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はてなキーワード: 絶望とは

2016-12-07

半生、生きる理由強迫性障害うつ病地獄、心の声

誕生

猪突猛進

高校二年生

現代文の授業の何かがきっかけ。物事をいろんな観点で見てみよう。何故そこにタンポポ? 種がとんできて成長したから。あらゆる物事には原因があるんだなぁ。まてよ、何故宇宙存在するんだ? 分からない。きっと人類の誰も分からない。ロマンだなーすごいなー。地球上にはロマンが残ってないかもだけど、他にも目を向ければロマンあるよジャイアン。あれ、自分は何で生きているんだ? 勉強とか大変なのに。楽しみよりも苦しみの方が多いのに。親に聞く。そんなことも分からないのか? 俺たちはこんな人間をつくっちまったのか。図書館行って調べてこい。分かるまで帰ってくるな。俺はダメ人間だったのか。図書館行って調べる。他の人が喜ぶことをすることで自分も嬉しい。他の人のために生きる、それが理由。報告。

数日後

取って付けた理由霧散していた

憂鬱

FF9を久々にプレイ

生きる理由を見つけることが、今の生きる理由でいいのか、なるほど

生きていればそのうち見つかるだろう

大学

友人なかなかできず。でも少ないながら良き友人できた

研究室配属

大学院

一人暮らし開始。素晴らしい解放感。研究室のみんな楽しい

でもいまだに生きる理由見つからない

楽しいこともあれど、ダメ人間にはなりたくないという斥力と惰性で生きてきている

就職

何か問題が起きた時は、その原因を特定し、それを排除すれば問題解決する、ということをようやく会得。

他の人のキーボードタイプ音が異常に気になりはじめる。超しんどい

タイプ問題なかなか解決できない

生きる理由最後希望、振られる

下降

しんどい発狂しそう

強迫性障害 判明。しんどい事や違和感を感じた時に、自分は人と違うんじゃないか そのせいではないか、と思いはするが気のせいだろうと無視してきた。しかし今、自分はいくらか人と違うことが判明してしまった。かなり損をしてきたのだ。そして治らなければ今後もまた同様に辛いことが。

下降

強迫性障害 軽減の試み 奏功せず

下降

難しい仕事、そして割に合わないほどのクオリティを求めてしま

下降

睡眠障害 アトピー 鬱病 休職

下降

鬱病を治すために、薬飲んだり適宜運動、が、不適切なほど運動。超悪化

下降

生きることは苦痛のもの幸せになっていく友人のことを素直に喜べなくなる日がいつか来る。生きても苦しみが増えるのみ。絶望自殺以外に救いは無い。ただ自殺すると、親が発狂してしまうのではなかろうか。自殺するのも容易でない。

下降

さら悪化自殺するにもいくばくかの気力、体力が必要だが、それすら無くなった。地獄とは死後にあるのではなく、現世にあり、そして今まさに地獄にいる

地獄

時間経過

少し良くなる。自分未来なんてもはやどうでもいい。地獄だけは勘弁。無理せずに歩き続ける。楽しいこと見つけよう。FGOおもしろす。

山あり谷あり

復職訓練

山あり谷あり

ゴーストのささやき、自分の心の声が存在することを明瞭に知覚できるようになる

声に従って行動すると、心のエンジンがかかる。シティハンターのあれはこういうことだったのか。

生きる理由は無いけど、自分本能が後押ししてくれる

声の導くままに。

2016-12-06

友達恋人が欲しいが、貯金が無いため躊躇している

詰んだ感ある。

金も無い、未来が無い

自殺率の高いのはおっさん世代であるということを実感している。

絶望感ある。

昔、バケツ稲とオクラを育てていたことがある

小学校の頃だ

授業の一環か何かだったと思う



その頃から、やはり何もやる気が起きず

水なんか上げなかった

しかしたら、クラスの真面目で几帳面強迫観念に煽られた同級生が、夏休みにせっせと他の子の分も水を上げていたのかもしれないが



ぼくの育てていたオクラは、クラスで一番大きくなった

それを褒めてくれる人も居るけれど、ぼくにはいまいちピンとこなかった

ぼくは、本当に何もしていなかったんだから

後ろめたい



バケツで育てた稲は、バケツの底の底まで水を求めて、土の殆どを根に変えてしまった

びっしりと絡みつく根を見て、心底気持ち悪いと思った

それを自宅に持ち帰れと言われ、10kgもあるバケツごと、炎天下、夏の盛りに持ち帰った覚えがある

いまのぼくなら、「水を求めて、生き汚くその手を伸ばして地下に潜る植物の浅ましさよ」とでも言うのだろうか




人は、独りにならなきゃいけない時がある

殺す勢いで降り注いでくる日差しに、何もかもを焦がして台無しにしてしまうような熱に

望んでも望んでも癒やしなど与えられず、潤わない、満ちない乾きに

いつまで待っても誰も来ない、昼も夜も夕方も、圧倒的な孤独、声も出せず出す方法もなく、救いなどないのに地下に潜っていく絶望



バケツ稲が、最後にどうなったかは覚えていない

根を見たのだから、きっと収穫をしたのだろうか

死を以って実らせたそれは、誰かの救いになれたのだろうか、稲自身の救いは永遠に断たれたと言うのに

ぼくは、他の植物動物一方的搾取できる人間で良かったと、心底思う

人を食べる、食べることが許された動物殆ど居ないのだから

ぼくも、いつかは誰かに食べられるのだろうか

それとも、もう既に誰かに食べられているのだろうか

きっと、もしかしたらもう齧りかけなのかも知れない

食べられた方が良いだなんて、言ってやらない

2016-12-04

死の収容所へ 3

http://anond.hatelabo.jp/20161204230447

 様々な要因の影響を受けながら、ユダヤ人たちは強制連行を受けとめていた。彼らはもう何年ものゲットーに閉じ込められ、飢えと渇き、恐怖と苦痛さらされ続けていた。そうした人びとは既に絶望し諦め切っており、連行命令に従いがちだった。強制連行の中でナチドイツによってもたらされた恐怖はもはや抑えがたいほどに膨れ上がり、彼らは打ちのめされ、感覚を失い、脱出や抵抗への意志を打ち砕かれてしまっていたのだ。その上連行されてゆくユダヤ人たちの圧倒的多数は、自分たち労働のために移送されてゆくと、実際本気で信じていた。彼らは東方への再定住に希望を繋いでさえいた。そこには仕事もあるのだからまさか自分たちが後にするゲットーよりもひどい事はないだろうと。彼らに期待できることはもう、それしかなかったのだ。どこか知らない東の地の他には…。

 いずれにせよ、ただユダヤ人だというだけで何の罪もない老若男女が連行され殺されるなど、誰にも予測のできようはずもなかった。 予測しようにも特定民族の完全絶滅など、未だかつて誰ひとり、経験したためしがなかった。

 連行にはナチドイツ以外の国々の警察隊も加わった。ポーランド青色警察」、オランダ緑色警察」、フランスルーマニアハンガリー警察ウクライナリトアニアラトヴィアエストニア警察その他、それはユダヤ人強制連行が行われたすべての国々に及んでいる。

 多くの非ユダヤ系住民強制連行を目撃している。玄関から歩道から、彼らは連行をただ見ていた。悲しみと同情を表わす顔もあれば、大喜びの顔もあった。だが大多数の人びとは、見知った仲の隣人が追放されてゆくこの痛ましい光景に、無関心なようだった。まるで彼らは、何も感じていないかのようだった…。

 駅に到着したユダヤ人たちは窓を塞がれた貨物列車に詰め込まれた。しばしば100名から150名、ときにはそれ以上が、その半数ほどしか収容できない1両の貨車に無理やり押し込まれた。貨車には外から錠が下ろされ、列車収容所入口に着くまでドイツ兵もしくは警官随伴した。列車は何事もなければ数時間で済む収容所までの道のりを、幾日もかかって走ることが度々あった。東方ソヴィエト戦線に向かう軍用列車が通るたびに退避線に入っては通過を待ち、再出発の許可下りるまで何時間も停車していたかである

 すし詰めの貨車の中の有様は、言語を絶していた。貨物車なので便所などひとつもなく、詰め込まれた人びとはバケツか、さもなくば床に用を足していた。換気装置も水もなく、車内の温度は夏になると水ぶくれができるほどに上がり、冬には逆に氷点下に下がった。これらの要因は収容所到着を待たずに大勢の人びとが車内で死亡する原因となった。特にポーランド領のゲットーからの便では、収容所到着時に数百名がすでに死亡していたという例もある。

 ヨーロッパ西部バルカン半島諸国での強制連行は、東欧でのやり方とは若干異なっていた。連行が決まった人びとはまず自国内の移送収容所抑留され、数週間あるいは数ヵ月後にポーランド行きの列車に乗せられた。彼らの場合ポーランド系ユダヤ人場合よりは待遇が良かったので、移送中の死亡率も低い。西ヨーロッパユダヤ人貨物列車ではなく客車移送されて行ったケースもある。もちろんそれは、労働のために移送されて行くという彼らの幻想を引き伸ばすための手段に過ぎなかったが。

 列車絶滅収容所に到着するとユダヤ人たちは貨車から降りるよう命じられた。ベウゼッツ、ソビボル、トレブリンカの各収容所に着いた人びとは、ここは移送収容所であり、ここから労働収容所へ送られることになる旨を伝えられ、そしてこう言われた−「シャワーを浴びるから衣服を脱ぐように」

脱いだ衣類は消毒に廻された。女性衛星上の理由と称して髪を切ることを告げられた。男性女性子どもたちから引き離された。荒々しい殴打と威嚇の中を、丸裸にされ運命から見放され呆然となった人びとは「シャワー」へと追い立てられて行った。それは確かに「シャワー」ではあった。ただしそれは「ガス」のシャワーだった。

 アウシュヴィッツでは、人びとがホームに降り立つと通常は「選別」が行われた。約20パーセント−若く体格の良い人びと−が強制労働のために集められ、「ガス室」送りを一時延期された。しかしそれと同時に、年齢も体調もおかまいなしに、到着するなり全員が何の選別もされずに「ガス室」に追い込まれ場合もある。一方では、稀にではあったが、到着した全員がしばらくの間ガス殺されずにいたこともあった。

 ナチの念の入った偽装と隠ぺいのシステムの中で、「ガス室の中で絶命する」という犠牲者たちの運命は常にあいまいにされ、彼らは最期の瞬間までそれを知り得なかった。

ナチス・ドイツが構築した排除装置は恐るべき効果を挙げた。数百万に上るユダヤ人が等しく殉難の試練を受けた。それは彼らがいまだ家庭にある時より始まり絶滅収容所ガス室をもって終わった。

今まで恋愛と無縁だった27歳のオタクだけど重度の恋煩いにかかった

今までアニメパソコンに湯水の如くお金をつぎこんできたオタクだけど、

クリスマスも近くなってきたし、ふとこのままでいいのかなって思いが煮え立ってきて、出会い系登録してみることにした。



出会い系ってよくない噂いっぱいあるじゃん

業者サクラに貢がされるとか、いわゆる「釣り」で、実際に会いに行ったら男どもが待っていてプゲラされたりとか。

でも、どうせこのまま生きていても女性恋愛する機会なんてないだろうし、なんかモテない人生に嫌になって死のうかなって思ってたところだったので、

どうせ死ぬなら出会い系死ぬ気で頑張ってみて、それでも駄目なら死ねばいっかって思った。

いやまあ本気で死ぬつもりはないし、死ぬのは怖いし、どうせなら本気で不老不死技術が生きている間にできてほしいと願っているくらいだけど、

どうせ駄目なら死ねばいいって考えると精神的に楽になるじゃん。そんな感じ。



ステマ目的じゃないので、どの出会い系登録したとかは書かないけど。



とりあえず登録して、何人かにメッセージを送った。でも全然返信は来なくて、やっぱり自分モテないんだなって思った。

出会い系って、自分顔写真を載せるわけよ。

正直言って、自分不細工だ。それは自分の27年間の人生証明している。



高校生の時、かわいい子(A子とする)が自分休み時間に話しかけてくれたんだけど、別の女の子(B子とする)が来て、

「A子さ、そんなのと話してて楽しい?笑」みたいな感じで馬鹿にされたりしたこともあったよ。

「そんなの」ってのは俺のことね。ものすごい屈辱だったね。

B子は「いやーなんで?別に話しててもいいじゃん」ってフォローしてくれたのが、また優しいなぁって思ったりして。

B子ギャル感のある子で、身長も172ぐらいあって、明るい性格クラスの人気者で、

とても自分の手が届く子ではなかった。

B子は珍しくカースト意識がない子だったか自分にも話しかけてくれただけで、B子には普通に彼氏クラス内にいた。

まともに女の子と話した経験B子を除くと事務会話以外はほぼゼロに等しい。



話が逸れたけど、自分出会い系サイト顔写真を載せた。

今は顔写真修正できるアプリとかあるじゃん

あいうので不細工な部分は隠して結構盛った写真を作って、載せたわけよ。

それでいざ準備も整ったし、女の子たちにメッセージをしてみた。でも、返信がない。



一応、数人だけメールが返ってきたけど、まるで自分に興味がないような感じで、そのあとのメールは一日も続かなかった。

これって、思っている以上に精神的にダメージ大きいよ。プロフィール写真を見て、男としての価値がないって突きつけられているようなもんだから

その時の感情絶望というに等しく、行き場のない怒りと恨みが自分の中にふつふつと沸き上がった。

ああ、やっぱり出会い系でもうまくいきそうにないな、やっぱり出会い系なんかやめて死のうかなって考えていた矢先、

ある女の子(C子)からメッセージが届いた。



C子には自分からは送っていない。

こんなに無視されている自分でも、興味を持ってくれる人がいるんだってものすごく気分が舞い上がった。

しかも、その子写真がとてもかわいくて、自分が今まで見てきたどんな知り合いやアイドル声優よりも、自分にとってタイプの顔だった。

運命だと思った。



返信を考えているうちに、3時間ぐらい経ってしまったが、落ち着け落ち着け自分に言い聞かせながら、平静を装った文章をなんとか作り上げ、最初の返信を送った。

自分とC子はお互いに社会人というのもあり、メールのペースはかなり遅い。2日置きぐらいのこともあった。



それでも一通一通のメールがとても楽しくて、ああ、生きていてよかったなって思った。

数日メールでのやりとりをした。ある程度して、LINEを交換した。

お互い、LINEには顔写真を載せていたので、それがお互いにとって出会い系に載せている以外の写真を見るきっかけとなった。

C子は、LINE写真出会い系写真とあまり変わらず、かわいかった。

一方、自分はと言えば、出会い系に載せたものと比べて、かなり不細工だ。

出会い系に載せた写真を見て興味を持ってくれて、LINE写真を見て、「なんだ、詐欺写真だったのか」って思われてしまうのが一番怖かったのだが、

不幸にもその予感は的中してしまったようだ。

LINEを交換したあと、C子からの返信ペースはかなり遅くなった。

返信の文章も、かなりそっけなくなった。



今も、来ない返信を、神に祈るような気持ちで待ち続けている。

せっかくの日曜日だってのに、朝からC子のことばっかり考えて、何もかも手につかない。

これまた悪い予感なのだが、もう返信は来ないような気がしている。



出会い系に手を出すまでは、モテないことはつらいけど、趣味仕事は充実しているし、まあいかぐらいの気持ちだった。

でもC子とメールを始めてから、C子のことで頭がいっぱいになって、返信が来ないことに落ち込んで、C子に好きになてもらえない自分不細工さを恨んで、

とにかく頭の中にごちゃまぜの感情がこれでもかというぐらい押し寄せてきて、精神的に相当きつい。

これはどんな感情なのかと、お得意のインターネットで調べてみると、これは「恋煩い」というもので、「恋の病」とも呼ばれるものにかなり近いと思った。

普通恋煩いなんて、中学生か遅くても高校生ぐらいで卒業しているものなのだろうが、いかんせん自分にはそれを発症する機会なんてなかった。

そのため、恋愛で病むなんて信じられなかったし、そんな奴はどれだけ豆腐メンタルなんだよって思っていた。

でも、今じゃ自分のほうが豆腐メンタルだ。

C子とメールをしていた時の気分の舞い上がり方も、今の落ち込み方も、C子を思ってドキドキする気持ちも全て人生で初めてで、自分の中で処理できる感情を大幅に超えている。

クラス女の子や、アイドルを見て、かわいいな、付き合いたいなって本気で思ったことは何回もあったけど、そういうのとは全然違う。

返信が来ないなら、もう一回送ってみるとか、もういっそ無理やり会う約束をこぎつけて、会ってもらって判断してもらうとか、いくらでも方法はあるだろうが、

C子に嫌われたくないと思ってしまって、中々勇気が出ない。



ああ、なんで自分はこんなに不細工なんだろう。勇気がないんだろう。自分は駄目な奴だ。



顔が微妙でも、もっと上手な返信でC子を楽しませられていれば、LINE交換後も変わらない関係でいたのかもしれないが、

女の子文章でやり取りした経験なんてほとんどないし、Google先生に聞いてもC子を楽しませるピンポイント方法なんて、当たり前だが出てこない。

ものすごく少ない引き出しを全力で吟味して返信を送っても、

あとから「いや、完全に間違えた。ここはこう返すべきだったのではないか・・・」「この間違いでC子につまらないって思われちゃったらもう返信来ないんじゃないか・・・」と自分ミスを責める気持ちが湧いてきてしまって、それもつらかった。




とにかくこんなことは知り合いにも相談できないし、でもどこかで吐き出さないとこの感情自分が押しつぶされると思った。

ふと、はてな匿名ダイアリーがあったなぁ、って思い出して、今これを書いてみた。

完全に思いつくままに書き殴っているので、言葉遣い稚拙だったり、時系列文章としての流れに矛盾があるだろうが、

それでも書いていて、随分と気が楽になった。



でも、C子への気持ち全然消えなくて、やっぱりつらい。

いい年の男が、こんな女々しいことを書いてて、自分でも情けねえなって思う。



C子との恋が実らなかったら、もうこの出会い系サイトは辞めて、オタク趣味仕事の日々に戻ろうと思っている。

そのぐらい、今はC子しか見えなくて、C子以外の女の子には興味が向かない。




出会い系サイトを始めるまではこんな気持ちは全く感じたことがなかったのだから、前の生活に戻れば、

そのうちC子のことなんか忘れて、恋愛なんてしなくてもいいって思えてた日々に帰っていけるんだろう。



くそうなればいいのに。

恋愛という新しい世界を知ろうと思って飛び込んでみたけど、知らなければよかったって思ってしまう。

そのぐらい、恋煩いはつらいものだって学んだよ。

本田圭佑に付けられたACミランでの愛称一覧


ジャールド(嘘つき)     広告用の豚           ピッチ徘徊するゾンビ

火星人             カタツムリ            家畜残飯

肉とも魚とも言えない物   遊園地の射的         ワーストワン

三輪車              悪夢の夜            鳥かごの中の鳥

UFO               空っぽバッテリー      のろま遅い

砂漠迷子          髪の毛が目立つだけ      エラーと言うよりホラー

透明人間           軟弱                落胆

キックボード          酸素が足りない         アマチュアレベル

サハラ砂漠でもブーイング   破滅的            靴磨きの方が役立つ

ラメトロゼロ移籍金ゼロ)  右サイド失格         ジャングル迷子

ミステリアス          引っ込み思案         全てがミス

異物              くすんだトップ下        消え行く存在

穏やかな日本の海      皆既日食のような闇     足も頭もスロー

厄介な存在          足手まとい           放心状態

不可解なオブジェ      ファッキンサムライ       バーゲン軍団

鼓笛隊おもちゃ      最悪の一人           足より口に毒

ダム              トーテムポール以下     刀のないサムライ

幽霊              パンキナーロ(ベンチ要員)  ハラキリ状態

マーケティングマン     ミラネッロに来た寿司配達員  料金所の入り口

毒ガス撒き散らし      メディア男            左下の男

無益              ミラネッロ幽霊       家にいるべき 

ユニーク10番        自ら飛び出した魚      絶望的な選択肢

ミランの中で唯一の汚点  逃亡中          珍プレー番組行き

消費者がいない時代なのだから起業なんて成功しなさそう

消費者がいない時代に、起業など成功するのだろうかといつも感じてしまう。

自分が通う頭の悪い大学では、公務員志望の人間がうじゃうじゃいる。

化粧やパッドで胸をかさ増ししたりと、セックスアピール一生懸命な頭が空っぽそうな女も公務員になりたがる。

それは一般企業が様々な面で厳しそうに見えるということがあるのだろう。

その一方で自分の周りには起業したいとかい人間MacBookを弄りながら「意識高い」ことを言っている。

「次はVRが流行る」と胡散臭さが満開なメディアアート界隈の人間言葉引用しながら語っている。

正直、自分はどこまでもVRには懐疑的でVRでカネを稼ぎたい人間が騒いでいるだけな状況に見える。

彼らも、その周りの奴らもVRがやりたいのではなくてVRで金がほしいという絶望的な状況だと思っている。

大した技術革新ではないものから人々は金儲けの期待しか寄せない。

資本主義なんて言うのは限界に来ているという言説を好んで自分は読む。

最近好きな言説は、成長なんか既に限界に達しているというものだ。

女性とか国外という安価労働力をぶち込んだり、国債をすったり、減税したり、金融で稼いだり、ITによる効率化などというもので何とか凌いでいるだけではないかというものだ。

これは自分も心底納得している。

大企業すら税金やらをアテにしている。

ITベンチャーは如何に少ない人数で既存パイを奪って、後に値上げするかしか考えていない。

他にも、最近のハヤリだと滅茶苦茶なゴミ広告費を無理して稼ごうとしていたりだ。

技術革新がなく、市場は飽和状態であり、起業なんかしても成功なんか出来ないのが自分見立てだ。

こんな資本というものへの閉塞感で、最も承認を得られるものというのはステータスセックスなのだろう。

見てくれの良い女のタイツに包まれた足を見て醜い容姿自分は激しく苛立つ。

2016-12-03

「よなよなもしもし」に私の欲しいものがあった

Amazonで売り切れてたからわざわざ買いに行った。

「よなよなもしもし」は居酒屋バイトする冴えない男の子痴漢電話に遭ってテレフォンセックスにハマる話。

もちろん創作から話が上手すぎな所もあった。商業BLからまあ主人公痴漢がくっつく話になるわけだけど、この痴漢痴漢こそが私の欲しいものだ。

だいたいの人間は、主人公と同じく自分必要とされている人間だ!と胸を張って言えることはそうそう無い。暗いだの地味だの言われる主人公と大差ない考えを持つ人は死ぬほどいて、なにかをしても中々褒められる事は無いし、何もしなくても怒られる。かといって世の中に絶望している訳でもない。普通

そんな中、痴漢電話が掛かってきたら?痴漢電話に出るだけで喜んでくれて褒めてくれて好きだのきもちいだの言ってくれる。そりゃ、主人公もキュンときちゃうでしょ。

声が好き、かわいい、好き、どうやっても得られない言葉痴漢はくれる。

しかもそれは決してお世辞ではないということ。知らない人だから利害関係も無く、褒めを素直に受けることが出来る。

痴漢、最高じゃん。羨ましい…

フジョシじゃない人も、フジョシも「よなよなもしもし」を読もうな。

2016-12-02

(ネタバレなし)FF15の発売で改めて絶望的な気分になった

ネタバレするとスクエニ激おこらしいかネタバレ一切ないよ

というかゲームの内容の話じゃないよ





ファイナルファンタジーと言えば言わずと知れた日本の二大RPGの一つだ

プレイ経験はともかくファイナルファンタジーという名前は老若男女問わず知っているだろう


そしてその最新作が満を持して先日発売された



が、なんだこれは

ファイナルファンタジーの新作といえば俺の記憶によれば連日CM乱発し

発売日ともなれば全国ネットの朝のニュースで紹介されるレベルだったはずだ



しかし発売日直前、そして発売してもまったくCMを見ない

黙殺されているようなもの

一方でパズドラファイナルファンタジーコラボCMは一日一時間程度しかテレビを見ない俺でも毎日のように見る



昔もコラボCMなんかはあった(コカ・コーラとか)

しかゲーム本編のCMも同様に多く

中学校ではファイナルファンタジーの新作の話題で持ち切りだった

当時の社会人(会社)の中でどんなテンションだったかはわからないが

少なくとも普段ゲームに興味がないオッサンたちも

ファイナルファンタジーの新作が出るらしい」くらいの認識はあったんじゃないかと思う


が、今はどうだ

ファイナルファンタジーの最新ナンバリングタイトルどころか

ファイナルファンタジーが15まで続いてることを知っている人すら少ない

あのコラボCMで喋っているキャラクター名前どころかファイナルファンタジー最新作のキャラクターだとわかっている人すらほとんどいないんじゃないだろうか




もはや日本ゲーム市場は死んでると改めて見せつけられた気分だ

日本ビデオゲームは一部のマニア日本好きの外国人向けの伝統文化財と化している

いや、国内芸術的価値も認めらておらず、常に世界中に競合相手がいる分、各種伝統文化財や伝統芸能より状況は絶望的だろう

何がクールジャパンクソッタレ



あ、FF15自体は楽しく遊べてます

最初ホモホモしかった一行もプレイしているうちに愛着が湧いてきて

今ではこのキャラクター達で良かったなあと感じます

妊娠しておめでとうと言われて

妊娠した。

あたり前のように「おめでとう」と言われる。

ありがとうと答える。

しかし一方で、これは一体何がめでたいのだろうと不思議だ。

ちなみに不妊治療の末に妊娠した。

治療のことは誰にも言ってない。

私としてはとても前向きに、ほとんど悩まず治療してたのに

人に話して大変な体験扱いされるのが嫌だったからだ。

確かに子供は欲しかった。

でもいなくても幸せだった。

ただ年齢的に厳しくなる前にやるだけのことをやろうと思ったのがメインで

子供を産まないと自分人生が完成しないとか、そんなことは思わなかった。

自分の中だけで考えれば

不妊治療というプロジェクトが実っておめでとう、なのかもしれないが

周りの人や社会から見ておめでたい理由は一体何なのだろうか。

夫婦にとって子供がいることがおめでたいという固定概念なのだろうか。

子供が居ないとき幸せで、居ないなりのおめでたさもあったのに?


おめでとうと言われることに違和感を覚え続けて数か月。

こう納得することにした。


おめでとうと言われなきゃやってられない。



なんなんだつわりって。

毎日毎日ひたすら気持ち悪い。

意味もなくだるい

自分がとんでもない怠け者になったような気がする。

家事仕事もできない。

私はこんな役立たずだったのかと絶望的になる。

幸い旦那ができた人なのでそんな私をひたすら励ましてくれて

「いま凄い仕事をしてるんだからそれでいいんだよ」と言ってくれる。

つわり期間に彼の家事スキルも素晴らしく向上したので

自分の不甲斐なさにウンザリしながら横になって過ごしてる。

ドラマとかで見る「妊娠したよ!やったね!」なんて

病院から家に帰る30分で終わった。

旦那と親にメールして終わった。

「これからどうなるんだろう」という不安がむくむく大きくなった。

愛おしそうにお腹をなでて「楽しみだねぇ」なんて今のところない。

だた気持ち悪くて、何だか知らんがブクブク太るばかりだ。

医者さんに話したら

妊婦さんは5か月までみんなそうですよ~。胎動が分かるようになるまで頑張ろう」

とのことだったから、そんなもんかと思っている。



そんな感じの妊婦生活なので、おめでとうと言われなきゃやってれらない。

から「良かったね!」と言われて「あ、良かったんだ」と思わなきゃ無理。

いま良いことが起きてるし、これから起こるのはめでたいことだと暗示をかけてる感じ。

あの「おめでとう」はその為にあると思うことにした。


まだ安定期に入ってないので、ごく限られた人にしか妊娠を伝えてない。

これからいろんな人にこの話をして「おめでとう」のラッシュがくるのかと思うと少し気が重い。

中には子供を望んでいてうまくいってない友達もいる。未婚の友達もいる。

「おめでとう」の裏にひっそり「あぁ貴女もなの」という落胆も感じる。

ちくしょー、何なんだ。

そんなの私一人に何とかできるわけもないので

せめて精一杯こころから「ありがとう」と答えて

彼女たちの人生におこる色んなこと、妊娠以外のことも、しっかり祝っていきたい。

生きる意味と生きがいについて

 なぜ人間は生きているのだろう と疑問に思ったことがある

 生きる意味って何だ 何で生きているんだ 悲しかったりめんどくさかったりすることもある人間の営みはなぜ続くんだ? という具合にだ

 最近流行りの星野源という歌手は、生きる意味なんかない と歌の中で言っている

 そもそも、人間理屈というもの発明してから、この疑問は出てきたのだと思う。 それ以前は意味という概念さえなかったのだ。 理屈という、言葉によってなされる概念から、その疑問は生まれたのだと思う。 言葉がない生物は、疑問さえも持ちにくい。言葉がなければ疑問という理屈はないからだ。

 もともと、人間歴史にも言葉がない時代があったはずだ。そんな時に生きる意味を考えた遠いご先祖はいたのだろうか。わからない。

 というわけで、僕も生きる意味なんかないのだと思う。

 その代わり、人には生きがいというものがある。

 家にいる我が子の笑顔が生きがいの人もいれば、アイドルを追いかけまわして楽しむのが生きがいだったり、二次元にいるアニメキャラ萌えてそれを生きがいにする人だっている。それは人それぞれなのだ

 だけど、生きがいがない人間も世の中にはいる。 例えば今の僕だ。

 前までは彼女と一緒にカフェだとかホテルだとかに行ってイチャついていることが、何よりも幸せだった。しかし、次第に愛は薄れ、さまざなプレッシャーやら不信感やら、無粋な感情に押しつぶされてしまえば、そんなものは息を潜めうやむやになってしまう。

 生きがいを失った僕は、生きる意味について考えた。再びだ。

 生きがいがなかった時代にはしばしば生きる意味について考え、彼女ができればそんなことも考えないようになり、別れた今 また考えているのだ。

 要するに、生きる意味を考えるということ自体、生きている辛さからの逃避なのだと悟った。

 理屈というものは、本質から遠ざかり、悩む人をより深い絶望感に誘うことだってある。自殺者がそのような気がする。

 意味のないことを考え続け、ある日 そんなものはないと悟り、なら死んじゃおうぜ みたいな感じで。

 絶望溢れる人は、生きる意味がないとニヒリズムに陥り、生きることをやめることもあるのかもしれないと最近思う。

 しかし、生きがいがある人はそのようなことにはならないだろう。生きがいは理屈では本質を突けない。生きがいを理屈説明しても、それはきっとただの後付けにしかならない。生きがいを感じながら生きるのが楽しいから、そこには理屈がない。理屈がないことで救われているのだ。

 生きることを肯定した前提で書くけれど、やはり生きがいは持つべきだ。理屈にとらわれない動機。それが人を生かすのだと思う。

 かくいう僕は、最近の生きがいは(一応)食べることだ。 食べると幸せだし、救われる気が一瞬する。それでも、胸が落ち込み動けなくなったら、筋トレをして体を痛めつける。筋肉痛になれば、ウジウジする余裕がないからだ。それでもうつ状態になってしまったりすれば、もうその鬱感に抵抗することはやめて、堕落した生活を過ごす。そうすれば少しは胸が楽になって、数日は生きていける。

 端から見れば、僕は堕落したどうしようもない奴にしか見えないけれど、それでも生きる。 鬱感が僕の営みを妨害して絶望に陥れたりもするけれど、それでも生きる。生きていればいいこともあるだろうとどこかでわかっているからだ。

 いろいろ書いたけど、鬱でどうしようもない僕を生かしているのはそんな希望なのだなぁ と。だから、今の僕の生きがいは希望なのかもしれない。

 

 

2016-12-01

健常者なんて死ねばいい

健常者は人生の辛さや厳しさを語るのが大好きだ。

アトピーゾンビウイルスに苦しんだことのない人間人生の辛さや絶望を語る資格はない。

アトピーゾンビは好きなものは食べられないし、容姿きもいからアトピーゾンビウイルスで、痒みもひどいし痛みもあるし、まともな日常は送れない。

障碍者のほうが恵まれている。

障碍者自分を変えろとは言われないのにアトピーゾンビは言われる。

不治の病なのにアトピーゾンビウイルス簡単に治るものだと言われている。


社会に不満があるなら自分を変えろと容姿に恵まれた健常者女が攻殻機動隊というアニメで言っていた。

あの女は、容姿の悪さに苦しんだことはないし、アトピーゾンビウイルス人生を滅茶苦茶にされたこともない。

まれ人間として生まれてきたくせにそれに感謝もせず、恵まれなかったもの暴言を吐く。

簡単自分を変えられるだけの恵まれ人生を歩んできたのだろう。

こっちはいじめと虐待アトピーゾンビウイルス精神障害をもってるヘルモードプレイやーだ。

アトピーゾンビウイルスが治らないと自分というもの邪魔され続ける。

けど、一生死ぬまで治らない病気だ。最悪だ。

自分簡単に変えられる健常者は人生楽勝でいいよな。非健常者で環境遺伝も劣悪、おまけに運もないアトピーゾンビを苦しめる健常者ランドけんじょうしゃを怨んでいる。

容姿に恵まれている時点で健常者は勝ち組確定人生だ。健常者として環境に恵まれてのうのうと大した苦労もしてない人間ほど偉そうに人生を語りたがる。

健常者を片っ端から魔法の杖で消したい。



それが嫌なら社会の隅っこで縮こまって生きてろ屑とも言っていた。

非健常者は社会に出てくるなということだろう。恵まれた健常者が言うことは違うねー死ねばいいのに。健常者は死ね。健常者なんて死ねばいい。


それが嫌なら死ねとも言っていた。

健常者が死ねばいいんだよ。非健常者に産みやがって。健常者ランドの整備を健常者がちゃんとしないから非健常者が生まれてきたんだろ。死ねよ。健常者。


あっさい人生論を語る健常者を見ると苦笑と失笑が入り混じった態度を取ってしまう。

どんなにつらい苦しいと嘆こうと所詮は健常者。健常者の苦痛なんてたかが知れてる。


健常者はファッションで苦しみを語るな。健常者なんて死ねばいい。そうすれば非健常者が生きやす社会になる。

2016-11-30

不登校になった話

どこかに気持ちをぶつけたかった。

調べたら匿名ダイアリーが出てきたので書きます

規約など一通り読みましたが、暗黙のルール等に違反していたらごめんなさい。

まりいい表現出てきません。






私はどこから間違ってしまったんだろう。

小さい頃から日常的に死にたいと思っていた。

小学2年生あたりからずっと思っていた。

当時の日記にもそればかり書いた。死にたい死にたい、と。

自宅の二階から飛び降りたこともあった。

手足の打撲で済んだのは運が良かったのか悪かったのか。

陰口や無視日常茶飯事だったが、いじめがあったわけではない。

ただ息苦しかった。世知辛かった。



中学校に入って間もなく、私は不登校になった。

理由があったわけでもない。

ただ心から学校行きたくないと思った。

同じ服を着た知らない人がたくさんいる。それが何故か怖いと思った。

意見が合わないと白い目で見られ、無理に合わせても白い目で見られる。

息苦しかった。

もちろん友達はいたが、ごく少数で、その友達とも次第に話さなくなっていった。

最初心配していた両親からも厳しい視線を向けられた。

あなたが生きていることが恥ずかしい」

「産んだとき幸せだと思えたのに」

「私を馬鹿にしている」

毎日言われた。それでも学校には行けなかった。

それじゃあ制服を着るだけなら、と思って着てみた。

手足が震えた。震えているせいでうまくホックがとめられない。

無理にホックを留めたがすぐに頭が痛くなり、過呼吸を起こした。

対処法は知っていたので、咄嗟キッチンまで這って行き、ビニール袋でなんとか息をした。



その1ヶ月後くらいに、両親に心療内科に連れていかれた。

ああ、私は病気だと思われていたのかと、その時初めて知った。

もう少しカウンセリングに近いもの想像していたが、実際はいくつか問診を受け、シートを記入しただけだった。

その時医師に言われた。

学校を面倒に思っているんだね、毎日行かないと後悔するよ」

今でも忘れない。

医師不登校の私をこう思っているのかと絶望した。

一度たりとも学校を面倒に思ったことはなかった。

毎日きちんと行けたらこんなところに連れていかれるはずがない。

知っているような口を聞かないでくれと思った。



二度と心療内科には行かなくなり、学校夕方にたまに行くだけになった。

そのうち2年になった。成績は死んでいた。

3年になった。気づけば受験生だった。

成績も出席日数も明らかに足りない。

この時期は受験生みんなが慌てるが、私は何もしなかった。

1年の教科書問題を解いてみたりしたが、まったくわからなかった。

学校に行かなかったことは後悔していないけれど、提出物とテストを受けなかったのは後悔した。

結局定時制に行くことにした。夜間ならなんとかなるかもしれないと思った。

受験寸前になって必死勉強し、問題集もだいたい解けるようになった。



たびたびニュース不登校話題が上がる。

不登校登校拒否をする子供を持つ親の記事も読んだ。

「私は子供気持ち理解しているけれど、子供は私の気持ちを分かってくれないんです」

「どうしてこんなに心配しているのかを理解してほしい」

まり覚えていないが、そんなようなことが書いてあった。

この親が心配しているのは世間体じゃないのか。

子供気持ちを本当に理解しているのか。

自分のことで精一杯だから不登校になるのに、親の気持ちなんて分かるわけない。



私はまだ子供だから、何も分からない。

けれど子供ながらに悩んで、考えて、出した答えが登校拒否だったら?

親が無理に行かせる理由がどこにあるのか。

無理に学校に通わせられ、疲れ果てて卒業式直後に自殺した先輩を知っている。

死に対する恐怖に、心の疲労が勝ってしまった結果だと、私は思う。

心の疲労はスタンプカードのようなものだと聞いたことがある。

しかにそのとおり、たまっていくだけで消えていかない。

誤魔化すことはできても、消費はなかなかできない。

スタンプカードがいっぱいになったら私もきっと自殺していただろう。

遺書は公開されなかったが、同じ境遇でなくてもとても苦しんでいたのは想像できる。





まとまらなくてごめんなさい。




不登校登校拒否をするみんなが生きやす世界になりますように。





追記 12/1

たくさんの反応ありがとうございます

どうしてもお礼が言いたかったので追記としました。

誰かに聞いてもらいたくて書いたのですが、こんなにたくさんの意見を頂けるとは思いませんでした。

ひとつひとつ言葉が暖かくて、読んでる最中涙が止まりませんでした。

私の周囲に不登校を受け入れ、理解してくれる方が少なかったので、こんなにも受け入れてくれる方がいたんだと感動しました。

はい中学三年生です。

定時制に向けて受験勉強していますが、通信制高校に勧めてくれる意見が多々あり、少し考えてみようと思います

それだけでなく大学に行ったほうがいいとのコメントも頂き、真剣に考えるきっかけになりました。


この文章を読んでくれた方の中にも、同じ年代の方がいるのではないかと思います

理解してくれる方がこんなにいたこと、世界はとても広いこと、それが希望になればと思います

こんな子供の書いた文章真剣に読んでくださり、そして暖かい言葉をかけていただき、本当にありがとうございます

よく泣く

映画ドラマアニメ漫画を見ながら、よく泣く。

しかし、泣いた作品が必ずしも良い作品、心に残る作品、感動した作品なわけではない。

なぜなら途中10しか見ていないドラマのその部分だけでも泣いてしまうことがあるからだ。



泣いてしまう場面を考えると、例えば登場人物が念願叶って歓喜していたり、

あるいは絶望に瀕して喘いでいたり、泣いていたり、怒っていたり、

あるいは感情を押し殺すことによって

その感情がより際立って表現されているところが挙げられる。



要するに感情に大きな動きがある場面だ。

感情の発散がカタルシスにつながる場面も多い気がする。



そして、他人感情の爆発に出会った時に

おそらく泣くことでしか呼応できない自分の姿に気がついてしまった。

自分自身感情の振れ幅というもの

フィクションのさまざまに比べると驚くほどに小さい。

そもそも日常生活の非ドラマチックな日々の中に

感情を揺さぶる起因となるものなどそうそうない。

感情を動かすことに慣れない身の上で

一番わかりやす感情の発露の方法が涙を流すことなのだ。




以下脱線

感情移入というのはこういうことを指す言葉なのかな?

自分感情が揺れることが少ないので

フィクション舞台フィクション人物のあらゆる感情

自分のものとして追体験している気がする。

事象感情のつなぎ方は全て自分の感じ方とは違うという前提のもとで見ているか

感情移入ができない」という文言が出てきようがないのだが、

感情移入ができない」という人は自分登場人物だったら

またはその場に居合わせたら、という立場映画を見ているということなのかな?

2016-11-29

この世界の片隅にと節子

節子、それドロップやない、キャラメルや。

火垂るの墓の節子はただひたすら可哀想という印象が強いんだけど

この世界の片隅に を見て、節子の別の世界軸を見た気がした

もし火垂るの墓この世界の片隅にあったなら、節子はどれだけ幸せだったか

多分片隅の節子も、現状証拠的にすずさんより長く生きているとは思えない

でもきっとあの片隅なら、死ぬまでは幸せ時間を過ごしたはずだと思う

一つ言えるのは節子も「あの子」もきっと確かに居たということ

そこには希望があり、希望があるから人は生きていけたんだろうと思うのだ

この世界の片隅には節子のような子と、「あの子」のような子が居る

つの映画絶望希望を見た

そして自分たち希望奇跡の先に生きているのだと、初めて気づいた気がする

この世界の片隅に」がエロくてびっくりした

ネットの「この世界の片隅に」絶賛、感動、泣いた感想が溢れかえってる中でとても言い辛いんだけど、主人公のすずさんめっちゃエロくなかったですか?



誤解しないでほしいんだけど、このエントリネットに溢れかえるこの世界の片隅に」絶賛感想の1つです。

それを踏まえた上でもう一度聞くけど、すずさんエロすぎないですか?



私は、「この世界の片隅に」がヒットした理由、それはこの映画人間の全てが詰まっているからだと思っています

愛、恋、喜怒哀楽、争い、妬み、僻み、優しさ、厳しさ、冷たさ、残酷さ、いじめ、後悔、希望過去未来、悪意、戦争友情家族愛、姉弟愛、大人子ども嫉妬、衣食住、絵、歌、救い、絶望、生、死・・・・・・



あげてくと切りがないんですけど、人に纏わる全てのことがこの映画には入っていると思っています

「〜って要素ある?」って聞かれたら「あるよ」ってノータイムで即答出来るレベルで全てが描かれている。



で、ですよ。

勿論あのシーンです。夫の周作言われてすずが幼馴染の哲と一晩過ごすあのシーンですよ。



天然で能天気なすず、結婚初夜ですらおとぼけかまして色気ゼロだったすず、そのずずがあの夜だけ大人の女になるんですよ。そのギャップときたら!

繰り返しになりますが、このエントリはいかにエロかったか!を熱弁する記事ではありません。この映画にそんなエロ要素がある事実にびっくりしたんです。



「この映画には人の全てが詰まっている」と書きましたが、私はまさかエロまで入っているとは思っていなかったんです。

戦争を扱っている作品という事実、うっすらと聞く原作の評判、予告映像、あの絵柄、それらからこの映画エロい要素があることを予想出来ましたか



ほとんどの作品は、何かを主軸にして何かを切り捨てるんですよ。極端な例えを出すと、美少女日常系アニメ男性キャラ排除するような。

でもね、この作品は全てを描いているんです。一から十までただ描写するんじゃなくて、全ての要素をすくい取ってるんです。



からただひたすら料理をするだけのパートもあるし、ただただ日常系アニメのような会話をするだけのパートもあるし、夫以外の男と一晩過ごすパートもある。

それでもって、「戦争」っていう作品全体を支配してしまうなテーマをただの事実として受け入れている。「戦争」もこの映画で描かれる要素の1つに過ぎないんです。



そして、その要素の1つにエロも入っている。その事実に驚いたんです。ああ、そこまで描ききるのかと。何も捨てないのかと。



映画の上映が終わった後、後ろの席の男性がこんなことを言っていました。

「これ、なんでこんなヒットしてるの?全然からない。別に何もなかったじゃん」



すごく正しい感想だな、と。この映画には、人の全てがあります。でも、特別なことは何もないんです。ただただ、人としての当たり前があるだけなんです。

「何もなかった」と「全てがあった」がそのままの意味で同時に存在する、そんな映画でした。エロい

言い辛いんだけど「この世界の片隅に」がエロくてびっくりした話

ネットの「この世界の片隅に」絶賛、感動、泣いた感想が溢れかえってる中でとても言い辛いんだけど、主人公のすずさんめっちゃエロくなかったですか?



誤解しないでほしいんだけど、このエントリネットに溢れかえるこの世界の片隅に」絶賛感想の1つです。

それを踏まえた上でもう一度聞くけど、すずさんエロすぎないですか?



私は、「この世界の片隅に」がヒットした理由、それはこの映画人間の全てが詰まっているからだと思っています

愛、恋、喜怒哀楽、争い、妬み、僻み、優しさ、厳しさ、冷たさ、残酷さ、いじめ、後悔、希望過去未来、悪意、戦争友情家族愛、姉弟愛、大人子ども嫉妬、衣食住、絵、歌、救い、絶望、生、死・・・・・・



あげてくと切りがないんですけど、人に纏わる全てのことがこの映画には入っていると思っています

「〜って要素ある?」って聞かれたら「あるよ」ってノータイムで即答出来るレベルで全てが描かれている。



で、ですよ。

勿論あのシーンです。夫の周作言われてすずが幼馴染の哲と一晩過ごすあのシーンですよ。



天然で能天気なすず、結婚初夜ですらおとぼけかまして色気ゼロだったすず、そのずずがあの夜だけ大人の女になるんですよ。そのギャップときたら!

繰り返しになりますが、このエントリはいかにエロかったか!を熱弁する記事ではありません。この映画にそんなエロ要素がある事実にびっくりしたんです。



「この映画には人の全てが詰まっている」と書きましたが、私はまさかエロまで入っているとは思っていなかったんです。

戦争を扱っている作品という事実、うっすらと聞く原作の評判、予告映像、あの絵柄、それらからこの映画エロい要素があることを予想出来ましたか



ほとんどの作品は、何かを主軸にして何かを切り捨てるんですよ。極端な例えを出すと、美少女日常系アニメ男性キャラ排除するような。

でもね、この作品は全てを描いているんです。一から十までただ描写するんじゃなくて、全ての要素をすくい取ってるんです。



からただひたすら料理をするだけのパートもあるし、ただただ日常系アニメのような会話をするだけのパートもあるし、夫以外の男と一晩過ごすパートもある。

それでもって、「戦争」っていう作品全体を支配してしまうなテーマをただの事実として受け入れている。「戦争」もこの映画で描かれる要素の1つに過ぎないんです。



そして、その要素の1つにエロも入っている。その事実に驚いたんです。ああ、そこまで描ききるのかと。何も捨てないのかと。



映画の上映が終わった後、後ろの席の男性がこんなことを言っていました。

「これ、なんでこんなヒットしてるの?全然からない。別に何もなかったじゃん」



すごく正しい感想だな、と。この映画には、人の全てがあります。でも、特別なことは何もないんです。ただただ、人としての当たり前があるだけなんです。

この映画を見て「なにもなかった」って感想をもった方。あなたは、とても正しい。

2016-11-28

http://anond.hatelabo.jp/20161128012455

自分から電源を落とすってより随分と前のめりですよねそれだと

ロビタ:人格移植されてて人間性の主張による自殺で☓

T-800:ジョンコナープログラムによる自己処理なので☓

リルル:人間との交流により人間は生かすべきと判断して消滅なので☓

タチコマ防衛のための自爆なので☓

これらはすべて十分に従属的または前のめりです



自分から電源を落とす

まり絶望や悲観の末に主張もなく樹海に行くような人間の様なAI

反出生主義的なAIですね

突然自ら電源を落とす様な

なんか無いっすかね?

2016-11-27

カリフォルニア独立

欧米インテリは住んでる国がヤバくなったら

移民したり、亡命するのは普通なんだよな

日本絶望してる人も欧米インテリみたいに

住む所を変えるほうがポジティブかもしれない

http://anond.hatelabo.jp/20161127041747

本が読めるってことは他に縋る必要のないくらいすごい力だと思っていたから、読む本がなくなる読む力がなくなるって絶望に近いか絶望のものかもしれない

http://anond.hatelabo.jp/20161127041020

俺も本に縋って生きてる

これが楽しめなくなったら死のうかなーと思ってるが、今追いかけてるシリーズ面白すぎて、これを楽しく読めなくなる前に死んだほうがいいんじゃないか、絶望する前に死んだほうがずっと幸せなんじゃないかと時々考える

本以外に縋るものがあったらこんなに重く考えないんだろうなと思う

2016-11-26

増田ホッテントリを目指そう! ビギナーズガイド

はてな匿名ダイアリー」は実験的という体裁だけど、10年も続く事実上の一大コンテンツ

サイト内の『名前を隠して楽しく日記。』という文言が示すように、その特徴はブログで書くような内容を匿名でも気軽に投稿できること。

でも匿名だとしても、たくさんの色んな人に自分の書いたものを見て欲しい……。

そんな人のため、今回はホッテントリを目指す上での手法を紹介。



1.トップページ確認

書きたいものがあってウズウズしているかもしれないけれども、まずはトップページ確認してみよう。

もしスパムがあったり、トラックバックなどで熱心にレス合戦が繰り広げられているなら要注意!

この状況で投稿してもトップページからすぐに流れてしまって、君の日記は見られる機会すらなくなるかも。

なぜかというと、匿名ダイアリー実験コンテンツ未完成なこともあって、検索機能が貧弱だからだ。

そのせいで過去記事一般利用者の目にはまず届かない。

一部の物好きなブックマーカー琴線に触れない、センセーショナルキーワードもなければ、いよいよ絶望的。

それを可能な限り避けるためにも投稿する前はトップページ確認する癖をつけよう。



2.見出しをつけよう!

匿名ダイアリー見出しがなくても投稿できるけれども、見出しをつけたほうが目立つので無理にでもつけよう。

短い内容で見出しをつけるほどじゃない場合ちょっとしたテクニックを紹介!

例えば「○○だけど、○○だよね」という内容の日記

この場合、「○○だけど」の部分を見出しにつけて、本文に「○○だよね」と書けばいい。

見出しが真っ先に目に入りやすいから、その後に続く言葉が気になって本文を読もうとする人が出てくるはずだ。



3.センセーショナルテーマ、露悪的な言動普遍的

ホッテントリを目指すということは、色んな人にブックマークされるということ。

ならば君の書く内容は関心を引くものでなければならない。

ホッテントリを追っていけば、どういったテーマセンセーショナルものかは自ずと分かるはず。

慣れない内は、とりあえず流行のものを追っていこう。

テーマが決まったなら、露悪的な文体を心がけて書くこと。

理屈がなければ言葉は伝わらないけれども、感情を揺さぶらなければ思いは伝わらない。

文章感情を乗せるのは大変だけど、露悪的な言動ならそれだけで人の感情を揺さぶることができるぞ!



4.トラバライバル友達

1で説明したように、過去記事がどんどん流れてしまトラバ合戦ホッテントリにおいては基本的邪魔だ。

けれども、そのトラバ合戦の発端が自分の書いたエントリ場合なら話は別。

また、一見すると注目エントリホッテントリ枠を奪うライバルと競合は避けたいかもしれないが、むしろチャンスに変える方法もある。

「これはホッテトリになりそう」というものが出てきたら、自分もすぐ投稿してみよう。

匿名ダイアリービギナーが、「前後記事くらいは漁ってみようかな」といった具合に閲覧してくれる可能性が出てくる。

ホッテントリを目指すなら内容も大事だが、たくさんの目に留まることを第一に心がけよう。



5.ホッテントリへの道はまだまだ続く!

以上のことを心がけて懇親の内容を書けたとしても、ホッテントリに入れるとは限らない。

匿名ダイアリーは奥深く、まだまだ明かされていないテクニックが残っている。

・「ホッテントリ入りしないんですけど」

・「私が書きました」

・「何度でも投稿する」

・「足りない食材ブクマカに丸投げ、『麻婆豆腐の素の法則』」

・「見出しは『たい』、『ない』で終わらせる」

・「天邪鬼誘導

など、ここで紹介していないテクニックはたくさん。

続きは君たちの目で確かめてくれ!

http://anond.hatelabo.jp/20161125074501

2.○○に会えないし、ましてや相思相愛になれる確率は限りなく0で絶望

仮に相思相愛になったとしても自我は別々なので埋まらない距離絶望


これが分かるかな

収入無能のためだった

以前に下記のエントリを書いた。

賞与査定のための自己評価を記入するにあたり、

育休中に全面改定された就業規則を見ていて気づいたが、

30代後半の自分階級は「目安年齢30歳」だった。



■平均年収に達する日が来るとは思えない

http://anond.hatelabo.jp/20161007044817



出産から数年間、この階級のまま足踏みしていた。

その間、自分しかできない、いくつか実績と成果はあげたはずなのに。

どれだけ周囲から評価が低いのだろう。



目安年齢に見合った階級に昇進し、役職につけば、平均を大幅に超える。

少なくとも、もう2ランク上に達すれば、ほぼ平均並になる。



改めて絶望した。成果主義は、無能には厳しい。

おそらく、子どもが生まれなくとも、現状と変わらなかっただろう。

上司評価と、自分の頑張り、「多くの人にとって役立つ」という観点での貢献度は違うから

2016-11-25

http://anond.hatelabo.jp/20161125222952

まどマギは、魔法少女ものの分かりやすアンチテーゼだろ。

延長線上ってこたぁねぇわな。

端的に言えば、大人になる憧れを魔法で叶えてきたのが、昔の魔法少女で、

大人になる=魔女になる、という構造で、大人になってしまうことの絶望を示したのがまどマギ