はてなキーワード: 小学校とは
近い将来必ず詰むと思う。
歌い手とはいっても、世の中には歌が上手い人間はめずらしくない。10人くらいでカラオケに行けば1人は上手い人がいて、その10人中の1人が数人集まったのが自分のような歌い手ユニットのメンバーだ。
その素人にモテの魔法をかけるのが二次元のイケメンのイラストであり、歌い手ユニットの主なターゲットは三次元アイドルに抵抗のあるオタクの女子層で、YouTubeでの無料コンテンツが主体になるので自然と低年齢向けになっていく。
企画なんかも子供に人気のゲームだったり、お菓子食べるやつだったり、おおよそ成人男性じゃない姿を演じることになる。
それ自体は多かれ少なかれ、なんらかの表に出る仕事をしてる人には存在すると思うが、低年齢向けの商売はとにかく疲弊と収入が割に合わない。
ここで言う低年齢は小学校高学年から中高生くらいを指すんだが、金銭面ではほぼ必然的に親金を頼ることになるので、他のコンテンツに比べるとファンの購買力の面で弱い。
多くの歌い手ユニットは、バイト代全部を注ぎ込んでくれるような学生とパパ活なんかで稼いでるとしか思えない謎の層の投げ銭に支えられている。
ただ、YouTubeで小中高生向けでやっていくと、1000人規模のライブハウスから始まってアリーナとかのライブまでの動員が確保できるようになる。
なぜなら親も一緒についてくるパターンが多いから、思ったよりチケットが売れるのだ。おかあさんといっしょのファミリーコンサートと同じ。
ただ、日程は平日の倍くらい金のかかる土日だけになるし、単発のアリーナができても大した収入にはならんので、箔をつけるだけで赤字。
かといって全国ツアーができるのかというと、ほとんどのグループはできてない。
地方にファンがいないわけじゃないが、地方の低年齢層のファンにはまったく購買力がないし、普通のアイドルやバンドと違って関東からどこまでも遠征するタイプのファンもほぼいない。親はライブにはついてきてくれても、遠征までは許さないのだ。
似たコンテンツだとYouTube主体でガワを被って歌ってるってところでVtuberが近いと思うが、Vはとにかく寿命が短い。中の人の友人が言うには長時間配信とリスナーとの距離の近さが精神と肉体にだいぶダメージを与えるらしい。あとたぶん事務所によるマネージメントが機能してない。
絵の歌い手はVほどファンとの距離も近くなく、寿命が短くないからダラダラ続けてしまう人も多い。周りにも、ちょっと売れてる40代のおっさん歌い手みたいなのがごろごろいる。
この「ちょっと売れてる」っていうのは音楽で食えてるわけじゃなくて、転売とかバイトの副業込みでなんとか生きてるレベルの話だ。
ニコニコの歌い手全盛期にちょっと売れた人は、おっさんになった今もあの頃の話をしながら大した金にならないインターネットカラオケマンを続けていたりする。
今一生懸命に歌い手コンテンツを追いかけている学生たちも、もう少ししたら自分の年齢に見合ったコンテンツにそれぞれ流れていくだろう。
学生のなけなしの小遣いによる投げ銭で日銭を稼ぐハリボテ自転車操業で、ライブはいつも赤字。こんなのが長く続けられるはずかない。
とっととグループを見限って他の芸能にチャレンジするなりなんなりすればいいのだが、そもそも歌い手には自分含めて“歌い手”というガラパゴスすぎるスキルがない。
YouTuberにしては面白くないし、アイドルにしては踊れないし、歌手にしては歌が上手くないし、そもそも芸能人にしてはビジュアルが良くないという悲しい真実がのしかかる。
このままだらだら続けていたら、少女漫画みたいな絵柄を貼り付けた40代歌い手になるのかと思うと足元が寒くなる。早く一般人になりたい。
県内でもカススラムと言われるような地域で小学校〜高校まで公立。
たまたま大手企業の人間と結婚したことでその企業関連の人間とよく会話するようになったが、まじでみんな頭の回転が速い。高卒から院卒までいたけど、たとえ高卒でも「その高校の中でトップで、大手企業に高卒就職した奴」なので有能。流石に高卒と院卒が会話するとたまに噛み合ってないなと見受けられる部分はあった。自分は高卒側と偏差値レベルが一致してんなと感じた。たまに読み間違えてる漢字とかある感じが。
まあどっちも究極の陽キャだし、実際大手企業に勤めて何年もやれているので問題ない。
底辺公立時代に出会った人間はど直球にバカだ。頭の回転が遅いし、日本語が通じないことなんてザラ。会話できないし、ニュアンスが伝わらないとか、いやそういうことじゃねえだろとか、その後どうしたか聞いたら水商売だの風俗だの、ついでに10代で妊娠出産みたいなのが普通だった。
親も何度も説明してもピンときてないことが多くてIQ低いんだろうと薄々気付いてはいる。そういう人間ばっかりが住んでる地域。
人の上澄み、大手企業に就職できるような層にそういうやつはいない。あ、風俗利用者は多数いる。あくまでもサービスを使う側だ。
いいなあ。こいつらずっとこういう頭の回転が早くて最低限相手を慮れるやつらと一緒に活動してこれたのかよ。羨ましい。そら性格歪まんわ。中学でコンドーム落ちてて全校集会が開かれたりガラスが全部割られて全校集会が開かれたり校内にバイクが走ってて全校集会が開かれたりしないらしい。いいよなあ。
女性のみなさん、男女同じところ、違うところあると思います。よかったら女性版も書いてね。
読んでてキモい?俺も思った。
==以下追記==
みんな読んでくれてありがとう。頑張って深夜に書いた甲斐があったな。
以下に、気になったコメント、うれしかったコメント等へ返信します。
これがすべての男性に対して正しいかはわからないけれど、女性の大多数が、性的欲求すなわち勃起、勃起すなわち性的欲求、的な認識を持っていると思う。勃起という現象についての無理解を自身について感じる
水着グラビアわりと冷静なんだ。個人差あるだろうけど。下着売り場はどう?前にエスカレーターから見える下着売り場は無配慮だという投稿を見たことある。
直接口に出されこそしない「使えねーな」「もうちょい急げよオラ」を毎日浴びせられて過ごしている。
毎日のように削り取られていく自尊心を癒やすために『いつか凄い人として羽ばたくサナギとしての自分』をいつも空想している。
両親から運動音痴と自閉症スペクトラムを引き継いだ所に早生まれが重なったせいで生まれついての引きこもり気質。
保育所の広場で遊ぼうとすれば「お前がいると負けるから来るな」と追いやられ、一人でブランコをしようとすれば体格のいい子に追い出され、仕方がないからいつも絵本を隅っこで読んでいた。
小学校に入ってからはせめて勉強ぐらいは頑張ろうとしたが、運動も会話もまともに出来ないくせに勉強だけは頑張っていたのをメガネザル系のキャラとして扱われ、頑張って勉強していい高校に入ったら周りは運動も勉強もできる人ばかりで何も持ってない底辺として暮らす日々。
大学でも同じような現象が起き、周りは自分と同じ程度の学力だけどソレ以外の能力では圧勝されているので自分に自信を持つことは全く無い。
学歴を印籠みたいにかざして無理やり通り抜けようとした就職活動はボロボロになり、自棄糞になって受けた公務員試験でもペーパーで取った有利を集団面接で全部吐き出し切って完敗に終わる。
やりたい仕事もやるべきだと思う仕事も稼げる仕事も遠ざかり、とにかく数を集めて谷底に突き落とすタイプの会社に入って、適性もないままに椅子にしがみつくことでなんとか生き延びてきた。
自分が仕事の中で相性が良いと感じることを上から上げていくと「分析」「整理」「定型化」だと思うのだが、自分が主にやらされているのは「営業」「懐柔」「折衝」で、正直この辺は死ぬほど苦手でせめて電話・口頭中心じゃなくてメール・チャットでやらせて欲しくてたまらない。
企業風土が自分とあっていると思えないのだが、この仕事を通して積み上げてきたものが自分と相性が悪すぎるからそれを売り込んで入れるような転職先は結局同じような所だろうという蟻地獄に人生が囚われてしまった。
無能扱いされてもいいからせめて平穏に暮らせたら良いのに、毎日のようにせっつかれるしなんだか分からない責任問題に次々巻き込まれている。
本心から望んでいるのは「貧乏でもつまらなくてもいいから平和に暮らすこと」だ。
でもその競争倍率がクソほど高くなってどこも高値で売りつけられていると聞いてもう怖くなって完全に動けなくなってしまった。
毎日この人生からまるごと降りたさに包まれながら職場に向かっていて、そうして一日かけて傷つけられた心を風呂場やベッドに入って「でも僕は近いウチになんか良く分からんがビッグになって大逆転するんだ」という中身のない妄想に浸ることで癒やしていく。
なんなんだろうこの人生は。
最底辺の人間が敷き詰められた狭いアパートで寝起きして、最低限の味と栄養しか無い配給食を食べるために並んで、残った時間は図書館で老人と本や新聞を奪い合いながら暇つぶしをするだけの人生でもう十分なんだ。
どっかの金持ちが無駄な背伸びを繰り返し使い切られてしまったこの世界の余裕を補充し直すために、自分の心を砕きながら社会のひび割れを埋めさせられるのにいい加減うんざりする。
なんでただ生きるためだけに毎日こんなつらい思いをする必要があるんだろう。
最低限度の生活の値段が高すぎる。
生活の値段が高いと言うより、あらゆる労働の性質が非人道的すぎる。
人道的な労働環境に生きたい。
俺の本当の願いはそれだけだ。
でも叶うとは思えないから「ある日凄い人になった自分が凄くチヤホヤされるから、今の苦しみはその時に全部相殺されて「生きててよかった」と思えるはずだ」を毎日妄想するんだ。
辛い……そうして「いつか自分は凄くなるんだ」を握りしめてるせいでかえって人生が苦しくなっている面もあるんだろうな。
これはもう麻薬みたいなもんだ。
どいつもこいつも平然とした顔で「いつかビッグになるよ。良く分からないけど。だから今は頑張ろうね」と麻薬を高値で売りつけてきやがる。
教師も親も誰も彼もが平然とお互いの口に麻薬を詰め込んで適当に酔っ払ってるすきに自分の好きなように操れないかと画策してる。
なんなんだろうなこの世界は。
俺は本当にもう疲れた。
いつ死んでもおかしくない。
ストVは初心者が参加しにくいという問題があって、スト6ではカンタンコマンドが導入された。
それで思い出したのが、小学生のときバレーボールを楽しんでいたのだが、
隣の小学校でずいぶんなガチ勢チームが発生しており、膝あてとかガチなユニフォームに身を包んで、
愉しんでやっている人たちに道場破りのように挑んで、近隣の小学校を荒らしまくってずいぶん評判の悪いチームがあった。
なんでもやりすぎはよくないのだなと思った。
かれこれ40年ぐらい前、小学校低学年の頃の話だが
私が住んでいる田舎では地方の呼び名で出店とよばれる個人商店が町内にぽつりぽつりとあり、私が歩いて行けるお店には日用品と雑貨(オシャレでは無い方の)に紛れてマンガのコミックが数冊売られていた。
その店はヨボヨボのおじいさんがいつもひとりで店番というか 、呼ぶと奥の生活圏からゆっくりと出てくるスタイルで、
なんだろう、当時の自分はそのお店でお金を落とすことが義務のようなそんな気持ちで駄菓子やらなんやら買っていた。
そして売っている本は通常の半値ぐらいで並んでおり親の目を盗んでは店まで行って立ち読みしたり、気に入ったらお小遣いを貯めて買っていた。
ドラえもんの一桁頃や、何故かスターウォーズ帝国の逆襲のコミカライズ日本語版とか色んな本がその店から自分の本棚に移動し並んでいたのだが、この本たち、読むのにちょっとコツがいる、値段の理由もそこにある。
途中でページが逆さまになったりめくる方向が逆になったりして本をクルクル回しながら読むことを強いられるのである。
子供だったし自分としてはそれが普通になっていたのでなんとも思っていなかったが
ある時、遊びに来た友達に指摘され、急に気恥づしくなって乱丁の本たちを皆箱に隠してそれっきりどうなったのかわからなくなった。
その店は数年後にお爺さんの寿命と共に無くなったのだが、跡地を見る度に スターウォーズ帝国の逆襲のストーリーが逆さのページで甦ってくる。
「他人を人間扱いする」とはどういうことか?が話題になっていたから少し考えたい。
最近の例で言うとビッグモーター。報道なんかで伝え聞くかぎりビッグモーターでは社員が人間扱いされてないような印象を受ける。
あれはつまり、社員を「労働力」という単一の側面でしか捉えていないことが、人間扱いしていない印象をうける根底にあるのではないか。
ビッグモーターの社員ももちろん人間で、生物学的に両親がいて大人に成長できる程度には手間暇をかけて育てられてきた。
悲しむこともあれば喜びもあり、また病むこともあり大切な誰かがいるはずだ。
彼らにも多かれ少なかれ良心があったはずだが、売り上げを増やすために個人レベルの良心を押しつぶした。
彼らにも人生の目標があったはずだが、そのために会社としてするべき正当な人事評価を与えず、恐怖政治の棍棒として人事評価を使った。
彼らにも人の子として、あるい人の親として守られるべき尊厳があったはずだが、それを踏みにじった。
人の持つ多面的な側面を一切合切無視して労働力という側面だけで存在価値を測ることが「人間扱いしていない」ということになるのではないだろうか。
企業なのだから利益を追求することは当然だが、人が会社を動かしている以上人間性を無視して過剰に利益を追求するのは無理があり、その歪みが限界に達した結果現在報道されるような事態になったわけだ。
病気になることもあるわけだから業務にはバッファが必要で、それを用意する。
ミスをすることもあるから、それを前提とした仕組みを実装する。
会社レベルでの「人間扱いする」っていうのはこういう感じの施策群を用意することが人間扱いするということになるだろう。
では個人レベルでの「他人を人間扱いする」とはどういうことだろうか。
ビッグモーターの例に倣えば人間扱い「しない」とは「(本来多様な側面を持っている人間の)単一の側面、あるいはごく狭い側面しか存在を認めないこと」
例えば恋人同士であっても相手に対して性欲発散の側面しか認めていなければ、相手が勃起不全やあるいは生理になったときに、相手を労わることをしないで放り出すだろう。
他にも常にニコニコ上機嫌でいることが当たり前であるかのように求める、とか、病気なんかでお金を稼げなくなったときに相手を責めるとか。
老、病、気分が落ち込む、ハイになる、夢中になる、眠くなる、空腹になる、攻撃的になる、といういろいろな状態があるのが人間で、
人間扱いするとは一人の人間の中にも多様な状態があることを認め、多様な状態に対して相手にとって良い対応をする、ということになるだろうか。
ここまで考えたけど、実際それを完璧に遂行するのは人間には無理だ(自分もまた様々な状態に陥る人間なので、相手の変化に完璧に対応するという責務を自らに課すのは自分を人間扱いしていないことになる)
完璧じゃなく「ある程度」であっても他人を人間扱いするってすごく大変でハードルが高い。
生活においては
・同僚を50%人間扱いする
・道ゆく人を10~30%人間扱いする
みたいなグラデーションのある対応をしてる人がほとんどなんじゃないか。
歳の離れた発達障害と診断された弟がいる
昔「発達障害」って言葉を誰も知らなかった時に明らかな発達障害の姉を厳しく育ててしまった母はそれを反省して異常なまでに過保護に弟を障害児として育てている。
弟は会話は普通にできるし友達もいるしお腹が空いたら自分でパスタを茹でたりゲームが上手かったりとにかく私からするととても障害児には見えないのだが、母は弟を小学校1年生から支援級クラスに入れた。
中学も支援級に通わせるつもりで、高校も障害者枠の就職に強いところに行かせると言っていた。
私は愚痴を聞く事くらいしかできなかったので口出ししていないが、弟が将来の話をした時に「俺どうせ障害者枠だからお金持ちになれないし」と言った事が忘れられない。
障害を認めない親もキツいが最初からできないと決めつけて障害者枠にしか入れないっていうのはどうなんだろう。
でももしかしたら一般枠で入ってたらイジメにあっていたかもしれないし自分が周りと比べてできない事ばかりだと落ち込んでいたかもしれないと思うとこればっかりは正解がないなと思った
弱者男性が救われる日は…多分来ない
https://note.com/shota_hatakeyama/n/n0ce13f6c297b
そのブコメ
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.com/shota_hatakeyama/n/n0ce13f6c297b
まずもって、当該記事は【アメリカの】落ちこぼれ層を取り扱っている
多分、「Of Boys and Men:書評」とかだったらホッテントリ入りしてない
自分から、ホッテントリ入りするのにキャッチーな「弱者男性」というラベルをあえて使っておきながら
いわゆる弱者男性と言われると定義が曖昧な感じになりますが、本を読むと低学歴・低収入・未婚という層が弱者男性になるのかなと思います。
その上で
機械(ICT)や途上国の労働力を活用できる高スキル層と、ウーバーの配達員のような低スキル層への労働需要は高まるものの、一般的なホワイトカラーやブルーカラーへの労働需要は弱まり賃金も低下していく、というものです。
(gendai)
男女間の賃金格差は、子供が生まれてから小学校に入る迄ぐらいの間の出産・育児格差に由来している感じ。
(wezzy)
あと、黒人×男性のintersectionalityが特にマズい。
(gendai)
あ、いい解決策を思いついた!沢山ベンチプレスをやって、食事に気を付けて、朝倉未来さんの「強者の流儀」でも読めば、弱者男性も強者男性に変身するんじゃないかな。以前書いたベンチプレスの記事(ドラミングというイノベーション)と、食事の記事(元気に国際教育協力を頑張るためのラクに痩せられる食事術)のリンク置いときますね。
…違う、そうじゃない…。。。
で〆てるから、これもう確信犯的に、捕捉されやすいキャッチーなタイトルで日本と全然関係ない書評書いて
リベラル勢が
みたいに言うの面白いよね
「女性の苦境を火に油を注ぐ形で政治的主張のために搾取している」とは言わんのにさ
炎上上等の活動だって、議論が深まっ太郎ってばかりに正当な闘争とするのに
男の場合は「そう言ってしまう」のはなんでかを自分の胸に問うた方が良いよね
どうしてそうラベリングしたいのか
こんなん(あなたの活動は苦境の搾取)を、フェミニズム活動や障碍者の活動、LGBTの活動辺りにぶつけたら差別だとトンデモ炎上しそうだけど
男相手だと許されるのよ
いざ子どもが生まれると、育休復帰早々に育児との両立を諦めて退職。
話が違うとは思いつつ、妻を気遣って退職を承諾した。
子どもも無事高校に進み、流石に手がかかることはなくなってきた。
加齢により外仕事も年々辛くなってきたし、元々家事は自分の方が得意ということもあり、
妻は元教員。15年のブランクがあるとはいえ、教師のなり手がないと散々言われている今なら、
少し勉強し直して採用試験を受ければ職に就けるのではないだろうか。
そんな提案(というかお願い)を上奏したところ、一笑に付されただけではなく、
今更私に働かせようなどと男として情けない、などと娘にも告げ口していたようだ。
誰もが男性に「男らしさを降りていい」なんて思ってないんです。
降りたくても降りられないんです。
まず女性に向けて「男が家族を養うのが当然」という認識を変えるよう啓蒙してください。
【追記】
どうも、俺が育児協力しないから〜みたいに勝手に言われているからこれだけ言わせてくれ
育休こそ職場の風土的に取れなかったが、妻の育休明けから退職するまでの半年くらいは、
朝の支度〜保育園の送り、帰宅してからお風呂、寝かしつけなどやってたし、
家事も半々に分担して実際には半分以上やってたわ。何の証明もできんから言っても仕方ないが。
だから妻は育児と仕事が両立できないいうのは建前で、(個人的にはできてたじゃん、と思うし)
やはり教員(小学校)という職業上、将来的に行事などで教え子と我が子を天秤にかけるようになってしまうのが嫌、というのもあったようだ。
いずれにしろ、当時はかなり話し合って、そもそも結婚前に共働きを前提にライフプランを立てていたこともあったし、
それこそ、個人的には俺が主夫やったって良かったというか、本心ではむしろそうしたかったよ。
しかし、その頃はまだ俺も「男が経済を支えなくては」という「有害な男らしさ」にとらわれていたので口には出さなかったが。
そういう経緯があって、今度こそ男らしさを降りたいと思って相談したがとりつく島もなかったという話。
甲子園球児は野球やらなかったら人質を殺すって脅されているわけでもないだろ。
運動神経いいのに「俺、勉強の方優先したいから部活は入らねえわ」みたいに言って拒否ってる奴とか普通に学校に居なかった?
あと中学までやってたけど高校からは遊びじゃなくなってきたのがダルいからモンハンでええわみたいになったのとか。
そういう「選択する自由」がある中で、ゴールが炎天下熱中症デスゲームになると分かっていて運動系の部活動に入るならそれはもう十分に「自己責任」でしょ。
義務教育は当然もう終わっているんだから自分の意志で選んだ結果でしょ甲子園は。
「コミケは戦場だと思え!」について「そういう事言ってると次世代が育たなくなるぞ」みたいに咎めてる人が居たけど、そもそも夏場のイベントって全部戦争に行くぐらいの気持ちで準備しないとワンチャン死ぬよ。
水分は現地で買えない前提で持っていくべきだし、無理そうなら撤退も自己判断していく必要がある。
屋内のイベントだと思って油断してたら行列は天日干しされているってパターンがあるのがコミケの怖い所で、しかも他のイベントと比べるとスポットクーラーの配置とか考えられてないから何倍もヤバイ。
まして普段引きこもっているようなオタクが来ることもあるから「戦場に行く気持ちで来い」で良いと思うんだよな。
どのイベントにも言えることだけど、「夏場にやってる以上下手うったら死ぬ。金払って遠征した上で最悪撤退する判断できない奴は最初に金払う前に心折っといた方がいい」が正しい運用ちゃうんかと。
付き合いで参加させるのも控えるように呼びかけた方がいいと思うね。
とにかく大前提として「最悪の場合は、死ぬことになるという前提を理解せよ」ってことだね。
でもさ、甲子園についてはこの辺今更だと想うんだよな。
だってアイツら硬球投げあってんだぜ?
あんなの頭に変な当たり方したらそこで終わりだろ。
スポーツ系の部活動って小学校ぐらいの頃はそのうち治る怪我でも済みやすいけど、高校生にもなると使う道具や扱うエネルギーがどんどん殺人的になってくるからなあ。
バトミントンや卓球みたいな扱うエネルギーが小さめのスポーツ以外はおおむね「最悪死ぬことを覚悟して入部」だと思うんだよ。
そこを曖昧にしているのが良くないと思うんだよな。
やるべきは夏の熱中症対策よりも前に「死の危険があるスポーツに参加する時にその危険性を伝えることの義務化」じゃねーかな。
そしてこれは当然あらゆる屋外イベントにも同じことが言える。
煙草のパッケージみたいに熱中症で死ぬリスクが有ることをポスター・パンフ・チケットに入れるのを義務付けようぜ。
あと野球やサッカーの観戦チケットで裏に書いてある「ボールが飛んできて死んでも自己責任ですよ」の表記ももっとデカくしよう。
アレも結構揉めるじゃん。
ちゃんと「フーリガンのど付き合いに巻き込まれてくだらねー死に方するかも知れないけど、スポーツ観戦に来るってそういうことだよ」ってのを太い赤文字や黄色と黒の危険表示で明記しようや。
ライブとかも良く考えたらそうだな。
「酒飲みまくってウェイウェイ暴れてるオタ芸に肘鉄食らって失明しても客同士の争いとか知らねーよ来るやつが悪いんだよバーカ」みたいにちゃんと書いた方がいい。
18歳とか20代前半とかの若い女性と結婚したい男性の願望、あるじゃないですか。歳の差12歳以上の結婚の、現実お伝えしますね。
女性が30歳くらいまでは、まあいいでしょう。たぶん女性側は子供が産まれて子育てに忙しいし、女性側は経験値も少ないから、たぶん相手のアラは見えない。問題はそれ以降です。
女性側は子育てなどを通じて、多くの人と知り合います。幼稚園などには、男性側の年齢に近い女性もいるでしょう。すると、その人たちと夫の差を考え始めます。12歳以上年上のママ友は、比較的遅めに子育てしている人で、高学歴な場合が多いです。さらに、女性が高学歴の場合、男性も高学歴の可能性が高い。つまり、女性側が夫と比較する対象は、パワーカップル2馬力になるわけです。
となると、多くの場合、夫が負けます。妻は夫のことを尊敬しにくくなります。そうなったタイミングで、子供が小学校に上がって女性に自由な時間が増え、女性には体力もあり、やり直しがきくと言われる年齢にある中で、夫の方は42歳の厄年をすぎ、先が見えてくる&体調もだんだん悪くなってくるわけです。さらに、年の差が大きい場合は、夫の親の介護の問題も視野に入ってきてしまいます。
一方で、下世話な話ですが夜の生活に関しては、30代の女性と12歳以上の差の男性だと、欲望の強さのバランスも変わってくるわけです。悩むわけですね、女性は。で、友達となんとなく話をする。多くの場合、そういうことを話し合うのはママ友ではなく、学生時代の友達です。となると、夫の比較対象は、12歳年下の女性の一般的な年の差の相手、つまり少なくとも10歳くらい年下の男性になるわけです。夫の精力… 多くの場合、友達の夫より見劣りしますね。
男性側が結婚後10年ぐらいの段階で、同世代の高学歴パワーカップル2馬力と同等の収入があって、10歳以上年下と同じ精力、体力を保ち、さらに男性の親もピンピンしてるか既に他界しているような場合でないと、だいぶ立場が危うくなるんですよ。男性側の条件が悪くなっているなか、見切りをつけられる可能性が大きいのです。
女性に見切りをつけられないような、すばらしい関係性を築けていればいいけれど、多くの場合、難しいですよね。男性側は女性側の経験の浅さに、モラハラと言われても仕方ないコミュニケーションをしていることが多いから。男性視点に立つと「うわ、やべーなんでこんなこともわかんないんだよ」と思う時期が、結婚後しばらく続きますよ。それもそれで、つらいはず。
さらに…円満に暮らせた場合も、大きな問題が発生します。その理由は食事と体力。妻が食べたい食事と、妻の体力は常に夫の12歳以上若い人のそれです。中年になって、男性側の体力が下り坂になったとき以降、ずーっと男性側は年寄りのような気持ちになるはずです。胃もたれするような食事と、へとへとの暮らしになります。
どうでしょう…? それでも若い子と結婚したい? もしイメージできないなら、高橋ジョージを思い出せ。高橋ジョージクラスでもダメなんだぞ。加藤茶のように「私、本当におじいちゃんが好きなんだなって思う」って女性じゃなかったら無理。しかも、あれは男性が加藤茶だからね。みんな覚えておいて。本当に若い子と結婚するのはつらいから。ソースは私! これ、たぶん男女逆転した場合でも言えると思う。年の差って、一般的にはだいぶ辛いんだよな。