はてなキーワード: 従順とは
真実を言おう。学校とは、刑務所だ。子供という面倒な存在を隔離するための施設である。
これは「ハッカーと画家」でも述べられている真実なので覚えておくように。
人生の早いうちから起業や就職のスキルを得た「賢い人」は、大学へ行かないか、または中退する。
シリコンバレーでは昔から「大学で浪費するな」と言われ続けている。
そう、お前という存在は、大卒という肩書にしか誇れるものがないから、学位を得たというサンクコストにしがみついて必死なわけだ。
こういうサンクコストバイアスに飲まれた意識他界系の大卒者連中が、なぜ無能であるにもかかわらず、学歴フィルターなどといって無能を雇うのか。
これも真実なので言っておく。JTCは従順な羊が大好物だ。何の疑いもせず、一直線にエリートコースを歩んできた、勉強だけが取り柄の従順な羊は扱いやすいのである。
扱いやすい羊は一生管理される運命にあるので、管理外のところで高卒者を差別し始めたりと、荒っぽいことをする。
学歴だけが取り柄の連中が学歴差別をし始めるのは想像するに容易い。
さて、俺が何が言いたいかわかるか?
人生がサバイバルであるならば、法律に従って善である限り手段を選ぶ必要がないということだ。
お前がもし子供時代に戻って、手段を選ばずに人生を歩もうとしたらどうするか。羊になるか狼になるか。
それがそのまま今のお前が人生において適用できる戦略になるに違いない。
では、その戦略、つまり手段を選ばないという戦略をお前は今から選べるのか。
最新の弱者男性論によると弱者男性の特徴はズバリ、真面目で優しい、知的、高身長、高収入である。
その理由は「真面目で優しい」という特徴にある。
強者男性たちは真面目で優しい男性は女性の顔色をうかがいがちであり、弱気すぎることが女性からすると物足りないのだと主張している。
たとえば女性に「なんであなたっていつも私の顔色うかがってるの?」と聞かれようものなら、弱者男性は自分が女から否定されることを恐れて「すみません……」としか言えない。
そう、弱者男性が「弱気すぎる」せいでが女性からすると物足りなく映るのだ。
弱者男性が女性に暴力を振るえば女性は喜ぶし、弱気ではなく自分の意見を通したことになる。
この理論は間違っていると思う人もいるだろうけれども、まあ騙されたと思ってやってみてほしい。
すぐにその女性は態度を改め、弱者男性に服従するようになるだろう。
そして、あなたが望むなら、その女性はあなたの従順な奴隷になるはずだ。
弱者男性の考え方では「女性に暴力を振るうのはよくない」という考え方が主流である。
しかし、肝心の女性は暴力で服従したいと考えており、女性に暴力をふるうことは決して悪いことではないのである。
しかし、この行動は強者男性が女性に対してしていた行動と何ら変わりはないのだ。
例えば「火つけてこい」で有名なパワハラ市長がいるが、女性たちはこの市長を非難するどころか肯定し、褒めちぎるのである。
暴力で相手を従える姿というのは頼もしさと逞しさを感じ、非常に魅力的に映るのである。
その違いを理解できるかできないかがこれからの社会で重要な分かれ目となるだろう。
弱者男性の考え方だと女性に暴力を振るうことは悪いことであり、絶対にしてはいけないことだと考えるだろう。これが間違っているのである。
5chにラブライブ板が出来た頃なんかは、萌えてもらうためのアイドルコンテンツであるにもかかわらずそれ言ってる人間がしょっちゅういた
抜けなくなるパターンは大別して2通り
①完全に親目線になってしまうパターンと、②敬意が上回るパターン、あるいはその複合③
①はラブライブで例えるなら絵里とかにこみたいに加入にあたってこじらせてて精神的昇華が必要だった場合とか
そういうシーンで感動させらさて、いい環境を得られてよかったねぇ尊いねぇという気持ちになってるのに
創作で雑に竿役をつっこまれるとその理想的環境が瓦解してしまうようなナンセンスになりがちなんだよな
だからラブライブの同人は特徴的なこととして百合が非常に多かった
ただこの親目線パターンの場合、時間が経って記憶や感動が薄れてくると普通に抜けるようになる
あの時点では親並みにあの子のこと理解してたけど◯年後の今はもう……という距離感が大事なのである
②は卓越した人格が醸成されていくさまを物語を通して見せつけられた場合
典型的には、可愛げのある新人から立派なキャリアウーマンへと変貌していくようなやつだな
まあ成長後に面影も隙も一切ない人間になってしまうことは滅多にないが
例えばPSYCHO-PASSの常守朱とか、崩壊3rdのキアナみたいに
普通に尊敬できる覚悟の決まったイケメン(♀)になってしまった場合どうにも反応しなくなる
ただ後者のキアナは巧妙で、薪炎キアナの頃は覚悟ガンギマリすぎて抜けなかったが
終焉キアナの頃はだいぶ肩の力が抜けて初期のような爛漫さを彷彿とさせる具合に戻った、このようにやりようはある
個人的に③だと思っているのはららマジだな、サ終したWFS運営だったゲームだが
ラブライブは男排除の美少女コンテンツだった一方、男主人公のハーレム風構成にしたららマジでも親目線は発生しうる
これはひとえにシナリオライターの筆力の為せる業だった
部員達の夢の中に入っていって本人すら自覚していない過去のわだかまりを解き明かすことで、心に巣食った«ノイズ»を排除し呪いを解くという構造で
その過程で女子部員たちをキャラクターというよりも色んな事考えてるリアルな人間として強く認識するようになるんだよ
知りすぎると抜けない(①的反応)、三次元の人間は抜けない(②的反応)、これは二次元オタクなら分かるはずだ
最近のゲームで言うと萌えオタ指向がより強いブルーアーカイブ等のユーザーに言わせると、原神はキャラが人間っぽくて抜けない的な言いがかりも散見される
登場人物をまじめに解像度高く描こうとすると、人に歴史ありというように人物ごとに思想や矜持を持っていることが分かる、それが人間くささを出すわけだな
あえてそういう現実的な人間感を避けて、体格は成人女性、中身は小学生くらいの知能で、純粋で従順すぎる性格として描こうとするパターンが萌え特化コンテンツやアダルトゲームでは頻出するのだが
男の本能としてそういう分かりやすく操りやすい存在の方がムラっとしやすいのは事実なわけだ
だからといって催眠や洗脳や時間停止までいくと特殊性癖じみてくるが、少なくとも凌辱というのは支配可能な相手じゃないと成り立たないからね
凌辱というと言葉が強すぎるが、オスにとってメスとの交わりは嗜虐の範疇であり、攻撃的な性質を帯びざるを得ないものだから、攻略しやすそうな気質であるほど都合がよくなるって寸法だな
換言すれば二次元キャラクター作りは、攻略しやすそうとしにくそうの境界をいかに演出するかのセンスに掛かっているのかもしれんな
いや何の話だよ
記者会見で「マナーを守れ」というと、取材対象(今回はジャニーズ事務所)に対して手心を加えろという意味だと思って反発する人がいる。
マナーは同業に対してのものである。一社が質問時間を独占して、他社の機会を削るなということだ。
各社が少しずつ別の質問をすることで問いが多角的になり、視聴者の「知る権利」に資するということも(理想的には)ある。それが合同会見の意義だ。
単独で突っ込んだ追求がしたければ自分であらゆる機会を捉えて追っかければいい。取材ってそういうことだから。なんで合同会見の場でしかコンタクトできないかのような話になっているのか。
もとより記者会見の場は糾弾イベントではない。というのは「糾弾するな」ということではなく、当日その場で張り切ったって、ただのスタンドプレーにしかならないということだ。
「望月記者の人柄は信用ならないが、こういう時の鉄砲玉としては使える」
「事務所側のルール設定に従順に従っていても真実を暴くことは出来ない」
近年文春が無双してるのは、いやらしいまでに外堀を埋めつつ戦略的に事実を小出しにする、スキャンダリズムの老舗ならではの老獪さによる。
較べて望月は【世の中で騒がれたことを後追いで騒ぐだけの素人】でしかない。
あれがもし毒にも薬にもなるトンパチな奴だったらジャニーの存命中に訴訟リスクもなんのそので追いかけ回していただろう。組織に属することの最大のメリットだ。
しかしそういうことはやらない。というかできない。
誰もが自明の前提として、大学は金持ちの道楽だと理解している。
基本的には、社会の大半の業務に関する汎用知識は、小学校から高校卒業までの年月をかければ十分獲得できる。
しかし大学はわざわざ高い学費を支払って学ばなければならないのだ。
貧者の親は、子供に対して「学費はお前自身で稼げ」と言うだろう。その子供が学ぶ能力があっても、である。
自分自身で学費を払わなければならない者だけが、「大学は金持ちの道楽である」という文章を真に理解することができる。
しかし、学ぶことは主体的行為であるので、大学を必要としない。
仮に「超弦理論を学びたい」と思えば、インターネットを使うだけで学ぶことができる。
この世の中はすでに「アテンションエコノミー」であると言われている。なぜ大学へアテンションを注ぐことを当たり前の行為と考えなければならないのか。
確かに、学歴フィルターといって応募者を足切りするJTCも沢山あるだろう。だからなんだというのか。東大・京大へ行けない者は高卒で良いではないか。
例えば英語とプログラミングのスキルを持っていれば、国際的に働くことは可能だろう。そのようなスキルは無料で手に入れられる。
エリートたちが金の余裕のある層を評価し、社会を牛耳るならば、非エリートは別のやり方を模索するべきだ。
エリートに従順に従うのではなく、非エリートのコミュニティを作り、非エリートのやり方で知識・スキルを向上させ、そのコミュニティの中でイノベーションを起こす。
シリコンバレーでは、大物が大学中退者であることが多いという伝統がある。
従順な羊であることをやめよう。非エリートは、羊を先導する山羊であることを望め。山羊は確かにスケープゴートとして駆使されるが、経験豊富であることは確かだ。
みんな見てみないふりしてるけど、ジャニーズの一件で、最も切り込まなきゃいけないのはここだと思うよ。
ジャニーズがここまで大きく成長できたのは、ジャニー氏の手腕だけじゃなくて、テレビが洗脳装置として成立するためにテレビに従順なアイドルという存在が必要不可欠だったということにあるということ。
さらに洗脳装置として有能だから大手企業はスポンサーとして資金提供していたわけだし、結局のところこうした洗脳装置を維持することでそれぞれの利権を手放したくないという欲とエゴを利用してジャニー氏は少年たちを食い物にしていたということになる。
まぁ、なのでジャニーズを使っていたテレビ局は当然共犯だし、そのテレビにスポンサーしてた企業だって共犯ということにならなくてはおかしいはず。
そんな中で、スポンサー企業側がテレビ業界批判してるのを見るとちょっと待てと思うよね。
大きな問題の一つは、正しい形でのジャーナリズムが日本では息をしていないということ。
民放は時価総額ばっかり気にして、ジャーナリズムを捨ててワイドショーだらけになった。
ニュースという形を取っておきながら、やれどこそこの商品が、どこそこの飲食が、どこそこの観光地がなんぞばっかりで、報道の形をした情報番組に成り下がっている。
そりゃ誰も見向きもしない用なつまらない真実の報道より、めし、旅、子どもで視聴率稼いだほうが金になるでしょうね。
一度テレビで流れれば漫画みたいに人であふれるんだから、テレビは自分たちの力を見誤ってもおかしくないと思うよ。
とりあえず、地上波の1チャンネルくらいはジャーナリズム専門チャンネルとかあってもいいんじゃないかと思う。
それでお互いを監視しあってバチバチやるくらいじゃないと緊張感が維持できないでしょ。
それでもスポンサーとかに忖度なく、真実を粛々と追い求めてくれるメディアがあったら受信料払うって人は少なくともNHKより多いと思うよ。
本来NHKにその役割を期待したかったところだけど、受信料問題とかで視聴者に媚びなきゃいけない隙をつかれてジャニーズが紛れ込むのを許してしまったという感じじゃないかな。
詳しく知っているわけではないけど、素人目に見ても民法ディレクターが大量に採用されてなりふり構わず視聴率をあげようともがいてた時期くらいからおかしくなったという印象。
そういう意味で、最後の砦であるNHKがジャニーズに屈してしまったことで、日本のテレビから報道の公平性は失われてしまったと言っていいのだろうね。
YoutubeとかSNSとかにそういう機能を期待していないわけではないのだけど、根底に「日本人正常性バイアス強すぎ」問題があって、なかなかうまく行かなかった。
この「自分たちが信じたい形で世界を信じていたい」という根本的なバイアスがテレビによって育てられているうちは、解決が難しいのがこの問題だと思ってる。
テレビ局はジャニーズアイドルが宣教師として使えなくなった以上、次の宣教師を探し始めてる。
といっても、吉本芸人が穴を埋めていくしかないことはわかりきってるけどね。
ジャニーズ問題を語るとき、この辺の問題もセットで考えることができないと、いつまでたってもメディアに踊らされるだけだということは気がついていたほうが良いかと思います。
当然吉本は政治ともずぶずぶなので、今の世の中、三権分立じゃ相互監視が足りなくなっているというのがそもそもの問題の根底にあるということだけ言っておきたいと思います。
日本の中で自分がレアなのは否定しないが、米国人が高校では低学力なのに大学で伸びて、実社会では圧倒的に強いことを考えると、東アジア諸国は若いうちに勉強させ過ぎて、燃え尽きているように思う。
周囲からのプレッシャーを受けて他人のスケジュールで従順に勉強するより、自らやる気になった時に学習する方が余程ためになるのではないか。
どちらも「これだけやったんだから」とそれまでにかけたコストを考えて離脱しにくくなる心理が働く。
新興宗教の教祖には、熱心な信奉者がいる一方、反発する信者もいる。
総じて信者からは、「変人だけどおもしろいおじさん」のように思われているらしい。
ソシャゲにもプロデューサーがおり、従順に従うプレイヤーもいればクソ運営などと反発するプレイヤーもいる。
しかしどちらも、ツイッターをフォローするなどしてプロデューサーの一挙手一投足に注目するし、インタビュー記事が出れば精読される。
プロデューサーは時々罵倒されながらも、あだ名で呼ばれるなど、結局「変人だけどおもしろいおじさん」という立場になっている。
ヒビキマーッス
愛嬌ってあったら助かるなぁと思うのですが
たまにそれを感じ取らせるのが人によって違ったりします。
笑顔や明るい態度、優しい態度は勿論なのですが、仕事においての真面目さ、融通の効くポイントから愛嬌みたいなものを感じる人もいます。
とはいえめんどくさいのでお勧めしないです、お勧めするとしても真面目さを見せるところぐらいでしょうか。
しかも単純に丁寧なだけでも不気味がられますからね、たまに人間としての黒い部分、影の部分を見せて「あ、この人も人間なんだ」と思わせるのも愛嬌を感じさせる大事なところなのかもしれません。
職人ですらも愛嬌とか、気遣いを自然に行ったりしますからね、コーヒー買ったりとか。
だからってそれを切り札のように出されても「何を言ってるんだ」という気持ちになるのも人間です。
とはいえ、それを経ても「まぁ、仕方ねえなぁ」という気持ちになることもあるから手段としてはズルいですが、人と人との関わりの上ではよくあることなのかもしれません。
逆に何も出さなければそっちの方が態度がシビアになることもあります。というか多分シビアになります。
結局は「ワンチャンこれでどうか容赦できるところはしてくれ」って感じなのかもしれません。
難しいですね、愛嬌。
ということで本日は【許容範囲の把握よいか】で行きたいと思います。
小児性愛が先天的と言ってしまうと、子供時代からずっと歳下が好きっていうことになってしまう気がして、意味がわからないなと思った。
同性愛者は幼少期から同性にしか惹かれなかったということ?とか思って、
幼児期には歳下が好きというと胎児や赤ちゃんが好きだったってこと?と疑問に思う。
小児性愛者にも幼児だった時代があるはずなので、恋愛対象と同世代の時期があったことになるはず。
なので、小児性愛が先天的なものと言われると、何を言ってるのか意味がわからなくなった。
自分には、小児性愛者は恋愛対象の幼児と同世代だった時期から大人になれなくて、子供時代の精神状態から抜け出せてないだけに思える。
幼少期に同世代の異性(または同姓)に何らかのトラウマを植え付けられ性の対象にできなくなったか、
幼児が好きなんじゃなくて、自分より強い人、自分と対等な人、自分に反抗してきそうな人が怖いだけなんじゃないの?
自分に逆らわなくて、
お願いしたらなんでも言うこと聞いてくれるくらい無知で、
そんな都合がいい性の対象がほしいだけに思える。
そんなのを相手に期待することが愛なの?
反応をするダッチワイフや虐待用のペットが欲しいみたいに思える。
オナホよりも高等な、リアクションが返ってくる性玩具が欲しいみたいに思える。
そんなのとセックスしたい気持ちを愛だと思えないから理解できない。
同性愛と小児性愛を並べて語る人を見ると腹が立ってしまうくらいだ。
小柄で従順で、体つきや性器の見た目が子供みたいな状態の、無知で抵抗してこない、都合の良い大人がいればその人が相手でも満足できるんじゃないの?
小児性愛者は大人が怖いから、自分より弱そうな幼児に逃げてるように思えてしまう。
話が通じない人だなと思って非表示にしたはずなんだけど、自分が絡まれてみるとやっぱり話が通じてなくて面倒くさい。
自分は性的嗜好は後天的なものだから治療しろという話はしていない。
小児性愛は同性愛と違って性的指向じゃないと思うって話は多分している。
あと男→女の小児性愛に限定した話にすり替えてる人がいるけど、
自分は女→男の小児性愛も同性の小児性愛も全部同じと思って話している。
昔Twitterをしていた時に、友人の女性が美少年の画像をツイートするアカウントをフォローしていたのを見つけてしまったことがある。
半裸の男の子や全裸の男の子の画像がたくさん無断転載されたアカウントだったのでその友人を軽蔑してしまった。
あれを好きでみている人も性加害者の仲間だと思う。
それから、幼児=大人に勝てない生き物として考えているだけであって、年齢が離れている人同士の恋愛についてが主題じゃないから熟女趣味の話は関係ない。
熟女は万が一のことがあれば相手の男を包丁で刺し殺せるかもしれないけど、幼児が大人を刺し殺すのは難しい、
みたいに、幼児というものは大人から見て絶対に格下の相手だから問題視している。
私はジャニーズ社のタレントを応援してきたかつてのファンだ。今はファンのタレントはいない。みな、去ってしまった。
私がファンだったのは10代の頃だ。親は差別的な意味でジャニー氏はホモだと言っていた。ホモだから悪いという論理で性加害をしているから悪いとは言わなかった。私は、ホモだから異性としての魅力が分かり、優れた人材発掘に繋がっているのだろうと捉えた。
当時、私は性加害という言葉で教育を受けた記憶はない。当時は女性が受ける男性からのレイプは、そうさせた女性が悪いという認識が当たり前だった。DVという言葉も、女性が男性から受けるものであり、更にそうさせた女性に悪い所があったと見られていた。私はそれをそのまま受け取った。そう理解して欲しいのならそう理解するという従順さで従った。
成人になり、様々な経験を経る中でようやく、レイプをすること、暴力をふるうことは加害であり、女性が受けているのは被害であると認識できるようになった。これは悪い事ではないと思い込まされる、という事象も知った。
ジャニーズ社の事件の後、調査が入り公開された資料の全文を読んだ。70だか80ページ位あった。まず、これを全文読める人は限られるのだろうなと感じた。10代の子は読まないだろう。マスコミかSNSが流す情報から推測するに違いない。
今回の事件は、男性から男性への性加害であるということが、主に女性で構成されるファンの理解を難しくしているのだろうと思った。個人的な見解だが、ファンに限らず全体として、私と同世代の人間は同じ教育を受けているから、まずレイプやDVはそうさせた女性に非があり、女性が悪い、だから女性はそうさせないように身を守るべきだったのだと考える女性が現在でも多いのではないか。レイプやDVは加害行動であり、受けた人は被害者であるという認識が必要だが、かつて私がそうであったように、その主張は女性のワガママで生意気な態度だと女性でも思っている人はいると思う。私は親世代なので、この価値観で教育した親、された次世代もすでに世の中にいるだろう。
異性間のレイプやDVでも認識が難しいのに、今回は同性間であり、しかもともに異性である。男性から性加害を受ける男性を女性が理解するのは、かなり難しい。だから、ファンの中には「ジャニーズ事務所という名前を変更するべきだと思わない。応援して支持する」、「被害者も過去ジャニー氏におもねっていたではないか」という意見が見られるのではないか。
私が応援したタレントの中には、おそらく加害を受けた人もいる、と考えると、全く信じられない気持ちにはなる。報告書によれば加害されるのは小中学生だったとあった。その頃だと、性の知識はほとんどなく、ましてや被害と加害の認識なんて無いだろう。尊敬する先輩、親しい仲間、周りの大人がそれを許容も奨励もする中で、意味が分からず加害され、その意味をいつか理解したとき、耐えられるのだろうか?と思った。
ファンの中心層が10代であることを考えると、ファンにジャニーズの応援を辞めるか支持するかとか、会社名とか、判断や理解を迫るのは間違っている。良識のある大人が、粛々と組織の改善あるいは解体を進め、良い社会の在り方を子に示す責務があると思う。また、所属タレントは所属タレントであり、罪は罪である。罪は罰せられるべきだ。事実を報道しないマスコミは、各人が性加害に加担していたという意識は無いだろう、分業化を進める事でユダヤ人を虐殺できたナチスドイツと同じように。
あまり大きくない会社の複数事務員(<ほぼ全員女性)がいる事務方職場っぽい感じがした。
つかウチの会社かと。
やること自体はそう難しいことやらないけど、仕事の種類は多数あるのでこういうタイプの人は向かないっていう。
上司はおそらく女性じゃないと思うけど、このクラスの会社で偉くなってる男から見ると
いい学校出ててデキる雰囲気出してない大人しい女って御しやすく見えるんだろう。
ウチの会社の話になるが
何人かこういうタイプの女捕まえてはマシなのは思った以上激務に3日で逃げられ
こういうどうしようもない感じの人は、
子供大学にやる金が必要とかシングルマザーや介護で金が要るから働くしか無いみたいな女性社員に
部長じゃ取り合わないからって社長夫人にチクられて一週間でお断りしていたりした。
そもそも、この部長さんあたりは大人しく従順な人なら事務なんて誰でもできるだろくらいの認識で
理由あって金目だけで働くような奴しか残らないような戦場に居る女の近くになんかビビっちゃって
2000年ごろ雨後の筍のように生まれた「社会福祉学部」を持つ大学(すでに学部名から社会福祉を消した大学も多い)から脱出した教員たちの証言を集めてみました! 特定されないよう適宜改変しています。
・学園の理念に「優しい」「明るい」「素直」「従順」が入っている。
・福祉専門職に必要なものとして「思いやり」「やさしさ」を謳う。
・学生相談室の設置案に「教員が自分の仕事を押し付けるつもりか」と理事が却下。
・心理学、経営学の授業が大量にある一方、社会学系の授業がほとんどない。
・国家試験受験勉強のため、卒論が選択科目となっているおり、ほとんどの学生が書かない。
・人権、労働、差別、エスニシティ、ジェンダーなどのテーマの授業が皆無。
・専攻に関係なく、宗教家だから宗教学、教職免許を持っているから教育実習、子持ちだからから家族支援論という謎基準で事務が授業担当教員を決める。
・「経済学」と「政治学」、「心理学」と「社会学」、「日本史」と「宗教学」など、異なる分野の科目を一人の教員が教えている。
・雑誌コーナーに『世界』『思想』『現代思想』がなく、『正論』『WILL』『HANADA』がある。
・障害学生はできる限り受け入れないよう画策。
・エレベーターは車椅子1台分のスペースしかなく介助者が入れない。
・2000年代には研究禁止の御達しがなされていたため、開学の際にいた研究志向の教員が他出、残ったのは病人か「けんきゅうってなに?食べられる?」という人ばかり。
・研究してる人には散々辞められているからか、募集停止校からヘッド(?)ハンティングしてくる。
・研究や本に対して敵対心を示す人が多い(例えば、授業公開に行ったら、教員が「著作権料で食ってる人」というのをdisっていたのを聞いた、とか)
・理事が「公募では人物がわからないので絶対しない」と宣言している割に、直接、大学に履歴書を送りつけて採用された人が多数いる。
・入試問題の現代国語を併設高の教員に外注しているらしいのだが、常に昭和の文章。
・卒業式で理事が「ジェンダーフリーが家族を滅ぼす」とか「人間にはそれぞれ分というものがある」とか熱弁。
・式典では日の丸君が代はもちろんのこと、日の丸に敬礼させられる。
・東日本大地震は地震兵器論者、中国脅威論、Qアノン信者など、教員に陰謀論が蔓延。
・北欧は高齢者の安楽死をしているから「寝たきり老人」がいないと講義で解説する教員がいる。
・家業で保育士を雇っていることから保育士の給料が高すぎると言及する教員がいる。
・事務の女性が若く、皆美人(併設短大で卒業時に声をかけ採用している)。
・卒業パーティで男性理事たちが女子学生を膝の上に座らせている。
・有志で実施した教職員対象のハラスメント実態調査が握りつぶされた。
・朝礼がある。
・オプキャンや入試で土曜の時間外手当をつけないために週休1日制。
・部活担当で年間労働時間推定4000時間越えの教員(!)がいる。
・部活顧問柄全国大会へのバスの運転まで全部やらされており椎間板ヘルニアを発症した。
・引っ張ってきた部活顧問(授業担当なしで教授)が体罰を多用し、退学、休学が相次ぐ。
「福祉の時代だ!」と言われて福祉マインドもないのに儲かるからと学部を作って、梯子を外されたんだな。
(追記)ちなみに私(旧帝大卒博士号持ち)の場合、就任当時は真面目で伸び代がある学生に恵まれており、そこには不服はなかったことは付け加えておく。