はてなキーワード: ヒーローとは
ディズニー長編アニメで何が好き? と問われたら挙げるくらいに『ムーラン』(1998年)が好きだった。
『ムーラン』は中国の伝承をもとにした話だ。老いた父に代わり男装して従軍し武功を立てるも地位は断り故郷に戻る。最も古いのは詩と言われ、民謡、戯曲、小説の題材になっている。
時代によってどこに力を入れて語られるかは変わってくる。女で軍功を立てる力強さを描くのか、家族への孝行を尊ぶものなのか、国への奉仕を宣伝するものか。
ディズニーでのアニメ映画化にあたっては女性の自己実現という方向で物語はまとめられている。
主人公のムーランは、女は家でおしとやかにしているべきという風潮になじめない。老いた父を助けるため男装して代わりに従軍することになるが男ほどの力はない。しかし彼女自身の強みである知恵と機転を武器に自分を信じ、自分らしいあり方、誇りを見つけるのだ。
挿入歌『リフレクション』が名曲だ。映画のわりと最初のほうに歌われる曲で、含む意味が全編に影響してくる。家の名誉のためには仲人に気に入られて良い家に嫁がなければならない。でも失敗してしまった、という状況を受けて「水鏡に映った着飾った自分は知らない人に見える。ありのままの自分の心はごまかせないけれど、本当の私はいつか映るのだろうか?」と吐露する。
その後男装して(=別ベクトルで自分を偽って)活躍するわけだが女であることがバレてしまう。で、色々あって男だとか女だとか求められる役割だとかじゃなく、自分であることがいいよね! って結論に至るのだ。
さて、ディズニーのヒロイン像というのは時代によって移り変わる。おしとやかに待っていれば幸せ(王子様)が訪れる初期ヒロイン、自我がありパワフルながらやはり幸せはヒーローが運んでくる中期ヒロイン、恋愛から解放された最近のヒロイン。
ムーランは時代的には中期ヒロインに位置づけられる。とはいえロマンス要素は淡い。アジアが舞台で自己実現が主題という点が特筆すべきところだろう。
その頃のディズニーの非コーカソイドを取り扱った映画というのはエキゾチシズムあふれると言うかアメリカ解釈エスニック世界と言うか、なかなか文化描写が大味である。ご多分に漏れず『ムーラン』も西洋的なアジアであんまり正確ではない。突然念仏唱え出す登場人物が居るようなステレオタイプなオリエンタリズムである。また、男装のために長い髪をカットするシーンが山場のひとつだが、断髪して覚悟を示すことはとても西洋的な描写だ。古代アジアの人々は男女問わず長髪だからね。
それでも20世紀末にアジアが描かれたことは画期的で、東洋西洋の狭間で自分のあり方を考えていたアジア系アメリカ人二世三世に特に刺さったと聞く。また、脚本にはアジア系アメリカ人の女性が居た。そのあたりを思うにターゲットは西洋社会であったのだろう。
さて、そんな『ムーラン』が20年の時を超えて実写化されると言う。わくわくした。あの、魔法使いでもなんでもない同じ人間なのに圧倒的な力を持つかたき役、シャン・ユーの大軍勢が雪原に現れる絶望的なシーンが実写の迫力で見られるのか。ハリウッドに中国の方も増えただろうからオリエンタリズムの産物じゃなくてきちんと考証がなされた中国描写になるんだろうな。最近のディズニー映画のように現代の価値観を反映させるだろうから「異民族は悪、侵略者、だから防衛しなければならない」なんて単純な物語化じゃなく厚みを持って描かれるんだろうな。(アニメだと時代も場所もぼかされて相手はフン族という言及のみ。原典だとムーランは漢民族じゃなくて鮮卑の人っぽいし、北魏 vs 突厥 の戦争って遊牧民同士の戦いでつまり互いに侵略し合っていたってことだと思っている)アナ雪1でサーミの文化盗用と言われ、アナ雪2でサーミの監修を入れて文化盗用にならぬよう注意を払い、作中で植民地支配を彷彿とさせる歴史を描き、過去の過ちを直視し「今できる正しいことをしよう」と歌わせるディズニーだ。期待も高まるというもの。
そんな価値観も変わる時代の中にあっても輝く、自分らしく誇りを見つけるという変わらないメッセージ。名曲の数々、コミカルな相棒キャラクターであるドラゴンのムーシューと幸運のコオロギのクリキーのコンビ――彼らも「自分を偽っている」キャラだ。ムーランの物語は彼女だけではなく、ほかのキャラも自分を信じて自己実現する物語なのだ!――厳しくもきちんと実力は認めて義に厚く格好いいシャン隊長とムーランのほのかなロマンス。男装しているムーランに人間的に惹かれているっていうのがいいんだよねー。ああ、楽しみだなあ!
※ アニメ版と実写版の差異、未見のためニュース等で分かる部分のみ
うおおおい。やりたいこととやっていることとターゲットがちぐはぐで全方位損だよ。東西どちらにもいい顔をしようとして大失敗では。誰が嬉しいんだこれ。
いやね、きっと通常の劇場公開をしていたらふらっと見てしまっていたと思う。事前情報仕入れず見るタイプなので。公開延期で配信も加入しないと見られないと言うので時間ができてしまって調べたらさあ、ねえ。心情的にこれはもう見られない。
アニメ版が中国本土であまり評判が良くなかったというのは聞いたことがある。自分探しをするヒロイン、自立したヒロインというのが儒教感覚としてはそぐわないらしい。だからってアニメ版の主題であった自己実現を切り捨てて家のため国のため「孝」「忠」の話にするか? [追記] トラバで教えて貰ったが、アニメ版は中国本土でも人気だったそうだ。確かにレビューサイトの点も高かった。自分は欧米メディアの記事から人気がなかったのだと思いこんでいたが誤りだったようだ。失礼しました。えっ、じゃあディズニーはどこを向いて脚本変更を決定したんだ?
アニメ版のファンなんぞ知らん、商業的には大きなパイである14億人+全世界の中国ルーツの方々がターゲットなんだ! と言い切ってくれるならまだ理解できた。でも中華圏の評判も悪くてさ。聞こえてくるのは「孝」「忠」はこんなんじゃねーよとか伝統的な任侠精神を西洋騎士道のテンプレートに雑にはめ込みやがってとかムーランをフォースっぽい謎の不自然なパワーを持つ西洋的スーパーヒーローにしたなとかドラゴンのキャラの代わりに鳳凰がシンボルになったが鳳凰が象徴するのは古式ゆかしい女性性だぞフェニックスと混ぜてねーかとか『カンフー・パンダ』のほうが中国の伝承や比喩を尊重しているぞとか、そんな感想ばかりである。
中国をターゲットに完全シリアスな『花木蘭』実写化がしたかったらアニメの看板は控えめに、スタッフ陣にもアジア勢を揃えて時代考証風俗考証手厚く入れて中華圏を唸らせてくれよ……。
新疆ウイグル自治区でのロケってのもさ……。「異民族、それもモンゴルあたりで活動した今のトルコにも繋がると言われる実在の民族を排除するために戦う」ストーリー自体センシティブで取扱注意なのに、文化が異なるが故に現在進行形で人権侵害が行われている新疆ウイグル自治区をわざわざロケ地に選ぶとは。映画撮影のためにディズニーは人権侵害に目をつぶり「新疆ウイグル自治区は海外のクルーが来られるような安全で風光明媚なところで海外で言われているようなことなど行われていませんよ」という中国の宣伝に乗ったのだと言われても否定できないだろう。
ディズニーとしては MeToo を受けてストーリーは変更するが民族浄化は容認するみたいな基準なのか?
自分は今まで作品と作者・出演者は別と考えてきていた。役者が不倫していたり薬物をやっていたりしても作品の価値が貶められることはないし配信停止にすべきではない。また、過去の作品で今の基準だとアウトなものがあることも認識している。奴隷制を肯定的に描いている『風と共に去りぬ』、子役を薬漬けにして演技させていた『オズの魔法使い』などなど。それらも配信停止にすべきではないと考える。描写については注意書きを添え、新たに作る時は現代の倫理観をもとにし、新規であえて描写する時は「あえて」である説明を加えれば良いと。
とすると、俳優の発言は個人の思想と割り切れても現在進行形の人権侵害は了承できないな。俳優はアメリカ国籍とは言え中国本土の方だから一族も本土に居るだろうし当局の意に反する発言をしたら命が危ないのだろうけれど、ディズニーはウイグルの件を全く知らなかったとは言えないだろう。
ディズニーがどのような声明を出すのか、出さないのか。注目している。
[追記]
誤字を修正。
また、中国国内の反応を知りたくてデータを確認してみた。ご参考までに。
9/15昼時点の豆瓣(中国の代表的なレビューサイト)のスコア
作品名 | 公開年 | スコア (10点満点) | 最頻値 (最大星5つ) | スコアの母数 |
---|---|---|---|---|
実写版ムーラン | 2020 | 4.9 | 星2つ | 約16万人 |
アニメ版ムーラン | 1998 | 7.8 | 星4つ | 約20万人 |
実写版美女と野獣 | 2017 | 7.2 | 星3つ | 約32万人 |
アニメ版美女と野獣 | 1991 | 8.5 | 星4つ | 約14万人 |
実写版アラジン | 2019 | 7.5 | 星4つ | 約26万人 |
アニメ版アラジン | 1992 | 8.2 | 星4つ | 約6万人 |
ヴィッキー・チャオ主演版ムーラン | 2009 | 6.2 | 星3つ | 約9万人 |
アニメ版ムーランは意外と[追記] トラバで教えて貰ったが「意外と」ではなかった中国でも健闘していたようだ。レビューも楽しく読んだ。翻訳ソフトありがとう。
実写版ムーランは当初スコア4.7だったが、星3をつける人が増えて4.9まであがってきた。とは言え他のディズニー作品と比べると極めて低く、ここから他作品ほどスコアを上げるのは難しそう。
一番下のヴィッキー・チャオ主演版はディズニー関係ない中国発の歴史映画。そう、既にシリアスな実写映画は存在するのだ。
ランキング | 作品名 | 公開日 | 初週興行収入 | 累計興行収入 | 猫眼口コミ (10点満点) |
---|---|---|---|---|---|
1 | 八佰 | 2020/8/21 | 約6.4億元 | 約26.9億元 | 9.2 |
2 | 実写版ムーラン | 2020/9/11 | 約1.6億元 | 約1.8億元 | 7.5 |
3 | TENET テネット | 2020/9/4 | 約2.1億元 | 約3.6億元 | 8.3 |
6 | かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~ | 2020/9/11 | 約0.03億元 | 約0.03億元 | 8.0 |
日中戦争を描いた超大作『八佰』と比較するのは酷として、興行収入面は大コケしなかったといったところだろうか? 有識者の見解を聞きたい。 [追記] トラバより 少なくとも口コミ的には大コケの大コケだと思う
とのこと。『アベンジャーズ:エンドゲーム』が初週約22.3億元、『アナと雪の女王2』が初週約3.8億元ということを考えると厳しい結果になりそうだ。
[再追記]
同じ作品を見ていいな、好きだなと思っていたことが分かって嬉しい。コメントでアニメ版が好きと表明して下さった方々もありがとう。
僕ははてな匿名ダイアリーを始めた時、これも三日坊主で辞めてしまうのではないか?とうっすら思っていた。
匿名掲示板にしてもSNSにしても、何らかの文章を書くコミュニティをこれまで長く利用出来なかったからだ。
三日坊主という言葉のまま本当に三日で飽きてしまう、という事は無かったけれど…予感は当たった。
先日ついに増田で書きたい事が無くなってしまい、他人の日記を読む事も無くなった。
書きたい事が無いなら無いでどうでも良い事を書けば良いのに、どうでも良い事を書きたいとさえ思わない。
完全に「はてな匿名ダイアリー」というサービスに飽きてしまったのかもしれない。始めたばかりの頃は毎日のように書きたい事があったというのに。
増田に限らず他のありとあらゆる事をつまらないと感じ始めているので、これは増田ではなく自分自身の問題だという事も薄々分かっている。
まあそれならそれで良い、と思う。飽きた物を無理に楽しむ事は無い。またもう一度、誰に強制されるでも無く自然に自分から日記を書きたくなる日が来るだろう。
関係ない話だけど、僕は現在電子書籍版が単行本41巻まで無料で公開されている名作漫画「キン肉マン」に最近ハマっている。
世代的には「キン肉マンⅡ世」のアニメからキン肉マンの存在を知った小僧だけれど、長年愛され語り継がれる作品はどの世代が読んでも面白い物だと思う。
あんなに面白い漫画が始まったのが40年前の1980年、作者のゆでたまご先生が今年で還暦を迎えたそうなので本当に驚きだ。
最近何も楽しい事が無くて退屈だと感じている人は、気が向いたら是非キン肉マンを読んでほしい。
ドジで臆病な駄目な人間でありながら、同時に誰よりも熱いヒーローであるキン肉マンの二面性に当時の少年達は夢中になった。きっと今の少年達もそこは変わらない。
ちなみに僕が最初にキン肉マンで好きになった超人は、イギリスを代表するアイドル超人「ロビンマスク」である。
初期のキン肉マンは完全なギャグ漫画でルックスがカッコいいキャラもあまり居なかったのだが、彼の洗練されたカッコ良さは後に登場した超人達と比べても群を抜いているのではないか、と僕は感じる。勿論贔屓目ではあると思うけど。
カッコいいだけでなく、一度友情を結んだキン肉マンを恨み悪の道に走って小悪党のような振る舞いをするようになったり、その後何の脈絡も無くまた正義超人側にしれっと戻ってきたり、奇行が目立つところも堪らない。
キン肉マンがカッコ悪さとカッコ良さが同居するスーパーヒーローであるように、ロビンマスクもカッコ良さとカッコ悪さが同居するスーパーヒーローであり、数多く居る正義超人の中でもそのバランスの良さはこの二人がツートップだと思う。
僕が「キン肉マンで一番好きな超人は誰だ?」と聞かれたら間違いなくこう答えるだろう。「キン肉マンの師匠、プリンス・カメハメだ!」と。
【追記】
書いてる途中で飽きたのか
説明しよう。最近書きたい事が特に無かったので「今書きたい事」を適当に書き始めたら自然とキン肉マンの事になったのである。
さては人気ホッテントリ見てたな? https://wpb.shueisha.co.jp/news/info/2020/09/10/112011/
何か話題になってるらしいけど、僕は特に興味はない。何故なら僕はキン肉マンを無料公開されている41巻までしか読んだ事が無いので、最新話のネタバレ感想なんかには全く縁が無いのである。
ロビンマスクじゃ、ないんか〜い
「好きか!」と聞かれたら間違いなく「好きだ!」と断言出来るけど、「一番好きか!」と聞かれたら「違います!」と言いたくなる。そんな仮面の貴公子、ロビンマスクの事が僕は好きだ。
第一話で新人女ヒーローに最悪なセクハラをかましたトップヒーロー・ディープは
その後女ヒーローに普通に(揉み消されないよう工夫した上で)世間に暴露されて降格処分
ちやほやされて調子に乗ってたのが田舎に左遷されてすっかり意気消沈
そこで自分がトップヒーロー7人の中ではかなりしょぼちんな方だったことを気にしてたり
元々自分の外見(水中活動を可能にするヒレがある)にコンプレックスがあって
女性関係において自己開示が出来ず失敗を続けてきたことと向き合う羽目になるのがウケる
教会関係者のお節介がなんだかんだ効いて復帰したいと望むだけの意欲を取り戻して
自主的にトップヒーローチームの仕事を(完遂とは言えないまでも)サポートしたものの
女ヒーローから「お前を許さないしお前の席はない」とガチで罵られ
思わず「そんな言い方しなくてもいいじゃん…」という雑魚返事を漏らしてしまったり
ボスから「お前は留守番しとけ」「あとお前のヒレまじでキモイから他人に見せんな」と
雑に否定されるという一連の経緯はなんというかすげえリアルみがあって興味深い
サノスと戦ったアベンジャーズはディズニーに何を思うのだろう。
民族浄化に土下座して虐殺や弾圧に加担する会社が、世界一売れるヒーロー映画を作り「正しいポリコレだ」「スターウォーズにオタクは学べ」と言われてる。
ヒーロー映画を作りながら、民族浄化に加担する会社の何に学べというのか?
BLMBLMと連呼しながら、その何百倍もひどい扱いを受けているマイノリティの弾圧にはスペシャルサンクスを言えるのか?
こんなことは多分既に言われてるんだろうけど
チャプターごとに俳優とか監督とか数人にフォーカスして色々語るよって感じだったのに突然「女性ヒーローたちの活躍……」みたいな感じのが始まったのちょっとしらけてしまった
そういうのいいから…ってなる 性別関係なく物語上で活躍したり被害にあったりすれば、それで平等じゃないのか…(もしかしたら平等を求めてるわけじゃないのかも)
わざわざ集めて塊にしてぶつけてきて、逆に浮いてる感じがしたよ
そのチャプターで、他に素材?というかそういうシーンが無かったのか何度も繰り返し流されていた、高校生の少年ヒーロー(スパイダーマンね)が女性ヒーローたちに囲まれて手助けされて……みたいなシーンも、そんなわざわざ女性だよ!!!つよい女性!!!ってアピールしなくても…ってなった
みんな強いじゃん…
一昨日オフ会で出会った特撮オタの人(この人は陽キャで既婚)からとても面白い話を聞いたのでこちらにまとめておく。
最近はオタクが市民権を得てきたとか調子に乗りすぎだと言われる。確かに一部のオタク界隈は間違いなくそうなのだが、オタク全体が解放されたわけではない。
市民権を得たのはソシャゲやってるライトオタクやアニメや漫画などが好きなやつらだけ。その他のオタクは相変わらず隠れることを余儀なくされている。
その代表格が「独身の」特撮オタクとフィギュアオタクだ。特撮オタクは直にイベントにいってはじめて一人前と呼ばれる。仮面ライダーを欠かさず視聴しているだけでは輪の中に入れない。特撮系の5ちゃんねるでジゴワットレポートの人の陰口をたたく数の多さがそれを物語っている(らしい)。
アニメなら共通話題を出しやすいが、特撮ものはそうはいかない。必然的に孤独を強いられるし、フィギュアなどを買っている人間は特にそうなる。彼ら彼女らにとってみればオタクというのは未だに隠れるべきものであり見つかれば叩かれるものなのだ。
特に同志を得られなかった特撮オタは自由にふるまうオタクを見ると嫉妬の意識だとかオタクの鉄のおきてを破った人間への嫌悪感で狂いそうになるらしい。そしてアニメオタクを叩きたいという欲望を強烈に募らせるのだ。俺様がこんなに我慢してきたのになんでお前らは自由にふるまっているんだ。許せない、というわけだ。
また、特撮オタクは金がかかる。そのため、薄給の人間が特撮オタをやっているとそれ以外のごらくがなにも持てない。その結果、独身で、特撮以外何も持たない限界オタクが出来上がる。こうした限界オタクは、自分の精神を保つために選民意識を持ちやすい。そして「我々特撮オタクこそが真のオタクである」というトンデモ理論が生まれるのだ。特撮はただでさえ正義を訴えるコンテンツが多く、特撮を見すぎると悪と戦うヒーロー願望を持ってしまうのだという。陽キャさんは半分冗談ぎみに「萌えアニメよりは有害度が高いかもしれないなw」と言っていた。
そんなわけで、オタクへの嫉妬と、陰キャをこじらせて我こそは真のオタクという選民意識を持った特撮オタクが一定割合で誕生する。素直な人間は、その嫉妬心や憎悪をそのままむき出しにする。しかしこれにあれこれと理屈をつけ始めるやつがいてそういうやつらがネットでオタクを自称しながらオタク叩きをするらしい。
この選民意識に同調しやすいのが「BL」界隈の腐女子のうち、友達が少ない陰キャである。これまた腐女子と一口でいってもいろいろいて、多くの腐女子はBLだけが好きなのではなく多趣味であり友達も多いそうだ。ところが、どっぷりBLにはまった結果リアルに友達がいない類の腐女子は特撮オタと同じように選民意識を持ちやすい。また、一定年齢以上の腐女子は、長年の迫害の結果オタクは隠れているべきであるという意識が特撮オタ以上に強い。その結果として隠れてないオタクたちを見ると嫌悪感をむき出しにするのだという。言われてみると、はてなブックマークでオタク叩きをしている人間の多くは年配の腐女子であるな。
こうして陰キャ独身男性特撮オタと陰キャ腐女子は「陽キャオタクが憎い」という理由で結託しているのだという説明だった。
この作品はヒーロー系。ヒーロー系の醍醐味といえば能力を持った敵とのアクションシーンなんだよね。ここを期待して見始めたんだけど、結構がっかりしたことがあった。現実世界にも通じるような正確な裏付けはしていなくても科学的な根拠で打ち勝つみたいなシーンは欲しいと思っている派なんだけど、フラッシュさんはだいたいの敵を根性で倒してしまうのだった。全体としては黒幕が喋りすぎるところがちょっと気になったが、全体的におもしろかった。あと、ヒロインはあまり可愛くないけどなぜかモテているという謎の文脈は未だに納得していない。それから、サムネイルから出てくるスイパダーマンのパチモン感があるけどストーリーはちゃんと考えられておりいい意味で裏切られた。
【追記】
・MCU、オールスターズとか好きな人のとこから見て良いのね。ちょっと調べたら「やっぱり順に見た方が良いでしょう!」って十何本もおすすめするコメントばかりだったから戸惑ってた。
わからんことは無視していって、とりあえず興味あるところから見てみる。
・「アメコミにわか」に関しては完全に書き方が悪かったなと思った。
「アメコミにわかじゃない」=「もう玄人です」じゃなくて「飽きずにそこそこハマってきて、自分のなかで趣味のひとつに食い込んできてるかも」ぐらいのイメージでした。
ただ元々キャラ1人に一直線なタイプだからか、デップーから他に広がっていけてないのは自分でも悩んでる。アントマンの邦訳見てみようかな。
・あと、後出しごめんだけど、邦訳途中のシリーズ読みたかったので原書もちょっとだけ買ってる。英語苦手でほぼ読めてないからちゃんと書かなかったけど。英語で現行シリーズ追ってる人って本当にすごいよね。
知り合いも作品もなんにも悪くないんだけど、ちょっとモヤモヤしてるから書き捨て
去年ぐらいからアメコミ読み始めたんだよね、映画見ておもしろいじゃん!って思ってさ。
でもさ、ハマったのデッドプールなんだよね。MCUじゃないの。
そんでデッドプール面白~wって言ってると、他のアメコミ好きの知り合い(アントマン好き)にはあんまり良い顔されない。
アメコミ最近読んでるっていうとたまに反応されるけど、MCU見てないの知るとそうなんだ~で終わることもある。
まあわかるよ。普通のヒーローとは面白さのベクトルが違うし、ハチャメチャなところを押し出してくるしさ。
なんかにわかというか、ハチャメチャでオモロw 他は知らんw みたいに思われてるのかなあと落ち込んでる。
デップーは映画ももちろん見たけど、邦訳コミックならもう8割方集めてて、なんなら原書にも手を出そうかと思ってるぐらいだし、にわかではないと思うんだよね。
そもそも本格的に好きになったのは、良いことしようとしても全然報われず、手にした幸せも脆く崩れ去っていくけれど、徐々に周囲に受け入れられていく姿を見たから。
あとデップーは顔広いから、マーベル主要キャラを覚えるときも随分助けられた……。大集合結婚式は流石にほとんど分かんなかったけども……。
以前はキャプテンアメリカさえ分からなかった(マークとしては知ってたけど、アメコミのやつだとは知らなかった)のにここまでハマれたのはデップーのおかげだから、うーんって顔されるとしょんぼりしちゃう。
そもそも映画が苦手だからMCU見るの躊躇ってる、っていうのものも悪いんだけどね。
そこまで興味ない作品(キャラの好感度が普通でも映画の億劫さでマイナスされてる)を延々見るのかあ……と思うと、手が出せない。
ちょっと気になってるスパイダーマン見るまでに、一体何本見れば良いんだよ!!!
あとコミックと設定違うらしいし!!でもコミックで全キャラ追うのはさすがに無理!!破産する!!
デップーとスパイダーバースは、シリーズものじゃなくて単体で見れるからとても嬉しかった。
MCUも完全初心者用オールスターズみたいなのあれば良いのになあ……。
わたしは腐女子で、とある実写洋画作品をメインとした二次創作を読むのが好きだ。
ツイッターで語りたいし、語っている人のツイートを見たい。好きな俳優の出演情報も知りたい。
そんなこんなで好きな二次創作作品を書いている方を中心にツイッターでフォローした。時々イラストや文章も書かれているし、考察などを読めるのも嬉しい。同人活動されているのであればその情報もゲットできる。と、まるでツイッター初心者みたいにここまで書いているが、自分はツイッター歴としては10年程度である。リア垢と趣味垢複数を使い分けている。
はじめはTLに流れる萌え語りや考察や作品を楽しんでいた。公式から情報が出るとお祭り状態になるのもよかった。しかしいつからだろうか。TLに時折現れるざわつき。それをノイズと呼ぶには些か配慮が足りないが、気になり始めた。
ツイッターで「趣味のアカウントで政治的ツイートをしてはいけないのか?」的な論争が起こった。それに前後して、TLに政治的ツイートのリツイート、いいねの表示が目立つようになった。いいねの表示は単に公式が悪いんだが、リツイート、そしてそれに関するツイートは、紛れもなくツイート主が自らのフォロワーに向けて見せたいツイートだ。それが増えた。いまも多い。
洋画作品メインのわたしの趣味垢TLは、と、ひっくるめて語るのは暴力的ではあるものの、現政権が憎くて仕方がないらしい。フォローしている人の問題なのか?と思って少しだけ整理したこともあった。でも明らかに、他のジャンルよりも、多い。
それはジャンルとして政治活動への視座が成熟しているのか?かと言うと、そういうわけでもないとは思う。自分も現政権や行政に物申したいことはあれど、評価すべき点と批判すべき点は切り分けて考えたく思うし、やることなすこと頭から否定するような姿勢は取りたくない。しかし趣味垢のTLは妙に好戦的なのだ。なぜ??ヒーローが好きだからなのか??それとも海外文化を意識する機会が多いから??
そのうちTLと政治思想が合わないがゆえに彼女ら彼らが創作する作品すら読めなくなってきた。TLが怖いのだ。言いたいことがわかるときもあるし、同意できるものもある。でも、「安倍は早く辞めろ」みたいな、ほぼこのままのツイートをされていた方がいた時、なんだかもう怖くなってしまった。
趣味のアカウントでも政治的ツイートをしていい。もちろんそれには賛同だ。だけど誰かが言っていたけれど、じゃあ趣味で繋がった誰かが自分と政治的立ち位置において真っ向から対立したら、きちんとそれを分けて考えることができて、且つ互いの意見を尊重できるのだろうか?
わたしのTLというえらい少ないサンプルで恐縮だが、政治的ツイートをする自由を謳う人の殆どが現政権が憎くて政府の行ったコロナ対策は全て失策で、韓国があるべきモデルケース、というご意見だ。それのどれかひとつにでもうっかり反論したとして、この人たちは発狂しないだろうか?分からん。反論していないからな。怖いから。
わたしには難しそうだ。少なくともこんなに強い言葉を使える人に、私のようなぼんやりした立ち位置は理解してもらえる自信がない。
もうこのジャンルについては基本的にツイッターを見ずに、ひとり壁打ちするか公式からの情報を細々と食いつないで生きている。
因みに別ジャンル(少年漫画)のTLにはほぼ政治的ツイートが流れてこない。年齢層は大きく変わらないとは思うのだが。
因みにネトウヨですか?と聞かれたら、わたしは多分そうじゃない。逆に、趣味垢のTLが「美しい日本🇯🇵」「普通の日本人」「大東亜戦争は正義だった」とか言い出したら同じくらい怖くなってしまってTLから離れるかも。つまり、左でも右でもない、かと言って全く何も考えていないわけでもない(そもそも「考えている」ことは自らを必ずしも左右に振り分けることにつながらないのだと思う)、声も大きくない人がいるはずだ。
声が大きくないから、大きい声にビビって逃げてしまった。ジャンルの人がみんなそうじゃないとは思っている。でももう怖い。
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以上、どこかに放流したくて増田にそのよすがを求めてしまいました。反論があることは百も承知ですが、同じような人が誰かひとりくらいいないかな…と思いながら筆を置きます。
ありがとうございました。
不破さんカッコイー! おわり
🗣️✨✨✨✨✨✨✨✨終わるなビーム✨✨✨✨✨✨
ゆうて話すのは不破さんヨイショぐれーなんですが。
不破さんの何が格好いいって設定ですよね。
偽りの記憶に振り回され怒りのままにヒューマギアを滅ぼそうとした初期のダークヒーローぶり。
自分の在り方に疑問を持ちながらも正義のために暴れ続けた中期。
カラクリが明かされた後に自分の怒りの空虚さに失望しながらも目の前の悪を見過ごさない正義の心で戦い続けた終盤。
そしてその思いにより敵サイドのヒューマギアの心を開いて味方につけ、ボロボロの状態で合体変身して産まれるオルトロスバルカン。
作品の裏テーマである「人と機会の確執」「破壊者としてのヒーロー」「テクノロジーの恐ろしさ」「思いはテクノロジーを超えるのか」をガッツリ背負った上で、表のテーマである「人と機会の共存」「残された希望としてのヒーロー」「テクノロジーに心は宿るか」まで網羅してしまってますからね。
最終話直前に敗北してラストバトル参加してませんが、いっそこれを龍騎みたいなもんと解釈すれば本当の主人公とすら言えるでしょう。
なにより強いのは、相容れぬ存在に思われた滅亡迅雷を説得して共同変身を果たしたことですね。
最終話直前に変身アイテムの投げ渡しという最高の展開をやってますからね。
変身アイテム渡すのって信頼の証なんですよ。
たとえば仮面ライダーオーズ/OOOなんてまさにそれですし、仮面ライダー剣の「俺を信じろ」でワイルドカリスになるのだってこれです。
「敵としてではなく手を取り合うパートナーとしてともに生きること」を仮面ライダーで表現する方法としての最適解ですね。
アルトも「人と機械が共に戦う」というテーマでゼロツーを作ってますし、そもそもシャイニングホッパーからしてライダーの正義を信じるヒューマギアとの合作です。
が、アルトの場合は飛電の社長という立場から全てが始まってるんですよね。
人と共存するという命令にまだ疑問を持っていないヒューマギアが命令通りに協力してる姿なんですよ。
でもバルカンの場合は、人と敵対する道も存在するのを知ったヒューマギアと改めて共闘するんです。
「自由意志に目覚めたヒューマギアは果たして人の敵なのか味方なのか?」という問に対して、「人の敵となったヒューマギア、ヒューマギアの敵となった人、それらに対して共に立ち向かえる仲間にだってなりうる」という回答を示してくれたのが、オルトロスバルカンなんです。
最高すぎません?
これの何が凄いって、人がヒューマギアを救うために、ヒューマギアが人を救うために戦うことなんですよ。
なにこれ、ゼロワンの正解でちゃった。
ゼロワンって作品のストーリーが色々しっちゃかめっちゃっかで、肯定的にも否定的にも好き放題独自解釈できるのは私も認めます。
だからこの考えが単なるこじつけって言われてもいいように、今のうちにそうだねと白状します。
でもね、でもね。
私の中ではオルトロスバルカンは、マジで超カッケー令和ライダーの最高傑作なんすよ。
そしてそれに変身する不破さんの物語、それを取り巻く悪意に満ちていた人間関係が、人の悪意とそこから産まれたテクノロジーに対して正義感を燃やし力づくで道をこじ開けていくヒーローって最高に仮面ライダーな代物になってると解釈します。
力づくでこじ開けた道の先で、昨日の敵が今日の友になるんですよ?
成長、しちゃうんですよ?
大坂なおみが言ったように、彼らもスポーツ選手である前に黒人なんだが。
何がヒーローなら、だよ
ヒーローなら何をされても我慢しなければならないし、憤りを感じても己を出してはいけないって?
非武装の状態でも射殺される確率が高いのは全人種の中で群を抜いて黒人なのだから。
そういう命の危機が起きる度に再燃してるのがBLMで、その中での非均衡を無視して黒人差別を透明化しようとするのがALMなんだが。
物分かりのいい面をしてるけど、「賛同するつもりはない」なんて平気で言えるってことは結局元から差別についてどうでもいいと思ってるって話でしかないだろう
バスケ業界でサボタージュが起きてカチンと来たから俺は変わった、のではなくお前が元から差別主義者なだけ。スポーツ選手に対する態度がまさにそのものだ