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2023-10-07

正義ヒーローがいると社会は悪くなる

ジャーナリズムごっこ

https://anond.hatelabo.jp/20231005063225

の続きといえば続き。

NGリスト」のおかげで、また妙な方向へ話がドライブしている。

そりゃあんだけ大暴れしてたら後回しにされない方が変だろう。

一方でそんな内々の処理をダダ漏らす無能ぶりに震える。バカくらべか。

望月だって説明責任全く果たしてないとか弟が云々というのは無理筋というか「それはそれ、これはこれ」である

ジャニーズ望月記者のどっちの肩を持つん!?」というような問題ではもとよりないのだ。でもそういう対立構図でしかものごとを捉えられないレベルの人々が蝟集している。

さらに言うなら人だかりにはそれ自体に人を呼ぶ力がある。「対立構造しか考えられない」どころではなく、ほぼ何も考えられないが火事場の雰囲気にあてられて興奮して走り回る種類の人間が集まってくる)

児童に対する性犯罪とその組織的隠蔽事件までウヨサヨ対立ネタになってしまう、奇妙な社会を我々は生きている。

と、ここまでは前置き。知ってるか?正義ヒーローがいると社会は悪くなるんだよ。

ポスト核戦争の無法の荒野ではケンシロウは力無き民の唯一の希望だが、

警察とかがそれなりにある社会で、ヒーロー自由徘徊して悪人をこらしめてまわってたら社会は悪くなるよ。偏頗な正義は分断と憎悪の母だから常識だろ?えっ知らないの?なんかもっとマンガとか読んで勉強するといいよ。

それぞれの人間がそれぞれの利益・思惑でめいめい勝手に動き回る社会可能なのは手続き的な正しさだけだ。要は法秩序民主主義

別に望月衣塑子だけを念頭に言ってるわけではない。「文春砲だってそうだ。

スキャンダリズムは「正義を売らない」という旗印を掲げる。朝日新聞的に自分たち大衆を導いてやるというのではなく、大衆動物的関心に応えているだけだと。

複雑な社会の中には一部にそういうのもあっていいだろう。情報のドブ浚いというやつだ。

しかし今の文春のポジションは明らかに期待されすぎである。もちろん他のマスコミが不甲斐ないのだ。

2023-10-03

ジャーナリストごっこ

記者会見で「マナーを守れ」というと、取材対象(今回はジャニーズ事務所)に対して手心を加えろという意味だと思って反発する人がいる。

マナーは同業に対してのものである一社質問時間を独占して、他社の機会を削るなということだ。

各社が少しずつ別の質問をすることで問いが多角的になり、視聴者の「知る権利」に資するということも(理想的には)ある。それが合同会見の意義だ。

単独で突っ込んだ追求がしたければ自分であらゆる機会を捉えて追っかければいい。取材ってそういうことだから。なんで合同会見の場でしかコンタクトできないかのような話になっているのか。

もとより記者会見の場は糾弾イベントではない。というのは「糾弾するな」ということではなく、当日その場で張り切ったって、ただのスタンドプレーしかならないということだ。

望月記者の人柄は信用ならないが、こういう時の鉄砲玉としては使える」

事務所側のルール設定に従順に従っていても真実を暴くことは出来ない」

いや当日スポークスマンを吊し上げたって何も出てこないから。

近年文春が無双してるのは、いやらしいまでに外堀を埋めつつ戦略的事実小出しにする、スキャンダリズムの老舗ならではの老獪さによる。

較べて望月は【世の中で騒がれたことを後追いで騒ぐだけの素人】でしかない。

あれがもし毒にも薬にもなるトンパチな奴だったらジャニーの存命中訴訟リスクもなんのそので追いかけ回していただろう。組織に属することの最大のメリットだ。

しかしそういうことはやらない。というかできない。

あんものは【事件記者コスプレ】なんだよ。

2023-01-07

新聞の末路

毎日新聞記者の、コラボネタは報じる価値が低いということでマスコミ各社一致している、SNSは偏っているという旨の発言に触れて思ったこと。

「紙の新聞の余命は15年」との観測記事とあわせて眺めるに、たいへん趣深い。

https://togetter.com/li/2036314

https://news.yahoo.co.jp/byline/kamematsutaro/20230101-00330946

ここからは本当の末期だというわかりやすメルクマールだ。闘病中と聞いていた知人がガリガリの別人みたいな相貌に変わっていたらいよいよかと思う、そんな感じ。

そもそも緘口令が出ているかのように黙殺したり、年はじめで各社一斉に同工のフォーマットで報じるその一糸乱れぬ斉一ぶりは異様だ。そういうのが当たり前になっていること自体が。

もっとコラボの悪行を報じろよとか暇空氏にも味方してやれよとかいう話ではない。

まらない私闘にすぎないとかよくあることだとか言うなら、そのつまらないことがかくも多くの人間の関心を集めているということ自体が常には無い変事だろう。取り上げる切り口なんていくらでもあり得る。ネットでいま〇〇が話題だそうです式のお手軽ヤドリギ記事は大好きだったはずだ。

ひたすら「特落ち」を恐れ、また「抜け駆け」はせず、まるでお役所みたいに決めごとで動くジャーナリズム。どうかしてるぜ。という指摘はかつて上杉隆らが行った。その後の体たらくは誰もが知る通りだが。

有限な紙幅にニュースバリューの高い順に取り上げられてるだけで他意はないと言えばもっともらしいが、滑稽なまでに「一糸乱れぬ」動きの言い訳にはなっていない。

そもそも情報の重大性」と「紙面への取り上げやすさ」は全く別である

例えば紛争地域リアルタイムでの実情などは、重大さは最大級であり、一次情報の取得コストも大きい。つまり取り上げやすさは最小。

一方「小学生田植え体験しました」みたいないわゆるヒマネタは、誰一人関心はないが業務上極めて扱いやすい「定型文の穴埋めで作れる記事」であり「予め予定が立つニュースである重要度ほぼゼロ、取り上げやすMAX

お上プレスリリースと違い、スペースの都合で没にするのも自在

大都市圏居住者は、あるいは実際には見たことがないかも知れない。地方紙社会面地方局夕方ニュースにおいて、田植え体験高校生SDGsの取り組みの模様が永遠に垂れ流されるのを。ニュースバリューとは。

知られた話だが、新聞社は調査報道機関ではない。納品された情報を整理して受け流す、聞こえよく言えばキュレーターである

形の揃った野菜を出荷するみたいに「いつもの定番ネタ」は業務ルーティンにするっと乗りやすい。

まだ世評・解釈の定まっていない新奇な話、いびつキュウリははじかれやすい。ニュースバリューとは。

しかしそういう型にはまった本邦マスコミ報道のありかたはひとえに害でしかなかったのかと言えば、そんなこともない。主な利点はスタビリティということにある。おつむの軽い「熱血記者」は悪いやつらにうまく利用されるのが関の山だ。世間大新聞の腰の重さをむしろ信頼してきた。

そもそも良い報道とは? ジャーナリズムとは本来どうあるべきか? といった問いにみんなが納得する答えはあるか。ジャーナリズムが共有すべき、一番ベーシック価値とは何か。

権力監視すること」とか言ったって国家権力ばかりが権力じゃない。

事実ありのままに」とか「客観的に、公平公正に」みたいなことは実現不能だ。

実現不能お題目を掲げることは建前と実態乖離常態化させ固定してしまう。

そもそも電波法に縛られるTV局は別として、新聞社に中立義務はない。

思うにやっぱり「果敢さ」しかねぇんじゃねぇの? なんとか月衣塑子みたいな薄っぺらい熱血妄動に陥らないようバランスを取りつつの

こんにち新聞相手にされなくなる一方で、文春のスキャンダリズム一定の信頼を得ているのを見よ。

政権与党ガツガツ果敢に切り込む新聞があったり、むしろ野党ガンガン行く社があったり、それぞれの角度から検証可能な形で情報提供する。

それらが合わさりデコボコを埋め合って、民主主義社会のいわば媒質であるところの公論の場ができる。

そもそもマスコミ存在目的とはその社会に生きる人々の共有する「場」を提供することなのだ。一億人が同じ情報に容易に触れ得るということによって。情報の水の中に個人は油滴のように浮かんでいるのだ。

オールドメディアネットにお株を奪われたのは、速報性とか取材力かいうことではなく、その「共通の場を提供する機能である。つまり本質の部分。

マスメディア全盛の時代にも、それ以外の情報伝達経路、例えば万古よりの「噂話」が命脈を失ないはしなかった。

でも文字通りマスに同時に届けられるという点で、すなわち前述の「場を作る機能」において、新聞TV会社特権的立ち位置にあった。

今はそういう時代ではない。

それなのに「なんだかんだ言ってもぼくらプロ新聞記者取材力、信用にはSNSなんかはまだまだ太刀打ちできないでしょ」とふんぞり返る記者様の図。まさに悲喜劇

王国が滅びようとしてる現実に向き合えない落日のお貴族様の姿だよ。

追記

「そんなに新聞様に取り上げてほしかったらしかじかの体裁をとれ」というコメントが付いている。

から暇空のこともっと取り上げて欲しいという話はしてないんだけどな。

「取り上げてやるかどうかの基準はこうだ」と硬直的な決め事を振りかざすのは、換言すれば咀嚼力のなさを自慢するひ弱なお公家さん仕草であり、マスコミ生命力低下のあらわれであると言っている

監査結果が出てお上お墨付きが出る前に報道で触れるべきではないとか、自分が何言ってるかわかってるのか

2020-10-10

anond:20201010182238

学術会議が出した人選リストに、総理めくら判押す決まりなんです。はい勝った。これ以降ガタガタ言うやつは、日本語の読めないアホだけ。以上。終了。

学術会議がクソだからだとかゴニョゴニョ言いだしてどうすんの? それ別件だから

まりは決まり日本法治国家首相が決まり破ったらアウト。はい正解出てます

選挙も何も経てない学者どもが不当な力を持っている。システム自体おかしい。おかしシステムを壊していくには多少の横紙破りが必要だ。

□だーかーらー(半笑い)、そう思うなら正規手続きで決まりを変更すればいいんでちゅよー日本法治国家なんでちゅよーていがくれきちゃんわかりまちゅかー?

本来なら政治関係ない or 中立でなければならない団体がさよくの牙城になってることが問題なんだ。学術会議しかり、教職員組合しかり、弁護士会しかり。すでに偏向しきった団体ふつうのやりかたで変えるのは難しい。外からも中からも。

□つくづくアホとは会話にならんな。何? がじょーがどうたら言い出すんなら業界団体自民の票田なんてケースどんだけあると思ってんだよアホ。おいアホ。

◇だからいったん既得権で固まっちゃったらふつうにやっても動かせないだろ。現実の世の中は 100%理屈法律だけで動いてねんだよ。だからお前らもいっつも政策論争じゃなくてスキャンダリズムとか嘘八百印象操作政権攻撃してんだろ。目的のために手段正当化してんだろ。

□いつから政権批判が不法行為になったんだ?

政権批判が悪だと言ってるんじゃなくて、政権批判のためなら嘘ついてもヨシとしてることを言ってるんだよ。

朝日新聞うそつかない。

◇(瞳孔が開いてやがる…)

□…ま、そうやって低学歴どもが泣き言垂れたとこで最初から結論出てっから。スガはアウト。

◇世の中では、お前の言う低学歴ものほうが数が多いんだぞ。お前みたいなのがそうやってふんぞり返るほど、俺らはますますガースー支持するからな。

□アホがアホを支持する日本死ね!

◇お前のアホ判定とかどうでもいいよ。世の中の多数が高学歴のお前から見てアホだろうがどうだろうが、多数ってことはそれがふつうってことだ。

□うわーアホの開き直りきたわー開き直ったアホは手の施しようがないわー

◇いいから。どっちみち政治家のレベル選挙民のレベルを越えないんだろ。ガースーは俺らが選べる範囲ではほぼ MAX 級にクレバーな男だと俺は見ている。

□(瞳孔が開いてやがる…)

結論些末なルールが全てじゃない。ものごとには優先順位というものがある。

□いま些末って言ったか

◇もういいって。飽きた。

自分いかにアホか証明しまくって楽しい

はいはい、おりこうちゃんおりこうちゃん。次の選挙が楽しみだな(笑)

日本死ね日本死ね日本死ね日本死ね…

2010-06-16

最近産経新聞はいじわるばあさんみたいになってしまった

私は産経新聞が好きだった。

1年前までの産経新聞は、政権の揚げ足をとるのではなく、政策をじっくり吟味して記事にしていた。

拉致問題でいち早く動いたのも産経新聞だった。

あの頃の産経新聞は、国を思い、責任ある言論を心がけていた。

それが、今はどうだろう。

毎日毎日、民主党政権揚げ足取りのような記事ばかりだ。

批判のための批判ばかりだ。

毎日、姑が妻をいじめているのを横で聞いている旦那の気分だ。

赤旗を読んでいると錯覚する時さえある。

今の産経新聞は、いじわるばあさんのグチとたいしてかわりない。

産経新聞よ、お前は民主主義を否定する訳ではあるまい。

政権交代自体を否定する訳ではあるまい。

批判のための批判はヤメロ。

嫁いびりなんて聞きたくない。

たとえ自民党広報誌であっても、民主党政権の良いところは認めるべきだ。

なんでもかんでもダメダメでは、どこぞのバカサヨクと同じではないか。

それに、つまらないスキャンダルばかり取り上げても産経新聞自民党の評価が高まる訳ではない。

今の産経新聞にはジャーナリズムはない。

ただのスキャンダリズムでしかない。

産経新聞には今一度、自分を見つめ直してもらいたい。

そして、好きだった頃の産経新聞に戻ってもらいたい。

 
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