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はてなキーワード: 感想とは

2016-08-26

増田の皆さん。そろそろ『君の名は』の感想書いてもいいんですよ

私は見てません

2016-08-25

コンビニ人間

面白かったよー

はてな店長さんも読んでるよね、ぜひ感想というか解説して欲しいな

http://anond.hatelabo.jp/20160825142430

福岡住みだけど想夫恋って店あるから、は?え?普通にあるやん的感想しかかばなかった

2016-08-24

マイクロソフト牛尾氏によるはてブスパム行為

はてブスパムを許して良いのか?いい加減、さらします。」に関連して。

http://anond.hatelabo.jp/20160819153835

意外な著名人もこれをやっているのでさらしておこう。

一部のIT界隈の人達に人気のマイクロソフト牛尾剛氏だ。

一例

例えば、はてブ件数650を超えた「衝撃的な効率性~最高の DevOps チームは「知っている事」で構成されていた~」という記事

http://b.hatena.ne.jp/entry/simplearchitect.hatenablog.com/entry/2016/08/22/080010

最初のほうにあるアカウントブックマーク歴が酷い。1件目は牛尾氏本人のセルクマなので良いとして、3件目と4件目のアカウント牛尾氏の「メソッド屋のブログ記事しか過去ブクマしていない、明確なスパムアカウント。2件目のアカウント牛尾氏と同じMS社員であることがプロフィールをたどってFacebookにまで行くと書かれている。この人は業務上のつながりか何かでブクマしたのだろう。5件目のアカウント特に怪しいところはないが、6件目のアカウントは2・4件目と同じ「メソッド屋のブログだけブクマしている」アカウント

セルクマ1件+スパムブクマ3件+知り合いブクマの5件、これで新着入りは確実だ。この後はめんどくさくて追ってないが、ブクマ数の割にコメント数が少なく、星の数も少ない。コメント数の割合ブクマ数の10%以下の記事経験上怪しい。そのコメントも「いいなあ」「すごい」「良い」などの短文の割合が多い。これもブクマスパムによくある傾向だ。

他の記事も同様なのか見てみたが、ブックマーク数440の「ソフトウェア納期見積もりは、星占いレベルのものであると思う」のブックマークも似たような傾向だった。

http://simplearchitect.hatenablog.com/entry/2016/07/07/080250

ブクマ数3桁超えの記事ばかりではないので、この牛尾氏は、バズらせたい時にブクマスパム行為を常習しているのだろう。一度や二度ではなさそうだ。今年度DevOps関連製品を沢山売らないと首が寒くなるのは分かるが、セコイなあ・・・というのが正直な感想

彼の信奉者は自分の勤務先にも何人かいるし、ネット上には結構いっぱいいるみたいだけど、彼のブクマスパム信仰しているのだろうか。誰か教えて。

2016-08-23

http://anond.hatelabo.jp/20160823104021

それ自分がやった気になってるだけ

そのかいものを見てもらって感想を聞いてみたらいいよ


子供のころに写実的に描けたとおもった渾身の一枚の絵を

大人になってみたら恥ずかしくて死にそうになるあんな感じだよ

核兵器 >> ゴジラシン・ゴジラ 他はどうだったか

シンゴジを観て何が驚いたって今回のゴジラには核が有効だって事だね 核使用否定する話ではあるけれども研究者有効ではあると認めている。

もし核を使っていてもゴジラに効くわけはない進化するだけだって感想もどこかでチラホラ見たが、作中ゴジラを調べ上げ遂には成果を見せるチームから

そんな見解は一切ない。


そもそもゴジラに核が効かないなんて実は私の思い込みではないだろうか?

過去に見たゴジラの内容がおぼろげな私が勝手判断をなぜ出来たのだろうか


シンゴジラマニアどころか日本中で認められた今

個人的に一押しな核どころかミサイルで倒されるアイツ

ゴジラとして観なければと卑屈な応援しか知ってあげられなかったアイツ

いつか堂々と好きなゴジラ映画として挙げられる日も近いかもしれない。

享年彼女いない歴(予定)だけど、人を好きになるって何なの?

どうして誰にも好かれたことがないんだろうと考えてたら、ふと、誰かを好きになったことがないことに気付いた。

異性を見て可愛い、綺麗、と思うことはあっても、それは美術品や花を見て抱く感情と同じでただの感想以上の意味は無い。好きという感情機微がわからない。

物語的な意味合いでの意味はわかるが、それは物語からこそ現実感が伴わない。他人に対して、本当に物語にあるような強い感情を抱くものなの?




たまに、勇気を出して告白しても振られてモテないって人がいるけど、そういう人と自分のような享年彼女いない歴になりそうな人間は別カテゴリにしないと前者に対して失礼だと思いましたまる



自分的にはセックスしたいと思ったら好き

なるほど、下半身か。だとすると、何故その人としたいと思うに至るのかがわからないし気になる。

自分下半身感情ですら、誰かに(本気で)抱いたことが無いのだと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20160823185255

こういう感想を抱いてしまう人の周囲って(浮気を含む)惚れたはれた以外に娯楽ってないのかなあ?

時間を使いたいことってほかにいくらでもあると思うんだけど。

増田エネマグラをつっこまれしまってからひと月が経つ

ここじゃガチガチ勃起して徹底的に前立線張ったマスをかくよりも、

多少無理があったり突っ込みどころのありそうなアナルの方がみんな反応してくれる。



自分自身も気がつくとそういうアナルにエネマしがちになっていた。

その内容も最初は多少遅漏でも理路整然を心掛けていたが、

だんだんと大げさに感情的に煽ったり、試しにケンカ腰にアナルパールを投げつけたりもした。



身を持ってアナル開発をやってみた感想としては、

やればやるほど不毛一言に尽きる。



自分は、自分のアクメを人と合わすのが苦手だ。自分意見を押し通すことが出来ない。

自分のアクメがないがしろにされるのも辛い。かといって無理に押し通したとき賢者タイムも辛い。

初めてのリモコンバイブで電波発信のリハビリのつもりで色々してみたけど、

漠然増田をやっていると、

震動がほしい、太さがほしい、誰かに見てほしいなどのいわゆる「おちんちん」がむくむくと勃ち出す。

ついには、なんであんしょうもないアナルあんなにたくさんのエネマグラリモコンバイブが刺さっているんだ、

なんてしょうもない嫉妬心も這い出てきた。



分かってたけどやればやるほど不毛だ。

から今までアナルアヌスもケツの穴もやられなかった。



唯一良かったのは、思ったことを刹那的みさくら語にしていく訓練にはなった。

人に見られると思うと何度も何度も発生を繰り返した。緊張感が程良かった。

増田に垂れ流すほどじゃないなと思ったアクメもなかったことにせず動画で保存するようになった。

フィクション特定の設定の人物を演じたプレイをする楽しさも味わえた。

演じると自分の引き出し限界が見える。



今後も程よい突き合いで増田エネマグラ横流ししたい。薬にも毒にもなるものも扱いを知ればこわくないはずだ。




http://anond.hatelabo.jp/20160823172235

増田に足をつっこんでしまってからひと月が経つ

ここじゃガチガチ理論武装して徹底的に予防線張った意見を書くよりも、

多少無理があったり突っ込みどころのありそうなこと書いた方がみんな反応してくれる。



自分自身も気がつくとそういう記事トラバしがちになっていた。

その内容も最初は多少長文でも理路整然を心掛けていたが、

だんだんと大げさに感情的に煽ったり、試しにケンカ腰に意見を投げつけたりもした。



身を持って反応乞食になってみた感想としては、

やればやるほど不毛一言に尽きる。



自分は、自分意見を人と交わすのが苦手だ。自分意見を押し通すことが出来ない。

自分意見がないがしろにされるのも辛い。かといって無理に押し通したときの罪悪感も辛い。

初めて匿名ネット空間意見発信のリハビリのつもりで色々書いてみたけど、

漠然増田をやっていると、

反応がほしい、感想がほしい、誰かに見てほしいなどのいわゆる「承認欲求」がむくむくと湧き出す。

ついには、なんであんしょうもない記事あんなにたくさんのトラバブコメがついているんだ、

なんてしょうもない嫉妬心も這い出てきた。



分かってたけどやればやるほど不毛だ。

から今まで2ch増田ツイッターの裏アカウントもやらなかった。



唯一良かったのは、思ったことを刹那的にカタカタ文章にしていく訓練にはなった。

人に見られると思うと何度も何度も推敲を繰り返した。緊張感が程良かった。

増田に垂れ流すほどじゃないなと思った駄文もなかったことにせずメモ帳に保存するようになった。

フィクション特定の設定の人物を演じた文章を書く楽しさも味わえた。

演じると自分の引き出し限界が見える。



今後も程よい付き合いで増田駄文を垂れ流したい。薬にも毒にもなるものも扱いを知ればこわくないはずだ。

http://anond.hatelabo.jp/20160823083944

そもそも原作web連載は「引き」で構成されている話なので、引きが無く読みたいだけ進められれる単行本にはRe:Life本質は何一つ入っていない。

コレクターズアイテムしか無いものを読んで面白い面白く無いと語る増田自体が間違ってるんだよ。

リアルタイムで読んでから感想を述べなさい。以上。

閉会式を観た感想

「ちょーうまい

「すごい!」

「最高」

 私のタイムラインがそんな絶賛でうめつくされた。

 あるフォロワーさんのひとりなどは「ぜひ味わってほしいのでネタバレ厳禁です!」と事実上オススメコメントまで。

 ほーーーー、これは味わわねばなるまい。

 いったいどんな味かな、どんな料理かな……? 

 アツアツのカツ丼や脂のしたたるステーキ想像しながら、私はレストランのれんをくぐった。

「こちらが本日ランチでございます」 

 ウェイターであろう、むさくるしいヒゲを生やした中年男性料理を運んできて、わくわくをつのらせる私の前でクロッシュを取った。

 そして、現れたのは……


 まるごとのりんごである


 いや、能く見れば生ではない。

 ところどころシミのような紋が浮き出ており、全体的にしなびている。

 印象としては、リンゴ飴の飴部分を取り去ったものに近い。

 これは……


青森県五所川原市名物りんごの丸っこ漬け!!! 


 丸っこ漬けは9月下旬から行われる除袋時の落ちたふじりんご(まだ生食は無理)を活用して、翌年の田植え時のおやつ用として漬けたあおもり食の文化伝承である!!!

 生りんごを食べるようにそのままかじったり、皮をむいて切って食べる。昔は物が無く、特に田植え時の5月は収穫物の無い時なので、漬けたりんごは大切なおやつだったといわれる!(以上 http://www.umai-aomori.jp/cook/kyodoryori/densyo/104.phtml より引用

 しかも、不朽のブランドふじ」の最高級品を贅沢に使用している!!!!

 なんちゅうことや……これに比べたら山岡はんの大森靖k、もとい「大林」は天カスや……


 私が驚愕に打たれていると、ひげのウェイター(衛生のためか「M」と書かれた帽子を着用している)が気遣うようにそっと脇から付け合せのうめぼしを置いてくれた。

 客人にたいする奥ゆかしいOMOTENASHIの心、これこそCOOL JAPANの精髄である


 で、丸っこ漬けを実際食べてみると、モソモソしてるようなシャリシャリしてるような、しょっぱいような甘いような味である

 お弁当箱に入れて他の食材コンタミされたあのしなびたりんごを思い出す。

 ……こんなもんか?

 周囲を見渡してみると、右翼っぽいあんちゃんからライト左翼っぽい感じの人間まで「うめーうめー」と叫び声をあげている。

 一緒に来ていた私の夫も「いやーうまいなー、ぜひツイートしてこの感動をひろめなきゃ!」と丸っこ漬けと過疎の街五所川原市を讃えまくった。


 一方の私はといえば……

 いやまあ? 

 普通に美味しかったですけど?

 みんな二十世紀梨とか紅玉しか喰ったことないの???


 まあ個人の好みの問題でさーね。好きだと言ってる人を責めるつもりはありません。


 ちなみに参考。:

 「1964年東京オリンピック」→さくらんぼパン

 「1936年ベルリンオリンピック」→大トロ

 「1972年ミュンヘンオリンピック」→ベーグル

 「1980年モスクワオリンピック」→パピコの右半分

 「1984年ロサンゼルスオリンピック」→パピコの左半分

 「1940年東京オリンピック」→ネッシーの刺し身

   

一般人映画感想について

またまたシンゴジラの話ですよ。違うけど

 

シンゴジラ感想をつらつらと見ていたんだけど、

石原さとみが良かったという感想を書いている人の内容を見てみると

半数くらいの割合で「石原さとみも可愛くてよかった」的なことが書いてあるんだよね

4DXで見ると石原さとみのシーンで良い匂いがするとか笑っちゃったけども

けどさ、シンゴジラのカヨコは別に可愛い」役じゃないじゃない 

 

思ったんだけど、世間の人って

石原さとみが演じるカヨコがどうこう」

じゃなく

「カヨコを演じてる石原さとみが可愛くて良かった」

っていう視点映画役者さんを見ているんじゃないのか?

 

前者の人は「石原さとみの役だけ浮いてて変じゃない」って感想なっちゃうし、

後者は「石原さとみが可愛くてよかった」って感想を書いちゃう

石原さとみについての感想割れるのはそういう視点問題なのかと思った

 

そして思いのほか後者側の人が多いという現実

そりゃ配給会社ジャニ入れろとか恋愛要素入れろとか言うよね

2016-08-22

薄っぺら逆張りマンが稗粟ウーマンに粉かけてるw

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漫画家先生のほうは、身内以外の不特定多数に公開するにしてはうかつな内容だけど正直な感想ではあったんだろうなーと思う反面

薄っぺら逆張りマンは本当に薄っぺら逆張り自体目的で、自分より燃えてる相手に擦り寄っていってるの見苦しくてマジ面白い

本人が自分記事貼り付けリプライまでしちゃうとは

http://anond.hatelabo.jp/20160821104620

リンク間違えてた

ごめん普通に増田が正しいと思いますよ。以下は全部言い訳です。

おれはテーマ絶対不変の価値があるという前提の人に対して、そんなものはないけど逆にだからこそみんながテーマを論じるのは多様性があって面白い価値があるよって言いたかった。結局うまく説明できてないが。どんな糞ゴミ映画でも人間制作して人間が観る以上、人間というテーマは最低限あるよ的なそんなやつ。

どのスタンスが正しいかの話をしたかったわけじゃなくて、どれか一方を押し付けられるのがやだってことね。好きに語れるようにしてくれよと。

要はネット上での「娯楽作品なんだから批判禁止」「テーマについて語ると(自分の)作品評価が揺らぐからテーマ禁止」みたいなアホみたいな見方強制じわじわ着実に浸透して蔓延ってるのが最悪っていう。そういう感想のものが悪い訳じゃなくて、それだけに終始してるとか他の人にもそれを強いるのをやめてくれってことね。

そのために「テーマの話をされると他の高尚な映画ゴジラが負けちゃうからテーマの話はそもそも無効にしよう」みたいな考えをそもそもやめれと。テーマ価値なんてないと思った方がいいよと。変な優劣とか考えんなと。

いや本当は考えてもいいんだけど、人に強制するなというか同調圧力かけてくんなというかそういうまともなこと言おうとするとそんなつもりはないとかで簡単反論されてどんどん泥沼な感じなので、もうテーマ価値はないと言い切っちゃえみたいなそんなやつでした、という言い訳

いやいや感想なんて好きに語れてんじゃんとか強制なんてないよとかい意見もあるだろうが、同調圧力がめちゃめちゃ強いでしょうっていう。少しでも批判しようものなら炎上PV狙いとか逆張りとか言われるの、怖すぎるじゃん。ネット自分意識を預けるとそんな馬鹿なっちゃうのかって。何言っても通じないんだって。そのレベル発言が主流になって、なんか書いてもそのレベル反論ばっかりくるって、語れないのと同じようなもんでしょ。

アナ雪、ガルパンマッドマックスズートピアとか、反論するにも自分は好きなんですけど〜と前置きいれる必要あるとか、みんな思い当たる節はあると思うんだけど。

シン・ゴジラは、アンチがどれだけ騒ごうが大傑作の地位は揺るがない

いやー、シン・ゴジラ、最高だったね。

邦画最高傑作と言っても過言じゃない。

というか、今までの邦画監督たち、何してたの?昼寝でもしてたの?ってレベル

 

さて、本題。

最近、大絶賛のシンゴジラに対して、逆張り冷水ぶっかけて評判を貶めようと

画策する中二病(むしろ高二病か)患者ネットを騒がせている。

彼らは、必死シンゴジラのアラを探したり、あるいは非論理罵詈雑言

浴びせて、涙目抗議活動を繰り広げている。

だが、そんな投稿は、当たり前だが全て反論され、徹底的に叩き潰される。

当然だ。

 

なぜなら、シンゴジラは「名作」であることが確定しているからだ。

なぜか?名作というのは数の論理で決まるからだ。

少数派が評価しても、多数が評価しなければ、その作品はせいぜい

「隠れた名作」、あるいは「カルト的人気」といった形容しかもらえない。

しかし、多数派評価したらどうか?

これはもう、「名作」「傑作」としか呼びようがない。

なんせ、批評家尊敬され、批評家意見が最重要視された時代が過ぎ去った今、

内容そのものの良し悪しで名作かどうかを判断することは不可能からだ。

 

勿論、個人個人自分勝手判断で「これは名作」「これは駄作」と定義することはできる。

しかし、それはどこまでも主観的であり、客観的評価に進むことはできない。

客観的評価とは、結局のところ、多数の評判によるしか無いのだ。

 

こういうと、観測範囲が狭い、シンゴジラ評価しないコミュニティもあると反論

受けそうだが、観測範囲が狭いのはどちらかな?

シンゴジラ評価するコミュニティと、評価しないコミュニティでどちらの規模の方が

大きいか、小さい脳みそでも考えればわかりそうなものだ。

2chのようになんでも叩くようなコミュニティを挙げても意味が無いので注意してくれよ。

 

よって、少なくともネット上では明らかに多数派シンゴジラ肯定である以上、

これが客観的評価になる。

「傑作」であることは客観的評価なのだから、声高に叫んでも問題はない。

さらに言えば、客観的評価である以上、多少は「アンチ」を貶めても炎上などするはずはない。

「この作品は知性が無いと楽しめない」とか「この作品の良さを分からないなんて残念だ」

とか「この作品批判する奴らは、恋愛描写が入らないと楽しめないスイーツ脳バカ

とか言っても、Togetter発言をまとめられて炎上などしない。

なんせ、多数派から

 

逆に、少数派であるアンチ」や「批判派」、これは黙っているか自分個人的感想

あることを強調した上で、批判はそうとう柔らかく、皮肉っぽくなく、婉曲的にマイルドに、

文章読解力が低い人間には肯定に見えるくらいの勢いで感想を述べなければならないのは当然だ。

なんせ、私達「多数派」が不愉快な思いをしたなら、それをまとめブログまとめサイトに載せ、

叩きコメント殺到させ、炎上させなければならないからだ。

なぜなら、客観的評価を乱した上に、多数派を怒らせたからだ。

 

からアンチいくら騒ごうがその意見否定されるし、その意見シンゴジラ地位

変えないし、ただ惨めな目に遭うだけだ。

 

からアンチは目を瞑ってどっか隅っこに挟まって、

口だけ開けて雨と埃だけ食って辛うじて生きてろ。

http://anond.hatelabo.jp/20160822181856

最近オタク自称するのやめようかなと思ってる

まりにも醜態を見過ぎた。

そのひとつあんたも加わったよ。おめでとう。

あと、元の感想程度なら増田で書くな。全然名有りでかけるじゃん。

であるという点を除けばな。

質問だけどシンゴジラの休眠直後に攻撃を再開しなかったのはなんで?

放熱が必要ってことは第一形態の海への帰還で分かってたことだろ?

爆撃機攻撃自体は効いていたからこそ爆撃機ウザいってなって放射能撃ったんだろ?

ならあとは物量作戦で休ませずに苦しめるだけで勝てるじゃん?

なんで場面飛んで戦術核になってんの?

結局冷凍させるために取った作戦無駄撃ちさせて物量作戦だったよね?

なら休眠し進化して冷却効率上がるかもしれない前に物量作戦空爆しまくらなかったのは何でだよ?

あれが意味からなかったんだけど誰か解説して。

 

まあどうせここでシンゴジラ感想書いてる増田他人日記パクってまとめサイトのごとくコピーしてるだけだから答えられないだろうけど(核爆)

白状

えー、昨夜こちらの記事を書いた者です。

シン・ゴジラそんなに言うほど面白いかあ??

http://anond.hatelabo.jp/20160821212820

先の記事読んで頂いた方々に心からお礼とお詫びを申し上げます

以下、告白というか白状です。

 

記事の私の体験話は100%真っ赤な嘘です。シン・ゴジラ初日に胸躍らせながら見に行きました。

感動で泣きました。いろんな人に「この世紀の傑作を見ろ!」と言って回りました。

自身もう何度も映画館に足を運びました。

ハッキリ正体を晒すと、私は以下の記事ブログに書いた者です。お陰様でこちらの記事もいろんな方に読んでいただきまして、先の増田を読んだ人の中にも目にした方がいるのではないかと思います

 

シン・ゴジラ感想ネタバレ極力無し) 昭和29年と2016年の「今この瞬間」 - 銀河孤児

http://d.hatena.ne.jp/adenoi_today/20160731/1469941620

 

 

さてでは何故そんな私があのような増田記事を書くことに至ったのか。

それは、シン・ゴジラを巡るもろもろの論争が、あまりに私にとって居心地の悪いものだったからです。

 

例えば「半減期20日間というのは福島の現状を思うと都合が良すぎる」という意見がありました。そうした不満を持つのは至極まっとうなことであろうと思うのですが、「フィクションだろ? 現実区別つけろよ」という雑な(嘲笑混じりの)反論を何度も見ました。

 

例えばこちらの記事です。

シン・ゴジラ』、ゴジラがあまりにかわいそう。(花田紀凱) - Y!ニュース

http://bylines.news.yahoo.co.jp/hanadakazuyoshi/20160812-00061061/

批評的に価値ある記事とは思いませんが、注意深く読めばあくまで「個人的感想」の範疇に収まる言葉遣いがされていることが分かりますしかしこんな文章ネットでは袋叩きにあっており、その光景は率直に言って醜悪なものでした。

 

例えば先日の漫画家藤島じゅん氏の例の1ページ漫画です。

確かに彼女漫画内のセリフ問題があったのは確かでしょう。「どんなに映画に不満があっても、それを楽しんでいるファン感性まで馬鹿にすべきでない」という真っ当な批判がありましたが、一方でそう口にする人々が同じ口で「あれをただ動いてるだけとしか感じられないなんてクリエイターとして感性問題が…」などと言っているのをいくつか見ました。「感性まで馬鹿すべきでない」とは何だったのか

さらには彼女が挙げた「面白かった映画」まで腐していくようなリアクションも多く見られました。そうした発言は以下のようにまとめられていますが、こうした批判側に同じ穴のムジナが大量に存在した事への言及は極々局所的にしかされませんでした。

 

「粟や稗しかなかったのはこれまでの邦画」「いま、会いにゆきますが中トロって感性が死んでる」という話や日本映画ファンの反発 - Togetterまとめ

http://togetter.com/li/1014983

 

シン・ゴジラ賞賛する意見の中には、ついでのように「最近邦画」を雑に腐していく意見が非常に多く見られました。そうしたツイートRTして拡散している人たちは、とても普段邦画なんてちっとも見てそうにない人たちばかりでした。中には「シン・ゴジラがヒットすることで映画界の人々が過ちに気付いてくれることを祈る」とまで言う人までいました。

私も邦画はあまり見る方ではありませんが、今年であれば「殿、利息でござる」は無理な恋愛要素も歪なキャスティングも無い極めて良質な映画だったと思います

彼らは自分発言を「あくま邦画界への批判であり、邦画をよく見に行って楽しんでいる人たちのことまで馬鹿にしたつもりはない」とでも思っているのでしょうか? 正直「何も考えていない」としか思えませんでした。

 

 

増田記事は「下手につっこまれないように」と、できる限りの注意を払い書いた文章です。その甲斐もあってか、多くのブコメからある程度好意的コメントいただき、流石にここまで気を使えば叩かれることはなくなるのか、と安心しました。しかし一方で「あの映画純粋楽しめないなんて可哀想な人」「この手の人って生きててしんどいだろうなー」など、まるで私の書いた感想を持つような人の人間性に問題があるかのようなコメントを平気でつけていく人も多少散見されました。

また、コメントで指摘されている通り、私の前増田記事に載せた批判意見ほとんどは、既にネット上でも多く話されているものであり、大してオリジナリティのあるものではありません。

しかし平気で多くの人が「シンゴジラ批判意見にまともなものが無い」などと言います。そんな雑な発言が200も300もRT、Favされています。そんな状況が、私にはとても悲しく、情けなく、腹ただしく感じられました。

 

去年私は実写版進撃の巨人を見に行って、このような記事を書きました。

 

実写版進撃の巨人」が割と最高だった話 - Togetterまとめ

http://togetter.com/li/855283

 

幸いこの時もまとめ記事に直接つけられたコメントブコメには、(一部を除き)そこまで私の感性ごと批判してくるような意見はありませんでしたが、ネット上の進撃の巨人叩き意見の雑さたるや、今炎上しているシンゴジラ批判記事なんて大したことはありませんでした。しかし、それに対し反論する人はごくわずかで、みんな何の気無しに「こんなん誰が得したんだ?」などと平気でつぶやいては、しばらくするとそんな自分発言すら忘れていくようでした。

 

 

いえね、正直に言えば、みんなもっと雑に批判すれば良いんですよ。雑に褒めれば良いんですよ。好きなだけ皆で殴り合って、次の話題作が出た時にはそんなこと忘れてまた握手すれば良い。

増田記事は、シン・ゴジラにノレなくってモヤモヤしてて、けど下手につまらなかったとも言えずにいる人たちへのエールです。結局絶賛してる人間が書いてる嘘記事なんだから、そんなんエールになるかよって気もしますが、私なりの心からエールです。

 

シン・ゴジラ見て、面白くなかった奴、納得いかなかった奴、気に入らなかった奴、面白かったけど正直そこまで…って奴。

大丈夫だよ。てめえらの感性はちっとも間違ってねえよ。自信を持て。自分の感じた気持ちに胸を張れ。あんな下らねえ奴らに負けてんじゃねえ。

 

から言えるのはそのくらいだ。

 

(これ今回ばっかりは自分史史上でも割とトップクラス陰湿な真似した自覚はある)

シン・ゴジラは、 『特撮好き』なら失神レベルの大傑作で、『一般人』なら視聴に耐えうる娯楽作

シン・ゴジラの真価は、これから広がるであろう一見さんによる批評の中にこそ有る。

まり、「満点からマイナスされうる特撮映画」が帰ってきた、と言う意味だ。

1週間ほど前に話題ゴジラを見に行った。面白かったは面白かった。

が、事前ハードルが上がりすぎていたのか、粗(に私には見えた)の部分が結構気になってしまい、正直世間で言われている程に「大傑作」にはあまり見えなかった。

シン・ゴジラそんなに言うほど面白いかあ??

シン・ゴジラには、決着のカタルシスが無い。

確かにその通りで、それは欠点だ。

それは、長年特撮ファンが受けたくても受けられなかった指摘だ。

特撮ファン向けの映画から一般人向けの映画に

「まあ、子供向けの怪獣映画にしては良く出来てたよね」という感想からの脱却。

対象年齢を考えても酷い」とか「大人の視聴に耐えうる人間ドラマ」とか

そういった「オヤクソクを共有している視聴者」向きの話じゃない。



まり、「ファインディング・ドリーと比べて」とか

ゴーストバスターズの脚本比較して」みたいな、

一般的な映画と比肩しうる水準に特撮映画を押し戻した。

からこそ「大傑作」であり、それ故に「まあまあ面白かった」という感想が併存しうる。

今あるものでやるしか無いんだ。

特撮は、リソースがないことをイイワケにしてきた過去がある。

平成に入ってからゴジラをどれでも良いから観て欲しい。

シン・ゴジラ比較するべくもないヒドイ作品ばかりだ。

一般人から見れば。



最近は「ゼロからプラスして積み上げる特撮映画」しか無かった。

「(全体の質はハリウッド比較しようも無いけど)特撮部分は良かった」

「(全体の質はハリウッド比較しようも無いけど)ドラマパートはヒドイ」

みたいな「邦画予算規模で制約の多い特撮映画において」という限定が常についていた。

シン・ゴジラは、正面からそれを覆してみせたと思う。

イイワケの無い、特撮映画としてのゴジラ

粗はある。荒削りでもある。

世界最高峰の映画では無く、手を入れるところもまだまだある。

それでも恐らくは邦画現場における特撮映画のベストを尽くした映画だと思う。

それは特撮ファンなら邦画の環境に絶望せずに希望を見いだせる一筋の光であるし、

一般人から見れば、「怪獣映画だけど面白いらしいよ」と観に行ける映画になってる。

まり何が言いたいかというと

日本特撮映画として100万点」のシン・ゴジラで終わるならソレまでだ。

でもきっと「世界の映画の中で70点」のシン・ゴジラだと評価してもらえる。

怪獣を通じて、日本災害を正面から描き、国のあり方をポリティカル視点から捉える。

世の中は稼いだもの正義で、投資してもらえるのは評価された作品だけだ。

その意味で、きっと一般人からみても、投資に一口のれる出来じゃないだろうか。


おまけ

ダシに使ったので、不満点に共感しつつ、違う視点提供しておくよ。

映画観に行った後のファミレスでダベってる感じで読んでもらえればと思う。

(人は感じたことが全てであり、反論しようとは思っていない)

登場人物ゴジラへの理解度が要所要所で不自然に高い』

主人公矢口会議中に巨大生物言及するのだが、この時点で矢口がそう判断に至った材料は精々ネットの動画程度であり、あそこでアレを「生物」と考えるのはかなり不自然だ。

この時点では矢口は単なる夢想家レベルである

矢口の人物像について、多少のフォローはされている。

シン・ゴジラ主人公である長谷川博己演じる内閣官房副長官矢口蘭堂は、

竹野内豊演じる内閣総理大臣補佐官国家安全保障担当)の赤坂秀樹から

会議結論ありきで進んでいる。かき回すな」と助言を受けている。

また、エレベーターの中で、立場が上の人間に対して「楽観やこうあって欲しいという願望が、先の大戦で何百万人も殺した」とワリとハッキリ苦言を呈している。

矢口生物と断定しているのではなく、「巨大生物の可能性を俎上に載せないのはマズイ」と判断しているのではないだろうか。

ネット上の映像フェイクであれば、それを作った人間動機テロで無いことを確認するまで安心しないタイプ

ニュース映像での「巨大生物尻尾」について、ニュースの真偽を問うシーンがないのは映画の都合だと思う。

ニュース第一報だと見るのが妥当なシーンだし、それならアレは何のジョークだと笑うのが現実的ではなかろうか。

同種の別個体については、検討は並行で続けているが、映画の都合でカット、じゃないかな。

個体だとすると、観客は「ゴジラ対究極生物なのか?」という疑念を抱きながら観ることになり集中力が削がれる。


『人の死の描き方について』

(一つは倒れるマンションから逃げ遅れた家族、一つは溢れた川から逃げる男性、もう一つどこかで同じことを思った気がするが覚えていない)

 この点はあまり大きな不満という程では無いのだが、どうにもモヤモヤとしてしまった部分だ。

たぶん、残りの一箇所は、自衛隊戦車が潰れるシーンか、注入第一部隊の全滅の部分じゃないかな。

マンション荷物を詰めていてマンションごと押し倒される家族、川からの逃げ遅れ(たぶん画面の奥側に向かって走る男性)は、

災害の描き方の問題で、ゴジラによる人死を描いているわけではないと思う。

あの一連のシーンで感じる「いまどこに災害が近づいてきているか一般市民には把握できない」という恐怖は演出として一貫していると思う。

(状況把握のしようがなく、気がついた時にはもう遅いという恐怖は、5年たってやっと直視できるようになった映像だと思う)

ただ、予算の都合による表現の制限を感じる部分ではある。

病院とか今まさに災害現場は出てこず、災害が通り過ぎた後の映像だしね。

密室俯瞰した映像に寄る災害描写は、予算制約を逆手に取った脚本の作り方の問題であり、

その意味で「巨大不明生物がなぎ倒したビルにも当然人が残っている」というのを伝える手法に限界があったのかな、と思う。

ほぼあの家族しか直接の被害は確認できないのに、それ以後の緊迫感は違う。

だけど、アレ入れて欲しくない、というのも判る。


石原さとみキャラが明らかに浮いている』

浮いてると思うよ。これはシナリオの歪みが集中してるせいだと思う。

これ、後でちょっと付記するけど、「シナリオの都合の上で」リアリティラインは高く見えるようにしてあるんだと思ってる。

例えば、東京駅前に当然あるはずの広大な敷地について劇中一切言及されていない。明らかに不自然。

筋論として、日本が米国に頼り、米軍日本国内武力行使する、という流れのハズ。

仮にも主権国家に対して、他国が熱核攻撃を短期間に強行する理由がない。

米軍による強行じゃなくて、国連安保理での決議言うてたし)

日本が壊滅するまで自由にさせておき、主権が及ばないところに出てから攻撃になるはず。

ちょっと日本以外のまとまりが良すぎるというか、世界があまりにも日本に対して冷淡すぎる。

日本に核攻撃」という荒唐無稽な一手と、

ゴジラを生み出したのは、牧元教授という日本人では?」という点、

外務省駐在武官無視して政権が直接軍事について外交を行うと言う部分を抑えると

祖母が原爆による被害者であり、日系人アメリカ政権に対して一定の譲歩を引き出しうる通常外交ルート外の存在は、

石原さとみ演じる米国大統領特使のカヨコ・パタースン以外であっても、

やっぱり荒唐無稽に見えるだろうし、どうしても浮いてしまうのは仕方がないと思う。

彼女シナリオの不備による歪みを一手に引き受けて浮いているのだと思う。

まあ、じゃあどう直せば良いかって言うと、アメリカ側を描くには予算が足りなそうだな……

『ヤシオリ作戦について』

ゴジラ原子炉載せて、排熱への対処(生存本能)で進化するって道筋つけると、焼却 or 凍結ってのは判りやすい。

シナリオの都合でアメリカに熱核攻撃を担わせると、日本特撮的な花である爆発(焼却)を使うのは難しい。

そもそも「カタルシスを得られない」ということそのものが、演出意図なのではないかなと思う。



一応、血を流すことから排熱に血流を用いているのではってのは合理性があるし、血液凝固材も30種類?試して効くのは確認してる。

元素変換する相手ならどこに投与しても一緒って意味では、口に見える部分に引っ掛けて体内注入するってのは効果的とも思う。

仮定仮定を積み重ねて、地味な作業原子炉の終息にもってくってのは、福島第一原発事故対応への直喩だろうし。

「ショボい」処理で、しかも「まだ終わってない」ってのを、東京駅に凍結させたゴジラで示しているのでは、と。

政府冷温停止宣言したのも、冷やし続ける必要があるってのも、同じ構図だよね)

 加えて、ヤシオリ作戦に関しては、矢口の陣頭指揮の部分にも中途半端さに違和感があり、これまで徹底して「対策室で対応する政治家」を描いてきて、結局最後は「主人公現場の陣頭指揮を取りに行く」というのを描くのか、というのに少し落胆した。

 せめて矢口本人が言うように「自分現場にいる事で出来た微妙判断」が描かれていればスッキリはしたかも知れない。

一応は、逃げ遅れた人がいるかもしれないけどやる?とか、線量が予定よりも多いけど続行するのか?とか、判断はあったと思う。

どっちかというと、多分最初に感じたであろう「え?総理大臣は逃げるの?残らないの?」みたいな感覚

「いや、指揮官は後方に控えてないと死んだら終わりだから」に観客の気持ちを変えたかったんじゃないかな、と思う。

それでもまあ、良くあるヒーロー映画みたいにゴジラに触れるような最前線までは最後まで行かないし、良かったんじゃないかな。

(良く言われる「陣頭指揮」を観客がどう捉えるかが、映画を見た後で変わったのではないか

『「国」のアピール

 総体としての「日本」とゴジラとの戦いを描くのがテーマであるのであれば、

 あそこまで「東京」のみの話に終始したというのはどうなのだろうと思う。

正直に言えば、予算の都合で、東京のみの話にしないと収拾が付かないと思う。

ただ、あれは東京一極集中への軽い皮肉にも見える。

福島第一原発事故」が「東京駅」で起こったとして、煽りじゃなくて日本としての機能がどうなったか考えるとゾッとする。

その俺の思いと重なるが、何度も「経済的」な話が出てくる。

経済的には莫大な損失とか、熱核攻撃を受けて世界から支援を受けないと復興できないとか。

損得勘定で熱核攻撃を仕方がないと受け入れる「論理」と、象徴的な意味で核攻撃を受け入れられない「感情」との対立軸にも見える。

「国」とは何なのかを観る人に問うシナリオになってたんじゃないかな、と。

まあ観たひとに届かないのであれば、そりゃ成功してないわけだけど。

その他のダメ出しポイント

まあ、観たひとに届かない思いは独り善がりなワケでダメなんだと思うけど、

最初に書いたように、そういう「普通の映画のダメ出し」してもらえるところにシン・ゴジラ価値がある。

と、思うわけで、やっぱり気になる点を俺も最後に列挙して置こう。

東京駅のど真ん前の話が無い

東京駅の正面真っ直ぐに、東京の中心である大きな空間がある。

熱核攻撃をあの付近で行うことに対して、日本人が触れないってのはあり得ない。

「彼らはここがニューヨークでも同じことをするそうだ」とはセリフにあるけど、あれ「ワシントン」じゃないんだよね。

あくまでも経済の中心であるというセリフであって、象徴的なんだけども)

陸上理由が判らない

突然地上にさまよい出た、排熱の為に進化した、冷却のために海に戻った。

突然さまよいでることも、デタラメに動くのも、再冷却の為に海に戻るのも災害っぽい。

鎌倉から上陸する理由がわかんないんだよね。

進化の方向性として陸上に特化してしまったとして、海水を捨てて地上に出てくる理由不明

牧元教授が好きにした結果、ゴジラを生み出して、意思を方向づけたなら判らなんでもないけど。

配偶者を原爆で亡くし、国と核を憎んだ牧元教授なら、先の大戦の直接の責任者である国の象徴にまず向かい、その後アメリカ上陸を目指すのは理にかなっている)

国連安保理が核攻撃容認するのが判らない

途中、スパコン計算能力貸して欲しいって海外の研究機関に依頼するときに、

一旦「ウチの技術を盗むかもしれないから断ろう」みたいなセリフがあるんだけど、

もしも「間に合わなかったら首都が熱核攻撃を受ける」みたいな状態なら、

「ひとを信じよう」みたいなのんびりした話にはならないと思う。

人類ってそんなに日本に冷淡なの?と言う。

秘密裏国連安保理が熱核攻撃容認するって、日本外交ゼロってことになる)

(そうすると、フランスと裏取引する外交技術との整合が取れない)

駆除一本槍なのに違和感がある

シナリオ福島第一原発事故念頭に置いてるからなんだろうけど、

ゴジラに対して調伏(焼却or冷却)しか選択肢が無くなってるのに違和感がある。

最初に言ってたけど、追い出すか、退治するか、保護するか。

保護が無理、退治が難しそうなら、通常は追い出しの手段検討するんじゃないか

餌で釣るのか、行動パターンを読むのか、押し返すのかは別にして。

追い出しにリソースが避けないって言う描写は欲しかったかな……

(これはほとんど「他の個体についての言及がない」ってのと同じポイントだな)

とは言え、

映画を見ながら、実際に災害になったらどう逃げようか俺は考えた。

かなり踏み込んで災害を描いてるような気がするけれども、どうかな。

「「「はい!」」」は物語破壊する

これはWEB小説を読んだ僕の感想である

主人公が味方たちに何か説明して、以下のように反応する小説散見される。



例:

「みんな、丸太は持ったな!」

「「「はい!」」」



1つ疑問なのだが、彼らは主人公に返事する際、「はい」などと応えるだろうか。

それも元気よく。

何か別の、個性のある返事をするのではないだろうか。



もちろん文章テンポというものがあるので、いちいち全員分の返事を併記するのは憚られるのもわかる。

わかるが、このたった一文がキャラクター個性破壊し、物語台無しにしているのではないのか。

僕はたいへん気に入らない。

主人公に忠誠を誓う騎士がこんなおざなりな返事をしていいのだろうか?

よくない。僕はよくないと思います

おっさん感想としては「俺の高校時代より遥かに金使って日々充実していやがるな…」でした

まあそれでも周囲より我慢してる、恵まれてない、となれば、貧困なんでしょうね

尾頭さんの差し入れ問題に関して

シンゴジラにハマって感想漁ってたら尾頭さんの弁当問題というのがあるらしく。

http://togetter.com/li/1014624

 これフェミとかジェンダーとか以前の問題だと思ったんだけど同じ事書いてくれてる人がいないからここに書く。

 まず、巨災対って、職場として最高じゃないですか。全員優秀だし全員が元の職場連携してて動きも速い。上司は「査定に響きませんので自由発言して下さい」ってあらかじめ言ってくれるできるやつ。ユートピアか。

 それでシャツを着替えるのすら時間が惜しいレベル修羅場に主力メンバーの一人がお弁当作ってきて「おお~」ってなるかなあ?「いや……ありがたいですけど……それより10分でも15分でも寝て下さいよ、何やってんすか尾頭さん」ってなるんじゃないかな……。差し入れも尾頭さんの気持ちも嬉しいけど、ご飯もおいしいけど、隣には家族とご飯食べる15分すら惜しんで戻ってきてる人もいるわけで、私はその人の顔見れないかもしれない。中には「気持ちはありがたいけどさー、弁当作る時間あるなら仕事して欲しいよなあ」なんて喫煙所で言い出す人がいたりして……ああやだ。そんな巨災対は嫌だなぁ。そんな職場に雑念呼び込むような事する人じゃ尾頭さんはない!シンゴジラにそんな人はいない……!とかのうっすらした違和感が頭の中をよぎった。 

 ざっくり言っちゃえば「飛影はそんな事言わない」なんだろうけど、ギャップ萌えというならなんでわざわざ「巨災対に差し入れシチュばっかりなんだろう?料理とかアイロンとか「普通女性として」丁寧やってる尾頭ヒロミ日常漫画はないんだろうか??それならひっかからないっていうかむしろ見たいですけどね。

 それから片桐はいりの事を考えてて思ったんですけど逆に“たまたま開いてた画面を見た片桐はいりが「あら?これ(放射線量地図)とこれ(ゴジラの移動経路)、なんだか似ていません?」「何……まさか!」「マジかよぉぉぉ〜」”っていうシンゴジラって、何か違うくないですか。

 ホント言葉にするほどハッキリ感じたわけじゃないし、二次創作止めろとか言いたいんじゃないけど、まとめでフェミ的な括りにされてる人達の中にも同じ事言ってる人いると思うので、ちょっと書きたかった。

 ちなみに他で見た、尾頭さんが合理的すぎて家畜の給餌みたいになってる手料理漫画面白かったです。

http://anond.hatelabo.jp/20160822160648

概ね納得できる内容だし、同意できないまでも理解はできる。

ただ、核兵器使用容認に関しては、増田に限らず他の人の感想でも見かけるけど、核兵器に対する認識が小さいように感じる。

核兵器、熱核兵器の怖さは、放射能汚染だけでなく、その暴力的破壊力であるはずだ。

あの場面で広島長崎写真が挿入されたのも象徴的だと思うけど、核爆弾の炸裂によってほとんどの建物が跡形もなく崩れ去った焼野原をこそ、想像するべきだ。

もちろんあの段階でも既に東京が深刻なダメージを受けているのは間違いないけれども、まっさらの焼野原にしようというのは意味合いが違い過ぎると思う。



それとも、これは俺の考え過ぎなのだろうか。

実際には熱核兵器使用したとしてもそこまでひどい自体にはならないものなのだろうか。

下手したら大きなクレーターができて海水が流れ込んで東京湾が拡がるくらいでもおかしくないと想像してしまうのだけど、知識不足による妄想に過ぎないのだろうか。

シン・ゴジラ後乗り感想

あんまりにも絶賛以外の初期批評ボコボコにされるのを見て恐れをなし増田に投下する所存

ネタバレあります


矢口描写

現実派の赤坂理想家の矢口という対立描写がされていたが、矢口が非常にできる人オーラを出しているのであまり対比が感じられない。

冒頭で矢口が巨大生物云々という空気の読めない発言をするが、観客からすれば「真実」を指摘しているわけで、この時点での矢口の未熟さを感じる人はあまりいないと思われる。

赤坂が「空気を乱すな」とたしなめるが、この時点で赤坂矢口感情移入する観客からすれば嫌な人でしかない。

その後も矢口は周囲のフォローを受けながら巨災対を回していくわけだが、失敗描写殆どないのでやはり矢口は有能に見えてしまう(よく見ると矢口1人では全く回ってないのだけれど)

よりわかりやすく示しても良いと思った。決定的な失敗をするとか、巨災対に陰口言われるけど成長して信頼されるとか。

はいえ、現状の構成にも利点はある。矢口感情移入すれば(そしてそれは容易であるヒーローとして楽しめるし、深読みすれば矢口成長物語としても楽しめるので。

実際この2人と、矢口-松尾コンビのやり取りは楽しく見ることができた。


■カヨコ

さんざん言われているけれど、やはり浮いている。怪獣映画であるとしても浮いている。たまにゴジラが一番リアリティないだとか、ヤシオリに向けたリアリティラインの降下要因だとか言われるが納得できない。

対人物と比較したときにカヨコが浮いているのは紛れもない事実である

人とゴジラ対話してチームでも組むならカヨコの存在違和感いかもしれないが、そんな荒唐無稽なことは起こらない。

ゴジラリアリティがないからカヨコにリアリティがなくても良いという主張は、実質映画の全てを免罪し映画自体評価を下げてしまうのであまりよろしくないと思う。

カヨコがいたかリアリティが感じられなくなりヤシオリを素直に楽しめたか?NO。

あのテンプレアメリカンキャラ付けルー語は勘弁して欲しかった。

個人的には老獪な紳士とかだと良いなぁと思います萌えるので。


ゴジラの生態

これはこの映画最大の魅力ではなかろうか?

前段で書いたこと、これから後段で書くことはあくま映画をそれっぽくするためのオマケ。

ゴジラの設定は最高だった。あのぶるぶるするちょっと残念なサンショウウオが画面に現れたときですら大興奮だった。その後のそれっぽい科学説明科学的に正しいかは問わない)もそれに拍車をかける

絶望感を盛り上げるWho will know (24_bigslow)/悲劇(熱線の時のBGM)もいいが、 Persecution of the masses (1172)/上陸も不気味さと不安感を煽る絶妙音楽だと思う。

日本武力の総力を投入しても基本的にはただ平然と前進し続けるゴジラ。お決まりの「やったか!?」。この古典的台詞ですら場面を盛り上げる。

そして熱線。かっこいいの一言に尽きる。まずガスをはき出してそれに引火し、炎が収束していくあの描写オタク心を存分にくすぐってくれた。ギャレス・エドワーズの熱線描写で大興奮していた自分にとって、あのシーンだけでもこの映画価値がある。

ガメラ2ラストのような火の海の中で暴れ続けるゴジラを遠くから描いたカットも最高。そして全てが終わった後、エネルギー切れのロボットのように眠りにつくゴジラ。1連の流れは”美しい”の一言に尽きる。この場面だからこそWho will knowも生きる。いきなりIf I died~で始まる歌詞無駄示唆的でよい。

その後東京にたたずむゴジラを見たときは少々ギャグっぽいなと思ったが、熱線を掃き終え眠りにつく描写のかっこよさはそれを上回る。

熱線描写までは積極的破壊をしないところも評価したい。サンショウゴジラはただ進んでいるだけだが、それだけで甚大な被害をもたらすという絶望感は心地よかった。それは見慣れたゴジラの姿になっても変わらない。

従来策のように、なんでビルに戦いを挑むのかと思わせられる部分はなかった。


■前半と後半の乖離

前半部分の完成度の高さに比べて、映画後半はどうしても見劣りする。

ゴジラという強大な存在感に支えられていた映画が、外国という相手しかも顔も言葉も見えない!)にその対象を変えたことで一気に魅力が薄れてしまった。

この映画に出てくる外国人は、漫画テンプレか、顔の見えないよくわからない相手である。正しく世相を反映しているのかもしれないが、ずいぶんと内向的な描き方だと感じる。

さて、後半魅力が薄れた理由は核攻撃とそれに対する主人公達の反応に説得力がなかったからだと思う。露悪的な見方かもしれないが、突然嫌悪感を前面に押し出す主人公達の反応があまりにも唐突に感じられる。

攻撃有効性は巨災対の中でも認められている。勿論自分絶対にノーだが、この映画は前半で日本にとって東京いかに大切かを延々としゃべらせているので、地方在住の自分としては「地方だったらここまで抵抗するか?」と穿った見方をしてしまう。

理想化の矢口の反応はわかるが、ここで赤坂感情的になるのも解せない。日本人皆の共通認識と言えばそれまでだが、もっと説得力のある反対理由が欲しかった。ぶっちゃけ核がゴジラにきかないのでは...?という手応えが欲しかった。

既に東京ゴジラにより破壊汚染されているわけだし。

ヤシオリ作戦カタルシスに欠ける。絵のシュールさも勿論、電車爆弾程度でゴジラが転ぶのか?と思ってしまう。脚本の都合上仕方ないかと思うが、観客に仕方ないと思わせている時点で失敗といえる。

地面を爆破してバランスを崩すとか、そういう描写の方が説得力があったかもしれない。

口に散水車で液体を流し込む絵もあまりにもシュール。ヤシオリというかヤケクソ。

前半は素晴らしく没入感のある映画だっただけに、後半冷めてしまったのは本当に残念。とはいえ前半があったが故に後半もまあ許せるかぐらいの気分にはなれるし、この映画を良作たらしめている。


政治云々

初代ゴジラには議会ゴジラ情報を統制したい与党っぽいおじさんと、事実公表しろと迫るおばさんのやり取りがあったりする。

一方シンゴジラでは政治描写殆どない。基本的には現内閣とその下部の各省庁から集められたチームが職務をこなす様であって、あれは行政と呼ぶべきだろう。

ゴジラが海に帰った後、国会でのやり取りがあっても良かったかも知れない。それこそ初代のようなやり取りを。民主主義云々言うのなら国会野党を欠くのは片手落ちである

科学者へ無邪気な信頼を置いているのも気に掛かる。今作はわかりやすいほどに震災モチーフと言われているが、であればあのとき科学がどういう状況だったかを考えるとこの映画は無邪気すぎる。

あのとき間違えたものも正解したものもいた。にも関わらず今作の巨災対の科学への絶対的信頼は怖い。

彼ら・彼女らは行政人間ではあるが同時に科学知識を持つ専門家としても描かれている。そのギーク達が超人のごとき活躍。本当に福島を扱いたいならあまりに呑気ではないか

これは穿った見方をすればギークが有能な指導者に見いだされ日本を救う物語とも取れる。この設定は映画の魅力を損ねるわけではないが、高める訳ではない。

また日米の主役である矢口とカヨコは両者とも世襲政治家で若くして高い地位についている。きっと矢口支持率も高いのだろう。親の七光りも存分に使っている。

これが皮肉なのかどうなのかはわからないが、その上矢口は(危機はいえ)小休止時にシャワーもせずに働きづめで有り、皆もそうであることを賞賛する。

庵野が描いた主人公がこのような仕事人間なのは興味深い。


総評

良作。見て損だと思う事は絶対にない。見た人を必ず楽しませてくれるはず。

一方で気になる欠点存在し、その欠点を吹き飛ばすには後半の尻すぼみもあり傑作とまでは言えないと思う。