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2017-01-19

[] H25憲法コメント

触れると良さそうな事実

事実 You C氏(152.96点、13位) G氏(143.22点、23位)
[a]デモ舞台がB県管理幹線道路PF × ×
[b]第1回目、第2回目と規模が大きくなっていて、統制も取れなくなってきていること ×
[c]住民投票日が近づいてきて一層住民の関心が高まっていること ×
[d]デモ行進交通渋滞住宅街道路を迂回路に使う車が増加 ⇒ 交通事故騒音被害
[e]デモ行進 ⇒ 売上減少
[f]意見の表明を封じ込めようとしている、内容規制


事実 You C氏(152.96点、13位) G氏(143.22点、23位)
[g]Cゼミ経済学部ゼミとで講演会テーマが共に「格差問題 × ×
[h]講演者県議会議員評論家比較 ×
[i]C教授の了承 ×
[j]「政治的目的での使用禁止する」という目的 ×
[k]デモ行進が県条例違反すること × ×
[l]ニュースで流れたAの発言 × ×

設問1

デモ行進許可処分

◇条文の文言に引き付けるのは採点実感でも良いこととして褒められてた。ただ今回だったら「集会」かな?細かいからどうでもいいけど・・・。

◇内容規制認定勉強になります

教室使用許可処分

◇「政治的目的での使用は認めず、教育研究目的での使用に限り、これを許可する」という事情があるので、区別合理性を論じる際に、①目的正当、②目的区別合理的関連性といった基準を立ててもいいかなと思った。

設問2

◇すまんこから一読して理解できなくなった。字はぎりぎり読めるので、おそらく何を論じているのかが分からなくなったせいだと思われる。

◇おそらく見出しを付けるだけでかなり読みやすくなると思うので、時間なくてぐちゃぐちゃになりそうな時は逆に見出しを付けるようにすると良いかもしれない。

まさかこのタイミング

修士論文提出3日前に、3か月前に報告済みの実験データの再解析を命じられるとは思わなかった。

もちろん提出に間に合わないではないが、地味に痛い。嫌がらせ炸裂って感じ。

つべものは良き師匠だなぁ。私のついている助教は修了したらどうせ会わないと思ってふざけたことをしてくる、チンケな野郎である

そして私は解析用のパラメータの設定を間違えて2時間の解析をドブに捨てたしょうもない院生である。いい組み合わせじゃないかって?やかましいわ。

発表が終わったらまた学生相談所に行って、私の研究室でのストレスをぶちまけていたカウンセラーにお礼を言おう。

あと、権力も華々しい研究成果もなくて、年下の助教小馬鹿にされていたけれど、時折気にかけてくれたあの先生にお礼を言いに行かなくては。

http://anond.hatelabo.jp/20170119093925

二番目には割と共感してしまう。シモも入れるならありかと思う。

 ただ元増田だが、マジメに考えるなら4つとか3つ以前に、発明という言葉意味を考えて欲しい。

確認していないが1.と4.は明らかに文語からであり、擬音語を書き文字に持ち込んだに過ぎない。

3.に関しては印象は強いのかもしれないが、主要キャラクター正論や驚くような台詞を力強く言う際での使用だとすると、これも明らかに発明とは言い難い。

申し訳ない事にそれも確認していないが、同じ用例は3.以前に数多くあった記憶があるからだ。また、形容詞的に使われる擬音語としては日常的に多くあったようにも思う。

そして2.だが、あの独特な使い方に関してはあまり類を見ない気もする。ただ、作者の師事していた漫画家の有名作品ではもしかすると存在するかもしれない。

馬やバイクの登場が多く、群衆足音などでもあったかもしれないので判然としないが、『発明』と言うのであればメメタア、やドギュゥウン、等を挙げた方がスジは良いのではないだろうか。


重箱の隅のように感じられたら申し訳ないのだが、本当に全く悪気はなく、発明それ自体価値と、漫画全体をも陥れない為を思って書いてみた。

以前にもあった議論と重複していたら申し訳ない。

面白い発想だとは思うし、オノマトペとして真面目に研究するのであれば価値はあると思うので次回を期待したい。

2017-01-18

http://anond.hatelabo.jp/20170118160651

いきものがかりって本当にいるのか

>>わたし大学免疫関係の基礎研究に携わり

>>おおくのうさぎやマウス(含ノックアウトマウス)も利用してきた。

>>年末年始いきものがかりとして餌をあげに大学へ通った。

うさぎを食べる

うさぎを食べこたことがある日本人はきっとフレンチ好きだろう。

叔父死ぬ前にそう語っていたことがある。



「あれはなかなか美味しいんだと」これが叔父からわたし最後の言葉だった。

秋田に住む叔父と、京都に住むわたし

しばらく疎遠になっているうちに、叔父は胆道癌であっけなく亡くなってしまった。



しかし、この叔父のことばが頭の片隅にひっかかっているようで、

和食を愛するわたし叔父の死後3年がたっても、まだうさぎを食べたことを時々思い出した。



そして今、目の前に生きたうさぎがいる。

わたし毎日世話しているうさぎだ。



はいえ、ペットうさぎではない。

実験動物として、実験動物から搬入されてきた白ウサギだ。

なんでも、ペットショップのものと異なり、

清潔な環境で育てられ、感染症の疑いも少ないという。



わたし大学免疫関係の基礎研究に携わり

おおくのうさぎやマウス(含ノックアウトマウス)も利用してきた。

年末年始いきものがかりとして餌をあげに大学へ通った。



うさぎのしめかたはいろいろあるが、わたし注射器を多用した。

空気動脈におくりこむのだ。



うさぎ比較的おとなしい生き物だが、注射器空気をおくると

苦しいのか、目をつぶって、きゅーっとだけなく。



からうさぎがないたら、供養のために食べてみようと思う。

叔父の供養にもなるだろう。

デマ屋の文芸 (24)

若者バルス離れ」から一年が経ちました。

なぜ?を考察した記事研究レポートなどを眺めていると、ネット民ステマ嫌いに通じる何かが感じられます

曰く、

意図により仕組まれもの、人工的なもの操作されたもの予定調和、踊らされてる感・支配されている感、ネクタイのおじさんやその代理からのお仕着せ、への嫌悪

があるのだと。

そして、この逆には、バズや隠れたトレンドのヒントもあるだろうと。

自然発生的、不意やハプニング性、天然、偶然の産物事象レアリアル・今そこに自分がいるライブ感、体験共有・連帯感、自分たちが押し上げた・支配されていない自由自律感。彼らはその意外な結果に驚き興奮し、話題拡散する」

──とかなんとか。

ならば!ということで、

作例24-1: 「いま話題の○○について、広報のかたに問い合わせてみたところ、『いやあ、わたしたちもなぜこんなに話題なっているか見当がつきません』と不思議がられていました……」

なんていうステマ記事を仕込むのはダメだと思います


←その23 | →その25

2017-01-17

修論を終えた感想

 無事に修士論文を提出し、諮問の日程も決まった。


 大学によると思うが、ウチの場合修論を提出した段階で、博士後期課程への進学と学位発行がほぼ決まる。逆に提出した段階での差し戻しを食らう場合は、修士論文撤回の憂き目となる。教授も出せるように指導するし、学生も間に合うようについて行かなくてはならない。とりあえず提出できたので問題がなければ、このまま無事に修了、進学となる。良かった。


 よくある適当私大阿呆学部卒業したので、司法試験を受けるでもないのに卒論は書かなかった。留年もかました典型的マジメ系クズ学部時代の禊ぎをすませることができ、うれしく思っている。ウェーイでもDQNでもオタクでもなかったあの頃の残念さ、大学卒業してから放浪にも似た十年を、期せずして総決算する機会となって良かった。


 文系修士博士無意味だと騒がれて久しいが、そんなことないと思う。そもそも社会的無意味無効な誤差として処理される人間にとって何かしら一つをやり遂げた記念が、社会的認証されることは自信を得る機会になる。もともと無意味人間には、意味のあるものだ。


 幼少期から思春期青年期にかけて自信を育む機会を生かせなかった人間には辛いことが多い。自信の無さが生活態度、言動に現われるし、結果、多少の理不尽なり違和感を周囲に与えて暮らすことになるからだ。その齟齬が対人関係軋轢となる。


 もちろん修士号をもらったところで、身に染みついた挙動の滑稽さ、可笑しさが拭えるわけではない。聖痕のように残るものだろう。それでも、何かをやり遂げたという実感が、ありふれて大したことではない修士論文の提出という事柄に込められていて、少しだけ自信を得ることができた。


 4月から博士課程に進む。同時に研究分野の珍しさと新しさもあり、ある企業研究員として雇ってくれることにもなった。学振は落ちたけれど、博論を書きながら、研究員という願ってもない形だ。

 もう若者ではない。朝、鏡をみると、残念なおっさんが寝ぼけてくたびれている。老いつつある両親に会った際、母に結婚について聞かれたが、それはあきらめている。でも、覗いてみたい世界があり、その世界研究員という形で足をつっこんで暮らしていけるのだ。悪くない。

 21世紀も後半になる頃には、僕はこの世界からログアウトしているだろう。それでも、自分が残した浅薄で僅かな研究や記録が、後継の偉大な天才と俊英たちのいくらかの踏み台になり、また諸俗凡人の皆さんに少しでも益するならば、それでいいじゃないかと思っている。百年後に一度、次の誰かが少しだけショートカットできるための一行を書く仕事、それが僕の務めだ。


 修士論文を書くということは、最低限、その分野の歴史の全体が見えており、研究史の中で自分立ち位置を把握した上で、浅彫りの僅かながらも確実な成果を置いていくことを意味する。そうすることで、今までぼんやりと見えていた世界がくっきりと鮮明に見えてくる。ザルだった視点が、精細さをもってくる。それが世界他者自己の精彩さに変わってくる。分野によるし一概にも言えないかもしれないが、僕はそういう経験をした。


 修論を出し終えて、本当にやって良かったと思っている。

2017-01-16

娘がブスすぎて愛せない

11歳の娘がすっごいブスで愛せない。顔を見るたびにイライラする。

あたしはかなり美意識が高い方だと思う。服も化粧もスタイル小学生の頃から自分なりに研究して磨いてきた。だからお腹の子供が女の子だとわかったときは嬉しくて、可愛い洋服を選んであげたいとか一緒に買い物に行きたいとかお化粧教えてあげたいとかいろいろ想像した。

でもいざ産んでみたら娘は顔が本当にダメだった。一学年に一人いるかいないかってレベルでブス。太い眉と一重の細い目に豚鼻。成長すれば多少は整うかと期待したけどそんなことはなくて、恐れていた通り、旦那そっくりの顔に仕上がった。

女の子らしい可愛い服はもちろん似合わない。本人もそれはわかっているみたいで、小学校に上がったあたりからスカートを履きたがらなくなった。ピンクのものディズニーキャラクターも嫌い。高学年になると男の子向けのかっこいい、というかごつい柄をわざわざ選ぶようにすらなって(スポーツブランドロゴ入りの彫刻刀ケース?を買おうとしたときはさすがに叱りつけた)、今ではもう母親のあたしにも我が子の感性がわからなくなった。せめて心だけは女の子らしく愛嬌のあるように育ってほしかったのに。性格もなんだか卑屈で暗い感じで、最近ではあたしともあまり話したがらない。顔の影響が内面にまで及んでしまったらもう手のつけようがないですよね。こんなことになったのは妥協して不細工旦那結婚したせいだ、旦那の前に付き合ってた元彼(低収入だけどイケメン!)と結ばれていればよかったのになんて考えまで浮かんでしまう。娘も旦那も嫌い。毎日毎日嫌で涙が出てくる。

娘も近頃胸が膨らんできたのでそろそろブラを買ってやらなきゃいけないな。もう少ししたら初潮も来るのかな。気が重い。

文学仕事

http://anond.hatelabo.jp/20170116163025

いや普通に文学とされている分野の学問も役に立つと思うんだが……。

大学文学部でやるような内容は大きく分けて

英文学、仏文学などのなんたら語学

国文

哲学倫理

地理

歴史

などに大別される。心理とか教育とか社会かいろいろ他にもあるけど。この内国分以外の「なんたら語学」は、外国語を専門的に知ってるという点だけで結構使えると思う。

じゃあ国文は役に立たないかというとそうでもないのではないだろうか。だって、ある作者とか時代とかの文章研究したり、研究した結果を読み込むっていう経験は、普通に仕事上で「分析」あるいは「分析結果の活用」を行う際にいいものとなると思うんだ。

哲学倫理も、仕事のやり方とかが本当に正しいのかを判断するものとなるし、こういうのは法律の成立に関わっている場合も多いからそっち方面も期待できる。あと心理にも繋がる場合もあるのでは。

歴史だって人生を生きる上での、「模範的ストーリー」あるいは「反面教師ストーリー」の宝庫だし、国文と同じような分析云々も役に立つ。

地理も、地域学とかを考えれば活用できないことはないとは思う。





といってもそもそも「大学で学んだことを活用させたいと全く思ってない」企業には無関係だろうし、職種によってはかすりもしないだろうってのは現実としてあるのはわかってるけど。

いい年した研究者だけど「お勉強が好きなんですね」って親戚から言わ

タイトルの通りなんだけどどうしたらいいの。

親戚はだいたい高卒で、自分だけ例外的学歴

博士課程のころに否定するのを諦めてしまってハイハイ言うだけになってる。



自分としては研究勉強は違うものだという考えだし、

そもそも知識を授ける側になることもあるのですごくモニョる



しかも言ってる側の心底には「まともに働かないで…」みたいな感情がある気もしている。

正直親戚と会話するの億劫になってきて、毎年年始になると帰るのを躊躇してしまう。

日本人がなぜ生産性が低いのかって結論出ないの?

いろいろ予想は立てられているけどさ。価格競争のせいだとか過剰なサービスがどうとか。学者さんはそればっかりを研究しているんだろ?何でフルタイム研究してて結論出せないの?一体何なの?

2017-01-15

<朝>

民法京大本+百選+過去問+重判&速報から当てはめ事項をマトリクス

民訴:百選+過去問を論パ化

憲法:百選で重要事実を抜き出して3者の視点から評価を考えていく

<昼>

行政過去問ぐるぐる、ケースブック+重判のあてはめのみ(事例研究もやれたらやりたい)

会社:法教+過去問重要事実マーク(百選論パ化する?)

択一:どうしても覚えられない奴の解説をぐるぐる+家族法いい加減やります

<夜>

刑法京大本+前田250+重判&速報からあてはめ事項をマトリクス

刑訴エクササイズ前田星野+重判&速報からあてはめ事項をマトリクス

倒産過去問+百選からあてはめ事項をマトリクス化。百選論パ化。

生きる目的とは

この時期おなじみの研究室ネタです。

研究室に配属されてから、ずっとこのことを考えている。

もはや何のために生きているのか全くわからない。

もう疲れた。ゴールしたい。

死んだらウンタラカンタラという人はよくいるかも知れないけど、正常じゃない精神をもっているひとは死ぬのが一番ラクな方法であることをしっている。

せっかく死ぬんだから死ぬつもりで頑張れといっている人もいるけど、やっぱり死ぬのが一番ラクなんだ。

ただ、まわりに迷惑をかけたくないからコトを起こさないだけ。

どこでこんなふうになったのか、ちょっと振り返ってみるとする。

これを読んでいる人の反面教師になれれば幸いである。


小学生の頃

そこまで人生に悲観するような人ではなかった。あたりまえだ。このころから壊れていたらそれこそ怖い。

自発的物事に取り組めていろんなことを楽しんで経験できたと思う。

だけど、今思うと凶兆はでていたのかもしれない。

この頃から負けず嫌いだった。負けたくなかった。

ただ要領はよかったので、少ない努力他人を打ち負かすことができた。

この時からか、勝ち負けにこだわり続けるようになったのか。


中学生の頃

この時も持ち前の要領の良さを活かして勝負ごとではそこそこの成績は残してきた。

だけど、嫌な逃げ癖を覚えてしまった。

部活剣道をやっていたが、練習がとても厳しくよくサボっていた。

しか練習をただサボるのではなく、練習中にわざと倒れたり、持病があるといって病院に行くと嘘をついたりしていた。

まり外面を守りながらサボる、クソみたいなサボり方だったのだ。

わざと過呼吸を起こして家に帰ってゲームをしていたということもあった。

救いようが無いな。


高校生の頃

要領が良かったので、地元トップ高校に入ることができた。

しかも無勉強で入ったといろいろな人に誇張していた。

実際は毎日2時間勉強していたのにな。

まり見栄っ張りだったのか、この時からも。

そのせいであとで自分の首を締めることになるとは思ってもいなかっただろうに。

地元トップという理由高校に入った自分は何の目標もなくのうのうと生きていた。

部活中学校の時みたいに苦労したくなかったので、ほとんど遊んでいる登山部に入部した。

この3年間は本当に無駄時間を過ごしていたと思う。

高校3年の夏、担任先生志望校を伝えたら鼻で笑われたから、頭にきて大学受験勉強をした。

それだけだったな。振り返ってみると

大学生の頃

そこそこの大学(旧帝)の理系に入ることができたが、入った目的担任先生を見返してやりたいということだけだった。

入ったあと無気力になり、サークルにも入らず家に引きこもるようになる。

厳密には大学には行っていたので引きこもりでは無いが、授業を受けて帰宅してネットサーフィンをするという日々を繰り返していた。

無論友達ほとんどいない。どこの大学はいるのが重要ではなくて、大学に入って何をやるのかというのが重要であると気付き始める。

このときから、生きる目的を探すように、探すことにすがるようになる。

研究室配属

生きる目的人生目標も無い私は、学年トップの成績がなければ配属競争に負けるという噂があった研究室名前を配属希望書に書いて提出した。

単なる見栄だ。自分他人より優れているということを証明たかった。

いま思うとこれが人生最大の過ちだったと思う。

もちろんその研究室の専攻分野に興味を持っていたのは確かだった。しかし、大まかな動機は上にあったソレだ。

ここの研究室の人たちは皆優秀だった。噂通りだった。

しかもみんな背骨のあった人であった。(http://next49.hatenadiary.jp/entry/20090222/p2

自分にはなかった。もっと言えばこの時に育てることができなかった。

見栄で研究室内でだれもやってない難しいテーマを選び、玉砕した。

そのテーマ研究企業との共同研究だったため、強い責任を感じていた。

また誰もやっていないテーマだったため、質問しにいっても迷惑がかかると思い、質問にあまり行けなかった。

行ったとしてもすごく辛かった。迷惑を掛けている気がして。

次第には研究室に行かなくなった。教授に、先輩に、同期に、クソ野郎レッテルを貼られるのがいやで。

順調に悪循環を築き上げていった。

卒論は糞みたいなのを書き上げて卒業した。自他共に認める糞だった。

大学成績が良かったため、大学から賞を戴いたが、自分は糞製造機にしか過ぎず、もらうには不適切だと思って更に気分が落ち込んだ。

大学院生

旧帝の理系学生は院に行く、というよくわからないしきたりに流されて、大学院に行った。

これも間違いだった。糞製造機と成り果てた自分はもはや研究に熱意もなく、ただただやらなければならないことをこなすだけだった。

面白くもなく、楽しくもない。

昔は楽しかったのかもしれない、もうよくわからない。

M1だが、生きる目的目標もなく、割り振られた仕事すら放棄し、研究室にも行かず、ここ増田愚痴を書いている。

精神科にも行った。カウンセリングにも行った。だけどやっぱり何のために生きているかからなかった。

もうなにもしたくない。生きる目的もない。

こんな苦しいことが続くなら、とっとと楽になりたい。

振り返ってみると、糞野郎になった原因は、逃げて逃げて楽して見栄をはったからだとわかる。

至極当たり前だ。しかも中身がない。

そんな人が、中身のある集団研究室)に放り込まれた結果、病んだだけ。

なるほど。

22年間生きてきて学んだことがこれだけかと思うと涙がでてくる。

あとはどうやって皆に不便を掛けずに退場する方法を考えるだけである

2017-01-14

慰安婦問題についてまとめてみた

              日本                                       韓国

1965年                         日韓基本条約が締結される

                            →戦後補償問題解決し、

                             韓国日本賠償請求はできないと定められる

1983年 吉田清治慰安婦強制連行したと告白

     →それ以降朝日新聞が大々的に取り上げる

     (その後どちらも事実無根であったことを認める)

1993年                         河野談話日本政府強制連行を認め謝罪

                            (これは韓国政府談話の文案に関与した日韓合作であり、

                             強制連行を認めることや謝罪など韓国政府意向が反映された)

1995年 女性のためのアジア平和国民基金として6億円寄付                     当時の金泳三韓国大統領は「従軍慰安婦問題に対して

                                                日本にこれ以上の補償要求しない」と断言

2011年                                             デモ隊日本国大使館前の歩道上に慰安婦像を設置

                                                 →日本政府韓国政府講義するも撤去されず

2013年                                             朴裕河が『帝国慰安婦』を発行

                                                 →慰安婦強制連行はなかったとする研究結果を発表

2015年                                             裁判にて『帝国慰安婦』が事実上発禁処分にされる

2015年                         慰安婦問題日韓合意が結ばれる

                             →慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に

                              解決されたことが確認された

2016年 元慰安婦支援するための財団10億円拠出                        『帝国慰安婦』の著者朴裕河裁判にて、

                                                 元慰安婦名誉を傷つけたとして懲役3年の判決を下される

2017年                                             慰安婦像日本大使館前の像を撤去しないまま、

                                                 釜山日本総領事館前に新たな像を設置。

    日本政府駐韓大使一時帰国



 2016年アメリカ発見された朝鮮人捕虜米軍調書では当時の朝鮮人捕虜により従軍慰安婦否定されるなど、未だに従軍慰安婦存在していた客観的証拠女性性奴隷にしてという客観的証拠は見つかっていない。

 日本政府サンフランシスコ平和条約日韓基本条約によってこの問題解決積みであり、軍による強制連行性奴隷はなかったと主張するが、女性名誉尊厳を傷つけた事に対し責任を痛感し、お詫びと反省気持ちを表明している。

 しかし、一方で韓国側は、慰安婦問題女性の権利問題だとし、謝罪と賠償元慰安婦に対する謝罪手紙要求している。

 『帝国慰安婦』を書いた朴裕河によれば、もし韓国側慰安婦強制連行がなかったと認めれば、それは「日本の罪を軽くすることにつながると考えている」ため、従軍慰安婦事実ではなかったとしても、もはやそれを受け入れられる考えは韓国側には存在しない。

 また、韓国法治国家ではなく、世論によって判決が左右されることがある。日本軍による性暴力被害女性たちは、韓国だけではなく中国フィリピンなどでも裁判を起こした。それらの裁判二国間条約により解決積みという理由ですべてが却下された。しかし、韓国では却下されなかった。また、朴裕河名誉毀損判決をくだされるなど、韓国法治国家として機能しておらず、慰安婦問題についてもまともな議論がなされていない。

 韓国反日感情宗教のように根強いものであり、日本側がどんなに譲歩しようと、韓国と共に手を取り合う日が来るのは当分先のことだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20170114214408

定義はあるよ。WHO定義では

精神作用する化学物質摂取や、ある種の快感や高揚感を伴う行為を繰り返し行った結果、それらの刺激を求める耐えがたい欲求が生じ、その刺激を追い求める行為が優勢となり、その刺激がないと不快精神的・身体的症状を生じる、精神的・身体的・行動的状態

勉強はどうだか知らないけど、仕事依存(ワーカーホリック)というのは症例として認定されてる。

かいうと「WHO定義曖昧だ」とか「例がないか依存症じゃないのはおかしい」とか重箱の隅をつつくようなことを言われそうだけど、依存についてはいくつも論文があって回復のためのプロセス世界的にかなり研究が進んでる。

日本会議研究

話題になってたから読んだ

めっちゃ面白かった

日本人には民主主義なんて無理なんだなと絶望的な気分になった

政治活動って新興宗教原理主義者になるほど思い込みが激しくないとできないこともわかった

日本が近い将来自壊するビジョンも見えた

2017-01-13

船にブレーキがない理由を考える

踏めば止まる

当たり前だがありがたい事だ

ブレーキ

船にはアクセルがある

しかブレーキは無い

なぜ船を発明した人はブレーキを付けなかったのか

これは人類最後の謎としてNASA研究が続けられている

http://anond.hatelabo.jp/20170113105526

GALS!を学問的に研究している学者なんて居るの?

http://anond.hatelabo.jp/20170113103010

修士なら別に就職できるしそんなに気に病むこともあるまい。

と思ったけどそういうことじゃないのかな。結果の出せなかった自分への叱咤とか?

でもまぁよくある話だし、研究のできるできないは割と運も絡むから、そんなに気にしなくていいんじゃないかなぁ。

大学院をやめたい

修士1年になってから1年が経とうとしている。

いまだに研究テーマすら決まっておらず、卒業時期を伸ばすかという話も出てきた。

もちろん単位もまだ半分程度しか取れていない。

どうしてこうなったのか。自分が今の状況を作ってきた理由は以下にあると思っている。

大学院の授業に意味を見いだせない

もちろん興味のある科目もある。ただ、単位取得のために長時間やりたくもないことに時間を費やしたくないのが正直なところである

そして必然的にそういった科目のやっている内容についていけなくなった。時間はかけているつもりだったが、とにかくモチベーションのないことをやるのが苦痛だった。

自分自身限界を感じた

上記のように大学院の授業についていけないと感じているが、そもそも時間をかけても理解できないことが多い現状を振り返ると、

自分自身能力的な限界という意味大学院にふさわしくない人間なのではないかと薄々感づいている。

ここは多くの中退エントリとは異なっている点だと思っている。自分場合中退すればただの逃げだと言われても仕方ないのだ。

研究ができない

学部時代は興味のかけらもなかった研究室に配属されたはずだったが一年間続けてこれた。結果的にやっていた内容についてためになったとすら思った。

それもこれも面倒見の良い教授陣の助け(当時はブラックブラックだと同期と愚痴をこぼしてはいたが。)と、同期に恵まれたからにほかならない。

そして院では興味のある研究室に進んだはずだったが今この有様である

自分の中に何かを知りたいという欲求は常に複数あると思っていて、研究分野に対する知的欲求は常にあったとは思う。

ただ、時間は有限だと考えるとその知的欲求を満たすことへの優先度が低かったのが事実だ。

加えて放任主義研究室がゆえに誰からも尻を叩かれることはなく、年を越してしまった。

まとめると、どう考えても自分が悪い。我ながらひどい性格だとも思っていて、こんな考えだと社会に出ても同じことになると言われても何も言い返せない。

しかしながらそれでも今修士課程を続けることに疑問を持っている。卒業時期の話が出て以降、この疑問は一気に加速した。やめたいという強い気持ちが出てきた。親は悲しむと思う。高い学費を出してもらってこの有様は本当に申し訳ないが、自分には大学院という世界はこの上なく合わなかった。

アサーション研究が大嫌い

権力もってて,言いたい放題の人間がだいたいやってる

2017-01-12

人口ボーナス努力してこなかった国の末路

俺達の国の主要人口層もかなりの年季が入ってきた。

死もお近づきになってお荷物になってきたけど、発言力だけはあるので面白くない。

同僚の介護していた両親も他界したらいしけど、後日談で「正直助かった」と感想をもらった。

色々と池上彰の話を聞くと、日本の経歴はこうだ。

団塊の世代が若かった頃は人口ボーナスで楽々発展して、自分たち価値を過信する

技術者を冷たくあしらっても金が舞い込んできて楽に儲かると思い込んでるので、国の技術力が全く育たない

団塊の世代が年をとるにつれ競争力も衰え、人口ボーナス効果が減ると同時に、今までの冷遇技術研究職の人気が無くなっている

・国力の根幹が傾いてると焦っても、今さら技術研究を頑張ろうとする若者は少なく手遅れ

数だけは多いけど頭が足りん残念な人間多数派になると国は傾くんやなあという知見を得た。日本死ね

河野太郎研究者界隈で絶賛されてるけど。

自分大学では文系だったし、自分大学中の人だし、リベラルから余計に思うのだけど、

特に自分組織内で改善のための議論も起こさないし、自分研究さえ守れてばいいやという態度と、

河野太郎みたいな外圧を称賛する態度って同じだよね。

結局、研究を極めるとか社会を変えるとかそういう大きな志があるんじゃなくて、自分のことしか考えてない。

そんな人たちが教授様でございと高等教育の一端を担っていることにぞっとする。

なので、そんな奴らのために働きたいと思わない。

しろ、奴らの行動を制限することになっても、自分が早く帰られるように奴らに仕事を増やしたい。

うつ病「非」経験者がうつ病研究をしている話

いろいろな巡り合わせで,3年ほど前から研究分担者としてうつ病研究に関わっていた。

うつ病研究といっても,実際に患者を扱うのではなく,健常者に質問紙をとって,客観的に観察される行動との相関をみたりする理論である

自分は,研究代表者から,「研究分担者」兼「SE」兼「プログラマー」的な役割を求められていた。具体的には,参加者の行動を記録するためのシステム開発をやってくれという話だった。

要は,本当はシステム開発外注したいけど,予算がないし,研究に馴染みのない人に依頼するのはやり取りが大変だからシステム系に詳しいあんたがそこら辺まとめてやってくれ,ということだ。

見返りは,成果を論文にするときには,第二著者には入れてあげるよ(論文にはならないかもしれないけど)といった感じで,金銭的な報酬はなし。

ちなみに,ガチ外注すると,500万は下らない規模のシステムを求められていた。

割りに合わないなあとは感じていたけれど,そのシステムが完成した暁には,自分研究にも一部のソースを使いまわせそうだったし,必要とされるのは嬉しかったので,引き受けてしまった。

概ね3年計画研究スケジュール等を話し合って,1年目は順調に進んでいたのだが,2年目の中頃から,別の仕事きっかけで,どうしても気持ちが落ち込んで外に出られなくなった。

その時期,一体毎日何をして過ごしていたのかの記憶が,今となってはほとんど思い出せないのだが,とにかく指定された計画に間に合わせて,システムを完成させられなくなってしまった。

それで,ひたすら平謝りをして,何度か予定を伸ばしてもらったのだが,この間の研究代表者言葉が,ずっと気になっている。

具体的にはそれは,以下のような内容である

うつ症状を言い訳にするのなら,精神科に行って診断書を出してもらえ

診断書がないのなら,うつ症状を言い訳にはできず,納期が遅れるのはあなたの怠慢である

あなたを信用できない

・私は,ボランティアでこの研究をやっているのではない

・これ以上先延ばしが続くのなら,今回の研究計画は無期限で中止にする

私が一番ショックを受けたのは,いわゆるうつ症状と思われる状態に陥っていることを,いくら説明しても理解しようとしてもらえず,

診断書がないのであれば,それはあなたの怠慢であると言われたことである

理論系とはいえ,うつ病研究者なので,この辺りはきちんと症状を説明すれば,理解してもらえると思っていた。

でも,いくら説明しても,うつ病可能性は否定できないが,診断書がないのであればうつ症状を理由仕事先延ばしするな,

期日に間に合わないのは,うつ病ではなく,あなたの怠慢である判断せざるを得ないと,繰り返し言われた。

当時私は,研究員の身で,どこかに勤めているわけではなかったし,経済的に余裕もなかったので,高い受診料を払って精神科に行く気にはなれなかったし,

とにかく時間をとって静養するしかないと感じていたので(というよりもほとんど何も思考できなくなっていたように思う),

結局,精神科には一度も行っていない。

でも,今まで生きてきた中で一度も経験したことのないような,思考感情ゼロに近いショック状態に陥ってしまっていて,これがいわゆるうつ症状なのかもしれないとは感じていた。

そのような状態で,なんとか連絡をして,診断書が出せないのなら,あんたの怠慢だといわれたのは悲しかった。

正確には,そのときにはほとんど何も感じなかったが,今少し症状が回復してきて,徐々に悲しかったという感情が,出てきている。

診断書がないのなら怠慢だ」というような人が,果たしてうつ症状に関する研究を正しくできるのか,と疑問に感じはじめている。

臨床系ではないので,安易うつ病診断をしないという点では正しい判断かもしれないが,「診断書がない=怠慢」といった白か黒かという判断は適切とは言い難いし,

何より「うつ病である可能性は否定できない」というのであれば,もう少し,理解を示すような慎重な表現で応対してほしかった。

正直,なんで,どういうモチベーションで,この人はうつ病研究をしているのかと思った。

4番めと5番めに関しては,何を言っているのか未だによくわからない。

ボランティアで協力していたのはどう考えてもこちらの方だし,無期限で計画を中止にされたところで,私は何にも困らないので,何の脅しにもなっていない。

計画通りに行かないことがわかって,機嫌が悪くなっているのだと思うし,それは申し訳ないと感じる。

でも一方で,この人には,うつ病を論じてほしくないという感情が,日々高まってきている。

なお,特に深い意味はないが,私は男性で,その人は女性である

2017-01-11

役に立たない研究していいなら、スパゲッティモンスター研究予算ください。

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