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はてなキーワード: 脆弱とは

2022-09-25

ロシア徴兵日本国民はそろそろ「徴兵は順番」だと理解した方が良い

軍隊は不足するから補充する、後行程引き取りを行う組織
見識広いはてなーは「えっそれって」と目を見開くはず

(正確性は落ちるけど部分的に)軍隊トヨタ生産方式カンバン方式

まり平時職業軍人主体組織が維持されており、戦時となり前線職業軍人が不足すると後方の職業軍人前線配置転換し、後方に空いた穴へ徴兵された人員を補充するのが基本なんだ
例外はもちろんあるもの基本的には揺るがず、それは何故なら職業軍人規律を知り、兵器を知り、知識を知っているから訓練コスト徴兵された人員より著しく低く直ぐに戦場運用可能から

徴兵された人員短期間とたたず前線死ぬことは今の戦況で(例外を除けば)ありえないんだ
戦争 = 悪」と断じるのは平和主義者・博愛主義者として実に正しいが「徴兵即死」くらいの勢いで徴兵を叩くのは誤った情報を流していると言わざるをえず、その誤った情報によって戦争では人がより多く死ぬ
平和主義者・博愛主義者アナタが発信する誤った情報本来助かるはずだった兵士の命を散らす

からこそ正しく認識しよう「徴兵は順番」である

今回のロシアの狙いはまさに前線職業軍人が減ったので後方の職業軍人前線配置転換し、後方の空いた穴へ徴兵された人員を置くのが狙いだ
後方の徴兵された兵士の多くのが主に何をするか?と言えば「兵站の維持」であると思われる

まり、今回のウクライナ戦争で露呈してしまったロシア脆弱補給線が更に弱体化することを意味する
徴兵制を採用するロシアであれ1年程度の訓練じゃ素人同然であり、その素人を再訓練し配置するのだから補給線は弱くなる、1秒掛かっていた1歩が数秒かかるようになる

これはウクライナおよび欧米諸国ロシア補給線へ目をつけて妨害を繰り返していた成果が発揮されたことによって起きたこと、部分的であれ徴兵というカードを切らせた時点で補給線がボロボロになったことを自白させたことへ等しい
地味だし時間は掛かるが確実に効果がある戦略を取り続けたウクライナ欧米諸国へ敬意を示したい

不足するから補充することを軍隊が繰り返せばどうなるか?民間企業工場兵器工廠兵器生産をクッションのように支えていた男性労働力が不足していき、やがてそのクッションは失われる
男性労働力というクッションが失われれば求められるのは女性労働力であり、もしもロシア国内民間企業工場兵器工廠に多くの女性採用され始めたときロシア補給線は虫の息と言える
このような状況となっているときは既に徴兵人員の多くが前線へ駆り出されていることだろう

徴兵は順番なのだ徴兵が順番だからこそウクライナ欧米諸国ロシア補給線へ執拗攻撃を仕掛けているのだ

そこは日本でも同じ
日本交渉の末に外国との戦争状態へ陥ってしまったとき先ず徴兵されるのは予備役自衛官で、その予備役自衛官は後方へ配置され、はてなブックマークなどで誤った情報を流し続ける平和主義者・博愛主義者が先ず配置されることは決してない
予備役自衛官というカードを使い切ったとき初めて民間人強制的徴兵される(まぁそれが想定される状況になったら日本男性日本国外へ出られない法律が出来るだろうけど)

アナタたちが、アナタたちの大切な人々が強制的徴兵されないようにする方法は4つしか無い

ちなみに4つ目は日本帝国軍へ志願した男性が語る理由の1つでもある
まり「俺が志願すると空きが1枠埋まるので徴兵対象拡大を1枠分だけ遅らせることが出来る」という考え方だ
馬鹿馬鹿しいクソみたいな考えだが「その1枠分で俺の子供が参戦しなくても良くなる可能性がある」ので馬鹿馬鹿しいクソみたいな考えを納得できなくても理解してしま父親が少なからず居ることだろう

本当にクソだよなぁ?戦争ってよ!!
そりゃ自分の息子をロシア国外へ逃がすだろうさ!そして父親ロシア国内に残る、1枠残すためにな!!!
親父って馬鹿だよぁ?
そんなことしたって単なる自己満足じゃん!自己満足のため戦争へ加担するなんて平和主義者・博愛主義者に叩かれちまうぜ!

子供の役目しか経験したこと無いヤツへ、親の役目を経験したことないヤツへ一番言いたいわ。
たいての親は馬鹿でクソみたいな理由で参戦し、そしてまだ親でないお前を逃がそうとするぞ。
口だけが上手いお前を産むって判断した時点で狂おしいほどの馬鹿なんだよきっとな。

2022-09-24

anond:20220924104625

女性は、アプリを使わないと助けを呼べないほど脆弱存在

そういう認識で良いのだろうか。

そいう認識を持てば持つほど、男女平等社会の実現は遠のく気がしている。

anond:20220924123746

ザイオンス効果という言葉を初めて知った。wikiによると以下のことなんだそうだ。

単純接触効果(たんじゅんせっしょくこうか、英: mere exposure effect)は、(閾下であっても)繰り返し接すると好意度や印象が高まるという効果1968年アメリカ心理学者ロバート・ザイアンスが論文 Zajonc (1968) にまとめ、知られるようになった[1]。

ザイアンスの単純接触効果、ザイアンスの法則、ザイアンス効果などとも呼ばれる。対人関係については熟知性の原則と呼ばれる[2]。

概要

はじめのうちは興味がなかったものも何度も見たり、聞いたりすると、次第によい感情が起こるようになってくる、という効果。たとえば、よく会う人や、何度も聞いている音楽は、好きになっていく。これは、見たり聞いたりすることで作られる潜在記憶が、印象評価に誤って帰属されるという、知覚的流暢性誤帰属説(misattribution of perceptual fluency)で説明されている。また、潜在学習概念形成といったはたらきもかかわっているとされる。

図形や、漢字衣服、味やにおいなど、いろいろなものに対して起こる。広告効果も、単純接触効果によるところが大きい。CMでの露出が多いほど単純接触効果が起きて、よい商品だと思ったり欲しくなったりするのである



Z世代に顕著と元増田はいうのだが、上記定義をみると、広く言えば、むしろ日本集団主義的な組織風土ドライブするメカニズム関係しているように思えるね。単純接触効果組織内でうまくつかって「うちわ」の安心感を醸成してゆく、というか。

従来の日本組織というのは、年配者が半ば強引に、単純接触の機会(パワハラ指導、飲みにケーションが最たる例)をつくり、すでに組織内で支配している層に居心地のいい「うちわ」感を若者に覚えさせてゆくプロセスを通じて、世代間の組織風土の持続性が図られてきた。80年代上司室田日出男新人部下の中井貴一オルグして毎晩カラオケについていったように(ふぞろい世代)。

そういう見方をしてみると、要するに、ザイオンス効果をとらえて、Z世代の特徴かというと、よくわからない。

恐らく、ザイオンス効果自体は変わらないけれども、変わったのは環境なんじゃないかな。Z世代以前以後で。


Z世代以前と以後では、世の中の居場所選択肢が急速変化している。

80年代ティーンの居場所は、学校ゲーセンか、盛り場、塾だったし、学校が嫌になった場合の逃げ場が限られていた。

通信手段も、携帯電話存在しなかったから、友達からきた電話を親が先にとる時代だった。娯楽も限られていた。

消費者選択肢が少ないから、メーカープロダクトアウトな発想で、繰り返しCMを流し、消費者刷り込みをかけてマスな製品を作ってしまえば市場を席捲できた。ソニーウォークマン典型。これもザイオンス効果ひとつといえる。

マスな動きに取り込まれる(流行に乗る)ことが取り残されない条件だったし、会社でも上司に従うしか、居場所を見つけられない時代だった。

政治選好的にも、当時の自民党VS社会党というのは、絶対的安心感を与えていて、とにかくうちは自民党、うちは問答無用で、昔っからおたかさんみたいな時代

そして、学生から社会人など、環境が変わるたびに、通過儀礼的に「その空間での安心感はこれだ、こういうやり方してりゃいいんだよ」と新参者は叩き込まれる。

しかし、90年代以降の動きというのは、情報革新によって、ニッチな居場所環境が急激に増えた時代。あるいは気が付くことができるようになった。

ニッチ環境がどんどん増えて、自分で居場所を選べるようになった。

政治細川政権以降、離合を繰り返した。会社組織も働き方や仕事の仕方に、多様性を認めるようになってゆく。その最初きっかけは80年代転職というムーブメントだった(リクルート)。

しかし、自分転職したり、ニッチ空間をみつけて得られる安心感というのは、自分欲求ニーズジャストミートをするという意味では安心だが、例えば自民党を疑いもしない時代に比べると、寄る辺のなさを感じるものであり、かつてほど盤石ではなく流動的で、大きくもない。

そしてかつてのような大きな主体に取り込まれることの安心感が少なくなっているんだろうと思う。

昔だったら、そういう大主体自分から探すものではなく、人生ステージがあがると、会社上司象徴するように、待ち構えているものであって、

飲みにケーションの洗礼をあびて、数年で組織同化していった。同化過程最初は激烈でキツイんだけど、集団に慣れると逆に居心地がよくなるのだ。

ザイオンス効果という言葉をあえてつかって、前世代の特徴をいえば、オルグする、という意味で、プッシュ型のザイオンス効果。紙の新聞メディアもその典型で、世の中の標準的な考え方というものテレビ新聞などのメディアを通じて受け入れるプロセス存在した。

しかし、情報通信革命がもたらしたニッチ空間、居場所への気づき、というのは、自分から自発的に、その時々で感じている不安ニーズを解消する場所へ向かえるようになった、という意味

自分から安心を探し出す、という意味ではプル型のザイオンス効果簡単に答えがみつかるからSNS依存を深めてしまう。自分の疑問や不安自分からググればなんとなしに答えが見つかる、という。Togetherは都合のいいようにあたか大勢の人が考えを共有しているかのような細工をして答えを提供してくれる。電子掲示板SNSの、自分と似た意見思想を持った人々が集まる場で、自分意見思想肯定されることで、それらが正解であるかのごとく勘違いする、いわゆるエコチェンバー効果議論されるようになったのも2000年代初頭。

こういう時代には、何が標準的な考え方で、支配的な考え方なのか、それを新聞などマスなものを通じて確認する、ということが難しくなっている。

SNSなどを通じて自分の求めている何かを見つけてしまえる安心感と引き換えに、いろいろな人がいろいろな場所安心を見出すようになって、マスなものにピントが合いにくくなってしまった。

だけれど、恐らくザイオンス効果がプッシュ型であれプル型であれ、本質的に、よりマスなものを求めて安心する、という傾向は変わってないんじゃないか

結局は何か安心できるものを探すということになる。

一方で、プッシュ型のオルグからうけるストレスに、自分で答えを探すことによってすぐにすり抜けてしまう、ここにZ世代の特徴があるかもしれない。

昔だったらほかに選択肢もないことからちょっと我慢して順応せざるを得なかった組織も、今ではそのストレスから逃れる手段選択肢豊富

ストレスから逃れた先に、当面の安心感はあるかもしれないが、マスなものに比べれば脆弱だ。

それはパーツパーツでちょっとした安心感を消費するものであって、全体として組織自分を傘のようにかばってくれるような安心感ではない。

それはむしろ自分で集めた安心時代キーワードを寄せ集め、組み合わせてコンセプトを自分なりに構成していかなければならない。

上司説教など、プッシュ型を避けてしまえた結果というのは、つまりそういうことだ。しかし、そういう構成力というのは、若者経験能力資質にどうしても依存してしまう。

自分自身をふりかえってみても、そういう試みというのは、一時しのぎになりがちだ。安心をみつけるのはほんとに安易になった時代だ。

ブログかいてみたりね。Twitterでつぶやいたりね。

しかし、だんだんわかってくる。マスなものも慣れてくる。経験を重ねるとみえてくるものが増えてくる。その経験値の差が今の時代に、なんとなく世代間の差のように映じているんじゃないだろうか。一昔前だったら、そんな個人的経験値など全くどうでもいいものだったと思う。

若年層の政治的な保守性というのは、保守理念への信頼ではなく、

寄る辺のなさからなんとなしに選択されているんだろうと思える。


もう一度繰り返すと、ザイオンス効果自体は、安心を求める日本社会において、Z世代を特徴づけるものというよりは、全世代通底するものかもしれない。

世代間で差が出てくるのは、プル型で得た経験値の差みたいなものなんじゃないかという、

それがむしろZ世代保守的な傾向はそのあたりにヒントがあるような気がする。

2022-09-18

anond:20220918101541

やっぱり、女性うつくしくてきれいな女性が上位というヒエラルキーを捨てられないんだと思う。

化粧に熱心なブスは、化粧しないブスよりも上位に立てる。マウンティングして安心できる。

美というヒエラルキーを失うと、女性自我が維持できないほど脆弱になってしまう。

2022-09-17

意思疎通のできない重度障害者安楽死させよ」という主張への反論

1.相模原障害者殺傷事件犯人は「意思疎通のできない重度の障害者は不幸かつ社会不要存在であるため、重度障害者安楽死させれば世界平和につながる」という思想のもと犯行に及んだ。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B8%E6%A8%A1%E5%8E%9F%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85%E6%96%BD%E8%A8%AD%E6%AE%BA%E5%82%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6

ここで犯人が訴えているのは、意思疎通のできない重度障害者はその存在が不幸で、かつ、社会的に何も生み出さないわりにそのお世話に多額の税金と労力が費やされていて、単なる社会お荷物から安楽死させればよい、ということだ。

なかなか先鋭的な意見で、絶対に賛成はしたくないと直感的には思う。しかし、理屈でどうやって対抗すればよいのか。この主張に反論するのは結構難問なのではないかと思うに至った。

2.意思疎通のできない重度障害者社会お荷物なのは事実だろう。彼・彼女らが社会に何か貢献できるかと言われれば、今の高度に複雑化した社会では極めて困難だろう。そして、いるだけで税金がかかってしまうし、介護医療などで人手も取られる。もし彼・彼女がいなければそこに投入されていた税金や労力を別に回すことができる。

実利的、合理的功利主義的に考えれば、彼・彼女はいない方が社会全体にとってよいという考えに至る人はそれなりにいるのではないか相模原障害者殺傷事件犯人のように実行に移すかどうかは別として。

こういう実利的、合理的功利主義的な観点から犯人優生思想反論しようとすると、なかなか難しい。

3.実利的、合理的功利主義的な観点から反論として「今回のコロナ禍で引きこもり属性強者となり、自宅でじっとしていられない陽キャ弱者となった。このように今の社会では確かにお荷物かもしれないが、社会の変化があったときにその属性強者となることはありうる。多様性に富むことが種の強みなのだ」的な言説に触れることが増えた。これも一つの反論としてはありうるだろう。

しかし、私は意思疎通のできない重度障害者が適者となる社会想像できない。それはどんな社会なんだろうか。また人類史においてそんな時代はかつてあったのか?

上記の「コロナ禍で〜」という反論も、ある特定タイプ障害特性の持ち主を殺処分してはならない理由とはなり得ても、意思疎通のできない重度障害者安楽死させよという主張に対する反論としては成功しているとは言い難い。

4. こちらのサイトには、優生思想に対する反論として

https://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/rehab/r170/r170_glossary.html#:~:text=%E5%84%AA%E7%94%9F%E5%AD%A6%E3%81%A8%E3%81%AF%EF%BC%8C%E3%80%8C%E4%BA%BA%E9%A1%9E,%E3%80%8F%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E6%9B%B8%E5%BA%97%EF%BC%8C2008%EF%BC%89%E3%80%82

「「生きるに値しない生命」などない。人間生命に対して人間がそのような問いを持ち出すことは許されない。私たちは,あらゆる人間生命に対する線引きを頑なに拒否しなければならない。人間がこの世に存在するための特別な条件などどこにもない。

 私たち意識なかにそのような考え方が深く根を張らない限り,真の共生社会の実現などありえない。」

という説明がなされている。

しかし結局のところ、これとて実利的、合理的功利主義観点から反論できてなくて、「我々の住む日本は全ての人に人権があり、それを恣意的に選別したりすることを許さな社会なのだ。」という以上の意味を持たない。

言ってしまえば今の日本国憲法の「理念」に合わないから駄目という理念的な話だ。なんとも脆弱見解に思えてしまう。相模原障害者殺傷事件犯人はこの反論を受けても考えを変えることは絶対にないだろう。

5.犯人思想に実利的、合理的功利主義的な観点から反論を加えることはなかなか難しい。

この辺について専門家はどういう回答を持っているのだろうか。

それとも我々には「命の選別は許さない」という理念的で倫理的道徳的お題目念仏のように唱え続け、実利的で合理的功利主義的な思想に蓋をし続けるしか道は用意されていないのか。

2022-09-16

anond:20220916174950

ちょっとしたことで揺らぐほどアイデンティティ脆弱からね。

女は、誰かに肯定されても、若さと性、っていう消滅する要素による肯定区別つかねぇから

 

まあ自我まり個人の話なので、例外はいくらでもいるけど。

吉田沙保里メンタルも凄そうだよな。

2022-09-13

ニートになり掲示板増田に張り付いた結果

数年にわたり掲示板増田でのレスバを楽しんでいた。

日常ではまず見かけることのないような言葉の殴り合い。

こんなこと匿名しかできないよな。掲示板増田でだけ俺は別人だ。

レスバで反論力を鍛えれば、いつかは日常でも即座に言い返せる強い奴になれるかも、なんて理想もあった。

結果として俺はTwitterフォロワーの言うことがちょっと気にかかると即座に噛み付くモンスターになりプチ炎上してネットでも孤立日常では相変わらず思ったことを口にできない以前にも増して脆弱人間になった。

俺はクソ野郎になった。レスバばかりする前はこうじゃなかった。

それとも俺は元々こんな陰湿人間だったんだろうか。

臆病で知能レベルも低いくせにプライドだけは高いかレスバにすがるような。

2022-09-08

ロシアサイバー攻撃で実害食らってて草

イーガブ脆弱スギィ!

手続き漏れとかもプーチンのせいにできるからeげど

2022-09-07

anond:20220907074615

ちょっとでも上げたら死ぬの?観測気球あげただけでも死ぬ

日本経済って、どのくらい脆弱なんだろ。

2022-09-01

anond:20220901084115

エロマンガみたいに!)『…フッ、そんな強がりをいってられるのも今のうちだけだぞ、その脆弱な筐体でいつまで作動していられるかな』ニチャア

2022-08-03

これ、凄く分かるわーー


https://president.jp/articles/-/46197?page=3

人は生まれてきたときに誰でもどこかに脆弱ぜいじゃく性を持っているものです。それが、豊かな自然の中で育ち、適度な刺激を受けて周囲の人々との対人関係の中で揉もまれるうちに修正され、社会の中で特に問題なく過ごせるようになったり、逆に持ち味や強みになったりしていきます

でも、脆弱な部分がもともと顕著な場合や、自然に補完がなされていくような養育環境に恵まれない場合脆弱性がそのまま、あるいは強化されて、バランスを欠いた発達をせざるを得なくなります脆弱性を減じるような養育環境がなくなれば、必然的発達障害が増加することになるでしょう。

かつては、子どもの頃に「落ち着きのなさ」「コミュニケーションの取りにくさ」を指摘されていた子どもたちも、大半は大人になれば立派な仕事をするようになりました。あるいはそのまま大人になったとしても、「地域コミュニティ」はそういう子ども大人を含めた多彩なメンバーで支え合って共同体構成していました。

2022-07-25

anond:20220724235612

湿度関係あるとは思うけど、

唇湿らせても脆弱な音しか出ないときもあれば、めっさ乾いてるのにすごく力強い良い音が出るときもあるから

湿度以上の何かだと思うんだ。

2022-07-22

昔、PCウイルス感染してもOSを入れ直せばいいんだろ?って人がいた

一応は電気電子関係を学ぶ専門校での話

PCウイルス対策ソフト入れてなくて、もし罹ってもOSの再インストールで済むとかほざいていた

基本的にそれ以外のリテラシーは薄い人なので、例えばゲームだって最初からチートありきでプレイしようとする

たぶん漫画村常連だろう

ちょっと話題の人がOS知識が皆無なのに意気揚々専門家相手に頓珍漢なことを言ってるのを見て、ふと思い出してしまった

https://twitter.com/OnePeopei/status/1549726868081094656

なお、昨今はPCを壊されるだけでは済まないのは周知の通り

最近Youtuber海外から標的型メールを開いてしまってGoogle垢まるごと乗っ取られる被害にあってる

https://twitter.com/pla_gabu/status/1549393587489878016

専門校で出会ったその人もSNSとかYoutubeとかしているだろうし、ネット銀行とかも使っていれば大変な被害を受けたはず

Googleの二段階認証なんて絶対にしなさそうなので、被害にあったYoutuber以上に脆弱だと思う

2022-07-21

何も変わらない

連日の報道で、統一教会自民党蜜月が明らかになっているが、世の中は変わらないだろう。統一教会警察マスコミも手中にしているから。警察が動かなければクロにはならない。明らかな違法行為でも疑惑にとどまる。

SNSは怒りのメッセージで埋め尽くされるが、そういう感情は長く続かない。次第に慣れていってしまう。これから先どんな悪事が露見しようと「はいはい」「いつもの」「知ってた」などとスルーされるようになり、次第に諦めが支配し、また新しい話題に関心は移る。ほとんどの人は直接の被害者ではないし、単なる正義感、世にはびこる閉塞感、不公平感が原動力で、山上徹也のように人生破壊されたわけでもないからだ。

コロナウクライナもそうだ。感染者は増え続け、地球の裏側では人が死に続けているのに、それが平時のように受け入れられ始めている。人間は極端な感情長期間維持することはできない。

そして関心が薄れた頃に選挙が行われ、自民党勝利し、自民党はこれを世間からシグナルと捉えて、いっそう統一教会との連携を深める。世の中は何も変わらない。

統一教会支配から逃れるのは比較簡単だ。資金源を経てばよい。金がなければ警察マスコミ支配できないだろう。誰もお布施をしなければいずれ干上がる。しか日本人の心は宗教に対してあまり脆弱である統一教会心理操作に長けており、今後も人々を騙し金を集め続けるだろう。

この脆弱性は日本人無宗教から来ているのだろう。早いうちに宗教に触れ、なんならキリスト教などの伝統的な宗教信仰し、カルトの入る余地がないようにするしかないのかもしれない。

日本が真の意味での民主主義カルトから取り戻し、世の中が変わってくれればいいとは思っているけど、今思っていることをここに記録しておく。

2022-07-17

でも、本当の問題カルトじゃなくて現代日本的な「家族」というシステムなんじゃないだろうか?

もし、10代を過ごす時、カルト汚染された家族以外の別の家族に父や母としての役割を演じてもらうことができれば、こんな歪み方はしなかったのでは?

まり私が言いたいのは、1人の人間に1人ずつの父と母という遺伝子的な繋がりばかりに固執した家族観の冗長性の低さこそが問題本質だった可能性について考察すべきであるということだ。

今、多くの人の目がカルトにばかり向けられているが、その要因の一つに「そもそも父・母・子・兄弟(+祖父母)のみで形成される家族構成自体を疑う前提がない」ことが見受けられる。

別にカルトへの批判否定するつもりはない。

実際カルトはさっさと滅ぼしてしまうべきだし、カルトかどうかとは無関係に21世紀の政治宗教の繋がりが12世紀のようなレベルであってはいけないと私も思っている。

だが、それとはまた別箇の問題として「そもそも、父と母の両者、もしくは片方だけでも狂った時点で崩壊する日本的家庭の脆弱さを改善できないだろうか?」という議論積極的にするべきように思う。

今回の事件にかぎらず、多くの劇的な事件の裏に崩壊した家庭環境があり、その原因はカルトパチンコ精神疾患多種多様にわたっている。

その時々において私たちはそれらを個別批判する(精神疾患に対してさえも積極的批判するのはどうかと思うが実際批判は行われている)わけだが、そもそも1人の人間狂気だけで壊れる日本的家庭というモノの作りの弱さについては議論しそこねているように見受けられる。

この機会にそこを議論してはどうだろうか?

まり一度に1人の人間がアレコレ言い過ぎると議論の血の巡りが悪くなるので、私はひとまず問題提議をしたこと自分の分の役割発言力のようなものは使い切ったと判断して一度「見」に回ることにする。

議論が程よく温まった頃に、また素知らぬ顔をして話を振ったのとは別人であるかのような態度を取って混ざりたいと思う。

2022-07-10

anond:20220710140238

5ch歴史あるから対策されてるのかと思ったけど

意外と脆弱なのね

2022-07-09

おれだけじゃなかった!おれだけだった!

ふと、六波羅探題 と言う言葉が浮かんだ。

セクハラ短大だったら、日刊ゲンダイとか夕刊フジが黙っちゃいないなと思った。

セクハラ短大六波羅探題でググってみたら、そんなこと思いつくのが俺だけじゃないことを知る。一安心だ。

六波羅探題ってなんとなくロックフェラー財団にも似ている。

六波羅探題セクハラ短大ロックフェラー財団では検索結果が0件だった。

おれだけだった。ちょっと心配だ。

  • ROKUHARATANDAI
  • SEKUHARATANDAI
  • ROKUHARATANDAI
  • ROKKUFERAAZAIDAN

だがしかしロックフェラー財団セクハラ短大と似ていると断ずるには躊躇するものがある。六波羅探題などという昔の職名が取り持ってようやっと関係を保てる。そんな危うさだ

ロックフェラー財団セクハラ短大を設置すれば、この脆弱関係が盤石となるように思う。

安倍さん世界平和に貢献していたというただ一点のみで偉大な世界

安倍さん訃報ニュースが飛び交っている。あまりみたくないニュースだ。酒でも飲んで忘れたいとも思う。でも生活をしていたら見ずにはいられないから、ある程度自分の中で安倍さんに対しての考えていることを文章にしておきたいと思う。これはメンタルを安定させたいがための行為である

グローバリズム」の最大の擁護者であったのが安倍晋三であったことは皆さんもご存じのことかと思う。グローバリズム国内および国際的格差助長し、むしろ資本主義健全な発展に資するものではないと批判されるものであった。国際的自由ではなく、国内国民第一に守ろうというのが世界の潮流であった。とにもかくにも批判され、時代遅れの、周回遅れであるグローバリズム」を馬鹿の一つ覚えのように推し進めていたのが安倍さんであった。野党時代にはTPPを反対していたのに与党になったらTPPを推進しまくってアメリカ離脱しても条約を成立させたのが安倍政権であった。FTAを各国と結ぶことは単純な善であるとして成果と喜んでいたのが安倍政権、乃至その路線継承する自民党政権であった。この鄙びた、古く、異臭さえただようグローバリズムを無邪気にも支持していた。だがそんな打ち捨てられた、惨めな、正しくないグローバリズムにも、利点があった。脆弱な、強力でない、不安定な、ただ一つの利点があった。それは。

グローバリズム世界平和に資するということである

経済的結びつきが戦争を抑止するという話は第二次世界大戦から注目された。古い話であった。WW2の反省をもとに生まれたのが現在EU前身であるECだった。この取り組みはある程度機能した。なにせ、ドイツフランスイギリススペインが何十年も戦争をしていない。こんなことはヨーロッパではありえなかった。民主主義国家であって、経済的結びつきがあり、適切な安全保障がなされていえば世界平和は実現できるのだと皆が夢想した。それは夢だった。どれだけ経済的結びつきがあろうと、独裁国家であれば個人の考えで戦争を起こせてしまうというのは当たり前のことだった。それでもWW2の敗戦国であるドイツ日本グローバリズム推し進めた。

反省をしていたからだ。戦争の。

戦争で負けたものしかからない教訓というものがあった。それは孤立してはならない、ということだった。自国利益差し出してもつながりは維持すべきものだと学んでいた。安倍さんは色々な人と「友達」になるのが得意だった。「友達」に利益誘導するのが得意だった。それは癒着、腐敗、法の軽視、人治主義であった。

だが孤立してはいなかった。

その方向は世界平和をいつでも向いていた。

そうしたかったらそうしたのかは知らないが、安倍さん世界平和に貢献していた。

世界リーダーだった。

日本の偉大なリーダーだったかは分からないが、世界の偉大なリーダーだった。

安らかに眠ってほしい。

2022-06-29

anond:20220629074205

アレな人達カルト扱いできないくらい、脆弱支持層というのがなんとも。

まともな支持層だった連合責任押しつけるだけでなく、敵扱いしてるのが納得いかない。

連合のような(はてサ言うところの)労働者貴族と、非正規の貧民どちらでもないんだもんな。

バラモン左翼様が声が大きいから、どっちの視点にも立たないのが致命的すぎる。

2022-06-26

anond:20220626150024

論理的思考のできない人が数学を適切に扱えるとは思えない。

そういう人が数学に頼ったところで、紛い物の数学なので脆弱

外国人論理的思考ができることを前提にしてるのも疑問。

2022-06-19

anond:20220616190509

芸能人で40くらいになって若い異性と結婚して理解するようになる人けっこういるんだけど

(なお女性もいる、ジャガー横田さんとか)

そこからするとこの増田タイトル小梨の「若者」には、って正しく言わないと主語デカすぎになるんじゃないか

ちなみにサザエさんフネさん、カツオワカメを産んだの40になってからなので

まるこう出産とか高年齢女性出産が「危険」として禁止しだしたのは

ひとえに総合病院機能を持たない産婦人科脆弱さ故ということになると思う

2022-06-15

生物進化とか万年単位歴史とか見てると正義とかよくわからんくなる

俺がこうして言語ものを考えられてるのは政治的な正しさなんて存在しない時代適応できなかった奴が無慈悲に殺されまくった帰結なんだよなとか、

淘汰のない世界で生き抜いてきた生物脆弱さとか、

人類なんて億年単位で見たらどうせ滅びるよねとか、

氷河期とか来たら数十億規模で簡単人類って死ぬんだろうなぁとか

高度な社会性を持つけど滅びそうなボノボ線虫なら線虫の方が種としては優れてるよなぁとか、

絶滅なんて超絶あるあるなのに悪いことなの?とか

なんかいろいろ考えちゃう

anond:20220615203805

文章読めなすぎて勝手に書き換える奴の脳内では本当にそういうことが起きてるんだろうな。

というよりも、「文章が読めない奴は、自分が読みたい文章だったことにして、文章を読んでる」って感じか?

子供が読めない漢字を飛ばすのも同じく「漢字飛ばしても内容が成立するような文章じゃないと困る」→「じゃあこれは漢字を読めなくても成立する文章のはずだ!」って変換が起きてるんだろうね。

ギャンブラーが「ギャンブルには勝ち負けがある。でも俺が負けると俺が困る」→「俺だけは絶対に勝てるはずなんだ!」って思い込むような。

自分にとって目の前の現実が都合が悪すぎるとそうじゃないことを信じたがるのか。

野生の世界だといちいち絶望してる奴から絶滅するから人間が生き残るために必要能力として無理やり希望を見出す能力が身についたんだろうな。

となると、例の問題は読解力の問題であるというよりも「自分が一目で理解できなかった問題を、理解できるまで読み直すというストレスに耐えられずすぐに絶望して思い込み世界に逃げ込む人の割合」に近いのでは?

理解力のある人は実際には一発で理解する能力があるのではなく、何度も反芻することに耐えられる耐久力がある人だということ?

うーむ。

面白いな。

精神的に脆弱だと自分に都合がいい現実があったことに脳内を変換するってのは。

メンタルが駄目になってる人と会話してるといつの間にか「貴方かにこう言いましたよね?」と言ってもないことを言ったことにされるのはこれか。

盗んだくせにいつの間にかソイツが最初から持ってたことに現実を変換するやつがいるのも、盗んだという都合が悪い現実にソイツのメンタルが耐えられないってことなのか。

なるほど。

メンタルが駄目になってるやつとは議論が成立しないってことでもあるな。

駄目じゃん。

増田なんてメンタルぶっ壊れかけてるか既に壊れたやつが多いんだから議論なんてするだけ間抜けじゃん。

何言ってもお互いに都合の良い内容に書き換え合うんだから

anond:20220613094136

LGBコミュニティでは、昔っからそういう形で同性婚批判する議論はありますぶっちゃけ50年以上前からあったし、今も同じ事を言ってる人たちはいます

まずゲイ男性同性婚批判について。ハッテン場とかをイメージしてもらうとわかるけど、ゲイ男性界隈というのはだいたい性的交流交渉に対してオープンで(享楽的ともいう)、短期間に多くのパートナーを持ったり、ワンナイトだけと割り切ってたりと、特定相手との排他的関係(モノガミーシップ)に拘束されたがらない人達が多かった(今でも多い)です。アクティヴィストも、基本的にはこういう行動パターン自分たちが創り上げた独自ライフスタイルゲイライフ)、異性愛主義から解き放たれたゲイ男性独自文化的資産とみなし、肯定的に捉えてました。

もちろんそれは、同性との持続的関係を公にしつつ生きることが難しい時代背景ゆえの事情でもあったし、一方で60年代ヒッピー文化でもフラワーパワーとかと並んで性の解放が訴えられてたという事情もあったんですけど、まあ時代の空気だったんですね。で、そういうライフスタイルが主流だったゲイ男性の多くにとっては、「同性婚」というのはあんまりピンと来ないテーマだったんですよ。俺たちがヘテロの真似してどうすんの、という。米国でも欧州でも日本でもこういう言説は根強くありましたし、当事者自身がそう書いている書き物も多く残っています

もう一方のレズビアン界隈での同性婚批判について。こっちはこっちで、結婚制度を「男女の性役割分業を究極的に固定化する差別的制度」という風に見る人たちが多かったんです。今よりもレズビアンフェミニスト的な立場人達の影響も強かったし。家父長制と結婚制度こそが世の女性たちを抑圧しているシステムなんだから、それを自分たち模倣するなんて…という抵抗感もありました。

そもそも当時は、「同性同士が結婚する」というアイディア自体、多くの当事者にとっても突飛な、想像を超える、およそ現実的でない絵空事だったんですよね。大半のゲイレズビアンは、そんなことが本当に実現するとは思ってもいなかったから、それを目指して社会運動したりもしなかった。そもそも「昼間の世界」でカムアウトすること自体自殺行為みたいな時代です。同性愛という性的指向を詳らかにして堂々と同性パートナーと暮らすことすら難しかったわけですからさらにそこに法律婚の仕組みを適用するだなんて発想を持つ人はほとんどいなかったんですね。もちろん「同性のこの人と結婚できたらいいなあ」と夢想する人達は当時もいましたけど、それは多くの場合ロマンティックなファンタジーとして語られていた。結婚制度を同性間に拡張することで、異性カップルに認められているさまざまな社会的権利自分たちも獲得しよう、という発想はまだ乏しかったんです。

こういう流れを一変させたのが、80年代AIDSパニックです。若い人は知らないと思いますけど、日本でも当時はプライバシー侵害なんかガン無視した、壮絶なパニック報道がありました(参考: https://www.janpplus.jp/topic/433 )。今でこそHIVAIDSは、発症抑制も症状の緩和も可能な、生活態度次第では余命を全うできる病気になりましたが、発見当初は本当に不治の病だったんです。震源地ひとつとなった米国ゲイ界隈はもう本当に凄惨な状況で、各都市コミュニティ自体が壊滅し消え去ってしまうほどのパンデミックになりました。バスハウス(ハッテン場)で活動的だった人達を中心にゲイシーン全体に感染が広がり、次々に病み、衰え、死んでいったんです。その中にはもちろん、互いに大切に思っているパートナーと長期的関係を築いていたカップルもいました。その経緯を通して、パートナーの病と死に伴う課題、つまりパートナー医療・看取り・相続などについて、同性愛者は全く権利がなく、法的にとても脆弱立場にある」ということがコミュニティに深く認識されることになりました。

結婚というのは、恋・愛から始まる親密な関係に確固とした法的枠組を与えてくれるものであると同時に、人が生きていればいずれ来る病・苦・死のリスクに対して、信頼できるパートナーと共に備え、支え合うことを可能にしてくれる枠組でもありますAIDSという歴史的な苦難は、そのことへの経験想像ゲイレズビアンコミュニティ全体に与える決定的な機会になりました。「ゲイの老後」という、それまであまり語られなかったトピック海外でも日本でも注目され始めたのこがこの頃です。多くのゲイ男性が「自由享楽的ゲイライフ」という夢の先にある、生活者としての現実シリアスに捉えるようになった…といってもいいかもしれません。これを保守化と取るか、成熟と取るかは人によって違うでしょうが自分後者だと思います

AIDSパニック以後、ゲイレズビアンアクティヴィズムが一気に同性婚推進路線に舵を切ったわけではありませんが、パートナーシップに対する法的保護ニーズを求める声はじわじわと広がっていきました。そして、米国各州で一部当事者法曹支援者同性婚訴訟を起こして、そのうちいくつかで良い結果が出続けたことで、同性婚に対して微妙葛藤を持っていたアクティヴィズム界隈でも「これは行けるかもしれない」という手応えがでてきて、徐々に同性婚をめぐる権利運動が主流化していきました。このあたりの経緯は、ぜひジョージチョーンシーの『同性婚 ゲイ権利をめぐるアメリカ現代史』をお読みください。




というわけで、実は元増田意見は割と真っ当というか、問題の芯をとらえてます。というのは、元増田が書いてることは、かつてのレズビアンゲイコミュニティでの典型的同性婚批判ロジックとしっかり符合してるからです。

自分同性愛者だったら絶対結婚とか目指さんけどな

だって結婚って異性であることを前提とした文化制度法律じゃん

そんなもん同性パートナーとのルールとして採用したくないわ


これは上でも書いた「異性愛前提の制度模倣従属すべきでない」という声。

それよりも新しく同性パートナーと生きていくのに必要なことを自分たちで決めてそれを法律に落とし込んでいく方がいい

それが多様性だろ


これは「既存結婚制度に縛られない、よりフラット意味合い法律関係シビルユニオンPACSパートナーシップ制度など)」を求める声。これについては、保護される権利が同等でない「まがいもの」で満足すべきではない、という批判もあったりして、結局それぞれにニーズのある人達がそれぞれの路線運動して、結果的に両方が実現していくという流れがあります

よく話聞いてると同性婚目指してる人たちって、結婚恋愛のゴールだと思ってる節あるんだよな

から同性愛者にも恋愛のゴールとして結婚させろと言ってるみたいでアホっぽい


恋愛のゴールとしての結婚」も、やはり異性愛主義ロマンティック・ラブ・イデオロギー模倣とみなす批判はあります。一方で、先のチョーンシーはゲイ歴史学者で「自分同性婚法律化されても利用しないと思う」という立場ですが、それでも同性婚をめぐる運動当事者を強くエンパワーしていることははっきり認めています。やっぱり法律婚って、そのパートナー関係に対する社会的承認象徴なんですよね。その関係行政公的に認め、社会も追認する。そういう承認を得ることが当事者にとってどれほど心強く、報われる、喜ばしいことなのかは、想像していただければわかるのではないかと思います

元増田のような問いを受け止めつつ、それでも諸々の紆余曲折を経て、同性婚の実現による法的権利社会的承認の獲得に向かって前進してきたのが、今のレズビアンゲイコミュニティだと思います

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