はてなキーワード: 煽動とは
明治時代に新撰組が庶民からどのように思われていたのかを調べるために、庶民の目に触れていそうな(?)雑誌の記事だとか読み物だとかを抜粋していく。
『昔今豪雄見競鑑』は歴史上の英雄と明治期の英雄を対比したものだが「都ノ猛勇 悪源太義平」と並んで「脱走ノ勇士 近藤勇」とある。
近藤勇ってどっかから脱走したっけ?と思ったが、幕府瓦解後の旧幕府軍のことを「脱走方」と言ったらしいのでそのことだろう。
同じく「古今英雄競」「本朝今昔英雄鑑」「古今英雄三幅対」などにも近藤勇の名が挙がっている。
このような番付でよく名前が挙がる程度には知られていたらしい。
まずは近藤勇について。
近藤勇は武勇衆に秀で当時其英名尤も人に知られり新徴組の隊長となりて始め京師に在り又大坂に退き伏見の戦ひ幕兵乱るる中より取て返し迫る官兵を追捲り銃丸足に当ると雖も屈せず大ひに勇名を現し江戸に返りてより諸士を煽動して甲府に至り勝沼駅にて寄手を破りしが遂に衆寡せずして敗軍なし残兵を率いて走りたるが官軍厳重に探索を遂流山に於て勇(いさみ)を捕へんとす勇(いさみ)力戦して縛に就き板橋駅にて斬せらる
新徴組と間違えられとるやんけ!
新撰組時代よりもその後の甲陽鎮撫隊時代のほうに力点が置かれた説明のような気もする。
土方歳三も紹介されている。
土方歳三は幕府の旗下にして始め京師にあり伏見鳥羽の戦争破れしより江戸に返り諸士を募り主家を再興せんと謀り軍議を決して榎本永井の人々と共に品海を脱し函館に趣き尚ほ奥羽の士を募り官軍の来るを待受屡々寄手を脳す然れ共官兵は新手を入替無二無三に攻立たるに脱兵防戦に尤も苦む歳三毎も真先に進み敵を切る数十人に及ぶ後乱弾にあたりて死すといふ。
新撰組について何も触れられてねえ!
とはいえ「義臣」と銘打っているだけあって悪いようには書かれていない。
『汗血千里駒』は坂本龍馬を主人公として、その名を一躍有名にしたという小説。その龍馬の暗殺犯として近藤勇が登場する。
縦令ひ其不意を打ちたるにもせよ鬼神と呼ばれし海援陸援の両隊長をば斯く容易く一挙に斃し負せる其の手練と謂ひ肝気と謂ひ天晴れ日本一の剛の者と思はるるも実に理りなり彼の刺客は当時徳川将軍の御内に其人ありと聞えたる新選組の旗頭近藤勇等にてありしと
近藤勇とその腹心の土方歳三が、二人で近江屋に討ち入り、坂本龍馬と中岡慎太郎を斬って、「そのとき義経少しも騒がず…」と高らかに謡いながら出ていき、今際の際にそれを聴いた龍馬が「あの刺客は只者ではない、彼らのような豪胆さがあってこそ大事を成せるのだろう」と慎太郎に語る、という描写があり、これがのちの様々な作品に踏襲されていったようだ。
当時幕府の亡びなんとするは天の命なり民の望なり社会自然の気運なれば今は百の勇(いさみ)ありとも亦之を如何ともすることなきをば思はずして健気にも唯忠を己が仕ふる所にのみ尽さんとしたるは愚かにも又哀れとや謂わん
時代の流れに逆らって忠を尽くした健気だが哀れな武人…といった感じで「敵役でありつつ悪役ではない」という扱いに思える。
偖は其方が近藤なるか。其方幕府を笠に着て国を憂ふる正義の士を多く害せし大罪人。此処で遇しぞ僥倖なれこれまで其方の手にかかり不幸にも寃に死したる正義の志士の忠魂を弔ふための復讐せん
お松・お竹・お梅という三人の娘が勤王の志士を助けて新撰組と戦う、といった話らしい。
こうしたいかにも勧善懲悪な読み物では「典型的な悪役」として描かれていたようだ。
近藤勇の話
江川太郎左衛門が琴の譚に比らべて、劣る事なきは、近藤勇の謡なりけり、以て幕臣中の双美とこそは為す可けれ、左に説かむ。
武勇と剛胆とは、麾下九万の士人中、勇(いさみ)ぞ其第一位を占めたりける、さればまだうら若き身を以て、新撰組の頭領として、海内動揺の中心たりし京城鎮護の命を稟げ、一時其独力をもて、鷙悍狂躁の浮浪はらを打鎮め、幕廷擁護の干将莫耶とは成りたりけり。
めっちゃ褒めるやん。
土方歳三は、豪邁不屈、肝気非常の男なれども常に勇(いさみ)を相輔けて、死生を共にせむ事を約し、巴港戦死の時に至る迄、其生前の交義を追想し、風吹く日雨降る夜ども、寒窓の下に俛泣し、時世は既に望なし、片時も早く、泉下に亡友を尋ねましとぞ歎ちけるとぞ、其人をしらまく欲せば、先づ其の友を見るべかる、この一斑の譚を見ても、勇(いさみ)が全豹をぞ推すに足る。
国粋主義系の雑誌らしいんだけど朝敵をこんなに褒めていいのか。忠義を尽くして死ぬ話がやはり好きなのか。
コラムの後半では坂本龍馬暗殺の話が書かれていて、この頃はやはり「龍馬を殺した男」という印象が強かったようだ。
著者本人が古老に取材したもので、幼少期の勇が近藤周助の養子に迎えられて「近藤勇」と名乗るまでを紹介している。
是より後のことは明治維新の史にくはしく、今更いふべき要もなし、唯其妻の事継嗣のことおよび処刑後の事并びに近藤勇と尤も関係ふかき土方歳三のことなどは、世に知られざるふし多しそは又時をかへて語らん。
として次号に「近藤勇の妻及子」、また別の号に「土方歳三の少年時代」が掲載されている。
婦人雑誌でも「今更いふべき要もなし」と言うほど近藤勇の知名度は高かったのだろうか。
花を浮べし徳川の流れの末荒浪立ち騒ぎて、二百六十余年は名残の夢となりける時、武士道の意気地を立て貫きて、板橋の草に赤きこころの血を染めたる近藤勇の名を知る人は、函館の浦吹く風に露と消えたる土方歳三の名を忘れざるべし。
かっこいい。
松林伯知は、永倉新八から『浪士文久報国記事』を借りパクした疑惑があることで知られる講談師で、新撰組を講談の主人公とした最初期の人物だったという。
巻末に「夢物語」と題した短編が収録されていて、それは函館に入った土方歳三が「公武合体に成功した新政府のもとで陸軍を率いる近藤勇と海軍を率いる坂本龍馬が仲良く会話する」という夢を見る、というifルート的な内容のようだ。胸熱。
本編では、坂本龍馬を暗殺したのは近藤勇ということになっているし、新撰組結成前に江戸で近藤勇と坂本龍馬が手合わせをしていた、というような場面も描かれている。
『少年世界』という、その名のとおりの少年向け雑誌に掲載された坂本龍馬の伝記で、そこに近藤勇が登場する。
人と為り魁夷、斗酒を嗜なみ、勇悍独歩肝臼の如し。幕の末路に当り新選組の長となりて徳川氏の為め新日本の活舞台上に仇すること実に巨多なりとす。彼は常に歩百歩の外に潜行して西郷、大久保、坂本等を暗殺せんと睨むこと茲に年ありき。就中、龍馬が大勇は向に新選組百有余人をして全く色なからしめ、以て其長たる勇(いさむ)の面目を天下に唾し去り。(中略)勇(いさむ)は今や血燃え、涙滾りて自から禁ずる能わず。すなわち刎頸の友、土方歳三を招きて何をか耳語すること久し。忽ち相頷きつつ頗る決色ありき。
として近藤勇と土方歳三は、二人して坂本龍馬暗殺に向かうのだった、という筋立てになっている。暗殺の場面は『汗血千里駒』を踏襲している。
前述の『幕府名士近藤勇』には沖田総司や永倉新八は出てこないが、こちらの『新撰組十勇士伝』には登場する。
ただし、沖田が天才剣士だとか、そういうキャラクター付けはまだ無く、せいぜい「名前のある脇役」くらいの立ち位置のようだ。
芹沢鴨の暗殺、山南敬助の切腹、伊東甲子太郎との敵対、池田屋事件などのエピソードはある。
また、こちらでは龍馬暗殺が近藤本人ではなく「近藤勇の命を受けた佐々木只三郎」によるものということになっている。
京都見廻組の佐々木只三郎らが龍馬を暗殺したという説は明治2年には出ていたようなのでそれを取り入れたものか。
京都の観光ガイドブックらしいが、壬生寺についての紹介で新撰組に言及がある。
節分には疫除祈祷の為め参詣者群れを為せり、去れば維新前後天誅組と称し近藤勇、土方歳三など当寺に立籠り壬生浪士といへば婦人子供の戦慄せし当時を思へば御代太平を喜こばぬ者はない
当時の京都人の認識がうかがえるものの、「天誅組」といえば倒幕派の武装集団なので新撰組とは正反対の存在である。
単なる勘違いなのか、それとも庶民のあいだでは混同されていたのか。
松林伯知のものと同じタイトルだが別の講談師によるものらしい。
こちらには沖田総司・永倉新八・斎藤一らも登場するが、池田屋事件の場面において、
中にも沖田惣司の働きに至っては実に目ざましい、此処彼処と戦ふて居りまする中に、最う最後と思ふ、折りしも何処からか一人の敵が、惣司の袖の下を潜って逃げんとする 沖田「己れッ………」と云ひながら躍りかかつて、エイッ……只だ一刀に斬って落とした、其の時に急に持病の肺患が起つて其の場に気絶をした
とあり、喀血ではないが、沖田総司の発病の描写があるのが興味深い。
同じ明治44年に刊行された鹿島淑男『新選組実戦史』(デジタルコレクションには1975年の復刊版しかない)にも同様の記述があり、そちらは新聞連載をまとめたものだというので、講談師が紙面で読んで取り入れたものか。
ちなみに『新選組実戦史』は吉島力『新選組顛末記』の元ネタで、『新選組顛末記』は子母澤寛『新選組始末記』の元ネタらしい。
・明治の始めにはまず「近藤勇」個人が知られ、「新撰組」はそれに従属する情報にすぎなかった。
・『汗血千里駒』によって坂本龍馬の人気が高まるにつれて、「坂本龍馬を暗殺した男」として近藤も知名度を上げた。
・近藤の腹心として土方歳三が登場することは多かったが、それ以外の隊士たちはほとんど取り上げられなかった。
・近藤は概ね「維新志士の敵ではあったが立派な剣士だった」と捉えられていた。
・しかしエンタメ寄りの勧善懲悪ものでは典型的な悪役を演じることもあった。
・やがて永倉新八の『浪士文久報国記事』などをもとに、近藤勇を主人公とした講談が演じられるようになった。
5月3日放送。NHKプラスで1週間配信。副音声で池上彰とサヘル・ローズのオーディオコメンタリーあり。
ドキュメント エルサレム - 時をかけるテレビ〜今こそ見たい!この1本〜 - NHK
https://www.nhk.jp/p/tokikaketv/ts/WQGK99QWJZ/episode/te/J7W4V9VJKL/
イギリスの三枚舌外交でイスラエルが建国されるまでの前編しか放送しなかったが、後編ではその後の終わらない戦闘やテロはアメリカで生み出されているという内容が描かれている。NHKプラス限定でもいいので後編ももう一度配信してほしいが、見たい人はググってみれば見られたりするのでどうぞ。
[B! NHK] NHKスペシャル「ドキュメント エルサレム(前後編)」がすごかった
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20231111160010
『時をかけるテレビ』。昔の日曜に放送してた森田美由紀アナ司会の『『あの日 あのとき あの番組~NHKアーカイブス~』の後継番組みたいなもののようだが、いつの間にか終わってアーカイブ番組がなくなってしまったのでこうしてリニューアル復活して良かった。
前々回の『なぜ隣人を殺したか〜ルワンダ虐殺と煽動ラジオ放送〜』もすごかった。あの虐殺扇動のラジオDJは、今のインフルエンサーやYouTuberと変わらん。
共同親権を訴える「実子誘拐された可哀想なお父さんたち」の実態
https://note.com/kiss_a_mikan/n/ne6ad70e391d0
「暴力なんてないのに、DVをでっち上げられて連れ去られた!」と語る父親。しかし…「自閉症の次女に叩く蹴るした」 https://togetter.com/li/2237552
こういうの取り上げたら「ヤバい奴は例外にして基本共同親権にしたらいい!」とか言われるが、
そんなことしたら
「共同親権導入されたのに俺は問題ある親だということにされて親権持たせてもらえない!冤罪だでっちあげだ連れ去りだ!元嫁と児相と司法と向こうの弁護士許せない!!共同親権制度が骨抜きにされてる!」
なんて益々騒いで煽動するに決まってる
栗原勇一郎だって、心愛ちゃんが保護されたら「誘拐だ!親子を引き裂くな!暴力なんて振るってない!」って騒いでたからな
妻子にDVして逃げられた男、「妻も悪い!連れ去りはクソ!共同親権!」と言い張り、復縁するも妻の体型、容姿に不満タラタラ https://togetter.com/li/2237532
以前から危惧されていた事だが、ついに反AIが著作権の非親告罪化など、いままで先人たちが命懸けで守ってきた表現の自由を破壊しようと動き始めた。
生成AIに反対する人たちが、著作権の非親告罪化とか非実在児童ポルノの規制とかを躊躇いなく主張するのを見て、過去の赤松健や山田太郎はじめ表現の自由のために戦ってきた人たちの努力は何だったのかと、ちょっと考えてしまう。デリケートな話題であるという前提がもう共有されてないように見える。
反AIは底抜けのバカだからAIが非親告罪化すれば楽園になると思っているんだろうが、AI利用した疑惑だけで無実の手描き絵師を何人も血祭りにあげて袋叩きにしてきた反AI達の行動を見れば、「気に入らない」というだけで非親告罪化した日には、AIを使っていようがいまいが「なんかAIっぽいと自分が思ったからお前はAI罪な、はい有罪」と手描きだろうがリンチの対象にされるディストピアになるのは火を見るよりも明らかだ。それは反AIが今までやってきたことが証明している。
反AIが著作権の非親告罪化を求める署名をして、まともな人間から「非親告罪化しても表現規制の足掛かりになるだけだ」とツッコまれた反AIは、このような反応をとった。
「私の補足もちゃんと文章内に載せていただいていますので大変助かります
ありがとうございます🙏✨非親告罪の件に関しては修正するつもりですが
海外情勢に関しても当時とはかなり変化しており文章の全てを見て微修正などしたいと思います」
(https://twitter.com/canchanandme/status/1777351414978855125)
署名させた上で内容を書き換えるなんて非親告罪化の如何に依らず手続きとしてまともでは無いし、そういう手続きを踏んだ時点で情報としてゴミですよ。内容を後から改竄してるんですから。
署名としての価値を維持したいなら文言を変更すべきではないし、内容を変更するなら署名を一からやり直すべき。
法改正の必要性(現行法の不完全性)を論理的に訴え賛同者を募る行為であれば、自身の立場など関係なく当然に支持するが、その場の思いつきで規制を煽動し署名を集めた後から諸々の修正・改変を加える不逞に、何の作用を期待できるというのか。
主張の内容は後で決めるのでとりあえずサインして、はあまりにもおかしな話。
「金額欄は後で埋めるからとりあえずこの借用書にサインしてくれや」みたいな話。
最近遊んだキャラクターの絵だろうがSNSで流れてきた絵だろうが最近見た映画だろうが、
いちいち自分の創作に使っていいか権利元にちゃんと許可とってから制作することになるけど、
本当にそれでいい?
著作権に関しては「出力した結果」で判断して、プロセスに関しては
「人間の学習とAIの学習は同じとして扱われる」ということを理解したうえで読み進めてほしい。
反AIは著作権について勉強してないし何も考えていないからAIの学習を禁止して人間の学習が制限されることを理解していないんだよね。
そもそも公開されたものを学習するのに許可は必要ないから「無断学習」という言葉自体がおかしいというのは一旦置いておいて、
無断学習が禁止されれば、人間も同じように影響を受けて無断学習できなくなる。
するとどうなるか、
絵師さんは見たもの影響を受けたものすべてに許可が必要になる。
「馬鹿じゃないのか」と思うだろう。
だからいちいち上で起こるようなことについて心配しなくていいし、
人間は映画や漫画から学習した影響をもとに創作に活用したりできる。
これって自由な創作文化に必要不可欠な土壌だとおもうんだよね。
上の方でもすでに書いたけど、
絵師さんが著作権侵害して制作した二次創作同人誌やskebイラストやfanboxコンテンツ、
版元やゲーム開発元にちゃんと利益還元することになるけど、それでいい?
絵師さんたち、著作権侵害した権利者に利益還元する気、ないでしょ。
「いや私は還元する気あるけど?」という人がいるかもしれないけど、
どうせ適当に自分で還元する比率とか決めるつもりで軽く言ってるでしょ。
でも反AIの言いなりになってると、
二次創作で得た金銭は20%を一次創作者に還元するよう法律で定める、
みたいなことが起こるけど、大丈夫?
20%じゃなくて5%かもしれないし、30%とか50%かもしれないけど、
「規制する」ってこういう事だよ。
絵師さんたちって、自分が権利者の著作物を無断学習・無断利用してるって理解してないけど、
pixivに置いてある絵とかも、そこからfanboxとかに導線があったら金銭が絡んでくるわけで、
いわゆる「ファンアート」として著作者に無断で制作してる著作権侵害二次創作絵だって
客寄せのための広告扱いで権利者に払うお金をいちいち計算しなくちゃいけなくなったりするかもしれないけど、
それでも大丈夫?
反AIに同調してる絵師さんさ、そこまで考えずに賛同してるでしょ。
でも反AIが言ってるのって、こういう事だよ。
まず、現在の著作権法では、「手描きだろうとAIだろうと作成した人間が責任を負う」っていう前提がある。
bingとかその他の画像生成サービスで「マリオを生成しろって言ったらマリオが出てきました!ピカチュウも出てきました!AIは著作権侵害!」
って騒いでるのを見かけるけど、
それって著作権侵害してるのはAIじゃなくて「それを生成した反AIの人」だからね?
全てのケースに対応できる現行著作権に関するAIの規制はただでさえ複雑で難しいのに、
こんな無能がいて戦えるわけないだろ。
「本当に何が起こるか」という事が分かってない。
こいつらは、表現規制の先兵だ。
二次創作も、表現の自由も、創作文化も、なにもかも破壊しつくした後で、反AIはこう言うだろう。
「こんな事になるなんて思いもしなかった」
トランスジェンダーつかMtF側の立場からちょっくら補足するか
別に20代30代でもホルモン治療を始めてトランスしてるのはいっぱいいるし別に珍しいことでもない
またトランスジェンダーの中では10代で始めてるのは恵まれてるとか言われるけどある程度素質が伴ってなきゃ10代で始めようが無駄
そういう人でも整形手術とかやりまくって女性の見た目になることは可能 先駆者はいっぱい居るしね
でもお金がかかるから整形しなくても問題ない層と比べれば茨の道なは確か
https://sekai-hub.com/posts/wpr-average-height-ranking-2024
※19歳の平均身長
例えばオランダの男性の平均身長は183.78cm、女性は170.36cm
日本の男性の平均身長は172.06cm、女性は158.5cm
174cmのオランダ人が居たとしてトランスしても女性も身長高いから紛れ込むことは可能
しかし同じ174cmでも日本だと女性で高身長だと限られた数しか居ないそうなると目立ってしまってバレるリスクも高い
そうなると二次性徴を止めて女性ホルモン入れて女性側の二次性徴で成長させたほうが生きやすいのは事実なんよ
二次性徴前から164cmあってもそこで身長とまっても174cmよりは遥かに生きやすい
声変わりしても女性並みの音域持ってる人は希少種だし殆どは声変わりで低くなる
訓練して出せるようにする方法もあるけど訓練が大変 誰でも簡単にできるわけじゃないからな…
手術で高くする方法もあるけど国内で有名な病院だと約72万ぐらい
高い!
ファッションに関しても困ること無いしな
高身長だとそれが難しいんよ
あと身長高くて靴のサイズ小さい人ほぼ見たこと無いからネックでもある
急に必要になっても普通のお店だとあっても25.5まで26.5まで置いてるお店はかなり稀にしか無い
それ以上となるとネットか東京にある数店舗ぐらいしか取り扱いない
オーダーメイドという手もあるけど万吹っ飛ぶ
CRAZYCOCOっていう元CAの女性芸人がいるけどあのひと27cmだそうだ
あの深田恭子は26.5cm
別に「ブロッカー」を使ったからホルモン療法をしなきゃいけないってわけでもなくブロッカーを常用してる国の多くは「身体の性別の二次性徴を再開させるか自認してる性別のホルモンを入れるか決められる」という前提で使用してる
早急に自認してる性別のホルモンを入れなきゃいけないわけでもない
https://www.gid-mcclinic.com/under18ys/
MtFの骨盤が広くなるのはうっすら聞いたことあるけど日本語での資料は見つからないね…
英文だとそれらしきのはあった
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8247856/
あと
自分も陰謀論っぽいって思うんだけど、反トランス陣営が良く汚女装界隈(オッさんが全くパスしない・似合わない女装して馴れ合ってる界隈。当人はトランスでは無く性自認は男性が多い)をトランス女性だと表して叩き棒にしてる事が多いのでそう感じましたね。はい
これには完全同意
Twitter見てると反トランスの多くは引用にも書いてあるが「明らかに男だと判別できる奴」しか標的にしてない
今までの傾向として「風俗嬢やAVで働く女は蔑む存在だ!」みたいな感覚持ってる女が多いはずなのに「風俗店やAVで働いてる奴もTwitterで裸体を晒してる奴もfantiaやonlyfanとかで裸体を使って売ってる奴」も標的にされない
明らかに「トランス女性とはこのようなおっさんみたいな奴!こんなのが温泉や公衆浴場 女性トイレ内に入ってきたら怖いですよね!」と煽動してるだけ
実際問題Twitterみてても「トイレはだれでもトイレ」 「温泉や公衆浴場は行かない 行くんであれば部屋風呂或いは貸し切り(いわゆる家族風呂)しか入らん」って言う人が大多数
全部見終わった 。まず番組の作りへの不満。30年前に書かれた本に今日的な価値を見出そうとするなら、その後の状況変化、新たに生じた条件を踏まえて今でも通用する部分・陳腐化した部分を検討するべきである。ざっくり古典としてたてまつるには早い。
オミットするべからざる状況変化の第一はアメリカの孤立主義傾向である。トランプはそれを始めたのでなくその流れに乗っかりダメ押ししているだけだ。
もう一つはいわずもがなインターネットだ。特に近年目につくようになったのはいわばデマのデジタル物量飽和作戦である。ロシアの得意技。当局の雑すぎるウソ発表を、当初我々はナメて嘲笑していなかったか? しかしその雑さは「東側」的な要領の悪さ・いい加減さの結果というよりそれ自体が場を荒らし言論そのものを無力化する作戦だったのだ。今後はそれにAIが加わる。公共の「情報空間」そのものが腐海に沈む。
第三夜以降の内容に目新しいものはなかった。エクスキューズをたっぷり挟みつつ基本的にチェリーピッキング。リトアニア独立を非暴力による成功例と言われても、そんなのいわばソ連崩壊過程の余録だろう。
数々挙げられている「成功例」は、非暴力が勝ったのではなく体制が瓦解する時に民衆の側から追加の暴力はいらなかっただけだ。
独裁体制側に暴力の口実を与えないための非暴力というが、プーチンやアサドみたいにヘッチャラでガンガン殺すパターンは?
「多少やられてもいずれはこっちが勝つ」その多少の死体になりたくないし近親をならせたくないのが人間の本音だ。
非暴力的手段に命をかけさせる煽動もまた暴力的であると言える。
畢竟、独裁体制を倒す「さえたやりかた」なんかないのだ。あると思うのが思い上がりである。安全圏からの上から目線のアドバイス。
暴力的な独裁体制下の民衆はやり過ごし耐え忍ぶしかない。独裁体制は本来的に不安定なのだから。なんかの弾みに瓦解する日を待つのだ。俺ならそうする。
シャープ理論への興味が尽きたところで思うのは「民主主義体制もまた本来的に脆い」ということだ。これぞお手本という民主主義のロールモデルは存在しない。民主主義国の数だけブサイクな異形が存在する。イスラエルなんかわりとお手本に近いような先進的でシステマチックなイメージもあったような気がするが今やすっかり自己コントロールを失ってひどい体たらくだ。
「独裁体制か民主主義体制か」が今日的課題なのではないではないということだ。ポイントはそこじゃない。
今日的に重要なポイントはそれぞれにダメな国々がいかに協力して虐殺や抑圧の「悲惨」を避け得るかということ、でもそのための枠組みが死んでいるということだと思うのだが詳論は他日。
「平和な国での平和運動」に、膾吹きカルチャーに現実主義的なふんいきをまとわせる箔付けにはシャープ本は格好のモノだろう。
なんかずっと何かに似てると思ったら伊勢崎賢治だ。さも実務家の触れ込みで全然中身は伴わないという。
ところで「先生役」の清泉女子大名誉教授・中見真理という人を知らなかったがぜんぜんダメだった。完全に仕上がった人である。和田春樹とかの類。
「日本人は平和憲法を棚ぼたでいただいたので、外国のように自分の手で自由を勝ち取る発想がない」
「アメリカはそれであのー経済的な観点からもね、あーの軍事的な、あのー介入を抑えていきますよねこれからね当然ねそういう、そこへ、日本がのほほんと、その(失笑)軍事力を、増強してなんて出ていったら、ほぉーんとにバカみたいですよね」
「他者に決定を委ねる方が楽だと思う人が増えているのではないかっていう気がします。独裁的なリーダーの出現を防ぐことができるかは私たち一人一人の自覚にかかっているということです」
「他国に脅威を与えるような“専守防衛”になっていないかどうか。他国に不安を与えるならば必ず日本の不安となって跳ね返ってくるわけです」
↑
血みどろの「今」を生きてる人の肌感覚じゃない。伝統芸能の業界内でのんべんだらりとやってきて勝ち逃げ確定の人の鼻歌みたいな言論。
怒るべきだと思うならおまえが怒れ。煽動するな。
共同親権を訴える「実子誘拐された可哀想なお父さんたち」の実態
https://note.com/kiss_a_mikan/n/ne6ad70e391d0
「暴力なんてないのに、DVをでっち上げられて連れ去られた!」と語る父親。しかし…「自閉症の次女に叩く蹴るした」 https://togetter.com/li/2237552
こういうの取り上げたら「ヤバい奴は例外にして基本共同親権にしたらいい!」とか言われるが、
そんなことしたら
「共同親権導入されたのに俺は問題ある親だということにされて親権持たせてもらえない!冤罪だでっちあげだ連れ去りだ!元嫁と児相と司法と向こうの弁護士許せない!!共同親権制度が骨抜きにされてる!」
なんて益々騒いで煽動するに決まってる
栗原勇一郎だって、心愛ちゃんが保護されたら「誘拐だ!親子を引き裂くな!暴力なんて振るってない!」って騒いでたからな
妻子にDVして逃げられた男、「妻も悪い!連れ去りはクソ!共同親権!」と言い張り、復縁するも妻の体型、容姿に不満タラタラ https://togetter.com/li/2237532
犯人捜しどころか脚本家の殺害予告まで出てきてる始末。引用リプは殺害に同意する投稿が多数上がってる。
マジで地獄。さすがに今のXヤバすぎだから殺害を煽るツイートする奴は全員逮捕するとかやらないとダメだよこれ
https://anond.hatelabo.jp/20240129201124
過剰な脚本家叩きが良くないのは分かる
でもこれまで原作クラッシャーで叩かれてた相沢友子さえ消えてしまえば次の被害者は出ない
分かるか?
https://x.com/zrjkhwwutbb6ppv/status/1751919319691542544?s=46&t=vtW4UsGgQt1A3yck20Wwdw
1.5万いいね
→別に誰も困らない
次に使い勝手のいい外注先をみつけるまでプロデューサーが不便を感じるくらい
原作者が消える
→大損失
今回は特に、原作者があれほど守ろうとした物語の結末までが喪われてしまった
もはや、犯罪だよ
脚本家に罪がないと言うなら日テレと小学館は第三者委員会を置いて経緯を明らかにすべき
まあ絶対やらないだろうけど
相沢友子を殺すか
あなたならどうする?
https://x.com/athousandwing/status/1752180049565127082?s=46&t=vtW4UsGgQt1A3yck20Wwdw
これ。
何がこれ以上誰かを攻撃するなだよ。
3
憎しみを流し込め。怒りを連鎖させろ。
過激な事を言ってるけどかなりその通りだよなぁ…
そう、その人さえ消せば、だよね〜😇
インボイス反対運動や、今の反AI運動もそうだけど、絵描きや漫画家、声優と言った創作者は「俺達こそが日本文化の担い手で俺達の言うことを政府と国民は一切の妥協なく全て受け入れる義務がある」ってくり返し言ってるんだよね。
そしてそれに「いや、税金は適切に納めろよ、AI技術の開発とそれを悪用する人間への罰則は切り分けて考えろよ」って当たり前のことを言うだけで「てめぇに作品を提供しない!反文化主義の政府の手先め!」ってわらわら出てきて、ファンネルも煽動して徹底的に叩きのめす。
その傲慢さはテレビ業界の人間(サラリーマン)の比ではない程ひどいのだが、奴らは「我々は常に日本社会からの迫害を受けてきた」って被害者面するし、悪質性で言えばそこらのヤクザや反社と変わりない。
その反社がテレビ業界がやらかしたからって、正義の仮面をつけて断罪しようとしてるの、反吐が出そう。本当死んで欲しい。みんな死ね。消えろ。
目次
1.はじめに
(1)歴史認識について
(2)対北朝鮮外交について
3.佐藤優による主張の使い分け
(1)ナショナリズム論
(2)ポピュリズム論
(3) 格差社会論
6.「人民戦線」という罠
(1)「ファシズム政権の樹立」に抗するために、人民戦線的な観点から佐藤を擁護する
10.おわりに
註
1.はじめに
このところ、佐藤優という人物が「論壇」を席巻しており、リベラル・左派系の雑誌から右派メディアにまで登場している。
だが、「論壇の寵児」たる佐藤は、右派メディアで排外主義そのものの主張を撒き散らしている。奇妙なのは、リベラル・左派メディアが、こうした佐藤の振舞いを不問に付し、佐藤を重用し続けていることにある。
佐藤による、右派メディアでの排外主義の主張の展開が、リベラル・左派によって黙認されることによって成り立つ佐藤の「論壇」の席巻ぶりを、以下、便宜上、〈佐藤優現象〉と呼ぶ。この現象の意味を考える手がかりとして、まずは、佐藤による「論壇」の席巻を手放しに礼賛する立場の記述の検討からはじめよう。例えば、『世界』の編集者として佐藤を「論壇」に引き入れ、佐藤の著書『獄中記』(岩波書店、二〇〇六年一二月)を企画・編集した馬場公彦(岩波書店)は、次のように述べる。
「今や論壇を席巻する勢いの佐藤さんは、アシスタントをおかず月産五百枚という。左右両翼の雑誌に寄稿しながら、雑誌の傾向や読者層に応じて主題や文体を書き分け、しかも立論は一貫していてぶれていない。」「彼の言動に共鳴する特定の編集者と密接な関係を構築し、硬直した左右の二項対立図式を打破し、各誌ごとに異なったアプローチで共通の解につなげていく。」「現状が佐藤さんの見立て通りに進み、他社の編集者と意見交換するなかで、佐藤さんへの信頼感が育まれる。こうして出版社のカラーや論壇の左右を超えて小さなリスクの共同体が生まれ、編集業を通しての現状打破への心意気が育まれる。その種火はジャーナリズムにひろがり、新聞の社会面を中心に、従来型の検察や官邸主導ではない記者独自の調査報道が始まる。」「この四者(注・権力―民衆―メディア―学術)を巻き込んだ佐藤劇場が論壇に新風を吹き込み、化学反応を起こしつつ対抗的世論の公共圏を形成していく。」
馬場の見解の中で興味深いのは、〈佐藤優現象〉の下で、「硬直した左右の二項対立図式」が打破され、「論壇」が「化学反応」を起こすとしている点である。ある意味で、私もこの認識を共有する。だが、「化学反応」の結果への評価は、馬場と全く異なる。私は、これを、「対抗的世論の公共圏」とやらが形成されるプロセスではなく、改憲後の国家体制に適合的な形に(すなわち、改憲後も生き長らえるように)、リベラル・左派が再編成されていくプロセスであると考える。比喩的に言えば、「戦後民主主義」体制下の護憲派が、イスラエルのリベラルのようなものに変質していくプロセスと言い替えてもよい。
以下の叙述でも指摘するが、佐藤は対朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)武力行使、在日朝鮮人団体への弾圧の必要性を精力的に主張している。安倍政権下の拉致外交キャンペーンや、一連の朝鮮総連弾圧に対して、リベラル・左派から批判や抗議の声はほとんど聞かれなかったのは、「化学反応」の典型的なものである。「戦後民主主義」が、侵略と植民地支配の過去とまともに向き合わず、在日朝鮮人に対してもせいぜい「恩恵」を施す対象としか見てこなかったことの問題性が、極めて露骨に出てきていると言える。〈嫌韓流〉に対して、リベラル・左派からの反撃が非常に弱いことも、こうした流れの中で考えるべきであろう。
私は、佐藤優個人は取るにたらない「思想家」だと思うが、佐藤が右派メディアで主張する排外主義を、リベラル・左派が容認・黙認することで成り立つ〈佐藤優現象〉は、現在のジャーナリズム内の護憲派の問題点を端的に示す、極めて重要な、徴候的な現象だと考える。
馬場は、佐藤が「左右両翼の雑誌に寄稿しながら、雑誌の傾向や読者層に応じて主題や文体を書き分け、しかも立論は一貫していてぶれていない」などと言うが、後に見るように、佐藤は、「右」の雑誌では本音を明け透けに語り、「左」の雑誌では強調点をずらすなどして掲載されるよう小細工しているに過ぎない。いかにも官僚らしい芸当である。佐藤自身は自ら国家主義者であることを誇っており、小谷野敦の言葉を借りれば、「あれ(注・佐藤)で右翼でないなら、日本に右翼なんか一人もいない」。
佐藤が読者層に応じて使い分けをしているだけであることは誰にでも分かることであるし、事実、ウェブ上でもブログ等でよく指摘されている。そして、小谷野の、この現象が「日本の知識人層の底の浅さが浮き彫りになった」ものという嘲笑も正しい。だが、改憲派の小谷野と違い、改憲を阻止したいと考える者としては、この現象について、佐藤優に熱を上げている護憲派を単に馬鹿にするだけではなく、〈佐藤優現象〉をめぐって、誰にでも浮かぶであろう疑問にまともに答える必要がある。なぜ、『世界』『金曜日』等の護憲派ジャーナリズムや、斎藤貴男や魚住昭のような一般的には「左」とされるジャーナリストが、佐藤に入れ込んでいるのか? なぜ、排外主義を煽る当の佐藤が、『世界』『金曜日』や岩波書店や朝日新聞の出版物では、排外主義的ナショナリズムの台頭を防がなければならない、などと主張することが許されているのか?
この〈佐藤優現象〉はなぜ起こっているのか? この現象はどのようなことを意味しているのか? どういう帰結をもたらすのか? 問われるべき問題は何か? こうした問いに答えることが、改憲を阻止したいと考える立場の者にとって、緊急の課題であると思われる。
まず、佐藤の排外主義的主張のうち、私の目に触れた主なものを挙げ、佐藤の排外主義者としての活躍振りを確認しておこう。
(1)歴史認識について
佐藤は言う。「「北朝鮮が条件を飲まないならば、歴史をよく思いだすことだ。帝国主義化した日本とロシアによる朝鮮半島への影響力を巡る対立が日清戦争、日露戦争を引き起こした。もし、日本とロシアが本気になって、悪い目つきで北朝鮮をにらむようになったら、どういう結果になるかわかっているんだろうな」という内容のメッセージを金正日に送るのだ」。朝鮮の植民地化に対する一片の反省もない帝国主義者そのものの発言である。また、アメリカ議会における慰安婦決議の件に関しても、「事実誤認に基づく反日キャンペーンについて、日本政府がき然たる姿勢で反論することは当然のことだ。」と述べている。
特に、大川周明のテクストと佐藤の解説から成る『日米開戦の真実―大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く』(小学館、二〇〇六年四月)では、極めて露骨に、日本の近現代史に関する自己の歴史認識を開陳する。以下、引用する。佐藤が自説として展開している部分である。
「日本人は(注・太平洋戦争)開戦時、少なくとも主観的には、中国をアメリカ、イギリスによる植民地化支配から解放したいと考えていた。しかし、後発資本主義国である日本には、帝国主義時代の条件下で、欧米列強の植民地になるか、植民地を獲得し、帝国主義国となって生き残るかの選択肢しかなかった。」(三頁)、「「大東亜共栄圏」は一種の棲み分けの理論である。日本人はアジアの諸民族との共存共栄を真摯に追求した。強いて言えば、現在のEUを先取りするような構想だった。」(四頁)、「あの戦争を避けるためにアメリカと日本が妥協を繰り返せば、結局、日本はアメリカの保護国、準植民地となる運命を免れなかったというのが実態ではないかと筆者は考える。」(六頁)、「日本の武力によって、列強による中国の分裂が阻止されたというのは、日本人の眼からすれば確かに真実である。(中略)中国人の反植民地活動家の眼には、日本も列強とともに中国を分割する帝国主義国の一つと映ったのである。このボタンの掛け違いにイギリス、アメリカはつけ込んだ。日本こそが中国の植民地化と奴隷的支配を目論む悪の帝国であるとの宣伝工作を行い、それが一部の中国の政治家と知的エリートの心を捉えたのである。」(二八一頁)。また、蒋介石政権については、「米英の手先となった傀儡政権」(二五七頁)としている。他方、佐藤は、汪兆銘の南京国民政府は「決して対日協力の傀儡政権ではなかった」(二四九頁)とする。
右翼たる佐藤の面目躍如たる文章である。ちなみに、こんな大東亜戦争肯定論の焼き直しの本を斎藤貴男は絶賛し、「大川こそあの時代の知の巨人・であったとする形容にも、大川の主張そのものにも、違和感を抱くことができなかった」としている。
(2)対北朝鮮外交について
佐藤は、「拉致問題の解決」を日朝交渉の大前提とし、イスラエルによるレバノン侵略戦争も「拉致問題の解決」として支持している。「イスラエル領内で勤務しているイスラエル人が拉致されたことは、人権侵害であるとともにイスラエルの国権侵害でもある。人権と国権が侵害された事案については、軍事行使も辞せずに対処するというイスラエル政府の方針を筆者は基本的に正しいと考える」。さらに、現在の北朝鮮をミュンヘン会談時のナチス・ドイツに準えた上で、「新帝国主義時代においても日本国家と日本人が生き残っていける状況を作ることだ。帝国主義の選択肢には戦争で問題を解決することも含まれる」としている。当然佐藤にとっては、北朝鮮の「拉致問題の解決」においても、戦争が視野に入っているということだ。『金曜日』での連載においても、オブラートに包んだ形ではあるが、「北朝鮮に対するカードとして、最後には戦争もありうべしということは明らかにしておいた方がいい」と述べている(10)。
さらに、アメリカが主張してきた北朝鮮の米ドル札偽造問題が、アメリカの自作自演だった可能性が高いという欧米メディアの報道に対して、佐藤は「アメリカ政府として、『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング』の記事に正面から反論することはできない。なぜなら、証拠を突きつける形で反論するとアメリカの情報源と情報収集能力が明らかになり、北朝鮮を利してしまうからだ」(11)と、いかなる反証の根拠も示さずに(反証の必要性を封じた上で)、「北朝鮮の情報操作」と主張しているが、この主張は、保守派の原田武夫にすら否定されている(12)。佐藤は現在、右派メディアの中でも最も「右」に位置する論客の一人であると言えよう。
佐藤は、「在日団体への法適用で拉致問題動く」として、「日本政府が朝鮮総連の経済活動に対し「現行法の厳格な適用」で圧力を加えたことに北朝鮮が逆ギレして悲鳴をあげたのだ。「敵の嫌がることを進んでやる」のはインテリジェンス工作の定石だ。/政府が「現行法の厳格な適用」により北朝鮮ビジネスで利益を得ている勢力を牽制することが拉致問題解決のための環境を整える」と述べている(13)。同趣旨の主張は、別のところでも述べている(14)。「国益」の論理の下、在日朝鮮人の「人権」は考慮すらされてない。
漆間巌警察庁長官(当時)は、今年の一月一八日の会見で、「北朝鮮が困る事件の摘発が拉致問題を解決に近づける。そのような捜査に全力を挙げる」「北朝鮮に日本と交渉する気にさせるのが警察庁の仕事。そのためには北朝鮮の資金源について事件化し、実態を明らかにするのが有効だ」と発言しているが、佐藤の発言はこの論理と全く同じであり、昨年末から激化を強めている総連系の機関・民族学校などへの強制捜索に理論的根拠を提供したように思われる。佐藤自身も、「法の適正執行なんていうのはね、この概念ができるうえで私が貢献したという説があるんです。『別冊正論』や『SAPIO』あたりで、国策捜査はそういうことのために使うんだと書きましたからね。」と、その可能性を認めている(15)。
3.佐藤優による主張の使い分け
排外主義者としての佐藤の主張は、挙げ出せばきりがない。前節で挙げたのも一例に過ぎない。では、佐藤は、こうした主張を『世界』『金曜日』でも行っているのだろうか。
佐藤が仮に、「左」派の雑誌では「右」ととられる主張を、「右」派の雑誌では「左」ととられる主張をすることで、「硬直した左右の二項対立図式を打破」しているならば、私も佐藤をひとかどの人物と認めよう。だが、実際に行われていることは、「左」派メディアでは読者層の価値観に直接抵触しそうな部分をぼかした形で語り、「右」派メディアでは本音を語るという下らない処世術にすぎない。「左右の二項対立図式」の「打破」は、「左」の自壊によって成り立っているのだ。佐藤が『金曜日』と右派メディアで同一のテーマを扱った文章を読み比べれば、簡単にそのことはわかる。
一例として、米国下院での「慰安婦」決議に関する佐藤の主張を読み比べてみよう。産経新聞グループのサイト上での連載である〈地球を斬る〉では、「慰安婦」問題をめぐるアメリカの報道を「滅茶苦茶」と非難し、「慰安婦」問題に関する二〇〇七年三月一日の安倍発言についても「狭義の強制性はなかった」という認識なのだから正当だとして、あたかも「慰安婦」決議案自体が不正確な事実に基づいたものであるかのような印象を与えようとしている(16)。ところが、『金曜日』では、こうした自分の主張は述べず、国権論者としての原則的な立場から日本政府の謝罪には反対だとしている(17)。なお、『金曜日』の同文章では「歴史認識を巡る外交問題は Permalink | 記事への反応(1) | 18:32
でもヒップホップヘッズの言う“言う程ワルじゃない”は広すぎるグレーラインの半分より先のことを差すので(それは何かしらを吸引していることを示唆してるのか、フェイク語ってんのかのライン)
一般的な人のグレーラインはそれよりかは半分以上狭いので彼のことはアウトローに見えてしまうという
そしてヒップホップヘッズはラッパーたちがとても仲間意識の強い集団だという前提を知っているので『そりゃペドみたいなのが現れて仲間の子供に手を出されたらブチギレるよなぁ』と思うし
一般的な人はラッパー達がとても危ない人達だと認識しているので『た、確かに児童に手を出したがる人たちは気色悪いですけれど!でも、あなたがたがそんなこと煽動しなくてもいいじゃないですか!』となる
槍玉に挙げられたペドさん達は普通に自分達がとてもやましい行いをしたいという思想を持っており、割と救いようがないと思っているので早急に終わりたいと願っている。