はてなキーワード: ポジティブとは
どっかのエセ関西弁パリコレうんち野郎がポジティブ方面のうざったさなら、こいつはネガティブ方面のうざったさを持つ輩で、意図不明の☯陰陽☯である
特徴は「文体にひらがなが多い事」、「俺」を「おれ」、「特徴」を「とくちょう」など、いろんな単語をひらがなで書いている
れいとして、彼のかきかたをまねればこういう感じだ、ひらがなでかく事で言いしれぬぶきみさをかもし出している
行動パターンは「凶暴性が下がった字下げがパリコレ並みにトラバをつけるようになった感じ」と見ていい、ジャンルを問わずにトラバを飛ばすのもポイント
トラバを他人に付けてる際には言ってること自体はマトモでも、ひらがな混じりなので不気味だしよく読めば噛み合ってない
そしてこいつが独り言を口にしてるときはなんというか…うん、アレだ、話しちゃいけないタイプってやつ
彼の自伝(?)とも言える独り言トラバを見た感じ、過去にイジメとかパワハラとかそういうのを受けてから何か歪んでしまったようで、ネジがどこか緩んだ文体で過去の恨みや未来への悲観を書き続けている
まあアレだ、意図がわからないと述べたが本当にこいつはわかんねぇ、字下げ殺人予備軍は「警察死ね」「女死ね」「この世の生きとし生ける全て死ね」、パリコレファッキンエセ関西弁ネットリウンチマンは「俺は神」「お前らに嫌がらせしたくてたまらねえ」「パリコレ」という明確な意図があるが、こいつは本当に意図が読めない
致命的に向いていない自覚がある
現場での活動で何より大切なものは、アドバイスや解決やポジティブな励ましではなく、
私はかつて元KAT-TUNの田口淳之介ファンだった人間だ。(釈放時に派手に土下座して法廷で公開プロポーズしたあいつだ)現在も別の男性アイドルを応援しているので、Twitterでいわゆるオタ垢を動かしている。そのオタ垢のTLで今年私をざわつかせた一連の流れがある。
手越祐也のジャニーズ事務所退所と、そこからのファンの動きだ。
何がざわつくかって、かつての田口のファン層の変化と共通する点が多いからだ。
先にトピックを列挙しておく。
・私生活の切り売り
当初たまたま目にしたファン...というより降りたくても降りられない人たちのつぶやきがあまりにも既視感があって、愚痴垢界隈からしばらく目が離せなくなってしまった。自分でもはちゃめちゃに気持ち悪いと思うけれど、自分のトラウマと向き合って過去を冷静に振り返りたい自分がそこにいたのだと思う。
はじめに書いておくけれど、これはアイドルファンに対して「こうあるべき」と言いたいのではなく、手越くんをはじめとするアイドルたちに「残ったファンがこういう状況になったら危険」とどこかにメッセージを吐き出したくなったそこらの限界オタクの呻きです。オタクたちに石を投げるつもりは一切ございません。
また、「逮捕されたアイドルと一緒にするな」というご意見もあるかと思いますが、正直逮捕の有無に関わらず、逮捕前の田口の状況はいわゆる下降線をたどっていて、あまり芳しくなかったと思います。メジャーとの契約が切れたりして。(現在はリセットされて少し良くなったと思う。この辺りは末尾にて。)知名度も人気の規模も手越くんとは差がありますが、あくまで「アイドルとファンの関係」が悪化すると活動が衰退する可能性があるぞという個人の意見ですのでご了承ください。
田口といえば世間一般的にオラついていたKAT-TUNの中でもマイルド担当で、育ちとスタイルの良さ、ダンスの美しさからクラシカルな王子様的ポジションとして愛されていた。(寒いギャグも言う三枚目キャラでもあったけど。)
ジャニーズ時代は比較的需要をまっとうしていたけれど、退所してソロ活動を始めてからは、本人のリアルな嗜好が垣間見れるようになってきた。
今でも「田口淳之介 ロゴ」と画像検索すると一部ヒットするが、ゴリゴリのワルなストリート系のロゴなのである(語彙力、、)。
インディーズで発表した1stシングル「HERO」のジャケも完全にらしからぬワルでマッチョなフォントでタイトルが描かれていたし、続いてリリースされたメジャー1stシングルのロゴもストリートアート風で、本人のファッションもとてもカジュアルなものだった。
活動のかなり初期から、熱心だったファンからも「これじゃない」「田口くんに似合う服はもっとこういうの(画像つきTweet)」といった類の意見が頻出していた。
音楽性に関してもちょいちょいジャパレゲテイストを出してきたり、ウェイ度の高いラップにチャレンジしたり、イカついテイストの楽曲が目立った。(全てではないが)
はっきり言って、目指している方向が「理想とちょっと違う」というよりファン達が「なんなら苦手」と感じるジャンルだった印象だ。地雷を踏んでいたのだ。
アー写も「強い自分」を打ち出したい意図がわかりやすいものを長らく使っていて、「もっと穏やかな空気感の写真の方が田口くんの良さが出ていいのに」なんて言うファンの数は決して少なくはなかった。あれだけ言われていたのだから、ファンレター等で直接進言した人だっていたに違いない。
逮捕前の田口は、ファンの需要を理解していながらも「自分が表現したい自分」との大きなギャップに苦しんでいたのではないか。
(ライブの衣装しかり、写真集の衣装のチョイスしかり、需要に応える場面もそれなりにあった。けれど、本人が持たれたい印象と差があることがあまりにも明確だったので正直見ていて苦しかった)
独立して個人で活動していくのだから、アイドルが自分のやりたい表現をやる権利を行使して当然だ。それは美しく言えば信念とも言える。だけど、ファンのツボを押さえていないとファンが減るのは当たり前の結果なのだ。
かつてのファンが一番切望しているであろう音楽活動が手薄なまま、YouTubeにボランティアに脱毛サロンにと活動範囲を広げている手越くんを見て、そんなことを思い出した。
ただここまでは本人がリスクを覚悟してどこまで天秤にかけるのか次第の話だからまだいい。ここまでなら未来に期待して残るファンはそこそこいる。
芸能人の実名をあげまくった手越くんの自伝とは影響力にだいぶ差があるが、田口もしばしば私生活の切り売りと称されても仕方のない活動があった。
いくつかの媒体で、退所から現在までを振り返るインタビューで結婚をいずれ考えている主旨の発言をしたり、吉本芸人がたくさん集まる関西ローカルの番組でも同様のことを語ったりしていた。
長年交際を続けている恋人がいるのはファンなら周知の事実だったし、退所理由を濁された時点で結婚を見据えての退所なのだろうと多くのファンが推察していたせいなのか、ソロ活動の開始当初から田口のファンには恋愛に寛容な人が多かった。
だが、週刊誌から情報が流れてくるのと本人の口から語られるのとではダメージ全く異なるのだ。くだりの関西ローカルから一気にファン離れが進んだ印象が強い。
「アイドルだって恋愛は自由だ」という考えは正論だし、どちらかといえば私もその主張に近いが、一方で「恋愛して欲しくないというより、アイドルの生々しさに触れたくない」というファンの気持ちはわからなくもない。そういうファンが良い悪いというより、アイドルが実生活の恋愛の話をすと、一定の耐性がある人でないと応援しづらくなるのが実情なのだ。
また、生々しい恋愛を語りファンに耐性を求めることで、”とあるリスク”が生じるのだ。
現在手越くんを純粋に応援するファンの方も、どちらかというと高齢の方が目立つ。
田口はジャニーズ時代から元々マダムキラーの傾向があったが、1stアルバムを出したときに池袋のサンシャインで行われた特典握手会には本当に若いファンがたくさんいたし、握手して感激して目をはらして会場を後にする人で溢れていた。
それが、いつからか会場には自分の親世代のファンの割合がどんどん増えていって(つまり若い子が減った)、スタンディングの密集した現場なんかでは誇張ではなく本当に加齢臭が漂うようになってしまった。
アイドルの恋愛に耐性がある人とはどういう人なのか。全員ではないが、自身が結婚を経験している人ほど、その傾向は高まるように思う。
また、アイドルの親目線で「幸せになって欲しい」と願うファンもこの傾向が強い。(言わずもがな親世代の人たちに親目線のファンが多い)
「自分が結婚しているのに、アイドルの恋愛や結婚を咎めるのは後ろめたい」と思う人、「アイドルの恋愛を許容する心の広い自分が好き」と思う人たちが生き残る。
高齢なファンが全て悪いとは言いません。年齢を重ねて穏やかに応援していて、マナーを大切にする素敵なファンの方もたくさんいました。
・SNSが苦手
SNSが苦手。これが単に「拡散力が低い」だとか「他界隈を沼に落とすのが下手」といった特徴であれば、単にプラスの影響が少ないだけで、害はありません。
SNS慣れしてない、SNSしてない世代の特徴は、<自分のSNS上での振る舞いで他者からどう見られるか>という視点が欠如した行動全般を指すのです。
わかりやすい例でいうと、愚痴をつぶやくときに検索避けが出来ていなかったり。アイコンやプロフィールがダサかったり。使っている絵文字や顔文字など表現全般が古かったり。内容を垢分けせずに無駄に日常を垂れ流したり。
高齢な女性ってなんですぐ「○○ちゃん〜❗️」とか言ってすぐリプライで絡むんでしょうね。あとすぐ「○○同盟」とか「見守り隊」とか言い出したり。
きっと若い世代以上に良くも悪くも<いかに標準的であるか>に気を遣う世代だからすぐに群れたがるのでしょうか。
アイドルのディープなオタクになるための2大行動として「ファンクラブに入る」と「SNSで専用垢を作る」だと思うのですが、後者の専用垢を作る前段階で、新規の若いファンは大手垢を中心に、界隈のファンがどんな発信をするかをチェックします。そして、安心できるコミュニティーだと判断してようやく壁打ち垢からスタートするものです。
SNSが下手なファンばかり増えてしまうと、残念ながら新規のファンはどんどんつきにくくなります。
あとこれは田口のファンだけかもしれないけれど、高齢のファン、気持ちが昂ってても遠慮してなのかライブ会場であんまり声出さないから、パフォーマンスの素晴らしさの割に現場の熱狂が薄くて悲しくなることが多かったな。。。
よく愚痴垢界隈や降りかけのファン、ひいては批判を投げかけるファンに対して投げかけられる意見として、「嫌なら見なければいい」という言葉があります。
特に逮捕直後は当然ながら田口ファン界隈のSNSも荒れに荒れ、結果として擁護派からこの言葉が発せられました。
少し前にAKB48の柏木由紀ちゃん(この人選で傷つく手越くんファンいたらごめん)も自身のYoutubeチャンネルで、「全肯定してとは言わなけれど、アイドルを自分の理想に変えさせるのは違う。見ていて自然と応援したくなる人を応援すべき」という主旨のことを話していた。全肯定まではいかないけれど、比較的近いスタンスの発言だと思う。
こうした類の意見は、ファン自身が精神を病まずに応援するという観点では大正解だ。
だけどアイドルから見て、本当にこのスタンスは望ましいのだろうか。
アイドルに限らず、認知度がものを言う世界では、無関心こそが最大の脅威だ。愚痴を言われながらフォローを続けられているならまだマシで、チャンネル登録やフォローを一度外されてしまったら、そのファンが戻ってくる望みはほぼゼロに等しい。
だいたいアイドルが何をやっても許すならば、そもそもなぜそのアイドルを推しているのかという根拠が揺らいでしまう。だんだん応援するのが習慣になってしまったとしても、元はといえば応援したくなる決定的な要素があったからファンになったはずだ。本当に全肯定になってしまったら、それはただの宗教か依存か自己陶酔だ。
今私が推しているアイドルの界隈は、ことによっては批判も行われ(批判はアイドルだけでなく運営に向けられることもある)、少なくともファンの間では正当に議論が交わされることが多い。批判も決して押しつけではなく「次は気をつけられるといいね」「反省できる○○くんは素敵」といった具合に幸いにもポジティブに着地するのをよく見かける。こういう意見が見られる場所で応援してこそ、自分の推しているアイドルを好きだと日々自信を持って実感しながら応援出来るのではないか。
そして現在の手越くんの愚痴界隈は、見切る勇気がなかったり、まだ期待しているというだけでなく、ファンが減ってしまう恐ろしさを察知しているからこそ、健気に意見を言い続けているのではないでしょうか。
かつての田口担から見ても、彼女たちがいなくなってからが本当に切ない事態を招いてしまう予感がします。Twitterを見た感じ、若いファンが多いし。
少し前に現在応援しているアイドルグループのメンバーの一人が、新しいレギュラー番組を始めるにあたって、「今まで見せたことがない一面を見せるかもしれない」と事前にブログで発信していてとても感心しました。ファンが離れる恐れのある新しい挑戦の際に、先回りしてファンをケアしたり、活動の幅を広げるにしても、ファンが理解できるような筋を通すことでいかに安心感が得られるか、と実感した体験でした。手越くんもよかったら参考にしてみてください。
最後にこのブログで散々貶めてしまった元自担の田口淳之介さんに関して補足。
私は逮捕が原因でファンをやめたというより、逮捕後、ファンクラブの会員だけが見られるブログでは「法廷で語ったことが全て」と言っていたくせに、そのブログの後で家族との仲が原因で小嶺家に助けられて絆を深めた、などなど余計なことをベラベラと週刊誌に語ったのに呆れ果てて応援する気をなくしてしまいました。
ですが、私がファンをやめる前より、現在の方が状況が良いように思います。
逮捕されたことで以前よりプライドがなくなったのか、自身のオリジナル曲だけでなく「踊ってみた」に積極的に挑戦して動画を投稿したり、逮捕前からラジオ番組を通じて交流があったボカロ界隈の方と楽曲を作ることで、クリエイターを押し上げつつハイペースに作品を出すことに成功しています。
正直、逮捕された後にここまでアクティブに活動してくれると思っていませんでした。
ボカロ曲が私の音楽的嗜好に合わないので、応援はしていませんが、SNSのフォローは続けています。
たくさん傷つけられましたが、今でも幸せになって欲しいという気持ちには変わりはありません。
何より、「歌って踊ることが好き」であるということにしっかり軸を置いて活動しているのが見て取れるのが嬉しいし、どうかこのまま続けて欲しい。田口氏に関しては、いつの日かまたファンに戻る日がくるかもしれません。
勝手に比較して勝手に書き散らしましたが、どうか手越くんのファンやかつて手越くんファンだった人たちが幸せに心穏やかに暮らせますように。
『元増田を読みやすくすると言いつつ悪文を書く』、『元増田を文字通り読みやすくする』
どちらが増田(anond:20200905231824)が意図したものなのか判別不可能な出来だったので
該当増田(anond:20200905231824)をリテイクしました
※ 読点や利用記号は面倒くさいので読みやすくする増田(anond:20200905231824)の原文に倣いました ↓
読みやすい、という ほめ言葉 を嫌がる人が多い、と言われています。しかし読みにくいとされる文章は存在します。
お世辞を言うにしても読みにくい文章に対して「読みやすい」とは言いません。
もちろん、「読みやすかった!」とだけ言われた場合、素直に喜べない気持ちはわかります。
書き方がよくありませんでした。ここで想定しているのは、趣味で小説を書いている人たちです。
感想が単に読みやすかった、だけなら喜べないのは分かります。確かに「他に言うことはないのか?」と思います。
しかし喜べないないからといって怒ったり傷つく必要は無いと思います。読みにくかった、という感想より良いではありませんか。
読みやすいという評価を物書き(同人界隈では字書き)は好まない傾向にあるが、ポジティブな評価をネガティヴに受け止める必要は無い。
女性に対する性的暴行のニュースを見ると自分のことのようで心が痛みます。
自分の経験を元に、男性の被害実態も知ってほしくて書いてみました。
男性の被害は声を上げづらいと思うので、こういうときに匿名サービスがあるのは本当に助かります。
大きく分けて3回。
最初の被害は小学校1年生のとき、5つ年の離れた姉によるものでした。
食べ物やさんごっこと題して、姉がお客さん役、自分が食べ物役でした。
姉は食べ進むたびにわたしの服を脱がせ、最後に裸になった時点で食べ終わったことにして終わります。
親は共働きで日中家にいませんでしたので、姉と二人での留守番の間、1日に数回、1ヶ月ほど続きました。
なんとなく恥ずかしい感じはありましたが、そういう遊びだと姉に言われれば従わざるを得ませんでした。
おそらくは姉が異性に対して興味を持ちはじめて、手っ取り早く年の離れた弟で色々と試してみたかったのだと思います。
これが性的虐待だったと気がついたのは大分経ってからになります。
性別を入れ替えてみればこれが性的虐待だということは明らかです。
姉はいま海外に住んでいるので会う機会が少なく、たまにあっても当たり障りのない会話しかしません。
姉が当時のことを覚えているかわかりませんが、結局これを訴えたところで何かが変わるわけではないので、おそらく今の当たり障りのない関係が死ぬまで続くのだと思います。
次の被害は小学校5年生のとき、民間のスキー合宿に参加したときのことでした。
夜、寝ているときに股間がムズムズするので目が覚めると、スキーの男性講師が隣に横たわり、こちらのズボンに手を入れて局部を触っていました。
こちらが目を覚ますと「成長具合を確かめていたんだよ」といったようなことを言っていたように記憶しています。
そういうものなのかなと思いつつ、トイレに行きたいといってその場を離れ、(実際に尿意があった)戻るといなくなっていました。
これについても、これが痴漢行為だったと気がついたのはずっとあとになってからでした。
当時はそういうものなのかなと思い込み、特に誰かに告げ口をするようなことはありませんでした。
都内の学校に通っていましたが、使っている路線は有数の混雑列車で、ラッシュ時には全く身動きが取れなくなります。
そんなとき、いつからか50を過ぎたくらいの細身の、よれよれなスーツをきたおじさんがいつも横にいることに気が付きました。
最初はただ横にいるだけでしたが、だんだんと体の向きが変わり、そのうち股間を押し付けてくるようになりました。
しかし、相手はただ股間を押し付けているだけ。証拠が残るわけでもなく、声を上げることははばかられました。
被害に合わなければいいと、乗車位置や時間を色々と変えてみましたが、どこで見張られていたのかわからないまま、いつのまにかそのおじさんは自分のすぐ近くにいました。
この、大したことではないけども受け入れるわけにも逃げることもできない状況は大きくストレスになりました。
その後、学校を遅刻する時間になればいなくなることがわかり、学校に説明できないまま遅刻を繰り返しているうちにいなくなりました。
ただし遅刻の理由はだれにも相談できず、成績と評価は大きく下がりました。
これが痴漢というものなのかと自覚したと同時に、過去2つの事件も同じく性的虐待だったのではないかという疑念が沸き起こりました。
それと同時に、性への猛烈な嫌悪感が湧き上がりました。
思春期のど真ん中にありながら、この日を堺に、自分は人間不信と過剰な男性嫌悪に陥ります。
とにかく男性が近くにいること、肌が触れることが嫌で嫌で仕方なくなりました。
加害男性と他の男性は違うということを頭で理解していても、体からの拒否感を説得することは不可能でした。
年頃になって周囲から性的な話が始まると、猛烈な嫌悪感からその輪には入ることはできず、テレビにニューハーフといった男性を性の対象としている男性が登場すると、まともに目を向けることができなくなるほどでした。
いわゆる正常な恋愛のアプローチによって性的な行為に至ったわけではなく、こちらの意図しない状況で、しかも同性から性的なアプローチを強要されるということは、次のような副作用をもたらします。
「同性を嫌悪感とともに見るときに、必ず性的な被害にあったときのことを思い出す」というものです。
これはつまり、1日に締める「性的な思考」を考える時間の割合がかなり高くなってしまうことを意味します。
嫌悪であれ、好意的であれ、常に「性的な思考」が意識にあるわけです。
言い換えれば、「性的な思考」から逃れられない状況にあると言えます。
私自身は、幼少期の性的虐待の一番の被害とは、身体的・精神的な痛み以上に、この部分にあると思っています。
街を歩く女性を見ても性の対象にしか見れないばかりか、男性でさえも、加害者としての性の対象として見えてしまいます。
とにかく、通行人すべてがポジティブであれネガティブであれ、「性の対象」としか見えないのです。
そうした自分の思考の傾向とも向き合えるようになり、人間不信と男性嫌悪はかなり和らいだと思っていますが、それでも会話の節々で、湧き上がる思いと、実際に返すべき言葉をひねり出すまでにどうしてもワンテンポ遅れが生じてしまいます。
自己診断ではありますが、おそらく今の自分はセックス依存症です。
何もセックスを実際にしているわけではありません。性的な思考から逃れることができないという意味においてです。
未だに、異性を性の対象としか見ることができず、日々、すれ違う人にそうした視線を送って不快感を与えないよう自らを抑えつける毎日を送っています。
思考の呪縛から逃れる術がないのです。笑い事ではなく、十分すぎるほどに生活への支障をきたしているのが現実です。
幼少期、性的な刺激を正しい恋愛のアプローチによって得られていたら違っていたかもしれません。
自分が加害者にならないように、産業のお世話になっている状況ではありますが、自らに対する嫌悪感でいつも死ぬことばかりを考えてしまいます。
世の中の被害にあわれている方々から比べれば、自分があってきたことなんてなんでもないことかもしれません。
だけど、こうして一生背負って苦しんでいる人間がいることも事実です。
自分の脳からその時の記憶だけすっぽりと抜き出してくれれば、どれだけ生きやすい世の中になるだろうと思います。
性的なことを意識せずに色々な人と会話ができたらどれだけ楽しいだろうと思います。
肉体的にも成長して、高校生になってからはそうした被害は皆無になりました。
そう考えれば、やはり性的な被害は、反抗を受けづらい弱者が対象になるのは否めないと思います。
また、ちょっとした好奇心を満たしたいだけという思いから、気軽に手を染める人間も少なくないと思います。
でも、加害者にとってちょっとした好奇心でしかなくても、被害者にしてみれば一生尾を引く問題に十分になりえるのが現実です。
たったこれだけのことで?
あなたにとってたったこれだけのことが、わたしにとっては人生を大きく変えるのに十分な出来事だったのです。
被害者視点から、もし、そうした加害者になるべき人間のちょっとした好奇心を満たすことができるなら、個人的には非実在少年少女にて解消できる環境は必要なのではないかと思っています。
そうしたことに反対している人は、実際に被害にあったことがあるのでしょうか。
そうした存在があれば、自分がそうした好奇心を満たす対象として消費されてしまうことを回避できたのではないかと思うと、心がざわつくことを止めることができません。
話が脱線してしまったかもしれませんが、それでも、こうした被害者が一人でも減ることを目的に議論が進んでくれることを願います。
政治興味ない人からしたら、野党は海外からの人望だったり、カリスマある人がいないのが問題なんだと思うよ
安倍総理の退任にあたって色んな国からエールが来てたりしたじゃん
そういうの見てると日本好きな人なら嫌な気持ちはしないし、人から好かれる人はさらに好かれるようになってるんだよ
自分が川島瑞樹に出会ったのはちょうど4年近く前になるのかな?
好きだったなぁ川島瑞樹。全部、好きだった。雑コラのネタにされていたことも、初代総選挙10位ってとこも含めて。メタ視点で見ても好きな存在だった。
28歳の元アナウンサーで、優しくて、かっこよくて、可愛くて、茶目っ気があって。なにより、憧れの存在だった。
アイドルになりたての頃、不安でヤケになっていたのが嘘だったみたいに立派に成長して、若い子と正々堂々切磋琢磨して、ああ、夢を見始めるのに期限はないんだ、28歳からでも成長していいんだって勇気づけられた。こんな大人になれたら素敵だなって。
モバマスもポチポチ走って課金してスタドリ貯めてフリートレード駆使してカード集めも頑張ってたな。温泉アイプロは川島瑞樹がメンバーのみんなに尊敬されてて鼻が高かった。オトナのバレンタインの報酬SR、最近のイラストの中で1番好きだったな。
デレステもNocturneイベントは全力出した、3桁きれないような雑魚だったけど自分なりに頑張ったな。
2019年6月23日、SSRアドバンス・アバンチュールが実装された。かの有名な「水着マフラーの川島さん」だ。自分はその頃ちょうどインターネットというかTwitterに嫌気がさしてて情報遮断してたから実際にどういう燃え方?というか物議の醸され方?してたのかは詳しくないんだけど、賛否両論だったらしい。
キャラクターのことを好きになりすぎるとパブサができない。推しの悪口を言われてるの見るとムカついて、涙が出るから5ちゃんとかまとめサイトとかpixiv百科とか見れないタイプのオタクだったから、相まってその時のインターネットが怖かった。
とりあえず、出番が貰えてよかった気持ちもあってTwitterでは喜んだフリした。いやもう、正直、現実世界の自分は怒り心頭はらわた煮えくり返りまくりだったんだけど。冷静になって考えればTwitterで喜んだフリしたのも訳わからんよ。もっとキレて、喜んでる人達ブロックしまくったりすればよかった。同担の目が気になって本音が呟けなかった自分が情けない。まずもう死にたい。
セクハラとかモラハラとか、似合う似合わないとかの問題じゃない。「こんな衣装」で一枠潰されたのが川島瑞樹だけでなく、まだSSRの無いアイドル達にも申し訳なかった。
布は少ないし、マフラー浮くし、個人的な感想になるけど合うステージが少なすぎるし踊るの見てて不安になる。
そして、川島瑞樹が着る必要が無い。コミュを読んでも、親愛度セリフを読んでも、川島瑞樹だけがポジティブに物事を捉えて素敵な解釈を後付けているようで、自分は追いつけなかった。「28歳でデビューした事が奇異の目で見られる」という最初期の設定をわざわざ掘り返してまで水着マフラーを川島瑞樹に着せた意味もわからなかった。
自分がもっと上手に川島瑞樹をプロデュースして、人気が出てればこんな衣装貰わなかったのかと思うと悔しかった。死にたくなった。
その頃の自分は本当に馬鹿で、プロデューサーとして自分が川島瑞樹に何か出来る気がしていた。本当は何も出来ないのに。
あと、高垣楓。あそこまでセットとして高垣楓とくっつけたいなら川島瑞樹にもそれ相応の衣装渡せよ。高垣楓がドレス貰いまくってるんだから川島瑞樹がそれに見合う衣装貰えないのおかしいだろって、なんの罪もない高垣楓に八つ当たりしてしまった。ごめんな楓ちゃん。楓ちゃんは悪くない。あとその直後の月末三船美優のことはまだちょっと許せてない。ごめんな美優ちゃん。美優ちゃんは悪くない。
そこからどっぷりTwitterの「愚痴垢」関連のツイートを漁るようになってしまった。やれ、このアイドルの出番だの、このアイドルの衣装だの台詞だの、言い出せばキリがないのは勘づいていたけど実際に言葉にしている人たちを見るのは割と辛かった。特にデレステ4周年~モバマス8周年本田未央シンデレラガールお祝いムードの時が一番色々な人の愚痴を見てた気がする。
辛かったけど、そのころにはなんだか安心できた。同じような意見を持ってる人が居たりしたのが嬉しかった。表垢じゃ言えないから、と、愚痴垢を作った人もいるようで安心した。自分はROM専だったが。
あそこで水着マフラーを出されなければ自分は所謂「聖騎士」になっていたんだろうなってくらいどっぷりハマってたはずなのに、気づけば愚痴ヲチして安心するような人間になってた。
水着マフラーから暫くして、とあるきっかけがあって運営に初めてお手紙を出した。「SSR衣装は目立つし、そのアイドルのシンボルのひとつになるからちゃんと考えて作ってくれ」的なこと。今考えれば稚拙で感情任せな文章だったと思う。でも言いたいことを全部書いた。てかこれも随分と稚拙で感情任せな駄文なんだけど。
元々、ソシャゲが嫌いだった。ゲームは好きで買い切りの家庭用ゲームが好きな人間だ。
いつかサービス終了するゲームに本気になれないし、ガチャというシステムがどうも金目当て臭くて好きになれない。長く続くソシャゲはソシャゲでシステムが多すぎて取っ付き難いし、シナリオも好きになれないものが多かった。あとただ単に毎日ログインが面倒くさかった。
そんな自分がモバマス、デレステには結構な額課金した。貧乏学生なりにデレマスが生活の主軸になるような金の使い方をしていた。「ソシャゲに抗議文を送るなんてバカバカしい」って思ってたのに、感情任せのクソみたいな文章を運営に送ったのもデレステが最初で多分最後だ。川島瑞樹に狂ってたし、運営に振り回されてた。
LIVEで新曲披露からのフォーリンシーサイドイベント。2020年5月31日、ウェディングガシャのドレス姿SSRエターナル・マイラブ実装。5周年のアニバのメンバーに抜擢。
自分はそんな川島瑞樹の頑張る姿を素直に喜べなくなっていった。
フォーリンシーサイドのイベントは完走した。ドレスSSRは3枚取りした。アニバイベントも今、とぼとぼ歩いている。
でももう、昔、川島瑞樹に感じていたあのときめきは無くなっていた。
フォーリンシーサイドのイベントのコミュが昨今のコミュと比較してとても良いものだったのも、ドレスSSRも、アニバのメンバー抜擢も、全部。
思えばアドバンス・アバンチュールと同時に実装されたカバー楽曲も「カバー曲付けておくから衣装楽しみにしてた人はこれで許してね」と言われているようで実装当初から大嫌いだった。
どうでもいい事だけどHello Especiallyの歌詞、片桐早苗の方が合ってるだろ。
ドレスSSRが一番嫌だった。水着マフラーが実装された時「ドレスがよかった」という声が多くあがってるのを見て正直肩身が狭く感じた。
そりゃあ、水着マフラーよりドレスの方がいいけど、自分はずっと「永遠のプリンセス」の上位互換SSRが欲しかった。確かに、夜明けのディーヴァは自分も好きだ。水色のドレス姿で等身大の川島瑞樹として歌う姿は朝焼けを凌駕する美しさだと思う。だけど自分はそれより永遠のプリンセスが好きなんだ。
AngelBreezeを踊らせたときに、しっくりくる、可愛いけど甘すぎない、ふわふわだけど爽やかな衣装が欲しかった。はじめてのダメガで使ってるうちに愛着が湧いて、自分に川島瑞樹が好きになるきっかけをくれたカード。デレアニを見て尚更好きになった永遠のプリンセス衣装。SSR化はもう二度と叶わないんだろうな。
話を戻す。ドレスSSRの実装、嬉しさよりも「ほら、みんなが欲しがってたドレスだよ!これで許してね?」という運営の声が聞こえてきて、本当に、素直に喜べなかった。
ポニーテール続投も、明るすぎる花の色と暗い青のちぐはぐさ、光ったりするギミックも無くてなんの捻りも感じられない。シンプルで良かった、と、気に入ってる人には申し訳ないが、何も嬉しくなかった。
イラストも、同時に実装された黒埼ちとせと比べて手を抜かれたように感じられて、物凄く不快に感じた。ごめんなちとせ嬢。ちとせ嬢は悪くない。
奈央さんの演技くらいだな。個人的にこのSSRの良い所。ボイスの実装があって良かった。
とにかく、自分はこのSSRの実装が運営が「ドレス出せって言うから出したよ。水着マフラーで怒ってた人これで機嫌直してね」と言ってるようにしか思えなかった。
奈央さんの28歳に因んでる説があるらしいがそんなの知らん。中の人関連の色々ほんと無理。いや奈央さんの声と演技は大好き。ごめんな奈央さん。奈央さんは悪くない。
GoJustGoのアニメ観て全く感動できない自分がいて、一気に冷めてしまって今この文章書いてる。
川島瑞樹の出番に運営の「水着マフラー出してごめんね」の謝罪文が付いてまわっているようにしか思えなくなったのは、全部、自分が捻くれているせいなのはわかっている。
もともと被害妄想がひどくて、ネガティブで、後ろ向きで、落ち込みやすい性格だ。
だから、自分が素直になれなくなったのは、他でもない自分のせいだ。
自分が川島瑞樹をまっすぐ見つめることができなくなったのは、自分のせいでしかない。
川島瑞樹を追いかけられなくなったのも、全部全部、自業自得だった。
運営は微塵も「水着マフラー出してごめんね」なんて思ってないと思う。運営に「悪い事をした」という自覚があるなら、それはそれで恐ろしいから。どうかこれからも、悪気のないサイコパス運営であってくれ。
川島瑞樹のことは今でも好き。大好き。良い人だし、かわいい。曲はたまによく聴いてる。でもなんかもうなんか、わからない。あんなに好きだったのに、今でも好きなのに、公式の川島瑞樹を素直に飲み込めなくなっていた。もうあの頃の頭お花畑なしあわせプロデューサーには戻れない。自分は2019年6月22日以前の川島瑞樹のことしか素直な目で見れない。
アニバメンバー抜擢が良いきっかけになった。川島瑞樹のイベントで、ここまで気持ちが上がりも下がりもしないの初めてだ。
このイベント終わったらデレマス関連全部辞めようと思う。こんなネガティブ野郎に粘着されちゃあ、川島瑞樹に迷惑がかかってしまうだろうし。
自分が川島瑞樹に出会ったのはちょうど4年近く前になるのかな?
好きだったなぁ川島瑞樹。全部、好きだった。雑コラのネタにされていたことも、初代総選挙10位ってとこも含めて。メタ視点で見ても好きな存在だった。
28歳の元アナウンサーで、優しくて、かっこよくて、可愛くて、茶目っ気があって。なにより、憧れの存在だった。
アイドルになりたての頃、不安でヤケになっていたのが嘘だったみたいに立派に成長して、若い子と正々堂々切磋琢磨して、ああ、夢を見始めるのに期限はないんだ、28歳からでも成長していいんだって勇気づけられた。こんな大人になれたら素敵だなって。
モバマスもポチポチ走って課金してスタドリ貯めてフリートレード駆使してカード集めも頑張ってたな。温泉アイプロは川島瑞樹がメンバーのみんなに尊敬されてて鼻が高かった。オトナのバレンタインの報酬SR、最近のイラストの中で1番好きだったな。
デレステもNocturneイベントは全力出した、3桁きれないような雑魚だったけど自分なりに頑張ったな。
2019年6月23日、SSRアドバンス・アバンチュールが実装された。かの有名な「水着マフラーの川島さん」だ。自分はその頃ちょうどインターネットというかTwitterに嫌気がさしてて情報遮断してたから実際にどういう燃え方?というか物議の醸され方?してたのかは詳しくないんだけど、賛否両論だったらしい。
キャラクターのことを好きになりすぎるとパブサができない。推しの悪口を言われてるの見るとムカついて、涙が出るから5ちゃんとかまとめサイトとかpixiv百科とか見れないタイプのオタクだったから、相まってその時のインターネットが怖かった。
とりあえず、出番が貰えてよかった気持ちもあってTwitterでは喜んだフリした。いやもう、正直、現実世界の自分は怒り心頭はらわた煮えくり返りまくりだったんだけど。冷静になって考えればTwitterで喜んだフリしたのも訳わからんよ。もっとキレて、喜んでる人達ブロックしまくったりすればよかった。同担の目が気になって本音が呟けなかった自分が情けない。まずもう死にたい。
セクハラとかモラハラとか、似合う似合わないとかの問題じゃない。「こんな衣装」で一枠潰されたのが川島瑞樹だけでなく、まだSSRの無いアイドル達にも申し訳なかった。
布は少ないし、マフラー浮くし、個人的な感想になるけど合うステージが少なすぎるし踊るの見てて不安になる。
そして、川島瑞樹が着る必要が無い。コミュを読んでも、親愛度セリフを読んでも、川島瑞樹だけがポジティブに物事を捉えて素敵な解釈を後付けているようで、自分は追いつけなかった。「28歳でデビューした事が奇異の目で見られる」という最初期の設定をわざわざ掘り返してまで水着マフラーを川島瑞樹に着せた意味もわからなかった。
自分がもっと上手に川島瑞樹をプロデュースして、人気が出てればこんな衣装貰わなかったのかと思うと悔しかった。死にたくなった。
その頃の自分は本当に馬鹿で、プロデューサーとして自分が川島瑞樹に何か出来る気がしていた。本当は何も出来ないのに。
あと、高垣楓。あそこまでセットとして高垣楓とくっつけたいなら川島瑞樹にもそれ相応の衣装渡せよ。高垣楓がドレス貰いまくってるんだから川島瑞樹がそれに見合う衣装貰えないのおかしいだろって、なんの罪もない高垣楓に八つ当たりしてしまった。ごめんな楓ちゃん。楓ちゃんは悪くない。あとその直後の月末三船美優のことはまだちょっと許せてない。ごめんな美優ちゃん。美優ちゃんは悪くない。
そこからどっぷりTwitterの「愚痴垢」関連のツイートを漁るようになってしまった。やれ、このアイドルの出番だの、このアイドルの衣装だの台詞だの、言い出せばキリがないのは勘づいていたけど実際に言葉にしている人たちを見るのは割と辛かった。特にデレステ4周年~モバマス8周年本田未央シンデレラガールお祝いムードの時が一番色々な人の愚痴を見てた気がする。
辛かったけど、そのころにはなんだか安心できた。同じような意見を持ってる人が居たりしたのが嬉しかった。表垢じゃ言えないから、と、愚痴垢を作った人もいるようで安心した。自分はROM専だったが。
あそこで水着マフラーを出されなければ自分は所謂「聖騎士」になっていたんだろうなってくらいどっぷりハマってたはずなのに、気づけば愚痴ヲチして安心するような人間になってた。
水着マフラーから暫くして、とあるきっかけがあって運営に初めてお手紙を出した。「SSR衣装は目立つし、そのアイドルのシンボルのひとつになるからちゃんと考えて作ってくれ」的なこと。今考えれば稚拙で感情任せな文章だったと思う。でも言いたいことを全部書いた。てかこれも随分と稚拙で感情任せな駄文なんだけど。
元々、ソシャゲが嫌いだった。ゲームは好きで買い切りの家庭用ゲームが好きな人間だ。
いつかサービス終了するゲームに本気になれないし、ガチャというシステムがどうも金目当て臭くて好きになれない。長く続くソシャゲはソシャゲでシステムが多すぎて取っ付き難いし、シナリオも好きになれないものが多かった。あとただ単に毎日ログインが面倒くさかった。
そんな自分がモバマス、デレステには結構な額課金した。貧乏学生なりにデレマスが生活の主軸になるような金の使い方をしていた。「ソシャゲに抗議文を送るなんてバカバカしい」って思ってたのに、感情任せのクソみたいな文章を運営に送ったのもデレステが最初で多分最後だ。川島瑞樹に狂ってたし、運営に振り回されてた。
LIVEで新曲披露からのフォーリンシーサイドイベント。2020年5月31日、ウェディングガシャのドレス姿SSRエターナル・マイラブ実装。5周年のアニバのメンバーに抜擢。
自分はそんな川島瑞樹の頑張る姿を素直に喜べなくなっていった。
フォーリンシーサイドのイベントは完走した。ドレスSSRは3枚取りした。アニバイベントも今、とぼとぼ歩いている。
でももう、昔、川島瑞樹に感じていたあのときめきは無くなっていた。
フォーリンシーサイドのイベントのコミュが昨今のコミュと比較してとても良いものだったのも、ドレスSSRも、アニバのメンバー抜擢も、全部。
思えばアドバンス・アバンチュールと同時に実装されたカバー楽曲も「カバー曲付けておくから衣装楽しみにしてた人はこれで許してね」と言われているようで実装当初から大嫌いだった。
どうでもいい事だけどHello Especiallyの歌詞、片桐早苗の方が合ってるだろ。
ドレスSSRが一番嫌だった。水着マフラーが実装された時「ドレスがよかった」という声が多くあがってるのを見て正直肩身が狭く感じた。
そりゃあ、水着マフラーよりドレスの方がいいけど、自分はずっと「永遠のプリンセス」の上位互換SSRが欲しかった。確かに、夜明けのディーヴァは自分も好きだ。水色のドレス姿で等身大の川島瑞樹として歌う姿は朝焼けを凌駕する美しさだと思う。だけど自分はそれより永遠のプリンセスが好きなんだ。
AngelBreezeを踊らせたときに、しっくりくる、可愛いけど甘すぎない、ふわふわだけど爽やかな衣装が欲しかった。はじめてのダメガで使ってるうちに愛着が湧いて、自分に川島瑞樹が好きになるきっかけをくれたカード。デレアニを見て尚更好きになった永遠のプリンセス衣装。SSR化はもう二度と叶わないんだろうな。
話を戻す。ドレスSSRの実装、嬉しさよりも「ほら、みんなが欲しがってたドレスだよ!これで許してね?」という運営の声が聞こえてきて、本当に、素直に喜べなかった。
ポニーテール続投も、明るすぎる花の色と暗い青のちぐはぐさ、光ったりするギミックも無くてなんの捻りも感じられない。シンプルで良かった、と、気に入ってる人には申し訳ないが、何も嬉しくなかった。
イラストも、同時に実装された黒埼ちとせと比べて手を抜かれたように感じられて、物凄く不快に感じた。ごめんなちとせ嬢。ちとせ嬢は悪くない。
奈央さんの演技くらいだな。個人的にこのSSRの良い所。ボイスの実装があって良かった。
とにかく、自分はこのSSRの実装が運営が「ドレス出せって言うから出したよ。水着マフラーで怒ってた人これで機嫌直してね」と言ってるようにしか思えなかった。
奈央さんの28歳に因んでる説があるらしいがそんなの知らん。中の人関連の色々ほんと無理。いや奈央さんの声と演技は大好き。ごめんな奈央さん。奈央さんは悪くない。
GoJustGoのアニメ観て全く感動できない自分がいて、一気に冷めてしまって今この文章書いてる。
川島瑞樹の出番に運営の「水着マフラー出してごめんね」の謝罪文が付いてまわっているようにしか思えなくなったのは、全部、自分が捻くれているせいなのはわかっている。
もともと被害妄想がひどくて、ネガティブで、後ろ向きで、落ち込みやすい性格だ。
だから、自分が素直になれなくなったのは、他でもない自分のせいだ。
自分が川島瑞樹をまっすぐ見つめることができなくなったのは、自分のせいでしかない。
川島瑞樹を追いかけられなくなったのも、全部全部、自業自得だった。
運営は微塵も「水着マフラー出してごめんね」なんて思ってないと思う。運営に「悪い事をした」という自覚があるなら、それはそれで恐ろしいから。どうかこれからも、悪気のないサイコパス運営であってくれ。
川島瑞樹のことは今でも好き。大好き。良い人だし、かわいい。曲はたまによく聴いてる。でもなんかもうなんか、わからない。あんなに好きだったのに、今でも好きなのに、公式の川島瑞樹を素直に飲み込めなくなっていた。もうあの頃の頭お花畑なしあわせプロデューサーには戻れない。自分は2019年6月22日以前の川島瑞樹のことしか素直な目で見れない。
アニバメンバー抜擢が良いきっかけになった。川島瑞樹のイベントで、ここまで気持ちが上がりも下がりもしないの初めてだ。
このイベント終わったらデレマス関連全部辞めようと思う。こんなネガティブ野郎に粘着されちゃあ、川島瑞樹に迷惑がかかってしまうだろうし。
少しでもうまくできたら、「やっば!私最高かよ!」とか。
周りの人には「変な奴」って思われるか「良いことあったんだな」って思われるかのどっちかだから、気にするな。
嫌だなとか、どうにかしなきゃなとか、口に出してるとめちゃくちゃ気分下がる。
「食事の前に手を洗おう」
という文を真に受けた人間は、食事をしたいから手を洗って食事をする。
「手遅れになる前に病院に行こう」
という文を真に受けた人間は、手遅れになりたくないから病院に行き、手遅れになることを免れる」
〇〇の前にの〇〇が発言者にとって望ましいことか望ましくないことかで全く意味が異なるのだ。厄介なことに発言者の望みは聞き手が勝手に解釈するしかない。
で、最近問題の「実在の児童に手を出す前に、ラブドールを」って文を読もう。
小児性愛者は実在の児童に手を出そうとしているに違いないという予断を持って読む人は「食事の前に手を洗おう」と同じ解釈をする。即ち、ラブドールを使った後実在の児童への加害に発展すると読む。
逆にいくら小児性愛者といえど犯罪かつ凶悪な行為に手を染めたくないに違いないという予断を持って読む人は「手遅れになる前に病院に行こう」と同じ解釈をする。即ち、ラブドールを使うことで加害が避けられると読む。
前者と後者で実在児童の被害という結果は真逆だ。だから前者は「犯罪者が増える、許せない」と思い、後者は「犯罪予備軍が犯罪しなくてよかったなあ」と思う。
あたかもこれから犯罪を犯しかねない人みたいな扱いの罵倒が結構あったと思うんだが(一般にある人が将来的に犯罪を犯すかどうかは誰にもわからんけど)
「性的加害欲求を表に出すな」ってやつか。それだけなら「殺人ゲーム」と同じってことで話が早いと思う。軽いゾーニングでいい。見たくない人の目に入らないように。でもGTA程度には認められてもいいんじゃないか。
最初に投稿した日本語の文脈がいろいろおかしかったのはご指摘の通り。指摘される前にこっそり訂正したつもりだったのだがお恥ずかしい。日本語の欠陥を指摘する前に当増田の日本語力が低い。
追記2
それは聞き手のブコメへの認識がポジティブかネガティブかで解釈が分かれるよい例と思う。
本文を読んでより良いブコメをすべしととるか、本文を読んでアホなブコメをやめろととるか。
問題になるのは文の強調部分との指摘。
となると「YESロリータNOタッチ」はNOタッチが強調になるからブコメで褒めそやされてたけど、もし仮に「NOタッチYESロリータ」だったらYESロリータが主になって炎上してた可能性もあるんだろうか。
言われれば「YESロリータNOタッチ」のほうが圧倒的に良い。今回も「ラブドールとしよう。実在児童には手を出すな。」だったらそれほど炎上しなかっただろうな。
センシティブな問題ならそのへんは気を使えというのは正論だが日本語難しい。
トラバの「自殺する前に誰かに相談しよう」は後者のよい例だと思う。自殺を考えること自体が倫理的ではないと非難するのはどうなんだろうな。
私は職場に嫌いな人がいる。力があるなら虐めたおしたいけど、私は権力もないし、相手は年上の男だし、そもそもバレないようにいじめる方法が思いつかない。早く辞めてほしいと思うくらい嫌い。
すっげえ幼稚。
こんなこと考えてる自分がアホくさすぎて嫌だった。仕事に人間関係の好き嫌い持ち込むのも嫌。嫌いな奴のことで腹を立てたり、イライラしたりする自分が本当にちっせえ奴だと思ってムカついてた。
人の不幸を願う自分も嫌だった。良い人は、こんなことで人の不幸を願わないからだ。
だから、毎日仕事に行く前に、死にたいって思ったり、「嫌だーーー」って言いながら泣いたりしていた。
ある日、ふと「あいつ死なねえかな」と言う言葉を脳内で呟いてみた。
すると脳内に朝日が差し込んできたような気持ちになった。とてつもなく、すごく、ポジティブになったのだ。
今までは、その人にイラッとする度に「イラッとしてしまった…イライラしてる自分嫌だな…」「こんな些細なことでイライラするなんて、小さい人間だな…」と気落ちしていたが、その日以降、「ムカつくなー、あいつ死なねえかな」「腹立つなー、あいつ死なねえかな」と脳内で毒づくようにしたら、頭が軽くなっていくようになった。
幼稚であることには大して変わらないのだが、「良い人はこんなことでクヨクヨしない」「優しい人は人の不幸を願わない」とか考えているときより、脳内で殺した方が断然幸せになれる。
良い人でいようとするから、辛かったんだ。
とても素晴らしい気付きだった。
ポジティブになれるわ。ありがとよ。