はてなキーワード: KAT-TUNとは
2003年 NEWSがデビュー。山下智久を中心とした人数変動制という仕組みをとってたため少し実験的でもあったが、とりあえずデビューした。ちなみにプロデューサーはメリー。(サブ・ジュリー)。12月にONE OK ROCKのボーカルが素行不良すっぱ抜かれて脱退。
2004年 関ジャニ∞がデビュー。既存Jr.ユニットからのデビューだった。関西限定デビューなど、これも実験的。初期はお試しグループ(駄目だったらこっそり解散)として存在していたはず。ちなみに当時のプロデューサーはジャニー(基本ジャニーはジュニア担当である)。NEWS選抜で錦戸、内が先に行ってしまったため、遅れをとらないようにという配慮だったかもしれない。
2006年に KAT-TUNがデビュー。既存Jr.ユニットからのデビュー。既に人気があったが2005年に内のフジのアナウンサーとの事件があり、全員二十歳になるまでデビューできなくなったものだと思われる。ちなみに当時のプロデューサーはジュリー(ジャニーが作ったと記憶。結構関わってんのかなって感じ。確か辞めちゃった飯島じゃ無い敏腕マネ居たよね)
2006年3月にKAT-TUNのデビューを控えていたところ、1月にNEWSの草野に未成年飲酒、暴行疑惑がかかって脱退。
内の処分が正式に決まってないのでNEWSと関ジャニ∞が宙ぶらりん状態。ただ今はノってるKAT-TUN売りたい。売るためにはFCとかも作らないといけないけど、先に2つデビューしてるグループにFCを作らないと変。錦戸のNEWSと関ジャニ∞の掛け持ち問題もある。
って感じで出来たのが06年4月発足の「YOU&J」という3グループ合同ファンクラブ。これが通称YJ。
このファンクラブは会報がまとめて1冊。1グループ分の会費で3つのライブに応募できる仕組み(コンサートは会員にならないとそうそうチケット当たりません)。
だから錦戸亮のファンになればNEWSと関ジャニ∞どっちにもいけばよかったし、KAT-TUNのライブに関ジャニ∞ファンが居たりした。
(ただまぁ2006年いっぱいNEWSは活動休止処分を受けていたので、実際初期は2グループ合同FCって感じ)
交流があったので当時のファンたちは、お互いの曲とか構成やキャラについて詳しかったりする。
このグループ同士にライバル意識が芽生えるのは当然のことで(錦戸は板挟みであるし、仕事は通常の2倍だった)比べられることで、結構良い効果を生んでいた気がする。3グループのメンバーが同じ舞台に立っていたこともあった。
ただそれがファンを困らせることになる。
成長していく3つのグループが売れて、Jr.から他のグループも見ていたファンたちばかりではなく、「このグループだけが大好き!」って人が増え始めた。(なんか赤西もデビューすぐ留学した)。
じゃあ何が起こるかというと、チケットがとれなくなってくる。(赤西も帰ってきた。)
グループごとに人気の格差も出てくる。ファン同士もギスギスする。
いつまでたっても会報が年に数回、他のデビューした先輩と同じ厚さで(もしくはそれより薄い)1冊しかこない。
会報の間、大きなライブが重なって、1つのグループがなにもしてなかったとしたら、2グループしか載ってない会報がくる。
もういい加減に全くチケットがとれない公演が連発しだした2010年、赤西仁がついに脱退。つまり彼がYJにおけるイギリスのようなものである。
ただ直ぐにYJから抜けたわけではなく、赤西のソロ活動が始まる。ちなみに内も含めて、それらは全てYOU&Jとして処理された。この時点で<NEWS・関ジャニ∞・KAT-TUN・赤西・内>の合同FCとなっている。辞めて行ったものの情報がリアルタイムでそれらのファンに届くし、ライブにも行ける状況である。
便利でもあり、複雑な想いだ。(ちなみに赤西は大体海外に居た。)
で、グループ格差がどんどん広がる。(当時頭一つ抜けたグループは察して。)チケットがとれない。ファンの不満も広がる。もうすでにYJにメリットなど無い。
それぞれ個人での人気も高まっていた。連ドラに出るもの、ソロで歌を出すもの。その筆頭の(といっても、彼はJr.時代から超人気である)山下智久がグループ脱退の意思を表明したのが2011年10月。そこで錦戸も両立の限界を感じNEWSから脱退の流れになる。(彼の掛け持ちとはなんだったのか、という議論もある。)
いよいよYJの意味が無い。そこで同年12月やっとのこと解散の報告がきて、3つのグループはやっとのことで2012年6月ごろから自分たちのファンクラブを作ることができたのだ。(赤西は個人メールサービスとなり、内はJr.扱いとなった)
今でも時々思うのだ、このYOU&Jとはなんだったのだろうと。
お互いを高め合うためには必要だったのかもしれない。
しかし、それは初期のほんの一部の話だ。同時期にデビューということでピリピリムードはあったし、十分にお互いをライバル視するという状況は整っていた。YJが無くても、彼らは努力していたと思うのだ。何故かってそれは数百人の候補ジュニア中から選ばれし者だからだ。FC会員はお金さえ払えば他のグループとの掛け持ちは可能だし、コラボさえしてれば、お互いのファン交流は可能だったはずだ。
もし当初からYJが無ければ、会報でファンに自分たちの気持ちを率直に伝えられたのではないだろうか。
オフショット満載とかで、素をさらけだせたのではないだろうか。
もっとはやく自分たちのファンしか居ない場所で、自分たちの本当の気持ちを吐露できたのではないだろうか。
そんなことを何故かEUの情勢を見ながら思っている。
YJも、EUも、いずれ、崩壊しなければならないものだったのだろう…。
YJ遺族と呼ばないで…!
おたくも長く続けていくと色んなジャンルに友達が散らばり、色んなジャンルに対する浅い知識が増えていく。
なんとなく今どこのジャンルに活気があるのか、雰囲気でわかるようになる。それはツイッターがあるからだろうし、昔では考えられない量の情報を簡単に手にすることができるからだと思う
そんなわたしがひとつの仮説としてわりと真面目に考え、色んな友人に話していることがある
自分の年齢をはっきりと明記するのがそろそろ嫌な年なので、ぼかした表現にするが、わたしはゆとり世代であり、就職すればゲッという顔をされた平成生まれであり、ジャニーズで言えば八乙女世代、堀越で言っても八乙女三浦春馬世代、アミューズでいうところの三浦春馬戸谷公人水田航生あたりの世代のそろそろしっかりクソババア世代である
だから、エンターテイメントが死にかけているように感じるのは、わたしのアンテナが腐って倒れそうになっているからなのかもしれないし、わたしの知らない世界で新しいエンターテイメントが誕生しているのかもしれない
けれど、わたしの目の届くところにあるエンターテイメントはみんな死にかけている
具体的にどういったことが言いたいかということをわたしが若手俳優のキチガイヲタになった2010年あたりを軸に色んなジャンルのことを考えていきたい
テニミュファーストの最後のドリライがあった年だ。身内がDDでドリライに行っていたから知っている
その年のゴールデンウィークは、戸谷公人の誕生日イベントがあり、新宿御苑のサンモールではたしかDステが行われていたように思う
当時の身内に誘われて遊びに行くとサンモールにものすごい数のおたくがいた。
わたしはというとバースデーイベントのチケットを両部合わせて5枚余らせていたので、その場にいた子達を誘ってみたが、Dステの千秋楽だから無理だと断られた
2010年はそんな年だ。
アミューズでいえば宝石シリーズ及び黒白シリーズが始まった年でもある。
赤坂ボーイズキャバレーに夏を費やしたおたくが何人いたことか。
特撮で言えば、丁度2009年が平成ライダー10周年記念のデイケイドの放送年で、一区切りついたところで、今をときめく菅田将暉が初々しく日曜8時で戦っていた年だ。
とにかくお祭り騒ぎだった。どこの現場も非常に盛り上がり、頭のおかしいおたくがたくさんいた
他のジャンルにも目を向けて行こうと思う
例えばお笑いでは10年連続で開催していたM−1が一度幕を下ろしたのも2010年のことであった。ずっと優勝できずにいた笑い飯がようやくM−1王者に輝いた年である
アイドルではAKB48の第二回総選挙が行われた年である。このあたりがわたしは国民的アイドルという視点でAKBを評価したときの最高潮に盛り上がりを迎えていた瞬間だと思っている
2010年は、エンターテイメントを時の流れで区分したときに大きな区切りとなる年であると考えている
では今度は2010年以前の10年くらいのことを考えてみたいと思う。
わたしが小学校低学年の頃に一斉を風靡したSPEEDが電撃解散をして、その数年後に現れたのがモーニング娘。だった
しかし、ザ☆ピース以来、モーニング娘。は国民的アイドルというポジションを離れ、ハロープロジェクトというジャンルの中に入っていってしまった。
そしてそれ以来、AKBが大学の頃に国民的アイドルと呼ばれるようになるまで、特にアイドルらしいアイドルはわたしの視界には入らなかった
むしろモーニング娘。のあとは、いわゆる巨乳グラドルが台頭してきた時代のように感じるが、残念ながらあんまりわたしはグラドルに興味を持つ性別でも年頃でもなかったので、あまり記憶がない
(小池栄子は気付いたら女優としてもタレントとしても非常に大成していたのでまじですごい巨乳お姉さんだと思っている)
中学校の頃(2000年代前半)は芸人の黄金時代だったように感じる(わたしは芸人のおたくをしていたことがないので実際にいつが黄金時代と定義されるのかはわからないのだけれど)
イメージとして、このあたりから盛り上がって2010年がお笑いの盛り上がりのピークと捉えている
思えばわたしはエンターテイメントに恵まれた世代だったと思う。
小学校のときには体育大会でモーニング娘。のザ☆ピースが流れ、組立体操をした。
高学年のときには笑う犬の冒険を熱心に見て、それがいつのまにか水10になり、中学校の文化祭では先輩たちに目をつけられながらも、有志でゴリエのミッキーを踊った
やんちゃな子たちはごくせんに憧れ、みんなで文化祭のクラスの出し物でごくせんをやり、最後にはスマスマでキムタクたちが踊り流行っていた恋のマイアヒをエンディングで踊った。
週末をこえて学校に登校すれば、みんなエンタの神様の話をしていた。誰がおもしろい、誰のネタがどうだ、誰がかっこいい
ジャニーズも、いわゆる若手三組と呼ばれるNEWS、関ジャニ∞、KAT-TUNが立て続けにデビューした頃で、みんな通学鞄に好きなジャニーズのメンバーの名前をポスカで書いていた
力尽きたので、つづく。
エンターテイメントが死ぬかもしれない話
⚫︎前提
・元々自分のfc2ブログからの転載です
・とにかく長い
・とにかく辛口
・怒らないでください
おたくも長く続けていくと色んなジャンルに友達が散らばり、色んなジャンルに対する浅い知識が増えていく。
なんとなく今どこのジャンルに活気があるのか、雰囲気でわかるようになる。それはツイッターがあるからだろうし、昔では考えられない量の情報を簡単に手にすることができるからだと思う
そんなわたしがひとつの仮説としてわりと真面目に考え、色んな友人に話していることがある
自分の年齢をはっきりと明記するのがそろそろ嫌な年なので、ぼかした表現にするが、わたしはゆとり世代であり、就職すればゲッという顔をされた平成生まれであり、ジャニーズで言えば八乙女世代、堀越で言っても八乙女三浦春馬世代、アミューズでいうところの三浦春馬戸谷公人水田航生あたりの世代のそろそろしっかりクソババア世代である
だから、エンターテイメントが死にかけているように感じるのは、わたしのアンテナが腐って倒れそうになっているからなのかもしれないし、わたしの知らない世界で新しいエンターテイメントが誕生しているのかもしれない
けれど、わたしの目の届くところにあるエンターテイメントはみんな死にかけている
具体的にどういったことが言いたいかということをわたしが若手俳優のキチガイヲタになった2010年あたりを軸に色んなジャンルのことを考えていきたい
2010年、若手俳優の世界は非常に盛り上がっていたと思う。
テニミュファーストの最後のドリライがあった年だ。身内がDDでドリライに行っていたから知っている
その年のゴールデンウィークは、戸谷公人の誕生日イベントがあり、新宿御苑のサンモールではたしかDステが行われていたように思う
当時の身内に誘われて遊びに行くとサンモールにものすごい数のおたくがいた。
わたしはというとバースデーイベントのチケットを両部合わせて5枚余らせていたので、その場にいた子達を誘ってみたが、Dステの千秋楽だから無理だと断られた
2010年はそんな年だ。
アミューズでいえば宝石シリーズ及び黒白シリーズが始まった年でもある。
赤坂ボーイズキャバレーに夏を費やしたおたくが何人いたことか。
特撮で言えば、丁度2009年が平成ライダー10周年記念のデイケイドの放送年で、一区切りついたところで、今をときめく菅田将暉が初々しく日曜8時で戦っていた年だ。
とにかくお祭り騒ぎだった。どこの現場も非常に盛り上がり、頭のおかしいおたくがたくさんいた
他のジャンルにも目を向けて行こうと思う
例えばお笑いでは10年連続で開催していたM−1が一度幕を下ろしたのも2010年のことであった。ずっと優勝できずにいた笑い飯がようやくM−1王者に輝いた年である
アイドルではAKB48の第二回総選挙が行われた年である。このあたりがわたしは国民的アイドルという視点でAKBを評価したときの最高潮に盛り上がりを迎えていた瞬間だと思っている
2010年は、エンターテイメントを時の流れで区分したときに大きな区切りとなる年であると考えている
では今度は2010年以前の10年くらいのことを考えてみたいと思う。
わたしが小学校低学年の頃に一斉を風靡したSPEEDが電撃解散をして、その数年後に現れたのがモーニング娘。だった
しかし、ザ☆ピース以来、モーニング娘。は国民的アイドルというポジションを離れ、ハロープロジェクトというジャンルの中に入っていってしまった。
そしてそれ以来、AKBが大学の頃に国民的アイドルと呼ばれるようになるまで、特にアイドルらしいアイドルはわたしの視界には入らなかった
むしろモーニング娘。のあとは、いわゆる巨乳グラドルが台頭してきた時代のように感じるが、残念ながらあんまりわたしはグラドルに興味を持つ性別でも年頃でもなかったので、あまり記憶がない
(小池栄子は気付いたら女優としてもタレントとしても非常に大成していたのでまじですごい巨乳お姉さんだと思っている)
中学校の頃(2000年代前半)は芸人の黄金時代だったように感じる(わたしは芸人のおたくをしていたことがないので実際にいつが黄金時代と定義されるのかはわからないのだけれど)
イメージとして、このあたりから盛り上がって2010年がお笑いの盛り上がりのピークと捉えている
思えばわたしはエンターテイメントに恵まれた世代だったと思う。
小学校のときには体育大会でモーニング娘。のザ☆ピースが流れ、組立体操をした。
高学年のときには笑う犬の冒険を熱心に見て、それがいつのまにか水10になり、中学校の文化祭では先輩たちに目をつけられながらも、有志でゴリエのミッキーを踊った
やんちゃな子たちはごくせんに憧れ、みんなで文化祭のクラスの出し物でごくせんをやり、最後にはスマスマでキムタクたちが踊り流行っていた恋のマイアヒをエンディングで踊った。
週末をこえて学校に登校すれば、みんなエンタの神様の話をしていた。誰がおもしろい、誰のネタがどうだ、誰がかっこいい
ジャニーズも、いわゆる若手三組と呼ばれるNEWS、関ジャニ∞、KAT-TUNが立て続けにデビューした頃で、みんな通学鞄に好きなジャニーズのメンバーの名前をポスカで書いていた
(ここで一度力つきた)
エンターテイメントがしぬかもしれないはなしの続き。
前回は2000年〜2010年あたりのアイドル、ジャニーズ、お笑いのジャンルでなにが起こっていたのかということをさらっと(わたしの十代の記憶と共に)振り返った
では現在虫の息である若手俳優の世界でなにが起こっていたのかということも一応書き記しておく
まさに2.5次元ミュージカルの王様(なぜ若手俳優の舞台はつまらなく、客席が埋まらないのかおたくが真剣に考えてみたブログ参照)であるテニミュが初めて上演されたのは2003年のことである
当時の話はパイセンたちからのお話でしか聞いたことがないけれど、はじめは客席が埋まらないのでキメ様のライブをおわりにやったりして、キメ様のおたくとかでがんばって埋めていたらしい
ちなみにみんな大好き氷帝学園、いまをときめく斎藤工が出演していた氷帝公演が行われたのは、2005年の話であるから、テニミュ(若手俳優)の世界も前述の通り、やっぱり2010年に向かって右肩あがりの時代だったんだと思う
それでは今度こそ2010年以降、おたくの世界になにが起こってきたのかをふんわり考えてみようと思う
現状として、大きくふたつの問題がエンタメおたく界の中に発生している
ひとつは、村社会としてのおたく世界におけるおたく高齢化社会、ふたつめは、生産的おたくの少数化である
変な話だと思うかもしれない。今日本は国として、ずっと偏見を持たれて消極的に虐げられてきた「おたく」という異常な世界をひとつの国民性としてピックアップしていって、それを日本の特色としてビジネスにしようとしている
そして、おたくではない人たちがおたくの世界に土足で踏み込んできて、自分たちが興味を持った部分のみを取り上げて「これがおたくなんです!」とテレビや雑誌なんかで言っちゃってる
元々こういうサブカル推しの政策になるまでにおたくになっている人たち(わたし含め)は昔の閉鎖的なおたくの世界の中での「みんな違ってみんなとりあえずよし」というのに慣れているからあんまり気にしてないかもしれないけれど、
新規参入してきたおたくの人たちはひょっとしたら、マスコミたちが取り上げた「おたくの世界のひとつの側面」を見て、自分でなにか実体験として掴み取ることもせずにこれがおたくなんだとぼんやりと捉えているだけなんじゃないかとわたしは危惧している
村のコミュニティーの中に入れていようが、村八分されていようが、そこに存在する限り、とりあえず全員村民である
例外ももちろんあると思う。
例えばワンピースが好きだったとして、毎週ジャンプを買い、単行本を買い集め、アニメを視聴し、自分なりに設定についての考察を行う
これをネットなどに発表することなく、誰に見せることもなくひたすらノートに書き綴っていたら、自己完結しているので、他者から村民として認知されることはないと思う
けれど、この人が例えばホームページを立ち上げて自分なりの考察を世界に発表したら、例え誰かと交流を持たなくても、わたしは村民として世界に存在していることになると考えている
他のワンピースのおたくは誰かしらそれを読むだろうし、感想をメールする人もいるかもしれないし、リンクフリーと書いてあったら、リンクページやブログにその考察サイトのURLを貼るかもしれない
かたや、HPを立ち上げたもののアクセスがなかったら、自らサーチに登録するかもしれない
こうして、村の中へと入っていくのである
村の中には色んな人がいる。
一流企業で働いているエリートもいれば、ニートに近いフリーターもいるし、学生もいれば、子持ち主婦もいる
けれど、暗黙の村の掟というものがおそらくどのジャンルのおたくの世界にも存在して、もちろん可視化されたものではないので、最初はわからないのだけれど、どの村にも、RPGゲームで話しかけてくる村民みたいなやつがいて、
これはこうすればいいんだよ、これがどうなんだよ、とふんわりと村の掟を教えてくれていた
物事というものは、完全にゼロから創造されることはない
そこになにかが存在して、そして、基礎とされるルールが存在して、初めてそこからなにかが生み出される
ことにおたくという生き物は、おたくという側面においてイチからなにかを創造する生き物ではないと考える
何かが存在して、それになにかアレンジを加えて、別のなにかに変化させるのがおたくだと思う
おたくというのは、創造されたなにかを完成させる上で不可欠な存在ではあるが、まずはじめは受け手だ
受け手として、その世界に存在するにあたって、どんな世界にもルールがある
けれど、情報化社会の中で、おたく世界の中の村という概念が何年も前から崩れている
これは、若い子に限ったことではない。
マスコミが取り上げたおたくの世界を見て、おもしろそう!と新規参入してきた年配おたくも同様である
そうすると、どういうことが起こるのかというと、新規参入おたくたちはSNSなどのツールばっかりは立派に持っているのだけれど、RPGゲームで話しかけてくれるおたくがいないものだから、
レベル上げの方法を知らずにずっとマサラタウンの横の草むらでコラッタやキャタピーや同じようにそこに留まって地図を持たないおたく同士で、これがおたくなんだー!たのしー!となっている(もちろん例外もいる)(自ら見つけていけるんだから、わたしと違ってまじ天才的だと思っている)
村民おたくとマサラタウンおたくとのおたくの分離化が進む中で、旧型のおたくの高齢化が止まらない
⚫︎「生産的おたくの少数化」とは
どのジャンルにもいると思うのだけれど、ツイッターに常駐していて、キチガイを名乗っている若い自称おたくの子たちがわりと一定数いる
これは本当にかわいそうだ。
なぜならなんの生産性もないツイッターに常駐して時間を無駄に浪費しているということはおたくでもキチガイでもなんでもなくて、生産性の低いただのかまってちゃんだからだ
けれど、それでも時間が潰せるものだから、若い子たちはきっと常駐してしまうんだと思う
ツイッターがリアの頃に普及していなかった世代からすると、完全に異常なので、正直積極的にリプを飛ばして関わり合いになろうとは思わない(自分のことを棚に上げてこんなことを言っているがわたしも相当別のベクトルでやばいヤツなので、関わり合いにならない方がいいと思う)
わたしが若い頃は、ツイッターがなかったので、ひまだったらもっぱらブログを更新するか、様々な匿名掲示板を眺めるか、仲間内でチャットやメールをするか、などしか暇つぶしツールがなかったのだけれど、完全に村社会だったので、
なぜかそんなわたしを見ておもしろそうと思ってくれた色んなお姉さんが色んなことを教えてくれて、暇つぶしの中でも生産性のある暇つぶしツールを与えてくれたというか、
ジャンルやおたくの先輩として、例えばこのライブはどのアーティストのどのライブの影響を受けているから、そっちも見ていた方がいいだとか、
この作品を見て、こういう感想を持つなら、きっとこの作家のこういった本が好きだろうから、読んでみたら?だとか様々なアドバイスをもらった結果、
10年以上かけて、こんな神の視点からブログを書くような高尚おたくに育ったのである
(十代の頃から3歳から10歳以上年上の友達とばかり遊んでいたので、地方の女子高生の身分で東京の女子大の講義にこっそり潜りこんだりしているような変な女子高生だった)
はっきり言って、おたくはおたくとして存在している時点で9割は凡である
だから、自分でなにかを創造することはできないと思った方がいいし、レベル上げの最も簡単な近道は先人に教えを乞うことである
素晴らしいことなのか、残念なことなのか、若い子たちはどう捉えるかわからないが、テニミュというコンテンツが好きでファーストから通っているおたくはたくさんいる
DVDで当時の公演を振り返ることは不可能ではないが、ネルケは財布をしめていくことを決して許さないので、きっと過去の公演のDVDまで買いあさるなんてなかなかできることではない(それに残念ながら逮捕者がでている公演のDVDは発禁になっている)
ひとりそういうババアおたくと仲良くなって、そういう話を教えてもらって、自分の中にインプットして、そこに自分なりの仮説と解釈を加えるだけで、高尚おたくになれるのに、
ツイッターを眺めていると結局同世代同士でつるんでいるのが多い気がする
その点において、タレコミとかで叩かれているような痛いおたくの子たちの方が結局現場で昔からいるババアたちと顔を合わせて、情報戦で勝てないババアたちといかにうまくやっていくかという課題と直面しているので、
よっぽど要領がいいというか、低姿勢で吸収力があるなあと個人的には思う(ババア側の人間)
ここまで読んで、どうして生産性の低いおたくだとだめなんだ、ツイッターで同世代で楽しくつるんでなにがだめなんだ、痛いワタシみたいな高尚おたくになる必要性がどこにあるんだ、と思った人が多数だと思う
なぜダメなのか、
まずひとつめは、マサラタウンの草むらには何年もいられないということ
ふたつめは、マサラタウンの草むらにいただけではポケモンをプレイしたとは言えない
ので、布教ができないということである
例え話だとぴんとこないかもしれないので、それぞれについて解説していく
まず、ファンではなくおたくとして存在する以上、ただ消費するのではなく、消化(昇華)できるおたくにならないと、自分でなにがおもしろくて今コレに時間とお金を費やしているのか、わからなくなるときが絶対くる
おたくを自称するくらい、何かが好きなのだから、どうして自分はそれが好きなのか、それにはどんな魅力があるのか、その魅力は他のものと比べてどう秀でているのか、せめてこれくらいは言語化できた方がいい
というか、これをきちんと言語化できる人は、ロジックツリーなんかに頼らなくてもたいていのことは物事の本質と原因を分析できる人になるから、生きていく上でもたぶん役に立つから便利だと思う
言語化するには、その世界を知る必要がある。
何年もおたくをやっているババアは絶対たいていは厄介なので、積極的に関わり合いになれとは言わない
けれど、ロム専だとしても(もはやロム専という言葉は死語かもしれない)(黙って眺めてヲチっているという意味だと思ってください)自分でなにか発信している人は見ていた方がいい
そこには自分と異なる考えがあるので、自分の考えと比較対照することができ、自分の考えがどういったものなのか、再検討することができ、より強固なものにすることができる
なんでそんな難しく考えなきゃいけないんだろう、ただの趣味なのにと思う人もいるんだろうなあと思う
けれど、よっぽどの天才ではない限り、エンタメを作る側もいきなり完璧なものを作り出すことはできない
特に制作側の人間はおたくが少数派なので、おたくの「これがこうだったらもっと好きになれるのに」ということをことごとく外すことにおいて、才能に溢れている
自分が何かを楽しみ続けるとなったとき、舞台だったらアンケートを書くなり、アイドルだったらツイッターで運営のエゴサにひっかかるようにあーだこーだ言うなり、直接現場で制作に話しかけるなりしないと、
自分の中で、あれ?と思ったもやもやは解消されない
そういうことをしないとエンタメ側もレベルアップしないんだと思う
だいたい、大きくなりすぎたエンタメが衰退する理由として、ひとつはエンタメがおもしろくなっていくということに関して現状のツールでは絶対に限界がくるときがあるということ、
そして、大きくなりすぎたエンタメは、ビジネス化されすぎていて、「こうなったらいいのにな」というおたくの考えの届かないことろへいってしまっていることがあげられるんじゃないかとわたしは思っている
おもしろいエンタメがあると、どうしてもそこにお金が集まってしまうので、ビジネス化されてしまうのは、仕方のないことなんだと思う
けれど、今の日本においてそれが悲惨なのは、たまたま様々なエンタメのジャンルが同じようなタイミングでピークを迎えてしまい、エンタメ世界が、大爆撃でもあったのかという惨状になってしまっていることだ
しかもその間におたく側も情報化社会の中で変形していって、おもしろいエンタメを育てていく体力のあるおたくが少数派になってしまった
アイドルの世界は戦国時代が終わって、きっとこれからあの2009年〜2010年のドラマに溢れたAKBのような盛り上がりを見せてくれるアイドルはもうしばらく現れない
仕事や現実に疲れたアイドルおたくを癒すために様々なハコやショッピングモールで特典券を武器に細々と生きていくアイドルたちとおたくの世界になってしまう
モーニング娘。がミスタームーンライト愛のビッグバンド以降ハロプロの世界に帰ってしまったように、元々アイドルおたくだったひとたちのためのエンタメとしてきっとこれからは存在していく
お笑いも今、バラエテイこそあるものの、若手が芸を披露する場がほとんどない
バラエテイでの面白さなんてその場にはまれば誰でもおもしろいので、お笑い芸人である必要性などなにもない
芸人はなんでもやって当たり前なんだから、それと比べて木村佳乃がなんでもやった方
がおもしろいに決まっている
お笑いのジャンルは今、現場難民(芸人側の) に溢れている結果、おもしろい漫才どころではないんじゃないかという印象だ
ジャニーズも、嵐の人気はおそらく今よりでることはないだろう
そんな中で、わたしたちの青春だった若手三組がそれこそ大爆撃を受けたみたいにメンバーが半分くらいに減っている中で、じゃあその下にくる平成ジャンプが元気なのかというと、最近伊野尾がようやくその美少年さを世間に認識され始めたが(といっても伊野尾はわたしと同い年なのでもう少年ではない)
セクゾもメンバーが増えたり減ったりするので、正直ジャニヲタあがったババアはついていけない。デビューしたユニットでそんなことありえます?よくわからない
じゃあウェストはというと、今の関ジャニくらいになれたらいいねーくらいの認識でしかない、わたしの中では
ファンのひとは怒るかもしれないけれど、こう見えて一応彼らがジュニア時代に松竹や梅芸でお仕事していたときにそれなりに見ていたので、ブチギレするのは超古参のお姉さんたちだけで勘弁してほしい
関西ジャニーズの抱える問題と可能性と闇については触れ出すと話が終わらなくなるので割愛
けれど、上記ジャニーズたちが決して売れないと言っているのではなく、現状の悲惨なエンタメ界を今すぐ引っ張っていく力があるかと考えたときに今すぐは無理だという話なので本当に怒らないでください
若手俳優の世界はおそらく痛みを伴う革命でも起きない限り、もう無理である
アミューズがドリフェスとかやり始めちゃった時点で、あー事務所もそう思ってんのかなーとわたしはおもったぜ
大したビジネスでもなかったのに、いろんな大人がよってたかってダメにした感がある
たぶんこれからたくさんの失業者が発生するというか、まあ引退する子たちがどんどん増えていくと思う
まあ若手俳優はあんまり稼げるお仕事ではないので、その点においては大丈夫かなあと思っているけれど、元ジャニヲタとしてはジュニアが引退したのちに逮捕される流れにはうんざりなので、ちゃんとそれぞれに生きていく道があればいいなと思う
それがエンタメの世界だったらどんなにいいことかとは思うけれど、今若手俳優の世界にはそんなに飯のタネがないので、なにも言えない
結局、若手俳優のあとに台頭してきた読モジャンルも、KPOPも若手俳優よりも早くマイナーの世界へ帰っていってしまったので、
今どこでなにが元気で盛り上がっているのか、わたしの目には見つけられない
それがおそろしくて色んなおたくにこの話をして、今なにが盛り上がっているんだろうと聞いても、みんな首をかしげる。
広告で働いている男の子にもこの話をしてみたけれど、スポーツなんじゃない?と言われてしまった。
残念ながらわたしはスポーツには一切興味がない。あとオリンピックに向けてスポーツが盛り上がるというのは、長らく当たり前のことなので、それはこれまでの Permalink | 記事への反応(0) | 11:26
エンターテイメントが死ぬかもしれない話
⚫︎前提
・元々自分のfc2ブログからの転載です
・とにかく長い
・とにかく辛口
・怒らないでください
おたくも長く続けていくと色んなジャンルに友達が散らばり、色んなジャンルに対する浅い知識が増えていく。
なんとなく今どこのジャンルに活気があるのか、雰囲気でわかるようになる。それはツイッターがあるからだろうし、昔では考えられない量の情報を簡単に手にすることができるからだと思う
そんなわたしがひとつの仮説としてわりと真面目に考え、色んな友人に話していることがある
自分の年齢をはっきりと明記するのがそろそろ嫌な年なので、ぼかした表現にするが、わたしはゆとり世代であり、就職すればゲッという顔をされた平成生まれであり、ジャニーズで言えば八乙女世代、堀越で言っても八乙女三浦春馬世代、アミューズでいうところの三浦春馬戸谷公人水田航生あたりの世代のそろそろしっかりクソババア世代である
だから、エンターテイメントが死にかけているように感じるのは、わたしのアンテナが腐って倒れそうになっているからなのかもしれないし、わたしの知らない世界で新しいエンターテイメントが誕生しているのかもしれない
けれど、わたしの目の届くところにあるエンターテイメントはみんな死にかけている
具体的にどういったことが言いたいかということをわたしが若手俳優のキチガイヲタになった2010年あたりを軸に色んなジャンルのことを考えていきたい
2010年、若手俳優の世界は非常に盛り上がっていたと思う。
テニミュファーストの最後のドリライがあった年だ。身内がDDでドリライに行っていたから知っている
その年のゴールデンウィークは、戸谷公人の誕生日イベントがあり、新宿御苑のサンモールではたしかDステが行われていたように思う
当時の身内に誘われて遊びに行くとサンモールにものすごい数のおたくがいた。
わたしはというとバースデーイベントのチケットを両部合わせて5枚余らせていたので、その場にいた子達を誘ってみたが、Dステの千秋楽だから無理だと断られた
2010年はそんな年だ。
アミューズでいえば宝石シリーズ及び黒白シリーズが始まった年でもある。
赤坂ボーイズキャバレーに夏を費やしたおたくが何人いたことか。
特撮で言えば、丁度2009年が平成ライダー10周年記念のデイケイドの放送年で、一区切りついたところで、今をときめく菅田将暉が初々しく日曜8時で戦っていた年だ。
とにかくお祭り騒ぎだった。どこの現場も非常に盛り上がり、頭のおかしいおたくがたくさんいた
他のジャンルにも目を向けて行こうと思う
例えばお笑いでは10年連続で開催していたM−1が一度幕を下ろしたのも2010年のことであった。ずっと優勝できずにいた笑い飯がようやくM−1王者に輝いた年である
アイドルではAKB48の第二回総選挙が行われた年である。このあたりがわたしは国民的アイドルという視点でAKBを評価したときの最高潮に盛り上がりを迎えていた瞬間だと思っている
2010年は、エンターテイメントを時の流れで区分したときに大きな区切りとなる年であると考えている
では今度は2010年以前の10年くらいのことを考えてみたいと思う。
わたしが小学校低学年の頃に一斉を風靡したSPEEDが電撃解散をして、その数年後に現れたのがモーニング娘。だった
しかし、ザ☆ピース以来、モーニング娘。は国民的アイドルというポジションを離れ、ハロープロジェクトというジャンルの中に入っていってしまった。
そしてそれ以来、AKBが大学の頃に国民的アイドルと呼ばれるようになるまで、特にアイドルらしいアイドルはわたしの視界には入らなかった
むしろモーニング娘。のあとは、いわゆる巨乳グラドルが台頭してきた時代のように感じるが、残念ながらあんまりわたしはグラドルに興味を持つ性別でも年頃でもなかったので、あまり記憶がない
(小池栄子は気付いたら女優としてもタレントとしても非常に大成していたのでまじですごい巨乳お姉さんだと思っている)
中学校の頃(2000年代前半)は芸人の黄金時代だったように感じる(わたしは芸人のおたくをしていたことがないので実際にいつが黄金時代と定義されるのかはわからないのだけれど)
イメージとして、このあたりから盛り上がって2010年がお笑いの盛り上がりのピークと捉えている
思えばわたしはエンターテイメントに恵まれた世代だったと思う。
小学校のときには体育大会でモーニング娘。のザ☆ピースが流れ、組立体操をした。
高学年のときには笑う犬の冒険を熱心に見て、それがいつのまにか水10になり、中学校の文化祭では先輩たちに目をつけられながらも、有志でゴリエのミッキーを踊った
やんちゃな子たちはごくせんに憧れ、みんなで文化祭のクラスの出し物でごくせんをやり、最後にはスマスマでキムタクたちが踊り流行っていた恋のマイアヒをエンディングで踊った。
週末をこえて学校に登校すれば、みんなエンタの神様の話をしていた。誰がおもしろい、誰のネタがどうだ、誰がかっこいい
ジャニーズも、いわゆる若手三組と呼ばれるNEWS、関ジャニ∞、KAT-TUNが立て続けにデビューした頃で、みんな通学鞄に好きなジャニーズのメンバーの名前をポスカで書いていた
(ここで一度力つきた)
エンターテイメントがしぬかもしれないはなしの続き。
前回は2000年〜2010年あたりのアイドル、ジャニーズ、お笑いのジャンルでなにが起こっていたのかということをさらっと(わたしの十代の記憶と共に)振り返った
では現在虫の息である若手俳優の世界でなにが起こっていたのかということも一応書き記しておく
まさに2.5次元ミュージカルの王様(なぜ若手俳優の舞台はつまらなく、客席が埋まらないのかおたくが真剣に考えてみたブログ参照)であるテニミュが初めて上演されたのは2003年のことである
当時の話はパイセンたちからのお話でしか聞いたことがないけれど、はじめは客席が埋まらないのでキメ様のライブをおわりにやったりして、キメ様のおたくとかでがんばって埋めていたらしい
ちなみにみんな大好き氷帝学園、いまをときめく斎藤工が出演していた氷帝公演が行われたのは、2005年の話であるから、テニミュ(若手俳優)の世界も前述の通り、やっぱり2010年に向かって右肩あがりの時代だったんだと思う
それでは今度こそ2010年以降、おたくの世界になにが起こってきたのかをふんわり考えてみようと思う
現状として、大きくふたつの問題がエンタメおたく界の中に発生している
ひとつは、村社会としてのおたく世界におけるおたく高齢化社会、ふたつめは、生産的おたくの少数化である
変な話だと思うかもしれない。今日本は国として、ずっと偏見を持たれて消極的に虐げられてきた「おたく」という異常な世界をひとつの国民性としてピックアップしていって、それを日本の特色としてビジネスにしようとしている
そして、おたくではない人たちがおたくの世界に土足で踏み込んできて、自分たちが興味を持った部分のみを取り上げて「これがおたくなんです!」とテレビや雑誌なんかで言っちゃってる
元々こういうサブカル推しの政策になるまでにおたくになっている人たち(わたし含め)は昔の閉鎖的なおたくの世界の中での「みんな違ってみんなとりあえずよし」というのに慣れているからあんまり気にしてないかもしれないけれど、
新規参入してきたおたくの人たちはひょっとしたら、マスコミたちが取り上げた「おたくの世界のひとつの側面」を見て、自分でなにか実体験として掴み取ることもせずにこれがおたくなんだとぼんやりと捉えているだけなんじゃないかとわたしは危惧している
村のコミュニティーの中に入れていようが、村八分されていようが、そこに存在する限り、とりあえず全員村民である
例外ももちろんあると思う。
例えばワンピースが好きだったとして、毎週ジャンプを買い、単行本を買い集め、アニメを視聴し、自分なりに設定についての考察を行う
これをネットなどに発表することなく、誰に見せることもなくひたすらノートに書き綴っていたら、自己完結しているので、他者から村民として認知されることはないと思う
けれど、この人が例えばホームページを立ち上げて自分なりの考察を世界に発表したら、例え誰かと交流を持たなくても、わたしは村民として世界に存在していることになると考えている
他のワンピースのおたくは誰かしらそれを読むだろうし、感想をメールする人もいるかもしれないし、リンクフリーと書いてあったら、リンクページやブログにその考察サイトのURLを貼るかもしれない
かたや、HPを立ち上げたもののアクセスがなかったら、自らサーチに登録するかもしれない
こうして、村の中へと入っていくのである
村の中には色んな人がいる。
一流企業で働いているエリートもいれば、ニートに近いフリーターもいるし、学生もいれば、子持ち主婦もいる
けれど、暗黙の村の掟というものがおそらくどのジャンルのおたくの世界にも存在して、もちろん可視化されたものではないので、最初はわからないのだけれど、どの村にも、RPGゲームで話しかけてくる村民みたいなやつがいて、
これはこうすればいいんだよ、これがどうなんだよ、とふんわりと村の掟を教えてくれていた
物事というものは、完全にゼロから創造されることはない
そこになにかが存在して、そして、基礎とされるルールが存在して、初めてそこからなにかが生み出される
ことにおたくという生き物は、おたくという側面においてイチからなにかを創造する生き物ではないと考える
何かが存在して、それになにかアレンジを加えて、別のなにかに変化させるのがおたくだと思う
おたくというのは、創造されたなにかを完成させる上で不可欠な存在ではあるが、まずはじめは受け手だ
受け手として、その世界に存在するにあたって、どんな世界にもルールがある
けれど、情報化社会の中で、おたく世界の中の村という概念が何年も前から崩れている
これは、若い子に限ったことではない。
マスコミが取り上げたおたくの世界を見て、おもしろそう!と新規参入してきた年配おたくも同様である
そうすると、どういうことが起こるのかというと、新規参入おたくたちはSNSなどのツールばっかりは立派に持っているのだけれど、RPGゲームで話しかけてくれるおたくがいないものだから、
レベル上げの方法を知らずにずっとマサラタウンの横の草むらでコラッタやキャタピーや同じようにそこに留まって地図を持たないおたく同士で、これがおたくなんだー!たのしー!となっている(もちろん例外もいる)(自ら見つけていけるんだから、わたしと違ってまじ天才的だと思っている)
村民おたくとマサラタウンおたくとのおたくの分離化が進む中で、旧型のおたくの高齢化が止まらない
⚫︎「生産的おたくの少数化」とは
どのジャンルにもいると思うのだけれど、ツイッターに常駐していて、キチガイを名乗っている若い自称おたくの子たちがわりと一定数いる
これは本当にかわいそうだ。
なぜならなんの生産性もないツイッターに常駐して時間を無駄に浪費しているということはおたくでもキチガイでもなんでもなくて、生産性の低いただのかまってちゃんだからだ
けれど、それでも時間が潰せるものだから、若い子たちはきっと常駐してしまうんだと思う
ツイッターがリアの頃に普及していなかった世代からすると、完全に異常なので、正直積極的にリプを飛ばして関わり合いになろうとは思わない(自分のことを棚に上げてこんなことを言っているがわたしも相当別のベクトルでやばいヤツなので、関わり合いにならない方がいいと思う)
わたしが若い頃は、ツイッターがなかったので、ひまだったらもっぱらブログを更新するか、様々な匿名掲示板を眺めるか、仲間内でチャットやメールをするか、などしか暇つぶしツールがなかったのだけれど、完全に村社会だったので、
なぜかそんなわたしを見ておもしろそうと思ってくれた色んなお姉さんが色んなことを教えてくれて、暇つぶしの中でも生産性のある暇つぶしツールを与えてくれたというか、
ジャンルやおたくの先輩として、例えばこのライブはどのアーティストのどのライブの影響を受けているから、そっちも見ていた方がいいだとか、
この作品を見て、こういう感想を持つなら、きっとこの作家のこういった本が好きだろうから、読んでみたら?だとか様々なアドバイスをもらった結果、
10年以上かけて、こんな神の視点からブログを書くような高尚おたくに育ったのである
(十代の頃から3歳から10歳以上年上の友達とばかり遊んでいたので、地方の女子高生の身分で東京の女子大の講義にこっそり潜りこんだりしているような変な女子高生だった)
はっきり言って、おたくはおたくとして存在している時点で9割は凡である
だから、自分でなにかを創造することはできないと思った方がいいし、レベル上げの最も簡単な近道は先人に教えを乞うことである
素晴らしいことなのか、残念なことなのか、若い子たちはどう捉えるかわからないが、テニミュというコンテンツが好きでファーストから通っているおたくはたくさんいる
DVDで当時の公演を振り返ることは不可能ではないが、ネルケは財布をしめていくことを決して許さないので、きっと過去の公演のDVDまで買いあさるなんてなかなかできることではない(それに残念ながら逮捕者がでている公演のDVDは発禁になっている)
ひとりそういうババアおたくと仲良くなって、そういう話を教えてもらって、自分の中にインプットして、そこに自分なりの仮説と解釈を加えるだけで、高尚おたくになれるのに、
ツイッターを眺めていると結局同世代同士でつるんでいるのが多い気がする
その点において、タレコミとかで叩かれているような痛いおたくの子たちの方が結局現場で昔からいるババアたちと顔を合わせて、情報戦で勝てないババアたちといかにうまくやっていくかという課題と直面しているので、
よっぽど要領がいいというか、低姿勢で吸収力があるなあと個人的には思う(ババア側の人間)
ここまで読んで、どうして生産性の低いおたくだとだめなんだ、ツイッターで同世代で楽しくつるんでなにがだめなんだ、痛いワタシみたいな高尚おたくになる必要性がどこにあるんだ、と思った人が多数だと思う
なぜダメなのか、
まずひとつめは、マサラタウンの草むらには何年もいられないということ
ふたつめは、マサラタウンの草むらにいただけではポケモンをプレイしたとは言えない
ので、布教ができないということである
例え話だとぴんとこないかもしれないので、それぞれについて解説していく
まず、ファンではなくおたくとして存在する以上、ただ消費するのではなく、消化(昇華)できるおたくにならないと、自分でなにがおもしろくて今コレに時間とお金を費やしているのか、わからなくなるときが絶対くる
おたくを自称するくらい、何かが好きなのだから、どうして自分はそれが好きなのか、それにはどんな魅力があるのか、その魅力は他のものと比べてどう秀でているのか、せめてこれくらいは言語化できた方がいい
というか、これをきちんと言語化できる人は、ロジックツリーなんかに頼らなくてもたいていのことは物事の本質と原因を分析できる人になるから、生きていく上でもたぶん役に立つから便利だと思う
言語化するには、その世界を知る必要がある。
何年もおたくをやっているババアは絶対たいていは厄介なので、積極的に関わり合いになれとは言わない
けれど、ロム専だとしても(もはやロム専という言葉は死語かもしれない)(黙って眺めてヲチっているという意味だと思ってください)自分でなにか発信している人は見ていた方がいい
そこには自分と異なる考えがあるので、自分の考えと比較対照することができ、自分の考えがどういったものなのか、再検討することができ、より強固なものにすることができる
なんでそんな難しく考えなきゃいけないんだろう、ただの趣味なのにと思う人もいるんだろうなあと思う
けれど、よっぽどの天才ではない限り、エンタメを作る側もいきなり完璧なものを作り出すことはできない
特に制作側の人間はおたくが少数派なので、おたくの「これがこうだったらもっと好きになれるのに」ということをことごとく外すことにおいて、才能に溢れている
自分が何かを楽しみ続けるとなったとき、舞台だったらアンケートを書くなり、アイドルだったらツイッターで運営のエゴサにひっかかるようにあーだこーだ言うなり、直接現場で制作に話しかけるなりしないと、
自分の中で、あれ?と思ったもやもやは解消されない
そういうことをしないとエンタメ側もレベルアップしないんだと思う
だいたい、大きくなりすぎたエンタメが衰退する理由として、ひとつはエンタメがおもしろくなっていくということに関して現状のツールでは絶対に限界がくるときがあるということ、
そして、大きくなりすぎたエンタメは、ビジネス化されすぎていて、「こうなったらいいのにな」というおたくの考えの届かないことろへいってしまっていることがあげられるんじゃないかとわたしは思っている
おもしろいエンタメがあると、どうしてもそこにお金が集まってしまうので、ビジネス化されてしまうのは、仕方のないことなんだと思う
けれど、今の日本においてそれが悲惨なのは、たまたま様々なエンタメのジャンルが同じようなタイミングでピークを迎えてしまい、エンタメ世界が、大爆撃でもあったのかという惨状になってしまっていることだ
しかもその間におたく側も情報化社会の中で変形していって、おもしろいエンタメを育てていく体力のあるおたくが少数派になってしまった
アイドルの世界は戦国時代が終わって、きっとこれからあの2009年〜2010年のドラマに溢れたAKBのような盛り上がりを見せてくれるアイドルはもうしばらく現れない
仕事や現実に疲れたアイドルおたくを癒すために様々なハコやショッピングモールで特典券を武器に細々と生きていくアイドルたちとおたくの世界になってしまう
モーニング娘。がミスタームーンライト愛のビッグバンド以降ハロプロの世界に帰ってしまったように、元々アイドルおたくだったひとたちのためのエンタメとしてきっとこれからは存在していく
お笑いも今、バラエテイこそあるものの、若手が芸を披露する場がほとんどない
バラエテイでの面白さなんてその場にはまれば誰でもおもしろいので、お笑い芸人である必要性などなにもない
芸人はなんでもやって当たり前なんだから、それと比べて木村佳乃がなんでもやった方
がおもしろいに決まっている
お笑いのジャンルは今、現場難民(芸人側の) に溢れている結果、おもしろい漫才どころではないんじゃないかという印象だ
ジャニーズも、嵐の人気はおそらく今よりでることはないだろう
そんな中で、わたしたちの青春だった若手三組がそれこそ大爆撃を受けたみたいにメンバーが半分くらいに減っている中で、じゃあその下にくる平成ジャンプが元気なのかというと、最近伊野尾がようやくその美少年さを世間に認識され始めたが(といっても伊野尾はわたしと同い年なのでもう少年ではない)
セクゾもメンバーが増えたり減ったりするので、正直ジャニヲタあがったババアはついていけない。デビューしたユニットでそんなことありえます?よくわからない
じゃあウェストはというと、今の関ジャニくらいになれたらいいねーくらいの認識でしかない、わたしの中では
ファンのひとは怒るかもしれないけれど、こう見えて一応彼らがジュニア時代に松竹や梅芸でお仕事していたときにそれなりに見ていたので、ブチギレするのは超古参のお姉さんたちだけで勘弁してほしい
関西ジャニーズの抱える問題と可能性と闇については触れ出すと話が終わらなくなるので割愛
けれど、上記ジャニーズたちが決して売れないと言っているのではなく、現状の悲惨なエンタメ界を今すぐ引っ張っていく力があるかと考えたときに今すぐは無理だという話なので本当に怒らないでください
若手俳優の世界はおそらく痛みを伴う革命でも起きない限り、もう無理である
アミューズがドリフェスとかやり始めちゃった時点で、あー事務所もそう思ってんのかなーとわたしはおもったぜ
大したビジネスでもなかったのに、いろんな大人がよってたかってダメにした感がある
たぶんこれからたくさんの失業者が発生するというか、まあ引退する子たちがどんどん増えていくと思う
まあ若手俳優はあんまり稼げるお仕事ではないので、その点においては大丈夫かなあと思っているけれど、元ジャニヲタとしてはジュニアが引退したのちに逮捕される流れにはうんざりなので、ちゃんとそれぞれに生きていく道があればいいなと思う
それがエンタメの世界だったらどんなにいいことかとは思うけれど、今若手俳優の世界にはそんなに飯のタネがないので、なにも言えない
結局、若手俳優のあとに台頭してきた読モジャンルも、KPOPも若手俳優よりも早くマイナーの世界へ帰っていってしまったので、
今どこでなにが元気で盛り上がっているのか、わたしの目には見つけられない
それがおそろしくて色んなおたくにこの話をして、今なにが盛り上がっているんだろうと聞いても、みんな首をかしげる。
広告で働いている男の子にもこの話をしてみたけれど、スポーツなんじゃない?と言われてしまった。
残念ながらわたしはスポーツには一切興味がない。あとオリンピックに向けてスポーツが盛り上がるというのは、長らく当たり前のことなので、それはこれまでの Permalink | 記事への反応(1) | 11:25
嵐が若い頃の態度とか自分が見た限りでは結構アレだったんだがそういうのを棚に上げて叩いている感じがすごい
それとも若い頃なんて知らない!今が良ければいい!って人達なんだろうか
それって自分が無知な新規だと自己紹介してるようなもんだと思うんだが
その割には過去の美談をリツイートしまくり古参とまではいかなくても中堅ですよアピールの矛盾に草
該当ファンは先輩ファンに叩かれてる!って怯えないで自分勝手なモンペ集団が喚いてるとでも思えばいいっすよ
http://anond.hatelabo.jp/20140715010044
5/1を以って充電期間に入るKAT-TUNのコンサートに4/30行ってきた。
終演後、最終日に入れない自分を心から恨んだのだけれど、最後の挨拶で中丸さんが泣いたと知って行かなくてよかった。
ベスアのときのこの世の悲劇を全て背負ったような表情はもう二度と見たくないと思ったけれどそれ以上に自担の涙は見たくなかった。
私にとってのラストを見たとき、モンペ心に火がついたのか「何でKAT-TUNばっかり辛い目に合わなきゃいけないんだ」って悲しくなった。
でもそれと同時に「ああ血まみれになってるのが似合う……美しい……」って心の底から感動した。よくわかんないけど傷ついてるのが絵になっていた。
グループとしての活動休止期間にそれぞれが力をつけてまたあの景色を見せてくれることを心から信じています。
でも中丸さんが発言したように何事もなかったように活動してほしかった。10周年の記念のツアーがあれで終わってしまうなんて悔しくてたまらない。
東京から帰ってきて観劇するはずだった舞台は観る気になれなくて手放してしまった。私の傷は全然癒えていない。
どうしてくれるんだ、KAT-TUN。
キズナイーバーOPの「Lay your hands on me」とかKat-tunの「Keep the faith」とか
某BonJoviさんが何も言って来ないからって他ミュージシャンの渾身の名タイトルをパクって来るなと言いたい。
何故ってキズナはともかくカツンなんてゴミ邦楽なんかよりもボンジョヴィの方がかっこいいし熱いのに
つべ検索してもカツンばっかりで「BonJovi」入れないと検索できないってどういうことですか。
先にそのタイトル付けて大ヒット飛ばしたのは紛れもなくボンジョヴィなのに!
見たくなったら検索って癖が付いて来て最近は「BonJovi ○○(←タイトル名)」ってやるようになったから
予測候補が付いて随分楽になったなーって思うけど、そもそも邦楽の分際で洋楽のタイトルをパクる上に
日本は邦楽のが後でも日本版が正式だって融通効かない所があるから困る。
洋楽のタイトルが世界一般である以上は出来る限り元タイトルがTOPに来るようにしてくれないと
既成事実になってうるさい信者の人とか沸いてくると嫌だし、ゴミ邦楽のパクリタイトルが大して売れてない場合、
ボンジョヴィが悪いって決め付ける阿呆が出てくるかもしれないしね(というかタイトルパクって大ヒットしたのはスティング公認(笑)の「I'll be missing you」だけでしょうけど)。
ここ最近、ジャニオタしててずっと楽しくない日々が続いている。
軽く自分のことを話すと、私は掛け持ちジャニオタ2年生のド新規で、KATーTUN、NEWS、Kis-my-ft2のFCに入っている。
もともと二次元オタクだったせいか、ジャニオタ独特の担降りという考えは無く、追いかけたいと思った子を追いかけた結果の3グループ掛け持ちだ。
というか、好きなだったものを断ち切れない性格なのかもしれない。今だって前の二次元ジャンルの漫画もグッズも持っている。
とにかく、今まで辞める/辞めたいという概念が無かった。
理由の一つとして、熱が冷める時は他のことにハマる時であり、そのままスライド式でジャンルを移動しているからである。
まぁつまりは、今回初めて他のことにハマってもいないのに、熱も冷めてはいないのに、ジャニオタをとてつもなく辞めたいと思っている。
今回っていうかジャニオタになってから何回か辞めたいと思ったことはあるけども、こんなに持続して嫌気がさしたのはよっぽどだなと思い自分の考えを整理するために筆を取ったわけです。ここまでが前フリね。長いでしょ。
なぜ辞めたいのか。
1つ目。私は同担が好きではない。
ここからイッタ~~イ話をするから正常な人はブラウザを閉じることをオススメする。
読んだ後の責任は負いません。それでもいいよっていう菩薩の心と変な好奇心をお持ちの方は遠慮なくどうぞ。
私は自担に半リア恋をしている。
いや、リア恋って言ってもいいか。
バカにされるのが嫌というまさにバカみたいなプライドでリア恋を名乗るのを避けていたが、匿名だから気にしないことにしよう。
好きな人が各グループに1人ずつで3人いっぺんに恋をしていると言えばそうではない。
だが、経由はしている。
説明すると、KATーTUNにハマり、1人に恋に落ち、NEWSにハマり、違う人に恋に落ち、Kis-my-ft2にハマり、また違う人に恋に落ちている状況だ。
前述した通り、熱が冷めるのは他に落ちた時なので、スライド式で恋に落ちている。それも2年間で3人に。
二次オタの時と違うのは、KATーTUNもNEWSも冷めておらず普通に好きだということ。
まぁそれは置いといて。
これに尽きる。
繋がっている人に嫌われそうなので、今までひた隠しにしてきたけれど、ふと思い立ってHNを変えてふわふわ偽装をしたアカウントを作ってみた。
本気愛と名乗るのはまた変なプライドが邪魔したので、独占欲強め、○○担の安定さんいる人ごめんなさいみたいな感じで。
結果もっとこじらせた。
前は見ないフリをしていただけだったが完全に拒否反応が出ている。
ついでにこのおかしな頭で某けいじばんを覗いて、信ぴょう性もクソもない女のタレコミを見てさらに病んだ。
(何故某けいじばんを覗いているのかは後述にて。)
もう正直何がなんだかわからない。
自担と出会って付き合うシュミレーションしてたお花畑な私どこいった。
まぁいつか自担と付き合えると思ってる時点でだいぶ問題だけど。
もともとコミュ障で自意識過剰野郎な私は、現実世界だろうがネットだろうが人と話すのに精神力を消耗する。
最初は好きなアイドルのことを自由に呟きたいだけのツイッターアカウントが、いつしかみんなと話すためのアカウントになっていた。
そこで楽しいのならいいけどもいかんせん私はめんどくさい人間なので、繋がりタグでフォローされないと凹んだりする。
どうだ、気持ち悪いだろ?
フォロワーの○○さんはフォローされて早速仲良くおしゃべりしているのに私はこんなアホなことしか言ってないから嫌われてフォロー対象外になったのかって勝手に考える。
さらにリムられたりブロられたりなんかしたらさらに落ち込むし逆にブロックかましちゃったりする。
自分で書いてても本当に気持ち悪いなこれ。できれば誰かポジティヴな人と心交換したい。
これだけで、私がいかにツイッターに向いていないかお分かり頂けたであろう。
だからこそ匿名で書ける某けいじばんは居心地がよかったし、新しいふわふわ同担拒否のアカウントは自分を偽っていたのでやりやすかった。
(リア恋なんだから偽ってないだろと思われるだろうが、喋り方を意識的に変えていたので自分としては違う自分を演じている気分だった。)
結果逃げた先でこじらせているわけだけど。
まさに本末転倒。
今はもう独占欲うんぬんではなく、こんな気持ちを忘れ去って自分のことにお金かけたいというのが一番の思いだ。
たかがアイドルのためにこんなお金使って、嫌な思いして、何やってんだろう。
ツアーの振り込みもしてあるし、CDの予約もアルバムの予約もしてるし、雑誌も買うつもりだし、ふわふわアカウントでもまだ呟いてるし、某けいじばんだって覗いてるけど、虚無感しかない。なにもしたくない。
きっとこんな記事上げたって、私はツアーに行くしCDとアルバムと雑誌を買うし、某けいじばんも覗き続ける。
あーあ。ジャニーズが二次元の人だったらこんな苦労しないでジャンル楽しめたのに。
同じ人間だからこそ恋に落ちてどっぷりハマって抜けれないの知ってるけど。
どうしてもジャニオタやめたくて、友達に勧められたあんスタとやらを始めてみたが、3次元アイドルを体験したせいか思うように楽しくない。
でも、恋に落ちて追いかけるあれ程の楽しさはやってこない。
なかなか自分の意思で辞められない。だからと言って現状維持も出来なくて、止められない。
芸能界が止まれない世界だからこそ、オタクもそれに引っ張られていくわけで。
書きながらちょっと落ち着いて来たので、少しずつでもグッズとか雑誌の整理から始めようかな。
多分すぐには降りれないけど、ゆっくり離れて行ければいいなと思う。
ここまで書いておいてなんだけど、KAT-TUNのオタクだけは辞めません。多分。
いや、本人たちに苦しめられたりするけど!実際脱退とか三日三晩の勢いで泣いてたけど!!
NEWSやKis-My-Ft2は本人たちもそうだけど、それを取り巻くオタクの自治っていうの?なんてーの?その辺に割と嫌気がさすことが何度もあったわけで。
現場行ってもツイッター見てても胃を痛めないのが唯一KAT-TUNだっただけです。
(脱退でだいぶ胃を痛めたのはまた別の話)
ここまで後先考えず長々と書き連ねて来ましたが、KAT-TUNだけゆるく続けられたらいいなという結果になりました。
まぁたとえ今卒業出来なくても、また同じことを繰り返して胃を痛めるでしょう。(笑)
…その頃には身も心もボロボロになってそうだけど。
最後まで読んでくださった方いるのかって感じですけど、ありがとうございました。
ジャニオタ卒業にはこうしたらいいよ!みたいなアドバイスあったらコメントください。
するっと元サヤに戻りそうなんで。(笑)
夜中から書き始めたのに気づいたら朝になってしまってつらいので寝ます。おやすみなさい。
※2/8 追記
結局寝てないです。
そんなこと書きにきたわけじゃなくて。
「某けいじばんで見た女のタレコミ」ってちょっと表現がおかしかったかなって思ったので訂正しに来ました。
女と一緒にいるのを見たって書き込みがあったっつーわけです。
それだけ?って思うかもしれないけどリア恋()は病むんだよ!めんどくせえことにな!
あ、あと深夜の薄暗い気持ちを独り言として吐き出しただけなのに意外に見られててびびりました。
「これだからジャニオタは」ってどのへんがこれだからって思ったんだろう…私二次オタの時も夢豚で同担拒否だったから多分「これだからアニオタは」っても言われちゃうな……とか考えてました。笑
ちなみに悲劇のヒロインごっこ大好きだし恋に恋するタイプですけどジャニーズに身をボロボロにしてる私に関しては上記通り虚無感しかないです。いや…リア恋の相手だもん…結ばれたいでしょ…わざわざ悲劇にする意味…。(こういうところがこれだからジャニオタはって言われる)
ディベート大好き人間だからちょっと追記を利用して対抗しちゃったけど、(こういうところがこれだからジャニオタry)
http://anond.hatelabo.jp/20160119105229
の増田がジャニーズとファンの横暴さが露わになってしまっているが、
そういえばこんな気持ちを昔したなあ、というのを思い出した
それは約10年前、ジャニー喜多川が週刊文春の「元ジャニ」の告白記事を訴え、裁判沙汰になった時のこと
そこで元ジャニは、ジャニー喜多川による同性愛行為などを暴露し、それが争点の一つになったのだが、
裁判の過程で、ジャニー側は同性愛行為があった事実を認定した。これはwikipediaにも載っている
つまり、裁判によって事務所の上下関係を利用した同性によるセクハラ行為が発生しているということが白日の元に晒されたのだ。
これは戦時中の従軍慰安婦の話ではなくて、現代の日本で起きたことですよ。
しかし、前者の件では発言一つ一つを仔細に報道するマスコミが、この件をほとんど全く報道しなかった。
その時に何が起こっていたのか。
ここで少し、話を脱線する。
DA PUMPというグループがいますね。彼等がデビューした時にも真っ先に恐れたのはジャニーズ側からの圧力による「つぶし」だった
そこで、彼等の所属事務所ライジングの平は徹底的な「棲み分け」を提案し、共演は絶対にしないことを条件にした。
それによって彼等や後続の男性グループはジャニーズが出演する番組、例えば毎週ジャニーズ枠があるMステには出演できないが、
例えば、ダウンタウン司会のHEY!HEY!HEY!などは、ジャニーズがダウンタウンと接触することに拒否感があったのか
また安室奈美恵などを通してライジングとの関係が良好だったためか
その裁判が起こるまでは
この判決後、突然HEY!HEY!HEY!は路線を変更
今週はV6、次はキンキキッズ、次はKAT-TUNと堰を切ったように相次いでゲスト出演し
しかもやけに自分たちとジャニー喜多川氏との親しいエピソードを語り、
いかにジャニー喜多川が優れた指導者で、自分たちが強力な信頼関係を作っているかというトークをしていた。
明らかにこの時、この大量のバーター出演と引き換えに、何らかの「戒厳令」が敷かれたと勘ぐっても不自然ではないと思う
これはフジだけではなく、他の音楽番組でもこの時期に散見された光景だった。
(ちなみに、この時割を食ったのがライジングのDA PUMPの弟分として売り出していたw-indsで、
この時期を境にほとんど出演する地上波の音楽番組が消滅してしまい、彼等は結果、海外市場へ向けたシフトチェンジを余儀なくされた。)
これだけなら、昨日の会見でも見た「事務所の力関係によるパワハラ」という、
まあ決して気分の良いものではないが、業界という特殊な環境のルールで行われた一つの事例として済んだだろう
そんなジャニーズたちが、上司にパワハラ(というか枕営業ですね)されているのを知った彼女たちがどうしたのかというと
なにもしなかった。
当時も2ちゃんなどでこれらの話題が挙がることは多々あったのだが、そのときのジャニファンの回答に度肝を抜いた
「あんまり騒がないで。そんな事を言って、問題が大きくなって、ジャニーズの彼等がテレビに出れなくなったらあなた達責任とれるの」
彼女たちは「自分たちがジャニーズを見れなくなる」という理由から、彼等のセクハラ、パワハラを黙認したのだ。
あれだけ女性スキャンダル一つにはキーキー叫び、結婚も許さないジャニーズファンが、上司との枕営業を黙認
結局彼女たちは、ジャニーズの「応援者」ではなかった。「消費者」だったのだ。
今回のSMAP騒動も、おそらく彼女たちは「SMAPが解散しなくてよかった」という方向で意見をまとめてくるだろう
というかこの増田がそうだよね
やっぱりSMAP以降は「アイドルとしての適性」「俳優としての適性」「バラエティタレントとしての適性」を揃えることが重要で、
ジャニーズ内の格付け(事務所内ヒエラルキーじゃなくてファン視点で)っていまどんな感じなんだ。
女性アイドル含めてアイドルにはぜんぜん詳しくない俺の印象だとこんな感じ。
2015年11月24日、ジャニーズグループ・KAT-TUNの田口淳之介が引退を発表した。
2015年12月6日、ウエンツ瑛士と小池徹平の音楽デュオ・WaTが解散を発表した。
泣き崩れるファンの声を聞いた。一気に加速するTLを見た。
そしてその中で、何度も同じ単語を目にした。
許さない。
拒絶しないで。
置いて行かないで。
ゾッとした。
自担や推しグループがアイドルを辞める気持ちは痛いほどにわかる。
けれど、許さないってなんなんだ?拒絶しないでってなんなんだ?置いて行かないでってなんなんだ?
自分は好き勝手恋愛したり結婚したり転職したり退職したりするくせに、私たちファンは彼らにそれを許さない。
「○○には熱愛発覚なんてして欲しくないし、結婚なんて以ての外」と言っておきながら
自分は旦那を作り、子どもを産み、仕事を変えたり辞めたりする。
その間に彼ら彼女らが諦めてきたものの多さすら見ないふりをして。
例えば自分の好きなグループのメンバーや、自分の好きなアイドルが結婚したり引退した時、ファンは泣くれど。
「辞めないで」「置いて行かないで」「拒絶しないで」と叫ぶけれど。
果たして結婚や引退は、彼らからファンに対しての"拒絶"だろうか?
彼らはいつだって「これからも応援よろしくお願いします」と言うのに、それは果たして"拒絶"だろうか?
例え引退してメディアの前に姿を表すこともなくなって、芸能人ではなく一般人になったとして
果たしてそれは"拒絶"だろうか?
人気絶頂期に『結婚しないで』と言ってたかと思えば、『いい歳なんだからそろそろ結婚したら』と言う。
彼らが髪型を変えれば『前の方が好きだった』と言う。
彼らが自身の新しい可能性を切り開こうとすれば『○○はそんなことしない』と言う。
かつてはファンだった彼らを見れば『まだやってたんだ』『最近テレビ出ないよね』と言う。
彼らは私たちに決して「結婚しないで」「まだファンやってたんだ」なんて言わないのに。
おそらく、本当に推測の領域でしかないのだけれど、いつだって"拒絶"してきたのはファンの方ではないだろうか。
結婚することを、引退することを、髪型を変えることを、新しい可能性を切り開くことを
『なんでそんなことするの』『なんでそんなこと言うの』と自分勝手で自分本位な言葉で
彼らが変わることを"拒絶"してきたのはファンの方ではないだろうか。
きっと彼らは、たくさんの夢や希望や責任を背負うことでスポットライトの下に立つことを許されたけれど。
「アイドル」として、スポットライトの下で輝くことを許されたけれど。
じゃあ私たちファンは、彼らに何を許してきただろうか?
たくさんのことを縛ってきたくせに、たくさんのことを許さずにきたくせに、
彼らが振りまく無償の笑顔と愛にズルズルと甘えて、自分勝手な理想を押し付けて。
そんな彼らが自分の人生のためにした決断を、『なんで』と"拒絶"してきたのはいつだってファンの方だ。
彼らがスポットライトの下に立つための営業スマイルに必要以上に
多くの理想と偶像を押し付けて、塗りたくって、自分の理想と違う言動をすれば"拒絶"と叩く身勝手さ。
自分たちが勝手に好きになって、勝手に応援して、勝手に理想を押し付けて、勝手に拒絶したくせに。
別に誰に頭を下げられたわけでもなく、ジャニーズアイドルになった彼らを勝手に好きになったくせに。
ジャニオタの心底にある、宗教まがいな信仰心は本当に怖いと常々思う。
私たちジャニオタは、「私は○○のファンだから」という身勝手な信仰心で
時として彼らの足を引っ張るどころかその心を折ることすらあるだろう。
けれど私たちジャニオタが彼らから元気をもらうように、私たちの黄色い声や落とすお金が
彼らの背中を押す応援になっていることも間違いではないと思うのだ。
それはある種の需要と供給のような、ビジネスライクな関係にとてもよく似ている。
お金を積めば会いに行ける、いつだって笑顔を見せてくれる、そういうことを生業として
その「偶像」を勝手に「崇拝」しているのが私たちジャニオタだ。
「偶像」は「偶像」だからこそ尊いのであって、かっ開いて中を見て嘆くだなんてナンセンスだ。
結婚することを、引退することを「寂しい」「悲しい」と思うのは当然の心理である。
けれど「許さない」「拒絶された」と思うのはどう考えてもおかしいと思う。
自分は自分の人生を好きなように歩んでいるんだから、彼らに彼らの人生を好きなように歩ませてやれよ。
<出演者>
嵐 / HKT48 / AKB48 / A.B.C-Z / SKE48 / NMB48 / エレファントカシマシ / 奥田民生 / KAT-TUN /
加山雄三 / 関ジャニ∞ / KinKi Kids / 工藤静香 / 倖田來未 / コブクロ / 小室哲哉 / 近藤真彦 /
ジャニーズWEST / JUJU / スキマスイッチ / SEKAI NO OWARI / Sexy Zone / タッキー&翼 / TRF /
TOKIO / 西野カナ / NEWS / 乃木坂46 / BEGIN / 一青窈 / V6 / Hey! Say! JUMP / ポルノグラフィティ /
槇原敬之 / モーニング娘。'15 / ももいろクローバーZ / 森高千里 / 森山直太朗 / 山崎まさよし /
ゆず / 初音ミク / aiko / 秋川雅史 / E-girls / いきものがかり / EXILE / GACKT / 三代目 J Soul Brothers from EXILE TRIBE /
椎名林檎 / GENERATIONS from EXILE TRIBE / SMAP / 徳永英明 / T.M.Revolution / 秦基博 / Perfume /
浜崎あゆみ / 平井堅 / 福山雅治 / L'Arc-en-Ciel / and more
目新しいのって初音ミクくらい?
テレビに出る歌手っていつも一緒だよな。FMとかネットとか見聞きしてるともっと音楽って広い世界って感動するけど、あまり興味がないとこういうのが全てって思っちゃうだろうな。
亀梨和也を取り巻く全てのものを愛してえ。できねえけど愛してえ。愛するまではいかなくとも、受け入れていたい。
彼の周りのメンバーやタレント、スタッフ関係者はもちろん、ファンも盲目もモンペもアンチも心ない言葉を浴びせる一般人もだ。
アイドルというもの(アイドルの全てを知るわけではないのでここでは亀梨和也と限定したい)のべ何億ものひと目にさらされ、知る人見知らぬ人の数千億の言霊を受けて今を構築していく生き物なのだと思っている。
テレビをつけていてなんとなく見ていた人がなんとなく放つ褒め言葉も、第一印象だけで放つ揶揄の言葉も、誰かが放った何気ない言葉に過敏に反応して亀梨くんを守りたくて怒るモンペも、何かがイヤで亀梨くんのアンチとして批判を続ける人も、世の中にあふれる全ての言葉が亀梨和也のイメージ、世界をつくるのだ。
数えきれないほど沢山の他人の目と言葉の上に亀梨和也は存在しているわけで、否定的意見も肯定的意見も彼をつくりあげる要素になると思うと、その世の中の流れをすべて受け入れて、その中で生きていく亀梨和也を見ていたいと最近思う。
という風に思い始めたのも、2014年のKAT-TUNのツアーcomeHereに参加したことがきっかけのひとつになっていると思う。
comeHereコンサートの亀梨くんのソロの開始時、無音のステージに静かに登場する。その際、高ぶった一部のファンが「かめ!」と声を上げる。静かな会場に響く声はとても目立つし、実際それについて批判する人も沢山いた。
悲鳴をあげさせるのも、それを亀梨和也の世界が崩れる、不愉快だ、と怒りを示す人が現れるのも、亀梨和也を原因としたエネルギーだ。そのエネルギーの中で彼はシンプルにストレートに亀梨和也を表現した。洗練されていて、人の手垢にまみれていて、でも揺るぎがなくて、どこか切なくて美しく、あまりにも生きる人間だった。鮮烈だった。そしてそれをつくったのは彼ひとりではなく、彼の周囲を渦巻くすべてのものなんだろうと感じた。あのステージはファンのそういったエネルギーを含めてできる亀梨和也の世界に思えた。
ジャニオタはファン同士の論争がよく起こるように思う。それがストレスと感じることも多いのだが、全ては「タレントが好きすぎるため」起こるもので、そのエネルギーはアイドルが輝く要素の一つに少なからずなっているんだろうなと思うと、少し穏やかになれる気がした。
KAT-TUNだと思う。
結成から約15年で昔を遡ろうとするとなかなか長いし色々あったグループなのは否めないけど本人たちもファンも結構さっぱりしてて今の4人はのびのびやってる印象。無理に振り返らないし、振り返って重く考える人間あの中に一人もいない。エイト(関ジャニ∞)やNEWSと決定的に違うところはそこで。情が出てこない。仕事とステージに。KAT-TUNは生粋のアイドルだ。最近アニメ業界で二次元アイドルコンテンツが大盛り上がりを見せているが、所謂アニオタと呼ばれる人たちにも刺さるグループだと思う。二次元だよあれは。もはや異世界。二人欠けてもKAT-TUNの世界観が崩れない、崩させない。いつの時代でも東京ドームを自分たちの色に完全染色させてしまったらKAT-TUNが一番。コンサートは普段紙面や画面を通してしか観られない彼らを三次元の場で直視できるのが何より重要なところだが、KAT-TUNは異世界で会ってるイメージ。
ジャニオタって物事を重く考える生き物だけどKAT-TUNは考えさせない。ステージが全て。魅せられて幸せになって彼らから出てくるものに感動し、最高だと噛み締めればそれでいい。アイドルとしての存在意義が明確なグループ。ファンをしていて気は楽なのに魅せられるものはジャニーズトップと各所ファンから太鼓判を押され、なんだよやっぱりKAT-TUN最高じゃん。MCでファンに「今回のリングのグッズどう思う?」って訊いてファンも「いらない」って返すんだから。KAT-TUNはファンにダサいグッズ持たせない思考らしい。
KAT-TUN自身も魅力的だが私が思うにファンも魅力的。ジャニオタには珍しいくらいさっぱりしてて且つギャグのセンスが高い。これは昔から変わってない。KAT-TUNに対して多くは語らないが心の深いところで自分たちが観ているものに自信と誇りを持っているんだと思う。
ジャニーズは嫌いじゃないけどジャニオタって何やら面倒臭そう。
そう思ってる人は少なからず居ると思う。自身もジャニオタだがジャニオタは考えたり感情的になったり好意を語ったりするのが大好きな生き物だ。そんなこと考えずにただ、エンターテインメントを楽しみたい、魅せられるだけでいい。そんな人は今のKAT-TUNが置かれている環境を丸っと含めて最高の場だと思う。
ジャニオタにも、ジャニオタじゃない人にも、今のKAT-TUNを観ておいてほしい。
結成当時からデビューまでを見届け、ジャニオタを降り、5年の空白を経て現在嵐のファンとしてジャニオタライフを楽しんでいる自分自身へ宛てた文章。
最近パーナとかアラシックとかハイフンとか、ジャニヲタが何かと話題に上がってるようなので各グループのヲタの特徴をまとめてみる
サンプルは自分の友人・知人、彼女らのTwitterやmixiで見える界隈のようす、あと自分が行った現場での印象。
※基礎用語
担当:ファン。○○担というと○○のファンという意味。自分の担当のタレントのことを「自担」、ファンをやめて降りることを「担降り」等の派生用語多数。
Jr:いわゆるジャニーズJr.のこと。デビュー予備軍で主な仕事は先輩のバックダンサー。
スマは日本を代表するアーティストで特別で別格だからジャニーズがどうみたいな狭い範囲で評価しないでくれますかね?嵐?あぁまだまだでしょスマの模倣しかしてないし?みたいな上から目線のおばさん。偉いのはSMAPであってヲタではないのに全般的に後輩タレントに対して超上から目線。
長らく他のジャニーズとの表の場での共演や交流が絶たれていたたためジャニーズの流行り廃りとか関係ないSMAPがオンリーワンでナンバーワン!
…とか本気で信じてるふうだったわりに単に免疫がないので、いざキスマイや山Pとかと共演を始めるとSMAPを慕ってくれる後輩が可愛くてしょうがなくなってたりもする。
希少種。たぶん現在のヲタ実数ではデビュー組で一番少ないんじゃないか。
DASHもトキカケもいいんだけどあれじゃヲタはつかないからたまにはアイドルらしいことしてくれてもいいんだけど…いいんだけど一般人気が安定してればテレビには出れるからまぁいいか、と諦めてる。
主力層はぱっと見常識も良識も財力もある働くお姉さんたち。ただしその内実は余裕で10年以上ヲタやってるので一般的な価値観とは少々異なっていることにも自分で気づいてはいる。例えばカミセンは若くて可愛い天使だとか(全員30超えているのでどう考えてもアイドルとして若くはない)
数年前から徐々に増えてる若い新規ファンも基本的には歓迎していて親切だが、時折出てくる「ブイは(他とは違って)こうだからさぁ」「ブイヲタは(他とは違って)こうだからさぁ」っていうカッコ内の自意識がめんどくさい。
futari信者6割・光一様親衛隊のばばあ3割、シャーマニッポン1割。
futari信者はfutariこそ運命で宇宙で究極で至高で世界、っていうファンタジーを信仰してないとやってらんない。
光一様親衛隊の皆様は2chで言うなら鬼女。ちょっとTwitterで光一様を褒めると5RT15FAVくらい即効つくので☆乞食にはオススメだよ!
ファンクラブ会員数がジャニーズ内で唯一100万の大台に乗っかっている、数的には間違いなく最大派閥。たぶん今140万くらいかね?
内訳は大体3種類
『クソサブカルな嵐はもういない。そんなことわかってるけどでもだって。新規は死ね。』
・中堅(08年~10年くらいまでにファンになった)
『嵐ってかわいくて(30超えたおっさんです)超仲良くて(仲良くなくても仕事はできます)歌もうまくて(正気か?)ダンスもうまくて(これはまぁまぁ)やっぱ嵐さん最高だし!そんな嵐さんのヲタであるわたしたちアラシックも最高!新規は死ね!』
・新規(11年以降くらい)
『えっ古参とか新規とか関係あるんですか?みんな嵐さんが好きなのは変わらないんだから差別良くないと思います!コンサートにJrがいる意味とかわかんないし、昔の話とか聞いてもわかんないです!マナーとかもファミリークラブからは言われてないですよね?勝手に決めないでもらえますか?』
やや希少種。気分は取締役の夫の帰りが遅いことに寂しさを募らせつつも夫の立場もわかってるから耐えるわ…!な妻。
コンサートや舞台で今回もよろしくおねがいしますとか言ってくるJr担うざいとは思ってるけど、Jrがいないと席が埋まらないこともわかってるから表立っては言わない。耐える妻。
10年やってるグループだけど主力層はここ数年で入ってきた若年層。いわゆるパーナさんとはここのことを指すので間違ってもこれより上のグループのファンをパーナと呼んで刺されても知らん。
4人になって><NEWSがんばってるから><わたしたちはNEWSの味方だから><山Pは悪くないよ><
山下の顔が可愛ければだいたい世界は回ってる人たちだろたぶん(※筆者が実サンプルを知らないので詳細はわからん)
本人たちの隠しきれないヤンキー層育ちの気配に引き寄せられてやってくるヤンキーなりそこね。
あたしたちeighter、最強のeighter。エイトを信じてれば間違いなんてないから。…これくらいは真顔で言う。
ハイフンはKAT-TUNを繋ぐ絆!って誇らしげに叫んでる、いや、いた。もう安易に言えなくなっちゃったね?そもそもが2011年に世間で流行した「絆」と同じうすっぺらさの「絆」だったけどね?
たぶん今後は「道が違ってもわたしたちは応援するよ><」モードの連中ばかり残ると思うのでカツンは新規獲得がんばってください。
涼介担歴3年です☆どんどん絡んでください☆なリアちゃんと、じゃんぷちゃん世界一かわいくてかっこいいよおじゃんぷちゃんを評価しない大人が間違ってるよおおおおなモンペの2種。
声がでかくてうっっるせええのはリアちゃん、金と実権握ってるのはモンペ。
テレビに出てるキスマイを見てテレビで言われてることを信じてテレビに出てるキスマイを生でも見てみたくて現場に来る層。現場は自宅の茶の間でないことを忘れている。古参もいるけどどこにいるのかすらよくわからんくらい新規の波がすさまじい。
リアちゃんとモンペが存在している点にかけてはJUMPに近い。
ただセクゾン自体のグループとしての形が不安定なのもありこっちのリアちゃんの方が心変わりが早くてすぐ降りるしこっちのモンペの方が若干ドライ。
一番最近デビューしたグループなわりに、新規流入が緩やかなのでプロぶった古参が幅をきかせている。だからプロなのは本人たちであってヲタじゃない。
古参なので胸の前で手を組んでキラキラした目でステージを見るポーズが似合わない年齢に掛かってることに気づいてんのかいないのか。
ひとくちにJr.と言ってもいろいろいるので誰のヲタかによって大きく違うけど、大雑把に言えば現場がないと死ぬタイプと上昇気流に乗ってたいタイプと育成に快感を覚えるタイプと純粋なショタ。
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一週間前にむしゃくしゃして書いたやつが突然Twitterであちこちから(ジャニヲタじゃない方面含めて)RTされてきてびびったwww
>千賀さん居ない事になってる
すいません訂正しました
世論じゃなくヲタです、クソDDですすいません。とはいえ担当とか元担とか推しとかもあるんで全然客観視じゃないです。
>赤西は?
素で忘れてましたすいません。でもこれも身近にサンプルいないしソロになってから現場行ったことないんだよな…Twitterで見る限り腹をくくった我が道を行くお姉さんとどっかとかけもちでとりあえず片足引っ掛けてる子といる気がする。
>嵐は07で古参なの
あー…サブカル浸ってたのは05くらいまでかなー…なんか増加の傾向からしてこれで3等分かな?って思ったんですけど、性質的には~05(古参)~07(中堅)~10(新規)11~(ド新規)くらいっすかね?
>エイター雑じゃね?
正直この辺からめんどくさくなってますすいません。あとエイトは個人的にブランクがあるので流れが追えてない。
じゃぁ…ヤンキー(古参)と虹色宗教(07年~)とミーハー(10年~か11年~)かな。
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10/22追記
丸パクリのクソまとめ(>http://matome.naver.jp/odai/2138232333764019801)されるのもはじめてでどうしよう…
こちらは参考になりましたありがとうございました。勉強します。
>http://matome.naver.jp/odai/2138227698438256701
これはさすがにJフレ大戦争が起こりかねないうえにたきつばやNEWSエイト筆頭に後輩も結構攻めこんでくるから早く島に逃げた方がいいと思います。
http://www.oricon.co.jp/music/special/2010/musicrank0624/index02.html
http://contents.oricon.co.jp/music/special/2010/musicrank0624/index02.html
もうね・・・