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はてなキーワード: 考察とは

2017-04-25

けものフレンズ

なぜけものフレンズ話題になったのか真面目に考察してたんだけどアホらしくなったわ。

どう考えても低クオリティストーリー二番煎じ感、声優の演技は素人

ただネット住民に持ち上げられおもちゃにされていただけでは?

挙句の果てにはMステ公開処刑素人声優なんかに歌わせずにオーイシ氏に歌ってもらえよ。歌詞内容とメロディはいいと思ったケド。

キャラデザケロロ吉崎観音らしいが拙いCGのせいで台無し個人製作MMDのほうがよっぽど高クオリティだった。

同じような流れにごちうさがあったがあれはまだわかる。絵もきれいだし声優もうまかった。ストーリーは若干一辺倒気味ではあったが。

制作陣にはこれを「成功した」と思わないでほしい。アニメとしてはどう見ても"低クオリティ"なのだから

2017-04-24

おしっこ我慢する女の子に対する考察美学

さて、皆さんは2Lペットボトルを見たことはあるかと思いますが、このペットボトル、相当な大きさがありますよね。

家に置いておくのは結構ですが、持ち運ぶとなると一苦労。結局出先では然程嵩張らない500mlのペットボトルを持って行くのがベターとなります

しかし僕は「外ではペットボトルを持って行くのが良いか」という至極どうでも良い話をしたいのではありません。

――――華麗な美少女お腹の中に、2Lペットボトルと同じ量のおしっこが溜め込まれているとしたら――――

様々な理由によりトイレに行けず、なまじ女の子の”我慢”の能力が強かったが為に解放を許されずに居る大量のおしっこ

それは結局はただの液状の老廃物でしかありませんが、我々生物の持つ社会的機能/思考により"恥ずかしいもの"という意味を付加させます

”恥ずかしいもの”、つまり下品、異常なもの。それらを隠していくことで、正常であり、立派なものと見做されます

当然”恥ずかしいもの”を皆の前で露呈させるわけにはいきません。出しても良い場所に移動するまで、必死必死我慢します。

しか彼女膀胱の中に入っている2Lの量のおしっこは相当な物です。本来一般女性限界容量は平均500mlと言われており、1L以上我慢出来る人は稀有であると言われているほど。

(因みに、実際に2L以上の量を我慢した例は存在しており、この量は非現実的数字ではないということを明記しておきます)

本作では着ている服装関係から下腹部の膨らみは見られないだろう、と言う事で描写を省きましたが、彼女下腹部は大量のおしっこでみっともなく膨れ上がって居ます

見てて痛々しくなる程にパンパンに張った彼女お腹。そこまでお腹を膨らませた原因はおしっこであり、実に下品で”恥ずかしいもの”そのものであると考えられます

しかし同時に、そこまでしておしっこ必死我慢する行為には「彼女が”正常”で”立派”なものであろうとする」ことへの拘りが感じられます

下品身体”と”立派な思考”。おしっこが詰まった彼女お腹は、そんな二つの側面を兼ね備えているのです。

勿論そこまで我慢をしていて平気な筈がありません。恥ずかしい部位に意識を集中させ、身体を捻らせ我慢をしなければその場でお漏らしをしてしまうことになります

必死に足をクネらせ、手は恥ずかしい部位をグッと押さえ、腰は引け、お尻はもじもじと捩り、顔は真っ赤になり、目は涙で滲み、頬は汗が伝う。

その姿は、この手のフェチシズムを持たない人でも扇情的に映るでしょう。そしてそこまでの醜態晒しても尚、出口からじわじわと染み出る熱水。

駄目だ、漏れちゃう、もう我慢が出来ない。彼女思考おしっこに関することで埋まります

暴力的尿意による痛み、公共の場醜態を晒さなければならない辱め。しかし真に辛いのは、それほどの苦痛を味わいながらもまだ我慢をしなければならないという状況にあります

おしっこを本当に漏らしてしまえば全てが終わる。その恐怖から逃れる為に、彼女必死尿意我慢するのです。そう、お腹をみっともなくおしっこで膨らませながら。

僕はそんな彼女に「じっと立ってろ」と命令したいのです。おしっこ我慢している彼女には無理な話ではありますが、無理矢理じっとさせます

そして服を捲り、パンパンに膨らんだ下腹部をじっくり観察したあと、その神秘的なお腹ギュッと押したいのです。

その固い感触、触って改めて感じさせられる途方も無い量のおしっこ。そしてその瞬間に喘ぐ彼女の声、同時に響くド派手な水音。

滝の様に溢れ出る下品な熱水は下着を突き抜け、あっという間に巨大な水溜りを作ってしまます

その水溜りは僕の方まで伸びており、彼女と僕の足元はおしっこでビショビショ。我慢我慢を重ねたおしっこ匂いが、より”お漏らしをした”という事実事実であることを強調します。

一通りおしっこを出し切ったあと、泣き喚く彼女。僕はその場を離れます。最早この場において、僕は不純物だからです。頬を伝った彼女の涙が、水溜りの中でぽちゃんと鳴り響くのです。

コピペ

2017-04-23

A・Bのオタクがいることはいるが、Bはただ単に声がでかいだけだ。

B分類においては彼らの承認欲求と、武器としてサブカルチャーを使う意識こそが彼らたらしめる、という考察がない。

Bはオタクでいたいかオタクなんだ!

という論に終止してるあたりがなんとも雑というか。

個人的オタク全体の母数は少なくて、声のでかいやつが多い「可能性がある」

程度には考えているが、まー良くも次々断定できるもんだと思った。

何の立場であるにせよ結論ありきの話なんか聞く気になれない。

2017-04-22

男たちを死に向かわせるものは何か

https://note.mu/terrakei07/n/n3f3c51480470

周知の事実であるが、日本の年間自殺者数は2万5千人弱である

これも周知の事実であるが、男性自殺者数が女性よりも倍以上多い。警視庁調査によると、平成27年自殺者総数24,025人のうち 男性は16,681 人であり、全体のおよそ7割を占めている。ここでひとつの単純な疑問が立ちのぼってくる。

なぜ男性女性よりも多く自殺するのだろうか。

いくつかの資料引用しながら「男性をより死へと追いやるもの」が何であるかを考察し、またその解決法の所在についても探ってみたい。

饅頭に300円払う気はないので中身は読んでいないが、こうではないかと予想。

男性のケツの穴が、女性器と同様の金銭価値をもてばよい

・そのためには、需要者をゲイバイセクシャルのみではなく、ノンケにも広げる必要がある

・そこでVRを活用

・タチ側(客の側)にVR機器を装着し、あたか女性性交しているかのような映像を見させる

ネコ側(貧困男性側)には尻穴の使用料が支払われる

2017-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20170418044917

PTAはなぜなくならないか。またはなぜ改革されないか考察してみた。

第一に、母親中心のコミュニティであるということ。

PTA活動に実際に参加するのは依然、母親が多いと思われる。働いている母が多いPTA活動ならまだスリム化を図ろうという動きがあるかもしれない。しか小学生ぐらいの段階では専業主婦母親率も高く、そうなるとどうしてもぐだぐだになりがちになる。まず率先して場を取り仕切る役をやりたがらない、意見を言いたがらない人が多い。また、物事問題点を見極め、それに対する解決策を論じていくという訓練も専業主婦では受けにくい。よって恒例の役の押し付け合い、消極的な参加、前年度までのPTAテンプレートの繰り返し活動ということが続いている。結果としていまだにベルマーク収集、草むしり、各種行事運営、親睦活動企画などなど所謂PTA活動昭和時代のままに残っているのである


第二に、期間限定であるということ。

くじで当たってしまった、じゃんけんで負けてしまった、など運悪く大役を引き受けてしまうとしばらく気が重い毎日を過ごさなければいけない。しか任期は1年である。いやいややっていても、1年が過ぎれば大役から解放されるのであるしかしそれは同時に、活動内容が変化しにくいという事態引き起こしているのである

例えばPTA活動が5年継続型とかであったらその活動内容について論じ、改良する時間も機会もあるだろう。しかし1年間だけの活動で、長年引き継いだテンプレPTA活動改革するには役員個人への負担があまりにも多く、責任も重すぎる。もし改革案を打ち立てようとするならテンプレPTA活動推進派より反発も受けるだろう。よって誰もやりたがらず、いまだに内容もさほど変化していないのである

また、学校校長ですら教育委員会判断によって数年であちこちに異動させられるのである学校側でも改革を行おうとしないのは、所詮は異動を前提に置いた任務からではないのだろうか。

以上二つのから考察するに、PTA活動は変化しにくいのである。ではどうしたらいいのか?どう変わればいいのか?

まずPTA活動自体をなくす必要があるのか、ないのか、という点においては私個人としてはあったほうがいいと思う。なぜなら学校活動において、先生の数は既に充分ではないと感じるし、家庭と学校連携というのも必要だと感じるからである

しかし、PTA活動はもちろん従来の形としてではなく、スリム化を十分に図り、だれもが柔軟に参加できる形になった上である

例えば最初に参加できる人と参加できない人に分け、参加できない人からは年間500円を徴収するとよいのではないか

そして役員などの重責についている人に僅かでもその中から謝金を出せばいいのではないか。また役員ではない人には記念品などを年度末に配ればいいと思う。

そうすれば参加すると参加しないの両方の選択肢可能になるし、参加非参加の不公平感がぬぐわれるのではないか

そういった話し合いをたった1年任期PTA役員会の中で議論・決議するのは困難である。ではどこが担当すればいいのか?

やはり文科省PTA活動において、はっきりと目安を打ち立てるべきではないのか。なぜなら近年、共働きの家庭がどんどん増え、この先はもっと増えていくと予想されるからである

家庭における母親役割が変化してきてる近年、従来と生活様式が変わるのは当たり前である個人責任押し付けるのはやめ、政府PTA活動において明確な指針を打ち立てるべきではないのだろうか。

悲しみ好きな日本人

アニメ主題歌の、ららららー(らららら!) ららららーらら(らららら!)

の部分で若干もの悲しげな進行になってる点は日本人のツボを捉えていて、エンディングテーマ歌詞の切な

さもわりと狙い通り。日本人はほんのり切ない系にやられやすいと感じる。もっとも本編は悲しさを強調した

内容ではなく、これは曲に付帯するものだ。日本人悲劇や悲しみが大好き、だから未来も明るく開けない、

という須藤元気台詞を思い出す。



ある考察では悲しみ好きという表現ではなく「感傷的」と語っており、傷に溺れる言葉として言い換えられて

いる。戦国時代大陸でも存在したはずなのに、日本人いつまでも悲しい理由にはどんな意味があるだろう

か。海外ぐらしのアン・ルイスさんはある時TV番組にて、「日本は湿気が多いから陰気になるのではないか

と述べていて感覚的には腑に落ちた。他の検索結果においては滅びの美学など美意識関係するという指摘が

ある。かたや天才人物の認められない一生、などの反動に悲しみと同情を見出すのだという意見存在した。

この場合フランダースの犬』などに代表される圧倒的な報われなさは範疇に含まれないが、そのかわり貧民

への同情心と苦労、という意味において憐れむ構造は同質である。この悲しみの美学は次第に茶化される傾向

にあり、特に'00年以降、ストレートな悲しみは自慰行為として物語中にも嘲笑われる傾向が強まっていると感

じる。概ねの場合自分を過剰にかわいがっているか痛がっている自惚れ屋、という趣旨だ。

もののあはれ」を指摘する向きも一部で見られるが、平安に成立した価値観遺伝的に受け継がれている、

と考えるのは不自然ではないかと感じる。このあたりのバイアスゼロか問われた場合即座にノーだといえる

ものの、かと言って平安時代に決め打ちされた心情とも言い難い。問題概念として存在たかどうかではな

く、感覚として存続しているということなのだから



ちなみに件の某アニメは、その舞台背景からしていつ悲劇化しても違和感はない。

2017-04-16

マザコンロリコンが同根とか、さっき調べてみたがどこにもそんな記事はなかった。

少なくとも心理学に基づいたもの遺伝子に基づいた考察も見当たらない。

最近は嘘を吹聴するのが流行ってるのか?

そこまで真面目に考察するって

お前らほんとロリコンが好きでたまらないんだな

2017-04-15

けものフレンズかばんちゃんの手考察

手袋再生定期

じゃあなぜ手袋ストッキングだけ再生が遅いのか

で、最終回を見返しててふと思いついた

これは手袋ストッキング化学繊維からではないか

化繊=石油鉱物扱い

10話で、ミライさんが「サンドスターに種類があるかも」と語っていることから、最低でも次の2種類があるんじゃないかと思う

動物フレンズ化する「生物サンドスター」(作中で虹色の光)

鉱物セルリアン化する「鉱物サンドスター」(黒)

11話で、四神かいう謎のフィルターによって「鉱物サンドスター」の力(サンドスター・ロー?)だけが抑えられた

ミライさんが四神を「島の宝」と言ったのも、人間にとって都合の悪い「鉱物サンドスター」だけを抑えられるから

そのため手袋ストッキングだけ再生が遅れた

あるいは、かなり時間がたっても再生し切ってないようので、不完全なまま止まったのかも

服は綿=植物なので、「生物サンドスター」の力で即時再生した

この説も「なんでわざわざそんな描写したのか」とか「植物作用するなら植物フレンズは?」とかツッコミどころはありますが、とりあえず思いついたのでメモ

2017-04-13

日本死ね学問的で語られたのか

いまいち論文をどう探せばいいかからないためCiNiiあたりで検索しただけ

岡山大学のなんか悪ふざけっぽいやつだけ見つかった

まり大真面目に日本死ね現象について考察された論文はないということでいいのかな

2017-04-12

強さ考察

セーラー戦士vsエスパー魔美

セーラー戦士が五人がかりで

踏ん張って行うのが

セーラーテレポート

それを単独でお手軽にやるのが

エスパー魔美

よって単独でも5対1でも

エスパー魔美の方が強い

2017-04-11

しか

語りつくされた議論に対して「○○がすでに嫌というほど考察してる内容だよ、だからまず○○を読んで語れ」と指摘するのは理に適っているけど、

「○○も知らないのに△△を語るなと」知識出所の乏しさだけを批判するのは権威主義におぼれているだけだわな。

そんな単純なことも気付けていなかった。

2017-04-09

オリキャラ投入二次創作に変化を感じる

 二次創作という世界があることを知ったのは今から十年以上も前だ。原作の枠を飛び越えた物語ファンが綴る行為に魅力を感じ、その中でも特に夢小説という界隈に入り浸るようになった。

 原作に登場しない人物が登場する二次創作。彼または彼女名前を読者が設定し、一般的には彼または彼女感情移入をした状態になることで物語世界に入り込む、文字列を読む行為を超越した体験を与えてくれる創作形態に感銘を覚えた。夢小説定義書き手によって異なり、その多様性面白さの一つであると長年考えているがそれについての言及割愛する。

 オリジナルキャラクターが出てくる二次創作は多く存在する。彼または彼女名前を持つか、明確な設定を持つか、物語の中でどれほどの意味を持つかは書き手に委ねられる。夢小説はそのカテゴリーの中で、オリジナルキャラクター名前を読者に決めさせることで読み方や受け取り方の幅を広げていると私は解釈している。

 前置きが長くなった。この二次創作におけるオリジナルキャラクターの扱いが十年前と現在でかなり変わったことがこの文書趣旨だ。

 夢小説を読む人を非常に大雑把に分類すると、登場するオリジナルキャラクター自己投影しながら読む人とオリジナルキャラクター物語として俯瞰して読む人の二つに分かれる。特に書き手後者場合オリジナルキャラクターには名前所謂デフォルト名)や詳細な設定が付与されうる。

 私はオリキャラ創作と夢創作のどちらも経験したが、オリジナルキャラクターを出す場合名前変換がある場合とない場合では読んでもらえる確率が大きく異なっていた。オリジナルキャラクター原作に絡めた話を書きたくても名前変換を設置しなければ見向きもされない、そのような印象を抱いていた。

 しか現在原作の中に登場しうる名前や設定の薄い人物を、書き手好みにカスタマイズして創作に登場させることが複数流行ジャンルで発生し、それが夢創作か否かの議論が度々交わされているのを目にするようになった。名前変換が設置されていると見向きもされないというケースさえ存在するらしい。

 二次創作に投入されるオリジナルキャラクターへの感触が大きく変わったと感じている。私の活動範囲の狭さに起因するn数が少なく、他に自作が読まれなかった原因を考察しない偏見バイアス等が存在し、この変化は私の内なる感覚に過ぎない。考察もできていない。ただ一つ言えることは、何が流行っている時代であってもオリキャラ投入二次創作楽しい、ただそれだけである

http://anond.hatelabo.jp/20170409132649

何が「そのわりに」なのかわからんが、最終回後の考察やら叩き投稿が出てきてからにわかに関連書き込みが増えたのはそれこそスタッフが関与してるからだろ。

たぶん次回作コンテンツまで引っ張る目的でまた定期的に書き込みスタッフからなされるのだろうな。

http://anond.hatelabo.jp/20170409131747

そのわりに、最終回後の考察とか叩きの投稿が増えるまで

匿名ダイアリーは本放送から1週間ぐらい沈黙してたな

なんで地方放送が終わるまで静かだったんだろうね

そのおかげで「はてなって意外と地方民多いんだな」と知ったけど

恋愛にも顧客視点とかマーケティングセンス必要だ。」について

https://www.landerblue.co.jp/blog/?p=32171

こちらの記事についてです。

まあ気に入らないからといって口汚く罵倒するのは論外としても、ご本人も仰るように、男性賛同意見が多く、女性からは抗議がくる、というのには何かしら理由があるはずなのです。

かく言う私も、永江氏の文章には引っかかるものが少なからずあります

それはなぜなのか。私なりに考察してみました。



女性服装や化粧は誰のため?

まずひとつ、引っかかるのはここです。


現代社会においては、女性服装や化粧は、もはや異性を惹きつけるためのものではありません。

雑誌メディアでは「モテ服」「モテメイク」などと囃し立てるので勘違いされがちですが、私たち女性は、意識的にせよそうでないにせよ、もしその中から選んだとしても、一番自分感性に合った、自分に一番似合うと思う、もしくはなりたい自分に近いものを選んでいます

それはその本人のアイデンティティでもあります

永江氏の、というかこういう「ナチュラルなままが一番」という言説は男女問わずよく聞かれるものなのですが、現代人が工夫を凝らして身支度を整える時、それはすっかり身支度が整った姿こそが、私たちナチュラルな姿なのです。


「外面より内面を磨くべき」という言説もよく聞かれるものですが、これに反発を感じる女性は、知性があるからこそ、きちんとした身支度を整えることができるのだと信じています

派手であっても知性がなくてはできない、地味であっても知性のかけらもない、ということは多々あるので、派手、地味、ではなく「知性のある装い」と「知性のない装飾」というふうに区別していただきたい。

その意識の差というか、ナチュラルとは何であるのかという認識の差に、女性は反発を感じるのかもしれません。



男性が服など見ていない、中身を見ているのだという欺瞞

もし本当にそうであるなら、女性がどんな格好をしていようとも意に介さず、中身を見るはずなのです。

でもその直後に、マーケティングでは男性すっぴんに清楚な服装が好みなのだと続けておられる。

そこは格好をつけず潔く、男女問わず人というものは、初見では他人を見た目で大部分を判断しているのだと認めていただきたい。

永江氏の文章からは、男性は賢いので女性の中身しか見ないものだ、愚かな女性ばかりが見た目ばかりを繕うのであるというお考えが滲み出ており、ここもイライラさせられる点であります

(きっとそんなことは一言も書いていないと仰るかと思いますが、こういう話題を出してくること自体が、もしかして女性ほとんどはそれを知っている上でアイデンティティを守るためにあえてそうしないのかもしれないということは勘案せず、「女性は全員見た目ばかりと取り繕うことに夢中で、客観的ものを見ることができないのだ」と、ひとつ下に見ているのだということです。)



遺伝子的に優れているとは?

みくりは、就職活動に失敗したために、手っ取り早い就職口として津崎さんとの結婚を選んだわけです。

一度就職活動から逃げたので、逃げるは恥だが役に立った訳です。

それは、「男に寄生しようとか絶対に考えない」と言えるでしょうか?

給料が出る家政婦と、家事をノーギャラで賄う主婦とでは、どちらの方が遺伝子的に優れていますか?

働き者の専業主婦と、自立して稼ぐ叶姉妹遺伝子に、どんな違いがあるのでしょう?




そもそも恋愛マーケティングなど必要ありません。

以上のことを総括します。

まり恋愛マーケティングなどいらないのです、男性の大多数の好みがどうであれ、女性がそれに合わせることはありません。

最初の門戸の広さの話だと仰いましたが、そこは間口を広げる必要はありません。

本当の自分を取り繕ってモテたとして、何になりますか?

最初からスッピンなら「騙された感」が少なくて済むと仰るのであれば、本当の自分を偽って、マーケティング通りに振舞って手に入れたパートナーは、それが偽りであることを明かし本当の自分に戻れば、やはり騙された感があるのでは?

それとも一生、偽りの自分を演じて生きていきますか?

それは私たちの望む恋愛ではありません。


その男性版として、手当たり次第に女性モテたい結果として生まれたのが、恋愛工学だと思います

あれは、学生時代モテなかったルサンチマンと性欲をどう晴らすかが目的なので、相手は誰でもいい。

一夜を共にするのがゴールなので、自分をどれほど偽ろうと問題ありません。

そんなものを、一生を添い遂げる相手を探す恋愛手段として、オススメしないでいただきたく。


男性は、ありのままを受け入れて欲しいという女性要望に疲れていますか?

それは、女性本質を見ずに、見た目が清楚な地味な女性こそが好ましいと決めつけてきた男性のみが溜めてこられたツケです。そこはお納めくださいませ。


そこが一番の違和感といったところでしょうか。



追記

なぜ私がそこまでこの件にムキになるのか、そこも考えてみたのですが、私は、「マーケティングではそうである」という一見知的に見える論法が流布されることにより、まだアイデンティティ確立していない若い女性が、服装メイク男性の好みに合わせることこそが理知的な振る舞いであると啓蒙されてしまうことが一番怖いと感じているのかもしれません。

次々と消費されていく商売であれば、とにかく商品を買ってもらうことが利益につながるのですからマーケティングの結果に従うのはもっともなことです。

けれど、こと恋愛などのプライベート個人個人の付き合いでは、これは適応されるべきではありません。

人は、商品ではありません。

どれだけモテたくない人は好きにしたらいいとエクスキューズを入れたところで、モテたい真っ盛りの若い人間にそう啓蒙することは、害悪しかないのではないでしょうか。

モテたくても、相手の好みに流されてはいけません。自分をしっかりと持ってください。自分とは何なのか、何が似合うのか、何が好きなのか、しっかり考えてください。

何かを偽り、異性を手のひらで転がすといったような、相手に対して失礼なことをしてはいけません。

好意のある相手に対しては、尊敬を持って接するべきです。

女性に手のひらで転がされたいという甘えたようなことを言う男性につきあってはいけません。

お母さんの代わりを、永遠にさせられることになります


女性蔑視などということではなく、男女ともに、何に縛られることなく、自分の好きな服装メイクをして、また自分に似合うと思うものを探し、自分自身が満足する自分を探し求め、同時に、そういうしっかりとした自分自身を持つ相手を、自分の好みを押し付けずに尊重して受け入れる。

それこそが最高のパートナーであると、私は思っています

2017-04-08

[]

今回はとなりのヤングジャンプ

ワンパンマン 第112話

110話の感想で、闘技大会編のテーマ考察したけれども、今回はそのアンサーにあたるね。

闘技大会編で提示された「ヒーロー必要性だとか意義」とは、第102話のスネックの自問が分かりやすい。

「勝てない相手にどうすべきか」ってのは、無免ライダー深海王のを筆頭に何度か趣を変えて描かれていることだけれども。

今回はそこに「自分より強くて、守る必要のない人間」という要素が含まれてくる。

けれども、回答はシンプルってのがいいね



悟りパパ 34話

まり気にしたことなかったけれども、フキダシ外のセリフが割りと小ネタ利いているね。

オチは良くも悪くも脱力感が。

本作はいい話のまま終わるパターンもあるし、今回はそちらのほうが収まりがいい気がしたから油断していたってのもある。

体のいい言い訳相手相手から、余計に罰当たりだなあ(笑)



空気人形と妹 第20

要人物が衣装入れ替えるのって、二大ヒロイン構成漫画とかがよくやる定番ネタだね。

こういうのってギャップによる魅力や、普段デザインの妙などが窺えたり、それがヒロイン二人同時に味わえるわけだから一粒で二度美味しいよね。

まあ、今回それがあるかっていわれれば微妙だけれども(笑)

ダッチワイフツッコミしつつネタも入れていくものから、今回みたいに味方が誰一人もいないと、すごくせわしなくなるね。

それにしても、良さそうな服を着てみたら思いのほかダサいと気づく、ってのはリアルでもあったりするのかなあ。

個人的にはピンとこない出来事なんだけれども、自分というフィルターを通して見て、初めて目が覚めるものなのだろうか。

いや、今回はモノがモノだから、余計そう感じるだけなんだろうけれども。

なんだかラブコメとかでよくある、扇情的衣装を着たヒロインが「何よこれー!」っていう「いや、着てから言うなよ(気づくなよ)」という構図の間抜けさも、案外リアルにあったりするのかもしれないと思ったり。

2017-04-06

はてブコメントは先着主義問題がある

はてなブックマークコメントは、早い者勝ちで、それが正しい考察か、ただ煽りかに関係なく、

誰より先に、端的なコメントをしたものが、その記事評価を決める。



コメントの内容は、自由だが、その記事評価を、先着者が決めてしまうのは問題だ。

なにが真実かは、時間がたってからわかることもあるが、

真実が明らかになる前に、記事に便乗し、あるいは記事を先に批判したコメント

たくさんの支持を受けて、記事評価を決めてしまう。



一度読んだ記事はてブを再度訪れる事は稀なのでスターを取り下げる事を多くの人はしない。

結果として、あとから真実が異なるとわかったとしても、嘘のはてブコメント記事評価を決めている。

はてブに、マイナススターをつけるかは議論がわかれるだろうが、

少なくとも、はてブのそのページのはてブ、いわゆるブクマの二階へのリンク

はてブのすべての記事に、わかりやすリンクを表示するべきだと思う。

記事真実でなかったときに、連鎖的に、二階、三階へと容易に辿ることができれば

時間とともに、評価がかわる記事を、追いかける事が可能になるはずだから

ひとりを選ぶ

ネット人狼が好きで欧州時代から参加している。



最近ゲームになりきるよりも、身近にいる人に各キャラクター

当てはめて考察するようにしている。

まり、毎晩毎晩、誰を殺すことに投票するかリアルに考えたいのだ。



先日も毎日ランチを一緒に食べている同僚を殺すか、

母親を殺すか悩んで母親投票した。



翌朝、更新したら自分が墓下に落ちていた。

見ると、母親投票が決めてで、私にとどめを刺していた。

お母さんごめんなさい。

2017-04-05

たつきって人自体糾弾するのは間違っている。残業とは別件で。

問題原典個人制作アニメも見ていない人が、文脈厨になるな、SF厨になるな!

などと声を張り上げてること。あの監督の一作前だってガチガチSFなのに。

そこから今回もSFが背後にあるに違いない、と考えてる考察班のほうがよほど健全だ(断っとくと自分SF考察してない)。

自分けもフレ像を作り出そうとする連中が遊離して世界形成している。

これは傍から見て異様だし怖い。一部のやつの声がでかいにしても噛みつきも早いし醜悪で危ないと思う。

まして、じゃあどういうところが魅力なのか、と問いかけると怒り出して解説もできない。

そりゃそうだ。自分たち自分たちの愛の意味を考えていないんだから

2017-04-02

けものフレンズ考察を装ったアニオタ批判

自分ブログに書くとなんだか炎上しそうなのでここに書くことにする。

けもフレ人気が各地で大爆発を起こしているが、さすがに褒められすぎ、評価されすぎ、持てはやされすぎである

この作品はどう評価しても100点満点中あげられるのはせいぜい30~50点くらいである。

アニオタ界隈のけもフレを評価する声として「安心してみていられる」「脚本がよくまとまってる」「やさしいキャラが魅力」などという言葉が交わされているが、これらは全て嘘っぱちのように聞こえてならない。

こんな薄い言葉表現される毒にも薬にもならない作品は、「よくできましたね」くらいの評価を得ることはありえるが、猛烈に人を惹き付けて心を揺さぶる名作にはなりえない。

本当に人の心をガッツリと射貫く作品というのは、たとえガタガタでブサイクな出来だとしても、何か一つくらい魂に響く「核」のようなものがあるはずだ。

「けもフレ」に心を揺さぶられた人間などきっとほとんどいない。そう言っている人間がいたとしたら、熱狂的な空気につられて思い込んでいるだけなのだ

その証拠にきっと「けもフレ」はすぐ忘れ去られる。あと一か月もしたら、おそらくこの作品には誰一人言及しなくなるだろう。

***

「けもフレ」人気のインフレーション理由は、基本的ネット空間における「極性化現象」であるといえる。

アニオタコミュニティという空間の中では、アニメ評価を巡ってぐるぐると再帰的な「言語ゲーム」を続けていく内に、しだいに表現に尾ひれがついて妄想が膨らんでいく傾向がある。

その中では、凡百のストーリーが「絶巧の脚本」になり、平坦な芝居が「神演技」になり、チープな謎が「深遠な哲学」になる。

このような現象は、ネット炎上などでよく観測されるメカニズムである

ちょっといたずらをしただけの大学生や、何気ない発言をしただけの女性が、集団極性化した暴徒によって糾弾されまくる構図は、ネット上で毎日のように見られる風景である

ネット上の言語ゲームというのは、往々にしてこのような「過剰」に至るのだ。

***

基本的アニオタというのは、他者媒介しないと何も考えられない、何も感じられない存在である

どんなアニメ面白いのか、どんなアニメ自分が好きなのか、そのアニメ自分にとってどういう価値を持つのか、一人では判断がおぼつかず何かを基点としないとリアリティを感じられない。

人間とは多かれ少なかれこういう側面を持つ動物だが、アニオタはこの性質がむき出しの形で露わになった存在である

アニオタは、基本的自分欲望することを欲望している。アニメを楽しみたいというよりは、アニメを楽しんでいる自分を楽しみたいのである

なのでアニオタにとって重要なのは作品のものではなくてその作品を取り巻く「人々」や「言葉」や「その評価」、いわば「アニメコミュニティ」という場そのものである

この「場」に埋め込まれることによって、アニオタは初めて作品に対して欲望を抱くことが可能になるのだ。

このことは、アニオタを語る上で押さえておきたい重要ポイントである

***

アニオタたちが「けもフレ」を担ぎ上げる理由、「けもフレ運動」の意図を強引に深読みしようとすれば、次のようにも解釈できる。

昨今のランキング市場は狂っている。

そこで上位を占めているものは、メディアSNSを通じてステマ的に人気を煽りブーストを仕掛けた「張りぼて」の作品ばかりと言っていい。

アニオタたちはこのランキング市場にどっぷりと身を浸し、どっぷりと依存しつつもキレている。

メディアに対してももちろんキレているが、それにまんまと乗せられている自分自身にもキレている。

その鬱々と溜め込んだ感情が、今回突発的に「けもフレ」を通じて連結した。

「けもフレ」という作品は、徹底的に薄味で、徹底的に無難で、徹底的に空っぽであり、「本当に売れたいのか?」と問いかけたくなるような、いかにも「ステマーケティング」と縁のなさそうな装いをしている。

神輿は軽いほど良い」という言葉があるが、「けもフレ」こそはアンチステマ運動アイコンに相応しい空虚作品であった。

アニオタたちは「けもフレ」を神輿として担ぎ上げて、自分たちを操縦しようとするランキング市場のかく乱を目指すための意味不明舞踏を開始した。

これは江戸時代流行したとされる「ええじゃないか運動」を彷彿とさせるものである

アニメ評価をかく乱せよ」

アニオタたちの目論みは、自分たちに向けられた圧力を全く同じ方法相手オウム返しにすること、「張りぼて」に対して「別の張りぼて」を擁立して推し上げることであり、これは俗にいうミラーリング作戦というものである

この作戦は幸か不幸か一定の成果を上げていて、アニメ関係者や一部のマーケッターたちは、なぜ「けもフレ」がこれほどまでにウケているのかを理解できずに、困惑の表情を見せているという。

真実などどこにもない。ウソを倒すのはまた別のウソ

ポスト真実時代の戦い方が、まさにここにはある。

***

アニオタたちがもし上記の行動を「自覚的」にやっているのだとしたら、それはいかにもオタクらしく捻くれていて、しかし少々のユーモアも感じさせる、気の利いたいたずらのようにも思える。

しかしもし無自覚的・無意識的にそれをやっているのだとしたら、それは鬱々とした大衆の暗い感情病理的に発露してしまたかのような、なんだかこれから先が心配になってしまう「症状」だともいえる。

このような運動は秩序を打ち壊しカオスしか生み出さない。

このような運動アニメ界隈を通じて別の空間に波及してしまわないことを祈っている。

http://anond.hatelabo.jp/20170331120918

いや、そういう楽しみ方、最初はあったよ。1話ではむしろみんなそこに突っ込んでた。ぜんぜん少数派じゃないよ。みんなそうやって笑ってたよ。

ニコニココメントじゃ、動かないフレンズに「jpg」「不動明王」ってでっかい赤字つくのが定番化してたし。棒読みとか低クオリティつながりで淫夢と同じって言ってる人までいた。途中から、実は結構裏がある設定じゃね?って話題になってから空気が変わった感じだった。

変わったのは4話終わったくらいだったかな?クオリティ崩壊してるのなんて、1話からずーっとそうだからネタにするのも飽きるよ。で、普通だったら飽きられて終わるんだろうけど、考察とか語録とか、別の楽しみができた。もうみんな、低クオリティを前提として受け入れて、別の話題で盛り上がってる。そうなると、もう終わったネタなんてサムいだけだよね。

当初はネタにされてた低クオリティが、そのうちネタにされなくなったのは他にも理由がある。

けものフレンズを見始めて、後からメディアミックス作品だけど、先行したゲームは終了→アニメ敗戦処理新人声優育成担当」「低予算なので期間も人数もいません」みたいな情報が出てきた。いや知ってる人は知ってたんだろうけど、多くは後からネット記事で知っただろう。

それと同時に、「けものフレンズCG動物の動きに忠実」とか「間のとり方がすごく計算されてる」みたいな指摘をする人も出てきた。

そんな話を聞いて、ああ、低予算納期工数も足りなくて、だからこんな低クオリティなんだ。でも、キャラの動きとか、会話の間とか、ピンポイントでこだわってる部分はあるんだ。むしろ、全てを完璧に作り込むことはムリだって諦めて、それでもこだわりたい所は妥協しなかったんだね。って感じたのは俺だけじゃないと思う。

そうなると、もう、低クオリティなとこをネタにして笑うってできないよね。情が入ってしまうっていうか。制作側を応援する気持ちなっちゃうから

この変化を象徴してるのが8話「ぺぱぷらいぶ」だ。ニコニココメントだけど、前半で「ライブシーンないのかよ!」「予算がないですから」って笑って、後半のライブシーンでは意外にちゃんと動いてくれて。そのシーンにつくコメントが「動いたあああ」「予算が溶けるぅ」「CGスタッフの体力が削られていく・・・」とかね。予算がない中で、それでも必死で取り組んで作られたアニメーションが、総体クオリティは低いかもしれないけど、細かく見ていくと職人芸が光るアニメになってる。

アイドルライブシーンなんて、他の有名なアニメと比べるまでもないようなデキだけど、ここまできたら「うっわなんだよ今の動きwしょぼw」ってネタにして笑うなんて、もうできない。

増田の楽しみ方が特殊ってことは全然ないよ。むしろ誰もが最初はそう思ってた。否定されるべきでもないし、過ちでもない。増田感性がみんなとズレてるってことは全然ない。まったく平凡だよ。ただ、周りのみんなはもう別の話題に移ってるのに、一人だけ延々とおんなじネタを繰り返してたら、そりゃあお前サムいよって話だよ。

最終話も終わって、あのラストセルリアンもラスボスにしては笑っちゃうような絵だったけど、でももう誰も笑ってなかった。ブコメにもあったけど「惚れた弱み」ってとこだな。

2017-04-01

謝罪文

自分アニメ見方は間違っていたようです。なのでここに謝罪します。



MUSASHI GUN道ストーリーを知らないくせに、作画崩壊部分だけを見て笑ってしまい、申し訳ありませんでした。

キスダム -ENGAGE planet-』ロードムービー的な本筋だけでなく、ライブ感溢れる本編作画OPの変更に注目してしまい、申し訳ありませんでした。またBS版(R)の実写パートで入ってしまったサイレンの音で笑ってしまったことについても謝罪します。

Myself;Yourself主人公ヒロインラブストーリーの行く末だけでなく、老人ホームの猫殺しババア星野さんの真意面白がってしまい、申し訳ありませんでした。またヒロイン戸籍上の両親は神主のおじさんによって殺されたに違いないと思ったことについても謝罪します。

『超生命トランスフォーマー ビーストウォーズリターンズ』「動物機械の融合」という前作のコンセプトをより推し進めた「動物機械調和」というコンセプトを一切理解しないまま、キャラキモい罵倒しながら声優アドリブ合戦を楽しんでしまい、申し訳ありませんでした。

FORTUNE ARTERIAL 赤い約束最終話主人公問題先延ばしにして話が終わったのを見て、腹を抱えて笑ってしまい、申し訳ありませんでした。

星空へ架かる橋』作中で何かを食べてばかりだった原作メインヒロイン最終話でいきなり主人公と結ばれたのを見て、腹を抱えて笑ってしまい、申し訳ありませんでした。

ファイ・ブレイン 神のパズル』本編とおまけコーナーでアピールされていたパズル面白さだけを楽しまず、ラスボス主人公に執着する姿を見て笑ってしまい、申し訳ありませんでした。2期のラスボス主人公永遠にパズルしようとしているのを見て大笑いしたことについても謝罪します。

戦姫絶唱シンフォギア』その少年漫画的な王道ストーリーに着目することなく、ヒロイン必殺技反動で血涙を流しながら吐血するシーンや復活したヒロインが巨大な剣に乗って登場するシーンで呼吸困難になるほど笑ってしまい、申し訳ありませんでした。またラスボスに撃ち込まれ銃弾身体にめり込むことなく落ちたシーンで、射手が正確に心臓を狙ったことよりラスボス乳房の硬さを面白がってしまったことについても謝罪します。

シャイニング・ハーツ 〜幸せのパン〜パンこそ全ての本編よりもエンディング映像に注目した上に「このエンディング狂気を孕んでいる」と思ってしまい、申し訳ありませんでした。

この中に1人、妹がいる!自称妹の正体を探るミステリ要素に真面目に向き合わず、あまり安易かつ強引すぎるエロ展開のIQの低さだけに注目してしまい、申し訳ありませんでした。

恋と選挙とチョコレートヒロインの部屋の押入れから段ボールいっぱいの半分のチョコレートが出てくるシーンに(中妹比で)狂気に欠けるという評価をしてしまい、申し訳ありませんでした。特定キャラの声に違和感を覚えたことについても謝罪します。

獣旋バトル モンスーノモチーフとなったホビーを、あの有名広告代理店電通海外子会社が全世界に向けて作ったクソホビーだ!などと放送から嘲笑してしまい、申し訳ありませんでした。また本編でも主人公達を「ラーメン屋破壊者」「遺跡絶対に壊すマン」「破壊チーム」など、誤った認識で視聴していた傲慢さについても謝罪します。

幕末義人伝 浪漫幕末期の日米の歴史に詳しくなかったため、ストーリーの核心部分について予想できて当然のことを予想できず、単に謎アーマーと偽ペリータンク面白がるだけに終わってしまい、申し訳ありませんでした。

ビーストサーガ放送前には最強ジャンプを毎号買って記事を熟読していたのに、プリキュア裏番組であることを理由アニメを視聴しなかった上に、ツタヤかどこかで配信するはずの終盤数話の情報も追わずじまいになってしまい、申し訳ありませんでした。陸海空のスターターデカコロシアムまで買ったのに、一度も他人と対戦しなかったことについても謝罪します。

トレインヒーロー主人公らがレスキューヒーローとして成長していくストーリーだけを楽しまず、クオリティの低いCG映像間延びした演出にも注目してしまい、申し訳ありませんでした。

スパロウズホテルSEASON 1)』GUN道同様に作画崩壊ばかりに注目してしまい、申し訳ありませんでした。

帰宅部活動記録』本編のギャグよりもあまりフレッシュすぎるキャストに注目してしまい、申し訳ありませんでした。その一方で鬼平のお順の中の人クレア先輩の中の人だと気付けなかったことについても謝罪します。

幻影ヲ駆ケル太陽主人公達やケモるなちゃんの安否よりも、扇動された暴徒が松明を持って学校を襲撃する世紀末都市長崎治安心配をしてしまい、申し訳ありませんでした。

魔法戦争』初回から最終話までリアルタイムで見たのに意味が分からず、申し訳ありませんでした。

棺姫のチャイカ』「チャイカ?」「うぃ。チャイカ」「チャイカ……」というやりとりが面白かったというだけで2期含め全話視聴してしまい、申し訳ありませんでした。

聖剣使いの禁呪詠唱』厨二妄想の塊みたいな本編ストーリーよりも、原作者の知らないドラゴンやその他笑わせることを意図していないであろう演出等を面白がってしまい、申し訳ありませんでした。

空戦魔導士候補生の教官ベストキッドみたいな本編ストーリーよりも、原作者の知らないトーナメントや明らかに浮いているCV安元洋貴キャラはアニオリなのかどうかにばかり注目してしまい、申し訳ありませんでした。またCV安元洋貴キャラが変なポーズで跳躍するシーンを、巻き戻して繰り返し再生するほど面白がったことについても謝罪します。

銀河旋風ブライガー』焔燃の言ったことを真に受けてOPEDだけはいいなどと思ってしまい、申し訳ありませんでした。実際にはOPEDだけでなく、役者の演技と挿入歌劇伴曲と変形バンク映像と各種デザイン世界設定と山本優脚本も素晴らしいと感じました。重ねて謝罪します。

アンジュ・ヴィエルジュ少女達の絆やモチーフとなったカードゲームについて注目せず、難解な専門用語の異様な多さの一方で、闇堕ちというあまり安直言葉キーワードとして用いられることを主として面白がってしまい、申し訳ありませんでした。また毎回必ず挿入される美少女入浴シーンノルマ表現したことについても謝罪します。

トランスフォーマー アドベンチャー -マイクロンの章- 新たなる敵』せっかく公式映像を見られたのに国内版設定について考察するばかりになってしまい、申し訳ありませんでした。また鶴岡スクリームと平川スクリーム性格差異を受け入れられず、未だに苦悶していることについても謝罪します。

けものフレンズCG映像クオリティの低さに注目してしまい、申し訳ありませんでした。一部キャストの演技を棒と評したことも謝罪します。大変反省をしております。どうかお許しください。



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教養として見るべき90年代以前のアニメ20

カウボーイビパップ(海外でも人気。)

少女革命ウテナ(その後に大きく影響を与えた幾原邦彦代表作。細田守出世作でもある。)

GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊押井守代表作)

新世紀エヴァンゲリオン90年代庵野秀明代表作。)

セーラームーン美少女戦闘アニメの基礎教養。)

おにいさまへ……(個人的にはエヴァウテナ入れるならこれも入れないといけないと思うんだけど、詳しくないのでなんとも。)

機動警察パトレイバー the Movieメディアミックスの寵児、パトレイバー。そして実写的なアニメ代表作。)

AKIRA(今後もこれを超えるほどの作画アニメは出てこないだろう)

超時空要塞マクロス80年代オタク文化代表するロボットアニメ

伝説巨神イデオン富野入門)

機動戦士ガンダムプラモデルや、オリジナル設定を考察するといった新たな楽しみを生み出した。)

宇宙戦艦ヤマトアニメ子供向けのイメージを変えた作品。)

未来少年コナン(宮﨑駿初監督作。後のクリエイターに与えた影響は計り知れない。)

ど根性ガエル(現シンエイ動画であるAプロ芝山努代表作。)

太陽の王子ホルスの大冒険高畑勲監督作品であり、宮﨑駿の出世作でもある)

白蛇伝東映動画の原点。東映でのアニメーション制作体制はこの作品のために整えられた。宮﨑駿はこれを見てアニメ業界を志した。)

桃太郎 海の神兵(戦時中プロパガンダアニメしかしこれを見た手塚治虫が感激してアニメ制作を志すきっかけとなった。)



ここまで考えて飽きた

というかコレ入れるならアレも入れなきゃじゃね?みたいになって決められない。

あとの3つはみんなで考えてくれ。

http://anond.hatelabo.jp/20170331120918

美術レイアウトの抜群の良さが理解できないの残念だねー。

考察的なものがこれだけ流行ったの、脚本の出来の良さだけじゃなくて、

見れば理解できる非常にわかやすい丁寧な絵作りによるところが相当大きいと言えるし

これから作られる2期なり劇場版なりで制作資金が潤沢になって

仮にキャラの細かい動きや表情がつけられるようになっても

けものフレンズの良さは全く失われないと思う。

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