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2017-04-29

http://anond.hatelabo.jp/20170311125420

H&Mがあるイオンモールで、ドラッグクイーンが現れる街はそう多くないだろうから、たぶん同じ街なのだろう

引っ越してきて初めてそのおっさんを見かけたときは、私もこれはダメだろうと怒りを覚えた

でも近所の中学生たちは何も反応しないし、どうやらこの街で日常風景しかった

しか市役所の防犯メールでもこのおっさんらしき不審者情報は流れてこない

世間的には危険人物ではないということなのだろうか

しかするとこの街の有力者なのかもしれない

テレビYouTubeではこんな変な人を見ても何も思わないのに、いざ目の前に、自分の街にいると思うと不愉快を通り越して憎悪さえ感じる

はいえこんなご時世だから、そんなことを口にでも出そうものなら、私のほうがイスラム原理主義者みたいな扱いを受けかねない

世知辛い

ホモがよってくる

最近、でもなく昔からホモがよってくる。

一番古い記憶中学生の時。同級生の男に告白された。

大学に進んだ時も、ホモっぽいと言われた。

社会人になって2回ほど転職したが、行く先々でホモっぽいと言われる。

他人勝手に「ホモっぽい」などと言うのは失礼とは思わないのだろうか?

自分にはそういう性的嗜好は無いです」と教えてあげると

一人の男が小さく「えっ」と呟いた。

2017-04-28

ちゃんと生きてるのが信じられない

東北の片田舎に生まれた。

親父様は酒と野球ギャンブルが大好きなクズだったが、浮気無職借金だけはしない洗練されたクズだったので最低限の生活は保てていた。

鼻水を垂らしたまま何も考えず中学生になった僕は、そのまま何も考えず地元底辺工業高校に進学した。

大学進学率0.3%未満の絵に描いたような地域密着就職支援高校だった。

バカ貧乏次男坊のフルコンボを駆使し田舎を出て神奈川の大きな工場就職した。

なぜか筋トレとか走り込みとかが日課の軍隊みたいな会社

「僕ぁ、こんな事をする為に高校プログラムを覚えたわけじゃないんですよねえ」等と同期のヤンキー達に吹聴してたら流れ的に辞めるしかなくなった。

はいえ、ホントプログラムなんか言う程できたわけじゃないので、どっかの会社に応募して落とされたら、周りも納得するかーなんて軽い気持ちでテキトーに選んだ会社に応募したら内定きた。

その会社アセンブラかいミトコンドリアみたいに原初プログラム言語を叩き込まれた。

おかげで、CだろうがCOBOLだろうがC#だろうがJAVAだろうがハイソサエティだよね、て気持ちになれた。

結局そのままいろんな会社転々としつつもプログラム仕事を今でも続けられ、不自由なく暮らしていけてる。

て、おかしいだろ。マジで

僕の未来予測では35歳になるまでに、能力的に限界がきて、pepperくんに仕事を奪われ、飲んだくれた挙句アル中で手の震えが止まらキーボード打てなくなり、プログラム以外の仕事もできず、部屋に引きこもりxvideosばかり見てたら奥さんに愛想をつかされ、底辺高校に行かせるのがやっとの長男と、承認欲求をこじらせてニコ生やらツイキャスやらで裸体を晒す娘を連れて出ていかれるハズなのだ。今頃。

だが、現実はどうだ。

天海祐希似の奥さんと、映画CMとかで使われるくらい良ロケ高校に通う長男と、部活に汗する健全な娘に囲まれ、それなりにシアワセに生きている。

小学校時代に道端で座り込んでた奇妙な婆さんに「お前さん、34で死ぬよ」と言われ、なるほどですねーと過ごしていたが、既にそのXデーから十年以上経過しても元気に生きている。

たぶん、何十回か別の世界線で死んでるよね?僕。

じゃないと、そろそろ変な死に方しそうで怖い。

それか、首からケーブル抜かれて目覚めるか。

模様替えに息詰まっている。扇風機を動かしている。吐く息の臭さで脳震盪になっても困るし。

調子が悪くなったのは2015年8月小学生投身自殺現場に行って以来だこちらは。

モニタを縦画面にする。全画面表示で動画を見る機会もあまり

本当に自殺なんだろうか。細い橋の向こうに小学校が見える。欄干は腰ほどの長さ。

車を避けた拍子にランドセルが欄干に当たるとその衝撃で身体ごと回転する危険もある。

小学生ではない。中学生

2017-04-27

会社方針というか、考え方がわからない

すっぴんでよれた服を来た社員

体臭を気にしない社員

スーツだが、TPOをわきまえないような派手な色を着てくる上席

OLのくせに中学生みたいな私服社員

来客があれば対応するのが当たり前の状況。もちろんお茶出しもする。

会社看板を背負って顔をあわせる訳だからスーツとまではいかなくても相応の格好をするべきなのでは?

女性の化粧に関しては、肌が極端に弱い例もあるが、それにしても見た目には気を遣えと思う。

それなのに、仕事もまともになく、宙ぶらりんで雇ってるアルバイトデニムを履いてきた時に口頭注意をするのはどういった考えからなのか。

事務はいえ、書庫の片付けや段ボールを組み立てての発送、草むしり等をやらせておいて、汚れてもいい格好がだめな理由理解出来ない。

アルバイトには客対応はさせていない。

本来デニム作業着ではなかったのか?

小綺麗な格好だけしてろ、というのなら会社支給作業着を着た社員がやるべきなのでは?

2017-04-26

オタク叩きされてるのは大体オタクのせいだぞ

オタク叩きの所為で「オタク人権は無い…」「差別やめろ😩」とか言ってるオタク共冷えてるか〜?

俺が思うに7~8割の理由はお前らオタクのせいだぞ。

1.発言がたまに気持ち悪い

これが一番ひどい「〇〇は俺の嫁…w」とか、「〇〇RT行ったら神w」とか正直ネタでも気持ち悪いぞ。

オタクからしたら普通でも一般人から見たら精神異常者だぞ?

それと最初に書いた被害妄想文、お前ら人間なんだから人権あるに決まってるだろ?w

お前らはなんだ?悲劇主人公気取りか?痛いぞ

2.明らかに行きすぎた行動

前なんかツイッターで「けものフレンズ」のことディスった少年が家特定されてた。(また自演かもしれないけど)

あとコミケ帰りのオタク電車の中でエロ同人誌読んでたこととか一部常識がかけ離れてる。

3.アンチ過剰反応しすぎ

2にある特定もそう、それと勘違いしすぎ揚げ足取りすぎ、

例えば「アニメオタクキモい」の発言に対して「ディズニーアニメだろ?(早口)」

いやアンチの言いたいことはディズニーとかの話じゃなくて、萌えアニメとかそういう類のだろ?中学生かよ

これだから揚げ足たりたがり屋は。察せよ

それとニュース報道とかにも過剰反応しすぎ。

前のPTA会長が捕まったよね、それで犯人アニメが好きだったとか言ってたけど、

それに対して偏見とか言ってるのってどうなの?

ニュースは見たままを報道してるだけ、責めるなら犯人を責めろよ

なんでこれが分からいかなぁ…

アンチしてる人って大体そういう行動発言を見た一般人

決して一般人オタク差別なんてしてない、偏見を持っている人はいるかも知れないけど、

全部被害妄想からオタクたち。

取り敢えずオタクは行儀を良くしよう、そうすれば突っつかれないのにバカだよね。

そんな僕もデレマスの杏P

http://anond.hatelabo.jp/20170426162343

腑に落ちる説明が出来そうもないなら放置しておくといいぞ。

よほどの馬鹿でもなければ子供でもそのうちなんか気づいて自分修正するようになるからな。

増田だって中学生のころはいろいろ人として間違ったことをやってたけど、今はもうそんなことしてないだろ。それと同じさ。

http://anond.hatelabo.jp/20170423172733

以前、自分語りをしたものです。

後日談がなく、もしかすると「アイツ死んだんじゃ」等と据わりが悪い方もおられるかと思い、PCの電源をつけました。

・・・実は釣りでした~。今日も元気に出勤してます!!

と、言えればいいのですが、残念ながら先日書いた事は概ね事実です。

現状はと言えば、お巡りさんがさっき帰りました。

バイトに出ない、電話にも出ない→親に連絡がいく→警察に連絡が行く→お巡りさん我が家にご訪問、という流れでした。

今は何も考える頭はありませんが、とにかく親に心配かけるのはダメだとお巡りさんにメッチャ怒られたので、親に電話しようと思います

以下レスします。

女が悪い

その通りです。だいたい女性が悪い。

東京に行ったらデュラララのような恋愛が、フリーターになったらWORKINGのような恋愛が始まると結構本気で思っていました。現実には何も起こりませんでした。

周囲を見ていて思うのは、

モテる奴は最初からモテる

「陰キャはどこまでいっても陰キャ」

ただしイケメンに限る

の3点でしょうか。

とりあえず段ボール食べ物収納すべきかと。

食べ物インスタントものが大半で、あとは米とかです。ここ数日で結構減りました。

夢とか目指したい職業とかないのかな

ないです。小学生の頃に書いた「なりたい職業」は陰陽師中学生の頃に書いた「将来の夢」は「異世界に行く事」でした。

どう見ても厨二です、本当にありがとうございました

「俺は学歴高卒だけど、下手な連中よりはるかに賢い」

みたいな無意味プライドゴミ箱に捨て切ってしまわないと話にならないと思う。

高校時代に死んでおけばよかったなんていう泣き言は過去の栄光を捨てきれていない証拠

まずは自分の身の丈を思い知ることからじゃないのかね。

ここ数日で思い知りました。とは言え、まだ思い知っていないと感じます

大学を辞めた時にも「プライドは捨てた」と思っていたのですが、バイト先で「俺も高卒なんですわ~」って言ってくるやつに

(俺はお前とは違う)って思ってました。今は「思い知った」と言いつつ、また数か月もすればプライドが鎌首をもたげてくると思われるので、

その時にちゃんと身の程をわきまえて行動しようと思いますありがとうございました。

辛かっただろね。まぁ一度実家に帰ってゆっくりするのが

現状整理するのが良いんじゃないのかな。

特にひねりもないけど、

やりたいこととできることとやるべきことの重なりが大きくなるように、

さなことから実行していくしかないんじゃないのかね。

ありがとうごいざいます

実家には大変帰り辛いですが、なんとか新規蒔き直しというやつで頑張りたいと思います

・・・思えば、「帰り辛い」のも結局自身プライド邪魔してるんであって、全然ダメですねw

自分って実は優秀なんじゃねって思い始めた話

自分自己評価がめちゃくちゃ低い。自分の代わりなんて腐るほどいると思ってる。

中高から進学校でその中では凄ーく優秀な奴を見てきて、ああこいつらには敵わないなと思いつつ6年間過ごした。

それでも高3の時は割と頑張って東大に入った。でもこんな奴東大では当然真ん中より下だ。学内偏差値45くらいってところか。

結局自己評価って自分の周りの中でどうか、で考えるから凄ーーく優秀な奴に囲まれ自己評価は地に落ちた。

正直自分なんかまともに飯食っていければ万歳だくらいのことを半分本気で考えていた。

でも世間を知らなかったのね。

中学生の時から割と世間から隔離されてたっぽいことを最近知った。

なんか、今まで「できて当たり前」「わかって当たり前」のことをして評価される機会が何度かあった。

あーこんな自分でも一応優秀な部類なんだって思い始めた。

2017-04-25

今日の視界

電車入り口付近で大きなリュックにもたれかかるように座り込んでいた男子中学生

急行待ち合わせというアナウンスを聞いて電車から降りる女子中学生と妹

顔面がケロイド状というのか、日に焼けた肌に肉が見えているかのような白い・ピンクの斑点状の肌の作業服を着た男性カートの大きな荷物を持ってた

一歩下がって電車に並ぶ東南アジア系の若い男性の後ろ姿

無残すぎるバーコード乱れ髪で眉間を寄せ目を閉じて座っているオジサン

汚い・強い言葉で連れの男性雑談するはっきりした顔立ちの若い女性

抱っこひもらしいものをかけて子供を抱いた男性と連れの女性の後ろ姿

2017-04-22

C. elegansに対して、安定して供給できるの?とか言っちゃってるブクマカいて糞吹いた

中学生でも知ってるような有名なモデル生物やんけ…

洋服が好き 洋服を捨てるのが苦手

アラフィフ男性

洋服が好きだ

中学生の頃くらいか洋服が好きだ。特に中高の頃はファッション雑誌を見るのが好きだった。

ただお洒落なわけじゃない。一種コレクター的な好きという感じだと思う。

でもマニアでもない。ビンテージジーンズが好きだったりマルジェラやヴェトモンが好きだったりということではない。

ユニクロで売ってるような服でも好きな服もある。自分が好きな洋服を着てるだけでお洒落に気をつかってるわけではない。

あとコレクター的に好きなのはカジュアルのものだけでスーツネクタイを買うときは悩んで買うけど過不足なく買ってるだけだと思う。

流行が終わって好きな服が買えなくなるのが嫌だ

流行が終わっても好きな服がある。そういった服が買えなくなるのが嫌。

から流行が終わりそうなときに買いだめすることがある。買いだめといっても色違いを1着買うくらいだけど。

自分の中での「流行が終わる」には大々的な流行の終わり(例えばここ数年のストンとしたシルエットのMA-1の流行みたいなのが終わるようなこと)だけじゃなくて、なんとなく世間の嗜好とずれたのか製造上の都合なのかわからないけどちょっと前まで普通に売ってたのに最近見なくなったな(例えば80年代には生成りのリーバイス501,505なんてどこでも売ってたけどいつの間にか見なくなった。そういうのを経験してからこう思うようになった)というものも含んでいる。

買い換えが出来なくなりそうだと思ったらその手持ちの服を着る頻度を極端に下げてしまう。ほぼ着なくなる。好きな服なのに好きな服だからこそタンスのこやしにしてしまう。

最近また洋服を買いだした

ダイエット成功たか

30歳過ぎて太った。痩せるまで服はあまり買わないようにしようと決心して10年以上たってからダイエット成功した。

dマガジンファッション雑誌をまた見るようになったか

太ってからファッション雑誌を読まなくなったけどdマガジンきっかけになってまた読むようになった。

昔より妙に高くなってる洋服やもう買えない洋服があるのに気付いたか

特に欧米からインポート物はかなり高くなってるものが多いと思う。さっきも書いた生成りのリーバイスみたいに好きだった洋服で買えないというものがまたいくつも出てきたのにも気付いた。好きな洋服でこれはもっと高くなる可能性もあるとか廃番になる可能性もあるとか思ったものを買い始めた。

社会人になってからカジュアル系の洋服が傷むほど着る時間がない

ほとんどの時間スーツで過ごしているのでカジュアル系の洋服が傷まない。

捨てるべき洋服が見当たらない

今まで書いたことが原因になって洋服が増える一方。

古い洋服で残っているのは好きな洋服だし、ほとんど傷んでいないし、流行かどうかは自分基準では関係ない。よく断捨離系で「ワクワクするもの」かどうかを判断基準にするようなことが書いてあるけどこれらは自分にとって「ワクワクするもの」だ。

古い洋服で着用感があるものはもちろんあるけどそういうのは実際によく使っているものであってそれを捨てても新しい似たような物を買う必要がある。(そういったものは思い出が染みついているから買い換えるのにやや抵抗があることは否めないけれども)

最近買った洋服コレクター的に前から自分の好きだった洋服か実際に今着るもの。捨てる対象になりにくい。

洋服を捨てるのが苦手

これを書いたのは少し冬物処分しなきゃなと思ってるから処分候補3月くらいか休みの日に着るようにして家族写真撮ってもらってる。それでもたいして減らない。

2017-04-21

80を超える祖母とうまくやっていけない


自分は、大学生自分祖母と一緒に住んでいる。

平日週五で大学に通っている。一緒に住んでいる祖母脳梗塞を一度患い、

言語障害がある状態比較ボケてはいなかったのだけどボケも始まってきている。

一緒に住み始めてのころは買い物行ってきてーと言われて行ったりしてたんだけど、

しばらくして、ベッドから二・三歩のトイレまで歩けなくなり転倒をするほど悪化した。

結局入院をすることになったが、一ヶ月で退院できた。

体に異常があるのではなくて、日常的な運動が少なくて再発すると医師に言われたので、

家族デイサービスを探して週五回(平日5日)運動するようにしようとみんなで決めた。

ただ、やはり週五回のリハビリ自由がかなりなくなってしまうので本人はかなり苦痛らしくしばしば休んでいた。

それでもなんとか週四回ぐらい行くように話をしていたし、退院してから治らないと嘆いているのを見ていられなくて、

公園リハビリに一時間連れ出したりしていた。

本人は嫌がったんだけど良くならないと嘆いていたデイサービスのほうで

初めて下肢筋力がついてきたと報告されて効果が出始めたんだな…と思っていたし、本人にもそう話してはいた。

ただ、リハビリデイサービスをこなすのは相当しんどいようでものすごい暴言を言われてしまった。

効果が出れば少しでも減らせると思ったのだが、話しても伝わらなくなっていった。

その後、言われたことに耐えられなくなってしまったので実家に戻った。

一ヶ月ほど自分が家を空けたがその時は週三回しか行かなかったみたいだった。

帰れと繰り返し言われたので、帰るからと言って準備をし、

これ以上はお互いのためにならないから一旦帰るねと冷静に伝えたが、

さっさと帰れという素振りを見せるだけで話を聞いてはくれなかった。

その後に母とデイサービスの視察にまた行き、細かくどれくらいの距離をやってるのかを記録して欲しいとお願いしにいったり、

風呂が狭くて嫌だと聞いていたので別の所に行けないか?と自分と母とケアマネージャーと話をしたりした。

その間も、しばらく帰らない方がお互いの関係のためでもあるし、自分の体は自分が一番わかっていて管理ができているというのが口癖だったので

しばらく経過を見ておこうと思っていたので二週間ほど戻らなかった。

その後、母と一緒に祖母の元に行く機会があったのだけど早く戻っておいでと言われた。

その時に、以前の暴言を言われたことを忘れられないのでもうしばらく戻らないと一度断ったが、

それから二週間後に新学期を迎える時期に戻ることになって

その時にお互いに尊重しよう、酷いことお互いに言わないようにしよう、週4回とりあえず行って少しずつ減らしていこうと話をした。

お互い納得の上生活してたんだけど、自分大学が始まってバタバタし始めた。

帰ってきて行ってるかどうか忙しくて聞けなかった。

月曜日は行ったのだけど、こけてあざができたらしく火曜日水曜日と休んでいたので

木曜日は行くように話をした。しかし、デイサービスの人が迎えに来なかった。

落ち着いてなぜ木曜日に行けなかったかを聞いたら、

ヒステリックになりながら何故かわからないわたしが知りたいと言ったのだけど後々調べてみると

こけてあざができたから今週は行かないと電話をしていたというのを後で聞いた。

金曜日はなんとか行ってくれたけど、週二回になってしまった。

今まで、祖母に寝たきりになって欲しくないし、入院の時はずっと弱気なことを言っていたので入院もしないようにと思ってきた。

ただ、何を言っても用事がある、血尿が出た、腎臓の石が痛い

(血尿入院していたときに一度だけで二度病院に車に乗せて行っている。

腎臓の石は年による小さいのがたくさんあって、直ちに問題はないとのことだった。)

と言って休み、それを言うとお前たちに言われたくないやここを往復している(狭い家の中を数回)と言うだけで全く聞いてくれなかった。

困り果てていたのですが、衰えを実感したのか話を聞いてくれる傾向が出てきていた。

そこで話をして母とも連携し、お風呂を変える、ヘルパー(家事をやってくれる家政婦さん)を週一回呼ぶという話が進み始めた。

その矢先に気が大きくなったのか私のことをグチグチと言ったり、行かないと駄目だよという言葉反論しだしたりして正直困り果てている。

祖母負担が大きいのは理解しようと努めていますし、大学にも毎日通っている。しかし、落ち着いてから仕事をしようと考えていても

仕事をしないことをなじられたりすることに関してはやはり納得が行かない。

効果がないとデイサービスに関して文句を私に言うのですが、その割には他のデイサービス体験や話を熱心に聞いたりもせずなのでこちらも

口調が荒くなって喧嘩になってしまう。

母はもう言わなくていいよ。自分しんどいことと嫌われる役をやるからと言ってくれるのですが一緒に食事する際にずっと愚痴を聞かされてしま

リハビリに行かないのでどうしても話をせざるを得ない状況が続いている。

どうしたらうまくやっていけるでしょうか。正直2日に一回ほど1時間話をしたりして疲弊しています

言ってもわからないので入院して歩行が回復してから戻ってきてもらうのが最善策なのかなとも思っています

アドバイスを頂けると嬉しいです。

追記 2017/04/22 4:39

もう見てる方いないとは思いますコメントブックマークありがとうございました。

しんどいなと感じていたので助かりました。

コメントに関して


親に任せて親の愚痴を聞いてあげるのがベストだね → はい言葉はきついですが言ってることは正論だなぁと。

最善策 → 自分は母と意見交換しますが自分意見100%通るわけでも何でもないので勝手に思ってるだけですね。

親が無能自分よりはるかに立ち回りと関係性作りがうまく、自分とは考えのプロセスなども違うので正直ものすごく尊敬しています

後々、母の言葉を思い返してみると祖母との関係などに関しても適切な視点対処策打ってるので自分とは比較にならないです。

まだ中学生兄弟関係が冷え込んだ父がいるので少しでも母の力になれたらいいなと思ったのですが、

自分が何かしても力になれないどころかこじれさせてしまうだけかもしれません。

悪化した時点で気づいてあげるべきだった → 本当にそのとおりなのですが、悪化し始めたときに気づくのって難しいと思うんですよね。

自分専門家でもないですし、祖母病気も全ては把握できていませんでしたし。

80代とうまくやっていける大学生の方が普通じゃねーわ 生きた時代が違いすぎるやん → ほんとにそうなんですよね。話題が乏しくなって愚痴を言ってたのかなぁとも考えています

id:aoi-sora ありがとうございます。認めてもらえたのは率直にありがたいなと。

id:takamurasachi 施設入所はかなり現実的になりつつありますはい自分人生優先で行きます

http://anond.hatelabo.jp/20170421205659

キャッツアイ三姉妹末っ子を好きになった先輩刑事

作中ではロリコン扱いでめちゃくちゃドン引きされてたけど

末っ子と言っても女子高生だし、もう成長期も終わってすらっとした体型のボーイッシュボクっ娘から

今見るとどこがロリコン?って感じなんだよな

先輩もたぶん30歳くらいだろうし

今は中学生好きって言ってもロリコンって言うには微妙

理系院卒無職28歳職歴ゼロSPIが解けず書類で落とされる

知能が低い意欲がない頭の回転が遅すぎる

学部レベルどころか中学生程度の学力も残っているのか怪しい

いったい専門以外の知識はどこに置いてきてしまったのかと愕然となる

当然その専門性社会にとって役に立つものではない

最も企業敬遠する人材

世間はやれ圧迫面接だGDだと騒がしいが頭が悪いとそのステージにすら進めない

惨めさと無力感を噛みしめる毎日

虚言癖のある男のこと

中学生のころ、やたらと話のデカイ友人がいた。でも、田舎町だったし、その男の家はいたって平凡だったから、単に厨二病背伸びがしたいだけなのだと思っていた。

仲も良かったし、彼のことを本当に良い友人だと思っていた。

高校進学で、その男は別の高校に行ったかだんだん疎遠になったのだけど、たまに合うと挨拶くらいはしていた。

大学進学のち、ほとんど音信不通になって社会人になったころ、クラス会があって再開した。

公認会計士免許を取って、アマチュアバンドを組んでいてときどきライブもやっていて、今はなぜか○○○(車メーカー)のディーラーに勤めているということだが、それは実際の企業会計を学ぶための仮初めであって、いずれ開業するし近い将来に結婚も予定しているとのことだった。

アマチュアバンドライブの案内は来なかった

○その後、医大に入り直すという話だったが、それはやめてシェフ修行を始めたとのことだ。どうもパリ修行に行くとのことだった。

本人の言または本人から聞いたという仄聞の経歴または目標けが立派で、本人が何をしているのか実態不明だった。

セルフイメージを、もっぱら「職業」にもとめてばかりいた彼は、いったいなにをやっているのか不明だ。

彼の勉強成績はかなり低いほうだったし、目標けが暴走していたのだろう。最近流行っている「自分らしさ」もこんな風にならないことを願いたい。

精神疾患理由社会から拒絶されそう

うつ病と診断され、休職している。

正直、うつ病であるとは自分では思っていない。昨年の6月から9月にかけて、はじめて、少し大きめのプロジェクトに参加することになった。とにかく、すべてがはじめての仕事で、何をどうしたらいいのかわからず、やっては怒られ、みずからの至らなさを痛感するばかりの日々だった。毎日終電で家に帰り、そのあとも自宅で深夜3時頃まで仕事をし、寝て、翌日正午頃に出社していた。出社時間を遅らせることができる環境であってよかったとその一点は会社感謝している。けれど、それでもやっぱり無理があったようで、プロジェクトが完遂すると同時に、わたしは不調を感じるようになった。

まず、夜に眠れなくなった。深夜3時過ぎに寝る生活状態化していたからだろう。それから意味もなく涙が出てくるようになった。仕事中に突然悲しい気持ちに襲われて泣いてしまうのだ。だから、いつも会議室パソコンを持ち込んでひとりで隠れて泣きながら仕事をしていた。

プロジェクトの期間中わたしはいつも、じぶんの仕事のできなさ、思慮の足りなさを突き付けられているようで苦しかった。何をしても、考えが足りていないと怒られたし、ほんとうにその通りだったから悔しかった。上司に悩みを相談すると「あなたにはやる気がないからだ」と言われた。やる気がないから、ほかの人のように勉強をしようという意欲もなくアウトプットが貧弱だし、案件に真面目に取り組んでいれば気づくようなことにも気づけないのだと。その通りだな、と思った。毎日深夜3時まで働いているのに、わたしにはやる気というものがなかった。だからほかの人のようにうまく仕事ができないのだと思った。「やる気のない人間が一人いると、メンバーモチベーションが下がる」とも言われた。それも、その通りだと思った。わたしはわざわざ深夜3時まで働きながら、周囲の人間モチベーションを下げている。それからというもの仕事中に「このタスクちょっと面倒だな」と思うたびに、呪いのように「お前はやる気がないから駄目だ」という言葉を思い出すようになった。

ある日、ほんとうに涙が止まらなくなってしまい、会社を抜け出して精神科のクリニックへ向かった。自分うつ病だと思っていたわけではない。休日友達と遊びにいったり、映画を観に行ったり、そういうことはできていたから。ただ、わたし精神病気についての知見がなく、病院に行けばきっと悲しい気持ちを消してくれるような即効薬がもらえるのではないかと思っていた。もちろんそんな劇薬存在しない、というか、お医者さんは処方してくれない。あっさり「うつ病でしょうね」と言われ、睡眠導入剤抗うつ剤をもらうだけで、当面の悲しい気持ちについては何も解決しないまま、会社に戻ることになった。

自分ではそうとは思わないが、うつ病かもしれないと会社に告げるべきか悩んだ。また、「やる気がないからでしょう」と言われるのが怖かった。わたしは、通常の業務であれば好ましくないことがわかっていたが「やる気がない」と言った上司さら上司である部長に話してみようかと思った。チャットで「今日お話がしたいのですが、お時間よろしいですか」とメッセージを送り、送った直後に後悔して「やっぱり大丈夫です」と追加で送信した。まるで彼氏にかまってほしいときにおくるLINEみたいだなと思った。うつ病じゃなくて、ただのメンヘラだ。メンヘラのほうが実感としては近かったし。

部長は、メンヘラのかまってほしいオーラを察したようで、直接声をかけてきてくれた。わたし空気が重くなることを恐れて、「いやあ、病院に行ったらうつかもとか言われて。まじかって感じなんですけど」とふざけた調子で話したが、気づいたらぼろぼろと泣いていた。部長は親身になって話を聞いてくれ、すぐに仕事の量を減らすために動きだしてくれた。

数日後、「お前はやる気がない」と言った上司とも話をした。彼も業務過多であったことを詫びてくれたし、業務を減らしたことにより、ほとんど自宅で作業しても問題ない内容の仕事ばかりになったので、無理に会社に来る必要はないと言ってくれた。もし、完全に自宅で働く方がいいのなら、そうできるよう上にかけあうと。わたしは、全力でその言葉に甘えた。ほとんど会社には出社せず、出社しても会社にいるのは5時間程度、あとはすべて自宅で仕事をした。どうしても会社PCでなければできない作業があれば、土日に隠れてこっそり出社した。自宅や誰もいないオフィスでの仕事であれば、突然泣き出してしまっても問題なかった。自宅での勤務時にも、勤務開始~勤務終了のタイムカードをつけていたが、12時間以上働いた日もあった。

しか会社は、わたしのことをサボっていると判断したようだった。上司は上にかけあうと言ってくれたが、どうかけあってくれたのかもわからないまま、突然人事から「いまのあなたの働き方を会社は認めるわけにはいかない」と言われた。そして、今後の進退をどうするかについて、産業医面談するよう命じられた。

休職するのは嫌だった。たしかに出社できないということは会議等に参加できないということだから、ほかの人と連携して働くのは難しいだろう。しかし、一人で行える作業も山のようにあったし(そういった作業のために派遣を雇うこともあった)、そういった作業であれば、うつ病と診断された後でも満足にできていると思っていた。上司作業については問題がないし、頼りにしていると言ってくれていた。でも、あれは嘘だったのだろうか。今となってはわからない。

うつ病かどうかはおいておいて、確かにこの時期のわたしは疲れていた。産業医との面談は散々なものだった。仕事について何を聞かれても「わたしはどうせやる気がないからだめだ」と答えていたような気がする。ほとんど忘れてしまったけれど。ただ、産業医の方はその道のプロであるはずなのに「あなた不思議ちゃんなのね」とわたしに向かっていい、まるで「少し変わっていて、社会になじめないかうつなんかになるのだ」と決めつけるように終始話をされたことに、ひたすら腹が立ったことだけを覚えている。中学生くらいの頃は、個性的とか変わってるとか言われることで得意になっていたが、もういい大人だ。それが人を馬鹿にするときに発される言葉であることくらいわかる。ちなみに、面談をした日の日記を読み返してみたら「わたしのことを「世間からちょっと外れた」「変わり者の女の子」だから説教してあげなきゃ」と思ってるのが見え見えすぎて、つーか説教って結論ありきでこちらの話を聞かずに一方的になされるものから対話じゃないんだよな。対話仕事なんじゃないのそちらさんは?それでもプロですか?わたしの話、なにも聞かずに終わったよね?どいつもこいつも人のこと説教コンテンツだと思ってんじゃねえ」と書いてあり、当時もめちゃくちゃ怒っていた。面談の翌週(12月の頭)、突然部長と人事に呼び出され「明日から休職してください。産業医により休職必要だと判断されました」と言われた。ほんとうに何の前触れもなく、突然言われたものからわたしは笑ってしまった。え、自宅でできる仕事はどうなったの。「ほんとに?明日から?じゃあ明日のお昼映画観に行ってもいいってことですか?」あまりに信じられなくて、ほとんど相手馬鹿にするような口調で言うと、神妙な顔で「そういったことで気分転換をしてもいいかもしれませんね」と言われた。よくわからないまま、とても雑な仕事の引継ぎが一時間で行われ、わたし休職することになった。

わたし休職を言い渡された瞬間にTwitterで「うつから休職しろって会社に言われた」と呟いた。いいねが何件かつき、じゃあ暇でしょ今週ご飯いこうよという誘いが何件かきた。友だちには恵まれているなと思った。はじめの一週間は毎日のように友だちと会って遊び歩いた。これのどこがうつなんだろう。毎日楽しく遊んで暮らしていることが会社に伝われば、会社もすぐにわたしを復帰させてくれるかなと思って、とにかく遊んで遊びまくった。三週間でお金と体力がつき、その後はしばらく引きこもって一日中寝ていた。

休職は一か月で終わるだろうと思っていた。しかし、会社から音沙汰がない。こちらから基本的に連絡を取ってはいけないと言い渡されていたので、やきもきしながら会社からの連絡を待った。連絡がきたのは、年明けのことだった。再度、産業医との面談のために出社してほしいとのことだった。出社日までにかかりつけの精神科医から診断書をもらって、いつまで休職必要かを会社に提出するように、とも言われた。わたしは早速そのことをお医者さんに話し「こちらとしてはいつでも復帰できるのですが」と告げた。お医者さんはなぜか「でもあなたはまだ疲れているでしょう」と必要以上にわたしをいたわり、休職期間を3月末日までとした診断書を出した。そうして、わたし3月末日まで復帰できないことになった。元気なのになぜだろう。

1月の半ばに産業医との面談を行った。この日の日記を読み返すと「なんで時間取ったのってくらいふわふわした会話しかなされなかった」としか書いていなかった。近況報告くらいで大した話はしなかったのだろう。面談後、診断書を提出するために人事と会った。このときわたしは、診断書休職期間は3月末日までと書かれているが、こういうものはこの日までに必ず治るというものではなく期間が前後する可能性はおおいにある、とお医者さんに言われたと伝えた。前後する、については、だから復帰を早めてもいいと思う、という思いを込めたつもりだった。働いていないので、そろそろお金がやばかった。人事は「そういうものだと理解しているか大丈夫ですよ」とだけ言って診断書を受け取った。

それきり、しばらくの間また会社から一切連絡が来なかった。さすがに日が空きすぎているだろうと思い、3月の頭に一度だけ人事に連絡をしてみた。復帰のスケジュールはどうなっているのか。休職直前に異動することも可能だと言われたが、今でもその話は有効なのか。その2点について尋ねてみたが、前者については「産業医確認してまた連絡する」、後者については「それは会社の都合だからあなた希望がどうであれ知らない」とどちらもにべもない答えだった。復帰して働きたいという意志を伝えたつもりだったのに、おまえの意志など関係ないのだと突き放されたようですごく惨めな気持ちになったし、休職が決まる前は「あなたの働きやすいようになるべく希望をかなえたいと思う」と言っていたはずなのに、休職が決まった途端、手のひらを返して厄介払いするような態度を取る相手に裏切られた、信用できない、という気持ちになった。わたしは、3ヶ月も社会から離れて孤独を感じていたのかもしれない。そんなときに、会社の人から冷たくあしらわれたことで、社会から本格的に拒絶されたような気もちになってしまったのかもしれない。こちらからはもう連絡しないと心に決めた。

3月の頭に「産業医確認してまた連絡する」と言った人事が次に連絡をしてきたのは、3月31日20時だった。彼はなぜかはじめからわたしに対して怒っているような、責めるような口調だった。

診断書には、3月31日までが休職期間と書いてあるんですが、どういうつもりですか?」

どういうつもりとは?わたしは彼の第一声に疑問符を浮かべることしかできなかった。正直、わたし1月に提出した診断書ことなどすっかり忘れてしまっていた。おまけに「期間が前後することは理解しているので大丈夫ですよ」と言われたことで、診断書問題はすべて解決したものだと思い込んでいたのだ。人事がいうには、診断書の形で正式に提出されていない期間に休まれては困るとのことだった。困るって誰が。何が。

診断書の期間より、休職がのびるなら、連絡してもらわないと」

「復帰に向けてのスケジュールについて相談させてくれって連絡しましたよね。そのあと連絡しなかったのはそちらです。おまけに、今日ちょうど病院に行ってきたから、その時診断書もらって会社に持っていくこともできたのに。こんな夜遅くに言われても困ります。そもそも、以前診断書を提出したとき休職期間は前後する可能性があるって言ったら「大丈夫」とおっしゃられたので、再度提出が必要だという認識がなかったのですが。認識違いをしていたわたしも悪いですが、リマインドするにしてもちょっとタイミングが遅すぎて対応しようがないです」

「そういう考え方もありますよね」

そういう考え方もある?わたしは怒りで頭が真っ白になった。3月31日が年度末だから、18時から会社パーティーを行うならわしであることくらい知っている。つまり、すでにお酒を飲んで酔っ払った状態になってようやく、本来なら1か月前にすべきだった連絡を今してきた彼が、自分不手際を認めず、わたしがすべて悪いのだと言っていることくらいわかる。

「困る、と言われても困ります4月3日に復帰するといっても会社の受け入れ態勢も整っていないでしょうし。4月から診断書記載がないから、わたし解雇ってことですか?」

「まあ、会社が決めることなのでわからないですけど」

「どうするんですか?次の病院の予約は2週間後なのですが」

「わかりません。確認します」

からないなら電話をしてくるなと言いたいところをこらえ、「では、確認お願いします」とだけかろうじて返し、電話を切った。あまり対応に怒りが収まらなかった。怒りは翌日まで持続し、我慢できず、部長へことの顛末を記したメールを送った。部長からの返信はなかった。…わたし病気なのだろうか?こんな風に、怒ったりして。

翌週、診断書会社が直接医師のもとへ受け取りにいくから何もしなくて大丈夫だという内容のメールが人事から送られてきた。そして、また2週間後に産業医面談をすることになった。産業医が首を縦に振らなければ、復帰はできない。初回の面談で、わたし相手に対して苦手意識を持っていたが、面接に臨むようなきもちで、いか休職期間もきちんと規律のとれた生活を送り、すぐにでも復帰できる状態にあるのかをアピールした。産業医は、「前に会ったときより、ずいぶん明るくなったわね」と言ってくれた。いける、と思った。けれど、ここでまさか診断書に足を引っ張られるとは。

人事が医師から直接受け取った診断書には「うつ症状」に加え「人格障害の疑い」と記載されていた。1月にもらった診断書には「うつ症状」としか書かれていなかったのに。かかりつけの医者から人格障害の疑いがありますね」と言われたことは一度もなかった。お医者さんとは会うたびに「最近どうですか」「元気です」という会話くらいしかしなかったし、惰性のように抗うつ剤を処方してもらうだけだった。不眠症状はすぐになくなったため、睡眠導入剤も処方してもらっていなかった。わたしはショックだった。人格障害があるの?お医者さんと普通に会話していたつもりだったのに、お医者さんは陰で「こいつは人格障害がある」と思っていたの?あとで調べてみて「人格障害」とは「人格に欠陥がある」という意味ではないことがわかったが、診断書のその文字を見たときは、お医者さんにも裏切られてしまったような気がした。

でも、疑いは疑いだ。確定したわけじゃない。…産業医は、物事を決めつけて話すタイプの人なのだった。

人格障害ってことは会社に復帰できないんじゃない?」

無職になったら困ります

「でも、人格障害のひとは一般的社会に受け入れてもらえないものからあなた自覚してない?人格障害の人って、周囲のひとが嫌な気持ちになっているのに気づけないのよ。だからあなた無意識でそういうことやっちゃってるかもしれないわよね。それって会社で働くって無理よね。どう?」

自覚ない?って言われても、周囲の空気自覚できない病気なのであれば、わたしがそれを察知することはどうやったって不可能なのでは…?」

産業医がいうには、人格障害の人は常識社会と異なっているから、周囲が「この人変だな」という空気を出してきても、その空気に気づけないのだそうだ。人格障害の疑いと言われるくらいだから、心当たりがあると思うんだけど、と言われたが、仮にわたし人格障害であれば、空気が変であることに気づけないはずだから自覚しているわけないし、人格障害でないのであれば、周りも「こいつ変」空気を出していないのだからその空気に気づくわけもない。つまり産業医が言っていることは矛盾していてめちゃくちゃなのだけど、彼女はどうしてもわたしの口からわたし人格障害かもしれない」と言わせたいようだった。(家に帰って調べてみたところ、産業医人格障害についての説明もめちゃくちゃだったことがわかったし、そもそも最近は「パーソナリティ障害」と呼ぶのだそうだ。そういうところの配慮のなさにもげんなりした。)だいたい、「あなた、周囲の空気読めてる自信ある?」と聞かれて、迷いなくイエス!と答えられるものだろうか。気を遣っていても失言してしまうことはあるし、つい調子にのって一方的に熱く自分の話をしてしまうことだってあるだろう。(そしてわたしはそういう失敗をいつまでも引きずる)ほとんど誘導尋問に近い形で人格障害であることを認めさせられ、「だからあなた会社勤めができない」と懇々と説かれた。

会社勤めは難しいって、どうしたらいいんですか」

人格障害でも活躍してる人、たくさんいるじゃない。書道家とか俳優とか」

「それはそういう才能があるからですよね?わたしには何もありません」

「でも、あなたも頑張って会社以外の場所を見つけないとだめなのよ。性同一性障害のことを考えてみるとわかりやすいんだけど、今は時代が変わったけど、あの人たちだって社会から一般的には受け入れてもらえないでしょう。だから当事者が頑張って、社会から認めてもらわなくちゃいけないの」

…この人、今の話には全く関係のない性同一性障害を引き合いに出して、パーソナリティ障害の人々と雑にひとまとめにして差別したことに無自覚なのだろうか。「あなたたち〇〇は、社会に認められていない劣った存在からわたしたちに認められるように努力する義務がある」という発言差別的であることに気づけないのだろうか?

 悔しいけれど、わたしは怒りが頂点に達すると、うまく言い返せなくなってしまう。このときも、「それは社会がまちがってるんじゃ……」と呟くことしかできなかった。「社会がまちがってるってことはないけど」と、「社会側」の産業医は言った。悔しい。こんな人たちになんて認められなくたっていいのに。まっとうに生きていきたいだけなのに。

「まあ、そんなわけで、精神疾患を抱えた状態のひとを会社が受け入れるポストがあるかどうかってことをあとは会社あなたで調整してください。がんばって」

そう言われて、面談は終わった。帰り道、とぼとぼと歩きながら、「疑いがあるというだけで人格障害であると決めつけられ(それは正式な診断ではない)、だPermalink | トラックバック(2) | 11:39

2017-04-20

http://anond.hatelabo.jp/20170419231430

高校生ってもう大人なんで、家事ができることをアピール気味に書く意味分からん

小学生中学生くらいで家事全般できたらすごいねと思うが。

リンちゃん殺したPTA渋谷さんって典型的アニオタだよな

 容疑者の母は自らトラック運転なども行う威勢のいい性格で、恰幅もよかったという。だが、「自分の思い通りにいかないとすぐに怒鳴り散らす。親族や近所の人は露骨に避けていた」(母親の知人)ともいわれる。精神科医片田珠美氏は、家庭環境小児性愛の源流があった可能性を指摘する。

母親代表される年上の女性に恐怖心を抱いたことで、自分より立場が弱く、絶対的従属させられる幼い女の子を求めるようになった可能性も否定できません」

 小学校同級生が振り返る。

「ぱっと思い起こすのは、とにかく体が大きかったということ。横幅もかなりあったから、澁谷とデブを合わせて『澁デブ』って呼ばれてましたね。体形のことをからかう奴もいて、机に突っ伏して泣いているのを見かけたこともあります

 澁谷容疑者のものと思われるSNSには、《いじめにあった為、人間不信なところがある》と綴られていた。

 中学校に上がると、最初野球部に。その後、体格のよさを買われて柔道部に移った。この頃から容疑者の「嗜好」が少しずつ顔を出すようになる。

アニメマンガに没頭することがあって、特に小さい女の子が出てくるのを好んでいました。まだ中学生だったので、周囲は“おまえ、なんだよそれ~”って冷やかしたりしていた程度だったんですが…」(中学同級生

 県内高校入学すると、より顕著になる。

オタクな感じで、同じ趣味を持つようないつも決まった4人くらいで一緒にいました。ロリータ系とか、小さい女の子が出てくるロリコンっぽいマンガを読んで盛り上がっていて、クラス女子ほとんどが“気持ち悪い。かかわりたくない”と感じていたと思います」(高校同級生

女性セブン2017年5月4日

2017-04-19

キモイ

中学生3年生の放課後トイレウンコしていたら廊下から増田ってキモイ」と友達と喋っているのが聞こえた。

20年後の今日会社の給湯室で湯呑み洗っていたら廊下から増田ってキモイ」と女性上司が喋っているのが聞こえた。

次は誰にキモイと言われるのだろうか。

2017-04-17

タブを何個も開いてブラウジングする感覚は「異常」なのか

僕は、毎日インターネット上の情報を閲覧する。スマホからも、パソコンからも、時にはタブレットからも。ニュースアプリを使ったり、はてなブックマークを使ったり、普通にブラウザーを使ったりなど、情報の入手の仕方は様々だ。

去年か一昨年くらいの話だが、友達PCで困ったことがあるから助けてほしい、と言われた。実際友達の家に行って助けようとしたのだが、内容の覚え具合が曖昧だったので、友達の家のPCを使って情報を調べることにした。その時に言われたのが、

「え、(タブを)めっちゃ開きすぎやん」って。

当時は8個くらい開いていたのだと思いますが、中学生にとってはおかしいのかな。

情報収集するときは、なるべく様々な視点から情報を得たいので、1つの話題に最低でも4個はタブを開く。そこに調べた情報の中に書かれている付帯情報も調べようとするので、さらに2個はタブを開く。そして、「あ、じゃあこれはどうだろう」と別の事柄を調べるために、またタブを開く。

ブログ記事を書くときは、情報収集を含めて10個ぐらいはタブを開くことが多い。この記事も、情報収集やこのブログデザイン変更をしている時に、ふと思いつきで書いたものなので、執筆時にはタブは12個開いていた。

そこに現れた「Vivaldi」というウェブブラウザは、タブをひとまとめにすることができるため、現在愛用している。

果たして、タブを何個も開いてブラウジングする感覚は異常なのだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20170417020841

俺さ、ニール・ヤング聞きながら夜な夜な小説書いてた中学生活送ってたけど

友だちいたかどうかも怪しいし体育や部活では嘲笑の的だし

当然席替えで隣になった女子は犬のうんこでも見る態度で俺に接していたよ

その黒歴史小説、部屋のすみっこに押しやってたけど今度燃やす

そろそろ過去と決別しないといけないと思うんだよね

女児関係する痛ましい事件が起こる度に、昔会った男性の「出来るチャンスがあるなら中学生セックスしたい」という言葉を思い出す。

しか私が20代後半だったとき、いわゆる2ちゃんの突発オフ的なので一度会っただけの人だけど、今でも鮮明に覚えている。

彼は(自称)30代前半で、二次元オタクで、ロリキャラが好きで、太っていて、外見に気を使っていなくて、そして現役の警察官だった。

たまたまその時会ったのが成人済みの私だっただけで、もし未成年の、まだ義務教育中の女の子から連絡がきたとしても彼は会ったのだろうかと考えている。

月がきれいってアニメやばい

月がきれいってアニメやばい。物凄く心が抉られる。一話の時点で嫌な予感はしていたが二話の方がきつかった。

はあ・・・これまじでやばい。俺の中学時代何だったんだ。はあ???はあ・・・くっそ・・・いやマジなんなん・・・

まず中学生はっぴいえんどって。アジカンとかバンプじゃないの??その色んな過程を経てはっぴいえんどじゃないの???

中学生はっぴいえんどって。それに小説書いてるとかさ。文化度なんなの。それに加えて可愛い女の子の心掴んじゃうってなによ。

???おまえこっち側の人間じゃなかったのかよ・・・おい・・・

俺の中学時代なんてさ、ただ盲目的に部活やって、結果求めてただけだったのに。それに比べてなんだよこれ・・・ももちぐまん見つけてえよ・・・

どうやったら女の子と接点もてんだよ・・・これ中学時代だけど高校大学も一緒だよ・・・俺の青春返せよ・・・

あああああああ・・・・・

2017-04-16

雫!結婚しよう!

中学生の頃「耳をすませば」のラストを見て母親に「この2人ほんとに結婚するかな?」って聞いたら、「しないんじゃない?」って言われてショックだった。

30過ぎた今では見てると恥ずかしくなっちゃって見れない。

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