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はてなキーワード: 幸福とは

2017-02-21

子供を産む側からしたら子供が不幸になろうが知ったこっちゃない

これは社会善だ

社会貢献

種全体の利益のための出生行為

自惚れるな、誰もお前の幸福なんか願っちゃいない

草食系らしい

小さい頃はモテなかったし友人も少なかった.ある時「こんなことではいけない」と一念発起して,幸い機会に恵まれて,学生時代に何人かとお付き合いさせて貰った.

それで分かったことは,自分には恋愛は向いていないし,しない方が幸福になれるということだけだった.週数回,多いとき10時間超は拘束されるデートという行為は,恋愛以外の事に取り組む時間を間違いなく奪っていった.誠実に,こまめに連絡をとるという行為は,数えきれないほど自分の集中の糸を断ち切ってきたし,連絡が終わった後は疲れすら感じた.こっちの窮地にまるで待ってましたと言わんばかりの破局通告には殺意すら芽生えた.

もちろん,こういう性分だから破局を迎えた,と言われたら「その通りだ」としか言えない.だけど,こういう性分って改めるものなんだろうか.一念発起してから,空き時間を潰すためだけのゲームを止めたし,運動だって始めた.それは,前々からゲームをやってて虚無感を感じていたからだし,運動だって身体を動かすこと自体は好きだったから始めたんだ.今は恋愛以外でやりたいことがたくさんある.もっと色々学びたい.もっと色々作りたい.「並列に色々やろう」じゃなく,自分リソースを出来る限り突っ込みたい.実際,それでも時間なんて全然足りない.そりゃあ,集中が続かなくてこんな日記書いたりもしちゃうけど,それでも浪費する時間や労力は,恋愛に比べればずっと少ない.恋愛以外の時間を減らして恋愛に向ける,というのは,少なくとも今の自分にとってそれ自体が不幸の原因でしかない.

結局,自分純粋に「恋愛がしたい」などと考えたことは実は今まで一度もなかった.自分は「恋愛が出来ない奴は社会不適合であり,生きていることが罪である」という価値観に沿って,人間になりたいと思って恋愛に興味があるフリをしてただけだった.自分幸福は,少なくとも恋愛にはなかった.

それに気づいて,「恋愛なんてしなくていい」と開き直ってから,今とっても幸せだ.現状,恋愛の延長線にあるらしい結婚にも興味はない.もし結婚したくなったらお見合いでもすればいいし,それで失敗して一生独身になったとしても,それでいい.

個人幸福社会幸福

どちらを優先させて生きるのが幸せなんだろう

2017-02-20

http://anond.hatelabo.jp/20170219221650

小学生の時点も含めての話じゃないの?なんで小学生の時点を除外してるの。何歳時点の話をしてるつもりなんだ。

小学生の間幸福なら後の人生ゴミゴミクズでも幸せでちゅね~っていう発想なんすか?すごいね

しかもおまえ「世の中の小学生が、」って小学生の時点のみを指し示しておいてさらっと論点を変えてくる性格のいいフレンズなんだね

個人幸福度指標ってなんなんだ?何が幸せで何が可哀想なんだ?全部お前のモノサシにすぎないんじゃないの?それで議論しようなんて言われても困る。

はい認識さえ変えれば幸せなんだ!とかマッチョをふりかざすようなタイプのアホなのかな?

一般的労働環境が厳しくなっただとか財政悪化で将来性もないだとかツラい思いをさせることが多い社会に産むのは可哀想だという根拠提示されているのに

可哀想じゃないんだ!そう感じる人もいる!!とか言われても説得力皆無であっそうおまえがそう思うっていうだけの話なのねっていうね。

根拠なしの感想論に持ち込んで議論から目をそらしといて議論しようと言われても~とかよく言えるもんだなぁ。

2017-02-19

http://anond.hatelabo.jp/20170219090207

まず小学生の時点で幸福なのかどうなのかっていう話じゃないし、

傾向の話をしてるって書いてあるのに皆とかいう極論に持ち込み出したらそりゃあ議論にならないぞ

可哀想が間違いだといいはられても具体的にどう間違いなのかわからん

2017-02-18

http://anond.hatelabo.jp/20170218204411

作者の出身地から勝手人格分析して、「あんなに結婚が女の価値を決めると決めつけた漫画」と当てつけのような書き方で漫画の内容を表現する。

アホアホマンマンガに対する評価を元に勝手人格分析している自分脳内には疑いを持てないらしい。

結婚が女の価値を決めると決めつけた漫画だと評してはいるだけで、結婚が女の価値を決めるかどうかということにたいしてはノータッチだよね。

この漫画が決めつけた漫画である自分経験に即して述べただけで、この漫画の他の観点から評価については述べてないだけだよね。

元増田批判してる対象結婚以外の他を評価しないクズだけであって、結婚で女の価値幸福が決まるかどうかについてはなんにも述べていないね

そんで「元増田金銭だけで決めてる!!」とか喚くバカがいたけど「元増田がそうだとはいえない」という事実の指摘に対して反論なしです、私が間違ってました、ごめんなさいということでいいのかな?笑


勝手に作者の人格分析して、「私のような自由に生きている人への嫉妬なのかな?」と、結婚ベースで生きる人間自由に生きる人間を対比させ、結婚ベース人間自由に生きる人間嫉妬しているという構図を勝手に作り上げて、自由に生きる人間嫉妬される側を上の立ち場にしている。ちなみに元増田自由に生きる側としているのは、あなたも言ってる通り、「現に自由幸福指標だという示唆もある」こういうことね。

私のような~とはどこにも書いてないんですが妄想補完ですか、とっても論理的ですね~笑

結婚ベースで生きる人間自由に生きる人間を対比なんていつどこでしてるんでしょう?笑

その段落では元増田リーマン自営業に近いマンガ家の対比をしてどっちも自由だと思い合うのかもな~と述べているだけですよ笑

結婚ベース人間自由に生きる人間嫉妬しているという構図を勝手に作り上げてるのは元増田文章から勝手脳内補完してるあなたの側ですよね?書いてないことを脳内補完勝手に決めつけるのが論理的なの?笑

>ちなみに元増田自由に生きる側としているのは、あなたも言ってる通り、「現に自由幸福指標だという示唆もある」こういうことね。

はい?笑俺が主張してるのは金銭面だけの指標だけでなく他にも幸福指標は示されているという多様な観点から価値水準を持ってる可能性が示されている、つまり金銭けが幸福だと思っているに違いないと脳内妄想振り回す脳ミソ腐ったアホアホマン大間違いだと述べただけで、自由に生きている側だなんて一度も言ってませんが笑

まあこれが馬鹿にしてない、見下してないっていうのなら、私とあなたの読解力の差だと思いますね。

いやー文章に書かれていないことを脳内補完して勝手発狂することは読解力というよりただのイカレ度合いの差だと思いますけど。

他人にどうこう言う前に自分自身がどんな偏見を持っていてどんなことに発狂してしまうクセがあるのか30時間考えてから出直してきたほうがいいと思いますよ?

あと、人に論理論理性言う割に「笑える」とか「アホアホ」とか非論理的言葉が多いんですけど、論理論理性言うならちゃんと論理的言葉でお願いしますね。

あーなるほどアホアホマンにとってはどこにも書いてないとか言及してないと事実を指摘されてもアホと呼ばれた部分しか理解できない論理性をお持ちなんですね~

まずご自分脳内空想補完で勝手にブチ切れて捏造しまくる前にテキストをそのまま読むクセを身に着けてから論理的言葉を学んだ方がいいんじゃないですかね~

http://anond.hatelabo.jp/20170218203715

東村アキコさんが宮崎出身と聞いて、九州出身か、だからあんなに結婚が女の価値を決めると決めつけた漫画を描けるんだなぁ…と気づいた。

作者の出身地から勝手人格分析して、「あんなに結婚が女の価値を決めると決めつけた漫画」と当てつけのような書き方で漫画の内容を表現する。

自由に生きてる人への嫉妬であの漫画書いてるのかなぁと思うけど

勝手に作者の人格分析して、「私のような自由に生きている人への嫉妬なのかな?」と、結婚ベースで生きる人間自由に生きる人間を対比させ、結婚ベース人間自由に生きる人間嫉妬しているという構図を勝手に作り上げて、自由に生きる人間嫉妬される側を上の立ち場にしている。ちなみに元増田自由に生きる側としているのは、あなたも言ってる通り、「現に自由幸福指標だという示唆もある」こういうことね。




まあこれが馬鹿にしてない、見下してないっていうのなら、私とあなたの読解力の差だと思いますね。

あと、人に論理論理性言う割に「笑える」とか「アホアホ」とか非論理的言葉が多いんですけど、論理論理性言うならちゃんと論理的言葉でお願いしますね。

http://anond.hatelabo.jp/20170218203135

元増田結婚ベース幸福感をバカにしてないぞ、やはり論理性のないアホアホマンの言うことは斜め上すぎて笑えるな

論理性のないアホアホマン

元増田給与ベースにした考えを出しているがそれ以外についての指標についてはほぼ言及していない=給与けが幸福基準としているとはみなせない(現に自由幸福指標だという示唆もある)のに対して親戚は結婚子供ベースのみを指標としているかドン引きしているだけhttp://anond.hatelabo.jp/20170218201036

http://anond.hatelabo.jp/20170218185051

金以外の幸福が見えないことに対して、責任って発生してるの?

2017-02-17

高校生幸福度調査とか見てて思うけど、結婚しないのは「お金がない」からじゃなくて「生きててよかったと思ってない」からじゃないの?

これから先、社会に出て、つらい仕事をやり続けて、しかもそれが50年も続く。

リストラ倒産はあたりまえ、新しい仕事を探せばスキル通用するケースは少なく、警備員倉庫でみじめに働くしかない。

財政悪化インフラも悪くなる一方。

そんな人生他人である子供に味わわせたいと思う?っていうことなんじゃないの?

人生はツラいのがあたりまえ!貧困なのは自己責任!(おまえの今までの人生なんか知る気はないけどwww最近ゆとり頭が悪い

じゃあ子供なんか産んだって可哀想なだけだよね。

その上、お金がないんだとしたら、尚更産まないのは当然だ。

そういうことを考えたことがないのは、優秀でお金持ちな人か、なんにも考えずに産みたいから産むって後先考えない人かのどちらかで、

子供のことをちゃんと考えれば、産まないという選択肢はそういう人たちにとって必然なんじゃないのかな。

追記

戦後世代が貧しくても産んだのは子供のことなんか考えてなかったからだよね。

自分の飯のために稼ぎ手になる子供を増やしただけ。

遺伝環境なんて最近わかったことだし、生きづらい社会になったのは最近から

負け犬の親が悪いとは思ってないけど、

今わかってる以上は産まないのが正しい選択だーって思ってる人はある程度いるんじゃないの?

総意ではない!とか言ってる人いるけど、俺は総意だなんて言ってないよ?

こういう人が増えてるんじゃないのって話だから

お金がないだけでほんとはみんな産みたいに違いない!」はただの幻想じゃない?っていう。



そういう人が居ないとは言わんが、社会現象として認識できるほどの数ではないんじゃないかね。ネット以外も見たほうが。少なくとも既婚者の出産率はさほど減ってないとも聞くし。 - ysync のコメント / はてなブックマーク

子供を産まないのに結婚するのは相手に悪い

結婚しないのに恋愛するのは相手に悪い

→未婚どころか恋愛もしない若者シマシって流れじゃない?

"子供のことをちゃんと考えれば"←考えてないじゃん。おまえ最初から最後まで自分のことしか考えてないじゃん。お前が負け犬だから子供を作れないだけでしょ。お前の努力不足を子供のせいにするな。 - satetsu_inu のコメント / はてなブックマーク

何を言ってるのか意味不明すぎて笑える。

生きづらい世の中+能力環境遺伝によるのだから能力が低い子供が生まれ可能性が高い

=産んだら子供は不幸だなー

この思考はきちんと子供について考えてるだろ。

負け犬から作れないだけ!って罵倒してすっきりして現実逃避っすかw

現代社会中間層が没落して努力が報われにくい社会なんだが、

成功した人以外は努力してないってことになるお前の論理では努力しても無駄だった連中は子供を産まないのは当然だと思ってるってことだねw

努力不足を子供のせいにーに至っては遺伝環境の影響や世を生きづらいと感じてる人がたくさんいる現実無視して、無理やり産んだ子供にすべての責任を負わせようとするクズ思考だよねw

たぶんこいつ、好き勝手産んどいて、子供大人になって生きづらそうにしてるから、俺のせいじゃないもん!って言い張りたくて仕方ないんだろうなw

防衛機制まるだしで発狂してないとこんなこといわないだろw


しかしその幸福感のなさって、多分に自己催眠的な部分はあるわけで、日本はマスコミを筆頭に、国民全部が自分に対してネガティブキャンペーンやってるわけでしょ。意識高い気取りの人が絶望振りまいてて本当に迷惑。 - eirun のコメント / はてなブックマーク

現実見えてなさすぎの意識高い系はこの人とスターつけてる人じゃないの?

この世界を生きやすい、幸福だと思っているがゆえに、

生きづらいと思う人が存在してはならないかのような人からすれば、

この世界を生きづらい、子供に味わわせたくないと思う人の存在認識したくない、できないのだという、いい例だと思う。

2017-02-15

舞台「孤島の鬼―咲きにほふ花は炎のやうに―」(ネタバレ注意)

とんでもない作品だった。とんでもない体験をした一週間であった。




まず先に言うと、本作品は『ミステリー演劇』だった。

それは原作推理小説カテゴリーされているからとか、原作者江戸川乱歩だからとか、そういう理由じゃない。

私はその解説、および回答を以下に記すのだけど、それは完全なるネタバレです。



もう知らなかった頃には戻ってこられない、作品を殺す系のネタバレ



なので、未観劇の方には本当に読むことを勧めません。

本作は素晴らしい完成度の傑作だし、舞台演劇でここまでのミステリーを作り上げるのは絶対に容易じゃない。

また、私はエグいほど容赦なくネタバレしていますので、正直自分ももう二度とミステリー演劇は鑑賞できない脳になってしまったのでは…と震えております。

(なので、読んでほしい気持ちがあって増田に書いているものの、観劇済みの方も生半可な気持ちではネタバレを読んでほしくない。六道の辻で迷い不幸だと感じている方にだけ、光が届けば良い。)

まり未観劇でネタバレを読むということは、人生の楽しみを自らの手で一つ潰すということ。尋常じゃない損失です。



本作はDVDの発売が決定しています。

公式DVD予約サイトhttp://www.shop-ep.net/east_park/shopping/a04020102/iid/0000000001746/

(発送日未定。予約は3月末まで)

めちゃくちゃ好評だったので、あなたの周りにも購入している人が居るはず。そして恐らく「見せてほしい」と頼めば喜ばれるはず。布教したくなるタイプの作品なのです。なので数ヵ月後DVDを鑑賞してから、是非また読みに来てください。



「数ヵ月なんて待てねーよ!」って方は、妥協点として2015年に他の演出家さんで上演されたものを見ることができます。

こちらは未観劇のためなんとも言えませんが、おそらく2015年版は絶対解けない「超ハードモードの『ミステリー演劇』」か、『ミステリーではない普通演劇』の可能性が高いと予想しています。でもまぁ全く観ないでネタバレ読むよりは絶対良い。

たぶんDVD売ってるし、3月になれば我らがdアニメストア殿が配信してくれます。

https://anime.dmkt-sp.jp/animestore/CP/CP00000660

高いチケット買って劇場に行くか高いDVD買うかしか選択肢がなかった時代を生きてきた作品の取捨選択にすごい苦しんできた勢なので、dアニさん月額400円でこんだけ見れるとかマジ神過ぎ。最初目を疑った。(WOWOWさんにも感謝していますが、うちTV無いから見れないんですよ…そもそも家にあんま居ないし。お金なら払うのでスマホでもWOWOW見れるようにしてください。)



原作「孤島の鬼」を読むのも手ですが、本作はある意味では『原作本質を描いている』けど、ある意味原作とは全くの別物』です。だから舞台版のネタバレは、舞台版を観てから読んでほしい。



そして、せっかく未来の楽しみを潰してまでネタバレを読んでしまうのだから、その前に『ミステリー演劇』の推理に挑戦してほしい。

一人で解くのは超ハードだと思うので、できれば仲を深めたい方と一緒に。(私が今回の回答に至るのに協力してもらった友人の数は4人です。内1人は原作を読み込み一緒に推理してくれました。)

ぼっちの方も安心してください。本作はめちゃくちゃ面白かったので『2017年版の感想』も、ネットの海に転がっています。そこから辿り着くことも不可能じゃないはず。鮮度のいい印象論の良さも、一晩寝かせた感想の良さもあるので、いろいろ漁ってみてください。

あと私は推理した一週間の思考ログをほぼすべて残しているので、トリックがわかってからログを読み返してみたら翻弄されている自分がめちゃくちゃ面白かった(当時は睡眠不足神経衰弱で瀕死でしたけどね)。間違ってはいないけど騙されている。そんな楽しさもあるので、ぜひ推理に挑戦してみてください。

そして私がまだ解いていない謎の答えを見つけられたら、ぜひ教えていただきたい。



また、運良く本作を劇場でご覧になられた皆さま。感想はもう書き残しまたか

公式がwebでアンケート回収もしています。送ると抽選で非売品舞台写真もらえます。私もとても欲しい。

本作は、『感想を残す』ところまでを含めて作品です。せっかく運良く観劇できたのだから、140字で良いから書き残しておきましょう。

できれば思いの丈をすべて書き出しておくと良いです。『他者に感想を伝えようとした人だけが、謎解きの後に得られる感動』があります。(※個人の感想ですが!)

この感動を、本作品が本当に素晴らしい江戸川乱歩原作舞台化であったことを伝えたくて、読んだら作品を殺すことになるようなネタバレを恥を忍んで書いています。

私はソワレ観劇後、徹夜で翌昼に感想書き上げました。これが私の沼への一歩だった訳ですけれども、これを書き残しておいたお陰で、謎が解けた時に私の回答を出すことができました。

一度ネタバレを読んでしまうと、もう観劇で感じた感想書けなくなると思いますので、本当に一言で良いから感想書き残しておいてください。ついでだから公式アンケートに答えて非売品写真当てましょう。当たったら私にも見せてください。



最後に公式各位。

ネタバレにあたる部分は私の個人的ミステリー体験なので、これが公式解とは主張断言しません。

と言うか、理由なき見落しと、自分の能力ではどうしても咀嚼できなかった部分(言葉スムーズに脳に入ってこなくて読解しながら観劇することができなかった原作には無いシーン)があったので、私のネタバレは不完全です。他にも拾い損ねている箇所がポロポロ出てくる。逆転する可能性が大いにある、お粗末な推理

ですが、キャストの皆さまが最後までネタバレに配慮されていたのに、ネタバレを公開し誰かに読んでほしいと願うことが、浅間しいようにも感じています。

ネタバレ注意喚起に約2000字程裂きましたので、どうか堪忍してください。

p.s.オリジナルマグボトル購入しました。作中に赤い色が無かったのでデザインも綺麗だし購入したのですが…紐解いてみるとなかなか意味深なグッズですね。とても良い記念品になりました。




それでははじめます。



導入


無人の屋敷に風が吹き込む

暗転

まったく光のない深い暗闇から男性の声が聞こえる

「不幸ということが、私にもよくよく分って来ました。本当に不幸という字が使えるのは、私だけだと思います。遠くの方に世界とか日本かいものがあって、誰でもその中に住んでいるそうですが、私は生れてから、その世界日本というものを見たことがありません。これは不幸という字に、よくよくあてはまると思います」

暗転明け

無人だった屋敷に白髪の男性が立っており、書物を音読していた。

彼は自身について取り止めなく独り言つ。

彼……『私』を語り部とした、物語がはじまる。




まず本作の初見の私の感想と回答は、下記増田で参照できる。

http://anond.hatelabo.jp/20170206104211

ミステリーとして解いた今読み返すと相当ブッ飛んだ納得の仕方をしている。自分の妙さについて今までなんとなく感じていた部分が浮き彫りになりすぎである。こわい。

当時も気持ち的にスッキリはしたけども、<もやもやした原因が『認知を歪められている感覚』だったのに、「それは作者の願いだよ!」という犯人動機の『妄想』では、『論理的解決』にまったくなっていない>ので、悶々とはしていた。

作り手側は演劇を魅せるプロだが、観客は演劇を観るプロだ。伊達や酔狂でやっているわけではない、こちとら真剣に観ている。

認知を歪められている感覚』なんて中途半端ものは見過ごせない。

ちゃんとトリックを暴きたかった。

そこからずるずると私は沼に嵌まっていき、推理のためにガチで眠れない一週間を過ごすことになる。



そもそも、舞台「孤島の鬼―咲きにほふ花は炎のやうに―」の何がミステリーなのか。

それは、本作品が叙述トリックを駆使し、とある真意』を隠しているということにある。



しかし私の目下の推理動機は、トリックを逆手に取った『簑浦も諸戸も幸せになれる最適解』にあった。どうしても二人を幸せにしたかった。

そのために以下のことを行った。

そしてひたすら二人が相思相愛ではないという可能性を潰し、相思相愛である可能性を見つけ出す作業




解説『簑浦も諸戸も幸せになれる最適解』①

箕浦の白髪

二人の愛の一番の障害は、箕浦の白髪化=「箕浦は同性愛を『生理的』に受け付けられない」という点。

これが諸戸が箕浦の前にあらわれることがなくなった原因だと思う。彼がどんなに誠意を尽くそうとも、これだけはどうにも覆すことができない。

しかし、実は原作では白髪化したタイミング=直接的な原因が諸戸に襲われたことのみだとは明記されていない。

そして舞台でも、実はめちゃくちゃぼやかされている。

冒頭、語り部である『私』が自身の体験した恐怖について語ろうとする。その時にまるでトラウマが呼び起こされるかのように喉元を掻く仕草をする。

後半井戸の奥、深い完全なる暗闇の中、水位が増して死の恐怖に襲われた時。『私』佐藤箕浦も、諸戸と石田箕浦と同じマイムを行って移動し、水位が増しだすと喉を掻いて苦しみ悶絶する。

これは、白髪化するほどの『生理的』な恐怖が、諸戸に襲われる前から強烈にあったという解釈にできる。

では逆に、諸戸に襲われた後の恐怖はどうだろう。助八さんの救助が来て、生死の恐怖は去った。丈五郎の恐怖も去った。では諸戸に犯される恐怖はなくなるか? 普通に考えれば、自分を襲ってきた相手が側に居るなんて恐怖しかない。第三者が居るから安心だなんて暢気になれる訳がない。(学術的根拠を略していることは恥じています)

箕浦は、諸戸に襲われた時にあれほど恐慌したのに、襲ってきた相手が側に居てもケロっとし過ぎなのである脱出できた時なんて笑いあっていたりする。

これらによって、「箕浦は同性愛を『生理的』に受け付けられない」ということを否定できる可能性が、十分にある。


同性愛への拒絶:あの夜まで

生理的』に受け付けられない訳じゃないのなら、箕浦の同性愛への拒絶はどこからくるのか。

実は学生時代の箕浦は、同性愛を拒絶していない。

諸戸が触れるままにさせ遊戯を楽しんでいたと言っているが、これってちょっとエッチではないですか? 私は『もてあそぶ』というよりも、遊廓でのお戯れみたいな印象の方が強かった。エロかった。

…脱線した。ともかく同性愛を否定する、拒絶する描写が無い。

ましてや「あつい手だね」というセリフは、諸戸と佐藤箕浦の両方が同時に口にする。

これは原作では諸戸が言い、簑浦も『私も同時に、火のような相手の掌を感じた』とある

あの夜、諸戸と箕浦は、本当は同じ気持ちであったのではないか。


同性愛への拒絶:あの夜から

しかし大人になった箕浦…いや『私』佐藤箕浦は、頻繁に同性愛を拒否する。

そして井戸の中、「今こそ、僕の願いを容れて、僕の愛を受けて」と請い願う諸戸を「あさましい!」とはね退ける『私』佐藤箕浦。

実はこのセリフ原作には無い。そして学生時代のあの夜は諸戸の方が言っていたセリフなのだ

「君は浅間しいと思うだろうね」と。

箕浦に『同性愛を持つ者は異人種』だと一番最初に植え付けたのは、他ならぬ諸戸であった。

そしてあの夜、「『私』は諸戸との関係はこれで終わったと思った」。

もし、もし諸戸が、自分で自分の気持ちを否定してしまわなければ、二人が結ばれていた可能性もあるのではないか?


『箕浦』の存在

あの夜の後、箕浦が大人になりSK商会に勤める場面から「過去の『私』」石田箕浦が登場する。

大人になった『私』佐藤箕浦は同性愛嫌悪感情を見せるが、石田箕浦は同性愛嫌悪していない。

諸戸が自分に恋していることを頭では理解しているが、そもそも同性愛をわかっていない。だから諸戸からの熱視線性愛アピール)をまったく感知できないし、諸戸からの接触に応えること・握手を求められた手を握り返すことができる。

スポットライトが当たらないところでの石田箕浦と諸戸は、まさしく「諸戸と簑浦は何か変だ」状態熱視線を送ったり触れようとしたり羞恥の色を見せたりする諸戸に、石田箕浦はまったく気付かない。A.T.フィールド固すぎ)

絶望的に脈ナシな究極のノンケ

原作の簑浦とはかなり印象が違うそう(私は一度推理完了するまで未読を貫く主義のため世論であるが)。

簑浦と箕浦、原作とは名前漢字が異なるし別人か? いや、そうじゃない。無意味な改変は絶対に起こらない。「虚偽の事柄を事実として書くことはアンフェア」だからだ。印象が違うなら、『変えた理由』と『変えても原作の簑浦を成立できる理由』がある。

石田箕浦が登場する前。佐藤箕浦が諸戸との関係は終わったと思ったあの夜。諸戸が泣きながら請うた内容は以下だ。

「君は分っていてくれるだろうね。分ってさえいてくれればいいのだよ。それ以上望むのは僕の無理かもしれないのだから 。だが、どうか僕から逃げないでくれたまえ。僕の話し相手になってくれたまえ。そして僕の友情だけなりとも受け入れてくてたまえ。僕が独りで想っている。せめてもそれだけの自由を僕に許してくれないだろうか。ねえ、簑浦くん、せめてそれだけの……」

諸戸が願った内容、これまんま石田箕浦じゃん……

石田箕浦は諸戸を友人として深く信頼しているし、井戸の中でなんて一緒に死ぬことすら受け入れている。諸戸の願いを、字面通りに叶えている。

しかし周知の通り、諸戸が心の内で望んでいたのは、彼の『死にもの狂いの恋』を受け入れてもらうことだった。


諸戸の望みと願い

諸戸は自身について怖れている描写が多々あった。それは自分の素性と性愛対象が『普通と違う』ことでもあったし、『父に命じられたから行っていたはずの不気味な研究にいつしか諸戸自身不思議な魅力を感じはじめていた』ことも大きいと思う。

強い劣等感を抱えた自意識と、強い罪悪感をもたらす超自我

我と我身を醜いと卑下すればするほど、美しいものを強烈に求め、美しくあるべきだという観念に囚われる。

諸戸の心の内の葛藤が『手記の秀ちゃんと吉ちゃん』そのものに見えた。諸戸の望み(イド)と願い(超自我)は大きく解離している。

箕浦が写し取ってしまった『同性愛を持つ者は異人種』という価値観、『親友という姿』は、諸戸が持つ美意識刷り込みだった。箕浦にとって諸戸は、本当に「美しい青年」だったのだ。


『私』と『箕浦』

石田箕浦は本当にクセのない、まっすぐな好青年だった。諸戸の理想とする『普通』がそこにあるように見えた。そして原作の簑浦とは印象が異なる存在

これはつまり、簑浦のイドと超自我のようなものが、『私』佐藤箕浦と石田箕浦に分かれて表現されているのではないか。一人の人間を二人で演じ、二つの存在(語り部の『私』と、簑浦のイド)を一人が演じているのではないか。

彼らの箕浦の分担は、紀州の孤島に着いてから大きく変動し反転してゆく。

井戸の中で諸戸に襲われ、完全に石田箕浦から佐藤箕浦に替わったのは、諸戸が望んだ存在が友人ではなく恋愛対象としての箕浦だったこと、そして諸戸の手によって「諸戸の理想とする『普通』」が壊されてしまったこと…『私』になった石田箕浦にも諸戸の姿は獣のようだと評されている。学生時代のあの夜に諸戸が否定をしてしまったこと、それの繰り返しだった。


『私』の恋心

そして秀ちゃんへの恋心を諸戸に恥ずかしいものと責められる場面。実はあれは原作だと簑浦のモノローグによる言い訳タイムとなっている。諸戸はそもそも丈五郎に捕まって、島に到着して以降会っていないというのだ。正確にセリフを覚えていないが、原作未読の私でも、最初に秀ちゃんから手紙を受け取ったシーンに諸戸が居ることに強い違和感を感じた(そして友人が原作では諸戸が居ないことを確認してくれた)。

よくよく考えれば変なのである。箕浦に恋慕を寄せる諸戸に責められる筋合いはない。初代に操を立てるなら諸戸の恋に応えることも恥ずべきことだし、諸戸に気を遣う必要だって本質的には無いのだ。(まるで『アイドル恋愛しちゃいけない』理論だ。)

ではなぜ超自我ポジションである石田箕浦ではなく、諸戸が責め立てるのか。

箕浦の美意識は諸戸の影響を強く受けているから諸戸の姿をしていたとも捉えられるが、それ以上に、常識的な葛藤だという以上に、箕浦の心の中に諸戸を慕う側面も幾ばくかあったから、秀ちゃんに恋する自分と、諸戸を慕う自分で対立したことを表現していないか。

佐藤箕浦はもちろん初代にも秀ちゃんにも惹かれているが、彼が箕浦のイドのポジションであるならば、諸戸のことも結構好きだった。(イドでなく単なる『私』なのだとしても、諸戸を見つめる視線に愛憎のような熱が込もっていたし、)諸戸との会話に深山木が入ってきたとき「早くないですか!?」と驚くのは二人の箕浦で、石田箕浦一人だけが言うと単純に時間が早かっただけに聞こえるが、佐藤箕浦も合わせて言うことで「諸戸との会話に邪魔をされた(もっと諸戸と話したかった)」かのような邪推ができてしまう。

海岸で諸戸を見付けるのも石田箕浦ではなく佐藤箕浦だ。

そして諸戸が握手のために差し出した手を『箕浦が握り返さなかった』時。諸戸は驚愕の表情で『私』を見る。見つける。実は、物語の始まりを告げる運命が廻りだすような音楽が流れて以降(犯人だと疑って諸戸の家を訪ねて以降)、諸戸が『私』を初めて見たのが、この『箕浦が握り返さなかった』時。

握り返さないのは、握り返すことに意味が生じてしまうから石田箕浦は諸戸の恋をまったく感知しない。そんな石田箕浦が握り返さないわけがない(実際に、諸戸に見つかってしまった『私』が顔を背けた瞬間、石田箕浦は手を握り返す)。つまり学生時代のあの箕浦が、心の中にまだ居たということ。

諸戸にとってはそりゃあ嬉しいことだろう。彼はそれ以降箕浦に話しかける時、佐藤箕浦を見てから石田箕浦を見る。ここからどんどん、『箕浦』の行動を表現するのが佐藤箕浦へ移行してゆく。


すれ違う二人

一度は友人として、諸戸と共に死ぬことも受け入れた箕浦。

しかしその結末を自らの手で潰す諸戸。

逃げながら箕浦は吼える。「死んでたまるか!」と。箕浦は白髪化するほどの生死の恐怖を体験したばかりだ。

諸戸に襲われるも未遂に終わり、命が助かることに深く絶望する諸戸。

井戸を出た二人は笑いあう。諸戸は箕浦が白髪化するほど生理的同性愛を受け付けないのだと認識したように、箕浦の白髪を見て泣いているように笑う。

そして箕浦の前に現れなくなった諸戸は、気持ちを遺して逝くことで最期にまた箕浦へ大きな傷を残す。




解説叙述トリックを駆使し隠された真意

先述の通り、私の推理動機叙述トリックを逆手に取った二人が相思相愛であったことの証明にある。

からくりが解ってみると、どうってことない・ただ上演されているものそのままに過ぎないのだけど、ここに辿り着くまで本当に一週間ひたすら睡眠時間を削って悩んだ。二回目に観劇した時などは、とにかく正確に推理するためにありのまま最前列からガン見してきたのに、どうあがいても悲恋という現実に心が折れそうになった。マジで。実は二回目に最前列観測した時よりも、初見H列サイドから観劇した時の方がイイ線いってたよな(納得の仕方はブッ飛んでるけど)と思う。

で、共に推理していた友人が先に原作叙述トリックに気付き、簑浦と諸戸のBLは成立しているという解を出してくれたので、二回目の絶望した記憶で観劇を終えるのもなんだし推理はやめて初見のつもりで観劇しようと思って向かったのが三回目の観劇。最後尾辺りの補助席。

しかし驚くほど新たな発見がまたどんどん出てきたうえ、深山木のセリフによって私は舞台も叙述トリックを使ったミステリーなのだ確信してしまう。

これは原作にもあるセリフらしいのだが、深山木がトリックについて思わせ振りなことを言うシーン。そのセリフが完全に『叙述トリック説明』になっていたのだ。聞いた瞬間、震えが走った。

本作がミステリーであると気付けるように、最初から以下の違和感と解法が提示されていた。

さて。ここで疑問に思われることがあるだろう。なぜ叙述トリックを使用しているのか? 隠したいものは何なのか?

この件について私は非常に貴重な体験をする。

本作の大好評っぷりと、推理に明け暮れ神経衰弱している私を心配して、友人が本作を観劇してくれた。三回目観劇の日、偶然スケジュールが合って友人2人(友人Aと友人Bとする)と一緒に観ることができた。終演後、私はわくわくしながら二人に感想を求めた。

友人A「箕浦殴りたい……不快過ぎて体調悪くなってきた……」(※意訳)

当時、箕浦殴りたい勢は最大勢力に感じた。過激箕浦擁護派も0ではないが、大多数が箕浦(おそらく『私』のみ)に不快感情を持っていた。冗談ではなくガチで友人Aが苦しそうにしており、私も初見後は物凄くモヤモヤしていて苦しみがよくわかるので、少しでも気が晴れないかと友人Aと対話することになる。



不快感を分解していく。

友人Aは非常に言いに難そうに、しかし押しかかる不快感から助かるため、意を決して打ち明けてくれる。

友人Aも不快の対象は『私』にあり、その根源を追ってゆくと友人自身が「『拒絶』されるのが本当に無理」だから、諸戸を拒絶しているのに側に居た『私』を悪だとした。

増田「拒絶することを『悪』だとするなら、今『拒絶を拒絶』している友人Aも悪だということになるでしょ? 友人Aは悪なの?」

結局友人Aには私の初見感想を読んでもらい、加えて私の心の闇()もひっかかった話をしたことで、とりあえず翌日出社できるレベルには不快感が晴れたと言ってもらえた。良かった。

さて、私は友人Aと対話して思った。「もしかして江戸川乱歩のやりたかったことってこれでは?」



感想を書いた方ならわかると思うのだが、感じたことや思ったことの根拠を話そうとすると、自身についての話、しかも心の闇()の部分を語らないとどうにも説明できなくなってしまう。

私も推理ログ含め大量に書き残したが、心の闇()を除いても、暗闇マジ怖い体験とか、無意識下の生理的拒絶は実在するよ体験とか(思えばこいつが二人の恋の一番の障害だった)、とにかくネガティブ体験談バンバン出てくる。

共に推理原作解読した友人も、舞台の感想を書こうとしたら闇にぶち当たって、書くのを控えようとしていた。(Permalink | トラックバック(0) | 22:47

2017-02-14

味覚の違い 食の幸せ

この間、会社の同僚と飲んだ時に何で今の配偶者結婚たかの話になった。

皆は性格だとか、お金だとか、容姿だとか、まあよく言われる理由が多かった。

私は背が高い女性が好きなので、そういったことを言ったが最大の理由は味覚が合うこと。

私が子供の時、両親はよく味覚の違いからくる揉め事が多かった。

その時は別に大きな問題とは考えなかったが、社会人になってその重大さを再認識した。

私は生まれも育ちも石川北陸人。更に小さい時から毎年何回も大阪に行っているので関西の味が舌に染みついている。

社会人になって付き合った彼女は生まれも育ちも千葉で私とはまるで味覚が違う。

その彼女料理が好きで色々と作ってくれたが、味覚、好みの違いが鮮明に表れ、楽しくて美味しいはずの食事不思議とそうとは感じないこともあった。

人は普段意識しないが、生まれ育った土地の味に慣れており自然とその味を欲するのだと思う。

やはりその味が美味しく、安心する。私は関西の味、彼女関東の味がそうだったのだ。

その彼女とは味覚の他に色々と合わないところがあり結局は別れたが、パートナーと味覚が合うということは非常に重要と考えるようになった。

何せ、食は人の3大欲求の1つと言われるほど重要だ。

お互いに味覚が合わない料理を何十年と作り、食べ続けることを想像してみて欲しい。耐えられるだろうか?

私には耐えられない。たとえ容姿が良くて性格が良くても耐えられない。

食は大事だ。食は普段生活にも大きく影響を及ぼし幸福感にも大きく影響する。

色々と考えた結果、私は今の環境(出会いの無さ)とこの食の問題からお見合い結婚相手を見つけることにした。

条件は①背が高く②メシマズではなく③関西まれ育ちの3つ(※ここでいうメシマズは味覚崩壊系を指す)

結果、見事にこの条件に当てはまる相手を射止め、結婚することができた。

結婚して普段食生活はどうか?

美味い。晩御飯毎日美味い。安心する。幸せを感じる。関東に住んでいながら毎日関西の味を味わえる。

お互いが味覚が合うことというのは共に食を楽しめることに他ならない。

それ故に外食もそりゃもう楽しい相手お気に入り自分お気に入りでもある。

好きな人と2人で「これ美味しいねー」と言いながら楽しむ時間は至福のひと時だ。

だが心配事もある。我々の子供はどういった味覚になるのか。

外に出れば関東の味、家の中では関西の味。

まだ1歳だが、そのうち「この味おかしい」と言うようになるのだろうか。

ちなみに、私はメシマズを避けそうではない人と結婚した。

メシマズは人を不幸にする。それはトイアンナ氏の記事を読めば一発でわかる。

メシマズ離婚にまで発展する重大な問題なのだ

旦那さんは我慢して食べればいいかもしれない。だが、子供にその食事を食べさせるのか?

それこそ私は耐えられない。きっと可哀想だと感じてしまうだろう。

料理は男女関係なく出来た方が良い。

それは間違いなく自分幸せにし、人生を豊かにしてくれる。

まとまりが無いが、なんとなく感じたことを書いてみた次第。

「人の宗教を笑うな」

なんだろう、胸が色々と痛くなってる。自分の中にこんな感情存在するのか。yahoo!トップに踊り狂う、幸福科学文字新興宗教危険な敵というストーリーは、とってもわかりやすくて、スマホを覗き込むバラバラな「個人」となった僕たちに、そいういや日本人という集団の一員だった!とアイデンティティを再認識させてくれる。気持ちいいよね。

俺の父も、今回の清水さんとほとんど一緒。20年くらい前に”幸福”を求めて出家したんです。今回の騒動で「出家」なんて言葉使うんだと驚いてるんだけど、普通企業をやめて宗教団体職員になった父。出家、というのを”瀬戸内寂聴”と、お笑い芸人さんが笑いに変えていたみたいだけど、実際は坊さん的な状態になるわけでは無いと思われる。髪の毛もそのままでいいだろうし、食事制限もなさそうだ。お寺というより、彼らの趣味教会に近い。建物は大体、古代ローマ神殿みたいな感じ。父がお祈り用の仏壇みたいなのを部屋に持ち込んだ時期があったけど、ドラクエばっかりやってた俺は「これはもしや…ダーマ神殿!?」と思ったものだ。

父はずっと家にいなかったから、俺と家族宗教への接点はほどんどなかった。そんな俺が「幸福の科学」のコミュニティに具体的に触れたことがあるのは、人生で3回。


大川隆法スーパーライブin東京ドーム

コラム】すごい昔「幸福の科学」の東京ドーム集会に潜入した時の話

http://rocketnews24.com/2017/02/13/862050/

これだよ、まさにこれ。リンク先見た途端、記憶のドアが開いた。23年前だから、当時10歳足らずの俺を、まだ宗教のことをよくわかってない母親がビクビクして連れて行った。姉は物心つく年齢だから置いてかれたんだと思う。この記事のように15歳くらいで見に行ったら、裏読みで楽しめたかもなんだけど、俺の脳が危険を察知したのか具体的な内容は覚えていない。(ただ竜に乗ったシーンは、リンク先を見ることで蘇った。脳すごい。)ただ、イベントが始まるとき、彼らにおける「お経」みたいなのをみんなで読むシーンだけ、今でも覚えている。周りは自分より背の大きな大人たちで暗いブルーな照明。黒山の人だかりが一斉に立ち上がり、全く前が見えなかった。子供ながらに感じたのは、大人たちの高揚感と空気。内容は違うにせよ、大人になって同じ場所ミスチルコンサートを見たときと、感じ取る空気感は変わらない。彼らにとってはハレの日であり、インディーズバンドメジャーデビューするような、お祭りだったんだね。


東京都内のどっかの集会

これも小学生の時。父親仕事を見る、的な学校課題があったのか?母と見に行ったら、ダーマ神殿内部の集会場みたいな場所で、老人相手に説法を説いている父がいた。イメージ葬式後に坊さんが喋る、ありがたい系の話だったような記憶がある。職員はそこの運営をやったり、教えを説いているっぽい。今回の清水さんは広告塔しての貢献度が高いから、映画出演や広報選挙戦出馬とかさせられるんだろう。ただ出家して職員になったら、教えを広めるのが基本の仕事だろうから、まあ似たようなイメージなのかと推測する。


総本山的な施設での墓の説明

これは大人になってから、なので7年くらい前かなあ。父親から話がある、と、おそらく人生一度きりになるだろう召集がかかった。どっかの山奥。この施設永代供養できる場所があり入りたい。お前の了承が欲しい、と。俺とか母は嫌なら自分で別の墓を選んでもいい、みたいな確認をして、かくかくしかじか。結局了承したんです。ずっと避けていた父の決意というか意思の固さやピュアさを前にして、何も言えなかった。というか、あれ?自分に彼を否定できる根拠ってあったっけ?とも感じました。他者への想像力の無さも、自身の信念があまりに脆いことも体感した。あの時は、あまりに無力だったなあ。んで、ずっとその場所っておじさんの声で呪文テープで流れてるんですよ。なんかこりゃ聴いたことあるなあ?って思ったら、あ!16年前の①のライブセットリスト1曲目のやつ!


散々コスられてきているように、俺もネタっぽく書いたように、”普通”とか”世間”と比較して見ると、みんなで嘲笑できるトンデモ面白い対象なんです。


③の施設見学したんだけど、彼らにはコミュニティがあって(地方経営難ゴルフ場なんかを買い取って作ってるから相当疎外された感はある)そこに怪しい金ピカのモニュメントとか作って、学校なんかも作っている。隔離されて、オリジナルの歌とか教科書とかを元に教育を受けるのだろう。子供はそれが当たり前だと思うんだから洗脳されちゃうよね。歴史教科書とかは興味本位で見てみたい。勝手に乗り移って本出せちゃうくらいなんだからアパホテルなんて比じゃないクオリティなんだろう(と予想される。ちゃんとした内容だったらすみません)。


出家して職員になった父を憎んでいたけど、尊敬していることもある。自分が信じている絶対世界を全く家族押し付けて来なかったこと。これは問題になっている清水さんの両親と圧倒的に違う差だと思う。本来自分課題や状況に合わせて、必要から門を叩く存在であるのが宗教だと思うんだけど。生まれた時から両親から信じ込ませられてしまったら敵わないでしょう。まあ信者の人からしたら、身近な子供自然教育してしまうんだろうし、そうやって宗教って続いてきた歴史もあるんだろうけけどさ。”必要とされている人”のところに、クリーンに行き届けばいいのになあ。


時は流れ、俺は結婚して子供が生まれた。寝息を立てる愛しい我が子を左横に見ながら、ベッドの上で増田投稿する文章ぽちぽち考えている。iPhoneスクロールしていくと、件のニュースに紐づいた感情的ヤフーコメントたちが姿を表す。”普通”の感覚からしたら、よくわかる。だけど自分が生きている世界が、価値観が、本当に正しいと”信じ込んでいる”という側面では、どっちも50歩100歩じゃないなのでは?とも思ってしまう。信じる人にかける言葉も、感情的コメント欄の彼らにかける言葉も、想像してもあまりにも答えがなくて、難しくて。どちらも真剣で、本当は笑っちゃいけない気がするんですよ。


そして自分の子供が物心ついた時にどんな言葉をかけられるのだろう。誰かを嘲笑するのをためらう想像力と、自分が信じるに値する経験を積んで欲しい。それってどう教育すりゃいいのだ?難しくね?

答えが出ずに途方にくれる、新米父さんの自分語りにお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

http://anond.hatelabo.jp/20170214124648

2世信者になったから「親に洗脳された」なんて言うのは辞めた方がいいよ

親と同じ道進むのも、別の道進むのもその人の人生

 

俺の父親も25年くらい前に”幸福”を求めて出家したんだけど

https://archive.is/M73xm

親が悪い→少子化

子供が悪さしたり、バカだったり、不幸な目にあったりする  

↓  

親が悪い、親がしつけしろ、親が監視しろ、親の資格なし、親がバカから、親の責任、こんな親の元に生まれ子供がかわいそう、子供は親を選べない  

少子化不可避じゃね??  

昔は地域社会コミュニティ、もしくは親以外の家族サポートする役割を担いつつもしがらみ地獄だったかもしれないけど、あまりにも親の責任を強調しすぎていてこの状況で子供産もうって輩は無計画中出し組以外ありえなくね?まともな人間ほど避けるよな?子供産むのは困難でありリスクしかいから。少子化はよく経済問題だって言われるけど、教育費とかかかるのもその通りなんだけどそれ以外に親がそれだけの責任を背負えないっていうのがあるんじゃない?女手一つで育てたとかよくやったと思うけど、よほどの人格者でないと子供はまともに育たないし、普通に考えて誰の世話にもならず公的補助も不十分で保育所にも入れらなくて働きながら自分以外も食わせていかないといけないとかマゾゲーでしょ。無計画中出し組の猿以外は最初からその道避けるでしょ。今の状況で少子化必然だって。金だけの問題じゃなくて責任問題。余裕なさすぎ。かといってしがらみ地獄に戻すのは人類退行現象だし、理想的モデルフランス北欧みたいな国家による育児補助型の社会福祉なんだろうけど、日本はジジババの対応必死で構ってられない。社会全体で子供を育てていこうって気概があまりにも無い。親が悪いっていう態度が残る限りこの国は子供を育てることに真面目に取り組まないし、子供生むこと自体が苦難で有り続ける。逆に言えばそんな状況でも子供産んで育てられるってのはレア幸福享受だとも言える。もはや子供を持つの責任能力の高い金持ち中出し組の特権だね。

http://anond.hatelabo.jp/20170214075825

その幸福イメージが正しいなら、増田は一生幸せになれないじゃない。『夜と霧』でも読めば。

あなた幸福イメージってなんなの?

よく不幸だとか底辺だとか増田問題にするけど、結局どうなりたいの?

 

俺のイメージする幸福はこんな感じです。

健康でいて、衣食住に困ってなくて、比較暖かい気候土地木造北欧住宅に住んでいて、近くに湖畔があって植物豊富なの

陽は暖かく天気のいい日は外にテーブルを持ち出してそこで家族そろって食べる

俺と奥さんと息子と娘の4人で笑いながら食卓を囲んで飯を食う

俺の両親はもう死んでしまってるけど、大往生していて写真とか飾ってあん

仕事行ってくるーっていって山で適当に薪を集めて街に売りにいくだけ、誰にでもできる仕事

子どもたちは教会にいって勉強して終わったら外で遊んでる

家に帰ると家族が待っていてみんなで夕食を食べて満足して奥さんと一緒のベッドで眠る

きっと寝る前に神に祈りを捧げているんだろう

それ以上のもの必要なくてただ家族があってお互い愛し合って楽しく朗らかに健康的に暮らす

そんな暖かくて全てから許されたような生活が俺のイメージする幸福です

 

まあ、俺は年収300万で奥さんどころか恋人すらいない、

そろそろ三十路になるキモくて金のないおっさんです

社会に出れば心の中で悪態ついたりあれが欲しいこれが欲しいと思っても

本当に欲しいものは手に入りません、一生

なのでもう諦めました

絶望する余地もなくなったので流されて生きていきます

もし宇宙が生まれ変わったらこんなイメージ幸せ世界に生まれ変わりたいです

それくらいが唯一の希望です

愛が欲しかったし、愛を与えられるスペックで生まれてきたかったです

おしまい

2017-02-13

世界救済の前にまずは責任を全うすべき

清水富美加芸能界引退して幸福の科学出家するというニュースで、テレビネットちょっとした騒ぎになっている。

引退する本人は、今後は世の中の人幸福にしたいとか、明るい未来を語っているみたいだけど、世界幸福にする前にまず、やり残した仕事を終わらせてから芸能界を辞めるのが先じゃないの?

仮に本人が言っていることが本当だとして、彼女が属していた芸能界事務所ブラックだったとしても、今現在彼女がかかわっている撮影仕事はあるわけで、関係者彼女一方的引退に振り回されている。

まり彼女は周囲の人達を不幸にしたまま、芸能界を去った。

目の前の問題をきちんと片付けないで去るような人が、本当に世の中をよくしたり、他人幸せにしたり出来るのかな。

出来る訳がない。

信仰は個々の自由からいいけど、彼女の言い分には身勝手さが目立つ。

芸能界仕事彼女には合わずに辛い事ばかりだったのかも知れないけど、私の目にはどうしても、「出家」を隠れみのにして彼女責任逃れをしているように思えてしまう。

世間を捨てて出家の道を選んだのも、本当に本人の意志なのか疑わしい。

人は問題に直面して苦しんでいる時、自分肯定してくれる誰かの言葉にすがりたくなる。

彼女の背後にどんな崇高な守護霊がついているのか知らないけれど、自分に都合のいい部分にだけ飛びついて、目の前の「今」一番大事問題から体よく逃げてはいいかな。

人生問題は、体裁よく回避したつもりでも、いつかまた違った形で繰り返し訪れるもの

彼女にとっては人肉を喰う役を演じるよりも世界救済が早くしたいのかも知れないけれど、彼女のせいで迷惑をこうむっている人達真摯に向き合って、やるべきことを全て終わらせるのが先決だと思う。

じゃないと宗教家どころか、ろくな人間に育たないと思うわ。

もしも今、彼女精神状態不安定過ぎて仕事の続行が難しいなら話は別だけど。

良い女は気持ち悪い人や既婚者にも声かけられるが、同時に良い男にも声かけられる。

良い男を彼氏・夫にして変な男ブロッカーになってもらっているか安全幸福暮らしている。

もてない女は気持ち悪い人や既婚者にしか声かけられない。っていう説、本当に真実だと思う。

 

気持ち悪い人や既婚者にすら声かけられないほどもてない女ってほぼ居ない。

地味なブスという感じでも、気持ち悪い人や既婚者には声をかけられている。

から男にとってのもてなくて不幸というのと、女にとってのもてなくて不幸というのは、レベルが違うんだよね。

結局みんな不幸じゃねーか

ホッテントリ見てると、やれ「バリキャリ辛い」だの「専業主婦辛い」だの「毒親が辛い」だの「発達障害辛い」だの、そんなエントリばかりだ。

みんななんでそんなに辛いんだよ。なんでこんなに豊かになったはずなのにみんな不幸なんだよ。

多分このままの意識だとみんな一生不幸だぞ。周りを変えようとする前に自分幸福閾値下げろよ。

NHKスペシャル「見えない貧困未来を奪われる子供たち」を見た

2017/2/12、日曜の21時から放送

概要

・全世帯可処分所得中央値の半分以下である世帯貧困定義。この定義だと6分の1の子供は貧困になる。

貧困調査において「剥奪指標」を用い、物的資源の欠如、つながりの欠如、教育経験の欠如の3点で調査した。

・この子供の貧困放置した場合、低収入などで42.9兆円の社会的損失が予想される。

先進国は「相対的貧困」で、途上国は「絶対的貧困

貧困の子供は、苦労している親を助けられないジレンマや、自分の将来に楽観が持てないことで自己肯定感が低くなる。


感想

番組ではその現状を伝えることが目的だったので具体的な解決策まではありませんでした。

でも深刻さが十分伝わったことで、有意義だったと思います



剥奪指標である、物的資源の欠如については、「ジモティー」みたいな需要供給マッチングサービス有効かと思いました。

こういうのを国主導でやれないのでしょうか?

開発費、運営費が具体的にどのくらいになるかはわかりませんが、生活保護に比べて、費用対効果は大きいんじゃないかと思いました。(効果とは国民生活水準向上、幸福感です)

ジモティーでもいいんですが、国がやって、すべての国民が知って使うようになると、ますます有用性が高くなると思うのです。



あと、つながりの欠如については、

デンマークのコウハウジングコミュニティーみたいな、大きなスペースの中に各家族プライベート空間を持って住み、家族間を超えてつながりを持ちやすくするような住形態あったらいいなと思いました。

今後は過疎化していく地域などでも、こういった助け合える、つながりを持てるような場が必要だと思います

結局は必要になってくるものなら、これも国がインフラとして作ってもいいと思います



教育経験の欠如については、

コミュニティーができれば、レクリエーションなどで、遠くへ旅行できずとも色んな思い出が作れると思うけど、塾レベル教育は難しいと思います




今回の番組を見て、国がもっとお金出したら良いのにと思ったのは、42.9兆円という社会的損失です。

それは結局は生活保護などで補填しなければならない損失になると思います

損失がそこまで大きくなる前に対策できるのであれば、それにはある程度のコストはかけていいと思うんです。



視点だけではありません。

貧困の子供は自己肯定感が低くなるということで、自立して生きる力が育たず、幸福感を得れない人が増えると思うのです。

最近就職の安定志向や、専業主婦願望といったものは、自分で生きていく自信のなさの表れだと感じます

安定はすぐに飽きます自分の力で生きていくことの幸せを知らずには、不満が増えるだけでしょう。

不幸な人が増える事自体、憂慮すべきですが、それによる社会問題も増えます人間が荒めば社会も荒むでしょう。



他に、意識についての教育必要だと思いました。

上に挙げたインフラをただ整えるだけではうまくいかないと思います

日本貧困は「相対的貧困」というもので、紹介された子供たちは生きていけないレベル貧困というわけではなく、

日本生活水準における相対的貧困、他の一般的子供たち、友達と同じように物を買ったり旅行ができなかったりすることが問題でした。

まり他人比較することで貧困を感じ、不幸な気持ちになるということです。

コウハウジングを作っても、他人を信頼できない人は快適な生活はできないし、そこに住むという劣等感が拭えなければ幸福になることはないでしょう。

これは、意識次第と言うこともできます。ですがその意識を変えることは容易ではありません。



この意識への教育学校でできないかと思うのです。

今の道徳倫理の授業では何を教えているかはわかりませんが、

生きていく上で本質的重要な、自己肯定感を高めることや、他者比較競争しなくてもいいということなど教えたり、

勝ち組になりたいと思わざるをえない環境をなくして、強くて幸福子供が増えると、いじめをする動機すら薄まると思うのです。

これも国主導で、社会学者心理学者を集めて、国民意識を良いものにしていくための教育作りはできないんでしょうか?




好き勝手に疑問や提案をしてきましたが、

国がどこまでやっているか、何を試したのかを全く知りません。

ただこの問題について共有したいのと、有識者トラバとかで教えてくれないかと思って書きました。

2017-02-12

人生エンディングテーマは何がいい?

自分人生エンディングロールに流すとしたら、何の曲を流す?

どんなエンディングか、が重要ではあるけどさ。

どんなエンディングにしたいか、と考えてみてよ。


自分なら、

ハンバートハンバートの「幸福論Z」か

ビートルズの「revolution」かなあ。


生きるのがつらくなったときに、これを考えると、少し楽になるよ。

OP歌詞から読み解く『けものフレンズ』の隠されし歴史世界観!!!

あらかじめ、簡単にまとめておくと、

けものフレンズ』のOPソング「ようこそジャパリパークへ!」は

その一見人畜無害に見える歌詞に、人類がジャパリパークへ至るまでに辿ってきた道のりや設計思想を隠している。

ファンにとってはもはや常識の部類であろうが、啓かれていない野蛮なインターネット民衆たちにはまだまだ広まっていないであろう。

人類のよりよき未来のため、「ようこそジャパリパークへ!」の歌詞解説をここに記す。


Welcome to ようこそジャパリパーク!

今日もドッタンバッタン大騒ぎ

歌い出し。「ドッタンバッタン大騒ぎ」とは戦争前夜の政治的な混乱を暗示している。


うー!がぉー!

「うー」が「おー」になる言葉とは何か。そう、War である戦争がはじまったのだ。関係ないが SEKAI NO OWARI というバンド名には NO WAR という文字列が潜んでいる。


喧嘩して すっちゃかめっちゃかしても仲良し

喧嘩してすっちゃかめっちゃか」になった時代を経て、けもの進化したことで今ではすっかり仲良しになれたことを感謝している。


ものは居ても のけものは居ない

本当の愛はここにある

「けものは居ても のけものは居ない」は一般的に「みんなちがってみんないい」の謂だとされがちであるが、誤読である

どんな社会には一定のはみ出し者は必ず生まれる。それが発生しないということは、そもそも排除されているからだ。

ジャパリパークは初めから「のけもの」を拒絶するようにデザインされた場所なのだ

我々はここでナチス蛮行を想起し、戦慄をおぼえざるをえない。排他的国家称揚される「愛」とはどういった類のものか――?

ともあれ、「ジャパリパーク」建設理想燃える人物が現れた。その人物は長引く戦争によって疲弊した人類世界を次のレベルに導き平和をもたらすために、ある行動に走ることとなる。


<<

夕暮れ空に 指をそっと重ねたら

<<

きのこ雲を暗示。

そう、ジャパリパークの設立者は単なる戦争破滅約束された核戦争へとひきあげたのだ。


振り向けば あちらこちらでトラブル

なんてこった てんでんバラバちんぷんかんぷんまとまんない

核兵器投下後の街で、街が大混乱に陥っている様子を活写


ものですもの 大目に見ててね

みんな自由に生きている

そう 君も飾らなくて大丈夫

我々の生きる現代と遠未来のジャパリパークをつなぐミッシングリンク――核戦争後の『マッドマックス』的終末世界で人々がたくましく生きる様子を描いている。

何を「大目に見る」のかといえば、無辜民衆から暴力資源や食料を略奪することだ。万民が「獣」になってしまった世の中だからしょうがないだろババア、ということである

みんな「獣」になってしまったので「自由に生きている」わけである

安価で高品質大量生産衣料品も失われ、この時代の人々はみな古代人のような粗末で簡素服装をしている。アクセサリーなどは一部の特権的支配階級しか許されていない。だから「君も飾らなくて大丈夫」。


(はいどーぞ♡)

Nice to meet you ジャパリパーク!

今日からはどうぞよろしくね

荒廃した世界蔓延する暴力、無法なる秩序――もはや人類安息の地はないのか?

絶望にくれた未来人の前に「はいどーぞ♥ はじめまして!」と登場したのが我らが理想郷ジャパリパークである


いつもいつでも優しい笑顔 君を待っていたの

開かれた扉(ゲート) 夢をいっぱい語ったら

どこまででも

続いてくグレイトジャーニー

Oh 東へ吠えろ 西へ吠えろ

世界中に響け サファリメロディ

ジャパリパークによる旧世界浄化を歌っている。

ヨハネの黙示録」第四章:「見よ、開いた門が天にあった。そして、さきにラッパのような声でわたしに呼びかけるのを聞いた初めの声が、「ここに上ってきなさい。そうしたら、これから後に起こるべきことを、見せてあげよう」と言った。」

まさにその門(ゲート)から世界を滅ぼす災厄の獣や四騎士たちが「東へ西へ」放たれたのである

世界中に響くサファリメロディ」は獣たちの咆哮であるとともに、天変地異を報せる天使のラッパも暗喩しているものと考えられる。


―Welcome to ようこそジャパリパーク!

サビの一節だけを印象的に挿入することで、新世界誕生を強調。


うー!がぉー!

ララララ ララララ Oh, Welcome to the ジャパリパーク!

ララララ ララララララまれ友達

ララララ ララララ Oh, Welcome to the ジャパリパーク!

ララララ ララララララ 素敵な旅立ち

ようこそジャパリパーク!

ラララ」というコーラスで、言語思考多様性を切り捨て幸福統一されたユートピア・ジャパリパークの状況を示唆

そこでは「welcome」されたフレンズが「集まって」わいわいし、いつか「素敵に旅立つ」=死ぬ。それだけでサイクルが成り立つ。

それは完成された世界だ。

それは完成された福音だ。

ようこそジャパリパーク!

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