠りしてる人がいたら
ちょっと話聞いてあげてほしいと思う。
本人が悩んでてもなかなか気づけなかったり悩んでたりということもあると思うので。
怠け者のレッテルを貼られて悩むくらいなら。
その後どうなるかは周りと自分次第だけど、
あぁ早く気持ちよくぐっすり寝られるようになりたいなぁ。
■追記
予想以上に反応&心配の声や早く良くなるといいね、と言ったコメントが多くてびっくりした。
もっと「甘え乙」的な叩かれ方をするかと思っていたので。
>どんな場面でも眠くなる?
どんな場面でも、というのは人によると思う。身近で同じ病気の人と話をしたことがないのでこればっかりは分からん。
自分の場合は周りが静かになる場面や部屋が暗くなる時、座って何も作業をせずじっとしていると耐えられないことが多い。
例えばそれこそ発言しない会議中や、事務作業で書類やモニタを眺めているだけの時、静かな映画や劇を見ている時、本を読んでいるときなど。
あとは物凄い勢いで怒られている時や忙しくなった後に一息ついた瞬間、なども。
逆にPCで絵を描いたりスマホをいじっていたり、何か夢中になる作業をしていたり楽しいことをしていたり、自分から何かをしているという時はそうでもない。あとはテンション高めな音楽を聞いてる時とか。
受動的な動作やストレスを感じる場面だと少しでも休めと脳がスリープモードに入るんだと思う。
病院で聞いた話だと、もっと酷い人やカタレプシーが強い人は待合室で名前を呼ばれてたった瞬間に崩れ落ちて立てなくなったり、何をしてても落ちると聞いた。
>普通の人は8分程度で入眠
これは平均して、だそう。病気とは限らないけれど寝付けない人は不眠症とか別のものなのでは。
>良く死ななかったなぁ
本当にそう思う。免許をとった時は必死だったので何事も無く無事だったけれど、多分運転に慣れたりしたら危ないんだろうなと。
>意識もダウンするのかと思っていた
前述した通り、機能停止した初号機の中に入っているシンジ状態なので脳みそは起きてる。
寝てると呼ばれても起きない、と言った状態がない。声をかけられたりしたら起きるので。
不眠症は目を瞑ってゴロゴロしてても寝れない、といったものや寝不足だとただ単に眠くなって意識がなくなったら起こされても起きないこともあるので、別物だと思う。
不眠症にもかかったことがあるけど、大きな違いは「自分で寝ようとして寝ても寝れない」のではなく「自分の意志とは関係なしに寝てしまうのに寝た気がしない。」なのではと。
>リトバス
ありがとう、見てみる。
眠りの質が悪くて寝れないのは辛いよなー。
みなさんも症状が良くなりますように。
あんまり知られてそうで知られてないナルコレプシーの感覚について話す。
長いです。
要は自分の意思と関係なしに急に眠気が襲ってきて居眠りしてしまう病気だ。
毎日夢見が悪かったり、寝起きの気分最悪だったり、現実と夢の区別がつかなかったり(妄想とは別でね)
金縛りもどきにあうので体の自由が効かなかったりしばらくしびれたり、
夜中にちょっとしたことで起きたり顔がむくんだり寝てるのにずっと眠かったり…
とにかく 良 い こ と は な い 。 断 言 で き る 。
良く太ってる人がなる、って言われる無呼吸症候群とも関連してるけど
普通の体系の人でもなる。扁桃腺はれやすい人とか、遺伝で骨格的に喉が小さい人とか。
自分の体系はS~Mの服着れる程度の普通サイズだけど、扁桃腺の類が怪しいらしい。
普通の人と見分けるには目を閉じて1~2分で寝てしまう症状がある、ということらしい。
(普通の人は8分程度)
特に強いストレスを感じると自分の意思では本当にどうにもならない。
「寝ちゃだめだ、寝ちゃだめだ、寝ちゃだめだ…!!」
って思ってる時ほど気づいたら落ちる。
緊張すると体が逆に反応するようで、脳内のセルフ強制麻酔がかかるらしい。
そんなわけで、例えものすごい強い眠気覚まし用ガムを噛んでても
コーヒーを飲んでても、鉛筆やボールペン、針なんかで跡が残るくらい手をぶっ指しても
あらゆるものを試してみたりして対策したりしたけど、
その時は良くてもふと油断するともう落ちる。
というか、結局は体力の前借なので後日に反動が来るだけであんまり意味はない。
これで数学の先生に目の前で机ごと腹蹴られて数学がトラウマになったこともある。
今でも数学は苦手だ。計算式目の前にあると泣きそうになったりとかね。
ぶっちゃけ大人にもなって居眠りとか恥ずかしいし、
同僚には白い眼で見られるからその分頑張らないと評価されない。
仕事中に寝るのはさぼってるとか甘えとか言われるけど、
自分の意思でどうにか出来るならとっくにしてる。
ただし、自分の場合、体を動かしてる作業をしてたり忙しかったりすると平気。
自転車は平気だが、座って物事をしてると危ないので、
免許は持ってるけど症状が回復するまで運転は絶対にしないと決めてる。
感覚をエヴァで例えるなら、初号機の電池が切れて動けなくなったシンジ状態。
弐号機とアスカでもいい。
「なっ…こんな時に電池切れ?!動け、動けよ!動いてよ!!このっこのっ…!!」
ってガチャガチャやってるシーンあるけど、正にあんな感じ。
ところで零号機ってあんまり電池が切れたことがないような気がするけどきのせい?
まぁそういった調子で気づいたら体は機能停止して完全に沈黙してるから、はたから見たら居眠りしてるように見える。
自分の目には今さっきまでやっていた動作と同じ画面が見えてるし、周りの音もちゃんと聞こえてる。
つまり現実世界の夢を見ている状態で、自分では仕事してるつもりだから余計にタチが悪い。
で、ハタと何かの拍子に「何で目の前が真っ暗なんだろう…ああ、これ夢だ」と思って目を開けると
目の前にはものすごいタイプミスとか、ミミズの走りまくった文字のメモとか。
時計では10分~以上進んでたりするのでショートトリップもいいとこである。
ただ、電話が鳴るとパッと起きてそのまま電話にハキハキと問題なく受け答えしたりとか、
話しかけられると普通に起きて答えたりとか(寝ぼけてるとか寝言言ってるわけではなく普通に)
よくある。
目を開けたくても開かないときとかもざらにある。
その時は動きたいのに腕や指なんかも動かなくて、まさに初号機の中のシンジ状態。
カタレプキシーというらしいけど、要は金縛りと同じ原理らしい。
やっとの思いで目が開いて、手をぐーぱーすると死後硬直のように
「ギギギ…」って音が聞こえそうな程ぎこちない。
筋肉痛の痛みがなくて腕全体がしばらくしびれてるバージョンだと思えばいい。
脳みその奥から何かがびりびり…じわじわ…という感じで広がってくる感じ。
言い方がアレだけど脳内を沢山の虫が奥底から這ってくるといった感覚。
トイレなんかにいって10分くらい寝たり、
しぬほど甘ったるいコーヒー飲んだりとかするとだいぶマシ。
どうせわかってくれないだろうからと思って、
ここで事情知らない人に目付けられると色々といわれる。
ずいぶんとやる気ない人扱いやほかの部署からチクられまくったりして肩身の狭い思いした。
前々から病名と該当症状を調べてはいて怪しいとは思ってたんだけど
「ナルコレプシーですね」
と診断されたので恐る恐る会社に伝えたら
あっさりと「病気なんだからそうビクビクする必要はない」と分かってくれた。
拍子抜けした。もっと早く言えば良かった。
真面目に頑張っていたので、幸いその辺評価されていたのだと思うけれど。
心療内科じゃ確証が持てないことと精密検査が出来ないとのことで睡眠外来へ。
とりあえず心電図と血液検査と鼻の通りの検査を済ませて、予約がいっぱいなので検査入院待ち。
検査入院は1日半かけて、夕方体中にセンサーを付けて寝る→翌日の日中に2~3時間おきに
分かって貰えなかったりするとつらい。
もし身近にいつも居眠りしてる人がいたら
ちょっと話聞いてあげてほしいと思う。
本人が悩んでてもなかなか気づけなかったり悩んでたりということもあると思うので。
怠け者のレッテルを貼られて悩むくらいなら。
その後どうなるかは周りと自分次第だけど、
あぁ早く気持ちよくぐっすり寝られるようになりたいなぁ。
久しぶりに夢を見たので書く(そういえばここのところほとんど夢を見なくなってた)。
隙を見て空を飛んで逃げ出した。空を飛ぶ夢はよく見る。怖かったり気持ちよかったり、そのときによって感じ方が違う。今回は気持ちいい系だった。
しばらく飛んで地上のとある都市に下りる。外国かなーと思っていたらまだ日本だったことに気がつく。
9階建て電気店的なところのエスカレータを下っていたら、バカリズム風の人が俺の何人か後ろをずっとついてくる。
俺は「何かありますか」と問う。「気がついてしまいました」とバカリズム風。
バレてると悟った俺は店の入り口までバカリズム風の人にピッタリ後ろを歩かれながら移動し、外に出た瞬間空を飛んで逃げようとすると、バカリズム風の人が俺の横に手を回し。なにやら機械をチュンと音を立てて動かした。
すると俺は血液検査で血を座れるようなときの感触がして倒れこんでしまう。
そこへ博士のような老人がやってきて、これは超能力を吸い取る装置だったのだよ的なことを言い、おれはああまた捕まるのか…、と深く絶望したところで目が冷めた。
女性の服装には頓着しない方だ。
友達でも、恋人でも、知り合いでも、他人でも、基本的には好きな格好すればいいと思っているし、
それぞれにかわいらしさってのは見出すことができる。
ちょっと嫌いとかじゃなくて、深い溜息がでるくらい、嫌いだ。憎んですらいる。
『かわいい』のか?あれは。
俺はファッションには疎いし、女性となればなおさらわからない。
だけど、最近流行っているらしいFFワンピースとかはものすごく『かわいい』と思うよ。
ぎゅっと絞るわけでも、ずんどうになるわけでもない曲線と、少し広がる裾の華やかな感じがすごくいい。
たぶんデートとかで着てこられたら最高に嬉しいと思う。
話を戻すと、ミニスカート+ホットパンツのスタイルの良さがまったく理解できない。
生地の組み合わせの統一感、外し方、色合い、丈の感じ、いろいろ選択肢はあるのかもしれないけど、
それぞれの良さが引き立つとか、わーっとした気分になるわけでもない。
言ってしまえば、ただまとまっているだけのような気がする。
それぞれ独立したものだから、まとめるのも大変だとも思うけど、
だったらまとめなくて良くないですか?という疑問がまずひとつ。
次に、この疑問を女性にぶつけると、たいてい次の2つの回答が得られる。
1)動きやすい
2)パンチラ防止
これは正直、理解できないことはないし、この2つの回答は合わせて1つ、といってもいいかもしれない。
でも、ここでさらに大きな疑問が出てくる。
女性は、『動きやすく』て『パンチラしない』メリットを享受するあまり、何かを失っているとは考えないのだろうか。
このスタイルの良さが理解できないと書いたが、理解できないものを嫌いだという根性は俺にはない。
じゃあなにが嫌いかってさ、
このスタイルの女性たちの、もれなく油断している感じがすごく嫌いだ。
このスタイルでエスカレーターを登る女性は、後ろを気にすることなく、ノシノシと上がっていく。
待ち合わせに急ぐのか、それともせっかちなのかわからんけど、大股でずんずん歩く。
居酒屋で合コンをしている男女の中、このスタイルの女性の膝は、こぶし2つ分ほど空いている。
女性に処女性なんて求めはしないが、恥じらいのない女性ほどつまらんものはない。
そんな女性に「えー恥ずかしいよ・・・」なんて見せ掛けだけの恥じらいを見せられても、困惑するだけだ。
このスタイルの女性とベッドに入るとき、ホットパンツを脱がせるのは大変だ。
「ちょっとごめんね」と言って、ボタンを外して、ジッパーを下ろして、
せえので腰を上げてもらって、やっと脱がしたと思ったら、今度はなんとも言い難いタイツを履いてるわけだ。
ホットパンツ単体について、同様のことを思うかというと、そうではなくて、
むしろ健康的で元気な人なんだろうなというポジティブな印象しかない。
そのときミニスカホトパンガールはなにやってるかと言うと、パラソルの下でぬるい恋バナしてたりする。
午前の仕事終わりでブラウスとタイトスカートで参戦したやつよりも働かないから手に負えない。
動きやすさとパンチラ回避を得られるかわりに、恥じらいと色気を失って、
そして男の女性に対する幻想まで打ち砕く。これが悪夢じゃなくてなんなんだよ。
どうせさ、おしゃれなショップ店員とかに、「これと組み合わせるとかわいいですよ」とか、
「今はいてるミニスカートにピッタリ」とか言われただけなんでしょ?
ほんとはかわいいとも思ってなくて、『あ、動きやすいですね』とか言って買っちゃったんでしょ?
もう無理して組み合わせなくていいよ。
パンチラしそうだなと思ったら君の後ろに立つし、
足が太い、短いと言ったら、それでも君はかわいいよと言うよ。
誰かのいいなりになって、色気と恥じらいを捨てないでくれ。
俺にいい夢見させてくれよ。頼むよ。
・根本になってる真相を突き止め怪物を無事退治して自分ひとりだけ生還しました
エンディング:色々な人が犠牲になったけど自分ひとりだけが無事逃げられ普段の生活に戻りました・・・何もかも解決して真相が解明されて地元の新聞にも唯一の生存者として取り上げられて・・・
・まだ全部の真相を突き止めた訳じゃないけれど一番の真相だけは突き止めて怪物を退治して生還しましたA
エンディング:無事逃げられ普段の生活に戻りました・・・自宅で普段の日常生活をしていると、何かいたような気がしてハッと窓を確かめる
・まだ全部の真相を突き止めた訳じゃないけれど一番の真相だけは突き止めて怪物を退治して生還しましたB
エンディング:無事逃げられ普段の生活に戻りました・・・自宅で寝ていると、ハッと目が覚める
・まだ全部の真相を突き止めた訳じゃないけれど一番の真相だけは突き止めて怪物を退治して生還しましたC
エンディング:無事逃げられ普段の生活に戻りました・・・自宅で普段の日常生活をしていると、自分の身近な場所に目を移す、すると怪物を象徴するような物(怪物のつけてた仮面とか、怪物の持っていた武器とか)が置いてある
・真相を何も突き止められなかったけれど怪物を退治して生還しましたA
エンディング:無事逃げられ普段の生活に戻りました・・・普段と変りない生活を送って主人公は無邪気にはしゃいでいるいると、主人公からカメラが離れて物陰が映り退治して来たはずの怪物が物陰に潜んでいる描写があってそのままスタッフロール
・真相を何も突き止められなかったけれど怪物を退治して生還しましたB
エンディング:無事逃げられ普段の生活に戻りました・・・普段と変りない生活を送っていると突然怪物に殺されてスタッフロール
・真相を何も突き止められなかったけれど怪物を退治して生還しましたC
エンディング:無事逃げられ普段の生活に戻りました・・・普段と変りない生活を送っている主人公、自動車で送ってもらっていると後ろの座席から・・・・・スタッフロール
エンディング:真相を突き止めたけれどそこで決定打になるアイテムを持っていなかったり、そもそも進む道を間違っていたりして、怪物や怪物の協力者や裏切り者に真実を知ると同時に殺されて・・・・・スタッフロール
・間違った真相を突き止めました
エンディング:何もかも解決して無事逃げられ普段の生活に戻りました・・・普段と変りない生活を送って主人公は無邪気にはしゃいでいるいると、主人公からカメラが離れて物陰が映り退治して来たはずの怪物が物陰に潜んでいる描写があってそのままスタッフロール
その場で殺されてタイトル画面
その場で死んでタイトル画面
・根本になってる真相を突き止め怪物を無事退治してみんなも助けられて生還しました
エンディング:みんなそろって無事逃げられ普段の生活に戻りました・・・何もかも解決して真相が解明されて地元の新聞にも悲惨な出来事として取り上げられて・・・何かおまけでいい事
怖い話作るならバッドエンドは直接怪物が生きているって言う断定の描写をするより、生きてるかもしれないような不安になる描写が多い方が良いと思う
痕跡があったり、何かそれを象徴するものが見つかったり、殺された人とか間接的な表現とか
生きてる事が確定すると言うのの確定って負の意味でもある程度安心感もたれるから
不安定でどう身構えて良いのかまだ決められない緊張した状態
もちろん断定の描写も織り交ぜた方が良いと思う
確実に決まった事があるっていうのはそれだけで心の支えになると思う
問題が明確なら対処できるんだから、「怪物がいる」「怪物がいない」のどっちかに常に出来るけれど
あいまいだったら、どんなに徹底的に解決したつもりでも、解決できた気がしない・・・
その他、生存者によっても変って来る
誰がどこで生き残ったかどうか
とか
どこまでの時点でだれだれが死んでいたりするとエンディングに変化
それとか、エンディングを迎える時、して来なければいけなかった事、持ってなきゃいけなかった物
何々の時点でして来なければいけなかった事、持ってなきゃいけなかった物
例えばこの時点でここの扉が開いていると逃げ切れるとか、この人が生きてると助けてもらえるとか、この時点で拳銃をもっていると追い払えるとか
それに伴って色々結末に変化が
こんな感じだと思う
ベストのエンドにめったにならないからこそ、何度やっても離れられない感じで悪夢みたいなしつこさを感じて、だから助かりたいと思って
ベストのエンドが嬉しい
サンプルとして、話題の記事を引き合いに出そう。
iOS 7: ここ10年で最大の悪夢 | Ticking Point
こう書かれている。
(中略)
しかし、そこで「ユーザビリティの低下」の根拠として挙げられているのは“Slide to Unlock”の問題だけだ。
いちおう線が多いだとかフォントが嫌いだとか書かれているが具体性に欠けている。
曰く「オシャレなだけ」「流行を追いかけただけ」「目新しさだけ」。
やはり具体性に欠ける。
フラットデザインには実用性がある(「メリットを上回るデメリットがあるのだ」というなら分かる)。
「オシャレなだけ」「流行を追いかけただけ」「目新しさだけ」といった批判はまったくの的外れだ。
そもそも、シンプルなデザインの代名詞とさえ言えるサー・ジョナサン・アイヴが、ソフトウェアをシンプルにデザインすることは「流行の後追い」なのか?
あるいは、Appleは目新しさのためだけに功臣スコット・フォーストールを追放したとでも言うのか?
まったく馬鹿げたことだ。
個別の使いづらさについては批判されるべきだ。
フラットデザインというだけで使いやすいわけではないのは当然だ。
“Slide to Unlock”への批判については確かに一理ある。
http://kirik.tea-nifty.com/diary/2013/05/post-d264.html
ほぼ全面的に同意で、ここから派生して結局クールジャパン構想は最終的に文化侵略の体を為さなければいけないだろうと言うが持論。
人類皆兄弟、真実はいつも一つというのは夢物語で、少なくとも文化と道徳というのは人々が経てきた歴史と生活スタイルによって異なる。
だので、某カード屋さんの首魁で某ブロッコリー創業者の人も言ってたように、クールジャパン政策は本質的には「生存圏」を拡大するというどっかの大東亜共栄圏構想もかくやの大事業だろうと思われるわけです。
そりゃABCD包囲網も辞さないわけですよね。
で、これがいやなら文化的鎖国をしなくてはならないのだけど、これはおそらく将来的な日本の外貨獲得プロセスにおいて非常に大きい痛手になりかねない。
基幹産業はおそらくアベノミクスやTPPを以てしてもかつての栄光を取り戻せないまま没落の一途を辿ることが火を見るよりも明らかな今、我らの希望は人的リソースさえあればゼロからいくらでもチャンスを生み出せるコンテンツ産業しかないわけです。
では政府的にはどうするか。
一番根本的かつ実効性が高い方法は積極的に国家機関がコンテンツ制作に積極的にコミットして、完全に浄化してしまうこと。
それがいわゆる昨今の表現規制の流れであるわけです。技術はそのまま魂には死んでもらう。だから実は昔の表現規制問題とはちょっと論点が違うんですよねたぶん。
外圧と自身の世界的国家戦略が根底にあるので、今まで以上にお役所は躍起です。で、おそらく世論もこれに乗っかかりやすいでしょうから巨大な流れになる。
じゃあ我々HENTAIアニメ・漫画・ゲーム大好きっ子はどうすればいいのか。
一つは本当にこいつらに向かって文化闘争を仕掛ける。孤立無援。敵はセカイ。なんて厨二病。
といってもそいつは無理な話なので、もうちょい現実的に行くと、国家的ゾーニングの徹底。
すなわち、HENTAIコンテンツを見せない、持ち出さない、持って行かせないという非HENTAI三原則でございます。
物理的コンテンツに関してはご禁制品のごとく徹底した検閲を各税関で行い、これを没収。この際技能取得者の海外渡航も禁じて技術漏洩も防ぎましょうか
ネットではHENTAIコンテンツを集中させた上で海外アクセスを完全に遮断する。
その上でお上が認定したいい子ちゃんコンテンツを海外に持っていく。検閲と事前抑制の禁止?知るか。
パンチの足りないコンテンツで禁断症状を発症したGAIJINさん達は日本に来ていただいてそのまま永住していただきましょう。移民万歳。
こうして出来上がるTHE・ユートピア、最後のエデン。盛り上がる経済。日本はHENTAIアニメで救われたのであった。
ビバ・クールジャパン。
いつもは誰かに怒られて目が覚めるといったネガティブな悪夢を見ることがほとんどで
夢を見たあとの目覚めは最悪だった
増田(はてブの一人称はこう書かなきゃいけないんだっけ?)は夢=悪夢という
清々しい気分で起きれたのだ
何故今日の寝起きはこんなにも素晴らしいのか
ふと、今日見た夢を思い返してみる
そうだ、増田は誰かを叱りつける夢を見たんだ
逆に誰かに怒ることなんてほとんどなかった
その講義の講師は講義中に用を足しに行く者に対して「講義前に行っとけよ」としきりに言う人だ
怒られたくない増田は講義中に便意がおそってこないように講義前には用を足すようにしていた
しかし昨日の講義中、急にお腹が痛くなりダッシュでトイレに駆けこみたかったのだが
退室をすれば講師にあきれた声で注意されるのかと思えば到底行けなかった
幸いにも講義終了まで我慢できた
この講義にはコミュニケーションシートという紙を最後にだして帰るのだが
途中退室する人にもどうしても席を外さなければならない理由があるのかもしれません
という怒りを込めたメッセージを書き綴って提出した
このことが今日見た夢に直結してるのだと思う
夢の内容も誰に対して何の怒りをぶつけたのかも覚えてないけど
怒っていたという事実だけは覚えている
普段感情をあらわにしない増田にとってこれはいい兆候かもしれない
p.s
どうかお許し下さい
私は吃音症である事が分かって以来、40年以上経過しているが、今でも症状は治っていない者です。
吃音症だと分かったのは3歳児の頃。最初は、言葉が遅れていると両親に思われ(実際は吃音症の為、発声が正常ではなかったのですが)、知恵遅れの疑いをかけられました。
その後、知能検査を受けさせられ(当時の事は今でも悪夢の形で夢に出て来ます)、知恵遅れではないと判明した次第。
まぁ、この時点で、知恵遅れだと思われたままだったら(とはいえ、現代の今なら「発達障害」扱いされていた可能性はありますけど)、まともな教育は受けられなかったかもしれず。
もっとも、日本では吃音症なる障害も病気も存在しない事になっているので(先進国で吃音症を障害認定していないのは日本だけですw)、いまだに治らないし、過去にコレが原因で酷い目に遭う事も多かったわけですがね。
実際、イジメもあったし、会社も一度は解雇されてますし、今も吃音が治らないのは私の努力不足だと上司に叱られる始末。
日本では、吃音症は障害でも病気でもない「ただの悪い癖」なので、改善出来ない私が悪いのですが(苦笑)
まぁ、吃音者ってのは、日本という社会が公認している底辺の身分なんでしょうね。まさにエタか非人www
せめて、日本でも他の国と同様に、障害認定されれば、少しは変わるんでしょうけどね。無理だろうなwww
http://anond.hatelabo.jp/20130427065315
いつ頃見た夢だったかは忘れた。
鏡に映った髪の長い、生気の無い顔。
気がつくと、深夜に帰宅している。
顔を洗って、頭まで布団に潜り込む。
すると、寝入りそうなところを見計らって、強い力で足を引っ張られる。
触られている感じからして男の手だが、
そう思って死にもの狂いで、もう片方の足を蹴る。
蹴る。
蹴る。
相手の指が変な方向に曲がった感触。
諦めて引き下がっていったようだ。
布団から頭を出さないまま、気配をうかがう。
ブーン。
どこかの蛍光灯。
さっきのは幻だったのだろうか。
ただただ眠い。寝たい。
そうしてうつらうつらすると、また、足が引っ張られる。
蹴る。
蹴る。
今度は同時にもう一つの手が顔をまさぐってくる。
口を塞ごうとしているのか?
私はただ眠りたいだけなのに。
死んでしまえ。
力一杯噛み付くと、ゴリリと嫌な音。
何故か血は出ない。
気がつくと目覚ましが鳴る。
飛び起きると当然部屋には誰もいない。
シャワーを浴びなくちゃ。
鏡を見るとひどい顔だ。
ブーン。
そして日の出を待たずに出社。
気がつくと深夜に帰宅途中。
私は何の仕事をしているんだろう?
少しでも眠らなきゃ。
眠る。
だが今夜も手が私を引っ張る。
おまえらどうせ、布団を剥ぐことはできないんだろう?
へし折ってやる。噛みちぎってやる。
いいから眠らせてくれ。
目覚まし。生気のない私の顔。
ブーン。
出社。帰宅。
手。
殺してやる。
私を眠らせろ。
ブーン。
眠らせろ眠らせろ殺してやる眠らせろ。
殺してやる!
殺してやる! って言いながら目が覚めたのはそれが二回目。
“特に病気等の事情もないけど学校に行けない、行きたがらない”ことを「登校拒否」っていうか「不登校」っていうかで
年代がわかるよね。
http://anond.hatelabo.jp/20130422102324を読んで疑問に思ったのでぐぐった。
yahooの回答によれば、
昭和41年から平成9年までの時期は、「登校拒否」という定義で扱われており、「不登校」という定義はありません。
学校を拒否しているという児童生徒だけでなく、学校に行けないという生徒児童もいることから、平成10年以降「不登校」に改められました。そして、現在までその定義は続いています。
ということだそうだから、私は丁度小学校低学年で変わったことになる。
文部省の資料を検索していたら不登校の現状を示す資料(注PDF)もあった。
昔から中学校の不登校率が一番高いというのは初耳、というよりもすごい驚きなんだけど、これって知る人は知ってるの?
「普通の中学に行ったら絶対いじめられるよ。」という母の言葉が今でもトラウマだと書いたんだけど、少なくともそれは間違ってなかったんだ。
不登校児のリスクが進学校で減ったわけで。結局受けたけど。今更遅すぎる理解だし、あの頃の母はやっぱり許せないな。。。
子どもの頃の思い出は忘れようとすれば忘れようとするほど思い出す悪夢のようなもの。
私も結局折を見てダウナーになって、未だに拘る自分は幼稚だと更に落ち込んでばかりだ。
結局「今」を曲がりなりにも幸せにすることで乗り越えるしかないのかな。
診断という第三者による客観的な判断は、自分の思い込みを排除してけじめつけるうえでもいいし、
3歳の頃に吃音症を患っている事が分かった。
発端は、言葉が遅れているのでは?という親の懸念によるもの。当初は、いわゆる「知恵遅れ」の疑いがかかっていたそうだ。んで、知能検査を受けさせられたのだ。
当時の事は、大人になるまで思い出す事もなかったが、たまたま見た「悪夢」が当時の記憶だった事に気づいたことをきっかけに全て思い出した。
で、時々思う。もし、当時、吃音症ではなく「知恵遅れ」と誤認されたままだったら、どこで何してたんだろうなと。
まぁ、最近は「発達障害」なるものが知られるようになって、40年前の当時よりも過敏に反応する親御さんが増えてるそうだが、世が世なら、障害持ちだったんだなとも。
ぶっちゃけ、吃音症が障害扱いされることについては賛同の立場ではあるけどね(先進国で吃音症を障害認定しないのは「日本国」だけw)
別に障害者になったからと言っても、吃音症に対する風当たりが弱くなるわけではないけども、癖の類と思われるよりは遥かにマシだ。いまだに「吃音症は治る」という誤った情報が多いことを思うと、そう思うしかない。現実には「治らない」が正しいのだが、分かっていない人を相手にすると本当に疲れるのだ。
日本人もだが、ガイジンもまた人権だのヘイトスピーチだの、興味ないんだよ。左翼は「ヘイトスピーチを放置すると日本は孤立する!」とか言ってるが、そんな事は絶対に有りえん。
興味ないやつもいるし、興味あるやつもいる。また、国益のために少々のことは目をつぶる(ポジショントークってわかるかい?)なんてのは政治の世界ではよくある話。あの米国にだって親中派はいるわけで、「○○のヘイトスピーチは綺麗なヘイトスピーチ」という偏見はなくすことはできない。だからといって、そういう事例をもって「ヘイトスピーチは無害」なんてことは絶対にありえん。
そういう、「最初から敵」の奴はどうでもいいんだよ。本来は味方を増やさないといけないのに、味方を減らしてどうする。ヘイトスピーチを見聞して味方になる奴と、敵になる奴と、どっちが多いと思う? ただでさえ鯨食いで西洋人の理解を超えてる日本民族が、さらにWWIIの悪夢をつっつく(すくなくとも、そう見る層は一定数いるよ)なんて馬鹿を通り越している。
養子養父母の否定がしたいわけじゃなく、このNHK特集記事でそれってのが気持ち悪すぎるという話。美談に酔いすぎだろ。
だって野田聖子の中絶禁止による少子化対策発言とかがあってのこれだよ?明らかにその文脈でこのNPOの活動を評価させようとしてるよね?
産む人と育てる人は別でもいいって、そういうことは産む人と育てる人が一緒でもいい・育てられる環境を十二分に整備してから言うべきだろ。
カネがないのに子どもできちゃった、おろして殺すよりはと泣く泣く里子に出した、でその後そのカネのない女どうなるの?
「自分の子」にはおそらく生涯会えず、子を里子に出さねばならんレベルのカネのなさが変わることもない。
逃げた男に確実に責任取らせるような仕組みも女手一つで子ども育てられる仕組みも何も整えないで「産む人と育てる人は別でもいい」って悪夢すぎる。
追記:
論点ずらして問題見ない振りしてる奴は何なの? それが流行の事なかれ主義って奴? それとも真面目に脳みそ足りないのか?
あのさ、養子養父母の否定じゃないって言ってるっしょ最初から。子どもの救済措置としてアリなのはわかるっつの。
しかしそれは親への救済が片手落ち状態なのを一切正当化しないだろ?
そんな状態で「産む人と育てる人は〜」ってフレーズが出てくるのおかしいでしょ。それむしろ「遺伝子は遺したいけど仕事楽しいし子ども嫌いだから里子に出す」ってケースを自由意志と美意識の問題として肯定するための台詞だよね?
そっちならまだ肯定できる。言い方は悪いが需要と供給が本当に噛み合うケースだと思える。
でも経済的困窮で住むとこと産むベッドがボランティア頼りで挙げ句産まれた子どもろくに抱きもしないで手放さなきゃならないって美化して済ませられる話じゃないだろうがよ。
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.nhk.or.jp/seikatsu-blog/600/148408.html
正しくは「物語で売れ」なのは周知のところだけども、これって実はいろいろとヤバいマーケティング(笑)なんじゃないだろうか。
たとえばこのページ、
http://clockworkapple.me/?p=6734
ちょっとウルリとくるようないい話風のエピソードが載っていて(最後にアフィが張ってあって)、ブクマコメも最初は普通にエピソード記事に対してつくようなのがついてる感じだったけど、途中からステマの指摘が入るや否やみんな右向け右で「広告としてどうか」としか評価を下さなくなっちゃった。
曰く「素晴らしい広告」「良い宣伝」「ポエム文体のアプリレビュー」。
これってなかなかデンジャラスだよね。
元の文章読めばわかるけど、これ文章はちょっとした読み物だけどそれは広告としてどうかっていう評価と直結はしない。
広告として評価するならむしろいくら売りあげたかとかで測るのが妥当だし、そもそも文章自体アプリとは関係ないんですよ1970ウン年生まれの筆者が高校の時どうこうって話だから。アプリの使用感レビューですらない。載ってる写真はたぶんwebからの拾い物で本人が撮ったもんじゃないし使った結果こんな感じなんて一言も書いてない。
つまり広告された側の方で「素晴らしい文章」と「素晴らしい広告」とをごっちゃにしちゃってるんだけど、果たして皆さんそこんとこ自覚あんのかなってのがすごい怖いしキモイし気になる。危ういと感じる。
これ突っ込まれて気付くんじゃなくて自力で自覚できないと認知が派手にゆがむけど大丈夫?みたいな。
「素晴らしい文章として評価しちゃったけどよくよく見たら読み物というか広告だった、けど文章は素晴らしいので広告として売り方として素晴らしい!」みたいな論理に陥る。書き出すとわかるけどまるで意味不明。
こんなグネグネの針金みたいな行動原理に基づいて消費行動がある程度の規模で行われるって光景としては非常に悪夢的ですよ? マジキチよ?
だって普通にストレスフルじゃんそんな認識。ちょっと考えればわかるけど、これは「物語でダマしてまで物を売るのは良くない、広告は基本的には商品の良さや必要性を直球で正確にアピールすべきだ」っていう価値観が根底になきゃ生じない混乱ですよ。
「文章としては素晴らしいのに。広告ってのが残念」と素直に言えよと。なぜ言えないのかと考えると何だかもう鳥肌モノなんですよね。
これからモノが売れないとこんなのが巷に溢れ返ると思うと「うえー」ってなる。
原作読んだこと無いし、もともと剛力彩芽にそんなに反感ないし、ていうかもうちょっと頬骨張ってたらアメリカあたりで絶世の美女扱いされてそうだなっていう感じだし(森理世的な)、自分は本好きだし、ドラマも好きだし、ネット評とは相反して意外と楽しめるんじゃいかと思って。
なにが無理なんだろうって考えたのね。
いや、考える必要もないんだけど、だって剛力さんが夢に出てきちゃうんだもの。たった10分間の映像でこの人はなんでこんなに自分にダメージ与えてるんだろう、みたいな。
で、思ったんだけど、中学とか高校ってスクールカーストがあるじゃない。人気者が一番上で、オタクが最下層。その間に細かい階層がピラミッド型に形成されてる、的な。だけど、実質このピラミッドは二つあると思うのね。陽のカーストと陰のカースト、みたいな。サクッといえば、体育会系と、文化系の違い。体育会系のピラミッドのほうがより高位にあるけど、文化系のピラミッドもそれはそれで成立している。たとえば、今で言えば栗原類とか高校にいたら陰のカーストの最上位なんだろうなって思うのね。
この二つのカーストは全然相容れないわけ。交わってはいけないの。体育会系は明るいところで、太陽浴びてボディアンドソウル踊りだせばいいし、文化系は暗いけど涼しい校舎で、ほんとの幸せ探してればいいんです。
自分はバリバリ陰のカースト側で、学校で一番好きなのはいつも図書室だった。ちょっと埃っぽくて薄暗い本棚の間をすり抜けて、本棚と本棚のすき間にある小さな机と椅子が、自分の特等席だった。教室だと、陰のカーストと陽のカーストがごちゃ混ぜでいつもうるさくて、気の休まる暇がなかったんだけど、図書室は陰のカーストのテリトリーだった。陽の側の人って、絶対図書室なんかこないでしょ?学校生活はストレスそのものだったけどなんとか切り抜けられたのは「図書室」っていう聖域があったからだと思う。あんまり人の手に取らない本から舞い上がった埃が、すこし視界を曇らせて、そこに後の窓から柔らかい光がさしこんで、ソフトフォーカスのセピア色の写真みたいに見えて、遠くの校庭から運動部の声が聞こえてくる、その声の遠さにまた少しほっとする。そんな癒しの場所だったのね。
だから、ビブリアの冒頭見たとき、「ああ、いいな」って思った。懐かしい、って。最後に誰が手にとったかわからない本が山積みになってその中に埋もれるような場所がある。ああ、なんて素敵な。
で、そこに座ってるのが剛力彩芽。
いやいやいや。
もう、なんていうか、輝いちゃってるのね。薄暗い場所で。陽の雰囲気を隠し切れない。私、ハツラツとしてます!活発です!運動神経いいです!校庭駆けまわってます!思ったことはなんでも言っちゃいます!ときどきそれで角も立つし、誤解されたりもするけど、それもまた魅力でしょ!っていう。どっからどうみても、陽のカーストのトップはっちゃってるわけ。アタックNo.1なの。
違う、違う、違う。あんたはそこに入っちゃいけない。そんな埃っぽくて薄暗い所は、あんたには似合わないからさ、お願いだから、はいってこないでって。そこはね、陰のカーストの人間の、数少ない聖域なんだよ。明るい方の人は、いいじゃん、居場所がいっぱいあってさ。教室も校庭も、体育館も、みんなあんたたちで埋め尽くされてる。でも、私の場所はそこしかないんだよ。たとえばそこに綿矢りさがいたら納得して譲るよ? でも、そこにアタックNo.1がいるのは無理だ、聖域の陵辱だ。
幼い頃から悪夢というものと自分自身とを切り離すことができなかった。
もっとも古い記憶を辿ると、それは確か四歳くらいの時のことだったように思う。
幼少期の記憶というものは往々にしてひどく曖昧で、常々そこには作詩の可能性が付き纏っている。
俺には、幾つかの後生大事に抱き締め続けている記憶というものが存在しているが、しかし時々それらについて、実際の記憶であったかどうかが分からなくなる時がある。いやそうではない、実際にそれは俺の作詩なのだろう、と確信する時すらある。何度となく思い返すにつれテープが擦り切れていくように、記憶の強度というものは想起を繰り返す度に減っていくのではないか。そしてそのテープが磨り減るという現象は、多くの場合自分にとって幸福なものと見做された記憶に限って起こるのではないだろうかと思う。
何人もの大切な人がいたように感じられる。でも今にして思えば、俺がその人々に対して抱いていたと記憶している感情が、ほんとうのところ真実であったかどうかに自信は無い。
前置きが長くなった。夢について。
俺はその夢の中で、風景のないのっぺりとした空間に立っていた。そして何かを振り回している。ぐるぐると回っている。その手には鎖が握られていて、その鎖の先には鈍い色をした重りのようなものがついている。それを握ったまま俺はその場でぐるぐると回り続けている。それが延々と繰り返される。
背中に何か大きな、ふわふわとした感触が感じられる。もっとはっきりと言えば、その時の俺の背中には何かがしがみついていた。その何かというのが一体何だったのかについては、正直なところひどく曖昧であり、そこには作詩の気配がある。
でも、ともかく今の時点でその記憶を辿るならば、それは俺の身長ほどもある一匹の蛾だった。
それが俺の背中にぴったりと張り付いていて、そして重りを振り回す俺に対して何を言うでもなく、じっとしているのだ。
いまでっかくて有名な某建材設備機器の製造会社に客先常駐で仕事してるんだけど
そこで常勤するようになってから母親が眼の色変えて色々仕事のこと聞いてくる。
俺がそこの正社員にしてくれるんじゃないかと勝手に期待してたらしい。
情けないうえに頭わりぃし気持ち悪すぎる。
安定してる仕事して欲しいらしいが、安定の意味もわからんクソババアすぎる。
いつも「正社員正社員~」って悲鳴みたいな説教してきて笑えるw
あのキチガイババアって正社員を貴族かなんかだと思ってるんだよw
はよポックリ逝ってくれ。お前の老後の世話とか悪夢だ。
まあ、俺が経営者やったら正社員なんて雇わないわ~足手まといだし。
恥ずかしげもなく穀潰しになりたいなんてことも言えんわ~