はてなキーワード: 土地とは
総理が土地売買に関与したり地元支持者を格安で飲み食いさせたりして疑惑として取り上げられても
「ご指摘にはあたりません」とかなんとか言ってみんなが飽きるの待ってれば何も無かったかのようになっちゃう国だからな
アメリカとかフランスだったら暴動とか大規模デモが起きてもおかしくないと思うよ
不動産屋とかの「店」(リアル・ネット問わず)ってのは言ってみれば「必要悪」みたいなもんなんだよね。
もし土地を売りたい時不動産屋が無かったらどうする?その土地に「この土地売ります○○万円連絡先は~」って看板でも立てる?でも人通りの少ない土地だったら効果ないよね?Webサイト作って売り出しても知名度ないから誰も見に来ないよね?
こうやって売りたい人と買いたい人を直接つなげるのは現代では物も人も増えすぎて無理なわけで、そういった時に「店」が必要になってくるんだよね。しかも「店」ってのは類似の商品をたくさん置いているからAが高すぎるならBはどう?って比較もできる。転売にはこれがない(なぜなら買い手が求めてるのはAだけで他の物は求めてないから)。
「店」はお互いリーチしづらい状態にある売り手と買い手を1箇所に集める力がある、だから多少手数料が載っていても有用。
一方PS5の転売とかは元々「店」から買えるものを店→転売屋→買い手と不必要な1アクションを増やしてる。必要ない1行程を増やしているので「必要悪」ではなくただの「悪」。
「貴重な商品が買えるんだから感謝すればいい」って逆、転売屋のせいで買えなかった不幸な人の方が圧倒的に数が多い。足し引きで言えばマイナスの方がでかい。
娯楽品だからセーフみたいなのも無い。それを言うならお前はパンのみで生きてみろと。現代人に娯楽は必要だ。
転売屋が許されるのは例えば山の山頂でしか売ってないお土産を買ってきてネットで転売する、みたいな元々リーチしづらい状態の物をしやすい状態に持っていった時だけ。
鉄腕アトム「透明巨人の巻」という話がある。若き天才である花房博士が物質伝送機のせいで、ウサギ、魚、ロボットの融合した怪物になってしまうエピソードで、「ハエ男の恐怖」が元になっている。その最終部で、博士が悪党を罰するために物質伝送機であちこちに飛ばしてヒーヒー言わせるドタバタがあるが、その中でラインダンスの真っただ中に飛ばす。悪党どもが冷や汗をかきながら一緒に踊ってごまかす横で、レオタード姿の女性が並んでいる。
また、これはどこで読んだのか忘れたのだが、手塚治虫が宝塚劇場を訪れ、レオタードというか舞台衣装の女性に囲まれて興奮のあまり卒倒しているコマのある漫画があったと記憶している。
つまるところ、こういうスカートやレオタードのラインダンスは宝塚が起源なのだろうか?
まずは基礎的な情報を手に入れるために、ウィキペディアで「ラインダンス」を検索した。すると、意外な事実に行きあたった。
ラインダンス(Line Dance)とは、ダンスフロアに整列し、全員が一斉に同じステップを踏むダンス。主にカントリー・ミュージックやポップスなどの曲で踊られることが多いが、音楽ジャンルに特に限定は無い。
また日本ではポンキッキーズという番組で知名度を上げている。本番組の場合では、主に小中学生の女子は椅子を一列に並べた状態で、ポンキッキーズれていた[ママ]曲や洋楽を流しながら座ったり立ったりしてラインダンスを行う形だった。それに加えて普通のダンスを混ぜて行う為に非常に難易度が高かったが、成功すると非常に見た目がよく、放送当時はこのダンスを学芸会や体育祭で取りあげる学校も多かった。
ひらけ! ポンキッキ!から視聴していた自分のような人間からすると非常に懐かしい。しかし、あの女子たちの踊りは確かに脚を上げるものではなかった。
それならば、あの踊りの名前は何か? 散々探し回った結果、次のことが分かった。横に並んで脚を上げる踊りはロケットダンスと呼ぶそうだ。なるほど、このキーワードで探すとたくさん見つかる。リンクが多いと投稿できないので、冒頭のhを抜く。
ttps://www.youtube.com/watch?v=4i7y6XE7sz8
ttps://www.nicovideo.jp/watch/sm31659056
ttps://www.youtube.com/watch?v=fVewBno93RA&list=RDfVewBno93RA&start_radio=1&t=137
名称は、米国のダンスカンパニーロケッツからだろうか?(後ろの男性諸君の笑顔がいい)
ロケッツは、1925年にセントルイスで、「ミズーリ・ロケッツ (Missouri Rockets)」として結成された。創設者のラッセル・マーカートは、1922年にブロードウェイの「ジーグフェルド・フォリーズ」で見た「the John Tiller Girls」(英国のダンス・グループ)にヒントを得て、「もし、もっと背が高くてもっと脚が長いアメリカ人の女の子たちに、複雑なタップダンスと目の高さのハイキックをさせることができたら...イチコロだ!」と確信した。
だが、ここから名前が来ているとすれば、ラインダンスはフレンチ・カンカンではなくアメリカ起源ということになる。
第二次世界大戦終結後の1946年に、宝塚音楽舞踊学校を宝塚音楽学校と改称し、4月22日から宝塚大劇場で公演を再開した。再開第1作は『カルメン』『春のおどり』の二本立てで、大戦中に入団した計3期69名がラインダンスを披露した。
とある。ここまでは想像がついた。宝塚ではなく松竹のであるが、おおよそ同時代の写真がある。
1927年、岸田辰彌が欧米遊学から帰国。岸田はこの経験を活かして、日本初のレビュー『モン・パリ 〜吾が巴里よ!〜』を日本人の世界旅行記をテーマにして制作する。同年9月1日から上演され、画期的な内容で大ヒットを記録した。主題歌レコードがヒット、当時としては露出の高い豪華な衣装も話題となった。ラインダンスを初めて演目に取り入れ、16段ながら(現在は26段)大階段も登場した。以後、少女歌劇のレビューに欠かせないものとして定着する。
つまり、ラインダンスは1927年にまでさかのぼるのだ! 実際問題、当時としては露出の高いと書かれているが、それがどの程度かはよくわからない。ウィキペディアに写真はあるが不鮮明だからだ。歯がゆい!
しかし、1930年の「パリゼット」の写真はあった。確実なことは言えないが、ほぼレオタードだ。日本国内で初めてバレエが演じられたのは1911年の帝国劇場であり、レオタード的なものに対する抵抗は、わずかながらも減っていた可能性がある。
今まで、同じ少女歌劇団としてこの二者を併記したが、それぞれカラーは大きく異なる。長くなるが、「松竹歌劇団」の項から引用する。
宝塚歌劇との比較では、松竹歌劇の方がよりスピード感と大人の男性の嗜好(色香)を優先した演出を行っていた。これは片や下町の浅草、片や山の手の日比谷(東京宝塚劇場)という、両者が拠点とした土地柄の違いによるものともされるが、前述のように、東京松竹が発足する以前から、松竹レビューの基本要素には「エロティシズム」が含まれていた。青地晨は次のように述べている。「昔はズカファンにとっては松竹は下品でみられなかったし、SKDファンには宝塚は気取って鼻もちならなかった。だが、二派に分れてシノギを削るほど、本質的な違いはなかったにせよ、宝塚と松竹と、それぞれのカラアと伝統があったことはいうまでもない」。戦後の占領期には松竹・宝塚両方を取り上げる雑誌が複数刊行されており、ある程度観客層の重複もあったとみられるが、戦前からのファンには、両方を愛好するファンを「節操がない」と批判する向きもあったという。
こうした説を補強する、次のような画像がある。
1932年、松竹の「らぶ・ぱれいど」公演の様子。 明確にレオタードを確認できる。
スポーツ新聞ではラインダンスを撮影するとき、たいてい脚を上げているところを映しており、これってどうなのか、と思わなくもない。最近、女子スポーツの写真をことさら性的に撮影することを阻むため、JOCが対策に乗り出すことにしたそうだ。いいことだと思う。女性がスポーツを思い切り楽しむとともに、写真を撮る楽しみも守られるよう明確なガイドラインを望む。それと同時に、スポーツ新聞のこういうチアのアンスコばっかり撮っちゃう傾向にも一定の歯止めがあってしかるべきだろう。ついでにノーバン始球式という表現もギャグが滑っている気がする。
しかし、自分も同罪かもしれない。ある程度読んでもらうためにはタイトルを工夫せねばならず、レオタードで読者を釣ってしまっている。
上記の松竹歌劇団の動画が含まれているリストをたどっていると、驚くべきものを見つけた。
https://www.youtube.com/watch?v=BVKkNAf1ruI&list=RDfVewBno93RA/
なんと、1940年代にはすでにチアの見せパンのようなものが存在していた! こうなると、見せパンの歴史はサーカスの衣装などにまでその調査を広げないといけない。もっとも、これは見せパンなのかスカート付きレオタードなのか判然としない。一瞬お腹は見えてるけど……。
英語版ウィキペディアのshortの項には、bun huggers(ショーツみたいなブルマー)について次の記載があった。
In 2008 it was noted that the International Volleyball Federation used to require that female volleyball players wear such garments while playing.
なんと、ブルマータイプの衣装の強制が21世紀になっても行われていたのである。にわかには信じがたい。以前にはビーチバレーの衣装の強制について調べたが、問題はここにもあったのである。
さいわい、こうしたことは昨今になって改善され、好きなものを着ていいことになった。動きやすいようにショートパンツが多いが、ブルマーが強制されなくて本当に良かった。
僕はブルマーが好きだ。だが、強制は大嫌いだ。ブルマーが好きなら嫌がる女性にはかせて喜ぶなどもってのほかだ。
それとは別に「Short shorts」と呼ばれる短パンがあることも知った。自分が以前の記事で1930年の The Women’s League of Health And Beauty=The Woman’s League of Health and Beautyのブルマー風のものやナチス時代にブルマーにカウントしていたのはこれだったかもしれない。やはり写真だけではわからないことが多いが、念のため訂正しておく。ブルマーの世界的な分布についても、再考を要する。
今回は、フレンチ・カンカンへの興味から派生して、ラインダンスについて調べた。1930年代にまでさかのぼることが分かったが、それがフレンチ・カンカンからの影響を受けているとはっきり示すには至っていない。彼がパリにいたのは名高いMistinguettが活躍した時期のことで年代に矛盾はないが、証拠は不十分である。
また、追加調査により、ブルマーや見せパンの広がりの年代がかなりずれる可能性が見つかった。今後も調査に役立ちそうなキーワードが見つかり次第、記録していきたい。
口座現金は100兆円くらいだよね
それ以外は資産を売却しなければならないが、金持ち死刑ということは国内では誰も買わないだろうから資産として山分けになる
よくわからん会社の株券(※売れない)とかどこか知らんとこの土地所有書(※売れない)とか、なんかのエンジン部分だけとか、名画を半分切ったやつとか、そういうのがもらえるんだと思う
触れた方がいい娯楽なんて何一つない(触れるか触れないか自分で好きに選べばいい)ので別に何も見なくていいんだが、2020秋アニメに限定すると「100万の命の上に俺は立っている」と「神達に拾われた男」のプレゼンをしたい。というか、友達がいないので無に向けて語りたい。
先に言っておくと「語りたい」だけで「面白い」とは一言も言ってない。「神達に拾われた男」は退屈といえば退屈(好きだけど)。「100万の命の上に俺は立っている」は面白いけど、別に2020秋アニメの中で1番だとは思っていない。
それはそれ、これはこれで、この2つの作品はテーマが「ありきたりなように見えてありきたりでない」ので、この微妙な部分について語りたくなった。
ちなみに2020秋で1番好きなのは「魔王城でおやすみ」です。理由は可愛いから。
なろう系のテンプレ、「現実で冴えなかった俺が異世界で無双する」話。だと思った?
大きく間違ってもいないんだが、微妙に違う。この作品は、「現実で周りに馴染めなかった俺が、異世界で評価されてみんなに受け入れられる」話。なんだよな。
最近のなろう系では「追放されて復讐する」系が流行ってるらしいが、この作品は「元の土地を追放されるも、別の土地では追放されず、優しい人に囲まれながら上手く生きていく」話なんだな。
この作品において、主人公を褒める周囲の人間というのは、「神輿を担ぐ下っ端」ではなく、「偉い偉いと褒めてくれる親戚のお爺さん」なんだよな。
そしてだからこそ、主人公は周囲の期待に応えようと頑張る。見ていて心があったまる話だよ。
「本好きの下克上」っぽさもあるけど、それより「けものフレンズ」に近いかもしれない。
設定だけ見ると「異世界GANTZ」とでも呼ぶのが妥当なのかもしれないが、この作品の1番の見所は「主人公(達)がダークヒーロー”ではない”」ところだと思う。捻くれた倫理観に固執してはいるけれども、決してそれが直接的に「かっこいい」ものとしては描かれていない。どちらかといえば、それは彼らの未熟さの一部なんだよな。
こういう描き方はある意味「聲の形」辺りに通じるところがあるかもしれない。
彼らは弱い。この世界に対して全く無力だ。でもそんな世界で自分を守るために、必死で強がって周囲を威嚇している。そういう姿が丁寧かつリアルに描かれている。
そんな必死で我武者羅に生きる姿が、最高にかっこ悪くて、かっこいい。
面白いよ。
便利とは不便になること。と父は言った。
ふくいのデータが消失した。おそらく、数人のミスだろう。と思いつつ、
笑っている場合じゃない。と父に連絡をした。
大手電器メーカーに勤めていた父と農家の娘の母の元に長女(兄私弟)として生を受け、
底辺と言われる工業系の高校を進学、壊滅的な5教科のテストの点数と比べ、
ハードウェア理論、ソフトウェア理論、ネットワーク理論の点数が良かった。
高校在学中に午前午後ある初級シスアドは、ITパスポートと名を変え、第1回でなんとか受かった。報酬金は1万だった。
東京から地方に拠点を作りたい!という計10人ほどのWEB制作会社に地方拠点の立ち上げスタッフとして新卒で就職、2012年当時からハングアウトにて朝礼を行っていた。
地方拠点には東京からの常駐スタッフが1人、同じく立ち上げスタッフとして就職したハローワークのWEBコースを受講した10歳上の女性と3人。彼女は英語がペラペラだった。
私は、1年ほどで嫌になって退社した。
市の臨時職員や、リゾバ、派遣、日雇いをしながら、2、3年ほどフラフラしていた。
稀にアップしていたBitBucketのソースが、たまたま誰かの目に止まり、大都会東京にやってきて3年ほどだろうか。
私がGITに初めて触れた当時は、非公開リポジトリはGitHubだと有料アカウントしか作れなくて、新卒で入社した制作会社にてBitBucketを使っていた。
誰もが知っている会社、大卒の就職したい会社ランキングに、ここ数年上位に入っている会社で働いている。
年収は同年代に比べたらもらっているほうだと思う。(独身の20代女性の平均値よりは幾分か高い。)
底辺だが、24,5の女が応用情報まで取得していることを珍しがられた。肩書きと時代に救われた。
その分の働きができているかは微妙で、関わりがあるシステム管理者にそのことを話すと、工学部の大卒でも受かんない子いるのにもってんの?、論理的に考えることできんの?とか悪い意味でびっくりされる。
大手電器メーカーで勤めていた父は田舎者にしては、珍しく物好きで、Linuxが家にあった。コマンドを打っていた姿が目に焼き付いている。パソコン通信を好んでしていたのだろう。電話を使ったらいけない時間が幼稚園の頃にあった。
小学校にはいると、ADSLが自宅に引かれ、インターネット、パソコンは私の身近なものだった。いま思うと当時ではかなり珍しかったと思う。なんせ田舎だったから。
つい最近知ったのだが、電器メーカーの前にどうやらしいたけの親会社で働いていたらしい。東南アジアかどっかへの海外転勤が嫌で辞めたとさ。ちなみに同じ底辺高校出身。
ビニールハウスをうんてい代わりにし遊び、ハウス内で飼っているハチに何度刺されたか。
いちごをメインにしていたので冬になるといちごで冷蔵庫がいっぱいになり、腐らせて捨てていた。
なんて贅沢なんだ。
いちごが食べたい。
同じ両親の元で育った兄はホテルで調理師を。10年ほど前の携帯電話を使い、AndroidスマフォとiPhone違いが分からない、兄である。
3G終了するから買い換える羽目になるよ。と何度か伝えてるが終わるまで使うとのこと。
弟は、県で1番頭の良い工業高校にスポーツ推薦で入学、ちゃっかり某電力会社に高卒で入社、姉から見ると賢いなぁ。要領いいなぁと思うよ。
日本から捨てらた土地の真逆の田舎で生まれ、底辺の高校を卒業し、リゾートバイトや派遣、日雇いという訳ありな底辺にいた。
スキー場から見る雲海は綺麗だったし、雪景色は、最高だった。沖縄の海も綺麗だった。温泉は大分が良かった。
ただただ、楽しかった。
要領も頭も悪いので、見合った働きはできていない。
ネットワークスペシャリストに2回落ちてから、高度の午前免除が消え、情報処理技術者試験とさよならした。
午後より午前が辛い。
環境という名の要因はあるけれど、自分がどんな豊かさを求めるかによるんじゃないか。
日本から捨てられた土地で生まれた彼女が上京して、予備校の教科書があれば東大にいけてた。といっていたけれど、
環境を手に入れたのだから学びなおして東大に行けばよかったのに。なにいってんだ
両親が子供である私たちに今の時代に大学まで行かせてあげるお金がなくてごめん。と1度だけ謝られたことがある。
母から子供が3人居なければなんとかなったかもしれないけど。とこっそり言われた。
兄や弟は知らないが、残念ながら私は、大学へ進学出来るほどの学力、要領を持ち合わせていない。
Twitterは、年々使いづらくなり、代わりを模索し、いまマストドンに引きこもっている。
wwwは、どんな未来を模索しているんだろう。どんな変化をしていくんだろう。この瞬間を懐かしく思う頃がくるのかな。
コロナで精神病んで、この2.3週間で、自殺した同級生が3人いるこの瞬間を。
東京は、遊ぶところが多くて、買い物も楽しくて、コーヒーも美味しくて、豊かで便利だけど、不便だなぁ。
ふるさと納税どこにしようかなぁ。
おすすめあったらおしえてちょ★
夜、コメダに行った
所用のために外に出て、その帰りの道すがらに寄ったので店内に入ったのは21:00頃になる
年末調整の提出書類や今年も駆け込んだふるさと納税の申請書、生命保険の契約内容確認や積読本などが溜まっていたのでそろそろどこかで片付けたいと思ったからだ。
正直ここのコーヒーは美味しいと思わない。
この時間にあのハイカロリーな食事も摂ろうとはいささか思えない。
ただ自宅では捗らないのは自明であるためどこか作業場所が欲しかった。
ここは地方都市だ、夜遅くまで営業している店の多くは居酒屋かチェーン店になる。
ファミレスはもとより検討外だった、田舎にとってファミレスはその名の通り『ファミリー向けのレストラン』であって、一人で訪れる場所ではない。この時間でも家族連れの顔見知りに会う可能性は充分にある。
だからコメダを選んだ、コメダはこの近辺に何店舗かあるのだけれど、車社会のこの土地で立地と駐車場にやや不便さを感じるこの店は恐らく知り合いと遭遇する可能性は低いと踏んだからだ、とても消極的選択だった。
それでもまだ21時台なので、きっと店内は賑やかなのだろうなと想像していたのだけれど入り口をくぐると店の中は驚くほど静かだった。
店内に客はいるのだけど、タブレットで読書をするサラリーマン、参考書を広げる女子学生、会話もそこそこに眠たそうに寛ぐ部屋着の男女、みな静かに自分の時間を過ごしているようだった。
店の一番奥の2人がけの席に座った、壁を隔てた向こう側ではイヤホンをした女性が何やら書き物をしている。しばらくすると穏やかなそうな女性の店員がお冷を運んで来てくれた。
メニューを開く、前言撤回をして珈琲を飲みたかったのだけど、この時間にそれを飲めばカフェインに弱い私は確実に眠れなくなるのでホットミルクを頼んだ。
以前東京を訪れた際、夜遅くまで営業しているカフェに入ったことがある。薄暗い店内に間接照明、洒落た内装、店内中央に置かれた一枚板のカウンター、ハンドドリップで淹れる珈琲。
ひとり観劇の余韻に浸るには整いすぎた空間だった。珈琲一杯の値段にとても驚いたのだけど、この空間を買ったと思えば決して高くはない。嘘だ、ちょっと格好つけた。伝票の値段を見た時、田舎者の来る場所ではなかったのだと思った。入り口でこの値段を見ていたらきっと私は気後れしてこの店には入れなかっただろう。
とはいえ、こんな場所が地元にもあれば良いのにと都会の街をとても羨ましく思ったのだ。
木の温もりがある内装、程よい固さのソファー、音量を最小限に絞ったBGM、穏やかな店員、手元の良く見える明るい店内、他人に興味を示さず思い思いの時間を楽しむ見知らぬ人々、何もかも完璧だった。ここのドリンクも決して安くはないけれど、あの三茶のカフェに比べれば破格だ。あそこでは深煎りコーヒーを頼んだのだけど、正直味は覚えていない。
しばらくすると注文したドリンクと一緒に小さな袋が小皿に乗って運ばれてきた。セットの豆だと店員は言う。そうだ、コメダは久しぶりで忘れていた。
マグカップの横に置かれたちいさなホスピタリティに少し目頭が熱くなった。思えば最近は仕事に忙殺され一人暮らしの私の生活は荒れていた。こんな心遣いを受けるのは久々だ。この値段でこれ程素晴らしいおもてなしを受けられることに感動した。
豆をつまみながら飲むホットミルクは格別に美味しかった。暖かさを保ったままのマグカップを両手で持ち背もたれに寄りかかる。今私はこの時間を買っているのだと思った。
夜コメダは最高だ、この静かな感動を書き留めたくて机の脇に置かれた紙ナプキンを一枚取り出しボールペンで文字を綴った。こんなことするのは学生以来かもしれない。紙のスペースが足りなくなったので、こんどはここに文章を打った。おかげで雑務は全く捗らなかった。
このまま朝までここにいたいのだけど閉店時間が近づいてきたので会計を済ませ店を後にした。
店の外にでると冷たい風が肌を撫でた
大きく息を吸った。静かだ、完璧すぎる夜だ。
暗闇の中で少し寂しそうな車が私を待っていた。
どこに停めたかすっかり忘れていた、私は真逆の方向に向かおうとしていたらしい。
なんてことを考えながら車の待つ方へ私は踵を返すのだった。
俺のジジイもそんな感じだった。人に金貸すの人助けだと思ってんだよね。家族はそのせいで苦しんでるのにさ。半分詐欺みたいな話に乗りやすいんだろうな。他にも使いようない土地買わされたりいろいりやってたらしく、俺も詳しくは聞かされてないけど8桁単位で借金作ってる。勿論数十年間ジジイと他の家族の仲はヒエッヒエで毎日○ねと言われてるので、そうなる前に増田父とは距離置いた方がいいと思う。そう簡単にいかないのもわかってるんだけど……悪いね。
婚約者 同僚(同居中)
母 自営業
父 自営業
姉1 遠方に住む既婚者
姉2 近所に住むバツイチ
父 現役公務員
母 現役公務員
妹 既婚者
交際期間は短いが仕事での付き合いは2年以上ある上に、双方の家族から気に入られていたので結婚自体はスムーズに行くはずだった
同棲初めてすぐの頃に両家の顔合わせは済ませており、入籍のタイミングを図っていたらこのコロナ渦に自分の両親が自営業の廃業が決まった
またその直前に自分の夢だった注文住宅の購入に目処がついてきたので、
両親のリタイアと戸建てのタイミングがちょうど重なるから頃合いかな、と婚約者と話がまとまった
食事会はどんな感じが良いか、結婚式はこの時期は無理だから写真だけでも良いか、等
廃業した当日に、引退祝い酒で酔ってる父に私と婚約者は帰り際に
と言った
言った場所、雰囲気、軽い言葉からわかってもらえると思うが、あくまでも「長生きしてね」が伝えたい言葉だった
父親は酔っていたのもあって非常に喜んでくれた
「やっとか。待ってたよー。また詳しいことが決まったら教えてくれ」
と言ってくれた
だが母親はちがった
「そんな大事なことを酒の席で、しかも私には言っていない!!」
勘違いさせてしまったことは自分の落ち度だが、勘違いを訂正せずに姉1と姉2に文句をぶちまけてしまったのだ
よって母と姉たちは、私のことを
※自分が知らないところで話が発展し、突然の説教はその前からあったのだがそれは割愛する
ごめん日記書いててしんどくなってきた。
ちなみにまだこの3人とは冷戦している
この二人にもすでに婚約者との面識があり、結婚前提の付き合いということも知っている
肯定すると
私「結婚式はしない予定。コロナもあるけど式やるお金は他のことで使いたいから」
2「食事会とかしたいじゃん」
私「だからする予定ではあるって…それから黙っていたけど、私家建てるから。もう土地も見つけてる」
私「違うよ。この話は両親に話さないでね。年金と貯金ぐらしになる二人に心配描けさせたくないから。
あの二人のことだから援助してきそうだし」
1「結婚式のお金無いなら費用出してもらえばいいじゃない。というか、出してくれると思うよ」
2「家の援助しないと思うよ」(割愛するが、姉2は母親の蓄えを減らすほどの援助を受けてきた)
私「あのさ、お金を出させる可能性を潰したいの。それから入籍もその家のタイミングと図って一気にやりたいだけだから」
2「なんか家のために入籍してるような気がする」
私「いいじゃん。問題ないじゃない。良いんだよ事実婚でも。手続きしなくて楽だから。
1「ごめん、やっぱり家のこと両親に私から話すね。大きな話だし」
ここで私、姉1に怒る
これまで普通の言葉を使ってきたが、強い言葉じゃないと通じないと思ったからだ
なんでこの人達は式にこだわるのか
ドローンばっかり注目している人が多いと思うが
今回の戦争で戦線を前進させる原動力となったのは戦車だと考えている
シリアから騙して連れてきたような傭兵を最前線に立たせていたのに
それでも前進できたのはアゼルバイジャン軍が一方的に戦車をもっている状態で
アルメニアが歩兵携行火器で戦車を潰すのにも敵の位置を正確に把握する必要があって
航空優勢は無理でも偵察用ドローンをアゼルバイジャンに負けずに飛ばすくらいは
できないと行けなかった(そして、これができても戦車なしで逆襲で土地を奪い返すのは厳しい)
まぁコインの裏と表ではあるが
トランプは片田舎の白人男性の味方をしていて、彼らから支持されている。
バイデンは都市部の優秀な有色人種などから支持されている。能力主義だと言われている。
大統領選の投票の様子を見ていて感じたのは、アメリカも地方格差があって教育格差もあり、どうにもならない生い立ちの白人男性がいるのではないかということ。
そこをアメリカは能力主義だと言って優秀な人材ばかり優遇していたが、生い立ちの恵まれなかった地方格差のある土地の白人男性を能力がないと烙印を押し、冷遇してきたのだろう。
アメリカの分断というのは人種の差別もあるし、どうにもならない生い立ちの部分でも努力不足と切り捨ててきた能力主義に見せかけた地方差別の問題だろう。
結局アメリカは今も差別だらけの国で、だからこそポリコレやBLMなど問題が絶えないのだ。
……あーそういえば
そんなのもいたわね
近所に住んでるけど
すっかり忘れてたわ
そーいうのにトキメキ感じないわ
ましてや遥か未来の話なんて
されても……ねー?
未来の命運がとか言ってたけど
そんなの関係ないわ
それに他人を巻き込む方が
もし優しいと誤解してるなら
それはブラック企業のやり口よ
アンタは飼い慣らされてる
或いは“かわいそうなお友達”よ
神経が麻痺してんだわ
それより魔法少女の話を続けるわ
そっちのほうが有意義よ
いま目の前にある幻想こそ
ずーっと現実的じゃない?
どこからともなく介入してくる
気持ちは分かるわ
何かトラブルが起きれば
修羅場を見ると血が騒ぐのよ
そーいう土地柄なのかもね
とゆーか多すぎ
いったい何やってんだか
よく分かんない組合もいるわ
でも仕方ないのよ
町の人たちは警察を信頼してない
かくいう私も同じ
彼らは無能ってわけじゃないけど
正義の味方じゃないわけ
自治を成すなら私警
市警はお呼びじゃないわ