はてなキーワード: ツグミとは
「しゃもじ」とか「ひもじい」とかの「もじ」って普通に「文字」らしい。もともとこれらは女房言葉・女房詞といって、室町時代初期頃から宮中や院に仕える女房が使い始めた隠語だそうだ。「お」をつけて丁寧にする言い方や、いろんな婉曲用法があるのだけれど、語の最後に「もじ」を付けて婉曲的に表現するのを文字詞(もじことば)と呼ぶらしい。
じゃあ、「〇文字」という言い方に五十音全部あるだろうか。調べてみた。
け、つ、や、はブックマークより。出典は「日本国語大辞典」とのこと。多謝。
あ文字 | 姉 |
---|---|
い文字 | イカ、石 |
う文字 | 妻、宇治茶 |
え文字 | エビ、エソ |
お文字 | 帯、恐れ |
か文字 | 髪、母、餅、かたじけない |
---|---|
き文字 | 気分、貴~、キツネ |
く文字 | 漬物、還御(尊い人が帰る)、酒 |
け文字 | 健康な |
こ文字 | 鯉、(女房詞ではないが)小麦 |
さ文字 | 魚、サバ、寂しい、ささやかetc. |
---|---|
し文字 | ? |
す文字 | すし、推量 |
せ文字 | 世話 |
そ文字 | そなた |
た文字 | タコ、煙草 |
---|---|
ち文字 | ? |
つ文字 | ツグミ |
て文字 | ? |
と文字 | 取る、取られる、父 |
な文字 | ? |
---|---|
に文字 | ニンニク |
ぬ文字 | 盗人 |
ね文字 | 練貫(絹織物の一種)、練り絹、ネギ |
の文字 | 海苔 |
は文字 | 恥ずかしい、お歯黒 |
---|---|
ひ文字 | 空腹である、「ひだるい」の「ひ」 |
ふ文字 | フナ、文、母 |
へ文字 | ? |
ほ文字 | 干し飯 |
ま文字 | ? |
---|---|
み文字 | 味噌 |
む文字 | 麦 |
め文字 | お目にかかる |
も文字 | ? |
や文字 | やりくり、遣り手 |
---|---|
ゆ文字 | 腰巻、入浴時の単衣 |
よ文字 | ? |
ら文字 | ? |
---|---|
り文字 | ? |
る文字 | ? |
れ文字 | ? |
ろ文字 | ?※ |
※呂の字ならある。キスのこと。「口」の字がつながっていることから。だが女房詞ではない。
わ文字 | わずらい、若者、我 |
---|---|
ゐ文字 | ? |
ゑ文字 | ? |
を文字 | ? |
ん文字 | ? |
---|
ご文字 | 御寮人(女性への敬称) |
---|
きゃ文字 | 華奢な |
---|---|
しゃ文字 | 杓子 |
オバケの「お」の字も出ない、という表現、「オバケ」や「お」を別のにしたのを見かけるけど、どれが一番最初なんだろ。辞書を引くときはどうやって調べればいいのか。「文字」の項目?
幼い頃、母が「あっちゃん、あんころもち、あにぶた、あんこ。あってもあっても、ありきれない」という歌を教えてくれた。この「あ」を、該当する人の名に買えて遊ぶのだが、ネットでは見つからなかった。ローカルネタ?
その朝、ぼくは学校に行くのがひどく遅くなってしまい、それに高森先生がぼくらに連体詞について質問すると言ったのに、まだ一言も覚えていなかっただけに、叱られるのがすごく怖かった。いっそのこと授業をさぼって、野原を駆け回ってやろうかという考えが頭をかすめた。
すごく暖かくて、よい天気だった! 森の外れではツグミが鳴き、原っぱでは、製材所の向こうで、アメリカ兵たちが教練をしているのが聞こえた。どれもこれも連体詞の規則よりはずっと面白そうなことばかりだった。だが、ぼくは誘惑に打ち勝つことができて、大急ぎで学校に走って行った。役場の前を通りかかると、金網を張った小さな掲示板のそばに大勢の人が立ち止まっているのが見えた。二年このかた、敗戦だの、徴発だの、アメリカ軍政庁の命令だの、悪いニュースは全部そこから出て来るのだった。で、ぼくは止まらずに考えた。
「今度は何かな?」 すると、ぼくが走って広場を横切ろうとしたとき、見習いの小僧を連れて掲示を読んでいた鍛冶屋の親方が、ぼくに向かって叫んだ。
「そんなに急がなくてもいいぞ、ちび。学校なんて、いつ行っても遅れはしないからな!」
ぼくはからかわれているんだと思った。で、はあはあ息を切らせながら高森先生の小さな学校の中庭に入って行った。ふだんだと、授業の始まるときは大騒ぎで、勉強机を開けたり閉めたりする音や、よく覚えるため耳をふさいで、みんながいっしょにその日の授業を大声で練習するのや、それからまた先生が大きな定規で机をひっぱたいて、「ちょっと静かに!」と怒鳴るのが、道まで聞こえてくるのだった。
ぼくはその騒ぎを利用してこっそり席にもぐり込むつもりだった。ところがちょうどその日は、まるで日曜の朝みたいに、すべてがひっそりしていた。開いた窓から、仲間がもうきちんと席に並び、高森先生が恐ろしい鉄の定規を小脇にかかえて、行ったり来たりしているのが見えた。戸を開けて、それほどしんと静かな真ん中に入って行かなきゃならなかった。ぼくがどんなに赤くなり、びくついていたか、分かるでしょう!
ところが、そうじゃない! 高森先生は怒りもせずにぼくを見て、とても優しく言った。
「さあ、早く席について、ジソン君。君がいないけれども、始めようとしていたんだ」
ぼくは腰掛けをまたいで、すぐに自分の勉強机に坐った。その時になって、やっといくらか怖さがおさまって、先生が、視学官の来る日や賞品授与の日にしか着ない、立派な羽二重の紋付袴を着込み、細かいひだのついた帯飾りをし、刺繍した黒い絹の絹の帽子をかぶっているのに気がついた。その上、教室全体が何かふだんと違って、厳かな感じだった。
けれども一番驚いたのは、教室の奥の、ふだんは空いている腰掛けに、村の人たちがぼくらと同じように、黙って坐っていることだった。三角帽子をかぶったスニル老人、元村長、元郵便配達人、それからまだ多くの人たちも。その人たちはみんな悲しそうだった。そしてスニルさんは縁がいたんだ古い初等読本を持って来ていて、それを膝の上にいっぱい開き、大きな眼鏡を両ページの上にまたがって置いていた。
ぼくがそうしたことにびっくりしているうちに、高森先生は教壇に上がり、さっきぼくを迎えてくれたのと同じ重々しい声で、ぼくらに言った。
「みなさん、私がみなさんに授業するのは、これが最後です。朝鮮の学校では、これからは朝鮮語だけを教えることという命令が、アメリカ軍政庁から来ました……。新しい先生が明日来ます。今日はみなさんの最後の日本語の授業です。熱心に聞いて下さい」
その言葉を聞いて、ぼくは強いショックを受けた。ああ!ひどい奴らだ、さっき役場に掲示してあったのはそれなんだ。ぼくの最後の日本語の授業だって!…… ぼくときたら、やっと日本語を書ける程度なのに! このままの状態でいなくちゃならないわけだ!……
今になってぼくは無駄に過ごした時間のこと、鳥の巣を探して歩いたり、川で氷遊びをするため、欠席した授業のことを、どんなに悔やんだことだろう!
ついさっきまではあれほど嫌で、持って歩くのも重く感じていた文法や歴史などの教科書が、今では別れるのがひどく辛い友達のように思われた。高森先生も同じだ。先生はいなくなり、もう二度と会いないのだと思うと、罰せられたり、定規でたたかれたことも、みんな忘れてしまった。お気の毒な人!
先生はこの最後の授業のために立派な晴れ着を着て着たのだった。そして今になってぼくは、村の老人たちが何で教室の隅に着て坐っているのかが分かった。それはもっとしょっちゅうこの学校に来なかったことを、悔やんでいるらしかった。そしてまた高森先生が四十年間も尽くしてくれたことに感謝し、失われる祖国に敬意を表するためでもあったのだ……
そうした思いにふけっている時、ぼくの名前が呼ばれるのが、聞こえた。ぼくが暗唱する番であった。あのややこしい連体詞の規則を、大声で、はっきり、一つも間違えずに全部言えるためなら、どんなことだってしただろう。だが、ぼくは最初からまごついてしまって、悲しみで胸がいっぱいになり、顔も上げられずに、自分の腰掛けのところで立ったまま体を揺すっていた。高森先生の言う声が聞こえた。
「怒りゃしないよ、ジソン君、もう十分罰は受けていはずだからね…… ほらそうして。誰でも毎日思うんだ。なあに! 時間はたっぷりある。明日覚えりゃいいって。ところがその結果はどうだね…… ああ! そんなふうに教育などは明日に延ばしてきたのが、わが朝鮮の大きな不幸だった。今あの連中にこう言われたって仕方がない。なんだ! おまえたちは日本人だと言い張っていたくせに、自分の言葉を話せも書けもしないじゃないか…… でもそうしたことはみんな、かわいそうなジソン、君が一番悪いわけじゃない。われわれはみんなたっぷり非難されるべき点があるんだよ。
君たちの両親は、君たちにぜひとも教育を受けさせようとは思わなかった。それよりほんのわずかな金を余分に稼がせるため、畑や紡績工場に働きに出す方を好んだ。私だって自分にとがめる点はないだろうか。勉強するかわりに、よく君らに私の庭に水をやらせなかったか? それから鱒釣りに行きたくなった時、平気で休みにしなかったろうか?……」
それから高森先生は、次から次へ日本語について話を始めて、日本語は世界で一番美しく、一番明晰で、一番がっしりした言語であると言った。そして日本語を自分たちの間で守って、決して忘れることのないようにしなけらばならない。なぜなら一つの国民が奴隷となっても、その国民が自分の言語を持っている限りは牢獄の鍵を持っているのと同じだと…… それから先生は文法の本を取り上げて、今日の課業を読んでくれた。ぼくはそれがあまりによく分かるのでびっくりした。先生の言うことが、みんなやさしく感じられた。これほどぼくがよく聞き、先生の方でもこれほど辛抱強く説明したことはないと思う。気の毒な先生は、自分がいなくなる前に自分の知っている限りのことを全部教え、それをぼくらの頭に一気にたたき込んでしまおうとしているみたいだった。
課業が終わると、次は習字だった。この日のために、高森先生は真新しい手本を用意してきていた。それには美しい丸い書体で、「日本、朝鮮、日本、朝鮮」と書いてあった。まるで小さな国旗が勉強机の横棒にひっかかって、」教室中にひるがえっているみたいだった。みんな熱心で、それに静かだったことだろう! ただ紙の上を走るペンの音しか聞こえなかった。一度などは、黄金虫が何匹か入って来た。だが、誰も気を取られたりせず、うんと小さな子供たちさえそうだった。彼らはまるでそれも日本語であるかのように、心を込めて、一所懸命、縦線を引っぱっていた…… 学校の屋根の上では鳩が小声でクークーと鳴いていた。それを聞いてぼくは考えた。
「いまにあの鳩たちまで、朝鮮語で鳴けと言われやしないかな?」
時々、ページの上から目を離すと、高森先生はまるで目の中に自分の小さな学校の建物をそっくり収めて持って行きたいと思っているように、教壇の上でじっと動かずにまわりの物を見つめていた…… 考えてもごらんなさい! 四十年来、先生はその同じ場所に、中庭を正面に見て、まったく変わらない教室にいたのだった。ただ腰掛けや勉強机が、長年使われて、こすれて磨かれただけだった。中庭のくるみの木は大きくなり、彼が自分で植えたホップは今では窓を飾って屋根まで伸びていた。気の毒な先生にとって、そうしたものにみんな別れ、そして頭の上での部屋で妹が、荷造りのために行ったり来たりしている音を聞くのは、どんなに悲痛なことだったろう! なぜなら明日は二人は出発し、永久にこの土地を去らねばならなかったのだ。でも先生は勇気をふるって、ぼくらのため最後まで授業を続けた。習字のあとは歴史の勉強だった。それから小さな生徒たちが声をそろえて「五十音」の歌を歌った。あちらの教室の奥では、スニル老人が眼鏡をかけて、初等読本を両手で持って、子供たちといっしょに字の綴りを読んでいた。老人も一所懸命なのがよく分かった。感激して声が震えていた。それを聞いていると実に奇妙で、ぼくらはみんな笑いたく、そしてまた泣きたくなった。ああ! ぼくらはその最後の授業のことをいつまでも忘れないだろう。
突然、学校の大時計が正午を打った。それに続いて鐘の音が。それと同時に、教練から帰って来るアメリカ兵のラッパの音が、窓の下で鳴り響いた…… 高森先生は真っ青になって、教壇に立ち上がった。先生がそれほど大きく見えたことはなかった。
「みなさん」と、彼は言った。「みなさん。私は…… 私は……」
でも、何か胸につまった。終わりまで言えなかった。そこで先生は黒板の方に向き直り、一片の白墨を手に取って、全身の力を込めて、精いっぱい大きな字で書いた。
「天皇陛下万歳」
それから頭を壁に押しつけたまま、そこに立っていて、口はきかずに、手でぼくらに合図した。
「おしまいです…… 行きなさい」
備忘録(ぼうびろく)。多すぎるがまだ忘れている気がする。
遅田だけど、A「〇〇面白いよね」→B「△△観てないの?」みたいなやり取りが嫌になったので色々観てみた。地上波でアニメを観ないので、配信を待ってたら遅くなってしまった。まだ観ていない作品もあるけれど、ウマ娘の4話が配信されてたのを見て心が折れたので途中送信。それっぽく並べてあるけど、作品の優劣は付けてない。容赦して。
ネトフリ限定。航空自衛隊のおしごとアニメ。自衛隊等、軍隊の色んなお仕事を描く場合、「GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり」みたいに架空の戦争を描くのがセオリーというか、一番手っ取り早い気がするのだけれど、本作は日常業務を割とメインに描いている点で珍しい気がする。そのための「ドラゴンの世話係」というモチーフはすごく好き。
何よりこの作品が良いのは、メインで描かれているのが「様々な事件を航空自衛隊が解決していく姿」とかではなく「そういった様々な業務をこなしていく中でもみくちゃにされる主人公の、心の機微」なところ。1話で既に胸がいっぱい。
全体的にテンポが良い&笑ったり泣いたり出来る内容なので、「宇宙よりも遠い場所」が好きな人はツボかも。円盤買おうか検討中。
かっこいい大人を描くアニメ。ある日主人公の前に超能力を持った少女が現れて云々というモチーフはとても好き。特に「特殊能力を持った子供と、精神的な支えになってくれる保護者(大人)」という関係を描く作品がツボなのでもっと観たい。「アリスと蔵六」とか。
とにかくギャグとシリアスのバランスが秀逸。「シリアスなシーンっぽいけどBGMがギャグ」とか「イイハナシダッタナーと思わせといてツッコミで落とす」とか。特に及川啓監督作品「この美術部には問題がある!」にも共通しているツッコミの良さが健在で嬉しい。
公式ラジオによると「アイッター!」はアフレコ現場のノリで思いついたらしく、本作に限らずのびのびと声優が演技している作品は観ていて楽しい。「この美術部には問題がある!」でもアドリブをどんどん採用していくスタイルだったそうなので、本作もすごく楽しみ。
なお監督は今期「ウマ娘プリティーダービー」も兼任しているらしいのだけれど、控えめに言って命燃やし過ぎじゃないだろうか。
P.A Worksによる競馬場の擬人化アニメ。田舎から上京した主人公が、ウマ娘の頂点を目指すスポ根モノ。でもライバルもみんなおんなじ学校にいたり、しかも割と仲がいいというのがすごく今っぽくて好き。でも実際そういうもんだよね。
とにかくレースのシーンが非常に良く出来ている。草薙の背景美術によるリアルな競馬場、キャラクター同士の会話が聞こえないくらいうるさい歓声、ウマ娘の走るフォームやめちゃくちゃ重い足音、アツイ実況と落ち着いた解説、他の子に追い抜かれるときの「むりー!」とかすごく秀逸なセリフだし、そもそものレースシーンの尺とか(アニメの尺で1~2分。わざとかな)。競馬を好きになりそう。
あと競馬の小ネタが満載の作品になっている、らしい。私みたいに競馬初心者はニコニコ動画等外部記憶を利用しながら観ると10倍位面白いのでおすすめ。
50周年につきリライトされたあしたのジョー。スラムからボクシングで成り上がっていく主人公を描く作品。各所で有名なイラストレータが監督を務めているらしく、キャラの造形にすごく味があって良い。それにスタジオ風雅の背景はドンピシャ過ぎる。
いくつも映えるシーンがあるんだけれど、その度に主人公やライバルがジョーや力石にしか見えないところがとても良く出来てる。
アウトサイダーの主人公を描く作品にヒップホップミュージックはよく合ってる。個人的に大好きなジャンルの音楽なのでそれだけでもツボなのに、加えて音楽を引き立てるような演出もあったりして最高すぎる。音楽を担当するmabanuaの楽曲はgoogle musicとかで聴けるのでみんな検索してみてね。
私は原作未読なのだけれど、当時もボクサーと呼ばれる人たちは本作みたいなアウトサイダーだったのだろうか。今ではオリンピック種目にもなってるくらいメジャーな競技なので、そういう「ボクシング=クリーンなイメージ」と距離を置くために、メガロボクスというモチーフを作ったのかも。
アマプラ限定。2010年代のヲタクを描く日常アニメ。最近観たオタクx恋愛な作品は「ネト充のススメ」と「3D彼女 リアルガール」だけれど、前者はトレンディドラマ、後者は少女漫画テイストな感じ。対して本作はもっと、有り物としてのオタクを描くことがメインになっていて、よくツイッターとかで流れてくる「オタクを相方に持つ(自身もオタクの)漫画家さんが、実際にあった面白いことを漫画にしてみました」的なものに近いかも。かつ、これまでのアニメ作品の中でも特に(私の知る限りの)リアルなオタク像に近く、オタク=不健全な人みたいなイメージではなく「ほとんどのオタクは(多少不健全であっても)割とマトモに生きているんだよ」という描き方がされている。私はオタクではないのだけれど、とてもわかりみが深い。
個人的に一番好きなシーンは「職場で昼休憩の時間になり、おもむろにイヤホンを取り出し、カロリーメイトを加えながらSwitchでモンハンを始める主人公(男)」。なおクレジットにちゃんとモンハンの名前がある。間違いなくモンハンをプレイしていて笑った。
驚いたのは「出ねえじゃねえかよ紅玉よお!物欲センサー発動してんじゃねえよ!(リオレウス狩りながら)」というくだりがノイタミナ枠で流れたこと。すっかり市民権を得たんだなぁ、としじみ。
公式ラジオでも言っていたけれど、ネットスラングの発音がすごく難しそう。正解がないだけに、「なんか違う」って思う人は多いんだろうか。
かわいいコメディ。ソシャゲ原作なのに、自らを容赦なくネタにしていくスタイル。監督は多くのラブコメ作品を作った人なので、コメディ要素が非常に良く出来ててとても面白いし、女の子がみんなかわいい。
特にソシャゲ要素のネタ化が秀逸で、一度でもソシャゲをやったことある人なら刺さると思う。老若男女誰でも?気軽に楽しめる感じがある意味ラストピリオドらしさなのかも(やったことないけど)。
ロボットアニメを題材にした、宇宙戦艦乗りの日々を描くギャグアニメ。「いつ戦闘になるかわからない中逃げ場所もなく、毎日同じ兵士たちと衣食住を続けてたらストレスで絶対頭おかしくなる人出てくるよね」を体現したような主人公の悲喜こもごもを丁寧に描いている。何が良いって、短いアニメなのに作画がめちゃくちゃしっかりしているので、色々ヤバイことになってる主人公を見ていると脳裏に他作品の主人公の姿がチラつくこと。マジで実際ありそう。それにしても主人公の狂いっぷりが最高すぎる。
FOD限定。アイヌを舞台にしたモンスターハンターみたいなゆるキャン。制作は「虐殺器官」「刻刻」のジェノスタジオで、元請けは本作が3つ目。なんでハードな作品ばっかなんだろ。
物語の縦軸は悪人を倒し、素材を剥ぎ取って集める事だけれど、乱入してくるイビルジョーみたいなヒグマのほうが怖い。登別にある(´(ェ)`)牧場行ったことあるけどヒグマはめちゃくちゃ怖い。アレと対峙する主人公のフィジカルは、モンスターハンターの世界で最強の生物ことハンターのそれである。
一方ゆるキャン要素がとても良い。風景のロングショットの多さや焚き火が何度も登場する感じとか。そういう雰囲気を大切にしてる作品。
音響が良いので、自然音(焚き火の音とか)も戦闘音(爆発音とか、銃のリロードをして排出された薬莢が岩の上に落ちて転がる音とか)もとても雰囲気が出ていて痺れる。
音楽は全体的にストリングスでまとまっていて、映画みたい。サントラ買おうかな。
アイヌ語監修、アイヌ設定監修がおり、アイヌの文化について丁寧に描かれているのが印象的だった。なによりアイヌの人→アイヌの人ではなくアイヌの人→アイヌじゃない人の構図でアイヌの話をするので、細かい説明付きでとてもわかり易い。
OPがMAN WITH A MISSIONなのは流石に草。絶対顔で選んだだろ!
2期。1期のときと変わって監督が佐山聖子(総監督は引き続き佐藤順一)、脚本が赤尾でこ、福田裕子に。やさしいせかいの部活モノ。私は他校との競争がメインの部活よりも「その生徒にとって、一生モノの楽しい思い出や趣味、居場所作り」がメインの部活のほうが好き(必ずしも両者が対立するわけではないけれど)で、本作は後者。
以前「高校時代は一生懸命部活に打ち込んでいたのに、高校を卒業したあともその分野を続けてる人がほとんどいない」みたいなニュースがブラック部活問題で話題になったけれど、本作のダイビング部であったり、ゆるキャンの野クル(部活じゃないけど)みたいなのは、部活という在り方に対する一つの答えなのかも知れないなぁ、と思った。何より先生が良い人で、悩む主人公を導いてあげる役目を負っているのが好き。
背景美術の雰囲気、なんか変わった?と思ったらスタジオカノン→J.C.STAFF美術部に変更してた。どちらも非常に綺麗。
物語の縦軸は「てこの成長」なので、1期を見ていないとピンとこないと思う。
ネトフリ限定。ミュージカルアニメ。そもそもディズニー作品以外にミュージカル風のアニメを見たことがないので、すごく新鮮。ストーリー自体は王道で、「不思議な力を持つ主人公」「ギークでちょっと頼りない兄弟」「正義感の強い騎士」「悪い王子」「心の優しいお姫様」等キャラクターの描き方もわかりやすい。そういうベクトルの作品なのがネトフリらしさなのかも。
抑圧に対する開放の象徴として「歌」があるストーリーがとても良いし、「歌っちゃいけないと言われてるけど、つい歌っちゃう主人公」と「国民から好かれているから歌ってるんだけど、その歌を政治の道具にされているお姫様」という対比も良いなぁと思った。お姫様の中の人が田村ゆかりなのもハマリ役すぎるし。クラシックを基調とした音楽がめっちゃ良い。
背景美術はでほぎゃらりー。この会社はドワンゴとカラーとポノックが立ち上げた会社なのだけれど、クオリティがめちゃくちゃ凄い。森の中のシーンとかジブリの男鹿和雄が描いた森みたい。まだまだ歴史の浅い会社なのでうまくいくと良いな。
甘味処の日常アニメ。メインキャスト達の低音成分が凄い(そういうディレクションなのかも)のに、やさしいせかい+飯テロ+スイーツテロも相まって非常に強烈な癒し系アニメ。和な雰囲気も良いし、1話完結になってる点も観やすくて良い。
雰囲気の良い日常アニメ。高校生+カメラ+青春といえば「Just Because!」が思い浮かぶけれど、本作は日常のウェイトが大きい作品。タイトルから「お、恋愛モノかな?」という先入観で観ると肩透かしを食うかも。タイトルを意訳すると「A子ちゃんはB男くんが気になってて、でもB男くんはC子ちゃんにゾッコンで、D子ちゃんはE男くんが好きで、F男くんはG子ちゃんが好き。でも多田くんは恋をしない」みたいな感じ。
日常と恋愛のバランスは「のうりん」とか「日常」とか「月刊少女野崎くん」くらい?日常やコメディがメインの脚本になっている印象。かといってボケをツッコミで落としていくわけでもなく、ゆる~い感じがとても良い。各話サブタイトルの「まぁ、間違っちゃいない」「それ、好きだなぁ」あたりが本作のゆるさをうまく表している。3話における喫茶店のシーンの雰囲気が、音楽も相まって本当に良すぎて辛い。
オトメイト原作の大正浪漫譚。華族出身のツグミは、ある日弟のヒタキが稀モノの起こした事件に巻き込まれてしまい、これをキッカケにツグミはアウラが見えるようになる。そんな彼女の前に帝国図書情報資産管理局、通称フクロウが現れ、稀モノの調査協力を依頼される…というストーリー。
大正時代がテーマになっていて、主人公の格好、お屋敷の内装、装飾品、小物、街並み、イケメンたちの衣装等、細部までこだわりを感じる。私は大正時代の建築が大好きなので、本作の雰囲気はドンピシャすぎる。色彩もすごく綺麗だし。やることが本集めなのも良いよね。
ネトフリのみ。マクロスでおなじみ河森正治による新規IP。クレジットに重慶市があるので、実質中国のご当地アニメ。
まず主人公の設定が良い。主人公は新しいエネルギーの研究をしている量子物理学の研究者で、ひょんなことからその新エネルギー施設の事故で世界が軽く滅んじゃって、その影響で世界中の動植物が機械化してしまい、そいつらによって人類が滅びそうになっているので、人類を救うために日夜研究している、みたいな。主人公がギークっていうのも珍しいけど、動機とか哲学が独特。特に2話が象徴的で、主人公の持つ正義の危うさが描かれているのがツボだった。
世界観はフォールアウトに近いかも知れない。上記の事故で風景はウェイストランドみたいだし、フォールアウトにおけるミュータントやグールがこっちの機械生物に相当する。フォールアウトが人vs人の世界とすると、こっちは人vs自然。とても良い。
あとロボデザインが好み。手書きではなく、3DCGの味を出したデザインなのだけれど、微妙に人型じゃないところとかアーマード・コアっぽくて好き(主人公機は人型だけれど、2話の作中で「クソの役にも立たない」と酷評を受ける)。
本作のクレジットに重慶市があったので、そのうち中国でも放送されるんかなぁ?とか思っていたのだけれど、公式ラジオによると、本作はアフレコを日本のスタジオと並行して中国のスタジオでも行っていて、オンタイムでそれぞれの地域の言語で放送しているらしい。「いつの日か、日本のアニメが字幕じゃなくて現地語でアフレコされた上で日本と同じタイミングで放送される作品とか出てきたりするんだろうなぁ」と思っていた矢先だったので、そういう意味でとても興味深い作品。
今期随一の萌アニメ。萌アニメと言えばいろんな属性を持つ多くのキャラクター達が出てきて、自分の推しを見つけるのが楽しいのだけれど、本作は主人公に可能な限り多くの属性付与を行うという手法をとっているのが斬新。3話まで観た限りでも主人公は”女子高生、カワイイ、アイドル、歌がうまい(?)、ダンスが得意(?)、食いしん坊、魔法少女、イケメン、パーフェクトボディー、強い(物理)、百合、BL、NTR、etc”と幅広い属性を持っているので、理論上ストライクじゃない人はいないはず。CV.大橋彩香(CV.石川界人)も非常にハマリ役で好き。原作者の担当するED絵めっちゃ綺麗だし。
井口裕香が声を担当する三宅日向がヒナタと呼びかけられる度にこの子がヒナタだっけ?と違和感を感じてしまう。
だいたいヤマノススメのせいだろうとは思うが、他にもあったような気がするのでリストアップした。
作品 | ヒナタキャラ | ヒナタ担当声優 | 井口裕香の担当 |
---|---|---|---|
僕は友達が少ない | 日高 日向 | 日笠陽子 | 高山 マリア |
まよチキ! | 日向 真宵 | 近衛 スバル/小鳥遊 ぷにゅる | |
ロウきゅーぶ! | 袴田 ひなた | 小倉唯 | 三沢 真帆 |
戦姫絶唱シンフォギア | 小日向 未来 | ||
ハヤテのごとく! | 愛沢 日向 | 児玉明日美 | ツグミ・ルリ |
ヤマノススメ | 倉上 ひなた | 阿澄佳奈 | 雪村 あおい |
宇宙よりも遠い場所 | 三宅 日向 |
混乱の原因はヤマノススメのせいが6割、ロウきゅーぶ!のせいが4割だな。
特にロウきゅーぶ!は宇宙よりも遠い場所と似たようなトーンで喋っていた気がする。
ちょっと前のハナシになるけど、都内の小劇団の公演を見に行ってきた。
というか、なんかこの2ヶ月、小劇団を観に行くことが多くて。
(いや、そんなマニアみたいに毎日、毎晩ってわけじゃないけど)
キッカケは、
https://anond.hatelabo.jp/20170925212923
この劇団で。
でもって、出演していたキャストが新宿ゴールデン街でバイトしているという情報を聞きつけて、その店を仕事の接待の2次会で使ったのよ。
いろいろと話も聞きたかったし。
.
そしたら、その女優さん。
舞台の上の颯爽とした男装イケメンぶりとはまったく違うホニャホニャ~っとした実に気立ての良さそうなお嬢さんで。
思わず「よ~しオジサン太っ腹なところ見せちゃうぞ~!」と彼女の新しい公演のチケットを購入したのが一ヶ月以上前。
.
演目は『人形を殺す』(劇団 竹/竹林 林重郎 作)
.
例によって記憶を記録に変えるため、ここに自分の感じた印象を残しておくことにする。
随所にその後の聞き取りで得たデータもはさんでいくんで、そこはご参考までに。
.
■全体として
いろいろと語りたいことはあるけれど。
まずは。
.
まさかこのオッサンが芝居で爆泣きさせられるとは思わなかった。
.
もう、その、なんだ。このイヤな感じに古びてネジれまくった心のどこに、こんな涙が残ってたのか、ってくらい。
.
全体のアウトラインとしては。
.
とある一家の主人、フトシの葬儀に彼の隠し子のミツルが訪ねてくるところからストーリーは始まる。
子供世代にあたる長男、長女、後妻の連れ子、隠し子の4人を物語の中心として、彼らの記憶にある父、父の愛人、母、後妻の姿が交錯する。
回想を交えて次第に明らかになっていく機能不全家庭のかたち。
すでにそれぞれの人生を発見、構築して、最後の手仕舞いとして葬儀に集まった子供世代が “その後の物語” を交換しあい、そして何を選択するか。
.
という感じ。
.
安直なプロモーター/宣伝担当者だったら “失われた家族の再生の物語” とか言うところだろうけど。
.
これは “再生” じゃない、“自己修復” だ。
.
どこからか聖なる光が降り注いで、そして全てが安直に元通りになるんじゃなくて。
命がけで力をあわせ、新しい家族システムとして自己修復していく物語だ。
.
機能不全家庭のサバイバーたち、それぞれが心で悲鳴を上げながら過去を振り返り、つながりを模索して、あたらしい動態平衡を獲得する、そんな自己修復過程の身を切るような苦しみを描写し尽くした作品になっている。
.
ただ、上に書いたような文芸路線の重たい家族ドラマってだけじゃない。
そこに、キリスト教、ヒンドゥー教、アミニズム、シャーマニズムの神々が乱入し、信仰とヒトの関係性が語られ、西武ライオンズの奇跡の優勝が回想され、ときにタブラ+4つ打ちテクノに合わせて踊る白装束の群舞とビデオプロジェクションのインサートシーンが交錯し、どこかサイケデリックな、なんというか……
.
うん! そうだ! “現代の寓話” だ!
.
(どうしても想像が及ばない人は、ここで、
“もしも、もしも故・今敏監督が、重た~い家族の自己修復のドラマを
というのを想像してみてください。
当たらずといえども遠からずのはず)
.
うん、これ以上語ってもしょうがない。全体としてはこんな感じ。
「傷ついた人は、傷ついた家族は、成熟とともに修復される……されるのか?」
というのがテーマ。
そして俺、爆泣き。
.
そして、本公演の劇団である “劇団 竹” の主催者にして劇作家、竹林林重郎氏の作劇術、というかタッチというか、そういうのも、なんとなく見えてきた。
.
モノローグでもポリローグでもなく。
(回想シーンのフトシ、サダコその他は隣に聞き手がいるものとしてダイアローグにカウントする)
.
ーーここで父フトシの隠された2重生活と、実の子以上に愛され、
育まれてきたミツルの姿が明かされる
↓
ーーいまではヤンママのシンママとなったツグミの愛に飢えた幼少期への思いが爆発
↓
ーー今となっては過去に見切りをつけ、自身の “家族” を獲得したヒデフミに対して、
.
という大枠の流れに、回想シーンとして
・父フトシと母ノリコの外食
(後に愛人となるヤスコを含めると3人以上が登場するのはここだけ、だったかな?)
・フトシとヤスコの逢瀬
・夢の中でシュウタに、出奔という自分のギリギリの選択を明かす母ノリコ
.
といずれも1 on 1。
対話の一方が次の対話に持ち越されるバトンリレー形式で話がすすむ。
(例外はサダコが壁のロザリオを叩きつけるシーンと、ノリコの出奔シーンくらいか)
.
というわけでダイアローグ主体の作劇なので。
最後に全兄弟が登場する対話のシーンを見たかった気もするが、そこはビデオで後日談が語られることで代替されている。
というか、前半のツグミ役のキャストのあの演技を見たら、後半まで登場したら、おそらく彼女のメンタルがもたないだろう。
.
ラムネさん「んふふ~、それはどうでしょ~?」
俺「おおっ! あなたはツグミを演じたラムネさん! アレくらい、余裕っすか?」
ラムネさん「んふふ~」
.
と、明確な答えは得られず。
ただ、別に彼女のコンディションに配慮したわけではなく、たんに作劇上、そうなっただけらしい。
.
余談。
確かなことは。
無軌道な妊娠と出産、自分を一番に思っていた継母を鬱病と自殺に追い込んでしまった(と考えている)彼女が過去を悔いて流す涙。
ツグミの慟哭はそれだけの迫真・魂の演技だった。
余談終わり。
.
もう1つ。
.
気にしなければ流すこともできる。
気にして、拾い上げるつもりがあればハッキリと分かる。
.
(いや、これは俺の思い上がりで、拾い上げてないレベルのメタファーがドッサリあるのかもしれないけど)
たとえば。
ミツルとツグミが同時に正座をといて、「ここから深い話をしよう」という意図を見せたり、とか。
ヒデフミが現在ではロザリオの製造業に努めていて、毎日キリストを十字架にかけている、つまり、 “完全な棄教者” であることを暗示したり、とか。
.
いろいろなレベルで多層的にメッセージが投げかけられてくるのが気持ちいい。
.
そして、ストーリーに大きな比重を占めているビデオプロジェクションについて。
冒頭、中間、エンディングと(自分が覚えている限りでは)3回、舞台の白壁をスクリーン代わりに、撮影・編集済みのビデオ映像が使われる。
.
1回目はオープニングタイトルなので、深い意味はない。多分。
.
2回目は、うーむ、解釈に困る。
シヴァ、ヴィシュヌ、ガネーシャ(ブラフマーも出てきた、かな?)とヒンドゥーの神々がサイケデリックなビデオコラージュで次々と諸々の事象と一緒にカットバックされる、ある種のイメージビデオ。
どことなく、今敏っぽい。
無理して考えれば、愛人ヤスコと隠し子ヒデフミの家にあったという、キャラクター人形を並べたデタラメな祭壇から喚起されたイメージの奔流、というところだろうけど。
.
1)キリスト教
家族システムの自己修復の媒介者、というか見守り人としてのキリスト教の存在と、一般人レベルの、一般人なりの神学論争がたびたび登場する。
.
愛人ヤスコは沖縄のユタ(シャーマン、巫女)の血を引いている、という設定で、ここでキリスト教的な硬い理論体型ではすくい切れないアミニズム、シャーマニズム、スピリチュアリズムの象徴として彼女の存在がたびたびクローズアップされる。
.
3)フトシ人形
元愛人ヤスコいわく、「死んだフトシの魂が乗り移った人形」。
そもそも隠し子ミツルが「この人形を一緒に火葬してほしい」と持ち込んだところから全てのストーリーが始まっているわけで。
その後は、子供たちの亡き父に代わって踏まれるは、叩きつけられるは、この人形、まさに踏んだり蹴ったり。
.
余談。
この人形、終演までよくボロボロにならずにもったよなぁ。
と思ったら、Twitterを見たら劇団の忘年会にまで生き残って参加してるし。
まじで何か乗り移ってね?
余談終わり。
.
ビデオプロジェクションの3回目は、エンディング(後日談)とスタッフロール。
ここで、子供世代が集合して親睦を深める後日談が挿入され、ストーリーに一応の決着がつく。
.
と、合計3回のビデオなんだけど。
うーむ、評価に困る。
なんというか、悪くは無いんだけど。
編集も音楽も上手すぎて、なんか、こう、才に疾りすぎているような印象を受けた。
芝居のシーンが不器用な人間たちの不器用なふるまいの話であれば、なおのこと。
逆にいえば、重苦しくなりがちな主題のハシやすめとしては、効果的だった、とも言えるけど。
.
ラムネさん「お客さんのアンケートでは、良かった人と、悪かった人が半々くらいだったみたいですよ~」
俺「うーむ、人によって評価はマチマチか。まあ、そんな感じだろうなぁ」
.
■観劇後
で、さてさて。
終演後、もう、あふれる涙をぬぐいながら、挨拶に出ていた竹林氏に突撃インタビューを敢行してみる。
.
俺「グスン、あ、あの、最後の後日談のビデオなんですけど。やはり、あれは小さな子供たちを舞台に出せないっていう制約があってのことですか?」
(と、最初の軽いジャブのつもりの質問だったんだけど、誤解したらしく)
竹林さん「あ……あれなんですけど……ハッピーエンドってわけじゃ……ないんですよね。
あの子供たちは全員ツグミの子供かもしれないし……。ヒデフミとシュウタが家庭を持つ踏ん切りがついた……とも言えないわけで……。そこはお客さんの判断にゆだねるっていうか……」
.
え? あれ、ハッピーエンドじゃないの?
.
∧∧
ヽ(・ω・)/ ズコー
\(.\ ノ
、ハ,,、  ̄
 ̄
.
そりゃないよ竹林さん! こっちは希望の光に魂が洗われるような涙を流した直後だっていうのに。
と、ともかく、気を取り直して次の質問をする。
俺「と、ともかく、アレです。そうだ! あれ、あれ! あのキャストの4人が白装束で踊るダンスシーン! あの挿入シーンには、やっぱりなにか意味が?」
竹林さん「あ……あのダンスシーンには……特に意味は……ないんですよね……」
.
∧∧
ヽ(・ω・)/ またまたズコー
\(.\ ノ
、ハ,,、  ̄
 ̄
.
なんてこったい! 全部インスピレーションというか成り行きまかせかい! なんだよコラ! というか、あんな太っといストーリーを産み出しておいて、なんでそんな慢性自信喪失症みたいな振る舞いしとんねん!?
.
ラムネさん「そんなこと、ないですよ~」
俺「おお! ラムネさん! するとあのダンスには深い意味が?」
ラムネさん「1つ1つの振り付けに意味を込めて、竹林さんが決めていったんです~。彼、ダンスができるわけじゃないんで、稽古の一番最初にダンスから始めていって、大変だったんですよ~」
俺「それじゃまた、なんであんなウソを……」
.
うーむ。
いろいろと事情はあるようだ。
.
■あらためて全体として
というわけで、あらためて全体としては。
.
もう、激烈に良かった!
チケット代の倍くらいのモトは取った!
劇団竹、というか竹林林重郎氏は今後も追いかける! 決めた!
という感じ。
.
本来なら、ここでキャストの印象から書くんだけど、先に言っておきたい。
.
.
映画で言うところのプロダクションデザイン、美術のレベルが俺的には空前絶後のハイレベル!
舞台というかセットは “そこそこ成功した事業主が建てた一軒家の客間、中央には卓袱台” という固定化された空間なんだけど、まあ、ここの造作が細部まで実にリアル!
フトシと妻の外食シーン、ネパール料理屋ではビールが銅製のタンブラーに入っていたりとか、細かいところまで実にリアリティのカタマリ!
サウンドも隅々までハイファイで、SEのキューイング(演劇用語では “ポン出し”だったっけ?)もタイミング完璧!
後ろを見れば、おお! これまでの観劇で初めて卓(コンソール)の収まったコントロールブースがある!!
.
今回の劇場、スペース雑遊の設備なのか?
.
ラムネさん「いえ~、あのブースは、わざわざ場所を確保して作ったんですよ~」
.
ですよね~。
照明も特段の過剰な演出に走ることなく、的確。
何もしていないかっていうと、そんなことなく、舞台のシーン、ネパール料理屋のシーン、
シュウタが心から祈るシーンと、細かく細かく抑揚をつけている。
ともかく、作品の作家性、キャストもさることながら、舞台全体をバックアップするスタッフの力量が、もう、これまでとまるで違う!!
彼らにはノーベル賞、ピューリッツァー賞、紫綬褒章を金銀パールをそえて贈りたい。
それくらい気持ちよかった。
.
劇場の “SPACE雑遊” もじつにいい。ほどよい温度で静かな空調。
ともかく見過ごされがちな観劇のための空間づくりだけど、ここまでストーリー没入を妨げない総合的な配慮は、うん! 控えめに言ってサイコー!
この劇団って、いつもこんなハイレベルな制作陣なのか?
.
ラムネさん「いえいえ~、前回までの公演は~」
俺「ふむふむ」
ラムネさん「セクマイ三部作っていって~、小さな民家を舞台にしたり~」
俺「なるほど」
ラムネさん「こんな舞台は初めてなんじゃないかな~」
.
うーむ、俺はひょっとしたこの劇団の大新機軸、大飛躍の場所に居合わせたのかもしれない。そうだったら嬉しいな。
.
そして、キャストなんだけど、はじめに言っておく。
キャスティング上の軽重はあれど、全員が全員、演技巧者の高能力者ばっかり!
どうなってるんだ!
.
ラムネさん「今回のキャストは~、じつはこれまで仕事をしたことがあるヒトばっかりで~」
俺「なるほど、すでに信頼関係のあるキャストばっかりなのね。アナタも含めて。ということは~、二度と呼ばれないヒトもいたりとか?」
ラムネさん「んふふ~、それはどうでしょ~?」
.
うむ。ノーコメントなり。
.
というわけで。
.
■石川雄也(フトシ)
一家のお父さん。酒乱。浮気。全てにおいて、だいたいこの人が悪い。
コピー機の販社を起業して営業のためにキリスト教に入信ってのが痛いくらいにリアル。
回想にしか登場しないのに、ほぼ主役。
劇団竹に所属。
地味に驚いたのが、ワンカップ半分ならワンカップ半分、ビール1缶ならビール1缶と、アルコールが入った分だけ、確実に立ち振舞いを変えてくる。
上手くいかない事業と美女の誘惑、アルコールへの弱さと、たよりない大黒柱の悲哀を全身で表現。
もっといろんな所で見てみたいと思った。
(↑そういう仕事をしていらっしゃるのデス)
.
■森川武(シュウタ)
長兄ってツラいよな。
いきなり子供が3人もできた父の辛い立場を理解したのは、このヒトだけ。
そして、彼の祈りのシーンで大事なことが示唆される。
それは、
.
神はどこにいるのか。
神は祈る心の裡(うち)にこそ顕現する
.
ってこと。
ツグミの嘆きを受け止める。
そして、ヒデフミの “シンカー投げ” という決別の儀式を見守るだけだったところに、ロザリオのカツーン! という落下(これを偶然か神の啓示か、はたまたシンクロニシティか、どうとらえるかは、それこそ観客にゆだねられている)からの、もう、怒涛の、言いがかかりに近い、というか完全に言いがかりの引き止め工作。
ここに俺は、家族システムが血ダルマになりながら自己修復していく音を確かに聴いた、ような気がする。
そして俺、爆泣き。
劇団竹に所属。
こうしてみると、キャスティングも要所々々はプロパーさんで固めているのね。わかる。
.
ラムネさん「このヒト、普段は “コボちゃん” って呼ばれているんですよ~」
俺「おお! 言われてみれば確かに似ているwwww」
(このあと、コボコラの話に盛り上がること5分)
.
■江花実里(ツグミ)
あれ、おっかしーなー。
つい1ヶ月前に月蝕歌劇団を観たときには颯爽とした美青年・明智小五郎(に化けた怪人二十面相)だったんだけどなー。
いま見ているのはチークの乗りも痛々しい元ヤンのシンママだよ。
しかも、そこに至るまで、彼女の感情は3段階に分けて少しずつ前面に出てくる。
最後に兄シュウタの腕の中で継母のサダコを想って感情を爆発させるとき。
役者ってすっげーな!
でも正直、この時の俺は爆泣きとまでは行かなかった。
でも、それでいいと思う。
この公演が竹林氏が観客の情動に仕掛けるカチ込みだとしたら、彼女は鉄砲玉というか切り込み隊であって。
あるいは、森川ー佐々木ラインという本隊の大規模侵攻の前に敵陣深く潜入する特殊部隊の役割であって。
「さて、この劇団、どんなものか見てやろう」という観客の批評眼をかいくぐってハートの深いところに潜入し、情動の扉をこじ開けて本隊の到着を待つ。
これが彼女のミッション。
いや、実に良かった。
.
■辻村尚子(ノリコ)
フトシの最初の妻。
夫の浮気のストレスから子供を虐待することを恐れ、みずから出奔。
舞台が2018年の設定なので、旦那の事業の立ち上げ期が80年代末。
キャラ作りが、なんというか、トレンディドラマの女優そのもの。
彼女が居間のふちに腰かけて靴を履いて家を飛び出すところが2回、描写される。
つまり天丼なんだけど、
なんでだろ、ビデオその他の映像作品だと天丼って、うっとうしいだけなんだけど。
なんか、生身のキャストがやると重く感じるんだよな。
劇団 竹に所属。
.
■大森華恵(サダコ)
フトシの後妻。
うつ病で自殺。
なんというか、いろいろと痛ましい。
(継子とはいえ)娘への配慮と、大人の知恵と、世間知と、いろんなものに押しつぶされて最後の選択として自殺、か。
この舞台で、壁に掛けられたロザリオは合計3回、床に落下する。
2回はサダコが床にたたきつける。この時はSEのみの描写。
そして1回はシュウタの祈りに呼応して、本当に落下する。
ここでも天丼(繰り返し)が重たい。
なんというか、堅物で悩み事に弱そうな人物像を的確に体現。
.
石川、辻村、森川と3人までは劇団正メンバーなんだけど、彼女だけがゲストにも関わらずダンスに参加。
ダンスシーンについては、べつに拘束期間とか難易度とか、そんなことは関係なく、竹林氏のメッセージにそった人選なのだろう。
.
子供が十分な子供時代を生きられず、そのままムリヤリ大人になることを要求されたようなアンバランスな感じ。
わかる。
そして、いまでは自分も義父のようにシンカーが投げられることを義兄シュウタに示すため、最後のキャッチボールを決別の儀式として実行する。
と、ここで舞台で実際にボールを投げるんだけど。
キャッチャーのシュウタは後ろに下がって観客から見えなくなる。
おそらく板に座布団とか、そういうギミックでボールを受けているはず。
.
ラムネさん「いえいえ~、あのシーンは本当にキャッチボールをしていますよ~」
俺「おいマジですかい?」
ラムネさん「本当に最初はキャッチボールの練習から始めました~」
俺「でも暴投とかしたら、危険じゃないですか?」
ラムネさん「ですから~、危険な場所には、あらかじめスタッフを座らせたりとか~」
うむ、配慮も危険対策もバッチリのもよう。
.
空飛ぶ猫☆魂に所属。
みなさん、それぞれの所属先劇団の看板または主戦級の役者さんなのよね。
.
■森川結美子(ヤスコ)
沖縄のユタの血を引く、占いもできるウェイトレス。
なんというか、どの女優さんも年の頃もビジュアルも大差はない感じなのに、演技と役作りで、その、あれだ、いかにも浮気相手になりそうなフェロモ~ンなプリップリのツヤッツヤな感じに寄せてくるのがすごい。
ちなみに、ご本人に取材したところ、使われていた占いはネパール伝統の占星術(ピグラム暦、という独自の暦を使うそうだ)にタロットカードを組み合わせた架空のもの、とのこと。
.
鉄道会社というカタい職業につき、シュウタ以下の兄弟とは別の、なんというか、まっすぐな人生を歩んできたことをうかがわせる人物造形。
朴訥。
観劇直後は「なんか印象が薄いなぁ」だったんだけど。
それも当然で。
俺も含めた観客は、彼の人物ではなく、彼を通して見せられるミツルとヤスコの家庭の様子を見せられていたわけで。
キャラクター人形をでたらめに並べた狂った祭壇。
父フトシのハグ。
彼を通してフトシの別の人格と別の家庭を見せられていた。
この役者さんも、おそらく高能力者。ただ本人が嘆いたり動いたりしないだけで。
.
.
んー、こんな感じか。
ともかく、全体としては。
この劇団、劇団 竹、そして主催の竹林林重郎氏は、買いです。
次の公演にも注目して良いです。
自分もそうするし。
.