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2017-02-22

管理者養成学校が続いている理由と仕組みを卒業生説明する

サラリーマン幹部養成学校の一日が刑務所と変わらない→実際に行った人たちが続出 - Togetterまとめ - https://togetter.com/li/1083373

▼Q:なんでこんなものが続いているのか

ビジネスモデル確立してるからです。

ここの母体は「社員教育研究所」という会社で、ビジネスマナー等の半日研修セミナーをメインにおこなってます。昔いた会社では、正社員は全員ここの半日研修を受けることになっていました。管理者養成学校に行くのは管理職新卒社員だけでした。

半日研修は、意外にもいたって普通の内容です。笑顔の耐えない講師の人が当たり障りのないビジネスマナーを教えてくれます半日話を聞いて仕事サボれてラッキー、くらいの感覚で受けました。しか講師笑顔にだまされてはいけません。それはただの仮面です。ここの講師は全員管理者養成学校教師を兼ねてます。いつでも怒鳴り声があげられるのを、セールス向けに意図的にゆるーくゆるーく振る舞ってるのです。

この、セミナーの使い分けがポイントです。管理者養成学校卒業生は一部が完全に洗脳されます。よしんば洗脳されなくても、管理職的な視点から後述の「一定の効果」を認めるひとは少なくありません。そのため、「管理者養成学校いかせるまでもない(行かせたくない)けど、多少学んでほしいことがある」と考えた管理職は、このゆるーい半日研修採用するのです。つまり

「ここの卒業生管理職になった企業管理職になる」

→「この企業運営する半日研修セミナー社員を受けさせる」

(→「一部の社員合宿セミナーへ参加させる」)

というサイクルが発生しています。飴と鞭に近いものを感じるというか、よくできています。多分なくなりません。

▼Q:「一定の効果」ってなに?

トップダウン式の企業における「上から命令には迅速かつ忠実にしたがう」という感覚を身に付けることです。

命令に従わなかったり、勝手判断で動く社員はどの企業にも一定数発生します。それを許容する文化もあれば、「上から命令絶対に守る/言われてないことは絶対にしてはいけない」という文化もあるでしょう。そして、例えば急成長して組織構造確立していない大企業のような「企業風土はまだ根づいてないけど、上としては絞めるところをしっかり絞めたい」という意識が働きやす企業は、荒療治であっても命令絶対服従の社員を育てたいと思うではないか…というのが私の予想です。

他にも「承認体験を与える」「ブレインウォッシュしたあとにある種の価値観を植えつける」とかもありますがこれも後述します。

▼Q:実際にはなにやるの?

意味のないことをやります

本当です。たとえば、「駅前に立ち、大声で歌を歌う」「歌で審査員を感動させる」「動きを激しくアレンジしたラジオ体操を覚える」「行動力基本動作10ヶ条を暗記する」といった課題を与えられます。それらがすべて合格にならないと補講が発生し、強制的宿泊数が一日延びます。そんなことをわたしは7泊8日で怒鳴られながらおこないました。

この「意味がない」というのは実はとても効果的です。そもそも、入校初日先生から

「ここで教えることに意味はない。大声を出そうが、歌が歌えようが、仕事はできるようにならない。だけど、ここは研修練習の場だ。練習でできないことが、本番でできるわけがない。ここでの訓練を通じて、社会人としての一挙手一投足を学んでほしい」

とか言われます。そしたら「意味がないじゃん」という反論意味をなさなくなりますしかも、「意味はない」けど「歌で審査員を感動させる」ために歌う歌が

要領とごまかしで 長い坂はゆけない

仕事場は戦いの場 半端ではない

やる気になって汗を流せど 力なき悲しさ

いつかみじめな自分を見るだろう

年をとってほぞを噛むなら いまやるがいい

君よ知るか仕事ができて、人生幸せ

ひらけゆく青空の大きさはどうだ

しなやかな若竹にできないということはない

なんて歌詞なんです。

ここが恐ろしい、そして本当にすごいところで、教師意味提示しないので、自分で考えるしかないんです。

意味がない」からこそ、「自分意味内面化する」。このための仕組みが管理者養成学校はとにかく高度に作られています。たとえば、大声で歌を歌うとどうなるか。脳が酸欠になり、思考力が低下します。どれだけ歌っても鬼の形相の教師が怒鳴ってきます。何度も審査に落ち限界限界を重ねて大声で、精一杯気持ちをこめたあと、教師が満面の笑みで「合格!」って言って抱き締めてくるんですよね。このとき承認された感覚半端ないです。涙がボロボロますし、ボロボロ泣くのは気持ちいいです。承認体験は人を盲目します。

なお、こういった方法論は一般的にbrainwashingと呼ばれているはずです。そういった仕組みを利用しているのは軍隊カルトの二つが一般的ですね。

▼Q:嫌じゃなかった?

→嫌だと考える時間と余裕があらゆる点で排除されています

ポイントは「秒単位の余裕すらない規律」「徹底した団体行動」「常に見られていること」「でも絶妙息抜き」の4つです。合宿中は一日を5時起床/22時30分消灯で行動します。自由時間はこのうち合計3時間ほどありますが、単独行動禁止です。研修グループでおこなうので、一人だけ休む、一人だけ練習するなどは禁じられています。本当の意味での自由時間は、起床と就寝のための30分くらいです。それらは布団の出し入れと着替えでつぶれます

なお、行動と行動の間に1分でも空き時間があれば、なにか練習しないといけません。寝泊まりと訓練をする部屋は一面ガラス張り、かつ消灯時以外はカーテンを閉めるのを禁じられています教師は常に見回りをしており、なにもしていなかったら怒られますあなた方はパノプティコンをご存じでしょうか。

見られているのは教師だけではありません。同じグループのひとや、違うグループのひとも同じです。学校では実に細かなルールが設定されています。「部屋を出入りするときは『失礼します』とおじぎをしてから出入りする」「移動時には常に小走り」「椅子から立ち上がるときには椅子を必ず机の奥まで入れる」等々。そして、「ルールを破った人がいれば他のひとが注意する」「注意されたら『ありがとう』と返す」等々。ここでは生徒もまた監視している存在なのです。

しかし、ガッチガチでありながら、休憩時間ビールタバコを嗜むことは許されています絶妙です。縛るところは縛りつつ、一握りの自由を与えます。また、グループ内でのコミュニケーション促進にもなります

▼Q:みんなこんなルールを守るの?

→守ります意味がないルールでも、ここでは規律内面化されるからです。

一番面白かったのは、「風呂に入る前には、風呂場の上に書かれている『風呂に入るときは、1:頭からお湯を二杯かぶる 2:頭を二分洗う 3:お湯を三杯かぶる 4:水を一杯かぶる 5:体を五分洗う ...』の規則を必ず読み上げてから入る」でした。みんな読み上げるし、書かれている「体を洗う順番」を守ります。本当に。風呂息抜きの場ではありません。厳密には、「息抜きをしつつも、規律規則として必ず守る」という感覚が四六時中植えつけられます

▼Q:あなたは何を学んだの?

ラジオ体操でぶっ倒れるとか、40キロ歩いて本当に立ち上がれなくなるとか、あとは四六時中怒鳴られたときに何度も発生したミスがあるとか、そういった点での「私自身の体力的・精神限界を知れた」ということは結果的によかったかなと思います

また、『1984年』の二重思考ってこういうことなのかと体感しました。承認体験が重なるにつれて、「規律めんどくさい!」が「規律を守ることは楽しい!」に刷り変わっていく感覚は絵も知れぬものがありました。訓練の最後には「この学校は最高だ!!」って本気で思ってました。でも「学校を補講なしで卒業し、一日でも早く出たいから全力で試験合格しようとする」んです。

矛盾してるでしょう?でもそれを可能にするのが管理者養成学校なのです。

▼Q:管理者養成学校さないと

→同感ですがつぶれないと思います洗脳されてるひと結構ますし、この「洗脳されてる」が「『個人人格』とは別の『社会人としての規範人格』を学ぶ」と錯覚してるひとは多いです。私も、管理職立場になったら部下に行かせない保証はないなと思います

▼Q:おまえは既に洗脳されてる

洗脳っていうのは「こんなの絶対おかしいよ!」って理屈理解していても「わー!たーのしー!すごーい!」と思ってしまうから洗脳なのです。

2017-02-21

雑なものづくり

プロトタイプは雑でも良いのだが、要件定義が雑ではまずいのではないか

課題が『工場労働者職場環境改善するプロダクト』なのに、職場環境でなく工場労働者自身解決押し付けるようなプロダクトのどこが素晴らしいのか。

給料せとか明日から来なくて良いとかリアルで言われない場所で働ける学生には他人事なのかもしれないけど。

2017-02-20

ジャニーズJr.エゴ押し付けたいJr.担の話

◆事の経緯

今日自担バックダンサーとして出演している舞台を観に行った。

ほぼ出ずっぱりで汗だくになりながら踊っている姿や、メイン出演者の補助を任されている姿を見て、感情がおさえきれなくなった私はみっともなく泣いていた。

今日は見えない席だからセーフ、と言い訳しながら「ここに至るまで自担経験してきたであろう様々な困難」を思い、存分に泣いた。

ただの痛いオタクだった。

こんなものツイッターにすぐ流してしまえばいいのに、過去自分の呟きを読むと色々な感情が渦巻き、それはおいそれと人様のTLに流していいものではなくなった。

人を傷つけるかもしれないな、と思うようなことも書きたくなってしまい、これをどうしても形に残したいなら増田しかない、と結論付けた。

これはただの、「自分の正直な気持ちさえも匿名しか表現できない臆病なオタク」が、「ジャニーズJr.として日々とても頑張っている林蓮音くんとその周囲」に「自分エゴ押し付ける」話です。

手段

おもに過去自分ツイッターで呟いた内容を転記して当時の感情を振り返る

◆注意

「ちび6」界隈だった人(本人含む)は読まない方がいいかと。

私のツイッターは鍵垢でフォロワー数人しかいないので、他の誰かと勘違いして凸らないでください。

◆今や次世代Jr.筆頭のグループが結成された頃のこと

もんぺから「なんでうちの子(自担)がこんな目にッキィーーーーッ」てなるけどだったら最初からデビューできそうな奴を推せよ…とも思う。なんで好きなのかなんて理屈じゃないんだよ…あのときの子が一番輝いてみえたんだ。あの子みたいに私も毎日頑張るんだって思えたんだ。』

『 だから自分の伸びしろ限界が見えてしまうまでは、気持ちがどうしようもなく折れてしまうまではキラキラしてる元気な姿見せてほしい。ほんとになんで選抜漏れたのかそこだけが解せぬ…でも金田くんと共に舞台ルートってのは薄々…見えては…いる…。』

『 (でも私ほんと底意地悪いからまとめ役不在でユニット瓦解しろって思い始めてる…でもあのなかに意外と面倒見いい子がいるの知ってるし自担とずっと一緒にやってきた子達だから成功してほしいとも思っていて気持ちがグラグラ揺れている…)』

『 でもみてる人はきちんとみてるし結局上に上がっていくのは無茶ぶりされてもステージで結果出せる人だよね。自担場合は後輩とのコンビが思いの外しっくりきちゃったんだろうなってなんとなくわかってるよ…うん。2年後の確変を待とう。』

『 まあでもあの括りのなかでは選ばれた子達皆歴長いからな…うちの子1年くらい差あるからな…まあいま組んでる子たちからしたらうちの子3年以上先輩なんだけどな…ってまだうだうだ考えてる。』

『 とりあえず自担には筋肉表現力つけて誰にも文句言わせないくら舞台栄えするタレントになってほしい。早急に。いまって「度胸と努力は買うぜ」って段階だからな…いや私はその努力尊敬してるんだけどな… 』

HiHiJetが結成された頃の話ですね。

この頃、結構長い間ぐちぐち言ってましたね。お前何様だよって読み返して思いますけどでもすごく悔しかったんですよね蓮音くんもイニシャルHだから入れてくれよ!?ってすごい思ってた。

どうして漏れたんだろう?と考えても意味のないことをうだうだ考えながらも、蓮音くんへのお手紙にはそんなこと書けなくて、「お前どうせコネ枠だろ!?」と猪狩くんに理不尽嫉妬してましたね。

◆辞めたあの子のこと

自担ものすごく近い子が事務所を辞めたので…泣いている…悲しいんじゃなくて悔しいしくそがって思うしきみが辞めたことで自担の将来に影響がと思うしお前がダンス頑張りたいとかナマ言ってんじゃねえよと思うし上のオキニだったのにその場所明け渡すとか何考えてんだよと思う』

『 真面目な態度ではなかったけど顔もオーラも支持もあっていずれ上に行くレールはひかれてた、それをぽんと投げてすぐ新天地に向かう感じがすごい腹立つ。ちょうど夢に自担が出てきて私「デビューしたい?それとも舞台でやったいきたい?私たちは蓮音くんの気持ち応援したいんだ」とか伝えてたから余計に』

しか最近は帰る時間あれだけど君ら普通に仲良しだったじゃん?辞めるって話したの?てかお前なに後輩巻き込んでんだよ…これで自担の現相方は初シンメを失ったし、足怪我して舞台途中でいなくなったときに泣いてたいちつきの子とか思い出すと悲しくなるからあああアイドルファンって勝手だなと思う』

ビジネスシンメとか、シンメにも種類があるけど件のシンメ希望溢れる未来を感じて大好きだったのになあ。本人たち交流無いのに突然引き合わせられた所も、ダンス得意な森田に追い付こうとする作間という構図も、性格全然違うのにいつのまにか柔らかい表情で隣り合うようになったところも、大好きだった』

自担が完全に兄貴面してるから作間とのコンビシンメじゃなく先輩後輩なんだよなあくまでも。しかも一等可愛がってる後輩は別にいるっていう。でも二人って気質が似てるからまあうまくいくというかこのまま育てば重宝される未来は続くはずなんだ、なのでやめないでねと思う。』

ジャニーズJr.だった玉元風海人くんたちが辞めた頃ですね。

自分もびっくりするくらいこれには怒っていた。あまり人に話せることじゃなかったから言えなかったけどすごく怒っていた。

これでひとつ席が空いたね、とかいレベルじゃなかったからめちゃくちゃ怒っていた。

ちび6の中で玉元くんだけ1つ歳上で先に高校生になったけど、あと数ヵ月で他の5人も高校生になるから、HiHi漏れたちび6組も、やっとグループ結成されて本格的に売り出されると思ってワクワクしていたから本当にガッカリだった。

松松も松倉くんが先に高校生になったけど、うまくそれを活かして二人ともステップアップしたじゃないか…玉元くんファンだけじゃなくて周りのオタクたちが寄せてた期待はどこへ捨て置けばよいの?と思った。

◆続・辞めたあの子のこと

当時の自分、日付が変わってもまだ怒っていた(笑)

『お前だけの身体じゃないんだよ…!この時期の!この世代で!ひとくくり!天下獲るのも夢半ばで散るのも全部!連帯責任から運命共同体から!っていう…。ビジネスシンメ萌えないけどお互い利用しあって上に行こうとしてる分、運命共同体だっていう認識はあるわけだから、いいよなと思う。』

だって簡単に辞められないし…。ある程度まとまったくくりから退所者出るとその辺り仕事無くなるから困るんだよ…この隙に新人場所とられたらどうしてくれんの…いやそれも努力不足才能不足って言われるのわかってるんだけどね!?アイドルファンほんと自分勝手だけどお金払ってるから許してにゃん

『夜中の自分激おこしててうける。まあでも気持ちはわかるよって過去自分を慰める。自担が持ってないものたくさん持ってて、あとは人並みに努力するだけでいいって恵まれ過ぎてたのにぽんと辞めるとか悔しいよね、お前にとっての仕事ってこんなもんだったのかよ、それに青春捧げてる自担立場は』

『すぐに文字数いっぱいになる。でも周辺のファンは少なからずこういう気持ち抱えてると思う。自担たちの世代筆頭として盛り上げていける資質持ってたのにな…てか顔だけじゃんって言われるようなきみみたいな子こそ事務所にいるべきだったと私は思うよ…(まだ言う)』

いや、顔だけじゃなかったでしょう玉元くんは…。妄言もほどほどにしないと本当…。

でもそれくらい、誰かが辞めるってことは周りのオタクにとって一大事なんですよね…。Jr.と違ってJr.担って暇だから(少なくとも私は暇)色々考えてしまう。

◆Jr.担の醍醐味とは

アイドル見ると泣いちゃう病気だけど本人の目の前で泣くとかいドン引き勘弁だから(今日席近かったですねとか普通に言われる固定ファンの少なさだった当時)彼の頑張りの末に勝ち取った立ち位置スポットライト浴びて先輩従えて踊る姿何も考えないようにただ記憶して家に帰ってどちゃくそ泣いた。』

『立ってるだけで華がある子と同じ舞台しんどいけど自分限界と少しずつの進歩を並行して味わうからずるずる辞められなくて毎日同じ箱の中で過ごす日々に仲間意識も芽生えるのに楽日を迎えた次の日からは別の現場で皆がライバルになるって環境で育つ子がどんな大人になるのか私は見届けたいんだなあ~』

『私が蓮音くんを本当にこの子はすごいなあと思ったのはジャニワでソロダンス任されたときで。蓮音くん、それまでクラシックバレエとか得意ではなかったのにそういう振り付けで、センターで、ソロで。初日、すごいぎこちなかったんだよね。正直見てて、あれ?って思った。』

『本番までに完璧に仕上げてくるのがプロだろって思ったけど、本番までに仕上がらなくても幕は上がるんですよ。本人すごい完璧主義者だから絶対あの完成度では舞台立ちたくなかったはずなんですよ。私だったら立てないし逃げたくなる。でもちゃんと踊って、及第点には仕上げてきた。』

初日終わって「小さいのにすごいね」って褒められて、それは悔しかったんじゃないかなあと思う。それから毎日夜お手本の映像見ながら自主連して、朝早く会場入りして、めきめき上達していって。毎日誰かが失敗して出番はずされたり減らされたりしてたあの舞台で一ヶ月その場所を守りきった蓮音くんを』

『私は尊敬したし、公演半分折り返す頃には伸びやかに踊れるようになってて「あの子踊れるわね」って言われて、評価から「小さいのに」が外れてた。長丁場の公演でも穴を開けずに質も落とさずに楽日を迎えたってことはすごい自信と周囲の評価を蓮音くんに与えたと思うから私もあんな風に頑張りたい』

はい、だからお前は何様なんだ、と。

Jr.担の醍醐味は「好きを仕事にしたい」って頑張っている、本当にものすごく頑張っていて「頑張る」が当たり前になってしまっているワーカーホリックたちを応援して「もしかして自分も頑張っているのでは?」という気持ちになれることだと思います

少なくとも「頑張る」を頑張れないし続けられない自分みたいな人間は、「頑張る」を何年も続けている存在を身近に感じることでなんだか勇気をもらえます


◆あの子が辞めて、それからの話

『周りの子が!おっきくなりすぎてて!うちの子も!少しずつだけどおっきくなってるし!態度は人一倍かいから!って心中叫び始めるやつ。どんなに「これからだぜ希望溢れる未来へ!」みたいな状況の子でも突然いなくなるからいつも「やめないでね!?」って思ってる(アイドルの話)』

自担が可愛がってる後輩がだんだん自担ダンス似てきて、レッスン着もお揃いなんだけど、ついには衣装の着こなしも同じになってて、自担、Jr.内では存在感あるんだよな知ってる…もっと外向きにアピールしよ…ってなってる最近

『今夜たまたま数ヵ月前の自担出演映像(メインじゃないので自担は基本見切れ)五回くらい見たんだけどあいつ笑わなすぎだな!?知ってたけど!いくらしゃかりきに踊ってもな!ニコニコ笑顔には勝てないんだよ!あっちがいくら振り付け間違えても笑顔大正義なんだよ…!って机バンバンしたやつ。 』

小学生から自担成長記録を写真で眺めてたら目頭が熱くなってきて…!?もうほんともっとずっと元気をもらってたいし君の笑顔が曇ることなんてできるだけ少なければいいと思ってるからオタクどうしようもない。すげえ鳴り物入りで自担フィールドに乗り込んできた新人君が一歳下とわかって戦慄。』

『てかああいう手合いの子事務所に定着しちゃったらうちの子出番食われるよ…これから笑顔も作れるようにならねばだ。続けてれば絶対いいことあるって私はアイドルから教わったから、自担情熱燃え尽きない限りは続けて欲しいって思うし夢が叶ったときの君の顔をこの目に焼き付けたいって思う。』

バレエの子、改め、ジャニオタバレエの子、改め、松尾くんが入所してきた頃の話ですね。

オタク事務所期待の新人相手勝手マウントとる、の巻。

今では松尾くんもすごくいい子だってわかるから応援したいと思っています

ていうか事務所継続して推される子に悪い子なんてそうそういないわ…。何を悪いと定義するかにもよるけるど、少なくとも何らかの努力をして結果を残せる子じゃないとあの事務所で生き残れないってことはなんとなくわかる。

◆あの子が辞めた後のクリエ周辺のこと

次世代Jr.選抜組だけのメイン公演ラスト、Wアンコールで幕開いたら出演者全員1列にギュッて肩組んでライトあたって眩しそうに目細めて達成感に満ち溢れた顔で客席見てたの思い出すだけで尊くて泣ける…。』

『終始キリッと仕切ってた井上が最終公演アンコールシンメと顔見合わせた瞬間涙ポロリしちゃって顔をぬぐうのとか尊すぎたし、先輩後輩(※後輩が年上)がお互いの健闘を讃えるように抱き合ってたらその子の同ライン(※同い年)やシンメ(※年下)が次々飛びかかって団子になってるのとか眩しかった』

『ちっちゃい身体なのに皆に抱きつかれて壇上でよろけた彼の腰をぐっと支えるシンメ(※年下)とか尊すぎて拝んだ。中学校最後に与えられた課題(Aクリエ公演)を高校入学1か月後に完璧に終えたんだからそりゃあ大団円雰囲気になるよね、あの場に居合わせられた自分幸せって思った』

『蓮音くん追いかけて●年、こんな幸せ気持ちになれるなんて思ってなかったからびっくりだ。与えられた役割に嬉しいって言ってた蓮音くんが、これじゃ足りない、もっとってメイン目指すようになるとか胸アツすぎて話聞きながら泣くかと思った。』

あんなに「同じ高校の仲間で文化祭」ってぐらい結束して公演作り上げてたのに、終わってからは「いい勉強させてもらった。次の仕事はわからないけど決まったら来てください」って言ってて切り換え早すぎて毎度びびる。今日まで仲間でも明日からライバルなんだよなあ…ピリピリ感どちゃくそまらん』

『蓮音くんが貪欲さをこっちにも隠せなくなったの、元同ラインの大出世がかなり影響してると察するに余りあるわ…。仲間が活躍するのは嬉しいけど、自分漏れたのはものすごい悔しいんだよな。努力するのは当たり前、結果を出すのも当たり前、+αがないとチャンスもらえないとか世知辛すぎ』

蓋あけてみたらAクリエとても楽しかった。

でも今読み返しても先輩後輩(※後輩が歳上)とか誰のことかわからん(笑)

◆それでも「好き」は辞められない

自担のこと考えるとすぐ泣くから…!ボロボロ涙でてくるから…!モンペにも困ったもんだね!今はね!「たとえ前列とかセンターになれなくても応援してるね」みたいなツイート見かけて泣いてる…』

『やっと出番もらえたと思ったら配置が最後列最下手で、そこから少しずつ少しずつ這い上がってきたの知ってるから、「たとえ~」って人に言われると悲しくなるのかな。言葉にしたら折れちゃう気持ちってあるじゃん。本人が…っていうかアイドル続けててくれるだけで尊いのでもはや存在感謝

タレントファンの間になんとも言えない不思議関係が成立するのはすごくよくわかるんだけど、それは絶対に友達とか恋人に変わっちゃいけないものだと思ってる。タレントファンに歩み寄ったらいけないし、ファンタレント理解者になっちゃいけないと思う。』

『いろいろ言うけどでも笑顔で楽しそうにステージ立ってくれたらそれでいいんだよ~。何年前だったかちょっとだけお仕事詰まったときがあってその時顔死んでたからなww』

たとえセンターになれなくても、ってなんだよそれ!!

どちゃくそむかつくしそれを検索で出てくるようなワードと共に呟くのは頼むから辞めてくれないか

蓮音くん、センターになるから!?何度もセンターになってるから!?なにをおっしゃいますの!本当に!失礼しちゃうわ!!(モンペ)


◆熱くなって、時々冷める


『なんでデビュー組の夢を一緒に追いかけないの?そっちのが(なくなる心配がほとんど無いから)安心じゃん…って何かあるたびに思うけど、十代の輝きは二度と戻ってこないかけがえのないものだし、「好きを仕事にしたい」っていう熱量にはどうしたって引き込まれる…』

舞台端の真っ暗なところでしゃかりきに踊る姿を見つけてしまったら、応援したくなるじゃん?いつかスポットライトと五万人の歓声を浴びる姿を見たいと思ってしまうじゃん?まあ実際は本人のやる気と責任感が半端無いのでこっちが応援しなくても勝手現場で気に入られて出番増えてくんですけどね。』

そう、結局のところ、ファン応援なんてほぼ必要なくて、むしろ鬱陶しいくらいで、そんなものなくたって本人のやる気さえあればどんどん上り詰めていくものなんですよね。

今日舞台観て、あーこれは(デビューとは縁遠い)職人Jr.への道を着実に歩んでいるわー、と複雑な気持ちになりましたが、継続の大切さを知っている蓮音くんは何年後かに「これも正解だった」と思わせてくれるに違いないので悲観なんてしていません。


◆結局の話

ファンレター書くけどさ、相手の年齢とか考えたら重たいこと書けないわけよ。相手さらっと読み流して翌日も頑張れるようにって思いながら書いてる…ので、さすがにまだちゃんと読んでると信じたいし重くて汚くて書けない思いはそこらへんにぐちゃぐちゃっと置いていく。』

お目汚し失礼しました。お読みくださりありがとうございました。

千葉県流山市保育所に落ちた問題

前に千葉県流山市保育所に落ちた件を書きましたが、少しでも現実が伝わってほしいので改めて書きます

広報ながれやま平成29年1月11日号

まずこれに平成22年から待機児童数が載ってます

他の公開情報を含めて色々言い訳してますが、この市はずっと待機児童を解消できてないんです。

減っているどころか、平成28年は激増してます

平成29年度はうちも落ちてますし、他でも相当落ちてるという話を聞きます。どうなるか見ものですね。

同様の情報ですが、こちらは松戸市柏市との比較情報もあります

流山市における保育の現状と課題

松戸市柏市待機児童ゼロだそうですよ!

みなさん、松戸市柏市を狙いましょうw

人口や補完率を出してるのが非常に言い訳がましいですね。

補完率については、以下のようなコメントがあります

タウンミーティング(平成28年12月17日 南流山センター)

保育園入所を希望する方の割合は、10年前は2割でしたが現在は4割を超えており、全国では7割を超えています流山も長期的には5割、7割を超えていくと思うので、当面、鋭意整備を続けていきます

これは補完率とは書かれてませんが、上記の補完率のことと考えてよいと思います

こういう認識があって、待機児童ゼロにする意欲も上っ面ではなく本当にあるのであれば、補完率を高めに見積もればいいだけだと思うんですよ。

就学前人口の推移は直線的なので、要は読みづらいのは補完率のところなわけです。

平成29年4月はどう見積もったんですかね。40%は超えてるんでしょうね。

私だったら、本当に解決意志があるなら45%、少なくとも43%くらいでは予算立てますね。

頭打ちなら及び腰になるのもわかりますよ。でもまだまだ伸びるんですよね。

将来的に70%を超える見込みなら無駄にもなりませんよね。

でもやらない。だからこう言わざるをえない。やる気ないんでしょ、と。

そもそも担当者の人事評価待機児童数をゼロにできたかどうかを反映してるんですかね。

待機児童ゼロを達成できなかった時のペナルティを知りたいですね。

なお、待機児童数の定義についてですが、以下の報告書を見るに小さめに定義している可能性があります

流山市 平成25年度 『子ども家庭部長の仕事と目標』

現在待機児童数は国基準で57人、求職中等を含めると133人発生しています

求職中を除いているのは確定。

他に「など」に含まれるのは何なんですかねぇ。

大事ことなのでもう一度書きます

「母になるなら流山」という耳障りの良いキャッチフレーズを掲げながら、

待機児童についてやるやる詐欺をしつつ実際には解消する気がない、これが千葉県流山市です。

移住検討してる人は、この情報を見てもう一度検討をし直してください。

追記:

色々とマナー違反承知していますが、切実な問題意識があるということで大目に見ていただけると助かりますすみませんm(_ _)m

2017-02-19

管理職研修 ブラック

某所でブラック研修を受けた

その中身を書く

場所

会社ではなく、別の研修施設。泊まり込みで行う。

俺の場合は最寄り駅から徒歩1時間程度。

日常演出するため。

宿泊は一人部屋ではなく、複数人が一部屋になることが多い。

内容

座学

精神論が中心。

やる気と気合があればなんでもできるみたい。

修了条件

一定試験クリアしないと修了しない。

素読

企業理念電通鬼十則のような文章を全力の声で音読

暗証しないとクリアできないが、暗証中は講師視線を合わせないといけない。

反抗的な態度の相手には視線を外したと言いがかりを付けて認定しない。

運動

体操筋肉痛になるレベル。穴掘りや行軍を課す場合もあるそう。

恐怖で支配

大声で恫喝人間て、恐怖で支配されると思考しなくなる。

最初

会社上司から、全権委任されている。生殺与奪自分にある。

途中で研修放棄するということは業務命令違反から、帰るんなら辞表を書け」

と釘を刺される。

反抗的な返事をすると、大声で恫喝する。

恫喝すると同時に「なんだその目は」

文句があるなら帰れ、金なんて返す」

思考停止

朝は早朝、夜は深夜まで。

睡眠を奪うことと運動思考力を停止させる。

座学中に大声で相槌を要求。できないと恫喝

質問には解らなくても挙手を要求。できないと恫喝

指名され、返事ができないと恫喝

考えずに動くようになってくる。

考えられないから失敗すると恫喝

失敗すると、周りにも「なんでお前らが注意しないんだ」と恫喝

スピーチ

徹底的に自己否定させる。

取り繕うものであれば、恫喝

恫喝して、思ってもいない方向に誘導

声に出すと、「そうだったのか」と思い込んでしまう。

だいたい泣きながらスピーチさせる。

アメ

言うことを聞くと優しくなる。

そのうち、講師の顔色をうかがいだす。

最終日には最終課題として出したモノを発表させるが、その段階で上司TOPを呼んでいる。

終わったら泣きながら抱き合うなんて普通

講師とも泣きながら抱き合う。

得たもの

辛い内容をクリアしたという達成感、高揚感、仲間との連帯

まあ、すぐに元に戻るけどね

2017-02-18

http://anond.hatelabo.jp/20170218153941

当方10歳の頃から難発性吃音の症状が出て20年になるが、症状が全く出ない時期も出る時期もあって波がある。

ひどい時は10秒ぐらい何も言えない時があってドン引きされてるのもわかるが、長い人生において10秒なんて一瞬だなと思ってもう開き直っている。

今日郵便局切手を買おうとした時にすぐ発言できなくて、購入すべき切手の組み合わせをものすごい全力で考えてる人みたいになったけど、所詮一瞬だ。

増田の息子さんも症状が治らないまま大人になったらつらい思いをすることも沢山あると思うけど、声が出ようが出まいが解決するのが難しい課題人生には沢山あって、それらは声が出る・出ない関係なく解決する方法が必ずある。

吃音者の一部は「ちゃんと喋れさえすれば何もごともうまくいく」という極端な思考に陥りやすい傾向があるらしいが、

「うまく声が出ないこと == 人生何やってもダメ」なんていう極論に走らず、足が遅いとかその程度のもんだな、と思って、本当に集中すべき課題に集中して人生を生きてくれることを祈る。

息子に吃音症の兆候が出ている

数日前に、急に話せなくなったとのこと。

しゃべろうとしてもなかなか言葉が出てこないらしい。

例えば、

  • 私:「何食べたい?」
  • 子:「お、お、お、お、お、おすし

という感じだ。連声型の吃音ということになるのかな?

12歳になるまで、言語の発達に関しては特に気になることはなかったので、夫婦ともに少々パニックになった。発症後4分の3は時間解決するらしく、様子を見るしか無いのだが、要因が脳などの疾患だったら話が変わってくるので何はともあれ病院にて脳波MRAなどの検査を受けた。検査の結果では特に問題はなく、原因は分からないが、まずは一安心だった。

安心ではあるけども、これから短期・長期は分からないが、吃音と息子は付き合わなければならない。

親としては、まずは息子を取り巻く環境改善を考えるが、特に要因がわかっているわけでも無いので、「何かを否定する」わけにも行かない。早寝早起きとか、身体的/精神的な疲労をより取り除ける方向に生活習慣を改めるぐらいか。あとは、無自覚ストレスをかけるようなことをしていないか自分を慎重にふりかえりつつ、今後の言動に注意するとか。

そして大きな課題は息子自身人間関係だと思っている。担任先生学校には、現状を共有するとはいえ、それだけで不安要素が取り除けるわけでもない。息子に関わる人達に全て説明できるということでもないし。大人も含めてかもしれないが、子供同士ともなればますます、こちらが正解だと思っているような対応をみんながみんなとってくれるという期待はできない。

となるとやはり、息子はある程度、覚悟というと大げさだが、ある種の開き直りの心境でいたほうがいいだろうと、こんな話をした。

  • 私「大きな病気とかじゃなくてよかったけど、とりあえず原因ははっきりしてない」
  • 子「心因性とか?」
  • 私「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。見てもらったのは脳が中心だし、実は声帯に傷とか腫れとかかもしれないし、喉や顔の筋肉かもしれない。心因性も含めてわからないということよ。」
  • 子「‥‥」
  • 私「ピッチャーが急にストライク入らなくなる時あるやろ、そういう状態ピッチャーストライク投げたいのに入らない。お前は話したいのに声が出ない。どっちも何が原因かわからない。」
  • 子「なるほど」
  • 私「実際ピッチャーは、足の先から指の先まで体中のありとあらゆる所を連動させて投げているわけや。で、話すという行為も実際には、思いつくだけで、脳から神経、声帯、喉、舌、唇、顔の筋肉とありとあらゆる所が連動しているから、どこかがバランス崩すだけで思ったようにいかなくなるわけや。で、お前は今、話すという行為にやや問題が出てる」
  • 子「うん」
  • 私「だから、イニングが変われば戻るのか、次の試合になれば戻るのか、投げ込みで戻るのか、むしろノースローが良いのかとか、探り探り対処していくことになるのよ」
  • 子「わかった」

腑に落ちたのか、納得している表情に見えた。

  • 私「で、だ。お前が後ろで守ってて、ピッチャーストライク入らなくなった時に、なんて思う。なんて声かける?」
  • 子「『うたせていいよー』とか『楽に楽に』とか」
  • 私「他にも、苦労しているピッチャーに、どんな声かかる?コーチとかどんな声かけてる?」
  • 子「『バッター集中』とか『難しいところ投げなくていいとか』」
  • 私「『ど真ん中投げときゃいい』とか?」
  • 子「うんうん、そんな感じ」
  • 私「ちょっと考えてみると、ピッチャーが思ったところに投げられない状態だったら、打たせようにも打たせられないし、ど真ん中にも投げられないわけだ。『そんなこと言われても』と思ってるかもしれないよな」

ここから子供は返事ぐらいだったので、テキスト上は独白

  • 「で、それに近いとこが、お前にもこれからあると思う」
  • 「周りの人にしてみたら、話すことなんて当たり前で、声をだすのに苦労するなんて想像もつかないわけよ。『普通に話せばいいよ』なんて言われると思う。普通に話すのが大変なのに。」
  • 「でも、それは、決してお前を追い詰めようとして言ってないの。お前のためと思って言ってるの。お前の苦労することを、お前のためにと思って言うんだから皮肉だけど。」
  • 「お前だって自分がこうなるまで知らなかったことなんだから、周りの人はお前の苦労は知らないのよ。知らないなりに親切で言ってるから、親切で言ってくれているということは受け入れるようにするようにしような。」
  • 「その上で言ってる内容については、知らないで言ってることだからと、あんまり真面目に受け取らないようにな。知らないことで不用意に言われた言葉に対して、お前がエネルギーを費やすことはないから」
  • 「そうじゃなくても『楽にして』とか『力まないで』とか、お前の精神状態次第ではマイナスに聞こえるだろう。『それで何とかなるなら苦労しない』とか思うときもあるだろう」
  • 「それも、周りの人たちは決してお前を追い詰めるつもりで言ってないことを理解して、いちいち真正から受けてしまわないようにな」

一通りのやり取り後は息子も納得した表情のように見えたし、かみさんも同じような表情をしているようには見えたそうだが、一度話したぐらいでなんとかなるほど甘いものではないだろう。

一過性解決してくれれば、それにこしたことは無いけれど、付き合いが長くなる可能性もふまえて、家族で考えていかないとなあ。

2017-02-17

なんとなく過去ニュース記事を漁っていたら

はてな黎明期近藤社長の「主婦が使うようなサービスを作りたい」って発言が目に留まった

ということは現在小町化したはてなというのは社長の望んだとおりのものってことなのだろうか

確かにひと昔前は女性が利用するウェブサービスってあまり存在していなかった印象があるし

主婦層の客を掴むというのは重要課題だったのかもしれない

ここで発言小町がいつ設立されたのか調べてみるとなんと1999年

はてなビジョンからしてけっきょく小町の後追いだったってことなのか

2017-02-16

北朝鮮の異常性を語るとき

やっぱり「雑魚のくせにイキっちゃって」という前提条件が暗黙のうちにある気はするんだよね。

だってロシア当局政敵暗殺したって(もうやってるし)今更大して驚かないでしょ?

あとアメリカがUSAUSAうるさくてもしょうがいかって思うし。

それから中国暴走はもはや真剣に考えないといけない課題だ。

あの程度の国だから、それでもまだワイドショーレベルで笑って済ませられる部分はある。

2017-02-14

「人の宗教を笑うな」

なんだろう、胸が色々と痛くなってる。自分の中にこんな感情存在するのか。yahoo!トップに踊り狂う、幸福科学文字新興宗教危険な敵というストーリーは、とってもわかりやすくて、スマホを覗き込むバラバラな「個人」となった僕たちに、そいういや日本人という集団の一員だった!とアイデンティティを再認識させてくれる。気持ちいいよね。

俺の父も、今回の清水さんとほとんど一緒。20年くらい前に”幸福”を求めて出家したんです。今回の騒動で「出家」なんて言葉使うんだと驚いてるんだけど、普通企業をやめて宗教団体職員になった父。出家、というのを”瀬戸内寂聴”と、お笑い芸人さんが笑いに変えていたみたいだけど、実際は坊さん的な状態になるわけでは無いと思われる。髪の毛もそのままでいいだろうし、食事制限もなさそうだ。お寺というより、彼らの趣味教会に近い。建物は大体、古代ローマ神殿みたいな感じ。父がお祈り用の仏壇みたいなのを部屋に持ち込んだ時期があったけど、ドラクエばっかりやってた俺は「これはもしや…ダーマ神殿!?」と思ったものだ。

父はずっと家にいなかったから、俺と家族宗教への接点はほどんどなかった。そんな俺が「幸福の科学」のコミュニティに具体的に触れたことがあるのは、人生で3回。


大川隆法スーパーライブin東京ドーム

コラム】すごい昔「幸福の科学」の東京ドーム集会に潜入した時の話

http://rocketnews24.com/2017/02/13/862050/

これだよ、まさにこれ。リンク先見た途端、記憶のドアが開いた。23年前だから、当時10歳足らずの俺を、まだ宗教のことをよくわかってない母親がビクビクして連れて行った。姉は物心つく年齢だから置いてかれたんだと思う。この記事のように15歳くらいで見に行ったら、裏読みで楽しめたかもなんだけど、俺の脳が危険を察知したのか具体的な内容は覚えていない。(ただ竜に乗ったシーンは、リンク先を見ることで蘇った。脳すごい。)ただ、イベントが始まるとき、彼らにおける「お経」みたいなのをみんなで読むシーンだけ、今でも覚えている。周りは自分より背の大きな大人たちで暗いブルーな照明。黒山の人だかりが一斉に立ち上がり、全く前が見えなかった。子供ながらに感じたのは、大人たちの高揚感と空気。内容は違うにせよ、大人になって同じ場所ミスチルコンサートを見たときと、感じ取る空気感は変わらない。彼らにとってはハレの日であり、インディーズバンドメジャーデビューするような、お祭りだったんだね。


東京都内のどっかの集会

これも小学生の時。父親仕事を見る、的な学校課題があったのか?母と見に行ったら、ダーマ神殿内部の集会場みたいな場所で、老人相手に説法を説いている父がいた。イメージ葬式後に坊さんが喋る、ありがたい系の話だったような記憶がある。職員はそこの運営をやったり、教えを説いているっぽい。今回の清水さんは広告塔しての貢献度が高いから、映画出演や広報選挙戦出馬とかさせられるんだろう。ただ出家して職員になったら、教えを広めるのが基本の仕事だろうから、まあ似たようなイメージなのかと推測する。


総本山的な施設での墓の説明

これは大人になってから、なので7年くらい前かなあ。父親から話がある、と、おそらく人生一度きりになるだろう召集がかかった。どっかの山奥。この施設永代供養できる場所があり入りたい。お前の了承が欲しい、と。俺とか母は嫌なら自分で別の墓を選んでもいい、みたいな確認をして、かくかくしかじか。結局了承したんです。ずっと避けていた父の決意というか意思の固さやピュアさを前にして、何も言えなかった。というか、あれ?自分に彼を否定できる根拠ってあったっけ?とも感じました。他者への想像力の無さも、自身の信念があまりに脆いことも体感した。あの時は、あまりに無力だったなあ。んで、ずっとその場所っておじさんの声で呪文テープで流れてるんですよ。なんかこりゃ聴いたことあるなあ?って思ったら、あ!16年前の①のライブセットリスト1曲目のやつ!


散々コスられてきているように、俺もネタっぽく書いたように、”普通”とか”世間”と比較して見ると、みんなで嘲笑できるトンデモ面白い対象なんです。


③の施設見学したんだけど、彼らにはコミュニティがあって(地方経営難ゴルフ場なんかを買い取って作ってるから相当疎外された感はある)そこに怪しい金ピカのモニュメントとか作って、学校なんかも作っている。隔離されて、オリジナルの歌とか教科書とかを元に教育を受けるのだろう。子供はそれが当たり前だと思うんだから洗脳されちゃうよね。歴史教科書とかは興味本位で見てみたい。勝手に乗り移って本出せちゃうくらいなんだからアパホテルなんて比じゃないクオリティなんだろう(と予想される。ちゃんとした内容だったらすみません)。


出家して職員になった父を憎んでいたけど、尊敬していることもある。自分が信じている絶対世界を全く家族押し付けて来なかったこと。これは問題になっている清水さんの両親と圧倒的に違う差だと思う。本来自分課題や状況に合わせて、必要から門を叩く存在であるのが宗教だと思うんだけど。生まれた時から両親から信じ込ませられてしまったら敵わないでしょう。まあ信者の人からしたら、身近な子供自然教育してしまうんだろうし、そうやって宗教って続いてきた歴史もあるんだろうけけどさ。”必要とされている人”のところに、クリーンに行き届けばいいのになあ。


時は流れ、俺は結婚して子供が生まれた。寝息を立てる愛しい我が子を左横に見ながら、ベッドの上で増田投稿する文章ぽちぽち考えている。iPhoneスクロールしていくと、件のニュースに紐づいた感情的ヤフーコメントたちが姿を表す。”普通”の感覚からしたら、よくわかる。だけど自分が生きている世界が、価値観が、本当に正しいと”信じ込んでいる”という側面では、どっちも50歩100歩じゃないなのでは?とも思ってしまう。信じる人にかける言葉も、感情的コメント欄の彼らにかける言葉も、想像してもあまりにも答えがなくて、難しくて。どちらも真剣で、本当は笑っちゃいけない気がするんですよ。


そして自分の子供が物心ついた時にどんな言葉をかけられるのだろう。誰かを嘲笑するのをためらう想像力と、自分が信じるに値する経験を積んで欲しい。それってどう教育すりゃいいのだ?難しくね?

答えが出ずに途方にくれる、新米父さんの自分語りにお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

課題の期限を守れない学生

インターネット経由でのレポート提出を求める。

期限内の再提出はできるが、締め切り後は一切受け付けない、

から早めに提出すること、と何度も告げる。

が、ある学生から「締め切り30分前に提出しようとアクセスしたが

接続トラブルで提出できなかった」という申告が。

念のためシステムに本当にアクセスたかという問い合わせを

したところ、締め切り「3分前」に確かにアクセス履歴があったとのこと。

普段真面目な学生なら対応したいが、この学生は不真面目。

不可にしたい。でも、学生が嘘をついているという証拠が弱い。

こちらは予定外の仕事を増やされて腹が立つばかりだが、

仕方なく再提出を例外的に認める。

学生は当然とでも思ったのか、お礼やお詫びの言葉はない。

次年度からはこういったケースも想定に入れて、

いい加減なやり方は認められないことをレジュメに明記しないといけない。

こうしてどんどん禁止事項が増えていく。

バカのために仕事が増え、真面目に学びたい学生には不利益が生じる。

本当にこの構図はどうかした方がいいですよ。

2017-02-13

原子力戦争抑止力

原発関連について思うこと。思考整理のために。

何かと取り上げられる原発関連問題についてですが、「エネルギー資源の点から原発再開・高速炉建設は現状止むを得ない選択肢である」というのが今の私の考え方です。




石油はもって40年」と自分子供の頃からそう言われていて、いまいち危機感が持てなくなっているけれど、少なくとも自分子供のころはレギュラー90円切るようなのが当たり前だったと思うし、確かに昨今の不景気が影響で価格が高騰しているということもあると思いますが、客観的事実として、天井のある資源を使い続ければいずれ枯渇することは当たり前だと思います

エネルギー資源の枯渇が引き起こすのは奪い合いであるといったことは、歴史的に見ればある程度自明だと思います

今の時代簡単資源を巡ってすぐさまに戦争が引き起こされる、といったことは想像しにくいですが、少なくとも産業経済制限がかけられることと思います



そのような情勢において「原子力」というエネルギー源の選択は、再利用技術確立が為されればかなり明るいと思います。(しか3.11のような経済的コストや、使用済み燃料やそれに付随して出る汚染物質の処理のような将来的課題もまだまだあります。)



これらを踏まえ私が感じているのは「戦争への抑止力は、資源生産・確保であり、原子力はその点で抑止力と成り得る」ということです。

漫画の1コマに「戦争は始めるものじゃない。出来る限りの外交手段を尽くした上で結果的に起こるものだ」とありますが、この「出来る限りの外交手段」を選択肢として存在させることが重要であり、エネルギー資源はそこに深く関わっていると思うのです。




一方で原子力の利用は、今の日本の風潮ではかなりシビアものだという感覚をみんな持っていると思います。私は原子力関連においても最もネックなのはその感覚自体と、“安全”を砦に原子力危険ものとただただ批判する人間がいることだと思います

将来のエネルギー安定性と現在安全エネルギー供給を秤にかけることは、個人個人で優先すべき事柄が異なるのでどちらが重きとなるかは一概には言えません。ですが、私は原子力というものに“危険もの”という偏見(バイアス)がかかっているために、秤にかけるまでもなく忌避しているような点があるのではないかと思うのです。そしてそのようなバイアス布教助長している各メディアなどのコメンテーター評論家を見ると、嫌気がさします。「原子力=原子爆弾」という偏見さえも未だに存在するような気もします。




一般に「多少原油輸入にお金はかかっても現在日本の電力は間に合っているんだからいいじゃないか」という意見もありますが、私はこれが対外的には一種侵略(エネルギー侵略)のようなものではないかと感じています



話は変わりますが、2000年代に大きく話題になった「地球温暖化問題」というのがあります温室効果ガスである二酸化炭素が増えることで、地球の保温効果が高まり、平均気温が上昇するという話のものです。(反対論として、地球の平均気温は常に上下を繰り返しており、その周期がいま暖かくなっているだけだとの説はありますが、自分は少なくともCO2の影響で温室効果があるのなら、地球の周期があるにせよ、減らす努力はするべきだと考えていますすみません関係ありません。)



この地球温暖化問題に関して、一部ですが「日本温暖化問題を加速させている」という説があったように記憶しています日本という国は自国には森林がたくさんあるにも関わらず、安価であるという経済性の理由から他国木材を多く輸入しており、その木材アマゾンなどで森林伐採して得られているため、日本温暖化を加速させている原因になっているのではないかというお話です。つまりエネルギー資源においても、自国生産しない代わりに他国から輸入しますがそれは他国資源侵略していることに等しいのではないか、と感じるのです。(確かに資源を輸出するのもその国の自由ですし、対価を払っているのですから問題は無いというのもありますが、自分はあまりこのような動向が良いとは感じません。)



自分はこの地球温暖化問題の点と、化石燃料を輸入してでも国内の電力供給を支えている現在日本の状況に、類似点を感じます

原発を停止し化石燃料を輸入することで国内需要を満たすことは、地球全体の資源をより早く消化してしまうことになっていると考えます。この点で、確かにこれも輸入された燃料ではありますが、再利用することが可能である原子燃料を利用することは、これからの将来を考えて資源的に選択することは仕方が無い、むしろ必要なのではないかと考えています



1国がこの広い世界での資源枯渇を心配する必要があるのかと思われますが、その広い世界資源が枯渇した場合に行われるのは、「その資源を持つものが高い対価で取引要求すること」か、「他国が略奪を行う」か、「新技術によって新たな資源生産する」か、のどれかだと思います

少なくともこの中で一番良いのは「3つ目の資源生産」で、いわゆる「核融合技術が現状あてはまると思いますしかし、現段階で研究ベース技術が商用化され、多くの人に利用されるようになるのはいつ頃かもわからない状態で、「いずれ新技術ができるから化石燃料を使い果たして問題ない」というのは楽観的すぎると思います




再三になります原発関連に関して思うことは、原子力という技術や将来性について議論することをせず、消費者被害者意識だけで言葉を揃えて「安全じゃないものは使えない」「間に合っている」と言うのが、個人的にはあまりきじゃありません。

そして原子力技術者として関わっている多くの人々や、また原子力を使うことを決めた政治家や多くの人々を責め立てることも好きじゃありません。

福島第一事故は確かに人の作り出したものが災いしたものですが、想定されていなかった規模(過去数百年の津波高さの統計による)の津波という自然災害によって起きたという部分が色濃いと思います事故結果論しか語ることはできませんが、これまで原子力を扱ってきた人々が事故を防ぐべく尽力していたこと、またこれから努力なさるだろうことも忘れるべきではないと思います




最後になりますが私は、何か意見をもって議論することが大切だと、EU離脱の時のイギリスを見ていて思いました。その点で思うのは、自分意見を言うことでレッテルを張られる、もしくは感情論批判されるような風潮・雰囲気を壊していくことがいまの日本には大切なんじゃないかなと思います

宿題が終わらなくて自殺する」子の気持ちが少しわかる

すこし前に宿題が終わらなくて自殺しちゃった中学生のこと皆バカにしてたけど、私はその子気持ちちょっとわかるよ。自死理由は目下の宿題だけじゃあないんだよ、きっと彼は、(憶測だしほとんど妄想だけど、)そのときに限らず「計画的ものごとを進められなかった結果ギリギリになって大変な思いをした、あるいは実際に間に合わなかった」っていう経験を何度もしていたんだと思う。締め切り直前に必死課題をやってるときって単に追い込まれて大変ってだけじゃなくて、どうして直前まで放置してしまったんだろう、どうして自分はいつもいつもこうなんだろうって50トンくらいの自己否定が上から降ってきて精神的にマジでゲロしんどいんだよね。そんなのを何度も繰り返していると次第に、みんなが当たり前にできている中学宿題すらまともにできない自分高校でも大学でも仕事でもずっとずっとずっとこんな調子で何ひとつ成し遂げられず周囲の人を失望させながら生きていくんだろうなっていう絶望が100トンくらいに膨れ上がって、まあ傍から見れば不確定要素の多い将来に関して中学生がこんなふうに悲観するのはまったくもってバカバカしいんだけど、でも本人にとってこれはものすごく深刻なことだから、彼の自死という選択に対して単に思慮が浅いとか馬鹿だって言葉で切り捨てる気にはなれない…ということ……

2017-02-12

絶望的に口語能力が低いことに気が付いた

小学生の頃から他人に気を使いすぎるタイプで人に意見を言うのが酷く苦手なタイプだった。扁桃体がビクンビクンしてしまうのだ。

中学生になると容姿の事で他人から馬鹿にされる事が多くなり、意見を言えない私の精神は内へ内へと籠りはじめ、次第に人と一緒にいるだけで酷く疲れるようになってしまった。

地頭もよろしくない私は勉強ができず、成績も下から数えた方が早かった。中学卒業後は、徒歩圏内馬鹿高校へなんとか入学できた。幸いDQN等はおらずいじめもなかったが、人と会話をしているとき人の会話が全く頭に入らなくなっていることに気が付いた。喋っていて相手の言っていることが稀に理解できることがあったが、何を返していいのかわからず、相槌を打つの関の山だった。

卒業後、やりたいこともなかった私は予備校に二年間通い公務員を目指した。高卒区分地元市役所に無事入庁できたものの、仕事説明どころか市長挨拶すら頭に全く入らない私は焦燥感や恐怖心だけが募り、自己紹介をするだけでもパニックを抑えるでいっぱいいっぱいだった。そんな調子の私は職場雑談すら碌にできず、一言喋るだけでも酷く緊張するようになってきた。

研修を受けるだけでも精神的にボロボロになる私が実務を通して経験値を積み業務遂行していけるようになるはずもなく、経験を積むどころかストレスと恐怖だけが詰みあがっていった。

休みの日にせめて家で勉強をしなければと思ったが、仕事に関しての勉強をしようとすると酷い恐怖と眠気に襲われるようになり、土曜日食事が喉に通らず寝た切りで、日曜日の昼間だけ食事をとってずっと寝ていた。

通勤中に仕事への恐怖を打ち消すために車の中で発狂の様な大声をあげている事への異常さを客観視した時にもう限界だと思い精神科にいった。

社交不安障害だといわれ、ワイパックスラムネの様に摂取する日々が続いたが、自分能力の低さが起因する恐怖が解消されるわけでもなく、1年足らずで仕事を辞めた。

休職を選ばなかったことは正解だったと思う。退職後は家に引きこもっていたが心が少しずつ安定していき、半年ぐらい経った頃、食事が美味しいと感じるようになるまでに回復した。というのが今までの経緯でここからが本題。

今は非正規だが一応働いている。幸い人とほとんど喋らない業務なのでどうにか仕事にはかじりついているが、やはり口語能力の低さが課題となっている。

仕事を探してお金を稼ぎたい意志は強いのだが、口語能力の低さがネックになりどうしても一歩踏み出せないのだ。

自分は人よりワーキングメモリが小さいのだと考えている。相手の言ったことが頭に残らなかったり情報として処理できなかったりする。自分説明をする時にも、何を言いたかたか、何を言っていたのか、がすぐに頭から消えてしまう。質問をされるとその質問意味が処理できず、そしてパニックになる。

コールセンターで働いて場数を踏もうかとも考えたが、またキャパオーバーをして振り出しに戻る気がしてできない。

機関とある手続き申請のために電話をしたのだが、言葉だけで情報を伝達し使いこなす職員凄さ(できる人の方が多いのだが)に圧倒されてしまった。

トップレベル口語能力が欲しいとも言わない。仕事必要口語能力が欲しいのだ。

そろそろ私は大台に突入する。その前に人並みの口語能力を手に入れたいと考えている。

もし私と同じような境遇で、そこから脱却できた人が居たら、方法があれば、教えてほしい。

2017-02-11

教師との恋愛という罪の告白

 先生出会ったのは、わたし中学生の時です。彼は大学院卒業後、国語非常勤講師として赴任してきました。わたしと1周りほど年が離れていて、身長10cm程度高く、かわいい顔立ちをした、少し年齢不詳気味の人でした。


 当時のわたしは、授業中は寝ているか教科書の隅に落書きをしていて、学年下位をふらふらと彷徨っている、やる気のない生徒でした。そんなわたしに「やればできるから」と声をかけ、必死に授業に参加させようとする先生は、いかにも「教師になりたて」で。その熱い眼差しで見られる度に、わたしは居心地の悪い思いをしていました。どれだけ無視をしても「おはよう」と笑顔で手を振る先生、「わからないことがあればいつでも聞いてね」と教室を去る間際、席までわざわざ歩いてきて声をかけてくる先生わたしは、彼の笑顔がどうしても嘘くさく見えて、大嫌いでした。

 気持ちが変わったのは、制服シャツが半袖に変わり始めた頃でした。一週間遅れで課題を提出しに行った際に、とある難関大学過去問を意地悪のつもりで聞いてみたら、さらりと答えられてしまい、その際に知った彼の学歴の高さに意外性を感じたからです。先生はいま思い返してみても、とても頭の良い人でした。自分が頭の良いことを知った上で、きちんと、相手にあわせたレベルで話ができる、勉強を教えることのできる優秀な先生でした。彼の解説を聞きながら、初めて、答えを導き出す楽しさに気付き、勉強楽しいと思うことができたのです。

 いま思えば、わたしは彼のパフォーマンスの引き立て役のひとりでしかなかったのでしょう。後々、彼の鞄から発見した、クラスの成績表の書き込みを見れば分かります。伸びしろはあるがやる気がない、かつ、やる気になれば伸びるタイプわたしは「ちょうど良い生徒」に過ぎなかったのです。そして、幸か不幸か、彼の好きなタイプの顔立ちをしていました。


 先生は褒めるのが上手でした。たった10問の小テストで満点をとっただけでも「偉いなあ、嬉しいなあ」と、にこにこ頷いてくれました。自分で言うのもアレですが、わたし地頭は悪くなかったので、少し本腰をいれて勉強するだけで見る見る間に成績は上がっていきました。周りの教師が驚いた眼で答案を返してくるのが面白くて、わたしもっと良い点数が取りたいと思い始めていたのです。

 いや、違うかもしれません。分からない問題先生に聞きに行きたいがために勉強をしていたのかもしれません。先生担当教科の国語だけでなく、どの教科も教えることができ、また、教え方が上手だった。だから、分からないものがあれば、どの教科でも先生に聞きに行っていた。わざと分からない振りをしていると見抜かれてしまうので、本当に分からない問題を探し、解決していく内に、分からない問題は減っていき、どんどん難解になってしまった。わたし先生に会いたい、質問をしたい、話したい一心で、教科書に向き合っていたのです。


 たったの半年程度で、わたし順位は下の下から、上の上へと上がっていきました。先生は桁数の違う成績表を見比べて笑っていました。その彼の横顔を見ながら、わたしは少しだけ、意地の悪い考えを抱いてしまいました。言わなければ、幸せでいられた言葉を言ってしまったのです。


「1位を取ったらデートしてください」


 先生は、びっくりした顔でわたしを何秒か見つめた後、視線を宙に泳がせました。「お願い」。そう、一歩前に出たわたしから距離を開けるように後ずさり「1位は難しいよ?」と苦笑いしました。「無理だと思うなら、約束してください」。その時の彼の脳内には、きっと、学費免除をされている学年主席優等生の顔が浮かんでいたのだと思います先生は意を決したように「いいよ、ただし、全教科合計順位で」と小声で告げました。


 300人いない程度の学年でも、1位を取るのは簡単なことではありません。優等生は、わたし学校でも飛びぬけて頭の良い少女でした。しかし、わたしには彼女に負けない思いがある。恋心です。

 わたしは、先生とのデート権利をかけて彼女一方的勝負を挑みました。彼女の苦手科目であった生物攻略することで、大幅に点差をつけたわたしは、僅差で勝つことができました。学年末試験の結果が書かれたA4のペラ紙を持って、勝ち誇った笑みを湛えながら職員室に飛び込んできたわたしを見て、先生は少し罰の悪そうな顔をして「おめでとう」と返しました。



 誰かに見つかるのは避けたいと提案された場所は、あろうことか先生の自宅でした。少し驚きましたが、恋は盲目状態だったわたし先生からメールが届いた瞬間、秒速で返信しました。春休み、まだ蕾のままの桜並木を見ながら、ミスタードーナツの袋を下げて、先生の自宅への道を歩みました、人生で1番幸福な瞬間でした。私服姿の先生想像の何倍もおしゃれで、部屋も黒を基調とした、かっこいいものでした。

 わたしたちはドーナッツを食べながら「教師と生徒」という禁断の響きに似つかわしくないほど、平凡で下世話な話をして盛り上がりました。教室内のヒエラルキー職員室内のパワーバランスも変わらず馬鹿らしいと腹を抱えて笑いあいました。先生が録画をしていた、ただ絵面だけが派手な洋画を見ながら、作品とは全く関係ない話に興じました。


 映画を見終わった頃、先生が不意に真剣な表情で聞いてきたこと、その声音を、わたしは忘れることができません。「俺のこと好きなの?」。いつも飄々としていた先生が、こんなに真剣になるのを見たのは初めてでした。報われぬ片想い今日最後にするつもりだったわたしは、笑顔で「大好きです、結婚したいみたいな意味で好き」と頷きました。次に出てくる、哀れで馬鹿な生徒の恋心を突き放す言葉に怯えながら。

 しかし、先生の口から発せられた言葉は、予想の真逆をいくものでした。わたしのことがひとりの女性として好きなこと、これからもこうして会いたいこと。しかし、くれぐれも周りの人に気付かれてはいけないこと、それが守れなくなった時点で離れたいこと。彼の話していた言葉はよく覚えていませんが、約束事の多さだけは覚えています。「教師と生徒」の恋に怯える先生気持ちを手に取るようで、その真剣眼差しに促されるように、わたしは「はいはい」と頷いていました。

 先生が、なぜわたしのことを好きだったのかはわかりませんが、彼はよく「愛に飢えててかわいそう」とわたしを評しました。両親も健在ですし、人並みに可愛がってもらえていたはずですが、わたしは両親との関係性というものがどうしても希薄しか感じられなかった。そんな姿が、愛に飢えているように見えたのかもしれません。彼は小さなから過剰な愛、過干渉を受け育ったそうです。だから、その与えられすぎた愛を持たざる者(と彼が思うもの)に受け渡すことで、バランスを取っていたのかもしれません。


 先生わたしは、密かに逢瀬を重ねていきました。学校では、若いお気に入り教師に熱を上げる馬鹿な生徒を演じ続けました。その一方で、2人で会う時のわたしは、あまり騒ぎませんでした。先生に似合う、大人の女性に早くなりたかったので、静かに、黙っていました。

 高校生になり、バイトを始めると、わたしの身なりは少しずつ「ちんちくりんな子供」を脱却し始めました。大人になるにつれ、彼の熱が上がるのを感じ、気分が良くて仕方がなく、その感覚を味わう度に自分の箍が外れていく気がしました。己のアイデンテイティがうまく掴めなくなり、自分子供なのか大人なのか分からなくなる瞬間が増え、ぼーっとした日々を過ごしていました。誰にも言えないまま、大人になるストレスは存外厳しく、不安に泣いた日も多かった気がします。

 そして何よりも、わたしは頭が良くなってしまった、なりすぎてしまった。あんなにも尊敬していた彼の大学の合否判定は「A」しかでませんでした。学年1位は優等生からわたしの手に移ってしまった。彼が枕元で得意げに語る知識に、目を輝かせることは、もはやできなくなり、ただ黙って薄笑いを浮かべることで精いっぱいになりました。そういったわたしの変化を感じてか、彼はわたしの「人に言えない」ことに漬け込むようになっていきました。


共犯者だよ、君も捕まる」


 そんな言葉を言われる度に、わたしの頭の中はぐちゃぐちゃにかき回され、嗚咽をあげて泣くか、へらへら笑うことしかできなくなりました。誰かに言わなくては、と思いつつも、その先に待つ破滅を考えると声が出せない。何よりも「淫行教師」と「可哀想女生徒」として衆目に晒されるのが耐えられませんでした。

 わたしは、先生のことを本気で愛していました。彼の未来は輝かしいものであってほしかった。たとえその先に、わたしがいなくても。先生がどれだけ汚い姿を見せてきても、教室の隅で燻っていたわたしを救ってくれた人に他ならないのですから。それが例え、先生の株をあげるためのパフォーマンスであっても、救いだったのですから


 物語の幕引きは、あっけないものでした。先生は、自分の罪を周囲に告白してしまったのです。2度目の冬のことでした。放課後、その曜日先生学校に来ていない日だったので、早めに家に帰って漫画でも読もうといそいそ帰りの支度をしていたわたし学年主任が呼び止めました。主任は、まるで化け物でも見たような、恐ろしい、それでいて悲しそうな目でわたしを見ていました。すべてを察しました。

 先生は、主任校長にだけわたしたちの関係告白しました。校外で2人で会っていた事実を認め、これ以上関係が深くなる前に学校を去りたいと告げたそうでした。主任校長は、わたしに深く頭を下げました。そんなことしてほしくないのに、する必要ないのにと焦るわたしを2人は涙を堪えた目で見上げてきました。そして、痛切な表情で「肉体関係はあったのか」と問うてきました。「ありません、断じて」とだけ答えると、先生たちは泣き出し、再び謝り始めました。わたし校長室の分厚い壁が、この大きな泣き声を外部に漏らさないかだけが心配でした。


 先生からはその数日後、直接、学校を去ることを告げられました。彼は、わたしが嘘をついたことを責めました。勝手な生き物だと、少し幻滅したのを覚えています一方的に罪を告白し、逃げ出すのはルール違反だと怒りたい気分でした、しかし、解放されたがっている自分がいたのも、また、事実でした。わたしたちは主任校長に話したこと「だけ」が2人の間にあった関係であることを確認会話し、男と女関係を辞めました。

 先生わたしは、3学期中をいつも通りに過ごしました。終業式で言い渡された先生退職を聞き、泣いている生徒の多いこと。別れを告げ、さよならを惜しむ生徒たちを横目に見ながら職員室に顔を出さずに、わたしは去りました。先生の机に重なった書類の多さは、1日やそっとで持ち帰れる量ではないと判断たからです。

 春休みわたし毎日のように学校に通いました。先生の机が見える、職員室と質問コーナーの境目に陣取って赤本を進めました。毎日うつもりでしたが、たったの1日だけ大雨が降り、行かない日がありました。その翌日、いつものように職員室に向かうと、先生の机はもぬけの殻になっていました。わたしはその瞬間、初めて人前で叫び声をあげ、怒り狂いました。教師たちの静止の声も聞かず、わたしは何度も横に立ち、椅子にもたれかかり、無意味に引き出しを開け閉めして遊んだ、彼の机を蹴り上げました。そして、糸が切れたようにしゃがみ込み、永遠と、わんわんと小さな子供のように泣いていました。


 高校3年生の時、知り合いか先生都内の某大学で働いていると知らされました。わたしは当時の志望校よりも幾分か偏差値の低いその大学第一希望に変更し、無事に合格しました。学びたい学問でもなんでもありません、ただ、先生いるからでした。何も言わず、大雨の中逃げるように去っていった彼に、文句の一つでも言ってやりたかたからです。大学生としてあらわれたわたしを見た先生は、怯えきっていました。「お金ならあげるから」と言われた瞬間、わたしは、あの日職員室で暴れた時のように先生の鞄を投げ捨て、近くのベンチを蹴り上げました。

 なぜか彼は土下座をして、許しを乞うてきました。わたしがしたかったのは、してほしかったのは、そんなことではありません。ただ「さようなら」とだけ言いたかっただけなのです。先生は、季節が夏になる前に海外へと去っていきました、何か月か後に届いたエアメールには「許してほしい」と何度も綴られていました。

 先生は、わたしのことが恐ろしくて仕方がないようでした。大学でふとすれ違っただけで、化け物を見るような顔をして踵を返されるたびに、わたしの心は潰れました。きちんと別れを言いたいだけだったのに、いつしか、互いに恨みが募っていってしまったのです。彼はすでに日本に戻ってきているようですが、わたしは、まだ会いに行けていません。会うのが怖いのです。あの目が怖いのです。


 わたしの家には毎年、主任校長から年賀状が届きます。他の生徒には届いていないようですが、わたしにだけは届くのです。罪を共有し合う仲間ですからわたしはその年賀状に、便箋3枚程度の手紙で近況や1年の振り返りを送るのが常でした。母は、特別親しくもなかった教師への手紙を綴るわたしを眺めては、毎年、不思議がっていました。

 はじめて家を出ることになり、年賀状の送付先が変わることを告げる手紙を綴る最中わたしはぽろりと母に罪を告白してしまいました、勿論、関係については「公然事実」のみ伝えました。母は「でも、好きだったんでしょう?」と聞いてきました。そうです、わたしは好きだったのです、先生のことが。そして、今でも好きなのです。「さよなら」を言えないまま、わたし片想いの渦にまだ囚われているのです。「なら、良いじゃない、世間はどういうか分からないけれど」。そうです、他人など、どうでもいいのです。どうでもよかったのです。


 冬になり、主任校長一人暮らしになったわたし年賀状を出すことなく、立て続けにこの世を去りました。わたしのことをずっと気遣ってくれた2人は、成人し、就職が決まったことをとても褒めてくれました。彼らが、あの日以降、罪について話題に出した日は一度もありませんでした。わたしを気遣う優しい文面、文化祭に遊びに行ったわたしを出迎えてくれた笑顔、どこまでも優しい2人でした。

 2人の葬儀には沢山の生徒、教師が集まりました。その中の誰も、わたしの罪を知る者はもういません。しかし、幼き日の思い出話に花を咲かせれば、誰もが「あなたは、あの先生が好きだったのでしょう?」と聞いてきますわたしはその質問をされる度に「好きです、今でも」と答えるのです。そう答えながら、喪服姿の先生を横目で探してしまうのです。ヒールはいわたしと同じぐらいの身長、年の割にかわいい顔立ちをした年齢不詳の人。わたしは、彼がどんな姿をしていたのかも、もう曖昧しか思い出せません。一緒に撮った写真はたったの1枚しかありませんでしたし、それもどこかに消えてしまいました。

 

 はじめて会った日から、気付けばもう10年以上の月日が流れてしまいました。あの頃急速に大人になってしまったわたしは、ひどくアンバランスな心を抱えて生きていますわたしの心は未だに、あの新しいようで古ぼけた校舎に囚われたままなのです。職員室を入って右側の島、奥から3番目の灰色の大きな机、先生の足元にしゃがんで、顎をひんやりとした板にのせて、話すのが大好きな子供のままなのです。

 しかし、わたしがいまいる場所は、生きている場所は、あの箱庭ではないのです。過去の罪に囚われる時代はもう終わりなのです。だからこそ、口に出さなくてはいけないのです。だからこそ、会いたいのです。会って、言いたいのです。


 せんせぇ、さようなら


 はいさようなら


 いつか終わりを迎える日に、罪を抱えた半身の行方を知らずに眠ることが、わたしはできそうにないのです。

2017-02-09

http://anond.hatelabo.jp/20170209224457

プログラム開発に限らず、全員がいる場ですべての情報を共有することを強要すると、

業務効率が落ちて逆に積極的情報隠蔽する原因となる。

コミュニケーションコストというのは人数に比例して指数的に増加するから

情報の発信量が多い人ほど損をする仕組みができあがってしまうからだ。



ここでの最適解は、少人数でのローカル情報共有を許容する代わりに、

「これだけは譲れない」という範囲についてオフィシャル情報共有のレベル・仕組みを定義することだ。

このとき情報発信者のコストが低くなる仕組みを作りこむことがマネージャーにとって最重要課題となる。

2017-02-06

fortran to matlab

There is a program that can convert fortan code to matlab code.You can download from the following link.


http://www.mathworks.com/matlabcentral/fileexchange/5260-f2matlab


converter available

Matlabもしくはオクターブに変換し、メモリー効果だかなんだか他愛のない追加タームを付けることを

課題として与える。どうせ結果は出されへんやろから

最後最期の瞬間まで

「どうしてこんな簡単なこともできないのかな」

と嘆きのセレナーデ

本番は結果零でやらせる。

それなら結果を発表するところ以外はスライド作れるから問題なしやわな

2017-02-05

いまJASRACヘイトが熱い

似た例としては、日本ユニセフ協会一見や、NHK

 

これらがヘイトを集めやすいのは一考の余地あるのではないか

共通点を考えてみる

 

「集金」

 

どの組織も集金活動が大きな組織課題になっている

似たところで言うと税務署

 

使途不明

 

金を集めたあとでどうなったか、彼らが自己申告するしかない

ひょっとしたら適正に運用されているかもしれないが、疑いが晴れるわけもない

それだけ彼らが集めている金はでかいのだ

 

恩恵が薄い

 

JASRAC恩恵を得るのは音楽家

NHK公共放送だが、見てない人は多い

日本ユニセフ協会も、金を受け取った人からフィードバック募金者に届いているかと言えば疑問だ

 

なので支払う側からすれば「なんかお金取られた」でしかなくなる

ちなみにこの構図は税金行政とも通じるところがある

みかじめ料なんて言われたりもするね

 

分配の思想自由度がない

JASRAC 

「私は音楽教室のぶんは無料にしたいです」みたいなアーティスト意向を受けて例外対応したりしない

これは包括契約が悪いと思うが、そこを変えようとしない

最近ライセンスパターンみたいなのもあるが、そういうのを取り入れようとしないので不信感が増す

 

NHK

公共放送だが、どの番組に力を入れてほしいみたいな意志は届かない

民法の方がまだ視聴率というもの意志が届いてしま

 

日本ユニセフ協会

これは日ユニというより募金全般だけど、何に使われるかが割りと包括的不明

実際に抜いている

 

どこも実際に給料報酬は抜いてるわけで、どうあがいても批判は買う 

 

まとめ

 

これらに対するヘイトって何のことはなく、行政に対する不満と同一のものだよね

行政に対してはまだ選挙というものがあるが、彼らには無い

 

彼らがもっと理解されるには

・柔軟性を持つ

・信頼されている人を役員に引き入れる

ガラス張りを心がける

 

を徹底するしかないんじゃないのかな

 

いや、別に理解される気ないんだろうけどね!w

2017-02-03

サブカル階層の失敗史

鉄道サブカル

2006年前後に激化した日本における鉄道好き文化聖地JR東日本での鉄道ファン同士の小競り合い。鉄道ファン若者が集まる駅で、その鉄道ファン排斥を呼びかけるヘイト集団が駅に押し寄せた。最盛期には100人規模の参加者がいたという。ギャル・不良系サブカルからの流れもあっただろう。

実際には、何十人ものヘイト集団が「お散歩」と称して鉄道オタクと押し問答を起こしたり、オタクとも何も関係なさそうな女子供におらつく動画画像を見たことがある。

ここで彼らの最大の課題が見える。それは、仕組みを妄信し、仕組みの上に根拠となる反論のできないデータがあると(「データの不在」というデータも含め)、それに「可視化された存在」をすり合わせることで物事確証するということだ。これは本当に反知性的な発想である

鉄道ファンヘイト場合は、まず日本型保守主義構造という「仕組み」を過信し、その仕組みの上に鉄道ファン社会性実績の不在というデータなきデータがあって、主張を裏付け現実実態としてヘイト運動大規模化を実現させたわけだ。しかし、彼らには最大の欠陥がある。

それは「サイレントマジョリティを知らないこと」である。世の中の多くの人は、鉄道ファンではないし、かといってヤンキーでもない。ましてや「私はミーハーです!」とデモを組んで主張してがなりたてることもありえないのである

鉄道オタク叩きに躍起になっていたヘイト連中は、自分たちの閉鎖的なネット空間の「一般論」が事実であることの根拠ヘイト行為動画拡散した。しかし、駅の利用者などは、ヘイトにはドン引きだったはずだ。

一方で、地上波テレビに一気にサブカル進出したのもあの時期だった。いわゆるオタ文化大衆化がここに始まった。マスコミ関係者もまた「可視至上主義」に陥っていたのだろう。

ちなみに鉄道オタク人口はある証券会社の調べによれば「オタク全体の3.8%(日本オタク人口が5200万人)」だというようだ。あまりにも少ない。膨大なサイレントマジョリティ日本国民は、鉄道を好きでもないが敬遠もしないし、それよりはヤンキーのほうが敬遠されるもので、レイシスト裏社会と同じくらい危険で嫌いである。

たぶん炎上するとは思わなかったんじゃないかネット原住民空間には健気な鉄道ファン話題は何一つ存在しないから、偏った反応だけが来ると。しか現実には、普段可視化されることのないサイレントマジョリティが眠りから目を覚ますこととなったのだ。

国民の反ロリコン・反不良感情

可視状態の過信」によるサブカル階層の失敗は今に限ったことではない。たとえばニコニコ動画などのネット原住民の中心空間には歴史カテゴリーにおいてヤンキー肯定する動画ゴロゴロ転がっている。これらは当初はサブカルたちが礼賛コメントを書きまくっていたが、相模原やまゆり事件以降は批判一色に染まった。

サブカルロリコンだけでなく、ヤンキーをも好む傾向があり、とりわけヤンキーについては肯定派どころか推奨派なのである普通人間であればSMフェチのMじゃあるまいし好き好んで威圧たりしたくないわけで、一般世論乖離している。しかネット原住民空間自体一般ではないのか黙認されてきた。

ところが、そのネット原住民空間が「ヤンキー排斥」「反ロリコン」を鮮明にしたのが相模原やまゆり事件千葉大生による女子中学生誘拐事件である。あの時期の前後に立て続けに相次いだロリコンヤンキーがらみの騒動もあって、反ロリコンヤンキー排斥世論が高まり結果的に「礼賛一色」のコメント欄が一気に批判に染まったのだ。サブカルなんてネット原住民空間でも少数派なのだ

そして反ロリコンヤンキー排斥騒動さえ何ヶ月も前になった今こうした動画にはさらに上からかぶさるようにサブカルの「肯定論」が再び増えつつある。最近トランプ炎上において支持者が強気姿勢を変える気配がないのも、ロリコンヤンキーと同じでほとぼりが冷めれば自分たちの主張を上塗りすることができるからだろう。

プログラマーは「問題解決する」仕事をしている

例えば、たまーにアクシデントで1日かけた仕事の結果が消えることとかある

ももう一度やってみると1,2時間でできてしま

残りの時間は、解き方を調べるのに費やしていたのだ

 

問題解決する仕事だ」と仮定すると、レベルアップした時にどういう存在になるかわかると思う

問題発見問題定義する存在

・より大きな問題、より難しい問題解決する存在

・より高い調査力を持った存在

組織こそ課題と捉え、コミュニケーション問題解決する調整役のような存在

・より問題を解きやす武器を磨く職人のような存在

 

だが、誰もがそういう存在になれるというわけではない

問題解決能力には限界があるし、より上位になるほどに1人だけでは解けなくなってくる

 

だが基本的プログラマーというのは問題解決が得意だし好んでいるということは覚えておいて損はないと思う

問題を正しく与えさえすれば割りと解くための相談に乗ってくれることだろう

(なお下手くそ問題を与えると蔑んだ目で見られる)

臨床心理士さんに相談してみてはいかがでしょう?

私は心理素人ですが、ある病気臨床心理士さんにカウンセリングをしていただいています

私が思うにあなた彼氏に「依存」しすぎているのではないかと思います



彼氏がいなくなったら、あなたはどうなってしまうのでしょう?



あなたの感じる違和感

感じるべくして感じた

正しい違和感なのだと思います

病気に近いものだと思います



から、一度、早いうちに臨床心理士さんに『相談』してみませんか?

お話が苦手であれば、この日記を見せて『相談にのってもらうのです。



まずは、「臨床心理士 カウンセリング」で検索してみて最寄りの臨床心理士さんを探すか

日本臨床心理士会ウェブサイト

http://www.jsccp.jp/near/

検索してみるのもいいと思います

ぴったり当てはまるキーワードはないようなので

「心の課題」のところは何もチェックを付けずに検索してみてください。



自称カウンセラーは素性が解らないので私はあまりお勧めしません。


http://anond.hatelabo.jp/20170203051416

2017-02-02

電子書籍ユーザーはどうするべきなのか

「電子書籍の購入は作家の応援にならない」は本当? 現役編集者に聞いたという記事を見た。まあ、ここのところ何度も繰り返されている話題ではあるが、私も一つ書いてみようかと思う。

以前には、いつまで紙の本に付き合わなくちゃいけないんですか? -電子書籍に完全に切り替えたユーザーの怒りと愚痴をひとまずぶちまけます-という記事があったことを覚えている方もいるだろう。この記事はこの記事でやや偏っているというか、紙書籍ユーザー喧嘩を売っている部分があって(紙書籍をまずい料理に例えていると読み取れる部分とか)、いらぬ反発を産んでいたように思うけれど。

電子書籍ステマ」とか「ステルスポジショントーク」とか言われるのは癪なので予め断っておくが、私は電子書籍業界の一員である。といっても、末端のエンジニアに過ぎないので、業界の詳しい動きや、編集者の考え方が分かるわけではない。
電子書籍業界がこの先発展していって欲しいとは思っているので、これは紛うことなポジショントークである、ということは言っておいた方がいいだろう。

ちなみに、冒頭に挙げた記事に関しては、私はそれほど反感を抱いてはいない。
というより、反感を抱くほど踏み込んだことは書いていないように思う。
冒頭の記事を読んで、「また出版業界言い訳か」と思った方もいるかもしれないが、「電子書籍の売り上げが続刊に寄与しない」というのは、業界の現状としては正しい。
もちろん、書籍の売り方は一律ではないので、作品ごと、作家ごとに個別事情がある。冒頭の記事では、業界全体が一律にこうである、という印象を与えかねない。
ただ、傾向として、電子書籍の部数を評価に入れていないシステムや、評価することのできない編集者が多いのは確かだろう。

しかし、出版業界の現状がそうである、としたところで、ユーザーには何の関係もない。 「まずい料理を食え」と言うのはいささか例えとして乱暴であると思うが、人それぞれ好みがあるのに、自分が嫌いな料理を、嫌いとまで行かずとももっと美味しいと思う料理があると思っているのに、買って食えと言われるのはたまったものではない。当然のことだ。

ところで、冒頭の記事には、

電子書籍ヘビーユーザーと思われる方の、「なぜ電子書籍はいけないのか(なぜ出版社側の都合で紙媒体を買わなくてはいけないのか)?」という意見は、いささか極論と感じましたが、貴重な受け手からの肌感覚での意見として拝読しました。

という記述があった。この点が気にかかった人は多いのではないだろうか。 私もこの点は同意しかねる。「電子書籍ユーザー出版業界の都合を押し付ける」ような発言に対して電子書籍ユーザーが反発するのは当然のことで、極論でもなんでもない。
ただ、明言はしていないが、この発言は「いつまで紙の本に~」の記事に対する反応であると思われる。こちらの記事は内容が過激であったため、この編集者A氏とやらも、やや感情的な答えを出してしまったのではないか
あるいは、「極論」と言うのが当該記事の全体的な語調に対する感想であるなら、頷けないこともない。
つまるところ、この発言に関しては多分に感情的ものであって、参考になるものではないが、殊更にこの点を取り上げて叩くほどのものでもないのではないか、と私は考えている。

電子書籍の話になると、「紙には手に触れることの良さが」「電子書籍プラットフォーム依存が」「電子書籍なら持ち歩きやすい」「紙はかさばる」などといった、紙媒体優位論、電子書籍優位論が現れる。
はっきり言わせてくれ、今問題にしているのはそこじゃないんだ。少なくとも私は、紙媒体電子媒体の利点や欠点理解しているつもりだ。どちらにも利点があって、どちらにも欠点があるので、一概にどちらが優位であると言えるものでもないだろう。
から私は、紙媒体ユーザーに向かって電子書籍を買えとは言わない。そしてまた、電子書籍ユーザーに向かって紙媒体を買えとも言うべきでない。これが私の問題としたい部分であり、恐らく多くの人が感じていることであろうと思っている。

# なお、プラットフォーム依存性の問題に関しては、電子書籍業界人としては真面目に課題として受け取る必要があると思うが、そこはそれである

そもそも、ちゃぶ台を返すようだが、こんな議論意味はないのだ。ぶっちゃけしまえば、たかだか編集者Twitter上で「紙媒体を買え」と言って、たとえそれが多少バズったところで、そうそう影響はない。
電子書籍ユーザー電子書籍メリット見出しいるか電子書籍を買うのであって、出版社制御できるものではない。
作品の売上は出版社広告の打ち方や作者の宣伝などで変わることもあるだろう。しかし、紙媒体でも電子でも、文章の質に差はないのだ。であれば、ユーザー自分が便利だと思うものを使う。

そうは言っても、電書の売上が続刊の目安にならないのなら、作者のために紙媒体を買うべきではないのか、という意見もあるだろう。
まあ、あなたが誰かのファンで、どうしても打ち切られたくない作品があるのなら、その意見を真に受けてもいいとは思う。本当に極僅かな可能性で、あなたの一冊が続刊のボーダーラインを越える一冊にならないとは言い切れない。
だが、たった一人が購買運動したところで、全体に与える影響は微々たるものだ。もちろん、大勢で同じことをすれば影響は出るのだけれど、そんな社会運動じみたことをしなければ支えられないのだとしたら、それは既に構造おかしくなっている。
もちろん、紙を愛する人は従来通り紙媒体を買えば良い。紙書籍電子書籍市場がこれからどう変化するかは私には予測できないが、なくなることはないだろう。

私が一番思うことは、電子書籍を買う人に、それを引け目に感じて欲しくはないということだ。
電子書籍を買う人も、紙媒体を買う人も、それぞれ一人の客で、そこに優劣は存在しない。
しろ電子書籍ユーザーにとっては、市場が大きくなった方がより便利になるだろう。これは希望的観測だが、頭の固い編集者でも無視できない規模に市場が成長すれば、当然電子書籍の売上が続刊基準にもなってくると思う。
から、今現在電子書籍を利用しているユーザーは、この先も気兼ねなく電子書籍を利用してもらいたい。これは私のポジショントークでもあるが、電子書籍市場の拡大がユーザー利便性につながるという理論は間違っていないと思うので、ユーザーにとってもメリットのある提言のはずだ。
もちろん、一人のユーザーの動向が市場に大きな影響を与える訳ではないのは既に述べた通りで、だからこそ、電子書籍積極的に利用すればより便利になりますよ、と言い切ってしまうことはできないけれど。

という訳で、結論を言えば、電子書籍ユーザーは今まで通り電子書籍を買えば良いし、紙媒体ユーザーは今まで通り紙媒体を買えば良い。
こんなことは、別に私が言う必要はないのだ。言わなくてもみんなそうするだろう。
ただ、これだけは言っておきたい。

電子書籍ユーザーに向かって「紙媒体を買え」と言う業界人は、恥を知って欲しい。

後はまあ、私自身も業界の一員として、少しでもより良い方向に向かえるように努力していきたいと思う。
こちらからは以上です

http://anond.hatelabo.jp/20170201151127


今の増田には見当はずれな言葉なんだけど、実の親でも我が子を必ず絶対愛するようにできているわけではないんだということに少しほっとしている。

自分は親への愛情愛着がおそらく人より薄く(正確な原因はわからないがたぶん幼少期からの過干渉と、一方で親自身課題の捌け口にされてきた恨みによるものだろうと自分では思っている)しかしこの親に対する感情のあり方そのものをずいぶんいろんな人から非難されてきた。彼らが決まって言うのは「親というものがどんなに子どものことを思う生き物かわからないのか」ということで、しかし正直、わたし母親も「母親という役割」があるから仕方なく人目のあるところではわたしを愛するふりをしていただけのように、子どもの頃から思えてならなかった。

わたしは外見も性格父親によく似ているが、母親父親のことを心底嫌っていて、よく二人のときには父の悪口を聞かされていた。「父親に似ている」と誰かに言われるたびに「だからお母さんはあなたのこともきっと嫌いだよ」と言われているようだった。

具体的に何かされたわけではない。

わたしを見る母の目が笑っていなかったこと、他の家族の前でだけ見せる、あの作り笑いが心底気持ち悪かったこと、増田を読んでいるとそんなことを思い出した。もしかしたら母も増田と同じだったのかもしれない。それならばわたしも「母親わたしを愛してくれているはずなのにわたし愛情を返せない」と罪悪感を抱く必要もないのかもしれない、と思って、それでほっとした。増田にとっては何の慰めにも救いにもならない話ではあるけれど、まあとにかく書き記しておきたかったのでトラバさせてもらった。

生活保護家庭で育ったから○○できない」なんて思わないでほしい

私は生活保護世帯で育った20代独身です。

自分語り申し訳ないが母についての話をしたい。

母は闇金に手を出して蒸発した父親の代わりに返済しながら、女手一つで当時幼い私を育ててくれた。

昼はパート、夜は内職と昼夜を問わずほぼ休まず働き、睡眠は2、3時間といった生活を4年続けたツケが回って

体を壊しほぼ寝たきりになった。

当時高校1年だった私は「生活保護」というものがあるんだな…とインターネットで知って

役所に駆け込んで助けてくださいと鬼気迫る勢いで突撃した。

その時の役所の人が親身に聞いてくれたのは今でも覚えている。

受給認定が降りた結果、毎日具なしお好み焼き以外の食事病院にも行けるようになって本当に助かった。

勉強はあまりいい出来ではなかったが貧困連鎖を絶ちたいという気持ちから進学の受験費用のためにバイトをしたい旨を

ケースワーカー相談するとhttp://bylines.news.yahoo.co.jp/komazakihiroki/20170128-00067089/:この記事]にもあるように

「進学なんてせずに働いてください。大学なんて贅沢です。」と言われて、理不尽さに悔しくて泣いた。

タイトル思春期だった当時の口癖。母がごめんね、ごめんねと泣きながら謝られてかなり厳しい気持ちだった。

ケースワーカーには色々文句言いたかったけど保護が停止されたら困るから

なんとか気持ちを抑えて、受験費用は小遣いから少しづ貯金して捻出した。

なんとか地方の国公立に滑りこむことができ、「受かったし奨学金で賄って生活するから」とケースワーカーを黙らせて納得させた。

その結果、そこそこの成績で卒業後は就職して一人暮らしをしている。

これを見て進学を諦めている生活保護世帯の子は進学を諦めないでほしい。

勉強はやっぱり必要だけど、糞ローンだと言われている貸与型奨学金を駆使すればなんとか進学できる。

私も頑張っているから君も頑張れとは言わないが化物語斧乃木余接ちゃんのセリフが刺さったから送ります

「不幸や不遇に甘んじていることを『頑張ってる』と思っちゃってるんじゃないの。」

「そういうのを世間では『何もしていない』って言うんだよ。不幸なくらいで許されると思うな。ハッピーエンドを目指すべきだ。」

「不幸でい続けることは怠慢だし、幸せになろうとしないことは卑怯だよ」

今の私の課題結婚だ。

生活保護家庭だから結婚できない」を「やろうと思えばできるんだ」と知らしめられるようなモデルケースになりたい。

私も君もハッピーエンドを目指そう。

2017-01-30

iPadを買った

重度のAndroid好き。昔はiPhone4sXperiaAndroid)を両方持ち、結果的に、Xperiaのほうがやりたいことが出来たのでAndroidが至高を元にずっとやってきた。

そんな俺が今年のはじめにiPadを買った経緯は、現在Xperia Z3が神機を信じて機種変を渋って渋って、でも新しいXperiaに乗り換える必要性を感じていなかったが、友人に「グラブルは下手なPCよりiOSのほうがよく動く」と言われて誘惑に負けて買ってしまった。

iPhoneを買う選択肢もあった。あったけど、昔スマホ2台持ちしておいてなんだけど、流石にスマホ2台持ちは…と思ってiPad mini4を買った。

ちなみに、Nexus7(2012)も持っているが、流石に今は音楽プレイヤーとしてしか使ってない。

それから1ヶ月、もうiPadなしの生活が考えられないぐらいiPadを使ってる。

タブレットなんてあってもな」と思ってる人がいたらその人に向けて「iPadはいいぞ」と教えたい。

グラブルサクサク動くか

下手なPCよりは言い過ぎ。流石にPCのほうが早い。

ただ、XperiaZ3よりは断然早い。ただ、iPad mini4だと画面が大きくなりすぎてアビリティの部分が半分ぐらいキレてる。iPhoneならいいがiPadは駄目だった。それだけは失敗だった。

ただし他のソシャゲ比較的良好。特にシャドウバースAndroidでやらなくなった。

PCDMM)だと立ち上げが辛い。Androidだと画面が小さい。iPadはちょうどいい。

YouTubeとか見るぐらいならPCいらない

これがかなり思う所。自分ゲームをするのでPCがないと困るが、動画をみたり、nasneからテレビ番組を見たりする時はiPadでいい。

今まではゲームしながらYoutubeを見ていた時、ふとYoutubeの音が邪魔な時はいちいちマウスYoutubeのところまでもって消音する必要があったが画面の左にあるiPad操作するだけでいい。とても楽。

親に「インターネットするぐらいでいいかパソコンがほしい」と言われた時、6万ぐらいのノートPCを買ったが素直にiPadにしとけばよかったと後悔してる。

どうせ見るものクックパッドと犬の写真動画ぐらいだ。

仕事で触ってても何も言われない

コレが一番ある。今まで職場スマホ触るとそれがメモであったりスケジュール書き込みであったりしても嫌な顔をされたがiPadだと何故かまかり通る。

紙のカレンダーを嫌い、あらゆることをgoogleカレンダーに書いておく自分にとってとても重要だ。

まぁ、すまんけど、ちょっと増田みたりネットサーフィンしてるが。

AndroidiOS

永遠課題だと思う。どちらが優れてるか。

でもコレは、犬と猫どちらが可愛いかに似ている。どちらも可愛いのだ。どちらも優秀だ。

Androidはとにかくカスタマイズ結構なんでもできる。それこそグレーな部分だがエミュを動かしたり、野良アプリでいろいろ楽しんだりできる。

iOSはとにかく親切。OSよりもアプリ重視と言った感じ。公式アプリをつかう程度ならやはりiOSが最適だ。あとは音楽管理iTunes入れたPCにつなぐだけで出来るから楽だ。

 

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