はてなキーワード: 動物病院とは
あー心当たりあるわ
俺さ、きったない死にかけの仔猫を拾って目ヤニ取ったりケツ拭いてうんこさせたりするのが好きなんだよ
小綺麗になって人間に心を開いたら貰い手募集して譲渡してまたきったない仔猫拾うっていう一連の猫版プリティウーマンが趣味
優しい彼くんと違うのは猫相手なのと人並みになったら嫁に出すこと
でも一匹だけひどいのがいたんだ
目ヤニも鼻詰まりもひどくて、どれだけ獣医の薬を飲ませて手をかけ金をかけ療養しても治らない
鼻が詰まってるから普通の猫以上に口が臭くて、抱き上げるだけで顔周りが臭い
骨格から目の大きさから何から何までブッサイク、どれだけ愛情を注いでも固まってシャーとも言わないで固まってる
抱き上げるとは書いたけど動物病院に行く時くらいでアームガードしてなきゃバリバリ血まみれになるぐらい引っ掻く
メスだけど自然淘汰のトータって呼んでる、最初は別の名前だったんだけどな
生まれたてで拾って、打てるワクチン全部打って避妊手術も済ませる年まで育てたけど懐かなかった
ああこいつは無理だな、一生うちにいさせるしかないかって思ってたけど、何十回目かの枕ウンコされた日に糸が切れた
トータは愛情不足だから、トータには俺しかいないからと一生懸命やってたんだけど、亀裂の入った器に愛情注いで報われないのに疲れたんだ
その日からトータって呼び名にして、折しも仔猫の捨てられるシーズンだったので普通の死にかけの仔猫を引き取った
メンヘラ彼女と違って捨てる訳にもいかないから今までの猫部屋を明け渡して別の部屋を新しい仔猫部屋にした
トイレも覚えて小綺麗に育った新しい猫が育って譲渡が決まった頃、トータを人にやった
同時進行だったけどトータのほうはいつもみたいな譲渡相手の吟味はしなかった
とにかく顔も見たくなくなってた
多分お前の彼くんも同じ感じだったろうな
この間書いた増田が伸びた。
炎上方向で。
しかも、こちらが言おうとしていたことは関係なしに、ちょっとした言葉の揚げ足を取って一方的に悪者扱いされた。
ほんの一握りの人は、言わんとすることは正しい。とコメントしてくれたけど、そんなんで炎上の勢いは止まらなかった。
それで思い出したのが、小学校の時、学校に来る途中で猫を拾ってきた友達の話だ。
そいつは拾ってきたにも関わらず、自分では飼えないから俺に飼えと言ってきた。
猫は好きだがもちろん我が家でも飼えない。
だから「自分で飼えもしないのに拾ってくるのは無責任ではないか」と言い返した。
そいつは自分のしたことを棚に上げて、俺のことを人でなし扱いしてきた。
「あのままなら死んでたかもしれない」「なんとかしようと考えるのが普通だ」「親に相談もしないで断るお前のほうが人でなしだ」
人でなし認定はあっという間にクラス全員に広がり、全員から止めどない罵声が投げつけられた。
「そんなことは言っていない。ただ、家では飼えないといいたいだけだ」
その時の猫がどうなったのかは覚えていない。
大騒ぎの教室に先生が入ってきて、大泣きをしている自分を教室から連れ出したところで記憶は止まっている。
炎上した増田の真意を伝えようと、どれだけ追記しても(改変は違う気がしたのでしなかった)一度ベクトルが否定に向くと誰一人としてその意図を汲んでくれようとはしなかった。
そりゃそうか。これだけ炎上している内容に正論を書いたところで火消しどころか火傷しかねない。
20年ぶりに酸っぱい記憶が蘇ってしばらくの間、嗚咽とゲップが交互に止まらなくなってしまった。
ある日一人で遊んでいた時の話だ。
声の方に行くと、なんと目の前で子犬が車に轢かれていたのだ。
幸いにも軽く乗っかられた程度、子犬は意識があり弱々しく泣いていた。
便をしているときに轢かれたのか、出血はなかったが、便をタイヤで轢いたあとが道路に点々と伸びていた。
小学生だった自分には、この犬を病院に連れて行ってあげるお金も行動力もない。
しかし、何を思ったか、そのときはこの犬を轢いた人なら、車もあるし経済力もあるし、病院に連れて行ってくれるだろうと思ったのだ。
心優しい大人が、たまたま子犬を傷つけてしまったことに気づいていないだけだと考えてしまったのだ。
早くなんとかしなきゃいけない一心で、家に戻るよりもそのほうが早いと考えて、子犬を抱えたままタイヤの跡を追いかけ始めてしまった。
そうして何軒目かにタイヤに便のついた、ボンネットがまだ温かい黒いセダンが止まっていた。
急いでインターホンを鳴らす。
出てきたのは口ひげをはやした強面のおじさんだった。
ドスの利いた声で「何だよ」と一言。
しどろもどろになりながら、犬が轢かれたこと、その時の便がタイヤについていたこと、自分はお金がなくて、車を運転している大人ならなんとかしてくれると思ったことを早口に伝えた。
しかし、そのおじさんは一言。「知らねえよ」とだけいうと、ドアをバタンと閉じてしまった。
その時はじめて、自分は間違ったことをしたのかもしれないと思った。
もしかしてと少しの希望にすがりたい一心で振り向いた自分に浴びせられた言葉はより絶望に突き落とすものだった。
「お前、公園にいたガキだろ。顔は覚えたからな。親に余計なこと言ったらどうなっても知らねえぞ。」
子犬は両手の中で苦しそうに寝息を立てていた。
泣きながら走って家に帰ると、玄関から母親を大声で呼びつけた。
何事かと走って出てきた母の顔が、手のひらの子犬を見てあからさまにこわばる。
嗚咽とゲップを繰り返しながら事情を説明するも、母の眉間のシワは深くなっていく一方だった。
最後に声を振り絞って、「この犬、うちで飼ってもいいかな?」と尋ねる。
それには答えず、「とりあえず動物病院に行きましょう。」と母。
そうしてどれくらいの時間が過ぎただろう。
ニッコリとした顔で、「お医者さんが大切に面倒を見てくれるそうよ。」とだけいうと、こちらの返答を待たずにそそくさと病院から出るように促された。
帰りの車内、母親はしきりにそのほうが子犬にとって幸せだとまるで言い聞かせるように同じ話を繰り返していた。
その時、うちでは絶対に動物を飼うことはできないのだと、子供ながらに悟った。
大げさな話をすれば、今の自分では命を救うことはできないと悟ったのだ。
そんな機会すら与えられず、自分は人でなしの烙印を押されたまま小学校生活を過ごすことになった。
今更どうせもう誰も覚えていないだろう。もはやこんな記憶は自分を苦しめる以外に何の役にもたちようがない。
まさかそんなことを増田の炎上で思い出すことになるとは思わなかった。
その時の出来事は忘れていても、その時の大人や同級生に対する嫌悪感は忘れることすらできずにべっとりとこびりついていたのだろう。
10年くらい前に「TV見ない」とかいうと、顔真っ赤にして怒り出しす人多かった。本当は必要がないことを本能が理解しているものの、自分の生活の一部となりアイデンティティになっているので、否定されると自分が攻撃されていると勘違いして激怒するのがその特徴です。
「Googleとかなくても調べ物できる」
なんて発言があるとして。この言葉にはほとんどの人は「へーそういう人も居るかもね。おれは使うけど」
「スマホは必須だろ!どうやってYoutubeもGoogleもない生活をするんだ!そんな原始人みたいな生活をするだなんてお前はよっぽどの貧乏人で暇が有り余ってるんだなwwwwww」
とかいうキレ方する奴見たこともないし、ちょっとこんなテンションの人が出てくるの想像しづらいです。
まぁPCけなしたら怒る人は若干いそうだけど
ところが次の斜陽テクノロジーとかに使うとブチ切れる人は出てくるのでは
零細企業や業界によってはFAXがデファクトスタンダードなの知らないの?
ペット飼わないの?ペットのかご抱えて動物病院まで歩いていくのwwwww
じゃあ勝手に草だけ食ってろ
かわいそうに本当に美味しいお肉を食べたことが無いんだ
このての怒ってる人って自分がなんで怒ってるのか理解できてない感じする
そこが悲しいよね
何されてるの?継がないの?みたいな質問な質問めっっちゃされるけど、若干鬱陶しいと思い続けて出した対処法を書く。
親は会社員です、というと何されてるの?同じ業界に入るの?って聞く人ってそんなにいないのに、自営だとめっちゃ聞かれるのって変じゃね?と思ってるんですよ。
最初のアイドリングトークというやつや!と言われるとそうなんだろうけど、言われる側は飽きてるし、親の職業で「へーすごい」だの「えー意外」だのってアイドリングトークにしたらツッコミ過ぎてない?と感じていたのでずっとうまいこと回避したいと思っていたのだ。
ちなみにすげぇくだらない。でもまぁ今のところ有効だから書いていく。
家業に誇りをもっている人は普通にありのままを言いたいだけ言えばいいが、ちょっと偏見を持たれやすいとか、ほんとはそうでもないのに過大評価されやすい仕事だったりでうんざりしている人が参考にしてくださればうれしい。
最終的に内容をぼかしたまま終わり、継ぐかとかそういう話に持っていかせないようにするのがゴールと定める。ではスタート!
「何されてるの?」と聞かれれば
①店舗型をとっていれば「店です」
芸術系、第二次生産業、農業なら「自分で作ったものを売ってます」という。
町のどうぶつのお医者さんという感じでやらせていただいている。
だいたい「獣医です/動物病院です」と言うと「すごーい!実家お金持ちなんだね!」みたいになりがちだが、べつに金持ちでもなんでもない。貧乏でもないが普通の家である。この文章ですでにイラついた人もいるだろうが本当なのだ。父は現在64歳だが同世代の大卒おじさんがもらう平均金額をちょっと下回ってるくらいである。
継げる可能性も継ぐ気もないのであまり詳しくないが6年制の大学に行き国家試験にパスして2.3年インターン修行が必要な職なので、脳がバグって急に試験にパスできるほど勉強ができるようになっても私は継ごうとは思わない。単純にだけ考えたとしても時間がかかりすぎる。
このようにマジレスすると、今読んでいるあなたのように大体の人がイラッとする。結局自慢やんけ的な。いや、親の職業だぜ?私の人生じゃないんだぜ?
まだまだ自営のデメリットはあるがとりあえず進める。
店ですというと大体なにかの小売り業を想像してくれる(人が多い)。
「自分で作ったものを売ってます」というと何らかの生産業なんだなと思ってくれる(はずだ)。
結局このエントリでいいたいことでもあるがステレオタイプすぎる、もしくは思っていたものじゃない(ステレオタイプではない)仕事に異物感、特別感を感じて言及されることにうんざりしていると近いニュアンスを持つので、相手のほどよい想像力に任せるのがいい。
進めていく。
「どんなお店?」「何を売ってるの」ときかれたら
②店の形状を言う。販売経路を言う。
私の場合、「店舗があって、その二階に住居がある、よくあるような店です」と答える。
何かを作ってる場合は「作ったものをうってくれるお店(場所)があって、そこに置いてもらって…って感じです」とか
どんなお店って質問には答えているが意図的にはずしていく。何を売ってるのって質問にはちょっと外しすぎかもしれないがどうやって売っているのか答える。
この辺で親切な人は「あ、あんまり聞かない方がいいのかな」と思ってくれる。こうなるとミッション成功である。60~70%くらいの人はこれ以上聞いてこない。
それでもなお「パンとか?」「野菜とか?」アキネーターになる人には、そのジャンルだけ言う。
ここまで来るともうあんまりぼやかせてないがジャンルが当てられた場合は「そんな感じです」と言っておく。あくまで笑顔で言っておく。
私の場合は「サービス業というか…まぁそんな感じです」というと相手は何らかのサービス業系個人商店を想像してもらえてると思う。居酒屋とか用品店とかだろうか…
ここまでくるとよほどの首突っ込みたがりじゃない限り家業に言及されることはないと思う。ここまでぼかしてさらに知りたがる人はそれはそれで厄介な人なので今後も色々な個人情報をぼかしていた方が無難とも言える。
ぶっちゃけ別に知られてもいいけど、その後の儲かってるんでっか?継ぎはらへんの?というようなトークはほんとうに反感やら誤解やらネガティブなものしかもたらさないので話さないのが吉なのだ。
人間の医者とかじゃなきゃ自営でめちゃめちゃ儲かってるとこなんてほんとに稀なんじゃないか…?
タイトル通り。
元々祖父宅で飼ってる猫が保護猫だったこと、ペットショップでの生体販売に抵抗があったこと、生体の額も高いことがあって保護猫を引き取ろうと考えていた。
コロナ禍のため保護猫探しはネットで行ったが条件が想像以上で結局挫折した。その吐き出し。
主に断られた理由は下記の通り。
①猫のお留守番時間が長い(1日7.5時間勤務で通勤や残業を考慮すると平均留守番時間は10時間)
③独身(今後のライフイベントで猫が買えなくなる可能性がある)
④転勤がある
⑤部屋が狭い(1K11畳)
⑥多頭飼い不可だと猫の社会性が育たない(住居の規定で1頭まで、また多頭飼いはもう少し収入を増やしてから行いたい。)
まあ、ここまでであれば多少納得もするのだが、私がクリアしたその他の条件としては下記のようなものがあった。
⑨未就学児がいる場合不可
⑩60代以上不可
ここで気づいてしまったのだが、ここまでの条件を揃えると下記のようになる。
「未就学児のいない50代までの夫婦で、夫婦どちらかの家の滞在時間が長く、転勤の可能性もなく収入も安定してること」
今時のダブルインカムが当たり前の日本でそんな家庭はごく一部だと思うし(これから在宅勤務が増えるかもしれないが)この条件は元から譲渡する気がないのではないかとすら思ってしまった。
もちろんもっと条件の緩いところもあったが、途中から独身は…転勤の可能性は…と断られることもあった。
しかも場合によっては結婚の予定や銀行の残高、勤務先名を聞かれることもあった。
また、猫のためには仕方ないと思うが猫の譲渡の際は性別未定のスタッフが家を訪れるとのことだった。正直女性の一人暮らしでそれは怖い。
結果として、私には合わないシステムだと思ったのでブリーダーさんから譲渡してもらうこととした。
ブリーダーさんにも上記の理由で断られたらどうしようや、上記の理由がある自分は猫を飼うのにも向かないのではと不安になったが、ブリーダーさんは親身に相談に乗ってくれて今度猫に会いに行くことになった。
言い方は悪いが、医療費等のみだけで譲ってもらえる保護猫と、20万程度で譲ってもらうブリーダーさんの猫では虐待されるリスクの高さが違うことは分かるので、保護猫を守るためのシステムとして理解はした。
しかし今回の件で保護猫を飼わない人間には自分のような人もいるんだなと理解した。
【以下追加】
いただいたコメで地域や団体によっても条件が大きく異なることが分かったので、参考までに私の状況を書いときます。
1匹で留守番の時間が長いこと、本来の親離れ時期を考慮し、生後4ヶ月以降、できたら1歳くらいの猫を探していました。
あと私の好みでできたら真っ黒か真っ白な猫。
・野良猫→実家、新居共にほぼ見かけない、見かけてもすぐに逃げてしまう
・動物病院→実家の犬がお世話になっている病院はいなかったらしい
・保健所→私の住んでる地域は保護猫0で代わりに保護団体のリンクが複数貼ってあったので、公共のHPに記載のある団体なら安心かと考え、その中の団体を2つ利用して複数の猫について問い合わせ。結果は書いた通り。
コメから得られた反省点は下記の通り。今後、また保護猫を迎えようとする時は参考にします。
・他の地域の保健所、地域のHP以外の保護団体、猫の里親HPに掲載されている保健所収納猫についても調べるべきだった。
このhttps://anond.hatelabo.jp/20200815153451
エントリーを書いた。
以降のことを記す。
まず、インターネットで調べると、「火葬まで家においておける目安は夏場なら〇日~〇日、冬場なら……」的に書いてあるが、ぶっちゃけ真夏は無理だと思った。
金曜日の夕方に死んで、処置をしてもらい、6時ごろに連れて帰ってきてから、彼女の定位置だったリビングのソファー脇に棺を置いた。
既に土曜には獣臭が臭う!!
②私が少し嗅覚過敏の気がある(現に、夫はかなり近づかなければ分からない、と言った)
以上の理由はあるにしても、保冷剤(特大)を、本人の上と棺の下から当てて、冷房をガンガンに効かせても、次の日の夜には体内からなんかいろんなものが染み出てきちゃってるのか、臭いはした(ので、本人に「ごめん!!」と言いながら消臭剤を棺の横に置かせてもらった)。もし、動物病院での処置がなく、家で看取った場合は、さらに体の傷みも加わってくるだろう。3日以上家にいてもらうなら、ドライアイスは必須だと思う。かかりつけの動物病院に連絡すれば、業者さんを教えてもらえるはずだ。私の場合は、日曜の朝には火葬の予約が取れたのでもう使わなかったが。
土曜日、前回書いた通り、無理くり足型を取って、夕方に花を求めに行く。お盆で、街中の個人商店が軒並み休みで閉口する。駅ビルの中の生花店で、立派な白百合とヒマワリ、あとは隙間埋め用に、「お買い得品」になっていた、淡い色のバラの纏め売りを買う(どうせ次の日には燃やしちゃうわけで)。長さだけ持ちやすくしてもらい(どうせ次の日には以下略)、帰宅。
他に本人に何を持たせるか…と思ったときに、家族写真を持たせようと、LINEでネットプリントに登録し、コンビニで印刷(ただし、業者によっては普通紙でないと一緒に焼いてもらえないようだ。写真用紙にはしないことをおすすめする。どうせ次の日には以下略)便利な世の中になったもんだ。封筒に入れて、彼女の似顔絵を描く。字が読めなくても、これなら分かってくれればいいのだが。
日曜日の朝。棺に、いつものタオル、お花、お弁当(彼女は、『ドライフード原理主義者』とも言うべき、強硬なカリカリ派であった)、封筒を入れる。外は災害級の暑さ。こんな日に彼女を外に出そうものなら、すぐに舌を出して、家に戻ろうとするような陽気だ。
炉が乗った移動火葬車を使うという。屋根のない駐車場がある家なら、出張もやってくれるらしい。そんなのがあるなんて初めて知った。
最後に抱っこしてお別れしてくださいと言われ、なんだか棺から出すのが今まで躊躇われていた亡骸を抱き上げる。冷たくて硬い彼女を撫でて、(マスク越しだが)たくさんキスをする。いつも、チュッチュチュッチュしても何にも文句を言わずにされるがままの犬だったので、冷たくて硬いことだけがいつもと違って、『ああ、この毛皮の中にもう彼女はいないんだな』と思う。でも、そこに姿形がある名残惜しさ。
「またね」と、言った。
1時間ほど、近くで時間をつぶして戻ってきて、暑い中、まだ熱い炉の前で汗だくになってお骨を拾う。業者さんは丁寧に骨の説明をしてくれた。手元に残す用のカプセルには、綺麗に焼け残っていた歯と、しっぽの骨をひとつ入れた。また、骨を形のまま収めるかパウダー状に加工するか決めかねていたのだが、骨のままだと煤などが原因になってカビになる可能性があること、パウダー状にすればまんべんなく水分が飛ぶので長期的な保管状態が良くなる、という説明を受け、今までなんとなく抵抗があったのだが、合理的なさらさらの状態にして骨壺に収めてもらうことにした。
思ったよりももうふたまわりくらい小さな覆袋を抱いて、家に戻る。やっと、リビングの冷房の設定を27度にできる。彼女の定位置の敷物にお骨を置く。
気持ちの区切りがついたと同時に、やっと、寂しさがこみ上げる。もう、彼女はいない。毛皮も、ない。
人間と同じように7日は魂がこの世に残るのだろうか、と最初は思ったけれど、いっそそうでない方がいい。病気だらけの毛皮を脱いで、身軽になって、軽やかにいぬのくにに帰っていくといい。
そしていぬのくにのかみさまの膝にぴょんとして、「たのしかった!」と言うといい。
きっと彼女ならそうするという自信が、私にはある。
タイトル通りだ。
飼っていた犬が死んだ。
おっとりして、抱っこされるのが好きな犬だった。
事故ではなく、ずっと患っていた病気がじわじわと進行して、亡くなった。
いつかはくると分かっていたつもりだったが、突然過ぎて、『あぁ、こんなにあっさりなのか』と思った。
今日書いておきたいのは、突然、飼い犬を亡くして直後からのやったことと、やる予定のことについてだ。
死んでる描写があるので、悲しくなってしまう人は読まないでほしい。
でももしかしたら、誰かの役に立つかもしれないので書き残しておく。
まず、恐らく彼女は、動物病院に向かう私の車の中で息を引き取った。
ようやく到着して診察台に寝かされたときには、脈も血圧も触れなかったと、先生が言っていた。挿管しても、心臓マッサージをしても、意識は戻ってこないだろうと言われた。
温かい彼女と別れを惜しんで、先生に「お見送りの準備」をしてもらった。
まだ体が固まらないうちだったので、体を拭いて、ドライヤーとブラッシング、エンバーミング的なことをして、スムーズに棺に収めてもらえた。
火葬まで、保冷剤(できればドライアイス)で冷やしておくことを指示されて、帰宅。
次に、去年猫を亡くした友人に、ことの次第を話し、利用した民間のペット葬儀業者を教えてもらった。
ネットで調べると、市の動物愛護センター(こういうのは決まって郊外の山の中とかにある)しか出てこなかったので、近いところが見つかって助かった。
すぐに業者に連絡、次の日を提案されたが、「まだ心の整理がつかないので」と、2日後を予約する。この判断は正しかった。言われるがままになってはいけない。
猫はいいのだが、犬の場合は登録があるのでここを怠ると来年の狂犬病の予防接種案内が来てしまう。
とりあえず、手続き的なものはここまででいい。墓はまだ考えていない。いいところを見つけるまで、家に置いておくつもりだ。
私には、火葬までに取り急ぎやりたいことがあった。
元々、犬の足型を取りたいと思ってネットショッピングを見たりしていたのだ。
しかし、明後日には火葬。ネットでは間に合わないかもしれない。
そこで次の日、西○屋と、ア○チャンホン○に行った。
予想通り、生まれたときの手型·足型をとるフォトフレームセットが売っている!ビンゴ!
家に帰って早速、保冷剤でひえひえ、ガチガチに死後硬直の犬を夫に持ち上げてもらい、四苦八苦しながら粘土に足型をとった。(肉球以上に、爪がめっちゃ刺さって、なんか思ってたんと違うのできた)
余談だが、私は彼女の鼻が大好きだったので「鼻型も取りたい」と主張し、試しにやってもみたのだが、出来栄えが微妙な上に、夫から「さすがにそれはどうかと思う…(鼻に粘土押し付けるのが)なんかかわいそう…」と言われたので、足だけでガマンすることにした。
ちなみに、死後硬直は思っていた以上にカッチカチだったので、犬の足型は生きていて元気なうちに取ることをおすすめしたい。
また、活発さに欠けたうちの犬は特に持っていきたいほどのおもちゃもなさそうなので、犬の天国までのお弁当がてらのフードと、お花をたくさん入れてあげようと思う。
散歩に行くと、草むらで目を細めて、彼女はよく風を見ていた。鼻を上げて、まぶしそうに。
うん。花屋にひまわりがあるといい。きっと、彼女に似合うだろう。
あとは、来月のトリミングのキャンセルがてら、お世話になった個人のトリマーさんに手土産と、ひと袋未開封で残ってしまったペットシーツを差し上げに行こうと思う。
明日、彼女を荼毘に伏す(と、犬畜生でも表現していいものなのだろうか)。
きっと泣いてしまうが、仕方がない。
猫を飼っていた。
我が家の可愛いペット、チョコ(仮)は21年前、生まれてすぐ動物病院の前で捨てられていたらしい。
里親を探していたのでペットを飼ったことがなかったうちが名乗りを上げた。
毛並みが茶色いことから、母がチョコと名付けた(本当は違う名前だけど、名づけはまぁこんな感じ)
最初は全く懐かなかったが、年月を重ねるごとに漸く膝の上に乗ってくるまでにはなった。
大きな病気はしなかったが、だんだん食事量が減り痩せていった。
21回目の誕生月を迎えた頃、怪我をしてしまったので動物病院に連れて行った。
そこで栄養注射も打ってもらった。猫の21年は人間で言う100歳超えらしい…と知ってますます愛しくなった。
さすがに老猫になり落ち着いてきたが、まだまだ元気でいてくれると思っていた。
今年も暑いらしいけど、一緒に頑張って乗り越えようね、っとチョコに言った。チョコはナーンと鳴いた。
それからケガの治療も終わり、今月に入ったころ急にご飯を食べなくなった。
色んなキャットフードを買い与えてみたが食べて2口…みるみるうちに痩せていき歩けなくなっていた。
動物病院に連れて行き栄養注射をしてもらうことも考えたが、以前注射をした時にものすごく嫌がったのと歳も歳だからついに覚悟をしないといけない時がきた、と我々家族も悟った。
栄養注射をすればもう少し生きたかもしれないが、恐らく数日延びるくらいだろう。
人間でいえばもう100歳超え、家族で話し合って精一杯世話をして看取ろうということになった。
が、人生の半分以上チョコと生きてきた私にとってはチョコの死を受け入れられる自信がなかった。
けど、食事量も段々減り最終的には摂らず、水も飲まなくなり…苦しそうには感じなかったが、多分数日間は意識がなかっただろうな。
息を引き取る前日の夜、ほぼ動かないチョコに「おやすみ、私達の為に頑張ってくれてありがとう。ずっと大好きだよ」と声をかけたらしっぽが動いた。
聞こえていたのかはわからないけど、その後1、2時間後に息を引き取ったと思われる(朝起きたら硬直が始まっていたのでそう推測)
昨日の夜、優しく沢山触れておいてよかった。お礼と好きを伝えておいてよかった(毎日言ってたけど)
覚悟はしていたけど、いざいなくなると穴が開いたみたいな状態で、これが俗にいうペットロスか…と初めて味わった。
見る度に泣いてしまうが、チョコが使っていたクッション、エサの容器やトイレはまだそのままにしてある。
もう声も聞けない、動いてる姿を見る事もない。膝の上に乗ってくることもない…。
朝は「行ってくるね」と帰ったら「ただいま、チョコ」と声をかけて撫でていたけど、もうそれも言えない。
別れは悲しいけど、チョコと出逢えて、21年間一緒に過ごせてよかったと心から思う。
21年、よく頑張ってくれた最愛のチョコ、うちの子になってくれてありがとう。
トイレをしたら鳴いて知らせてと言ったらその後必ず鳴いて知らせるようになった賢いチョコ。
ゲ○を吐いた後何故か隠れるチョコ(我が家では吐き逃げと言っていた)
手を近づけるといつもにおいまくってしつこいくらい舐めてきたチョコ。
約10日間、しんどかったね。安らかに眠ってね。
チョコの写真はいっぱい撮ってるけど、自分と一緒に写ってる写真が全くないんで(私が写真嫌いだから)
やっぱり少しくらいは一緒に写しておくべきだったな…とそれだけが後悔。
買い物をしに街に出たら、ヨレヨレの子猫を見つけた。
尻尾がボロボロで、顔も傷だらけで、ガリガリに痩せていて、毛皮はおそらく元は白かったんだろうけど全体的に膿や泥で灰色に薄汚れていた。
ちょうど最近YouTubeで子猫の動画を見るのにハマっていた。動画の子猫は小さいながらとても元気で、親猫に見守られつつコロコロ走り回っていてとても微笑ましかった。
そのヨレヨレの子猫も、動画の子猫と同じくらいの年頃に見えた。あたりを見回しても、親猫らしい存在は見当たらなかった。
このまま放っておいたら、ひょっとしたら長くないかもしれない・・・。
もうその時には、俺の頭の中には、そのヨレヨレの子猫の責任を持つ以外の選択肢は存在すらしなかった。
コンビニにいきチャオチュールを購入し、子猫を捕まえようと奔走した。しかし、ヨレヨレの子猫は警戒心が強くてなかなか捕まえることができず、しまいには狭い路地に逃げ込まれてしまった。
万事休す。
まあ、それがヨレヨレの子猫の選択なら、尊重すべきだ。俺だって救ってやろうなんて傲慢な考えはハナから持っていない。ただ、一方的に、ヨレヨレの子猫の責任を持ちたいと思ってしまっただけなのだ。
後ろ髪ひかれる想いで路地を見つめていると、近隣住民の女性から責めるような声で「あんたさっきからココでなにやってんの」と声をかけられた。泣きっ面にハチとはこのこと。警察なんか呼ばれたらたまらないので、正直にヨレヨレの子猫のことを話した。
すると女性の態度は一変。そういうことなら、と、猫のエサや網をご自宅から持ってきてくださり、捕獲作戦に協力してくれた。相当な猫好きの方らしい。そんなわけで、一度はあきらめかけた俺だが、もう一度ヨレヨレの子猫捜索に着手した。チャンスの女神から、「まだあきらめるな」と言われたような気がした。
しかし結局その後小一時間くらい粘ったが捕獲には至らず、俺と女性がすっかりあきらめムードになっていたところ、近隣住民と思しき女性その2が現れた。その1とは顔見知りらしく、その1から経緯を聞いたその2は猫の捕獲機を出してきてくださった。
いわく、「ワナをしかけといてやるから、かかったら連絡するよ。」とのこと。
俺はこの時、チャンスの女神から、「いいからこの子猫を飼うんだよ!!!」と言われている気がした。
それから数時間後、「かかった」と連絡をもらって、無事に子猫を受け取ってきた。そばで見ると、怪我の傷がなまなましかった。抱いてみると、手のひらに骨と皮しかない身体の感触が伝わった。
あらかじめもってきていたキャリーバッグにそっと入れてやってから、協力してくれた女性にしこたまお礼を言い、その足で動物病院に連れて行った。
見てもらうと、命に別状はないこと、しっぽが壊死していること、親とはぐれているあたり、弱視の可能性があることなどの診察結果を得た。その場で壊死した尻尾はきりとられた。俺は心臓が縮みあがった。抗生物質と消毒をもらった。
帰宅してから、ヨレヨレの子猫にミルクと離乳食をだしてやった。すると、こっちが驚くくらいの食欲で、一瞬ですべて平らげてしまった。切り取られたしっぽの痛みで食欲がなくなりやしないかと心配していたが、杞憂だったらしくホッとした。あんまり一気に食わせても胃腸の負担になると思っておかわりはさせなかったが、これからは毎日腹いっぱいくわせてやるからな、と俺は勝手に、誓った。
腹がはったヨレヨレの子猫は、めちゃくちゃ甘えん坊になった。ゲージにいれるとギャーギャー喚くので、戸をあけてみると、俺の膝にのってくるのだ。さっきまであんなに逃げ回っていたというのに、現金な子猫だ。
かなり汚れているし、結構臭うのだけど、その可憐なしぐさにあっという間にめろめろになって、においなんかわからなくなった。
傷に障らないよう慎重にヨシヨシしていると、気づいたら猫は寝てしまっていた。俺はまだどこかフワフワしているというか浮足立っていたので、日記を書いてみたというわけだ。多少落ち着いてきた。
それにしても、膝にのっているのも意識していないと忘れてしまうほど軽い。子猫なのだから当たり前ではあるのだが、それを加味してもガリガリすぎるし、カラスにやられたのかドラ猫にやられたのかわからんが顔も身体も傷だらけだし、しっぽの切り口は痛々しい。
こんな小さな体で、きっといつも体中が痛くて、空腹で、外敵を警戒しながら、ゆっくり眠ることもできずに、一か月以上一人きりで生きてきていたのかと思うと、胸が苦しくなる。しっぽを切るのだって、変わってやれるなら俺が代わってやりたいくらいだった。いまだって痛いはずだ。この子猫の痛みを肩代わりしてやれないことが今一番苦しい。
過去に黒猫を拾った時を思い出した。友人の家でみつかったあの子は、怪我や病気こそしていなかったが、まだ歯も生えそろっていないような年頃で、親はおらず、友人のあとをずっとついてまわったのだそうだ。友人のご両親は保健所へつれていけと怒ったらしいが、それだけなつかれてしまった友人は参ってしまって、俺に相談をもちかけてきたというわけだ。
なんとなく、トイレやゲージなど、一通り掃除はしたものの、処分してしまうのも、すっかり片づけて押入れの奥にしまってしまうのも気が引けて、定位置においたままにして数年が経っていた。
ほんとうに、処分してしまわなくてよかった。と、心から思っている。
この白い猫の名前を考えよう。
よくTwitterで見かける、発達障害、または精神病を患った女性が、生きづらさやそれをどう乗り越えているかを、コミックエッセイ風に綴っているやつ
に、ほぼ必ず、理解がありその女性を支えてくれる男性が登場するやつ
というのを非常によく見かける。揶揄する人の言いたいことはとてもよくわかる。
とっても生きづらいけど、良いパートナーのおかげで生きていけている、というのは、パートナーに恵まれない障害や病気を抱える人々を改めて絶望の淵に突き落とすようなものだ。
非常に一般的な考え方として、例外は必ずあるにしろ、基本的に、女性のほうが男性に比べ、恋愛的なパートナーを得る機会が多いのはおそらく確かだろう。その理由はいくつか挙げられるが、ここでは割愛する。
ゆえに、パートナーに恵まれ日常を送ることができている障碍者/精神疾患持ち女性という存在を見せつけられると、同じような状況にある男性のなかに、『では誰にもかんがみられることなく、パートナーに恵まれない自分たちは、どう生きていけばいいのか』と暗澹たる気持ちが生まれてしまうのは仕方がないのではないだろうか。
私の話をしよう。
私は女性である。そして発達障害者であり、精神疾患を持っている。
具体的に言うと、ASD優位のADHD、かつ、うつ病と解離性同一性障害の診断が下りている。
理系の大学院を卒業後、財閥系企業に勤めていたが、病状の悪化に伴い退職した。
そして離婚歴がある。
私の持つ障害と疾患は、両親からの虐待に由来する可能性が高く、主治医の所見もそのようになっている。私の両親は裕福で社会的地位のある人たちではあったが、あまり子供を育てることは得意ではなかったらしい。成人し、うつを発症し、自殺未遂後、弁護士を通して虐待の事実を認める旨、慰謝料を支払う旨、それができないのであれば縁を切る(ことは非常に難しいのだが)協議書を送り、その段階に至り、はじめて自分たちがしてきたことが客観的に虐待に当たると気づいた、なかなか能天気な人たちでもある。
この虐待由来というところがネックなのか、私の抱える障害と精神疾患は非常に根深いところにあり、もう10年近く投薬を続けているが、治るというよりもただ生きているだけだ。
さて、表題の話をしよう。私の人生において、障害や精神疾患を支えてくれるパートナーはいたかという話である。
結論から言うと、いなかった。これからも現れない気がしている。
そもそも、私は強い気分障害を持っているが、精神が不調の際は自ら抗不安剤(軽いものならソラナックス、リボリトール、ひどければヒルナミン)を飲んで、迷惑をかける前に自分をコントロールしていた。これはたぶん、両親による『人に気を遣わせるな』という強い教育が行き届いた結果だと思う。もちろんこの人という言葉には、家族も含まれている。
解離性同一性人格障害というのは、簡単に言うと多重人格のことで、現在この病名が診断されている患者はかなり少ない。最近は発作もあまり怒らないが、解離時、私にはなんの記憶もない。どこで何をしていたのか、ポケットに入ったレシートや、体についた汚れや傷、SUICAの履歴など、いろいろなものからなんとなく推理するしかない。でもそれがとても怖いともあまり思わない。発作が起こるタイミング、シチュエーションは決まっている。そうならないよう、そういった状況に自らを送り込まないよう注意すれば、ある程度制御できる。
私は精神療養手帳も持っているし、飲んでいる薬の数も種類も途方もない数だが、それでいて、一人できちんと精神科に行き、診察を受け、薬を飲んで生活している。もちろん生活も一人だ。親元なんて考えられないし、世間体のためだけにした結婚は、結局相手が何を考えているのかわからないまま、かつ、相手も私がどういった人間なのかわからないまま終わった。
主治医はあまりこの状況をよしとはしていない。つまり、頼れるだれかが近くにいたほうがいいのではないかという話をされることもある。しかし私は、短い結婚生活のことを思い出す。いつも誰かがそばにいるのに、その人がひとつも自分のことをわかっていないという状態は、単純に一人でいるより何倍もつらい。元夫との生活の中で、私は何度も『大丈夫』と言った。ぐうぐう寝息を立てる元夫のとなりで、絶望が押し寄せてきて一晩中声を殺して泣いた。これではいけないと、元夫に私は何度か自分の話をしようとした。それはかなり勇気のいる行為だった。他人の精神がいびつになるに至る理由を、好んで聞きたがる人はいないし、そのあと慰めるのだって面倒だろう。もし、面倒がられたら、聞いてくれなかったら、と思うと、だれにも言えなくなってしまうのだ。
結果から言うと、元夫は私の話を聞いてはくれた。その間ずっとドラゴンボールかなにかのソーシャルゲームをスマホで遊んでいた。
最初から期待していない分、絶望も少なかったが、たとえ結婚していても、他人は他人であり、興味のない話を無理やり聞かせることはできず、自分のことは自分でけりをつけなければいけないのだとわかった。私は、元夫がしてくれる自分の話を聞くのが好きだった。それは元夫に興味があったということだろう。そしてその逆はなかったということだ。
ちなみに離婚の直接の理由となったのは、元夫の暴力的行為により、私が結婚前に拾いともに暮らしていたネコが、ストレス性の病気になってしまったことだ。ネコは家具が破壊される音を聞き、泣き叫ぶ私の声を聴き、壊れた箪笥を見、過度のストレスで過呼吸を起こし、自らのしっぽをかじり始めた。ネコの異状に気づき、獣医でそれがストレス性のもので、環境を変えるか、抗不安剤を投与するかしかないと聞くその瞬間まで、私は無気力のあまり離婚することすら考えていなかった。動物病院を出た私は、その日のうちに離婚届を手に入れ、元夫に書くように強制した。
元夫は渋っていたが、一連の暴力行為を私がICレコーダーに録音していることを知ると、あきらめたようにぐちゃぐちゃと署名をした。
おそらくこれを読んで私に好意的な気持ちを抱く人は少ないと思う。それは私が完全に自己完結しているからだと自分でも思う。私は折り紙付きの障碍者で、精神疾患を抱えているが、誰にも頼りたくないと思っているし、私が求めているものは、他人に求めるにはあまりにも重たいものだという自覚がある。
私はネコと暮らしている。ネコは私がいなくてもおそらく生きていけるだろうが、私はこのネコがいないと生きていけない。ネコは私の話を聞いて頭をなでてくれるわけでも、そっと抱きしめてくれるわけでもないし、「つらかったね」とかそういうことを言ってくれたりもしない。ただ生きていて、日向ぼっこをして、昼寝をして、ノートPCに向かう私の邪魔をチョコチョコとしてくるだけだ。
でもそんな存在を私は心から愛し、どの人間よりも深い信頼を抱いている。
誰にも愛されない、だれも愛すことができないと思い、絶望している、私と似たような境遇の人がいるとしたら、まずネコを拾うことを強くお勧めする。
みなさんは「もか吉」という犬をご存知でしょうか?5年ほど前のことですが、江川紹子さんの『家族の愛犬から、地域へ―― もか吉、ボランティア犬になる。』という書籍で取り上げられた一匹の犬です。
元々野犬だったという触れ込みで全国ネットのTV番組などにも何度も登場したようです。
昨春のこと。飼い主と和歌山市議に関する怪文書が市内に出回りました。和ネットというミニコミ系ニュースサイトの記事に掲載されているpdfがそれです。
http://news.wa-net.net/?p=9514
この怪文書は内容からして和歌山市議選絡んで撒かれたのは明らかで、読んだ当初は後援会の中でトラブルでも起きたのかと思いました。知る人ぞ知る怪文書王国和歌山では選挙に前後してこのような文書が撒かれることは異例ではありません。トイレットペーパーより沢山あります。
しかし、この文書が出たのちに飼い主は実際に逮捕されました。執行猶予付きの判決も既に出ています。
被害に遭った動物病院が示唆するところによると、飼い主は窃盗のみならず資格と経歴を詐称していたようです。
https://www.facebook.com/aruah2696/photos/a.191889608131825/356999144954203/
これは江川さんの書籍の前提が全て覆ってしまいます。最初から自己顕示欲ですべてが噓でしたとなっても驚きません。事実はなんなのでしょうか?
さて、和ネットではもう一人の登場人物を「有力市議」としていますが、誰でも調べればすぐにわかります。松井市議です。なんで犬と一緒の写真を選挙のポスターにしようと思ったのかセンスがよくわかりません。
https://www.facebook.com/matsuinorihiro/posts/2263464443925285/
http://news.wa-net.net/?p=9486
今回の事件については、基本的には、容疑者の飼い主と動物病院との間のトラブルで、その「有力市議会議員」は双方から相談を受ける立場にあった第三者であったという。
法曹でもない松井市議が支援者の窃盗事件の示談を仲介する意味がみなさんには理解できるでしょうか?
私にはわかりません。これで金でも受け取ってたら非弁行為の事件屋か何かでしょう。もちろん金を受け取ってるなんてことはないと思いますが。ないですよね?
一方で、和ネットによると松井市議は被害者の動物病院に対して「情がない」という趣旨の発言したそうですが、犯罪被害者が事実を警察に訴えるのは当然としか思えないのですが、なんだかよくわからない感覚ですね。
しかし、このコメントに謎を解き明かすカギのような話があります。というか市中でこの話は既に出回っています。
http://news.wa-net.net/?p=9494
市議会議員は選挙公示まえに動物病院に選挙妨害するなとか言いに行った見たいですよ。加害者と組んで善良な1市民を告訴したのですか?
とうてい事実とは思えませんが、これなら松井市議の態度の理由がよく分かります。双方から相談を受ける立場とはモノは言いようですね。要は市議という権威を笠に着て犯罪をもみ消そうとしたということになるのではありませんか?
これが事実なら示談がこじれて飼い主の逮捕に至った理由もよくわかります。私は事実じゃないと思いますケドネ。
松井市議によると、江川さんは飼い主と電話で話し合ったそうですから、この件の真相をご存知のはずです。いったいなぜこんなことになってしまったのでしょうか?
飼い主の自己顕示欲から、家族関係を壊して、メディアのおもちゃにされて、政治家の小道具にされて、犯罪と怪文書の原因となり、そして「もか吉」はどこへ消えていったのでしょうか。施設に送られて既に処分されているかもしれないという噂も流れていますが事実でしょうか?
江川さんは何も話していないようですが事態の全容を把握していらっしゃるはずです。この本まで4年の月日があったそうですが、この本からの4年について、本当に書くべきことがあるのではないでしょうか?
財布にいくら入ってるか気にしなくていい、というキャッシュレス決済ありがたみにやっと気づけた。
田舎で車文化だから交通系ICカードとか何?って感じで、IDとかedyとか聞いたこともない、キャッシュレスといえばクレカな文化。でもクレカは対応してない店が多かったり、対応してても、少額でクレカ使うのはおかしいとか恥ずかしいという謎文化があって使いにくい。
そんな感じなので動物病院とかは、いくらかかるか分かんないから多めに現金持って行く必要があったのだが、paypay導入されてその手間がなくなった。これは本当にすごく楽。
土日だと近隣のATMが閉まってて、遠くのATM行ってもお金を引き出すのが有料だし、あー……って感じだったけど、paypayあれば手間もないし手数料もないし。本当にキャッシュレスありがたい
俺にはひとり姉がいる。
姉は今年34歳になるのだが、無職で、親から仕送りをもらっている。
姉は1年前まで働いていた。
私大の文学部に一浪で入学。在学中、母親から「なんでもいいから資格を取れ」という言葉を無視して遊んでいた。
文学部というのは、就活で苦労する。母も文学部出身だったので心配だったのだろう、在学中に「資格を取ったら一時金をやる」と宣言。金で釣ろうとした。その言葉でやっと動いた姉は、なにを考えているのか色彩検定を受けてきた。曰く「これも資格だ」と。母は就活でプラスになる資格を取ってこい、というつもりで言ったのだと思うが、親心は何も伝わっていなかった。母は一時金を渡して、それきり資格資格と言わなくなった。
姉の就活は難航した。しかし、最後の最後で1社だけ受かった。そこそこお堅い企業の事務職。ほっとしたのも束の間、3年で辞めた。お局に虐められたらしい。母は「せっかく入ったお堅い企業なのに…」とガッカリしていたが、なんだかんだサッサと次の職場を見つけて、転々としながらも働いていた。
母はやたらと姉の進路に口出しするが、口出しせずとも姉は自分で自分の人生を歩める力を持っていた。ガンコで親の言うことは聞かないが、頭は回るし、口が立つし、仕事はできる。
何も心配することはないのだ。
そんな姉が、1年前、また仕事を辞めた。
その時はいつもと様子が違った。いつになっても、転職活動を始めないのだ。
無職中に結婚をした(!)。人の良さそうな旦那を見つけて、幸せそうにしている。
無職中にウサギを飼い出した。ウサギはすぐ死ぬ弱い生き物らしく、様子がおかしい時は深夜にタクシーを飛ばして動物病院に行く必要があるらしい。大変だ。
最近はゲームにハマっているらしく、デスストランディングの豪華版(2万円くらいする)を予約していた。
旅行も行く。ネットで知り合ったオタク友達と、脱出ゲームだコラボカフェだと、楽しそうにTwitterに写真をあげている。
俺は、姉貴は間違っていると思う。
しかし姉の遊ぶ金は、60を超えた親父がシニア枠でせっせと働いて稼いだ金なのだ。
うちは資産家なんかじゃない。父はただのサラリーマンだ。父は必死に働いていた。平日は残業のない日は無い。土日も電話一本で職場に戻る。腰を壊し、鬱になった。それでも働き続けて、早期退職を促されることもなく、今もシニアでせっせと働いている。
俺は、姉貴は間違っていると思う。
母は言う。姉の旦那はそこまで高給取りじゃない。姉の収入がないと家賃が払えないだろう、と。
なぁ母さん、それは、姉の人生なんだよ。
お堅い企業を辞めたのも、姉。
転職を繰り返したのも、姉。
働かないで、生活が苦しくなるのは、姉が選んだ道なんだよ。
そう電話で言ったが、「かわいそうだから」の一言があったのみで、母の考えを変えることは出来なかった。
最近ようやく「そういえばアンタ、休職続きだけどお金は大丈夫?」と聞いてきた(姉には辞めた月から仕送りしているのに)。
母は言う「そうね、アンタはしっかりしてるから」。