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はてなキーワード: 考察とは

2016-08-24

はてなーが案外やさしかった件と、その他のもろもろ

母親結構な金が注ぎ込まれてる」(http://anond.hatelabo.jp/20160823232626 )を書いた元増田です。




まずは予想をはるかに超えて、多くの方からかいコメントをいただいたことに感謝したい。

こんなにブコメがつくとは思わなかったし、ついたとしても、もう少し甲論乙駁するブコメになるかとおもっていた。





お金ことなど気にすることはない」という趣旨コメントを多くいただいた。

本当にありがたいし、そういうコメントに対してこんな返し方をするのも失礼なのかもしれないが、

本心を言えば、多分、そういう言葉をくださる優しい方々が心配するほどには気にしていない。

母は、当然の権利行使しているのだと思っている。



ただ、やっぱり現実に「60万円」という金額を見ると驚かざるを得ないのは事実だし、

どちらかというと気にしているのは「俺らが後期高齢者になっても、これが続けられるのか?」ということなのだと思う。

日本現在人口ピラミッドをみれば、そう思わざるを得ない。

その解決方法が、少子化対策なのか一億総活躍社会なのか、はたまた移民の受け入れなのか、難しいことはよく分からないが。






「きちんとQOLが保たれているから、ちゃんとしたお金の使われ方だ」「寝たきりに金を注ぎ込むのとは違う」という趣旨コメント散見された。

それはそうなのだが、ただ、では、どこで線を引くのかと言われると、それはそれで難しいのではないかと思う。

一度線を引いたら、その線の位置だんだんずらされていくのではないか? という危惧もあるし。


母はガンの罹患前、「あたしは別にそんなに長生きしたいとも思わない。元気なうちにポックリいきたい」という趣旨のことをよく言っていたが、

逆にガンと戦い始めてから生への執着が強まったように見える。

多分「長生きなんてしなくていい」というのは健康が当たり前な人の贅沢なのであって、

実際、死を意識し始めると、すこしでもそのタイミングを先に延ばしたいと思うのが本能なのではないか?と、最近考えている。

「いつ死んでもかまわない」といっている人に、「じゃあ、あした死んでもらいますね」というと、大多数は「え? ちょ、ちょっと、もう一日待ってくれ」と言い出すのではないか

で、「もう1日」が毎日続くのだろう。






自分の書いた増田リツイートされて回ってくるというのも、初めて経験した。

そのなかで @natorom さんが「はてな匿名ダイアリー抗がん剤加療中のstage 4の母親の話。医療費がメインのエントリーだけど、

現在抗がん剤治療リアル副作用がないわけではないけど普通に生活可能)が描かれている」

と、拙文を紹介してくださっていたので、この辺のことも触れておく。


母が抗がん剤治療を受けている、というと、患者ことなど考えない医者にやたらめったら薬を打たれ、

副作用でのた打ち回って悲惨きわまる闘病生活を送っているに違いないと勝手に思い込んで慰めてくれる人が、少なからずいる。

はっきりいって迷惑だ。

確かに、副作用がないわけではなく、特に新しい抗がん剤に切り替わった直後などは、食欲も落ち、夜中も何度もトイレにたって、

日中ほとんど寝たきりになっていることもあるし、母がレディースアデランスの愛用者になっているのも事実だ。

初めての薬を投与して、一週間後の最初の検診までの期間は、当人家族も緊張はする。

どの程度の副作用がでてくるのか、医者だって正確なところはわからないし。

薬を変えてはみたが、どうやら医者が当初想定したほど腫瘍マーカーが下がらなかったらしい、という局面にも遭遇した。



からといって、その他の期間は、時に温泉旅行に出かける程度に回復するわけだし、勝手イメージで同情されても困る。

そういう人に限って「自分想像しているような、苦しそうな闘病生活」を送っているわけではない母をみると

今度は、「あら~、大変かと思ったら元気そうじゃない! よかったよかった! もうすっかり良くなられたのかしら!」などと、トンチンカンを言う。

「アタシだって病気と闘っているのに・・・」という母の愚痴を聞くのは、こういう人とあった後だ。


確かに、今ほど抗がん剤進歩する前は、いろいろと悲惨な状況もあったのかもしれないし、病状によっては、かなり大変な副作用を併発することもあるのかもしれない。

だが、別にがん患者がすべて、あなた想像するような悲劇の中で生きているわけでもないし、だからといって病気の大変さがないというわけでもない。

おそらく大半の現場医療関係者は、真摯に最善の治療法を(保険でまかなえる範囲で)考えているし、

製薬会社だって別に人の命を食い物にして儲けることだけ考えているわけでもあるまい。

とりあえず、何十年前の知識で、抗がん剤批判を繰り広げて金儲けするのはやめろ、近藤誠

(実際、母親世代には、まだまだ近藤誠信者と思しき人がいる。そういう人との付き合いは、なんとしても切るのが吉だ)



早期発見できた人は違うのかもしれないが、「ステージⅣで発見」という状況だと、「基本的に治ることはない」というのが、周りの人間にとっても難しいところだ。

当人もっと大変なのだろうが、自分当人ではないので、本当のところは分からない)

普通病気のように「頑張って、治しましょうね」という励まし方はあり得ない。

いかに上手に付き合っていくか、いかに現状を維持していけるか、というスタンスで付き合えないと、患者家族双方にストレスたまることになろう。

しかも「いつまで続くか分からない」「いつ悪い方向に進むかわからない」という不安を抱えながら、である

この辺、バランスを取れなくなった人が、「奇跡治療法!」とかに走るのだろう。

奇跡はめったに起きないか奇跡なのであって、その奇跡自分には起こると考えてしまうのは「逃げ」だと思うけれど。




先日、とある観光名所にいったとき、「健康」とか「長寿」とか「家庭円満」などと書かれた名産品が売られていた。

ちょっと考えた上で「長寿」のヤツを、母の土産に買って帰った。本当の意味で「健康」を回復することがない人に、「健康」を祈願するグッズを渡しても白々しいからだ。


ちょっと迷ったが、母に「『健康』ってやつもあったんだけどさ、まあ、いまさら健康』ってのは無理だから、『長寿』にしたよ」と言ってみた。

母は、「そうねえ、もうちょっと早く『健康』のヤツがほしかったけど仕方ないわよねえ」といって笑っていた。

ああ、この人は強いな、と思った。



長くなってしまったが、最後にもう一つだけ。


60万超の治療費にたいして1万5000円という負担に関して。

これは、母が後期高齢者で、かつ、健康保険の仕組みにおいては、もっと収入の少ないカテゴリに分類されているので、この金額になる。

(なお、自分とは世帯は別)

もし、母がもっと若かったり、年金以外に収入があったり、夫(自分の父)が生きていて収入があったりしたら、もっと請求されている。

まり、母は医療費世界において「相対的貧困者」とされているおかげで、この程度の負担で済んでいるということだ。

ここで「でも、温泉旅行いったり、映画見に行ったりしてるんでしょ? もうちょっと払えるんじゃないの」とか

「息子、治療費全然だしてないのかよ。親子なんだから出させろよ」とか非難されたらと思うと、ぞっとする。

だが、どうやら世間は、子供貧困に対しては、似たようなことを平気で言うようだ。

ぶっちゃけていえば、あと長くても10年は持たない老女よりも、この先何10年もこの国を支えていく若者のほうが、

ROIは確実に大きいと思うのだが、なぜこうなるのかは、考察に値すると思う。




いずれにしろ、この話題は、増田でこそいろいろ吐き出せるネタであった。

この世に増田があったことに、感謝したい。

2016-08-23

通常兵器効果があるなら最大火力?

から「後から判明したこと」から遡って「なぜあのときああしなかったの?」と言うのは無しでいこうよ。小学生じゃないんだからちゃんとストーリーの中での必然性を語ろうよ。



エネルギー切れるまで打たせろ」→ゴジラが一通り東京荒らし尽くして制止している状態が「休眠」であると「仮定」できるようになって初めて言えること。それ自体ゴジラ停止から数日後でしょ。

無人機使ってから誘導兵器云々」→だからそれも後出し軍隊同士の戦争じゃなく「どんな進化するかわからない不明生物」との戦闘なんだって相手の出方が全く予想できない状態で「相手停止!一斉攻撃!」なんて指揮したらそれこそ負けフラグのものでしょ。ましてそこに「群体化・有翼化」なんて可能性が出てきたら、確実に「通常兵器による攻撃差し控えよう」という判断になるわ。

「休眠してる間に次なる進化可能性を誰も考慮してないの?」→だから、それがあったからこその国連の「核攻撃やむなし」って判断でしょ。ちゃんと見てた? その考察あったから安田くんも「そりゃ選択肢としてはある」って言ったんだよ。むしろ、群体・有翼化して四方八方に飛び散るかもしれない(そして各地で再び巨大化するかもしれない!)生き物に対して、あなたが「物量作戦空爆が上策」と思ってるのが不思議で仕方ないよ。

結果論結果論、そして穴だらけの考察あなたの書いてることは、普通に全てシナリオの中で解決がついてることばかりだよ。あなたが「おかしい」と感じるのは、端的に言って読解力不足のせいなんだよ。

ハッキリ言うけど、そもそもあなた最初は「群体・有翼化」の話が作中で出ていたことを完全に見落としてたでしょ? そのレベル記憶作品の「あれがおかしい、これがおかしい」と言うのはちょっとどうかと思うよ。

それにね。「シン・ゴジラ」のラストは、「みんなでゴジラ倒したったwwwやったぜww」じゃないんだよ。あなたはそれさえ分かってないんじゃないの? ラストシーン尻尾の大写しは、最後最後で「ほんとにギリギリ幸運による成功だったに過ぎない」「一歩間違えたら最悪の事態だったかもしれない」「しかもその悪夢はまだ終わってないかもしれない」ってことをあの映像で観ているものに見せつけて、最後にゾッとさせる系のエンディングだったんだよ? 人類ゴジラ禍をまだ全然逃れ得ていないし、だからそもそも「あの攻撃が後から見てもベストでした」なんてこと、映画の中でも誰も言ってないしそういう作りにもなっていない。ただ「その時点その時点で得ていた情報の中で、各自が最適を選びながらがんばった」という話だったんだよ。各自の行動に、ストーリーご都合主義的で不自然かつ間抜けな見落としはほとんどない。そういった完成度の高さも、あの映画評価されてる一因なんだよ。

もちろん、本当のところ映画制作の都合上「そう言いつつも、この絵を見せたいからこうしたんだよねー」という部分は、そりゃある。映画からね。「リアル」と「リアリティ」は違うからね。ただ、その嘘の見せ方自体もかなりうまかった。納得して許せるなと思えるレベル。その意味で、あの作品の防御力はゴジラ並に堅い。だから、あの映画に切り込みたいならもっと違った角度、切り口、意表をつくアプローチ必要なんだよ。

http://anond.hatelabo.jp/20160823104151



なお、タイトルの「通常兵器による最大火力」について一言考察。ここからはオマケ。

アメリカには「通常兵器有効」だというデータはあったのだろうけど、それに加えて、ゴジラレーダーのような能力を備えることまで予測していたのかもしれないね。でないと『同質量の金と同額』とまで言われる世界一高価なステルス爆撃機B2を(しかも3機も!)投入するのは不自然から。そして爆撃に使用するのは外しようのない、最大火力の誘導兵器である地中貫通爆弾バンカーバスター

まり、この時点ですでにアメリカは「普通に適切と考えられる最大の兵力」を投入してるんだよね。しか当事国同意を得ないうちに素早く。アメリカいか危機感をもち早期収束を焦っていたかが分かるね。しかし、そんなアメリカですら残念ながら予測できていなかったことが二つあった。「ゴジラ攻撃の対空レーザーへの進化」加えて「バンカーバスターで貫くことはできても死なないどころか怒らせただけというゴジラ身体構成(結果、馬鹿みたいに被害火災とおそらく放射能汚染)が拡大)」という2点。この2点のミスは致命的でかなり痛い。結果、米軍全体でも21機しか保有しないB2のうち3機(しめて約5000億円?)とその搭乗員を失い(エリート爆撃機乗員6名以上…プライスレス)、同盟である当事国の首脳陣をほぼ全滅させ(プライスレス)、同首都に壊滅的な打撃を与え(東北震災の約10倍としてざっと数百兆円? 円と株の暴落による世界経済への影響は…少なくとも米国債ドル暴落にも歯止めかからないレベルの打撃はまさにプライスレス)…。これ、単なる「攻撃作戦失敗」の域を越えてるよ?! いくら大統領に巨大な権限があるとしても「判断ミス」追及されたら辞任どころか死刑になってもおかしくないくらいの大失態だよ? ゴジラ対処する必要がある超非常事態からこそギリギリ責任問われずに済んでるけど。結果、アメリカ自分判断では動けなくなり、国連主導の解決策に移行するしかなくなった。その国連判断が、中露という地勢的に近隣な国々を中心とした「核攻撃止むなし」という結論であって、「通常兵器でなんとかしようとしてた前半」と「核攻撃止むなしの後半」では主体が変わってることもけっこう重要ポイントですね。

2016-08-22

http://anond.hatelabo.jp/20160819153835

今日スパム!!


 

今日はてブスパム報告はこちら!

 

バズ部ガシー・レンカージャパン

http://b.hatena.ne.jp/entry/bazubu.com/case/guthy-renker-japan

 

またバズ部スパムやってる(た)よー!

 

ガシー・レンカーブクマページで見てしまったんですが、

先日の、はてブスパム解説マスダで書かれていたように、

ブクマコメントが消されていました!!

 

コメントの一つに、参照の①へのリンクが貼られていたんですが、

そのコメントが削除されていました!

 

コレだ!と思いました。

 

なんかコメントとか色々見ているけど、スパム擁護するコメントあって、

そのアカウントは多分バズ部中の人とかがプライベードで普通に育てたアカウントじゃないの?とか思ってしまます

 

だってスパムはみんな嫌でしょ?

 

私も大嫌いです。

から本当に、はてブスパムで嫌な気分になるくらいなら、

バズ部はてブスパムをもぐら叩きゲームのように楽しむ事にしました。

それで嫌な気分になった分は楽しませてもらおう!という感じです。

 

以上、「今日スパム報告」でした。

 

じゃなくて、

以上、バズ部よ、反論があるなら書いてみよ!

 


(参照)

はてブスパムを許して良いのか?いい加減、さらします。

http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20160819153835

 

はてブスパム考察している記事つけました!

 

(株)はてなは、Google並みに「はてブスパム排除すべき」なのでは?

http://anon.isc5.com/2016/08/hatena-spam-ng.html

id:kidspong 電車30分で都会に出られる程の土地だと、そこから離れる人も少なく、必然的地元コミュニティーが強固になり、絆()が永続的に続く様子。「大都市と言われる都道府県」にこそ所謂ヤンキー層が多い気は確かにする。

とても優れた考察。なぜスター2なのか理解できない。そしてこれは日本人の村意識の現れそのものだと思う。

個別的集落=村(q)が集合して真偽判定を行っているが、全体としてはQであるという囲われた牢獄

はてなー田舎を憎む「シン」理由(完全最終決定版)

今まで増田でこういう事象考察が数多く行われてきた、田舎ヤンキーに恨みがあるとか、娯楽がないからだとか、同調圧力が嫌だとか

それも少なくはないかもしれないが真の理由は別のところにある

本当の理由イケダハヤトのせいだ

あいつが高知age東京に後ろ足で砂かけたのが全ての元凶だ

もし彼がブログ趣旨を全く逆で書いてたらはてなには田舎擁護東京disがかなりの割合で言われてただろうと俺は思ってる

はてなは確かにそれ以前も田舎否定的論調はあったがそれはあくまで「東京age」の方向で発露していたように思う

相対的地方を下げることはあっても積極的田舎を悪く言うことは少なかった

だがイケダハヤト高知移住してから彼らの田舎への感情は憎しみに変わったのだ

まり彼らは田舎に対しイケダハヤト代理として憎悪をぶつけているにすぎない

ヤンキー云々同調圧力云々はその過程で改めて発見というか再確認された事象しかない

まり「都会vs田舎論争」は皮肉にも「はてな村」と揶揄される一種の「田舎根性持ち同士(イケハヤ!てめーも含むんだぞ!)」の代理戦争に過ぎない

それを見誤って義憤燃える、またはマジレス田舎叩きを全力でしてしま新参ユーザー諸君は頭に叩き込んでおいてほしい

ここはネット田舎はてな村なのだから

【新共通テスト記述式】氏岡真弓氏による朝日新聞記事批判する

朝日新聞8月19日記事にかかわる経緯

2016年8月19日朝日新聞1面および4面に、新共通テストセンター試験の後継となる試験)の記述問題採点方法に関する記事掲載された。これらはいずれも、朝日新聞 編集委員 氏岡真弓 氏による署名記事だった。

8月19日朝日新聞1面記事新テストの記述式は各大学が採点へ 当面国語のみで検討

8月19日朝日新聞4面解説<解説>大学に負担、利用未知数 新テスト記述案

この1面記事タイトルは新共通テストの採点方式は、各大学が採点する方式で行われることを示唆したものであり、本文の冒頭から

大学入試センター試験に代わり2020年度に始める共通テストで導入する記述問題について、文部科学省は、受験生が出願した大学が採点を担う方向で検討を始めた。国立大学協会入試委員会委員長=片峰茂・長崎大学長)の提案を受けた。

と書いている。さらに後半では、

一方、今回の改革について「検討積極的に参画する」としてきた国大協も入試委で採点方法議論国語で出題▽入試センターマークシート式の採点を担う▽記述式を利用する大学受験生記述式の解答をセンターから送ってもらい、採点する――という独自案をつくり、7月末に文科省も同席した会議で示した。

とある

しかし、4面の解説記事の中では、

入試委員会は、文部科学省検討してきた2案と独自案のそれぞれの長所短所について論点整理をまとめ、近く公表する方針だ。

とある。そもそも文部科学省提案したとか、文科省も同席した会議で示したにも拘わらず、それがその後で論点整理が行われるというのは奇妙な話ではないだろうか。

そして、国立大学協会入試委員会における論点整理は、この記事掲載されたのを全く同じ日、8月19日に公開された。

大学入学希望者学力評価テストの実施時期等に関する論点整理~とくに国語系記述式試験の取扱いについて~

この文書の中で、

今回の文書は、表題の通り「論点整理」であって、特定結論を述べているものではない。国立大学協会としては、今後の文部科学省大学入学希望学力評価テスト仮称)」検討・準備グループ検討状況を見極めながら、真に意味のある改革が着実に実現されるよう、今後とも柔軟かつ積極的検討していく用意があることを、最後付言しておく。

とはっきり述べている。

しかもこの文書のp.5には、大学側が記述試験の採点を行うことに対する論点課題が9項目にわたって列挙されている。この文書は、大学側が記述試験の採点を行うことを提案した文書ではない。

にも関わらず、8月19日付けの朝日新聞の氏岡氏の記事では、あたか国立大学協会入試委員会が、大学側による記述試験の採点という独自案を文科省提案たかのような形の記述になっている。これは国立大学協会による論点整理の内容を明らかに踏み越えた表現であると言わざるを得ない。

しかも1面の記事の中では

 入試委は独自案について、各大学が2次試験合格発表までに採点すればよく、時間に余裕があるので出題の幅が広がると判断。また、センターが示す共通の採点基準に加え、各大で独自基準採用できるとしている。

 同省幹部入試委の案について「本格的な記述式の出題が可能になり、改革理念を実現する道を開く有力な案」と話す。

しか言及せず、この方式に多くの問題点が残っていることに一切触れていない。4面解説記事の中で

独自案の課題は、どれだけの大学が採点の負担を負ってでも利用するかだ

とだけ述べているが、現実には、この方式は単に大学負担問題にとどまらない非常に多くの問題点があると国大協の「論点整理」は指摘しているのである

朝日新聞は、国立大学協会論点整理を受けて、翌日8月20日の誌面に次の記事掲載した。

朝日新聞8月20日記事センター試験にかわる共通テスト、国大協が論点整理提出

この記事は氏岡氏の署名記事ではないことに一応注意しておく。

しかし氏岡氏は自身ツイッターの中で

センター試験にかわる共通テスト記述式、国大協が論点整理提出:文科省2案と国大協独自案の論点を表にしました。

と述べているのだから、この記事無関係ではありえないだろう。

この記事の中には次のような記述がある。

いままで通り大学入試センターが採点を担うことを前提に文科省検討していた2案([1]12月中旬などに前倒しして実施[2]現行通り1月中旬実施)と、入試委の独自案(1月中旬実施し、その後、受験生が出願した大学が採点を担う)の計3案について考察した。7月末以降、委員らの意見を集めてまとめた。

もし19日と20日の記事の通りだとすると、

国立大学協会入試委員会は、

これは明らかに矛盾した対応である。「提案」したあとに「委員意見を集めて論点整理」などというのは順番があべこべで、このような経緯はにわかには信じがたい。

しか20日付の記事には、論点整理の表が付けられているものの、本文中では、

[1]案は「高校教育への負の影響」を指摘。[2]案については「極めて少数の短文記述式設問に限定される」とする一方、採点をマークシート式と別にして各大学に結果を知らせるのを2月下旬に延ばせば、第一段階選抜には間に合わないが、「相当程度の問題内容の充実が可能」とも記した。

 独自案については、「採点のための時間的余裕が生まれ、出題の多様性の幅が拡大する」「各大学独自の採点基準採用できる」とし、「大学責任物理負担が極めて大きくなる」「大学によって対応が分かれる可能性」などとも指摘した。

記述し、独自案のメリットデメリットの部分を逆接で結ぶことすら避けている。[1]案へデメリット、[2]案にデメリットと逆接で結んでメリット記述しているにもかかわらずである

氏岡真弓氏は取材の経緯を説明するべきだ

以上の経緯のもとで、私は、氏岡氏が19日の記事を書いた経緯を説明する必要があると考えている。

具体的には以下の点だ。

  1. 19日の記事における提案の内容把握】氏岡氏は19日の記事で、国立大学協会入試委員会が、独自案を文部科学省提案したと書いた。その提案が行われたとする7月末の文科省同席の会議とはどのような会議であったのか。またそこでの提案」はどのようなものであったと把握しているのか。その会議では問題点などの指摘は国立大学協会から何もなされなかったのか。
  2. 19日の記事と「論点整理」の関係】氏岡氏が国立大学協会入試委員会による論点整理」の内容を見たのはどの段階でなのか。19日を書く前に「論点整理」の内容について取材したのか。それとも19日の記事は「論点整理」の具体的な内容については一切取材をせずに書いたものなのか。また国立大学協会が19日に「論点整理」を公開することを記事を書く段階で把握していたのか。
  3. 国立大学協会への取材の有無入試委員会が「各大学が2次試験合格発表までに採点すればよく、時間に余裕があるので出題の幅が広がると判断。また、センターが示す共通の採点基準に加え、各大で独自基準採用できるとしている。」と述べたとする記述は、国立大学協会論点整理を見て書いたものか、あるいは事前に取材したものによるのか。特に文科省担当者からの伝聞情報によるものなのか、直接国立大学協会取材したものなのか。もし直接取材したという場合国立大学協会からは、「特定結論を述べているものではない」との表明はなかったのか。
  4. 19日と20日の記事整合性】19日の記事にある「7月末の文科省同席の会議」と20日の記事にある「7月末以降、委員らの意見を集めてまとめた」との記述整合性事実関係をどう把握しているのか。
  5. 20日の記事記述20日の記事において、国立大学協会が「論点整理」の中で「特定結論を述べているものではない」としていることや「独自案」について、9項目にわたる論点課題を付記していることに一切触れていないのはなぜか。

もし印象操作がなされているなら重大な信義違反

今回の氏岡真弓氏の19日付の記事には強い違和感がある。19日の記事の中で文科省担当者が「八方ふさがり」と述べていることが紹介されているように、新共通テストに関する多くの課題が指摘され、様々な点が先送りされている現状がある。記述式の出題という点を実施するためには、どのように採点するかという点のクリア必須だが、現状の文科省の案には批判も多く実現困難な状況にあった。

そこに国立大学協会入試委員会に関する何らかの会議で「大学側が採点する」という案(?)が俎上に上った。様々な日程的な点からもそろそろ結論を出さなければならない時期である以上、多少問題がある案であっても国立大学協会提案したということを免罪符に押し切ろうとする意図文科省側になかったか。そして氏岡氏は意図的にせよ結果的にせよ19日の記事で、本来様々な検討に付している最中のものを、国立大学協会独自である宣伝し、その路線を既成事実化するために一役かっていることになりはしないか

しかも、19日4面の記事や氏岡氏自身ツイッターを見ると、この方針に概ね氏岡氏が賛成しているようにさえ見える。

入試改革を引っ張ってきた国大協の委員会ででた案。出題の幅がぐんと広がる。注目です。

このツイートでさえ「国大協の委員会ででた案」という非常に不正確な言葉が使われている。それはひとまずおくとしても、氏岡氏は自分賛同できる案が出たために、その案を後押しする記述をしているとさえ見えなくもない。20日付けの記事で、論点整理の表の中では、独自案に○が2つ付けられている点や、先に指摘したように、記事本文の中で「独自案」に対する問題点の指摘に関する言及が一切なく、しかデメリットの印象が薄められているかのような記述になっている。

4面の記事にある

といった文言は氏岡氏がこの案に概ね賛成なのではないかと感じさせる。しかし、「国立大学側の独自案」とか「国立大学協会入試委員会が示した大学採点案」などというような記述は、明らかに「論点整理」のトーンとは異なるものである

氏岡氏は、意図的であれ結果としてであれ、今回の「大学が採点を担う」という方法を、国立大学協会入試委員会)が正式提案し、しかもそれにはデメリットを上回る長所が多いかのような印象操作を行ってしまっているように見える。もしそれが意図的ものだとしたら重大な信義違反だと言わざるを得ない。

19日の報道が流れた後、もちろん多くの関係者がいろいろなコメントをしたように思う。しかし、大学関係者の中には、もし実際に採点するとなれば一番現実的な案はこれしかないのだろうとか、もうこの方向で動き出してしまったのだろうから変えるのは難しいのだろうというような、嘆息とも諦観もつかないようなコメントも見受けられた。氏岡氏の記事が、意図的であれ結果論としてであれ、問題の多い案を採用するように後押しし、もう引き返せないという雰囲気づくりに加担したことは否めないと感じる。水漏れの多い方法のまま現場を混乱させるような形で見切り発車する形になりうることに対して、氏岡氏の記事は、十分な想像力識見を欠いていると思う。

19日の記事国立大学協会の「論点整理」を比較すると、19日の記事の具体的な内容にはさらに多くの問題があると考えるが、それは別の記事で指摘したいと思う。

2016-08-17

語源の楽しみ

語源の楽しみ。家にいて、そこらへんにある言葉を拾うだけでいろいろ考えた気になる。暇なときに最適な楽しみである

たぶん、それで得られる思索は、ほんとに言語学とかやっている人には当たり前のことなのだろうけど、まあ趣味ですから、許してほしい。逆にそういう専門の人の面白い語源の本もまた好みである



アメリカ上院はSenate。この語源ラテン語Senatus、すなわちローマ元老院。その単語をそのまんま使っているということに僕は衝撃を受けた。つづりの違いは言語の違いに過ぎないから、たぶんアメリカ人学校歴史の授業で、ローマ歴史を学ぶ時とアメリカ合衆国政治機構について学ぶ時に同じ単語Senateをもとに学習しているわけである。そこに歴史の一貫する深い流れを感じ取ることが、感覚としてあるのではないか。ちなみに下院House of Representativesで、一般名詞形成されている。

ところで、どうしてこのように名付けたのだろう。

たぶん、アメリカ民主主義が、設立当時はイギリスよりもフランス継承している意識が強かったことに由来しているのだろう。イギリスは、貴族院庶民院下院)であって、それぞれHouse of LordsとHouse of Commons。それに対し、フランス上院下院は、SénatとAssemblée nationaleであり、上院には同じ単語使用している。フランス上院のことは日本語訳でも直接的に「元老院」の訳語をあてることもあるようで、Wikipediaはそうしている。単語としては同じなんだからアメリカ上院も時には元老院と呼んでもよさそうだ。

アメリカ上院議員はSenator。オバマ大統領大統領選を戦っているとき、「Senator Obama」とよく呼ばれていた。

このときこのひびきは通常の日本語訳では「上院議員オバマであるが、原語では「元老院議員オバマ」と同じものなわけであり、これはつまり歴史を好むアメリカ人にとっては「元老院議員カエサル」と同じ響きをもって伝わっているのだろう。ここがうらやましい。

明治維新が起きてすぐのころ、明治4年の制度では正院の長は太政大臣であり、三条実美が就いていた。過去太政大臣と言えば、藤原道長であり、平清盛であり、当然のことながら、豊臣秀吉である。なんで「太政大臣」の名前を廃したのかな、と残念に思うところ。

もちろん、より有名なところ(だが現在には継承されていないもの)として、ドイツ皇帝カイザー」、ロシア皇帝ツァーリ」は、それそのものローマ皇帝または副帝の称号カエサル」を引き継いでいる。

こういうのを見ると、欧米では歴史単語レベルで地続きであることが多いのだなと思う。しかしもちろん日本でも、大連(おおむらじ)と大臣(おおおみ)の権力争いの末大臣家が勝ち残ったことが、現在でも内閣大臣名称に残っていることなどは、語源から歴史の深みを感じるところではあるのだ。



・・・これを読んで「そんなの誰でも知っとるわアホ」と思った方による、より深い考察も歓迎でございます

2016-08-16

ネット文章を書いてあげるのが怖くなった

ちょっとふざけた感じのサイトを作っていた

ふざけると言ってもニューアカとかペダンチックな語りとかと学会みたいな「くだらないものをあえて知的ぶって語る」ノリの「こんなの真に受ける人いないよね」という感じの文章を書いていた。

そのうちサイトに書かれたことを本気にしだす人たちが出てきた

いや、こんなもんまともに読まなくていいよ、ただの衒学なんだし、本をちゃんと積んで読もうねと思ってたが、その頃はまだネットが閉じた空間だったからそんなに被害はなかった

ところがスマートフォンで一気にネットが開かれてしまうと本気に思ってしまう人たちがわんさか押し寄せて、しかtwitter受け売りを話し出すようになってしまった

しかに本だって誤解されるようなこともあるだろうと思うけど、そういう本を読んで基本的な土台を作ってから付け焼き刃に自分文章を使ってるんじゃなくて

ネット上の雑文だけをかき集めて自分の都合の良いパッチワークを作ってる感じが不気味だった

まりにも怖くなってそのサイトは閉鎖したしネットにそうした考察みたいなのを書くのが怖くなった

ちゃんとした論文とふざけた物言いチャンポンみたいな中間文の発表場所ネットがなれるんじゃないかと思ったけど

スマホ普及で大勢の目に強制的に触れられるようになってしまうとそうもいかなくなった

本当の意味での仲間内同人文やミニコミ誌的な閉鎖的な文化が復活したらいいんだけどもう無理みたいで心理的に落ち込んでいる

こんな感じの自分の思いをつらつら述べただけの感想文なら書けるんだけどもう「ちゃんとふざけた論考」が書けなくなるのかと思うと憂鬱になってくる

テーマには価値がない」がわからないやつ

映画漫画小説テーマを論じると怒り出す人たち

http://anond.hatelabo.jp/20160815210616

増田の苛立ちがよくわかる。あいつら本当どっかいってくんねえかな。

多分ネット上ではテーマってもの理解されてないんだよね。テーマ作品を左右する価値があると考えてるからテーマどうこうを毛嫌いするし「高尚なテーマw」とかが揶揄になると思ってる。もし価値があるなら、映画なんかにしないでそのテーマ自体を叫んだ方が作品よりよっぽど優れたものになるだろうに。

テーマ評価作品を絡めるのが如何に下らないかについてもっと言えば、ゴッドファーザー反社からから駄作反戦映画は総て名作という論理が成り立つこと。下らなすぎるでしょ。

テーマは観客が作品から読み取る主観的もので、もともと決まってるものと考えるのが間違いのもと。(シナリオ小説作法では絶対説教臭くなるから作者すらテーマ最初に設定してはいけない。またテーマと「モチーフ」は違うものだけどややこしいので略) だいたい「テーマ」の一言で伝えられるんなら誰も作品なんか作らねえよ。

から人それぞれテーマ解釈が違うのが正しくて、そこから多様な見方を話し合えるからこそテーマについて他人と論じるのは面白いわけ。テーマがないとか言って何か言った気になってるやつには本当ゲンナリする。そんなの作品観てないってのと同義から黙ってろよ。

それと、エンタメという言葉が糞みたいな扱いを受けてるのも問題エンタメから批判するな、深く考えるなとか言うやつが多くて本当に辟易するが、エンタメなんてたくさんの人に見てもらうことが前提なんだから多勢に伝えたいことがあるし、批判されたり考察されることは想定済みなんだよ。エンタメからこそ深く考えるべきものもある。決して無批判で受け止めるべきものなんかじゃない。

こんな簡単なこともわからないんだから、要はネット上の大半の奴らは映画も好きじゃないし考えること自体がそもそも嫌いなんだよね。自分がなんとなく好きなものはみんなにも好きって言って欲しくて反対意見を言うやつの口は閉ざしたいだけ。自己肯定のために作品とかテーマとかエンタメって言葉を道具にして、他人意見を封じる。

そういうやつは映画に口なんか出さないで昼飯の写真でもアップするくらいがぴったりだと思うんだけど、全然いなくならないんだよね厄介なことに。

ちなみにシンゴジについてぼくは絶望しようよがテーマだとおもいました。

2016-08-14

シン・ゴジラ

シン・ゴジラがやたらと面白い。2回観たけど、こんな泣ける映画ほかにない。

けどこの面白さがなんなのかよくわからなくて、ネットで溢れてる賛否様々な批評に目を通してもわからなくて、まあそれこそがどっぷりハマりきっている状態なのかもしれないんだけど、考えるにつけやっぱこれってオタク向けなんだろうなと思う。


シン・ゴジラというより庵野の話なんだけど、トップしろエヴァしろSF考察がすごい。現実兵器は詳細だし、大嘘の部分はあたかも本当っぽくかつ冗談っぽくきっちり理論武装してひとつ世界を構築しているわけだからハードSF好きにはたまらない。

もし庵野作品がこれだけの要素で完結していたら、ほんとに真・オタク向け(歓喜)で、大抵の人は置き去りのまま、庵野メインストリームに登場することなく一介のアングラ作家という位置付けだっただろう。こんなに一般に受けたのは、妙なケレン味と、安っぽさが同居しているせい。


安っぽさというのは、ベースラインハードなんだから登場人物はオッサンだらけでいいのに、アイドル美人美少女が登場しちゃうところ。

ケレン味っていうのは、ゴジラ咆哮→放射というここぞの場面の演出とか、音楽の使い方が卑怯な感じでうまいこと。

で、この辺がおそらく日本人特有琴線に触れる部分なので、海外(っていうとアメリカかな?)のマッチョ文化には響かないんだろうと思う。


庵野はほんとに、ドメスティックオタク(もしくは庵野自身)だけをターゲットにすごい作品を作ってくれた。オタクかどうかを見分ける試金石的な作品なんじゃないかな。なのでこれが面白くなかったという人は、安心したらいいと思う。

2016-08-12

[]

今回はメテオ

宙のアポリア #13

些か言葉説明しすぎなキライがあるよね。

ストーリーや展開、キャラ言動とかに説得力を持たせるには、理詰めや言語化が大事だってことは分かる。

けれども、逆にそれがリアリティを削いだり、不自然になってしまっている部分もある。

だってほとんどの人間自身の感じたものを、すべて言語化しようとはしないし、できないから。

それに、いくら千の言葉を用いたところで、それを全ての読者に正しく読まれて、かつ納得して貰えるかなんてことは不可能なのだから、あえて「理屈を不足させる」っていうのも手法としてはアリだと思うんだけどなあ。

読者側に考察想像する余地を与えるってのも、楽しく読ませる上では大事だよ。



ゆーあい 第16話

無駄に反射神経すごいな。

まあ、鼻血が出なかっただけ進歩はしているんだろう。

あと、巻と美咲の何ともいえない関係は未だ継続中か。

何もないならないで一向に構わないのに、宙ぶらりんな状態からヤキモキするなあ。

いや、そう思わせるのはラブコメとしては定番ではあるんだが。

おー、直接的なエロ描写はないが、登場人物たちの感想と同じく「なんかエロい」と思わせてくれるね。

本旨から徐々にズレていく展開は予定調和だけれども、この巻と勇介の疑惑まだ引っ張るのか。

今後も定期的にオチとして使われそうだ。

2016-08-11

ゴジラ東日本大震災に見えない理由

同じような考察は既にあるのかもしれないけど、一応・・・



確かに洪水起こしたり建物壊したり放射線吐いたりってのは東日本大震災的で、

「発生した事象」が東日本大震災を重ねあわせている事は確かなんだろうけど、

ゴジラ自身震災のものを指していない気がする。



今回のゴジラは「解決しないでおくと際限なくでかくなる問題」という性格が与えられているし、

その根底にあるのは一人の人間憎悪と、多くの人間苦痛が設定されていると思う。

そう考えた理由は、ラストシーン尻尾が、自分には「苦しみ悶える人間を縒り合わせて作ったのがゴジラである」という表現に見えたからだ。



最初は本当に何がしたくて暴れてるのか分からない感じで暴れていたゴジラは、

大河内総理攻撃をためらった時に不自然な静止を見せ、

一時姿を隠した後、憎悪の塊のような形相の第4形態に変貌して姿を表したわけだが、

あの一連の流れは、ゴジラ思考というか、因果存在を感じさせた。

あそこで民間人を見捨てられず、まだ弱い間にゴジラを殺せなかったことで、大河内総理は後の災厄の芽を摘みそこなった。

震災には芽を摘むもへちまもない。

芽を摘めるのは人災だけだ。



自分の受けた印象だと、何らかの理由で不満を爆発させて無軌道破壊エスカレートさせた人々(第一形態、第二形態、第三形態)が、

強く対処できなかった事によって手のつけられない災厄となったものゴジラ(第四形態であるという感覚から

ゴジラは「格差問題民族問題等の、東京に住む虐げられた(と本人たちが感じている)層がテロリスト化する現象」の暗喩に見えた。



そんな感じ。

2016-08-10

ポケモンGOの今後を考察

まず、これまでやってきた経験と、課金で買えるもの買えないもの、などから考えると、ゲーム基本方針としてプレイヤー

に望んでいることは、ひたすら歩いてポケモン捕まえろ、ということだと思います

射倖心あおりつつ課金してアイテム買ってね、じゃなくて、金は払わんでいいからひたすら歩け、という方針です

課金目当てのゲーム設定なら、スーパーボールハイパーボールも買えるようにするし、下手したら卵も売るかもしれない

おこうやモジュール焚かないとレアポケモンはまず出ない、って仕様にするかもしれない

しかし、そんなことはしていないし、ポケストップ巡りは課金に優る仕様になっていることに疑いはありません



じゃあ、ナイアンテックビジネスモデルはどうなっているのか?というと、ポケストップを設置している企業からお金

もらう、というのがメインの考え方になっている気がしま

マクドが初期スポンサーだし、トーホーシネマズもここに加わったそうです

課金ゲーム流行り廃りで収入の増減があるけど、スポンサー料は変わらないので、計算は立ちやすいし、スポンサー

側は集客にもなるので、お互いに利益があります




が、ちょっと考えると疑問が出てきます

スポンサー料払ってまで、どこにでもあるポケストップを設置してもらうだけなのか?という点です

スポンサー料払うんなら、そこら中にあるポケストップと明らかに違う機能を持たせないと、出資したメリットがそこ

まで見出せないんじゃないか?って思います

新たな協力企業が増えた、被災県と協力、とか言ったって、中身はポケストップとジム新設の話しかありません

ほんとうに、ポケストップ作るだけで、そのお金企画に何か見合うものがあるのか?って思いませんか?

まあ実際、マクド収益上がったらしいので、これでもある程度問題ないのでしょうが、、、




ここから考えを進めると、ひとつの仮説が出てきます

スポンサーポケストップには、特別機能が今後出てきて、スポンサーポケストップに行きたくなる理由が発生する、

ということです

しばらく前、ガセか本当か怪しい情報だけど、ポケストッカスタマイズの説が出ていましたが、これはかなりあり

得ると思います

しかも、カスタマイズ可能なポケストップはスポンサーポケストップに限るのではないか、と思われます

もしくは、カスタマイズバリエーションが多い、という可能性も考えられます

スポンサーポケストップの特別化、かなり現実味があるでしょう





次に考える疑問です

ポケモンの交換機能実装はいずれ実現すると聞いています

これは、いつになるかわかりませんが、間違いなく実現するでしょう

しかし、ポケモン集めるしか意味を持たないゲームで、ポケモン交換しちゃっていいの?と思いませんか?

直接自分を殺しに来ている機能じゃないの?と

が、スポンサー企業への誘導をメインコンセプトと考えると、こんな説が出てきます

交換はポケストップでしか出来ないのではないか、と

交換は必ず複数人で行われます

複数人が集まってちょっと話して滞在する需要があって、そこにマクドがあるなら?入りますよね?

店の前でもいいっていうかもしれませんが、暑い日も寒い日もあるわけです

一定数が入るでしょう

これによって、交換機能持たす利点が運営側にも生じてきます

が、これにより、ポケモン集めに歩く人が減るのではないか?という懸念にはどう答えればいいでしょうか?



これにはもちろん、交換はできても、集める理由図鑑完成以外別にあればいい、ということになります

もっと簡単に導ける答えは、フリー対戦の実装です

現状、ポケモンの強化にはアメが必要です

アメは同種のポケモンを集めて初めて手に入ります

現在ジム戦に興味がない人でも、ポケモン交換できる相手がいたら、一試合くらいしていくでしょうし、

対人戦が行われるようになると強化のモチベーションが格段に上がります

強いポケモン、強い技のポケモン限界までの強化、したくなります

これを考えると、対人戦実装と交換の実装はセットであると言えます

少なくとも、交換だけ先に実装、というのは運営側に利点が薄いように思います

そして、ポケモン強化へのモチベーションと思うなら、対人戦はジムに限らずどこでも出来るようになる

のではないでしょうか

延々対戦して居座られても店は困るしね

そしてたぶん、対人戦から回復にも、元気のカケラやキズ薬が必要になってていて、対人戦何度かやっ

たら、またポケストップ巡りをしなければならなくなるのでしょう





こう思うと、わざマシン実装、わざの変更、これについては絶対ないという結論になります

強い個体値ポケモン、強いわざを持ったポケモン限界までの強化、これを最大の目的と掲げた時、

ポケモン収集しか方法はない、という状態には絶対にしておく必要があります

課金わざマシンボス戦でわざマシン、こんなことができたら、布陣が完成して、ポケモン収集

必要が無くなります

わざマシンを配るくらいなら、強い個体値と強いわざを覚えた限定ポケモンを配布する方がなんぼ

現実的なんじゃないでしょうか

しかも、強化度ゼロのやつです



いろいろ妄想は膨らみますが、今後の展開が気になるところです

2016-08-09

ネタバレシン・ゴジラ上陸ルートについて

周囲の高評価におされてゴジラを見たイチ素人なんですけどね、

作品自体は要所要所でアツくなる人間ドラマとか、

ギークあるあるってなる描写も多くて個人的には楽しかったです。

それで各所でネタバレありの考察を見るじゃないですか、

他の人はどう思ってるんだろうって。



それでだ、腑に落ちないのが初回の上陸ルート

個人的品川区京急線沿いに住んでるんですがね、

初回でゴジラ北品川から東京湾に引っ込んだ後

たか日常が戻ったかのようなシーンで

京急線を除き通常運行」といったようなニュース音声があると思うんですよね。

あの、聞き間違いとか思い違いとかだったらとても申し訳ないんですが、

JR通常運行っておかしくないですかね?


蒲田駅東口商店街経由で池上通りに出てその後第一京浜から北品川に至るってことは、

少なくとも京浜東北線やられてますよね?

(その後の在来線爆弾考えると大井町車両基地品川は無事っぽい)

ヘタしたら蒲田駅周辺の被害東急ダメかもしれない。

正式ルート考えるとか野暮だってわかってるんですけど、

考えれば考えるほどここの整合性が気になってしまって、

週末に観て以来もんもんとしています

あ、あのシーンでJRも止まってる描写があったらごめんなさい。

それはそれでこの疑問が晴れてスッとします。



ちなみに自宅と会社はこの第一上陸でやられました。


【追記】

位置関係的に↓みたいになるはずなんです。

    

     JR 京急

     │ │  八ツ山

     │ │  北品川    東京湾

     │ │  

池上通り│ │

     │ │

     │ │

   JR蒲田

     │ 京急蒲田 呑川河口

     │ │

NewsPicksより

(引用)

崩御、即、改元ではないとしたら、象徴天皇制であっても明治時代以来の転換となりますので、これまでのあり方が大きく変わることになります政府にも国民にもそれなりの自覚が求められますが、果たしてどこまで考察が深まるだろうか。

追記 拙著東条英機処刑の日」(文春文庫版)の宣伝と思われるのがいやだったので書きませんでしたが、皇太子時代の、15歳の誕生日戦犯処刑されたのはGHQが仕組んだ導火線でした。天皇誕生日ごとに休日となりあの戦争を思い出す仕掛けです。しか昭和天皇長寿ですっかり忘れられてしまいましたが、今上天皇陛下はひとときも忘れずアジア沖縄など戦争被災地訪問し続けたのです。


-------

明治以降の転換なのでこれまでのあり方と大きく変わる

という認識があまりないのかなというのを感じる

2016-08-07

amazon プライムで見れる良作ドキュメンタリー2

その他

[未知なる深海への旅 (吹替版)](http://www.amazon.co.jp/dp/B0182UALPI)
[ゾンビ真実 (吹替版) 15+](http://www.amazon.co.jp/dp/B00IUBTPNO)
[カリブの海賊たちの真実 12+](http://www.amazon.co.jp/dp/B018O74IHG)
[東日本大震災地震津波、その瞬間~ 18+](http://www.amazon.co.jp/dp/B01E9KG1T0)

近代戦争

[アメリカ軍を率いた将軍たち](http://www.amazon.co.jp/dp/B017TECTDK)

WW2

[戦火記憶 (吹替版) ](http://www.amazon.co.jp/dp/B0182U67A6)

WW1

[黙示録カラーで見る第一次世界大戦](http://www.amazon.co.jp/dp/B017TGVN08)

http://anond.hatelabo.jp/20160807165052

http://anond.hatelabo.jp/20160807092734

対応ありがとう。読みやすくなった。

読み方は(増田も言っている通り)やや(かなり?)牽強付会くさい点もあるけど、面白い読みだとは思った。

ただ、増田の言うことが正しいとして、何で今の時代に「氏族共同体中央集権の争い」を描いたの?ってのが気になった。「体制側の否定をともなう無秩序への回帰願望」が発現した事件とかって最近あったっけ?ISとか?

あと↓この辺の解釈をどう思うかも気になる。

■『シン・ゴジラ』のテーマ考察

http://anond.hatelabo.jp/20160731181525

2016-08-06

http://anond.hatelabo.jp/20160806225103

今回の事件

ゲイノンケ告白した

ノンケアウティングした

大学同性愛者に対し性同一性障害に対するアドバイスをした

の3つの争点があって、2つ目の対応炎上対象になっている。

1つ目も考察すべきだろうけど、それは分けて考えないといけないと思うよ。

会社男女平等とか無理だろ..

役員数がーとかいう話よくあるけど,

そもそも大学に入る時点で文学部かいわゆる社会の役に立たない学部に入る女の人が多すぎる.(もちろん学問としては重要であることは分かっている)

そういう人が会社に入って,いい待遇がいいです,とか出世したいですとか虫が良すぎるでしょ.

そんなのあまり注目されないだけで男だって無理だ.

表面上は男女差別に見えるけど,実際の所は大学での専攻で決まってる.実学寄りの専攻に男が多く女が少ないって話.

経済とか工学見てみろよ.男ばっかりだぞ.

会社での位と専攻の相関を見たら面白いんじゃないかな.

・・・・・

データに従った考察じゃないから違う可能性もある.その時は訂正します.

もし将来のこととか考えないでいいなら文学部とか入りたかったな

高校生の段階で将来の生計重要度は男女で同じですか?就職に失敗しても結婚して家庭に入ればいいやとか思ってないですか?

2016-08-03

選挙技術分析もういいです

選挙が終わるたびに、各候補や各党について、この主張が〇〇層の人気につながっただの、こんな選挙戦しかできないようでは×党は終わりだだの、そういうニュースコメントが増える。選挙結果をよく説明する分析も当然あるだろうけど、これ、もういいわ〜って思う。"×党は選挙がヘタなので終わっている"ということを投票する側に理解させてどうするんだろう?"では、選挙が上手な〇党に入れましょう!"って話がしたいんじゃないだろうに。

必要なのは当選した人が今後いい仕事をするように促すことや、人気取り技術依存して当落が定まってしまう(しまった)ケースを注意・反省することだと思うけど、分析結果をそういうことに貢献する考察まで持っていってるのはほとんど見たことがない。単に分析結果を説明するだけなので、人気取りにおいて優秀な人が、あたか為政者として相応しい人であるかのように感じてしまう。でもちゃんと考えたら、人気を集めて維持する技術がある人を為政者として選びたい訳じゃない。ある状況で適切に振る舞えることは、プラスではあるけど、選ぶ決め手にするほどのことではない。行政仕事遂行するには別の能力がたくさん要る。

この当たり前のことを改めて確認し、気持ちる〜くなった夏の1日。

なお、報道事実を伝え、解釈受け手に委ねるのが大事みたいな話はこの場合眠たい話。各メディア解釈がきちっと構築してあるほど、各々をぶつけたり比較したりする間に話を深められる。正直、自分解釈を打ち出すのを尻込みしてるから、代わりに"客観的"な技術分析お茶を濁してるように感じる。


とか言ってますが、自分のこの記事自体技術分析みたいなもんです。ごめんなさい部屋の掃除でもしてさっさと寝ます

分析大事だしそれなりに難しいけど、きちんとした分析結果をつかって解釈や主張をまとめるまでが本当の仕事です。メディアの皆さま頑張って!ということです。本当に言いたいのはね。

2016-07-31

シン・ゴジラ』のテーマ考察

本作も庵野作品らしく、元ネタからテーマを考えると分かりやすい。以下、元ネタと目される作品事件との比較から本作のテーマを考える。


※なお、細かい元ネタについては↓を参照。

■『シン・ゴジラ』の元ネタまとめ

http://anond.hatelabo.jp/20160731121447


1. 岡本喜八日本のいちばん長い日から考える

シン・ゴジラ』は『日本のいちばん長い日から多大な影響を受けている。激しいカット割りは岡本喜八作品の特徴そのものであるし、日本が重大な危機に直面した際に、どう対応するのかということを題材としている点でも同一である


しかし、そこで描かれるテーマは異なる。『日本のいちばん長い日』はポツダム宣言受諾を目前に、原爆を2発落とされておきながら、なお利権争いを続ける官僚政治家の醜悪さが描かれる。そこでは官僚政治家一丸となって事態対処するという姿勢は見られず、最終的な解決天皇が”ただ独りで”下した「御聖断」によってつけられる。


他方、『シン・ゴジラ』では、責任逃れのために策謀を凝らす政治家官僚が現れたりはするものの、官僚政治家科学者(+ドイツ中国米軍)が”一丸となって”ゴジラ問題対処する。そこには、どんな重大な危機でも、みんなが一丸となって理性を行使すれば必ず解決できる、というポジティブメッセージがある。


2. 庵野秀明新世紀エヴァンゲリオン』『ヱヴァンゲリヲン新劇場版から考える

シン・ゴジラ』のストーリー展開は『エヴァヱヴァ』におけるラミエル戦とそっくりである。すなわち、『エヴァヱヴァ』においては使徒ラミエルを倒すために全国の発電所および送電車が動員され、日本国一丸となって協力する姿が描かれる。『シン・ゴジラ』においてはゴジラを倒すために全国のプラントおよび化学工場が動員される。


しかし、両者はその後のストーリー展開が異なる。


エヴァヱヴァ』においては、こうした戦いを通じて主人公シンジ君が生きる意味を見出す過程が描かれる。父に捨てられた経験から生きる意味を見失っていたシンジ君は、エヴァに乗って世界を救うことが自分の使命である自覚していくのだ。

しかし、シンジ君はその後、使徒レリエルとの戦いの過程で、自分が乗っているエヴァがとんでもない化け物であることに気付きはじめ、続くバルディエル戦で親友トウジに重傷を負わせる(漫画版では殺害)に至って、生きる意味を完全に見失う。

そこで描かれるのは「みんなで協力して事態対処したところでそれらは全く無意味である」というかなりニヒリスティック結論である


他方、『シン・ゴジラ』においてはこうしたひねくれたストーリー展開はないため、「みんなが一丸となって協力すれば危機を乗り切れる」というポジティブ結論になっている。


3. 本多猪四郎ゴジラから考える

シン・ゴジラ』においては初代ゴジラリスペクトすることが明言され、ゴジラデザインストーリーに初代ゴジラの影響があることがしばしばインタビューなどで語られている。


ゴジラ』のテーマの1つは、当時問題となっていた第五福竜丸事件を背景とする、反核兵器思想であるゴジラ水爆実験の影響で出現し、東京ゴジラがまき散らした放射線は罪のない児童にまで及んだという描写からこれがうかがえる。


他方、『シン・ゴジラ』でも核及び原子力問題テーマとされている。ゴジラは海中に投棄された核廃棄物を喰らったことで東京に出現し、原子力エネルギーによって動いている。

しかし、『シン・ゴジラ』ではこの問題に対する姿勢はもう少し複雑なものとなっている。

まず、①原子力で動くゴジラ破壊力はすさまじく、東京は一瞬で火の海にされてしまう。他方、②ゴジラがまき散らす放射線による被害は小さいとされ、③ゴジラエネルギー源の研究を進めれば現行の原子力発電よりもより安全クリーンエネルギー調達することができることも示唆される。作中ではこのゴジラの2面性を評して「ゴジラは神の化身にして、人類福音をもたらすもの」とも言われる。

しかし他方で、④国連安保理による核兵器投下はきわめて否定的に描かれる。

ここには、「核兵器使用には断固として反対するが、原子力活用については現実的に考えなくてはならない」というメッセージがうかがえる。


4. 結論

以上の検討から、『シン・ゴジラ』のテーマは、「どんな重大な危機でも、みんなが一丸となって理性を行使すれば必ず解決できる」ということと、「核兵器使用には断固として反対するが、原子力活用については現実的に考えなくてはならない」という点にある。

なんというか、大人結論である


5. その他気付いたが確証のないメモ妄想

◇「私は好きにした。君らも好きにしろ。」は岡本喜八監督から庵野監督へのメッセージ(牧吾郎写真岡本喜八監督写真採用したのはこのせい)。「この国で好きを通すのは難しい」はこれに対する庵野監督の回答。現代における作品作りの難しさを言っている。

これを踏まえてラストの「そろそろ好きにしたらどうでしょうか」を聞くと趣深い。すなわち、『シン・ゴジラ』は、色々な制約(予算オールファン批判)で自分の好きに映画を作れない監督が、それでも俺は好きな映画を作るんだ!という映画である。結局、TV版の『新世紀エヴァンゲリオン』のラストと同様、フェリーニの『8 1/2』と同じ結論になる。

ラスト血液凝固剤を流し込むシーンは、一見バカバカしいと思ってしまうが、福島第一原発コンクリートを流し込むという形で実際にやったこと。

ラストゴジラは死には至らず、凍結されるにとどまるが、これは同じく凍結状態にある福島第一原発を模している。今後も対処を続けないと、とんでもないことになるよ、という暗喩か。

ヱヴァQとシン・ゴジラテーマは重なる部分あり。

(1) 孤独な男(シンジ・牧吾郎)が、強大な力(13号機・ゴジラ)を手にして事件を引き起こす。

(2) 危機対応するのが現実主義的な集団ゴジラ討滅のために核の使用も辞さな人類エヴァ殲滅のために初号機を主機として使用するヴィレである

すなわち、両者ともに、危機に対する現実主義的な対応を描いている。トーンの明暗を分けたのは、視点孤独な男(シンジ)サイドに置くか、現実主義的な集団日本政府)に置くか、の違い。

◇牧吾郎反原発博士だったのではないか

妻を放射線で亡くしたことで反原発思想になった結果、日本の学界を追放されてアメリカへ。

国民生活や命よりカネを優先して原発開発を続ける日本報復するために、核エネルギーで動くゴジラを出現させた。

その結果、①多数の東京都民疎開により生活拠点を奪われ、②いつ復活して再び惨禍をもたらすか分からない凍結ゴジラが都のど真ん中に鎮座してしまった。

(上の仮定が正しいとすれば)まさに牧吾郎の狙い通り(cf.広瀬隆東京原発を!』)になったことになる。

http://anond.hatelabo.jp/20160731000611

物語製造業人間からコメント

まずはじめに、(対価のない)残業とか長時間労働は、悪であるっていうのは異論がない。

じゃなんでこんなドラマ作ってるんだよ、糞野郎死ね、と言われれば反論のしようがないんだけれど視点の補足として2点ほど足したい。

ひとつめは、僕等としては残業を戦いたいわけじゃなくて苦闘みたいなものを描きたいんだよ。物語上の要請として、成功や勝利の全段階として、苦戦や熱戦の描写必要だ。これは物語設計上の問題なので、もう、どうにもならん。エンタメとして人間が楽しめるパターンは限られてる。難問の提示→工夫や挑戦→解決(勝利)という構造は、壊せない(壊してもいいけれど、エンタメとしては大衆に訴求できなくなるだけだ)。

もちろん、「苦闘」という抽象的な設計要請を「長時間労働ブラック労働描写」にする必要はない。感情導線を作中のどういうエピソードとして描くかは、作者(この場合脚本家か)の腕の見せ所だ。他の苦闘描写にすればいいじゃねえか、と言われれば、Yesだ。それが視聴者や読者に不快しか与えないのは、作者側の技量不足、というほかない。という原則論を先ずは掲げておき、次には「じゃあ、現代日本の作者の平均的技量はどうか?」という視点で見てみると、例示されたテレビドラマ脚本家が著しく能力に劣るとは思えない。「家を売るための工夫」みたいな部分で、じゃあ他にどんな描写が出来たか、新素材開発の技術者敵苦悩? 銀行の根回しの政治闘争? どれも尺的な問題や、他のドラマ部分との整合性難易度が高そうだ。もちろんそういった変わったエピソード迫真性を持って描ける有能な作者もいるがそれは平均レベルではない。

(すべての作者や脚本家は有能であれ! という意見は一理あるが、それが現実社会実践できるかは、増田全員が自社や自分身の回りを見回せば納得してくれると思う。創作者の世界だって、有能な人間割合は変わらないのだ)

二点目の問題として、「このシーンは苦戦、苦闘のシーンなのだ」というのを視聴者に伝えるエピソードとして、ブラック労働というのは、視聴者からみて「理解可能なのだ作家脚本側)は、この「理解可能」という制限範囲内でしかものを作れない。その範囲を超えてしまうのは、芸術としてはありかもしれないけれど、大衆エンタメとしてはNGだ。増田がそのブラック的な業務(っていうか、子守って業務なのかどうかわからないが)をみて「これはひどい」と思ったのなら、それは「ヒドいシーンを描こう」という目論見が成功した結果だ。

たとえば、プログラマなどはその業務において、本当にクリエイティブなのは頭のなかで実装アイデアを考えている瞬間だ。そこに快楽ブレイクスルーの高揚があるとは思う。しかし、その瞬間は、他人から見れば散歩中であったりモニターの前で空中を見つめているだけだったりする。それを「熱戦」であったり「苦闘」だと、圧倒的多数視聴者理解できない。同じオフィスで働いているOLだって理解できないくらいだ。理解できるようにドラマ的な補助線を引いてやるなり、読者視聴者に分かる程度に戯画化してやるしかない。「ムカつく糞ガキの子守」というのは、この戯画化の結果だ。

まり、件の展開は作家脚本家の工夫の結果だといえるだろう。

第三に、ドラマなるものエンタメ創作は「特別もの」を描くものだ。これは、もうすこし常識として言語化されていいものだと思う。なんでコナンではあんなに殺人バンバン起きて密室が出てくるのか? それはそれが「特別もの」で「常とは異なるもの」だからだ。「だからこそあえてそれを描いて世に表す価値がある」という考えのもと、エンタメとして成立している。青春時代初恋や、大正時代ハイカラ女性の自立や、銀行員の造反もそうだ。日常系物語でさえ「日常の中のちょっとした特別」という意味特別を描く。描くという行為のものが、その描いたシーンを描かずに省略したシーンに比較して特別にするという創作的な処理なのだ

その「描かれた特別もの」を「一般社会常識に反している」という視点糾弾してしまうと、エンタメ作品の多くは枯れ果ててしまう。件のドラマは、逆に言えば「一般社会ではあっという間に糾弾されてしまうような『特別な』ブラック労働なので、あえてそれを描いたのだ」といえるだろう。

もちろん(対価のない)残業とか長時間労働は悪である。それを礼賛するような「描き」になってしまったのは、前述したように作家脚本家側の技量不足であるしかしながら、以上3点の視点補足が、この種の問題に対する考察の糧となってほしい。

2016-07-30

濃い考察解釈が避けられるのは自分と違う解釈を許容できない人が多いからではないかと思う


天使とか言うだけなら敵を作りにくいか自然と顔が広くなっていく


深い考察は一部同意できても別の部分が同意できない可能性があるから忌避される


次第に語らなくなり語れなくなっていく 無意識ブレーキがかかり深く考えることを止めていく


住み分ければ住み分けるほど自分と似た志向の人に囲まれるのが当たり前になっていく


その中で更にまた選別し住み分け 自分と少しでも違うものを視界から排除する


視界はどんどん狭くなり所謂地雷が増えていく


わかりやすさと繊細さが均質化を推し進める

2016-07-29

http://anond.hatelabo.jp/20160729133638

倫理的な話を一切排して考察すればその可能性もある。

ただ、同時に当時のドイツでは、働き手である若者の大量の死や、

ソ連兵の大量レイプによる混血児の激増、

また戦傷による別要因での障害者の激増、

インフラの壊滅、

東西分裂による離散家族の発生や異なる価値観下での経年と再統合等、

それより遥かにインパクトが大きいと思われる事象が沢山起こったので、

要因としては無視して良いレベルと思われる。