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2016-08-26

月末は増田師走ばりにリバ諏訪市出す間は妻告げ(回文

またなんとなく、

月末を迎える今日この頃

ミカン倉庫を走り回ったりと、

G20があるから

倉庫から出荷が制限されるのよ。

出荷分出来るものは早くしておいてよかったわ!

港の警備が厳しくなるから制限がかかっちゃうの。

夜霧を今夜もありがとうって、

そんな感じよ。

から、せっせと増田を書き溜めておかなくちゃ。

予約投稿

いつも言ってるけど

早く実装されるか

早くプロ増田になれるかってことね。

忙しないわ。

フツー増田ユーザにも便利にならないかしらね




今日朝ごはん

スタミナをつけなきゃと思いつつも

割と軽めなサンドイッチで決めるわ。

野菜根菜類は割とパンチボリュームがあっていいわね。

たまにはポテサラサンドイッチ

お昼までお腹モチがいいわよ。

タマゴもね、

そういつものタマサンド

私のお気に入り

デトックスウォーター

グレープフルーツの皮削って使いたいんだけど、

防腐剤とか防カビ剤とか、

実際のところ安全なのかしらね

削って使ってお水に香りづけしたいんだけど、

どうしても、

皮は剥いちゃうわ。

うそう、ちょっと今日は一工夫!

ブラックペッパーも少し加えると、

グレープフルーツのいい香りが引き立つわよ。

多分。




すいすいすいようび!

今日も頑張りましょう!

2016-08-25

http://anond.hatelabo.jp/20160825185547

故郷愛着なんてないか全然捨てられるし

相手にもおうそんなクソな故郷は捨てろ幸せにしてやんよって言えるわ

マイルドヤンキーはつらいね

twitterスクショ貼れとか

おじさんよくわからないんだ。

から増田に貼るね

こんにちは

すこしだけ ぐちを きいていただけませんか?

そして できることなら ついったー

あげてほしいのです

わたしとおなじように くるしんでるひとが きっといるか

わたしは いまこうこうにねんせいで

ぶかつの さいこうがくねんです

わたしのぶかつには いま こうこうにねんせいが はちにんいます

ですが しゅうよんかいの ぶかつに くるのは 

わたしと ぶちょう だけです

ほかのひとは うそのようじを わたしたちにいって 

さぼったり しています

いまは あきのぶんかさいへむけて ものすごくいそがしい です 

なのに さぼって ばかりで 

ちっとも てつだってくれません

ぶかつに いっかげつに いっかいていどしか こないひとも います

わたしは まいにち そのひとたちが さぼったせいで たまった しごとで 

まいにち さんじかんも ねられていません

べんきょうとぶかつの りょうりつさえ できないほど なのです

から みなさんに わたしのように なってほしくなくて これをおくっています

だれかが じぶんがやらなくても なんとかなるからと さぼっているせいで 

ぎせいになっているひとが どこかに いるのです

そのことを むねにとどめておいてほしい

あなたが あしたも しあわせでありますように

ついしん

ごめいわくでなければ ついったー

すくしょを あげていただけるとさいわいです

よんでくれて ありがとう

2016-08-24

http://anond.hatelabo.jp/20160823230040

そりゃ、価値観の違いを見て論戦ふっかけるのと同じ理由だ。



自殺ってのはいうなれば「死んだ方がマシ」という判断だ。

俺みたいなのは「それを言っちゃお終いよ」という立ち位置だ。



死んだ方がマシって言えば、どんな成功者だって死んだ方がマシだよ。

人生どんなに成功したってどうせ最後には死んで無に帰るんだし、

「終わったら全部ボッシュート」ってゲームにいつまで付き合うんだって気にもなるよ。



けどまあ、「そうは言っても自分から死ぬのもどうにも気分が良くない。義理も欠くし・・・。皆なんだかんだで頑張ってるだし俺だって・・・

という割と曖昧理由で死を退けてるわけだ。

「どうせ死ぬのになぜ生きるのか」というのは、割と大きな命題で、そうそう答えを持ってる人なんておらんのよ。

万人が納得する生きる理由なんてものは、お釈迦様だろうがイエス様だろうが、地上でひねり出した人なんていないだろうよ。



そういう状態でどうにかこうにか騙し騙しやってる時に、「死んだ方がマシだから死にます」とか言い出す奴がでてきたら、

そりゃあ文句の一つも言いたくなるよ。

お前、それを言っちゃお終いだろって。

「死んだ方がマシ」って理屈が通るなら、そもそも生まれてくる事自体間違ってんだよ。

理屈に従ってちゃ生きてらんねえんだよ。



こっちも損を承知で生きてるんだから、一人だけお利口さんに楽になってんじゃねえよって、

「一番簡単解決方法に飛びついてんじゃねえよ」と言いたくなるよ。



から自分が死なない、死ねない理由ぶつけて止めるんだよ。

うそう、つまらない増田に居座ってる時点で面白いやつがピックするわけないんだよね

うそう、匿名掲示板相手知識力も年代国籍も分かんないのに議論とか無駄から

なぜならお互いの常識が違う上に落としどころが設定されてないのに議論とかできるわけがいか

http://anond.hatelabo.jp/20160824130156

うそういうものか。金的とかは実際怖くてできないだろうな~。

つかそう考えると女性ってホント危うい生き物なんだな。高畑裕太が側に1人いるだけでもう生命危機なのか。

http://anond.hatelabo.jp/20160824122517

殴り合いになったら絶対勝てない相手一か八か殴り合い挑む勇気のあるやつはそうそういないだろ

怒り新党2011年5月11日

マツコ「いっぺん付き合ってみればいいじゃない」

夏目「えっ?」

有吉夏目さんと?」

(中略)

マツコ「夏目ちゃんは大丈夫な気がする」

有吉夏目さんは大丈夫? でも俺のことずっとバカにして(笑)]

マツコ「いやいやちがう。なんか見てると、まんざらでもない気が私はするのよ」

有吉「あら、そう?」 夏目うそぉ」 有吉「あら、マツコさんが言うんだったら」

マツコ「うそぉ、うそぉって言ったわ、今」

有吉「なに、うそぉって。マツコさんが言ってんだからホントでしょうよ!」

いつまでそんな子供っぽいもの見てるの、なんて親世代台詞が、いま喉から突いて出る

いつまで青春ストーリーを消費し続けるのよ

うそんな年齢じゃないでしょう

もっとつべ視点があるでしょう

けどきっとそこで立ち止まってるからなんだね

きっとずっと止まったままなんだね、あなた時間

2016-08-22

メイビー問題ない

うん。別にオレ、増田の主張否定してないし否定しない。テーマモチーフの違いを踏まえてる増田が、物事分かってないとは思ってない。強いて言えば「みんな喧嘩やめーや」という増田に対して「そりゃ喧嘩なくなんねーよ」って言いたかっただけ。だから問題ない。増田善意もよく分かる。そこはメイビー問題ない。



そもそもあん映画撮って喧嘩煽る庵野ある意味諸悪の根源。あの映画のせいでこの数週間ネット罵詈雑言は三割は増えた。庵野はたぶん喧嘩好き(困りもの)。でもそれアイツの性格から、分かってて映画作らせて、分かっててみんな見に行ったんだから、まあやっぱり仕方ない。



まあアレ? 「仲良く喧嘩しな」つーの? その辺が落としどころじゃないのかな、結局。みんな作法を弁えて殴り合いするならまあそれでいいと思うよ。予定調和、みんなハッピーって、三日も経つとその馴れ合いヌルさで死にそうになるからね。だからまあみんな飽きるまでシン・ゴジラについて語ればいいと思うし、テーマ論派もエンタメ派も、作法だけは守ってお互い盛大に爆撃しあえーと思うわけです。

http://anond.hatelabo.jp/20160822214055

うそう。「ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ」楽しみですね(お金ないんだけど)。ちょうど議論が落ち着きそうになる頃にアレ発売されたら、また盛大に火を噴くだろーな。

あと「2」は作って欲しい派?いらない派? オレはいらない派。

モーリタニア国歌がかっこよすぎて震える。

オリンピックで流れていたケニア国歌が、なんだか日本民謡にも通じる独特な感じで、かっこよかった。

なんでも、伝統的なケニアの子守唄のメロディーがもとになっているらしい。



で、他にもかっこいいのあるんか?と思って探していたら、ネットでちらほら話題にされてるすごいのみつけてしまった。

アフリカ西海岸にあるモーリタニア国歌

https://www.youtube.com/watch?v=VWy4USruuR4





すごい。かっこよすぎる。

なんだろ、スペースオペラ系のSF映画で、主人公が砂だれけの惑星遭難してぐるぐる巻きにされて、

砦に引っ立てられて、そこにいよいよ惑星支配するボスが手下ひきつれて登場してくるとき音楽だ。

で、「これでおしまいか」と思ったら、実はこのボスがいい人で、結局、一緒に戦うための軍隊だしてくれんの。

(我ながら、たとえがよく分からない)




wikipedhiaにもあんまり詳しいことは書いてないが、Tolia Nikiprowetzkyとかいロシアまれフランス活躍した作曲家が、伝統的な旋律編曲したらしい。

日本語版では「作曲した」となっているが、英語版では「Music traditional (arrangement Tolia Nikiprowetzky)」ってなってるから、そういうことなんだろう。



まあ、植民地から独立した国に「国歌作曲してください!」ってたのまれて、あのメロディーはつくらないよね、普通



なお、モーリタニアって国、マダコがたくさん取れて日本にも大量に輸出しているが、現地の人は気味悪がって食べないらしい。





君が代」は、西洋的なメロディーではない曲で、実際、そうなんだとは思う。

でも、時々ネットでみかける「他の国は西洋音楽ばっかり! こんな独自国歌を持ってる国は無い!日本サイコ-」っていう愛国ポルノは、

ちょっとちがうよね。




探せば、なんか独自国歌を持ってる国ってけっこうある。

とりあえず、タゴール作詞作曲インド国歌とか

https://www.youtube.com/watch?v=YIyLUBdNAC8




モンゴル国歌とかはいい感じ。

この、大草原でフルオーケストラバージョンはいい。

https://www.youtube.com/watch?v=gE6beEdzhtI




あと、ケニア国歌、この女声アカペラバージョンもすごい。

もとが子守唄っての、よくわかるし。

https://www.youtube.com/watch?v=pI7V324e1zg



あ~だめだ。youtubeがとまらない。



うそう、今回のオリンピック君が代アカペラ合唱バージョン和声つき)もよかったので、

今後もイベントときは、どんどん使ってほしいと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20160822195000

うそう。

五体満足の健常者が世界最高をかけて争うから視聴価値があるのであって、

そこらへんの障害者集めてお遊戯したって「はいはい障害者にしては凄いね~~~ で?」という感じしかない。

シン・ゴジラそんなに言うほど面白くはないけどそれでいいんじゃね、

俺はスペック的には映画をよくみる一般人アニメディズニーくらいしかみない。そんな俺が思ったシンゴジラ面白い/面白くない論争のこと。映画は月に20本くらいはみる。平日の夜毎日見てるから多分そのくらい。うちにTVないしやることもないからいつも見てる。とはいってもみてるのはハリウッドの有名ドコロが多い。

面白くなかった

まりにも周りで絶賛するひとが多いもんだからシン・ゴジラ映画館にみにいったんだけど、正直俺としては大して面白いと思えなかった。邦画にしてはいいできだな、すごい、と思ったくらい。面白くなさについて細かいところはもう挙げられつくしいるからざっくりというと。

人が死ぬ描写がない / 災害の規模が小さい

人が死ぬ描写がない。描写ってのは別に死体を見せろ、ってわけじゃなくて、主人公(級の登場人物)の同僚やら友人とか家族死ぬ所。ハリウッドとかだとそうやって観客を感情移入させるんだと思う。次に災害の規模も小さい。東京破壊されるのはリアリティあるけど、前述のポイントがあって感情移入がそんなに進んでないのに東京がガシャガシャやられても、そんなに恐怖湧いてこないし、災害の規模も結局東京まりなんだよな、って。俺は東京住まいだけど東京滅んでも京都あたりに首都移せばいいんじゃね、くらいの発想になっちゃハリウッド脳。

この映画、全体通してとにかく絶望感が少ないと思う。絶望インフレしたハリウッドパニックアクション映画を見慣れていると、「このままでは復興にすごくお金がかかってしまう」みたいなネガティティじゃ絶望全然ない。2012とか世界だいたい滅ぶ。

解決策地味すぎ

地味すぎわろた。

シン・ゴジラ = パニックアクション映画 - アクションアニメ

とまあ俺はあんまり好きではなかったんだけど、それに対する問題は多分俺のみかたと事前情報にあったように思っていて。みんなが「絶望する!」「ゴジラ怖い!」って煽るもんだから、俺は(勝手に)シン・ゴジラを「できの良いパニックアクション映画」だと思ってみにいった。でも、フタを開けたら全然そんなことなかった。

ここ、大事なとこだと思うんだけど、シン・ゴジラアクション要素ってすごく地味。自衛隊バンバンやってたけど、リアリティ出すためなのか詳細な描写で引き伸ばしててむしろダレた。あとインデペンデンス・デイ(1)ならあの時点で核使って失敗して、絶望を煽ってる。

解決策が地味なのも、すんなりうまくいっちゃうのも、シン・ゴジラって映画にとってアクション要素によるエンターテイメント性が二の次からだよな、って思っていて。今更だけどシン・ゴジラって、ゴジラという非日常に対して政治という日常的なアプローチ戦う政治家の姿を描いているんだよね。それは3/11への皮肉なのかなあ、とか考えたりするわけだ。重要なところを人の想像力に補わせるような、ストーリーラインを重視した映画とか、日本アニメちっくなストーリーで作られてる感じ。「なにを今更」って言う人も多いだろうけど、ここが多くの論争のポイントなんじゃないかって思ってる。

から、そういう意識で観客自身ストーリーとか意図を深掘りする気持ちで見に行けば、楽しく鑑賞できるんじゃないかなって思う。

B級映画だけど…

率直に言って映画というエンターテインメント産業の中で考えると最高ランクの出来の映画ってわけじゃないと思う。とはいほとんどの邦画ハリウッドB級映画に遠く及ばない出来でつまんない。そういうその他大勢邦画にくらべればすごく出来が良かったと思う。テンポが良くて、ダラダラするシーンが少なかったのはほんとに好印象。続編を作ってこの資産を活かすべきだと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20160822110432

うそう、入る経験値が変わらないのに捕まえるのが難しくなるんだよね。

ポッポでさえ何度かボールをぶつけないと取れないから、ボール在庫があっというまに減ってしまう。

そこで持ち物ボックス拡張して在庫を増やす必要が出てくるんだけど、これは課金しないとできない。

まあ大した課金額ではないんだけど。

夏にも増田腹巻きいいよいい気間螺は出す間も煮ツナ回文

田崎真也率いるワインレンジャーの色も

せいぜい赤と白しか思い浮かばないんだけど

とりあえず、肉料理には赤よね。

そして重いやつよねとかって雰囲気で言ってみたりする

それほどしかワイン知識が無いんだけど。

うそう、そして

ワイン煮込みに使うワインはちゃんと飲めるやつを使ってね。

美味しくない飲めないワインを使っても、

カモシカの脚を煮込んだような美味しい肉料理は出来ないわよ!

とかって、ワインに関して

知ったかぶりたい今日この頃

いかがお過ごし?

最近の敵は「冷え」よ。

から、夜寝るとき腹巻きして寝るのよ。

ガンガンエアコン効かせて、

毛布にくるまって寝るのが夏のスタイルね!

あと、枕の下は冷たいからそこもオススメ

あとはとにかくお腹は冷やさないようにしてね。

いいわね?

うふふ。

ところでロゼワインって何色なの?




今日朝ご飯

奮発してバジルソースてんこ盛りの

風味豊かな、なんとかサンドイッチ

いつものヤミーセクシージューシータマサンドよ。

やっぱりこれがなくっちゃ!

デトックスウォーター

懲りずに水出し緑茶ウォーター

ちょっと時間が経つと渋みが強まるから

やっぱり茶葉は少なめがいいわね!




すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

自分には合わなかった」で済ませられる美徳

これが理解できない人が多すぎるようにみえからネットは醜悪だ。

作品Aを貶す人が作品Bを絶賛していたのを見て、

作品Bなんてクソ作品評価する時点で味音痴」みたいなマウントをする人。

うそれは、作品Aを貶す人と表裏一体、同じ穴のムジナだ。

好き嫌いや美醜の感覚は、正しいとか間違いではない。絶対的評価はない。

そこに多数派少数派という概念が加わっても、一方が正しくなったりはしない。

何かを好ましく受け取る感性は、その人がそれを好ましく思える生き方をしてきた故だ。

その生き方あなた人生とは違うし、想像が及ぶものではない。

からそこで、多様性尊重してデフォルトで敬意を払わなければならない。

それが出来ない人は、おそらくこういう話を無意識矮小化しているのだろう。

生き方の違いは、たんなる「個性の違い」で理解される範囲にとどまらない。

年齢の違い、性別の違い、経済環境の違い、容姿など体質的素地の違い、

特定学問の習熟や分野への理解の違い、

それから来る、特定ジャンルに対する問題意識の高さの違いなど、多岐にわたる。

また、いか日本単一民族国家であれ、いまや

個々の文化的コンテキストはてんでバラバラだ。

それぞれが複雑に差異を抱え、感性を異にしながら人生を紡ぎ上げていく。

その過程で、あるとき作品出会うべくして「出会う」。

その時それは自分にとって「刺さる」作品になる。

もし、それが少年誌系のオモチャ漫画だったりすれば

ぱっと見「刺さる」層――セグメントが他者から見ても分かりやすい。

けれど今の時代映像芸術特に、セグメントがわかりづらくなっている。

しろ、作り手の側も、わざとセグメントを複雑怪奇に設定する。

子ども向けアニメには大人や親を虜にする仕掛けがあり、

幼稚に思われがちなアイドル特撮もの社会派意識高いテーマ内包する。

そして尖った作りを受け止めてもらえる人を探るような野心作がヒットする傾向がある。

から自分には合わない」「思っていたのと違う」作品を鑑賞する機会も多くなっている。

そういう出会いを楽しんで、自分に合わなかった要素を

自分の側が足りなかったんだ」と謙虚に捉え、貪欲に

「楽しむための作法」を吸収していける人ならばなにも不幸はないだろう。

一方で、そうでない人もたくさんいる。

けれども、本稿で述べてきたことに想像が及ぶなら、

安易作品批判自戒しないといけないと分かるはずだ。

そして、次のことも同時に分かるはずだ。

 どんなものであれ作品を貶す言葉は、

 異なる価値観人間、ひいては

 他人人生すら否定することに繋がりかねない。

 その言葉の「重さ」に無自覚であってはならない。

さもなくば、安易作品を「取るに足らないもの」と捉えてしまう。

それは、クリエーターに対してだけでなく、すべての他人に対して「侮る」姿勢だ。

そうやって自分価値観の枠を狭いままで固めていく。

その対価として、小さな自尊心を満たしている――

そんなサイクルに陥っている人が、周囲に当たり前にいる。

そういう状況が、あまりにもネット上で普通になりすぎているのではないか

 

ネットで見られるのは「批評」という皮をかぶせた「作品侮蔑」ばかりだ。

作品評価するには、作品理解しないといけない。

作品理解するには、まず表現者思想に寄り添わないといけない。

なぜなら、作品を出すことは、とりもなおさず思想表現であるからだ。

思想というのが堅苦しく感じるなら、美意識価値観と思ってもいい。

そんな大層なものが込められていなさそうな、フェチの塊みたいな

娯楽作品であっても、そのフェチの詰め込み方などに表現者思想が表れる。

そういうものにまずは理解を示してみる姿勢がなければ、よさを感じ取れるはずがない。

それだけではなく、

表現技術価値制作背景、時代背景なども織り込まないといけない。

映像作品さら特有圧縮のされ方をするので、

視聴者は脳をしぼって意図を汲み取る努力をしなきゃいけない。

莫大なエネルギーと解読時間必要なのが「批評」という作業であるので、

「ふつーに面白さが分からなかった、繋がりが変、あの描写は変」

みたいなレベルの表面的な感想を目にしたときは、

読み手に基礎がない状態であることを疑わなければならない。

それでも、仮に自分がそんなレベルだと自覚していたとしても、

自分ネガティブな受け取り方をネットに排泄したくて仕方ない人がいる。

あるいは、断固として自覚はせず、マウントマウントを重ねて、

作品が好きだからこそ叩く」とか理由をつけて、作品に寄り添う気すらない

「オレ好みの『正しい』展開」的なものを主張し続ける人もいる。

そういった、他人の作ったものに乗っかって文句を言うような人のために

ネットがあるのだろうか?

そんな感情は胸にしまうまでもなく、

スッと「自分には合わなかった」で済まして去ってしまえば、

負の感情連鎖に次々と人が囚われる現象は生まれないのに?

ネットネガティブワードを吐くことをやめられない人は、

ネットのことを勘違いしている。

今のネットは、もう「便所」ではない。

今のネットは、もはやリアルよりも暴言失言が指弾される場だ。

実名肩書き付きでの書き込みは言うまでもなく、

匿名からといって、浅慮な軽口が許容されるわけではない。

ネットで言うこと自体自由だが、

それならまだログの残らないリアルで友人相手に暴論かました方がいい。

そしてネットでは逆に、良識者でいるのが賢い。

ネットからこそ高潔でいられる人の方が、

この先人気をあつめるだろうと思う。

というよりも既に、人気のYoutuberなどを見ると、彼らは例外なく

表面上ははっちゃけているもの

ネガティブ感情を生むような物言いは華麗に巧妙に避けている。大人である

こういうネットディストピアだと思う人もいるかもしれないが、

今のところは、順当な変化だと感じている。

2016-08-21

シン・ゴジラを白米になぞらえるのは控えめに言って頭おかし

ガメ・オベール、または大庭亀夫氏について

あるいはJames F.氏について。

なんか最近日本語のできるニュージーランド人」という設定を思いっきり忘れてるような気がするんだが、もうその辺はどうでもよくなったんだろうか?

たぶん、根本的に考え方が違うと思う。


人間社会成熟して、科学技術で作られた道具が肉体を凌駕し、マスの心理科学で操れる時代に、必要能力は見極められつつ有ると考える。

基本的に「論理的思考力」と「コミュニケーション能力」と「自制心」の3つが、人間社会必須とされる能力で、異なる文明が有ったとしても変わらないと考えている。

センター試験大学受験は、上記能力を持った者なら容易に突破出来る設定だが、勉強に特化しても突破可能からセンター試験は役に立たないと言われる事になる。

ただし、選別方法としてこれ以上の物を提示出来ないので、まさに「それに代わる明確な測定方法を示しえているわけでもない。」というわけだ。



折しもオリンピックが開催中で、超人たちの祭典を見ているが、彼らの身体能力オリンピックという舞台有ってこそいきる物だ。

戦国時代なら重宝されたかもしれないが、もうそ時代に戻る事は無い。



そして、歴史上の偉人を振り返った時、上記3つの能力の全てか特化したいくつかを持っている事に気付くはずだ。

時代を超えて、人類誕生から必要とされてきた能力に、説明がついたのが今の時代だと考えている。



幕藩体制能力有る者が下級武士に甘んじていた件については、すでに明治政府から改善が始まっている。彼ら自身が、身に沁みて理解していたから。

現代では能力が有ると証明する機会は豊富に用意され、ある意味過剰なほどだ。AO入試世間を騒がせた某塾のような、制度を逆手に取る輩が現れるほどに。



そして最も重要な事なのだが、あなたの指摘通り多様性の確保という観点福祉を行った場合飼い殺しが最適解になる。

さない程度、最低限に与えておけば後はご自由にと。

そこまで割り切る事が俺には出来ないので、3つの能力が劣った者も、多少なりとも普通生活が出来れば良いと考えている。

もちろん、出来る範囲でだが。

http://anond.hatelabo.jp/20160821172148

http://anond.hatelabo.jp/20160821171859

うそう。

自分の夢とその才能が自分にあるか、というのは中学から気づいていて当たり前。

高校選ぶ段階から凡人も偏差値振り分けでフィルタリングがかかり、有能な人間とそうでない人間は住む世界が違うとわかり、

バカでも大学行くかどうかで周りの進路を比較し、バカ大学にも行けないんだなと気づくはず。

ところがそれすらわからないバカがいて、夢を追うことを無制限保証しろとか、金が足りないなら支給しろクズみたいなことを要求する馬鹿ばかり。

http://anond.hatelabo.jp/20160821081913

水準なんか上がんねーからだよ。

救われるべき弱者と、そうでない弱者が切り分けられてる時点で、もうそ理屈通用しねえの。

LGBTに優しくしてもオタク立場がマシになるか?

JKに優しくしてもおっさん立場がマシになるか?

なんねーだろ?

隗より始まって隗で終わるんだよ現代は。

人権派JKホームレス差別する

あなた、昨日のテレビ見たわよー。すごかったわー!」

その日の朝、私は放送部の顧問先生にそう声をかけられた。

「昨日の大会の様子ですか?」

昨日と言えば、新聞社主催する弁論大会に本校放送部として出場し、個人の部で金賞をもらった日だ。きっとその様子が新聞社系列テレビで夜のニュースとして放送されたのだろう。

「そうそう。きりっとしてて立派だったわ。内容もよかったし」

ありがとうございます

私はそう答えた。昨日の大会で発表した原稿の内容は、この先生とつきっきりになって詰めたもの、と言えば聞こえはいいが、ほとんど先生意見ばかり採用したものだった。曰く、人々が平等であることは普遍の真理であり、それを阻害する社会はいけない、社会構成員は我々一人一人であるのだから、まず自分から実践することが大事なのだ、という内容を、自分シングルマザーの娘であることで受けてきた差別があるということを通して飾り立てたものだった。

正直、この原稿内容は嫌だった。私の母は確かにシングルマザーであったし、それがもとで嫌な思いをしたこともなくはなかったが、そんなことで母を心配させるのは嫌だったからずっと黙っていた。それをこの先生は私がシングルマザー家庭の子供だから何かあっただろうと掘りこんできて、仕方なしに軽いエピソードを話すとそれを元にあっという間に筋書きを作ってしまった。それでも私は我慢した。なぜなら、本校放送はいわゆる強豪であり、その実績はこの顧問の手腕、というか趣味実践によるものだと知っていたし、それで大会で賞をとれれば、私の大学進学に有利に働くと計算たからだ。

本当を言うと、こんなパワハラみたいな手段可哀想シングルマザーの娘という筋書きを作られてしまうことこそ差別だと叫びたかった。が、そこは我慢するしかない。

そうして実際に金賞が取れて、私は一安心していた。これで大学推薦の道は堅い。勉強で手を抜くつもりは当然ないが、受験機会が増えるということは単純にチャンスが増えるということなのだから

しかし、地獄はこの日から始まった。

授業中にスマホが鳴り始め、その頻度が徐々に頻繁になってきたのが最初だった。授業中は当然バイブにしているけれど、それでもこんなに頻繁になると少しは迷惑になってくる。実際、近くの席の何人かはこちらをチラ見したりした。緊急の連絡かもしれない気持ちと周りに迷惑をかけている気持ちで焦った。そしてようやく休み時間になり、私は急ぎながらスマホ確認した。電話の着信は残っていない。けれども、SNSの通知欄がひどいことになっていた。

「最低ですね」

「偉そうなこと言わないで」

「屑だなお前」

知らないアカウントからそうした罵倒がたくさん届いていた。混乱したなかで次に目に入ったメッセにはこう書かれていた。

JKのくせに似非人権派なクソのアカウントはこちらですか?」

それでなんとなくわかってきた。たぶん、昨日のニュースに何らかの形で火が付いたのだ。

そこから情報を整理するまで時間はかからなかった。こういう時はとりあえずまとめサイト火付け役だ。拡散されているまとめサイトを見れば、私がどう思われているか簡単に分かった。

まず、テレビ放送があった。その内容について賛否両論あったらしいが、今日の午前中に

巨大掲示板で私のSNS個人アカウントが晒された。その晒しには、私が以前に書き込んだつぶやきが添えられていた。

電車が来て、妙に空いてるなと思ったらひどい悪臭がした。どうやら席で寝そべっているホームレスの人のものっぽかったので、急いでほかの車両に移った』

これに、人権派JK差別意識wwwというコメントがつき、まとめサイト拡散されていたのだ。私は、人権を語りながら人を差別する許せないやつ、という立場にされてしまった。

とりあえず、私は深呼吸をして落ち着こうと努めた。その間にもガンガンSNSの通知が来るのでそれはオフにした。それからしたのは、一番炎上しているつぶやきを消すことだった。そして、先生相談しなければと思った。と、思ったところで先生に呼ばれた。もうすぐ休み時間が終わって授業が始まるところだったが、それはいいらしかった。

「困るのよね、こういうのは」

部の顧問先生は開口一番こう言った。呼ばれた面談室では、担任先生、部の顧問先生教頭先生がいた。

まあ先生方の話をかいつまむと、昨日のテレビ学校名と個人名は既に出ている、そして、私がつぶやいた内容について外部から問い合わせが絶えず、仕事にならない状況になっている、とりあえず早退して自宅謹慎しろ、とのことだった。

先生方の態度は一貫して、私が問題を起こしそれが悪いことだ、というものだった。正直、力になってもらえると思っていたがそんな気配は全くなく、私は真っ先に進学のことについて先生方に聞いた。答えは、

「こうなった以上推薦は考え直すことになる」

ということだった。

自宅に帰って、私は母になんて言おうかとずっと考えていた。私は母を尊敬している。シングルだけど大手会社バリバリキャリアとして働いて、わたしは何不自由な思いをさせられたことはない。母子家庭なのに、みたいなことを言う人はいないでもなかったが、それはそう言う人が悪く、母のせいではない。

そんな母は常々私にこう言っていた。

勉強は本当に大事だよ」と。

父が亡くなっても、今自分大手企業バリバリ働いて、満ち足りた衣食住を手に入れることができるのは勉強をしていい大学に行ったおかげだと。

から私も一生懸命勉強していい高校に入ったし、そこから大学に向けて頑張っていた。そうした私を母は全力で応援してくれていた。そんな母に、今回のことはどうやって話したらいいんだろう?

しかし、悩む間もなく母から電話が入った。

「今先生から連絡もらったよ。大丈夫?すぐに帰るからね。ネット絶対に見ちゃだめだよ」

そんな母の声に、私はうん、と答えるしかできなかった。その答えと一緒に涙があふれてきた。

ネットは見てはいけない、そういう母の言いつけを守りながら母の帰りを待った。ネットを見て現状を確認たかったけど、今までネットで見かけた炎上では、こういう時に大したことを言っている人は実はいないので、今回も同じだろうと思って我慢した。それに、こういう時こそ母の言いつけを守って心配をさせないようにしなければ、と思っていた。

母はすぐに帰るといっていたけど、帰ってくるまでにだいぶ時間がかかった。でも、帰ってきたときの母はまるで戦士のような顔をしていた。

「大変なことになったけど、あなたは私が守るから安心してね」

そう言って、優しく私を抱きしめてくれた。私は不安と安堵でまた泣いた。

母の守る宣言は決して表面上のものではなかった。帰ってくるまでの間にすでに弁護士を頼んでくれたらしい。大学時代友達が紹介してくれた、信頼できる人だと言っていた。

これからネット上の誹謗中傷について、弁護士さんが各所に問い合わせをして事実関係をまとめてくれるそうだ。素早い相談だったので、これから起こることについても出来事をまとめていけることが強みだと。そしてその結果次第で、訴えるべきところは訴えるといっていた。

ただ、これをしたからと言ってネット上の誹謗中傷が消えるわけではないこと、今回の件を拡散した全員を訴えることは不可能だということを説明された。「あなたダメージはどうやっても避けられない。それは本当にごめんね」と母は涙をこらえた様子で言った。私は「お母さんが味方をしてくれるから大丈夫」と答えた。それは本心だった。

そのあとのことはまるでジェットコースターみたいだった。弁護士さんから住所が晒されているので不審者に注意し警察相談を、という一報が入り、実際に警察相談しに行った帰りに変な人に遭遇して警察にお持ち帰りしてもらったり、一番最初に私のつぶやき晒した人物がクラスメートだったことが発覚したり、高校から学校を辞めるようにする圧力がかかったり、母子家庭なのに裕福すぎるとか言う人まで現れ始めて、本当にいろいろあった。

結果として、私は高校を辞め、大検を受けて大学進学を目指すことになった。

母は最初は納得しなかった。私がしたつぶやきは確かにあまり褒められたものではなかったのかもしれない。でも、それに対しての代償が大きすぎる、と。

だけれども、私はもうこの件で何か騒ぐのは馬鹿らしくなってしまった。学校に行くのだってあん先生方やクラスメートがいる学校で頑張るのは意味がないと思ったし、むやみに私を誹謗中傷していた人たちを訴えるのも不可能だ。出回った私の個人情報を消すのも。

から私は一つだけ母と弁護士さんにお願いした。自分名前改名できるようにしてほしい、と。

自身は今回の件について全方位に憤っていたが、私の気持ちを汲んでくれて、振り上げたこぶしを下してくれた。そして、改名の件も了承してくれた。ただ、今は亡きお父さんがくれた私の名前を捨てさせることには相当葛藤があったようだ。私だって、今の名前を捨てたくない。でも、これは私がこれから普通に生きていくには避けられないことだと思ったのだ。

けれども、今回の件への恨みは深い。その深い恨みはネットに吐き出すことはできない。リアルで人に話すこともできない。私と母の腹の底で、マグマみたいに滾り、身を焼き続けている。

恨みを溜めることはこんなにも地獄なのか。

だが、地獄であっても生きていかねばならない。私は私の人生を取り戻す。

それだけが、私を叩いた悪鬼たちに負けない道だと信じて。