「曖昧」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 曖昧とは

2017-02-28

家に宇宙人がいる

宇宙人とは父親だ。

父は知的障害だ。話が通じない。

幸いにして私にはきっと遺伝していない。びっくりするくらい数学が苦手だけれど、日々の生活には困らないレベルだ。

彼はとにかく気にいらないことがあると、騒ぎ散らす。言語障害を抱えているらしい。幼児レベルの――死ねとか殺すとか、燃やすとか、語彙力の死にきった文句を喚くのだ。うち賃貸マンションなのに。ちなみに苦情が来たことはない。これにも驚きが隠せない。

ちなみに父のスイッチが入るタイミングはわからない。なんてことないことですぐに機嫌を損ね、騒ぎ暴力をふるう。

学校とか、勉強とか、そういうことにトラウマがあるらしい。そりゃあその語彙力じゃまともに授業も理解できなかったことだろう。私が勉強をしているのを、邪魔してくる。私は楽しくて勉強しているけれど、あの人からしたら文字ってだけで恐ろしいものなのだ。だから、私達は分かり合えない。

父は作業所でなんとか働いている。けれど、そこでいらないとか言われたとか言われてないとかで今ずっと家にいる。私の就活に関することにも首を突っ込んできて、ここ一週間こちらもだいぶメンタルに来ている。そんな素振り首にも出さないけれど。

何度も離婚しろと母に詰め寄った。母はストーカーと化す可能性に対して危惧している。大学に行かせてくれていることにはこの上なく感謝しているけれど、今までの積み重ねを思うと、父親に殴り殺されればいいのでは?と思う時もある。そんな度胸は父にはないが。

父がこんなに歪んだのは、父の両親、私からすれば祖父母に多大な問題があるのだ。それをわからせようとしても、私の話す言葉理解出来無いから、ずっと無意味なのだ。多分壁にでも話してるほうが生産性があるレベル。結局父は両親を恨みながらも、認められたいのだ。

私も私で父にとらわれている。

性的被害にあったわけではないけれど、他人に触られるのが怖くてたまらないのだ。場合によっては過呼吸のようになる。普通だった私を返してほしい。そもそも普通だった時期があるか曖昧だけれども。

父は私を20歳を超えた人間だと分かれないのだ。そして、自分が何歳かもわかっていない。いつまでも周りが可愛い可愛いと世話を焼いてくれる弟のつもりなのだアラフィフにして。痛いな。

私が家を出て行ったら、この人たちはどう暮らすのだろう。好きにすればいい。私の人生ではない。けれど思うのだ。どこまで両親は私の影のように、私についてくる?


他人本質的に信頼できない。

他人物理的接触ができない。

他人共感することができない。


二十歳を超えたら私の責任でもある。全て親のせいにはできない。愛着問題とか、その他諸々、私が上手いこと向き合って、理解してくれる人とゆっくり関係を構築するしか無い。


私の家には、宇宙人がいる。

永遠に分かり合いようのない、分かり合うための道具がない人がいる。

私が帰りたい家は、どうしたら築けるのだろう。それをずっと、考えている。

ADHDという胡散臭い病気

おそらくガチ病気の人はガチなんだろうが

中間がすごく曖昧なせいで胡散臭くなってる

自閉症スペクトラムみたいな感じでイメージすれば良いんだろうか?

 

以前新型うつみたいな言葉が出てきて胡散臭がられたが

あれってその実単なる非定型うつなんだよね(たぶん)

ADHDも、大半が自律神経系から来る不調な気がしてならん

 

まあ研究が進んでないのが一番よくないんだろうけど

脳とか神経系病気現代においても未だ藪の中なのは一体何なんだろうなぁ

病院探しても、治せそうなところがまるでない・・・

死ぬわけじゃないか適当にされがちだし

2017-02-27

http://anond.hatelabo.jp/20170226101045

>女の子は綺麗で可愛くてお洒落してなければならない的な事を押し付けている

あなた自他の境界曖昧だね。

誰も押し付けてないし呪ってもいない。

ただその登場人物が綺麗で可愛くてお洒落をしているだけ。

そしてそういう人物を好む幼児が多くいるだけ。

ホワイト大企業の窓際子無し中年男性が不当に豊かな件

人口再生産の費用民間企業負担する仕組みで、大企業男性賃金テーブルが組まれているのは普通に考えておかしいよね。

大企業の40~50代男性の9割が、賃金に見合わない生産性の低い惰性の労働しかしていない。

労働に見合う報酬ではなく、「ちょうど子供高校大学に入るころだから」という必要からの逆算で賃金が設定されている。

正社員という仕組みも、「一生かけて住宅ローンを返済する持ち家文化を維持するため」から来ている。

こんなの労働対価とは言えない。歪んだ福祉だ。

福祉労働対価の境界曖昧だと、「福祉的な企業に入れなかった親」のもとに生まれ子供貧困になるし、

福祉的な企業に入って妻子を持たず趣味に生きながら窓際にしがみつく中年男性が大勝利になる。

タダ乗りの人を勝利させちゃう制度は再設計しないと駄目でしょ。大人労働の成果の再分配は、子供に対して行われないと。

親の口座に振り込むと、子供に使わずパチンコや整形費用に注ぎ込む低能が出るから

「保育無料」「給食無料」「教科書無料」みたいな直接の仕組みにしないと駄目だと思う。

趣味に生きながら大企業の窓際にしがみつく子無し中年男性からお金剥がして、手取り20万同士で共働きしてる若夫婦の子供にお金を流して欲しい。

趣味に生きながら大企業の窓際にしがみつく子無し中年女性」も不当に得しているけど、

こっちは数が少ない。家族を養う前提の賃金テーブル女性に対して組む企業は皆無。大企業の子無し中年男性がとにかく大勝利している。

2017-02-26

渡辺竜王への弁護を検証してみる

※追記 頑張って計算して書いた日記だけど、書いている間に元のページが消されたらしい(Webアーカイブ)。消されたということは取り下げたということだろうからおかしいと気づいたのかも知れない。

1.初めに

三浦九段不正疑惑について、渡辺明竜王を弁護するという記事を見た。

なにやら、観戦記者 小暮克洋氏(三浦九段から名指しで批判されていた、あの小暮克洋氏だ)から渡辺竜王を弁護してほしい、というよく分からない依頼を受けた弁護士が、裁判でもないのに勝手渡辺竜王を弁護しているらしい。

幸いにして、私はこれまで弁護士のお世話にならなければならない事態になったこともなく、この文章で本当に渡辺竜王が弁護できているのか判断するのは困難である

しかし、少なくとも、この中で取り上げられている計算を(具体的に数値が挙げられているところであれば)検証してみることはできるので、ちょっと考えてみようか、と思った。

2.一致率の検討

そもそもこの件に関しては、ソフトの一致率がやたらとフォーカスされていたが、それ以外の点でも重大な事実誤認があった。例えば、前出の弁護文においても、

対局中の離席については、そもそも証言の一つであった30分の離席といった事実がないことが確認された。また、離席の事実をもって、三浦九段への疑惑根拠付けることはできないとの判断がなされた。

と書かれている。

また、ソフトの一致率がいくら高くても、それが疑惑証拠となるわけではないことは第三者による調査によって既に示されている。

しかし、弁護文の中では主にこの一致率をもって、「渡辺竜王告発を行ったこともやむを得ないことであった」としているようなので、私もその点を検討する。



ソフトとの一致率とは、ある局面将棋ソフトに読み込ませて、その将棋ソフトが指した次の手と実際の手が一致した割合のことらしい。

それだけでなにやら本当に証拠とできるか怪しいと(普通なら)なりそうなものだが、

この違和感は、渡辺竜王要請で、名人竜王羽生三冠など、現代トップ棋士が数名がかりで検討したときにも、多くのトップ棋士たちが共有した違和感であった。

とのことらしいので、まあ色々私も違和感を覚えつつも、少なくとも棋界では説得力のある話だったということにしておこうかと思う。

この文章目的も、棋界の重鎮を糾弾しよう、というものではない。



さて、件の弁護文の中では、一致率を疑いの根拠とした理由が、以下の具体的な数値として書かれている。

三浦九段の4局の点数は、普段の彼の実力からすると、当方計算では、出現率でいえば、良くて10%程度である。そんな出来の良い将棋が、疑いをもたれた短期間に、4局もでてきている。

第三者委員会の報告は、三浦九段の「疑惑の4局」程度の一致率の将棋は、35局中9局あったと指摘している。つまり三浦九段にとっても、上位4分の1に入るような出来の良い将棋だったことになる。そのような出来の良い将棋が、疑いをもたれた短期間に、4局も出現していることになる。もちろん、そのような偶然があり得るというのは、第三者委員会の指摘する通りではあるが、常識的にはめったに生じない事態である

この主張から読み取れるのは、「10%以下の確率で起こる事象が、短期間(?)で4回出現した」ということだろうか。

第三者委員会の主張とは割合が異なっているようだが、算出方法が異なるようである。異なる理由はおそらく、上記弁護文の『10.「手の分かれる」局面での「技巧」との一致』あたりに書いてある手法によるためであろう。

ここでは、その手法の是非は問わない。



そうは言っても、この主張はどうにも曖昧である

短期間で、というのは一体どの期間で、その間に何回の対局があったのだろうか。

よくて10%というのは、一体実際は何%だったのだろうか。

ここらへんが解決できないと、正しい検証はできない気もするが、とりあえずここは簡単にするために、「10%の確率事象が4連続した」場合を考えてみる。

10ダイスを4回振ったら、毎回1が出た、ということだ。これは単純に1/10の4乗なので、1/10000の確率である。従って、「常識的にはめったに生じない」とする。



……本当にそうだろうか?

この結論には、重大な欠点がある。「試行回数は4回でない」ということを考慮していない。

正確には、「1/10確率で起こる事象Aをn回試行したら、そのうち4回はAが連続した」ということになる。

ここで、試行回数nはすなわち、三浦九段の対局数である。対局数は将棋連盟のWebページに載っているが、三浦九段場合は962回らしい。

さて、もう一度計算しなおそう。

「962回の試行の間に、1/10確率で起こる事象Aが4連続する確率である

これをざっと概算する方法は、以下のようになる。



n回の試行の中で事象Aが少なくとも一度は4連続する確率をP(n)、n回目の試行事象Aが初めて4連続する確率をQ(n)とする。

このとき、n≧5の場合において、

P(n) = P(n-1) + Q(n)

であり、

Q(n) = (1-P(n-5)) * 9 / 10000

となる。

また、P(4) = 1/10000, Q(4) = 1/10000であり、n<4のときは、P(n) = 0, Q(n) = 0となる。



この漸化式において、n=962の場合計算すると、P(962) ≒ 0.0827314となり、約8.3%であることが分かる。

なお、この計算横着をした。この計算ミスっていると私の主張が通らなくなるので、もしミスを見つけたら指摘をお願いしたい。



このようにして、三浦九段棋士としての経歴の中で、上位10%にあたる好対局が4回連続する確率は約8.3%であることが分かった。

これは確かにやや珍しいと言えるだろう。しかし、起こり得ないことではない。これは言い換えれば、12人に1人の棋士が同じような成績を残しているということであり、また、三浦九段を疑うなら、全棋士の8.3%が同じように疑われることになる、ということである

ちなみに、「良くて10%」という部分をもっと厳しめに見積もると、「あり得ない確率」と言うことができるレベルにすることは可能であるが、その場合はその確率をきっちり示さないといけない。例えば5%で見積もると、約0.57%という結果が現れる。

また、今回は「4回連続」という厳しい条件で計算したが、「短期間で4回」という条件だと、確率的には逆にもっと高くなる。

ちなみに、第三者委員会の言う「35回に9回」という結果を使うと、96%近い確率でこのような成績が出ることになり、珍しくもなんともない。



したがって、一致率を元に疑いの目を向けるということが妥当であるかというと、確率論的には全く妥当ではない、と言わざるをえない。もちろん、上記のように、計算の元となる事象Aの出現率が相当程度に低ければ、疑いを向けるに足るかも知れないが、その場合は「短期間で4回」「良くて10%」などといった、曖昧表現はいけないのである



3.終わりに

弁護文は、「三浦九段不正をした」ということを追及している訳でなく「このような理由から渡辺竜王が疑いを持ったのはおかしくない」という主張である

上記のような計算ができず(これを考えるのはそれなりに難しかった)、また弁護文に書かれているような誤った確率計算からおかしいと思い込んだ、という主張であるならば、確かにあり得ることである

少なくとも悪気はなかったのだ、という結論を出すことは可能であろう。



ただし、その結論を導くには、「渡辺竜王確率論に関して明らかに間違った計算を行った」という前提に立たなければならない。

三浦九段から名指しで批判された観戦記者勝手に弁護を依頼して、その結果、計算間違いを大々的に主張されてしまった渡辺竜王が、私はちょっと可哀想になってきた。

http://anond.hatelabo.jp/20170225153320

「夢」の捉え方はそれぞれで良くないですか?


>私にとっての夢は特定の職に就くことではなく 自分の好きな時に水族館や、展覧会や、映画を見たり、何か素敵な体験をする事なのでそもそも社会と夢の捉え方がズレている。

特定の職に就職することが夢とされるのは何故だろう? 仮に先生になりたいとして、大学に行って勉強し、教員資格を取り、めでたく学校採用されたとする。これで先生と呼ばれる立場にはなったけど、それは法的にそうというだけで経験的にはまだ新米のはずだ。それを夢が叶ったと表現するのは私には違和感がある。


ある人にとってはあなたのように何処かに行くこと、体験することを夢とし、ある人にとっては職に就くなどの自己実現を夢とする場合もあります。人によって異なります

そしてその夢を実現し、次の夢を考えます。その繰り返しです。


>もしテーマパークに行くことが夢ならばその場所に足を運べば達成した事になるが、仕事継続するものなので採用が決まった時点で先生になった!夢が叶った!というのはおかしいと思う。どんな事でもそうだけど採用が決まった時点で完成している人などいないはずだ。


つの異なる事柄比較しているので、比較になっていません。


>生きていく為にはお金必要だ。仕事お金を稼ぐ手段であり目的ではない。

好きでやっていたことが仕事化し、社会貢献につながり、それでお金をいただくという事もあります


お金がほしいか仕事をしていたはずなのに、いつの間にか仕事をする事が目的になり、会社の皆もやっているしと流されてサービス残業…なんてことになってないかな。

誰しもがお金がほしいという目的だけで仕事をしていません。


>私は子供の時、学校の授業で夢を発表しなければならなかったのにどうしても浮かばなかったのででっち上げてその場を凌いだ。「将来の夢」という言葉は「将来の仕事」を指す言葉になっている。

全員仕事について話していたでしょうか。子供の頃の記憶なんて曖昧です。

それに、学校では「将来の夢というテーマについて考える事」を教育していたのではないでしょうか。


仕事も私の夢もやりたい事には変わりないと思うけど、「将来の夢」の認識は変わってほしいと思う。

今後どのような道に進むかを考えることは重要だけど、別に仕事が夢じゃなくてもいいはず。もしかして夢見ることさえも許されてない?

あなた「夢」に関する認識が変わってほしいと切に願います

意外と見落とされがちなリベラル派の難民問題に対する認識問題点

難民難民入国トラブルになる最たる例が、受入国雇用難民が圧迫するというもの

それが難民排除に繋がり、最終的には難民支持派の政治家選挙で落とされるという事態にまで発展した。

そこで修正案として、例えば最近ではスウェーデンが、その国にいる既存労働者雇用を優先するという政策を発表した。



ここからが本題だ。

スウェーデンのこの政策は、紛れもなく自国第一主義だ。

トランプ政権の「アメリカを再び偉大に」というスローガンも、表現は大げさでレトリックにまみれたものだが、その本質自国第一主義にある。

まり、その究極的な目的は「他国難民よりも自国国民が優先」ということだ。



いわゆるリベラル派は、この難民よりも自国民を優先することを、

差別、或いは不正義とみなしているのではないか



昨今は難民問題で大きな論争が起きているが、まずそもそも大元問題として、

上記の命題に対する是か否かという論点が、非常にあやふやなまま放置されているのではないか

というのが私の主張したいことだ。



国民国家という枠組みを前提とするなら、難民より自国民を優先するのは当然の発想だ。

だが国際的問題視野を広げ、ただ自分たちだけさえ良ければ良いという考えこ先進国欺瞞だ、

その欺瞞が抱える矛盾こそがシリアなどの戦争歪んだ形で現れている、

従って先進国自国利益を削ってでも難民を助けるべき、という考えもまた当然出てこよう。

またあまりにも理想主義がすぎるが、自国民雇用も維持、かつ難民も受け入れて共生を図ろう、とするのも選択肢としてはあり得よう。

ただこの場合現実性があまりにも乏しく、従って支持する人が非常に少ないことは想像に難くないが。



難民問題について議論するには、まず上記した2+1選択肢のいずれによってたつか、その主義を明確にした上で始めるべきだろう。

また或いは、2+1以外の選択肢もあるならそれを提示した上で、それを選択すると発言した上で議論すべきだろう。

前提条件すら確認もせず立場曖昧なまま議論を進めるから議論はいつまでたっても一向に成熟しないのではないかと私は考えるのだ。

2017-02-25

同僚の女性結婚したんですけど

結婚相手公務員だけど何してるかよく知らないし曖昧しか教えてくれない、職場習志野にある、長期出張もある仕事だと説明された、 Google Maps とか見なくてもはじめて行ったところでも一瞬で道が分かる、体つきはがっちりしてる、みたいなこといっててそれはまさか、、、

同僚の女性結婚したんですけど

結婚相手公務員だけど何してるかよく知らないし曖昧しか教えてくれない、職場習志野にある、長期出張もある仕事だと説明された、 Google Maps とか見なくてもはじめて言ったところでも一瞬で道が分かる、みたいなこといっててそれはまさか、、、

2017-02-24

大学院生愚痴

同じ大学に6年通ったが、ようやくこの大学を出て行くことができそうだ。

大学の6年通うってことは、同じ学年を繰り返すか大学院の課程に進むかという話になる。私は大学院の課程に進んだ。同じ学年を繰り返したと期待した読者には申し訳ない。

なぜ大学を出ていくと表現したのかは後で説明させてほしい。

私が大学院に進んだ理由は本当にくだらない理由である。それは「大学生らしい遊びをするため」である。既に大学四年間通ったから遊びは一通りやったのではと疑問を抱くと思う人がさぞかし多いと思う。しかし私は大学四年間、真面目にスポーツをやることを選択してしまったのだ。その結果、大学四年間はスポーツやって空き時間アルバイトして、生活資金繰りをやっていたら大学が終わってしまったのだ。

スポーツをしていた頃の話は長くなるので、また機会があれば書くことにする。要するに大学四年間はスポーツに捧げてしまったので大学院に行って遊びたかったのだ。

大学院に行って遊ぶという表現は失礼極まりないと思っている。より学業を極めるために大学院へ進むのが真っ当である。ただ私はそれができずに勉強して来た。アニメ見て、ゲームして、マンガ小説を読んで、本当に何もすることがない空き時間勉強する、といったスタンスで生きて来てしまたかであるスポーツやっていた頃はこれが破綻して大変だったと明後日の方向を向いて振り返る。

から真面目に研究活動をしている大学院生にはお辞儀をしたいし尊敬する。

そんなこんなで大学院に来たが、その大学院も今年の3月に終わりそうだ。論文を出し、卒業単位を満たしたので卒業のはずだ。本当に気分がいい。もう二度と研究室に行かなくていいからだ。

私のいた研究室は、学内でも屈指の楽な研究室というレッテルを貼られていた。「ゆったり就活できる」とも言われていたが、就活にゆったりもクソもないと思う。あん運ゲーはないと思う。東南アジア学校作っても志望する会社に入れるとは限らないしお金積んでガチャ回して当たるビジネスの方がしっかりしているようにすら思える。

その楽な研究室で、空き時間研究をしていた。というのは嘘で空き時間を作る方が大変であった。当たり前である大学院学問を極めるところであった。仕方がないので研究をした。大学院という道を選んだ以上、するしかないのだ。

ただ問題が二つ起きた。

一つは留学生である留学生といっても私のいた研究室留学生は本当に特殊存在である。なぜ特殊かというと、博士課程(修士課程よりも一つ上の課程)なのに研究をしないのだ。遊んでいたのである。遊んでいるとどうなるかというと、研究が進まないのだ。こんなことは火を見るより明らかな話である

研究していない人は期限が迫ると何をするか、助けを求めてくる。そんな事言われてもできないのである。ある程度は手伝う事ができたのでそれを続けていたのだが、ある日気がついた。私は雑用されているだけでは、と。案の定そうだった。これはあなたがやるべきでは?と聞くと、時間がない、やり方がわからない。それではいけないのだ。さらに報告会も事前に発表すると言っていたものの当日ドタキャン。怒りの頂点であった。

それからさらに続く。ドタキャン後にまた研究をしなくなったのだ。もう手に負えないのでその旨を伝えて手伝うのを辞めた。

もう一つは研究室の同期である。一人しかいなかったのだが、普段から研究室にいないのだ。そうすると必然的研究室仕事自分に降ってくる。それはそれで構わないのだが、連絡しても来ないのである。正直困ったもんだ。

研究室に来ないと何が起きるかというと、研究が進まないのだ。当たり前である研究が進まないと何が起きるかというと、修了(大学院修士課程を終える事)できないのである。当たり前である

ここから文脈がめちゃくちゃになるのだが、そんな同期も大学院卒業するのである。もちろん研究は完全にしていなかったわけではない、ただ進んでいないことは確かであった。研究室では週一以上でミーティングがある。ミーティング自由参加と参加必須タイプがあった。参加者ネット掲示板管理している。しかし同期の発表を聞く機会は年に3回程度であった。参加必須ミーティングで発表しなければ聞く機会がなくなってしまう。だから僕は聞こうとして聴講する旨を掲示板に書き込んだ。そうしたら同期は発表をしないのだ。なんでと聞いても曖昧な返事であった。問いただしたが、結局教えてくれずまい。余り問いただすとアカハラアカデミック・ハラスメント)になりそうなのでやめた。まあある程度やっているのであろうと思うことにした。

修論発表日、同期の研究内容を聞く。驚いた。これが大学院まできてやる事なのかと。不自然実験条件と結果、余りにも疑い深かったので質問したところ答えられないことが連発した。審査教授指導教員ではない)も気になって質問をしていた。余りにもひどいものであった。とっくに発表時間は過ぎていた。これでも修了なのである大学院お金を積めば卒業できる事がわかってしまった。なんだ、修士号商品だったのか。

大学を出て行けそうと書いたのは、本当に出て行きたかったのだが、それを達成するためには学業区切りをつけて出て行きたかったのだ。辞めようとも思ったが、大学院へのお金は両親に負担してもらっている。これ以上親不孝できないくらいの親不孝を重ねて来たので、辞めなかった。

もう二度とこの大学に戻りたくない。遣る瀬無い。

2017-02-22

http://anond.hatelabo.jp/20170222024137

こういうのは、すべて記録をとってエビデンスベースお話をするようにしましょう。

遅かれ早かれ、自分相手の両親を巻き込んだ話し合いにもつれ込むのは確実。

その場では、やったやらないの二人の曖昧記憶に頼った喧嘩が始まって、

お互いの両親は自分の子供の主張を無条件に信じるから対立ヒートアップすることは確実。



体調の悪さに周期性があるかもしれないし、

あなたは月に2,3回しか作ってくれないと主張しているが、彼女は毎週作っていると錯覚しているかもしれないし

いろいろと見えてくるものがあるだろう。

2017-02-21

デレマスの一部のアイドルモブキャラと呼ぶ事とかアイドル活躍

デレマスモブキャラと聞いて誰を想像するか?

卯月や凜を想像する人はまずいない。ただそこから先の基準は人によってかなり違う。モブキャラの扱いをしてしまう人も色んな人がいて、例えばままゆ(デレマス内ではそこそこ知名度がそこそこあるはずのキャラ)を自分の知る知らないの曖昧基準モブキャラの扱いをしてしまう人もいれば、ボイスの付いていないキャラモブキャラという明確な基準モブキャラとしてしまう人もいる。

デレステから入ったプロデューサーがあまり知名度のなく、レアリティの低いアイドルモブキャラと呼んでしまい、反感を買うこともある。しかし、これはデレマスをこれから知ろうとしている人たちに対してその事を糾弾するのは厳しいと感じる。また、プレイしたことはないからあまり詳しくないけど、ある別のゲームでは主要なアイドルを強化する為にモブアイドルがいるみたいだし、その影響からモブと呼んでしまう人もいるそうだ。そんな背景があるなら、そのような立ち位置にいるアイドルモブと呼んでしまう事はある種、慣習なのかもしれない。それでも、デレマスコンテンツに触れ続ける内に、デレマスにはモブキャラはいないという事にだんだん気づいてくれたら良いなと思う。

今回のイベントポジパに新曲が付いたけど、どうしてポジパなのかみたいな発言があってちょっと気になった。期待していた人も多かったと思うのに。

まだ真珠色のドレスガラスの靴もないシンデレラ活躍の機会がない事は悲しいけど、他のシンデレラを憎んで貶める事は魔法使い役割じゃないと思うし、他のアイドル活躍の機会でも喜んであげてば良いのにな。その活躍サービスの存続に繋がって、結果的自分担当しているアイドル活躍の場を生み出す事になると思うんだけど。

2017-02-20

http://anond.hatelabo.jp/20170220012819

>pew "肝心の「このルール変更自体ゲーム面白くするのか?」の話がなくて" だからまだ非公式曖昧情報しかいか全然からないって書いてあるだろうに。

改善にも改悪にもなり得るんだよ。何も話通じてなくて失笑

http://b.hatena.ne.jp/entry/323100329/comment/pew

遊戯王界隈じゃそうなんだ?

雑誌フラゲどころか何処の馬の骨とも知れぬ自称事情通ツイートとで大騒ぎも普通だな。

騒ぐのが楽しいんだろ。

最近アニメ映画作画音響が凄い

作画って言っても曖昧すぎて微妙かも知らんが。

まぁとにかく絵のレベルが桁違いに上がってる。


観たのは、君の名は、片隅、声の形、虐殺器官SAO

くらいなんだけど。

どの作品でもまず背景美術レベル尋常じゃない。

一番有名なのは君の名は。だけど、他の作品もひけを取らない。

片隅の写真からの遠景再限によるディティールも異常だったけど、他3作も驚異的。

虐殺器官欧州建築物の背景の細かさやばくて鳥肌立ったし。


動きのあるシーンも作品毎にちゃんと方向性がある。

君の名はエモーショナルなシーンはちゃんとエモーショナルだった。

片隅も冒頭から度肝ぬかれるし。

声の形も動きだけでキャラ同士のコミュニケートのぎこちなさが伝わってくる。

虐殺器官SAOアクション(バトル)シーンが尋常ではない

作成期間が被りまくったりしてるのにどこかの作品が極端にレベルが落ちてるのがないってのが凄い。

これはアニメーターの平均錬度が上昇してるんだろうか。

つ~かデジタル製作が極まってきた感がある。

あと、どの作品音響がとてつもない。

盛り上げるところはちゃんと盛り上げて、繊細なところは繊細に。

っていう感じで音楽の力を活かすことに躊躇がない。

効果音の使い方もどれも凄い。

この音響へのこだわりは実写邦画と比べてなんかやけに際立ってる感じがある。

なにか環境的な要因があるんだろうか。

2017-02-19

http://anond.hatelabo.jp/20170214233309

二桁の整数の和を返す


そんな曖昧仕様記述でちゃんとしたプログラムが書けるかよ、バーカ。

逆に、バグがあってもよいなら、プログラムはどんなことも実現できる。

の子供は日本人でもアメリカ人でもなかった

アメリカ暮らし10年になる。10年ほど前、アメリカ中小企業に誘われて二つ返事で当時結婚していた妻も一緒にアメリカへ飛んだ。

給料も良かったし、アメリカ暮らしも一人なら寂しかたかもしれないが2人でいるということの安心感から結構うまく行った。

その一年ほど後、息子が生まれた。費用会社保険が良かったのかあまりからなくて済んだ。

子育てはあまり手がかからない子だった。流石にアメリカから英語ペラペラ日本語もすこしぐらいなら話せるという感じに落ち着いた。

息子が5歳になった時、アメリカ幼稚園であるキンダーガーテンに入れることになった。そこでは全く問題がなく一年ほどで卒業した。

しかしその後が問題だった。8歳になったときアメリカ公立小学校に通っていた息子が突然「頭が痛いか学校行きたくない」と言い出した。

担任相談した結果、一定の理解を示してくれて学校に行ったり行かなかったりを繰り返した。

詳しく聞いてみるといじめにあっていたようだ。靴を隠されたり、無視されたりと「地味な嫌がらせレベルのことが積み重なっていたらしい。

息子は当然血統的には純日本人だ。それが原因で標的にされ「アジア人から」という理由いじめには行かないまでもからかわれたり暴言を吐かれたりしたらしい。

酷いのは息子が少々内気で細身なのを理由に「ゲイ」だというレッテルを貼られたことだ。アメリカいじめ定番なのがゲイ認定で、とにかくアメリカいじめっ子ゲイ認定したら勝ちだと思っている。対処法はゲイ認定されないように頑張るしかないのだ。

結局いじめ問題は年齢が上がるに連れて解消したが、いまでも恐怖心があり学校に行くのを躊躇うようになっている。

息子の登校が不規則になったところ、担任から精神科に通わせればどうかと提案が来た。今息子は精神科学校に交互に通っている状態だ。最近また学校いかなくなってくる頻度が増えた。

ちょうど最近日本企業にお呼ばれしたこともあり、日本に帰ったらどうか息子に提案したことがある。

答えは曖昧だった。

そう、彼にとって日本外国なのだ。俺にとってはアメリカこそが外国日本自国、正直アメリカで一生暮らす気はないしいつかは帰ろうと思っていたが、彼にとっては全く反対になっていた。

しかアメリカで産まれアメリカで育った俺の息子は日本という国に血統という繋がりしかない。

彼の故郷アメリカなのだ

今更とんでもないことをしてしまったと自覚した。アメリカ社会にもその人種から馴染めず、日本社会でも馴染めず、そして家庭内でも心なしか居づらそうにしている。完全に宙ぶらりんの人間を作ってしまった。

http://anond.hatelabo.jp/20170219002751

それ日本人だけ



一人一人の職務曖昧で、雇用契約曖昧で、それどころか企業間契約曖昧で、

これらが全部合わさって仕事の進め方が曖昧からマネジメント不可能で、

から有給取得の計画がまともに立てられない



日本人奴隷契約スタイルビジネスしかできない劣等民族なんだよ

参考: http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-8b66.html

2017-02-18

http://anond.hatelabo.jp/20170218153941

息子思いのいいお父さん。

でもなんて言うのだろう、この長文のグイグイグイグイ来る感じ。

思春期の息子の吃音について「家族で考えていかないと」という感じ。

親がフォローできない範囲の息子の人間関係心配する感じ。

息子が傷つく前に先回りして、息子に「こうなのだからこうしような」と感じ方を指図する感じ。

何だかウウウッと息が詰まる。

なんていうか、自分と息子の境界線曖昧なんだ。息子さんはもう12歳なのに。

2017-02-17

http://anond.hatelabo.jp/20170217165138

公私の曖昧フリーランスでそういう人がどれほどいるのか?とは思うけど(いるには、いるんだろうな…)

そこまで適当になる人自体が未知の存在だったので教えてもらえて助かったよ。

ありがとう

日本三大うどん

http://b.hatena.ne.jp/entry/mi-journey.jp/foodie/33634/

讃岐うどんが爆発的なブームになった頃(90年代麺通団によって)ネットの普及も手伝い、食通による「うどん評」が世間に知られるようになっていった。その時代の流れを汲んでか「日本三大うどん」と一番最初に掲げるようになったのが水沢うどんだった。要するに、日本三大うどんを仕掛けたのは「水沢うどん」であり、日本三大うどんは「讃岐」「稲庭」「水沢」が始まりだった。



その頃「五島うどん」「氷見うどん」と言うと「水沢うどん」と比べたら圧倒的に知名度が低く全国的に知られるようなうどんではなかった。その為か日本三大うどんに異議を唱える者はほとんど居なかったと思われる。ところが、うどんブームの影響とネットの普及により全国各地のうどん好きやご当地当人達が我がと狼煙を上げ始めたのが2000年代頃。「吉田うどん」や「武蔵野うどん」、あるいは福岡うどん牧のうどん)など日本三大うどんなど意識していない古くから地元で愛され地元民によって消費されているうどんスポットを浴びるようになり、その名が全国に知られるようになっていった。


うどんブームも過渡期を迎えた頃、水沢うどんが仕掛けた曖昧な「日本三大うどん」に対して、各地のご当地うどんが我が日本三大うどんの一つであると主張し始めるようになっていったが、そもそも日本三大うどん定義が無いため決着がつかない状態10年以上続いている、そんなうどん界隈。と認識している。

いつまでも続いていく気がしていた

恋人だったはずの彼と、連絡がとれなくなった。


元々連絡はまめなほうではなかったけど、忙しくなければ週に1度はあって、ご飯をたべて、どこかに出掛けたり映画をみたり。比較的、アクティブ男性だと思っていた。

話していてとても頭のいいことがわかるから、すごく仕事のできる人だと思っていたけれど、彼は度々、自信がない、できない、大変、といった発言をしていた。そのたび、年下の私はなにをいっていいかからなくて、慰めにもならない言葉を並べたり、曖昧に笑うしかなかった。

昨年の年末に、少し疲れたから休暇を早めにとって実家に帰ると言われ、その後に連絡を取ったら、疲れたから4月まで戻らないと思う、と言われた。

友達にもそうなって復活したひとはたくさんいたし、帰るギリギリまで会ってくれたし、メールは変わらない頻度で返ってくるし、少し仕事疲れただけなんだな、って思っていた。年明けすぐの彼の誕生日には、プレゼントを送った。

その後、バレンタインデーの連絡をとろうとしたら、もうメールは返ってこなかった。

既読もつかない、彼のホームがみれない。おそらくブロックされているのだろうけど、怖くて電話をかけられずに、バレンタインデーは終わってしまった。

ひとりめ、相談した友達には、忘れろって言われた。ふたりめにはだから前の彼氏結婚したらよかったのに、と言われた。三人めには次の人探そう、と言われた。

喧嘩したとか、嫌いになったとか、好きなひとができたとか、そんなきっかけがしかった。

彼の真面目で優しい言葉が並ぶ画面で、ブロックボタンを押すことができずにいる。

2017-02-15

論理的に死後の世界検証して、どう生きるべきか決める

人はどう生きるのが幸せか。

人それぞれ様々な考え方があるだろうが、

「死後の世界」に焦点を合わせて考えてみると、思わぬ発見がある。


まず「死後の世界があるかどうか」を考える。

1.死後の世界は ない

2.死後の世界は ある

1.の「死後の世界はない」ならば、簡単だ。

自分自身が、死と同時に消え去る。

どんなに誇らしい人生を送っても、情けない日々を過ごしても、自分自身消滅してしまったら関係ない。

自分が死んだその時には、誇らしさも情けなさも、もう感じられないのだ。

感じる主体自体存在しないのだから

まりこの場合は「死ぬ間際に幸せかどうか」が最も大事だろう。

人は過去を思い出せるし、未来に思いを馳せることもできる。

だが実際に生きているのは「今」だけだ。

過去未来への感情副次的作用するだけで、今幸せかどうかは、当たり前だが「今」の状況が最も影響する。

過去に辛いことがあっても、未来不安でも、今が幸せならば人は幸せだと感じる。

ただ過去と違って、未来は不確定なので、人は必要以上に妄想を膨らませる。

その未来への心配で、今をも不幸せにしてしまうこともある。

だが死んでしまえば、未来は無いのだから、そんな心配無用だ。

まり死ぬ間際の「今」こそが最も大事ものになるだろう。

その場合死ぬ間際までは前フリと言っていい。

死ぬその瞬間に幸せならば、それまでの人生はすべて前フリでしかない。

この文章主題である「どう生きるべきか」の答えは

死ぬ瞬間に、幸せと思えるように生きる」である

ただ、いつ死ぬかは誰にも分からない。

明日、突然事故死ぬかもしれないし、ギネスレベルの120歳まで生きるかもしれない。

から長生きした場合の長期的な幸せと、明日死んでも悔いのない短期的な幸せプランを両立させる必要があるだろう。


2.の「死後の世界はある」と考えるならば、話は一挙に複雑になる。

死後の世界がどういったものかによって、答えはまったく違ってくるからだ。

古今東西の死後の世界感を見るに、まず2つに分けるならば、以下のパターンになる。

1.現世での行いが 反映される。

2.現世での行いは 反映されない。

1.の「現世での行いが反映される」というパターンは、比較的古い宗教に見られるパターンだ。

良い行いをすれば来世では幸せ保証され、悪いことをすれば来世では不幸になるという、非常に分かりやすく、伝播しやすい教えだ。

だが、このパターンの最大の問題点は、何が良い行いで、何が悪い行いなのか、判断基準が持てないことだ。

人を殺すことは、一般的に悪いこととされている。

だが戦国時代には、多くの敵を殺すことが正義とされていた。

もっと分かりやすい例で言うならば、あなたの前に1人の男がいる。

はいまだかつて無い恐ろしい病原菌に犯されていて、このままでは数億人に感染して死に至らしめる。

だが、今あなたは彼の前に立っていて、ナイフを持っている。

彼を殺せば数億人の命が助かる。

だが彼は運悪く感染しているだけで、なんの落ち度もない。

こういった場合、一体どちらが「正しい」のだろうか。

そういった曖昧さを多分に残すという意味で、1.の「現世での行いが反映される」というパターンは、考える必要がないと思われる。

たとえそのルールで死後の世界が構築されているとしても、そのルールを知りようがない以上、対策することが出来ないからだ。

まり「どう生きようが、死後の世界ルール次第」ということになり、明確な指針は持てないことになる。

2.の「現世での行いは 反映されない」も同様である

現世でどう生きようが死後の世界関係ないならば、明確な指針は持てない。


ここまで考えて見るに、最終的な結論

明日死んでも、120歳まで生きて死んでも、幸せに死んでいけるように生きなさい」

ということになる。

これはなかなか難しい生き方だ。

皆が皆、できる生き方ではない。

から誰かが死んだとき、それを悲しむことの方が多いのだろう。

死んだその人が笑顔で逝ったと思えるならば、葬式はもう少し希望を湛えたものになるはずだ。


ここから論理性はなく、ただの個人的な考えだが

明日死んでも、120歳まで生きて死んでも幸せに死んでいける」という条件は

「夢を追いかけて生きること」ではないかと思う。

たとえ夢半ばで死んだとしても、生涯を夢に向かって全力で生きた自分を誇りに思って死ねるだろう。

夢を叶えた後に死んだならば、悔い残すことな幸せに眼を瞑れるだろう。

このあたりの結論は、個人価値観によって違ってくるかもしれないが

個人は、論理的な夢追い人として生きようと思うのだ。



苦しいあまりに死を願うなら、すべてを捨てて好きなように生きるが得

死ぬるのは、いつでもできる

死んだ先のことは、死んでみなければ決して分から

吉と出るか、凶と出るか

サイコロを振る前に、今しかない生を謳歌してからでも遅くはない

2017-02-14

社会制度に関する健全議論の為に

http://anond.hatelabo.jp/20170213135514

1.制度議論知識を持ってからやってね

この記事はいろんな論点がごちゃまぜになっていて、ブログ筆者の頭の中で整理されてないから結局なにを言いたいのか分かりにくいんだけど。

とか言って出てきた奴が、

税金社会保険区別もつかないし

応益負担応能負担議論の整理も出来ないし

きわめて曖昧ガバガバ頭というね。




2.税金社会保険区別ぐらいつけよう

日本では現状、「働かないママ」つまり専業主婦納税義務自動的免除される存在なんだよ。

(実際にはママでなくとも、子なし専業主婦ですらそう)

はあ?日本の税法にそんな規定存在しませんが?どの税目の話でしょうね?

この人が言ってるのはたぶん社会保険のことですね。

夫が勤め人であるとして、厚生年金健康保険

(一応世の中には国民健康保険税なんて言葉があるけど明らかここでは関係なし。)




別にさあ

いい歳してそのへん曖昧な人ごまんといるからいいんだけどさあ

自分が極めて曖昧知識しかもってない」っていう自覚は欲しいよね。

その自覚があれば、安易制度議論は遠慮するか、

どうしてもやりたかったら議論の前に勉強必要だって思えるじゃん。




3.こいつの代わりにこいつの論点を整理しましょう。

社会保険料を払わない専業主婦社会保険金を受け取るのはおかしいではないか

ということですね。




簡潔かつ正確になりましたね。これが整理です。

(こいつが自分で言ってた整理というのは

  「知識ガバガバ論点ガバガバなまま自分の言いたいことに集中する」

  ことなので、厳密には整理とは言いません。

  たとえば部屋を散らかしたまま「今日はこの仕事をする!」と打ち込んでも

  それは集中ではあっても整理ではないですね。)




ということで、まあこの論点自体はいいでしょう。

検討する価値はあります




4.思想のチェック

念のため言っとくと、私は保守ではないし専業主婦寄生虫とか呼ぶバカどもに賛同する気は毛頭ない。

働かないのは別にいい。でも税金を納めてないのに税金で賄われる社会福祉納税してる人と同じく受けたいというのは、どうなんだろう。

いやいや、お前は専業主婦寄生虫と呼ぶ人達と全く同じ論理だよ。

基本的社会福祉を応益負担1本だと思ってるわけでしょ。

社会福祉を受ける権利は対価で購うものだ、という考えかた。

ニートも老いぼれも障碍者休職者も社会福祉から追放しないとねーっていうお馴染みのあの論理じゃねーか

ブログ筆者は彼女なりに頑張っていると思うし、「働かない」というより「働けない」人たちまで働けなどと言うつもりもない。

病人障碍者には配慮するし!」っていうのは枝葉の議論であって、それさえ言ってたら心あるリベラルだとはなりません。

きょうび新自由主義保守でも「病人障碍者には配慮します」ぐらいは言うっつの

長谷川豊ですら「同情出来る病人は殺しません」って言ってただろ。




お前はソッチ系です。

別にそれはそれで一つの立場なのでいいし、嘘をついて誤魔化すのはやめろ。




5.「〇〇は寄生虫」論者の共通点

誰かを寄生虫とか言いたがる奴の共通点

制度議論を好む割に知識曖昧

・ズルをしてる奴がいて、そいつらをしばけばうまくいくという単純な思考

・強い被害者感情

というあたりであって、お前は明かに全部満たしてるだろ。




ちなみに重要なのは1番目な。

1番目の項目さえきちんとしてれば2番目3番目もそう安易な方向へ走らないから。

逆に1番目の項目をきちんとしないままお前と逆方向の感情に走るのがバカリベラルな。

こいつらも相当に有害

はてなはこれが一杯いる。 

制度がよくわかんねえまま良心リベラル心だけで吠える、これも立派な害悪




6.健全議論の為に

もう俺が求めてることは分かってくれただろう。

きちんとそれなりの知識をもってから議論を始めよう

だけだ。




それなりの勉強は決して軽いコストじゃない。

でもそれぐらい負担するのが暇と知性のある市民義務だろうが。




念のため言っとくと俺は保守だし男だしたぶん生涯独身になりそうだし

第三号被保険者制度時代に合わなくなって来てるとは思ってるよ。

でもそれはお前のような雑で未整理な寄生虫議論とは全然違うルート論理なんだ。




たとえば専業主婦なんてのは見方によっては「労働家事労働育児労働介護労働その他)してるのに金銭収入を得られず外で働く女性に比べ圧倒的に立場の悪い弱者」でしかない場合もあるが

お前はその程度のことも考えてないだろう。

結論が似た方向でもお前みたいなのと馬並べたくねーんだよ。

知的であらんとする保守として。

http://anond.hatelabo.jp/20170214021008

たいていの車は自転車がいる場合運転についても教習所で習っているから、免許をとれば車側の視点もわかって車の邪魔にならずに車道走行できるようになるよ

走行時のルール曖昧なまま自転車乗ってると色々危険

2017-02-12

上野千鶴子氏「平等に貧しくなろう」メモ

(1)誰が言ったか

発言者である上野氏の属性に鑑みて「お前が何言ってんだ」という意見はわかる。

(2)人口構造の変化(自然増)

社会学的に現状の日本人口規模を維持することは不可能である、という上野氏の主張は理解できる。

自然増はタイムリミットを過ぎて不可能であり、この点で今後数十年間人口減少を食い止めることはできない。

しかし、自然増の対策必要であり、これを否定する理由はないと考えられる(なお、上野氏は、自然対策については言及していない)。

(3)人口構造の変化(社会像)

社会増として「移民」を積極的に受け入れていくことは不可能

上野氏の発言に対しては様々な意見が主張されている。

移民犯罪を引き起こすという認識が前提としてあるのではないかという意見

→その認識が間違っているという主張。しかし、私個人としては、「漠然とした外国人に対する不安」がある。原因は、単純に私が外国人と触れ合っていないからだと思う。

日本にもすでに多くの移民がおり、複数文化民族がある。

→それはそうだと思うが、その数が多くなった時、私たちは受け入れることができるのか。私もこの点については疑問がある。

共生可能

漠然とした「不安」「不満」を前にどう認識を変えていくのが良いのか。教えてほしい。説教するだけでは、反感をかうだけだと思う。アメリカ欧州の現状。

(4)衰退する日本

人口減少に有効対策を打てない日本は衰退する、という意見はわかる。

衰退するのが確定的であるのであれば、軟着陸の方法として、平等に貧しくなるしかない。

これもわかる。上野氏は、国民負担増と再配分の強化を主張するが、これにも反対する点はない。

確かに、現状貧しい人が既におり、更なる負担を求めているように読めなくもないが、それこそ再分配で、全体を均しながら衰退していきましょうってことでしょう。

(5)馬鹿からよくわからないこと

ブコメがやけに荒れてる理由。そこまで間違っているとは思わない。

前向きな主張ではないのは確かだが、何に怒っているのか。




追記(すいません、自分勉強用のメモも兼ねてます…)

炎上には、発言者属性に由来するものと、主張内容に由来するものがあり、意識的区別すること。

・主張内容では言及されていない部分について、勝手に推測又は断定して批判の前提にしているものがあるので注意すること。前提事実確認を怠らない。

事実評価区別すること。事実誤認の指摘に対しては、チェックを入れておく。

・実現可能性という視点

現実から目をそむけるとはどういうことか(おそらく事実誤認)。目を向けると主張内容は必然的に変わるのか。

・反発が生じる可能性がある主張において、建設的な議論をする方法特に発言者個性が強い場合には不可能か。

サヨク定義が相変わらずわからない。

フェミニズムとの主張内容の整合性

上野氏は「平等に貧しくなる」とは言ってない。「平等にしていこう」という話。「平等に貧しくならない」は批判になっているのかわからない(実現可能性がないことを言っているということか)。

・この主張内容から、「成長しなくていい」とまで読み取っていいのか。

・できれば上野氏の主張に対する具体的政策的な反論が知りたいので後で探す。

・何を目的として文章を読むかは人によって違うが、ある程度類型化できたとして、そのグループごとの反応に特徴はあるのか。

Twitterは、上野氏の発言ってことに着目したつぶやきが多く、氏に対する各人の前提を共有していないと「揶揄皮肉だな」って認識以上に学べることがない(私の問題)。

・共有できていない前提を根拠に断定的に批判するのは、良い印象がないので注意すること。

・軟着陸=人口減少対策のゴール設定が曖昧で、議論が雑というのはわかる。

千葉県立候補する例のあの人のブログ炎上区別するとしたら何か。

移住連の公開質問状を精読すること。



たくさんのブコメとても勉強になります

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん