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はてなキーワード: 考察とは

2016-12-03

猫の多頭飼い崩壊を見て人間も同じではないかと思った

猫の多頭飼い崩壊ニュースを見て人間でも同じことが起こっているのではないかと思った。

猫の場合

1.飼育能力のない飼い主が猫を飼う

2.無計画繁殖

3.可哀想という理由で餌を与え続ける

4.当然家猫は自活能力がないので餌を要求

3-4の繰り返しで崩壊

人の場合

1.経済力及び教育能力のない親が子供を作る

2.まともな教育を受けていない子供が無計画繁殖

3.可哀想という理由で周囲が支援を行う

4.まともな教育を受けていない人たちは自活能力がなく、自分たち可哀想であり、格差があると主張し支援要求

3-4の繰り返しで崩壊?

疑問点

人の場合も猫と同様に崩壊するのだろうか?

ちなみに、バカが増えすぎた未来を描いたIDIOCRACYという映画では崩壊している。

https://www.youtube.com/watch?v=BBvIweCIgwk


解決策についての考察

猫の場合

a. 殺処分

b. 飼育能力及び経済力のある人に渡す (里親)

c. 去勢避妊

d. 飼育放棄(野良猫にする)

人の場合
(a)について

倫理的に実現不可能

(b)について

雇用主を探すという意味ではハローワークがあるが機能しているかは疑問

別の国に行ってもらうということも考えられる。日本では能力が発揮できずに自活ができていなくても、発展途上国などでは能力需要があるかもしれない。(想像)

(c)について

倫理的に実現不可能

しかし、出産経済力による制限をかけることは可能かもしれない。

(d)について

犯罪者になる可能性がある

しかし、教育をすることで野良にする(支援から切り離す)ことが可能かもしれない。

狩りを教えて野良猫として生きさせることと同様に、生き方を教える。

しかし、職業訓練校の現状を見ると効果には疑問

トイレなどを教えて地域猫にする。

これは最低限のマナーを教えてホームレスとして生きさせるということだろうか。

実現可能性は不明

まとめ

猫についても人についても、どちらもどのように解決していけば良いのだろうか。

猫の場合は最終手段として殺処分去勢避妊があるが、人ではそれは不可能だろう。

しか人間しか出来ない解決策もあると思う。

それは、性教育の延長として子育てにどれだけの費用がかかるかなどを教え、無責任繁殖を防ぐことである

(無責任繁殖する人たちを教育できるかは不明)

但し、その結果少子化は加速すると考えられる。

個人的には出産経済力による制限をかけることが良いと思う。

経済的虐待を受ける不幸な子供が減り、いわゆる貧困連鎖を断ち切ることができる。

少子化という結果が同じなのであれば、こちらのほうがより確実である

2016-12-01

この世界の片隅にバケモノ(人さらい)は結局何だったのか

ネタバレを含んでいるであろう考察です。



A.バケモノ

そのまんまバケモノです。

あの世界には妖怪が出没します。

なんのためにいるのかは謎です。

見てる人が座敷わらしちゃんKAWAIIするためなのかも知れません。



B.想像産物

怖いおじさんにあったという思い出が改変されてバケモノになりました。

一番筋が通ってる気がします。

夜空は脚色です。

実際はただ逃げたです。

ラストの橋のシーンはそれのネタバラシです。

なんで唐突ファンタジー要素が登場するのかをもう考えなくていいのが魅力的です。



C.戦争メタファー

戦争に巻き込まれていくという様子をバケモノ誘拐される形で表現しました。

「夜」は戦争の終わりを意味していてます

カゴから脱出は2人の今後を暗示しています

「夜までに帰らないと」はバケモノ出会った場所終戦直前に何が起きたかを考えれば明白です。

物語構成としてはこれがしっくり来ます



実際どれなんでしょうかね。

あのシーン以外の部分にヒントが紛れているのかも知れません。

自分NTRれボーイが幼少期にフラグ立てに来た辺りで既にバケモノ存在を忘れていたので見落としがあってもおかしくないです。

週間文春「ユニクロ潜入一年」を読んで

今週の文春。

連載なので、具体的に某ファストファッション企業の売り場から見える実態と闇の深さの考察は次号を読まねばならず、

今週は導入部分といったところか。

しかし、今回触れられていたバーゲンと呼ばれる催事間中販売員店舗業務従事する労働者過酷労働環境プレッシャーは、

いくら初めから納得の上で課せられた「仕事」とはいえ、読んでいて本当に胸が痛くなる。

自分にも身に覚えがあるからだ。

自分10年間、某大手アパレル店長をしていた。

アパレル流通においてSPAの中で店舗対面販売部門は、その売り上げを通信販売・無店舗型のインターネット取引に取って代わられつつある。

販売員を長時間拘束し、人件費家賃含め諸経費がかかりすぎる店舗経営というのは、これから縮小の一途をたどるのは明白だ。

売り場は、今、時代に即したやり方でもっとスピーディー情報伝達体系を模索して変化しなければ生き残れない。

しかし、記事を読む限り、そして同業他社の様々な人たちから聞く限り、

いまだに売り場というのは原始的かつ高圧的なトップダウン形態支配されている。

ブランド名商品力だけでは響かぬ、移り気で流動的なお客様が購入に至る過程において、

接客販売」というのは、

商品の力だけでは補えぬ「知識」「信頼」「安心」を生み、ブランドファンを増やすという点において、非常に重要仕事だ。

広告ネームバリュー商品力だけでは補えない、人と商品との「出会い」と「絆」は、

しろ今こそ実店舗経営は他社との明確な差別化を訴求するための、強力な武器になりうると思う。

売り場は、そこに行った者にしか味わえぬ強烈な「体験」がある。

販売員お客様個性に合わせて演出し、魔法をかけ、喜びと優越感を体感してもらう。

だが、その売り場に今となっては「数字」「雑用」「クレーム処理」ばかりが、しわ寄せのように押し寄せる。

働いている人々のポジション賃金も、本社に属する者より低く安い。

過去には現場重視の会社も多々あったが、この不況でグッと数が減った。

年齢が上がり売り場に立てなくなった古参販売員の他業種への流出も、具体的な受け皿がないままダダ漏れ状態

数字キッチリ取れるほどの販売力、心地よいサービス提供する接客力というのは、数ヶ月〜1年ではなかなか身につかない。

しか販売離職率は上がり、キャリアの浅いバイト派遣ばかりで、接客スキルの質の著しい低下も、最近はとても目に付く。

「売り場重視」「働きやす環境」を謳う何社かも、比較すれば他の業界に比べ圧倒的に賃金福利厚生共に水準には全く届かない。

今回のこの連載が、業界においての接客に携わる人たちの労働待遇改善地位向上の動きにつながりますように…と、

応援意味も込めて文春を購入した次第。

http://anond.hatelabo.jp/20161201011038

真面目に考察するような増田なら、他所ネタ引用でも否定しないが

タイトル「○○ウザい、キモい

本文「(リンク)こういうのムカつく」って

記事自体価値なくて、ただの晒しと暗黙の攻撃依頼だと思うわけです

最近そういう増田をちらほら目にして

ウザいなら自分攻撃しろ

バカを煽って攻撃させたいにしても増田でそれをやるな

と思ったというところです

2016-11-29

アニメーション考察なんかよりも明日パンの方が大事

自分が通うアホ大学でも映像を見て色々と考察することがある。

そして気づくのは、大量製造されるアニメ映画などの考察なんかよりも明日、いや下手したら今日パンの方が大事だということだ。

これは非常に穏やかなアニメであるソラノヲトを見て、疲弊した精神と肉体を癒やしていながら言うことではないのかもしれない。

だけども、やっぱり明日パンのほうが大事であり格差貧困問題から目を逸しているようにすら感じる。

映像というものに飽き飽きしており、神戸大学やらの経営学部経済学部に編入できることを夢見て下手の横好きで英語を気を散らしながら勉強している。

結局は、カネとセックスだと思っている。

2016-11-28

朝日新聞翻弄されるSMAPファンジャニヲタの最大の弱点・盲目

現在Twitterトレンドに「#SMAP存続署名37万3515人」というタグが踊っている。

なるほどSMAPの熱心なファンが、存続してくれと自発的署名を集めたというのだ。

しかし、その署名を集めた発起人とされるアカウントツイートを見てみると、



📎 🖇5☆SMILE 📎 🖇 ‏@cantstop_susume 5時間5時間

🌟SMAP存続署名 37万3515人🌟

続きまして本日朝日新聞の夕刊に

掲載をして頂ける事になりました‼️

朝日新聞様には感謝しかありません!皆様是非お求め下さい!

#SMAP存続署名37万3515人

#朝日新聞を買いに行こうよ

#SMAP #5smile_project



#朝日新聞を買いに行こうよ というタグ唐突に付加されている。

そして案の定、それを拡散したジャニヲタの皆さまが「#朝日新聞を買いに行こうよ」のタグを使って熱心につぶやき朝日新聞の購入・応援に走っているのだ。




はっきり言おう。朝日新聞はこの署名が何の効力も産まないことだって分かっている。

それどころか、



SMAP解散騒動とは結局何だったのか。芸能マスコミ報道への疑問」 http://bylines.news.yahoo.co.jp/shinodahiroyuki/20160123-00053721/

ジャニーズファンクラブ規約問題朝日新聞報道SMAP解散で山が動いた?」http://randomview.seesaa.net/article/444268368.html



の2つの記事を見れば分かる通り、SMAP解散騒動の時点では真っ先にジャニーズ事務所側の肩を持った報道を行い、

ファンクラブ規約問題炎上すれば今度は特集報道を行うなど、ジャニーズに対してある意味コウモリ的な立ち位置報道を行っていたマスコミ朝日新聞である

まり朝日新聞はここまでの時系列で「SMAP解散騒動を燃やし、ジャニーズ内に亀裂を作る一端をになった挙句SMAP存続署名のことを取り上げてジャニーズファンの支持(&新聞の売上とイメージアップ)をごっそり頂いていく」

というマッチポンプ状態になっているのだ。


現在朝日新聞ツイッターでべた褒めし、「SMAP存続署名を取り上げてくれた朝日新聞感謝の購入を」みたいな空気で盛り上がっているSMAPファンの皆さんは、

あなた達は朝日新聞の狙い通りに操られているということを一刻も早く理解するべきだと思う。




そもそも、この署名管理運営を行っている人物がちゃんとしたSMAPファンであれば、

朝日新聞取材を受ける」ということをここまで喜ばしく表現する事自体おかしいのだ。

何故ならSMAP解散騒動燃え上がったとき、そのど真ん中でキャンプファイアーをしていたのが朝日新聞なのだから

あんた達が燃やしたせいでこんなことになっているのに、今更取材しに来て恩を売ろうとするとは何事か」と激怒してこそSMAPファンではないのか。

そして、#朝日新聞を買いに行こうよ というタグをわざわざ作ってまで拡散しているところからしても、



「今回のSMAP存続署名は、もともと朝日新聞とつながりのあった人間企画した、朝日新聞イメージ戦略としての側面を持ったものであった」

といえるのは間違いない。




そして、それが実現されてしまったのはジャニヲタの最大の弱点「盲目性」のせいである。

パーナさん事件等でも有名になってしまったが、

自分たち自分たち応援しているタレントに都合のいい情報考察であれば、何でもかんでも拡散して支持してしまう」という盲目性を持っているのが多くのジャニヲタであり、

良識ある人が「いやそれはちょっとおかしいのでは」と冷静に動くことを促そうとすると、使命感や高揚感からかマトモな考えを経ずに「邪魔者・敵」だと判断してしまう人がとても多い。

パーナさん事件で嘘の避難所情報や「レイプ車」などの情報を、周囲の制止も聞かずに信じて拡散した人々のことを記憶している人も多いだろう。

そして、一晩で21人のパーナさんを(ツイートしている状況からしたらタコ部屋以上の殺人的な詰め込み方をしないと運べないし泊められないのに)

救助したと表明したジャニヲタ女性賞賛言葉フォロー殺到したという滑稽極まりない話もあった。



そういう人たちが今でものうのうと活動しているほど、ぬるいのがジャニヲタ世界なのである

そして、その人々の盲目性に乗っかって、過去自分が撒いた種で燃え上がった騒動の美味しいところを総取りしようとしているのが朝日新聞であり、

それに気づかずに両手を上げてありがたがっている盲目SMAPファンがこれを美談として語り継いでいく限り、ジャニヲタ盲目性を利用して美味しい思いをしようとする者たちは、

マスコミ企業個人、その他関係なく、今後も続々と現れるのであろう。

2016-11-24

http://anond.hatelabo.jp/20161124224531

事故に関してはそう言えるかもしれんが、それが事故以外の一般適用できるかは疑問に思ったな。

なんかそのあたり考察した人とかいないんだろうか。

まあ、事故以外の一般適用できるとしても、元増田の言う「まるでその集団ほぼ全員」とみなしていいほど60万人中3万は多いのかって話になると思うが。

レビュー界隈の叩かれ方

感想→許される

感想レベル批評気取り→潰される

批評体裁感想レベル無視される

鋭い感想で裏が取れていない→知識偏重から袈裟固めを食らう

知識偏重自分意見がない→マウンティング野郎としてライトユーザーから口撃、重鎮からマウント

論文形式のしっかりとしたまとまり具合で自分考察作品文脈内包されている→何故か一番読まれない。三行で、などと煽る連中の出没。有名ブロガー権威と一緒に供されるとやっと閲覧される。

2016-11-23

この世界の片隅に のネタバレ考察をしたいわけだが

順次公開が2月付近まで続くようで、ネタバレをどこまでしていいのかわからん

残念だ。

2016-11-21

この世界の片隅に」を観て、眠れる狸が目を覚ました



この世界の片隅に

何となく評判が良さそうなのと、こうの史代原作だというのとで、

北海道じゃ知る限り今のとこ札幌の1つの映画館しかやってないけど、観に行ってきた。



もう言葉も出なかった。



帰り道の途中、あーでもないこーでもないと、頭の中で感想をひねり出そうと頑張ったんだけど、とにかく上手く表現できない。

ただただ、素晴らしい。この「素晴らしい」という言葉も何か陳腐ものに聞こえて、却って作品を貶めてしまってる気がする。そんな感じ。



もちろん、個々に素晴らしい要素を取り出すことはできる。

背景がとにかく綺麗で、建物や草花、人々の描写が緻密で、登場人物たちも何か温かな感じで、

物語も、すずさんという主人公を中心に、戦時中市井の人々の暮らしが丹念に描かれていて、

それでいて、あの時代、あの戦争というものに、いわゆる普通の人々がどう向き合っていたのかを考えさせられる。

さら自分が言わなくても、もういろんなところで考察感想があがっているから、これ以上言及する必要はないだろう。



それでもどうしてこの映画がこんなにも心を打ち抜いたのか、説明できない。

自分表現力が乏し過ぎるから上手いこと言えないだけなんだろうけども、何とか自分言葉感想を言いたいなぁ~と考えて考えて、



そこで思いついた!

そういえば自分の中で同じくらい心を打ち抜いた映画があったなぁ~と。

それと「この世界の片隅に」で、なにか共通するものがあるんじゃないかなぁ~と。



それは…「平成狸合戦ぽんぽこである



はぁ?「この世界の~」と「ぽんぽこ」を一緒にするんじゃねぇぞカス

とどちらのファンにも言われるかもしれないけど、言われても仕方ないんだけど、

少なくとも自分はこの映画を語るのに、「ぽんぽこ」という“触媒”が必要だった。



平成狸合戦ぽんぽこ」は高畑勲監督が手がけたご存知スタジオジブリ作品だ。

内容をごくごく簡単に言えば、ニュータウンの開発で自分達の住処を失う危機に面した狸たちが、必死の抵抗を試みて敗れる物語である

でもここに出てくる狸たちは、そんな深刻な事態なのにどこか暢気でズレていて、人間との「戦争中」だけど恋も遊びも楽しんでいる。

そしていよいよ追い詰められていく中で、ある者は徹底抗戦を唱え玉砕し、ある者は自分たちを受け入れてくれるこの世の楽園(そんなものはないのだが)を目指して旅立ち、

主人公を含むその他の者は、人間社会への同化を試みることを決意するのである



この作品、たくさんの風刺メッセージが込められていて、解釈も様々ある。

そして自分が感じたのは、「(それでも)生きていく」というものだった。



ニュータウンの開発。それはそこに暮らす狸たちにとって、自分たちを取り巻く環境価値観を一変させる脅威だったに違いない。

からこそ必死に抵抗するのだが、しかし圧倒的な力の差に敗れ去ってしまう。ただ、それでも―

主人公を含む一部狸たちは、人間社会の中で、人間価値観の中で、「(それでも)生きていく」ことを選んだ。



映画最後の方で、主人公はかつて豊かな森であったろうゴルフ場の片隅で、小さな宴会を楽しむ昔の仲間を発見し、再会を祝う。

その小さな幸せを楽しむ向こう側には、絶望的なほどに圧倒的支配者となった人間の暮らす街が広がっていた―。

なんだか救いがないように見えるけど、でも、不思議希望も持てるラストだと思った。

きっと狸たちは、もう今までの自分たち世界は取り戻せないけども、それでも新しい世界のどこか片隅に自分たちの居場所を見つけて、

しなやかにしたたかに生きていくだろうから



さて、「この世界の片隅に」はもちろん「ぽんぽこ」とは全然違うんだけど、

でも根っ子の部分で重なるんじゃないかなぁ~と、少なくとも個人的には感じた。

自分たちを取り巻く社会価値観環境が変化する中で、それに戸惑ったり抵抗したり適応したりしながら、それでも生きていくということは、人間普遍的テーマだと思うから

この映画はその普遍的テーマを直接言及するわけでなく、戦時中市井の人々の日常という形で描いてるものから

何か上手く捉えられず表現できないんだけど、心を深く揺さぶるんだと思う。



余談だけど、今まさにこの現代にこの映画が出たことは、タイミング的に奇跡なんじゃないかな。

というとオーバーだけど…でも、世の中が激変し過ぎて、正直自分不安を感じてるよ。

テロの多発、英国EU離脱トランプ大統領誕生等々…。あん政治的な話を持っていくとこじれるからこれ以上はやめとくけど、

いったいこれからどんな世界が訪れるんだろうか、全然からない。

からないんだけど、考えるのを止めて狸寝入りしちゃ駄目なんだろうな。

からないなりに現実と向き合って、「(それでも)生きて」いかなくちゃならない。



何だかやっぱり上手く言えないけど、そんなことをあらためて感じさせられた。

2016-11-20

結婚

面白い考え方するよねこ記事

最初記事

最初記事は「飽きて別れる率高いよね?人は飽きる生き物なんだよ?離婚する可能性があるなら、一緒にいようねってってだけならそうしたら良いじゃん」という記事

この記事には肯定否定もしない。

後の記事にも続くけど、制度としての結婚には制度上のメリットがある。それを否定はしないからだ。

次の記事

二番目の記事は、「まぁ色々言われてそれぞれ考える意味はあるみたい、でも金以外の意味はまだ解からない。おしえて?」とまぁ、若干あおり(?)気味だ。

この記事コメントの流れこそ、読んで見ると面白い

結局のところ、「愛の誓い、儀式としての結婚」と「戸籍問題制度としての結婚」という話だと思う。

この辺を切り離して考えないと、感情論議論しかならない。

ここで「愛の誓い、儀式としての結婚」は「その時誓ったって、未来に関してはわからないじゃん!」というよく考えれば当たり前の答えに行き着く。

(「自分だけは」…って思っても、どうせ大多数がそう思ってる。だから結婚する。でも 1/3 は離婚している。そう考えれば否定はしちゃいけない)

考察

結論として、「戸籍問題制度としての結婚」と「同等の権利事実婚で得られるなら、事実婚だけでいいじゃん、別れるかも知れないんだからさー」という話だと考えられる。

理性で考えれば結論には賛同したい。

まぁそれとは別に感情で考えれば、「死ぬまで愛したい、そういう気持ちで一緒になったんだ」といった「記念」としての結婚も分からなくない。

結論

そこを踏まえての理想は。下記の2点があれば良いのかなって思う。

  1. 結婚制度ではなく、記念イベント落ち。
  2. 扶養者(結婚存在していない為家族とは表記していない)のいる世帯などに関する税制度は、事実婚でOKとする。

まぁ実際のところ、日本においては年収600万位?を超えてこないと、「戸籍問題制度としての結婚」に付随する権利がないと色々厳しくなると言うのは事実

そういう意味でも家族特に扶養家族)がいる場合には、基本的には制度に乗る必要があるという話だろう。

まぁ個人的制度がどうなろうと、好きな相手と好きな間一緒に居られるならいいよ。

大多数のプログラマは…

IT業界に努めてもうそろそろ二桁年。

そこそこの企業特にWeb系で渡り歩いた経験から真実を書こう。

一般的プログラマと呼ばれる人たちは

はっきり言う、ほとんどのプログラマ自称する人間の 9 割はコーダーである

言われたものを作る事はできるが、それ以外何も出来ないと言って過言ではなく、何もしない。

そんな驚きの生体をここに晒していく。

一般的コーダー自称プログラマ)は、アプリケーションの基盤が作れない

標準化と呼ばれるプロセスで、プログラマ環境設計、組み合わせ、開発プラットフォームセットアップ、開発環境の構築手順作成、開発手順の作成必要技術考察を行う。

なぜそうなったのかは知らないが、一般的にそうなっている。

その環境に浸っているせいか、彼らはゼロベースものを作ることが出来ない。

彼らにできるのは HelloWorldコマンドプロンプトで表示するプログラム程度の事しか出来ない。

複数ソースの連結、ライブラリの読み込み、サーバへのデプロイ、どれも手動で出来ないのだ。

一般的コーダー自称プログラマ)は、保守性を考えない

彼らは自分に任されたものを動かせればタスクが終了する。

逆にそれ以外のこと、コードの読みやすさや、クローン率の低減、メソッドコメント記載などの保守に関わることをしない。

それは彼らにとって「必要ない無駄作業」としか考えないのだ。

早く仕上げるためなら、似たような動いてる箇所から、よく読みもせずにコピペを行う。

そして彼らは、作るより運用する期間の方が遥かに長くて、その間に修正地獄を見るという簡単論理に気づかない。

…何度味わっても気づかない。

一般的コーダー自称プログラマ)は、勉強しない。

一般的プログラマコーダー)は勉強をしない。

たとえするとしても、業務時間中に業務で使ってる技術ピンポイント学習するだけだ。

勉強会は確かに多い。「.dits」何かがいい例だ。

だが、プログラマと呼ばれる人間の母数に比べれば微々たるものだ。

彼らは言う「土日にまで仕事してられるか」「勉強会行ってるの?馬鹿か?」

あえて言おう、馬鹿は彼らだ。

一般的コーダー自称プログラマ)は、自分の使う道具がわからない

Web仕事をするならIDE統合開発環境エディタコンパイルテストデバッグ実行などを画面から行えるツール)はほとんど必須エディタで済ませる事も出来なくはない)が、彼らは状況に応じたセットアップができない。

たとえば「Mavenプロジェクト管理ツール)、checkstyleコーディング規約チェック)、editorconfig(改行、インデント文字コード設定)」が入っていたとする。

するとEclipseなどを使うとして

  1. どのプラグインを入れればいいか調べられない
  2. どうやってプロジェクトを取り込めばいいかからない
  3. プラグインを入れても設定方法がわからない(IDEデフォルト設定と、プロジェクト内の設定の違いを認識できない)
  4. IDE の設定画面がわからない

マニュアルチュートリアルを用意しないと、道具の使用もままならない。

一般的コーダー自称プログラマ)は、テストコードで書かない

テストをなるべく機械やらせようということの利点が理解できない。

コンパイルして動かして確かめればいいと本気で考えている。

そのために、何十回もコンパイルデプロイアクセスログインの手順を何度も繰り返す。

関連する他の修正を行うたびに繰り返す…。

そしてやっと動くとひと仕事終えたと満足感に浸る。

一般的コーダー自称プログラマ)は、プライドが無いか、変なプライドを持っている

ラリー・ウォールというとある有名な人物Perl開発者にしてC言語ハッカー)がいる。

彼の言う三大美徳に「傲慢」がある。

これは、自分の作るもの完璧なのだ、だから完璧であるように出来る限りのことをするという美徳である

一般的コーダー自称プログラマ)は、このプライドはない。

彼らは金のために嫌々動くだけのものを作るのだ、動きさえすれば報酬は変わらない、よって当然完璧かどうかなどどうでもいい。

同じ金でより良いものを作るのではない、要件だけ満たせばよいのだ。

変なプライドを持つコーダーは、それで運良く成功すると、自分知識は正しい、自分技術は十分なのだと考えている。

こういう人間は、プライドの無いコーダーよりたちが悪く、うまくいかないと他人環境のせいにする。

そして調べず周囲を苛立たせるのだ。

おわりに

土日に自ら勉強会に行くプログラマや、それこそ 50 人以下などという会社であればこうした事はあまりない(んじゃないかと思う。)彼らは自分でなんでもやらないといけないからだ。

だが、大企業に飼われる子飼い企業派遣(そもそも人手のみを求められる企業)、100人以上の企業では、役割分担に伴いこうした状況が多々発生する。

だが役10年、エンジニアを見てきた結果は変わらない。現実問題こうなのだ、こんな人間が大多数なのだ

人の多い企業ほど考えたほうがいい、それでより良いものが生まれるのかと。

必要とされる技術だけを叩き込んで金にしたいと言うのは分からなくないが、基本姿勢思想はどうなんだと。

経営者マネージャーよ、あなた方の言う「最適化」とは現場が日々考え行っている最適化か?人員最適化だけを行って、生産性が伸び悩んでいないか

そのあたりは考えた方がいい。

http://anond.hatelabo.jp/20161120092623

JKにしてはい考察。改行多すぎて読みづらいけど。

2016-11-19

anond:20160329193624

事実を捉える力が無い人が、歪みまくった主観で考えた考察はみじめ。

2016-11-18

近親相姦という幻想

近親相姦とは、どこまでを「家族」とするかで定義される。だから日本では合法のイトコ婚も儒教国家では違法

古代日本では女性の家が子供監督権を持っていたので、別々の女性の家で育てられた異母兄妹は「他人の家の子」とみなされた。

から異母兄妹は「家族」ではなく、異母兄妹婚も認められたのである

匿名ですら性文化生殖に関する考察って少ないな。社会から生物進化、果ては人工生命にまで及ぶ興味深い分野だと思うのだが。

ポリティカルコレクトネス』がオタクを『守った』ことはない

ポリティカルコレクトネス」は、政治的に勝ち取るものだと思っていた

そう、まさに、少し前までの「ポリコレ」という言葉は、こういう意味で使われていたはずだ。

まり女性だとか、黒人少数民族障害者など。

すでに政治的闘争を経て決着した、これら社会的弱者差別してはいけない、地位を向上していきましょうという合意のことだ。



@tyk97さん連続Tweet:乙武さん入店拒否の件から考察する「グローバルいんちき」というプロトコル - Togetterまとめ

@H_Nobunagaさん連続Tweet:乙武さんの件、橋下市長の従軍慰安婦の件とPolitical Correctness - Togetterまとめ

上記リンクは、ネットPCという言葉がよく使われだした頃の議論だ。

人種文化のるつぼである移民国家アメリカで、マイノリティ闘争を経た末に権利を勝ち取り、歴史を逆戻りさせることのないよう不可侵約束事となった、それがポリコレ

個人的にも得心が行ったし、Twitter上の頭の良さそうな人たちにも概ね好評だったので、なるほどポリコレというのは政治的運動で勝ち取るものなのだな、と思っていた。



オタク差別してはいけないというのは、特に社会的コンセンサスなど取れていないので、PC範囲ではない。

そこに突然、君たちもPCで守られてきたんだよ、なんて言われたら、はぁ?となるに決まってる。



どうやら、本来意味もっと普遍的ものらしい、が・・・

ところで、ポリコレ辞書的な意味は「差別偏見が含まれないよう配慮された言葉」で、マイノリティに限らないものらしい。

ポリティカル・コレクトネス(英: political correctness略称PC)とは、政治的社会的に公正・公平・中立的で、なおかつ差別偏見が含まれていない言葉用語のことで、職業性別文化人種民族宗教ハンディキャップ・年齢・婚姻状況などに基づく差別偏見を防ぐ目的表現を指す。

ポリティカル・コレクトネス - Wikipedia



しかし、オタク差別されてる!とか噴き上がってるエントリなり発言なりに対して「うんうんそれもまたポリコレだね」と答えた者が、過去にどれだけいたのだろうか。



オタク蔑視文句があるなら、先人の手柄にフリーライドするのではなく、オタクオタク政治的主張をしていくべき、という意見を何度も見た。

その意見自体は正しいと思う。ある程度他から借りてこられる部分はあるにせよ、当事者が声を上げなければ始まらない。

しかし、それをポリコレという言葉を使って表現しているのは、過去には殆ど、あるいは全く、見たことがなかった。

今日これだけポリコレという言葉が溢れているにも関わらず、だ。



まり、多くの者は暗黙には「ポリコレ政治的闘争を勝ち抜いた一部のマイノリティを守るもの」と認識していた、と考えるのが自然だ。



オタクオタク以外のものに守られていたのは事実

いや、オタクPCで守られているという意見も、言いたいことは多分理解できてるつもりだよ?

オタク表現規制しようとする勢力がいるのと同様に、

オタク側にも、俺達の趣味蔑視するな!アニメゲーム犯罪を結びつけるな!と主張する権利は認められているし、現にそうしてきた。

今後のオタク努力次第では、アニメゲーム等の趣味職業蔑視してはいけませんという社会的合意が取れる(つまりPCになる)可能性もあるだろう。

PCという概念否定したら、その未来すらも否定してしまう。



これまでマイノリティ尊重を訴えてきた方々のお陰でオタクも少なからず楽になっているんだ、という意見も見た。

それは至極尤もな話だ。

一口オタク差別というと内容が非常に曖昧だが、表現に関わる職業に対する差別、それを消費する趣味に対する差別オタクという属性のものに対する差別等があるだろう。

この中のいくつかは、オタク以外の政治家運動家たちによって改善された部分も少なくあるまい。



言葉の使い方を突然変えるな、という話

それでも、少なくとも現時点では、オタク蔑視するのは社会的非難されるような行為ではない。

オタクマイノリティなので地位向上に取り組みましょうという社会的な動きがあるわけでもない。(むしろどんどんマジョリティ化していきそうだがそれは別の話だ)

ポリコレオタクの事も守ってきた」というのは、単純に言葉の使い方がおかしいんだよ。

たとえ辞書的には正しい用法だろうと、相手認識齟齬があるときはちゃんと説明して使って頂きたい。

それをしないのは「消防署の方から来ました」とやってることは同じだ。



はてなブックマーク - べるお@冬コミ落選マンさんのツイート: "だから「俺らはポリコレで割を食ってばかりだ」って言い分には全然賛成できないんだ。ポリコレのない世界で毎日投げつけ

何でもかんでもポリコレに含めるな!テメエの身はテメェで守れ!我々はお前のママじゃねぇ!→あれもこれも全部ポリコレが守ってきたんだ!ポリコレ否定したらお前も死ぬぞ!って変節にしか見えないんですよ。

2016/11/13 00:41

最後に、今回の騒ぎを端的に表現していたブコメ引用させて頂く。

2016-11-16

この世界の片隅に」を見る前に「シン・ゴジラ」「君の名は。」があってよかった

フィクションを見て散々大勢の人たちが語り合い考察あい、今の時代について語った。

これから映画はどうなっていくのか、エンタメはどう変化するのか。

新しい時代の幕開けなんだと、興行収入を見ながらみんな浮足立った(アニオタ中心として)



この世界の片隅に 見た。

どこまでをフィクションと捉えるか。なにもかもがリアルだと捉えるか。

圧倒的に現実だった。圧倒的に身近で圧倒的な凄みがあった。これが、現実か。

そして受け入れることのできないような現実を、受け入れて立ち上がる。そして進む…その延長線上に自分たちが居る。

この映画を見る前に、あの2作品を見ていたら…楽しめなかったともう。

しかしちゃんと段階を踏んでみただけあって、いろいろなことを考えることが出来た。



傑作とか、名作とか…いろんな声が上がっているけど、「衝撃作」だと思う。

ショックを受けている。それはとても強く暖かいショック。

映画を見終わった後、夕飯がとても美味しかった。とてもとても、美味しかった。世界が美しく見えた。

まりの衝撃にgoogle翻訳使ったかのような拙さになってしまった。

2016-11-15

常日頃からの疑問

ブクマカは基本記事クオリティを求めます。これは彼ら自身自認してることでしょう。

もちろん一発ネタなども許容しますが、長文ともなれば読み物として機能するものを好みます

読み手レベル如何にかかわらず彼らは飽食で高慢です。

しかしそれは大衆ありがちな性質であり、やむを得ないところもあります

私がわからないのはブクマカという無償奉仕無意識にあるいは仕組み的に要求する者達に、本気の記事を投下する人々のことです。

ケイマン諸島の話からアニメ考察まで、本気がなければめんどくさくてやっていられないものを全力で提出しています

まさかあれだけ力んでいて「五分も出し切ってないから」、なんて傾きはしないでしょう。

それが承認ゆえという行動原理は良いのですけども、決して増田の力作を書く作者に比べて慧眼とはいえない、

あるいは凡眼ですらあるブクマカになぜ受け入れてもらいたいのか、ということに大きな疑問があります

承認とは誰かに受け入れられることが大前提で、どんなに歪んだ形であっても、

例えば人格ではなく数字がほしいのだとする欲求であっても必ず「受け入れられたい自分」という渇望が存在しています

数を集めることを例に取れば、それは社会承認一種でもあります

から全力の人はブクマカという、大体のケースで何にもない人々に受け入れられたくて必死になっていると解するのが普通ではあります

一体それはなんだろうかと考えたときに、価値の転倒を起こしているようにも感じられるのです。

恣意的誤用

追記

誤用ではありませんでした

恣意的誤用」という記事は誤りです

http://anond.hatelabo.jp/20161119102702

謹んでお詫び申し上げます

本文

最近恣意的」の本当の意味を知りました



恣意的 誤用」で検索すると非常に沢山の記事が出て来ます、もう何年も前から有名な話なんですね

こんな有名な誤用も知らずに自分は今の今まで、ドヤ顔で「恣意的に~」とか使っていたわけです

正しい意味を知っている人たちは誤用を見るたびに内心笑っていたことでしょう

本当に恥ずかしい……



以下正しい使用例です

はてなキーワード - 恣意

恣意的であるとは一貫した思想に基づかずその場限りの考えに基づいている点で、明確な目的をもった「意図的」とは区別されるべきである

ttp://d.hatena.ne.jp/keyword/%D7%F3%B0%D5

ニコニコ大百科 - 恣意的

恣意的』という言葉は、文中での登場の仕方が似ているせいか意図的作為的故意とという意味で使われることがあるが、恣意的には、無作為や定まった意図がないというニュアンスがあり、正しくない

http://dic.nicovideo.jp/a/%E6%81%A3%E6%84%8F%E7%9A%84

▼「恣意的」を「意図的」と同じ意味で使ってる人は低学歴 「恣意的」は「偶然に」という意味ですよ

http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1343400752/

▼「意図的」と「恣意的(しいてき)」の正しい使い分け方

自分や誰かの行動の理由説明できない(と思われる)ときに使います

https://nanapi.com/ja/105751

恣意的の読み方は?皆が誤用しているその意味とは?反対語は?

ランダム」と言い換えることもできます

http://rubeusu-trend.com/1709/

▼どうして意図的って書かないの?

勝手気ままに」「任意に」「ランダムに」「自分勝手に」「無作為に」「その場その場の思いつきで」

http://blogs.yahoo.co.jp/delightful_mikan/60763792.html

▼【誤字等の雑記帳 3】

深く考えず、でたらめに行動している様子

http://www.tt.rim.or.jp/~rudyard/misc003.html

解釈記事によって少し揺れています

分かりやすく2点書き出すとすると

ということらしいです



まり意図的」という言葉に置き換えてもニュアンスこそ違えど意味が十分に伝わる文章や、"偶然に"といった意味が含意されていない文章誤用ということですね

ではここから誤用だということも知らずにドヤ顔で「恣意的に~」とか言ってる日本語の下手くそ馬鹿達を見ていきましょう

▼****さんのツイート

NHK恣意的編集にはうんざり

まずは個人です、まあ可哀想なので晒さないであますが、NHK批判の前に自分言葉を直してほしいですね、思いっき誤用しています



政府年金運用情報を開示へ…懸念払拭の狙い : 政治 : 読売新聞

運用信託銀行などに委託しているが、情報公開には恣意(しい)的な運用への懸念などを払拭する狙いがある。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/20160307-OYT1T50167.html

次は世界最多の発行部数を誇る読売新聞、なんと振り仮名まで振って誤用しています、これは恥ずかしいですね、情報公開で偶然性を廃するなんて意味不明ですからこれは言い逃れできません



フェイスブックニュース表示 恣意的と指摘で調査 | NHKニュース

フェイスブック利用者の画面に表示するニュースについて共和党政治家話題を避けるなど恣意的(しいてき)に選ばれているとアメリカの一部のメディアが伝え、内部で調査が進められることになりました

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160514/k10010520761000.html

言葉遣いには厳しいはずのNHK、なんと表題誤用してます、相当恥ずかしいですね、しかもこれは"偶然に"という意味だったとは絶対言い逃れできない誤用です、NHKしっかりw



▼「哲學研究入門」小石川書房 - 1949(昭和24)年9月30日発行

併しこういう歴史的現實の把握は全く恣意的な直觀に訴えるわけにはいかないから、そこに類型了解ということが必要になって來る

京大名誉教授矢田部達郎先生1949年上梓した本の一節です、旧字体でカッコつけてる割には普通に誤用してます

場当たり的な直感っておかしいですし、明らかに「作為的な」という意味で使っています先生どんまい



▼「文芸」1940(昭和15)年1月

今度の問題は、素子がそれほど恣意的に振舞う筈のものだろうか。

宮本百合子という文壇の元天才少女小説家先生です

全文読めばわかりますが、明らかに偶然性など含んでいませんし、自分の思うままに~という典型的誤用例と同じ形で使っています



▼「文藝春秋 第二八巻第一号」 1950(昭和25)年1月1日発行

まことに二つながら恣意的で、こうワガママでは、どこまで行っても、同じくりかえしにすぎない。

皆さんご存知、坂口安吾文章です、文意にはまったくもって「ランダム性」など含まれていません、典型的誤用ですね



油脂の浪費は法度監視制を創設 : 帝国油糧重点統制要綱決る : 化学 日本産業経済新聞 1943.4.14

地方割当民需(雑工業油、食料油等)の割当を、地方官吏の低度観点、古めかしい実績主義業者請託による虞あるが如き恣意的割当等に委せない制度確立

戦中の新聞記事です、こんな古くから誤用してます



▼日支政府呼応す : 社説 - 大阪朝日新聞 1940.3.31

思うに、今般反共和平建国親日政府樹立の挙たるや、他国家のロボット政権として恣意的に駆使するていの意図によるものでもなくてさりとて戦争相手政府として講和談判の衝に当っているわけでもない

少し遡って戦前朝日新聞の社説です、誤用してます



政党ファッショ大阪時事新報 1933.1.1-1933.1.7

かれらは所謂議院内閣主義否認し、国王恣意的に任命した官僚内閣組織し、議会対立したのである

更に遡って昭和一桁の頃の新聞記事です、誤用してます



▼減債基金存廃問題 大阪朝日新聞 1916.11.22(大正5)

経常費とす可しというにあり、乍併這は既にシェフレーの言えるが如く国債償還費は恣意的に定む可き最可動的の臨時費として各年の予算状態に応じ国家余裕を考察し大小有無伸縮的に定めらる可く

大正新聞記事です、「ほしいままに~」という意味で使っています、偶然やランダム性などという意味は含まれていません誤用ですね



ちなみにこの大正5年の使用例が調べる限りでは最も古い「恣意的」の使用例となっています

まり恣意的」という言葉は一番最初に使われた時、生まれた瞬間から誤用されていたんですね



そしてこの大正5年から2000年頃まで、1世紀近くの間、ほぼ全ての使用例が誤用となっています

酷いですね



正しい使い方、本来意味で使われるのは2000年以降、ネットが普及してからになります

特に最近は親切な人達ネット上で

とか

とか言って正しい使い方を普及してくれています

ありがたいですね



皆さんも誤用には気を付けましょう

http://anond.hatelabo.jp/20161115082046

俺もたまに増田文学投稿したら、まじで何も考えずに書いたのに読者が勝手に都合の良い考察を繰り広げて、作者の合意もなしに多数派真実になるのをよく経験する。

試しに作者であることは明言せずに、その部分はこういう意図で作ったのでは?と書いてみると、それは作者の意図したことではないと思うと返されて草生えたわ。パヤオなんてそういう信者によって偶像化された部分いっぱいあると思うよ。今回の件しか

キミもスルーしないか

・・・接客商売・・・小売屋?・・・まあ、そういう店員な者ですが。

数人で現場・・・というか店頭に居るんだけど、自分が客の相手しててとか、ほかの人が接客してるのを横とか離れた所で接客以外の作業しつつ気にしててとか、

そういうときにおもうのが、やっぱり客と店員でも、気が合う・合わないの組み合わせがあるんだな、という。

で、

ときどき注文する、でも初対面の瞬間から、そう店に入って来る直前のそれからオレん所に近づいてくるまでの様子やら風貌←これにはどういう表情でなんの物事対応してたか、の意味が含まれる、っていうかソレがほとんどなんだけど、

その段階で、あーなんかやーな○○だなー、とか、あーこれはヤヤコシイひとだろなー、とか直感して、元気のあるときなら「ウッシャア!」ダウナーな気分のときなら「やだな・・・。でも頑張って自分気持ちさなきゃです・・・」とか覚悟をキメてるんだけど、

ヤヤコシイひと、っていうのは、これ自分ちょっとそうだからたぶんそういう連鎖反応みたいになっちゃうんだろうなとはおもってはいるんだけどまだそれ以上には直せないからわかってもいまのところイミねー状態なんだけど、

こっちのできない事を要求してそれを通そうとしてヒステリックな響きが声色に出てくるとか、そういうかんじに態度が豹変するひと、っていうのか。でまた、こっち、オレもソレはできないのでなんとか宥めながらこっちの事情、ったってまあ客側にしてみればそんなのほんとカンケーないことなんだけど、まあそれを理解してもらって要求を引っ込めてもらおうとしてるうちに、こっちもヒステリックに拒絶を繰り返すだけの流れになっちゃって。

で、なんかヤな奴だなあ、ってのは、これはもうホント余計なお世話なハナシなんだけどもさ、んーと、ああそうあれ、こっちの、オレからすると”ぞんざい”な言い方とか物事のあつかい方とか、なーんかみててムカつくというか、そうそう”残念”なかんじな人。そんな表情でそれやんなくても・・・、みたいな、そんな言い方はねえだろ!って、アレです。

でね、くりかえし来ていただいてるそんな方々にね、やっぱりこっちもそのつど毎回何度もなぶられてるとね、身構えちゃって、そしてやっぱりいやこれはイカンことなんだけどね「なんだコイツ!」ってのをその奴にこっちも放散しちゃってるのだろうね、そんな方々も表情くもってたり強張ってたりしてんのよね。そこまでしていやされててなんでまた来る、いや来ていただけてるのかそれはそれでよくわからんのだけども、まあそれはまた別の考察、ってほどでもないか単にウチが最後の最果ての地なだけか、ってなにこれ烏滸がましいイヤすんげー失礼、ってまあそれは今回はさておいて。



・・・きのうね、年令がそうオレと同じくらいかいってて10才したくらいかって、これもまあね、もしこれ年上だと、ははっ御高説拝聴いたしますッって姿勢制御モード?でなんとか自分気持ちねじ曲げて納得させて抑えることができるけど、同い年とか変に近い若さ、ってなんだそりゃまあ同世代的な年恰好だと「オマエそんなオレとおんなじ年代でソレかよ・・・。ちゃんとしろよなさけねー、ってかオレもいっしょくたにみられて評判おとされてる気分だわーヤダヤダ!」って気持ちで考えちゃう、ま、まあそのくらいの世代だろう同性のが来てね、まあやっぱり何回か顔を合わせてる客なんだけど、注文後に訊いてきたのよちょっとかいとこの内容をいまから変更できるか?ってね、んでオレそれは通すとあとあと対処がキリないことになる内容だと判断したんで即座に端的に、それはできません、つったのよ、そしたらソイツは了承してくれて引っ込めてくれたんだけど、そんときオレの返事のあとにちっさい声で、

『ぁっメンドクサイですか』

っていったのよ!・・・おめーまえからも思ってたけど、ぜったいがっこーとかでいじめられてただろってかイジメられてるだろそんな言い方してるからじゃー!!・・・・・・ふう。



・・・で。そんなこともありつつ仕事あがって、最寄駅から帰宅しようとタクシー乗り場を通り過ぎてたら、なんか駐禁防止みたいなチェーン付きポールはさんでる二人組が立ってたのね、向かい合って。片方は大学生くらいな年恰好ケータイあてて喋ってて、反対側は青年から中年くらいの、スーツ着てて手ポケットに突っ込んでその学生だかを仏頂面でじっとみてる様子の。なんだろうこれ連れだってタク待ちしてるにしては立ち位置が変だし、っておもって注意がそっちにむいてその学生アンチャンの通話意識がいって内容聴いてしまったら、

どうもコイツ、つまりスーツのほうのひとね、が、そのアンチャンの目前で、喫い終わったブツ側溝だか排水溝だかにポイしよった、それを俺、つまり電話ガンガンどこやら、もしかしていやたぶんケーサツ?か?にしゃべりまくってるアンチャンね、が見咎めて注意したけど聞きよらへんのじゃあ、わあわあガアガア、みたいな・・・

あーあーあー。

これはそれは・・・。って気持ちで足取りもゆるめずそのまま通りを渡って自宅への路地に入っていくオレ、そしてその背にかぶさるようにヒートアップしたアンチャンの関西弁罵声が~。




いままでかいてたとこなくなってからひさしぶりににっきみたいなのかいたのでわけわからんくなったがかいてすっきりした

2016-11-12

http://anond.hatelabo.jp/20161112130434

考察するまでもなく、はてな運営が(正規表現使って)適切にブロックすればいいだけでは?

2016-11-10

http://anond.hatelabo.jp/20161110163823

ん?「女性を抑圧することについての社会的合理性に関する考察肯定論or否定論)について、男性側の視点が足りてない」というのが元増田の主張だと思うんだけど。

http://anond.hatelabo.jp/20161110001707

本当に必要なのは、「男性側の視点」などではなく、女性を抑圧することについての社会的合理性についての考察だと思う。

女性を抑圧することが社会にとって合理的でないのだとしたら、女性差別がこれほどまでに世界遍在しているわけがないんだから

ま、その合理性証明されることは、フェミニストにとって不利な話にしかならないから、レポートには点数をつけてもらえないのかもしれないけどね」。

まずやるべきことはオバマ政権の総括でしょ

それなしには今回の大統領選挙考察するのは色々見落とすんじゃないか