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はてなキーワード: 研究とは

2017-05-30

http://anond.hatelabo.jp/20170522072925

まさに、ブルマーについて「なぜそれが使われてきたのか」という研究出版された。

おそらく制服についてもほぼ同じ論理で読み解けると思うので一読を勧める。

ブルマーの謎 〈女子身体〉と戦後日本

http://www.seikyusha.co.jp/wp/books/isbn978-4-7872-3410-0

女子体操着であるブルマーは、ブルセラブームを契機に批判を受け、1990年代半ば以降に学校現場から急速に姿を消した。消滅社会的背景はこれまでも断片的には語られてきたが、では、腰に密着して身体の線があらわになる服装が、なぜ60年代に一気に広がり、その後30年間も定着・継続したのだろうか。

地道な資料探索や学校体育団体企業への聞き取り調査を通して浮かび上がってきたのは、中学校体育連盟存在だった。そこから、中体連の資金難、企業との提携などのブルマー普及の背景を解き明かす。また、受容の文化的素地として、東京オリンピック女子体操が与えたインパクト戦前から続くスカートの下の2枚ばきの伝統などとの関連も検証する。

ブルマーは導入当初から性的まなざしさらされてきた。にもかかわらず、学校現場ブルマーが存続してきたのは、ブルマーをはく女子身体女子修身教育の幻を見る戦前回帰派と、美と健康を見る戦後民主主義派とが思わぬかたちで共謀していたためではないかと指摘する問題提起の一書。

http://anond.hatelabo.jp/20170530090701

うんおまえみたいな馬鹿デリケート領域には手を出すな

人間を切って死なせちゃうのが駄目なら医療研究できないんだけどっていうレベル

http://anond.hatelabo.jp/20170528113521

結局これは、HNを出さなければ炎上しなかったの?

記事とかコンテンツのラベル分類結果を書いて怒られるレベルなんだとしたら

ヒューマンネットワーク系の研究できないんだが

Pixiv二次創作BL小説ランキング上位)を使用した研究を発表

→ 「晒し上げ」「は?立命館おかしいだろ」「作品消したい」

晒し学生らと大学炎上し、晒した側の名前晒し者に(研究発表の当日深夜に晒し側が炎上。今5日目くらい)

あの大物Youtube(笑)ネット小説書いてたwww

→ 「代名詞に親を殺された男」「こんなん読んだら頭おかしなるで」「かいずかぼっきもぐら」

→ もともとネットオモチャ化していた某ユーチューバーが更に嘲笑の的に(2年以上経過も未だ書き手側の炎上が続く)

例の弁護士界隈に反抗した人、二次創作エロ小説を書いていたPixiv垢を特定される

→ 「内容はどれも痛々しさ満点で、R-18小説に至っては童貞妄想丸出しの内容であり、間もなくなんJのみならずVIPでも容赦なく公開処刑され、大好評を得た」

→ その人はアカウントを削除したものの、小説は例の界隈によって保全され現在zipで配布中(2年以上経過も未だ書き手側の炎上が続く)

同じ晒し上げなのにどうして差がついたのか

http://anond.hatelabo.jp/20170529200818

はい?この研究pixiv内でフィルタリング云々じゃなくてフィルタリング開発に向けての論文だよ?それとR指定のマイ定義R指定をよくご存じないんですねとしか思われないぞやり直し。なんでR指定がかけられるんすか?

「なんか男が生理のこと詳しくないなら女は勃起事情詳しくないやろ!って出されてくる勃起ネタ全然真新しい知識じゃなくて、もっと男じゃないと知れない内容あるだろうがよぉ!!もっと出せよおら!!!そこで跳ねろ!!!!!って勃起狩りになってる」っていうツイートみて笑った。

確かに男性前立腺オナニーの話とか最近のBL界での常識になりつつあるのでなー。ポリコレというよりメディカルコレクト子スで「前立腺さぐりあてたときゴリッという擬音はおかしい」とかそのくらい詳しいよw 人体研究に熱心なリアルフォモのおにいさんと仲良く情報交換してるからなー。あと女性プロ男性向けエロ作家さんもいっぱいいるしファンタジーとわかってての女性表現もすごいと思うよ。らめえの人とか。

異性(同性)の肉体(性的機能部分)にファンタジーを抱きつづけられるっていうのがそもそも才能なんだな。

人工知能研究の話

http://anond.hatelabo.jp/20170529081025

感覚的には"全国大会"って同人に近い。

同人小説フィルタリングしてみたwww」というちょっとガチブログ記事レベルの話なんだよ。

査読もないし、国際的な成果として認められない、だから多忙指導者の目が届くわけがない。

全国大会の予稿には、ある程度研究稚拙だったりしても、しょうがないよな…という雰囲気がある

(もちろん投稿者はまじめにやるポーズはとるけどね)

でも、その先の査読付き論文を出すプロセス練習としては必要なんだ。だから大目に見てくれ。お願いだ。

今回のことも、大きくニュースにしなければ、

同人サイドがゾーニングされた場所であれやこれやしても結果的になにも起こらないように、

なにも起こらなかったのではというつらみがある

研究倫理なんて習ってねーよ

当方、そこそこ規模の大きな私大工学系4年生。研究室では一応機械学習いたことをやっている。巷では某事件であれやこれやの議論が活発で、引用の仕方がまずいやら研究倫理配慮に欠けるといった話を聞く。そこで、論文著者と同じような立場学生として読んでいて思ったことがある。

引用の仕方は習ったけど、研究倫理って勉強したこともないし、勉強する機会もなかったぞ?』

この問題は次の二つから発生してるんだと考える。

1,工学系の院生意識ってそんなに高くない

研究室サークルの先輩を見ていて、「研究者」になるいう意識があるのかな? という事がしばしばある。それも仕方がない話で、現状工学系の院って「学部卒だと文系と肩を並べて就活する羽目になるのが嫌だから修士を取って開発職として拾ってもらうか」という意識で進んでいる人も少なくない。院進学が「研究者になる」という意識ではなく「単純に学歴アップのために進学する」ような感じだ。今回、社系の研究者Twitterブログなどで引用の仕方の問題点などを取り上げているが、そもそも社系の院って「研究者」になる気がない限り行かないところであって、その辺で「院進学」に対する意識の違いがあるんだろうなあとは思った。もちろん自分たちがやっていることが「研究であることはよくわかっているのだが、「研究者である意識はないのではないかな、と感じる。

2,研究倫理に関して大学講義で取り上げていない

そもそも大学高校中学じゃないので「必要ことなら『教えてもらってない』は通用しない」というのはよく分かる。しかしながら、理系院生の現状意識は前述の通りなので、それではすこし無理があるだろう。それより研究テーマに対しての学習で皆あっぷあっぷだ。「研究倫理」について取り上げる教育の場って学生実験の場が適当なんだろうが、理工系学生実験課題が与えられて延々実験して解くようなものが多いので、そもそも研究倫理とか以前に研究室に放り込まれるまで「実験設計」というものをしたことがない学生が大半だ。文社系だと学部レベルでもフィールドワーク研究設計などを自分でやるから、おのずと調査対象に対する配慮などを通して「研究倫理」を学ぶことが多いのではないかと思う。ちなみに、技術士資格の絡みで「技術者倫理」という授業は開講されているのだが、聞きに行ったところ技術者として作ったものにどう責任を持つかという話で、研究の話ではなかったように記憶している。もっとかのぼると高校時代にちろっと触れたような気もするが、それは「遺伝子組み換え技術に関する生命研究倫理」であって、今回「データを持ってくるだけでも研究倫理が問われることもあるのか」と初めて気づいた次第だ。「研究室に入ってから指導教員に教えてもらえれば」という話もあるが、正直指導教員間にも学生指導の熱意や認識の差を感じざる終えないで、不安が残る。(今回の一件も、指導教員が発表前に気づけばこんなことになってなかったんだろうし)中高大と「正しい引用の仕方や図番の振り方、『コンピューター』と『コンピュータ』が混在しているようなレポートを書いてはいけない」「実験中に火事を起こしたり使った液体を外にばらまくな」とは習ったが、「研究によそのデータを用いて、それを処理するとき留意点」などは習っていないし、この問題が明らかになるまで自分も考えたことがないことであった。(これは自分の推測だが、論文著者も「データとして使ったなら引用元として示さなければ『ならない』」という意識があったのでないだろうか)

乱文ながらしがない私大の一大学生として思うところを書いた。ある種工学系って就職予備校だよなと。(この話題は本題からそれるが)そこの学生自発的研究倫理を学ばすのって無理があるような気がする。もっとも、倫理感なんて言うものは学ぶものではなく養うもので、「習ってねーよ」というものでもないかもしれない。しかし、学部修士課程社会に出ようと思っている人間にとって、「自分名前ネットで悪評立っている」というはどう考えても就活に響くし、そういうリスクがあるのであれば学会発表もおちおち出来ない。そういうところでは工学系の研究者のみならず、これまで個々人の思想プライバシーも含みうるデータをを取り扱って研究していた社系の研究者の知見を生かして、今回の件であれば人工知能学会の方でも指針を示してもらえると我々学生安心して発表で出来るのではないだろうか。

2017-05-29

立命館pixiv論文問題って結局引用なの?

立命館pixiv論文問題Q&A

上の記事などの今回の論文にまつわる意見を読んでいて気になった論点意見を列挙します。何か思いついたりおもしろいのを見かけたら追記しま

pixiv小説文章論文に載せている点とpixiv小説研究対象として解析している点は別の問題点だという意見があるので、それらは別に扱います

まずは小説文章論文に載せている点についての論点です

上にも出てきていましたが会員制SNSで公開されているコンテンツ公表されたもの扱いになるのかという問題があります

次に小説データを解析していることについての論点です

http://anond.hatelabo.jp/20170529232052

フィルタリングが「あたりまえ」なのかどうかについては知らんがな。社会の中でフィルタリングしたい人たちがいなければ、つまりニーズがなければ、実際には普及しない技術だろうね。法的にどうかも関係ない。法的に表現がどのようにカテゴライズされようが、とにかく、そういうフィルタリングをしたい場面があれば、技術に金を出す人はいる。ほとんどの研究は、ニーズ実証については主眼ではなくて、ニーズ言葉説明して「あー、そういうのやりたいこともあるかもね」と納得できればそれで言いわけ。どうやるのか、という方法論のほうが重要から、この分野では。とりあえず、件の論文は非倫理的なことは色々あったけど、「そういう表現が出てくるWebページを18歳未満に隠しておきたい人たちはいるだろうね」というニーズは伝わったよ。それが違法かどうかは研究の主眼じゃない。どうやってフィルタリングするのか、という方法論が主眼。

理系男子文系女子

文系女子です。女子って年齢でもないけど。

最近知り合った理系男子と数回食事に行ってきた。相手男子って年齢ではなく、わたしより1つ年上。

察しの通り色恋沙汰の話なんだけど、不思議現象が起きていて自分でもよく分からずまいっている。

というのも、彼と私は水と油のように合わないはずなのに、どことなく惹かれてしまっているから。

お誘いはあっちからしてくれるので、向こうも多少なり興味を持ってくれているとは思う。

でも、わたしはまだ素を出せない。

・年上だから敬語で話すと丁寧になる→本当はだらしない

女子っぽさのあるキレイファッションで会う→本当はパンツ派だしカジュアル(持戒ここは崩す予定)

相手テンションに合わせて話す→ほんとはがつがつ話すタイプ

恐らく相手から見た私は、明るくて礼儀正しい子っというところ。それはそれであながち間違いではないけど、私のだらしないところ、大雑把でずぼらなところとか、全然ばれていない。(隠しているつもりはなく、年上だから気を遣ってしまう結果、隠れてしまう。)

一方、彼は私の前では恐らく素の状態

オレンジ毎日食べてるって言ったら、その栄養についてつらつら語りだすくらいだからね。(オレンジビタミンC水溶性からうんたらかんたら)

大学院卒で頭が良く、理系ステレオタイプにそのまま当てはめたような感じ。

でも、わたしにはそんな彼が面白い生き物に見えてすごく素敵だと感じる。こんな人、ド文系の私の周りにはいなかったから。

単純に面白いし、研究の話を聞くのも苦じゃない。むしろ聞きたい。

ただ、学歴にも差があるし(私は大卒だけど高校商業科だから学力は低い)、几帳面さも全くないし、性格真逆だし、何より私はロジカルじゃないから、たぶんいろいろ衝突しそう。

果たしてこの人と付き合ったとして、私は自然体でいられるのか?

よれよれTシャツの部屋着でごろごろしたり、お気に入りパン屋パンを買って簡単ブランチを済ませたり、地元民に人気のごてごてした狭いステーキやさんで赤身肉を一緒にたいらげたり、なんとなくふらふら散歩をしたり、そんなことはできるのだろうか?

料理掃除も身なりも、彼の前では完璧でいなきゃいけないような、そんな気がしてならない。

にもかかわらず、また会いたいと思う。素敵だと思う。笑ってくれると嬉しいと思う。もっと知りたいと思う。がんばっている姿勢がかっこいいと思う。

私は恋に恋をしているだけなのか。

まずは自分を出すところからだとは思うし、別に付き合うと決まったわけじゃないけど、このまま関係を進めていいのだろうか。

理系男子が、分からない。

http://anond.hatelabo.jp/20170529194530

オタクがいることと研究者の自浄作用に何が関係あるんだ、手法倫理的問題があると思えば自浄しようとする、思ってないならしないだけだろ

わかってないなぁ・・・

合法だ! 合法だ!」って言い募る人がたくさんいるのはそりゃ事実で、その中には本物のモヒカンもいるだろうけど、

(「ネットに上げたものなんだから引用されて当然だろ。嫌なら公開するな」派のことね)

研究倫理上の問題はあるが、それはそれとして合法だよね」派も一定数いるでしょ

合法だよね」でみんな一致してれば、オタク+穏健な研究者連合軍過激派ネットモヒカン軍とのあいだで「ファン創作研究目的での引用の是非」についてのバトルになったはずじゃん

それが「違法だ!」って論点いつまでもしがみつく一部の馬鹿のせいで、穏健な研究者まで「いや合法から」と言わざるをえない状況になってるの

論文をわざわざ合法合法だと強弁するなんて!」って言われても、それは馬鹿な一部のオタクのせいだろうが

その馬鹿な一部のオタクをきっちり粛清してから言えよ

研究者に自浄作用を求めるならまずお前らが自浄しろ

馬鹿な一部を粛清するなんて難しい?

じゃあ研究者が一部の馬鹿研究者粛清するのも難しいってわかれよ

自分に出来ないことを他人要求してんじゃねーよ

研究者研究倫理を求める前にそっちが一般社会でのふつう倫理を身に着けろよ

http://anond.hatelabo.jp/20170529181430

元増田です。ややこしい話なので追記ではなくこちらで応答します。

カテゴリ分けの項で例文を「引用」してるけど、その例文がどこから引用されてるか明記されてないのは大丈夫なの?

これ、正直、悩ましいところなんですよ。というのは、これを厳密に適用すると、一般書が死ぬからです。

講談社選書メチエとか筑摩選書とかああい選書系は詳細な注をつけることもありますが、新書とかだと紙幅の関係上細かな典拠がつけられない場合があります。たとえば話題になっている中公新書の『応仁の乱』ですが、色んな史料引用してきているし史料名前も示しているのに、具体的にどの巻のどのページに書かれてるかまで書いてあるわけじゃないですよね。岩波新書の『多神教一神教』だと、史料から引用そもそも典拠が書かれていません(参考文献リストに使った史料一覧が並んでるだけ)。でもそれをいちいち書いてたら新書サイズにならないわけです。

一人の研究者が、新書のような一般書と分厚い研究書の両方を書くことはよくあります。そして、後者において引用部分に典拠を記さないのは論外ですが、前者だと紙幅の都合上きちんと典拠を書けないことが起こり得るわけで、それは現状どうなのかと言われたら「良いことではないが、研究倫理に反する大問題というわけではない」と見做されているんじゃないかと思います。少なくとも、「ここは引用ですよ」というのがきちんとわかる(=自分文章であるかのように装っていない)のなら、許されているんじゃないかな。引用元の文献リストがあって、地の文とちゃんと区別されている以上、この中のどれかから引用した、とわかるようになっているわけですし。

そしてもう1つネックになるのが、これが予稿だということです。「レジュメみたいなものから、厳密な典拠表示はサボったけど、フルペーパーとして投稿するときにはきちんと典拠表示をつけるつもりでした」と言われたら、「そうか、まあでも本来レジュメでも典拠をつけることが望ましいんだ。次からは気をつけてね?」と言うのが精一杯ではないでしょうか。これが剽窃みたいなケースなら研究室こんこんとお説教して取り下げろと指導する必要がありますが、引用元の文献をきちんとリストアップしていて(著者名・URLタイトルがきちんと書かれているのでまあ問題ないでしょう。逆にそういうきちんとしたリストからこそ今回燃えてるというのが皮肉ですが)、どこからどこまでが引用か明示的に示されているのなら、そこまで大問題でもないような(この程度の不備でこっぴどく学生を叱りつけるとしたらそっちの方がハラスメントです)。

もちろん、それでも厳密に言えば著作権法違反にあたるわけだから違法だ、告発すべきだ、という主張も可能です。何? 新書業界死ぬ? 知ったことか、そんなムラの慣習が法に優先するわけないだろう、法は法だ、たとえ学生が書いて5,000人規模の学会の内部で報告する予定の正式論文ではない予稿とはいえ、違法なんだから許されない――はい、これ、どうなるかおわかりですね。この論点で攻めるというなら私は止めません。が、その場合、例の朝日記者さんが示唆したことをやられても文句は言えないんじゃないですかね……(刀剣乱舞二次創作が許諾されてるといっても、じゃあハリー・○ッターや銀河英○伝説やデ○ズニーの二次創作はどうなの? ちょっとこれから著作権元に確認取って大丈夫? って話になっちゃうので……)

あと、twitterとかで、私が書いた増田から文章を長々と抜き出してそのあとに一言二言感想をつける方がそれなりにいらっしゃいます。賛成の立場中立立場でいらっしゃる方なら、きちんと読んでくれてありがとう、と思うのですが、「pixiv論文けしからん!」とか主張してる人がそれやってるの見ると笑っちゃいます。お前のそれ、適正な引用の条件である文章主従関係満たせてないから! 無断転載から! っていう。なんで自分たちネットでやることは許されてると思ってるんでしょうね。

作業分析してるから機械分析じゃないよね?要件に当てはまるの?

これは私もうっかりしていました。機械分析にかけるのは適法引用じゃない! と主張する人がいたのでこういう項目を立てたのですが、冷静に考えたら手作業分析してたな、とあとになって気づきました。ただ、機械分析から引用じゃない、と主張する人がいる以上、47条の7は提示しておく必要があるだろうと思います

さて、47条の7は、次のような条文です。強調は引用者によります

第四十七条の七  著作物は、電子計算機による情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報抽出し、比較、分類その他の統計的な解析を行うことをいう。以下この条において同じ。)を行うことを目的とする場合には、必要と認められる限度において、記録媒体への記録又は翻案(これにより創作した二次的著作物の記録を含む。)を行うことができる。ただし、情報解析を行う者の用に供するために作成されたデータベース著作物については、この限りでない。

今回の予稿は、電子計算機による解析の前段階として、手作業による分類を行っています。ということは、「目的とする場合」に該当するのでは? と思いますが、いかがでしょうか。最終的にはコンピュータ分析する予定だけど、その準備を手でやるよ、ってことですよね(もしこれが法律解釈として問題があるのでしたら教えてください)。

ところで、この条文は、「著作物をまるまるコピーしてきて、それをコンピュータに読み込ませ、解析する場合」を想定したものです(違ったらごめんなさい)。しかし今回のように、もともとネット上に転がっていた文章分析の素材にして、しかもそれが手作業である以上、

pixivを見ながら手で数えました。コピー? 引用必要な部分しかやってませんよ」

と言われたらそもそも著作権法上の問題はなんら発生しませんし(わたしたちがインターネットを見てるのと同じですからね)、大学の共用のパソコンとかなら別になるのかもしれませんが、自室でプライベートパソコンを使ってコピーして、そのパソコンの中だけで分析を完結させていれば、30条で認められている「私的複製」にあたるので、やっぱり著作権法上の問題存在しないのでは?(この辺、事実誤認等があったら教えていただきたいです)

pixiv論文問題の落としどころを考える

公表された(と見なすべき)作品自由に利用できるかどうか、そして作者に不快感情を抱かせる利用形態についてどう対処すべきか、実用的な面から考えてみたい。

pixiv論文日本文学研究者引用について語ってみる

http://hibi.hatenadiary.jp/entry/2017/05/28/130000

上記の記事では、「公開」「半公開」というカテゴリを作り、後者の「ネット上にあって、閲覧資格制御することによって、公開のあり方に制限がかかっている」場合には配慮必要だとしているけど、ポイントはそこではなく、「個人コンテンツ作成者が公開状態自由制御できる」という点ではないだろうか。「公開」「非公開」を自由制御できるというウェブサイトのあり方は、学術世界の中ではあまり想定されていなかったことで、現時点で有効対処が出来ているとはいいがたい。

例えば、

http://anond.hatelabo.jp/20170525145352

NHKウェブ版の記事引用するときとか、政治家の人のホームページ引用するときとか、めちゃくちゃ大切な情報が書かれている個人ブログ引用するときとか、くっそ面白いウェブ小説文学作品として研究するときとか、Wikipediaデタラメが書かれているか批判したいときとか、そういう個々のコンテンツそれ自体価値があって第何版を見たのかが大事ときにはURL必須だし閲覧日も載せるべきです。

これは至極真っ当だし大抵のガイドラインにもそう書かれていると思うけど、Wikipediaみたいに過去の版にアクセス可能ウェブサイトでもない限り(=ほとんどのウェブサイトにとっては)、意味が無い。過去にどういう情報掲載されていたとか実質的には検証不可能からね(魚拓を取って魚拓URLを載せるとか、著作権法的に大丈夫なんだろうか)。個人個人責任において公開するコンテンツにおいては、「気持ち次第」で公開を取りやめてしまうケースだって考えられるわけでしょ(もちろん企業ウェブサイトにおいても考えられるが、ここでは取り扱わない)。だから研究使用することによって「非公開」(=利用不可)とならないように許可を取るべきではないだろうか。

このような考えは、例えば「腐女子にとって二次創作小説著作者人格と切り離せない云々」という説明よりは遥かに納得しやすいと思う。(もちろん、腐女子に限らず(今回のケースでも全ての作品BLではなかったように)個々の作者の事情理解する/理解してもらうことは必要かもしれないけど、納得してもらうのにはかなりハードルが高い。)そして、今後想定されうるであろう、「Webで公開された二次創作小説文学的研究対象としてガチ研究する」ケースにも対処できるんじゃないだろうか。

ちなみにだけど、「ものごとをうまくまわすための配慮」なんてのは古典に限らず近代でも現代でもやってる。遠巻きに「研究」するのなら著作者を怒らせようが何しようが構わないんだろうけど、例えば著作者や遺族から作品の成立にまつわる資料を得ようとする場合、彼らとうまくやっていく必要があるわけなんだよね。

ただし難しいのは、「私の配慮」が「相手にとっての無礼」と受け止められるケースがあるわけで・・・。そうなってしまった場合、「配慮してますよね!」「この無礼者が!」と延々と殴り合わないようにじっくり話し合ってくださいね(無理な場合もありますけどね(体験談))

http://anond.hatelabo.jp/20170529105344

教員教員研究成果が出せないとクビになるご時世だしなあ

http://anond.hatelabo.jp/20170529093252

これ、単に「戦う民主主義」って用語を誤解しているだけでは……



ドイツとかの「戦う民主主義」って、

言論の自由結社の自由もあるけど、自由民主主義をおびやかす言論政党違法

ってやつで、だからホロコースト否定論ヘイトスピーチは取り締まるし、ネオナチ共産主義者政党解散させられるのね



オタクってそういうのを冷笑してきた人が多かったじゃん?



なのに

表現の自由をおびやかす研究自由やらせていいのか!?

って、言ってることはまんま戦う民主主義じゃん、っていう

http://anond.hatelabo.jp/20170527070700

そもそも今回のやつは、pixiv掲載作品研究素材として使ったので参考文献じゃないし

オタクなかにあるヤンキー性が立命館大学ゆるさん、研究者許さんになった

内輪にはあれこれ甘いルールで騒ぎまくるが

そとには暴力的権利を主張する

っていうヤンキーやくざ論理

これってオタクのそれとよく似てるっていうか、オタクの中にあるヤンキー性なんだと思う

自分から騒いでことを大きくしといて、傷ついたと大騒ぎするのも似てるよね

自分からr18にしといて外から有害と言われることには繊細に反応するのも似てる

とにかく結局のところ「外」が嫌いなんだと思う


もちろんヤンキーにもやくざ研究する場合はその立場尊重する必要があるがね

から立命館大学の件で、研究者が悪くないなんてことはないんだが

ただそれはあくまでも研究対象大事しましょうねって話でしかなく

ヤンキーやくざ行為のものまで擁護する話ではないので

このへんでネット意見が入り組んでるんだろうなと思う

http://anond.hatelabo.jp/20170528113521

この記事が分かりやすかったなーという雑感

あと勢いがあって好き

twitterをみてると感情論理論で各所殴り合いをしているから、決着はつかない、いつまでたっても平行線

感情論を振りかざして、共感を求める傾向にあるのが女性なので、すごく面倒くさい

大学は違うけど、学部は同じなので研究テーマ自体面白いのになあと思った(選んだ題材が色々と……だけど)

それにしても、作者が鍵かけちゃったとか云々の下りは笑っちゃうよね

フォロワーにもいるが、「この件を受けて自主的に引きこもってしまった人がいるから許さない」みたいなの

その手段を選んだのは引きこもった人だし、今回のような件がなければ、とはいえ矛先を向けるところがちょっと違うんじゃない?

表に出てないというかネット上へ目に見えて出ていない、似たような研究か、或いは類似研究があるかもしれない

調査データ収集先がpixivではなくて、例えばtwitter

いるよね、妄想垂れ流しで品のない発言できゃっきゃしている層とか

確かうちの大学だと、デマ判定かなにかの研究twitterからデータを取得して~とかやっていたけど、対象デマではなくて、フィルタリング方向だったら……

(当時、マスキングされてないデータパワポに映し出されて、ゾッとした覚えがある)

ともあれ、ネット大公開している以上、引用されてしまリスクは常につきまとっているのだけれど、意識が足りていないのでは?

勝手に使われて「有害卑猥」っていうレッテルを貼られて、気分が良くない、っていうのはすごく分かるけど、ネットに公開するっていうことは以下略

ちなみに、サイトこそ最強、みたいなことを言ってるフォロワーもいたけど、引用だけなら同じことじゃないかな?

さすがに個人特定されないようぼかされるとしても、使われる可能性だけなら十分にあるのでは

騒ぎ方を見ていると、ネット(全世界大公開)をよく理解していない子供twitterで仲間内に向けてツイートしたもの炎上した、みたいなパターンを思い出す

あと見ていて思ったのは、素人法律を触るのは辞めた方がいいってこと

専門家法律解釈違いで殴り合っているんだから素人は迂闊に触ったらやけどするよ

PSにより見え方が変化する容姿に着目した不体裁な顔のフィルタリング

Web上に投稿される写真画像の中には投稿者によって、非美形な容姿特に顔の輪郭や凹凸がぎこちないものはそのまま掲載されず画像加工ソフトにより編集されることが多い。本研究目的画像加工ソフトPhotoShop等)を用いて表現されている本来は整っていない顔に対してフィルタリングを行うことである

提案手法では美形・非美形な人物の顔が含まれ画像ドメインごとに収集およびタグ付け、加工度合いごとに機械学習し顔の分類器を作り,不体裁な顔をフィルタリングする。提案手法有用性を評価する実験ネット収集した「サンプル画像と(会員登録して見られる)実際の映像とで美形さが異なるAV女優」Top10を使い行った。

http://anond.hatelabo.jp/20170529100800

私が言いたいのはその、「学びに来い」というスタンス教育舐めてるよねって話。

大学はそういう場所からって、怠惰教授ゴミ

教育二の次研究が一番だからというやつはそもそも大学という期間がどうやって資金を稼いでいるか考えて欲しい。

教授研究をして生きていけるのは、生徒が資金提供しているからで、その生徒を学びに来ないから教えないと上から目線で投げ捨てるのは怠惰一言に尽きる。

http://anond.hatelabo.jp/20170528113521

んー、研究倫理の項にだいぶ漏れが目立つな。

言論表現の自由には愚行の自由も含まれるだろうから、こういうダメ研究も守るべきとなるのはわかる(私はシャルリーってやつね)。

が、学問研究としてみた場合は、特に倫理面でダメ研究はむしろ排除していかないとかえって学問の自由が阻害される状況もある。研究の質を保つ問題もあるし。

例えば小保方さんの問題になった論文は、それを著作物表現物としてみれば当然表現の自由として法に守られるべきだが、学問研究としてみた場合研究手法事実関係研究倫理等が厳しく糾弾されたり学会論文誌等から排除されるのはしょうがないよね、といえる。かつてのオボちゃん擁護勢もそうだったが、この両者を混同して前者の論理後者まで擁護しようとしてる人が大勢いて混乱に輪をかけている。

大学の授業が薄っぺらすぎる

東大とかみたいにレベル高いところに通っているわけではないし、言ってしまうとMERCH以下の偏差値しか無い大学に居るので「お前が馬鹿からそう思うだけ」と言われたら説得力のある返しができないのだけれど、それでも大学の授業が薄っぺらいと主張したい。

今年で大学生活も3年目に入り、順当に行けば後期には単位の取得が完了するペースなのだが、得たものが一切ないといえるほど大学での授業内容が頭に残っていないのだ。

単位取得はしているけれど成績という観点から見ればC評価が多く、ギリギリ赤点を避けている現状なので授業内容が頭に入ってないんだろうとも考えられる。

けれども単位取得の肝を担っている学期末テストの内容が『授業中に再生した動画言及した企業マーケティング戦略は何だったか?』というのはひどすぎるのではないだろうか。

自慢ではないがマーケティングについては当大学内で比較した場合に限るけれど、ある程度の知識を私は持っていると自負しているが、流石に特定企業が行っていたマーケティング戦略なんて動画を見ていなかった私に解けるわけがない。

せめて、商品販売個数を計測する戦略とか書いてくれれば何となく当たりをつけることは出来るが一切とっかかりになる情報がないので授業出席者しか解けないのだ。

授業に出席しないものは、いかなる知識保有していようとも単位は上げませんと言っているようなものである

そもそもの話私が大学に行かないのは、授業時間90分のうち、教授雑談が半分以上を超えていてどのタイミングで本旨に触れるかわからいかである

教授ゼミ生と一緒に福岡に行った時に食べた食事がとても美味しかった話など、至極どうでもいいのでとっとと必要な話をして終わらせてほしいというのはおそらく講堂にいる生徒全員が等しく思っていることだろう。

適当面白みのない授業を展開する教授ばかりではないのはだが、どちらが多いかと言われれば上記のようなゴミ教授ばかりである

こうやって教授批判するかの言葉を連ねると「彼らは有名大学を出ていて高知能、その話を楽しめないキミは低知能」とマウントを取られる。

しか東大を出ているとか、有名大学の院を出ているとか私からすればどうでもよいことなのだ。授業がつまらないという事実は私の中で変わることはないのだから

やっていることは市販されている本(自著であることが多い)を朗読しているだけで、自宅で必要な部分は覚えられる。そんな「教授いる?」と感じるような講義内容でどこに「教授は頭いいなぁ」と感じる要素があるのか。私が異端なだけで世の中の人資格肩書だけで知能を判断する、判断基準が外部にしかない人ばかりなのだろうか。

つまるところ大学というのは教育ビジネスであり、肩書を得られるのを対価に金を払って、脳死しながら授業を消化し続ける場所なのだ

私が声を大にして言いたいのは「大多数の人間にとって大学は一切必要ない」ということ。

企業大卒要求していて、大卒給料が高いかしょうがないので大学に行って卒業しようと考えているだけで、そこで何を学べるかはどうでもいいのだ。

しかし私はそこまで割り切ることができず、大学を学ぶ場所と考えてしまったいたからこうして不満が爆発しているのだと思う。

私は運がいいことに文系大学に進学しているが、小さい頃にパソコン祖父から貰い、そして2つ上のいとこがネット関係に非常に強かったため影響を受けIT関係に強くなった。

そして大学ではこれまた運がいいことにビジネス精通した人間たちと仲が良くなり、今後の希望を得た。

情報量を多くする気はないのでこれを読んだ奇特な人は「騙された人間」と私を罵るかもしれないが、それはどうでもいいことだろう。

私の周りは大学に通うことを強く勧めたが、結局それは私に合わず、彼らに合わなければ日々鬱屈とした思いを抱えながら、ただ授業を消化する人生を歩んでいた。

アドバイスに従った結果、得られたのは大学と私が合っていなかったという知見だけである

このことからアドバイスと称して意見をぶつける人間は、個人を見ていない」というのが判明する。

彼ら助言をする人間最大公約数的な、大体の人間にとってベストではないがベター程度にはなるはずという意見をぶつけることで自身人生正当化をしつつ、悦に入ってるだけなのだ

確かに最終的に選択をしたのは私であるが、どれだけの人間が周りの人全てが自分と反対の意見を述べている中、自分の考えを押し通すことが出来るのか。

私は大学生になり人に恵まれたおかげで、本当の考えを通せたのであって、高校生の頃であれば貫くことはできないだろう。

結局、大学の授業が薄っぺらいというのはこの「多様性を認めず一般論を勧める人間」が大学への進学を勧めているかなのだ

から教育という存在はまるで利権を貪る団体のように怠惰でありながら肥大してしまった。

大学というのはそもそも専門性の高い話を学び、その専門的技術社会のために使うのを目的とした教育機関だ。

特に能のない私のような人間大学に行ったところで卒業したという事実を抱えて企業に入り、一切学んだことを使わないで終わるのが関の山である

学歴社会は確かにフィルターとして有効な部分もあるが、その企業学歴フィルターをかけているのが世間にバレればまるで現在検索エンジンがハックされるようにそこに向けて最適化されてしまう。

まり大学進学するものは優秀で専門性の高い人間から採用するというのが前提にあって学歴フィルター機能していたのに、そこがハックされてしまったがためにバツグンな効果を発揮するとはならなくなった。

ハックされていない採用基準意図した人材を取得できるため優秀であるが、認知されてしまえばそこに注力できる人間採用する弱い基準となってしまう。意図しない人材を確保することになる。

起業家の話を聞いてみると「東大生のほうが統計的に話がわかる」と語る。

まり学歴フィルター大卒区別するのでなく、東大生などの超難関校とそれ以外で区別するようにしたほうが建設的だ。(給料も含め)

そうすれば無駄大学に通う人間も減るし、ビジネス大学も少なくなる。大卒枠を争って貧困に悩む人間も減る。

私が問題提起したいのは以下の2点。

・何も考えずに一般論で「大学はいったほうが良いよ」と個人を見ずに語るやつは口を閉じよう

企業大卒学歴フィルタリングしても効果が薄いので、給料から難関大学基準はMERCHかそれ以上?ここはわからない)とそれ以外で分けるべき。もしくは意図した人材採用できてかつハックされていない新しい採用基準を見つける。

こうして大学が少数精鋭になれば教育者も生き残りをかけて力を尽くし、怠惰で肥えた教授も減ることだろう。

私はとにかく薄っぺらくて意味のない授業が大学から消滅してほしいので、教育機関こそ激戦のビジネス社会のように苦しみながら競争して欲しいと思っている。

確かに科学の力というのは重要だとは思うが、現在私の身の回り生活に欠かせないと思うものを作っているのは企業であり大学で教鞭をとる人ではない。私が知らないだけで企業にその教授も協力しているのかもしれないが、それなら大学ではなく企業研究させてもらえばいい。

まり「安定してるー」とアホ面下げて年に数回、偉そうにゴミみたいな本を書きながら教壇に立つ輩は荒波にも稀ながら淀んだ精神を磨き上げるべきだということ。

そもそも大学はいま腐るほどあるわけだけれど、その全てが科学において必要ではないだろう。それならばなおのこと競争化させて精鋭化させなければいけない、なぜ「研究」という話になった途端嫌儲精神が発作的にでてくるのか。

何度も書いている気がするけれど、その大学競争化をする上で最も邪魔なのは一般論を振りかざして大学に行かせようとする無能な働き者と大卒フィルタリングする企業だ。

個人を見ないで、自分人生訓を元にとりあえず精神アドバイスするやつは総じて糞だし、対してその人を案じているわけではない。

こうした一般論で武装した人間に対して、正論に感じようが自分感性と考えを元に対抗できるように成長することが、幸福につながるだろうしひいてはこの薄っぺら大学の授業の減少につながる。


以上が大学の授業が薄っぺらいと感じたことから私が考えたことでした。

http://anond.hatelabo.jp/20170528113521

b:id:rosaline

表現の自由をおびやかすような研究内容を認めていいの?→ふだんは戦う民主主義なんて鼻で笑ってたのに、どうしちゃったんですか?」プロ市民並に政治活動する人間しか抗議の権利はないのか。知らなかったな!

元増田ではないけど、こんな斜め上のブコメが出てきたのに心底驚いたというか、ギャグで言ってるんでないなら寒すぎだな(これに星つけてるバカも含め)。

こいつから見た「プロ市民」とやらはさぞかしつまらないことに血道を上げているように見えるんだろうが、BL小説表現の自由を守れなんて主張は「プロ市民政治活動」と全く等価の主張だってことが皆目見当もつかないらしい。

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