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はてなキーワード: 思索とは

2017-03-24

http://anond.hatelabo.jp/20170324222517

「~という設定を用いたフィクション」なので成立してるが。

科学的な空想にもとづいたフィクション総称

SFにおけるニュー・ウェーブ運動参加者は、「SF科学小説ばかりではない」という見解からSFサイエンス・フィクションの略ではなく、スペキュレーティブ・フィクション思索小説)の略だ」と主張。



サイエンス・フィクション定義は、幅広いサブジャンルとテーマを含むために困難であるデーモンナイトはその困難さを「サイエンス・フィクションは、その時にそう呼ばれたもの」と述べた。ウラジーミル・ナボコフは、仮に厳格な定義をするならば、シェイクスピアテンペストサイエンス・フィクションに違いないだろうと述べた[9]。

ロバート・A・ハインラインは、「読むことのできる大半のサイエンス・フィクションの手軽で簡潔な定義は、過去現在現実社会や、科学手法性質重要性の十分な知識に基づいた、可能未来出来事に関する現実的な推測」と述べた[10]。ロッド・サーリングは「ファンタジー不可能な事を起こりそうに描いたものサイエンス・フィクションは起こりそうも無い事を起こりそうに描いたもの」と述べた[11]。アイザック・アシモフ著作で、単に宇宙船宇宙人が登場するのがサイエンス・フィクションではなく、価値観の転倒による驚き、すなわちセンス・オブ・ワンダー必要と述べた。

長山靖生は、SFの成立は「新しくて古い。遡ればどこまでも古く、人類想像力の始まりの地点」までも遡れるとし、「オデュッセイア聖書日本なら古事記竹取物語SFとして読む」ことも可能とした上で、このジャンルを厳正に定める者は1920年代ヒューゴー・ガーンズバックSF専門誌アメージングストーリーズを発行した時期)を成立とするのが常例とした

これは要するに未定義ということなんだが、物語性と野合している、という話は特に書かれていないな。

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170316230211

日本語の音と意味関係書いてる人、

増田だと最初からまとめて見たりとかするのめんどくさいか

ブログでまとめなおしたりしてほしいわ。

既に話題になったんだからブログ書いて増田でこの記事で書いたよ、って報告がアレば見に行く人もいるでしょ。

あとはツイッターをまとめるとか。

とにかく思索をそのまま書いたようなままでは、理論自体理解できる人にも伝わってなさそうだし

もう一回、それこそ本書くレベルでまとめなおしてみるべきだと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20170316225611

2017-03-14

自分

当方大学3年生、就職活動真っ只中であり、先月失恋したばかりでもある。以前とある就活セミナーにおいて、「自分史」を書くと自己分析捗ると言うので纏めてみようと思ったのだが、なんだかダラダラ書いてしまいそうになるので、人の目に触れるという条件ならばちゃんとした文章になるのではないかと、此処「はてな匿名ダイアリー」に試験的に投降してみた。


以下、私立文系現役就活生、その半生のあらましである


誕生小学生時代

私はとある裕福な家庭に、長男として誕生した。

母は底辺出身で、元ヤクザ幹部を父に持ち、成り上がる為にスパルタ教育を叩き込まれ秀才であったものの、「女性である」というただ一点で、評価されることなく、夢叶わなかった人間である

父もまた、底辺出身であり、米の代わりに芋を食うような家で育ち、早くに両親を亡くした境遇を持ちながらも、最終的にはF欄大学だが主席卒業し、好きな分野で食っていこうと考えていたが、推薦で入社した会社が急成長を遂げ上級管理職となってしまい、念願の技術屋にはなれなかった人間である

そんな両親の元に、私は産まれた。

母親は自らの経験から所謂教育ママに、父親は古風な家庭で育った為、マナー生活習慣にこと厳しかった。

両親は私を教育するために、自らのストレス妄執をぶつけてきた。

「どうしてこんなことができないのか」「私はあなたにこんなに投資しているのよ」「お前の為にやりたくもない仕事を続けているんだ」

両親の理不尽社会に対する呪詛が、私の実存破壊していった。

私はまた、いじめを受けてもいた。当時はまだ運動もできずどんくさい奴だったからだ。殴られたり蹴られたり、避けられたり、悪口を散々言われたりした。

親にいじめ告白したものの、「男ならやりかえせ」の一点張りでとりあってはくれなかった。

憎かった。両親が、周囲の人々が、社会が、世界が。

両親に叱られる度に、いじめられる度に、「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…」と自分の部屋で唱えていたのを覚えている。

本気で両親やいじめっ子を殺す計画を立てたこともあるし、逆に自殺しようと思ったこともあった(いずれも発見されたことで未遂に終わっている)。

上記の計画が失敗に終わった為、何も感じなくなるように、心を殺せるよういつも自己暗示をかけていた。

力が欲しかった。死にたくなかった。生き抜く力が欲しかった。そして認められたかった。愛されたかった。


そんな自分に味方をしてくれた人間が一人だけいた。祖父であった。

祖父はどうやら自分の娘にスパルタ教育を施したことを負い目に感じているようで、両親(特にからから暴言を良く諌めてくれた。

共働きの影響でよく一人で夕飯を迎えなくてはいけない自分に、良くご飯を作ってくれた。(味は大味すぎだったが)

昔の話を交えながら、「力」について色々と話してくれたのを覚えている。暴力権力学力、魅力…生きていくための力について…

戦中戦後混沌とした日本を力が物言う世界の中生き抜いた祖父一言一句には、老い衰えながらも凄まじい説得力があった。


中学生時代

私立に進学させようとする母親に対し、祖父後ろ盾を得ることで私は無事希望通りに公立中学校に進学することができた。

祖父から「力」について学んだ結果、小学生時代において最底辺だった自分スクールカーストものの見事に逆転した。

陸上競技を始めたことで身体を鍛え、喧嘩も強くなったし、会話術を学んだことで周りから慕われるようになり、部活部長や、生徒会長などリーダー役割兼任したり、学力も向上しトップはいかないものの上位に食い込んだ。そして異性の友人がぐんと増えた。これまでの環境が一変したのだ。

だが母親干渉は止むことはなかった。認められることもなかった。学業邪魔になるから課外活動は止めろと言い、トップになれなければ意味はないと口うるさく言ってきた。無理やり塾へ入れたりもした。

そして環境の変化は「人の心というのは力次第でこんなにも変わってしまうのか」と一種疑念を抱くきっかけにもなった。

それでもなんとかやっていけたのは、唯一本音を話せた祖父後ろ盾と、貧乏すぎてろくな学生時代を送れなかった父親わずかばかりの支援があったからだ。課外活動を維持できたのは父のおかげである

(父は学業、というか母の行動について全くと言っていいほど干渉しなかった。巻き込まれるのが嫌だったというのもあるが、仕事に手一杯で余裕がなかったというのもある。事実ウツ一歩手前であった。)


だがこんな日常が長く続くことはなかった。


母の希望によって、確実に試験突破できる県で2番目に高い進学校入学することが決定したその日、唯一心から信頼していた祖父自殺してしまった。祖父肺炎に長くかかっており、これ以上迷惑をかけたくなかったということ、妻(祖母のこと)を亡くしてからずっと孤独を感じていたということが遺書には記してあった。そして「生きろ」とも。

私が祖父の亡骸を観た時、感じたのはひどい喪失感と「生きることに逃げた」という感情から来る怒りだった。

コレ以降、母の私への干渉は激化することになる。



高校時代

私は初めて心から挫折を味わうことになった。私が進学した高校田舎にあったため、小学校から高校まで、ほぼそのまま上がってくる人間ほとんどであり、既にクラス内にコロニー形成されていた。異なる地方から来た私は、その風習に上手く馴染むことができなかった。

加えて、地頭いいわけでは無い私に対し、周りの人間自分より何倍も優秀な奴らばかりであり、中学時代形成されたちっぽけなプライドはぐしゃぐしゃになってしまった。存在理由否定されたかのようにも思えた。

また、再びいじめを受けることになってしまった、いや、巻き込まれたと言ったほうが正しいだろうか。

入学当初、私と同様、雰囲気に馴染めずいじめられている生徒がおり、私は一度正義感故に彼を庇った。それをきっかけに私もいじめの標的となった。担任先生にも相談したものの、「彼(いじめられていた子)の面倒は君が見てくれ」と聞き入ってはくれなかった。(その先生が私が入っていた陸上競技部顧問だったのだから笑えない)

いじめは年度を超えて行われ、いじめられていた子がいじめを苦にして高校を退学し、いじめ実行犯学校から指導を受けるまで続いた。2年次の後期まで続いた。

学校はその事実隠蔽した。

その結果、部活遠征中に競技出場名簿を改ざんされ体育祭に出ることは叶わず(当日までわからなかった)、

女装して踊る予定だった文化祭は前日に衣装を何者かに隠され(これまた部活遠征でいない間の犯行だった)出演することができなかった。(当日来てくれた他校の友人たちに色々謝ったのを覚えている)

その他はまあ陰口や悪口無視程度で済んでいた。いじめは人の業だと割り切っていたし、自分の心を殺せば、特にダメージはなかった。


後ろ盾を失い、学校はいじめを受け、家では両親から干渉され、行き場を失っていた自分は、性に逃げていた。我ながら最低だったと思う。

中学時代に作った女友達のツテを使うことで、絶えず女の子を紹介してもらうことが出来た。

の子の家庭環境や、生い立ち、タイプ男性など様々な情報を聞き出し、ニーズにあった男性像を演じれば、簡単彼氏彼女関係になることもできた。(例えば片親の子なら包容力のある、甘えられる都合のいい男だったり)

承認欲求を満たし、そのうちに罪悪感に苛まれ自分から関係を切っていくというループに陥っていた。最低だと分かっていながらも止められなかった。

そして人の心に対する疑念は更に高まっていった。


いじめが止んだ高校3年次

なんと今までじぶんやあの子いじめてきた人間が、取り巻きが、なにごともなかったかのように普通に親しげに接してきたのだった。これには絶望した。本当に絶望した。いじめ自体は人の業だと、生物習性だと、遺伝子しかたないのだと、割り切ってきた。仕方のないことだと。心を殺して耐えればいいと。しかしなんだこれは、お前らは十字架を背負うこと無く、一切の反省もなく、悪びれもせず、気まずさもなく、あの時俺が挨拶をしたら無視をしたくせに、ただ自然に「おはよう」だと?「いっしょに昼ごはんどう?」だと?「あいつ(いじめ主犯)最悪だよね」だと?グループワークで一切否定してきたくせにこんどは尊重だと?一緒に勉強しないかだと?なんなんだお前らは一体何で出来ているんだタンパク質か喋るタンパク質なのかこれが人間かそうかそうかこれが心か


今まで私は人の心を操っていた反動で、くだらないことにある種「理想的人間関係」というものを思い描いていた。お互いにお互いを高め合える関係 友情努力勝利

いつか素晴らしい友達出会えるのだと、そう信じていた。



私はほとんど学校に行かなくなってしまっていた。公園にいってひたすらに筋トレや走り込みを行い、図書館に篭り、救いを求めて哲学書や思想書、自己啓発書宗教の本を読み漁り、

部活だけ出て帰る。授業をバックレることもあった。幸い制服が無く、度重なるストレスのせいか老け顔なので、補導されるというのはなかった。親に見つかっても怒鳴られるのを耐えればいいだけなので、平気だった。

本を通じて様々な思想を取り込んでいく中で、ただひたすらに耐えるだけだった親に対しての反抗心が芽生えていくのを感じた。

そして遂に「俺はお前の人形じゃないんだよ」と叫ぶことができた。「ごめんなさい」と泣かれた。「すまなかった」と言われた。12月クリスマス前のことだった。


受験勉強をすっぽかして読書思索にふけった結果、案の定成績はビリから3番目であり、浪人をすることになった。




大学時代

から刷り込みによって、座学が完全にアレルギーになってしまい、勉強をすればするほど体調が悪化しながらも、なんとかそこそこの私立大学に潜り込むことができた。

続きは後で書きます

2017-02-26

http://anond.hatelabo.jp/20170226152524

同じくアスペだが

5年くらい前に「レイプ犯罪だがなぜ『悪い』のか」

っていう疑問をここに書いた

別にレイプを悪いことだと思ってないわけではなく

この疑問を試金石にして他人認識する悪の種類を分析たかったんだが

意外と成果はあったな

一番多かったのは女性苦痛から『悪い』

っていう回答だった(物理的悪)

この回答から生じた「レイプをした加害者は悪を認識できないのでは?」

という疑問は罵詈雑言で叩き伏せられた


次に多いのは女性尊厳を損なうから『悪い』

基本的人権尊重する考え方

まり女性人権侵害するから『悪い』(道徳的悪)

道徳規範を重視する考え方だが

この回答から生じた

モラルが何らかの事情で歪んでいる、もしくはモラルというものがないレイプ加害者は悪を認識できるのか?」

という疑問は無視された

日本人は神より世間を信じているせいか

神がいつも見ているから『悪い』と言う奴は一人もいなかった(形而上的悪)

まぁもっとも神はいてもいなくても同じような存在なのでその回答ではそもそも納得できないのだが……

最終的に出た結論

レイプ犯罪なので世間の反応を鑑みて功利主義的にハイリスクなので『悪い』

というなんとも締まらない結論だった

『悪い』とは何か? という思索は今現在も続く……

2017-01-30

増田だなんて適当場所文章にいちいち学術論文かなんかなのかってぐらい「書き方の思索」がそもそも必要なんでしょうか

2017-01-11

http://anond.hatelabo.jp/20170111024938

[名](スル)間違って思い込むこと。思い違い。」

間違っているという「思い」、は表現されていない段階だと何度も言っているはずなのだが、

愚かで浅慮なだけでなく文字も読めないのか。



そもそも思考するその直前の直感が間違っていると言いたげだが、

すると貴様直感が既に決定されているために、思いは決定的であると言いたいということになる。

だがその場合元の原文における「結果」とは意味が自ずと異なってくるだろう。

現実に表面化した結果が間違っていない仕組みについては既に説明しているはずだ。

また一般的に言って哲学的な「思惟」が既に真偽で決定づけられている、という考え方も単なる考えにすぎない。

あるいはそれはもう一つの段階の思惟思索を経て変わるものであるかもしれない。

したがってやはりそれは決定づけられてはいないな。

というわけで妄言はこのあたりで終わりだろうか?

2017-01-10

今日も昼増田はだめだな

天気がいいし公園でも散歩しながら思索を深めてこよう

2016-12-05

日本人は本当に考えて喋っていないのか?

http://anond.hatelabo.jp/20161204095016

驚いた。全く真逆感想だ。アメリカといっても、サンフランシスコのイケイスタートアップからウォール街クオンツからシカゴコンサルまで、全く違うだろうけど、5年以上東海岸の米系企業に籍をおき、向こうの地でもそれなりに働いてきた自分からすると全く同意できなかった。あくま個人的感想であるけど、いくつか反論してみたい。

会議でも日本みたいに「喋らないやつはダメだ」みたいなことは言わない

俺が米系企業日本支社に就職したとき最初に「会議発言しないのは存在しないのと同じだ」と言われた。少なくとも俺の5年以上の経験で、会議に出て黙ったままただメモを取っているアメリカ人は見たことがない。

誰かが発言しない会議があると「君は何も喋ってないけど、この会議はそもそも必要なのか?」と言われる。真顔で。

これは、日本アメリカコミュニケーションの違いも大きい。例えば、日本人が「お世話になっております表題の件ですが…」と書いているうちに、アメリカ人は「ok」の二文字だけで返信する。件名が「ok / EOM」で本文なし、なんてメールも多い。

必然的に報告だけの会議というのは少なくなるし、会議というのは発言をする場であるということが意識として徹底されている。

本国から来たマネージャーは、日本人会議に出席していながら全く発言しないことに驚く。日本人は、会議という場が意見をぶつけ合う場にも関わらず異常に萎縮しているように見える。間違ったことを発言したら怒られるのではないか、と。俺自身はどんな馬鹿質問をしても怒られた記憶はないが、発言しなかったらマネージャーに呼び出されてアドバイスされたことがある。

人には「考える時間」があるとわかっていることだ。向こうにはディベート文化があるし、PCが叩き込まれいるから、「どう答えるか」についてちゃんと考えている。

元増田アメリカ大学ディベートを見たことがあるのだろうか?ディベートというのは、(悪い言い方をすれば)いかに黙らずに早口屁理屈を言い続けるかを競うスポーツだ。イエールでもハーバードでもエリートが日々「どんな論点をどんな立場でも」ディベートに勝てるかを検査し続けている。(チョムスキーは、深い思索のないディベートリーマン・ショック引き起こしたと言っていた)アイビーリーグ卒業生が多い会社はそういうディベート文化根付いていて、会議スピードが異常に早い。

日本は「考えていない人」が幅を利かせて、そういう人が「すぐ喋る考えていない人」をコミュニケーション能力があるとか、自己主張ができているとか、そういう理屈を付けて評価するからね。

アメリカ人はちゃんと主張する人を好む。給料上げてください」って言うと結構上がる。言わないと上がらない。大抵の企業では「1/1」という、マネージャーと一対一で話してアピールする場が設けられていて、そこの場でどれだけ自分が頑張ったかを語らされる。

それは、年功序列が薄いことと裏表だ。アピールできるやつはずんずん登っていくし、うだつが上がらなければそのままか、クビになる。だからボスアピールすることはむちゃくちゃ重要ポイントだと考えられてる。

日本人のように「頑張っていたらいつか認められる」なんていうことは考えないし、キャリアというのは自分アピールして掴み取るものだという意識が徹底している。


アメリカ人は本当に考えながら喋っているのか?

これはもう匿名ブログ宿命上、想像しかかけないのだけど、元増田あくまで「日本人」として接してもらっていたのではないかと感じた。それも日本人が多い多国籍企業の。

アメリカ人特にサンフランシスコとかシアトルあたりの)は英語できないやつには慣れているので優しいし、日本人が入るような会社なら、シャイなのも知っているから話も振ってくれる。カリフォルニアなんか白人が4割しかいない。インド人の聞きづらい英語四苦八苦し、イタリア人コーヒーブレイクには付き合う。多国籍企業とはそういうものだ、と割り切っている。

そして、文化が違うこと、ネイティブじゃない言語で話す人との仕事の仕方をきちんとわかっている。だから、口ごもる人にはちゃんと時間をくれるし、わかりやす英語を使おうと頭を捻ってくれる。それはポリティカル・コレクトネスに近い。(日本人だって日本語が下手な外国人がいたらじっと聞かないか?)

日本人が考えずに喋っているとは思わない。むしろもっと怯えずに発言すればいいと思う。どだい、会議というのは話すためにある。ただ単にボスの報告を聞くだけならメールでいい。わかっていないことがあれば空気を読まずに質問すればいいし、気になったことがあれば深く考え込まずに発言すれば良いのだ。

いささか乱暴な言い方ではあるけど、日本人もっと適当でもいいからどんどん発言するべきだ、と言うのが個人的結論である発言することが時間無駄になるようなメンバー会議に居る事自体おかしいのだ。

最後

素晴らしく有能で深い思考を持っている日本人が、発言しないために低い評価に甘んじているのをよく見てきた。とてももったいないと思う。少なくとも、米系企業で働こうとしている人は、とにかく何でも良いか発言する癖をつけたほうが良い。わからないことがあれば聞く、考えていることがあったら意見を言う、適当でも良いか改善ポイントを言う。発言量を増やすだけでキャリアが変わる。

そんじゃーね。(ちきりん風に)

2016-12-01

自分の頭を使っていないというレッテル貼りというのは

コミュニケーションを行うことのコスト自分の中で思索することのコスト見積もりの齟齬から起こる現象しかないと思われる

自分コミュニケーションで人に伝えられる情報量は非常に限られていると考えており

情報一定量を超えるとほとんどのことは頭に残らなかったり聞き流されたりする)

1から10まですべてを説明することは困難だと思っているので8くらいまでは自分で考え残る2くらいを

コミュニケーションで補完するようなバランスベストだと考えている

しかし器質的問題などで思考コストが高い人にとっては0~2くらいしか自分で考えずに残ったことは人に聞いたほうが早いと考えているのだと思われる

それで素晴らしい仕事ができる人というのも中にはいるのかもしれないが

増田経験した限りではそのようなコミュニケーションによる学習天才とでも言うべき存在を見たことがない

2016-11-29

エンタメがなんなのかわからずじまい

娯楽それぞれ

http://zokugo-dict.com/04e/entame.htm

エンタメとは「娯楽」「気晴らし」「余興」「演芸」「軽い読み物」といった意味英語"entertainmentエンターテインメント)"の略である意味エンターテイメントと同じように使われており、単に語呂のいい形に簡略化されただけであるエンタメ映画ドラマアイドル小説パチンコゲームと様々なもの対象に使われるが、同じカテゴリーにあってもそこにエンターテインメント性(娯楽性)がなければエンタメには区分されない。例えばニュースを扱うサイトの中で政治経済事件を主に扱うサイトエンタメサイトに分類されないが、芸能映画スポーツなどエンターテインメント性が強い記事が中心のサイトエンタメニュースサイトとして扱われる。人気お笑い番組エンタの神様」のエンタはここからきている。

ここでは娯楽性。



https://goo.gl/BU3nJq

 エンタメとは、エンターテインメントentertainment)の日本式略称で、人々を楽しませる行為パフォーマンス)を意味し、主にその場かぎりで消費される演劇映画芸能などについていう。絵画建築作品のように希少性と永続性がないので、エンタメ提供者は、なるべく多くの人々に比較安価価格で見てもらうことによって日銭を稼いでいる。また、演劇寄席芸能などは、文学書籍)のようにいつまでも自分の手もとに置いて楽しめるものでもないが、たいして関心のない団体ツアー客や、何度も同じ演目を見に来る物忘れの激しい客をたよりに糊口をしのいでいる。音楽映画などは、パフォーマンスを記録したメディア販売され、子どもをだまして大量販売に結びつけることも可能なので、演劇芸能関係者よりはお気楽生活を送っている関係者も多い。(CAS)

文末に首をかしげるが、単語意味については「人々を楽しませる行為」、としか書かれていない。



エンターテインメント-Wikipedia

https://goo.gl/K98F6m

エンターテインメント(英: entertainment[1][2])は、人々を楽しませる娯楽をいう。抽象的な意味もつ言葉であるが、楽しみ、気分転換、気晴らし、遊び、息抜きレジャーなどが類語となっており、エンターテインメントにはそういった意味合いを含む。似た意味を持つ言葉としてアミューズメント(英: amusement)も娯楽を指して使用され(アミューズメント施設など)、エンターテインメント範疇に含まれる。

ここも娯楽ですよ、としかいっていない。



Yahoo! 知恵袋

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1213791332

エンタメ小説とはエンターテイメント小説、すなわち娯楽や読む人を楽しませることを

目的として書かれる小説です。娯楽小説通俗小説大衆小説とも呼ばれます

文学とは、それらも含めた言語により表現される作品一般を指します。

小説、詩、俳句短歌日記随筆戯曲などが含まれます

もう一つ、純文学というのもあります。これは大衆小説と相対する言葉で、

娯楽や商用よりも芸術性に重きを置いた小説のことです。

ですが純文学といわれる作品商業成功を収めたり、

完成当時は娯楽的だったものが時を経て文学的評価されるなど、境界曖昧です。

ここは結構正しいこと言ってる。正規文書じゃないけど。

まり映画などをすべてエンタメとして捉える上記辞書系の定義と違い、それ以前の小説世界エンタメ定義されている。

現在文学的、という言葉映画アニメも再評価されつつあることを考えると無視できない。



エンタメには“中二病”的要素が必要不可欠?』

http://www.oricon.co.jp/special/47728/

ここはどう考えてもエンタメ=従来のアクション映画などの娯楽思考の強い作品、というステレオタイプが見える。

進撃の巨人ピックアップされていて非常にエンタメ性質がわかりやすい。



時代によってかわる芸術定義

http://www.stonetherapyschool.com/periods_art.html

知恵袋と同じように時代によって変遷する、という意見

ドンキホーテが例に上がっている。



ライトノベル定義/ラノベ作家になるには』

http://syousetuka-naruniwa.com/category4/entry16.html

ライトノベルというのは主に若年層を中心に人気を博しているエンタメ要素の強い小説です。

ここでは明確に文学的ものではないラノベ、という感覚的発想が見える。



ピュアサイドチェイン ‏@quisye 11月20日

何か言った気になりたいなら適当エンターテインメントとかドラマとかって曖昧ふわふわした語に詰め込んで、「ドラマ性が薄いかエンターテインメント性も薄い」みたいに言えば済んでしまう。もちろん定義へったくれもないから紙より薄い言葉なんですけど。

公共性の薄い個人発言無断引用なので埋め込みとか目立つ方法はひかえた。

公共性定義とかそういうのは突っ込まれても困る。

この人の中では定義のものの鍵はドラマ性と言ってる。



いったいなんなの?

色々見てみると明確な定義はない代わりになんとなく芸術性及び思索性が皆無なものエンタメと呼び、

後にエンタメ化することはなくても後に文学化することはあり得るとよめる。

この世界の片隅に』は文学へと変質しかけてるし、後年『君の名は』が文学扱いされるには苦しさがある。

三国志とかエンタメかつ文学じゃん、とか言い方はあるだろうけど、

三国志演義に限ってはエンタメでも区切りとしては間違っていないように思える。

たとえば新海誠を語る文脈上において勉強の側面が強くなってきたら、文学的な扱いを受けるかもしれない。

あるいは今だって新海誠作品方向性は語られて文学的芸術性やら思索なんかを生み出そうとしている。

http://www.excite.co.jp/News/bit/E1472797135219.html

そして文学的ってなんだよ、という話がまためんどくさい。これはこれでだいぶ未定義で、

少なくとも今回の件ではコトバンクの「文芸作品にみられるような趣があるさま」に近い。

実際古典化してお勉強の側面が強くなると何故かエンタメ文学なっちゃうところがある。

エンタメ的な動きの激しさ、積極的に楽しませようとする進撃のような要素、

思索や情感をメインとしない話という意味君の名はエンタメだけど、

この世界の片隅に』ってそうなのかなという疑問符個人的には残りまくる。

http://anond.hatelabo.jp/20161128081913

2016-11-28

http://anond.hatelabo.jp/20161127082710

ここ読めばもう判っただろ?

SFは確かに面白い。時として思索の糧にはなる。

だが読んでる奴は総じて屑だ。覚えておけ。たまにはマシな奴もいるが90%はカスだ。

2016-11-27

http://anond.hatelabo.jp/20161127082710

思索哲学SFならやはり神林長平では

あとあんまりメジャーじゃないけど

Speculative Fiction (思弁小説) というカテゴリもあるようなのでご参考までに

2016-10-17

デジタル断ち旅行で人が変わったような体験をしてビビった話

先月のシルバーウィーク有給含めて1週間のデジタル断ち旅行をしてみた。

旅行といっても、とある僻地にあるグランピング施設に泊まるってだけなんだが、

とにかくスマホPCなど一切のデジタルガジェットに触れない、という企画旅行だった。

ちょっとググれば出てくるので、ステマと思われるのはイヤなので具体名は明かさないでおく。



そこは当然ながらWifiも飛んでいないし、スマホ電波すら怪しいレベル

スマホPCは受付で預けていて、どうしても連絡する必要があるときは受付にある電話PCを借りるしかない。

(ちなみに、外部からも受付に電話をかけることが出来、その電話番号は告知されているので、緊急連絡は可能



最初の1日目は地獄だった。具体的に言うと、退屈地獄だった。何をしたらいいかからない。

普段いかスマホ依存しているかよく分かる。ヒマになるとすぐにスマホを覗いていたわけだ。

ただ、ヒマになると面白いもので、周囲の色々なものに関心が出てくる。普段なら興味も持たないことだ。

例えば、周囲の自然や空の青さ、風の匂い、鳥の鳴き声、夕焼けの切なさ、月の明るさ、夜の静寂。

自分を取り囲むすべてのものがとてつもなく魅力的に感じられる。

古代の人たちが自然を歌に詠んだのは、こういう感性があってのことなんだな、と気付けた。

ただ、それらの写真を撮りたい衝動に何度も襲われたのには苦笑させられた。



2日目になると早くもスマホへの依存は薄まり、朝はしばらくぶりに快適な目覚めだった。

その日は雨だったが、雨音は読書中のBGMとしては申し分なく、ハードカバー小説を一気読みしてしまった。



3日目以降になると、もはや驚異の体験思考が驚くほどクリアなのだ

次々と新しいアイデアが湧いてくる。仕事のことはもちろん、これから人生の進路についても色々と有意義思索を巡らせた。

今まで答えが出てこなかったものにも、「これだ!」と言える答えが次々と湧いてきて、知能指数が上がったような錯覚すら覚えた。

一日のうち、午前中は外でアウトドア活動を満喫し、昼下がりから思索ノートに書き連ねる日々を過ごした。

いつも寝る直前には適度に疲れを覚え、ベッドの中で無駄な考えをすることもなく、スッと寝入ることができた。

普段睡眠薬に頼り切りだったので、これは驚くべき効果だった。



最終日、自分はもはやスマホ存在を半分忘れていた。そういえばそんなものもあったな、という気分。

受付で手続きを済まし、預けていたスマホPCを受け取るが、電源を入れてみる気も起きず、そのまま帰途についた。



自宅に戻ると一気に現実感に引き戻されるような気がした。

スマホに電源を入れると、LINEメールに大量の着信があり、それを見て思わず苦笑した。

ああ、またリアルに戻ってきたな、という実感。もはやネットリアルの一部なんだな。



旅行から1週間くらいは普段よりも身体思考も快調な状態が続いたけど、やはりしばらくすると元の状態に戻ってしまった。

でも、デジタル断ちすることにより、いか人間本来能力回復できるのか知っただけでも収穫があったと思う。

逆に言えば、いかデジタルガジェットが人の生活を蝕んでいるのかを知り、少し怖くもなった。

もう少しデジタルから距離を置いた生活が出来たらいいな、と心から思う。いや、実際には難しいんだが。

2016-10-06

学歴がない人が学歴社会否定してるとモヤモヤする」って記事炎上してたけどさ

学歴がない人が学歴社会否定してるとモヤモヤしてしまう。小中学生の時何してたの? - イケメン息子とぐうたら猫の成長見守りブログ

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.ikemenmusuko.net/entry/2016/10/05/163124

はてな学歴話題から炎上したけど、

この記事読んで感じたのは「地頭よくなくても受験勉強頑張れば、早稲田の院いけるのな」てのが第一印象だった。

なんか、受験勉強大学講義やってただけで、思春期人生悩んで本読んだりしたことがなさそうな人が書いた文章だった。

なんていうか、頭がいい、というより思索内省を重ねてきた人間なら、あの程度のことは当たり前に考えた上で、さらにその上でよき人生を送るにはどうしたらいいかって考えるのだと思う。 

けどあの記事からはそういう厚みが感じられなかったから、「この人地頭はよくないんだな」という感じがした。

もちろんあのブログ記事ではわざわざ書かなかっただけなのかもしれんけど(ブログの他の記事は読んでない)。

で、本題。

受験勉強エネルギーを割くには当然他の経験読書恋愛とか)にリソースをさくことができないわけだけど、

受験やって学歴は手に入れたけど、もっと他の事にリソース使っておけばよかった」って後悔したことあるはいないのだろうか?

高学歴が多そうなはてなからきいてみたい。

もちろん、受験なんかにエネルギー割かないでも高学歴を手に入れられる地頭のいい人もいるだろうけど。

ちなみに私は、みっちり受験しないでも高学歴になれるほどの頭はもってなかったのと、受験期は人生どう生きたらいいのか、あと勉強の他に何が面白いことなのか知るために

色々本読んだり映画みたりして、要はそれほど「死ぬ気で勉強」みたいなことはしないで中学歴程度を得た。

「もう少し学歴あった方がよかった」と思う場面は何度かあったけど、かといって「今までしてきた他の事を削ってまで受験勉強すればよかった」とまで思ったことは今のところはない。

特に受験勉強しないでも、高学歴になれるくらいの地頭のよさがあればよかった」とは思っている(無理だから仕方ないのだろうが)

あと、私は特に学歴社会けしからん!とか批判する気もないです(肯定もしないけど)。


……って記事を書いたんだけど、ブクマつかないから、煽ってみるか。

高学歴受験勉強犠牲にしたと思うものを書いてくれ

低・中学歴は昨日のオナニーのおかずを書いてくれ。

俺は柚木ティナの昔のAV。Rioになる前の方が抜ける

2016-09-10

http://anond.hatelabo.jp/20160910115451

おいもちょっと読み直せよww

 別に他人文章指南するほど書けるつもりじゃねーけど、これじゃ変な奴になってんぞ? いや変な奴好きだけどな、俺は。w

これさ、クラス取り巻きに囲まれ最近ちょっと目立つ奴にいきなり怒鳴りつけてから振り向いてもらえずにいきなり通行人に向かって次々と指さし、

「オマエだ!」「オマエだ!」「お前はアイツか?」「お前はアイツが化けてるんだろう?!」

「お前らみんな同じなんだからな?!」

 って感じで絶叫。注目を浴びてアジテーション始めるかと思いきや、

「――もちろん俺も! 同じ! ……かなぁ? なんかよくわかんなくなっちゃった。でもアイツと同じでボクも狭いセカイにいるんだ…。ホントダメだってわかってるんだよ? もっと広いセカイに出たいなぁって…、思ってはいるけど……、もにょもにょもにょ…。」

 みたいに見えるんだよ。

なんだよオマエ? ツンデレなの? こんなん狙ってできねーよ、いや寧ろ狙ってたらスゲーよ、もう後半とか可愛く見えてくんじゃねぇか、っつか萌え狙いなのか? って……。


思っちゃったりしたの……。(ゝω・)てへぺろ


 公衆に向け大路で声を張るは、其闘い也。

 されど小路にて呟くは真夏幻想の如く。

 挨拶をする者在り、思索に耽る者居り、且つ又大路を夢見るも大義や何処か、と。


 いや別に悪いとか言ってねーけど。

そういう風に俺は見えたってだけで正しいとは限んねーし、webってプライベートパブリック境界が滅茶苦茶なんだよな、元々。

 ある意味凄く面白いんだよ、揺らぎが。普通に出てる商業誌とかの記事じゃ味わえない感っつーかさ。

あ、俺がこの間行った南町(3丁目な?)の駄菓子屋なんだけどさ、そこでビッグカツ買った時の話とかしてもいい?

 あれ、同じ名前で違う商品が幾つもあるのな。

http://www.geocities.co.jp/Foodpia/3772/bigkatsu2.html

 俺がガキの頃買ってたのって"すぐる"のだったんだけどさ、そこの店にあったのは"菓道"のだったんだよ。

んで思い出したんだけどさー、中学校くらいの時になんかクラス替えしてから駄菓子屋行こうぜってなって何人かで行ったのな? そしたら普段と違う店に行く事になってそこにあるのが"味の彩"だったんだよ。

「何だこりゃ?! パチモンじゃねーかよ!」とかキレたら大喧嘩になってさーww

あ、ごめん長くなるからいか

 増田主のよく食ってたのってどこのだった?

2016-08-17

語源の楽しみ

語源の楽しみ。家にいて、そこらへんにある言葉を拾うだけでいろいろ考えた気になる。暇なときに最適な楽しみである

たぶん、それで得られる思索は、ほんとに言語学とかやっている人には当たり前のことなのだろうけど、まあ趣味ですから、許してほしい。逆にそういう専門の人の面白い語源の本もまた好みである



アメリカ上院はSenate。この語源ラテン語Senatus、すなわちローマ元老院。その単語をそのまんま使っているということに僕は衝撃を受けた。つづりの違いは言語の違いに過ぎないから、たぶんアメリカ人学校歴史の授業で、ローマ歴史を学ぶ時とアメリカ合衆国政治機構について学ぶ時に同じ単語Senateをもとに学習しているわけである。そこに歴史の一貫する深い流れを感じ取ることが、感覚としてあるのではないか。ちなみに下院House of Representativesで、一般名詞形成されている。

ところで、どうしてこのように名付けたのだろう。

たぶん、アメリカ民主主義が、設立当時はイギリスよりもフランス継承している意識が強かったことに由来しているのだろう。イギリスは、貴族院庶民院下院)であって、それぞれHouse of LordsとHouse of Commons。それに対し、フランス上院下院は、SénatとAssemblée nationaleであり、上院には同じ単語使用している。フランス上院のことは日本語訳でも直接的に「元老院」の訳語をあてることもあるようで、Wikipediaはそうしている。単語としては同じなんだからアメリカ上院も時には元老院と呼んでもよさそうだ。

アメリカ上院議員はSenator。オバマ大統領大統領選を戦っているとき、「Senator Obama」とよく呼ばれていた。

このときこのひびきは通常の日本語訳では「上院議員オバマであるが、原語では「元老院議員オバマ」と同じものなわけであり、これはつまり歴史を好むアメリカ人にとっては「元老院議員カエサル」と同じ響きをもって伝わっているのだろう。ここがうらやましい。

明治維新が起きてすぐのころ、明治4年の制度では正院の長は太政大臣であり、三条実美が就いていた。過去太政大臣と言えば、藤原道長であり、平清盛であり、当然のことながら、豊臣秀吉である。なんで「太政大臣」の名前を廃したのかな、と残念に思うところ。

もちろん、より有名なところ(だが現在には継承されていないもの)として、ドイツ皇帝カイザー」、ロシア皇帝ツァーリ」は、それそのものローマ皇帝または副帝の称号カエサル」を引き継いでいる。

こういうのを見ると、欧米では歴史単語レベルで地続きであることが多いのだなと思う。しかしもちろん日本でも、大連(おおむらじ)と大臣(おおおみ)の権力争いの末大臣家が勝ち残ったことが、現在でも内閣大臣名称に残っていることなどは、語源から歴史の深みを感じるところではあるのだ。



・・・これを読んで「そんなの誰でも知っとるわアホ」と思った方による、より深い考察も歓迎でございます

2016-08-10

これネットの闇の核心に触れてるんじゃないか

http://anond.hatelabo.jp/20160809152948

偏差値ではないけど、この感じ、既視感ある。

2ch辺りでアニメアンチたちのアニメ批評なんかを眺めてる時も、理解の断絶を感じることが多い。

アニメ言語化しないぶん、より意図を汲み取れないで妙な邪推してしまう人が多いよね。

 

私が思うに、こうした現象メカニズムはこう。

偏差値というか、ASD傾向がある人あたりが、想像力障害ゆえに突飛な解釈をする→

長文で説得を試みられてもコミュニケーション障害ゆえ納得できない→

反発してますます偉そうにネガティブ解釈喧伝し、目立つ→

感化される人も増える、ってサイクル。

 

ものごとの妙味って複雑で多面的な要素が絡み合っているものから

言葉説明するのは困難だし長文になる。

でも言語化できないまでも、おおかたの人はなんなく汲み取れるんだよね。

本筋のメッセージ性とかの大事な部分を。だから総体的評価ができる。

ASD気味の人は些細なシーン接続齟齬とか曖昧さがあると、

もう脳内補完をしてあげる事ができなくなり、理解が途切れてしまう。

からそこで全てが台無しのように感じてしまうし、

結局自分の思い描いた筋書きしか受け入れられないようになってしまう。

 

このようにファジーな文脈解釈をするのに高度な脳機能必要となる一方で、

作品ネガティブな印象を与えるには一面的なことを短文で罵倒するだけで十分。

健全メンタルの人でも、その一面のネガティブ解釈に注目してしまえば、

他に読み取れたはずの多面的要素を容易に意識外に押しのけて、

まるで陰謀論に取り込まれるかのように感化されてしまう。

 

こういうネガティブサイクルが、ネットのそこかしこで見られる。

それでどんな話題においても、プロ水準の造詣の深さや視野の広さを持っている人の声よりも、

素人のパワフルな罵詈雑言の方が支配的になるし、正義面をするのもうまい

一番象徴なのはヤフコメかな? でも最近ブコメも大差ないかな。

 

まあ、啓発が進んでる分野では、ネット素人意見プロのそれに近くなる場合もある。

たとえばエスカレーターは歩くなとか。

はいえ、それはただ素人集団条件反射的に流れに乗っているだけで、

彼ら一人一人が毎回書き込むたびにプロ並の思索を巡らしているわけではないようにも感じる。

 

こういうところが、ネットの闇でありネット限界だと思うのよね。

 

  • 追記

ASD自閉症スペクトラム障害アスペルガー症候群をさした言葉です。

トラバで指摘されて気づいたけど、

ASD特有っぽいやたら神経質な指摘をする人と、その指摘に乗っかってDisを始める人は

必ずしも同一とは限らないと思う。

ASDの人を害悪扱いする意図は一切なくて、

現象としてそれっぽい指摘が発端になりやすい、という話。

普通そこをそんな卑屈な捉え方しないだろ」って思うような意見

意外に浸透しちゃう理由説明たかっただけです。

2016-05-13

増田にすべてを絞り取られた

増田投稿を始めて半年が経過しようとしていた。

当初はろくに反応がなかったものの、次第にトラバブクマが貰えるようになった。

ついにはホッテントリ入りし、はてブトップページに紛れ込むほどにブクマを集めるようなこともあった。

もっとも、記事の内容云々よりも、興味深いブコメブコメを呼び込むという構造によるところが大きく、

はっきりいって運だったと言えるような気がする。

他の増田が盛り上がっているのを指をくわえてみていた頃には想像もつかない世界だったが、

いざなってしまうと、あまり大したことはない。

実力ではなく運によってホッテントリ入りを体験したが故に、手応えがないからそう考えてしまうのかもしれない。



そろそろ自分も、一介の増田ではなく、一人の個人として勝負してみてもいいのではないか

増長かもしれない。思い上がりかもしれない。しかし、やってみなければ分からない。

そのように考えて、増田と同じような感覚で、日々のエッセイを綴るはてなブログを開設しようと画策した。



しかし行き詰った。書きたいと思うことが浮かばないのだ。

もうだいたいのことは増田で書いた。これ以上なにを書けばよいのか。

別に増田で書いたことを多少手直しして書き綴るのでも良いのかもしれない。

ただ、それは増田コピペブログのようなもので、あまり良い気持ちはしない。

自分が書いた文章なのだから、他の人間文句を言われる筋合いはないというのは正論だが、

周りからすれば紛れも無く増田の焼き直しであり、パクリブログしかない。

君子危うきに近寄らず。いくら真実を握っていたとしても、怪しいことをすれば身を滅ぼす。



では更新頻度を落としてでも、日々の思索からひり出した文章を気ままに載せるとして。

増田というある種のブランドを背景にした文章であればまだしも、何のバックグラウンドも持たない、

どこの馬の骨とも分からないような自分文章を、誰が好き好んで読むのだろうか。

増田は虚無を愛する人たちが集う。愚にもつかない駄文を味わい、歴史の闇に消え入るはずだった匿名文章との一期一会に思いを馳せる。

そういう場所にあるから価値があるのだ。場所が違えばゴミしかない。



やはり自分は、匿名の中でしか生きられないのか。

おとなしく増田11人の末席を汚し続けるのが分相応なのか。

運が無ければ注目もされない、そんな程度の存在だったのだから、そもそも結果は火を見るより明らかではないか

どうかしていた。自分に酔っていた。

2016-05-05

休みが終わってしまうのだけど、なにも変わらない

 休みというものはいつか終わってしまうわけだから、それが今日だろうと明日だろうと日曜日だろうと、まあ、それは仕方ないのだと思う。特に自分独身友達もいないので、休みの予定というものがなく、ボーッとしてるか仕事しているかの差ぐらいでしかない。


 いつも人生について考えている。休みになると色々と考えることが増える。学生の頃は意味もわからない小難しい本を読んでみたり、色々なものからすぐに影響を受けたり、人生意味はないなんて達観してみたり、まあ、若いってことなのかもしれないけれど、今になってみても何かしらの結論が出たということはないわけで、その時間自体がだいたい意味がなかったりするのだろう。


 毎日忙しくするということは、そういう生産性のない思索の鬱々した沼から逃れられるのだから、案外悪いことではない。


 自分からアクションをしなければ何も起こらない、というのは三十数年生きてきた中で数少ない教訓である。とはいものの、自分自身が何をしたいのかよくわからない。毎日仕事したり適当にやってれば勝手時間は過ぎていくわけだから自分がどうしたいという希望がなければアクションを起こしようもない。


 まあ、具体的に言ってしまうならば、そろそろ家庭を築くのか、それとも適当に生き続けるのかを決める分岐点ではないかと思っている。とはいえ、それ自体自分社会空気的なもの勝手に読んでいっているだけなので、本当に家庭などというものを築く必要があるのか、というのはよくわからない。しかし、このまま何もせずに生きていれば、ずっと一人でこのまま死んでいくのだろう。それはすこしばかり寂しいのかもしれないな、と最近思うのだけど、実際に何かしようと言うモチベーションはどこからも湧いてこない。


 婚活だとかせっせとやってる人はなにをモチベーションにしているのだろう。それなりに生きていけるのだから、今はまだあったこともない人と結婚することを目指すっていう、人生の大変革をなぜ起こそうとしているのだろう。そのアクションをすることで、まあ、幸せという漠然としたものを目指しているのだろうけど、幸せだけならば結婚という結果を求める必要はない。独身自分がそれをいうと、何わかってないやつが勝手なこと言ってると既婚者から馬鹿にされるのが常だろう。


 そういうことをウダウダと考えていると、どんどん時間が過ぎていって何もする気が起きないわけで、行動することは改めて正義であると思い知らされるわけである


 ゴールデンウィークも何事も無く終わってしまった。まあこんなものだろう。

2016-04-14

互助会問題に首を突っ込むやりがい

本当はどうでもいい。だけど村に起こった問題提起として自分ならこう考える、という思索の一環として楽しんでいるし、増田が潰れようがはてブ廃止になろうが本当は心が動かない。

多くのブクマカが他者リンチにしてダジャレ程度で済むと勘違いしている感覚と同様に、ブクマが潰れて誰かが損害を被ろうとも自分には関係がなく、その行いは利害という意味自分と切断されている。

問題はその場で自分がどうアクションしてどんな化学反応が起こるかというあたりだし、思考実験の結果が大勢マイノリティーか判明するというだけだろう。それが良い悪いなんて存在しない。

分別をもって強制的互助会排除すれば民主主義的なはてなの姿は見失われるだろうし、生ぬるい記事放置してもブックマークの質は変わらない。

規制すればはてなは服の中の不満を圧殺する"よそいき"を身にまとうだけだし、放置しても住人の不満は継続する。

2016-04-10

気分転換方法教えてくれ

仕事で頭が疲れた時、リフレッシュするための何か良い方法ある?

いちいち休憩挟むの効率悪すぎる。

気持ちリセットする、スッキリさせる術を身につけたい。

トラバへのレス

コンビニに買い物に行く

""分かる""

一番幸せだったときの事をありありと思い出す。

おいやめろ

8分間サウナに篭ってからシャワー浴びて水風呂に2分潜るというルーティン20回繰り返す。

時間かかりすぎワロエナイ。

ヤフー知恵遅れでやれ

はてなー集合知を信じてるんや……

ブコメへのレス

オナニー

やったあと眠くならない? 当方、男。女人は知らん。

小説ネタをφ(..)メモメモ

奇遇だな、私も小説カキカキしとるのよ。

ちくわを食べる。

お、おう……

新築マンション内装イメージからコンセント場所を探す。

上級者向けすぎる。

瞑想だろJK

安定の瞑想

自律神経訓練法

なんだこれ面白そうだゾ。

眠い時は5分の仮眠でもだいぶ違うけどねえ。

短い睡眠効果だっていう話はよく聞く。でも、自制心ない人は長時間ちゃうんだよな。

トイレの個室に引き籠もる

ひんやりしているせいかちょっと目が覚める。

他愛のない会話を1.2分する。

コミュニケーション好きな人気分転換になるのだろうか。

ラジオ体操

座りっぱなしでこわばった身体をほぐすのに良い。

散歩

深い思索に休息は必要カントカント

はてブ

大喜利エントリーだけ見られる機能実装してくれ。

ボールペンの種類の多さに絶望する。

何を言ってるんですか?

モカ錠をコーヒーで押し込む。のは冗談として、

殺ってる。でも眠れなくなるから夕方以降はできないんだよな。

青竹踏み

ぶら下がり健康器と一緒に絶滅したと思ってた。

めぐリズム

かわいいビジュアルだゾ。女子との会話のタネになりそう(下心) https://www.kaerumon.jp/img/goods/C/500_H160556.jpg

耳掻きはどうですか?眠くなってしまうかも知れないけど。

耳掻きで眠くなるクラスタ存在に戦慄してる。

外へ出るか風呂に入るかの2択しかないと思う。

潔い。

土日なら昼からトンカツビール

土日はビール飲まなくても気分爽快なんですよね。……離職!(錯乱

詩集をさっと読む。脈絡のない言葉が出てきたりして、考えずに感じるイメージで目を通せば面白い

TwitterのTLはポエマーだらけだな。

上司悪口を考えるw ちなみ、頭の同じ部位だけが酷使されてるのを、別の部位を使うことで、休ませることができるんだよねww

上司への憎悪仕事してるから、頭の同じ部位使うことになる。却下

文房具屋のボールペン試し書きはたしか楽しい

どうしてボールペン推しなんですか?

増田愚痴

トラバリンチされない?(震え声)

社内をお散歩して、ヒマそうな人に話しかける。

そんな人ゎいない

屋上エンジェル体操

えまたそ〜

自分の体を一定リズムで軽く叩き続ける。

はてな変態多すぎる。

ボールペンシグノのユニボールお勧めしておきたい

ごめんな。おじさんパワータンク派なんだ。 http://www.mpuni.co.jp/products/ballpoint_pens/ballpoint/powertank/standerd.html

時計の秒針に合わせてリズムを刻む

リズム? えらく単調じゃないか?

5-10秒くらい、尻を浮かせて空気椅子する。

尻を浮かせない空気椅子ってあるんですか?

スクワットとか、その場で座禅で足組んで瞑想とか、飴、コーヒー飲む。

見境ない。

アスファルトタイヤを切りつけるしかないよね

iPadからGet Wildを……退勤じゃねぇか。

Amazon衝動買いかな

欲しいもの見つけたらその場で買うっていうライフハック実践してるから任意タイミング衝動買いできない。

何も見ないで、プリキュアとかジバニャンとか描いて、答え合わせで笑う。

便所飯勢だから笑い合う相手がいない。

タバコが一番いいよ。

一度だけ吸ったことあるけど、煙たすぎて死ぬかと思った

蛍光灯を見つめる。

それ鬱病だよ。

ドラムを叩く

電子ドラムかっちょいいよな。だけど生憎我が家四畳半なんだよね。

2016-02-16

http://anond.hatelabo.jp/20160216000450

もしそうなら、俺らは哲学やら宗教なんて捨てて、

もう科学スピリチュアル精神の支えとして生きていってもいいレベルな気がする。

なんと言っても、それは厳密な論理観測の結果として出てきた成果なので

一個人の経験思索産物より、理論として強いと思った。

科学が「理論として強い」というのはそのとおりだけど、その理論は生きていくうえでの個人的な悩みに答えを与えてはくれないんです。

人々が哲学宗教に求めるのはそういうことでしょう。

科学には(少なくとも現代科学には)その代わりはできません。

ちなみに、現代物理学東洋思想共通性があるという考え方は、「ニューサイエンス」と呼ばれ1970年代に非常に流行りました。

タオ自然学」という、理論物理学者がこの共通性について書いた本が、当時ベストセラーになりました(今でも売ってます)。

最近でも、例えば佐々木閑さんという仏教学者が、このような考え方について「犀の角たち」という本を書かれています

興味があるなら読んでみては?

アインシュタインに言ってたことについて理系の人に聞きたい

先日、重力波観測についての報道アインシュタイン言葉引用されていた。

アインシュタイン過去現在未来という考え方は幻想にすぎない」



俺は典型的文系脳で大学仏教哲学勉強をしてるんだが、

このセリフを目にして鼻水が飛び出るほど驚いた。

これ、仏教哲学の考えと全く一緒だよ!!!



更にちょっと調べてみたら、現代物理学では本質的時間存在しないとか、

脳科学でも自由意志存在しないかも、っていう流れになっているらしいじゃない。



ちょwww現代科学wwwwww悟りの境地に達してる奴wwwwwwww



で、不思議に思ったのは、現代物理学研究する学生先生方は、

こうしたアインシュタインの考えを当たり前のものとして毎日を生きてるの?ってこと。

アドヴァイタ(非二元)の指導者もびっくりな悟り世界を生きてるの?



言い換えると、現代科学人間の外側を探求し続けた結果として、

ブッダ自分内面を観察し続けた結果として得た知識と全く同じ結論に至ったというわけ?



もしそうなら、俺らは哲学やら宗教なんて捨てて、

もう科学スピリチュアル精神の支えとして生きていってもいいレベルな気がする。

なんと言っても、それは厳密な論理観測の結果として出てきた成果なので

一個人の経験思索産物より、理論として強いと思った。

2016-02-02

安楽な人生、それ以外に何も望まない

そよ風の吹く晴れた日、平原を見渡す丘の大きな広葉樹の下で、ガーデンチェア腰かけコーヒーをすすりながら、日がな一日読書思索にふけっていたい。

2016-01-31

2000年代まれがうらやましい

小学校ネット当たり前。

  

xvideosとか見てたりとかか?性の目覚め以前から世界中美少女を見飽きてるだろ。

俺の頃は、エロ本川原で見つけて雨でびちょびちょなのを、木の棒でめくっていた。

  

ヒカキンとか、レトルトとか、はじめしゃちょーみたいな、リア充のお手本を最初からお手本にできる。

俺の頃は、コミュ力なんて言葉もなく、世の中の普通の態度とかもよく分からず、発達障害は発達丸出しで馬鹿にされていた。

  

競争相手が少ないから大学受験とかも楽なんかな。

俺はノビタ君のようにガリガリと勉強していた。

  

ネットで調べれば、「生きる意味」とかでウィキペディァが出てくる。

俺のころは、哲学なり専攻するなり、哲学者の本をありがたがって、こうかなーああかなーと思索して、確証ないままモヤモヤしていた。

  

毎日ニュースまとめサイトツイッターでいろんな著名人と絡める、面白いことはいくらでも出てくる。

俺の頃は、ミスターマリックの超魔術で1週間盛り上がったりしていた。

  

とにかく、うらやましい。

世の中の知りたいことが、サッと知れる。効率に生きられる。

こんだけ恵まれてる時代に生まれたかったわ。

  

小中高の時間マジで無駄にした。クッソー。

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