「感想」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 感想とは

2016-12-10

ユーリ!!! on ICEに対する感想に苦しんでいる人の話

 ユーリ!!! on ICEが今期最大の楽しみで、毎週の更新を心待ちにしているのだけれど、この作品をめぐって立ち現れる感想たちに、苦しんでいる。

 わたし作品を読みこんで、キャラクタたちはなにを考えて、感じているんだろう、というのを想像するのが趣味である。それ故に、自分以外の人が作品を見てどんなことを感じて、想像したのかも気になる。自分とは全然違う見方出会うのがおもしろいからだ。

 なので、今回もSNSを使って感想を見ていたのだけれど、なんだか、この作品BLとして展開し、賞賛するコメントが、非常にしんどい(わたし自身特にBLに抵抗はなく、かといって積極的に見るわけでもない、くらいの立ち位置)。理由は判然としない。数が多いからかもしれない。とにかくよく見る。最新の10話だと「結婚おめでとう」とそれにまつわるエトセトラである。本編の展開から得られる感想としては、「確かに」なのだが、わたしは、なんというか、「9話までに積み重ねてきた時間は……?」という気持ちになった。たぶん、「結婚おめでとう」のコメントに、これまで、彼らが時間をかけて考え、努力してきた過程無視されて、結果(?)だけ拾われているように感じたから、苦しいのだろうとは思う。どういう立場感想だよ、と自分に言いたくなる。同時に、だれがどんな感想をどんな風に持ってもいいはずなのに、「そういう考えの人もいるのね」と今までは流せていたのに、今回はなんだか許したくなくなっていることにも気がついた。許したくないってなんだよ。わけがからない。別の例だと、この作品を指して「腐ったアニメ」と表現していた人に対して、「腐っているのはお前の頭だ!」と大笑いしてしまった。身体の力が抜けた。「同人誌でやることがなくなった」ということばもあった。やるせない。今までこのひとは、何を見てきたんだろう、何のために作品を見てきたのだろうと悲しくなった。こうして、また人の感想否定したがっている自分の心の狭さに、がっかりしている。傷ついているわたしは、なんの立場なんだよ。

 ほかにも苦しいと感じるのは、作品スクショガンガン上がってくること、現実選手キャラクタが似てるなどという話、さら派生して実在する選手セクシュアリティネタにしてよろこんでいる話である。これらを見ると、1番に関しては不愉快だなァと思う、2番目は双方に対して失礼な気がするし、3番目に関してはもはや理解に苦しむ、意味が分からぬ。何に対しても刺を向けられる自分にびっくりする。ささくれすぎ。

 見なきゃいいだろ、という意見はごもっとも、自分でもそうしたい。しかし、残念なことにかなしきクソオタなので、苦しみ以上に得られる喜びを探して、今日インターネットの海を泳いでしまう。呻きながらたどり着いた、「みんな、大会がんばれ!」のひとことをたまたま見つけたときには、文字通り涙が出た。

 投稿前に読み直してみて、本当におまえはなんなんだと思ったし、これを世に出すのか、とも思ったけど、せっかく書いたのでそのまま掲載する。自分のことを知る人の前に、こんな強烈な自分語りを出すのはなんとなく恥ずかしい、だから匿名にした。この作品のことが大好きで仕方ない自分がブレないよう、強いこころを持つことが今年最後目標となりそうだ。

もう2度と見たくないアニメ

現在放送中の某アニメ

制作発表があった頃からものすごく楽しみにしていました。

元々題材にされている競技が好きだったんです。

ソチオリンピックからなのでにわかなのですが、ソチをみてからずっとシーズンの度に中継を観戦し、多くの選手応援してきました。

そんな競技が大々的にピックアップされたアニメ放送されるということですごく楽しみにしていました。

最初PVの曲も雰囲気もよく、これは期待できる!と思っていました。

ここであることに気づけていたら、Twitter二次創作もやめることはなかったかもしれません。

放送が開始された10月

1話は某テレビ局オンデマンドでみることができたため、放送直後に視聴しました。

地方のためリアルタイム視聴はできません。

1話は少しイメージと違うなというシーンはあるものの、競技シーンはすごく作り込まれていてこれからの展開に期待が持てました。

主人公よりもそのライバルキャラが気になるのはいものことなので、この子はこのあとどうなるのかと翌週の放送が楽しみでした。

1話は何度も再生したのですが、2話以降はこれは自分が思い描いている競技アニメとは何か違うと感じ、オンデマンド視聴のため課金しましたが、1度しか視聴していません。

お金を払ったので毎週みてはいます

見た上での感想なのですが、私の知っている競技と全くかけ離れているように感じました。

「本格」の看板をひっさげて現実大会と同時進行で盛り上げているはずなのに、競技に対するリスペクトがまるで感じられない。

主人公とそのコーチ関係もよくわからない。

私は腐女子ですが、この2人の関係には全く萌えません。

もともと主人公カップリングを好きになる傾向にはないのですが、サブキャラにもライバルキャラにも惹かれるキャラがいません。

「本格」の看板がなく、男同士の恋愛をメインに描いた作品だったならば笑い飛ばせた気がします。(全く萌えませんが)

しかし、「本格」を謳い、競技関係者が多く関わっている作品であるはずなのに、その競技に対する扱いが雑に感じるのは私だけでしょうか。

また元々セクシャルマイノリティを題材にしたアニメではないですよね。

どこかで主人公やその周りの人がカミングアウトしていましたか

主人公はいたってノーマル的嗜好だったように思いますし(幼なじみに対する恋愛感情など)、他のキャラクターもそういったことは口にしていないと思います

それなのにLGBTへの賛辞だ!って言えるんでしょうか?本当にセクシャルマイノリティに優しい世界なんですか?

主人公にそのつもりはなく、また作り手側も全くそのようなことは考えていないと思います

原案の方が何やらよくわからないことをおしゃっていたようですが、最初からそういったテーマなら理解できますが、これって某競技アニメですよね?

競技に興味を持ってもらうためのアニメではないんですか?

全く競技の紹介になっていないと思います

ジャンプや演技構成、会場での緊張感、選手達の意気込み(家族への感謝ファンへの思い)など、実際にテレビで観戦している方がよっぽど感動できます

とても楽しみにしていたアニメだけにとても残念です。

競技に対する間違った知識とある選手に関する見当違いな意見競技そっちのけで主人公暴走

これ以上競技に対する侮辱がないことを祈ります

書きたいことはまだまだあるのですが、何を言ってもこのアニメを持ち上げている人々には届かないのだと思います

いつか気づいてくれることを願っています

このアニメのどこが素晴らしいのか、私には全くわからないのでコメントにて教えていただけたら幸いです。

広重と「君の名は。

今更ながら「君の名は。」の感想

君の名は。」は好き嫌いが別れると思う。

音楽も、セリフも、ストーリーも、悪くはないがうまくマッチしていないような気がする。

ただ、やっぱり好き嫌いが別れるのは絵によるところが大きいと思う。

美しいかいかと言ったら、100人100人が美しいと言う美麗さだ。

ただ、映画の絵としては特異と言わざるを得ない。

主人公が絵の中心にいないのだ。

背景を美しくみせるための、添え物に過ぎない。

絵に人間賛歌がないから、あんなに練られたストーリーも、セリフも、一つの作品としてまとまらないのだ。

正確には、背景を美しくみせるというのもちょっと違う。

あの映画の絵では、背景ですら、光を、風を、雨を、それを表現するための手段にすぎない。

人物が映るシーンは逆光で、人物は平面的に沈んでる。

見えないほど雨が画面を曇らせる。

風に草木がそよぐ端っこに人物がいる。

画面の半分が空。

思い出したのは、歌川広重だった。

真面目な話、雨の絵を発明したのは浮世絵だと言われる。

中でも、広重は、雨そのものを、雪を、光を、描き、人物も背景もその添え物という新しい表現に挑戦した。

今では、紙も絵具も変色して、容易には気が付かないと思うけど、雨が、光が、雪が、主役の作品を残してる。

そして、その方法がかなりストレートだ。

版画という、数々の制限の中だからこそ、ストレートな工夫が目に入ってくる。

日本人の目には、「へぇ面白いなぁ」だが、当時の西洋人には衝撃だった。

おそらく、「君の名は。」も同じに映るだろうと思う。

2016-12-09

この世界の片隅に」はVR映画

意味不明タイトルをつけたが、そういう感想から仕方ない。

この世界の片隅に」はという映画原作も含め)は時代考証レベルを超え、(考現学というのかな?)

生活習慣や風俗文化地理建物看板放送局アナウンス、雑踏に響く声、当時の気象

その時代、そこに暮らしていた人の佇まいなどを、

背景に至るまで徹底的に調査して描かれた作品らしい。

で、この映画を見た感想はVRだ。

ヴァーチャルリアリティ映画昭和時代を描いたアニメだけど。

時間と6分、昭和10年から20年までの広島や呉で暮らしていたような錯覚を覚えるようなVR感覚であるヘッドマウントディスプレイ感覚

このようにありとあらゆる情報テキストというか記号イメージ)をぶち込んでいくと

「3次元でも360度映像でもないのに、人間はVR感覚を味わう」という、新たな発明をしたので、ノーベル賞級の何かだと思う。

従来の作品では、「戦争という非日常」を強調していたが、

この作品では生活描写を主、戦争日常として描く

従来の作品では主人公は「特別で有徴」の人物だが、この物語主人公はほんとうに「普通女性であり無徴」である

名前は「すず」。元素記号でいえば Snなんだよな。つまり主人公ではない。「すずさんはモブ」なんだよ。呉や広島暮らしていた人の一部なんだ。

(逆に言えばそのことで、あの時代の呉や広島暮らしていた人たち・・・それどころか戦前のありふれた日本人全員が主人公になりうるという効果)。

どこまで「片隅でありふれたもの」を精密に描こうとしていたのか、作者の執念が伝わる。呉の家も片隅にあるし。

とくに日本人にとっては

戦前戦中という「過剰に語られてすぎてブラックボックス化していた世界」の壁を破壊し、

「思い出すための橋を渡した」という意味で、とんでもなく価値のある偉業だと思う。

戦争のことは置いておいても、

昭和時代あの日本家屋で、記憶の奥底にある、あの家で「我々の父祖はどういう気持ちで日々を過ごし、何に勤しみ、何を守り、何を失い、どんな生活をしていたか

「どういう気持ち結婚たか」というものはもはや思い出せなくなってきている。あの手触りや匂い。30代の自分物心つく頃のギリギリ覚えてるあの感覚

それをマンガアニメにして固定化させたわけで。

昭和戦前を描いたマンガ映画なんかいくらでもあるけど、

これだけなんだよほんと、

はじめて「ああ、これが戦前、これが私の祖母!これが私の祖父!」と思えたのは。

もう消えてしまった記憶を「やっと思い出した!」という気持ちが強い。実際あの日本の町並みや人々の生活は消えてしまった。思い出せるはずがないのに

、ほんと時代的にギリギリのところで、「記憶も記録も感覚ハードディスクごとフォーマットされる寸前のところ」で思い出した感じ。

ほんとこれは偉業だし、日本人歴史意識…というか「民族アイデンティティー」のレベル重要作品になるんじゃないかと思う。

原作こうの史代さんは「これは私なりの解釈です」と書いてたけど、私はその解釈を、全力で選びたい。

ゲンロン4

東浩紀がまだはてないたころやっていた波状言論面白かった記憶があるのでなんとなく買ってみた

目次を見たときの予想は30代貧困層自分にとって杉田俊介あたりは共感できるし読めるけど

浅田彰インタビューとかきっとよくわからなくておもしろくないんだろうなって感じだったけど

実際に読んでみると浅田彰インタビューが生い立ちについて詳しく語られていて一番面白くていい意味で予想を裏切られた

自分物心ついた90年代以降の思想評論はどこか世の中の動きとは無関係に動いていたという感がどうしてもあるけれど

浅田彰の語る高度経済成長期は思想が人を動かし人が世の中を動かしていたという強い結びつきを感じてそれが濃密さを生み出しているように思える

いっぽうで別の座談会では古市憲寿の台頭についてマスメディア需要に応えているから勝っているという身も蓋もない分析がされていたりして

金、ビッグデータポピュリズムなどが力を持ち思想勝利する前の時代としてしまった後の時代対照的空気がはっきりとわかるような本だなと

さらっと読んでみてそんな感想を抱いた

[]

今回は感想というより、雑感。



日常モノにもある「人外×人間モノ」という組み合わせについての雑感

人外×人間モノも割とトレンドなのかな。

亜人はいるんだけれども、ストーリー舞台設定自体現代ほぼそのままっていうね。

興味深いのが、亜人からって特別なことはさせなかったり、させたとしてもあまり大袈裟にしないのもあるんだよ。

亜人ならではな事柄」にこだわらない。

となりのヤングジャンプだと『彼女に合わせる顔が無い』とか、ポラリスだと『オデットODETTE』とか。

コミックウォーカーだと『かわずや』、『彼とカレット。』とかかな。

少年ジャンプ+最近ブロンズルーキー賞取った『となりの熊沢君』とかもか。

なぜこういう現代舞台にした日常モノに人外を添えるかって考えたみたんだけど、要は「日常の中で非日常演出できる装置として便利だから」だと思うんだよね。

日常モノをバカにするつもりはないけれども、やっぱりエンタメとしては弱くなりやすジャンルからなあ。

エンタメの基本って、何かが過剰であったり異常であったり、或いは逆に欠如していることだと思うからね。

日常にあるものをそのまま切り取ってもエンタメとしては弱い。

できることは限られているし、受け手想像しうる範疇になりやすい。

私がよくいう「同じことはやればやるほどつまらなくなりやすい」に通じる。比較対象が増えれば尚更。天丼だとか、お約束という解釈可能ではあるけれども。

エンタメフィクションにおいて絶対条件とはなりえないケースも勿論あって、どの層の受け手がどのようなものを求めるかということに帰結やすい話ではあるけれども、まあエンタメ花形であることは否めない。

その点で、日常描写に支障のない範囲内で「分かりやすい異常、過剰性」を演出する舞台装置として人外は便利だったんじゃないかなあ、と。

雛型が凡庸であることの抵抗ともいえるかもしれない(まあ、それすら手垢まみれになりつつあるが)。

『となりの熊沢君』とかは最たる例で、あれは熊沢普通人間であっても全く問題なく成立するプロットなんだよね。

けれども、真正から真面目なストーリーを描くと照れ臭いから、作者自ら茶化さずにはいられなかったのか、ああいキャラクターにしたと感じた。

仮に贔屓の声優さんがいるとして、AV出る(出てる)とか、とても嬉しい以外の感想はないんだが、何故叩きに発展するのかよく分からない。

真摯に声のみを評価しているから他の付加価値が嫌だってわけじゃないんだろ?

アニメに謎の抵抗感をいだく腐女子の話

はじめに言っておくと、私は一切某アニメを見ていない

そのことを留意した上で読んで欲しい

題名の通り、私は腐女子だ。結構年季も入っている。

そして私の友人にも腐女子が沢山いる。

その間で今大流行しているのが某スケートアニメだ。

おそらく私の周りだけではなく日本中腐女子が今期一番見ているアニメだと思う。

そのアニメがなぜか見られない。腐女子なのに。

最初所謂腐媚びのせいか、と思った。

くそ代表格で語られる某水泳アニメや某六子アニメは確かに見られないからだ。

しかし、男性も見ている、という声や競技作画が素晴らしい話も聞く。

から最初は抵抗を感じつつも見ようかな、という気持ちがあった。

つい最近10話が放送されたらしい。

何度も言うが、私は一切本編を見ていない。だから周りの感想しか知らない。

その感想によると、死ぬらしい。ということは分かった。

腐女子というのはすぐに死んで墓に入るが、今回は相当だということはなんとなくわかった。

指輪がどうの、とか教会がどうの、とか、まさに結婚しか言いようのない展開らしい。

ただ、それを腐媚びと言うのはおかしい、と皆口を揃えて言う。

しろそんな軽さではなく、LGBTについて丁寧に考えている、と言う人もいれば、

色々な愛の形を提示しているだけ、と言う人もいる。

とにかく、媚びとかそういう話ではなくて、どこまでも純粋な愛の話だと。

関係者ツイートも見た。どんな形の愛もこの作品世界では差別しない。

そこまで言うのだから、本当に考えているのだと思う。そしてこの作品テーマの一つでもあるのだろう。

そこまで理解した。

でも見られない。それどころか、さらに抵抗感が増してしまった。

頭ではわかっている。本当に良い作品なのだろう。

それなのに抵抗感がひどい。本当に何故かわからない。

自分は思っていたより天邪鬼なのかもしれない。かなり拗らせて捻くれているのかもしれない。

深層心理ではLGBT嫌悪しているのかもしれない。腐女子なのに。

ふわっと理由は思いつくが、どれもこれだ!というものがない。

ただただ見たくない。

これからおそらくラストスパート。目にする機会はさらに増える。

1人謎の憂鬱に襲われているのが辛い。

見ていないかリアルでは言えないし、SNSにも書けない。

でも、とにかくもやもやする。

同じような腐女子の方、いませんか?

-------------

追記

真夜中の投稿にもかかわらずたくさんの反応ありがとうございます

はてな匿名ブログ舐めてた。すごい。

ただ私の個人的問題であり既に楽しんでいる人、好きな人否定するつもりではなかったので、

今更ではありますアニメ名前さらにぼかしました。(検索で引っ掛かる)

2016-12-08

[] H26民訴コメント

第1

2.

判例理解ちょっとおかしい?かも?(と思ったら感想に書いてあった。すまん)

45年判決を俺なりに要約すると以下になります



(1) 表見法理は、代理行為によって財産流通が始まった後に、後から代理権が無かったとして取引無効とされると、財産流通によって増えた資本がパァになってしまうのが困るために設けられた規定である(いわゆる取引安全)。

(2) 他方、訴訟場合代理人による訴訟行為によって財産流通することはないので、後から無権代理を主張されても増加資本がパァになって困るという事態が生じない。だから表見法理を適用する必要はない。



これを前提として、本件の和解を見ると、これによって損害賠償債権債務が発生していて、財産貨幣)の流通が始まっている。これが後から無効とされると増加資本がパァになってしまう。これは困るので、訴訟上の和解場合に限っては表見法理を認めてもいいのでは?というのが問題意識だったと思う。



3.

「多くの訴訟行為が積み重ねられるとはいえず」とあってその通りなんだけど、和解には訴訟終了効(267条)があって、それ以上訴訟行為が積み重なりようがないってことを書けるといいと思う。



第2

いいと思う。和田曰くこの問題は出題ミスらしいっす。



第3

2.

コメントにもあるけど三段論法にするともっと良かった。



マニアックな話>

この問題、実は聞きたかったのは既判力の縮小でもなければ、117条でもなく、一時金賠償判決の既判力の問題だったと思います(出題趣旨にもその旨がちらっと書いてある)。

一時金賠償ってのは、交通事故とかにあったときに、将来の逸失利益とかを諸々計算に織り込んで3000万円とか賠償させる、あれです。

これ将来発生する損害を賠償させているのに、現在給付の訴えです。なんで将来給付の訴えじゃないか分かりますか。民709条の「損害」の解釈として、将来発生する損害も不法行為時に発生するという解釈民法で採っているからです。

まり判決の1年後に判明した後遺症だろうがなんだろうが、全部不法行為時に生じたことにしちゃうということです。

しかしこういう無理な解釈によるとやっぱり問題がいろいろ出てきまして。本件のような後遺症損害の問題の他に、例えば事故後あと30年は生きるだろうと思ってその分の逸失利益賠償を命じたら、その1年後に自殺してしまいました、みたいなときにどうすんの?みたいな問題が出てきました。

倉田という裁判官がこの問題を何とか解決したいと思ってたくさん論文を書いた結果、定期金賠償という仕組みが作られました。要は一気に3000万円を払うのではなく、分割払いにするということです。

けれども定期金賠償にしても、支払方法を分割払いにしただけなので、既判力の内容は変わりません。なので問題全然解決しませんでした。ここは倉田判事理解に間違いがあって、こうなってしまいました。

そこで登場したのが117条です。既判力を解除して損害額を調整することを認めてやろうというわけです。

ただ、この問題ってほんとは上で書いた民709条のムチャクチャ解釈から始まっているわけで、そこを放置したまま117条を作ったために、理論的にはかなりヤバい制度になっています。なので立法もびびって定期金賠償しか適用を認めませんでした。

けれど、定期金賠償ってそんなに使われていなくて、やっぱり実務では一時金賠償が主流です。じゃあこの117条って一時金賠償にも使えないの?ってのが今回の設問3の問題意識だったと思います

これをストレートに聞けばいいのに、無理に和解の話と既判力の縮小に絡めたせいで、訳わかんなくなってますしか類推適用するなとか意味不明)。

この流れを理解していると、117条の趣旨とか、何でそれが本件和解妥当するのか、とかが分かりやすく(書きやすく)なると思います

どうでもいい話ですいません。

この世界の片隅にのん」が絶賛されてる理由

彼女境遇に合わせて「はまってる!」と言ってる人がいるが、 も う そ う い う の 面 倒 だ か ら や め に し ま せ ん か 



この世界の片隅に」の主役はすずさん(アニメボイスのんである

そしてこの作品群像劇とは違う。確実に「すず」の目線で見た「すず」の世界お話であり「すず」の話である

最初から最後まで、のんボイスですずの心象風景が語られていく。

そのリアル自然なさま。

方言もどうやら絶賛のようだ(広島弁から呉弁に代わるらしい。うん、他県民なのでわからん。でも確実に広島弁なのは分かる)

「ありゃー」が口癖のすずさんの「ありゃーバリエーション」は素晴らしい。『上手いとか下手とかじゃなくて~』と人はよく言うが、これはかなりテクニカルなことだろう。

朝ドラ全話の「じぇじぇ」のバリエーションを全てまとめるというキチガイ動画しかNHK公式)を見たことがるが

何百回もあったので「この『じぇじぇ』と今の『じぇじぇ』は似てるな、近いな」と思うこともあったのだが

このアニメの「ありゃー」は全部違う。そして全部可愛い。(ありゃーはすずさんしか言わない。じぇじぇ!は皆川猿時も言う)



あの絵柄のため子供のすずさんと大人のすずさんの見た目はさほど変わらない。

お嫁に出たすずさんを大人、としても18歳なので、あまり変わってほしくもない。

なので子供時代の声も「のん」が当てている。イケメンボイスで「細谷佳正」もショタを演じてる(子供なのにイケメン声すぎであるが周作さんなのでよし)。

しかしある地点から、すずさんは見た目も中身も大人になっていく。

それが違和感なく、自然に、そしてふとした瞬間に<声>で分かるのだ。

このアニメ戦争記号化してきた作品とは違って、【あの時代】という事実を打ちだし、見る側に考えさせる形をとっている。

なので子供声と大人声を分けないと判断した功績は大きい。

子供の声はどうだ」とか「大人の声はどうだ」とかい記号化された認識を、声で打ち砕くことに成功した。



のん」の境遇と重ねるな、と最初に言ったので、あまちゃん能年玲奈という女優を例にだすと、

主人公アキは最初標準語で、ぼんやり暗い子だ。

それが最初の一週間を終わったころ別人になり、だんだん訛って、意思を持ち、表情が変わり、反抗期を迎え、目が鋭くきらめく瞬間がある。

そして不本意ながら世の中を迎合し、母親を受け止める。大人になる瞬間がある。

それを「のん」はアニメの中で声で表現した。

これがどれだけ凄いことか、というのは<音>の情報なので「見にいけ」としか言えないが

前半の「すず(のん)」と後半の「すず(のん)」の声は別人と化している。



本職声優なら誰でもそれができるのだろうか?

そうではないと思う。声優だってまり役とそうではない役がある。

この「のんの声と演技」は「すずというキャラクター」に恐ろしいほどはまっている。そして作品世界観を作り出している。

のんの声に引っ張られるように、他のキャストナチュラルに設定された。

もしコテコテアニメ声を出されていたら、この作品にその声は違ーう!!と心の中の宮崎駿が抗議をしにきたレベルだ。

奇跡的なハマり方をした。駿、これがしたかったんだな。

高山みなみ原作者結婚し、離婚しても降板せずコナンを続けているというくらいの奇跡的なキャスティングを起こしている。監督感謝したい気分だ。



いろいろ感想は見るが、本当に声がはまって一定レベルに達していないと「彼女境遇に重なって~」とも思えないと思う。

いくら境遇が合ったにしろ、下手だとか、微妙だとか、散々言われてただろう。

うがった見方、うがった聞き方をしているのはそんな絶賛を続けている方では無いだろうか。

のん」の奇跡と、実力と、キャスティングをした監督スタッフ一同。本当にありがとう

http://anond.hatelabo.jp/20161208112920

なんつーか、全然クソゲーとかじゃなくて普通に100時間ぐらい遊んでるのに、気に入らない要素が1つあったら「開発はアホ、星1」みたいなのが多いんだよね

感想というか、点数付けがおかしいんだ

実際にプレイした人の感想を探せば「不満はいろいろあるけど面白い」くらいの評価にだいたい落ち着く。>FF15

http://anond.hatelabo.jp/20161208112517

日本人全体が同じ感想なら

それはそれで有用レビューなのでは?

被害者加害者

昨日のNHK痴漢えん罪が特集されたらしい。

その番組感想の中で、えん罪経験者が相手について聞かれた時に「髪がボサボサで…かわいくない」という表現を用いたことが引っかかってる人を何人か見つけた。

おそらく「この男は『こんなかわいくない奴が痴漢とか自意識過剰』と思っている」と感じての感想だったと思うけど、私はそういう訳ではないんじゃないかと思った。

えん罪経験者にしてみれば自分被害者で、相手加害者自分をどん底まで追い詰めるきっかけになった相手を何のフィルターもなしに見るのは難しいだろう。

だって普段は「50歳くらいのちょっと背が低めなぽっちゃりしたおじさん」という表現を用いる相手だろうと痴漢されたら「中年気持ち悪い感じのチビデブ」という表現を使う。たぶん。

まあだから表現ネガティブものになってしまうのも広い心で受け止めてあげてほしい。

あとえん罪もなくなってほしい。難しいけれど、痴漢されたときは本当の犯人を見極めて捕まえて。

ユーリ!!! on ICEを見て悩んでる

自分もしかしてホモフォビア気質があるのではないだろうか?と。



最初は楽しんでみてたんだ。

ただ時々はいってくる男同士のそれに、「えっ」となって、まぁでもそういう感じの作品もあるよなぁと思ってた。

フィギュアスケート特に芸術競技だ。その延長線上だろうと思って見ていた。

でも自分の中でアニメや展開の面白さの感想とは別に、別の感想が育って行った。

『この描写必要?』という感想

しかしたらスポ魂に恋愛描写が入ってくるのが「なんで?どうして?」という感情なのかもしれない。

ジャンプ漫画ありがちなスポ魂に唐突に入り込んでくる恋愛描写のような。

でもユーリ恋愛描写は、冷静に見れば唐突でもなんでもない。当たり前にそこにある。

じゃあこの感情は違う。

すると、この『愛』描写に感じる違和感は、自分ホモフォビアからなのでは無いかという新たな疑問にたどり着いた。

そういう意識は今までない。実写作品ホモセクシャル描写が出てきても、同性愛者でもなんでも、とくに嫌悪感など感じたことが無い。

当たり前にあるもので、当たり前に受け入れてきたように思う。身近にも居る。

男同士の恋愛描写がメインのある映画が好きだと公言しているし、ホモ作品などは好んで見ているほうかもしれない。

しか所謂BLアニメ漫画作品を見たことは無かった。

今回、この作品をここまで見て、自分に明らかにその描写拒否する自分を見つけた。

何故なのだろう。その拒否をする自分は嫌いだ。

でも嫌いな自分は『主人公1話女の子が好きだった描写があったじゃないか』とか『マスメディア含め周りがなんで男同士ってとこに突っ込まなんだろう』とか

フィクションの優しい世界ケチをつけはじめてしまう。

そういう世界を描いたって良いじゃないか、女も男もどっちもいけても良いじゃないか

そうも思うのだ。



タイトルを見てもらった通り、この感情思考に着地点が無くて悩んでいる。

しかしたら自分がまだ初心で、衝撃的で。大人のべろちゅー描写気持ちわるっ!と思っていた子供のような感情なのかもしれない。

しかしこれ以上、このアニメを見ることは無いのかもしれない。

とても面白い作品なことは、明らか。

自分問題があったんだなと、自分に落胆している。

(元)非モテ既婚者が「童貞逃げ恥を見た感想」を読んだ感想

http://anond.hatelabo.jp/20161207120909

奥さん以外に素人の女の人、知りません。(この前、女性の知人に「気持ち悪い」といわれてへこみました。ええ、気持わるいです。)

男が越えなければいけないハードルは、①いい印象を与える②定期的に会う③気持ちは隠す

アプローチはする(ドキドキさせる)⑤焦らしに焦らす⑥でもタイミングは逃さない⑦最高のタイミングキスをする、の7こ。

童貞にとっての特に難しいのは全部。なかでも⑥、⑦。

男女関係ほとんどは打算からまります元増田さんもわかっておられるかもしれませんが、恋愛が上のような7段階を経るという想定自体フィクションしかありません。いい印象がなくても、ドキドキがなくても、焦らしに焦らされる段階がなくても、タイミングを逸っしまっても、キスなんて起きるときには起きます。定期的に会ってくれたり、アプローチに応じてくれたり、キスを受けいれたりするのは、女性男性好意をいだいているかどうかにもよるでしょうが、いろんな打算から「したくないけど、とりあえず、拒否はしない」というケースが多いはずです。あるいは、「かわいそうだからあんまりきじゃないけど拒否しないでおこうか」みたいな「やさしい」対応もすくなくないのかもしれません。現実恋愛恋人関係結婚は、売春のような打算だけの関係と「フィクションのような恋愛」の間のどこかに位置しているものだと思います。(女性経験すくないのにエラそうですみません

フィクションのような」恋愛感情がなければセックスなり、恋人関係なり、夫婦が成立しないと、多くの人が誤解していますしかし、戦前ほとんどの人が見合い結婚していたわけですし、しばらく前まで正社員のかなりの人は、社内「恋愛」を経て結婚してました。それは外見は恋愛みえなくもないけど、多くの場合、実質は見合いとそうかわらないものです。すくなくとも日本人の多くは「フィクション」のような恋をする能力に欠けているように感じます。むしろ、周囲の圧力と打算によって始まった関係を、恋とはいえないけれども、感情のこもった信頼関係に長い時間をかけて帰着させるのが、日本人の多くにとってのまっとうな男女関係のように感じます。もし、純粋な「本当の恋愛」というものがあるとすれば、それが成立するには、1から7の段階が必要かもしれませんが、私はそういう恋愛をしないで結婚しましたしし、周囲にも、そういう恋愛している人をみたことがありません。(そういう恋愛している気になっている人は多いですが)

逃げ恥」は打算からはじまった男女関係を正面から描こうとしている点でユニークですが、ハグすることさえ、元増田さん同様に7段階を想定している点で、ちょっと残念に思います。そんな7段階自体ほとんどの男女関係には存在していないのですから、「⑥と⑦こそが童貞に立ちはだかる難問」なんてことも、そもそもありません。多分、日本社会の中で、仮に契約結婚した男女がいて、彼等の関係セックスまでいたるきっかけとして可能性が高いことは、第一に、いずれかの親が孫の顔をみたいとごねることと、第二にセックスできる可能性のある相手がほかにいないもとで、男と女のいずれかが、セックスをがまんできなくなるということでしょう。男女いずれかの打算にもとづいたセックス提案なり、セックスしたいという意思の表明をパートナーがうけいれるかどうかは、くりかえしになりますが、多くの場合、「ここは拒否すると面倒だな」という打算ではないかと思います

こういうことを書くと男の年収800万円なければ、恋人なり結婚なりができないかと思うかもしれませんが、対象となる女性にとって、年収以外の面もふくんで、購入可能馬券の中でそこそこお買い得だとおもってもらえればよいのであり(女性のほうも、男性ほとんどが年収が800万もないという現実をうけいれる必要がありますが)、フィクションのように「世界で一番」とか「あなただけ」とか思ってもらわなくてもよいのです。その確率安直に高める方法は、おそらく、自分のほうでも馬券をたくさん買う(女の人のいる場所にいく、できるだけストライクゾーンを広くとる)ことだと思います。このことにとりくむことは、たまたま、周囲に女性の知人が多い環境があれば、これはそんなにむずかしいことでありませんが(奥さんとつきあい出した頃の私自身がそうでした)、そうでなければむずかしいことでしょう。でも、フィクションしかない「7段階をどうこえるか」よりは実現性が高いはずです。

2016-12-07

スパイクタイヤ感想

誰かの役に立てばと。

当方札幌住みのチャリ乗りです。

愛車はFUJIのクロスバイクSTRATOS。

普段は700×28cを履いています

3度目の冬ですが、歩くのも億劫になってきたのでスパイクタイヤに挑戦しました。

Chain Reaction Cycleでシュワルベ マラソンインター 700×35cを二本購入。

二本で9000円也。

10日ほどで到着し、換装しました。

前輪は全く干渉することなく装着。

しかし後輪は1mmほど片側のフレーム干渉してしまう...

幸いにもゴム部分であるので少し抵抗は感じるが、無視して走行可能

ということで、FUJIのSTRATOSにも700×35cのスパイクタイヤは導入可能でした。

ただ、後輪ブレーキは凍結しやすく、またディレイラーも凍結しやすくチェーンが外れやすくなっているのでご留意ください。

何が言いたいか、何を伝えたいかなんて自分にはよくわからなかった。

それでも、こんなにもジャニヲタを辞めたいと願った日は無かった。辞めたい、辞めたいなんてもう口癖のようなもので。例えるならばケーキを食べながら痩せたい、なんて言うものとなにも変わりやしなかった。それなのに、何故こんなに辞めたくなったんだろう。

事の始まりはただチケットが当たりにくくなったことだと思う。今振り返ってみれば、2016年の春から冬に出た舞台コンサート、そのすべてが落選だったことだろうか。(秋は1枚だけ当選出演者が多かったり、キャパが小さいことで当たりにくいことなんてわかりきっていたものもあった。それなのに、1枚ぐらい当たるだろうと思っていたものが当たらなかったことは受け入れきれないものになっていた。なんで、ただその感想けが頭の中をぐるぐると回っていた。

それでも、友人に譲ってもらったり、一般で当てたり、唯一自分で当てたものの席が良かったり、とまだ自分を保てていたような気がしていた。辞めたい、なんて思ってもわたしを引き戻す自担を見ていたいと思っていた。

それなのに、いつからだろうか。某BSテレビ番組を見ても何とも思わなくなったのは。雑誌を見るのをやめたのは。Twitter自担写真を保存しなくなったのは。全部、全部気づいたらいつの間にかだった。友人がヲタクを(一瞬だけ)辞めたからだろうか。自分より歳下の友人がジャニヲタを辞めると聞いて、焦った自分がいたからだろうか。それのせいで必死に辞めようと思った。どうにかして自担から意識を逸らそうとして、モデルTwitterを見始めた。「あ、かっこいい」そんなことを思いながらも嵌まることは出来なかった。それでも、ジャニーズよりも値段が安い舞台コンサートさらには撮影会なんてものもある界隈に嵌りたいと心の底から思った。お金は払うけれども推しとツーショットが撮れる、握手ができる、そんなものジャニヲタには堪らないものだと思った。どうせジャニーズツーショットも撮ることも出来なければ、握手なんて無理。どれだけ舞台コンサートを見に行っても、あっちからしたらそんなこと関係ないわけで。

そんなことを考えながら、いつまでも立ち止まっていた。

もしも、ここで辞めてしまったらわたしジャニヲタをやっていた6年間はどうなってしまうんだろうか、なんて思いがあったのも事実だった。黒歴史として葬られてしまうんだろうか、それともいつか「あの頃は楽しかった」なんて言って振り返るんだろうか。そんなことを考えていくうちに自分がどうしたいのかがわからなくなった。辞めてしまいたい、でも辞めたくない。いっそのこと、写真画像雑誌もグッズもTwitterアカウントでさえ捨ててしまおうかと思った。そこまで考えたくせに、踏みとどまっていた理由はなんだったんだろう、なんて自問自答してみた。それでも、答えなんて出てこなかった。

いつか心理学の本で読んだことがあった。「人の恋愛感情なんてものは3年で終わる」それもそうかな、なんて思った。今考えれば、元担から降りたのも丁度3年経った時だった。そして、今も丁度3年と少し。ああ、これがアイドルを追いかける人間限界か、なんて妙に納得した自分がいた。

わたしはこのまま辞めることなく、ずるずるとジャニヲタを続けていくんだと思う。そして、いつの日にか現実を見てこの世界から手を引くんだと思う。そのときに、こうやって悩んだ自分を思い出すんだろう。そして、そのとき自担との幸せな思い出が少しでも蘇ればいいと思う。

某所より

TV版に違和感を感じなかった組ですが見てきましたよ。先に言わせてもらうけど、一般論としてTVアニメ感想コメント批判ですらない悪口文句多すぎて閉口する。

無理難題押し付け制作側に過酷労働環境を強いてるのはおまいらだぜ。

一銭も金払わずに見て、批評家顔して場が荒れるような罵詈雑言まくしたてるのは視聴者の分を超えてると気づけよ。

さて劇場版のほうだけど、最大の弱点はワンエピソードで終わりの単純かつ線の細いシナリオかな。

今回はファンアイテムとしての劇場版からいいけど、「映画」を期待する人が見たら肩透かし食らうだろね。だから艦これ」未経験者にはあまりお勧めできない、のが痛い。

それともう一つは・・・必ずしも弱点だけではないけど、「艦娘」の物語にはなっていないこと。

これは「艦これ」そのものテーマ物語だわ。

からいまいちキャラ物語に振り回されてる感が強くて、戦闘シーンもいまひとつ物語と密接に絡んでこない。結末部分も、吹雪がどうやって帰ってきたのかとかオチてないしな。

ただ、制作側がこの映画を通じて伝えたかったメッセージっていうのはすごく明確で、その内容の質も高かった。

映画見ている最中には正直もやもやしてたんだが、終わったらピンと来てぐっと心に刺さったわ。

いい意味角川映画らしい映画

でも、この「メッセージ」ってやつを文字で書いちゃったらそも映画で見る意味がないし、誰もが受け入れられるメッセージでもない、と思うのでまあ見てない人はぜひ見に行ってみては(宣伝)。ていうか自分としてはもう一回見に行きたい。一言だけヒントを言うなら、予告編にも出てきた「希望」って言葉重要なカギです。

愚痴について

普段、真面目で、意思強くて、自立してそうで、ちゃんとしてる人の愚痴は心を突くし聞いたら「そうなんだ」と共感できるし、もはや芸術性すら感じることすらあるけどその反対みたいなクズ愚痴ダメ

上記と正反対だしそんな人間愚痴には正反対感想しか抱けないんだわ

価値無し!産廃クズ!ドクズ

そんなクズ共の話を面白くするには過激ジャンクワード必要

過激言葉で文を修飾して何でもないかのようなことを爆弾でも落ちたような事のように書けば面白いと私は思います

私もクズなので過激言葉で修飾してみました

童貞逃げ恥を見た感想

真面目に語るのもアホらしいけど、モヤモヤしてるので思いつくままに書いておく。


例えば、フィクションにおける女は、いい印象を持つ男が自分に対して定期的にアプローチしてくるもののその本心は分からず、

そのために相手のことを考えてドキドキするとともに徐々に肥大化する恋心と現実との乖離に疲れ果てたその時、

突然のキスといった予想外の衝撃を受けると落ちる、と仮定する。これを「フィクションにおける恋の法則」とする。


これのために男が越えなければいけないハードルは、①いい印象を与える②定期的に会う③気持ちは隠す

アプローチはする(ドキドキさせる)⑤焦らしに焦らす⑥でもタイミングは逃さない⑦最高のタイミングキスをする、の7こ。

童貞にとっての特に難しいのは全部。なかでも⑥、⑦。


なぜなら、童貞はまず好きか嫌いか自分でもよくわからない女にはアプローチをしない。

そして好きな女にアプローチをする時は基本好き感が出まくる。そして相手気持ちなんて全くわからない。

さらに焦らすどころか初っ端にいきなり告白する。あるいは拒絶されるのが怖く徹底してタイミングを逃し続ける。

相手気持ちを念入りに確認するまではキスなんかできない。


逃げ恥は、星野源の見た目によって①を、契約関係によって②と④を、童貞ゆえの不器用さによって③と⑤を、

なんとか成立させてはいたが、⑥と⑦は単にヤリチン見えざる手によって解決させてしまった。

星野源完璧タイミングキスし、ハグする。⑥と⑦こそが童貞に立ちはだかる難問であるというのに…。


では、この⑥と⑦をどう解決すればよかったのか。あらゆるメロドラマは、

この種の取り返しのつかなくなった想いのすれ違いに(基本的にはヤリチンが)気づいた瞬間から

それを取り返す(例えば女が乗る飛行機の出発に間に合いキスするとか、結婚式に乗り込んで攫うとか)ことができるのか、

という試みを映画的とかドラマ的としか言いようがない瞬間や演出の力を借りながら幾度となく繰り返してきた。


果たして童貞タイミングを間違えまくっても、逸しまくっても⑥、⑦は解決し、恋が成就するのか、

あるいは、新時代の男女のロールモデルを描くドラマならば、この「フィクションにおける恋の法則自体過去のものとして更新してしまうのか、

俺はそれを期待して見ていた。でも、逃げ恥童貞男は結局下手なヤリチン同様の正解行為を瞬間や演出の力も無いままに再生産してしまった。

星野源根拠も無いままに完璧タイミングで「キス」や「ハグ」の正解を出し続ける。


結局、あのドラマ童貞になんか興味なく、星野源ファンファンタジーなんだろうけど、

そこらへんの面白さみたいなものもっと描けてたら良かったのにな―、もったいないなー、と思った。

http://anond.hatelabo.jp/20161207082740

裕福な地域とそうでない地域格差は激しくて、

裕福なところは日本よりも物価は高い

住んでた人の感想だけど、自炊するより外食のほうが安くて、外食日本と同じか高い

屋台なら安いが、体調による(腹を壊す可能性がある)

安い地域ならもちろん経済的にはマシだが治安は悪いし民度はお察しください

もちろん、合えば都だろうね

日本で裕福な暮らしをしているのでなければ、そんなに変わらないかQOL下がると思うよ

裕福な地域は1000万円以上する車がガンガン走ってるらしいので、金持ち金持ちガンガン金使ってるっぽい

2016-12-06

向き合わなければならないデレマスの現状

まず最初に断っておく。僕はこう言うところにこう言う風に匿名で書く事しか出来ない、弱い人間だ。感情が昂り何か言いたくなってもこういう所でしか言えない。だから、下記に書くことで何かショックを受けたとしてもただの基地外の戯言だと思っておいて欲しい

僕はデレステからアイドルマスターに触れた人間だ。自分Twitterアカウントではとても平和に「○○いいよなー」とか、適当なことばかり呟き、絵も描けない、文もたいして書けない、そういううようよ蔓延してる人間だ。

Pになって日も浅いから、歴史を詳しく知っている訳でも、何か強く思っていたことも無い。アイドルみんなが可愛い〜って思うだけの、本当にどうしようもない人間だ。

そんな中、いくつか話が流れてきた。内容をそのまま記す訳にもいかいかマイルドに要約してここに書くが、おおよそ、「フリルスクエアとか言うユニットが気に入らない」と言うそういう話だった。

さて、まずここで既に怒る人もいるかもしれない。何が気に入らないだと声を大にして叫びたい人もいるかもしれない。でも、少し待って欲しい。この話には続きがある。具体的に、何が気に入らないのか、そういう理由は僕の想像とは違った。そして僕はそれにとても衝撃を受けた。


フリルスクエアと言う"四人"のユニット、そういうスタンスなのかもしれないけど普通に並べてセンターが出来ないのがあり得ない

・モバのイベントでの表示人数は3人。そうなると四人組の一人が削られることになり、全員出ることが出来ずに疎外感が強くなる。

・上記の仕様があったのに、何故前までは人員は三人だったのに増やしてしまったのか

・どのタイミングで出ても四人組の印象が強く、個人個人の特徴が見えて来ない。

・実際、仮に一人で出てきても殆ど場合の子への言及があり、純粋に「その個人」を見る事は既に出来ていない

・絡ませる正当な理由が少し年齢が近いだけくらいで、どうしてそうなったのかを理由として説明しにくく不自然

・あまりにもここだけに依存しきってるため、より他の子と絡む事が出来ていない。

・より前にその個人で作られていたユニットの音沙汰が無くなり、そのユニットが好きだったのに今やフリスク以外の絡みが無い


(それとはまた別件で、近頃出てきた「ガールズビーネクストステップ」においても同じタイプ意見を見つけた。

大方が上記の意見と同じではあったが、それに加えてもう少しだけ意見があるので追加する。

コンプレックスを持っていた三人組が前を向いて行くと言うスタイルユニットであり(これ間違ってたらPixiv大百科に言ってくれ)

それぞれが抱く後ろ向きの思想とは、少し違う方面であった先輩が入るのは不自然ではないか

第一どちらかと言うともりくぼの方が明らかに適任である

・三人しかモバのイベントで出れられないのになんでまた追加した???千鶴???

・これでまた「この四人組」として固定されてしまうのでは無いか

まぁこんな感じだ。単純に嫌いとかそういう訳では無く、そのうちの一人の子特別愛してるからこそ、

何故個人の掘り下げよりも先に、(言い方は悪いが)馴れ合いを先にしてしまったのだろうか、といった部分が気になるものだと感じられた。)


さて、ここまで話してすでに腹の底から煮えくり返ってる人もいるかもしれない。が、僕からも少しだけ残酷な事を言わせてもらう。「なぜこのユニットでないといけないのか?」と言われ、僕の中で思い浮かんだのは…

単純に、これは一人一人だとユーザーが気にしてくれないから、存在感を増すためにこうしているのだと言う理由だ。

いや、僕は一人一人の魅力が他の子と劣っていると言いたい訳では無い。だが、考えてみて欲しい。「フリルスクエアを抜いた状態個人個人の魅力を知っている人間は?」と言われると、どうしても少なくなるのは自明だろう。つまるところ、「この四人組」で無いとすでに力を発揮できる環境は失われている事になる。

そちらの方が残酷ではないか

無論僕は前置きの通りデレステから新参で、モバは殆どやれていない。「フリルスクエア」と言うユニットの事だけを知っていて、この四人組は凄い!と思っていたからこそ、これらの批判はとても自分の心に響いた。

ぼくは彼女個人の魅力を完全に知っている訳ではなく、他人意見に影響されただけだと思う。だけれど、自分担当パズルピースみたいな物で、完成品のピース全体像だけしか見られずバラバラの状態だと、見向きもされないと言うのなら、それはあまりにも悲しい事だろう。

一人でも戦える子と、それ以外でユニットでまとまっている子とでの格差は激しい。別にこれは運営が悪いと言う訳でもなく、それらのPが悪いのでもなく、単純に、はっきりと言えば、人気度の差をどうにかして埋めなければいけない策のようなものに近いのかもしれない。



ぼくはフリルスクエアは好きだ。だけど、そのままでいるとあまりよろしく無いのかもしれない。この現実から目をそらす事は正しい事なのか、僕にはわからない。ずっともやもやしている気持ちをここに書き殴っている

どうすればみんなが幸せになれるのだろうか


追記:

これ書いた間はやたらと頭に血が上っていたし、トラックバック機能で色々言われるのはそういう文化なのか知らないけど、一応自分立場再確認しておく

他人意見を見た感想ありのままに呟いただけだから立場も何もないんだけど、最後のあたりで書いたとおり別に僕がフリルスクエア嫌いって訳じゃない(むしろ好き)。いやまぁ僕が担当って訳じゃないんだよね。

ただまぁ一部の子好きな人がやたら怒ってたのがどうにも衝撃で、あとついでで「ガールズビ―関連は同じことにならないで欲しい」とか言ってたから、詳しくもないからそこだけクソの役ぐらいには役に立つPixiv使いながら書いた

つーか鵜呑みにするほど信頼してたらわざわざ書かないわな

とは言えこ文章憂さ晴らし以外の何者でも無いから、チラシの裏落書きだと思って見てほしいし、「これ見てムカついた、殺す」とか言われるんであればチキンだし泣いて消してると思う。

何にせよ自分の中ではこう言う風に書いて自分解釈して自分でまぁまぁ結論付いたし後は勝手にしてくれ……

あともう少し追記:

コメント機能があることすら知らなくて、今気付いた。なるほど、確かにこの文章は読み難い。

と言うのも電車の中で適当に書いたか自分意見の一割程度しか書き切れておらず、ショック状態をそのまま書き綴ったからだ。

何にせよ僕が匿名ダイアリーを使うのは初めてだし、これを広めたいと言うわけでもない。ましてや煽る気は一切無かった。タイトル適当だし。

なんだか蛇足と言う表現がぴったりの追記だが、どうにもこんな風に他人に影響されるからこんなのを書いてしまうのだとでも思って欲しい

僕はアイドル全員が好きだし、Pの人々とも交流したいと思っていたから、こういう主張には特にビビるチキンハートなんだ。すまない。

お前ら今更Amazonおもしろ(笑)レビュー叩いてんの?

【FF15】Amazonのレビュー内容が酷いらしい…【海外との違い】 - Togetterまとめ

俺はもうずっと前からムカついてたけど?お前らたびたび面白がって持ち上げてたよな?

そもそも言いたいことは、ああいったレビューひとつ面白かった試しねえから

この記事でいえば、

フリスビーしました」 ← ふーん、ネット民の大半てこれが面白いんだ…。そしていまだにこういうレビューするのが面白いと思ってるやついるんだ。

「ボロクソに叩かれててワロタwwww」 ← 面白半分の奴らが大半なことも気づかないの?それとも面白半分に何かを荒らすのが面白いと思ってんの?

いつまでおもちゃにされたAmazonレビュー面白がってんの?ネット民て?

公共の場荒らし面白がるなんて、今日ヤンキーですらそんなことしないんじゃないの?

あと、個人的感想だが、★1つのレビューは大抵目立ちたがり屋の極論カスが多いね。★5もふわふわした一ミリも参考にならない意見が多いけど。(ここは争点ではない)

真面目にレビューしてれば★なんていくつでもいいよ。問題はそれを投票で持ちあげるカスども。つまりネット民

結局、日本ネット民度問題か知らんが、特にAmazonレビュー周りのおもしろ(笑)レビューや荒らすことではしゃいでる奴らを持ち上げてた一時期が存在したのは事実であり、それが今になってこういう風に問題視されてるわけ。

ただ一つ言っておきたいのは、コミュニティの一生のコピペみたいな状況ではなく、最初から今にいたるまで、Amazonレビュー周りのネタ(笑)は何一つ面白くなかったということ。

そしてお前らはそれを持ちあげてたということ。いまだに新鮮な顔して面白がってる馬鹿も多いようで、ネット社会ってものを憂いちゃうよね。

で、お前らってやっとAmazonレビュー周りのネタの寒さに気づいたんだね。よかったね。少しは成長できて。Amazonおもしろ(笑)レビュー面白がってた過去って死ぬほど恥ずかしいからね。せいぜい悔いてね。