はてなキーワード: 根付とは
目処は立った。
こういうのには慣れている。
シマウマ先生の授業において、課題レポートの評価は成績の5割を占めるからだ。
補習を避けるための小手先(ノウハウ)は、望むと望まざるに拘わらず鍛えられる。
「さて、まずは条件Aから始めるか」
ここでBマイナスは手堅く取れる、レポートの作り方を説明しよう。
まずはテーマを決める。
いわば俺はそのテーマ探しから漠然としていたので苦戦していた。
ここをハッキリさせておけば、そのための資料集めや、最終的なゴール地点も自ずと見えてくるだろう。
例えばシマウマ先生は、現代社会にも根付く普遍的な問題提起が好物だ。
後は関係のありそうな歴史的背景を添え、科学的根拠で味付けすればいい。
そのゴマすりこそが、ウマ目のホミノイドを満足させるのに欠かせないウマ味調味料なんだ。
それでも建前上は科学や社会のためっていうお題目があるから書けるけれど、今回はそうもいかない。
より繊細で、より大雑把な作り方が要求される。
「いや、この寝起きの低血圧は条件Aではなく、どちらかというと条件aだな。だから、これは、ここと……」
パズルを組み立てるのに大事なのは、ピースの形を把握することだ。
記憶の断片を探り、それらの何が、何と関係があり、どのように繋がるか。
「あの日は何時ごろだっけ、確か……レバノン料理を食ったよな。いや、レバー料理だったけ。あと飲み物は何だったっか……」
集めた情報を憶測に基づいて取捨選択し、打ち立てた仮説を状況証拠で裏付ける。
そして実際に起きたことと結びつければ、その原因には可能性が広がっているんだ。
だが、この超個人的な答え合わせに、権威ある体系やエビデンスは必須ではない。
この法則を利用して、テレビのチャンネルと音量を10に合わせる人間は俺しかいないのだから。
こうしてパズルを組み立てること30分。
出来上がったレポートを、しみじみと眺める。
何気なく利用している公式や理論も、見た目に反して試行錯誤の末に生まれたのかもしれない。
だが達成感に浸るのは、もう少し先だ。
それには実証が不可欠だ。
俺はカレンダーをめくり、来月の日付にデカデカと星形の印をつけた。
「学校パン給食推進協議会」設立、週2回のパン給食目指す「子供達により美味しいパンを」
https://www.ssnp.co.jp/news/rice/2018/10/2018-1022-1004-14.html
社会的な食育推進により学校給食ではパン食が激減しておりパン業者にとっては厳しい状況となっている。
それを受けてパン業者が集まり学校パン給食推進協議会を設立しパン食推進に向けて活動を始めたのだが。
主張がこじつけな印象が否めない。記事を何度読んでも謎である。
この学校パン給食推進協議会は「米飯2回、パン2回、麺1回」を目指しているという。【記事ではバランスの取れた給食と報じられている。】
現状の調査や対策は必要でも、あくまでも食育なのだから現状の実態に合わせるのは話が逆だと感じる。
伝統食振興の意味もあっての食育であり、米飯2回、パン2回では却ってバランスが悪いのではないか。
まして和食はユネスコに登録されているので同じレベルの話では無いと思う。
麺はともかくパンが多すぎる。
もしかして機械的に数だけを合わせたのかと思ったが、それだと麺が1回で良い理由が分からなくなる。
週一の主食が、一週目米、二週目パン、三週目麺と交代ならば、機械的に数だけを合わせたと言えるのだが。
ここは上記の項目に近くなるのだが。
政府による第3次食育推進基本計画では米飯給食や伝統食保護が触れられているが、その中でパン食を強調するのはやはり苦しいと感じる。
このため、「和食;日本人の伝統的な食文化」が、「自然の尊重」という日本人の精
神を体現した食に関する社会的慣習としてユネスコ無形文化遺産に登録(平成 25 年
12 月)されたことも踏まえ、食育活動を通じて、郷土料理、伝統食材、食事の作法等、
伝統的な食文化に関する国民の関心と理解を深めるなどにより伝統的な食文化の保
護・継承を推進する。
(伝統的な食文化、環境と調和した生産等への配意及び農山漁村の活性化と食料自給率の向上への貢献)
第七条 食育は、我が国の伝統のある優れた食文化、地域の特性を生かした食生活、環境と調和のとれた食料の生産とその消費等に配意し、我が国の食料の需要及び供給の状況についての国民の理解を深めるとともに、食料の生産者と消費者との交流等を図ることにより、農山漁村の活性化と我が国の食料自給率の向上に資するよう、推進されなければならない。
この辺りを読んでもご飯給食とパン給食の回数が同じというのは却ってバランスが悪いという懸念を抱かせる。パンが週に2回では多すぎるのである。
ここが解決できない限りは学校パン給食推進協議会の主張は通らないだろうし、通すべきではないだろうし、市民の賛成を得る事も厳しいのではないだろうか?実際市民がどうみるかはアンケートを取らないと厳密には分からないが。
しかし、あちこちのコミュニティでコメントを見ていると、市民のうち多数はご飯推進に賛成であり、パン激減を良しとしているように感じる。
仮に上記法律文が無かったとしても現状パンを増やす根拠にはならないのではないか。
まして和食はユネスコ文化遺産に登録されているので事情が違うのではないか。
国際化が進んだこともあり自国文化の振興は大事である。(繰り返しになるが)
学校パン給食推進協議会の主張に理屈が通っているとは考えにくく賛成しがたい。
これだけだと判断が出来ないのだが、戦後のパン食ばかり学校給食の状況を「あの時も食生活の実態から言えば献立が悪かったのは事実だが」と考えて【いない】のならば(これは仮定の話。このニュースだけで断定する事は出来ない)、ダブルスタンダードに感じる。
主張が矛盾していると感じる。
パン食の普及に大きな寄与というが、食育は食生活の実態を考慮すべきという話ではなかったのだろうか。
外部での食生活の実態にあっていないパン食殆どなし給食(現代)は悪くて、外部での食生活の実態にあっていなかったパン食ばかり給食(昔)は良いのか?給食が「パン食の普及にも大きな寄与をし」たというのは、当時のパン食給食が外部での食生活の実態に合っていなかったから影響力を持ったわけだ。
当時、家庭での食生活の実態に給食の方を合わせていたら(国内の食糧事情やアメリカの事などもあって、現実ではそうはいかなかったのだろうが)、給食でパンは出なかったはずだし、給食がパン食普及に大きな寄与なんて歴史は無かったはずである。
これが学校給食が学校外の食事に寄与という話ならば、「現在の和食中心給食も和食の振興に大きな寄与をするのでオーケー。学校給食でパンを増やす必要は一切無し」で良いはずである。しかしこの団体はそのようには主張していない。ここに矛盾を感じる。
結局食生活の実態論は建前であってパン業者の仕事が増えたら教育現場のことはどうでも良いの?、良い悪いの評価はパン業者だけの都合次第なのか?と思う。
学校パン給食推進協議会の方から「当時のパン給食も食育や食生活の実態の観点から言えば悪かったのは事実だ」というセリフは出ていないのだろうか?
当時パンばかりだったからという割合の話では無い、この団体が使用する生活の実態論で行けばそもそも当時はパンが給食で日常的に(例え週1回程度の割合であっても)出ていた事自体が【おかしかった】のではないだろうか?
それをパン食の普及にも大きな寄与と良い事のように言っているのには矛盾を感じるし、結果論としてはその部分に限定して良かったと評価できても、学校パンの歴史は時代の変遷とともに終わったと言って良いのではないだろうか。
こちらについてどのように思われるのだろうか。
肌感覚でパンが国民食として根付いていることを感じる、パンは日本人にとってなじみ深い食品になったと主張している。
確かに家庭のパンへの支出金は増えているのは事実。ならば何故そこまでしてパンを増やさなければいけないのかが不明だ。
単にパン会社救済という側面が強いのではないか。パン会社以外になにかメリットがあるのだろうか??
学校の教育現場の事よりもパン製造企業の金銭的事情を優先する事は出来ないと感じる。
私などはいじわるなので、どうせパン会社を救済するならば学校パン給食推進協議会に加盟していない方のパン会社を救済したくなる。行政、政府関係者じゃないから何もできないけど。
これはパン食の推進とは別の話であり、もちろん、パンだからとかご飯だからとかそういう話抜きにして、子どもたちにどうせ食べてもらうならば美味しいものが良いに決まっている。
学校パン給食推進協議会にとってここの優先順位がどうであれ、目的であれ手段であれ、良い面ではあると思う。
国産小麦で美味しいパンができるという事と、米粉パンという方法もあると、食料自給率の問題について触れられている。
これは良い部分である。
実際、会員企業が製造するパンはおいしいのだろうとは思うが、それはご飯勢も同じだし、大体それとこれは別問題。
記事を読めば読むほど、食育はどうあるべきかという立派な問いはここには無く、教育の食育現場 対 営利企業の営業活動という単純な図式にしか見えなくなってくる。ここに私は強い危機感を感じる。
団体としてはポジショントークをせざるを得ない問題もあるんだろう。そこも考慮すべきであり、単純に悪くだけ言うべき話でも無い。ただそのような仕方のない事情があるのも理解できるがやはりパン給食の回数を元に戻す(増やす)のは食育の後退にしかならず反対せざるを得ない。
https://search.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000205592
回答
つまり、外国の食文化に触れる機会が大切だとは見なされていない、あくまで和食文化の継承のため一つの手法であるレベルの話。
ただしパンは国民食として根付いているという団体の主張だったので、実際にはこの団体に関わる議論としては関係してこない。あくまでも参考として紹介する。
外国の食文化に触れる機会が大切という論であれば、日本人の口にあったパンの数は減るが、学校給食パン業者に日本人が普段食べないような外国の本場の味を作る事が出来るのだろうか。
https://www.ssnp.co.jp/news/rice/2018/05/2018-0528-1821-14.html
、「自民党で食育の話になると、10人集まっても米一色になってしまう。『とにかくお米にしよう』と、それでは間違っている部分もある。キチンとした理屈で理解を求めていきたい」とした。
とにかくお米というのが具体的にどこがどう間違っているのか、キチンとした理屈というのが何なのかどの記事を読んでも分からない。
レントシーキング(英: rent seeking)とは、民間企業などが政府や官僚組織へ働きかけを行い、法制度や政治政策の変更を行うことで、自らに都合よく規制を設定したり、または都合よく規制の緩和をさせるなどして、超過利潤(レント)を得るための活動を指す[1][要ページ番号]。またこれらの活動を行う人をレントシーカーやロビイストなどと呼ぶ。
民間企業などが政府へ働きかけて自らに都合よく・・・というところはこの件では当てはまっている可能性が高いと思う。
ところが超過利潤ではないな?その面では当てはまっていない。
社会的な利益に結び付いていない点については、その通りの可能性が高いと思う。
高評価点も探しながら、バランスを欠いた視点にならないように学校パン給食推進協議会について書きたかったし、そう書いていたつもりだったが、
ここまで否定的な記事になるとは自分でも思っていなかった。この団体の発言を見る程、パン給食に否定的な想いが強くなっていった。
パン企業の営業活動以外にパン給食のメリットがどこにあるのか、そこをこの団体がはっきりさせてくれないと、高評価するのは難しい。
まず企業活動があってこその学校給食なのではなく、教育現場で学校給食が必要だからこその企業への発注である。企業優先という前例になってしまっては困る。
とにかく、米飯給食を守ったうえで、パン業者の仕事も守る、win-win的なアイデアが登場する事を願っている。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63720480R10C20A9EAF000/
これ自民若手頭抱えているんじゃないのか?
最も当時の10万円支給や粗利補償、消費税ゼロの件とか予算の件とか今回の件でも党員の一件とかあったし、もはやある程度見切りもつけているかもしれんけど。
石破議員は色々と論外としても岸田議員の消費税に関する発言と言い、全く現状の認識及び状況の把握すら出来ていない事が良く判るよね。
幾ら世間的にも失言マシーンとか言われているとは言え、まさかここまでだとは思わなかったし、コロナ禍以前の問題で消費増税をした去年の10月に経済の悪化を招いた時点で消費税は悪化しか招かないと言うのも世間の認識として根付き始めているので、とってつけたかのように10年後とか言ってももはや世間の印象は最悪の方向に固定された事だろうね。
最も野党も野党で消費税を争点にするつもりはないと言っている時点で今までもプロレスしていたのだなと露呈したし、色々な意味で日本は終わっているとしか思えないんだけど。
野党がこんなのばかりだし、だからこそ自民は永遠に安泰と言う慢心や驕りこそがこの様な発言を招いたのだろうね。
そりゃこんな認識だとこんな時期にすらレジ袋有料化やらgotoやらマイナポイントやらをしでかすわけだよ。
それにただでさえ海外では減税を進めている中でこんな発言をした時点で空気が読めていないにもほどがあるし、当時まともな粗利補償すらせず、企業の倒産の加速や経済の悪化を現在進行形で招いたのもあるし、現にコロナ問題は終わっていないのだから普通にこの手の発言自体すべきではない事は常識があればわかるだろうにね。
今後失業者が更に増えるのは普通に予測されている事だし、8月においては自殺者も増加したみたいだしね。
皆様こんにちは。
やめたければ辞めればええやん!って言われるのは百も承知なんです。つまるところただの愚痴ってことです。
職種はエンジニア系の会社で機械の修理や据え付けを行っています。汚い環境や、怖い先輩、全くない休日が俺を苦しめています。
特に休日がないのがしんどい。この前の休みが8/15。その前は7月でした。もう疲れが溜まってしまってヘトヘトです。しかも何が恐ろしいって従業員や常駐業者がそれを望んで働いているっていうところですね。毎日休みなく働くことが美徳という文化がまだこの会社には根付いています。
俺も精一杯働いています。いや、働いているつもりです。つもりなんですが、どうもそういう評価ではないみたいなんです。
疲れたら休みたいと言うのですが、毎度親とは口論になります。忙しいのに何事か!仕事が一番の用事だろ!ともう本当に飽き飽きする言葉の応酬です。俺はただ、一ヶ月働いたから一日ぐらい休みをくれないかと言っているだけなんですが‥。
親に育てて貰った恩。仕事を覚えさせてもらった恩。資格を取得させてもらった恩。大学に行かせてもらった恩。色んな恩があり、仕事で知りあった様々な人々などとの関係ももちろんあります。
それがなくなったり収入が減ったりと辞めても生活面ではデメリットだらけなのは分かっているんですが、なんだかもうすごい疲れちゃったんですね。
本当に元気が出なくてしんどいです。
辞めるって言っちゃったらもう終わりな気がして怖いです。
時間 | 記事数 | 文字数 | 文字数平均 | 文字数中央値 |
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00 | 93 | 14610 | 157.1 | 40 |
01 | 41 | 10388 | 253.4 | 73 |
02 | 47 | 13742 | 292.4 | 157 |
03 | 45 | 10020 | 222.7 | 140 |
04 | 12 | 2270 | 189.2 | 62 |
05 | 18 | 3736 | 207.6 | 66 |
06 | 29 | 4934 | 170.1 | 41 |
07 | 57 | 7853 | 137.8 | 55 |
08 | 79 | 5036 | 63.7 | 42 |
09 | 65 | 6853 | 105.4 | 53 |
10 | 124 | 11821 | 95.3 | 54.5 |
11 | 207 | 18077 | 87.3 | 37 |
12 | 160 | 18766 | 117.3 | 50 |
13 | 118 | 16647 | 141.1 | 45 |
14 | 129 | 12883 | 99.9 | 46 |
15 | 119 | 8546 | 71.8 | 34 |
16 | 148 | 8769 | 59.3 | 32 |
17 | 156 | 14300 | 91.7 | 42 |
18 | 127 | 15610 | 122.9 | 39 |
19 | 129 | 15608 | 121.0 | 36 |
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21 | 114 | 12019 | 105.4 | 55 |
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1日 | 2522 | 277254 | 109.9 | 43 |
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何かコンテンツがあったら、それに付随してコメント欄があることを期待してしまうようになった
増田ならトラバとかブコメがコメント、Twitterならリプライ…は質が低いから特徴的なワードで検索をかけて出てくる反応ツイート群、ヤフコメなんかはそのまんまコメントだし、YouTubeもコメント欄は絶対に見てしまう
ニュース以外のテレビを見るときは5chなりTwitterなりで実況がないか探すし、映画とかドラマを見た後は映画評論サイトだったり、これまたTwitterだったり、5chのまとめだったりを探す
何を見るにしてもたくさんの人の反応が知りたい、知れて当然、知れないのは嫌だ、という気分がすっかり自分に根付いてしまった気がする
なんなら観光地なんかもそうだな 絶景に感動!では終わらず、グーグルマップのクチコミとか個人ブログの旅行記とかを読み漁るまでが観光となっているところがある
近所の飯屋ですらそうかも とにかく、なんでもかんでも他人の反応・コメントを見たいという欲求がある
ある種の知的好奇心といえば聞こえはいいし、別にあらゆるコメントを真に受けてコロコロ意見を変えるってこともないんで時間を無駄にする以外に実害はないんだけど、ときどき我に返ってなんだか浅ましいことをしているような気分になる
子供を殺したい
https://anond.hatelabo.jp/20200731034501
わたしは誰の為にもならない息子を殺したい。
https://anond.hatelabo.jp/20140402083933
「まとも」=「身内に居ても許容出来る」と仮に定義してよくよく考えてみると、確かに男性の半数は「まとも」じゃない。
ただの知り合い程度なら許容出来ても、身内に居たら嫌だ、困る、と言う男性は半数くらいいる。
女性であれば精々1割程度に過ぎないのに。
https://anond.hatelabo.jp/20140402120303
運が良ければ女児より優秀に育つ事例が多い一方、犯罪者になる確率も引きこもりやニートになる割合も発達障害を抱えて産まれてくる可能性も大きい。
自分も子供は欲しくない。元増田と同様の理由で「どうしても作らなければならないとしたらどっちがいいか」と考えると女児を望んでしまう。
そして、このように男の子が産まれてくることを恐れ子供を授かれない女性や、男の子が産まれてしまって苦しんでいる女性が居ます。
それなのになぜ、産み分けは可能にならないのでしょうか?
現状の男女比ほどには男の子は望まれていないというのが本当のところなのに、
世間体が悪くなるのを恐れ、
「産み分けを合法化すべき」
と言い出せないのではないのでしょうか。
誰かが周りの目を恐れず、主張しなければならないのです。
はてなの皆さん、KKO・“弱者男性”、フェミニストの皆で手を組んで、
「産み分けの合法化」
に向かって行くべきなのではないのでしょうか。
なぜなら、男性性は、女性の生きづらさばかりか、男性自身の生きづらさの原因となっているからです。
「男性を極力産まない」
ことで、男性自身を含め、様々な属性の人が生きやすくなります。
おおっぴらに賛同はできなくても、
「こういう主張があるんだ!」
ということが広まって行けば、いつか産み分けが実現し、産まれてくる男性の数が減るはずです。
争っている場合ではありません。
この考えならば、立場の違う人々でも1つになれる可能性があると思います。
皆で変えていかなければいけないのです。
ニュージーランドのジェンダーギャップは世界で6位だ。日本の121位に比べたら天と地ほどの開きがある。
多くの女性は思うかもしれない、さぞや女性にとって生きやすい国なのだろう、と。
少し話をしようと思う。本当に生きやすいかは話を聞いてから考えてほしい。
あらゆることにおいて男女平等と言うことが進んでいくと、女性も男性も等しく実績に応じて昇進、昇給する。性別が判断基準になることはない。性別が判断基準になるのは、性別が本当に重要だときちんと説明できるときだけだ。
業務の割り振りについても性別は顧みられない。道具が用意されてれば容赦なく重たい家具を運ぶ仕事もやらされるし、危険な場所で仕事もする。道具がなければ流石に男性がやる。女性にもできるとみなされた時点で女性もやる可能性がある。
政治の世界でも同じだし、教育でも同じ、たしかに平等に扱われる。女性だからといって不当な扱いを受けるいわれはない。女性もきちんと意見を述べて主張するところは主張する。
ハラスメント研修でも、女性が加害者になるケースに必ず触れられるし、DVの啓発ポスターでも男性が被害にあったものと女性が被害にあったもの半々だ。ここでも性別は考慮されない。
女性のほうが被害に合う率が高い、とか、男性のほうが深刻な暴力を振るう、なんてことは言われない。男女の別なく被害者も加害者も制度に従って平等に扱われる。
許されることは男女平等にゆるされるし、許されないこともまた男女平等だ。
女性が働いて家計を支えるケースも当然有る。男性がキャリアチェンジしたくて一年学校に行く間、女性が働く事だってなんの問題もない、というか、それも家庭のあるべき姿と考えられている。家計を支えるのは男女どちらが本来やるべきか、なんていうものはない。
妊娠出産については別で、こればっかりは女性がたくさん産休をとり、男性はちょっぴりだ。女性が妊娠中、その間の男性はいろんなことを肩代わりする。だが、それだって女性の負荷が高いのだからそれがフェアだ、という考えが浸透しているからだ。同時に、だからといって男性に過剰な負荷をかけてはいけないという考えも浸透している。
社会的にサポートがしっかりしてるので、そんなに男性の人生に影響はしないようだが、旦那があーだこーだと文句を言う女性は見たことがない。働きながら家のことも両方やるのだから家のことが手抜きでも仕方ないしそこにクオリティを求めること自体ナンセンスだからだ。変な話毎日バーベキューでも文句は言わない。嫌そうではあるが。
嫌なら別れてしまえばいい、という考え方も浸透している。シングルマザーだからといって不利になる社会ではない。
男女が等しく社会や家庭にコミットする文化が根付いている。みなが仕事と家庭のバランスをうまく取れるようになっている。
こういう社会の女性たちは確かに自信を持っており、自己肯定感も高い。ただ、それに向けての努力も怠っていない。
ジェンダーギャップについて大騒ぎしてる人たちは、ジェンダーギャップが解消された世界がどういうものだと思っているのか、果たして彼ら、彼女らが思い描いた世界ってこういうものなのだろうか、という疑問を感じたので書いてみた。
ポリコレが根付くはあると思う。正直まだまだ遅れてるけどそれでも20年前に比べりゃ日本とはいえセクハラパワハラに対する意識も高まってるしこういうのはもう不可逆なんだよな
名前を隠して楽しく日記。というキャッチコピーの通り楽しく日記を書く事が出来る
ここでは「この増田はあいつじゃないか」と関連付けて語られる事が何も無い
5ちゃんねる、ふたば☆ちゃんねる、ニコニコ動画とかだと酷い物である
貶す=娯楽という習慣が完全に根付いているし今後あそこを訪れるユーザーもじきに染まるだろう
はてな匿名ダイアリーでは皆が個人的に興味のないどうでも良い話ばかりしているのでとても居心地がいい
興味のない話題は無視すれば良いだけだからどんなに荒れてても笑って流せる
10代20代特有の騒がしいノリをあまり感じないのがとても心地良い
寂れた村のように人が居ない訳では無いが都会のように人がごった返している訳でも無い
はてなブックマーカーは知らないがはてな匿名ダイアリーは適当な人数で保たれている
トラックバックで他人の日記と自分の日記を関連付ける機能はあるが書いている物は日記に過ぎない
別に他人の日記を読むのも読まないのも当人の自由でただ黙々と自分の書きたい事だけを書いても良い
はてな匿名ダイアリーが欠陥の無い完璧なサービスとは口が裂けても言えないけれど
フィクションならではの派手なデザインを見るのが生き甲斐なだけで恋愛・肉体関係には大して興味がない、腐女子でないオタク女です。
何気なく「AB」と言うと「AとBのふたり」ではなく「A✕Bというカップリング」という意味を、外側から付けられてしまうのがめんどくさい。
「肉じゃが」とは「肉✕じゃが」であり、そうでない場合は「和製ビーフシチュー」と呼ぶことを推奨されるみたいな独特の棲み分けが当たり前に行われていて、何故かこちらの肩身が狭い。何だその長い非公式コンビ名。
AとBを指す時に「キキララ」「かに玉」「東名(高速)」みたいな感覚で「AB」が使えない。「けいおん」や「キムタク」なんかと同じで4音ってキャッチーで使いやすいのに、それをある一派に単一の意味付けで専有されてるのってなかなか理不尽じゃなかろうか。あと公式コンビ名が「コブクロ」「テ■マス」系のネーミングだったらどうするのかちょっと気になる。
以下更に与太話。
腐女子は(主に自戒として)自らをマイノリティと称するのをずっと見てきた。でもオタク全体として見ると腐女子でないオタク女の方がよほどマイノリティだ。うちの兄は左利きなのだけれど、私はそれと同じかそれ以上に驚かれる人種になっていた。
オタクご用達本屋でソシャゲ関連本を買ったら、流れ作業でBLフェアのオマケを付けられそうになる度に、このタイトルを買う女性客=腐女子と思われてるんだなぁとげんなりする。まあK川の本買うと露出度高い美少女が付いてくるパターンとかもよくあるけど。
小学生の頃、裁縫セットを兄の物と取り違えて持って行った事があった。左利き用のハサミはあまりにも使い物にならなくて半泣きになったのを覚えている。兄にとっては多分、世の中の殆どのハサミがこういう代物なのだろう(それで慣れてるのだろうし泣きはしなかったと思うが)
世の中はマジョリティのデザインで出来ているんだと、その時から何となく感じている。
腐海では名前の表記順の前後が大層重要らしいのは知っている。そういった都合上「AB」にも「BA」にも組み換えられるパーツとしてキャラ名を使うのは便利で、そう感じる人たちがマジョリティだから、CP名というシステムはこんなにも広く根付いたんだろう。
でも表記順を重視しない側は、キャラ名より検索するのも覚えるのもめんどくさい(率が高い)非公式ワードに押し込められる事を望んだのだろうか?
ちなみに男性作家の多い美少女・百合界隈だとその辺の窮屈さは感じない反面、成人向けは袋綴じしなさいって習わなかったのか!?とキレながらブロックする事案も多いのでまた別の頭痛が痛い。
さておき。
成り行きとはいえ界隈のお作法は知ってる身としてこれからも配慮という名の自衛はするし、何かが変わるなんて期待もしていない。
でも、たまには自分たちはマジョリティ側でもあるって自覚して、マイノリティの名の下の結束の外にも目を向けてみてくれる人もいて良いと思う。
墓に御供物を残すと聞くと、なんとなく良いことのように聞こえるが、それが食品の場合、単なる「フードロス」でしかない。
御供物を残しても、墓に入った人物が実際それを食べるわけではないのだから、墓に供えた後は持ち帰り、自宅なりでそれを頂くというスタイルでも良いはずだ。
実際、自宅にある仏壇や神棚ではそうしているのだから、儀式的に何の不都合も無いだろう。
残った御供物は結局、カラスやアリの餌にしかならず、近所迷惑である。そのため、御供物を残すことを禁止する墓地も実際にいくつかある。
主体が墓地管理者の連合体なのか、宗教的連合体なのかはよく知らないが、墓に御供物を残すことを全国的に禁止すべきではないだろうか。
コロナ寡とでも呼ぶべき、墓参りする人間が少ないこのお盆は、墓参りの「新しい生活習慣」を根付かせる良いタイミングにもなるだろう。
そもそも、御供物として食べ物を無駄にすることに対して、宗教はどう思ってるのだろう?
それに、自宅に仏壇がある場合、墓と仏壇のどちらに死んだ人の本体が存在するんだろう?