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はてなキーワード: ノートとは

2017-03-23

はじめてデスクトップを買うにあたってキーボードを買う必要がでてきて最初は新品で探してみたけどいまいちピンとこなかった

結局かったのは会社毎日使ってるDELLのもっさいやつ

ハードオフジャンクコーナーで500円で買った

ジャンクのくせに地味に高い

動くか心配だったけどキーボードなら大丈夫だろうと思って買った

結果正解だった

動いたし、使い慣れた安心感があるし

キーボードにこだわりなければ使い慣れてるのが一番だな

しかノートPCしか使ったことナイトデスクトップにするにあたってそろえるものが多くてめんどくさいなあ

液晶とか無線LAN子機アダプタとかキーボードとか・・・

これまでのノ^パソならいっこかえばその中に全部入ってたのに

2017-03-22

挨拶が出来ない、名乗れない社会人が多すぎる。

ガチ零細で働いている。誰がどう見ても零細企業だ。社屋が物理的につぶれかけている。社長老害。実質社員は俺一人。しかし中身はなかなかに健全だ。仕事やってれば細かいこと言われないし、給料もそこそこ。次期社長を操って社会保険も完備させた。定期的に短い出張があるのでリフレッシュも出来る。残業なし。これがでかい社長ガチ老害だが、老害すぎて客も社長を避けるレベルに到達したので基本的平和だ。老害トークが始まったら外に出れば良いからな。事務員さんも平気で外に出る。

入社以来、ひたすらにストレス要因をつぶしてきたが、最後ストレス源が残っている。それは客だ。

客の品質がとにかく悪い。

何とか客も厳選して来たんだが、やはりどうにもならないところはある。

これは中小零細大企業わずだが、とにかく50代以降のオッサンどもは挨拶が出来ねぇ。

横柄な奴、ニヤけた奴、不機嫌な奴、やたら忙しいフリをしてる奴、高級スーツに着られている奴、美人秘書を連れてくる時代錯誤な奴、日本語が出来ない奴、ヤンキー上がり丸出しな奴、いろんなオッサンどもが来るが、どいつもこいつも挨拶をしねぇ。挨拶をしたとしても、名乗らねぇ。

どいつもこいつも、「自分のことは知っていて当然」な面をしていやがる。そんなのどうでも良いから名乗れよ。とにかく名乗れ。名前をいえ。所属目的を言え。おまえらは親に「ごあいさつは?」って言われないと挨拶出来ないのかよ。

もちろん例外はいる。幸いなことにな。

まぁ大企業のお偉方が俺らのようなガチ零細に礼儀を尽くさないのは仕方ないかもしれんがな。でも名乗れよ。首が短いのに高級スーツ着てるなよ。せせこましいオヤジだなおい。ダセぇよ。っていうか名乗れよ。名乗れば来客ノート名刺の裏に「ブランドスーツに着られている猪首オヤジ」と書いておけるからな。名乗らねぇとそれも書けないだろ。いや、ちゃんと名前は訊くけどな。尋ねるよ。「お名前はなんとおっしゃいますか?」って。でも訊かせるなよ。名乗れよ。名前を。お前の名前を。

とにかくオッサン連中にストレスを感じる毎日だが、事はオッサンに限らない。

思うに、会社規模を横軸に、名乗り具合を縦軸にグラフを書くと正規分布になるんじゃないか

中小企業が一番名乗る。中小企業は「自分会社が知られているかどうかわからない微妙ライン」だから、ちゃんと名乗る人が多いな。大企業礼儀正しく名乗る人と名乗らない奴で二極化される。零細企業はまず名乗らんな。っていうか、零細の中には、生まれから一度も自己紹介したこと無いようなのがけっこういる。生まれからずっと狭い世界で生きていたので、自分の知らない人と話す機会が無いんだろう。老害社長の知り合いはこの手の輩が多いな。汚らしい格好でふらっとやってきて「○○ちゃん(老害社長の幼名)いないの?」とか事務員さんに絡み始める。うるせぇ。仕事邪魔をするな。暗に茶を要求してるんじゃねえよ。こっちが仕事してると「忙しそうだぇ~」とか言い出す。黙れよ。お前は誰なんだよ。俺はお前には絶対名前は訊かねぇからな。出がらしの茶をすすって帰りやがれ。

つーかもう、マジで名乗ることを法制化してくれ。名乗らなかった奴は厳罰で良いだろ。「本当の名を知られると呪術をかけられる」みたいな時代じゃねえんだぞ。陰陽師かよ。名乗れない奴は名札つけろ。いや、ゼッケンつけろ。名乗れ。名乗ってくれ。頼む。頼まれなくても名乗ってくれ。

いか新人さんであろうとも、名乗ってくれるだけで信頼度は格段に上がる。新入社員の人はちゃんと名乗ってくれるからいい。数年するt名乗らなくなる奴もでてくるがな。そういう奴には仕事は回さねぇ。

名乗ったり自己紹介したりが苦手な人は居るだろう。その気持ちはわかる。しかし、名乗りと自己紹介だけは人間の基本スキルとして押さえておいてほしい。人間として。そうでなければあの汚らしいオッサンどもと同類になるぞ。

自己紹介のコツはたった一つだ。

自分がなぜこの場にいるのか、その理由を述べる」だけだ。

まず名乗る「~~の○○です」。次に、ここにいる理由を言う「○○さんの紹介で、こちらでは○○を取り扱っていると伺ったので参りました。お忙しいところありがとう御座います」。これでもう非の打ち所のない自己紹介だ。あとは自分普段何をしているのかとか適当に付け足していけば良い。

これから会社で働き始める人とか、新人教育する人とか、とにかく、「名乗って、自己紹介する」事に注意してくれよな。

海外でも仕事するけど、海外でさえ名乗らない日本人多いんだよ。

「人に名前を尋ねるなら、先に名乗れ」みたいなカッコイ台詞あるけどさ。そんな事言ってる間に名乗れ。その発音の労力を名乗ることに注力してくれと思うんだよね。この台詞は「必殺技名を叫ぶ」みたいなもんでさ。リアルじゃないんだよ。リアル創作区別はつけようぜ。

名乗れ。

2017-03-20

http://anond.hatelabo.jp/20170320203048

増田、大変なのに色々と試しているのが凄いと思うよ。おつかれ。

ゼロ秒と同じ「ノート・考え・書く」で言うと認知療法おすすめだよ。

もう知ってたり医者に勧められたかもしれないし

今の苦しみが劇的に改善するってよりは気持ちが少し楽になるかも?くらいの効き目だけど

もし良かったら試してみてね。




やり方を説明してる有名所のurlを貼ります

http://www5d.biglobe.ne.jp/~beloved/projectm/

職場で、わりとショックで後からカムカ腹が立ってくる事柄があったので、先ほど夜な夜なノートに汚い言葉を書きなぐってやりました

ちょっとすっきりしました

2017-03-18

連休初日新幹線で、私たちの横に座った人が、ヒョロガリで剃り残しヒゲが目立つアラサー男子一人

席に着いた途端PC開いてずっとネトゲ?みたいなのに熱中しててご飯もくちゃくちゃ食べで、うへーキモイと思ったら

くしゃみも咳も手で口を覆うこともしないしで、うわあ…てなった。

おまけに挙動不審というか間断なくゴソゴソ動く、貧乏ゆすり

おじいちゃんがハイキングする時にしか持たなそうな薄茶色?みたいな変な色のリュックノートPC入れてさっき新幹線降りてった

高校では普通にノートをとって起きていたけど成績は下がっていく一方だったな。

twitterやってる内に考えがまとまってきて、自分特に言語論の才能がある事が分かった。

それでベーシックイングリッシュを見つけて研究をはじめて2015年最初のが完成した。

http://anond.hatelabo.jp/20170318013757

カール・マルクスノート見てみ?まじで汚ねぇから

まりに汚すぎて、死後盟友のエンゲルスメモを本にまとめようとした際、全然読めなくて出版まで十数年もかかってしまったぐらい。

字が汚くて読み返そうと思うようなノートをとれない。

気力も無いんで家で勉強ほとんどできなかった。

当時ニコニコ2ちゃんねるゲーム面白かったんで授業中は寝ていた。

高校に行ったらいじめられて今に至っている。

2017-03-17

自分では何も出来ないという話。

思えばずっと甘やかされて育ってきた。

以下、かなり長い自分語りが続くので注意。

先に今現在の話をしておく。

現在私は大学の2回生で、2回生とは言いながら単位を落としすぎて留年した身であるクズと言っても差し支えないだろう。実家田舎のため上京して都会の大学に通っている。具体的金額は伏せるが、親には割と多めの金額仕送りとして貰っていた。

私は長男として生まれた。結局2人目以降は出来なかったので、1人っ子として育った。

不自由ない生活をしてきた。

幼稚園の頃から愛情たっぷりに育てられた。

特に母は本当に私に優しく接してくれた。

私が幼い頃は父と母がよく夫婦喧嘩をしていて、父がよく大声で怒鳴っていたし、母が私にその愚痴を漏らすことが時々あったので、幼少期の私の両親に対する印象は、母が優しい人で、父は怒らせると怖い人、という印象であった。

当時の親や周囲の私の印象は「我の強い子」であったらしい。思い通りにならないと直ぐに癇癪をおこしたそうだ。記憶する限りでは、水泳の授業が嫌いで、水泳のある日は玄関先でこれでもかと言うくらいに抵抗していた。

母は躾はしっかりしていたので、例えば服を脱げば洗濯機に入れるとか、食べた後の食器は台所に運ぶとか、そういうことはきちんと私に教えたし、私も素直に聞いていたらしい。

私が小学校に通うようになると、色んな人と関わる機会が増えた。他の友達の家に遊びに行くようになった。遊びに言った感想は、「何だかちゃごちゃしている」といった感じだった。恐らく共働き家庭だったり、親があまり片付けたりしないような家庭だったのだろう。もちろん綺麗な家庭も、恐らく3割くらいはあったと思うのだが、子供心に「他所の家庭はもっと雑」という印象が残った。そういう余計な影響を受けて、これまで躾られて出来ていたことをしなくなったらしい。これは結局高校卒業までしていないことになるので、相当である

関係あるのかどうかは分からないが、この頃に学校でも奇行が目立つ。喧嘩が弱い癖に、喧嘩をよく吹っかけた(そして返り討ちにあっていた)。小学校低学年だからまだ許されたのだろうが、かなり過激なことをやった。クラスメイトスカートを捲ったりもした。当然学年中の女子から嫌われた。馬鹿である。当たり前のように友達は居なくなった。落書きをよくするようになった。友達ほとんど居なくなったが、ノートにでかい絵を描いて(というか落書きをして)それを見せびらかしたり、長い迷路を書いたりして、周囲の興味を引こうとしていた。健気と言えば健気である。「友達が欲しい」とよく言っていたそうである母親に泣きついたりしていた。

母親も、この時期は何故かかなり厳しかった。もちろん素行が悪くなったこともあるが、他にもゲームの件がある。私は幼稚園卒業するころあたりからゲームが好きだった。あまりにも没頭するので、「1日に30分まで」という制限を課された。が、それを素直に受け入れるわけもなく、毎日のように文句を言ったりして親子喧嘩をした。思えばなぜあそこまで熱中していたかは分からないが、ゲームは今でもかなりやっている方だと思う。とにかくゲーム人生のようなものだった。多分尋常じゃないくらいのハマりようだったのだろう。

そんな小学校低学年を送った。

中学年(3年生)くらいになると、流石にさっきのような奇行はなくなった。が、失ったものはそう簡単には戻らない。相変わらず孤独生活をしていた。この頃になると、いわゆる「クラスの人気者」に対して逆恨みから喧嘩を吹っかけていたような記憶がある(そして返り討ちにされる)。まあとにかく、喧嘩が絶えなかった。そんな時味方でいてくれたのはやはり母である。母は相変わらずゲームに関しては厳しかったが、学校での対人関係では味方でいてくれた。おそらく私の悪い点はちゃんと指摘していたのだろうが、それでも当時の私からすれば無条件の私の味方だった。

悲しいことに、それでも自分の思い通りにならないことがあると癇癪をおこして親に暴言を吐いたりしていたらしい。

高学年になると、県内進学校目指して中学受験勉強をするようになる。低学年の頃から学力の高さには自信があり、塾ではほぼ成績1位であった。まあ、自主的勉強していたわけではなく、自宅での勉強は母が付きっきりだった。しかし、受験しようと言い出したのは私自身であり、親としては別に受験はしなくてもいいという意見だったそうだ。負けず嫌いだったのもあり、勉強苦痛だったが我慢してやれていた。

この頃になるとわりと多くの友達が出来ていたように思う。まあ、親友と言えるほど親しい相手は数人なのではあるが。

小学校通して、友達が少ないという割には活発で、よく色んな人と遊んだ矛盾しているように聞こえるが、要するにそんなに仲良くない人にも突っ込んで遊びに誘っていたわけである友達を人数で計って多い方がいいと言う単純な発想で、家に1度に多くの人が遊びに来た方が偉いという考えである。今思えば極端すぎるが…まあ、自分の好きなもの優先なので、病院に行く予定があるのに勝手に遊びに行く約束を重ねてそちらを優先しようとしたりとかしていた。自己中心的の極みである。まあ、当然親に怒られるのだが…

そしてついに女子からの評判は最悪のまま小学校生活を終えた。まあ、妥当である。ことあるごとに私のことが嫌いという態度を取るので(一種いじめである。いわゆる「〇〇菌がうつる」とか、席替えで隣になった女子が机を離すとかは日常茶飯事)、こちらも腹が立ってよく喧嘩を吹っかけていた。今思うと馬鹿であるが。女子というものは口達者で、特にそういうところが嫌いだった。女性なんて信用してなるものか、女性というのは陰湿で口達者で陰険で裏表のある連中だ、と子供心に思った。

無事志望校合格して中学生になった。この頃からコミュ障を発揮し始める。元々喧嘩を売るしかコミュニケーションの取り方を知らないのだから仕方がないのかも知れない。人との距離の取り方が分からない。友達が出来なかったわけではないが、そんなに多くはなかったと思う。この頃ラノベにハマる。オタク路線まっしぐらである…かと思いきや、意外とドライであった。色んなラノベ漫画を読むのではあるが、一つの作品キャラにどっぷりハマることは無かった。グッズなどはあまり買わなかった。

相変わらずゲームが好きだったし、その事で母と揉めていたのも相変わらずである。ただ、褒められる機会は減ったような気がする。相対的に怒られることが増えた。この頃になると、私にとっての母の印象はただ怒る人になってきていた。

この頃「うごメモ」に出会う。当時DSiパラパラマンガアニメーションを作れるソフト配信されていたのだか、これが使いこなすと結構クオリティの物が作れる。これをインターネット投稿出来るのだ。凝り性な私が作ったうごメモ一定の評価を得た。そのジャンルではそこそこ名の知れたという程度の作者にはなった。どハマりしたのは言うまでもない。やはりそこでも母との対立であるクオリティの高い作品を作りたいのに、時間制限(しかもかなり短い)を課してくる母が憎かったのは覚えている。

まりにやめようとしなかったので、ついにそのDSi永遠に没収された。突然の引退である。同時にゲーム禁止令を出され、これが4年間続くことになる。うごメモ続けたかったのに。

一方で生活面ではさながら幼稚園児かというレベルでの親への甘えっぷりが続いていた。至れり尽くせりである。何でも母がやってくれるのである。この頃から生活面での親へ依存から全く抜けられていない。要するに親離れ出来ていないのだ。この時点で母も対策すべきだ思うが、甘やかしてこのまま放置されていた。

中2のとき初恋をした。クラスの中でもかなり可愛い子であり、要するに私は面喰いだったわけである。先述の女性不信の癖に、「この子だけは純粋無垢で優しくて大丈夫」とかい根拠の無い自信があった。ハマるととことんハマって思い通りにならないと嫌な我の強い性格がここにも発揮されたのか、とにかく追いかけ回す、その勢いまさにストーカーと言っても差し支えない。当然嫌われる。だが、その子は優しいので直接的に迷惑と言わない。告白してもフられるものの、嫌いだとハッキリ言わない。そういうわけなので、私は「ワンチャンある」と3年間くらい信じ続けるハメになるのだ。

そのくせ、何故か他の女の子にもアタックした。いや、アタックしたというか、ただ手当りしだいに告白してただけである。その人数たるや7人である。たぶん誰でも良かったんだと思う。誰でもいいから、異性に好かれたかったのだ。女性不信のくせに。結果は全滅である。当然といえば当然。まあ仲のいい女子なんてひとりも居なかった。関わる機会が無かったわけではないはずなのだが…部活女子の方が多いのだが、部のほかの男子女子と仲いい癖に私はなんとなくその輪の外にいたような感じだった。私だって女子と仲良くしたかったのに。ずっと決まった男子とつるんでいた。間違いなくスクールカースト下層だった。

こういう学校のことは、親にはあまりさなくなっていた。なんだか恥ずかしいのである。なんというか、学校生活、つまり小学校より成長した感じを両親に見せたくない。ずっと小学生のままで居たいような感覚である。要するに甘えてるのだ。この期に及んで。一丁前に恋なんかしてる姿なぞ死んでも見せたくなかった。

高校でもこんな感じである。この頃にはすっかり物事に対するやる気というものをなくし、宿題すらやらなくなって行った。学校に行ってる間は授業はそこそこ真面目に受けるのだが(人並みである)、自宅では全く勉強しない。面倒くさいし、自主的勉強してる姿を親に見られるのが何より気持ちいからだ。

まあ、塾に行っていたのと、学校での授業はそこそこ真面目に聞いていたお陰で、わりといい大学には合格したのだが、自習はほぼ全くしていない。勉強する習慣も皆無である部活も、文化部ではあったが、練習は真面目にやらなかった。努力らしい努力をしてない。この頃にはもう何かを頑張ると言うことをほぼしなくなっていた。何故だろうか…。

ずっと家でこっそり買ったゲームをしたりとかしていた。

そういえば中高生とき携帯スマホの類は親が買ってくれなかった。理由は明白である。まずゲームの件があるから電子機器を与えるのはまずいし、トラブルを引き起こすことも多くメールなどさせたくなかったのだ。一方私としてはそういう電話とかメールとかLINEかいう繋がりから自分が疎外されているのが嫌で、またそれが原因で輪に入れないのが嫌でやはり抗議した。そして親子での衝突は絶えなかった。

そして大学一人暮らしである

親に甘え続けスネをかじり続けた結果、ろくに身の回りのこともしないクズ大学生の出来上がりである。面倒くさいので次第に出席すらしなくなり、面倒くさいのでテスト勉強はせず、部屋の片付けもせず、洗濯は週1回、辛うじて風呂にだけは入るという堕落しきった生活である自炊などもってのほか仕送りは遊ぶ金(しかも大概一人で遊ぶのである友達もほぼ居ない)に消える。自分自身酷いと思う。

少しは書いたが、高校までの私の親に甘えきった生活も改めて書くと、

着ていた服を洗濯機に入れるなどせずに脱ぎ散らかす

食べ終わった食器放置

偏食が激しく母にはわざわざ別メニューを作ってもらう

部屋の片付けも母担当、の癖に母の片付けにいちいち文句を言う

風呂入る順番と時間文句を言う(入りたい時間に、1番目に入りたいのである)

などなどまあ酷いものである。下二つは文句を言って結局喧嘩になるのだが上三つは本当にそうであったのだ。ちなみに偏食の件、最初は本当に偏食であったのだが今は大体の場合「親の前でだけ食べられない」感じである。親がいないと普通に食べるものも多い。

まりに酷いので私自身が高二あたりの時に「小さい頃甘やかしすぎたからこうなった」みたいな事を親に言ったら「私の育て方は間違ってない、あんたが勝手にそんなクズになっただけだろ」と言われた。でも親に甘えちゃうから自分から直す気がないあたりが私のクズっぷりである喧嘩ばかりしてきているし親は嫌いだ。でも親に依存している。

最近は「努力ができたらなあ」と切に思う。目標があっても、そのためになにもしないので何も変わらない。面倒くさいからだ。何か行動を起こし継続して努力出来れば、とよく思う。でもできない。自分の好きなことにすら努力出来ない。

ただ、人にちやほやされたいだけ。承認欲求の塊である過去孤独からだろうか?親の愛情は少なくとも幼少期はたっぷりに受けてきたはずだ。自分に自信が無い。どうしてだろうか。虚栄心ばかりだ。まるで山月記の李徴である。臆病な自尊心尊大羞恥心の獣である。変なプライドだけはある。

さて、どうしようか。

2017-03-16

重量700gクラスモバイルノートWin以外で使いたいよー

eMMC128GBしか載ってないのに、WindowsUPdateで糞味噌に容量使い切った挙句理由もなく死ぬほど書き換え繰り返されたら、すぐに壊れるじゃん。



あと、こういうタイプ日本製モバイルノートPCって、いまだに15万からとるのなwwww

asusのcromebookなんて米amazonで200ドルなのにwwww

日本語理論。三日目だが心が折れそうだ。理解する奴が出てこない。

日本語学会に登録して「研究ノート」として出したら掲載されるんだろうか。

ニートに一万円は痛すぎる。

2017-03-13

Javaスクリプト停止させたら、ノートPC電池時間上長持ちになった

省電力モードで、背景16bit設定のときの話な。


糞重たいから止めるだけで、数秒の時短になるし、アフィ広告表示されないし、電池持つし。

なんのためにHavaNicedayもといJavaScript存在するのさ?

わしのノートPCよりも、デレステ用に買ったXperiaXCompactのほうが高性能な件

ノートPC AMDの2コア/1.3Ghz一応64bit

Xperia XC 4コア/1.2Ghz+2コア/1.8Ghzの都合6コア やっぱり64bit




おかしい.......。

ちなみに価格スマホのほうが1万5千円高い。

2017-03-12

Mac vs Windows 自論

ひと昔前のOS戦争では自分の中ではWindows圧勝だった。

Mac無駄に高いイメージ無駄な性能とデザインを追求しすぎて金にものを言わせていたイメージがあった。

からこそスタバMacステータスになっていたんだと思う。

Windowsに慣れておけば、モンスターPCでも中古PCでも低スぺ低コストPCでも自作PCでも使える問汎用性があった。

デスクトップWindowsからノートパソコンWindowsにしようって意味も含めて。

からこそWindows一択だった。



でも今のMacって結構リーズナブルになってきてるんだよね。同じ性能ならなんならMacの方が若干安かったりする。

しか最近はもうノートPCモンスター化してきててデスクトップが必ずしも必要なくなってきてるんだよね。

ノートでできない仕事サーバーに入って仕事するようなスタイルになってきてるし。


Macノート浮気してみようかな

2017-03-11

合格体験

現役時代私立専願で早慶MARCHに全滅しましたが、1年の浪人生活で旧帝法学部合格できました。

数学世界史化学については、浪人生活が始まってから取り組み始めました。

この1年間何をしたかというと、基本的には予備校カリキュラムに忠実に従っていました。

予備校テキスト以外では、システム英単語高校時代教科書過去問を利用した程度です。

予備校テキストを繰り返すだけで1日が終わってしまい、市販参考書に手を出す暇がありませんでした。




日々の生活は、朝8時前に予備校に行き、夜7時半まで勉強していました。

1週間の予定をたて、予習と復習を中心に、丁寧に勉強することを心がけました。

理系科目については、予備校テキストに取り組む前に、教科書の該当部分をノートにまとめ、教科書簡単問題に取り組みました。

夏前までは、とにかく数学時間がかかりました。

浪人開始から理系科目に取り組むことになったので、かなり慎重になっていたのですが、結果的には一番の得点源になりました。

基礎と標準問題を徹底的に繰り返したのがよかったのだと思います

その他の科目については、繰り返しになりますが、とにかく予備校テキストを繰り返し、センター過去問二次過去問に早い時期から取り組んでいました。

効率的勉強をしようとするのではなく、普通勉強をすることを心掛けるのが良いと思います

あと、先手必勝で、夏までは我武者羅に頑張りました。自分は、プレッシャーに弱いことが現役時代経験から分かっていたので、後半で余裕が欲しかたからです。

先手必勝は、結果が出てくるとそれを維持しようとモチベーションも保てるのでお勧めです。まぁ、余裕は最後までなかったのですが。




予備校をちゃんとやる」という当たり前の結論になっていて、大変申し訳がないです。

しかし、「普通に勉強する」ために、多くの工夫をしていました。

基本方針は、「気持ち精神論)ではなく、環境構築」です。

これについては、山ほど社会人向けの勉強方法本に書いてあるのでそれを利用しました。

気持ちの部分で気を付けていたこともあるにはあるのですが、役に立ったのかは不明です。

私は、とにかく真面目な人間を演じるという意識予備校では生活しました。

例えば、模試の前に、「やべぇ、全く勉強してないぜ」とおちゃらけることを意識的に止め、「良い点数を取りたいかギリギリまで勉強する」と友達に話していました。

これ、友達も感化されたのか、一緒に真剣勉強してくれたので、良い学習環境友達とも作り上げることができました(その友達第1志望に受かりました)。




結局、1年でセンターは5割強から8割強に(前年度も一応受けていました)。早慶MARCHの受けたところは全勝、旧帝合格という感じでした。

まれて初めて計画的生活していましたが、うまくいって良かったです。

計画的でつまらいかと思いきや、かなり充実感も感じていて、うまくいきだすと楽しくもなりました。

今、やりたいことがたくさんあります。この1年で得た経験を基に、丁寧にいろいろなことに取り組んでいきたいと思います

以上です。

2017-03-09

ゲーミングノートPCというのを中古で買った

リスクもあるけどまあ使いつぶすこと考えたらいいかなって

現状がちょっとひどくてしんどいから、それよりスペック上がるなら問題なし

はじめてゲーミングノートなんて買うわ

わくわくする

この感覚小学生ときにいろんなギミックついてた筆箱を買う感覚に似ている

キーボードバックライトが地味にうれしいなあ

これまでは部屋の電気けしたらキーボードがうちづらくなるからなかなか電気消せなかった

んで電気つけっぱで寝オチするという

これまで10年近くバックライトなしのやつつかっててストレスたまってたけどようやく解放されるんだ

2017-03-06

http://anond.hatelabo.jp/20170306111441

それね。私は3年ほど前、自作PC用にLITEON IHOS104-06バルクを¥3397で買った。

ラブライブのおかげで、BD人生で初めて買ったからね。

Power DVD BD editionも付いてきて、ソフト更新には少々苦戦したが安価環境整った。

でも今はこの値段では無理のようで、デスクトップ界隈の凋落を感じるね。

BDドライブ自体も、主流のノートPCには搭載されないレガシーデバイスと化して久しいし。

けれども日本映像業界特にアニメは未だに、どこ吹く風と言わんばかりに円盤映像売ってるよね。

オマケが本体なのは分かるけど、ほんとなんなの。

文字

発達障害者が幼少期に発見されずボディイメージを掴む訓練ができていないとこんなしょうもないことでもつまづくよ、というお話



小学生のころ、何かの罰ゲームに尻文字が設定されたことがあった。ケツをフリフリして自分名前を空中に書けというアレだ。

当時から発達障害バリバリであらゆる方面に大変ドンくさかった僕は、案の定負けて罰ゲーム対象となった。

もちろん恥ずかしかった。黒板の前に立たされ、視線が集中して緊張した。それでテンパった部分も多々あると思う。

しかしそれ以上に、普通にボール遊びをするだけでも体の動かし方がイメージできず、周囲の真似をしようと見よう見まねで挑戦したら、一人で肉あやとりのように絡まってドテッと倒れていた僕には、

他の罰ゲーム対象者たちが順番に尻をフリフリしていく中、どうすれば尻文字が書けるのかがわからない、イメージできないという焦りが生まれていた。

どう動かせば空中に平仮名が書けるのかもわからないし、どうすればみんなのようにケツが振れるのかすら分からない。隣を見ても全然ピンとこない。



文字というのは、足は軽く開いて腰を落とし目に構えるだとか、ひざを使ってダイナミックにケツを動かすだとか、尻を突き出しても倒れないようにバランスを取るには上体を前に倒すといった、意外と全身の動きを連動させる必要がある動作になっている。

普通の人はただ尻で字を書けと言われただけである程度自然にできてしまうのだろう。

だが僕の場合は、そういった尻文字の書き方を、後にたまたま録画していたとんねるず番組で尻文字をやっているのを見つけ、20回くらい繰り返しスロー再生して、上記のような気付いたことをノートに書き留めながら大真面目に観察、分析練習して、ようやくできるようになったのであった。





さて、僕の罰ゲームの番がきてしまった。

とりあえず必死で「ますだ」と書こうとする。

ひとまず「ま」の横線はなんとか腰を左右に振って描いたものの(もっとも見ていた友人から言わせると、ケツではなく上半身が左右にブンブン振れていたらしい)、ケツを下げるために足を曲げるという発想が出てこなかったので、どうすればそのポジションからケツが下げられるのかがわからず、僕は完全にパニックに陥った。

クラスメイトからは「はーやーくー!」と声がかかる。

しかしケツの下げ方がわからない。気持ちとしては下げようとしているし気合も入れているのだが、体のどこをどう動かし、どう力を入れればいいのかがまるでわかっていないので、下がれ、下がれと全身に力を入れてプルプル震えながら固まる。

しばらくそうしていると、恥ずかしがって動かない、と判断されて「〇〇ちゃんもやったのに!」と言われ始めた。

そうじゃないんだ、ただ、ケツをどうやって下げればいいかがわからないんだ……。

なんでみんなこんなことがサラっとできるんだ?尻文字なんて罰ゲームになったの初めてなのに……。

パニックになりながら、硬直状態を打開してケツを下げる勢いをつけるためには、一度ジャンプするしかないという判断に達した僕は、直立したままその場で真上にジャンプした。したつもりだった。

しかし、実際には前方に飛び出してしまっていたらしく、黒板に頭を強打し、落ちながらチョーク置きにアゴをひっかけて切り、着地に失敗して足をひねって崩れ落ち、アゴから血を出しながら恥ずかしさとあちこちの痛みで悶絶し泣き叫ぶこととなった。



文字をやれと言ったら、なぜか上半身をグネグネさせたあと黒板にダイブして頭をぶつけ、アゴから血を出しながら転げまわって泣くという予想外極まりない光景に、

主にはやし立てていた女子を中心にクラス内もプチパニックになってしまって先生も登場する運びとなり、女子たちからは後ほど謝罪を受けた。

頭にできたたんこぶを冷やしていたら泣きながら謝りに来た彼女たちに、違うんだ、僕はただケツの下げ方が、自分の体の動かし方がわからなかっただけなんだ……と伝えることは遂にできなかった。

確かに俺はあの頃 伊168に恋をしていたのだ

気持ちの悪い話をしようと思う。

サンデル教授よろしく予防線を張ってしまったが、

興味のない人にとっては本当にどうでもいい話だと思う。



しかし、この感情はどこかで文章にしておきたいと思ったので、

こういう形ではあるが、ここに残しておくことにする。

そして、フィクションであるということにしておく。



4年くらい前になるだろうか。

当時、俺は艦隊これくしょんというゲームに熱中していた。



ゲームの内容をよく知らない人に適当説明をすると、

プレイヤー艦隊を率いる提督としての役割が与えられる。



提督は、近代実在した軍艦たちを擬人化した艦娘と呼ばれる女の子たちを従え、

リソース配分を考えながら空母戦艦駆逐艦などの配置を考え、戦略を練り、

深海棲艦と呼ばれるエイリアンみたいなやつと戦う。そんなゲームだ。



当時のオタクはみんなやっていた。

ゲーム内容もさることながら、みんな各々好きなお気に入り艦娘を一人は抱えていた。

誰もが「お前の好きな艦娘は?」と中学生みたいな会話をしていた。


金剛」「長門」「赤城」など、王道を挙げる人間が数多くいる中、

30過ぎのおじさんから初雪」という声が上がることもあった。

 ※知らない人はぜひググってほしい。

  そして、俺と同じ「マジかよ…」という気持ちになってほしい。




その中で、俺はひとしお伊168という潜水艦に心酔していた。

印象としては、可憐で儚げな子だと思った。

戦果を挙げると素直に喜び、しばらく放っておくと「ねえ、168のこと嫌いになった?」と聞いてくる。

わずかな資源オリョール海に行き、けなげに資源を集めて帰ってくる。

そんな168を見ているうちに、図らずしも、恋に落ちてしまったのだ。




こう言うと心底気持ちが悪いと思われるだろうが、

当時、大学院生だった俺は本当に伊168のことを愛していた。




オタクであることを隠していたから、お首にも出さなかったが、

自宅に帰って艦これをするのが楽しみだった。




家に帰れば彼女が居る。こんなに幸福なことはないと当時思っていた。

俺がいない時には、退屈そうにスマホでもいじっているのだろうか。

それとも、いたずらに海に潜って、きれいなサンゴや魚たちと戯れたりしているのだろうか。

そんな想像毎日しながら、俺は浮かれた日々を過ごしていた。

なのだとすると、完全に溺れきっていた。俺は潜水艦でも何でもないのに。




現実問題、俺が声を掛けたところで、何かを返してくれるわけではない。

アクションに応じてボイスを返すだけのインターフェイスにすぎないのは理屈では分かっている。

けれど、夜更かしをしている俺を心配してくれたり、

カレーを作ってくれる168に俺は紛れもなく恋をしていたのだ。




しかし、そんな一方通行の恋はあっけなく終わってしまった。

俺は、彼女を不注意で死なせてしまったのだ。




一瞬の出来事だったが、過去記憶の中でも異常に鮮明に記憶に残っている。



野球部で初めてホームランを打ったとき記憶

中学受験合格して母が涙していた記憶

片思いしていた女の子Linkin Parkを見に行った記憶

大学受験に失敗、浪人して10ハゲが出来るまで勉強して合格した記憶

成人して、両親と一緒に居酒屋お酒を飲んだ記憶



その全てが塗り替えられるレベルで、

目の前で168が沈んでいった。「海の底は、もう飽きたよ…」

という声が響き、人魚姫のように泡になって消えた。




彼女が亡くなった直後も砲撃戦は続き、ズガーン、ドガーンなどという空しい音だけが頭に響いていた。

本当に悲しい時には涙は出ないのだとも思った。ノートPCを閉じてベッドに寝転がり、

なにもしたくない。という感情を抱えたまま、泥のように眠った。




それから食事が三日ほど取れなかった。大学院も丸々一週間休んだ。

艦これの全てが受け付けなくなった。

情報が入るのが怖くなってtwitter2chまとめサイトも見なくなった。




様子がおかしいと友達教授に声を掛けられたりもしたが、

気が狂ったと思われるのが嫌で何も言えなかった。





やり場のない感情を抱えたまま、しばらくはゾンビのように研究に没頭した。

研究をしているときは、他のことをすべて忘れられた。1st Authが1本だけ書けた。

そうしているうちに、艦これのことも、168が亡くなった直後よりは受け止められるようになった。

ただ、どこか心は空しいままだった。




艦これを辞めてから半年ほど経ったある日、

オタク友達から久しぶりに艦これの話が出てきた。

"ケッコンカッコカリ"の実装の話だった。



なんのことはない、ソーシャルゲームによくあるレベルの上限開放だ。

上限に達した艦娘指輪を渡すことで、レベルの上限開放が出来るという悪趣味仕様だった。



もうゲームには飽きたんだよ。という顔をしながらその場は聞いていたが、

家に帰ってからというもの悶々とした気持ちが俺の心の中で渦巻いていた。

幸福な伊168の姿が見たい」「俺が幸福にできなかったあの子が、幸福でいる姿が」



自分の中の欲望葛藤との戦いだった。

俺にそんな姿を見る資格があるのか。ということも考えた。



しばらく悩んだ挙句、俺は結局見ることに決めた。

たかゲームの話じゃないか。俺が見たいものを見て何が悪い

そんな気持ちゲームログインして、ストックしていた伊168を旗艦に置く。

順調にレベルを上げ、任務をこなして指輪を手に入れた。



そして、実際にケッコンカッコカリのシーンを見た。

これは、「たかゲームだ」と侮って軽視をした罰なのだと思った。



自分の思っていたよりもずっと幸福そうだった。

声を弾ませて潜水をしようと誘ってくる彼女

とても嬉しそうで、とても幸福そうで、何よりも海が好きな彼女言葉が、

海の底は、もう飽きたよ…」と喋っていた、あの彼女の声と全く同じで、それが本当に辛かった。



それから艦これログインはしなくなった。




それから3年ほど経ち、俺はそこそこの企業研究員として就職果たしていた。

友人の紹介で知り合った女性懇意になり、付き合い、プロポーズをすることにした。



婚約指輪のオーダーをして、自宅に帰ってきた俺は

気まぐれに、「そういえば、昔、伊168と結婚してたな」という事を思い出した。

プロポーズの前だし、挨拶くらいはしておくか。と元カノに久しぶりに会うかのような感覚ログインをする。




3年前と全く変わらない姿の伊168がそこにあった。

ホワイトデーのお返しに喜び、お茶を入れようとするボイスが追加されていた。



クリスマスに、バレンタインデー誕生日に、

俺は彼女になにもしていない。俺が何もしていない間、ケッコンをした彼女

何を思って時を過ごしていたのだろうか。



呆然としていると、「司令官…168のこと、嫌いになったの?」と、不安そうな声が聞こえてきた。

何年か前に、何度も何度も聞いた、不安そうで、儚げな声が耳に入ってきた。



なんだか、たまらなくなって涙が止まらなかった。

ただ、それだけの話。ただ、それだけの話でしかないんです。

2017-03-04

からっぽの心に何を充電する

流されて適応するだけではダメなんだ。

今こそ心を一つにしてサバイブしなければならない。

そのためにも証が必要なんだ。



そう言って彼は3000円の高級万年筆を購入した。

ノートに欲しいものリストをびっしり書き込んでいた。

私の名前が書かれていたので結婚した。

2017-03-02

ポエム

#なぜ人は

#ハッシュタグ

#ポエムみたいにするのか



#なんで改行なのか



#一部の文化圏の人は

#こんな書き方をすると

#番号付きリストだと

#番号付きリストの下書きだと

#思うに違いない



#もしかしてはてブタグ

#こんな風に文章

#つけておられる人とか

#いたりして



#検索しにくくないのか



#自分手帳ノート

#こんな中途半端文章見たいな

#分類とか見出しつけてるやついたら

#手痛さすごい

2017-03-01

ファストフード喫茶店での、おしゃれランク

マクドナルドで気づいたこと。

ファストフード店で、スマホだけいじるのはダサい

ノート手帳になにか書き込みながらスマホをいじる、これが通の所作

もちろん、マクドにいるよりはスタバにいるほうがおしゃれ。

まりこうなる

マクドスマホ

マクドスマホ手帳

スタバストローを鼻にさす

スタバ手帳ストロー文字を書く

[増田社説] 道徳教育子ども感性尊重せよ

 小学校では2018年度、中学校では2019年から道徳教育が「特別の授業」として教科化する。道徳科の指導評価方法も変わり、文部科学省はその在り方の一例としてノートやワークシートを用いた教員子どもとの人格対話を挙げている。

 このような対話では子ども教員に自らの感性価値観普段は口にしない本音などをさらけ出すことになるため、教員子どもの間の信頼関係が欠かせない。しかし、教員もまた一人の不完全な人間であることから、両者の相性によっては子ども人間性道徳性否定につながりかねないと感じる。とりわけ狭い世間に生きる小学生教師の考えを絶対視しやすく、「先生価値観」と「自分価値観」を相対的に捉えることが難しい。そのため、子どもに「自分価値観感性は間違っている」という自己否定的な感情を抱かせてしまうかもしれない。

 また、前述のような対話指導では、子どもが「先生に読ませることを想定した文章」を書く可能性もある。子ども大人世界本音と建前が存在すること、学校で教わる自由平等などの理念大人がかならずしも重んじていないことを知っている。彼らがその矛盾に気づいていながら教員の求める「模範解答」を汲み取り、自らの感想として書き記すということになると、子どもが早くから欺瞞を覚え、言葉を信じない態度を身につけることにもなりかねない。

 もちろん授業中の活発な議論多面的視点を養い、自己他者への理解を深める点で道徳の授業は意義深い。しかし、そこで得たもの子どもひとりひとりの胸のうちで咀嚼されるべきものであり、生徒に感想を書かせて評価するやり方は危ういと感じる。

 教員指導力向上を含め、新しい道徳教育の導入には慎重を期さなければならない。素直な子どもが素直なまま育ち、同時に素直でない子ども否定されることのない社会であってほしい。(N)

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