はてなキーワード: 淡々とは
29歳女。
何か才能があったわけでもないし、
容姿に至っては人並み以下だ(った)し、
仕事人間でもないし、
家庭的でもない。
どうやって満足できる人生を手にいれられたの?と聞かれたら、
ほんとつまらない答えだけれど
「色々な要素がちょっとずつ作用してちょっとずつ変わっていった」としかいえない。
その「色々な要素」は端からみれば悪いことだと思う。
要素1.いじめられてた
不細工と暗さとセンスの無さが理由だった(と思う)のでうふふであははな青春とは無縁だったが、
だからこそ別の魅力(武器)を見つけなきゃなと漠然と小学生のころから思ってた。
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頭いいと不細工でもイケるかなとは思ったけど特に必死に勉強せず。
とにかく頭よさそうな有名大なら何学部でもいいやと思って適当に受験して合格。
留学から帰ってきて、とりあえず一番頭良さそうな大学院にいこうかなと思ってたら願書の期限忘れてて不戦敗。
恩師の教授に推薦してもらったり大学院の教授と会わせてもらったりしてたのに我ながらアホすぎ。
合格間違いなしだと言われて浮かれてた親に縁切られそうになる。
4年の冬なので就活もできず、とりあえずボランティアと称してお金かからない方法で海外にしばらく逃げる。
要素3.就職失敗
新卒でもないし、二か国語の資格をもっているだけでは箸にも棒にもかからず。
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居易かったし時給も悪くなかったけど、やはり就職したかったので
今度は中堅どころで応募。
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「君はここじゃなくてもっといい大手に行くべき。絶対採用するとこあるから」
と力説される。
大手大好きな親からも
と説得されていたので結局3ヶ月待ってもらったのに失礼ながら採用を断る。
名刺作って待っててくれたのにごめんなさい。
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また派遣に戻る。
今度は語学いかしたいなぁと思って大手の緩そうな翻訳と通訳の派遣に切り替える。
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《現在》
総合職になったら全くユルくない&出張づくし&厳しくて時に泣きそうだが、
やりがいあって福利厚生悪くなくて年収600万以上もらってるので文句いえないかなと思う。
要素4.不細工
整形後も別にもてなかった。
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別にもてなかったが、徐々に自信がでてきて大学卒業時にはそこそこもてるようになった。
帰国してから仕事の合間みて整形をくりかえす(顔4ヶ所計10回)。
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《現在》
だいたいの初対面の人に「美人ですね」と言われる様になった。
綺麗になったからもてるようになったのではなく、
綺麗になって自信がでたからもてるようになったのだと思う。
要素5.出会いがなかった
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べったりされすぎてめんどくさくなり1カ月で別れる。
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付き合いたい人が見つからず高校時代の悪友とつるんでたらそのうちの一人となんとなく付き合うことに。
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付き合って一年後、結婚願望が全くないのに勢いで6000万の港区マンションを購入したついでに結婚。
(わたしの収入だけでは買えなかったので)
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結婚してみたらこの上なく相性が良いことに気付き、年月がたてばたつほどバカップル化。現在結婚三年目。
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毎日仕事やら接待やらで帰ってくるのが遅くてろくに家事できない。
仕事はそれなりに頑張ってるけど「のぼりつめてやろう!」とか思ってない。
そこそこでいい。さっさと帰って夫とイチャイチャしたい派。
振り返えれば振り返るほど、悪い要素が良い人生を作ったのだなと思う。
誰もいない狭い寂しい部屋に戻ってくる人生でもちっともおかしくなかったと思う。
結婚は30過ぎるまでしたくないとか恋人いないときから豪語していたくせに、
してみたら早く結婚して本当に良かったなと思ってる。
(寂しがり過ぎてメンタルが弱いため)
大学まで仲が悪かった両親とも仲良くなり、
わたしのことを凄く誇りに思ってくれている。
(ふたりとも私がきっとひどい人生を送るものだと半分諦めてた。
両親はずっと職に恵まれず貧乏だったので今の私の人生を羨ましいといってくれる。)
というのも、あれはやってると脳内麻薬的なモノがドバドバ出る。
当たる・・・当たれッ!当たれェ!的なあのメソッドは、脳にかなりガシっとくる強烈な刺激で、
パチンカスはカスである、という前提を受け入れた上でもモノスゴく気持ちいい。
同様に、出会い系なんかを駆使して女の子と会ってヤるというのも、かなり良い。
人間の本能的なアレを全力で揺さぶる、まさに底辺、馬鹿のための娯楽だ。
しかし、これらには当然問題がある。
残り財産8000円、給料日まで1週間の状態で打つパチンコはヤバイほど面白い。
女に関してもそうだろう。「あー、こいつに深入りしたらヤバイよなー・・・」って時ほど面白いのだ。
ぶっちゃけて、友人の彼女を口説くのが一番楽しいのだ。人妻だったりすると更に良い。
そういうわけで、この手の娯楽はもうだめだ。
学生時代、バイト代で遊んでいるくらいなら許されたが、社会人かつフリーランスという
社会的制約の少ない状況で、これ以上この手の遊びにかまけていたら間違いなく人生が破綻する。
なにより、この手の遊びは絶頂時は恐ろしく楽しいが、その後のゆり戻しもキツいのだ。
「あー、俺死ねよ・・・」と「イヤッハァ!」の往復をいい加減断ち切りたい。
俺は多趣味な方だ。読書もするし、筋トレもする。語学もやる。料理もする。音楽もやる。
仕事自体も趣味の延長で得たものなので、それもやる。部屋に閉じこもって延々やる。
しかし、こういった「淡々と続ける」ことが続くと、放埓な遊びがしたくてどうしようもなくなる。
セックスしたいしギャンブルしたくなる。おそらく、セックスやギャンブルは本質ではなく、
脳内麻薬的なあれが欲しくて仕方ないのだろう。射精とか、大当たりとか、そういうのに付随するあの多幸感。
しかも、最近ヤバイことは「カネがある」ということだ。パチンコ屋で1万円遊んで満足できていた
ころはまだ良かった。しかし、最近はふと遊びに行った海外でバカラにハマってしまった。しかも大勝。
今もやりたくてやりたくてやりたくて仕方がない。仕事はケリがつきそうだ、一週間くらいの休みがもうじきくる。
しかし、ここでやらかしてしまったら間違いなく人生は転げ落ちる方向に行くだろうという気がしてならない。
かつ脳内麻薬がドバドバ出る。そんな娯楽がこの世にはないものか。
学生時代に格闘技やってた頃はこれが該当していた。他人を殴り倒すっていうのはモノスゴく楽しい。
KO勝ちが一回あれば、一ヶ月はその余韻に浸って暮らせた。それに咥えて、スポーツによる発散はかなり効き目がある。
ギャンブル欲も性欲もかなり減衰させることができる。
一生の問題
君は、自分が今抱えている問題が解消すれば楽になると思っていないかい?
問題は常に付きまとう。
問題を抱えはじめたのは小6くらいの頃だっただろうか、中学生になれば解決する問題、それは通学路だった。
小学生の一つの楽しみと言えば行きと帰りの歩き道として通学路が制定されていた。
住んでいる区域によってある程度“この道を通らなければいけない”という決められた道程があり、もしその道以外を歩いて登下校しようものなら朝と帰りの学級会で
「○○君が通学路破りをしていました。」
なんて問題にされる。
確かに親や教師達が心配してとの事だというのは解るが、中学生になればこの問題は解決し自由に好きな道を選んで登下校できた。
勿論、中学は中学で自転車に乗ってはならない等の規制があったりする。
常に問題はつきまとう。
高校生くらいになれば早く自分で働いて自分の稼ぎで自由に買い物したいと思うし、大学生になれば内定さえ取れれば等と考える。
係長になれば、課長になれば、部長になれば、役員になれば、いつになっても問題は解決しない。
我々は、問題を解決する為に生きているのだろうか?
結婚をすれば、子供ができれば、子が親元を離れれば、孫ができれば。
いつあなたは楽になるのだろうか? 欲にはキリが無いなんて事を言いたいのではない欲は大きく沢山あっていいんだ。
問題を抱えていている時というものは兎角“これがどうにかなれば後は楽だぞ”と考えやすい。
しかし、それも束の間、お腹が空いて空いて仕方無かったのに、腹いっぱい飯を食べた時の満足感は食事が終わった30分後でも持続するだろうか?
否応なしに課せられた問題もあれば自ら抱え込んだ問題まで様々だ。
そう問題に振り回されるのではなく、問題を制御しコントロールしているという自覚が、問題を問題という言葉から感じる嫌に重たいイメージを変えるのではないだろうか?
自分でしたいと思った事がすぐ簡単にはできない事であれば問題だ、色々とその問題に対し取り組まなければならない。
しかしいくら自分で設定した問題とはいえ過去に誰かが成し遂げた課題であったりすると、どうしても道無き道を突っ走る新雪の中を滑るスノーボードの様な快感は得られない、決してそれが楽とは限らないが先駆者達に寄る補正に補正を重ねられた道であるからだ。
だからそう、君も一つでいい
この宇宙でまだ誰も成し遂げた事のない課題。問題を抱えてみないか?
それはトンデモない事でいい、トレーニングで一輪車に乗れるようになるのと同じようにテレパシーで特定の誰かと会話したいであるとか、誰も作った事のない新しい料理を作るでもいい。
大事なのは常に心にその“自分だけの解決したい問題”を抱え続ける事だ。
とは言っても、その自分用の人生の問題を作るのはけっこう難しい。
生老病死というように、現代の様々な問題が無い遥か過去から、人は様々な問題に苦しんできた。
僕は逆にと言える例えでもないが生老病死の苦しみとは逆に“知想伝忘”の楽しみを一生の問題にしてみてはどうかと思う。
“知る”楽しみ 何かを知ること、新しい知識を得る事は快感である
“想う”楽しみ 何かを考える事、感じる事、思い描く事、想像、創造する事も快感だ。
“伝える”楽しみ そしてそれらの楽しみを他人に伝えて共感を得たならな楽しみを共にする楽しみもある
“忘れる”楽しみ かといって転んで痛かったり、不運や事故は起こりうる。できれば颯爽と忘れてしまえば尚楽しい。
なにかや曲のある宗教臭さがでてきて申し訳ないが
一生、問題は続く
そして、楽ではないのは問題があるからではなく
問題を他者から与えられるからであって、自分で設定していなからという側面が多分にあるからじゃないかと思ったので書いてみようと思った。
かといって、これらの問題と問題と見る事なく、淡々とこなす物として見過ぎると次にはこういった問題が浮かび上がる
“先が見えてしまう”
というものだ、問題が問題でなくなると、なんだか自分の人生を早送りしたくなる。
もっと先へ行きたいもっと早く行きたい、だってどんどん楽しくなるから。
そうすると今度は、時間の流れの遅さにいらだちを覚える。
結局本当に、時間こそ問題なのかもしれない。
いや、この話に突っ込むとやばそうだ・・・
ちょっとほら、もう、こんな私の文章にあなたは何分を費やした?
時間の問題ならば、長い人生たまには時間を見つめなおすのもいいかもしれない
あなたも今夜は色々と詮索するのは止めて暗くして布団に入り目を閉じたら
時間が見えてくるかもしれないww
そして、そうご存知の方も多いかと思うが時間の感じ方は「自由」にできるんだぜ!
だからおれはなんにでも好意を持とうと決めたのかもしれない。
遅い時も早い時も、その時の自分の時間の感じ方を楽しんでみようよ
そうすれば、また次の新しい“一生の問題”が見つかるかもしれない
@awaikumo
今そんな段じゃないんだよ。そこはノートにかじりついてる時間だろうが。
便所行って、飯かっ食らったら、入室の直前まで学んだ内容を頭に刻み付け続けるんだ。
その一挙手一投足がお前の点数を、受かる学校を、ひいてはその後の人生を左右するんだよ。
行く学校が変われば出会う人間も変わる。就ける職業の可能性も。
一年遅れれば生涯所得がいくら落ちるか。まるで分かっていない。
緊張を取るための仲間との雑談、そのような意識で使っているのか。まあそういう時代でもあろう。
しかし、終わった後に正答や解法がこうだ、出題者の意図がああだ、と議論している輩はなんなのか。
1日目終了時点でやっている者、これはもう度し難い。全日程終了後であっても同様に愚かである。
これは一部のバカが可視化されてるだけなのか、それともデータ取りに受験した予備校講師のぼやきか何かなのか。
提出してしまった答案はもう、お前の力の及ばぬところにある。
複数正答、得点調整の可能性など議論していても、詮無きことだ。
今お前のやるべきことは、答案や問題のことを考えるのをやめ、一晩くらいすっぱりと休むことだ。
そして夜が明けたなら淡々と採点をし、センター利用なら志望校絞り、二次試験ありなら個別対策へ頭を切り替えるのだ。
自分が学生の頃はセンター明けに振り返ってグチグチ言おうものなら、教師に窘められたものである。
わざわざ書くのも憚られるほど当たり前のことだが、さっさと前を向け。切り替えろ。
そうして、できることなら受験終了までツイッターなど携帯ごと捨てろ。
お前が撫で回してるそれは、そんなに素敵なもんじゃあない。
横だけど
事実を淡々と並べただけで主人公なのにまったく印象がわかず感情移入できない
「しかし」がどこにも繋がっていない、一人暮らし半年でこんなに汚いのか!という意味であればもっと描写が必要
淡々と事実を述べるだけでは羨ましいともスゴいとも思えない、この文章の一番の見せどころは『これはまるで理想の彼女のようだ』なのだからここはもっときちんと描写した方がいい
テキパキと機械的に家事をこなす表現だけではすでにオチが見えてしまう
俺は突然、猛烈にイラついて、美優の頭を瓶で殴りつけた。
ここも見せ場なのだからもっと情感たっぷりに狂気を演出した方が盛り上がる
あと語尾が全て「~だ」で変化が無く飽きる
どこにも感情移入できず、ただダラダラと長ったらしく妄想を垂れ流しているだけで
これはまさしく垂れ流された「文」であり、小説ではないので評価するには厳しい
嫁に行くのも大変だが、婿に行くのはもっと大変だと思う。
紀宮さまと結婚した黒田さん(黒田さんは婿入りじゃないけど)はすごい。
もう立ち食いそば食べたり、コンビニで肉まん頬張ったりできないと思う。
少なくとも窓口業務はさせたくないでしょ。
あんまり偉くさせるわけにもいかないし、かといって下っ端にいられても困るし。
出来ることなら言葉を発してもらいたくもないな。
ふとした拍子に東電や鳩山菅をdisったりされたらどうしようって思うもん。
適当な名ばかりのポストを与えられて、どうでもいい仕事をたった一人で淡々とこなして、定時まで時間を潰したりって感じじゃないだろうか。
イメージとしては、一人で資料室にこもって資料整理を任されてる人みたいな、ほぼ辞めさせたい人に対する仕打ちのようなのを想像してるんだけど。
私生活で発散させりゃいいんだろうけど、俗な遊びは難しいだろうし、かといって目立った贅沢もできないだろ?
お金の使い道と言ったらセキュリティとプライバシー対策ばかりで、ちっともエンジョイできない人生。
食べ物も洋服も趣味の物も、セキュリティとプライバシー対策がしっかりした店でしか買えないんじゃないの?
本人はユニクロだとか紳士服の青山でいいと思っていても、いろいろ考えると結局は皇室御用達の仕立屋でしか買い物できないとかさ。
友人家族からこの一ヶ月で10回以上言われた言葉です。もうさすがに聞き飽きました。マスコミというのは本当にいい加減な情報を流す事があって、いったん流れ始めた適当な情報はなかなか消えずにこうやって固定観念として人々に植え付けられてしまいます。
敵視していません。全くの誤解です。むしろ大半の職員は諸手を上げて歓迎しているぐらいです。。。
大阪の財政難が全て大阪市の職員の責任であるかのごとく報道するテレビメディアのせいで、ここ数年市民からの相当きつい言葉が職員に日々投げかけられています。
「ぬくぬく生きやがって高給取りが」冗談じゃないです私の給料はむしろ世代平均を下回っています。
「お前も労組なんか?市民の税金で労組活動とはどういう了見やねん」私は労組じゃありません。
市民と直に接する部署では毎日のようにこのような罵言が職員に浴びせられます。「大阪市公務員」とひとくくりにして、悪者扱いするマスコミのせいで市民の職員に対する敵意感情は異常なほどに熱を帯びています。怖いです毎日。明らかに離職率が高まっています。
私たちは決して大阪市民を出し抜いてぬくぬくと生きているわけではありません。普通のサラリーマンと同じ程度の給料と、職場環境で淡々と働いているだけです。
一部で報道されている労働組合については我々一般の職員も常日頃から疎ましく思っています。信じがたいかもしれませんがフルタイムで組合活動に従事している職員もいます。その人達の大義名分は「職員のために我々は闘う。それが市民、そして大阪市全体の為になる。」意味がわかりません。彼らがフルタイムで組合活動している穴埋めを他の職員がやっています。その結果市民へのサービスは劣化します。組合活動の利益を享受できるのは一般職員でもなければ市民でもありません。組合中枢の幹部のみです。大阪全体の癌と言ってもいいです
だからこそ新市長の当選に我々は沸き立ちました。敵視しているのは一部の職員だけです。特に労組関係のパニックぶりはちょっと笑えます。早々に新市長に白旗を上げてギブアップした労組職員もいるようですが、一般職員からもフルタイム労組職員からも白い目で見られて居心地が悪そうにしています。
そんなに頭は良くないですし器量も良くないかもしれませんが、コツコツと大阪市民のために仕事をしているつもりです。
繰り返しになりますが世代平均よりも給料は低い方です。公務員といっても色んな職務があります。一緒くたにしないで欲しいのです。我々を敵視しないでください。
フルタイム労働組合従事者のような人達は新市長の下で淘汰されるはずです。
市民vs職員とか市長vs職員なんて構図は存在しません。存在してはいけません。
はあ年末に何書いてるんだろう私。
それではよいお年を。
おやすみなさい。
この元増田って、女だと思うんだよ。女だからどうこうという意味ではなく、その上司の見当違いでしかないということなので、念の為。
この程度の時間でその上司との密な関係を得られるのなら楽なものだし、ましてや、酒やゴルフみたいな役に立ちそうもないことに付き合わされるわけでもないという実益を兼ねた上司の接待だし、これが男なら美味しいチャンスをゲットしたと思うんだろうが、たぶん女だからこそ違うんだと思う。
三種類に分けたのは女性蔑視とかではなく、男についても、睾丸>脳、フツウの男、仕事向きの男と分けられるので、念の為。
で、世の中にはフツウの女が一番多くて、その「自分の生活」というのは、やがては仕事をやめて主婦とかパートになるという生活。そういう地点がゴールだとすると、働いてる会社の自社株なんて全然役に立たない知識だから、元増田が勉強会を押し付けだと思って、ウザイと考えるのも当然だと思う。目的地が違うんだから。元増田にとっては、仕事は上司から与えられた仕事を淡々とこなし、社内とかいろんなツテで結婚をして家庭に入ることがゴール地点なんじゃないのかな。
これは、以下の三点から、勝手にこのように想定しただけで、「これだから女は」的なことをいうつもりはないので、念の為。
10年以上前に、アリーMyLoveというアメリカテレビドラマで、主役の女弁護士が、自分の事務所の女職員との間で、「どうして上を目指さないの?」「上を目指すだけが人生じゃない」的な会話があって、時代が進んだ今ではさらに、その女職員と同じように考える男女が多くなっているだろうし、そこそこの給料と地位でまったり生活するワークライフバランスについても全く非難するつもりも無いので、念の為。
さらに、ツリーの本旨と全然関係なくなるけど、書いていて、女は「男社会だから出世できない」という言葉によって、社内における競争から安全に離脱することができていいなぁと思い浮かんだ。伊集院光が落語をやめたときに立川談志の落語を理由にしたのと同じように。世の中の大部分の男は出世できない仕組みだけど、出世できない(ポストの不存在が原因だとしても!)のは、すべて自分の能力・責任に帰結されて、社会のせいにするのは許されない一方で。
以下、2011/12/16追記
また、元増田が消失した。マスダ デハ ヨクアルコト。でも、ワタシトテモカナシイ。身バレとか気にして消したのなら、三行まとめにしてツリーは残して欲しかった。俺が3行にまとめるのは面倒だから、全部コピペ。
「株のこと教えてあげるよ、この会社の連中は、自社株のこともよく知らないんだから、全く。
最初は、正直興味ないけど、それで色々わかるようになるならまあステキ!と思っていたので「ありがとうございます^^」と返事をした。
次の日から、いきなりメッセンジャーで「今から30分くらい軽く勉強会するかい?」と誘いがくるようになった。
目上の人だから断りづらい… 言われるがままついていく。
まずは触りからだね、とペラペラ話し出すこと2時間。老人は時間感覚ねーのか。タイムイズマネー!!
全く知識もない興味もない状態で、途中からわけがわからなくなる。
帰りに本屋で関連書を買って読むことにした。
また次の日も、誘いが来た。言われるがままついていく。
自分がいかに苦労して知識を身に付けてきたか、自分の仕事がいかに会社に貢献しているかという話だった。
本を買ってみました、と話すと喜んでいた。
また次の日も、誘いが来た。言われるがままついていく。
だんだん話がわかるようになってきた。
「それはつまり、○○ということですね!」「ここはどういう意味ですか?」相槌もうまくなってきた。
しばらく忙しかったようで誘いが無かったが、一週間ぶりに誘いが来た。言われるがままついていく。
ー「まあ、本にはそう書いてあるけどね、実務では違うんですよ」
ー「まだまだ理解が足りないようですね。ニヤニヤ」
次の日も誘いが来た。言われるがままついていく。
上司が作っている資料を持ってきた。
「この資料はね、本部長クラス以上と、僕くらいしか理解できないんですよ」
「へえ・・・(あ、そう)」
1枚ペラの資料をつくるのに、いかに細部にこだわり、いかに苦労して作っているか、そしてその平社員には読解できない資料がいかに経営に役立っているかを語りだす・・・
いい加減にしてください。
そりゃあ、そういう重要資料が読めるようになるのはステキやろうけど、
理解できない平社員がいっぱいいるというのは、それを理解できなくても別のスキルで会社に貢献すればいいってことじゃないの。
まったく興味のないことを、教えてあげるなんて言われても、話についていくのも、いちいち感謝するのも、しんどいっす。
すごいですね、優秀なんですね、あなたが会社を支えてるんですね^^ って、私みたいな平社員に言われて何が嬉しいねん。
せっかく勉強しようと思ったのに、分かるようになったら「僕のおかげですね」分からなかったら「まだまだ修行が足りないですね」
誰もお前なんか目指してないから。
役職があって、高い給料もらって、それでも褒められたいのか。
「俺、延期にするっていわれただけだし、主催者じゃないから分からない。
幾らかもらえるんだったら、もったいねぇじゃんってことになるけど、金儲けでやってないからね」
――大学ではセクハラに関して調査委員会が開かれている。部員にコーチもできず自宅待機なのはなぜか。
「俺、調査してるの、知らないもん。大学にはちょくちょく行きますよ。
まぁ、コーチは仕事じゃなくて趣味のうちだから。部を勝たせても給料が上がるわけでなし、
趣味のサーフィンするのと一緒ですよ。実績上げたから俺の立場が上がるわけでなし。そもそも勉強の大学だからね」
――学生と飲みに行くことはあるか。
「ご飯を食べに行くことはありますよ。
(お酒に関しては)学生が自らで判断するよ。子供じゃないんだから」
時折笑みを浮かべながら、淡々と質問に答える内柴。セクハラ問題については一切を否定したが、
その目は泳ぎ、動揺は隠せなかった。さらに記者にこうも語った。
「俺は芸能人じゃないから、そっとしておいてほしい。そもそもこっちに帰ってきたのは、
畑をやったりサーフィンをしたり、ゆっくりしたいから。有名になるためとか、
お金がほしいから柔道を頑張ってきたわけじゃない。将来的にこうやってのんびりするために、頑張ってきたわけです」
現在、女子部員たちは内柴からの指導を受けられず、困惑が広がっている。
しかし、当の内柴の口からは、一度も指導者としての熱い言葉は出なかった。(了)
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インタビュアーはそんな話をしてるんじゃないのに
「金目当てじゃないんだ」という趣旨の言葉が何度も何度も出てくる
これは相当お金に執着がある人特有の言動。
こういう喋り方をする人は
何か金銭トラブルを抱えてるか、
どっちかもしくはその両方。
世相を反映して、それを日々日々描く4コマ漫画なんだから、我々と同じ世界観が無い方がおかしい。
うーん・・・
戦闘でも、恋愛でも、成長物語でもなく、キャラの掛け合い(キャラにとっての日常)を淡々と描くのが日常系だと思うんだけどな。
この『キャラの掛け合い(キャラにとっての日常)』を、『我々の(現実的な)日常』に近い形で描いているって認識が、私とはずれてるんだと思われ。
なんだか知らないが大富豪がいて、とんでもない天才がいて、狂言回しの大馬鹿がいて、そのなかで没個性ともとれる普通の人が居て。
それらキャラの存在になんら疑問を持つ必要がない世界で、キャラの掛け合いに特化したような話を展開するのが、日常系だと思うんだが。
片瀬久美子氏の付録への疑問(その1)
http://d.hatena.ne.jp/enomoton2011/20111119/1321666596
enomoton2011が書いているこのブログ、その1からその6まであって全部がの片瀬久美子批判。他に記事はない。
それだけで怪しさプンプンなのだけど、筆致はまともで、表面上は感情的でない。これって結構面白いな、と読み進めていったら、最後の6で普段の議論の姿勢に言及しててニヤリしてしまった。
なかなか構成も見事である。冷静に淡々と指摘し、最後に筆者の人間性に問題があることを疑わせる事例をこれでもかとならべて、今まで説明した内容の誤謬はここが源泉なんだよおと、文句をつけさせない説得力で締めくくるのだ。うーんやられた。
僕は何がいいたいのかと申しますと、こんなにあざやかにきめられちゃったけど、そんなに片瀬久美子はおかしな事をいってるのだろうか?そんなぎもんがあるわけ。
たしかにいろんなところで、やらかしちゃってる感じはするんだけど、そこまでいわれるほどじゃないよね、と思うの。
最初からみていこう、本題は2からはじまって、まず米ぬか乳酸菌にO157を指摘する不手際について言及してる。
これは最初から片瀬久美子の不利である。だって、米ぬか乳酸菌の作り方だと食中毒菌は繁殖しそうもないから。腐敗菌ならいっぱいふえそうだ。だから片瀬久美子はレジオネラが問題で、空中噴霧はその危険あるよ、とか、粘膜に酸性の液体そのものを噴霧することが危ないんだよ、としたほうが無難だったと思うよ。
じゃあ、なんで片瀬久美子はぼうけんしちゃったのだろう?勝手な読みなのだけど、一般の人を想定して書いてるからだと思う。あれ怖い、だからなんとなくやめて!じゃあ可能性0じゃないし、怖さも伝わるO157にしたらどうかしら?
これ以上米ぬか発酵にはまるひとを出さないことを考えたら片瀬久美子の選択はわるかったのかね?僕は好感が持てるなぁ。学術書だとして読んでないし。
彼女は信頼性を高める為に自己主張を抑えてね、そんなエールならわかるけどね。
どうしてこんな風に擁護するのかというと、米ぬか液の放射線対策には益は全くないと思ってるからね。益があるものだったら、リスクとのてんびんがけに意味があるけど、無いものだったら反対の天秤にちっちゃなリスクのせてもすとんと落ちちゃうからね。ストン。それだけなのよ。だからいっぱん認知度と怖さを兼ね備えたものをもってきたのもまぁありなの。ベストでは勿論無いけどね。
マウスのはなし。これは片瀬久美子の書き方悪いよね。こんな突っ込みをくらってもしょうがないと思う。
寿命が3ねんくらいしかないマウスでは低線量被曝の影響は調べられない、と書いちゃってるんだけど、工夫次第でなんか役に立つけんきゅうできんじゃね?そんな話におきかえられちゃって泥沼化してる。
もとの話に戻ると面白いかも知れない。ジピコリン酸だから味噌に放射線防護話の元ネタは、食事に10%もの味噌を食べさせてるネズミとそうでないネズミを用意して死ぬほど高線量の放射線を照射しその後の変化をみるものだ。つまり、現状の福島周辺ではあり得ない話でこの実験結果をあてはめるような状況でまったくないわけよ。あーそうですか、というはなし。確かに片瀬久美子の書き方は不適切だけど、こんなにぐだぐだ書いてしてきしないといけないようなものかね?この人冷静じゃないんじゃね?なんて疑問も出てくる。
まぁ正義感の暴走は危険だよ!こんな風に書けば誤解はすくないよ!ですむはなしじゃね?
形を変えやすい植物話。
いいかげんつかれてしまったので、あとは簡単に終わらせることにした。四角内はその4からの引用
私は片瀬氏の記述は非常に一面的で「異常な状態であるように見える植物」に対してどう考えればよいのかということの非常にわずかな助けにしかならないばかりか、誤解を招く記述であると考える。
えーそんなに大仰なことかね?園芸品種の方が手元や身近で見かける事が多いので変化に気がつきやすいじゃない。よく見かける方が変化に気がつくし、いっぱんの人が事例をさぐるときやりやすいじゃない。で、椿の例とかカイズカイブキの例は簡単に調べることが可能だよ。
ていうか、結論が分かっている誤解事例がまずあって、それはどんなものなのか調べてあって、実際はその解説なんだと思うよ。蓋然性もなにも事例の提示だから、確率じゃない。
その延長にあった解説に逸脱があったね、そんな指摘で終わる話じゃ無いかな?たしかに、園芸品種の方が帰先遺伝が起こりやすいかどうかはわかんないし、片瀬久美子も示せてないからね。ただ事例検討については妥当だから、非常にわずかなたすけにしかならないなんて表現はどうかな、とおもってしまう。
まあ、ここまでのられつはしつこい過ぎるけど、神経質ならありなのかもしれないのだが、最後にその6でこのブログの人が片瀬久美子の人間性をこれでもかとあげつらってるんですね。それで萎える。一つ一つは冷静そうでも、ひとの言葉や態度をしつこいくらいに拾い出し、こんな人なんです、こんな人なんですと繰り返すのってちょっと怖いんだよね。インパクトのあるひと言と同じぐらい強烈になってる。まぁ見えにくいけど相当意図的な精神攻撃なんだ。これでもか、これでもかと、この人は信じられないんだよビームを繰り出してるわけ。片瀬久美子もブーメランで、この人もブーメラン。ついでにこれかいてる匿名ブロガーもブーメランだw。
あともう一個。
ラノベって大学入学~卒業から、おそらく30才くらいまで、読むの辛くなるんじゃないかという仮説を巻がてみた。というか自分が今そんな感じ。なんというか読んでていたたまれない気持ちになると言うか。ピンドラ風に言えば、何者かにならんとして、成れない時期とだあらかな。ちょっと距離感がおかしくなってぎこちなくなると言うか。なんか読んでて嫌な汗書くんだよな。楽しいどころか拷問?
アニメになるようなラノベとかの、ファンタジーとか痛い自意識と向き合うのがつらくなる周期があると思う。
なんか、高校卒業してから、ラノベ読むのがかなりしんどくなって最近惰性で読み続けてるのが西尾維新系とかゼロの使い魔くらいかな。多分他のも中高時代なら楽しく読めたものが読めなくなってる。ラノベなんかある程度のめり込まないと楽しめないのにそれができない。おわクロとかは大好きだったのに、(^ω^)が受け付けないあたりからしても、どう考えても自分側に問題がある。
togetterとかで定期的に、「最近のラノベ批判」みたいなのを見かけるけど、あれ要するに、一時的にラノベ受け付けなくなった人とか、足抜けしようとしている人のいい訳でしょ?
自分が変わったんじゃなくてラノベが劣化したんだ。いやそもそもおれはラノベが面白かったから読んでたのであって俺は面白いものが分かる人間なんだ。いやいや俺は俺が読んでた時代はラノベはまともだったから俺もまともだったんだ-って自己主張してるように見えるんだよね。
見苦しいけどそう叫びたくなる気持ちはわかる。ラノベのめり込み度が高いほど、ふと熱が冷めたときにうわああああああって気持ちになって、その反動でついついラノベ否定とか始めちゃう。まぁそれも含めて中二病というんだと私は思うけどね。
で、なんか他の人を見てると、30過ぎのおっさんが淡々とラノベ読んで淡々と語ってるのを見て、多分今の自分は過渡期かなんだろうなーと。 30過ぎたら、中高時代とは違う感じで楽しめるんだろうな、と期待してる。 とか考えると、ラノベの読者層って結婚前後の女性の就業率みたいにM字型になってたりするのかな。
追記。
いや、はてブもらって嬉しいんだけれど、俺が欲しいのは情報だ。ラノベの読者層の分布なんだ。
自分語りとか、自分の体験や感覚で肯定否定意見、とかはどうでもいいんだ。それは何の価値もない。
こういう書き方したら誰かデータを出してくれるのがはてなだと思ってたんだが、
はてブというのは噂で聞いている以上に怠け者の反応が多いな。(お前が言うな)
http://asciimw.jp/info/ad/comic/bunko-info.pdf
さんくすやで-。うざがられるの覚悟で言ってみてよかったでー。
あれだなぁ。対面のレッスンを受けることのメリットは、
「自分が何を英語で言いたいか」がわかることであって、その英語表現が分かるわけではないのか。
テキストベースでやっていく⇒アレンジする⇒そのテーマで少しフリーに話す、という感じで進んだのだけれど
日本語を使えるわけじゃないので、「これがいいたいんです」と分かってるのは自分だけ。
相手の先生ははとにかくじっと待ってくれるだけ。(いや、すごくありがたいです。普通だったらイライラするだろうに嫌な顔せずに待ってくれる)
一生懸命自分で言いたいことを頭の中で考えるんだけれど、それを表現する単語さえ無かったらどうしようもない。
結局、んーんー言ってるだけになっちゃて、そのまま時間が来てしまった。ツタレラレナカッタ・・・///。
これだと相手にも申し訳ないし、自分としても不満が残るから、レッスン終わった後に
「これはどういうふうに表現すればよかったんだろう」とかそういうのを考えて調べなければ、という気持ちになった。
ラングリッチさんへの要望としては、別にこういう「この日本語どうしよう」みたいなのに応答して貰う必要はないので、
こういう「こういうことを伝えたかったのだけれど、うまくいかなかったよー」みたいな感想を
とにかく序盤はいろいろ悩む所がありますです。サポートに相談するのもなんだしなー程度の軽い話がしたい。今は増田でやってますが。
さて、体験レッスンが終わったけれどどうしよう。あまりに単語とか表現を知らなさすぎるので、
テキストベースを淡々とやって、あまり脱線しないようにお願いするか(これも英語で伝えなければ・・・)
それとも、しばらくはlang8で基礎的な表現に慣れたり、ボキャブラリーを増やすのが先だろうか。悩ましい。
読んだ。
後述するように、この巻はあまり内容がないようなので、読感について書く。
すごく・・・つまらないです・・・(ほめてます。読みやすいと同意)。
まったくつまるところがない。スルスル読める。読み終わるまで20分かからなかった。
今まで20分以内に読めたラノベは「俺と彼女が魔王と勇者で生徒会長」だけだがそれと並ぶ記録だ。
ちなみに私はめちゃくちゃ読むの遅い。みーまーなんて1冊読むのに4時間とかかかるんだぜ。それでもこれは20分で読めた。
10分読み捨てが基本の齋藤孝の本でもここまで読みやすくはない。これはすごい。
20分で読みきれた理由として、まずまず文章の絶対量が少ないことをあげておく。
まずページ数が少ない。たった255ページしかない。
ただでさえページ数が少ないのに、1つの文ごとに改行する。
さらにときどき文字がでかくなってさらにスペースを使う。
この時点で、おそらくほかのラノベだったら180ページくらいの分量しかない。
ただ、全体の文章量はそれほど重要ではない。重要なのは本当につまらず読めたことだ。
つまらずに読めることと全体の文章量は関係がない。
どちらかというと、1ページあたりの文章量および情報量が少ないことが大事なのだと思う。
(冲方丁みたく、短い文章でもやたら情報量多い記述を取ればそれだけ読むのに時間かかるしな)
文章量以外にも1ページの情報量を減らすための工夫がすごい。さらによみ飛ばしても問題ないように工夫されている。
まず地の文。
主人公の主観なのだが、主人公の精神が今ひとつ働いてないと言うか、ゆきてる日記みたいな感じで淡々と記述に徹している箇所が多い。。
そのため地の文で重要な要素が語られることは殆ど無く、重要なところは傍点をふってくれているのでそこ以外は読まなくてもほとんど困らない。
というかもともと場面移動がすくなく(ずっと部室)、登場人物による会話が主体で話が進むので、本当に会話だけ読んでればいい。
地の文の「刺身のツマ」っぷりは凄まじく、主人公が喋ると「あ、こいつ何か考えてたんだ」と感じるレベル。
で、肝心の会話だが、キャラクターの性格をそのまんま表したお約束的な発言が多く、繰り返しが多用されるため、
慣れると誰と誰が何について会話しているかさえ把握できれば良いということになる。
たとえば小鳩とマリアの会話は、この二人が会話しているということさえ把握すればやり取り自体を読む必要がない。
1ページ1秒で読み飛ばせるページがちらほら。
なんというか、読んでる時の感触がマンガだ。ライトノベルと言うか、文章で書いたマンガ、という印象。
デカ文字による強調とかも、コマ割と考えれば分かりやすい。
そういえば、ちょっと長文読むと、すぐに「長い、三行で」とか書く厨房みたいなのを最近ネットでもよく見かけるけど、
本読み慣れていない人からすると、一度に処理できる情報量って、本当にマンガと同じくらいじゃないとダメなのかもしれない。
それをちょっとでも超えると、全く別の読み方を強いられるのでストレスになるとかあるのかも。
とにかく、この作品は、マンガしか読んだこと無い奴でも読めると断言する。
読んだこと無いやつでも、すぐ読みおわれる、お勧めしやすい。
テレビほどではないにせよ、話題として共有するのにもってこい。
いや、テレビだって30分とか1時間かけてみないといけないことを考えたら、
こっちのほうがより軽い。流通させやすいくらいだと言える。
これは強いで。
ただまぁ、7巻だけでこの本を評価するのはアンフェアだと思う。
読みやすいこととその理由は分かったが内容についてはなんとも評価できない。
というのもこの巻は多分、全体の中では閑話休題的な位置づけになっているためだ。
外伝ではなくまぎれもなく本編ではあるが、ストーリはほとんど進行しない。
骨休め&次巻以降に出てくる登場人物の顔見せ&最後にちょこっとだけ予告。そんな感じ。
他の作品で言えば、みーまーの「8巻 日常の価値は非凡」と近いと思う。
本筋だけを理解するのが目的であればみーまーの8巻は
「本筋を離れて旅行に行きました。帰ってきたら○○が殺されていました。続く」で終わりであり、この巻もそんな感じ。
この巻も、本筋だけを追うなら、245ページ以降以外はパラ読みで構わない程度である。
他の巻だと多分もうちょっと色々気を使いながら読む必要があるんだろう。
ちなみに、読むのに手間がかからないのと、続きはそれなりに楽しみなので、多分8巻は読む。
6巻以前は、なんとなくわかるので多分読まないと思う。
一応気になったページ。このページは10秒以上かけて読んだ。他のページは3秒以内で読める。最初の70ページのドライブ感は爽快だった。
72、87、95、99、109,112、114、128、132、137、145、156、169、177、190
215、221、232、235、245ページ以降。
あと、ブリキ絵について。わたしブリキ絵今まであんまりスキじゃなかったんだけれど、ちょっと好きになったかも。
塗りがきらいなだけだった。白黒で見るといい感じ。圧迫感ないし。
ttp://www.ustream.tv/recorded/18060735
このラジオ、辻村深月も西尾維新も読んでるからすごい楽しめました。ついでに、これ観てて、瀬戸口廉也作品と比較したくなった。
他にも禁書外伝とかRetakeとかいろいろあるけどとりあえずは瀬戸口。
・・・と思ってたけどごめんなさい。案だしすらもうまく出来ないで途中挫折。
誰か私以上にもっと詳しく読んでる人がいる筈なので、その人にお願いしたい。id:dodododさんとかに期待。
どの本もすぐに絶版なって、Amazonは高値つけてしまうので、話せる人がおらんのやー。寂しいんやー。
どちらも「壊れた人=世界から決定的にずれてしまった人」を描こうとしていると思う。
違いは、その壊れた人のどの部分を、どのように描いているのか、かなぁ。
瀬戸口作品では、西尾維新の「前」と「後」が語られることに重心が置かれているような気がする。
(って、これ西尾維新読んでないとわからんよね。下書き段階なので分かる人だけわかってください。ゆるして。)
「暗い部屋」においては、「少女不十分」の少女が作られていく過程を精緻に描くことが中心になっているようにも見える。
「Carnival」もゲーム版では「前」段階が描かれる、(そして、7年後を描いた小説版では「後」が描かれている)
「ドッペルゲンガーの恋人」は「世界とずれてしまった少女=恋人」をそばで眺め続ける男性が主人公で、
ここでも、「前」部分、つまり西尾作品みたいに「そういうものだ」と割りきるのではなくて、
「少女」の形成過程や、彼女がどのように考えているのか、を遡って理解していく作業が描かれる。
まぁ、「真ん中」部分=ズレを認めて、それを前提に生きることを決心してからの生き様を描くこと、
これは意図的に避けられれいるのかというとそういう訳ではない。
ただ、その描かれ方は、西尾維新が期待を込めて読者を送り出した先とは思えないほどキツい。
「PSYCHE」においてはこの「本質が変化してしまった人間」を主人公として、その日常が淡々と描かれる。
常人には耐え難い光景なのであるが、主人公は幸せそうにしている。読者としても物語にシンクロしないと読んでて苦しくなる。
「犬憑きさん」においても、冒頭から千石撫子と神原駿河のダメなところを足したようなキャラクターで始まる。
絵はすごい可愛いのだけれど、やはり描かれているのは異端者のギリギリの生活だ。
「SWAN SONG」とか「キラ☆キラ」は語るときりがないので、完成版でかければいいかな、と。
あと、西尾作品は、壊れた人は、その代償になにかしらの力を持っている事が多い。
力を持たない、「壊れた人」を「ただの、無力な絶対的な弱者」として少女を描いたのは多分「少女不十分」が始めてなんじゃないかと。
一方、瀬戸口作品は「犬憑きさん」と、「CARNIVAL」の学、それから「ドッペルゲンガーの恋人」の主人公を除き、すべて無力である。ただ弱いだけ。
そして、この3つにしても、途中で力を失うか、ソレ以上の強い力に屈服させられることになる。
基本的に、異端者は世界に見つかったら押しつぶされるしかない。常に逃げて、隠れることにしか活路を見いだせない。
それでも負けを理解した上で世界に堂々と喧嘩を売ったのが「SWAN SONG」で(このあたり第三勢力を形成する球磨川禊くんに通じるものがある)
それでも人とつながって行きようとしたのが「キラキラ」で、
「ドッペルゲンガーの恋人」にいたっては、自分たちのことを世界に認めさせようと働きかけるところまで来た。
ずっと瀬戸口作品を見てきた人間としては、ついに個々まで来たかと感慨深いものがあるけどこれはまた別の話。
あとなんだろ。西尾作品は、世界より人の方が好きだって発想なんだけれど、
瀬戸口作品はどんなに冷たくされても、世界=自分たちに厳しくて冷たい社会 が好きで、それを肯定できないんだよな。
まぁ瀬戸口作品の場合、殆どにおいて、主人公は家族を拒絶するので、その代わりとなるものを求めざるを得ないという事情がある。
瀬戸口作品の場合、エロゲ出身ということもあり、その応えを男女の結びつきに求めるのだけれど、
これが「同レベル同士」であるがゆえに、共依存的な関係になって、現状を打破する爆発力を持たないというのがある。
この図式を崩したのも「犬憑きさん」あたりからで、「ドッペルゲンガーの恋人」はかなり壁を越えたカンはある
あと、西尾維新の場合は、作品を読み終わった後、未来が開かれているような印象を受ける。
つまり、世界と向き合う、という部分が重視されており、ある程度結末は「生きる」という方向性で固定されている気がする。
瀬戸口作品の場合は、なんというか、あくまで登場人物の間の対話というか綱引きが大事になってるというか。
お互いの間で思う存分対話ができたならそれで満足で、その結果がどうかはそれほど重要じゃないと言うか、むしろ負け戦が多い。
つまり、綱引きをしたときに、西尾作品の場合は、「生きているものが強い」「頑張って生き抜いてきたものが、弱いものを引っ張る」というカタチになる。
あくまで結果論であり、阿良々木暦とか見てればわかるように、無敵のヒーローみたいな存在を想定しているわけじゃないがうーむ。
ここあとで説明するのか・・・?
妻は、悲しんだり喜んだりする感情が薄い。ほぼ無いといっても言いぐらいだ。
結婚してから10年以上になるが、涙を流しているのを見たのは1回だけ。
おいらが結婚して仙台から静岡まで嫁を連れていくときに、途中の福島のホテルで夜に「帰りたい」と言って泣いた。
それだけ。しかもそれもほんの10秒程度で、すぐにいつもの嫁に戻っていた。
喜んでいる所さえもほとんど見たことがない。
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妻は実は苦労人だ。
小さいころ両親が離婚し、父親側についたが、父親も飲んだ暮れで女遊びや博打がひどく
多額の借金を抱えている。
おいらの会社がだんだんと大きくなってくると、何度も無心をしてくるような輩だ。
そんな状況だから嫁は学生時分から兄弟3人を半ば養っていたに近い。
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いつ寝てるんだ、という生活を8年近く続けていた。
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嫁は飲んだ暮れのおやじと二人で滅入っていた。
嫁はおいらが何とかしなきゃと思い、結婚を申し込んだ。
ろくすっぽ付き合ってもいなかった。
嫁はうんともすんともいわなかった。
しかし一緒に来てくれた。
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その後だって、好きとも嫌いとも言われたこともない。
嫁に言わせりゃ、自分を取り巻く環境が変わり、生活のために結婚した、というが
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昨晩、嫁のおかあが無くなった。
癌だった。
嫁は二人の小さい子供をつれて、木曜日におかあのところに新幹線で行った。
基本的に連絡もほとんど取り合わないおいらたちの間だが、
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おいらは体調が優れずかつ仕事に追われていたので、特に返事をしなかった。
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そしてその日の夜、突然亡くなった。
夜中の2時56分ごろに電話がなり、不眠症もちで寝れずにもたもたしていたおいらはすぐにピンと来た。
「おかあ、亡くなったから。それだけ」
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嫁はおかあのことだけは、この世で慕っていた。
おかあおかあといつも言っていた。
おかあの面倒を見たいと、柄にも無いことを言っていたことさえある。
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おいらは今、新幹線に乗り、嫁の亡くなったおかあのところに向かっている。
おいらは感情のない嫁を何とかしてあげたいと思い続けている。
おかあもそれをおいらに言いたかったんだと思う。
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2ヶ月前に癌が宣告され、最後の旅行と言うことでおかあをつれて嫁含めて旅行に行った。
おかあは、おいらがそこそこの会社で働き、家も購入し、安定していることに深く感謝していた。
ただただ泣きながら嫁をお願いされた。
嫁は何でこうなってしまったんだろう、と後悔の念も口にしていた。
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でもそれは本心で、いつか嫁が心から笑ったり心から感動して泣いたりしてくれるよう
おいらは妻が安心できる状況を作りだすんだ。
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おいらはおかあにそれを約束しに行く。
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ありがとう、おかあ。
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ーーーーー
おかあは冷たくなっていた。
おかあは本当に亡くなってしまっていた。
おいら、おかあに謝りたいことがあるんだ・・・
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おかあは貧乏だった。
おかあは離婚後、よせばいいのに飲み屋で知り合った男性と一緒に暮らしていた。
いい人だったが、お金は全く稼いでこなかった。
おかあは毎日、せこせこせこせこと新聞配達や清掃のパートで働いていた。
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おいらも嫁もおかあが人と仲良く話しているのを見たことがなかった。
どちらかと言うと気が強く、
平気で近所の人と喧嘩するぐらいの威勢の良さだった。
それはそれで格好良かった。
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おいらはおかあのことが好きだった。
しかしおいらは正直、おかあの家に泊まるのが嫌だった。
おいらは全く心が休まらなかった。
言葉は悪いけど、おかあの家で出された食事も気が進まなかった。
嫁がおかあの家に泊まりたい、というと
おいらは何かしら理由をつけて遠ざけた。
嫁はそんな気を察して、おいらに不満をストレートにぶつけてきた。
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2DKの広めのアパートだったが、やはりおいらは泊まるのがいやだった。
広さの割りに家賃がべらぼうに安く、住んでいる住民たちもおかしな感じで、
遊びに来ているおいらたち家族に、聞こえるようにいやみを言ってきたりした。
壁もヒビだらけで、お風呂は今にも崩れんばかりであった。
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おいらはおかあを心のどこかで遠ざけていた。
それは、貧乏だったり、家がぼろかったり、汚かったりという理由だった。
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しかしおかあのもとには、80名以上の方がいらっしゃってくれた。
おかあは孤独ではなかった。
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嫁の弟が大きな声で呼んできた。
「おかあにお別れの言葉を読んでくれる人が来たよ!」
そんな人いたんだ、と皆驚いた。
物静かで清楚な感じの女性だった。
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「私によくお孫さんの話をしてくださいました。」
「二人目のお孫さんが生まれたあと、少しでも孫が来やすい様にと、広めの家に越されたんです」
・・・・・。
おいらは号泣した。人目をはばからず大きな嗚咽を出して泣いた。
おいらは雷に打たれたような気分になり、自分の気持ちと態度を恥じた。
おいらはどれだけバカなんだ。。
おかあはおいらたち家族が来てくれることを、何よりも楽しみにしていたんだ。
それなのになぜ、相手の気持ちも汲み取れず、自分の気分で判断をしていたんだ。
人間としてクズだ。本当に情けない。自分が許せない。。。ばかだ!ばかだ!ばかだ!!!
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そしてお葬式が終わった。
とにかく一からやり直さないといけない。
人として、おかあのように立派な人間にならないといけない。
こんなんで妻のことをきちんと養っていけるのだろうか?
小さな子供を立派に育てることができるのだろうか?
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そのなことを考えているうちに、ふと現実に戻った。
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おいらは嫁に聞いた。
嫁は抑揚のない声で淡々と言った。
「おかあは、葬式代もお墓も住んでいた家の整理も、その他すべて自分で整理して死んでいった。
おいらは再び号泣した。
だっておかあはお金もないのに、日雇いのお酒好きを養っていたんだよ。
なぜできたの?
おいらだったら延命したいとしがみついて、自分の亡き後のことなんて考えられないよ。
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おいらはもう一度やりなおす。
おいらは会社で若くしてそれなりの立場となり有頂天になっていたのだ。
おいらは新しいマンションを手に入れて、身の丈以上のモノや環境を手に入れていただけなのだ。
おいらは変わる。
おいらはおかあの前に自信を持って出れる人間になる。
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おかあ、ごめんなさい。
そして本当にありがとう。
働きたく無いとは言わない。
ぶっちゃけ、無いと言えるだろう。
少なくとも、能力と努力に全く報われないIT業界からは逃げ出したい。
会社を辞める事は簡単だが、それはそれで「無職」「無収入」というストレス源が発生する。
同業の連中を見ているが、やはり人員の入れ替えは激しい。
そして、決して上層部には行けない。
もしIT業界から転職して年収が上がる、地位が上がるというなら、それはとんでもない人物に他ならない。
そして、社畜というか、そういう連中が業界人を貶めているから。
身近なところで考えてみる。
ネットは繋がって当たり前と思われている。
繋がるまでの努力は実は思ったほど報われない。
儲かるのはISPやサービスコンテンツの連中だけで、それらを構築する連中は報われない。
例えば、エレベータやエスカレータ。CMや時々事故でニュースになるように、製造している会社とメンテナンスしている会社は違う。
製造している会社は売り切りだが、メンテナンス会社は、製造会社が売れば売るほど、仕事が増える。
本とか、著作権や印税というシステムが有るが、時間が経っても、売れれば印税がクリエイターに入ってくる。
ところがプログラムは同じく知的な「作る」作業をしておきながら、何故か売り切りである。
どこに違いがあるんだろうか?
ワークライフバランスというのが重要である。
残念ながら、自分は仕事人間では無いし、自分のコアビリーフとしては、自分の時間の方が遙かに優先度が高い。
しかし、それでは1日の大半を過ごす会社で、人間関係が悪化してしまう。
それは、新たなストレス源となる。
他人から見る自分の事など気にしない、与えられた範囲の業務を淡々とこなし、自分の給料分以上の仕事はしない。自分の利益とならない事には首を突っ込まない。という人間であれば、それも可能かもしれないが、私の神経はそこまで図太くない。
1日の大半を敵視されながら過ごすのは、かなり困難だと思う。
何かを手に入れるためには、何かを捨てなければならないが、今、それが「今の会社」だろうか?
次の生活の糧が見つかるまで、自分を優先し、会社過ごすか、あっさり辞めてから次の生活の糧を探すか。
幸いな事に、養うべき人はいないから、その選択も可能といえば可能である。
何かの訓練をしながら、今の会社を勤め、という手もあるかもしれない。
その場合も、今の会社をないがしろにする事になるから、人間関係は悪化の一途だろう。
今の状況を打破するには、やはり何かを捨てざるを得ないのは確実である。
20代も後半に差し掛かり、好みが変わり、仕事のモチベーションや周囲の評価も変わり・・・
落ち込んだ時に聞きたい曲。
たまには十代の頃を思い出してみたり、懐かしみたい時に。
こんな年だし、親も年だし、・・・ねぇ?
結婚したい彼女、だけどぶっちゃけそんな気はあまりない今の男に送る曲。
日々忙殺され淡々と浮き沈みなく仕事をする、漠然と先が見えなくなった時に聞きたい曲。
未来が見えなくても、とりあえず光はきっと射す。
あの頃の差し迫った気持ちもこの年になるといい思い出。
ここまで聴いてどうも現実ばかりを感じて鬱々としたら、の息抜き曲。
あなたに幸あれ。
部下の不出来に苛立ったり、30を転機に起業したり、変化する環境のど真ん中を歩きたい時に。
旧知の仲間や会社の同僚とガヤガヤしたい気分を盛り上げる曲。