「自意識」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 自意識とは

2023-10-06

anond:20231006233522

自意識でかすぎんねん

好きな人からすると憤死しかねない、しかもとりとめのない文なのでみないでね笑

おばさんの若い子好き

若いころ、どうしておばさんは若い男子が好きなのだろうか。と、心底疑問に思っていた。が、おばさんとなった現在、良く分かったので日記にしたい。

おばさんはもちろん、若いころがあった。

若いころは、少しきれいな格好をして、メイクをして、笑いかければ同じ年ごろ、つまり若い男性自分ときめいてくれることが普通だった。

しかし年齢を重ねると、私が笑いかけたところで若い人に限らず男性全般的に、私にときめくことはないだろうという自意識に変化する。

それは「かつてできた楽しいことが、今はできない」という感じだ。

ところで、同じコミュニティ若い男性がいるのだが、いまその男性に「すてきだな」と思っている。しかし、おばさんとなった現在その男性に「すてきだな」と思うことは、若いころと全く違う。

若いころは、「すてきだな」と思ったら、恋愛に発展するという現実がかなり真実味を帯びていた。一方、今は恋愛に発展する可能性はほぼなく、ただのファンタジーである

現実的に恋愛関係になることはないという意味で、アニメゲームキャラクター芸能人を推す、という感覚に近い。「私」がどんな属性であるかがほぼ意識されない。推す対象を前にファンファンとして一括りに扱われ平等存在である

いま私がその若い男性に「すてきだな」と思う時、私は自動的自分像を最高に魅力的な自分にする。それも、架空キャラクター芸能人を推す時と同じである(私だけだろうか?)。おばさんとなった今、私の自分像はその若い男性と同世代で、もちろん当時よりもめちゃくちゃ美人かわいい存在が想起される。それは、とても素敵な気分にさせてくれる。魅力的な若い異性という対象に「すてき」と感じているだけではないことに気づいた。

まり、おばさんがなぜ若い男性を好むのかというと、それ自体の観賞価値だけでなく、一瞬で無条件に若かった自分に戻らせてもくれて、素敵な気分にさせてくれる存在からだ。そのため、「若い男性」が好きなのであって、「イケメン男性」だけが好きなわけではない。もちろん、若くてイケメンなら最高に素敵な気分になるのは言うまでもないが。

そういえば若いころ好きだった年輩の上司は、慣れてくると態度がどんどん同世代みたいに変化していった。上司の中の「同世代だったころの上司」が出てきて話してくれるみたいだった。ああおばさんになると分かるなぁ。若い女性から、「すてきです」「かっこいいです」って言われる年輩の上司気持ち。最高だったんだろうな~。

2023-10-04

anond:20231004092945

じゃあ俺が押しかけていくから奢れよ

見ず知らずの男に奢るのは嫌?自分メリットをもたらす関係じゃないなら奢らないってか!キモい自意識

2023-09-28

[] 「できる人」をバカにするのはもうやめよう


インターネットの悪いところの1つとして、「できない人」の声が大きくなるところがある。「要領よくできる人」「コミュニケーションうまい人」「なんだか楽しそうにしている人」のことを、そうじゃない人が「自分はできないけど」と自虐含みでバカにする。羨ましさが反転して攻撃になる。


たとえば発達障害なら、発達障害ではない人のことを「定型発達」「健常者」などと言い、「定型発達」の生きやすさと発達障害の生きづらさを言い連ね、「定型発達」の人々が非常に無神経であるかのようにまとめる。しかしかなり言いがかり的なものもあるというか、「定型発達、そんなスーパーマンじゃねえから…」と言いたくなるようなこともある。人間、だいたいグラデーションだ。

今日はその手のツイートを目にしてクワーッとなってしまった

なにゆえ世の健常者は次々に子供を作っていくのかと疑問だったんだけど、どうやら「生まれたくなかった」と思ったことが一度もなくて、子供を作るのは「良いこと」と思っており、「自分の子供に生まれてきてしまう人間」の気持ちを考ない人達のことを、仮に「健常者」と呼ぶということらしい。




で、クワーッとなったのを抑えるために、オードリー若林正恭の「完全版 社会人大学人見知り学部卒業見込」(角川文庫)を読んだ。とてもよかった。


すごいよかったのは、若林の言っていることがだんだん変化すること。連載の最初では「スタバで『トール』っていうのが恥ずかしい」と言ってたりするのだが、途中から別に恥ずかしくないぞ!」と言い出す。過去自分ネタ帳を読んでこう振り返る。


テレビに出たい!」「お客さんに笑ってもらいたい!」となぜ素直に書けなかったのだろう。他人事のように考えを巡らせた。それを書いたら最後、いよいよ本格的に自分力不足直視しなくてはならなくなるからだろうな。それを書く強さなんて勿論持ち合わせていなかった。だからこそ、それを手にする気がないことを殊更に強調することが、当時の精一杯の自己防衛だったのだろう。



この辺りの文章が超絶に刺さった。素直にうらやんだり、素直に悔しがったり、素直に憧れるのは体力がいる。それよりもちょっとスカしたふうにふるまったり、すごい人をかえって下げてみたりしたほうが全然傷つかない。でもそんなひねくれやこじらせた自意識他人に対するレッテル貼りは、人間不自由にする。

全然関係ない話なのだが、私は非常に感謝していることがある。むかし「部屋が汚い」ということを記事にしていたら、「発達障害ADHD)なのではないか」というコメントをもらった。それに対して私は「そうなのかな?」と思っていたのだが、自身ADHDであり、それについての文章をよく書いていたYさんが、そのことについて怒ってくれた。

その怒ってくれたものの中身はあんまり覚えていないのだが、「増田ちゃんは部屋が汚いことを気にしているのに、そういうレッテル貼りはいかがなものか」のようなものだったような気がする(違ったかもしれない)。

ADHDがらみの話は私の中で非常に混迷している。ADHDの特徴を、当事者やその周りの人が知っておくことは、生きやすさ、過ごしやすさにつながると思う。「どうして自分はこんなにできないんだろう」と悩んでいる人が、ADHD情報を知ることは、とても救いになるし、大事なことだと考えている。


ただそれは当事者と、その周りの人が楽しくコミュニケーションするために知っておくべき情報であり、赤の他人がその相手理解やすくするためにレッテルを貼り付けるものであってほしくないという気がする。たいていそういうのは雑になるものから。それは「発達障害」という言葉でもあるし、「定型発達」という言葉でも同様に発生している。



パクリ「できる人」をバカにするのはもうやめよう

ttps://x.com/ao8l22/status/960065753872416772?s=20

ttps://x.com/ao8l22/status/960066055988129792?s=20

ttps://x.com/ao8l22/status/960093910063235072?s=20

②パク増

「できる人」をバカにするのはもうやめよう

③パク増再投稿(元のパク増本人?)

自分よりプラスに見える人間をまずバカにするやり口、本当に好かない。リ..

https://archive.vn/2021.03.19-214155/https://anond.hatelabo.jp/20210319191550

2023-09-27

anond:20230927181824

あ、バレた?

↓前にこの2行しかないクソ増田が200↑ブクマ付いてるの見かけたわけ。(これは俺じゃない)

40歳経験からプログラミング勉強して社会復帰目指すって現実的ですか?

https://anond.hatelabo.jp/20230917223337

2行だよ2行。釣りでしょ。普通増田で聞かねーよ。

それに教えたがりのオタクエンジニア君達が爆釣されてはてぶホッテントリに出てきて、こいつらの自意識キモ!!と思ったわけ。

から俺は決めたの。

定期的にエンジニアの未経験転職話題増田に書き続けてすべて釣りだと認識させることで、二度とこんなクソ増田に爆釣されたキモキモ自意識過剰はてブホッテントリに出ないようにすると。

皆も俺に賛成してくれるなら定期的に教えたがり自意識過剰エンジニアを釣る増田投稿してバカ共に釣り概念学習させていってくれ。頼む。

エンジニア経験転職話題は繰り返されすぎて本当に俺は見飽きたんだよ。もうやめてくれ。物申したかったらツイッターの鍵垢か何かでやってくれ。

2023-09-26

(ほとんど)すべてについて間違っている――デヴィッド・グレーバー&デヴィッド・ウェングロー著『万物黎明書評

万物黎明』の中心的なアイデアは挑戦的だ。人間とは政治的冒険的で実験的なものであり、自由平等呪縛の後に、変化を起こすために抑圧を選ぶ傾向があると言われるほどである歴史は、ある極端なものと次の極端なものの間を揺れ動く、リズミカルな形をとっている。しかし近年、私たちは皆、ひとつ体制から抜け出せなくなっており、その理由理解しようと努めなければならない。

これらすべては新しく新鮮ではあるが、信用できるものではない。私は、私たち人間性を規定する政治的本能社会的感情は、平等主義という条件の下で形成されたという人類学的な標準的見解の方を好む。今日に至るまで、私たちは皆、対等な仲間の中で笑ったり、遊んだり、社交したりできるときに最もリラックスし、幸福を感じる。しかし、グレーバーとウェングロー(以下、G&W)は、このような私たちに馴染み深い経験を土台にする代わりに、狩猟採集民の祖先平等主義者であったという考え方全体に反対している。彼らの見解では、彼らは抑圧されることを選択した可能性が高い。

彼らの言葉を借りれば、「われわれの人間性の本質が、われわれが自意識的な政治的行為者であり、したがって幅広い社会的取り決めを受け入れることができるという事実から成り立っているとすれば、人類歴史の大部分にわたって、実際に幅広い社会的取り決めを探求してきたはずだということにならないだろうか」。これらの可能性の中には、著者たちが容易に認めているように(86-7頁)、チンパンジーのような虐待的な支配階層も含まれている。G&Wは、もし我々の祖先がそれほど冒険好きであったなら、きっと平等主義だけでなく、攻撃的でいじめっ子のオスによる嫌がらせ虐待支配実験しただろうと主張しているようだ。

G&Wは、私たち革命過程社会的道徳的人間になったという考えに対する一貫した攻撃の中で、これらの点を指摘している。私はずっと、人間言語意識親族関係道徳は漸進的な進化過程進化し、それが巨大な社会的政治的革命で頂点に達したという考えを探求してきた。私の動機は常に、人間本来利己的で競争的だから社会主義不可能であり、「革命でさえ人間の本性を変えることはできない」という一般的偏見に挑戦することであった。

はいつもこう答えていた。そう、私たち類人猿一種である。そう、私たち霊長類のいとこたちのように、競争的で利己的、攻撃的でしばしば暴力的本能を持っている。しかし、それが私たち成功の原因ではない。優秀な母親父親になる能力自分の子供だけでなく互いの子供を思いやる能力道徳的ルール確立する能力他人自分を見ているように自分も見ている能力音楽ダンス言語を使って夢を共有する能力など、私たちの本性にまつわる人間的な特徴すべてが、まさに歴史上最も偉大な革命産物であり、成功した革命なのだ

クリストファーボーム人間革命

この「人間革命」の複雑さを詳述した私自身の著書(Knight 1991)が出版されてからほぼ10年後、人類学者のクリストファーボーム(Christopher Boehm)は、その洞察にもかかわらず、最も重要な要素であるセックスジェンダー力学についての言及を一切省くことで、政治的観点から安全策を講じた理論バージョンを発表した(1999)。G&Wが人間革命理論の信用を失墜させるために明示的に言及するのに十分安全だと考えているのは、この抽象的でユニセックスバージョンなのである

ボームは、私たちの最も古い祖先は、一方的な協力者でも一方的競争者でもなかったと指摘する。それどころか、他者支配する一方で、支配されることに抵抗するために同盟を結ぶという心理的傾向があった。このような下から集団的抵抗は、最終的には、リーダーになろうとする者が集団支配するのを阻止するために、全員が一丸となることで頂点に達した。私たち祖先チンパンジー的な支配は、今や逆転し、「逆支配」、つまり平等主義的な倫理観コミットした道徳意識の高い共同体による支配へと結実したのである

G&Wは、人類は「......何をすべきか指示されることを自意識的に嫌うようになった」(p.133)という考えに賛同している。この文脈では、現存する狩猟採集民が「嘲笑羞恥、遠ざけ......他の霊長類類似するものはない」(p.86)、「自惚れ屋やいじめっ子を地上に引きずりおろすために集団採用される戦術の数々」を示していることに同意している。彼らがまったく関心を示さないのは、そうした戦術進化過程人間の本性を形成する上で重要役割を果たしたという考えである

ボーム説明に対する反論をまとめると、狩猟採集民が一貫して平等主義を好んでいたという示唆は、「何万年もの間、何も起こらなかった」という「奇妙な主張」であるという。狩猟採集民の祖先が一貫して平等主義的であったとすれば、彼らの政治的生活は何らかの形で凍結され、時間が止まってしまったに違いない。G&Wは次の言葉で締めくくっている:約12,000年前以前、人類基本的平等主義者であったとボームは主張する。ボームによれば、約20万年間、[これらの]政治的動物はみな、ただ一つの生き方を選んだのである」。(p. 87)

唯一の問題は、これはボームが書いたことではないということだ。彼の実際の言葉引用に値する:

ひとたびどこかのバンド平等主義的な秩序を発明すれば、この社会的なやり方の根本的な変化は近隣のバンドにも目につくようになる。特に、非常に攻撃的ないじめっ子を擁するバンドでは、部下が支配されることに対して両義的であれば、どこでもその利点は明らかだっただろう......。魅力的な平等主義の伝統が、地元では専制的な伝統に取って代わり、徐々に文化的拡散が起こると予想される。やがて、より長い距離を移動する移動パターンによって、この政治的発明がかなり急速に大陸から大陸へと広まっていったと考えられる。(Boehm 1999: 195)

これが成功した革命のやり方だ。ボームの主張は単純に、1万2千年前まで『人類基本的平等主義者だった』というものではない。そうではなく、初期の人類はさまざまな政治システムを発展させながら、平等主義というひとつ特に成功したモデルに徐々に収斂していったというのである

万物ティータイム

かなり不当なことに、『万物黎明』は現代進化論を社会進化論混同している。社会進化論とは、「未開」から「野蛮」を経て「文明」へと進歩する段階のはしごを描いた19世紀物語であるダーウィニズム科学である私たちは語り聞かされるが、実際は純粋神話である。G&Wはそのように空想的に、進化論を全く認めない人類起源に関する視点を、読者が真剣検討することを期待している。

この著者たちが認める唯一の科学は「考古学科学」であり、その考古学がさほど遡らない場合のみである。彼らは、政治社会生活については、古代人類の「頭蓋の遺骨と、時折出てくる火打石のかけら」(p.81)からは何も読み取れないという理由で、「万物黎明」をわずか3万年前とすることを正当化している。

このような言い訳は、私たちの種の最もユニークな特徴である芸術象徴文化が、以前考えられていたよりも3、4倍早くアフリカで生まれたという最近証拠に照らすと、もはや通用しない。この証拠は、骨や石に限らず、ビーズ幾何学的な彫刻、墓用品を伴う埋葬、砥石や絵の具壺などの工芸品で構成されている。G&Wは、これらの発見のうちの1つか2つに気づいてはいるが(83-4頁)、ほとんど関心を示していない。最先端ダーウィン理論を黄土の記録に適用すれば、社会力学儀式の実行パターン性別による同盟関係についての予測を生み出す可能性が非常に現実的になるにもかかわらず、である。(Power 2019; Power et al.

残念ながら、これらの著者たちは、どのような形であれ、ダーウィニズムには近づこうとしない。彼らは、彼らが「フェミニスト」と呼ぶ人物(実際には霊長類とヒトの社会生物学の創始者として高く評価されているサラ・ハーディ)が、人間本能心理形成における集団的育児重要役割について「物語」を考え出したことを認めている。「神話は悪いものではない」とコメントしながら、彼らはこの特別神話を「重要もの」と表現している。そして、「エデンの園存在せず、一人のイヴ存在しなかったのだから、このような洞察部分的ものしかなりえない」(p.82)と口にして、すぐさまこの神話疑念を投げかける。この種のトリック--この場合は、ハーディ画期的研究が、私たち共通ミトコンドリアDNA祖先年代測定より200万年ほど前のホモ属の出現に焦点を当てているという事実無視すること--は、明らかに人類起源研究が追求する価値があるという考えそのものを損なわせることを目的としている。

石器時代新石器時代考古学に興味のある読者なら、本書には興味をそそられる推測がたくさん書かれているだろう。しかし、私たちがどのようにして人間になったのか、つまり、異常に明瞭な目、並外れて大きな脳、独特の社会的感情、笑い、音楽言語に対する生得能力などがどのようにして発達したのかに興味がある人には、まったく何も見つからないだろう!

タイトルは深刻な誤解を招く。『万物黎明』? 『万物ティータイム』の方が正確だろう。物語は、氷河期フランススペインに描かれた壮大な洞窟壁画で知られるヨーロッパの後期旧石器時代から始まる。著者によれば、その段階でようやく考古学面白くなってくる。初めて、社会の複雑さ、階層、豪華な埋葬などの証拠が見え始めるのだ。

さな狩猟採集民のバンド

G&Wにとって、狩猟採集民の祖先アフリカもっと早くから平等主義的なライフスタイル確立していたという事実は、さしたる関心事ではない。彼らは、タンザニアのハザ族のような現存する狩猟採集民が資源を共有していることは認めるが、それを賞賛する代わりに、蓄積への抵抗が「社会的複雑性」の出現を妨げていると不満を述べている。著者たちは社会階級という概念を嫌っているようだ。

まり狩猟採集民は富の蓄積に抵抗することで、複雑性を妨害する、つまり階級社会の発生を阻止するのである。G&Wはここで狩猟採集民の専門家であるジェームズ・ウッドバーンの権威を持ち出している。彼らは彼の研究から、「真に平等主義的な社会を維持する唯一の方法は、あらゆる種類の余剰を蓄積する可能性をまったく排除することである」(p.128)と結論づけている。このことは、社会の複雑さを排除し、人間文化的知的生活の豊かさを排除することになると彼らは主張する。

ウッドバーン(1982、2005)は確かに、蓄積に対する意図的抵抗狩猟採集民の平等主義を支えており、意識的になされた政治的選択を表していると主張している。彼は、このような平等主義は非蓄積型狩猟採集民だけの特徴であると観察し、「即時回帰」こそが人類経済の原型である結論づけた。しかしウッドバーンは、そのような平等主義に複雑性が欠けているとは主張しなかった。実際、彼は「単純な」社会形態と「複雑な」社会形態との二項対立有害で誤解を招くものとみなしていた。ウッドバーンにとって、平等主義を維持することはこの上なく洗練された達成であり、単に不平等が生じるのを許容するよりもはるかに高いレベル政治的知性と複雑性が要求されたのである。ハザ族には、必要以上の富を蓄積させることがいか危険かを理解する知性があると彼は説明した。

富の不平等は許されない

しかしG&Wによれば、富の不平等問題ではない。彼らの立場を支持するために、彼らは17世紀ヨーロッパの「文明」を批判したファーストアメリカンカンディアロンクを引き合いに出している。やや説得力に欠けるが、彼らは、カンディアロンクと彼の最初アメリカ人共同思想家たちは、「富の差が権力の体系的不平等に変換されうることを想像することさえ困難であった」(p.130)と断言している。

G&Wは、即時回帰型の狩猟採集民が富の不平等が生じるのを拒んだことを認めている。しかし驚くべきことに、彼らはこの状況全体を期待外れとみなしている:

こう言うと、何か希望に満ちた楽観的な話に聞こえるかもしれない。実はそうではない。この言葉示唆するのは、やはり、最も単純な採集者以外には、その名に値する平等本質的に不可能だということだ。それでは、私たちにはどんな未来が待っているのだろうか?

どんな未来アフリカ狩猟採集からインスピレーションを得ている活動家たちは、現代都市生活者を、不運なハッザ族のように、小さな遊牧民集団の中で繰り返される単純な生活に「はまり込む」よう招いている、と彼らは示唆する。

はっきり言っておくが、私は原始主義者ではない。私は技術的、社会的政治的発展に賛成である。ハザ族は、必要に応じて富を共有し、笑い、歌い、遊びの中で「時間を浪費」し、誰かに支配されることに抵抗し、他のすべての心配事よりも互いの子供の世話を優先することが、充実した楽しいことであることを示している。開発に関して言えば、この政治的に洗練された弓矢ハンターたちは、私たちに多くのことを教えてくれるだろう。

(続く……)

ジャニーメリーもくたばった今、一番責任あるのは会社と何百億の遺産引き継いだジュリーなのに

なんか『いじめられてる可哀想加害者家族』みたいなクソ自意識がミエミエなんだよな。

児童虐待で儲けた金なんだから遺産を全て使ってでも対応解決に全力を注ぎますくらいのことをポーズだけでも示せばよかったのに。

小さい頃から勘違いして育ってきた奴は下級国民に頭を下げるなんて許せないのかね?

2023-09-24

叶わない夢

喪失とは、価値観アップデートだ。

ポジティブに捉えるならそうなると思う。

僕は人よりも物事を悲観的に捉えやすタイプだと思う。

人よりも答えを出すのに時間がかかるタイプだし、自分認識に対して懐疑的人間だ。いや、そうなってしまったと言った方が正しい。

僕にとって会社を大きくするということは、自己認識の誤りに気づいていくプロセスのように感じる。なぜならば組織は、会社は、社会との利害調整をどのように行ったかによって利潤の最大化が期待される。社会に求められる利害調整の最大公約数システムとして包括的に捉えたときに、会社は拡大する。大抵の場合自己認識が間違っていたことを認めることによって拡大の兆しを捉える。

他方で、自己認識の誤りに気づくということと、創業した会社をどうしたかったのかという点、理想を追求するという点で矛盾が起こる。この矛盾こそが、意思決定の歪みをもたらし、悩み、苦しみ、間違った判断を招いている。

まり、出発点が間違っていた場合継続意思をどのように保つのかという究極的な問いに戻りかねないのだ。

左派資本主義に向いてない」僕はそう思う。

学生時代から自分比較的左寄りの人間だったと思う。しかも、その左寄りの発想が稼ぎを生み出すという点で相応しくないかもしれないということもまた、おそらく大学生のうちからうっすらと気づいていたことなのかもしれない。

自身の持つ価値観のものが、欲望との接合点になかった場合、もれなく葛藤に堕ちる。社会適応することの難度が高くなっていることを実感する。

だけど自分は、今思えばその手の悩みを「生きるためには仕方ねえ部分もあるだろ。じゃあお前はもう一生社会構成員にはなれねえだろ」と一蹴できるタイプ人間でもあると思う。この社会のものが悪意駆動ということに対して、しかたないで済ませられる程度には理解があると思う。でもそれは、なぜそう思えるかでいったら、「たまたま自分能力的に言えば比較的上位レイヤーとして生まれ育つことができた」と自覚しているからだと思う。客観的に言えば自分は怖れられるタイプ人間だし、マッチョなことを言うタイプだと思う。そんな自分が「思想でいったら労働党寄りだし、保守層って感じでもない。」って言ったら驚かれるかもしれない。

これは自意識問題なのだ。なぜそのような自意識ねじれが起きてしまうかで言えば、理由一言で表される。つまり

成熟した社会では、どんな能力を持つ若者ですら相対的弱者であるから

その構造認識している。少なくともそう思う。

その中でも、「究極的な競争に身を置く」ことを決断したということでもある。これは正直普通決断じゃない。よっぽど深刻な悪意を孕んでいるか、よっぽど誠実かつ相当自分能力を過信していないとできないことだと思う。おそらく自分後者だった。

高い能力から繰り出される成熟社会における付加価値へのこだわりは、組織拡大に悪影響を及ぼす。自己認識社会認識のズレが引き起こす諸問題従業員困惑させる。

会社拡大は大まかにいって採用事業つのマーケットから価値を認められることが重要だ。正直うちらのようなサイズ会社採用マーケットで選ばれることの難度は鬼高い。

労働集約ビジネス個人能力依拠して成立するとするならば、その個人能力付加価値要素になると認められない限りは品質の維持ができないことを意味してしまうが、そもそもそのようなフィールド品質競争優位をもたらすことを兼ねてより企画してはいけないのだ。当然創業メンバーは気が狂っているので、その手のマーケットトップブトップの品質を出すことくらいできなければとても起業なんて博打を打ってでないだろう。だけど現実的採用できる人員構成のことを鼻っから検討もしていないことも同時にある。

自分場合は「未経験でも自分の想定している通りの経験を踏めば誰でもできるようになるだろう」って信じていたし、そのことが自分を常に悩ませてきたと思っている。

育成に取り組むことも組織拡大において一番最初に捉えてしまうかもしれないが、経験的に言って、それがもっと最後に取り組むべき課題であると言わざるを得ない。

なぜ銀行人件費に対して支出することを許容しないのかのその意味をずっと考え続けていたが、彼らはやはり確率的にそのような支出が取り返しのつかないことになる可能性を誰よりもよく理解している。

高い品質を維持することの難しさと、顧客定着の難しさを同時に学習する。理想論で言えば顧客定着のその割合が高ければ高い方がいいに決まっている。でもなぜ現実的にそうなっていないのかをもっと深刻に考えるべきだ。「自分であればその課題を克服できるのではないか」という安易な驕りが、成長を妨げる可能性を考慮していない浅はかさをまず呪うべきである

はっきり言おう。自分がつくりたかったのは自分平穏だっただろう。

そのために、自分と同じ夢を見てくれる人ができる限り多くいてほしいと願った。

それは、今もこれからも望むべきではない。

2023-09-22

anond:20230922174604

サブカルオタクならサブカル一方的オタクを敵視(と言うか蔑視)してただけよ

 

オタクはなんていうか人目をあんまり気にしない(気にすることも出来ない)やつらで

サブカルオタクに近い体質だけど人目をめっちゃ気にする(期になってしまう)人達だった

 

あいつらよりはまし」「あいつらよりはいけてる」と言う自意識の為に

サブカル人達差別化対象としてのオタク必要とした

 

でも逆に言うとオタクの方がわき目振らずコンテンツ作って消費してたので

相対性しか存在価値がないオシャレサブカルは枯死してオタクは大隆盛したのが今

 

なんか生物史っぽくって面白いねこの辺

2023-09-19

言いたいことはそうじゃない

カウンセリングに3回行った。毎回泣いてしまった。自分内面言葉にして出すと涙が出る。ずっと見ないようにしてきた感情の蓋を開けて言語化しても、全部が伝えられない、歪んだ自意識と貧弱な語彙に耐えられない。言葉に出して定義をするのは無理なのに、言葉にしなければならない。口から出したらそれになってしまう。 違う 言いたいことはそうじゃない 言葉じゃ感情のひだを全部掬えない 苦しい

今のこれがどれだけの症状なのかわからない、でも激やせ激太りもしていないからはた目には何もわからない でも頭の中はずっと変な回転をしていて歯車がかみ合わないまま空回りを続けているような感覚けがある。

今日もまた何もできなかった。やらなければならないのはわかってる。甘えでしかないのだろう 苦しい また涙が出てきた。

2023-09-17

人体に、死に至る行動を制約する人工的な機構を組み込むことは、人類にとって幸せことなのだろうか

それが、マイクロロボット的なものになるのか、直接脳に作用するAI的なものになるのかは知らないが、あくまでも思考実験として。

例えば、意図的自動車スピード違反の爆走をしようとする。

するとなぜか、右足が勝手ブレーキを踏んでしまう。

例えば、嫌なことがあって酒を大量に飲もうとする。

するとなぜか、途中でジョッキが持ち上げられなくなってしまう。

例えば、大量の仕事押し付けられ、週末まで泊まり残業を続けようとする。

するとなぜか、ある日の夜に仕事を投げ出して帰ってしまう。

自身意思とは別に、そういう自己防衛機構を人体に組み込んだら、人類幸せになるのだろうか。

ある人間意識して、死に至るような行動をとったときに、それにストップをかける人工的な機構は、その人にとって嬉しいものなのだろうか。

もちろん、人が死ににくくなるのはその人にとっても、人類全体にとっても良いことだ。

しかし、自分意思が、何かよくわからない機構によって妨げられることは怖い。

だったら、その機構が、行動だけでなく感情意識にも作用したらどうなのだろう。つまり

「あっ、スピード出すの怖いな」

「あっ、もう飲む気がしないな」

「あっ、なんかもう帰りたいな」

と、あくまでも自分気持ちとして、その機構が働くのなら、それは案外良いんじゃないかというような気がしてしまう。

個人的結論としては、もしもそのような機構を設けるのなら、自意識の方も合わせて調整してほしい。

まり自分意思として、それ(死に至る行動の回避)を選択したような気分にさせてほしいなと思いました。

_____

というか、自意識修正可能なら、常に幸せを感じられるようにすればいいのか。

じゃあ、そういう機構そもそも要らないという結論になるな。

ジャニーズの今後について

ファンクラブの会費だけで十分やっていけるからいくらテレビで干されても痛くも痒くもない、

ってのは真理ではあるだろうけどそれはあくまでもファンから視点であって

ジャニーズに入ってくる男子動機って大多数が有名になりたい、注目されたい、モテたい、ぐらいの単純なものだろう

それがこのままテレビに出られなくなってCMもなくなって世間に顔見せする機会が減っていくとなると

有名人として扱われて自己顕示欲を満足させることもできなくなるし

女性アイドル女優と浮名を流してトロフィーワイフを捕まえることもできなくなるしで

売れっ子芸能人としての自意識はなかなか持てなくなるだろう

もちろんファンからは相変わらず支持されるしファンを食ってお手軽に欲望を満たすことはできるだろうが

芸能界に入りたい男子にとってのメリットはだいぶんなくなってしまうのではないかなという気もする

他人とは怒らせないようにするだけの存在であり、会ったって楽しくない

職場でもそうだが、他人に会うとヘトヘトに疲れてしまう。

別れた瞬間に「今日も怒らせずに済んだ」とホッとする。

人付き合いが悪いからか、休日趣味などでグループ活動した方がいいとアドバイスされたことがあるが、

独りの休日という最高の幸せが真っ黒に塗りつぶされる気がして、思わず涙が出てしまった。

独身だが、結婚子育てなんて絶対無理だと思う。そういうのは国とかで代替してくれないだろうか。

帰省だってしたくないが、これも怒られるのが嫌で渋々帰っているだけ。

もう人間関係すべてが嫌だ。自意識を失くして、感情無く生きていければいいのに。

2023-09-15

イカ天出身バンドという括りがよく分からんかったけどエンタ芸人みたいなもんか。

ロキノン系とかオルタナとかよく言うけど、ほぼ意味をなさない括りなんじゃないかと思う。

スーパーカーサカナクション相対性理論フジファブリックKING GNUもミセスオルタナならもう何でもありじゃん。

それはオルタナしか聴かない奴の考えだと言ったらそうなのかもしれんけど、じゃあオルタナティブではないハードロック?とかって何なんだよって思う。

このサウンドナンバガから系譜が〜とか語ってる人見るとウゼ〜〜〜死ね!とも思うし、ちょっとかっこいいとも思う。音楽を体系的に聴きたい気もするし、頭でっかちになってしまったらって不安にもなる。

フォローしてる音楽に詳しそうな人が最近「今の若者ギターロックなんか聴かなくってさァ!そんなのはオッサンばっかでさァ!」とか自意識垣間見える自虐を繰り返すようになった。

はてな匿名ダイアリーでもたまにオマエはオッサンに違いない!とか若者のフリするなよオッサン笑みたいなのを見かける。単純に全方位に絡んで構ってもらおうとするゴミからそうなのかなと思ってたけど、やっぱり老化にはそういう作用があるのかなって思った。過剰に年齢というか世代を気にする感じというか。

2023-09-12

anond:20230912180605

幾原邦彦監督アニメって、先カンブリア紀からいるアニメ見てかしこぶりたい層の自意識を的確に狙い撃って来る感じがとてもとても苦手なのだけど、嫌いにはなれぬのよねえ

2023-09-11

オタク自意識について

オタク友達何人かが戦隊モノにはまってる。

和歌山になんかショーをやってる施設があるらしくて、

TLを見たら、その何人かが週末に和歌山遠征をしていた。

ふと、ハマってるうちの一人がまったくつぶやいていないことに気が付き、

LINEで別件の連絡をしていたついでに

和歌山いかなかったん?」と聞いたら

「行ってたよ」というので、

確かちょっと前にも行ってたなと思い出して、

あーやっぱまた和歌山だったんだ。そんなポンポン遠征できてすごいな」と返事をしたら、

「そういう反応になると思ってつぶやかなかった」と言われた。

こっちは「平日働いてるのに土日使って遠征できる体力がすごい」という意味だったが、

友人としては多分「いい大人幼児向けコンテンツのために大枚はたいてしょっちゅう遠出してみっともない」

的なリアクションを恐れていたのだと思う。

で思ったんだけど、それ以外のメンバーはふつーに大はしゃぎでツイートしてんだよね。

「いい大人が~」的なリアクションをまったく予想できていないわけではないと思うんだけど。

「いい大人が~」と思われるのが嫌な人と、別に気にしない人のラインってどこにあるんだろうとちょっと気になってしまった。

後者のほうがQOLは上がりそう。

2023-09-08

anond:20230908052427

こういう「私は先鋭化した人たちと違ってまともな倫理観もってる」自意識人間

実際の性被害者がいる事例で加害者擁護している奴らと、

少なくとも現実の性被害者はいないエロ絵を擁護する人間とを同一視するんだよ。

マジで「俺は/私は大丈夫、弁えてる」ってアホほど手に負えないもんはねーな。

2023-09-05

anond:20230905120349

慶應仮面浪人たから、慶應生の自意識ってちょっと滑稽だなと思うことはある

一応母校?だからあんまり腐しはしないけど

2023-09-04

自意識過剰な女の話

30才、女。

今まで3人と付き合って、そのうち2人とセックスをした。

そして今、しばらく付き合っている相手はいないけど、ちょっといい雰囲気の人がいる。

その人とは気が合うし、会話も楽しいし、おもしろいことばかり。

そして何より、装わなくていい。

死ぬほどくだらない自慢に「えぇ~すごぉ~い」と甲高い声を出したり、白目剥くほどしょうもない「俺ってこんなギャップあるんだぜ」トークに「えぇ~めっちゃかわいい~」と鏡の前で研究しまくった八の字眉毛披露したり、意識が飛びそうなほどどうでもいい知識自慢に「えぇ~知らなかったぁ~」と無知を装いつつ「ググったら一番上に出てくるようなド定番ネタ出してくんじゃねえ」という本音を押し殺した反応をする必要がない。

いい感じになってる相手とは元々興味の分野が似ているのか、こっちがちょろっとマニアックネタを振っても平気で会話のボールが返ってくる。

そして、わからなかったとしても「あ、ヘェ~?フゥン…?」みたいな、かわいくねえちいかわみたいなごまかしの反応をせず、「それ知らない、何それ?」とストレートに聞いてくるから、私もわからないことを隠さず聞ける。

今まで付き合ってきた相手みたいに、自分をよく見せたくて、嫌われたくなくて、自分本心ではないことを言ったりやったりすることが全然ない。

30歳になってこんなことを言うと思わなかったが、ありのまま自分でいられるって最高。

ただ、このままの状態じゃちょっとまずいんじゃないかと思うことがある。

セックスである

私は、何でかわからないが、「自分恋人に甘えているとき」や「恋人と、致さないまでもいいムードになっているとき」に頭の中の自分(=目の前の恋人が好きで甘えたくて実行している自分)とは別に、完全に俯瞰から「オゥオゥオゥ、取り繕ってやがんなあ!バッカみてえだなあ!どうせフリのくせにな!」と冷や水ぶっかけてくる自意識がある。

本当に意味がわからないと思う。私もわからない。でもたしかにこれが起こっている。

ちょっと冷静になって状況を分析してみたことがあるが、「自分の素」の部分が少しでも出てから、そっちの「かわいいモード」に移行すると冷や水ぶっかけ自意識が出てくる。

から多分、多分だけど、

恋人の前:せめてかわいくいよう、と多かれ少なかれ装う、盛る、(何かしらの)ふりをする」

自分の中でデフォルトというか「やらないといけないこと」になっていて、そういう飾りを取っ払った自分に自信がないのかなと思う。飾らないと好きになってもらえないとでも思ってるのかもしれない。

で、だ。

私はセックスをするとき正気でいられない。

エロ漫画ありがちな(ありがちかは知らないけど)、「気持ち良すぎておかしくなるゥゥゥ~~ンッッ!!」的な正気でいられなさじゃなくて、羞恥心の方向だ。

恥ずかしすぎて、どっかしら取り繕ってないと頭がおかしくなりそうになる(もちろんこれも性的おかしくなるんじゃなくて発狂という意味で)。

これまでにお付き合いをして、ベッドインに至った相手とは、とにかく終始取り繕ってたので羞恥心はどうにか抑え込めた。

ずっと頭の片隅で冷や水はぶちまけられていたけど。

じゃあ、今いい感じになっている人と、もしそういう雰囲気になったとしたら、私は一体どうなるんだろう。

素を少しでも見せた相手に対して、かわい子ぶったら自意識が冷やかしてくる。

自分の裸体をさらけ出して、他人くんずほぐれつするなんて、恥ずかしすぎて素の自分でなんていられない。

取り繕わないで、装わないで接してきた相手と、取り繕って装わないとやってけないようなことをする。

クワク、とかじゃなくて本当に純粋に、怖い。

あの人のことは好きだし、一緒にいたい。

私はセックスはしなくていい気もするけど、あの人がしたいと言うなら断りたくない。

けど、私の自意識というか、本能というか、何というか心の核のような部分は、形を保っていられるんだろうか。

しかしまあ、まだ付き合ってもないし、ベッドインになど至っていない。

すべて捕らぬ狸のなんとやらだ。

一応心の準備として想像してみたら、人には伝わりづらいのに私にとってものすごく恐ろしい想像になってしまった。

こんだけ想像しておいて、ベッドインどころか付き合うことすら始まらなかったら、それはそれで怖いと思う。

2023-09-02

anond:20230902190234

そんなことないよ

自分の方が上等なもの見方をしてると思ってるかも知れないけど

映像である以上演出を見に行くのも立派な映画見方

実際、ジブリ世界最高峰アニメーション技術による表現だしね

絵の連続感情を動かせる職人芸を見るのが頭空っぽもの見方なのか?

商業映画ストーリーなんて求めるくらいなら小説よめって話

脚本読めばわかるけど、映像作品って基本的人物内面セリフ小道具で匂わせるくらいしかできない

それを考察とか言って自分自意識投影していきってるやつがお前みたいなやつ

で、俺の感覚だと小説は読めないけどストーリー語りたいってやつが映画ストーリーを語りたがる

アニメーション可愛いとか怖いって、自分感情に素直に映像を楽しめてるってことだよ

関東大震災朝鮮人虐殺とか、反省ポルノにはもう飽きた

単純に歴史否定したい層はいるんだろうけど、

それとは別に「いつまでこれやんの?」って人たちが多いからこそじゃないの?

現在進行形で、中国韓国科学的根拠にガン無視決めて日本非難している中では、じゃあこれも嘘なんじゃないの? ってなるのはある意味当然でしょ。

そうした環境の中でも是々非々でやってるならまだともかく、明らかに常日頃から日本は悪(だった)」って話しかしない(し、中韓には何も言及しない)層が言ってるんだから尚更だよ。

中国周辺国にどれだけ圧力をかけても、ロシア侵略を始めてすら、「平和のために日本反省しなければならない」ってもう通じないよ。無理だよ。WWⅡ以後に一体幾つの戦争が起きたと思ってんだよ。反省で止められた戦争はあったのかよ。日本人だけが反省すれば何もかも防げるだなんで、むしろどんだけ思い上がってるんだよ。自意識やば過ぎるだろ。

震災後の極限状況では、人はパニックになって普段から偏見ヘイト吹き出して、こういう悲惨事件が起きました。そうならないように気をつけましょう・・・だったら、別にいいんだよ。普遍的な真理だもの。そこに文句を言う奴はクソだよ。

でもそこに「日本人がやった」「日本人は反省しなきゃいけない」だと、主語おかしいだろう。なんで限定すんだよ。それこそが事件の教訓から避けるべき偏見でありヘイトだろ? 今まさに中韓日本に対してやってることだよ。特に中国政府主導でやってるぜ? あの国やべえよな。

もし中国韓国でとんでもない災害が起きて、この事件記憶とやらから日本人はこういう時に他民族虐殺するから、やられる前にやらないといけない!」とかなったらどうすんだよ。彼らがそんなことやるわけがない? 日本人じゃないから? お前自分が何言ってるか分かってんの?

気持ちよくなりたいだけだろ、それはもう。

反省ができる自分は他の人より人間として上等だと感じていたいだけだろ。

そのためには自分加害者の中でより強く反省し、周囲にも反省させる存在でなきゃいけないし、その反省を認めてくれる相手がいなきゃダメだもんな。

から事件普遍的な教訓として位置付けることが出来ない。加害者にとっての教訓でなければいけないし、それによって被害者を満足させなければいけない。

グロテスクまりないよ。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん