はてなキーワード: 釣りとは
タイトル通りなんだけれど。
今年の1月初旬に100万円の原資から仮想通貨取引を始めて、2月中旬現在で1300万円まで資産が膨らんでいる。
自分について
・34歳の一般職
・年収650万
・この時は100万円を入れて2ヶ月で40万円まで減ったところで撤退
・今年まで取引なし
正月に上の知人から仮想通貨の大口理論なる記事が送られてきて、それを読んで納得したから。
それがこれ。
https://note.com/808ojisan/n/ne5213105b5ca
簡単にいうと仮想通貨のほとんどは無価値で、価格が上がったり下がったりするのは仮想通貨を大量に保有している大口プレイヤーが価格操作して儲けているから、という理論。
本題
仮想通貨は無価値でポンジみたいなものっていう意見は、はてな界隈でもよく出る意見だったけど、この記事を読んですごく納得してしまった。
たとえばリップルとかいう国際送金に使うと謳っている仮想通貨なんて、時価総額が何兆円もあったわけだけど、結局はリップル社や○尾率いる○BIの金儲けの手段だということが実際に明らかになってきたんだよね。
仮想通貨はゲームメイカーである大口の金儲けの手段であって、投資対象ではないってことなんだ。
でも、そんな大口の考えを理解して、大口が持つのと同じポジションを持てば儲けることができるってわけ。
詳しい内容は上に置いた記事に譲るとして、具体的にはビットコインとそれ以外の仮想通貨(アルトコイン)とで値動きのパターンが違うので、シーソーのようにポジションを持ち替えるわけ。
ビットコインが3年ぶりの高値を更新してしばらくしてからアルトコインが伸びると記事に書いてあった。
そこで紹介されていたあるアルトコインに100万円入れたら4倍になり、それを利益確定して別のアルトコインに入れたら3倍ちょっとになり資産が1300万円になっている。
これがたったの1ヶ月半の間の出来事。
おそらく今年はこれからまだまだ仮想通貨の価格は上がり続けるだろうね。今はまだ序章なんじゃないかな。養分にする人間をどんどん市場に集めてくるために価格を釣り上げてくる。
悲しいかな、養分的な人間は安い時に買うんじゃなくて、価格が上がれば上がるほど飛びついてしまうんだよね。ま、だから養分なんだけど。かつては自分もそうだった。
資本主義の世界では儲けるのはいつだって金のある資本家だし、搾取されるのは無知な貧乏人なんだ。そうやって格差がめちゃくちゃ広がっていく。
だから、実のところ、そう考えるとかなりモヤモヤする部分が自分の中にある。
自分が得ている利益は、そんな無知な情弱養分の貧乏人から搾取したものなんだ、って。
そのお金は、もしかしたら子どもの学費を何とか工面するためにシングルマザーが投じたなけなしの貯金だったかもしれないし、老後の生活費にするために初老の夫婦が投じた退職金だったかもしれない。
そう思うと胸が痛くなるし、自分がやっていることは金をむしり取っている大口たちと同じ悪行なんじゃないかとも思う。
でもその一方で、そもそも相場っていうのは他人の金を奪い合うところなんどだ。殺し合うところなんだよ。
だから、相場に参加している時点で、みんな相手を殺しに来ているし、同時に自分が殺される覚悟を持っていないといけない。
そんな養分の貧乏人たちがお金を取られたところで、彼らに同情する余地はない。そんなふうに自分に言い聞かせて、納得させようとしている。
自分はこれからも大口理論に沿って仮想通貨相場からお金を抜き取っていく側につこうと思っている。
もちろん100パーセント、割り切れるわけじゃないけれど。
仮想通貨で儲かってるので、昨日はちょっと奮発して普段なら行かない高級寿司店に行ってきた。コロナ禍もあって予約が取れてラッキーだった。
鮮やかに光る寿司ネタを目の前に、「これは弱者から巻き上げた金で食べる寿司だな・・・」なんて感傷に浸ってしまった。やっぱり割り切れない思いがどうしてもある。
どうやってこのモヤモヤに決着をつけたらいいんだろう。
○ご飯
朝:モスバーガー。昼:玉ねぎとピーマンとお米をカレー粉で炒めて中央に卵黄をのせるやーつ。夜:豚肉、白菜、カイワレ大根、マッシュルームをコンソメで煮た後、中央に塩ダレであえたネギと大根おろしを乗せて、周りにレモンを浮かべるやーつ。
○調子
久々に漫画を買ったりしてた。面白かったんだけど、漫画ってすぐ読み終わっちゃうから値段と時間の釣り合いが僕の中であんまり取れてなくて、お金あんまりないないくんとしてはたまにしかできないなあ。
15巻ほどで1万円ぐらいなんだけど、3時間半ほどで読み終わっちゃうから、小説だとそんなに厚くないのでもそれぐらい時間楽しめるから、ちょっとやっぱりお金ほちいなあ……
スター30個まで。
5ch(専門板)>ふたば(専門版)>5ch(なんでも実況J)>5ch(VIP系)=ふたば(mayなど)>>なんj(オープン)>>ガルちゃん=Facebook=まとめサイトコメント欄>>増田>>Twitter>はてブ>Toggetter>4ch(/a/)>raddit>youtubeコメント欄=なろう系小説サイト感想欄=ヤフコメ
枠外
爆サイ(ここはレスというか鳴き声。ある種一番レベルが高くてリスペクトできる。)
基本的に英語圏のやつらはレスバ雑魚。あいつらちょっと煽るとすぐ食いついてくるし、人格否定されると思ってないからアホみたいにレスバ弱い。
ちなみに増田は傾向としてレスが全体的に遅く、悪い意味でユーザー層がバラバラだから統一性がなくレスバ力が全体的に低い。
あと悪意に弱すぎるな。ちょっと女とか、虐げられてるブラック社員とか、そういう弱い立場のフリすると爆釣れ。
増田→はてブ→Twitterでの学級会誘発コンボが狙いやすいので釣り堀としては割と最強格。
みんな釣り堀を維持したいからわざとアホなレスしてるところもあると思うが。
・昔いた彼氏の中に、小中学生でちょっと仲良くなった程度の子がカウントされている
なんで大人になってから絵やイラストを描こうとする奴は、上手い人が積み重ねてきた努力を軽視すんの?
たとえば「大人になってから水泳をはじめました!でもプロのあの人や大会出場者のあの人みたいに上手く早く泳げなくて病みそう…」って言ってる人がいても、「そりゃ仕方ないでしょ、頑張れよ」って苦笑されるだけでしょ。昔から努力してきた人と実力比べて落ち込むとかただの身の程知らずって扱いでしょうよ。
でも大人になってからお絵かき始めました!っていう奴は、そんなのでいちいち落ち込んではよしよしされたがんの、あれなに?
その素晴らしい絵が描けるまでに十万時間も百万時間もそれ以上も自分の絵や実力と向き合ってきた人と同じことができないって嘆くの、あれなんなの?愚痴ならなんでも言っていいと思ってんの?じゃあこれも愚痴だからこの増田も許せよな。
失礼なんだよ。おまえらが知らないあいだも努力を積み重ねてきた人の結果と、たかが数十時間のおまえの結果を比べること自体が、ものすごい非礼なんだよ。おまえはものすごく不躾で傲慢な人間だ。
それで周囲にスルーされたり引かれたりすると、「自分が下手だからみんなが冷たい!絵の上手下手で人格まで否定されるのか!」って騒ぎ立てる。
違うよ、おまえが無礼で身の程知らずなことをやらかしてるからだよ、そもそもいちいちおまえの絵から人格まで類推するほどおまえに興味ねーよ。おまえが徹頭徹尾おまえとおまえの絵にしか興味ねーだけだよ。
上手い人はどうやってその絵を描けるようになったのかな、って一度でも考えたことがあれば、上手い人と自分を比べて落ち込むなんて傲慢なことはしない。思うことはあるだろう、でもその上手い人に届く可能性のあるところには出さない。その素晴らしい絵を描いた人に対して多少なりとも敬意を抱いてればそんなことできないはずだ。
多分、こんなことを言うと才能がどうのこうの言い出す奴が出てくると思う。自分だって十万時間も百万時間もそれ以上も努力してきた、それでも自分は上手くなれない、だから努力なんて意味ない、才能の問題だ、そういう奴。
たぶんあんたは努力の方向を間違えている。あるいは努力でもなんでもないことを努力だと勘違いしている。
「バタフライが泳げるようになりたい」って言ってる人が延々とバタ足している。もしくは、綺麗なプールで泳ぐのが好きだからってずっとプールを掃除している。例えるとそういうことだ。
そこで「どうやら自分はなにかを間違えているようだぞ?」と思えないのはまあ才能の問題なのかもしれない。
でも本当に、一度も、十万時間も百万時間も努力してきたのに、一度もそんなふうに思わなかったのか?思わなかったならそれはご愁傷様だ。でもこんな長文をずっと読んできたってことはいくらなんでもそのことに気がついたはずだ。なら考えろ。
そして、気がついたことがある人間が、それでもそこから目を背けて同じ無駄なことを繰り返したなら、それは努力でもなんでもない。自分のやりたいことをやってきただけ、それだけのことを努力だと思い込んできただけだ。
よく言うよな、「努力ができるのも才能だ」って。あれは正確には「適切な努力が選択できるのも才能だ」だと俺は思っている。
適切な努力は尊い。だが無駄な努力はただの無駄だ。いや、適切な努力をする機会を奪ったという意味では害だ。それだけ覚えて帰れ。
それから一応、上手くなりたいけど別にそこまで頑張って努力したいわけじゃないしなーというエンジョイ勢。
俺は別にそういうエンジョイを否定しようとは思ってない。身の程知らずで失礼な物言いをしなければ全然かまわない。むしろそれが一番健全だ。見てて微笑ましいからぜひどんどんやってくれ。
アドバイスは請われたらするものであって自分から行くのは説教だ。俺はこの増田で説教してるが、ほかでやろうとは思わない。上手かろうが下手だろうが描いてて楽しいのが一番いいに決まってる。
あと、上手い人に敬意を、というと「あの人は上手いけど性格が…」とか言い始める奴。
人格に敬意を払えなんて言ってない。いや、払ったほうがいいだろうけどそこはこの際どうでもいい。ただ、その人の積み重ねた努力に敬意を払えと言ってる。俺だって嫌いな画家やレーターくらいいる。でもそれとは別に「これが描けるのはすげーよな」って思ってる。それだけの話だ、ごっちゃにすんな。
俺個人としては、たとえ俺のほうが上手いとしても俺に描けない絵が描ける人は全員尊敬に値すると思っているが、さすがにそこまで言うつもりはない。
別に、人に見せたい褒められたいちやほやされたいという気持ちを否定はしない。だが、あんたのそれは因果関係が逆でなおかつ遠回りでさらに目だけ肥えてるぶん茨の道だ。
目標にする人とか好きな絵を描く人とか、そういう人の一番古くて下手な絵を探してみてほしい。そして、今の自分がその絵と同レベルの絵を描けるかどうか考えてみてほしい。
おそらくその人はそれより下手な絵やだせえ絵を描いたこともあるはずだ。だがそれはきっと公開されていないだろう。その理由はなぜだろうか。
最後に、タイトルは釣りです。そういう奴全員に当てはまらないとはいえそういう奴になるべく読んで欲しかった。だが無礼な真似もしたことがないのにただ傷ついた人には謝罪する。ごめんなさい。
昨日お昼から暇だったので、
お友だち詠んでトン活に勤しんだわけなのよ。
まあそれはいいとして、
でも試合中にもの食べていい競技ってカーリングだけじゃないかしら?
世の中広しと言えども、
逆に考えてみたら、
カーリングできるわけで。
そうなるとまた戦略も変わってくると思うわ。
せいぜいアメリカのホットドッグ早食い選手権で小林尊さんが現地でアニメ化されるまで人気になるほど、
でも各国のおっかさんの得意料理となると、
そうトン活中にそう思ったわけ。
世界標準の料理でカウントしやすくて見た目も分かりやすいってお寿司以外になくない?
あれだと1貫の規定もかなり厳密に決められそうだし、
国際化競技になればいいとおもうな。
魚の鮮度と美味さを刺身で感じる旨味よね。
そこも重要なわけで。
でも逆に言えば、
世界中の人たちが魚捕って食べまくったら
だから
国際会議を開くレヴェルで各国の漁獲高の配分を決めるのよ。
そうなるとさ、
松方弘樹さんが世界を釣る競技も渡哲也さんがご期待下さい!って言うのよ。
あーそっかー
釣ってから食べるまでを
トライアスロン形式で一人で釣って調理して食べるところまでが、
ヨットで無寄港世界一周する無謀なヨットレースの魚食べる版とでも言っても言い過ぎじゃないし過言でもないわ。
でもそこは排他的経済水域に踏み入れないぐらいで、
じゃんじゃん漁したらいいんじゃない?って
国際ルールもそれでセーフよ。
ちょっと話しが飛躍しすぎたけど。
まあトン活でトンカツを食べながら考える魚の話しって奥深かったわ。
どうりでルービーがすすむわけよ。
気分トンドルって感じ!
お昼寝しちゃったけど有意義な1日だったわ。
うふふ。
具のこと。
あれが美味しく出来たら、
気が向いたら梅干しの旨味も加えたら、
そこはお出汁の国の人だもの!って故郷を懐かしく思えるはずよ。
朝の温活トン活とともに。
上手いこと言えたわ!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
森元氏の発言及びその謝罪会見が袋叩きにされている一方、色々とアクロバティックな擁護も出てきて、基本的に「はあ? 何言ってんだよ?」という感じではあるんだけど、もうちょっと微妙に気持ちの悪い感覚があるので整理しておく。
…
以下は意訳なんだけど、
・「確かに発言そのものは問題、その反省を込めて、だからこそ現在の職責を全うしてほしい」
・「自責の念が強すぎて、むしろああいう感じの会見になってしまった」
・「そもそも、当該の発言が批判されているのはマスメディアの切り取りが原因で、ちゃんと全文を読めば森元氏はむしろ女性の活躍に期待している」
…という感じで、どれだけ多次元的な擁護の理屈をひねり出せるか、未知の競技が芸術点を争って火花を散らす。
どこかのバカがトンチンカンなことを言い始めたとき、たまたまそいつが権力を持っていたりすると周辺が頑張って支援しようとすること、それ自体はどの共同体でもあるんだけど、今回のケースで特に気持ちが悪いな、と思ったのは、なんていうか、擁護してる人たちに発言のリスクを取ってる自覚が全然感じられないことだな、と俺は思った。
一つの発言に対する基本的な反応が批判的なトーンで形成されているとき、逆に支持を表明することはいわば逆張りなわけで、自分にも延焼するリスクがあるわけじゃんな。っていうか、俺なんか小心者だから、多数派と同意見です、って口をそろえるときでさえ「でも、本当にこっちが正しいってことでいいのかね?」とかって不安になったりするんだけど、まあ置いといて、とにかくマイノリティに乗っかることには、本来危険が伴う。
じゃあ、今回森元氏を擁護していた人たちにその危険を冒している覚悟がうかがえたか、っていうと、あんまりそういう感じもしないんだよな。「まああいつら、まともじゃねえもんな」っていう色眼鏡はガッツリかかってるんだけど、それだけじゃなく、擁護って選択肢が普通に合理的な判断として成立してるっぽい。「ここはしっぽ振っといて全然安パイでしょ」的な感がある。
これは「(私の立場的には)ここはしっぽ振っといて全然安パイでしょ」と補足されるんだろう。政治的にはそりゃそういう判断もあるだろうけど、極論さ、「数字の2は偶数だけど(私の立場的には)奇数です」ってことはないわけじゃない。今回の件って、ある意味森元氏本人の発言以上に周縁部の度が過ぎてるというか、言論って空間において、逆張りするのがそんなノーリスクでいいんか、と俺はシンプルに驚いた。
まあ、会長は辞意を表明されたので、その辺の合理性の判断も実際に正しかったかどうかはまだわからないんだけど、例えば客船が航海中に大洋のど真ん中で船体に大穴が空いて物理的にはこれから沈みます、ってとき、普通は真っ先に脱出しようとするんだけど、「いや、大穴が空いたからこそ頑張って航海を続けてほしい」って船室で言い張ってたやつがいて、そしたら船が奇跡的にそのまま進んじゃって…みたいなことが、計られつつあった(というか、今回は無理かもしれないが、似たようなことはこれまで何回か起きていた)としたら、なんかすげえな、と思った。
…
良識ってやつはたぶん、「いや、あの発言は普通にクソだぞ」ってことをずっと言い続けないといけないわけで、大変だけど大事だよなあ、と思う。
非難というカウンターがないと、奇態な理屈でこねられた擁護ってなんとなく霧散してうやむやになるんだろう。だから、「お前あんときこんなこと言ってたよな。そのケツ拭いてから死ねよ」ってのは前提として大事なんだけど、ここから全然話が変わるんだが、それはそれですげえ怖いことだな、って感じもするんだわ。
それは、健全性をこの社会にもたらすってことの裏表として、悪辣な言動を割りの合わないものにする、非合理的な行為として定着させることがあるからで、それが達成されるまで、いわば双方で自分の主張に対する賭け金を釣り上げ続けてる状態に突入するわけじゃんな。今回の事例は、(俺の眼には)「健全性」対「時代錯誤で調子っこきのジイサン&とりあえず擁護しとけば最後は結局得になるでしょサポーター」って構図に見える。今回はたぶん後者が降参するだろうし、その方がいい。でも、将来的には別の局面で、「おいバカ」「なんだバカ」って言い合ってる状態になって、お互い自分が合理的だと思ってるわけで、それがどっちかが血反吐はいて「すいません、もう勝負続ける体力がありません」って土下座するまで続くのかよ、と思うと、それもすげえな、と思う。
…
いや、なんで体力切れ前提なんだよ、そうじゃなくて純粋に客観的な大義が達成されて悪弊が倒されるんだよ、って反論もあるだろうし俺もその方がいいと思うけど、なんかそう前進的な事例ばっかりでもないっていうか、なんか、最後のゴール地点に到達するまで、どれだけ精神上の流血があるんだよ、と思うと勝手に結構げんなりする。ぶっちゃけ、今回の事例は問題として解法がちょろい方だよな、これ以上の難問、対立を人間の知性は解けるのかな、その論争に参戦するのってお互いに言葉でしばき合うより良いことなのかな、とか思っちゃう。
…
たぶん、俺みたいな「この世に正しさはもたらされるべきだけど僕は疲れるのも自分が誤答するのもイヤなので何もしません!」みたいな連中に負けずに戦ってきた人たちの手で、普通選挙とか女性参政権とかアパルトヘイト廃絶運動とか成されてきたんだろう。後から「お、なんか世の中平等になってんじゃん。すげーな」とか言ってフリーライドしてる立場なので申し訳ないな、ってのと、でも疲れたくねえしな、ってのがいま一人の市民として結構あるな、というのが今回の森元氏の件で思った。
これは半分釣りです。業界関係といっても日が浅く、決して専門に勉強しているわけではないのです。ここからより詳しい増田がでてくることを期待します。
最近、水道関連で立て続けにニュースがありましたね。浄水業界に少しだけ関わっているのでちょっとだけ。
まず、水道事業は古くから各自治体が主導であり、地域ごとに歴史や文化やしがらみがあります。なのであなたの地域では当てはまらないケースは多々あると思いますし、自分の知るものがマイナーだってケースもあるはずです。
水を生産する浄水場においては、主に以下の薬剤を使うのが一般的だと思います。
濃硫酸や苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)。今回の事件(https://gigazine.net/news/20210209-hacker-poison-water-supply/)で入れられたのはこのph調整剤の一つ。硫酸はアルカリ性のものを酸性へ、苛性ソーダは酸性をアルカリ性に中和させます。濃硫酸というとどこぞの高校生探偵を思い浮かべやすいのですが、実際に添加されている量は僅かなので人体に影響はありません。もちろん水酸化ナトリウムも微量なら問題ないのですが、今回のハッキングのように大量に添加されると危険です。
PAC(ポリ塩化アルミニウム)。これを添加すると効率的に泥などの汚れが凝集して塊になり沈殿します。水道水は法律によって厳しく規制されているので、濁り(濁度)が高くなると大問題となります。
次亜塩素酸ナトリウムなど。これによって細菌等を殺します。塩素と呼ばれるものの元です。水道法によって蛇口からでる遊離塩素の濃度は0.1mg/L以上となっています。
さらにここに臭気等取り除く粉末活性炭を時期によっていれたり、オゾンで殺菌もします。
苛性ソーダについてですが、通常の川の水はアルカリ性によっているため濃硫酸だけで済ますケースが多いと思います。自分の知る浄水場でも苛性ソーダは単に保存されているだけでずっと使われていません。硫酸が過剰に添加されてしまうケースでの中和が主な目的かと思います。仮に川が酸性によっても、次亜塩素酸ナトリウムがアルカリ性なので中和されてしまうでしょう。
この冬は自分の地域で雨が少なく、川のアルカリ度が高い傾向にあります。なので硫酸が活躍しても苛性ソーダはまず使われないでしょう。事故がなければ。
大丈夫です。水に対して極々微量ですから。薬品は、主に濁りのもとを取り除き細菌や微生物を殺してきちんと飲める水にするためのものです。これがなければ日本の多くの家庭では水道水をそのまま飲めなくなります。
水道水は法律によって厳しく規制されています。殆どの人には、味・匂い・濁り・残留塩素が大事かと思います。そこに細菌や微生物、各種化学物質等の基準が設けられています。浄水場ではほぼ毎日検査をして基準にあっているかを確認しており、安心して飲めるように配慮しているとのことです。
この基準も国際的にはかなり抑えたものらしく、それで健康に害がでるなら別な要因を疑うべきかと。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/topics/bukyoku/kenkou/suido/kijun/kijunchi.html
大昔は残留塩素がかなりある状態で送り届けていたそうです。しかし、いまは味や臭気を気にする人が増えたこともあって、そのままでも美味しく飲めるようにだいぶ薬品の量を変えている自治体が多いそうです。もちろんそれでも水質基準はクリアしています。洗濯に使うような水でも平気で飲めるのはかなり恵まれていると思います。
わかりませんが、日本の浄水設備の一部はリモートになっていると聞きます。浄水事業はどこも人手不足なので設備の一部は民間に委託したりリモートが常態化するでしょう。お金もなく設備が古いままなケースも有り水道管の破裂は今後も増えるでしょう。水質測定装置が故障しても直せなかったりすると大変です。管が破裂したところの職員は復旧まで徹夜だそうです。ハッキングよりそちらのほうが心配です。
主な水道施設は「取水場」「浄水場」「配水場」なのですが、わかりやすい浄水場を簡単に。
設備や能力は浄水場ごとに千差万別です。近くの浄水場同士で全く違う浄水設備なんてのもみます。そっくりなものを探すのも大変かと思います。自治体による運営が基本なので仕方ないんです。
https://www.kitachiba-water.or.jp/site/facility/1035.html
簡単に言えば、水に薬剤をまぜて汚れをろ過して消毒する、という単純な仕組みです。
そうするとこの着水井という場所に集められます。ない場合もあります。
ここで凝集剤やpH調整剤や消毒剤が投入されます。機械で急速に混ぜたり、滝状にして混ぜることもあります。接触地と呼ばれるケースもあります。別にここだけでなく色んな場所で薬剤を注入するのですが最初に入れるのはここですかね。
取水場によって水源の汚れはある程度除去されていますが、それでもかなり濁っています。その濁りは凝集剤によってフロックと呼ばれる塊に成長し、沈でん池でゆっくりと沈んでいきます。沈んだ汚れは一箇所にまとまり最終的には脱水されて適切に処分されます。フロック形成池は縦移動か横移動のどちらかのケースが多いようです。ゆっくりと長距離を移動することでフロックは成長します。沈でん池の中には傾斜板という斜めになった大量の板が配置されており(ない場合もあります)、そこを通過する過程でフロックが比較的澄んだ水と分離していきます。
見学してみるとわかりますが、単に水を流しているだけでよくここまで汚れが落ちるなと感心します。
ここは匂いや様々な有害物質を取り除く場所です。オゾンや生活性炭等によって、匂い物質やトリハロメタン等が取り除かれます。この高度浄水施設は急速濾過池の前後どちらかに設置されているケースが殆どです。北千葉は急速ろ過の前段階で処理していますね。高度浄水処理施設自体がない場合もあります。
殆どの浄水施設にはこの「急速ろ過池」があり浄水施設の要です。ようは砂や砂利を使って水をろ過する装置です。重力式といって水を上から注いでろ過するのが一般的だと思います。浄水施設を航空写真で見たときに並んでいるどでかい四角形の水槽の半分はこの急速ろ過池です。残りの半分はフロック形成池や沈でん池。
急速ろ過池には色んなタイプがあって、機械でぐるぐるかき回す奴もあるそうですがメンテナンスが厳しいとか。
急速ろ過池と反対に緩やかに濾過するのが「緩速ろ過方式」。東京都の一部にあるそうです。これは微生物の力を使って広大な土地を用いる古い手法だそうで、今でもやっているところは少ないとか。他にも膜を使ったろ過装置もあるらしいのですが、それはよく知りません。
なお、ブラック・エンジェルズという漫画でろ過池に浮いているシーンが有りましたが、あれってまだろ過の前の濁った水なので全然きれいではありません。
きれいにした水をためておく場所です。大抵は地下に埋まっているはず。ここに至るまでに何度か消毒剤が添加されたりします。濾過の過程で薬剤も同時に失活するので。最終的にここからポンプによって配水池に飲水が送られます。
全部を通った水は驚くほどきれいです。高度浄水処理を通らなくとも、大抵は薬剤と沈でん池と急速ろ過だけで結構きれいになるそうです。もちろん水源や季節に大きく依存するのですが。
でも大抵の浄水処理ってかなり単純な作りで、こんな程度で濁った水を飲めるようになるのか?って思います。でもちゃんと飲めるのは凄いことなんですよ。
そもそも皆さんが日常的に利用している水道は色々な種類があります。殆どの家庭の蛇口からでるのは浄水場で作られた水ですが、実際は浄水場から直接送られているケースはそれほど多くないと思います。浄水場で作られた水が各家庭に送られる前に、大抵は配水池(配水場)等に入り、そこからさらに消毒剤を添加して各家庭に給水されています。つまり浄水場は工場ではあり、家庭に届く前に卸し問屋である配水池を経由しているわけです。
時々水道管が破裂するケースがあります。しかし水道管と言ってもその区別は「導水管」「送水管」「配水管」「給水管」と別れています。どれが破裂するかで管轄がぜんぜん違うのです。
導水管は水源から浄水場のあいだまで。ここを受け持つところは浄水場とは別なケースが大半かと思います。
送水管は浄水場と配水池の間にある管です。浄水場が所有する管です。
配水管は配水池送られる管で、各自治体の受け持ちです。
去年の年末に発生した千葉県富津市の水道管破裂事件は、送水管によるものでした。つまり管轄は浄水施設を持つかずさ水道広域連合企業団。地下深くにあるため難航したようです。気の毒に。なおどこの自治体や浄水場でも管の老朽化は深刻です。特に送水管は圧力が高くて太い所が多いため、破裂したときのリスクも高いでしょう。配水場に水を送れないので断水の範囲が非常に広くなります。
浄水場で作られた水が各配水池に送られる過程で、塩素の濃度は低下します。浄水場の送り出した水が0.6mg/Lの塩素濃度だとすると、15km離れた配水池にたどり着くと0.4mg/Lくらいまで低下します。これは管の状況や施設ごとに違ってくるので概算です。水道基準的にはそれで大丈夫ですが、そこからさらに各家庭に配るため、配水池を管理する自治体によって改めて消毒剤(次亜塩素酸ナトリウム)が添加されるようです。なので「浄水場に近いと塩素が濃い」は必ずしも当てになりません。自治体や場所によります。単純に配水池から遠いほど残塩は減るでしょう。
水道事業はお金になりません。そんなところに民間がくるメリットが全然わかりません。優秀な人を沢山雇って送水管をどんどん改修して計器を新しくしてトラブルにも即時対応してくれるならいいでしょう。でも水道料金が高くなるのは否めません。皆さんの飲料水は公務員の安月給(たぶん)で支えられています。
苛性ソーダの事件で水道水に多くの薬剤が入っていると知った人は多いはずです。水に携わる人からすると、水道水は工業製品と言っていいと思います。どの過程でも水質には気を配っていますし、薬剤やオゾンや活性炭をたくさん使います。その上で安全でおいしい水を安価で供給するのって凄いと思うんですよね。管理している人たちは大変でしょうけど。
大学で工業を習っている人は、地元の水道事業に携わるのも手かと思います。
もう一度いいますが、水道水の工程は自治体によって千差万別なので今いったことが全てではなく、間違いも当然あると思います。
いまは多くの浄水場が見学を見合わせ中ですが、非常事態が解禁されてコロナが収束したなら再開されるかもしれません。
そうしたときにそれぞれの浄水場や配水池等の違いを見比べると、地域毎の特徴がわかって面白いと思います。
勉強がてら書いてみました。
結論:「CP名書くのがルール」って言ってる人がいて論争になってて一見どっちもただしいんだけど書く側になってみたらそんなルールねえよでおわった
まずCP名ってのはつっこんでる際にどっちがどっちにつっこむかを右左まちがえずに書く行為
右左を間違えると地雷(食物アレルギーにおけるアレルゲン摂取のような反応を地雷という)で死ぬ人がいるので左右誤記は完全アウト、これは常識になってきた
CP名を書かないのはどうか?現状だれもつっこんでない場合はアレルギー要素がないので問題がないはず
とはいえ、モブにつっこんだりつっこまれたり、おもちゃにつっこんだりつっこまれたり、
この場合はやはりつっこみ行為を厳密に判定してCP名を書くべきである、とはいえ後述の理由で書かない人もいるだろう
もうすこしつきつめると、
本当にくそ重感情があっても行動(地の文にあるもの)としては自慰のときに名前を呼ぶ程度だったとかはどうか?
現代社会における恋愛にはいろいろなアレンジやバリエーションがある。自慰なんか健全な発育の範囲内だろ。
手をつないでチューするかそれ以前という高校生なみの作品、自慰のときに相手を妄想しておなねたに使う、このへんはどうか?
これは本来はCP名を書かないほうが正しいのかもしれないし、将来的に恋愛成就して左右だのリバだのポジションが決まるのならその将来のためにタグをつけておくのが正しいのかもしれない。
丁寧な人は「こちらA✕Bを製造している工場で製造しておりますがつっこみ行為は一切ありません」等という注意書きをつけてくれるがこれはサービスであるし続編かいていたら急に方針変更したくなるかもしれないし正解がないので安全側としてはつっこみとつっこまれが決まるまでCP名かかない、はマナーとしてほぼ正しい
そもそもCP名を書いてタグをつける行為ってのはその雰囲気の恋愛ものを探してる人にむけて釣り針を下ろす売名行為なのである
CP名タグつけりゃ1000閲覧で30ブクマ行く作品に、あえて作品腐タグしかつけないと18閲覧の0ブクマしかない
それがCP界隈の現状なのである だからCP名つけないのは謙虚な選択
そしてつっこんでないから、未分化だからといって左右逆転CP名を両方つけるとどうなるか
「どちらか片方が好きだがもう片方が地雷でミュートやマイナス検索をしてる人」(ものすごく多い)には見えなくなる。
そしてもっとわるいことに「つっこみ関係が左右に関係なく苦手な、この作品が本来とどくべき読者層」にも届かない。自己防衛のためにミュートしてる人が多いからもうほぼ絶対にとどかないわけだ。
だからこそCPタグ着けない「作品腐」とか「A+B」とかいうマイナ―傾向をもつ読者のための固定カテゴリの創出の工夫が各作品でもとめられているのであるが?
この現状の中で「cp書くのがルール」だなんてよくいえるなってことだ
見られないという最悪のリスクをおってでも
本来とどけたい人に届くためにCP名を書かない選択をしている人の作品を
「cp名ついてないじゃないですか、ついてたらミュートできたのに」って文句をいう行為is何?
じゃあ見るなよとしか
これは「つっこんだことを匂わせられた」と訴える被害妄想であるといわざるをえない
もうね、そこまでいうなら他人を信頼しすぎるな、見に行くな、自分で好きなように書け
「好きな作家だからタグがなくても見に行った」?なら好きな作家の製作意欲なくさないために文句いうな、おのこしせず食べるかそっ閉じしろ
ただし滅多にないことだが、エグいつっこみ行為(いわゆるズコバコ)があっても「cpで売名する気はいっさいないから」だの「ネタバレになる」だのというわけのわからん理由でcp表記しない(あるいは通常とちがうcp名で表記して他人の編集をうけつけない設定にしておく)といった非常に変わった人も創作神の中には居られると伝え聞く。(自分の作品は唯一無二の至高だからタグをオリジナルでつくって自分一人で独占したいとかいうタイプのアホも聞いたことある。個人サイトでやれよ)
これはたしかに「作品をとおした交流サイトの秩序」という点では乱しているので避けるのがむずかいし「おいおいこの内容ならcp名書くのがルールだろぉ」くらいの文句はいいたくもなるかな~とは思う。
つまり必須タグを敢えてつけないことで軽度なタグ荒らし行為が発生する場合もあるだろうとは思う。
しかし実際にそういうことをする人に同ジャンルで会ったことはない、と思う。偏屈な理由で偏屈なことをする人がいるといくらいい作品を投下していても偏屈さが目に入るたびに疲れていくのでアンフォローや何ならブロックする習慣が私にはある。だから存在を忘れてるだけかもしれないのだが。
もしあるのなら、作家の雰囲気とか感想コメントで前もってつかんでおいて神回避するしかないだろうな。
あと最初に踏んだ人が親切で「cpタグつけたほうが有名になるしミュートにもつかえるんだからつけりゃいいのに」ってやってくれるのを期待するか自分でやるしかない。
結局そこまでして探し当てたものに文句いって、おまえは一体なにがみたかったんや、という話にはなるとおもうわ。
みんなでつくろうたのしい秩序
おわり
追記、
一方で「自分の作品にCP名やシチュをちゃんと表記するとネタバレになりそうでイヤだな~」と思っている書く側のド素人さんにちょっと助言。
ネタバレってあんたさ、原作よんで原作ネタバレ知ってる客だけにきてもらいたがってるくせによくいう。
そんなにネタがかくしておきたきゃ全部の設定自分でつくるオリジナルでやったほうがいいってわかってるでしょ。
筆力がいまいちでびっくり仕掛けしか売りがないとかも二次ではそんなに特別なことではない。
むしろある程度積極的にネタバレしたほうが「この二次創作者はどう楽しんでほしいのか」が把握しやすくて宣伝になる。
あと本当に救いのないエンドをしようとしてるなら知らせるのもマナーだと思う。
意外とみんな好きだし理解あるみたいだぞメリバ。
つくってどんどん開示してみれば「こういううす暗いのも好き」っていってくれる人に出会えるとおもう。
とにかくみんなでわいわいと楽しもうとしているときにへんなわけへだてを自分でつくりすぎるのはよくない。
昔の個人サイトでは、わざと入り口をわからなくしたりわかりにくい入室パスワードかけたりとかいう内輪の楽しみ方があったけど(ちなみにそれは明日高校の同級生に「ねえねえサイト読みたいからパスワードおしえてよ!」って声をかけられることでリアルで友達になれるから敢えてやっているのであって。学校でおしゃべりだらだらやってられないコロナ令和の人がやっても意味がないぞ。自分から壁をつくってるだけだ。)、
そういうのやるやつに限ってたいした作品はおいてなかったからね。俺は詳しいんだ。
今は個人サイトって時代でもないから親しみやすくおもしろい自分ってやつをどんどんむき出しにしてこうな、適切なタグつけて。
あとこれは当然のようにピっクブの仕様を下敷きにしている。
他にも二次創作交流サービスはあってpictBLandとかいいぞ。
あとR18文章にワンクッションだのパスかけたければプライベッター、R18のどぎつ絵のほうでやるときはポイピク、タイムラインに流したくないだけのネタバレ早バレ感想程度ならふせったー、匿名感想募集やおくりつけるときはましゅまろ、このくらいは適宜つかいわけていこうな
他にも頒布物の奥付にパスワードのせておまけファイルダウンロードとかいろいろやり口はあるからなんなら聞いてくれ
自分で工夫して適切に住み分けような、おじさん(蔑称ではない)とのやくそくだぞ
ルールだと騒ぎ立てるのも、それを否定しながら秩序やマナーと言葉を緩めて縛ろうとするのもやってることは大差ないように見えるけど。究極「何でも許せる人のみ」とするしか
せやで、書くがわはどうしたら自分の作品を読んでほしい人にとどくかをタグだのタイトルだのつかって自由に実験していいっつってるの(その結果読んでもらえなくても自己責任だしユーザーと作品の出会いがスムーズにすすむことが秩序だからね。別に俺が書く側を言葉で縛ろうなんていっていないよね、アドバイスはしてるけど)
旦那はこのごろ帰りが遅い。
2人のこどもをかかえて、フルタイムワンオペはストレスが溜まる。今日はつまらない理由で大げんかするこどもたちに、「静かにしなさい!」と怒鳴った。普段は聞かない私の大声に、娘たちが黙る。
「ママはちょっとイライラモードになってるみたいなので、少し長い時間お料理させて」と子どもたちに宣言して、ロールキャベツを作ることにした。
ロールキャベツが好きだ。圧力鍋でベーコンと煮込み、箸で切れるようにやわらかく煮たの。でも旦那は「焼けばハンバーグという至高の食事になるはずの肉に、いらん野菜を巻いて煮た料理、ハンバーグの死んだの」と認識してしている。評価と手間が釣り合わないので、結婚後はほとんど作らなくなってしまった。
いいんだ、今日は私のためにロールキャベツを作りたいんた。私のためだけの、ぎっしりと鍋にしきつめられたロールキャベツ。旦那にも、今夜は死んだハンバーグに付き合ってもらう、私の心の平穏のために。