「卒業」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 卒業とは

2016-07-25

冗談がわからない」せいで社会に出るのが怖い

僕は今年高校卒業して社会人になる。

色々と怖いですが何より怖いのが「異常なまでに冗談が通じない」こと。

中学の頃の友達とはともに人間失格を読んで感想を述べ合ったり、ドグラ・マグラを買うか買わまいかで論争したりなど香ばしい会話しかしていなく、その会話に冗談はなかった。

高校に入って初めて冗談と触れ合った。友人らのおかげで言うのはかなり慣れたが聞いて理解することが全くできず、社会人として大丈夫不安


社会人の先輩方、冗談が通じなくても社会でやっていけますか?

童貞ミソジニーと、女性童貞蔑視は同根

増田で定期的に投下される「童貞ネタ」でモヤモヤしていたことを把握できたので、記事投稿してみる。

ツッコミどころ満載だと思うから、変だと思ったらどんどん指摘してもらって構いませんw



増田で投下される自称童貞記事って、ひどいミソジニー臭がすることが多い。

ブコメではそれに過敏に反応して、記事一言一言に噛み付いて、「それだから童貞なんだ!」とディスる

はてな名物マウンティング合戦というわけだ。



特に女性と思しきトラバ主やブクマカ達は、やや滑稽なほど童貞増田に対する激しい差別的感情を露わにする。

記事に書かれていないことまで邪推して、「あなたは○○な人物だからダメなんだ!」と強い語調で猛省を促すわけだ。

はてな民に限らず、多くの女性モテない男性に対してやや否定的感情を持っていると言われている。

モテる男性から酷い目に遭わされ続けていても、それでもモテない男性に対して視野を広げることはしない。

(でも、人間ってそういうものから個人的にはそれは悪いことではないどころ、それが自然だとすら思う)




ところが、よく考えてみたら、増田によく出没する自称童貞さん達と、

そうやって童貞増田を激しく糾弾する女性ブクマカ達って同じ人種なんじゃないか、と思うようになった。



というのも、自称童貞さん達はまだ女性交際したこともないくせに、

「女は○○が悪い。だから女はクズだ」と女性全体を切断処理する。傍目には「すっぱい葡萄論理」を展開しているようにしか見えない。

一方、童貞糾弾派の女性たちも、実際に童貞さんと実際に相対したわけでもないか、そうだとしても極少数のサンプルだけを判断材料

モテない男は○○」と決めつけている。ようは、童貞さんも童貞糾弾派も、頭の中の害悪的なイメージと戦っているだけじゃないだろうか?

童貞さんの「女」と、童貞糾弾派の「童貞」は、とにかく「悪い批判すべき奴」という意味代名詞程度の役割しかなくて、

「女は○○だから悪い」や「童貞は○○だからダメ」という言説は、単純なトートロジーになっていて、それ故に常に正しくなってしまう。

逆に言えば、自分理屈から抜け出しなくなってしまう。



いわゆる「主語が大きい問題とも言い換えられるし、この記事内容自体結構ブーメラン刺さっているところではあるんだけど、

人間は思いのほか個人差が大きい生き物だし、同じ社会的属性を持った人たちが皆、同じ特性を持っていると考える方が無理があるんだよね。



実は最近ちょっと前に話題になった『ルポ中年童貞』(幻冬舎)という新書を読んで、

その中に「外見に自信がないせいで同性愛に走った」という男性のケースが紹介されているんだけど、

それを読んでいるとき、「いや、これは童貞云々が問題じゃなくて、本人がセクシュアリティバイ同性愛寄り)に気付いていなかっただけじゃない?」と思い、

そのケースを敷衍して考えた結果、「やっぱり童貞問題は十把一絡げに語れないなあ」という思いを強くしたんだ。



自分自身を言えば、初めてセックスしたときに何か「ああ、俺は童貞卒業したなあ」なんて実感は全くなくて、

しろ、(後の妻になる)彼女風邪をこじらせて酷い肺炎になったとき、急遽会社有給取って休んで彼女看護していたとき

ふと「あれ、俺ってこんなに他人に何かするような人間なんだ」って自分ビックリして、今思えばあの時に初めて

人として変われたな、真の意味子どもじゃなくなったな、って実感があったよ。

皆は自分がいつか死ぬという事実が怖くないのか?

すべての物には終わりがあるということは、そこら辺の公園Pokemon GOをしているガキンチョも、

チェーン店飲み屋でワイワイ騒いでいる大学生も、電車内でため息を連発しながらスマホをいじるサラリーマンも、

マック赤坂も、おっさんババアも、ジジイクソニートも、みんな知っている。


今日も一日が終わるし、宿題もやり続ければいつか終わる。

電車だって終電はあって、僕の好きな漫画はこの前打ち切りになってしまった。


死ぬということも同じで、人間はいつか必ず死ぬ

僕はその事実を、今日が終わることも、来年にはこの大学卒業することも、

先日上司喧嘩してバイトをクビになったことと同様に、十分に理解している。


しかし、理解する事と受け入れる事は大きくかけ離れている。


僕は今21歳で、80歳ごろには多分死んでいるわけだが、自分人生の25%をもう使ってしまったことが怖くて怖くて仕方がない。

それなのに僕の研究室の同期はPokemon GOの話で大いに盛り上がってわいわい楽しそうにしている。

喜怒哀楽なんて個人の自由だし、僕に咎める権利理由もない。

しかし何故、彼らは今も刻一刻と迫ってくる「死ぬ」という現実理解しているのに怖くないんだろう。


彼らだけじゃなく、みんなみんな、いつか死ぬわけだ。


それなのに、何でみんなそんなに死ぬことにびくびくせずにいられるのだろう。

一度死んでしまえば、永遠に何も感じることができなくなってしまうのに。

不思議不思議で仕方ない。


しかしたら、本当はみんな死ぬのが怖いのかもしれない。

じゃあ、それをどうやって隠しているんだろうか。

何かうまい押し殺し方があるのだろうか。

もしそれがあるならば教えてほしい。

ハイスコアガールの連載再開して思い出した

ハイスコアガール」って、ストⅡ全盛期くらいの時期を描いた漫画があるんだけど、権利関係でゴタゴタしてて休載してた。

この漫画を読むと、同時期にゲームをやってた人は凄く共感するんじゃないだろうか。

自分も例に漏れず、共感して読んでたんだけど。あれ。なんか「ガール」の部分にも共感できちゃうんですが。

中学生のころ、ストⅡブームが来てSFC移植されてアホみたいにプレイしてた。

同学年に同じくゲーム好きの女子Aさんがいて、よくゲームの話なんかしてた。

ひょんなことから休日にストⅡをプレイする機会があって、まぁ内容はもう忘れちゃったけど凄く楽しかった記憶がある。

家が遠かったこともあるから、一緒にプレイすることなんかなかったしな。

で、高校は一緒の高校に通うことになったんだけど、SFCゲームなんかを貸し借りしてた。

ところがある日電話で「好きです」と。その女子が。誰を?俺を。

え?マジで?一瞬パにくってしまい、当時色恋なんて全然考えてなかったから、その電話で断ってしまった。

から考えるとひどい断り方だったようにも思う。漫画ハルオなんかより全然ガキだったしな。

それからは随分と疎遠になってしまったよ。卒業するころには赤の他人だな。

でも「ハイスコアガール」を読むたびにその子のことを思い出す。

別にその時つきあってれば良かったとか、そんなんじゃなくて、もう一度その子とストⅡしたいなって。

Aさん、元気にしてるか?俺は元気で相変わらずゲームやってるよ。

http://anond.hatelabo.jp/20160725143122

ポケモンGOは、今が異常なだけで、本質的には子供向けゲームなんだよ。

毎年、13歳になる少年少女が初めてポケモンGOを遊び、成長と共に、飽きてポケモンGOを卒業してゆく。

これが、ニャンテック目標だ。



どんな娯楽も基本的には一過性の物だし、またそうあるべきなのです。

まりも終わりもなく只ユーザを魅了したまま手放そうとしないゲームなんて、

それがどんなに素晴らしく思えたとしても害にしかならないんだ。

ポケモンGO卒業した3つの理由

1.子ども公園に行ってもスマホを見てしま

2.ポケモン知識が0

3.みんなやっている

NOKIのデザインや立体物は嫌いじゃないけど、やっぱりカトキデザインが一番心地いいしカトキデザインを立体化するモデラー作風が一番心地いい。

ターンエー以降、こういうデザインガンダムである必要あるのか・・・?とずっと違和感があったので、気持ち的にもすっぱりと卒業ということが見えてきた。

それでもZ、ZZの頃のデザインUCは大好きなのでそのあたりのプラモは今後も作っていくと思うけど、気持ち的にすっかりおじさんになってしまったなぁと感じた。

教科書を読んで世界理解したつもりになっていた

自慢だが昔から勉強ができた。当時は自分が周囲より努力しているので成績が良いのだと思っていたが、おそらくそれだけではなく人より記憶力が良かったんだと思う。今は全然何も覚えられないが。

加えて深く考えずに勉強ができる性格だった。分数の割り算はなぜ分母と分子をひっくり返してかけるのか?そういうものからだ。マイナスかけるマイナスがなぜプラスになるか?そういうものからだ。大学生になって家庭教師アルバイトをした時に「英語主語動詞をひっくり返すと疑問文になるのはなぜか?」と質問されて「そういうものからとにかく覚えなさい」と指導した。家庭教師には向いていなかった。

社会科系も頑張って覚えていただけ。受験とともにさっぱり忘れ去ったが。

それでもう自分勉強さえすれば何でも分からないものはないと思っていた。社会学における分類が、社会を観察した結果「こうやって分類したら分かりやすいんちゃう?」という世界理解する方法の一つであるというのが分かっていなかった。もともと分類があって全てどこかに帰属するものだと思っていた。まだまだ分からないことが世の中にたくさんあるということも分かっていなかった。

大学に入ると覚えるだけでは勉強についていけなかった。でも勉強についていかなくても適当にしてれば単位の取れる大学だったので簡単卒業した。別に大学に入ってから社会学を志したわけではない。ただ大学に入ったら全然世の中分からないことだらけだなと気付いた、それだけのこと。

http://anond.hatelabo.jp/20160724191842

正直な気持ち告白しちゃいましょう。

どうせ学生の恋なんて、卒業とともに終わる程度のものなんですよ。

先生も優しく接してくれますよ。

2016-07-24

奨学金問題について、借りたのだから返すのが当たり前という人と返せないような大金を借りないと大学へ行けないし卒業した後も給料が低すぎるから返せないのは社会が悪いという人がいる。

けれど海外を見習って、単に働いてお金を稼いでから大学へ行く人が増えればいいのではないか

さない私の性知識について

長年の不登校の結果、私は性教育ほとんど受けてこなかった。

小学生のころに一応ちんちんがどうこうっていう話を担任先生から受けたはずなんだけれどあんまり覚えてない。そもそもその時点で私はインターネットポルノにどっぷりだったので、あんまり真面目に聞いていなかったように思う。

不登校が始まったのは中学生からで、その後高校卒業まで一般的学校には通わなかったので性教育は受けていない。でも前述のとおり私はおさないころからポルノ文化にどっぷり浸かっていたから、ある程度の知識はあるつもり。だった。

一昨日私がエロ漫画を読んでいたときに、「子宮ちんちんがちゅっちゅしてるう」というセリフが出てきた。おきまりのやつである。その後に「膣(ナカ)に出すぞ!」というセリフも出てきた。いつもならなんとなく読んでいたのだけれども、ふとひっかかった。膣ってなんだっけ?

いつも膣と書いてナカと読んできていたので、膣=まんこの中というイメージしかなかった。ていうか子宮ってなんだ?いや子宮が何なのかはわかる。大事赤ちゃんのお部屋(エロ漫画から引用)だ。じゃあ膣は?膣はなんだっけ?

私は自分にびっくりしてしまった。もう10年以上もポルノ文化に浸っていたにもかかわらず、膣の役割=ちんぽのためのオナホくらいの認識しかなかったのだ!!でもよく考えればそれは当然のことだった。今調べたところ膣の役割は、生理の血とかを出すこと、ちんこを入れること、産道になることの3つだった。私はごく健全性癖の持ち主なので、読んでいるエロ漫画にはちんこを入れる役割しか出てこなかったのだ。

ほかにも、エロ漫画世界では確実に孕ませるために子宮口に亀頭をくっつけて射精することがよくあるのだけど、私は「じゃあ逆に考えれば子宮口より手前で出せば妊娠率は低いんだろうなあ」と思ってきていたのだけれど、でも冷静になるとこれも間違った認識な気がする。

勉強してこなかったのだから知らないのは当たり前なのだけれど、私は自分の体のことを何にも知らないんだなあ!とかなりびっくりしてしまった。改めていろいろ考えてみると、私は赤ちゃんがどうできるのかもよく知らない。おちんぽみるく赤ちゃんのお部屋に出すとできるくらいのイメージしかない。

まあだからといって改めて勉強するのかと聞かれたら多分しないと思うのだけれど、はてブ眺めてたら性教育記事が上がってきてたのでなんとなく書いてみた。

セックスレス離婚を考えている

パートナーレスになって5年。

最後セックスは、1年ほどのレスのあとに話し合いをしてからの1回。

その時のセリフは「子供が起きるからさっさとして」。

惨めすぎて辛かった。

スキンシップしたら「もうやめて!」って般若の顔で言われて、傷ついて触れなくなってしまった。

痴漢扱いは屈辱だったな~。

「ごめんなさい。もう触らないよ」って言うしかなかった。

結婚しても彼氏彼女のように仲良くしようって約束して結婚して、その結果がこれですよ。

子供かわいいし、料理イマイチなことを除けば仲良し家族

でも、レスですレス

ただ、すっごい好きでいたくて、すっごい好きでいてもらいたかっただけなんだよな~。

で、何か問題かっていうと、セックスレスが話し合いで解消(できないんだろうけど)しても、こっちがもう性的感情をいだけない状態

週末、夕ごはん家族みんなで食べるときに全員とキスするんだけど、嫁とキスするのが苦痛

接触しないってこうなるんだな~って薄らぼんやり思いながら、コンビニ惣菜をみんなで食べてる。

たった一度の人生、もうセックスしなのかって思うと本当につらい。

でも、子供大事。不幸になってほしくない。経済的にも。

自分EDだったらって何度も思っているんだけど、XVIDEOS検索ですよ。全然元気。

自分人生を「すっごい好きでいたくて、すっごい好きでいてもらえる」パートナー探しを諦めて子供に全てを捧げるか、それともそういう相手を探しなおすか。

年齢的にギリギリ

の子供が高校卒業するまで8年。そうなったら、相手もいない普通熟年離婚

子供は好きだ。

姓が変わると何か言われたりしないか経済的に満たされないことはないか、そういうことを考えると離婚なんてって思うけど、それと同時にお父さんも幸せになりたいって思ってしまう。

これは父親失格なんですかね。

養育費調べていたらこんな時間だ。

10年前、「ずっとラブラブでいようね」って約束してくれた彼女はどこにも存在しない。

僕の今の彼女xvideosだ。

本当にレスでなければ、満足な家庭なんだよ!

でも、5年も触れないと、相手に性欲なんてなくなって、もし求められても「今までこっちにしたこと考えてくれ。今更なんなんだ」としか思わない。

僕の明日はどっちだ! 多分xvideosの方角なんだけど!

xvideosの話はどうでもいい! お父さんは性的幸せを求めるとダメなのか!

腕枕するのが大好きなのに、もう6年ほどしてないよ!

誰かのぬくもりを感じて寝たい。

寂しい!

2016-07-23

卒業アルバムの筒に穴

こないだバスに乗ってたら、男のショルダーバッグから卒業アルバムを入れるような黒い筒が突き出していて、よく見たらその筒のちょうど真ん中に小さい穴が開いてあった。

男は服で隠そうとしてたけど、筒は長いからすぐはみ出して丸見え。

あの筒の中には卒業証書じゃなくてカメラとか入ってたのかな?

盗撮なんてやめてくださいね

2016-07-22

http://anond.hatelabo.jp/20160722143610

ポケモンGOやろうと思って、

オープニングの3匹のモンスターを捕まえようというところでやり方がわからなくて一瞬で飽きた。



ポケモンGOを5分で卒業しました(^^)

https://twitter.com/value_investors/status/756347502668808192

2016-07-21

東京のど真ん中で育った感想

原宿駅から徒歩5分の所に22歳まで住んでいた。

地方東京の話が盛り上がってるみたいなので、東京のど真ん中で育つとどういう感性になるかというのを語ってみる。



流行に憧れなくなる

ファッションカルチャーなど流行に興味がなくなる。

人と比べて恥ずかしいとか、田舎者っぽいとか関係なくなるので、興味ない事にほぼ金を使わなくなる。

雑誌とかでやってる特集とかが、学校ヤンキーとかがやってる格好だったりするので、怖ってかキモって思ってた。



趣味コスト集中的になる

趣味は、余分な移動コストとかかけずに手に入れられるから、どんどんマニアックになる。

自分は当時重度のカードゲームオタクだったから、秋葉原渋谷池袋新宿と1日で巡ってショップハシゴとか毎週のようにしてた。

そしてそれは、オタク趣味だけじゃなく、ありとあらゆる趣味で似たようなことが言える気がする。



マニアな人脈が育つ

とにかく日本中の変なやつが大体東京に集まってくるので、マニアスペースとかでできる友達結構すごいことになる。

日本チャンピオンとか、メーカーの人とか普通に仲良くなる。

当時、一緒に遊んでた同級生大学卒業後そのまま人脈活かしてそちらのメーカー就職してたくらい。



・多重的コミュニティ

人付き合い下手でも、学校以外、家庭以外のコミュニティゴロゴロあるから詰みにくい。

ネットオフ会でもなんでも少し動けば、新しい場所が手に入る。

東京が変な人が生きやすいのは、気の合わない人と無理にいなくても許されるからだと思う。



・実は家賃以外のお金はあまり使わない

いろんなバリエーションファーストフード店ゴロゴロあるので、あんまり飽きない。

うまくやりくりすれば外食でも安く済ませられる。

生鮮は都内高いとか思うかもしれないけど、

中国産とか気にしなければハナマサとか安い八百屋とか安いものはいくらでもある。

高いものも安いものもなんでもあるのが東京



地方の人たちの東京コンプレックスちょっと異常

1回、中規模の地方都市に転勤になったことがあったが、なんだか異常に東京に対抗意識を燃やす地方都市の人たちの話がものすごく嫌だった。

「住むなら東京よりここだろう」とか

東京なんて人の生活する場所じゃない」みたいな事を本当にしつこく何度もされた。

「そうですねー」なんて愛想笑いして過ごしたが、まあロクに行ったことも、生活した事も、生まれ育った事もないやつが、

なんで人の故郷ディスりまくるのか意味不明だった。



まあ結論からすると、東京楽でいいっすよ。ほんと。

ようやく絵が描けそうだ

小学校低学年の頃は何を書いても何も言われなかったけれど、高学年から中学校時代美術教師

写実絵大嫌い先生だった。

「目に見えるものをそのまま描くなら写真で充分」

が主張であり、それに感化されてか、同じ主張をする生徒も多かった。

そして実際に、写実っぽい絵を描いた人の成績は悪く、モネみたいな絵を描く人が好評化だった。

賢い子はみんなぼんやりしたモネみたいな絵を描いてた。

でもモネはどうしても好きになれなかった。

別に嫌いではない、何かのきっかけで好きになれそうだけど、今のところは写実絵のほうが好きだ。

でも写実っぽい絵を描くと酷評された。

「なんでそんな絵を描くんだ、写真でも撮ってろ。絵でしか表現できない事をやれ」

中学卒業した後は絵を描かなくなった。



社会人になった後、知人の付き合いで絵画を見に行く事になった。確かフェルメール

その時は別になんとも思わなかったんだけど、その後時々一人でも絵画を見に行くようになり、

この間のカラヴァッジョを見ながら、ようやく気がついた。



なんだ、絵画しか表現できない物を描いているじゃないか



写実とか抽象とかは関係ないんだ。

美術先生はきっと写実の絵を描く人に彼女でも取られたんだろう。

今更、ようやく呪縛が解けた。

ようやく絵が描けそうだ。



最高に下手で写実どころの話ではないんだがな。

http://anond.hatelabo.jp/20160720230323

自分は35歳ですが、自分中高生の頃は「アニメマンガ小学生卒業するもの」という社会通念があった気がします。

週刊少年マンガ誌だけは例外でしたが、アニメは隠れて見るものという感じでした。TVゲームも「オタク」の烙印を押される趣味でしたね。

もう女子が何をしても怒りも驚きもしなくなった

童貞こじらせてミソジニー煮込みうどんになっていた頃は、女子たちの自分勝手(のように見えるよう)な言動にいちいち驚き、怒っていたのだが

さすがに脳みそ機能不全し始めるアラサーになった頃から、どうでも良くなってきた。



女子小学生ですらスマホエロサイトみて早速オナニーを覚え、中学生彼氏とのキス動画を公開し、

高校生にもなれば出会い系アプリを使ってホ別苺で援交し、女子大生は清楚でもセフレ複数いて変態プレイも抵抗ない。

新人OLは既婚者の上司不倫し、そんな楽しげな経歴を隠してそこそこの男と結婚したら、今度はSNSを使って不倫を楽しむ。

男に厳しく女には甘いダブルスタンダードを恥ずかしげもなく主張して、子どもを産めば狂ったように子育て愚痴で盛り上がる。

公共放送契約アナ愛人クラブ登録し、別のアナ正規男性アナと週3で不倫のカーセックスに興じる。



ああ、それが女子ってもんだよ。もう別に怒りも驚きもしない。

援交JK日本無形文化遺産みたいなもんだし、セフレ持ちの女子大生女子力高い。

清純派タレントゲス不倫してようが、そんなの日本の隠れた日常風景だし、

学生性風俗で働いているなら「お、真面目にがんばってるな!」と応援すらしたくなる。

自分を変えたいならAV出演も一つの道だよね。上司不倫する女子キラキラしてるね。退屈な家庭生活旦那以外の刺激も必要だよね。

もう何とでも言える。今なら全肯定できる。どんな生き方をしたって、どんな人物だって女性価値は微塵も傷つかないよ。



所詮女子も男と同じ人間で、欲にまみれた存在。ほんと考えてみれば当たり前だけど、性欲もあるし間違いも犯す。

それなのに勝手女子理想押し付けて、その理想が踏みにじられる度に怒りを覚えてミソジニーに走る。

ああ、バカだったなあ。どうして男と同じ人間だという当然の事実に気づかなかったのか。

自分をふくめ、大半の男が内実ひどいバカクズゲス連中ばっかであるように、大半の女子も同じくらいしょうもない

みんなが何をしても気にする必要なんてないし、実際もう何も気にする気も起きない。心から失望したらかえって余裕がでてきた。



そしてミソジニーが消えたら、女子に何の幻想も抱けなくなった。そこに残ったのは女子に対する無関心だった。

ひとりの人間として親しく接することはできる。普通に仲良くすることはできる。ちょうど同性に対するように、何の下心もなく。



でも、もう女子に恋することはないだろう。異性愛者の男が同性に恋することがないように。

どんなにキレイ事を言っても、恋愛なんて相手理想押し付けること。「この人だけは特別」と思い込みたい精神病だ。

女子に対して怒りも驚きもしなくなった今や、女子特別扱いしたり、特別な仲になりたいという気も起きなくなった。

みんな自由人生を謳歌すればいい。もう女子幻想押し付け生き方はやめて、そういう幻想距離を置くことにした。

女が男と同じだったら、もう特別に関心を持つ理由はないんだよ。同じなら、もうすべてわかっているんだから


<追伸>

いま読み直して気づいたが、確かにこれじゃ今も童貞みたいな書きぶりだな。

けど、そうじゃなくて童貞なんてとっくに卒業してるよ。社会人になってからからだいぶ遅いけどね。

アラサー三十路過ぎ)になってふと自分人生を振り返って、ろくな女と出会っていないなんて思っていたけど

思い返せば女そのものが男と同じくらいろくなもんじゃないって思ったから書きなぐった。

(むしろ女に「自分を救済してくれる特別な何か」を期待していることこそがミソジニーだと気づいたわけだが)

推敲もせずに投稿たから数時間経ってから読み直すと自分で書いたくせに気持ち悪いと思ったけど

まあ、人間内面フィルターかけずに書いたらこんなもんだろうね。



あと、コメント批判は全部ありがたく読ませてもらったよ。面白いのは「姉がいれば」のヤツかな。

自分には妹がいて、しっかりとした価値観にもとづいて仕事キャリア形成しつつ、

高校の頃から異常にモテいたこともあり、自分より先に(しかハイスペ男性と)結婚もしている。ちょっとした完璧人間だな。

から一般女性理解するのにあまり参考になるとは思っていない。

しろ、出来過ぎの妹が普通だと思っていたことが、童貞時代にこじれた原因の一つですらあると思う(笑)

何はともあれ、自分意見を素直に表面して色々と評価されるのは面白いもんだな。ブコメの皆さん、ありがとうございました。

うつ病は甘え。

なぜなら俺はうつ病じゃないから。俺じゃない人間のことはいくらでも叩きたいから。病院の予約を取れないから。行っても何を話せばいいのかわからいから。

結局うつ病ではないから。

風呂入るのめんどくさくて散々うだうだしたあと0時手前になって観念してシャワー浴びる

朝も6時に目覚ましかけて寝る前より疲れた状態で起きる

そのままシャワー浴びなかったり起きなかったりしたらうつ病扱いされるんか?

大学の頃は本当にシャワー浴びないでシャワー浴びてないから外出しませんつって大学行かなかったりしてたんだがあの頃はうつ病だったのか?

無い内定卒業して工場派遣になって単純作業を8時間やってる先の無い今の暮らしの方がうつ病なんじゃないのか?

2016-07-20

この10年間で何故アニメオタクはここまで変化したか

今から10年前は、アニメオタクは「ヤバイ奴」だった。その頃はオタクから「アキバ系」へと名称が変化してきており、妙にテレビ秋葉原が取り上げられることが多くなってきていたが相変わらずワイドショーでは「秋葉原には見るに耐えないポルノが蔓延している!」と批判的に取り扱ったり、未成年による殺人事件があると短絡的にアニメゲームのせいにして、コメンテーター秋葉原映像を見て不快感を示していた。

ゴクドーくん漫遊記」という、アニメ化までしたライトノベル小説家デビューした中村うさぎ氏は、デヴィ夫人和田アキ子叶姉妹といった調子に乗った芸能人をコキ下ろす「屁タレどもよ!」というコラム集のなかで、なぜか芸能とは関係のないアニメオタクをボロクソに貶す章を書いていた。アニメオタク相手の商売デビューした人がかつての自身ファンをバカにするなんて、と思ったが文庫化の際にはアニメオタクの章は無くなっていた。

そんなアニメオタクを批判する風潮の中でも特に印象に残るのは室井佑月氏だ。秋葉原オタクを取り上げる番組の席には必ず室井氏がいて、「えー気持ち悪ーい」「上から目線で生身の女は嫌いとか言ってるけど、誰もアンタみたいな気持ち悪い男なんて相手にしないって!自惚れんな!」

エロゲーアフレコ現場を取材したVTRでは、明らかに40代らしき肥えたオバサン声優が「あん…あぁん…」と喘いでいた。それを観た室井氏は「こんなオバサンの声を若い女の子だと思って興奮してるんでしょ?オタクってバカだね!」

当時はオタクをバカにする役を一手に引き受けていた室井氏。わかりやすくオタクを小バカにするコメントができ、オタクを悪意的に取り上げたいテレビ業界からは意図した通りに動くので重宝されたのだろう。

スポーツ新聞コラムで、室井氏はこんなことを書いている。「電車男ブームで、自分たちモテる勘違いしたオタク達が女性を襲いそう!」

当時、電車男が映画・ドラマで大ヒット。ダサいオタクイケてる美女に恋をして、彼女を射止めようと必死に脱オタクを図る物語だ。電車男の中では、チェックのネルシャツケミカルウォッシュジーパン、頭にはペイズリー柄バンダナ、黒縁メガネ、両手に紙袋、背中には巨大なリュックサックというステレオタイプオタク像が描かれていた。

これは80年代後半から90年代初頭にかけて、テレビに引っ張りだこだった宅八郎氏の姿そのものである。宅氏がテレビバラエティ番組オタクタレントとして登場し、小学校低学年の女児のスカートを捲ろうと必死に女児を追いかける(今じゃ絶対放送できない!)などの企画で世間に「アニメオタク」という存在を知らせ、「おたく」という言葉を流行語にした。 それから15年経ち、2005年になって「オタク」から「アキバ系」へと言葉が変化しても、その中身のイメージ宅八郎からまったく進歩していなかった。もちろん、当時でも既に秋葉原にはそんなステレオタイプファッションオタクなんて一人もいなかったにも関わらず。

世間のイメージステレオタオイプだっただけでオタクは普通のファッションをしていたのに、電車男のヒットをうけて「脱オタクファッションガイド」というサイト書籍化されてこれもヒットした。「元オタク管理人ファッションを知らないオタク達に今時のイケてるファッションを指南する」という名目のサイトだが、この中でもオタク宅八郎ファッションで描かれており、管理人は絶対オタクじゃないだろうということはミエミエだった。

途中に登場するアニメネタも微妙に古いものばかりだし。この中でも「オタク卒業しないと、かわいい彼女はできないぞ!」と呼びかけた。

電車男ブーム当時は素人100人芸能人パネラー日本社会や政治について討論する、昔でいう「ココがヘンだよ日本人」のような番組にはオタク軍団50人が登場し、全員スレテオタイプ宅八郎ファッションだった。素人のフリをしているが、全員売れない若手芸人エキストラ俳優だ。

そんなオタク軍団の出番のテーマは「オタクよ!生身の女性と恋をしろ!」オタク軍団は生身の女性はシワだらけで気持ち悪いとか、アニメ女の子は自分を裏切らないとか、自分がモテないことをを棚に上げて身勝手な珍論を滑稽に熱弁する。そして司会者芸能人パネラーが指を指して嘲笑する。「討論」なんて大仰なものではなかった。

ネプベガス」という深夜のバラエティ番組では、これまたステレオタイプオタク像の素人出演者の男が何故かスタジオ美少女フィギュアを握り締めて立っている。そこに江頭が乱入し、オタクから美少女フィギュアを奪い取り、フィギュアを嘗め回した挙句、自身タイツの股間部分にフィギュアを突っ込んで逃げてしまう。そしてオタクが激怒して江頭を追い掛け回すというシーンは、番組の名場面として何度も紹介された。

電車男ブームを受けてもなお、バラエティ番組ではオタクステレオタイプな嘲笑やイジメの対象でしかなかった。 10年前当時は秋葉原アニメというものがやっとフィーチャーされてきたのに、やっぱりオタクは「社会不適合者」という印象のままだったし、ワイドショーはそういう扱いをしたがった。「秋葉原が今すごいことになっている」と少し好意的に報じているように見せかけて、VTRを観たコメンテーターオタクを批判したり「恋人が欲しければオタク卒業しよう」と言っていたのだ。

テレビでもそんな中途半端な扱いだった分、学校でアニメの話なんかしようものなら真っ先にイジメの矛先が向いた。女子から忌み嫌われ、スクールカーストの頂点にいる男子からは徹底的に無視された。

でも、学校でアニメの話をする奴なんて、眉毛が繋がり鼻毛も飛び出しヒゲもボーボーの顔面毛むくじゃら野郎とか、何日も風呂に入らず頭はベタベタで常に悪臭を振りまき、毎日洗濯していない同じ服を着ている奴とか、マトモな奴が少なかったのも事実だが。

それから10年、アニメに関する世間の評価が一気に変わった。あれだけアニメを批判的に取り上げていたワイドショーが、かなり好意的に取り上げるようになったのである

一番掌返して驚いたのが、「とくダネ!」の小倉さんである。10年前は「今このアニメのDVDが売れています」という話題のとき、周りのアナウンサーコメンテーターが「面白いですね」とニコニコしているのに小倉さんだけはモニターを睨み付けており、「何が面白いのか理解できません。」

秋葉原メイド喫茶流行っていると、秋葉原美少女フィギュアを買う客にインタビューしたVTRが流れても小倉さんはしかめっ面。「いい歳した大人がこんな幼稚なことをやってたら、日本はダメになりますよ!情けない!」

パソコン番組の司会をしてパソコン通信パソコンゲームについて熱く語っていた人なのに、こんなに許容の無い人だったとは。

なのにある日突然、とくダネの中で小倉さんが「腐男塾」というメンバーが全員アニメオタクという女性アイドルグループを猛プッシュするようになる。女性なのに男装をして一人称が「俺」というアイドル界でも特にややこしいグループなのに、小倉さんときたら「腐男塾の曲は今の日本を元気にしますよ!感動した!」

自身ラジオ番組の中でも腐男塾の楽曲はリピートされ、腐男塾の素晴らしさについて熱弁を奮う。ついには腐男塾ラジオゲストに招く。が、当然話題はアニメの話一色。

しかし小倉さんは「うんうん。アニメはいいよね。日本を代表する文化だよね」「アニメは日本の活力」「おじさんも、キミたちがオススメするアニメ見ちゃおうかな~。」あれだけアニメを批判していたのに…どうした、小倉!?

掌返したのは小倉さんだけではない。各ワイドショーは、10年前あれだけアニメを批判していたのに急にアニメ好意的に特集するようになる。

近年なんかは、毎年夏と年末は「コミケはこの季節の風物詩」と特集する。アニメが好きだという若いタレントコミケの魅力について語らせ、「コミケ外国人観光客が大挙するので、日本経済にとっても有益」と結論付ける。

昔は「コミケではこんなものが売られています」と、女性リポーターエロ同人を読み「信じられない!」と叫んでいたのが信じられない。

アニメは今の若者の間で大流行している」と報じる。昔はワイドショーインタビューされるオタクなんていうのは、みんな見た目が気持ち悪い男ばかりだったが、今のワイドショーインタビューされるアニメファンはみんな端正な顔立ちで、清潔感のある今時の若者ばかりだ。

めざましテレビやZIP!では、「今の若者はカラオケアニメソングばかり歌うらしい」とカラオケの個室内にカメラを設置し、リア充感溢れる爽やかな若者たちアニソンボーカロイドばかり歌う映像を流す。なんなら、そのVTRを観た若い女性アナウンサーが「私もこのアニメ大好きなんですよ!」なんてコメントする。

実際、カラオケ店に行って選曲履歴を見ると、アニソンボーカロイドばかりが出てくる。ちょっと前なんて、履歴にはエグザイル西野カナばかり残っていたものだが、エグザイルなんて履歴100件のうち2、3曲だけで、残りは全てアニソンという勢いだ。

10代から20代前半の若者とカラオケにいっても、ほんとアニソンしか歌わない。アニソン以外で歌うといえば、女の子アニソンの間にヴィジュアル系バンドの曲を挟むくらいだ。ヴィジュアル系バンドアニメオタクの趣味のうちのひとつと考えることができる。海外では日本のヴィジュアル系バンドアニメは、どちらもオタクの趣味という認識だろう。

彼らにはアニメ気持ち悪い趣味といった後ろめたさは微塵もなく、むしろ堂々とアニメを観ていると公言する。まるで、月9のドラマでも観ているかのように。

この10年でいったい、なぜここまでアニメの扱いが変化したのだろうか?

一番影響しているのは、スマホの普及だろう。ガラケー時代のリア充パソコンなんて触らないし、ネットなんてガラケーグリーモバゲーなどのショボい携帯サイトしか見ないという人だらけだった。テレビの印象も相まって、オタクアニメ気持ち悪いという印象のままだ。

筆者の個人的な思い出で申し訳ないが、リア充の友人へのメールネットのノリでつい語尾に「w」と付けてしまった。彼からの返信には、「ダブルってどういう意味?」今から5、6年前の話である

そんな彼も今ではツイッターフェイスブックで「w」を使いこなしている。ガラケーしか持たず、ネットスラングなんて見たことも聞いたこともなかった彼が、スマホを手にしてネットスラングを自ら使うようになった。

スマホが普及して初めてガラケーサイトから飛び出した彼らは、ニコニコ動画や「やらおん」「はちま寄稿」などのアフィブログなどでPC側のネットの世界を知ることとなる。

長年ネットをやってきたはてなユーザー2ちゃんねらーにとって、アフィブログなんてデマばかりの信用できない、他所からネタを丸パクリするだけしか脳のないネットのゴミということは知っているので、そこに書いてあることは信じないし自ら読もうとも思わないというリテラシーはできている。

しかし、スマホではじめてネットの世界に触れた人たちは、アフィブログヤフーニュースと同じような感覚で読み、鵜呑みにしてしまう。アフィブログなんて芸能ゴシップアニメのネタしか載ってないので、読んでいるうちにアニメへの嫌悪感違和感などはなくなってしまうのだろう。

ネットアニメの話題が多いので、アニメの話をするのはリア充にとっても生活の一部になってしまった。 また、スマホを手に入れるのと同時にツイッターフェイスブックといったSNSも始め、そこでバズっているバイラルメディアにもよくイイネ!を押す。

バイラルメディアなんて、それこそ我々にしたら10年前にとっくに使い古された噛んでも味のしないネタを今更引っ張ってきて羅列しているだけだが、ネットを始めたばかりの彼らには新鮮なおもしろネタに写るのだろう。

デスノートの作者はガモウひろしだった」なんて、今時そんな陳腐なネタで記事作るかね?と呆れるしかないバイラルの糞記事ですら、リア充のみなさんは「すごい話だ!」と感動してイイネ!している。今、2016年だぞ。

アフィブログバイラルメディアは、そういったネット初心者を餌にして食っている。

ニコニコ動画の影響力も凄まじかった。「歌ってみた」「踊ってみた」動画が若者の間でかなり流行し、いままでは動画サイトといえばYouTubeくらいしか知らず、エグザイルで踊る様子をアップしていたリア充たちが、ニコニコ動画の影響でコスプレをしてアニソンで踊るようになった。

アニメだって、今話題のものはググれば動画サイトに大量に違法アップロードされている。金を払わなくても、テレビを録画しなくても、スマホひとつあればいつでも手軽にアニメを視聴できる。

10年前はアニメに興味なんてなかった筆者の同級生女子たちは、ニコニコ動画ブームと共に急にアニメに夢中になりだした。急に「踊ってみた」「歌ってみた」動画をアップしだし、毎月500円払って顔出してニコ生まで始める始末。

昔はジャニーズロキノン系バンドを追っかけていた女子のSNSには、それら追っかけていたアーティストの名前は無くなり「歌ってみたの○○さんのライブに参加しました」「声優の○○さんの武道館ライブチケット、手に入りました」といった文字が並ぶ。

若い女子の間がアニメの話題一色になっては、男はアニメの話をしないとモテないという状況になった。というより、彼女がいれば自然とアニメについて詳しくなるだろう。

アニメは「気持ち悪い犯罪者予備軍の趣味」から、「若者のファッション」へと変貌した。2005年から2015年にかけての10年間は、アニメ史にとっても激動の10年間だろう。

といっても、2000年代初頭から当時の10代女子の間ではオタクアニメを受け入れる土壌は既にできていた。

2002年当時、クラス女子の間で、まるでキティちゃんリラックマなどのファンシーキャラを愛でるような感覚で、「あずまんが大王」のアニメを見るのが流行っていたのを記憶している。女子が「かわいいかわいい」と言いながら。

それでも、あずまんが大王を男子が観ているなんてことがバレたらやっぱり女子からは気味悪がられ、イジメの対象だったが。

またまた筆者の個人的な思い出話になって申し訳ないが、2002年当時の筆者の彼女の本棚から「苺ましまろ」が出てきて驚いた。オタクでもなんでもない、普通の女の子である本屋で偶然見つけ、絵柄が可愛いから愛読しているのだそうな。まさか彼女の本棚からロリコン漫画が出てくるとは…

生まれながらに少女漫画に慣れ親しんでいると、オタク向け美少女キャラクター違和感無く「可愛い」と認識できるのだろう。

また、2000年代前半にはジャニーズファンの若い女性の間で「テニスの王子様」が話題となる。ジャニーズ並みのイケメンたちが大量に登場すると、世のイケメンハンターの女性たちが熱く注目した。

それが自然にジャニーズファン以外の女性たちにも広がり、いつしか若い女性の間でBL漫画を読むのは少女漫画を読むこととイコールとなった。

今は、小学校高学年にもなれば女子ならばBL漫画を読んでいて当たり前である小学校から既にホモセックスの漫画を読むだなんて変な性癖にならないか心配だが、2000年代初頭にホモセックスBL漫画を読んでいた小中学生も今はアラサーとなり、普通に恋愛・結婚をし生活しているので大丈夫なんだろう。

世の流行するものは全て女性発信というが、そもそも女性にはオタク漫画を受け入れる土壌は十分にあった。「オタク気持ち悪い」はテレビが無理やり押し付けていた価値観で、ネットスマホが普及し、テレビの影響力が段々下がっていくにつれ、「オタク気持ち悪い」の印象も同時に薄れ、若者の情報源ネットのみになり、ネットではアニメの話題をよく目にするので生活の一部となり、女性がアニメにハマりだし、いつしか若者の文化となってしまった。

あれだけオタク犯罪者予備軍と批判していたワイドショー好意的に取り上げざるを得なくなったのだろう。

もちろん、AKB48の影響もバカにはできない。AKBがメディアに登場した頃は、まだ世間ではAKBは秋葉原アニメオタク文化とイコールで、気持ち悪いものとされた。

しかしAKBがテレビで普通のタレントとしての地位を向上させていくと、秋葉原イメージもジメジメした猥雑なイメージから一気にクリーンになり、結果としては秋葉原オタクへのイメージ向上につながった。

10年前はアニメオタクいじめていたような連中も今は「アニメ大好き」とか言ってるのは引っかかるが、若者ならアニメを見ていて当然といった風潮になった以上、もはや「アニメオタク」という言葉が薄れてきてしまっているので、仕方のないことだろう。

思春期になればJ-POP洋楽に懲りだすのは当たり前だったが、今の10代の学生はそれらを聴かず、アニソンボーカロイドばかり聴いているという。

人間というのは、15歳頃に聞いていたジャンルの曲は大人になってもいつまでも好んで聴くのだという。

もしかしたらこの先、昭和歌謡や最近やっと90年代2000年代の曲が流れるようになったテレビラジオの「なつメロ」番組で、今のアニソンボーカロイドが流れる日が来るのかもしれない。

その頃の若者の間では、アニメはどういった受け取られ方をしているだろうか。「気持ち悪い」か、「ダサい」のか、それとも今と変わらずアニメファッションのままだろうか。今から楽しみだ。

勉強会をやるのに地方と都会とでは圧倒的に都会を選ぶべき!

幸いなことに、ちょっとした講師に呼ばれるようになって、自分の持っている知識が誰かの何かの役に立つことに喜びを感じることができた。

だけど地方と都会とでは、勉強会の質も変えなければならない、という壁にぶち当たった。

都会だと、それなりのテクニカルタームでも知っている人が結構いたり、あるいはそれが分からなければ質問をしてくれたりする。

そして典拠を示しつつ説明すると分かってくれる。

因みに勉強会の平均年齢は20代から30代といった感じ。

問題地方だった…僕は田舎とは言わない。

田舎地方とは全く異なる存在だ。

地方都市だとテクニカルタームどころか、中学生で習うはずであろう知識の話が通じない。

例えば、歴史の話をするとする。

都会では「ルターカルヴァン」を尋ねれば、ほぼほぼ知らない人がいない。

というよりも、そういう人しか勉強会に来ないのかもしれない。

だけど地方だと、カタカナ人名が出るだけで顔がポカーンとなる。

「どういう人かご存知の方いらっしゃいますか?」と聞けば「誰か分からない。知らない。話が難しい」と来たもんだ。

から宗教改革以前の話をするじゃない?そしたら「今日の話は結局何がいいたいの?」と来たもんだ。

基本的なことが分かっていないから、「これからお話する前提知識として、一旦ここを整理しておきたい」としても、その前提知識の話が通じない。

極端な話をすれば、キリスト教の伝来、いや、イエスキリストの生誕から話をしなきゃいけない。

だけど、その話も実は無駄で、そもそも地方は即物的な、明日にでも誰かに話したくなる雑学しか求めていない。

明日を豊かにする知識よりも、今を楽しく愉快に生きられる、一攫千金を得られる話にしか興味がない。

上で地方田舎とは違う存在と言ったけど、地方というのは田舎から歴史を投げ捨てて、自分たち合理的だと思い込んでいる都会気取りをした地域だ。

田舎には歴史が残っているし、そこに誇りを感じている。

から民俗学的な歴史ネタを振ると田舎の人は貪欲に食らいついてくる。

だけど地方は違う。

歴史ダサいと投げ捨てて近代的だと思っているチェーン店で飯を食って、イ◯ンシネマでやる映画を観ては文化人気取りになる。

もはやインテレサントなものしか興味がなくて、上述のような悲惨勉強会になる。

大都市圏と田舎を除けば、ほぼ上述のような状況だった。

もちろん、僕のトークスキルにも問題を見なければフェアじゃないと思う。

地方での勉強会は、今後もマネタイズの為にやるだろうけど、質をかなり下げて、雑談時間を費やすことになるだろう。

なにより恐ろしかったのは、なにも考えたくない人たちを目の当たりにして、これが日本の現状なのかと感じたことだ。

補足として、地方での勉強会には、関東でいう日東駒専関西でいう関関同立のような大学卒業したレベルの人が多くきてた。

本当に斜陽な国な気がしてならないんだけど…

-----------------------------------

以下、駄文、むしろ全文駄文

-----------------------------------

僕は都会の植民地田舎ではなく地方に見た感じがした。

古いものダサいという価値観を植え付け、歴史的風習などを捨てさせ、遺跡を整地した上に工場を建てて働かせる。

田舎歴史武器に都会から搾取の機会を伺い、都会は日本人としての原風景田舎に求める。

地方再生は、花が咲いても摘果して養分を蓄えさせるようなもので、都会という一つの果実を完熟させるためなんですね、たぶん。

田舎という根っこはそもそもが元気なんだから

http://anond.hatelabo.jp/20160720030211

人の痛みが分からない人間ってのはやっぱいるもの

そういう奴らは同じ体験をしないと痛みなんて分かっちゃくれない

就活中ってことは卒業がもう近いか既にしているはず

相手がそういう人間だと分かった今縁を切るチャンスなのかもしれない

増田によき理解者たる本当の親友が現れんことを