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はてなキーワード: テキストとは

2016-12-06

[] 遠藤周作沈黙』 ※追記

なんかマーティン・スコセッシ監督人生五指に入るほど好きな映画監督)が遠藤周作の『沈黙』を映画化したらしいので、積ん読していたのを読んだ。以下はそのメモ(間違ってるかも)。



どうもテーマは以下の3つらしい。

信徒がどんなに辛い目にあっても神が彼らを助けもせずに沈黙しているのは何故か(神はいないのではないか

クリスチャンと言えど、拷問に対する恐怖から踏み絵を踏んでしまう心の弱い者もいる。これら弱き者は救われないのか。

日本キリスト教が伝来しても、それは日本特有の何かに変容してしまって、本来キリスト教日本根付かないのではないか



テーマ① 神の沈黙理由

結論:神は沈黙しているのではなく、信徒に寄り添い、その苦痛・苦悩を分かち合って下さっている。

◇考えたこと:神がいるならなぜ苦悩に満ちた人生で何か声をかけてくれないのか、とは誰しもが考えたことだろう。それに対する卓抜な回答だと思う。辛い人生の慰めになる。

本作の元ネタの1つはヨブ記だろうけど、この解釈ヨブ記に逆照射すると面白いかもしれない。信徒に苦悩を与えるヤハウェと、それを分かち合ってくださる「仲保者」(=キリスト)ということになるか。



テーマ② 弱き者は救われないか

結論:弱き者も救われる。弱き者には弱き者なりの苦悩があり、踏み絵を踏むことを拒否して拷問を受ける信徒と変わりはない。

◇考えたこと:これも大変慰めになる。誰しもが踏み絵拒否できる強い信徒ではないし、むしろ弱き者の方が大多数だろう。そんな中でのこの結論は心強い。



テーマ③ 日本キリスト教受容

結論:書いてない?

◇考えたこと:神の存在聖書というテキストで表されている以上、そこには解釈が入らざるを得ないし、解釈に際してはその人の人生観世界観がそこに入り込まざるを得ない。

その意味で、西洋キリスト教日本キリスト教は違うと言われても、そらそうだろうという感じだった。



おわり。一読目だし、『切支丹屋敷役人日記』がいまいち理解できてないしで、間違ってるかも。

日本小説だけあって、論文ネット上にpdfでいくつか転がっているので、読んでみたい。



[追記]

本作にまつわる良いQ&Aがあったので貼っておく。

http://q.hatena.ne.jp/1344564565

2016-12-03

昔の進研ゼミってサブカル色強くなかった?

具体的に知ってるのは84年生まれ向けの中学講座だけだから前後がどうなのか知らないが。でもそもそもCM筋肉少女帯とかエイリアンとかだったんだよなあ。

テキストの他にフルカラーの冊子があって、これの内容が結構サブカル色濃くて毎月楽しみだった。

なんか映画特集では『風と共に去りぬからフェイス/オフ』とか押井守の『アヴァロン』まで新旧作を紹介してたし、名セリフ紹介ではなぜか『ニューヨーク1997』の「俺をスネークと呼べ」が写真付きで載ってた。

ロボットアニメ特集ではエヴァを軸に簡単系譜と当時の人気アニメについて書かれてて『アキハバラ電脳組』を知ったし、人気OVAランキングとかもワクワクしたなあ。

マンガ特集ではさらに小冊子が付録でついてきたし、新作フィギュア紹介とか財力的にどう考えても中学生きじゃない特集もあった。

性に関する特集もあって、それぞれのオナニーの仕方が投稿されていたと思う。勃起の抑え方で「母親の顔を思い出す」という読者投稿顔写真付きで紹介していたことも強烈に覚えている。

こんな感じで中学生向けにしては不思議な濃さで、学習教材よりもサブカル方面教育の方が身についてしまったが、なんだかんだで金もない当時としては簡単情報収集ができたしいろんな面白いものを教えてもらってありがたかった。

今でも進研ゼミまどマギとかダークナイトとかシンゴジラとか君の名は。特集してるんだろうか。してて欲しいなあ。

comicoリニューアルの身内向け説明感が半端ない

comicoという無料漫画サイトがリニューアルされ、専用アプリを使ってレンタル券とかを使用しないと最新の漫画を見れなくなった。

何がすごいってリニューアルを告知するページで専用アプリ必要なことが明示的に書かれてなく、

専用アプリを入れてあることが暗黙の前提で、

「こういう方法で見れば、今までと同じように無料だよ」

「こういうときお金がかかるよ」とかそういう使い方の説明ばっかりで、

肝心の使えるようになるまでの説明が見られないこと。

テキスト検索しようにも、説明文が画像ファイルという意味不明仕様

専用アプリって何があるかっていうと、スマホ向けの2種類だけ。

Windows用など当然用意されていない。

PCからアクセスしてる自分は完全に蚊帳の外

いくつか続きが気になる作品はあったけど、もういいやって感じだ。

http://anond.hatelabo.jp/20161203060631

SEOが悪いという事にして、例えば全部画像埋め込みの文字のページばかりになったら誰にも利益がないし、それこそOCR方面技術持った検索エンジンしか生き残らない訳で。

これって結局Googleくらいしか生き残らないよ。

そもそもSEOって「機械画像文字わかんねえから、まともにテキストとして準備しろよ。それは人間にも分かりやすいからな。」って話だよ。

2016-12-02

http://anond.hatelabo.jp/20161202113815

NHKテキストはどうだろう。

写真だけだとわかりにくいこともある(包丁さばきとか)からテレビで観られるし。

旬の食材を使ってくれるし。

Amazonボーカロイドを作ってくれないか

http://chezou.hatenablog.com/entry/amazon-polly-with-ruby

amazonテキスト読み上げサービスがすげえわ。

このクオリティーでアニメ声で歌うの作って欲しい。

2016-12-01

Amazonネイティブレベルテキスト読み上げするサービス

http://gigazine.net/news/20161201-amazon-polly/

日本語にも対応してるらしい。

どの程度のものか、だれかYoutubeあたりにうpしてくれんかな。

自分で試してみようとおもったけどクレカ登録必要で、無職の俺には無理だったわ。

2016-11-30

http://anond.hatelabo.jp/20161130161059

そんなに大きくは外れてないのでは? と思う。

https://ja.wikipedia.org/wiki/NAVER%E3%81%BE%E3%81%A8%E3%82%81#.E6.B2.BF.E9.9D.A9

沿革[編集]

2009年7月 - 「NAVERまとめサービス開始

2010年

10月 - まとめ作成管理画面のリニューアル。月間ページビュー数約1億2,000万、ユニークユーザー数は約943万人と発表[2]

11月 - 「まとめインセンティブプログラム」の提供開始

2011年

3月 - 全面リニューアルを行い、1まとめ内にリンク画像動画引用ツイートテキスト見出し等 様々な要素を追加可能

4月 - 「NAVERまとめ」閲覧用iPhoneアプリNAVERまとめビューワ」公開(現「NAVERまとめリーダー」)

7月 - 「NAVERまとめビューワ」Android版を公開。「トピック機能」を追加

11月 - 「グループまとめ」機能の追加を発表

2012年

3月 - 優良なまとめ作成者支援する「まとめ奨励制度」を新設

5月 - 企業向けに「公式まとめ」を提供開始、「お気に入り機能の追加を発表

6月 - デザイン一新、14カテゴリで多チャンネル

9月 - gettyimagesなど5社と提携し、公式画像サービスを開始、あわせて位置情報追加機能を発表

10月 - 月間総アクセス数約8億1,700万ページビュー(前年同期比479%増)、訪問者数は3,300万人(前年同期比272%増)と発表

12月 - 「まとめインセンティブプログラム」を全面刷新すると発表。まとめ奨励制度」の改変を行う。2013年1月1日より実施[3]

2013年

3月 - 企業向けに「ジャック広告提供開始

スパムまがいの魂こもったテキスト」そんなの見たことないんだけど?

ねえ?

きちんとタイトル入力した駄文よりスパムまがいの魂こもったテキストのほうが読みたいぞ

2016-11-27

はてな匿名ダイアリーの書き方 


今まで使ったことがなく、Googleで「はてな匿名ダイアリー 使い方」で検索してもわかりやすい手順がすぐに出なかったので書いておく。



はてな匿名ダイアリー」は「Hatelabo」のサービスなので「Hatelabo」にアクセスする。

⇒通常の「Hatena」のフッター部分にリンクあり

http://hatelabo.jp/



ページ右上のログインクリックして通常のはてなアカウントログインする。

表示されたトップページ

プロジェクト一覧」の下のほうに「はてな匿名ダイアリー」のタイトルリンク)があるのクリック する




表示されたページ上部の青いバー内にある「日記を書く」をクリックして日記を書く

ページ下の「確認ボタンクリックすると表示状態確認できる。

「この内容を登録する」ボタンを押すと公開される。




自分も使い方を知らなかった。

※どっかに書いてあったら(ありそうだが)すまん

※これが初めての匿名ダイアリー投稿

しか編集画面テキストサイズがちいさいね

※enjoy!

本が、文章が読めなくなった

長い文章が読めなくなった。識字障害ではなく、テクストに集中できなくなった。読みたい小説漫画も買っているけど、冒頭の数行以上読み進めることができない。こんなに読みたいものもあって読んで考えたいこともたくさんあるのに何一つできない、本当につらい。どうしていいかからない。医者はとりあえず睡眠をよくする薬を処方してくれたが、本は読めるようにはならない。睡眠は少し長くなった。

twitter漫画はだいぶマシに感じるけど語を鳥羽市飛ばししか見ていないから。漫画も絵だけ見ようとしても話を追おうとすると2ページも読み続けるのは無理みたいだ。

仕事で短いけど文章らしきものを書くことがあるけど、書いたテキストをちゃんと読み返せないから誤字とか説明矛盾みたいのが頻発している。

本の世界楽しい面白い社会には向いていないか社会ではうまく生きられないけど、本があるから新しい本が出るから生きようと思えるのになんでどうしたらいいんだ、本を手に取ってめくって閉じて置いてまた取って見て置いてと繰り返していたら涙が止まらくなった。頭の中で何が起こってるのか誰か助けて

2016-11-24

ああああああああああああ~~!!

なんか小中学生くらいの頃に国語テキストかなんかで読んで、なぜかずっと記憶に残ってたシーンがあって

舞台キリシタン弾圧の頃で大名だかなんだかが宣教師に対してお前らの言う神は日本人の中に入る内に独自のものに変わってしまったみたいにいうのが印象に残ってたんだけど

それって遠藤周作沈黙ってタイトル小説だったのか!なんか長年の疑問が解けてスッキリしたー。ありがとうGIGAZINE

2016-11-23

自己投影女子に告ぐ

   11/24 長すぎて入らなかった部分を別記事で追記


腐女子こそ夢小説を書くべき論」が話題になって「よくぞ言ってくれた」と喜んでいる人と記事自体に怒っている人がいた。


記事自体に怒っている人、とりわけ「腐女子こそ夢小説を書くべき論」を読んで欲しい層として想定された(と思われる)「腐女子」以外の人について考えてみた。

腐女子こそ夢小説を書くべき論 - 模索中



腐女子以外で、この記事に対して怒っている人たちに、自分たちを「自己投影勢」と自称している人たちがいる。


自己投影勢」とは?

夢小説を愛好する方の中で、主にガチ恋勢などと言われる人たちのことだ。

彼女らは、夢小説に出て来る名前変換が可能な「主人公」に自分だと思いながら、夢小説を読む。


私は怒っているので、キツイ言い回しになっているかもしれない。


この記事を書いている私は、彼女ら「自己投影勢」の「腐女子こそ夢小説を書くべき論」に対する反応に怒っている。


私が怒っている対象は「自己投影勢の肩身が狭くなるから、こういった記事を書いて腐女子が書く夢小説を増やしてほしくない」と言っている人たちだ。

自己投影全般に怒っているわけでもないし、嗜好について私の理解が及ばないと思っていても馬鹿にもしていないし、気持ち悪いとも思っていない。

彼女らに私の嗜好を貶され、排除しようとされない限りは、はっきり言って、彼女らがどう思っているかは興味がない。


嗜好を名指しして「布教をするな」と言われたのでなければ、この記事を書くことはなかった。




上記の自己投影勢の説明ではあまりにいい加減なので、ある程度、前提条件を絞りたいと思う。そのために私の自己投影名前変換に対する考えを記述する。


私と同じ考えだと自信のある方は飛ばしていいと思う。

目印として本題に入る部分に矢印をいっぱい付けておくのでそこまでスクロールして欲しい。




私のスタンスとしては、他人が書いた小説主人公自分だと思いこむことは特殊技能であると思っている。




これは、キャラ恋人自分だと妄想することとは別の話であることを留意してもらいたい。

誰かの恋人になった自分空想すること自体は、誰もが抱くことのある欲求ひとつであると私は思う。空想し、それを作品アウトプットすることもまた、ありふれた行動であると思う。

しかし、小説という作品媒体になったものを読むとき登場人物が「自分だ」とはっきり信じることのできる人は多くないだろう。

これは感情移入とは異なるものだと私は思う。

映画や本を読むときに、話者となる登場人物感情移入してストーリーを疑似体験する。これは基本的エンターテイメントだと思う。

感情移入する登場人物主人公に限らない。幼少の頃に見ていた映画大人になって見ると、幼少の頃に思い入れ登場人物とは別の人物気持ちになって泣いてしまった、ということはよく耳にする話だ。

さて。このとき観客あるいは読者は、登場人物登場人物であって、自分とは別の個体であることを認識している。境遇自分に重ねることはあっても、自分ではないと分かっているはずだ。


ここでいう感情移入共感意味だと思う。

腕にひどい怪我をした人物を見て、自分の腕が痛い気がして顔をしかめる。怪我一つない自分の腕を押さえる。これが共感だ。多かれ少なかれ、誰しもが持っている感覚だといえる。

共感」は人間社会生活を円滑にする上で欠かせないものだ。一説では、サイコパス共感的な感覚先天的に欠いているのだという。共感が出来ないからと言ってその人がサイコパスであるとは限らないことに気をつけたい。


この共感が強すぎることで、映画テレビを見るのが苦痛だという話が、しばらく前に話題になったと思うので、「共感」というものがピンとこない方はそっちを覗いてみるのがいいかもしれない。

"恥をかくシーン"が苦手な人たち

話は戻って、名前変換によって、いくら登場人物自分名前を冠しているからといって、主人公自分だと思い込む、ということは「共感」ではなく「同一化」に当たるのではないだろうか。

サイコパスの話を持ち出してしまったが、専門用語としての話ではないのでその点はご理解いただきたい。


自己投影と称している人の中で完全な「同一化」ができる人はそう多くないのではないだろうか。多くの人が、夢小説の中で恋愛をしているのは小説の中の「わたし」であって、今この世界にいる「わたし」でないものだと折り合いをつける。

自己投影ってなんだっけ - めもかん。

この記事を書いた方も、おそらくそうだろう。


2は、1よりちょっとだけ現実の私と切り離されている。 なんというか、原作世界二次創作世界パラレルワールドだと認識しているのはこの層が多いんじゃないかなあ。 その世界の「私」となって、キャラと接するのがこれに当たる。

「同一化」と書いたものをこの方のいう1とするならば、2は「折り合いをつけている」人たちのことだろう。3の話はここではしない。


この折り合いが付けられた状態は、映画を見て登場人物共感して涙することと差がないように私は思う。




余談 コンピュータ名前変換 ゲーム夢小説

夢小説は、コンピュータインターネット回線の普及によってもたらされたジャンルであると思う。

それまでは小説といえば紙の書籍主体で、印刷物として市販されている小説主人公たちの名前は変えることができなかった。

それが、コンピュータの普及によってテキストの一部を自分名前に変えることができるようになった。これを女性向けとして利用した人が現れる。これが夢小説のはじまりだと思う。

夢小説の出現よりもひと足早く、ゲームでも主人公名前自分名前に変えることができることが「普通」になっていった。その片手で、インターネット上に公開された名前変換可能テキスト群が夢小説と呼ばれることになった。

一見違うもののように見えるが、双方デジタル化によって生まれユーザビリティの結果であり、本質的には同じものであると思う。

そこで、ゲームをしているユーザー自分名前のついた主人公を「自分だ」と思い込むことができるだろうか?

これは、できる人もいる、が正解だと思う。自分選択によって動きを変える主人公が、自分であると思う人もいれば、画面の中で動く人型のイラストを、自分が操っている操り人形だと思う人もいるだろう。

後者については、海外に多い「プレイヤー視点が画面になるタイプゲーム」のユーザー間では減少する可能性がある。ゲーム内のアバターアバターだと認識することは、ゲームプレイヤー自身アバター俯瞰する形になる、多くの日本産ゲーム特有感覚かもしれない。長くなりそうなので、ゲームでの視点の話はこの程度にしたい。

余談の余談

余談の最後に、私が思うゲーム夢小説の違いをまとめて、話を「自己投影」についてに戻していこう。

ゲームには操作性の問題がある。主人公の行動を自分で操る事ができる。この点が、ただ与えられたテキストを読むだけの「夢小説」とは大きく異なる点だろう。

夢小説の中に出てくる登場人物の行動を、読者は変えることができない。

夢小説の中に出てくる登場人物セリフを、読者は変えることが出来ない。

繰り返しになるが、自分意思とは違う行動を取り、違うセリフを喋る主人公に「共感」するのではなく、「自分だ」と思い込む、「同一化」する事ができるということを、私は特殊技能であると思う。

私の一歩先を行っているのかもしれない、とも思う。




同担拒否」を自称する方たちに対して、いくつかの疑問がある。

まず、私が思うのは彼女らは何を読んでいるのだろう?ということだ。

人が書いた小説を読めば、必ず違和感が生じるだろう。お母さんが枕元で、主人公名前子供名前に置き換えて読んでくれることとはわけが違う。クラスメイト貴方主人公小説を書いてもらい、プレゼントしてもらうのとも違う。

ただ、スクリプトを使って文字列自分名前に置き換えているだけだ。

好きな食べ物も、癖も、言い回しも、得意な教科もすべて変換するわけにはいかない。そんなに違う「わたし」とどのようにして「同一化」するのだろうか。

そして、彼女らは自分で書いた小説を公開するのだろうか?

自分恋人の話を綴った物語を公開して、自分と同じように彼を恋人だと思いこんでいる人が読んで、自分体験他人のものにされることが不愉快ではないのだろうか?

このあたりの感情の処理が、私には理解しがたい。


↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑


本題にうつる前に周りくどく鬱陶しい話をしたのは、前提条件をはっきりさせておきたから、と断っておく。

本題はその「自己投影勢」がなぜ「腐女子こそ夢小説を書くべき論」に怒っているか

なぜ、私が「自己投影勢」が怒っていることに対して怒っているか

という話だ。

私がTwitter観測した限り、怒っている理由には大きく分けて2つあったように思う。私が見かけた2つの理由について話をしたい。



怒っている理由その1

自己投影勢」が馬鹿にされたと感じたか

だそうだ。



これは見当違いな怒りであると私は思う。「腐女子こそ夢小説を書くべき論」の中で、たしか

夢小説ってキャラ×自分なんでしょう」「わたし夢小説自己投影しないし」

など書かれている部分はある。

しかし、これは、この記事を書かれた方の意見ではないのだ。少なくとも私にはそう読める。

私が読むところによると、これは、世間から夢小説」に対して向けられている一般的感想だ。

偏見としてあげられる言葉を持ち出すことすら許さないならば、許さない人が偏見を持っている人にやめてくださいと訴えるべきだ。怒りを持っていく場所が違う。

誰が発言するかによって怒りが違うならば、それは貴方の心にある差別が原因だろう。胸に手を当てて心当たりを探ることをおすすめする。


そういうのもあるけどそれだけじゃないよ!


としているが、自己投影的な考え方を否定しているわけではない。むしろ、全体を通して自己投影は誰もが持ち得るものだと書いているように私には読める。

そもそも、「それだけじゃないよ!」は嫌っている人に嫌いなものをそのまま食わせる馬鹿はいないので「夢小説あなたが嫌いだと思っているものよりもずっと多様なものですよ」と話しかける言葉だ。自己投影を貶めることは書いていない。


行間から書いていない言葉を読み取るのはやめたほうがいいと、老婆心ながら言わせていただこう。

そのうち行間から呪詛を感じ取ってこの記事のせいで呪われたなんていい出しそうだ。

ちなみに今わたし貴方呪詛をかけている。嘘だけど。



怒っている理由その2

夢小説から自己投影勢が追い出される、

というものだ。




はっきり言おう。私にはこの感覚がまったく理解できなかった。そして、これを理解したことによって怒っている。

夢小説のはじまりは、自己投影にある、と言っている人がいた。これは当初のことがわからないので、間違っているかあっているか問題にしない。

私がこれに対していうことがあるとすれば「だから何?」だ。

から? 幼稚園児が遊び場の権利を「すべり台わたしが先に使っていたのでわたしのものです」と主張するくらいにどうでもいい。

余談としてゲーム夢小説の部分で触れたが、主人公名前を変えるという考え方自体は珍しくない。それを二次創作に使うことは、誰にでも思いつく可能性があったことだと私は思う。

夢小説流行り始めた当初、このスクリプト自分で書くことのできる人は少なく、多くの人が他人からこれを借りた。

その借りた先の人が「夢小説」あるいは「ドリーム小説」と読んでいたのなら、これは自己投影云々についていた名前ではなく、名前変換というシステム自体につけられた名前であると私は思う。

異論はもちろんあると思うが、自己投影がたしか原初であったとしても「だから何?」と私は返すだろう。


夢小説ルーツでの幼稚なマウント以外に、私は「追い出される」という感覚理解できなかった。なぜなら、10年以上も前から自己投影勢もあったし、オリキャラ勢もあった。共存していたのだ。

古の超大手夢小説検索サイト「ワンドリサァチ」さんのキャッシュからも、当時から細かく別れていた傾向のチェックボックスを見るとわかるのではないかと思う。

ちなみにワンドリサァチさんがページ消失したのはかなり昔のことだ。ワンドリサァチさんの消失夢小説界隈を、まるで神に言語を乱され方方に散ったバベルの塔逸話のように、引き裂いた。


夢小説史はさておき。なぜ突然、オリキャラ勢が押し寄せてきて……なんていいはじめたのか。

しかに数年前から「夢主はオリキャラです」と発言やすくなったことは感じているが、これはオリキャラ夢主で夢小説を書く人たちが、仲間を募り、自身創作を楽しんだ結果であると思う。彼らは自分たちで、自分たちの楽しむ場を作った。これに嫉妬しているとしたら、理解に苦しむところだけれど、同担拒否です!この小説は私じゃないので読めません!なんて言って、他人牽制しまくっている人がいるのなら、仲間が増えないのは当然だろうと思ったのでこの点は言及するのはやめておこうと思う。


私にとっては、自分の好みではない作品が増えたところで、自分の好きなもの絶対数が変化しなければ、どうでもいいことだったのだが、彼女らにとってはそうではなかったらしい。


問題になった「腐女子こそ夢小説を書くべき論」では、腐女子BL主題として扱った夢小説を書くことを勧めている。

このことに対してアレルギーを起こしたように反応している人たちがいた。


腐向け」という言葉が目に入るだけで、不愉快なのだそうだ。

そもそも、オリキャラ夢主と自分の推しが恋愛しているという情報自体が気に入らないのだそうだ。



腐女子が参入することによって、腐向けでもあり夢小説でもあるものや、彼女らにとって不快ものが増えることによって、住処を追われるのだそうだ。



先述の通り、昔からオリキャラ主人公とする夢小説存在していた。

夢小説を愛好する人の中には「腐向け」を嫌う人は多い。しかし、夢小説の中には「腐向け」の夢小説BLDと呼ばれるものもある。BL夢小説彼女らが何を思うことにも関係なく、すでに存在する。


はっきりいいたい。「何様のつもりだ」


インターネット上は公共の場所だ。不愉快ものを見ることもあるだろう。しかしながら、貴方にとって不愉快ものは、誰かにとっての大切なものだ。それを見て貴方が気分を悪くするだけならいい。

気分が悪くなるから、遠慮しろ、肩身を狭くしていろ、というのは傲慢がすぎるのではないか


腐女子も好きなジャンルで、自分が好きなカップリングとは受け攻めが逆のカップリングが増えてしまうこともあるだろう。逆CPは見るだけでイヤだという人も多いだろう。しかし、だからといって自分の気に入らないCPをの悪口を言ったり、そのCPが増えてほしいという人に、私の地雷から布教活動をしないで下さい、と訴えることを考えて欲しい。


私なら人混みで鳩尾に肘を入れるし、靴を踏む。(暴力はよろしくないと思うがそれくらい腹立たしい)


貴方自身の当然の権利と思って言っているそれは、これと同じことだ。恥を知るがいい。




マナーやら何やらで加工して訴えようと、本質は変化しない。貴方自分不愉快からと、他人活動制限しようとしているのだ。いかなる理由をつけようと「布教活動するな」と訴える行為正当化されないことを覚えておくべきだ。




腐女子の人が「自分の好きなものではないので書かない」ということとは、わけが違う。

自分の好きでないものに増えてほしくない、という権利貴方にはない。



そして、自分の好きなものが数で負けるなら、その分は貴方がかけばいい。貴方布教して増やせばいい。貴方夢小説を読んで楽しいと思った人が、同じような小説を書くように努力すればいい。

他人の足を引っ張るだけの行為生産性がない。



あと、検索で引っかかって云々とか言うな軟弱者。心を鍛えろ。

自分の行動の責任自分で背負え。

蝗に怯えて耕作を怠るな。実りのない田畑では人も増えない。


心優しい私は、対処法をあなたに教えてあげようと思う。心して聞くがいい。

Web ブラウザ上の文字列検索して非表示にするNGワード導入しろ。それくらい自分で調べろ。


最後に、そんな発言をしている人が存在するのか疑問に思う人もいるだろう。それでもツイート引用することは控えたことの意思は汲んでいただけたらと思う。

この長ったらしい文章攻撃目的ではない。軽はずみな発言をした人に自分発言を省みてもらうことが私の望みだ。

http://anond.hatelabo.jp/20161120195133

ひとつ前のは俺(元増田)ではないよ。

知人にワイン勉強したいって言いながら、あまり勉強量に挫折したバー経営者がいてね。

まあたしかソムリエ取るのは難しいからしゃあないが、

からと言って「ワイン知識じゃねえ、旨いもんが旨い」と開き直った姿見て情けないなあと。

間違ってはないが、提供する側がそれ言っちゃいかんなと。

勉強するにあたり使ってたテキストやら貸したり勉強法教えたりしたんだが、残念の一言に尽きる。

2016-11-20

http://anond.hatelabo.jp/20161120210329

RPGツクールエロゲやる時に活用してるよ。

・・・真面目な話仕事では使わない。

teratermっていうソフトLinux上のテキストvimってやつで編集するとき、矢印キーを使うと予想外の文字が入ったりして面倒なのでHJKLを移動に使用してる。

2016-11-18

雨宮まみさんが亡くなった。

直接面識のある人ではなかったし、熱心なファンというわけでもなかった。でもwebで読むエッセイ人生相談記事はいつも、心に染み渡るような優しさと、孤独を恐れず生きていく勇気を与えてくれた。FaceBookでは雨宮さんが「友だちの友だち」の位置にいたし、知人が仕事関係者だったりもして、親近感は感じていた。もしどこかで会う機会があれば「あなたの書くテキストはどれも本当に素敵で、いつも救われていますありがとう」と伝えたかった。だから自分もびっくりするくらい雨宮さんの訃報に打ちのめされた。昨日はずっと気を抜くとそのことを考えてしまっていたし、今朝起きても真っ先に雨宮さんがいないことを思い出してしまった。


雨宮さんは40歳、私よりひとつ年下だけど、気分としては「人生の先輩」あるいは「姐御」であった。東京女性ひとりが生きる時に感じる生きづらさを優しく芯の通った文章で細やかに表現してくれた。モヤモヤと捉えどころのない不安孤独言葉にしてくれることは、それで全てが解決するわけではないにせよ、現状を把握するヒントになり、気持ちを整理することに繋がったのだ。あんなふうに強くしなやかに生きていけたら、そんなふうに思える憧れの先輩だったのだ。私は、私たちは、雨宮さんの背中についていけば良かった。時々衝動的に死にたくなる夜のことを書いた記事も、うんうんわかる、と思ったし、でも生きていかなきゃね、と思っていた。


死因の詳しいことは明かされていないが、事故だ、と出版社の発表にあった。事故なのだろう。もし衝動的に足を踏み外したとしても、衝動的に薬を飲みすぎたとしても、衝動的に手すりに手をかけたとしても、それは事故だ。あるいはご本人の意図しない事故しか言えない何かだったのかもしれない。事故、という言葉以上に、私たちが知り得ることはない。


だけど、雨宮まみさん、事故にせよ、あなたが死んではだめじゃないか

私たちに生き抜く勇気をくれたあなたが、私たちを何度も救ってくれたあなたが、死んでしまってどうするんだ。

あなた背中についていけば生きていける、とどこかで思っていたのに、目の前から急にあなたが消えてしまったら、私たちはこれからどこへ進んでいけばいいのだろう。これから50歳、60歳と年を重ねて感じるモヤモヤ不安孤独も、あなたがすべてもらさずカタチにしてくれて、私たちは「そういうことか」と納得して前に進んでいけるのかと思っていたのに。


雨宮まみさんと共著もあったおかざき真里さんの漫画「サプリ」に、主人公の同僚女性が突然自殺してしまエピソードがある。広告代理店バリバリと働く女性がぷつりと糸が切れたように亡くなってしまう展開だ。漫画では「失恋」というわかりやす理由があったが、今読むと過労死した電通女性の姿も重なってくる。いずれにせよ失恋きっかけにすぎなくて、社会仕事やいろんなものに削られて磨り減っていった末の「事故」だったのだろう。主人公やその同僚たちも自分の足元が危ういことに気づかされ、生きるためにそれぞれが「確かなもの」を得ようと舵を切り、大きな決断をしていく。死がさほど遠くない場所にあることを誰もが自覚しているのだ。


無性に人生を終わりにしてしまいたくなる夜、今までは心のどこかで雨宮まみさんのことを思っていた。「雨宮さんも頑張っているのだ。私ももう少しがんばってみよう。」はっきりと言葉でそう思ってるわけではないけれど、多分ぼんやりとそんなことを思っていた。だけどそれは終わりにしなければならない。

昨日、「雨宮さんはもういない」「ならば私も」そんなふうに思ってしまいそうな自分がいた。

私は、「サプリ」主人公たちがしたように、亡くなった彼女自分の間に線を引かなければならない。雨宮さんが今は安らかに穏やかな気持で眠っていることを祈りながらも、「先輩」「姐御」であった彼女背中を追うことをきっぱりとやめなければならないのだ。

2016-11-17

ネイティブ広告」が誘導するコンテンツは2種類に分類できる。一つは媒体社が制作する「スポンサーコンテンツ」、もう一つは広告主が制作する「ブランドコンテンツ(ブランデッドコンテンツ)」である

(1)「スポンサーコンテンツ」は、媒体社側の制作チームが広告企業提供を受けて作ったコンテンツである。これは媒体社のサイト(メディア)の中に設置される。従来の「記事広告タイアップ広告」は、企業広告をしたい商品サービスについて詳しく説明するという話法で構成されていた。これに対し、「スポンサーコンテンツ」はよりコンテンツとしての「読み物」的な要素が強い。というのも、媒体社は読者のことを考えて広告制作するからだ。一方、(2)「ブランドコンテンツ」とは、広告企業が自ら制作しているコンテンツを指す。例としては、企業ブログ記事ソーシャルメディア公式アカウント投稿される記事写真動画、そして動画共有サイト公式チャンネルにアップされる動画などが挙げられる。一般的に「ブランドコンテンツ」の掲出先は、自社のオウンドメディアや各種ソーシャルメディア公式アカウント動画共有プラットフォーム公式チャンネルなどであるが、こうした「ブランドコンテンツ」を見てもらうないしは読んでもらうためには、広告主はSEOや(ユーザー自発的な)ソーシャルメディア上での共有に頼らなければならなかった。しかしながらこれらは受け身的であり、その効果ユーザーの手に委ねられる部分も多いため、広告主として積極的にかつ充分な人数をコンテンツへと誘導することは難しい。広告主が「ブランドコンテンツ」に誘導したいのは、自社の見込み客であり、かつコンテンツを読む(見る)モードに入っている人々である。このことが、日々オーディエンスを集め、維持している媒体に対して、広告主が「ブランドコンテンツ」への集客を見込んで「ネイティブ広告」を出稿する要因となっている。つまり、質の高いオーディエンスを求めて広告主は「ネイティブ広告」を使うのである媒体から見れば、こうした取引モデルは自社の媒体価値を正当に販売することにつながる。例えば次のように考えるとより理解が進みやすいかもしれない。媒体社は広告主に対し、自社の媒体で「見出しを掲出する権利」を提供し、その見出しブランドコンテンツリンクされているのだ。とりわけ、コンテンツマーケティングオウンドメディアマーケティングという言葉の普及とともに、企業ネット上で公開している「ブランドコンテンツ」を増やしていることは、媒体社側にとって追い風だろう。

以下に、ネイティブ広告取引における「スポンサーコンテンツ」と「ブランドコンテンツ」の違いを図示してみた。

媒体編集記事やそれに準ずるものを「見出し」のリストという形式サイト内に表示している。各「見出し」はサムネイル画像テキストの組み合わせとして提供され、ユーザーはその中から読みたい記事を選んで、クリックして飛び、読む。「ネイティブ広告」は「スポンサーコンテンツ」や「ブランドコンテンツ」といったものへの有償の「見出し」として、編集記事の「見出し」と同様に機能するものと期待される。ここまでで述べたことはネイティブ広告理解する上で重要なことがらであるので改めて整理すると、「ネイティブ広告」とは「コンテンツ」へ誘導する「サイトデザインにあった広告枠」のことであり、その「コンテンツ」には企業自身制作管理する「ブランドコンテンツ」と、媒体社が広告企業に代わり制作管理する「スポンサーコンテンツ」とがある。

この段落前後の文は難しいので今日はここまで。

2016-11-11

アイドルマスターミリオンライブ天空橋朋花について

まずは朋花、誕生日おめでとう。これからも一緒にがんばっていこうな。

という訳で、天空橋朋花さんの誕生日を記念して、僕の中の「天空橋朋花観」について、長々と意味もなく綴っていこうと思います

はてなで、というかツイッター以外でネット文章を書くのが初めてなので、読みづらいとかそういうのは勘弁してください。

まず軽く自分語りします(興味の無い方や急いでる方は飛ばしてもらって大丈夫だと思います)。

この文章を書くに至った経緯です。僕はリアルネットどちらにおいてもあまり知り合いが多いほうではないです。その中でアイドルマスターに関心があり、更に「〇〇観」みたいなこじらせた、深い話をできる相手って本当にわずかなんです。ていうか多分1人か2人しかいない。

なので、公式に与えられたテキスト自分解釈だけでアイドルの像を創ってきたんですが、最近それが怖くなってきたんです。

佐久間まゆさん担当プロデュンヌさんの話とかあったじゃないですか。あれ、このまま突き進んでいったら僕にも起きうるな、と思って、ならいっそ匿名で思いの限りを書き殴って、ガッツリ批判でもしてもらって、ガス抜きでもしようと思った訳です。

なのでこの文章を読んだ方、是非URLつきツイートをしてほしいです。読みづらいとか長いとか気持ち悪いとか全然天空橋朋花をわかってないとか、批判的な内容で全然構わないので。とにかくこの文章存在意義は、多くの人の目に止まってもらい、感想をもらって、ある種の答え合わせをすることなのです。

ここから本文です。まぁまぁ長くなると思います

初めにちょっと天海春香の話をします。かなり前の話になりますが、「天海春香神格化された」って話を聞きました。多分ムビマスの「私は、天海春香から。」ってセリフで、天海春香アイドルマスター象徴として一つ上に登って、そこに初期の等身大女の子はもういない、みたいな話だったと思います。僕はアニマスからのPなのであんまりそこらへん詳しくないんですが。これ、ちょっと朋花の聖母としての在り方に似てるなと思いました。天海春香はどちらかと言えば作品世界外の話、朋花は作品世界内の話なのでそこはちょっと違いますけど。

はい、ここから天空橋朋花の話になります

ミリオンライブ世界において、彼女は自らを「聖母」と称しています。迷える子豚ちゃんを導くのが彼女の使命なんだそうです。

初めて彼女出会ったときちょっとした恐怖を感じました。だっての子15歳ですよ?そんな1人の女の子が、自己を完全に殺して、大衆のための存在となる。そんなことができるのか、あっていいのかと思いました。ここらへんはMaria trapをそこそこ聴いてくれれば言ってることがわかると思います

それでしばらくこの子のことを知っていくうちに、今度は疑いのような物が浮かんできました。

「天性のシスター」や「楽しいイルカショー」、「幸せな空の夢」辺りのカードを見ていて、この子は本当はまだ自分を殺せてはいないのではないか必死で「聖母」を演じているが、まだ心の内に15歳のただの女の子天空橋朋花」をもっているんじゃないか、そしてそんな不安定、不確定な状態彼女を、僕が「聖母」として売り出していくのかは本当に正しいことなのか、なんて考えに変わってきたのです。まぁもちろん本人が聖母であることに苦痛を感じているわけではないと思うんですが、それによって失うものを、彼女は諦めきれているのか?って話ですね。

そして今日誕生日セリフが来るわけですよ。彼女彼女誕生日を祝福する子豚ちゃんを前に、「これから聖母として、永遠に君臨し続ける」と宣言したのです。鳥肌が立ちました。

冒頭で触れた「天海春香神格化」は、恐らくはアイドルマスターというコンテンツ肥大化によって、天海春香の考えとは無関係に起きてしまった、あるいは起きるべくして起きた現象なんですが、天空橋朋花は、自らの意思で、自らの選択他人のための自分、「天空橋朋花聖母化」を決めたわけです。これがどれほどの覚悟なのか、僕には正直想像もつかないです。(表現結構アレですがさすがにここまで読んだくれた方の中で「二次元キャラクター意思ってなんだよ」みたいな考えの方はいないと想定してそのままにします。)多分、とっくの昔に覚悟は決まってたんだと思います

朋花がどのような経緯で「聖母」になったのかは分かりません。その起因は、彼女プロデュースする上でそれほど重要ものとは思ってないのであんまり考えてないんですが、きっとその時に彼女死ぬほど悩んで、泣いて、怒って、その上で「聖母」となる覚悟を決めたんだと思います

そんな彼女覚悟を、アイドルとなった彼女しか知らない僕が揺らすのは無粋だと思いました。なので僕はこれからも「聖母天空橋朋花」を僕の全力を持ってプロデュースし、聖母としての彼女の願いを叶えるお手伝いをしようと思います。例え朋花が僕に対して特別な何かを伝えようとしても、僕はそれをはぐらかすか、はっきりと「今は答えることは出来ない。」と拒絶するかのどちらかしかできません。それが今回の誕生日セリフを見て僕が決めた覚悟であり、僕の考える最善のプロデュースなのです。

それでもいつか聖母でいる必要がなくなった時(それがアイドル引退した時か、はたまた世界中の子豚ちゃんが救われ、聖母存在必要なくなった時かわかりませんが)が来たなら、15歳だった天空橋朋花が何を考えていたか聖母になることを決めたとき天空橋朋花がどんな葛藤をしたのか、話を聞いてみたいものですね。その時なら、僕もきっと「天空橋朋花」の言葉に対して、正面に立って答えられると思います

ここまで読んでいただきありがとうございました。プロットなしで迸る衝動だけで書いたので、誤脱とか、叙述ミスとか、読みづらいとか色々あると思います。それでも、今日という祝うべき日に、これまでの自分天空橋朋花観を記録して、他人に見てもらいたいという思いが強くありました。

TA01がゴミとか、まえのりで言ってた子豚ちゃん以下なんて表現は有り得ないとか言いたいことはまぁまぁあるんですが、とりあえずここらで一旦筆を置こうと思います

最後にもう一度だけ、ここまで読んだくれた方、是非URLつきツイートしてください。よければ感想もください。自分無名Pで、拡散力は毛ほどもないんですが、それでもこの文章はできるだけ多くの人に読んでもらい、できれば考えや感想をなんらかの形で頂き、そして願わくばより多くの人に天空橋朋花の魅力を知って頂くために書いたものなので、まずは人の目に触れなければ意味がなくなってしまうのです。

追記

気づいた誤脱修正して内容を若干足しました

追追記

やっと読んで欲しかった方々に読んでいただくことができ、同意だったり批判だったり様々な意見を聞くことが出来ました。ツイッター拡散してくれた方、本当にありがとうございました。この文章がその意義を果たせたのはあなたのおかげです。

そうです、僕は僕が今日まで築いてきた天空橋朋花しか持ち合わせがありません、よければ皆さんの中の天空橋朋花お話も是非聞きたいなぁと思っております、まずはお友達からよろしくお願いします(匿名ブログを使いながら

2016-11-07

FGOのイベントにおけるキャラクターの登場タイミングに関する単なる愚痴

ハロウィンも終わってしばらく経ちましたね。ソシャゲでのイベントだと2-3週間近くやっているので感覚おかしくなっていくような気もしますが。

早速本題に入らせていただきたく存じますタイトルでも書いた通りですが、ゲームアプリFate/GrandOrder内のイベントでの「キャラクターの登場タイミング」の話です。

タイミングといっても実装された時期の話ではありません。基本与太話であるゲームイベントで初登場するとき問題です。雑に言うと「第一印象」の話になるのですが、それについて私の疑問というか、残念に感じるところを話していこうと思います

まず最近あったこととして。私が引っかかりを覚えたのはハロウィンカムバックイベントにおけるトリスタンの扱いです。

プレーしたかたなら記憶に新しいと思うのですが、あのイベントでのトリスタンはギャグに全振りしたような言動をしていました。そのこと自体文句はありません。与太話ですし面白おかしお話なのは承知しています。窓から飛ぶのだって原典から元ネタがあります問題は、この「ギャグ全振りのトリスタン」が「反転していないトリスタン」の第一印象として焼き付く人が多くなることです。

だって反転していないトリスタンの全てを知っているわけではありません。幸運なことに彼はピックアップときに私のところに召喚に応じてくれていたため、他に誰かいない状態での騎士としての彼のことはある程度知っていました。が、それは私が彼を召喚できていなければ知ることのなかった情報です。幕間も未実装なうユーザーから考えても、ハロウィンイベでのトリスタンが最初に目にはいる彼である可能性が高いのです。

厳密にいえば直前のネロ祭再びで6章での罪を懺悔する彼が登場していますが、あのワンシーンだけでは人となりを知るまでには至らないでしょう。竹箒日記の6章zeroを読んだ人の数はどうなのか?目潰しまでした彼を知るユーザーは?

......9割以上モンペになってるのは承知していますしかし、このギャグ全開の彼が標準のように揶揄されるようになるのは悲しく思うのです。感覚だけなら「大手がつけた二次創作の設定が多くの共通認識になる」のに近いと思います

モンペじゃない部分の問題としては、あれほどまでに騎士王のもとにいることに執着したトリスタンとランスロットが、何の説明もなしにクレオパトラに従っていたこともあります(聖杯で呼んだから従うのはわかるのですが!)。王がいないから気楽にしているというのも...わかるのですが... それも相まって、どこまでが素のトリスタンでどこからが信念のもとのトリスタンなのか曖昧になってしまったような気もします。

もう一度断っておきますが、ギャグ全開なことは否定していません。ただ、これが第一印象なのが問題だと主張しているだけです。

次に冬の終わり、春の訪れにあったこととして。贋作イベントにおけるブリュンヒルデキャラクター表現についてです。贋作イベは呼ばれた全員が贋作で、本物ではないと再三説明がありました。それを承知のうえで言わせていただきます。何故ああしたのか。

七人の贋作英霊はみな文字通りのキャラ付けを行われていました。ジャルタちゃんの望みを叶えてあげた優しき呼応者たち。ここまでは全く問題ありません。他の6人はFGO本編での活躍のあった英霊たちです。もとのキャラクターを知ったうえでイベントに臨んだかたちとなります。ですがブリュンヒルデはというと、例の体験クエストのみです。体験クエスト一応シリアスじゃねえかという意見も異議はないですが、あれでブリュンヒルデの何がわかるか?と言われると何もわかりません。これは前述のトリスタンの件と同じです。ですが、彼女場合他にも問題点があります。それはブリュンヒルデという英霊が「神の駒が愛により人間となった」存在であり、かつ座に登録されるにあたり「愛の在り方を変貌させられた」存在として成立しているということです。

ここから無自覚キャラモンペが含まれると思いますがご容赦ください。

贋作英霊たちはそれぞれ乙女ゲームのような設定をわざわざ持って登場しています。それに則るかたちでフランク女友達が出てくるのも理解できますしか彼女は愛の運命翻弄され悲劇を生きた元ワルキューレです。イベント開始時点で蒼銀のフラグメンツシグルドとの馴れ初めの独白が行われています。細かく言いたことはたくさんありますし私が拗らせ全開であるのも自分が一番理解しています。これも与太話だろというのも正論なのですが、英霊成立の特殊性もつブリュンヒルデからこそ、テンプレ変態レズ女役をあてがうのなら気を配ってほしかったというのが本音です。彼女の手にあるのは愛したものを殺す宝具です。愛したシグルドを殺したが故に愛する者を必ず殺すと定義づけられてしまったのが彼女です。そしてその愛は人ならざる彼女が人へと為った、ひとりの女となった原因なのです。贋作イベにおける彼女がそこに関わる役どころであった以上配慮はあってもよかったと思いますし、テンプレ変態レズ状態を「贋作から自由に愛せた」とも言ってほしくなかった。そしてこの"贋作"である状態を多くのユーザー第一印象にしてほしくなかったというのが私の言いたいことです。

贋作イベ自体否定していません。ジャルタちゃんを輝かせるためだけならあの役どころ完璧でしたからね......ブリュンヒルデ自身のことを考えなければ......

すごい私感99%みたいな主観入りまくりの話となってしまいましたが、タイトルに戻り統括すると特殊な状況が多くのユーザー第一印象になることが今後減ってほしいなぁという希望を書いただけのことです。今回喚いたこともいままでの型月作品体験していれば問題ないことが多いと思います。私も月姫以外は全部手元にあるくらい(時期的にはvitaレアルタ発売日から)ではあります。こういうノリだとだいぶ理解しているつもりです。しかし、FGOリリースからはそれまで以上にFateに触れる人も増え、市場強制的に拡がっているように思いますユーザーが増えればネットの海も拡がり、より多様な見解も増えていきます。元々大きかった影響力がより膨大なものになっている以上、そのうち致命的な亀裂がはいるような気がします。実際、これを書いている時点でとある英霊の絆礼装テキストについてで問題が発生しているように見えますユーザー意見は個々あり全てが一致するとは微塵も思っていませんが、誰かが問題に向き合う体勢を馬鹿にして当然のようなことは失礼ながらアホなのではないかなとも感じます。私もここで喚いたことに共感してほしくて書いているのではありません。私個人気持ちを綴ったに過ぎないのです。強制するものではありません。そこを抑えたうえでこれを読了し何か思うところがあれば幸いです。

長々とくどくなってしまったのでおしまい

2016-11-05

http://anond.hatelabo.jp/20161105032504

2016-11-04

http://anond.hatelabo.jp/20161104222854

それやるにしても書式がちょっと複雑だと、ワープロでやるより何倍も作業増えるな。

修正するときも、プレーンテキストにもどして修正して、そこからまたExcelに貼る作業したりするのだろうか。

個人サイト好き

RELOADの部屋

これのゲームレビューのページとか好きな感じ

往年のテキストサイトっぽくて

昔のこういう系のブログがなんで読みやすいんだろうってふと思ってこれ見てて気づいたのは、

アフィが全然ないんだな

別にアフィが悪いっていってるわけじゃないけど、今は記事上下左右目がチカチカするアフィやらブログパーツやらでゴテゴテしててすんごいみづらいんだよな

本来メインコンテンツであるテキストが昔ほど落ち着いて読めなくなってる気がする

2016-11-01

テスト延期の反省文 前編

テストまでに準備が間に合わなくて延期してしまいました。

自分ごめんなさい。反省文を書きます。今後に生かします。

延期と反省に至った理由

失敗原因を探る

何したらいいか解らなかった
からない状態を余裕があると勘違いした
1日前直前になって急にわかりだす
気づいた時、既に時間がなかった
  • 睡眠削ってまではできない。
  • 計画立てておけばよかった…。

気づいたこと。

今日明日で何をすべきか

勉強計画