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はてなキーワード: 必要とは

2017-01-19

http://anond.hatelabo.jp/20170119024721

電子書籍読むにはタブレット必要

近頃家でもPCいらなくて、タブレットで充分だなと思う事が頻繁にあり、

家庭PCの買い替え需要に合わせてうまくタブレット需要一変させれば

日本電子書籍の普及あっという間だろうなと度々思う

http://anond.hatelabo.jp/20170119005950

ごちうさゆるゆり、にゃんぱす、這い寄る混沌、ガブリールドロップアウト」に無くて

あずまんがけいおんハルヒ」に有るものは、強い物語性というか、起承転結がはっきりしている点でしょうかね。

冬なら1日中こたつグダグダと30分しゃべるだけでも作品が成立するのが前者で、

後者スキーに出かけて遭難して、死の危険覚悟するも最後に無事助かるくらいの話が必要になる。


次に何が起こるか期待して前者を観ているのに、特に何も起きないのでイライラするんじゃないかと。

http://anond.hatelabo.jp/20170119000305

インフレを最も必要としているのは国家肥大化させようとする人たちですよね

最小国家主義者規制緩和観点から国家肥大化抑制観点からも、

最低賃金の無理な上昇を批判するのは、頭がおかしいと言われるほど論理破綻していないと思います



まぁ、言いたいのは「最小国家主義者は頭がおかしい」なんでしょうが

それはこのエントリ趣旨からは外れていきますし、もう夜も遅いのでまたどこかで

社内からガチアスペ排除できる水準の企業を目指す重要

寛容さだの定型発達でも働きやす企業だのいったところで

結局のところアスペとともに仕事をするというのは

仕事をするうえで必要コミュニケーションに余計なボランティア通訳作業が付いてくるようなものなので

自分QOLをまじめに考えるのであれば可能な限り努力してガチアスペが入れない水準の会社入社した方がいい

それだけで働きやすさがだいぶ変わる

2017-01-18

生活保護仕事をなめんなよ

http://nariblog.com/seikatsuhogo-namennna/

現役のケースワーカー(※生活保護担当職員のこと。受給者支援保護給付します)です。

眠いので、細かな数字とかは割愛して、書きたいことだけ書きます。乱筆乱文本当に失礼します。

後日余裕があったら、細かなエビデンスとかを挙げます文体も訂正するかもです。


上記の論点は、1.「不正需給を許さない」という主張は正しいか問題ない、2.ジャンパーに至った経緯(切り付け事件)を考慮しないのはおかしい、であります


1については、「不正受給を許さない」ということは当たり前なので、言うまでもないことです。ですが、何もそれを日常業務特に受給世帯の方々と接するときに)にあえて前面に主張する必要もないでしょう。

2についてもマスコミ報道が背景に迫らず、現象だけを追っている批判妥当だとは思います

ですが、「切り付け」られた→なめんなジャンパーというのは短絡的すぎませんかね?


私が一番に違和感を感じるのは、この主張に保護受給者の心情とケースワーカー行政)の立場関係性が抜け落ちている点です。


良いですか?もしも、あなた生活に困って支援を求め、保護受給した立場だったら?

ジャンバーに①「不正受給は許さない」と書かれたケースワーカーと、②「あなたを精一杯に助けます」と書かれたケースワーカがいたとして、どちらを信頼しますか?①のようなケースワーカー自分のことを正直に話して、アドバイスを受けて、素直に従う気持ちになれますか?


ケースワーカー仕事受給者の方との信頼関係を構築することが求められます

これは非常に重要です。これがなかったら仕事になりません。信頼関係が気づけなかったら、支援なんてできません。誰だって信頼できない人の意見を素直によく聞こうなんて思わないでしょ。


不正受給と言いますが、全体の保護費総額のコンマ数%の世界です。さら不正受給の多くは、面倒くさがって(あわよくばという気持ちもあるとは思いますが。。)収入の申告を怠っていたくらいのもので、悪質と言えるものさらに僅かなものになります。(不正受給が良いと言っているわけではありません。)

ちょっと解説しますと、生活保護は足りない部分を補う制度なので、収入があったら申告してもらい、その分保護費を減額する必要があります


私の意見ですが、今回の事件の何が一番不適切かということ、受給者の方を委縮させ、信頼関係を損ねるようなことをして、ケースワーカー自らが自分仕事をやりづらくしているということです。

自分の首を絞めていることに福祉事務所の誰も気づかないなんて、「ばか」ですよね。


彼らに言いたいです。

生活保護仕事をなめんなよ。」

http://anond.hatelabo.jp/20170118201550

大きいと、下手糞な場合、すげぇ嫌がられるよ。

から、上手くなるために、すげぇ努力したよ。

初めてイったとかよく言われるけど、まぁ、挿入までに1時間とか普通になっちまうから、お互いにエネルギー必要になってくる。

この日セックスする、と決めたらお互いにその日に向けて体調管理するぐらい。

それでも経験の浅い子だと、バックとか無理。子宮の逃げ場が無いから、内臓がモロに持ち上げられて、どうしても痛みや違和感を感じるらしい。

正常位だと、子宮の下側を上手くすり抜ける。

で、そういう事を色々経験して判るのよ。普通ちんこの持ち主って、俺ほどはセックスに色々とリソースを割いてないんだなって。世間殆どの男はセックスが下手で、別に下手なままでも普通に挿入して痛がられずに普通にイクまでプレイ出来るから、下手のままで何も困らないしね。

お前らの何倍も努力して、ようやく「大きなちんこ」に見合う男になれるわけだよ。それって、そこまで人生リソース割く価値あると思ってる?

最低賃金が上がれば庶民暮らしが良くなる・・・わけねーだろ

最低賃金が上がると庶民暮らしは良くなるどころかむしろ悪くなる。

なぜなら最低賃金が上がると暮らしが良くなるという論には、

最低賃金が上がっても、いままでと同じ労働環境で同じ時間だけ働ける」

という間違った前提が存在するからである



①:オーナー1人とバイト5人でまわしているコンビニを考える。

簡単のため、どの時間帯でも時給は一律750円で、24時間2人シフトとする。

(つまりオーナーと5人のバイトはそれぞれが毎日8時間ずつ働いている)

このときバイト年収は750*8*365=219万円である

また、人件費を除いた一日あたりの利益は44400円とすると、

人件費考慮した一日あたりの利益は44400-750*40=14400円であり、年間では14400*365=525.6万円となる。

googleによるとコンビニオーナー年収の平均は550万円程度であるので、まあ妥当な値だろう。



②:さて、最低時給が1000円になった。

今までどおり、一日8時間働けるなら、バイト年収1000*8*365=292万円となり年間73万円も増える。

しかし、もちろんこうはならない。

バイト給料が上がった分、オーナー年収は(44400-1000*40)*365=160.6万円と大きく下がる。

これでは暮らしていけないので、オーナー比較的暇な時間を1人シフトにすることを考えるだろう。

例えば、24時間のうち、8時間オーナーバイト1人、6時間バイト2人、10時間バイト1人とすると、

オーナー年収は(44400-1000*(8+6*2+10))*365=525.6万円と前と同じになる。

このときバイト年収は一人が1日あたり6時間働くことになるので、1000*6*365=219万円である



③:①と②を比較してみよう。

オーナーバイト年収は変わらないが、バイト労働環境はどうだろうか。

①の常時2人シフトに対して、②では1人シフト10時間あるが、

すき家の例を引くまでもなく、1人シフトでは仕事量は倍以上になり強盗などのトラブル確率も上がる。

一方で、①より②のほうが労働時間は2時間短くなる。

しかし、、他の店でも同様にバイト仕事量は減っているため求人の奪い合いとなり、

短くなった2時間を使って他で働くのは難しい。



なお、上記の例は比較的に余裕がある場合である

すでに店を維持するぎりぎりまでバイトを減らしている場合には、

オーナー過労死覚悟して働くか、店をたたむかの選択になる。

まり、早いかいかの違いはあれど、どちらにせよ店は無くなる。

店がなくなるとそこで雇われていたバイト給料は"ゼロ"になり、

前述のとおり他の店の求人も減っているため次のバイト先は見つからない。



④:まとめ

以上のように、単純に最低賃金を上げるだけでは、生活は楽になるどころかむしろ苦しくなる。

回避する方法はいろいろ議論されてはいるが、複雑である有効かどうかの評価も難しいのでここでは割愛する。

しかし少なくとも、「最低賃金を上げるべきだ」と主張する際は、

この単純なモデルケースに反論できるだけの考えが必要なことは理解してほしいと思うし、

むやみやたらとバラ色の未来だけを提示する似非政治・経済議論に引っかからないようにしてほしい。



インフレの話が出てたので追記

オーナーはやむなく全商品1.33倍の値上げに踏み切った。

幸運にも近くの全店舗が同時に1.33倍の値上げを行ったので、販売量は変わらなかった。

そうすると、労働環境労働時間も同じでオーナーバイト年収が1.33倍となるので、めでたしめでたし



さて、最低時給が1000円になり、物価が昔の1.33倍になった。

現在(時給1000円で)1時間働いて買えるものは、

昔(時給750円で)一時間働いて買えるものと変わらない。

また、バイト銀行100万円を貯金していたとする。

現在100万円で買えるものは、昔は75万円で買えていた。

バイト暮らしは楽になったのだろうか?

バイトは、「貯金価値が減る(物価が1.33倍になる)前に、貯金をできるだけ使おう」と思うのだろうか?

宇宙人みたいに生きてきた

小さい頃から、どこか周りから浮いている、人をイラつかせてしま子供だった。

大人たちに、「変わっている」とか「ちょっとおかしい」と言われてきた。

責任感がなく、ぼんやりしていて、空気が読めない。

人と話すのも、頓珍漢だったり幼かったり、独りよがりな受け答えをしていたようだった。

なぜだかわからないけれど、バカにされていじめられることが多かった。

今になって思うと、あの子と遊んじゃいけませんと言われるタイプだったと思う。

学校に行くようになっても変わらなかった。

同級生たちからからかわれ、先生には妙に嫌われたり目をつけられて、スケープゴートのように大勢の前で説教されることが多かった。

たまにこんな自分でも一緒にいてくれて、バカにするのではなく面白がってくれる人たちがいて、そういう奇特な人たちと仲よくなったけど、環境が変わると、その人たちとの距離感がわからなくなり、疎遠になる、ということを繰り返していた。

体育は大の苦手で、球技特にダメだった。ドッジボール最後まで残り、恐怖で逃げ惑う姿を笑われながらボールを投げつけられた。

勉強だけは比較的得意で、特に記憶系の教科は得意だった。

でも数学物理は、概念全然からなくて雲をつかむようだった。

父がアル中だったので、大学でなんとか家を出たいと思った。

から、苦手な数学物理は、たくさんたくさん問題を解いて、解法をたくさん記憶して、なんとか受験を乗り切った。

大学でも人とは仲よくなれなかった。大学受験燃え尽きてしまったのもあり、人と仲よくするパワーも残っていなくて、家賃生活費のためになんとかバイトして、あとは引きこもっていた。

就活はもちろんうまく行かなかった。一次面接でどの会社でも落とされた。面接では大人たちが自分の顔や受け答えを見て、渋い顔をしたり、首をひねったりしていた。

そろそろ、社会から必要とされないダメ存在だということに気づき始めていた。

自分の何がダメだかわからないけれど、自分は何かが他の人たちと違う。自分判断はいつも間違っている。自分宇宙人のようだった。

けれど、本当にラッキーなことに、一社だけ縁があった会社があって、宇宙人である自分は、なんとかそこに職を得ることができた。

その会社の中で、優しい人たちに見守られながら、それでも必死に、「普通の人らしい振る舞い」「常識」を身につけた。

からさまに自分からかったりいじめる人はいなくなった。眉をひそめられることも減った。

結婚し、子供もできた。

それでも、まだ、自分は人をイラつかせてしまう。

ああ、自分おかしいんだな、と思うことが日に一度はある。

自分おかしいんだな、と最も実感する時は、会話の中で妙な空気になった時だ。

自分は、会話で何を話したらいいかからず、例文を読み上げるように会話をする。

自分の心に浮かんだことは基本的には話さない。膨大な例文集の中から、今自分がいるシチュエーションに合っていそうな会話文を持ってくるのだ。

どうやらそれを間違えたらしい、と気づいた時、いつも絶望する。

また失敗した。

頭がおかしい、人をイラつかせてしま自分

最近自分は何のために生きているかからなくなってきた。

こんな、言葉も習慣もわからないままの宇宙人状態で、周りに合わせて生きていくことをまだまだ続けなければならないのか。

でも、型にはまるふりをしなければ終わりだ。

変わった、頭のおかしいやつ、として、また、いじめられるのかもしれない。

職も、せっかく得た家族も失ってしまうのかもしれない。

一人では生きられない。

宇宙人でも、一人では生きられない。

嫉妬という感情とどうやって付き合っていけば良いのか

仕事趣味人間関係が充実している近しい人を見ると激しく感情が揺さぶられる。

羨ましいという気持ち以上に、自分が劣っていると思い辛い気持ちになる。

この気持ちとどうやって付き合っていくべきか。

本当に自分が劣っているかは分からないと誤魔化すか。

そもそも人と比べること自体を手放すか。できないことだと開き直るか。

気持ちコントロールは難しい。認知の歪みを一つ一つ潰していくのはとても骨が折れる作業だ。

気にしないって言葉は、当事者以外の者しか使えない言葉だと思う。

では、自分を高めて劣等感を除去するか。

上には上がいるし、自分の苦手分野である場合には上手くいかずに辛さが増すだけだ。

しかし、逃げてばかりもいられないので、多少の努力必要であることは否定できない。

うーむ。

編集になりたい学生へのアドバイス

新卒編集になるための条件

私は、出版業界10年以上いる。

から出版社志望の学生から就職相談を受けることがある。

けれど、アドバイス以前に、

新卒出版社に入るには、絶対必要ものがあるのだ。

それは、学歴

学歴フィルターなのか、優秀な子だけを採っていたらたまたま高学歴だったのかはわからないが、

新卒でまともな出版社に入る子って、だいたいが早慶以上。

ごくまれMARCH

それ以下の学歴は、まともな出版社では見たことない。

から学歴がないなら、インターンなんかに参加するより

早慶に入りなおしたほうがいいと思う。


低学歴編集になるには

でも、今更そんなこと無理だし

それでも「編集になりたい」という学生に、私はようやくアドバイスできる。

私は、低学歴だ。

大学は出ているけど、MARCHですらない。

どこに出しても恥ずかしくないFランだ。

それでも、編集になり、同年代女子よりは少しだけ多く稼ぎ、

自分がつくった本が書店に並んでいる。

まず、低学歴大学生編集になるなら、新卒正社員は諦めろ。

バイトから入れ。

バイト学歴は問われない。

そして入るなら、中小規模の版元だ。

そこは常に人手不足なので

人員の補充はこまめにしている。

そして人手不足という状態からわかるとおり、待遇はよくないので

経験のある人はその採用に応募してこない。

経験でも、お金のかからない若者が好まれる。

入りやすいのだ。

それに中小の良いところは

人手不足ゆえ、社員と変わらない業務を任せてもらえるところだ。

雑用もあるけど、確実に経験となる仕事を任せてもらえる。

間違っても、編プロなんかには入らないように。

あそこは出版社下請け

下請けから、数をこなさなければいけない。

それゆえ、ひとつひとつ仕事がとんでもなく雑だ。

あの仕事のやり方を覚えたって、なんのとくにもならない。


「条件」は諦めよう

初任給やら福利厚生やら、労働条件ってすごく気になると思う。

でも、それを気にしていいのは高学歴だけだ。

もともと、高学歴がなる職種なのだ

それなのに低学歴編集をやりたいなら、もろもろの条件は諦めろ。

それに、編集の経歴さえついてしまえば同業転職比較的ラクだ。

1社目、2社目と転職で条件をあげていけばいい。

または、フリーランスになればいい。

私も、20代前半はひどい収入だったが

忙しくて金を使うひまもないし、編集になれたよろこびで

収入は気にならなかった。

それに、転職するごとに収入もあがっていった。


これだけ出版斜陽だと言われているのに、

編集希望ものすごく多い。

低学歴学生のみんな。

新卒正社員編集は、高学歴のうえ、ほんの一握りの選ばれた人がなる職種だ。

そのことを忘れないように。

低学歴が、高学歴すら難しい職種に就くには、

それなりに諦めなきゃいけないこともあるのだ。

低学歴には、低学歴ルートがある。

それは高学歴に比べると、ずいぶんな遠回りに感じると思う。

損をしているように感じると思う。

でも、しょうがない。

受験をがんばらなかった、自分が悪い。

それに、遠回りでも、編集にはなれるんだから

それでいいじゃない。

今の会社でも、私はぶっちぎりの低学歴だ(どこでだってそうだった)

それでも早慶卒と同じ会社に勤め、同じ仕事をしている。

新卒正社員にこだわる学生を見ていると

そんなことを思うのだ。

定年まで働くとすると、仕事をしている期間はとんでもなく長い。

20代は遠回りすることになるが、

それ以降は同じところに立てるのだ。

まぁ、忙しいし、そんないい職種じゃないと思うよ、編集って。

でも、なれなかったら一生後悔したと思う。

「本当は編集になりたかったな」って。

新卒編集になれなくて、

妥協して別の職種就職していく学生が多いか

書いてみようと思った。

就職活動、がんばってください。

おじさんへ

色々叫ぶよりさ、小さな一歩さ。とにかく行動すること、したことに意味があるし、それが身になるから一番いいと思っているんだ。会社にいるんだよ、色んな意見を出してあーでもないこーでもないと言う理論好きな人が。でもその人は何一つ行動しない。口だけの人。まぁ口にすれば「じゃあやって。」となって面倒だし、責任も出てくるから嫌なんだろうね。でもそこを端折ると何も得られないというのが僕の体感。人って頭で考えているだけでは限界がある。限界があるから行動して確認するし発見出来ることもある。そもそも頭の中で全て完璧に完結出来るのだったら、人類もっとより良いものとなっていたはずだと思うけどね。それが出来ないから行動して体感して変革するという作業必要なのだと思っている。つまり何が言いたいのかと言うと、自分デスクパソコンでずーっとヤフーを見ていても何も変わらないよってこと、おじさん。

プログラミングって「得体がしれない」よな

プログラミングって、これから始めてみようっていうとき、なんだか「得体のしれない行為」っていう感覚がありませんか?


ぼく自身は、プログラムを書いてる側の人間で、いまでこそ少しはプログラミング本質的な難しさをわかってる気になってます。でもつい数年前までは、プログラミングは難しくはないけど得体がわからない、という感じでした。

そのへんのコードを組み合わせて動くものはできるけど、何がどうなっているのかは知らんし、ググって分からないものはできない、という方向で、「プログラミングは難しい」と思ってました。


最近になって、プログラミング義務教育必修化の話題とか、コピペプログラマー話題とかを目にするたびに、かつて自分プログラミングに対して抱いていた「得体のしれない行為」という感覚が思い出されてしまい、少しざわざわした気持ちになったので、ちょっとここに書きなぐらせてください。


だいたいが個人的な話なので、そういうのがうっとうしい人は無視してください。


ぼくが世の中にパソコンという道具があることを知ったのは、たぶん中学生ときです。30年くらい前。当時、電気屋の売り場ではけっこうな床面積を使ってワープロ文章入力する専用マシン)が陳列されてました。文章を書くのは好きだったけど、字を書くのが死ぬほどめんどくさかった自分は、ワープロさえあれば自分小説とか書くのになあと思いながら指をくわえて電気屋の店内をうろうろしてました。しかし、ファミコンすら買ってもらえなかった家計ではワープロなんぞ買ってもらえるわけもありません。そのうち巡回してた電気からワープロが消え、それに代わってパソコンのコーナーが広がっていきました。このパソコンというのは、よくわからないけどワープロとして使えるっぽいし、どうやらファミコンを持っていない僕にもゲームができるらしい、おれに必要なのはこれだ、というわけで、中学生だった自分パソコンという存在に興味を抱くようになったのでした。


はいえ、だからといってパソコンを買ってもらえるような家計ではなかったわけなので、カタログを熱心に眺めるだけの毎日が続きました。その当時の自分にとって、パソコンが欲しいといったら、それはNECを買うかエプソンを買うかという選択でした。冨士通からパソコンが出ていることは知りませんでした。マッキントッシュっていうやつもあって、このPerformaっていうやつはなぜか安いとか、よくわからないけどシャープとかソニー独自パソコンを作っているぞとか、そういう情報パソコンに対する認識のすべてでした。当時の自分にとってのパソコンは、電気メーカーから発売されている商品一種であり、ラジカセとかテレビと同列の存在でした。


なんでこんな話がプログラミングにつながるかというと、ひょっとして自分プログラミングにずっと感じていた「得体のしれなさ」の源泉の一つは、こんなふうにパソコン電化製品として見ていた当時の感覚の延長だったのかもなあと思ってるからです。


ラジカセなら、CDだのテープだのを入れて再生タンを押せば、そのハードウェア機能物理的に体感できます。それに対してパソコンは、プログラミングちょっとやってみても、その行為と、そのハードウェアとが、感覚的に結びつきません。もちろん、プログラミングというのは、物理的なデバイスに結びつけて考えなければできない行為ではありません。しかし、パソコンを「カタログ商品」として見るところから入ってるばかりに、そこでやるプログラミングという行為ハードウェアとの結びつきが見えにくい状態に、なんとなく居心地の悪さを感じていたように思うのです。


もし自分スタート地点が、パソコンを使って文筆やゲームをするところだったら、パソコンは文筆やゲームのための箱だったでしょう。その後でプログラミングを始めていたなら、プログラミングという行為を、文筆やゲームに関連した創造的な活動として学べたかもしれません。


ところが実際には、自分はつい数年前まで、パソコンという電化製品に対する漠然とした行為としてプログラミングを捉えてた気がします。


プログラミングを始めたのは、高校生になって誰も使わないFM77が部室に置いてあったので立ち上げてみたらF-BASICインタプリタが起動したからでした。とくに何をプログラミングすればいいかもわからなかったので、教科書雑誌コードを転記したり、ループで線画を書いたりして遊んでいました。大学に入ってからも、授業でFORTRANとかLispをやらされたけど、基本的自分目的をもってプログラミングするのは数値計算くらいのものでした。そのころになると、本で情報を探して(まだインターネット検索は使い物にならなかった)適当コードをつなぎ合わせるのがプログラミングだと思ってました。そんなん面白くないなあ、とも思ってました。


この感覚、完全に、いま揶揄されているコピペプログラマーのそれだったと思いますちょっと話はそれますが、ブロック遊びとか砂場遊びって、ほとんどの人はわりとコピペプログラミングと似たような感覚でやってるんじゃないでしょうか。パーツを勘で組み合わせたり、とにかく砂を盛っていったりすれば、家みたいなのができるよね、という感覚プログラミングは、自分にとってそれに近い作業でした。学生のころは、内心、自分にもパソコンサンプルコードさえあれば何かすごいものを作れるかもなあ、くらいに思っていたふしもあります


自分バカでした。パソコンがあるとかないとか、関係ないのです。パソコンさえあれば、なんて思う者に、本当のプログラミングがわかるはずがありません。


そんなこんなで、自分はまともにプログラミング経験しないまま社会人になったわけですが、幸いにもプログラミングに対するこの感覚は、仕事パソコンを日々使うようになってから徐々に変わっていきました。

具体的には、パソコンが、自分の中で「カタログ商品から武器」へと変わりました。それと同時に、プログラミングという行為が、武器開発という位置づけになりました。

武器というのは言い過ぎだとしても、ちょっとしたプログラミングは確かに業務上課題を打開しました。それなりに計算機科学教科書を読んで勉強をしたこともあって、いつのまにかプログラミングに対する「得体のしれなさ」も解消してました。


結局のところ、自分にとっては、プログラミングという行為の「得体のしれなさ」から解放されるまでにずいぶん長い時間必要だったことになります自分がそうだったからといって他人もそうだとは限らないですが、たとえば小学校で形だけプログラミングを教わっても、分かるとかわからないとか、好きとか嫌いとか以前に、なんかモヤモヤした気持ちになるだけの子もも少なくないんだろうなあ。それは不憫だなあ。


かといって、自分がいまプログラミングで少しは戦えてるのは、そのむかしパソコンに憧れがあって、得体がしれないなりにプログラミングをする機会が若いときたまたまあったからでもあるので、そういう機会になるなら小学校で形だけでも教えるほうがいいのかなあとも思います


オチがないので、このへんで。

生活保護共産党テリトリーから反発してんだろうね。

共産党支持者が反発するならともかく

関係ないぼくらが義憤から彼らに同調する必要ないよね。

しろ同じ労働者である小田原市役所福祉健康部:生活支援課を擁護するべきだよな。

http://anond.hatelabo.jp/20170117234432

からさあ、つきつめると日本人は全員死ぬべきってことになるんだよ。

ビジネスのやり方がイケてない。

evilなことをする会社が強くなってしまう。

これらは結局、そういう商業活動をのさばらせてしま日本人全体の問題

何が足りないのかというと、一言に集約される。

思想」。

政治経済リテラシー」と言い換えてもいいんだけど、根源的には思想だ。

日本人根底にある思想が「イケてる」商習慣を阻んでいる。

から日本思想パラダイムシフトが起きない限り、日本の商習慣はまともにはならない。

いや、ほんの少しずつ改善されていくかもしれないが、僕らが生きてるうちには無理だね。

個々の若い労働者ボトムアップ既存空気を突き破っていくことなんて期待できない。

個々の企業トップを「リテラシー高い」人に変えていったとしても、望み薄だろう。

結局談合して、低きに流れるのが、日本思想からくる必然からだ。

そのことは携帯大手3キャリアを見ていれば分かる。

となると政治トップ奇跡的に「ある種のリテラシー」が高い人が立つのを待つしかない。

トップが先陣切って「古い人間」を「切り捨て御免」しまくって、恨まれ役を買う必要がある。

それでなおかつ、恨む人間が少数派であるような空気を作らねばならない。

そんな人間は出てこないどころか、政治への興味が薄れている有様。

もう詰みだね。

http://anond.hatelabo.jp/20170118134804

今時レンタルになるまで半年もしないのが大半なのに

半年でそこまで朽ちるような作品なんて最初から見る必要もなくね

http://anond.hatelabo.jp/20170118134338

変わるね。2015年末にスターウォーズ・EP7が公開になったと思うけど、そのタイミングでEP4を見たりすれば分かるだろ。

「あの頃はこれでよかったのかもしれないけど、チャンバラシーンとかへぼいよな…」と。スターウォーズという歴史がなければEP4は駄作だし、七人の侍にしたってそうだろ。

時代が過ぎれば作品は朽ちるんだよ。朽ちない作品がたまにあるだけだ。だからこそ、今輝いている作品を見ておく必要があるんだよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170118124643

そういう意味じゃねえ。映画っていう非インタラクティブコンテンツ映画やるなら、それこそディズニーランドにあったような360度シアターで良くて、ヘッドセットを逆に必要としないだろって話だ。

(席取りの問題もあるので一概に360度シアターのほうがいいともいえんが)

映画ってのはそのシアターにいる人すべてが同じ時間に同じ体験をしていることが重要なので、インタラクティブ性を付加することは実質ありえん。

ってかプラネタリウムだ。プラネタリウムがいい。高精細のプラネタリウム向け360映画を作ってプラネタリウムで放映しよう。そうすれば新規設備投資必要ないし。

http://anond.hatelabo.jp/20170118112734

山ごと所有していれば問題無いですし、

所有者の許可を取れればもちろんOKです。

あとは陛下といえども、基本的人権を有していますので、肖像権的な問題クリアする必要があります

コンビニトイレ

コンビニトイレは客を店に呼んでついでに物を買わせる一種の餌なんでトイレを借りることに引け目を感じる必要は無いんですよ

といいつつトイレを借りたあとは店員の見ていないときを狙って出ていくのであった

http://anond.hatelabo.jp/20170118103221

コーディング規約はあるけど、フォーマットとかイディオムレベル

モジュールクラス)の分割の基準とか、機能(関数)の配置とかまでは規約になってないから、結局空気を読む必要があるよ

社内の昇進に必要試験の申し込みの準備と、目標管理に関する提出物をブッチしたまま出張に来てしまった。

本当に会社のことが嫌いだからなんだろうか。

必死さが足りないとしか見えない

映画館でわざわざ観る必要がない問題

この世界の片隅に」はわざわざ映画館で観る理由がない。映画館で観る人はとにかく褒めたいアーリーアダプター話題に乗っかりたいブロガーさんだけである

いずれYoutubeAmazonビデオでなら観るだろう。そしてレビューに「素晴らしかった!」とか書くんだろう。

この手の話はここ10映画が衰退している理由でもある。

BDの普及、レンタル屋、テレビの高精細大画面化。

キネマ旬報はこの流れとともにおっ死ぬんだろう。それでいい。

新海アニメ製作からして光源を持ったディスプレイモニターで作られており、ディスプレイ進化がそのまま映像の仕上がりになっている。

8Kディスプレイで「君の名は。」を観たら映画館スクリーンで観るよりずっと良いのだろう。

映画館スクリーンは、レコードと同じ運命を歩むだろう。未来に生きて欲しい。

カスだ!」などという表現については、ただの事実である

保護なめんな」ジャンパー生活保護受給世帯訪問ニュースを見て思う

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20170118-00000281-fnn-soci

友人が別の市の保護課に勤めているんですが、常日頃彼の話を聞いている限り、この役所職員も、きっと矜持をもって着ていたんだろうなと想像します。

友人はいつ襲われても良いように、体鍛えていますし、覚悟を持って仕事してます

お金のためになんでも出来る人が多いので、見た目ひ弱な者にはもちろん物理暴力で脅してくる)


生活困窮者を支えよう」と強く思っているからこそ、有限であるお金必要としている人に届けるために、頑張っていたのだと感じました。

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1069499

これ何が悲しいかって、話題としては一週間近く前のものなので、togetterとかで話に乱入しようにもとっくに旬が過ぎているっていう

はてブ情報遅すぎ




とりあえず誤解しやすポイントとしては

「モーゲンソーの『国際政治原著英語」と言っているアホがいるが、北守は『国際政治』は勿論、本とすら言っていない

北守が言及していたのは『国際政治』の元ネタとなった独語の諸論文



モーゲンソーの著作アカデミック国際政治を語る上では必須レベル古典



ウィーン条約が……」「冷静な対応を……」「合意とは国と国との……」等、ネトウヨ?がしたり顔で国際政治を語っているのを見て「あいつら頭良さげ」とびびっている連中に、「いや頭良くないから」と啖呵をきるためにモーゲンソーは引き合いに出された

実際にびびっていた奴が存在するのかどうかは知らない

実在しなかったら白けるところ

これが藁人形だったら北守が勝手に始めたマウンティング合戦しかない



北守を「人格攻撃をしている」と責める奴はただの低能

玉井克哉の「衒学趣味あほだってもろに人格攻撃なので



また、「本題で反論できないから(マウンティングをしている)」はこのまとめだけでは判断できないので、ここを決め付けている奴もただの低能

本題の少女像に関する議論はこのまとめには一切載せられていない



北守は「あいつら頭良くないからびびる必要は無い」と言っただけなのを

「モーゲンソーをドイツ語原書で読んでないヤツに、国際政治への発言権などない」と解釈する玉井克哉は結構低能

まあしかし北守も「語る資格がないんでしょうか?」と問われて「そうなるんじゃないでしょうか」と答えているのでぎりぎりセーフではあるか



まとめているAlvianoSalvagoは間違いなく低能

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