はてなキーワード: 国公立大学とは
実親は両家顔合わせの時に、「お披露目の時に、援助してあげる」と言われた。
お祝いしたい、晴れ姿を見たい、けじめをつけたいという思いをひしひしと感じるが、
全部突っぱねて、受け取らなかった。そんなものは無駄だと思っていた。
親を宙ぶらりんにして、けじめをつけさせないという復讐をずっとやってきた。
中学受験の途中で勉強がつらくなってドロップアウトし、大学受験も失敗して一浪した。
失敗を挽回するために、なるべくお金も手間もかからない子どもになろうとずっと思いながら生きてきた。
ずっと育ててもらって申し訳ない、手間も金も吸い上げてごくつぶしでごめんなさいと思いながら生きて生きた。
ずっと親は何かにつけて、茶化すように
「お前の塾代は大変だった、何百万もかかった」「大学には偶然受かったようだが、お前は浪人した上に、(別の私大)には落ちたからな」
と金銭的負担や私が失敗したということを言われ続けた。(どんなにやめてと言っても、やめてくれなかった)
なんとか必死に頑張って、公立高校から、実家から通える国公立大学の就職がいい学部に進学して、条件のいい職場に就職して、
自分にはもったいないような最高の相手と結婚した。留学もしなかった。
弟は自分の倍以上の学費がかかる高校大学に行き、低賃金の気ままなフリーランスのため、いまだに実家から出られない。
しかし、弟に親は何も言わなかった。お金のことは何も言わなかった。
親の甘えで、愛情表現なのだと頭では分かっているから、我慢してきた。
最近になって子どもができ、親は「孫の学費は心配いらない」と言い出すようになった。
何かが切れてしまった。
お前ら、経済的に苦しいんじゃなかったのか。
これまで頑張ってきたのはいったい何だったんだ。
やっぱり私が失敗したから、まだ挽回できてないからまだ許されていないのか
進学就職結婚孫もうあともうできることなんて残ってない、どうすればいいんだ。
本当は着飾りたかったけど、くだらないことにお金をかけるのに抵抗があった。
お披露目や挙式がしたかったけど、何事もなかったかのように笑顔でスピーチなんてしてほしくなかった。
結婚祝いにせめて何か贈りたい、と言われたときに、冗談で「じゃあ訪問着がほしいな」と返したら
親はとてもうれしそうにしていた。それを着て、お宮参りのときにお食事会をしよう、ちゃんとした写真を撮ろうと言われた。
それを見て、やっぱりいらないと言ってしまった。
喜んでお金を出したいというそぶりを見せられ、反射的にそう言ってしまった。
お金はもう受け取れない、おめでとうとだけ言ってほしい。
『最後まで余計なこと(挙式)にお金をかけないで、偉いね、失敗を挽回したお前は手間もかからない上に黒字だよ、結婚おめでとう』
と言ってほしい。
本心じゃないことを苦しみながら、自分の子供のために言ってほしい。子どもに尽くすことができないという不幸を味わってほしい。
「あなたが我慢してきたおかげでみんなが経済的にも気持ち的にも楽できた」と言ってくれれば、
私に一銭も出さないまま、おばあちゃんの入院や弟の結婚式に何百万突っ込んでも、許せる。
自分はみんなの踏み台だと言い聞かせないと自分の心がもたない。
逃げるなんて許さない、孫の誕生で一旦リセットできると思ったら大間違いだからな。
親だって完璧な人間ではないのもわかっている。逆恨みの親不孝なのもわかっている。
親にもう囚われたくない、執着したくない、こんなどうしようもない形で甘えたくない。
好きなようにすればいいと言われたけど、親の喜ぶことと親が悲しむこと以外にやりたいことが見つからない。
どうやったら親離れできるんだろう、性格悪すぎて手がつけられない。
誰も私にそうしてほしいなんて言ってない、恩着せがましく「~してやった」て思っているところが独りよがりでばからしい。
早く楽になりたい、前向きになりたい、こんなくだらないことで悩まず、何も気にしないで生きていきたい。
どうして子どもを作ってしまったんだろう、生まれるまでには自分の気持ちの整理をつけないといけない。
ごめんね。生まれるまでにちゃんとした人間になるから、ごめんね。
たまに学生に間違われるくらいの未熟者だけど、それなりの経験は積んできた。
先日臨席した教授会で、ある学科の入試(非一般入試)の合否判定が行われた。
以下は、資料を直接目にしてはいないが、議論の過程で把握できたことだ。
判定の原案によると、募集人員(少数)を大幅に超過した人数を合格としている。
募集人員を無視しているだけでも、あやしさMAXなのだが、それだけではない。
この原案のボーダーラインだと、特定の専攻分野の志願者のみ全員合格となっているのだ。
特定の受験生の得点だけ上乗せ操作しているのがモロバレである。
原案に疑義を呈した教授が一部いたけど、結局原案通り承認された。
なにより受験生全員に対して不誠実だ。
教授会が終わったあとで、職員たちは「ありえない」と囁いていた。
ちなみに職員は教授会の構成員ではないのでみずから発言はできない。
どこかに告発したほうがいいのだろうか。
(追記)
もういちど読まれることはないかもしれないけれど、主な反応にコメントを返す。上ではあっさり書いたので、判定のヤバさが伝わっていなかった。反応のおかげで頭の中を整理できた。
一般入試では、その通りだ。合格者数の調整と歩留まり予測は難しく、入試担当者の能力が問われる。入学者は大幅超過しても定員割れしても、文科省からの交付金や補助金が不交付や減額になる。
だけど今回の入試は一般入試ではない。合格者は辞退しないので全員入学する。だから一般入試で定員割れする場合を除いて、この入試で大きく超過する必要はない。超過しても1・2割増が一般的な範囲だ。上で「大幅に超過」と書いたのは、1・2割程度の超過ではないからだ。
以下はたとえ話だが、募集人員10人のところ、当該専攻の受験生が4位、9位、12位、19位だったとする。19位までを拾いたくてボーダーラインを大幅に下げ、19人目までを合格にしたのだ。合格させたい受験生に相当下位の者がいたということは、公正に採点しようとした採点者がいて、採点の「上乗せ操作」がうまくいかなかったのかもしれない。
合格者超過はこれまでもあったことで問題とは思わない。ただ今回ざわめいたのは、さすがに特定専攻だけを全入させるために、10を19にするのは「度が過ぎてる」ということ。外野から見ても不自然だ。
最終的な入学者数は変えられないので、この措置のしわ寄せは一般入試におよぶ。いま一生懸命受験勉強している一般入試受験者にとって、合格機会が減らされてしまう。
(私大の入試では、もっと露骨な得点操作をしていると聞いたことがある。裏で操作し公平な試験のように見せているのはコンプライアンス的にどうかとおもうが。)
その通りだ。証拠を出せないから告発しようがなかった。資料は入試課が保管している。持ち出せないし、入試課は表に出さないだろうから文字通りのお蔵入りだ。資料には、順位と受験番号と(操作済みの)得点結果と合否が記載されている。誰が見ても、順位と合格ボーダーラインが不自然なことに気がつくはずだ。
合格者発表の受験番号の並びで、カンのよい受験生や高校はすでに気がついているかもしれない。
>募集人員を少なくして倍率を高く見せている
少なくともここはそうではない。倍率はそれなりにある。大学はやりたくないが受験機会を増やさざるを得ない。文科省の入試改革で推薦入試やAO入試の枠を拡大しなければいけない事情がある。
その通りだ。不正の原因はここにある。学長に予算と権限が集中し、この数年間で学内の雰囲気が変わってしまった。
の構図が強化されている。一見ガバナンスの統制がとれ組織経営的にはスマートになった。実際は意思決定プロセスがトップダウンになり、学長のアメとムチが容赦なくふるわれるようになった。今回の不正判定は、教授会が積極的に実行したというよりも、みな学長のムチが恐くて、おそるおそる不正に手を染めたのだ。
この専攻は学長の肝いりで実現し、大学広報の目玉になっている。つまりこの専攻の入学者が低調だと、大学にとって都合がわるく学長のメンツがつぶれる。このことを関係者全員がおびえている。学長は、交付金をくれる文科省からの評価を落としたくない。教員も、学長の意に沿わない判定を出して、学長からの評価を落としたくない。なぜなら人事評価や予算などの権限を最終的には学長がにぎっているからだ。
こうなると、みな組織の上にいる者の機嫌ばかりを気にする。教育の質や研究倫理や公正な選抜といった大学が本来果たしていた機能が弱くなる。なにより受験生のことを考えていなくて大学としてヤバいと思う。
前回『【新共通テスト記述式】氏岡真弓氏による朝日新聞の記事を批判する』という記事で、朝日新聞編集委員 氏岡真弓氏の署名記事について批判した。
その要点は、氏岡氏の記事が、国立大学協会入試委員会の対応に関して、(意図的にせよ結果的にせよ)明らかな印象操作を行い、「新共通テストの記述式試験を大学側が採点する」という方法が極めて問題の多い案であるという事実を十分に報じないまま、この方法の採用を後押ししてしまっているという点にある。
いくつかのコメントに飛ばし記事であるとか文科省側のリークというような話が出ていたし、私自身もその可能性はあると考えている。
しかし、その一方で、私は文科省も国立大学協会も正しく状況をレクチャしたにも関わらず氏岡氏自身が(意図的か無意識かはともかく)内容や方向性の間違った記事を書いた可能性、つまり氏岡氏の持っていた見解やバイアスや資質の問題が今回のような記事を書いてしまった原因である可能性も留保している。
これらの点を詳らかにするためにも、氏岡氏は自分自身の言葉で今回の記事に関する経緯を説明してほしいと考えている。
今回私が批判したいのは、8月19日付朝日新聞4面に掲載された『<解説>大学に負担、利用未知数 新テスト記述案』という記事である。
前回の内容は記事化の経緯に関する点であり、氏岡真弓氏に非があることは明らかであると(少なくとも私には)感じられる問題だったが、今回はもう少し論争的な部分を批判したい。
はじめに結論をかけば、
氏岡真弓氏は今回の新共通テストに関する問題特に採点方法の問題を論じる/解説するにあたって、この問題に関する十分な見識を欠いているのではないかということだ。
私が特に重要視している記事の記述は次の2つの記述に集約されている。
この問題を論じるにあたって、国立大学協会入試委員会の提出した論点整理や文科省の有識者会議=高大接続システム改革会議の出した最終報告は役に立つ。
私の批判の要点は、氏岡氏はこの記述の中で、記述式問題において何を問うかという点に関する検討・理解を十分に行わないまま独自解釈を述べていないか、ということである。
特に、「文章を理解し説明する設問」と「自分の考えを書く問題」とを明確に区別した書き方をし、大学側が採点する方法を採ることにより、後者が可能になったと断定している点である。
国公立大学の二次試験の国語で問われている問題はおおむね前者にあたり、文章の記述の内容把握や根拠説明を要求するものになっている。
一方小論文試験や国公立でも非常に僅かだが一部の大学(2016年度だと例えば滋賀県立大・静岡大・首都大学東京・島根大など。ほかにもあるかもしれない。)の国語の試験には、課題文の内容理解を踏まえる形で「あなたの考えを述べよ」という「自分の考えを書く問題」が出題されている。
では、新共通テストの記述式問題で本当に後者のような問題を出すことが想定されているのだろうか。
国語については、次期学習指導要領における科目設定等を踏まえ、知識・技能に関する判定機能に加え、例えば、言語を手掛かりとしながら、与えられた情報を多角的な視点から解釈して自分の考えを形成し、目的や場面等に応じた文章を書くなど、思考力・判断力・表現力を構成する諸能力に関する判定機能を強化する。(p.54)
とあり、ここにみられる「自分の考えを形成し」という語句は一見氏岡氏の記述に合致しているように見えるかもしれない。しかし、これは、例えば選択肢を選ぶのではなく自分の言葉で説明することを指していると通常は解釈するように思う。
実際、
「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」の記述式問題については、現在、国立大学の二次試験で行われているような解答の自由度の高い記述式ではなく、設問で一定の条件を設定し、それを踏まえて結論や結論に至るプロセス等を解答させる「条件付記述式」を中心に作問を行うことにより、問うべき能力の評価と採点等テスト実施に当たっての課題の解決の両立を目指す。(p.56)
と述べられていることを見落としてはいけない。最終報告のp.75に掲載されている図も見落とすべきではない。
つまり、「解答の自由度の高い記述式」や「小論文」は、創造性・独創性・芸術性の評価も含む問題であり「個別入試になじむ」と整理されている。
仮に大学が採点することになるからといって、この整理を放り出して、「解答の自由度の高い記述式」や「小論文」を出題するとか、
「自分の考えを書く問題」を出題すると述べるのは、議論の成果である最終報告よりも明確に一歩踏み込んだ記述になっていると言わざるを得ない。
では国立大学協会の「論点整理」ではどのように記載されているだろうか。
解答文字数をふくめて出題の多様性の幅が拡大することである。また、設問の中に構造化された能力評価の観点を踏まえつつ、各大学(学部)はアドミッション・ポリシーに基づき独自の採点基準を採用することができ、各大学(学部)の主体性が発揮できる。
ここでいう「解答文字数をふくめて出題の多様性の幅が拡大する」という記述には、氏岡氏の言うような「これまでの記述式で中心だった文章を理解し説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」という趣旨を読むことはできないと私は考える。
というのも、ここでいう「出題の多様性」という文章は、前半にある次の記述を受けてのものだからだ。
全国共通試験への記述式・論述式問題の導入は、多肢選択問題では測ることのできない能力を評価するための大改革であり、適切にその能力を評価するためには相当数の問題が課されるべきである。また、評価すべき能力が個々の設問の中に構造化されるわけであり、その観点からは、短文記述式(40-50 字)設問のみでは、改革の主旨に沿った十分な評価を行うことができないと言わざるを得ない。解答文字数を含めて出題の多様性が出来るだけ拡大されることが望ましい。短文記述式のみでは早晩パターン化し入試技術化する危惧もあり、持続可能性の観点からも、同様のことがいえる。
これは、「これまでの記述式で中心だった文章を理解し説明する設問と違い、自分の考えを書く問題」を出題するべきというよりは、文字数は40-50字の短文記述よりは長めで、個数は多めにするべきということである。個数を多めにというのは扱う内容の多様性を確保せよといっているように私には見える。50万人が共通して受験するテストの場合、題材が1つだけだとどうしても能力よりもその話題になにがしかの知見があるかどうかなどの運の要素も出てきてしまう。十分な量の問題と十分な長さの解答要求をすることでしか「適切に能力を評価」することはできないだろうと言っているように見える。ここには、「これまでの記述式で中心だった文章を理解し説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」というような観点は入っていない。氏岡氏の記述は国立大学協会の「論点整理」の文脈からもはみ出していると考える。
また高大接続システム改革会議の最終報告の参考資料2には、今回の新共通テストの問題例が掲載されている。(ただし、あくまでも何を問いたいかを例示するためで直接試験で出題できる問題として掲載しているわけではないという注釈付き。)この中の「国語」の問題では、交通事故の発生件数・負傷者数・死者数の年度変化を示すグラフを掲げ、「交通事故の死者数が他よりも早く,平成2年(1990年)以降減少傾向になっていること」の理由について考えさせている。要求しているのは、資料から読み取れる内容の記述や自分の主張を裏付けるためにはどのような資料を見ればよいかを記述させることである。これは、「自分の考えを述べる」問題ではないことは明らかである。
「出題の幅」とはどういう意味なのかはっきりしない。最初に取り上げた4面の解説記事の記述にもあるが、「自由記述」「本格的な記述」のような書きぶりにも現れているように、言葉の選び方が不用意で十分に検討したと思われない。
しかし一方で、氏岡氏の名誉のために、次のことは指摘しておくべきだろう。
読売新聞が8月20日付の記事『大学新テスト、英語「話す」で民間試験の活用案』の中で次のように記述している。
国大協は記述式の採点を、受験生の出願先の各大学が行う案を示した。(中略)国大協はテストを1月中旬に実施しても、各大学が採点すれば200字~300字程度の記述式が導入できると想定。大学による採点が難しい場合は、採点期間を国立大学前期試験直前の2月下旬まで延長する別の案も示した。
これも国大協が大学側が採点するという案を提示したという問題のある記述をしているのだが、それ以上に、国大協が「200字~300字程度の記述式が導入できると想定」などという「論点整理」には全く書かれていない話を登場させている点に注目したい。
「40-50字の短文解答式」ではまずいという議論から、いきなり「200字~300字程度の記述式」というところへ直接は結び付かない。
上の最終報告にある問題例は、40字以内と80字以上100字以内の設問である。通常、短文解答式ではないものを、という点でみれば、いきなり200字~300字となるのではなく、80字~100字程度の文字数ということを考えるのが自然ではないだろうか?
また国公立の二次試験を見ても、単独で200~300字の記述を要求する大学はむしろ珍しく、東大でさえ最大文字数の問でさえ100字~120字で述べさせる問題である。
もちろんこの「200字~300字」というのが、たとえば小問3個での合計解答文字数というなら話は違ってくる。(1個の大問全体での記述量が500~600字程度ということは珍しくない。)読売記事がそのあたりの正確さを欠く記事になっていることは批判されるべきだ。
といったことだ。
しかしどれであったとしても、氏岡氏の記事は、高大接続システム改革会議の最終報告からは乖離しているし、現状の国公立二次試験での国語の出題状況などについても十分把握しているとも言い難い。また19日時点では取材していなかったのかもしれないが、国立大学協会の「論点整理」とも乖離している。こうした点からも、署名記事を書いた氏岡氏はいったいどういう経緯と解釈でこの解説記事を書いたのか説明するべきだと私は考える。
実は、国立大学協会の論点整理の中には、次のような記述もあることを付け加えたい。
そもそも、記述式・論述式問題に評価すべき能力をいかに構造化できるかは、根源的な課題である。評価すべき能力の構造化があって初めて、各大学(学部)はアドミッション・ポリシーの中に、記述式・論述式問題を適切に位置づけることができる。しかしながら、国立大学全体にも大学入試センターにも、そのための知識やノウハウの蓄積は未だ十分ではない。平成 32 年度実施に向けて能力の構造化に向けた記述式・論述式問題設計の理論構築、体系化が喫緊の課題といえる。国大協としても、過去の各国立大学の個別試験における記述式・論述式問題に関する実績を調査・分析することなど、この課題に積極的に取り組んでいきたい。
これは、どのような形式で何を問うかということについて、決して十分な知見があるわけではないことを述べており、すなわちこ(「学力の三要素」といった抽象論ではなく)具体的な設計レベルでみれば、新共通テストにおける記述式問題の形式や内容についていまだに十分合意が取れているとは言えない現状を示している。にも関わらず、「これまでの記述式で中心だった文章を理解し説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」とか「大学が採点を担う国立大学側の独自案が具体化すれば、入試改革は実現に大きく近づく」などと断定する氏岡氏の記述に私は強い不信感を抱かずにはいられない。
どうしたら良いのか、何を信じたら良いのかわからなくて困っています。
私の現状はこんな状況です。
・将来独立したい気持ちもあるけど、怖いなぁという気持ちもある。
・専業主婦にはならず生涯働きたい。
いくつかネットの情報などを拝見し、それぞれのメリット、デメリットを知ることができました。
それでも本当かどうかはわからないですし、なかなか実際のところどうなのかという話は聞けませんでした。
ここだと、はてな上に色んな経営者の方や大手からベンチャーまで色んな社員の方がいるので、聞けるかなと思って投稿しました。
※前の匿名記事で実名で書けというコメントがあったのですが、私は就活が怖いので実名では書けません。。。ご了承ください。
忙しいのであまり教えてもらうことができない。
OJTというより、いきなり現場に立たされて知識もないのに自分で調べながら仕事をしなければならない。
もう成長しきっている。
悪くいえばダラダラしてしまっている。
残業はある時期はあるが、労働組合などがうるさいので最近は減っている。
成長途中なのでとにかくがむしゃらに働く。
寝ずに働く。
ただ、家でもどこでも仕事ができちゃうので仕事に関わる時間は多い。
ただ、30超えてから一気に増える。
35歳くらいで一軒家がローンで買える。
初任給でも少ない。
企業が成長し上場とかできるならまだしも、あまり給料が増える保証がない。
一軒家は諦めたほうが良い。
株を渡されることもあり、バイアウトとかできたらある程度のお金が入る。
一軒家は諦めたほうが良い。
色々なコネクションが得られるのが利点。
取引先とか。
ただ、独立しても大企業病が消えず、あまり成長できない会社も多い。
ただ同じようなブラック企業を作ってしまわないかという不安があるらしい。
ディズニーランドが安くいける。
無い。
無い。
こんな感じでしょうか。
私の偏見とネットの変な知識が中心なので、実態を教えていただけるとうれしいです!!
よろしくお願いいたします!!
結論から言うと、学校の造りと、教師のつくりが合う気がしないことだ。
これがばれて何か処分が下っても結果として目的は達成できるのでフェイクを入れずに書いていく。
中学時代、私は運良く勉強に恵まれ、第一志望としていた県でもトップクラスと呼ばれている進学校(といっても偏差値は70弱)の公立高校へと進学することができた。都内に住んでる人からすると公立高校は滑り止めの印象があるかもしれないが、地方中枢都市であるこの県では、中学受験をしなければ基本的に逆の立場であると考えてもらいたい。当然その結果を報告すると、周りの大人達はほめた。「親孝行だ」という人もいたはずだ。私は当然満足した。文化祭や学校説明会に訪れ、親の勧めとはいえ自分自身で決定した行動だ。さらにその高校には美しい校舎、ハイレベルな進学実績、なんと公立高校であるにも関わらずエスカレーターまで完備されていた。ここまで書くとその県に住んでいる人は特定できたかもしれない。おそらくその高校で合っている。わからない方はのんびりとした高校生のやりとりが特徴の春アニメの校舎を参考にしてもらいたい
入学してから私は気づいた。この高校の設備の劣悪さ、そして学校に漂う嫌な空気にである。
まず、デザイナーがこだわった「美しい校舎」と「素敵な設備」のひどさである。端的にいうと、高校に使用する造りではないのだ。第一に、通気性が悪いのである。高校を特定した方々は驚くかもしれない。教室の片側はほぼガラスの窓であるにも関わらず、その殆どが開閉もできないのである。そして、開いても微々たるものである。その空間に高校生がひしめき合うのである。地獄だ。次に、本校の大きな魅力であるエスカレーターに甘えきった造りである。なぜか上りのみのそれによって、階段が少なく、そして狭い造りとなっている。普通の校舎の造りであれば問題はさほどないかもしれない。しかし、なぜか校舎の最上階にすべての普通教室がまとまっているのだ。下校時の混雑は苦痛と呼べるそれがある。
……と、校舎の造りのひどさについて語ってきたが、こんなものは大きな理由ではない。大きな理由は、その学校に漂う空気である。
この高校は対外的には進学校と呼ばれている。しかし、当の生徒たちからは、「浪人工場」と呼ばれているのである。どれだけ浪人が多いのかというと、地元の国公立大学(高学歴芸人として地元の芸人が出られるレベル)の合格者の3分の1が浪人である。東大合格者もほとんどが浪人である。
浪人が多いだけでは、辞めたいと思わない。最大の問題は浪人をあたかも美徳であるかのように考えている教師たちである。第一志望を貫くのはいいことであるかのような考え方だ。そして異常なまでの国公立信者である。最初から私大を選ぶなといった空気を醸し出している。校内にはられている大学関係の掲示物もかなりの割合を国公立が占めている。あの見えない圧力が気持ち悪い。まるで浪人予備校のようだ。
こうやって書いてきたが、当然他の生徒が嫌なわけではない。むしろ人間関係で言えば中学時代のほうが苦しかった。ただひたすらに、この学校があるのとそこで働く人間の考え方が気持ち悪いと感じただけである。拙い文章でで申し訳ない。
実際の入学・合格実績よりも10ポイントぐらい上乗せされているらしい。
実は阪大医学部で明治政経レベル、駅弁医は日東駒専レベルとのこと。
これ流石に嘘だよね? まさか新入生に聞けるわけもなくて、否定する材料がなくて困ってる。
たしかに一時期よりは易しくなったと思うけど、それでも最低で地方旧帝大工学部ぐらいは維持されてるだろうという印象だった。
受験学力が高くないと医者の仕事は勤まらないなどとは思わないが、本当だとしたら流石にショックだ。
ちなみに私は医学部バブル序盤の2002年に中堅の駅弁医に入学したんだけど、難易度はだいたい京大一般学部ぐらいだった。
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/doctor/1453243925/l50
我が家のしきたりでは、高校を卒業し18歳の春をむかえると、子供は家を出て各自の裁量で生活することになっていた。
もし進学したければ、学費は出してもらえたが、それ以外の生活費は基本的に自分で出さなければいけなかった。
俺はというと、地方の国公立大学に進学を決めていたので、大学近くの安い学生寮に入ることにした。
学生寮といっても住んでいる連中は、大学や専門学校生はもちろん、ミュージシャンの卵やフリーターなどおおよそ金のない若者の見本市のようだった。
ミユは、白磁器のようなすべすべとした肌で、墨でひいたような黒髪を鎖骨まで伸ばし、前髪は切れ長の目の上で揃えていて、一見クールな印象だったが
それでいてあまり高くない鼻と薄く小さい口に幼さが残り、ちょうど子供から大人へ移り変わるところといった顔立ちをしていた。
冬場はいつも暖かそうなクリーム色のとっくりセーターと黒いタイツを身につけていて、そのふっくらとした女性的な体の線に心乱された男も少なくなかった。
容姿は目立つのに、自分から目立とうとはせず、ひとりのときは絵を描いていて、みんなといるときはバカな話をニコニコと聞いているような子だった。
つづくかも?
進学校に通う女子高生です。数学が本当に苦手で小学校の2桁の割り算とかからつまずいてた。なんとか高校までだましだましやってきた。
高1のときに「今数学を捨てたら成績は下がるばっかりだ。あきらめずに続けるのが大事」というのを口酸っぱく言われ続けモチベーション、モチベーションと第一志望にはレベルの高い国公立大学を書かせられ、そんな中で勉強してきた。
2年の夏には第1志望は締め切り後で行けなかったけれど第2志望のオープンキャンパスまで行った。数学だってわからないなりに質問したりして、定期テストでは頑張れば80点も取れるくらいになった。個人的には赤点スレスレからは成長したなぁなんて思ってた。
高2、冬。三者面談で、サラッと
って言われた。たぶん三人の中でその言葉に引っ掛かったのは私だけだと思う。2年の初めに言われたかった。ずっとずっと数学から逃げたかった。でも今まではそれを許されなかったし、捨てない私は頑張ってるって思ってた。
国公立だって数学が2次でいらない大学はいくつかあるし、私自身、学部を確定しているわけでもなく、数学を捨てて希望の大学に行くことはいくらでもできた。
数学を捨てなかった間はもう数学以外をおろそかにしても数学を人並みにもってくるように努力してた。
でも、数学いまになって捨ててもいいって、私は、どうすればいいんだろう。
コンピュータサイエンスの研究室配属を控えた人 or 他大院進学を検討してる人で、ちゃんと研究をしたい人
予算が足りなかったことで、やりたかった研究がやれなかったという話ならまだかわいい方です。
予算不足が原因で、学会に行く費用や、研究に必要な参考書を購入する費用の大半を自己負担しなければならない研究室もあります。
したがって、国から研究費をコンスタントに調達できている研究室に入るべきでしょう。
研究費は分野や予算元や期間(大体は3年か5年)によってまちまちで、100万程度のものから億の単位が動くものまであります。
予算元は様々ですが、科研費というものが国内では一番メジャーで手軽とされています。
科研費の情報は全て https://kaken.nii.ac.jp/ で公開されていますので、教員の名前で検索しましょう。
また、億の単位で動く大型予算の存在も覚えておきましょう。国内だと科学技術振興機構(JST)のものが一番有力でしょうか。
JSTのプロジェクトもプロジェクト代表者(や主要な共同研究者)は公開情報となっておりますので、志望教員の名前でぐぐった時にひっかかると思います。
企業との共同研究では、あまり予算の額が大きくなかったり(下手すると10万ちょっととか)する上に、情報が公開されていない場合が多いのであてになりません。
助教、研究員、ドクターの誰もいない研究室は控えた方が無難でしょう。
教員は授業や会議などで忙しいため、実際に研究室を動かすのは助教や研究員やドクターだったりします。
そういう人がいない研究室ではM2が下級生の面倒を見たりしますが、修士の時点で下級生の面倒を見きれるほどの実力者は相当少ないです。
周囲に頼らずに研究を進めるというやり方もあるにはあるのですが、学部生、修士の段階ではかなり危険です。
確かに成長はするでしょうが、成長する前に(あるいは成長の途中で)大きなミスを犯していて、
それに気付くくらいに成長した時にはかなり手遅れで卒論(修論)が大変なことになったという話を時々耳にします。
(ドクターでもよくある話ですが、さすがにドクターでは自己責任でしょう)
しかし、彼らがいれば安心かというとそうとは言い切れないところがあることには留意しましょう。
特にドクターについては注意が必要です。やる気をなくしてしまった人はもちろん、社会人Dや博論を書くためだけに在籍していて実際は他の研究機関で研究している人、というように、
秘書(事務員)が研究室にいるかどうかもポイントです。特に国公立大学でありがちな面倒な書類作業をある程度任せられるので、研究に集中することができます。
秘書は研究費で雇うことが多いので、秘書がいるということはそれなりに大きな研究費を獲得していると考えて良いでしょう。
多くの場合、その研究室を出願するときは教員と直接面談をすることになると思います。
ただし、研究室の空気を作るのは学生です。教員と面談をする時に学生居室やミーティングなどを見学したいと教員側に要求してみましょう。
日中ならば、最低でも1人は学生がいる(いない場合は考えなおした方が良いでしょう)はずですので、会話してみると良いと思います。
ミーティングの雰囲気は重要です。学生が自主的に発言する雰囲気のある研究室を選ぶべきでしょう。
また、「レッドブルやモンスターが大量に捨てられている研究室はブラック」という説は、コンピュータサイエンスに限って言えば成立しにくいと思います。
エナジードリンクを愛飲する人、というのがコンピュータサイエンスにはそれなりにいるので。
業績(論文)リストを研究室のページや教員個人のページに載せてることはよくありますが、この記事が対象としている学生が読んでも「海外発表が多いな」「この時賞を取ったのか」程度の情報しか得られないと思います。
国内(電子情報通信学会や情報処理学会など)で発表された論文は、ほとんど価値がないとみなされる傾向にあるので、この記事では国際的なものに絞ってお話します。
コンピュータサイエンスの業績は大きく分けて、ジャーナル、プロシーディングス、ポスターの3つに分類されます。
(一部を除いて)ポスターはほとんど価値がないとみなされていますので、ここでは更にジャーナルとプロシーディングスに焦点をあてます。
ジャーナルとプロシーディングスは、出すジャーナル名はカンファレンス名で掲載されるまでの難易度が大きく変わります。もちろん難易度が高ければ高いほど凄いとされています。
研究室選びという観点でだけでならば、次の2つの観点を持っておけば問題無いでしょう。
では、ジャーナルとプロシーディングスはどっちの方が偉いかというと、簡単には優劣が付きません。
他の分野ではジャーナルが第一なのですが、コンピュータサイエンス特有(?)の大きな特徴として「そこらのジャーナルよりも、トップレベルのプロシーディングスの方が上」ということが挙げられます。
ですので、ジャーナルが多いからこの先生は凄いとか、ジャーナルが少ないからこの先生はヤバイ、と考えるのはコンピュータサイエンスに限っては違うと考えましょう。
また一部の教員には、COREランクに載ってないような学会での発表は業績リストに入れない、という人がいます。
このように主要な業績のみからなる業績リストをSelective Publicationといいます。
Selective Publicationのみを公開してる人と、単純に学会に論文を出してない人は区別する必要があります。
色々挙げてきましたが、「結局どれを優先して見るべきか」というのは難しいところがあります。
しかし間違いなく言えることがあって、業績を全く挙げてない人が大型予算を確保できることはありえませんし、優秀な教員の下には優秀なスタッフがついてくるものです。
つまり、これらの要素はお互いに作用しあっているので、今まで挙げたうちの1つでも「あ、この研究室凄そうだ」というのがあれば、少なくとも地雷を踏むことはないと思います。
せっかく個人としての能力は優秀なのに、研究室選びで失敗してしまい、折れてしまった人を今まで何人か見てきました。この記事でそういう人が1人でも減ってくれることを祈ってます。
自分が通っている大学での話だ。女が言うことをピックアップしたった。
・大学の授業の発表等で、女の子にやらせるとかありえなくない?
・バーベキューでなんで私たちも肉焼かなきゃいけないの?服に臭いつくから男が(ry
・男のために化粧してやってるんだから、男は奢るべき
・AKBの誰々に似てるねとか言わないで欲しい。褒め言葉じゃない。正直、小嶋陽菜よりわたしのほうが可愛い
・わたし、結婚して働かず旦那の食い扶持で生きていく。料理できる旦那がいい。わたしできないし
・基本的に結婚は男がプロポーズするもんだし、女は出産とか色々大変だから、男はもっと女に尽くすべき
こんなことを言っているわけだが、モテたい系キョロ充たちが彼女たちの代わりになんだかんだとやってあげている。彼女たちはお姫様気分だ。なお、ちゃんとモテる奴らは外部でしっかり彼女を作っている。
個人的な予想だが、ここまでくると一般の女性から見てもひどいなって思う部類なんじゃないかと思う。どうなのだろうか?是非みんなの意見を聞かせて欲しい
ちなみに
・学科内、女20くらい、男70くらい。
・偏差値は国公立大学偏差値ランキングとかいうのいわく70以上らしい
・学年の学科内の8割くらいの女がこんな感じ
とりあえず、学科内の女と関わりたくないという愚痴。こんな発言を延々と聞かされた上に、賛同しないとありえないだこれだから草食系はなんだと罵倒されるんだお。女性は弱者だから、を笠に着てる女は行き過ぎると本当にクソ
これは小説です。現実の出来事とは関係ないし、関係があったとみえてもしてもそれは偶然です。最後を読めばそうだって気づくはずです。
梅の香り高き昨今であるがこの前のの合格発表で今年度の大学入試はひと段落ついたわけだ。
さて、進学校にはたいてい、「合格体験記」だとか、「合格体験講話」なんて呼ばれる、新3年生の受験へのモチベーションを高めるための機会が設けられる。
つい先日に公式に「合格体験講話」代表メンバーが発表されたが、それを見てわたし(18歳、元女子高生、処女、平凡)は我が母校の没落を予感する羽目となった。
学校のスペック:進学校 東大合格者を*名しか出せない北陸地方の弱小校。なんで北陸地方で梅の香りがするのかは考えないことにしよう。
疑問は3つに分割できるのかなぁ?
メンバーの属性が寄り過ぎていた。全てのメンバーが3年間なり6年間なりシコシコと真面目に勉強してきたと思われるメンツだった。一見いいように見える。でも待ってほしい。彼らが持っているノウハウはシコシコと長時間かけて勉強して成果を出すノウハウだ。でもわたしの母校ってシコシコ真面目に勉強してきたやつばっかりだっただろうか。違うでしょう。どちらかというと。。。そんなわけではっきり言って誰を対象に組んだメンバーなのかはわからない。濃厚な短期間の努力で超難関理系大学に受かったやつを私はしっているぞ。そいつのノウハウの方が残された時間からして役に立つんじゃないか?
②そもそも超難関台を受けるやつばっかりだったっけ?
たしかに超難関大学に受かったやつは多少はいる。し、そうゆう大学を受けようとしている後輩も少しはいるだろう。でも、大多数は中堅どころの国立大に入りたいって思っているやつだ。そんな奴らに難関大合格のしかも自分に当てはめられるかわからないようなノウハウが必要と言えるのか?そいつらが使えもしないノウハウに間違えて手を出して、結局やりきれなかったなんてことになるはめになるんじゃないのか?不相応な意識ばかりついて、後の足かせになるんじゃないのか?
まぁ、いい。上のことは少し置いておこう。でも、ちょっとまってくれ。私の母校は理系中心じゃなかったのか?2/3ぐらいの生徒は理系じゃなかったのか?なのになんで文系にも半分の時間はなさせるんだ。しかもその文系の1/2は全く同じ大学の同じ入試区分じゃないか。なんの意味があるんだ?(私は理系女子だ。そして処女だ。*******は***だし*******なのだ。だから特に憤りを覚える。)
④なんでそんなことが起こったのか
本当に簡単な理由だろう。推測にすぎないけど。それは労働者(教師)のプライドだろう。私はこんないい大学に生徒を送り出せました。優秀な教師です。とでもアピールしたいのではないのか。普段認めてもらえないし。でも、そんなことでしかプライドを守れないって恥ずかしいと思うぞ。本当に良い授業(というか教師)をしていれば周りが勝手にその教師に感動する。少ない例だが何件かわたしはそんな教師を見たことがある。どっちを目指すべきかは明白だろうに、推測なのでなんとも言えないけどwww
⑤(指摘を受けて削除)
⑥まとめ
上に書いたような合理的なな判断も出来ないようでは、今まではやってこれたとしてもこれからの供給過多、需要爆減の時代、つまり子供が40%も減る時代に到底は耐えられまい。GDPだって低下するだろうに授業料のべらぼうに高い私立の学校に通わせたい親だって何人いるんだか。周りの学校の努力からしても、営業努力さえ疎かにしているし、(いっておくが少なくても近所の3つの中学校のやつらが私の学校の学校紹介は最低だった。と説明している)劣っている。
そんなわけで私は私の母校が、具体的には6年間中古のレ9サスが買えるほどの金を収めた我が母校が、15年ぐらいで潰れると推測する。
追記:国公立大学に***人入れたら成功した学年だっていう話ぐらいは******。そして、その数を増やさんばかりに生徒の志望校を*****ことも私は知っている。目指すべきは自分の短期的なメリットなのか?いつか後悔するんじゃないのか?*****の結果は*****と*****
追記2:(指摘により削除)
「そんな学校があったら面白いなぁ」私は新しいマイルドセブンのシールをはがしつつ一人でつぶやいた。すると画面の中からハルヒが出てきて
僕は肯いた。
僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって。
でもそれがマイルドセブンというきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。
マイルドセブンは少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。
僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。
これは小説です。現実の出来事とは関係ないし、関係があったとみえてもしてもそれは偶然です。最後を読めばそうだって気づくはずです。
梅の香り高き昨今であるがこの前のの合格発表で今年度の大学入試はひと段落ついたわけだ。
さて、進学校にはたいてい、「合格体験記」だとか、「合格体験講話」なんて呼ばれる、新3年生の受験へのモチベーションを高めるための機会が設けられる。
つい先日に公式に「合格体験講話」代表メンバーが発表されたが、それを見てわたし(18歳、元女子高生、処女)は我が母校の没落を予感する羽目となった。
学校のスペック:進学校 東大合格者を数名しか出せない北陸地方の弱小校。なんで北陸地方で梅の香りがするのかは考えないことにしよう。
メンバーの属性が寄り過ぎていた。全てのメンバーが3年間なり6年間なりシコシコと真面目に勉強してきたと思われるメンツだった。一見いいように見える。でも待ってほしい。彼らが持っているノウハウはシコシコと長時間かけて勉強して成果を出すノウハウだ。でもわたしの母校ってシコシコ真面目に勉強してきたやつばっかりだっただろうか。違うでしょう。どちらかというと。。。そんなわけではっきり言って誰を対象に組んだメンバーなのかはわからない。濃厚な短期間の努力で超難関理系大学に受かったやつを私はしっているぞ。そいつのノウハウの方が残された時間からして役に立つんじゃないか?
②そもそも超難関台を受けるやつばっかりだったっけ?
たしかに超難関大学に受かったやつは多少はいる。し、そうゆう大学を受けようとしている後輩も少しはいるだろう。でも、大多数は中堅どころの国立大に入りたいって思っているやつだ。そんな奴らに難関大合格のしかも自分に当てはめられるかわからないようなノウハウが必要と言えるのか?そいつらが使えもしないノウハウに間違えて手を出して、結局やりきれなかったなんてことになるはめになるんじゃないのか?不相応な意識ばかりついて、後の足かせになるんじゃないのか?
まぁ、いい。上のことは少し置いておこう。でも、ちょっとまってくれ。私の母校は理系中心じゃなかったのか?2/3ぐらいの生徒は理系じゃなかったのか?なのになんで文系にも半分の時間はなさせるんだ。しかもその文系の1/2は全く同じ大学の同じ入試区分じゃないか。なんの意味があるんだ?(私は理系女子だ。そして処女だ。*******は***だし*******なのだ。だから特に憤りを覚える。)
④なんでそんなことが起こったのか
本当に簡単な理由だろう。推測にすぎないけど。それは労働者(教師)のプライドだろう。私はこんないい大学に生徒を送り出せました。優秀な教師です。とでもアピールしたいのではないのか。普段認めてもらえないし。でも、そんなことでしかプライドを守れないって恥ずかしいと思うぞ。本当に良い授業(というか教師)をしていれば周りが勝手にその教師に感動する。少ない例だが何件かわたしはそんな教師を見たことがある。どっちを目指すべきかは明白だろうに、推測なのでなんとも言えないけどwww
⑤まとめ
上に書いたような合理的なな判断も出来ないようでは、今まではやってこれたとしてもこれからの需要過多の時代、つまり子供が40%も減る時代に到底は耐えられまい。GDPだって低下するだろうに授業料のべらぼうに高い私立の学校に通わせたい親だって何人いるんだか。周りの学校の努力からしても、営業努力さえ疎かにしているし、(いっておくが少なくても近所の3つの中学校のやつらが私の学校の学校紹介は最低だった。と説明している)劣っている。
そんなわけで私は私の母校が、具体的には6年間中古のレ9サスが買えるほどの金を収めた我が母校が、15年ぐらいで潰れると推測する。
追記:国公立大学に***人入れたら成功した学年だっていう話ぐらいは私だって知っている。そして、その数を増やさんばかりに生徒の志望校を*****ことも私は知っている。目指すべきは自分の短期的なメリットなのか?いつか後悔するんじゃないのか?********************の結果は***********************と思うぞ。
「そんな学校があったら面白いなぁ」私は新しいマイルドセブンのシールをはがしつつ一人でつぶやいた。すると画面の中からハルヒが出てきて
僕は肯いた。
僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって。
でもそれがマイルドセブンというきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。
マイルドセブンは少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。
僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。
これは小説です。現実の出来事とは関係ないし、関係があったとみえてもしてもそれは偶然です。最後を読めばそうだって気づくはずです。
梅の香り高き昨今であるがこの前のの合格発表で今年度の大学入試はひと段落ついたわけだ。
さて、進学校にはたいてい、「合格体験記」だとか、「合格体験講話」なんて呼ばれる、新3年生の受験へのモチベーションを高めるための機会が設けられる。
つい先日に公式に「合格体験講話」代表メンバーが発表されたが、それを見てわたし(18歳、元女子高生、処女)は我が母校の没落を予感する羽目となった。
学校のスペック:進学校 東大合格者を数名しか出せない北陸地方の弱小校。なんで北陸地方で梅の香りがするのかは考えないことにしよう。
メンバーの属性が寄り過ぎていた。全てのメンバーが3年間なり6年間なりシコシコと真面目に勉強してきたと思われるメンツだった。一見いいように見える。でも待ってほしい。彼らが持っているノウハウはシコシコと長時間かけて勉強して成果を出すノウハウだ。でもわたしの母校ってシコシコ真面目に勉強してきたやつばっかりだっただろうか。違うでしょう。どちらかというと。。。そんなわけではっきり言って誰を対象に組んだメンバーなのかはわからない。濃厚な短期間の努力で超難関理系大学に受かったやつを私はしっているぞ。そいつのノウハウの方が残された時間からして役に立つんじゃないか?
②そもそも超難関台を受けるやつばっかりだったっけ?
たしかに超難関大学に受かったやつは多少はいる。し、そうゆう大学を受けようとしている後輩も少しはいるだろう。でも、大多数は中堅どころの国立大に入りたいって思っているやつだ。そんな奴らに難関大合格のしかも自分に当てはめられるかわからないようなノウハウが必要と言えるのか?そいつらが使えもしないノウハウに間違えて手を出して、結局やりきれなかったなんてことになるはめになるんじゃないのか?不相応な意識ばかりついて、後の足かせになるんじゃないのか?
まぁ、いい。上のことは少し置いておこう。でも、ちょっとまってくれ。私の母校は理系中心じゃなかったのか?2/3ぐらいの生徒は理系じゃなかったのか?なのになんで文系にも半分の時間はなさせるんだ。しかもその文系の1/2は全く同じ大学の同じ入試区分じゃないか。なんの意味があるんだ?(私は理系女子だ。そして処女だ。*******は***だし*******なのだ。だから特に憤りを覚える。)
④なんでそんなことが起こったのか
本当に簡単な理由だろう。推測にすぎないけど。それは労働者(教師)のプライドだろう。私はこんないい大学に生徒を送り出せました。優秀な教師です。とでもアピールしたいのではないのか。普段認めてもらえないし。でも、そんなことでしかプライドを守れないって恥ずかしいと思うぞ。本当に良い授業(というか教師)をしていれば周りが勝手にその教師に感動する。少ない例だが何件かわたしはそんな教師を見たことがある。どっちを目指すべきかは明白だろうに、推測なのでなんとも言えないけどwww
⑤まとめ
上に書いたような合理的なな判断も出来ないようでは、今まではやってこれたとしてもこれからの需要過多の時代、つまり子供が40%も減る時代に到底は耐えられまい。GDPだって低下するだろうに授業料のべらぼうに高い私立の学校に通わせたい親だって何人いるんだか。周りの学校の努力からしても、営業努力さえ疎かにしているし、(いっておくが少なくても近所の3つの中学校のやつらが私の学校の学校紹介は最低だった。と説明している)劣っている。
そんなわけで私は私の母校が、具体的には6年間中古のレ9サスが買えるほどの金を収めた我が母校が、15年ぐらいで潰れると推測する。
追記:国公立大学に***人入れたら成功した学年だっていう話ぐらいは私だって知っている。そして、その数を増やさんばかりに生徒の志望校を*****ことも私は知っている。目指すべきは自分の短期的なメリットなのか?いつか後悔するんじゃないのか?********************の結果は***********************と思うぞ。
「そんな学校があったら面白いなぁ」私は新しいマイルドセブンのシールをはがしつつ一人でつぶやいた。すると画面の中からハルヒが出てきて
僕は肯いた。
僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって。
でもそれがマイルドセブンというきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。
マイルドセブンは少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。
僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。
これは小説です。現実の出来事とは関係ないし、関係があったとみえてもしてもそれは偶然です。最後を読めばそうだって気づくはずです。
梅の香り高き昨今であるがこの前のの合格発表で今年度の大学入試はひと段落ついたわけだ。
さて、進学校にはたいてい、「合格体験記」だとか、「合格体験講話」なんて呼ばれる、新3年生の受験へのモチベーションを高めるための機会が設けられる。
つい先日に公式に「合格体験講話」代表メンバーが発表されたが、それを見てわたし(18歳、元女子高生、処女)は我が母校の没落を予感する羽目となった。
学校のスペック:進学校 東大合格者を数名しか出せない北陸地方の弱小校。なんで北陸地方で梅の香りがするのかは考えないことにしよう。
メンバーの属性が寄り過ぎていた。全てのメンバーが3年間なり6年間なりシコシコと真面目に勉強してきたと思われるメンツだった。一見いいように見える。でも待ってほしい。彼らが持っているノウハウはシコシコと長時間かけて勉強して成果を出すノウハウだ。でもわたしの母校ってシコシコ真面目に勉強してきたやつばっかりだっただろうか。違うでしょう。どちらかというと。。。そんなわけではっきり言って誰を対象に組んだメンバーなのかはわからない。濃厚な短期間の努力で超難関理系大学に受かったやつを私はしっているぞ。そいつのノウハウの方が残された時間からして役に立つんじゃないか?
②そもそも超難関台を受けるやつばっかりだったっけ?
たしかに超難関大学に受かったやつは多少はいる。し、そうゆう大学を受けようとしている後輩も少しはいるだろう。でも、大多数は中堅どころの国立大に入りたいって思っているやつだ。そんな奴らに難関大合格のしかも自分に当てはめられるかわからないようなノウハウが必要と言えるのか?そいつらが使えもしないノウハウに間違えて手を出して、結局やりきれなかったなんてことになるはめになるんじゃないのか?不相応な意識ばかりついて、後の足かせになるんじゃないのか?
まぁ、いい。上のことは少し置いておこう。でも、ちょっとまってくれ。私の母校は理系中心じゃなかったのか?2/3ぐらいの生徒は理系じゃなかったのか?なのになんで文系にも半分の時間はなさせるんだ。しかもその文系の1/2は全く同じ大学の同じ入試区分じゃないか。なんの意味があるんだ?(私は理系女子だ。そして処女だ。*******は***だし*******なのだ。だから特に憤りを覚える。)
④なんでそんなことが起こったのか
本当に簡単な理由だろう。推測にすぎないけど。それは労働者(教師)のプライドだろう。私はこんないい大学に生徒を送り出せました。優秀な教師です。とでもアピールしたいのではないのか。普段認めてもらえないし。でも、そんなことでしかプライドを守れないって恥ずかしいと思うぞ。本当に良い授業(というか教師)をしていれば周りが勝手にその教師に感動する。少ない例だが何件かわたしはそんな教師を見たことがある。どっちを目指すべきかは明白だろうに、推測なのでなんとも言えないけどwww
⑤まとめ
上に書いたような合理的なな判断も出来ないようでは、今まではやってこれたとしてもこれからの需要過多の時代、つまり子供が40%も減る時代に到底は耐えられまい。GDPだって低下するだろうに授業料のべらぼうに高い私立の学校に通わせたい親だって何人いるんだか。周りの学校の努力からしても、営業努力さえ疎かにしているし、(いっておくが少なくても近所の3つの中学校のやつらが私の学校の学校紹介は最低だった。と説明している)劣っている。
そんなわけで私は私の母校が、具体的には6年間中古のレ9サスが買えるほどの金を収めた我が母校が、15年ぐらいで潰れると推測する。
追記:国公立大学に***人入れたら成功した学年だっていう話ぐらいは私だって知っている。そして、その数を増やさんばかりに生徒の志望校を*****ことも私は知っている。目指すべきは自分の短期的なメリットなのか?いつか後悔するんじゃないのか?********************の結果は***********************と思うぞ。
「そんな学校があったら面白いなぁ」私は新しいマイルドセブンのシールをはがしつつ一人でつぶやいた。すると画面の中からハルヒが出てきて
僕は肯いた。
僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって。
でもそれがマイルドセブンというきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。
マイルドセブンは少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。
僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。
これは小説です。現実の出来事とは関係ないし、関係があったとみえてもしてもそれは偶然です。最後を読めばそうだって気づくはずです。
梅の香り高き昨今であるがこの前のの合格発表で今年度の大学入試はひと段落ついたわけだ。
さて、進学校にはたいてい、「合格体験記」だとか、「合格体験講話」なんて呼ばれる、新3年生の受験へのモチベーションを高めるための機会が設けられる。
つい先日に公式に「合格体験講話」代表メンバーが発表されたが、それを見てわたし(18歳、元女子高生、処女)は我が母校の没落を予感する羽目となった。
学校のスペック:進学校 東大合格者を数名しか出せない北陸地方の弱小校。なんで北陸地方で梅の香りがするのかは考えないことにしよう。
メンバーの属性が寄り過ぎていた。全てのメンバーが3年間なり6年間なりシコシコと真面目に勉強してきたと思われるメンツだった。一見いいように見える。でも待ってほしい。彼らが持っているノウハウはシコシコと長時間かけて勉強して成果を出すノウハウだ。でもわたしの母校ってシコシコ真面目に勉強してきたやつばっかりだっただろうか。違うでしょう。どちらかというと。。。そんなわけではっきり言って誰を対象に組んだメンバーなのかはわからない。濃厚な短期間の努力で超難関理系大学に受かったやつを私はしっているぞ。そいつのノウハウの方が残された時間からして役に立つんじゃないか?
②そもそも超難関台を受けるやつばっかりだったっけ?
たしかに超難関大学に受かったやつは多少はいる。し、そうゆう大学を受けようとしている後輩も少しはいるだろう。でも、大多数は中堅どころの国立大に入りたいって思っているやつだ。そんな奴らに難関大合格のしかも自分に当てはめられるかわからないようなノウハウが必要と言えるのか?そいつらが使えもしないノウハウに間違えて手を出して、結局やりきれなかったなんてことになるはめになるんじゃないのか?不相応な意識ばかりついて、後の足かせになるんじゃないのか?
まぁ、いい。上のことは少し置いておこう。でも、ちょっとまってくれ。私の母校は理系中心じゃなかったのか?2/3ぐらいの生徒は理系じゃなかったのか?なのになんで文系にも半分の時間はなさせるんだ。しかもその文系の1/2は全く同じ大学の同じ入試区分じゃないか。なんの意味があるんだ?(私は理系女子だ。そして処女だ。*******は***だし*******なのだ。だから特に憤りを覚える。)
④なんでそんなことが起こったのか
本当に簡単な理由だろう。推測にすぎないけど。それは労働者(教師)のプライドだろう。私はこんないい大学に生徒を送り出せました。優秀な教師です。とでもアピールしたいのではないのか。普段認めてもらえないし。でも、そんなことでしかプライドを守れないって恥ずかしいと思うぞ。本当に良い授業(というか教師)をしていれば周りが勝手にその教師に感動する。少ない例だが何件かわたしはそんな教師を見たことがある。どっちを目指すべきかは明白だろうに、推測なのでなんとも言えないけどwww
⑤まとめ
上に書いたような合理的なな判断も出来ないようでは、今まではやってこれたとしてもこれからの需要過多の時代、つまり子供が40%も減る時代に到底は耐えられまい。GDPだって低下するだろうに授業料のべらぼうに高い私立の学校に通わせたい親だって何人いるんだか。周りの学校の努力からしても、営業努力さえ疎かにしているし、(いっておくが少なくても近所の3つの中学校のやつらが私の学校の学校紹介は最低だった。と説明している)劣っている。
そんなわけで私は私の母校が、具体的には6年間中古のレ9サスが買えるほどの金を収めた我が母校が、15年ぐらいで潰れると推測する。
追記:国公立大学に***人入れたら成功した学年だっていう話ぐらいは私だって知っている。そして、その数を増やさんばかりに生徒の志望校を*****ことも私は知っている。目指すべきは自分の短期的なメリットなのか?いつか後悔するんじゃないのか?********************の結果は***********************と思うぞ。
「そんな学校があったら面白いなぁ」私は新しいマイルドセブンのシールをはがしつつ一人でつぶやいた。すると画面の中からハルヒが出てきて
僕は肯いた。
僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって。
でもそれがマイルドセブンというきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。
マイルドセブンは少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。
僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。
これは小説です。現実の出来事とは関係ないし、関係があったとみえてもしてもそれは偶然です。最後を読めばそうだって気づくはずです。
梅の香り高き昨今であるがこの前のの合格発表で今年度の大学入試はひと段落ついたわけだ。
さて、進学校にはたいてい、「合格体験記」だとか、「合格体験講話」なんて呼ばれる、新3年生の受験へのモチベーションを高めるための機会が設けられる。
つい先日に公式に「合格体験講話」代表メンバーが発表されたが、それを見てわたし(18歳、元女子高生、処女)は我が母校の没落を予感する羽目となった。
学校のスペック:進学校 東大合格者を数名しか出せない北陸地方の弱小校。なんで北陸地方で梅の香りがするのかは考えないことにしよう。
メンバーの属性が寄り過ぎていた。全てのメンバーが3年間なり6年間なりシコシコと真面目に勉強してきたと思われるメンツだった。一見いいように見える。でも待ってほしい。彼らが持っているノウハウはシコシコと長時間かけて勉強して成果を出すノウハウだ。でもわたしの母校ってシコシコ真面目に勉強してきたやつばっかりだっただろうか。違うでしょう。どちらかというと。。。そんなわけではっきり言って誰を対象に組んだメンバーなのかはわからない。濃厚な短期間の努力で超難関理系大学に受かったやつを私はしっているぞ。そいつのノウハウの方が残された時間からして役に立つんじゃないか?
②そもそも超難関台を受けるやつばっかりだったっけ?
たしかに超難関大学に受かったやつは多少はいる。し、そうゆう大学を受けようとしている後輩も少しはいるだろう。でも、大多数は中堅どころの国立大に入りたいって思っているやつだ。そんな奴らに難関大合格のしかも自分に当てはめられるかわからないようなノウハウが必要と言えるのか?そいつらが使えもしないノウハウに間違えて手を出して、結局やりきれなかったなんてことになるはめになるんじゃないのか?不相応な意識ばかりついて、後の足かせになるんじゃないのか?
まぁ、いい。上のことは少し置いておこう。でも、ちょっとまってくれ。私の母校は理系中心じゃなかったのか?2/3ぐらいの生徒は理系じゃなかったのか?なのになんで文系にも半分の時間はなさせるんだ。しかもその文系の1/2は全く同じ大学の同じ入試区分じゃないか。なんの意味があるんだ?(私は理系女子だ。そして処女だ。*******は***だし*******なのだ。だから特に憤りを覚える。)
④なんでそんなことが起こったのか
本当に簡単な理由だろう。推測にすぎないけど。それは労働者(教師)のプライドだろう。私はこんないい大学に生徒を送り出せました。優秀な教師です。とでもアピールしたいのではないのか。普段認めてもらえないし。でも、そんなことでしかプライドを守れないって恥ずかしいと思うぞ。本当に良い授業(というか教師)をしていれば周りが勝手にその教師に感動する。少ない例だが何件かわたしはそんな教師を見たことがある。どっちを目指すべきかは明白だろうに、推測なのでなんとも言えないけどwww
⑤まとめ
上に書いたような合理的なな判断も出来ないようでは、今まではやってこれたとしてもこれからの需要過多の時代、つまり子供が40%も減る時代に到底は耐えられまい。GDPだって低下するだろうに授業料のべらぼうに高い私立の学校に通わせたい親だって何人いるんだか。周りの学校の努力からしても、営業努力さえ疎かにしているし、(いっておくが少なくても近所の3つの中学校のやつらが私の学校の学校紹介は最低だった。と説明している)劣っている。
そんなわけで私は私の母校が、具体的には6年間中古のレ9サスが買えるほどの金を収めた我が母校が、15年ぐらいで潰れると推測する。
追記:国公立大学に***人入れたら成功した学年だっていう話ぐらいは私だって知っている。そして、その数を増やさんばかりに生徒の志望校を*****ことも私は知っている。目指すべきは自分の短期的なメリットなのか?いつか後悔するんじゃないのか?********************の結果は***********************と思うぞ。
「そんな学校があったら面白いなぁ」私は新しいマイルドセブンのシールをはがしつつ一人でつぶやいた。すると画面の中からハルヒが出てきて
僕は肯いた。
僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって。
でもそれがマイルドセブンというきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。
マイルドセブンは少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。
僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。