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はてなキーワード: 後者とは

2017-05-27

県名市名イニシャル表記で最も匿名性が高いのはS県K市

都道府は県と区別する・ヘボン式

1位:S県K市(18市)

S県は5県存在し合計94市を擁する最大勢力。18市のうち半数がひらがなのS県に所在する。砂丘じゃない方のS県には無い。

2位:K県K市(13市)

K県も5県あり全イニシャル中2位の71市を占める。1〜4市ずつ5県すべてに存在する。

2位:I県K市(13市)

I県は3県で,所属市数もS,K,N,Aに次ぐ5位(57市)とそこまで多くないがK市への寄せにより2位タイ。ここまでK市ばかりだが,全国で129市と2位のS市(86市)を大きく引き離しているため仕方ない。

4位:S県S市(12市)

ひらがなのS県が7市を占める。あとは長いS県に4市とローマ字のS県に1市。

5位:A県T市(11市)

A県(N県)のスタンドプレー(9/11)。豊率も高い(4/11)。季節のA県にはない。

5位:N県S市(11市)

所属市数3位の意地を見せた形か。4県すべてに存在

逆にイニシャルだけで特定されてしまう市が県に50市,都道府に20市ある。市のイニシャルだけで特定される市はなかった。希少なイニシャルはJ(3市),Z(3市),R(4市),W(5市),D(5市),E(7市),B(7市)など。これらは県名イニシャルと合わせると大抵特定されてしまうが,I県R市,S県W市,F県D市,H道E市,O県B市,K県Z市は複数存在する。特にZ市は3市すべてがK県に存在し,特定されない。このような「安全な」市イニシャルはZ市とK市だけで,他は県イニシャルによっては特定されうる。安全な県イニシャル存在しないが,個別に見れば季節のA県以外の東北各県,本州にないK県,海があるS県,海がないN県,A県(N県),すべての漢字が四画以上あるT県には特定される市は無い。

県が特定されてしまうのはC県,E県,W県。しかしC県内の市は37と3県あるM県(36市)をしのぐうえ各市のイニシャルも噛み合い,特定されるのはO市とU市のみ。一方E県(11市)W県(9市)は層の薄さから,前者ではS市,I市以外の6市,後者ではK市以外の7市が特定される。

一見安全そうなのに特定される市はN県H市,K県O市など。

http://anond.hatelabo.jp/20170527174157

「どうなんでしょう」と聞かれているので答える。長さについての感覚が知りたいなら、人工知能系はトップ国際会議査読付き論文PDFで転がっているので、ホンモノ見て下さい。

https://aaai.org/ocs/index.php/AAAI/AAAI17/paper/view/14746

基本的に、A4のダブルカラム8ページがfull paperと呼ばれて、査読付き国際会議論文の標準の長さかな。図や数式の量によるので、論文の長さはページ数の上限で規定される。概要査読への返答はワード制限あるけど。英語8,000 wordsだと、多分A4ダブルカラム10ページぐらいあるが、それだと一番長クラス査読付き国際会議論文一本分ぐらいかな。数式ではなく、新しい概念を導入するような話だと、やはり、それぐらいの枚数は必要になる。数式は、長い時はだいたいAppendixに回せるので、本文に数式の土の部分を表示するのかそのものが、著者の選択

査読付き国際会議論文は、査読付き英文論文誌に出せる。査読付き論文誌はだいぶ長く書けるので、英語8,000 wordsぐらいの論文普通にあると思う。

英語じゃないと業績にならない、は言い過ぎた。実は、査読付き国際会議に出した論文は、国内学会査読付き論文誌に投稿できる仕組みになっている。前者は予稿集・後者論文誌なので、枠が違うので二重投稿ではないという理屈になっている。国内査読付き論文誌は業績になる。国際論文誌に比べると見劣りするけど。

ただ、内容的に、日本語オンリー日本社会事情に特化した内容で、国際的評価されにくい内容があるというのは、こちらも分かっている。そういう場合は、国内論文誌に直接出してしまうこともある。しかし、こういう場合でも、英語化しないと基本的国際的には全く論文がなかったことにされるので、レベルの低い査読付き国際会議でいいから、どこかで英語で発表しておく必要がある、と個人的には思っている。

まとめると、基本、国内査読なし会議査読付き国際会議査読付き論文誌という流れで投稿する。後の2つが査読付き。国内査読なしと国際査読付きで同じ内容を投稿しても二重投稿にはならない。

国内会議予稿論文役割は、萌芽的な研究興味の交換と、国際的査読に通った論文日本語化して宣伝・紹介なんですよ。発表を聞いていると、発表によっては、「この内容はxx国際会議に通りました」とか言ってたりする。あと、論文を書くのにWordを使う人が非常に少ない。基本、LaTeXで書かれる。

文系単著にこだわるのは知っているが、情報系の多くでも、第一著者がほぼ全部書くのが通例。今回の論文でも、著者リストから第一著者が学生で、第二著者以降が論文添削指導した人…と普通は見る。まぁ、学生グループ指導者論文書くこともあるので、最初の何人かが学生、なんていうのも普通にあるし、優秀な研究者複数人で協力して二人とも著者…という形態普通にある。その辺は、色々な形態が混じっているが、ここは、単に表示の問題だと思っている。逆に、うちの分野で学生単著で書いていると「この学生指導者と何かトラブルでもあったのだろうか…」と心配してしまう。論文の著者名は、指導者が「うちの学生を私がちゃんと指導しましたよ」というのを示す役割を担っている。

著者の並べ方についても、分野によって色々違って、数学系だと共著の場合は必ずアルファベット順に並べる風習がある。だから数学から人工知能業界に入ってきている人は、自分論文として出し、"with 誰々"という形で共著表示する。この慣習は、人工知能分野でも基礎分野じゃないと知らない人が多い。

pixivBL引用炎上の件:腐女子に別方向で頑張ってほしい

長くなったから要約

今回の件をうけて、腐女子の側は一方的被害者とか、弱者という立場を維持するのだけでなく、

自分たちの慣習を、腐女子コミュニティの外の人たちにもわかるような形で

運用可能なところまで頑張っていってほしい。

 

また、腐女子だけでなく、コミュニティ独自ローカルルール抱えてるオタコミュニティの人々は

今回の件は、他山の石となるんじゃなかろうか

今回の事件の推移

めんどいから省略)

今回の事件に対する主要な4つの立場


私の立場

・まず、主張自体への支持について述べるなら、私自身の立場はこの中で選ぶのならBが近い。しかしBそのものではない。AとCについても一定妥当性のある主張だと思う。

・Dの主張にはいろいろ誤解がある。著作権の枠組みで主張をするのであれば、「無許可転載」は確かに問題だが、著作権上、正当な「引用」は許可を求める必要はないし、求めるべきでもない。また親告罪云々という話も「転載」と「引用」の違いが把握できていないものと思われる。

なぜ炎上してるのかとか

炎上が続いている仕組みは次のようなものだ。

 著作権法基準(A)の人が、ローカルな慣習(C)のありようを把握していなければ、両者の対立はどこまでいっても平行線である。この人達にずっと不満がたまり続けるので、互いの正当性を主張し続けて炎上は終わらない。また、基準Dのような勘違いを含んだことを言うひとも大量発生していて、これを基準Aの世界にいるひとからすれば「バカじゃねーの」という感じになるし、そう発言してしまう。基準Bの世界にいるひとも人によっては「それはちょっと、落ち着いて整理しましょうか」とたしなめる。なので、またしても火がよく燃える。これが今回の炎上基本的メカニズムだと思う。

 炎上は「誰かが決定的に間違っている」から続くのではなく、「ある立場の人からみると、別の立場の人のやっていることが極めて無作法に見える」ということによって起こり、その行為が「別の立場から見たときには実は何の問題もない」場合に、火が消えるタイミングというのは失われてしまう。

基準Bの態度を採用することは、全体的に見通しがよく相対的中庸温度感のある態度だということになるだろうし、この立場を表明している人は、おおむね良識的に火消しをしているという感じだと思う。

基準Bは、基準Aないし基準Cのみで完結して争っている人々の立場より、バランスのとれたものであろうとしているのは確かだろう。しかし、私は別の基準Eが必要だと思う立場である

基準E:慣習を取り扱える形で、双方向に整備を

 基準Eは、明文化されていない慣習を、きちんと取扱可能にすべきだという方法である。明文化するなりプログラム的に制御するという方法だ。以下に、なぜそのような立場採用するべきかを述べる。

 法がどうであれ、運用の水準で、実質的慣習法を作り上げるということはいくらでもできるということはよくある。そして、ローカルな場にいる人たちは、その場の慣習があたか普遍的適用可能な「常識であるかのような主張をはじめることが多い。だが、そうローカルな商慣習や、コミュニティ内の慣習は多くの場合炎上の温床となってしまう。今回の件だけでなく慣習と法の間での齟齬が「炎上」を生んだことは数多くあった。

 「様々な慣習に対して、可能であるのならば配慮すべきである」という主張は正しいと思う。可能であるのならば配慮するに越したことはない。

 しかし「様々な慣習に対して、常に配慮すべきである」という主張は、どうか。わたしは難しいのではないか、と思う。単純にそれは人間にとって不可能なことを要請しているように思うからだ。

 たとえば今回、火の手があがったのは、801界隈だったわけだけれども、オタク界隈どころかゲーマー界隈に限っても「同人ゲーマー界隈」「格闘ゲーマー界隈」「シューター界隈」「MMO界隈」「東方界隈」「レトロゲーマー界隈」など、細かなコミュニティがそれぞれの慣習をもっていて、自分が属していない界隈での慣習がどうなっているかというのは正直なところ把握しきれない。「私はオタク界隈のほぼ全てのコミュニティの慣習について把握しています」と自信をもって言えるという個人はいないだろう。まあ、それでもオタクコミュニティ界隈のことであれば、長くオタクをやってる人なら「ああ、これだったら何とかさんに聞いとけば温度感わかるっしょ」という人脈による解決はできなくはない。

 ただ、それが、もっと遠い界隈のことになってくると、限界が出て来る。芸術コンテンツまわりでも、現代芸術とかならまだしも、古典芸能世界でのセンシティヴな話題とか言われても、細かなことはさっぱりわからない自信がある。手芸とかもわからないし、動物園のこともわからないし、外食産業のこともわからない。わからないことがいっぱいある。

 で、まったく知らない界隈に飛び込んで、そこで見つけたものをよかれと思って引用しようとしたら、当事者からいきなり激怒されるなどしたら、私はビビるめっちゃビビる。超うろたえる。

 そんで、まあ、たぶんゴメンナサイすると思うけど、なぜキレられたのか、理解が追いつかないだろう。正直、ぜんぜんわからんと思う。小心者なので、とりあえず反射的にゴメンナサイをするでしょう。

 こういう事故を起こさないようにするには、何が重要か。

 「よく知らないもの言及しない」というのが重要だという人もいる。まあ、特にやる気がないなら、あんまりセンシティブそうなものには言及しないほうがいいかもしれない。

 ただし「よく知らないものを知る」ということ自体は、世の中に多様な人々がいるということの相互理解をすすめる上では実は非常に重要なことでもある。たとえばLGBT人種問題というのは、言及の仕方についてしょっちゅう諍いが起こっているが、まったく言及されないよりも「善意に基づく無理解」のような言及は、議論をよびながらも、なされていったほうがいいだろう(まあ、場合によっては無視されたほうがマシということは少なからずあるにはあるだろうが)。

 私としては、「同じ文脈を共有しない人にも、慣習上、重要な点を共有できるようにする仕組みづくり」を行っていくしかないと思う。

 その仕組みづくりにはいくつかの段階があるだろう。

どのように慣習を可視化するか?

 とりあえず、次のようないくつかのステップ提示してみたい。

 以上。

 もっとも、慣習によっては標準化が難しかったり、明文化しないことによってこそ意味をもっているような慣習などもあるだろう。そういうものを取り扱うのは確かに難しいが、すべての慣習が取扱い不可能ということもないだろう。

 明文化できる慣習は、明文化して、可能な限りで、コミュニティの外部にいる第三者にも把握可能な形にするというのは、決して無意味なことではないと思う。お互いの不幸な行き違いをなくす基本的方法だとも思う。

 もちろん行き違いをなくすという方法自体を、腐女子コミュニティがいままで模索してこなかったとは思わない。

 腐女子コミュニティ内部にいる人達同士ですら、行き違いはあったのだろうし、そのなかでの行き違いをなくすために、R-18タグは付けることで「ひっそりとやってます」ということを暗に伝えるという慣習が成立したのだろうと思う。その慣習の成立はとても重要なことだったと思う。

 少なくとも腐女子コミュニティの内部では、この慣習はかなり機能していたはずだ。

 そして、今回の事件はその慣習が、実は一般的著作権法の枠組みと整合的なわけではないということによって起こってしまった。コミュニティが大きくなれば大きくなるほど、考慮すべき文脈多様性は広がってくるのだから、近年の腐女子コミュニティの拡大とともに、こういった事件が何かしらの形で起こることはありえたことだろうとは思う。

双方向の「配慮」が可能状態いかに作り上げるか

 それにもう一点付け加えておけば、私は「【基準B】:法的問題はない。しかし、当事者たちにとってセンシティブなことへの配慮が足りなかったという点で、研究倫理上の問題はある。」という態度だけを強調することは、一見配慮をうたっているようでいて、そこまで素晴らしい態度というわけでもないと思う。

 基本的には、この論理だけを強調せざるを得ないシーンというのは「対話することが難しいほど弱っている人たち」とか「西洋文化基準でもって踏み込むべきでもない人たち」、「複雑すぎる背景をもっているので相手に明文化とかをそこまで期待すべきでもない人たち」に対する場合ではないだろうか。

 つまり言及をする側から一方的配慮である。鬱でほんとに今にも死にそうな人とかに対しては確かにそういう形でのコミュニケーションしかできないから、そういう場合は仕方がない。

 もちろん、言及をする側は可能な限り配慮すべきだ。しかし、だからといって、言及をする側だけに配慮要求するというのは、言及される側を馬鹿にした話ではないだろうか。配慮相互になされてよいと思うし、腐女子の方々は、一方的配慮されるだけの弱者とかではないと思う。

 多くの腐女子お姉さまがたは、尊敬すべき人々であると思っている。ぜひとも腐女子コミュニティの今後の拡大にあたって、より受け入れられやすコミュニティ形成をしていっていただければ幸いだと思う。

 

 また、今回はたまたま腐女子コミュニティ一般法との間の問題であったが、これは見えにくい慣習と一般法の間にズレがあるケースでは、似たような問題は何度も起こるタイプの話だとも思う。ローカルライセンスのようなものが増えすぎたら、それもそれで面倒だということもあるとは思うが、何もないよりは、だいぶよいだろうとは思う。

付記1:言論の自由引用について

「慣習は、法の前には下位の基準しかない」という話についても簡単に触れておきたい。

 基本的には法のほうが重要だとは私も思う。ただし、それは慣習と、法とのガチンコ対決回避できないという事態が訪れた場合、法が優先するということであって、ガチンコ対決回避可能場合や、慣習が公序良俗に反するというわけでもない場合は、別に回避してやってけばいいのではないか、と思っている。

 今回、腐女子コミュニティで「引用」に関わるルール特殊な形で扱われていたが、もし腐女子コミュニティにおける「引用ルールを、一般社会全体にまで拡大させようという動きにつながることがあるのならば、これは断固ととして反対する。

 「引用」の自由は、研究にとって重要という以上に、自由言論政治社会にとって重要ものだ。たとえば、それを政治的言論(たとえばヘイトスピーチ)をやっている人たちが「引用ルールの除外適用を求めてきたとしたら、それは素人文章だったとしても、まったく受け入れられない。「公開した俺の政治的発言引用しないでくれ」などありえない。それを引用して批判する自由を奪われれば、政治的なことについて公共の場議論することに多大な支障が出るだろう。

 今回の場合は(1)性的プライバシー問題であるということ(2)腐女子コミュニティの内部で、そのコミュニティに属する人々の合意において特殊な「オープンクローズ概念実効力をもった慣習である、という前提があって、はじめて「それは配慮しましょう」という話がありうるのであって、著作権における「引用」そのものを捻じ曲げるような話であってはならない。

 この著作権における「引用」を捻じ曲げていいかどうか、というの話はすべての人にとっての言論の自由の確保という意味で、致命的に重要ポイントである。これを安易に捻じ曲げるような権利主張は極めて危ういとも思う。

付記2:

 STEP3、STEP4とかはアクション担い手が限られるだろうとは思う。ただ、腐女子コミュニティもだいぶ拡大しているわけなので弁護士研究者経営者などの腐女子の方などが行動すれば決して不可能な話でもないのではなかろうか。

付記3:

 腐女子の人たちについて「二次創作やってる人たちはダブスタなんじゃねーの」問題。この件はダブスタとわかってて、恐縮しながらも、言うべきことは言おうという人と、なんもわかってない人が両方いると思う。

 後者の人たちについては、わかってくださいね、というしかないと思う。自分たちけが弱者被害者という立場でないことは理解してほしいとしか

http://anond.hatelabo.jp/20170527164448

育児知識

のほかに

というのがある

これはまあどっちもスキルと言えるし、副流煙に関しては後者問題に近い

あんまりにも特別すぎて精神忙殺されると通常常識適用すら忘れるものなのさ

学生時代は金を払って不自由な思いをしているが

学校を出てからは金をもらって不自由な思いをしているという感じで

後者のほうがマシみたいな感覚ですねえ

自由の感じ方なんて人それぞれで曖昧ものから

そんなことをダシに人生を論じても無意味な気がしますね

例の論文は、本当に法的にセーフなのか

本題に入る前に、いくつか検討を行うべき点がある。

(1)表現を『有害』と評することについての社会的通念

社会流通する特定表現を具体的に名指しして『有害』と評価する場合、その評価責任は、そのような評価を下した主体が負うのが一般的である

例えば、都道府県の定める条例に基づき『未成年者の健全育成に有害である』と評価された特定出版物を、『有害図書』に指定流通差し止め場合があるが、その指定(あるいは指定基準)の責任は当の都道府県が負う。

実際に、都条例(「東京都青少年の健全な育成に関する条例」)の条文が変更され、近親相姦描写指定根拠に加えられた際、またその条文を根拠として実際に書籍が『有害図書』に指定された際に、都を批判する声が少なからずあった。表現を『有害』と評価する主体はその評価について責任を問われる、という社会的通念が如実に現れた実例と言えるだろう。

有害情報』はインターネット上に流通する表現についての評価であるが、これも評価主体責任を問われるという点は『有害図書』の場合と同様である

例えば、特定ウェブサイトが、検索エンジンサービスセキュリティソフトウェアフィルタリングソフトウェア等によって『有害』と評価され、アクセスを妨げられた場合、その評価責任を当該サービスないしソフトウェア提供者が負うという点については、広く合意されるところである

(2)予めゾーニングされた表現の『有害』性

どのような表現を『有害』と評価するか、具体的な線引きについては評価主体により差はあれど、大別すれば、「援助交際違法薬物の取引」といった実際の犯罪行為と一体のものと、「(現実架空の別を問わず暴力・性行為犯罪行為描写」といった未成年者の閲覧に不適切もの、の2つである

このうち後者について、評価主体行政ないし公的機関場合表現の自由知る権利とのバランスを取る必要から未成年者による閲覧を抑止する施策ゾーニング)が講じられていれば表現のもの禁止はしないという形を取ることが多く、またそのような施策が予め講じられた表現に対して『有害』か否か積極的評価することは(必要が無く、にもかかわらず上記のような責任無用に負うことになるので)避ける運用となるのが通例である

他方で、ゾーニング必要性の有無を判断するのは表現を発表する側であり、通常これは『有害評価を下す側とは別であるから、『有害ギリギリラインゾーニングが行われることはない。すなわち、表現を発表する側はより大きな安全マージンを取り(安全側に倒して)ゾーニング実施することになり、そして上記のとおりゾーニングされた表現については『有害評価が保留されがちであることから、もし仮にゾーニングされていなかったとしても『有害』とは評価されなかったであろう表現ゾーニングされてしまっている(が、そうとはわからない)という例も珍しくないはずである

したがって、ある表現ゾーニングされているからといって、その表現直ちに(例えば行政公的機関などの評価主体判断に照らして)『有害であるとは断言しえない。

(3)慣行としてのゾーニングに対する表現者意識

業として表現流通させている者(出版社小売店ウェブサービスなど)がゾーニング実施するのは、上記条例をはじめとする法令を遵守することが第一義的な理由と考えてよい。そしてそれらの業者を介して自身表現流通させんとする個々の表現者は、業者との契約規約に基づく形でゾーニング同意し、間接的に法令を遵守することとなっている。

このことは、当該法令理念目的基準について、必ずしも表現者賛同ないし納得はしてないけれども、業者を利用する都合上その定めに従っている、というケースが内包されている可能性を示唆する。より具体的に言えば、表現者自身は「未成年者にとって性的表現有害ではない」と考えていたり「この程度の性的表現は『有害』にあたらない」と考えていたりした場合でも、業者を利用するため業者実施するゾーニング基準に従った結果として(あるいは、閲覧者の利便性を図る手段としてゾーニング活用する意図で、もしくは、自身思想と食い違っても「悪法も法なり」という判断の下)法令を遵守している、というケースがありうる。

同時に、上記のとおり行政公的機関ゾーニング済の表現への『有害評価を保留するので、動機はどうあれゾーニングに従っている以上、自身表現が『有害』にあたることはない、という意識表現者にあったとしても不思議ではない。これは逆に言うと、『有害評価を下されること=ゾーニング努力を怠った粗忽者ないし社会迷惑をかける厄介者レッテルという意味包含し、表現者にとってのスティグマとして機能しうる。

(4)著作者人格権侵害とみなされる引用

著作物二次利用原則的著作権者許可を要するが、著作権法32条により『引用』であれば無許可に行うことができる。正当な『引用』と認められるには「引用部分とそれ以外の部分の主従が明確であること」「引用する必然性があり、その必要な量のみの利用に留まること」「出典を明記すること」などの要件を満たさなければならない。

第三十二条  公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行合致するものであり、かつ、報道批評研究その他の引用目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。


しかしながら、著作権法113条6項には、次のような条文がある。

百十三条  次に掲げる行為は、当該著作者人格権著作権出版権、実演家人格権又は著作隣接権侵害する行為とみなす。

6  著作者名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権侵害する行為とみなす。


これは上記の『引用』と矛盾するように見えるが、そうではない。無許可で『引用』することはできるが、その結果として著作者名誉・声望を害したら著作者人格権侵害とみなされる、という形である。つまり理論上は、正当な『引用』であっても著作者人格権侵害になる場合があるとされており、ゆえに「例の論文は『引用』の要件を満たしてるから法的にセーフ」とする主張は、全て誤りである

このような条文があると、否定的な論評・批評のための引用ができなくなるのではないか、と心配する向きもいるかもしれないが、意見表明による名誉棄損を免責する『公正な論評法理』が、上記条文における「名誉又は声望を害する方法」の当否判断にも準用され、否定的な論評・批評のための引用も内容の公益性妥当性次第で免責されると考えられている。

ここまでのまとめ



本題

例の論文では、R18としてゾーニングされた10作品を標本として利用しているが、ゾーニングされていることをもって直ちに有害であるとは言えず、またその作者らが自らの作品の『有害』性を自認していることにもならないため、「この10作品は『有害である」との評価自明ではない。

にもかかわらず、論文ではこれら10作品を「『有害情報』のフィルタリングアルゴリズム学習データ」と位置付けており、このことはつまりこれら10作品が『有害情報』の代表であるという評価を下しているに等しい。その際、法令制度あるいは他者によって定義された『有害評価準拠する旨の記載がないため、この『有害評価論文著者が主体的に行っているものと解され、その責任論文著者が負う。

これら10作品が『有害情報』の代表例として紹介されたことは、作者らにとってスティグマとして機能することが懸念され、名誉・声望を害したと言えるのではないか

整理すると「論文著者が主体となり10作品を名指しで『有害評価したことが、10作品の作者らの名誉・声望を害したと疑われる」。

論文ではこれら10作品に含まれ性的表現引用批評しているとは言えるが、『有害情報』の代表例としてこれら10作品を名指ししたことについて十分に補強できるだけの論理が築かれ『公正な論評法理』に適う内容になっているか、といえば、議論が分かれるように思う。少なくとも「論ずるまでもなく法的にはセーフ」とは断言できないと考えるが、どうだろうか。

2017-05-26

立命館pixiv事件の流れ弾による公開制限

って、必要ないと思うんですよね、という話です。


絶賛炎上中の事件なので、説明は省きます。知らない方はツイッター検索すると一発で出てきます

私は研究者ではなく、ただの腐女子なので、あの事件の是非を語る気はありません。

語りたいのは、


あの事件を受けて、ピクシブ作品に公開制限をかける(=マイピクにする)や、

公開制限の度合いが高めのピクブラに移動する、

という人がちらほら見受けられるのですが、その必要はないんじゃないかという話です。


なぜあの事件当事者ではない腐女子の方々が、公開制限をかけるかというと、

自分も晒されるかもしれない、からであり、

晒されることへの恐怖からだと思うんですけど。


悪意を持って晒すやつは、どこへ逃げても追いかけてきて晒します

そして悪意がなく晒す人(今回の論文の筆者は、悪意がなかったと仮定して話しますが)は、ほとんどの人間が、

そういった事態を想定していないので、事前対処不可能です。


まり公開制限程度で、晒される可能性は回避できません。


誤解のないよう書いておきますと、これは『だから公開しよう』という話ではなくてですね。

晒されるときはどうやっても晒されるので、そんなに心配しても仕方がない(あきらめ)という話です。


もちろん、公開制限をかけることで、晒しリスクが抑えられるという考えはあると思います


でも現実的に、晒す人間は二種類いるわけです。

悪意のある奴と、

今回のように悪意はなく行う人。


前者に目をつけられたら、防ぐことはほぼ不可能です。どこまでも追いかけてきて晒しますから

マイピクもピクブラもオフへの移行も無意味です。

対応策は、そのジャンルをやめてアカウント全消しするしかないといっていいです。現時点では。残念なことですが。

ただし、個人的には、やめる前にさらしたやつを特定して、そいつも引きずり落とすことを推奨します。それは結構できるものです。


後者については、予測不可能です。

今回の事件の前に、ピクシブ二次創作学術論文に使われる危険性を想定できた人は、ほとんどいないんじゃないでしょうか。

はいえ、これだけ炎上たからには、さすがに今後、似た事件が起こる可能性は低いと思います

立命館ピクシブ側の対応次第でもありますが。そこは今後の動向を見守りたいところです)

しかし似た事件は起こらなくても、また『悪意のない誰かが晒す危険性は依然として残ります

しかし想定できない以上、防ぎようがありません。


なので結論としては、晒しは公開制限程度では防ぎようがないので、

『晒されることが怖いから公開制限をかける』必要はないんじゃないかと思います

質問力

詰問をするときって、

相手のことを思って嫌われても良いか相手思考力をつけさせたり答えを導く楽しさを教えてあげる詰問の場合もあれば、詰問している自分は考える放棄や導かれた答えの責任放棄をしたいがために相手に答えを委ねすぎていたり、最悪の場合相手の苦しんでる姿を見たいだけでとりあえず詰問する場合がある。しか後者の時って自分では前者のつもりで詰問してるときが多い。

気をつけよう。

http://anond.hatelabo.jp/20170521140240

匿名で書ける」と「匿名で書かねばならない」はまあ違うよね。後者あなた勝手自治意識ないしワガママでしょう。

その考えでいくとシリーズものとか「元増田です」と名乗ることすら許されなくなるんだが、どこかで線を引くのかね。線を引くのは誰? 君?

2017-05-25

http://anond.hatelabo.jp/20170525145352

ある意味、一昔前にあった「研究者異民族神聖儀式を見てもいいか問題現代版なのかも。

ほらあるじゃん余所者には見せられないと言われてる神聖儀式だけど、研究のためにどうしても見たい……! みたいな。

たぶん今の人類学では、外の人間が、異文化の人が大事にしてる儀式にズカズカ入っていっちゃ駄目ですよ、ということになってるんだと思う。

ただ厄介なのは、その異文化神聖儀式、昔は山奥とか孤島とかでやってたんだけど、今ワールドワイドウェブで全世界から見れるんだよね。

おたくとか腐女子とかの文化、本人たちにとってはすごい大事もので、外から踏み込んできてほしくないし、自分たち文化尊厳尊重してほしいと思ってるし、ついでに言うと昔偏見さらされてきたという過去もある。だからすごいセンシティブ存在、ああ見えても。

でもそれ、外からはよくわからないんですよね。

外部から見たら、そりゃウェブで公開されてる二次創作小説文芸誌に載ってる小説も同じに見えますよ。実際「自分で読まれたくて公開してる」作品もの。そういう意味では同じですよ。後者引用して分析してあれこれ論評していいものとされているんだから、そりゃ前者に対してもそうしていいと思いますよ。

後者への論評なり分析なりは、「トンチンカン批評言いやがって! くやしい! ころす!」みたいな反応を呼び起こすかもしれないけど、「学者がおれの小説分析するなんてゆるせん!」「身の危険を感じる!」みたいなことはあまりない。でも前者への批評はそう言われてしまう。これ、その文化全然知らない外部の人から見たら理不尽ことなんじゃないかな。でもやっぱり、調査対象から嫌悪・拒絶されるような分析は、やっちゃだめだよね。

研究者の扱える対象は増えているけれど、〈外からはそう見えないだけで実は地雷〉な研究対象も増えていて、そういう対象とどう向き合うか、というテーマなのかなあと思いました(こなみかん

追記

hachi09 でもその異民族にも普通アポイントとるもんでないの? 今回はそれすらないし知らぬ間に素材として調理されたことも踏まえておこなんじゃないのかな…

そりゃ異民族側がメアドさえあれば誰でも見られる場所で誰でも見られるように神聖儀式やってるんだからアポなしでも見ていいんじゃね? と思っちゃうのは仕方ないのでは。

2017-05-24

上から目線って言われるから理由を考えた

普段、周りから上から目線と言われることが多い。

結構言われる。

正直、自分相手を下に見たことは一度も無い。だけど周りで見ている人や会話している相手(人づてに聞く)からは、上から目線だったと指摘される。

就職してから数年経ち、幾度となく上から目線を指摘されている。自分では理由がわからなかったので、指摘されるたびにどこが・どこで上から目線を感じたのか自分修正するために聞いた。ここ最近メモを見返してみると、「一方的に話された」、「突然割り込んできた」と書いてあった。後者については、自席で世間話をしていたから、声をかけて仕事の話をしたつもりだったのだけど、相手からはそう思われていなかったということらしい。

前者の「一方的に話された」について最近考えていたところ、これが原因かなと思い当たったので皆に聞きたい。

普段仕事関係の会話をするときは、「これこれこうだからAをしてくれませんか」とか「あれがああなるのでBではないですか?」というように相手の返答として YES/NO を期待する聞き方をしている。実はこれが相手へのプレッシャーとなっているのではないだろうか。個人的には相手の回答として YES/NO を要求することで、相手へ回答を考えさせる負担を減らしているつもり(気分的には真偽値判定の容易さと充足可能モデルを探すことの難しさのつもり)だったのだけど、実は YES強要していたのではないだろうか。NO って答えるのは難しく感じさせているのでは無いだろうか。

から二択のつもりで実は一択要求していたのではないだろうか。いやもう答えを要求する時点で相手のことを考えていないということなのだろうか。(一択の)回答を要求することが上から一方的に話されたと感じさせてしまったのでは無いだろうか。

もちろん自分の話し方がヘタクソだっていうことも関係しているんだろうけど、こういう聞き方がまずいのでは無いかと思ったので書いてみた。

2017/05/26 追記

皆さん、ほとんど丸投げのような雑文に真面目な回答をありがとうございます

上から目線言葉について考えていましたが、むしろ上から目線に感じさせてしまうような行動が原因では無いのかと複数指摘がありましたので、行動も含め、トライしてみることにします。

日本性風俗従事女性に対する差別意識酷すぎ!それに比べて欧米だと~(以下対比して如何に欧米リベラル差別意識が少ないか)」という言説と、「日本若い女はすぐブランドものバッグを持ちたがるけど欧米若い女がそんなの持ってると娼婦として白い目で見られるんですよー」という言説を、ほぼ同時に見てしまった俺は。

ちなみに後者の方はミソジニー入っていてよりダメやね。

http://anond.hatelabo.jp/20170524175801

現状、自主的勉強をやれる人と指示を待つことしかできない人で格差できちゃってるよね

嫌味じゃなくて事実として、後者の方が世の中の大多数なんだから外部からの働きかけは大事

「連絡先を交換できなかった」

勇気を出せずに聞けなかった

・聞いたが何らかの理由で教えてもらえなかった

後者場合、やはり諦める以外ないのかな…。

結構、いい感じに会話も盛り上がってたのに。

告白してフラれたわけじゃない、でもずっとモヤモヤしてる。

もう一度、聞いてみようかな…さすがに引かれるか。

2017-05-23

http://anond.hatelabo.jp/20170523145713

ブスが工夫によってちょっとマシに見せる=悪なのだろうか?

かわいいと思ったらブスだった!騙された!」みたいな話はあまり聞かない(性格悪かった!騙された!はよく聞く)

街にいるすべての女の素顔と裸が見れるわけではない以上、すれ違うだけの女であれば可愛いっぽく見えるほうがいいんじゃないかと思うけど。

ブス8割美人2割がそのまま街を歩いてる世界と、ブス2割かわいく見せてるブス6割美人2割の世界だったら、たぶん後者のほうがみんな気分いいと思う。

増田が、加工したブスに騙されるのが嫌なら、すっぴん黒髪美少女と仲良くすればよくて茶髪無視したらいいわけだし。

少なくとも、茶髪のブスが黒髪になったからといってアンケート黒髪が良いと答えてる男が幸せになるわけじゃないし、男の意見ですって女の子に呼びかけるのは筋違い

よっぽどの美少女以外はあんアンケートは気にする必要ない、ということではないかと思うけどね。

フレームアームズガールOP

8話でサビのカットCGから作画差し替えられまくってて、何事!?って話なんですけど。

これが意図的ものか間に合わないから的なアレかどうか、外野からじゃ分からんけどびっくりした。

あんね。ずっとこのアニメ見てて最近CGってちゃんと女の子可愛くてすごいわーって思ってたけど、やっぱ作画のがしゅごい。

まず髪の毛ね。髪の毛のふんわり感。風に靡く動き。あれはポリゴンの頂点いっぱい作って動かす都合を考えると難しいんだろね。

サビ最初の轟雷ちゃんがアップになった数コマだけ作画になってるとこ(「Tiny Tiny」ってテロップぶってるとこね)。ほんの一瞬だけなのにハッとさせられる。冒頭でも「?」と思ったけど、ここで「作画だ!」と明確に差し替えに気付いた。

アップが一瞬しかない俺のスティ子は置いといて、その後のバーゼのカットがね。もうね、髪の毛のおかげで可愛さが激増してるの。前髪が上がって、デコ見えんの。もう倍じゃきかないよあの可愛さ。はぁ。バーゼちゃん可愛い。マジ天使

もちろん更に後のマテリア姉妹エロかわいさもしっかり増えてんのね。あと表情。ねえねえ、マテリア姉妹のあの笑顔見た? あんな生き生きとした表情、本編で見たことないっていうか、本編の笑い顔が固すぎんだよね、あれ。作画になることで気付かされちゃう(塀の上でネコと戯れるカットにずっと作画マテリア姉妹いただろというツッコミ歓迎)。

んでね。その後のクロシロ連携攻撃も動き全然違うわけよ。ここすんげえ残酷だって作画の方が断然良いのよ。

クロがグラインドサークルをブン投げる動きのメリハリタイミングって言うの?)とか、作画の方はサークルが飛んでくときに背動で迫力出してるとか、シロのガリアソードが轟雷ちゃんの脚に絡んだときの動きとか、それで引っ張られる轟雷ちゃんの表情とか。

全部が違うの。動きの良さ云々じゃなく、演技・殺陣自体がまったく別物。一つ一つをコマ送りで比較すると、やってること自体は同じなのにこうまで違うかと分かって、本当に辛い。CGでは技術的にできないのか、それともCGアニメーター(あるいは演出家CGの扱い)にノウハウが無くてできないのか、それともできるけどスケジュール問題でああしたのか、あるいは作画の方が後出し勝手ハッスルしたのかは分からないけれど。

次はまた髪の毛の話になるけど、作画は髪の毛ふわりが当然のようにできるから、轟雷が迅雷の攻撃を(文字通り)間一髪で避けてる感がしっかり出てるのね。これもCGじゃ同じことができるにしても、作画ほど当然のようにはできないわけでね。画面でそれがめっちゃ分かるの。お辛い。

そこから着地したときの破片もよく見たら違ってた。作画の方が着地の衝撃で飛び散ってる破片が多い。飛び散り方も違う。一瞬のカットでも迫力が違う。

アーキテクトのカットエフェクト増えてるねって程度であまり差はない。でもほぼ止めの絵で見るとCGモデル情報量の少なさが浮き彫りになる。影とか全然いか、少なすぎて目立たない。動いてるときはともかく、止まってるとき情報量少ないのはしんどい特撮みたいにアップ用モデルアクションモデルの二種類あってもいいんじゃないか。アップの場合は前者を使い、動かすとごちゃごちゃするとき後者を使う、みたいな。もしかたらこれにもあって使ってるのかもだけど、だとしたら作画全然敵ってなくて悲しい。

そもそも見返してみればOP最初カットの轟雷ちゃんの尻からして影の付け方全然違ってるもんなぁ。やはり影は正義マッキー友達。みんなで貼ろうワカメ影。人にも貼ろうワカメ影。仕上げで抜かれてワカメ影。

そのあとの轟雷ちゃんの振り向きの、また髪の毛が!可愛い!あーあ。なんで俺ん家にゃFAガールいねんだろな。この世に絶望するわ。

以上。これ以降のカットCGから作画への差し替えは無いっぽい(彩色やエフェクト等の変更はある)。

まあこんだけつらつら適当なこと書いちゃったけどね。FAガール可愛いなぁ。りえしょんの歌いいなぁ。素敵なアニメだなぁ。見ながらそう思ってたらなんか急激に込み上げてきて泣いちゃったのよ。

ぼろぼろ涙出てきて。「良い……すごく良い」って言いながら泣いた。最近アニメ作画でおおーってなることそんなになかったのよ。sin七つの大罪OP(第1話)の光の作画がなんか30年くらい前っぽくてかっこいいとか、やっぱ梅津さんのMVいいよねとか、ゼロから始めるなんとかってケモいやつで飯休憩前のバトルの炎と雷が特徴的な動きしてて好きだなとか、タイガーマスクW今日は技のキレがいいなとか、そういうことは思ったけど。

それがもう録画を見た回数も入れると十何回も見てるOPの一部カット差し替えされただけでここまで感動させられてね。すごくショックだった。

でもズルいんだよ、これ。だってCGの弱点を徹底的に抉ってんだもん。髪の毛にしろ表情にしろ。こんなん出したら「手描きの方がいいな!」ってなるに決まってんじゃん。だからこれをもって「やっぱ女の子CGでやってるようなやつはダメだな!次!」とは言いたくない。毎回あの装備を作画するなんてことになったら大変だろうし。得手不得手の問題

とにかくね、髪の毛。髪の毛見て。あと表情。それからマテリア姉妹

あと本編はスティ子メイン回もっぺん来てほしい。最近影薄い。

2017-05-22

国連に異議」だけでバカの一つ覚えのアレ言い出す奴そろそろねえ

共謀罪法案への国連報告書簡不適切、強く抗議=菅官房長官

http://jp.reuters.com/article/suga-human-righi-idJPKBN18I0AB

http://b.hatena.ne.jp/entry/jp.reuters.com/article/idJPKBN18I0AB

こういうのね


まともな批判

kyo_ju "プライバシー権利表現の自由などを不当に制約する恣意的運用がなされるということはまったく当たらない"

そんな担保は条文上も国会審議上も全くされていない。 政治 人権

リンク2017/05/22 Add Starhonehone9 (red)azumi_s (green)quick_past50t-murachi

いや別にこの人の仲間じゃないし言ってることが合ってるのか知りませんよ。

でもこの批判は抗議の内容を取り上げた批判だし、

この批判事実と合ってるかどうか調べることもできるし、

もし仮に違ったら明確に再反論出来る批判だよね。

これはいい批判。というかまともな批判


バカ丸出し批判

azumi_s 我が代表堂々退場ス #|- ω - )…… 共謀罪 19 clicks

リンク2017/05/22 Add StarTxirrindu30akanehara

もうこれ毎回誰かが得意げに書くよね。

バカでしょ。

意味不明なのにいっぱしの批判してやったぞヅラ

この批判て内容が無いから何か調べることも出来ないし、再反論も不能だよね。

国連絶対正義なんだぞー!」みたいな幼児的な権威主義悪臭が漂ってるだけ。


まとめ

わかりますね?

前者は抗議内容をとりあげて、内容について批判をつけてます

後者は抗議したこと自体をとりあげて、非論理的に「いけないこと」という空気を出そうとしています


まあ深い考えのない権威に寄り添いたいただの馬鹿可能性は高いですが

このように発言自体封殺しようとするような批判ならざる批判

非常に知的に不誠実かつ、人格的にもウンコです。


国連に物申すなんてダメじゃないか」でわからない人も

安倍総理に物申すなんてダメじゃないか」ならわかるでしょう。

対象国連であれ、安倍総理であれ、他のいかなるなんであれ、

批判自体を封じる空気を出してる奴は等しくクソです。

社会の敵です。


さら国連ネタ揶揄封殺がこれ以上延々蔓延るのは

はてなの知性にとっても名折れといえるでしょう。

まともな批判が出来ないのに人を黙らせようとする奴は、てめえが黙れ。

いじめは人を変える

 以前いじめられたことがある。理由は私が「Aでない」から。それは加害者側の主観であると後々知ったが、未だに「Aでない」という自己評価がつきまとっている。そして二人の私が心の中に同居するようになった。

 あれ以来、Aでない人に出会うと「Aじゃなくても大丈夫だよ」と思う自分と「Aじゃないなら罰を受ければいいのに」と思う自分が同時に存在している。表面的には前者を全面に押し出しているが、心の中は後者でいっぱいといった感じだ。私よりもAでない人はたくさんいるのになぜ私だけ苦しまないといけなかったのか、なんでこいつはのうのうと暮らしているのかと苛々して仕方がない。

 後者の私はいつか加害者になると思う。いじめから数年後、加害者と同じ立場になったとき、彼らの気持ちを深く理解してしまった。同じ過ちを繰り返さないように抑えているが、いつ箍がはずれるかわからない。

http://anond.hatelabo.jp/20170514161530

テレビって受動的な情報媒体からな。

情報を「自分検索する」習慣が身につかないから、テレビ「だけ」見てればバカになる。

テレビ見ないとバカになる」っていうのもある種正しい。情報媒体としてSNSしか使ってない奴と、SNSテレビを見てる層なら、後者のほうがより多くの情報に触れ得るわけだからな。たぶん前提として、そいつの周りはみんなSNSしか見ない層なんだろうよ。

2017-05-21

アニメアイコン

http://anond.hatelabo.jp/20170520054453

アニメ趣味の人がアニメ絵アイコン使用しているのは、趣味提示しているただの自己紹介ということで別に何も思わないけど、そのアイコンだと政治経済社会問題等々について真面目なコメントをしても一定数の人は読んでくれない(おふざけ・ジョークアカウント大人なのにアニメの絵を使ってる=変な人のアカウントだと認識するから)ということについてはどう思っているのかはちょっと気になる。

もっぱら自分趣味の話をするのが目的で、社会問題については気が向いた時に放言しているだけ、別に真面目に語り合うのが目的でもない、というのなら分かるんだけど(こういう方が多分一番多いんだとは思う)、割とがっつり議論したいっぽい?人もいるのは少し不思議。いや、そんなアイコンじゃ、まともに読まれないんじゃない…?わかってやってるのか素でわかってないのかが見えない。

アニメを楽しむ人が増えて一般的趣味になってきている、というのと、それなりの年齢の人間アニメの絵を自分アイコンにしている、というのはまた別問題で、ジャニーズタレントなどアイドル画像アイコンにしてる人も同じく、なんというか「周りが引いてるのに気づいてない空気読まないオタク」「容姿を気にかけないオタク」的な気質が感じられて、なんとも言えない気持ちになったりする。自分はこうだと主張する発信と、人と対話するための発信と、前者が強くて後者についての興味か意識が薄いところが気になるという感じ。いや、まあこんなの完全に余計なお世話な話であってみんな好きなようにすればいいんですが。折角匿名で好き放題できるSNSなのだし。

あとそれとは別件ですがdis罵り等をたくさん発信する人は既存キャラ使わないでくれそのキャライメージが悪くなる…!ということは時々思う。

無能で金がなくてもちょまどさんと同棲できるのがだめんず

準一流のグローバルエリートでもちょまどさんと同棲できないのがキモくて金のないおっさんです

前者と後者の差は日本の平均的なサラリーマンビル・ゲイツ並なのです

このような日本カースト制度について考えるのが言論人の使命と言えるでしょう

2017-05-19

http://anond.hatelabo.jp/20170519180012

学部卒の講師博士号取ってる教授のどっちが頭良いかって言ったら後者でしょ。少なくとも国が認めているのは後者

ある30代後半の男は、告白をして付き合えたのか?

男女関係ほど、不可解でわかりづらいものはない。

基本的は、リーチ宣言して、「あなたが好きです」という意思表明をしなければならない。

昨今の恋愛工学によれば、そのアプローチは間違っているらしいが、あくまで基本としては間違っていないだろう。

今回、久しぶりにそれをやってみた。みんなに状況を理解してもらうために、まずは自分スペックから紹介する。

年齢は30後半。

居住国はベトナムで、職業プログラマー

年収は600万以上ある。この年で関係あるのかはわからないが大卒

容姿はそんないいもんとは思ってない。

若い時には数人と付き合ったこともあるので、普通容姿やったけど、今はただのオッサンって思って貰えればいい。

結婚願望は特別に強いわけではなく、いい人がいれば付き合いたいって思っている感じ。

性欲とかは少なくて、どちらかと言うと「共感」みたいなのを大事にしてる。

これは若い頃とは嗜好が変わってきているので、自分でもビックリしてる。

勿論、いい女を見てヤリタイ!って思うことはあるけど、それはそれとして、その時は風俗にでも行けばいい。

それよりも、一緒に食事に行って、数時間ぐらい楽しく話せる感じの子の方が最近はいい。

海外で働いて、日本人と繊細なコミニケーションを取れる有り難さみたいなのに気付いてから、嗜好が変わったのかもしれない。

感性食事の好みやマナーなんかは日本人同士だからこそ共有、共感できる。

次にお相手情報

彼女は30代半ば。

同じ会社に勤めているが、彼女現地採用なので給料は安いと思う。

年収で200万いくかいかないかぐらいのはず。ちなみに、それでも現地での生活に困ることはない。

仕事事務職で、いわゆる、「積み重ならない仕事」をしている。

仮に日本に戻っても年収300万台が関の山だろう。

詳細に書いて万が一にも本人が特定されることになるとアレなので、情報はこれぐらいにしておく。

2人が出会ったのは数年前で、他の同僚と一緒に遊びに行ったり飲みに行ったことは幾度となくある。

の子はおとなしいこともあって、最初は全く意識していなかったものの、何度となく話すうちに意外といいかもと思い始めた。

それから個別食事に誘う用になって、3、4回は2人でご飯に行った。

同僚相手に無茶なことはできないので、普通に食事をしてお話をして俺が奢って解散という感じ。

無理に手を繋ぐとか抱きつくとかは、全くしてない。

世間では恋愛工学なるもの流行っているのかもしれないが、あれは同僚相手にはキツいだろう。

出会ってからは数年は経っている。お互いによく知ってるし、話もちゃんとできる。

このままの関係でも悪くは無いけど、いつどちらが日本に戻るかも分からないというのもあって、告白することにした。

彼女自分理想なのか?と言われれば決してそうではないし、昔の彼女に比べても好きな度合いは劣る。

でも、それは当然で、過去sexした彼女達と比べて、まだ何もしてない子に同様の感情が湧くはずもない。

ただ、今から関係を築けるかもしれない。

これから先にいい女性が現れる保障はないし、話せる女性が現れる保障もない。

また、彼女立場からしても出産を考えるなら、今がギリギリのはず。

だいたい、そんな感じのことを考えていた。

そして、結果としてはどうだったのか?

端的に言えば、「No」だった。

完全にYesではないにしても、告白をキッカケにして2人の関係がいい方向に行くと思っていた俺としては少し意外だった。

彼女にNoと言わせたものは何だったんだろうか?

結婚出産収入精神的な安定などを考慮すると、付き合うには今がベストではないだろうか?

こうして告白をキッカケにして、仲良くなって、もっと深い話をして彼女もっと好きになっていければなという目論みは淡くも崩れさった。

理由を聞きたい気持ちに駆られたが、女性からしたらウザったいだけだろうし、同僚相手にそんなことをしたくないので、

「そっか、ありがとう」という返事をしてやりとりを終わらせた。。。

これから彼女を待ち受けている人生はどんなもんだろうか?

生涯独身子供はいない、年収は仮に日本に戻っても300万台か下手したら無職

年収300万台で過ごす4、50代なんてもんは、惨めでしかない。

AIの台頭で「積み重ね」が無い仕事ドンドンと無くなっていく。そうなると彼女無職になる未来は、現実的にありえるだろう。

こんな未来彼女は望んでいるんだろうか?

逆に、もし付き合っていれば、どうなるのか?

結婚して子供がいて、色々なことを夫婦共感できる。

収入旦那だけでも600万以上で、2人で働けば1000万ぐらいにはなる。

少なくとも生活に困ることはないだろう。

前者も後者も、おそらくこうなるという可能性の話であることは、勿論、わかってる。

独身でスゴい楽しいことがあるかもしれない。

結婚しても子供は産まれいかもしれない。

それを踏まえた上で、俺にとっては後者幸せになれる可能性が高いように見えるけど、彼女にとっては前者だったんだろうか?

それとも、後者を目指しているけど、相手は俺ではなかったのか?

途上国で知り合った2人がちゃんと話せるという時点で、ある種のミラクルみたいなもんだと思ってるけど、そんなことはないのか?

答えは彼女しかからないけど、こうやって貧困女性が産み出させれていくんだなと思うと、妙に寂しい気持ちになった。

おそらく、こういったことは様々な場所で起こっていて、その結果が生涯未婚率の増加だと思う。

個人個人が最適な選択を選んでいるつもりなのに、みんなが不幸になっている。

彼女を恨むとかではなくて、なんだかなぁ〜とやるせない気持ちになった。

勿論、今でも、彼女には幸せになって欲しい。

お見合い制度がある時代には、こういった不幸なケースは無かったんだろうな。。。

2017-05-18

http://anond.hatelabo.jp/20170518232822

「言うこと聞かない嫁にどうにか炊き上がり時刻を早めさせたい」

「冷めたご飯を食べたい」

ゴールはどっちなのかな?

もし後者でいいなら、朝ごはん用に炊いたご飯を取り分けて置いとけば済む気がするけど。

ちょっとこわくなるだろうけど18時に炊けたご飯を20時に食うのとたいして変わらんよ。

嫁はんは炊きたてを食えるし。

晩炊いた飯は朝用に取り分けて冷ましとく。

嫁との軋轢は解消しつつ冷たいご飯を食べられるソリューションのつもり。

http://anond.hatelabo.jp/20170518182127

他人への要求バカかい弱者シンガーソングライター冨田さんをめった刺しにした岩埼友宏と同種

無欲な弱者と強欲な弱者全然違うし後者は他害の芽なわけ

本人が苦しんでるからって他人を害することを許していいのか?ありえないね

死んでもらうのが社会にとってはプラス 就職されたら同僚や上司地獄を見る

こういう奴が配偶者を得ても幸せにはならない DVするし子供虐待して病ませ不幸を再生産する

環境を整えてもどうにもならない 根が腐っているか

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