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はてなキーワード: 検討とは

2016-12-03

老害プログラマだが。最近若いもんが書いたコードを読んだ。

例外ってあるじゃろ。tryしてる間にthrowされたのをcatchするアレじゃ。あれは、たしか有用な仕組みじゃ。何かの関数に失敗したとき本来の値のかわりに特定の値を返すのもダサいし、参照型の引数成功たか否かを返すのもダサい場面、というのは確実にある。そもそもプログラマ怠惰で忘れっぽい生き物なので、例外という仕組みがなければ、関数で失敗したことにすら気づかないかもしれない。

だがな。例外魔物じゃぞ。昔は、gotoというものがあってだな。好きなところに処理を飛ばすことができる。あまりに、いろんなところに飛ばせるので、邪悪だと言い出した奴がおって、今ではあまり使われなくなった。なぜgoto邪悪と呼ばれたかgotoというのは、順接、分岐、反復という、プログラムを組む上で最低限必要制御構造から逸脱した、どっかからどっかに飛んでいく、という行為が容易にでき、それを多用したコードはまともな人間には読めなくなるからであった。そして、例外は、まさにその「どっかからどっかに飛んでいく」を容易にするための仕組みなのじゃ。

例外は、順接、分岐、反復による基本的制御構造があった上で、あくま対処を要するアブノーマルな状況に使われるべきものであり、例外というのは、制御機構として使ってはいけない。値を返す目的例外を使ってはいけない。一体どこから来て、どこへ行くのか分からない、そんな、流れ星のような例外の使い方をしてはいけないのじゃ。例外を使うなと言うつもりはまったくない。じゃが、例外制御構造を壊しうるものだと認識し、例外悪用していないか、それによってコードが追えなくなることはないか、と、考えてから、使ってほしいのじゃ。


イベント悪用も見た。イベントは非常に有用な仕組みだし、GUIなんかだと、もはや必須とも言える。なので、イベントを使うことは有用なことだ。けれど、イベントは、いつどこで発生するか予想が付きづらいものが多く、また、スレッドなどを使って非同期でイベントが処理される場合(今時は、多くがそうだろう)は、マルチスレッドと同じく、リソース排他制御を行う必要があるかもしれない。複数の処理が同時に動くというのは、恐ろしいことなのじゃ。いつの間にか、変わってないと思ってた変数が途中で変わるやもしれない。「まー、滅多に起こらないし、ええじゃろ」って判断の上、何も対策しない、という手もあるが、ええじゃろで済むのか済まないのか検討するくらいは必要じゃわな。C# なんかだと、言語レベルイベント実装されておる。じゃからイベント必要ないじゃろと言いたくなるような場面で、イベントが使われていたコードを見た。


便利な仕組みがどんどん出てきて、新しいものがどんどん古くなる今のコンピュータ業界。新しいものを追いかけるのもいいが、基本は基本として、しっかり押さえて欲しいのじゃ。今更、アセンブラゲームを作れるようになる必要なぞ、微塵もないが、自分コードがどのように動くのか、興味をもってほしいのじゃ。わしのような新しいもの不勉強老害は、最近若いもの基本的なことを不勉強からこそ、居場所があるのじゃ。じゃが、わしももう長くない。若いもんは、新しい仕組みの表面だけでなく深い部分に触れて、学んで、わしら老害を追い出せるくらいになってほしい。わしからは以上じゃ。

http://anond.hatelabo.jp/20161202172148

マジレスする。そういう自立した女性で未婚の人が多い場所知ってる。

医歯薬獣医の六年制の大学に多浪して入ったとか再受験学士編入で入った女性は未婚で妙齢で自立心ありで結婚願望もある。これは女性だけでなく男性も然り。

彼等彼女らは長い間を浪人等で過ごしたことで、メンヘラではないのに同年齢層のマッチングに失敗して未婚というパターンが多い。

資格職で稼ぎも安定してるし、学歴等知能も一定レベル担保されてるし、地方わず受験して一人暮らしして家事スキルも身についているパターンが多いから是非検討して欲しい。あんたのように地方住まいなら共働き高収入家庭になると思う。

彼等と知り合うなら、高校時代の知り合いで医学部浪人してた人繋がりで紹介してもらうと良い。医学部の再受験同級生を紹介して貰えるはず。医学部受験失敗して歯学部薬学部行った友達とかでも良い。

今や国立歯学部女性の方が多い(学年男女比で女性が8割近くのところもある)。

まああんたが「学部に拘って年齢重ねた時点でメンヘラお察し」とか言うようなレベルなら、殆どの人が男女問わずメンヘラ認定になってると自覚すべき。

http://anond.hatelabo.jp/20161202213836

なんと!常日頃偽科学だのまとめサイトだののデマとかに騙される情弱共を見下しし自分たちタイトルだけでコメントするようなこともなくしっかり複数の信頼できるソースに当たって検討した上で毎回発言し、失言した者をみればその完璧に等しい言動でもって同じことを何度も言い聞かせて謝ってもその謝罪の不完全さを攻め立て、本職の政治家以上に政治に詳しく常に的確なアドバイスを冷静な言葉ネット上でコメントし続けるネット知的ハイソサエティはてなー様になんたる暴言。これははてブで叩くしかないですな。

2016-12-02

[] 逃げ切らなかった!守安氏の決断と、MERYパクリ問題正念

先日書いた増田の続き。

逃げ切り? DeNAパクリサービスを生んだ土壌は、あの韓国企業の再挑戦

今でも過去ホットエントリーに残っているようだが、これを書いたのは、本当に心から「止めてくれ、守安さん、英断してくれ」と思ったからだ。その翌日の展開を見て少々驚いている。

なぜ釣りタイトルにしたのかというご意見をチラホラもらったが、結果としては、はてブが900弱、Twitterでもかなり拡散され、もしかしたら守安さんか、南場さんか、そのお近くの人に届いたのではと思っている。フォロワー100万人超の津田大介氏に拾って頂けたのも大きかった。

津田大介氏のTwitterより

https://twitter.com/tsuda/status/803994765347917824

iemoとMERYの買収が転機だなということ。あれでルビコン川越えた感はある。

今回のタイトルは「逃げ切らなかった」であり、「逃げ切れなかった」ではない。

逃げようと思えばできたのに"逃げずに向き合った"という意味で、かなりポジティブ評価している。

この一件は、マスメディアでは誤った医療情報を垂れ流した事が問題視しされているが、パクリ問題の方も深刻だ。だから逃げ切らず向き合って欲しくて「問題は2つあり、コンテンツ汚染も深刻」とパクリ問題に焦点を絞って書いた。さらに、守安氏自身ネットを使う側として「本当にこんなことをやりたいのか?」と心情に訴えてみた。

TechCrunchによるインタビューでも、守安氏の発言として「問題点は2つあり、個人的にもコンテンツ汚染は辛い」と書かれていて、指摘した通りの流れになっている。守安氏に読んで頂けたのだろうか?

DeNA守安氏「認識が甘かった」——WELQに端を発したキュレーションメディアの大騒動

今回のサービス停止の判断は、個人的にはパーフェクトであるように思う。

決断が遅かったという人もいるが、問題が起きた時の決断は何をしても「遅かった」となる。なぜなら「決断が早い=そもそも問題が起きない」わけで、何か起きた後はどのタイミングで何をしても「遅い」と言われてしまう。

この点は守安氏もわかっている。インタビュー内でもWELQ対応が遅れた事を反省し、今回は即対応したと答えている。


MERYを残した背景

では、MERYを残した理由はどうか?なぜMERYを残したのだと不満に思う人も少なくないだろう。

今回の一件で、何よりの不幸中の幸いだったのは、MERYを運営しているペロリ社はDeNA本体と多少なりとも別経営にしていたことだろう。M&A後の効果最大化を図るためにMERYを吸収することも検討しただろうが、今に至るまでオフィスも別れている。

外部からみると別経営と言われてもピンと来ないが、DeNA渋谷駅前の立派なビル「ヒカリエ」に入っていて、MERYのペロリ社は渋谷原宿中間ぐらいにある雑居ビルに入っている。当然ながら、社風も方針もこの2社は多少なりとも違う。これが結果的に今回のダメージを最小限に食い止めることになった気がする。キュレーション事業内でMERYの存在は頭一つ抜けていて、これを残せるかどうかは実に大きな違いだ。

iemoの村田マリ氏は、サービスユーザへの思い入れより、いかにして儲けるかの方が比重が大きかったように見える。だから、iemoにMERYも抱き合わせて買収価値を上げた。一方で、MERYの中川氏は当初は会社を売るつもりはなく、現在サービスへの思い入れも強い。中川氏としては今回のWELQ炎上は、正直いって「ほどほどにしてくれよ」と思っていたのではないだろうか?

守安氏にとっても、中川氏は子分みたいな存在だろう。だから今回、MERYだけは別組織という「言い訳」ができたことは不幸中の幸いで、実際、「元WebTechAsiaのあの方」まで切り込んでいるTechCrunchであっても、インタビュー内でMERYについては追求できていない。

MERYを残したことに納得できない人もいるだろう。しかし今回の一件で、どのような対応をしても払拭できない事がある。それは「コンテンツをパクられた人の怒りや不満」である謝罪だけではもちろん、仮に金銭的な謝罪をするとしてもいくらなら適正なのかわからない。つまりは、パクられた人の心情を完全に戻す事は実に難しい。

そうであるなら、別組織として動いていると言い訳ができる「MERYと中川氏は残す」という経営的な判断は、しょうがないのかもしれない。

MERYはどうなる?

現在、MERYは記事削除をしているようである

参考:DeNA、人気サイト「MERY」の記事も大量削除「無断転用した可能性」

いやいやいや、ちょっと待て。これはまずいのではないか

DeNAやMERYの側として考えると、記事削除前にやった方が良いと思う対応がある。

中川氏およびMERYはこのタイミングで「パクられた人が容易に訴え出られる連絡先やフォーム」を全面に出したらどうだろうか?言い訳せず、訴え出るためハードルを設けることもせず、オープンに開いてしまうのだ。「パクられたと思っている方、申し訳ありません。こちらからご連絡ください。」と。

そんなことをしたらさら炎上批判殺到することを一瞬想像するかもしれないが、実際には拍子抜けするほど少ない気がする。この手の炎上は、実は正面から受け止める姿勢を見せた方が短期間に沈静化し、社内も前向きに進む事は多い。

一方でこのままでは、いつまで経っても「なぜMERYは残すの?」という火種が残り続ける。DeNAもMERYも優秀な人材採用することは課題であり、膨大な金額を投入しているはずだ。パクリ問題対応窓口設置など、企業ダメージ(=人材損失)に比べたら、全く微々たるものだろう。記事を消しても消してもこの問題は残り続けてしまう。

中川氏としても、今後MERYを女性向けメディアとして更に一皮も二皮も向けていくために、パクリ問題というモヤモヤを残すのか、ここで向き合ってスッキリさせるのか、どちらが良いと考えるだろうか?

大逆風で評価も底を打っているこのタイミングこそが、膿を出し切る絶好で二度と無いチャンスだと思う。もう削除を開始したということは遅かったかもしれないが、この対応方法ではむしろ炎症が残ってしまう。

参考:はてブコメント

http://b.hatena.ne.jp/entry/withnews.jp/article/f0161202004qq000000000000000W03610701qq000014379A

MERYは記事を削除するのではなく、パクリと向き合ったほうが沈静化と印象反転につながるように思う。さらに、結果として虎の子の"記事"も残せる。中途半端な削除は、守安氏がWELQ問題で「認識が甘かった」と反省した同じことをやっているように思えてならない。

http://anond.hatelabo.jp/20161201200721

なんと!常日頃偽科学だのまとめサイトだののデマとかに騙される情弱共を見下しし自分たちタイトルだけでコメントするようなこともなくしっかり複数の信頼できるソースに当たって検討した上で毎回発言し、失言した者をみればその完璧に等しい言動でもって同じことを何度も言い聞かせて謝ってもその謝罪の不完全さを攻め立て、本職の政治家以上に政治に詳しく常に的確なアドバイスを冷静な言葉ネット上でコメントし続けるネット知的ハイソサエティはてなー様になんたる暴言。これははてブで叩くしかないですな。

2016-12-01

君の名は。」に潜む仕掛け―「無常」と「自我」の「対決」の物語

すでにこの映画を見て2週間は経つ。鑑賞直後の雑感は箇条書きで記してはいたのだが、一応もう少しまとめようと思い立ったのでここに記す。

おそらくほとんど人の目には留まるまいが、ネタバレを含むので、ここから以下はぜひ本作をご視聴の上でお読みいただきたい。

また、私自身はこの作品を1度しか視聴しておらず、またこの映画に関する情報パンフレット以外ほとんど(ネット上の評論も含めて)目にしていない状態であるので、思い違いや抜け、または同様の結論に至った他の方の評論がある可能性があることを了承されたい。

また、本文の後半でいくつかの仏教用語使用している。が、恥ずかしながら私の仏教知識は全くの独学であり、また理解もかなり浅いものである。もし仏教用語または知識に間違いがあれば、ぜひとも私のツイッターアカウント(https://twitter.com/gachikibou)またはメールアドレス(gachikibou@gmail.com)あてにご叱正をいただきたくお願いする次第である


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君の名は。」は、大変すばらしい映画だった。

これまで、私は新海誠監督映像作品をいくつか観た(すべてテレビDVD)が、どれも見ていていたたまれない気分にさせられるのがいやだった。今回も「新海監作品」というだけで拒否感が強かったのだが、それを良い形で裏切ってくれる作品であった。

この映画の良い点については、映像作品素人の私でもいくつか挙げることができるが、この文章では、私が「この映画が多くの人の心に深く響いた理由である確信した、ある「仕掛け」について取り上げたい。

私がこの映画で見事な「仕掛け」であると考えるのは、「入れ替わっていた時の記憶は夢のように消えていく」という設定である

ご視聴いただいた方にはわかる通り、この設定は脚本構成必要不可欠であり、それ自体が新海氏の作品テーマの一つである「すれ違い」を生むポイントでもある。

しかし私は、この設定そのものが、多くの観客に非常に深い共感を覚えさせるための、きわめて重要な「仕掛け」であったと確信している。



さて、その「仕掛け」について考える前に、まずは一般的な、夢の「記憶」について少し考えたい。

 

夢の記憶は、実体験のそれよりはるかにもろい。

そもそも、人間が見るほとんどの夢は、目覚めた時には忘れられてしまっているし、たとえたまたま夢を覚えていたとしても、目覚めた後しばらくすると、その記憶が朝のルーチンな行事などによって急速に塗り重ねられていく経験を、多くの人はしているはずだ。

そしてそれは、非常にインパクトのある強烈な夢であっても、実は例外ではない。

 

例えば、前日見た怖い夢について友人に話す時、どうしてもその「怖さ」を伝えることができないというもどかしさを感じたことがある人は多いはずだ。

それにはいろいろな理由が考えられるだろうが、そもそもそうした場合に思い出している夢の「記憶」というのは、実際にはその時の夢に対するおぼろげな「あらすじ」と「『感動』を体験したという『記憶』」を元に、目覚めてしばらく経ってから再構築された、いわば「レプリカである

それは本来の「記憶」ではなく、自分自身によって作られた本来の「記憶」の「代替品」である。そのゆえに、自分自身でもその「記憶」を、生の体験として感じられないのだ。

 

では、なぜ人は、わざわざそのようにもろい夢の「記憶」を、再構築してまで取っておこうとするのだろうか。

それは、その人が、その夢の中で何らかの「感動」(それは「喜び」であっても、人によっては「恐れ」であってもよい)を体験たかである

 

ある夢について、人が「いつまでも覚えている(実際には再構築したレプリカを取っておいている)」のは、その人がその夢の中で、時には現実以上に「感動」させられたからだ。

(つまりは、面白かったテレビドラマアニメDVDなどで保管しておこうという行為と同じである

しかし、そのとっておきたい夢の「記憶」そのものは、前述のように実に「もろい」のだ。

「感動」は個人の心にとって極めて重要体験であり、その存在保証する「記憶」は、ある意味自分のもの」でもあるのに、夢の「記憶」は、いくら手放すまいと抱え込もうとしても、どうしようもなく風化し、変質し、最後には消えてしまう。

すると最後には「『感動』を経験したという『記憶』」という、ある意味抜け殻のようなものけが手元に残るのだ。

この感覚を、自覚している人は多いはずである

 

しかし、人間はそれでも夢の本来の「記憶」をあきらめきれない。

なぜなら、強く「感動」したという事実は、人にとって極めて重要からだ。

からこそ人は、無意識にでも夢の「記憶」を、抜け殻である「『感動』を経験したという『記憶』」を元に再構築して「レプリカ」を作り、それを代替品として残すのだ。

たとえ残しても、その「レプリカ」が、本来の生の「記憶」には及ばないにもかかわらず。

 

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さて、ここまで、夢の「記憶」が本来記憶からレプリカ」に置き換わっていく過程を見てきた。

ここまで考えれば、人はもう一つの事実に思い至る。

 

多くの人は無意識のうちに気が付いているのだ。

実は、夢の「記憶」に限らず、人間実体から得られたものを含むすべての「記憶」も、年月が経つと消えてしまう「もろい」ものである、ということに。

「よかったことの記憶は美化される」というが、実際には美化という「脚色」ではなく、後に再構築された「レプリカ」かもしれず、場合によっては「レプリカ」の「レプリカである可能性すらあるのだ。

 

記憶」は、同じ時代の別の「記憶」や、新しい「記憶」、またはその人自身の心境の変化などによって絶えず影響を受け、さらに年月とともに風化する。

そうして形の崩れた「記憶」を、人は心の棚から引き出して眺めるたびに、足りないところや影響を受けたところを成型しなおし、「ああ、あのころはそうだった」と納得して、引き出しに仕舞う。

仕舞った途端に、その「記憶」はまた変質を続け、風化していく。

そのようなものに、果たしてその「記憶」が生み出されたころの、生の部分が残っているだろうか。

 

そしてその「記憶」がもろく変質し、最初のものと変わってしまっているという事実は、最終的には自分のものの「はかなさ」にたどり着く。

自分があの時得た喜怒哀楽の「感動」を保証する大切な「記憶」が、年月を追うごとに変質し、「レプリカ」に置き換わっていく。

さらにその「レプリカ」すら、風化に耐えられずに「レプリカ」の「レプリカ」に置き換わってしまう。

それは人間記憶システム限界であり、そのような「はかない」もの立脚している人間存在限界であり、どうにも抗えない無情な運命である

この残酷な「はかなさ」を前に、人は多かれ少なかれ、悲しみと恐れを抱くのだ。

 

しかし、いくら「はかない」ものであっても、人はやはり「『感動した』という事実」を保証する「記憶」を手放せない。

それを手放すことは、過去の「感動」を手放すことであり、つまりは「自分自身」の一部を手放すことに等しいからだ。

自分自身」を手放したくないという強い思い。これは、人間という存在の持つ、根源的な欲求の一つといってよい。

 

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さて、ひるがえって「君の名は。である

この作品で、主人公たちは人格の入れ替わりという「夢の体験」に近いもの体験する。

入れ替わっている時の「記憶」は、(夢の「記憶」と同じく)極めてもろく、曖昧ものであることが劇中の様々な演出や、女性主人公祖母経験から示唆される。

また、主人公二人が入れ替わっている最中のことを把握しようと相互に残した記録すら、「世界修正力」とも呼ぶべき現象によって、問答無用に消されていくのだ。

この演出は、夢の中で強烈な「感動」をしながら、夢の「記憶」が消えていくのを経験した人々(たぶん非常に多いはずだ)に、夢の「記憶」の「はかなさ」、どうあがいても失われてしま焦燥感と苦しさを思い出させる。

 

しかさらにその後、この設定の巧妙さが控えている。

この映画において、入れ替わりの「記憶」は、夢の「記憶」と同列にできるものではない。

なぜなら、その「記憶」は(時間軸のずれはあるにせよ)現実世界での体験によるものからだ。

ここで視聴者は(特に視聴者層として想定される若い世代にとっては無意識のうちに)、自分の持つすべての「記憶」そのものも「はかない」ということに気づかされる。

そしてその「はかなさ」は、前述のようにこれまで確かだと思っていた「自分自身」、つまり自我」の「はかなさ」へと続いているのだ。

 

 

この作品が、単なる「恋愛のすれ違い」を描いた作品でない点は、ここにある。

この作品の入れ替わりの記憶に関する「設定」そのものが、人が「自我存在のはかなさ」に知らずのうちに触れる、という高度な「仕掛け」となっているのだ。

 

そしてさらさらに、この仕掛けにかかった視聴者は、「自我のはかなさ」を抱えながら、大災害から人を救いたいという強い想いの結実と、主人公二人の恋の結末を追っていくのである

自我のはかなさ」という「無常」を自覚しながら、それでも捨てきれない「感動」を最終的には得るのであり、これをあえてたとえるなら、大乗仏教における「色即是空」の一端を突き付けられながら、それと相反する「自我」を、恋の思いを主軸にした「感動」として体感させられているようなものである普通人間にとって、これが強烈な体験とならないはずがない。

 

この作品を、「何か『高尚な深み』がない」とか、「ヒットする要素が盛りだくさんで鼻につく」といって評価しない人がいるようだが、前述の「仕掛け」が意識されるならば、その評価は間違っている、と言えるだろう。

確かに、ストーリー上はこの作品恋愛物であり、その結末そのものに何らかの「高尚な思想」は存在しない。

最終的に二人は再会し、そして新しい「記憶」が生まれるだけである

しかし、上記の「仕掛け」による、実は仏教的ともいえる「無常」と、それと対立する「自我」を強烈に意識した構成は実に見事であるし、十分に評価に値すると、私は考える。

 

何より、「無常」と「自我」の対立、というよりは映画エピローグの流れてとしてはむしろ「対決」を、恋愛ドラマをもとにしながらも、とりわけ若い世代視聴者体感(おそらく初経験だ)させるなど、尋常映画ではない。

この点で、私はこの映画日本アニメ映画の中でも特筆すべき存在であると考える次第である

 

**************

 

この映画に関して、もちろん上記以外優れた点は数多くある。

今回記した部分はあくまでも私が特に注目した点であり、冒頭に述べた鑑賞直後の箇条書きの全体量で言えばせいぜい1-2割といったところである

海監督の特徴である映像意図的な美しさや、おそらく何度も検討を重ねて練り上げられた脚本など、評価するところはまだまだあると思う。

しかし、私自身まだ一度しか視聴していないこともあり、また映像脚本に関してはより以上に素人であるので、それ以外の評価は他の方にゆだねたいと思う。

 

そして、私はやはりこの映画は、10から20代の「無常」に関して初心(うぶ)な若い世代に鑑賞していただきたい。

この映画で抉り出されるものは、少なくとも2500年ほど前から人類が立ち向かっている、非常に大きく根源的な問題の欠片である

それに触れた経験というのは、おそらくそ若者にとってかけがえのないものになるだろう。

2016-11-30

見切り発車やめてきちんと検討してから結婚するようにしたら

結婚する奴なんてどんどん減ってくだろうし実際どんどん減ってるのが現状じゃないの?

特に男性側なんて、家電の発達で家事負担のものは軽くなってるし

ジェンダー圧力関係で楽な仕事は得にくいのにパートナーより自分の方が長時間労働してても家事負担は均等じゃなければ人非人のように叩かれるし

よっぽど脳内物質の分泌がハッピー状態の人以外はそうそ結婚しないでしょ

2016-11-29

[]月面舗装、あるいは目地材を巡るボロボロ

月面と地球を往復する資材運搬機について、やはり砂漠から飛び立つよりは舗装された路面から飛び立つ方がエネルギーも格段に少なくて済む。

そうするとより大きな機体を用いることができ、物資運搬のコストも下がる。



そう言ったわけで月面コンクリート舗装研究が始まった。

月面産の『ルナセメント』の生産にはそもそも原材料収集から焼成まで様々な困難が予想され、今だ構想の段階に留めるが、地球セメントに月の砂を細骨材として混ぜた『ルナモルタル』、さらに粗骨材まで加えた『ルナコンクリート』は既に実験が行われ、一定の結果を出している。

粗骨材の強度と打設後の養生困難こそ若干気になるものの、潰しの結果ではどうにか普通コンクリート基準強度に近い値は確認できている。

あとはいかに分厚く打設するかの問題で、必要なら鉄筋メッシュなどで補強を行うのみだ。

ルナコンクリート』と地球上のコンクリートではワーカビリティに月とスッポンの差がある。

 もちろん、月面がスッポン地球の方が月だ。

生産コスト面ではひっくり返って、月面が月になる。それでも、技術として施工可能である



ただし、それはコンクリートを打設するだけならの話しだ。

月面に比べたら気温差がほぼないに等しい地球上でさえ、コンクリート連続打設には目地を必要とする。

熱膨張と収縮に対応するため、地球では10メートル以内に一箇所の目地挿入が望ましいが、温度差が数百度に達する月面では目地間隔を3メートル程度に設定する。

しかし、そもそも目地の素材についての選定が困難を極めた。



通常、地球で使うエラスタイトなどの弾性樹脂類は温度差、紫外線劣化が激しく、短い期間で意味を成さなくなる。

ある程度の耐性を備え、十分な弾性を備えた物質が並べられた。

石綿環境への耐性こそ強いものの、弾性が不足した。

鉛は昼間の融解での現況回復を期待されたが、昼夜を繰り返すうちにひずみが大きくなる。

その他、油粘土などの様々な案が出され、実験が繰り返されたが、どれも月面の環境に早々に用をなさなくなった。

過去の事例に倣って木質の板材などが試され、他の物質よりいくらかいい結果が出たが、低温時に衝撃を加えられると破砕される弱点を露呈した。通常の車両走行程度ならともかく、資材運搬機の離発着にはとうてい耐えられない。



結局、月面離発着施設については建設が見送られ、二本のレールと電気を使って飛ばす、俗に言うレールガンが次案として検討されることになり、科学者達が大幅に増員されることとなった。

あおりを受けて月面の土木屋達は大幅に人数の削減を受けることとなり、地球へと帰っていった。



(結局、レールガン構想は数年後に頓挫し、月面基地第一である宇宙での人類生存のための技術確立についても大幅に停滞することになる。その為、当時の基地司令官は長く無能代名詞的に扱われることとなった)

もちが禁止されてから10年が経った

もう今では、餅を販売することも、自宅で作ることも所持も許されない。違反した人には、懲役3年以内の刑に処される。

禁止された理由簡単過去に多くの人が餅で喉を詰まらせ、餅が人を殺してきたからだ。

自身まさか餅が規制されるとは思ってなかったが、様々な運動事件が(餅規制派にとっては)うまくハマってしまい、餅が規制されることになった。



きっかけは、ある自治体住民に対して、野外での餅つき禁止したことだった。

これは、表向きは集団食中毒を防ぐため、とのことだったが、明らかに餅による死亡事故責任を負いたくない自治体責任逃れだと批判が集まった。

この時の世論は、「餅つき日本の伝統。できないのは残念だ」という思いがほとんどであった。

このニュースが全国ニュースで流れ、はてぶで炎上し始め、餅つき禁止おかしい、伝統を守れ、という意見が流れ、抗議集会が各地で開かれることになった。

趣旨としては、餅つきという日本の伝統を守り続けるために、衛生管理をしっかり行い、みんなで餅つきをして安全性アピールしようと言ったものであった。

しかしながらこの集会が最悪の結果になってしまった。全国20か所で行われた餅つき会において、餅で喉を詰まらせた死亡事故が15件発生してしまった。

この最悪な事件は、先のニュースもありショッキング事件として大々的に報道された。

このあたりから世論おかしくなり始めた。

まず餅の喉詰まらせによって家族を失った被害者団体が結成され、とても大規模な人数となった。

毎年食べ物で喉を詰まらせて亡くなる人は5000人弱いるが、そのうちの20%近くは餅によるものである

それが毎年起こるのだから被害者団体が大規模になるのも、当然である

被害者家族たちは、

「餅を詰まらせて亡くなった時は、とても残念に思った。餅を食べる際の不注意が原因なので、仕方ないと諦めていた。」

「今思えば、餅を食べなければ死ぬことはなかった。こうした憤りをどこにもぶつけることができず、当時は苦しんだ」

という声に共感を覚え、どんどん被害者団体に加わった。



それとは別に政界の方でも、与党への支持率の高さに少しでも攻撃材料が欲しい野党らが、こんにゃくゼリー規制の時の議論を引き合いに出し、国会審議に持ち込んだ。

趣旨としては、「なぜこんにゃくゼリー規制の際に、30倍もの危険性を持つ餅を規制しなかったか。」とのことだった。

海外では餅は、サイレントキラーと恐れられ、内閣府食品安全委員会が発表している「食品による窒息事故についてのリスク評価」でも、お餅は最も危険食品ひとつとされており、お餅こんにゃくゼリーの30倍、飴の5倍ほど窒息事故の頻度が高いことが知られている。

こうした危険性を認知していたにも関わらず、規制に乗り出さなかったのは怠慢だと攻撃し始めた。

これらの出来事きっかけに、「伝統か人命か」という議論が巻き起こることとなった。

被害者団体は、「伝統を守るためなら人を殺してもいいのか?」をキャッチフレーズに、餅規制署名100万人規模で集め、国会へ提出された。

どんどん大きな動きとなっていく中、与党では何かしらの餅に対する規制検討すると発表した。

当初の案では、特に死亡事故が多い10歳以下の子供、60歳以上の老人を対象に、家族等がいない状況での単独での摂取禁止する方向であった。

また餅パッケージの1/3以上に危険である旨を表示することも義務付け、餅税などを検討していた。



しかしながら、年内に結論が出ず、翌年の国会に持ち越しとなった。これがまずかった。

来年以降餅が規制されるかもしれないとの危機感から、いわゆる駆け込み需要が起きた。

特に60歳以上の老人が餅を買い込み、大量に消費した。無理もない。今まで習ってきた日本人伝統規制されようとしていたのだから

その結果、その年始で餅を喉につまらせて亡くなる人は例年の3倍以上、1000人にも上った。

事態を重く見た国会は、急かされるように1月中に餅規制法案を可決。60歳以上の人は、家族同伴、もしくは一緒に食べる人がいる証明がないと餅が買えなくなってしまった。

また餅を食べられるのは10歳以上ときまった。餅の消費を抑えるため、もち100gあたり30円税金も課されるようになった。



こうして餅に対する初めての法規制ができてしまった。それ以後は雪崩式のように規制が強くなっていった。

税収増加も目的として、餅税が徐々に上がっていった。その結果、餅は嗜好品になり、タバコや酒と同じような扱いになっていった。

他にも色々あったが、徐々に餅を食べる伝統が失われ、餅を食べる危険性だけ目立って攻撃されるようになった。

かつては危険性があっても伝統から、という理由で見逃されてきたが、それもなくなり、とうとう10年前に餅は全面禁止されてしまった。



寂しいような気もするが、どうしても餅が食べたいという人は、新しく開発された、詰まりにくい合成餅で我慢している。はっきり言って合成餅はマズイ。

だけど完全に餅がなくなったわけではなく、たまに餅所持の現行犯逮捕された、というニュースが出る。

つい最近なんて、長野の過疎村に集団移住して、こっそりもち米を栽培、餅を作って食べていた集団摘発された。

周辺で餅つき大会を開くなど、餅コミュニティーを作っていたとのことだ。恐ろしい恐ろしい

2016-11-28

ポータブルスキャナ

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購入検討しようかな?

フィーダーなんて付属してなくて

自分で動かすタイプで十分やな。

第一FRESH!杯に参加して心底バカにされた話が、バカ面白く思います

第一FRESH!杯に参加して心底バカにされた話

http://chomosh.hatenablog.com/entry/2016/11/28/005136



この記事に書いてあることをざっというと、たぶんこんな感じだと思いました。



この人の主張

・景品が豪華だから大会参加を決意

運営からの別件の誘いを断った

大会参加した(連絡がぎりぎりで腹がたった)

・当日、自分配信されないと知った 不公平で腹がたった

・賞金の検討の項目が消えてる 腹がたった

ツイッター運営の有様をのせた

・賞金と生放送釣られ、バカにされた気分だと思った

・これら不満をブログにのせた




ではまず、以下のシンプルな本大会の参加規約を読もう。

一日、半日と言わず、ほんの数分で目を通すことができます

https://gamy.jp/smartphonegame-all/FRESH-cup-reguration


禁止事項 例

・本大会規約に反すること。

大会運営に関する情報を、許可無く外部へ公開すること。


免責 例

運営チームの責任によらない不可抗力による変更時は、

>賞金や交通費支援の支払いを行わない場合があります


>また不可抗力時、運営チームは参加者に対してその責任を負わず

大会への参加のために要した諸経費の支払請求の一切を受け付けません。




この人、ツイッターブログ大会運営に関する情報をあげまくりですね。

運営運営なのかもしれないけど、こいつもこいつで、両方面白そう。



賞金は、免責に書いてあるとおり。

無理になったら、ごめんしますよ、って書いてあるね。

だれも読んでない参加者同士であれこれ言ってたのかな。

そもそもこの記事が参加規約に触れないのは、この人の恣意偏向してると読んでよいのかな。



トップランカーの出演価値が0円と判断された。そうか、残念だったね。

でも、そこから先は、文句を言ってる前提が参加規約とずれてる。

これらの文句を言うなら、最初から参加せずに言わないと行動と主張に一貫性が無いように私は思います



自分でも言ってるとおり、「バカから釣られて、腹がたった」みたいな話をしてるだけでは?



フォローすると、大会は、種目を問わず緊迫した独特の空気があって自分も好きだ。

このカードゲームはどんなものか知らないけど、この人も最後ちょっと決勝の話を挙げているね。

で、情熱捧げてるし、規約無視して、自分の主張を好き放題大声で唱えてみた。



ブログを読んだ人は、それになにか共感するとこあるんかな?

バカ同士だから信者から、この考えを支援する的な文化シャドウバースにはあるの? 狂信的ゲームだな。

(すいません。わたしシャドウバースがどういうゲームなのか知りません)





以下、私の意見

スタートアップ分野の開拓地で、当たり前を要求するかー。って感じです。

AbemaTVの現状もちょっと調べればわかるとおり。シャドウバースは、調べてみたところ和製ストーンなのかな。

格闘ゲームよりも浅い開拓地に見えるけど、どうなのか。


で、この人の胸の内の当たり前の状況を整えてくれないとあれば、このとおり不満爆発。

プレイヤーをなんと心得るのか!! 盛り上げるためには、我らこそ!! でしょうか。


もちろん、シャドウバースを盛り上げることにも協力したいらしい。

まらんね。ちょっと違うけど、少し前に面白キャラ晒したreso_puyoというアカウントぷよぷよ話を思い出しました。


これが優勝したって、この番組、あれがそれこれで逆に面白そうですね。

シャドウバースちょっとインストールしてみようかな、と思いました。

良心の日

12月19日は永く良心の日として記憶されることとなった。

ペンシルバニア州ミシガン州フロリダ州選挙人団ヒラリー・クリントンへの投票を行ったのだ。うち、ミシガン州投票は宣誓違反として州法に基づき選挙人が交代させられることとなったが、それでも281票対257票でヒラリー・クリントン大統領に選出された。

選挙人制度はそもそも広大な範囲全国的国民投票不可能であった18世紀の代物であり、特定人種の票を半分としてカウントするなど、歪んだ目的でも使われてきた。現在では全国的な票数を参考に選挙人が票を投じるべきとする "The National Popular Vote Interstate Compact" の動きもある。ペンシルバニア州はこの協定への参入を以前より検討しており、今回の翻身には国民全体の票数はクリントン候補の方が上だった事が大きくかかわっているだろう。

また、過激発言を繰り返した煽動者勝利に酔ったレイシストが暴れまわった事も影響した。一般投票後にレイシストが各地で様々な暴行犯罪を繰り返しており、移民人口の多いフロリダ州ではトランプ政権下での移民弾圧危惧されていた。

いずれにせよ、アメリカ合衆国煽動者には屈せず、正しく良心に従って進む国家であるという事を内外に示した形となった。

同時に、いち早く煽動者の下に駆けつけ尻尾を振った哀れな日本国首相の面目は丸つぶれとなり、日本国際的評価は著しく損なわれた。次のサミットはG6で問題ないだろう、とイギリスドイツ意見は一致しているという。

2016-11-27

物忘れが激しい

から物忘れが激しい。

そのために苦労も多い。

特に仕事に至っては、いろいろと迷惑をかけてしまう。また、場を読めない発言もしてしまう。

軽い発達障害が或るのかもしれない。

だましだましやってきたが、また転職検討をするかもしれない。

39歳、どうやって生きていけば良いのだろうか。

WELQの面接で落とされ、その後WELQが炎上して、思うところ

WELQの運営方針や内容の信頼性を巡って炎上が続いている。DeNAは慌てて専門家の監修を開始するというリリースを出しているが、遅きに失した形だ。

個人的な話だが、夏頃転職を考えていたこともあり、DeNA候補の一つとして面接を受けてきた。メディア系の職歴であったため、DeNAパレット(同社のキュレーションプラットフォーム。Find TravelやMERYもこれ)においてプロダクトオーナーをやってほしいというオファーがあった。

その内の一つがWELQだった。WELQについて調べてみると、オープン半年利用者600万人超のメディアになったと誇っていた。なるほどSEOが強烈に強く、適切な医療知識を持たない人々であればうっかりクリックし、信じてしま可能性があるほど、順位ワードもこなれたものだった。記事ボリュームも圧倒的にあり、優位性は明らかで、それなりにやりがいのある仕事ができそうに思えた。

一方でマネタイズを真面目に考えると、著作権法薬事法医師法を遵守し、内容の信頼性を高めていかなければならないと思った。記事をパクられた側の抗議によるレピュテーションリスクがあり、広告ではきちんとしたクライアントが付かない。なによりユーザーが内容を不審に思い始めるのは時間問題だろうと思った。

また、編集長という立場の人が明示されておらず(強いて言えば村田マリ)、記事匿名ほとんど。署名記事でも著者が実在するのか不明。調べればクラウドワークス等で集めた医療従事者でもないライターが激安価格で記事を量産しているという。その内パクリ元のオリジナル記事が枯渇し、内容的には過去の焼き直しでジリ貧になっていく問題も抱えていると思った。現時点でも既に、同じテーマなのに書いてあることが違うという、メディアとしての主張に筋が通っていない部分が見受けられる(例えば食物アレルギー記事)。まあこのあたりはパクリ元に収益還元する仕組みを作ればYouTubeのような発展も有りや無しや、ではある。

これらのことを面接では鋭く主張してさしあげた。面接相手KDDI出身DeNAに来たというM氏だ。まずあった反論は「医師の監修は検討しているが、今はメディアとして完全に定着させることが先」とのことだった。要するに投資ステージなので外野はゴチャゴチャ言うなということなのだろう。しかしそこは永久ベンチャー標榜しているとはい東証一部上場企業いくら面接相手でもコンプライアンス意識なしというのをあからさまに伝えるのはまずいという意識があったのだろう、「将来的にはキュレーションを抜け出し、一次メディア化したい」という補足もしっかりあった。面接自己評価としては、よりよい方向、健全な成長に導ける有能な人材であろうことを強く印象づけられたと確信し、渋谷ヒカリエを颯爽と後にした。

で、落ちた。「貴殿のための適切なポジションが社内にご用意できませんでした」という、転職業界ではテンプレート化しているお祈り文言だ。言うまでもなく、批判が図星で、わざわざ入社させてDeNAパレット事業方向性撹乱させることはしたくないという判断が働いたのだろう。

ファウンダー南場智子コンプガチャ問題で手痛い失敗をして以来、業界はもちろん、自社の事業ポリシー健全化に務めてきた。この辺は著書『不格好経営』にも載っているとおりだ。公平性や透明性意識の浸透を狙ってスローガンDeNA Quality」を定めた。しかし、WELQはもとより同社のDeNAパレット事業全体においてグレーなやり方がはびこっており、掛け声倒れに終わっている感は否めない。お友達感覚で連れてきた事業責任者にもそれを理解させ切れているのか。旦那病気療養のために一旦引退し、そして得た医療健康事業への熱い思いが、自らの社員役員らによって反故にされている現状をどう考えているのか。

何も面接で落とされたから腹いせにこういうことを書いているのではない。むしろ今は受からなくてよかったとさえ思う。キュレーションという新しいメディアのあり方と、正確性や信頼性が最重要視される医療情報との食合せが悪かったという問題だけではない。WELQを閉鎖すれば終わりでもない。DeNAソーシャルゲーム以外の事業の柱を作っていくうえで、体質を根本的に変えていかなければならない現状に直面しているのであり、それに対するしっかりとしたステートメント必要だと考える。決してWELQだけに問題矮小化するべきではないことを、DeNA理解するべきだ。

補足:なおWELQの前身はMedエッジといい、こちらは比較信頼性のある著者が書いていたり、転載元医療サイトだったりする、(相対的に)いいサイトなのだが、現在はMedエッジ時代掲載された記事は埋もれてしまいがちになっている。

自殺させてやりたい」という目的でのハラスメント

パワハラを受けている全国の労働者の皆さん、如何お過ごしでしょうか。

私は「殺してやりたい」という動機の元でパワハラを受けております

それも夢と魔法王国本社で。夢に満ち放題。素晴らしいね

自称体育会系企業パワハラとはどのようなものか、皆さんに共有しておこうと思います

ブラックな読み物としてコーヒー片手にお楽しみください。

まずは転職当初からお局達のイビリ。

聞いてもいないことにネチネチとケチがつくのは当たり前。

管理職候補としての採用への妨害目的もあったようです。

こんなの「あるある」ですか?ですよね!でもまだまだですよ!

上司上司パワハラ企業俺様の機嫌を損ねたらパワハラの嵐。

仕事外し、仲間外しは当たり前。止めろと言っても嫌がらせ

この辺なら話し合いで解決できるかと思っていたのが大間違い。

パワハラ止めろ」と言っても聞かない。むしろ逆切れ

しまいには人事本部長を巻き込んで嫌がらせ

人事本部長の指示を受けた老害達が「死ね」「殺す」と脅迫するのは日常の事。

どうやら、社内の挑戦意識の希薄さへの、批判への逆恨みもあったようで。

住所は漏洩されるわ、amazonの購買情報漏洩されるわ(パワハラ社員達の会話の録音から判明)、違法行為の嵐。

この辺で十分に事実小説よりも奇なり、な展開。amazonの購買情報漏洩されたら如何ですか、皆さん。

労基署労働局相談するも、実際は「自分でなんとかしてね」というのが基本スタンス

それはそれで仕方がないので、労働審判等を調べていたら、これまたおかし発言老害から出放題。

労基署には金を払って懐柔しているからチクっても無駄だ」

(労基署相談すると内容を是正勧告として企業に伝えるそうです。初めて知った。。)

あのー、それって収賄っていいます違法ですよ。ブラフだと思うけど。

ここまで法の意識がない方々も世に珍しいのでは無いでしょうか。

最早話が通じないので転職検討したら、これまた違法行為の嵐。

dodaやリクエーに話した相談内容がパワハラ社員達に漏洩されている。なんと!

しかも、人事が私の中傷を他社にメールで送ったそうで、転職妨害されております

録音によると動機は「逆らったから殺してやりたい」「幸せにならないようにしてやる」「自殺させてやる」だそうで。

本当に自殺したらどう責任を取るのかな。無責任人間って世の中にいますよね。

こんな企業にも勤めているパワハラ被害者もいるので、皆さんも戦う気力を落とさないでくださいね

因みに申し上げると私はまだ死にませんし、転職できるような資格取得の為に努力している最中です。

死にたいと思っているパワハラ被害者の方は、一緒に「ぶっ殺す」気持ちで戦っていきましょう。

2016-11-25

集団的自衛権のためには、改憲がいる。だから集団的自衛権のためには、改憲がいらない」

買い入さんより貴重な投稿

集団的自衛権のためには、改憲がいる。だから集団的自衛権のためには、改憲がいらない」

経済は穏やかに回復をずっとつづけている。だから経済悪化している」

日本人の命は絶対まもる。だから政権交代海外で数十人の邦人が殺されています

「現地は、安全危険がありません。だから自衛隊危険から守るため駆けつけ警護します」

「聖域は絶対にまもります。だから、聖域は譲歩しました」

「各国はアメリカを含むTPPを推進します。だから日本以外の国はアメリカ抜きのTPPを検討しています

汚染水アンダーコントロールです。だから駄々漏れです」

東京オリンピック財政は万全です。だから予算でこまっています

安倍……。


参考になります拡散しましょう。

2016-11-24

艦これ二次創作の動向分析

半年ほど前、ブラウザゲーム艦隊これくしょん」(以下「艦これ」) の人気動向について、

  ・艦これ権利を持つ版元が直接関与する公式関連

  ・ファンが中心となって活動する二次創作関連

の双方の観点から分析を行った。

その際は大雑把にいえば「公式関連の人気は今だ根強く、二次創作関連の人気はやや下落気味の傾向が見られる」という公式二次創作の人気の乖離について言及したが、今回二次創作関連に焦点を絞って改めてその動向を調査したところ、艦これ」における二次創作活動規模は明確に縮小しているという事実が明らかとなった。

最近公式関連の動向やコミックマーケットの動向を見ていると、この結論に疑問を呈する方は多いのではないかと推測する。

前回の報告では二次創作人気の下落について明言を避けたが、今回はその点も含めて何故このような結論に至ったかについて、調査によって得られた数字を元に出来る限り客観的に述べていこうと思う。


大前提としての注意事項

本稿を読み進めるにあたっては、まず大前提として以下の点を必ず理解いただきたい。

  ・あくまで「艦これ」の二次創作の動向に関する分析であり、公式関連の人気とは直接的には関係しないこと 重要

  ・出来る限り、調査で得られた数字という客観的かつ定量的指標をもとに説明するように努めていること

  ・しかしながら人間が書いている以上、常に何らかのバイアスがかかっている惧れはあること ← とても重要

  ・比較対象として他ジャンルの動向を示すことがあるが、あくま特定の条件下での比較であり、対立を煽る意図はないこと


艦これ二次創作の規模縮小を"明確に"述べるに至った判断基準

本稿を読み進めている方の最も気になっている点がこの判断基準ではないかと考える。

これは次節から述べる各指標調査結果から総合的に判断したものであり

  ・短期間のゆらぎを除いて上昇基調に反転した指標がないこと

  ・下落継続期間が相当の長期に亘っていること (約2年間)

  ・下落後の安定期というものが未だ現れず今なお下落基調が続いていること

の3点が核となっている。

以上の点について、次節から指標の動向を定量的に述べていく。


下げ止まらない二次創作コミュニティでの投稿数・閲覧数

二次創作活動を行うためには、それを行うための「場」が必要となる。

特に艦これ」の場合サービス開始とともにインターネット上で爆発的に人気を博した経緯から二次創作活動においてもインターネット上のコミュニティがそういった「場」の大きな一角を占めている。

まず初めに、それらの中でも特に影響力の強いいくつかのコミュニティについてその動向を述べる。


pixivにおける「艦これ二次創作の動向

以前も述べたとおり、二次創作においてpixiv投稿数とサークル数の間には強い相関があり、pixiv二次創作活動において今なお大きな影響力を持っている。

投稿数の推移は、


○週間平均投稿数:

 ・2014年10月12月:3,632枚

 ・2015年1月3月 :4,111枚 (最大値:5,214枚 2/16週)

 ・2015年4月6月 :3,762枚

 ・2015年7月9月 :3,558枚

 ・2015年10月12月:3,091枚

 ・2016年1月3月 :3,357枚

 ・2016年4月6月 :3,064枚

 ・2016年7月9月 :3,002枚

 ・2016年10月11月:2,435枚 (最小値:2,004枚 10/17週) ※集計中


で、約2年間一貫して下落トレンドが続いており、下げ止まる気配は一向に見られない。

2015年2016年ともに特に10月投稿数が落ち込む傾向にあるが、中でも去年10月は初めて週間投稿数が2,500枚を切り、今年は2,000枚を割り込む寸前まで減少した。

pixiv自体利用者数の減少ということも考えられるが、2014年の段階でほぼ同規模であった東方Project投稿数をバックグラウンド値として比較すると


○【参考:東方】週間平均投稿数:

 ・2014年10月12月:3,712

 ・2015年1月3月 :3,662枚

 ・2015年4月6月 :3,918枚 (最大値:5,130枚 5/3週)

 ・2015年7月9月 :3,635枚

 ・2015年10月12月:3,733枚 (最小値:3,037枚 12/3週)

 ・2016年1月3月 :3,651枚

 ・2016年4月6月 :3,719枚

 ・2016年7月9月 :3,520

 ・2016年10月11月:3,420枚 ※集計中


とこちらは極めて安定的な推移を見せていることが分かる。

その他、比較的長期のジャンルであるアイドルマスター」や普遍的な「オリジナル」「創作」などのタグでも投稿数は安定的に推移しており、pixivから投稿者の大幅な流出が起こったとは考えにくく、pixivにおける「艦これ」の二次創作は底の見えない規模縮小が続いていると判断せざるを得ない。


指標としてはやや劣る閲覧数は、以前も述べたように2015年6月初頭にpixiv側での集計仕様に変更があり、その前後での単純比較及び他ジャンルとの絶対数比較が困難となる。

そのため仕様変更以降のみを検討するが、2015年8月には週平均で3,000万近い閲覧数があったのが、2016年1月には2,700万まで低下し、同年6月には約2,400万に、直近の10月には約1,700万まで落ち込んでいる。

ただし、2016年10月以降の閲覧数が大幅に落ち込んでいるのは、すでにTwitter匿名掲示板で指摘されているとおり、2016年9月4日からpixivの閲覧仕様変更により閲覧中心のユーザーが離れたことが原因であると推測される。

(他のジャンルでも直前の3ヶ月と比較して約25%閲覧数が減少している)

しかしながらその要因を考慮した上でもなお艦これ作品の閲覧数が減少傾向にあることは、長期トレンドの推移からも間違いない。


ニコニコ動画/静画の傾向

ニコニコ動画には、2016年10月現在で週平均約300~350程度の艦これ動画投稿されている。

これは2016年3月頃の投稿数と同程度であり、一見すると投稿数の減少は収まったかのように見える。

しかしながらその内訳を見ていくと、「MMD艦これ」に代表される二次創作作品割合が低下してきており、艦これ二次創作作品実数は未だ減少し続けているのが実態となっている。

直近の11月公式関連の本編ゲームイベントなどもあり投稿数が約800前後と大幅に増えているが、その増加分はほぼ全てがゲーム内ボイスの転載といったゲーム本編関係動画となっており、二次創作の増加の気配は見られないのが現状である


ニコニコ静画の動向もpixivのそれに近い状態であり、艦これ二次創作作品投稿数減少に歯止めがかからない。

2016年1月3月の段階では週間平均で約1,500枚の投稿数があったにも関わらず、同11月では約950枚とついに1,000枚の大台を割り込んでしまった。

未だ投稿数の底が見えないこともあり、減少傾向は今後も続くものと推測される。


Twitterの動向

最近よく耳にするのが「二次創作活動の場はpixivニコニコ動画からTwitterに移っているのではないか」という疑問である

Twitterはその仕様上、二次創作に限った検索投稿されたイラストの全数調査という手法が困難であるが、昨年末から試験的にいくつかのキーワード指標を設定してTwitter上での二次創作活動推移の定点観測を試みた。

結果的には設定した全ての指標で減少、あるいは横ばいという傾向が見られたが、これらは公式関連の動向による攪乱を受けてしま懸念を完全には排除することができず、今しばらくの検討必要であると考えている。

その中でも比較安定的指標と考えられる艦これ版深夜の真剣お絵描き60分一本勝負」(いわゆる艦これワンドロ) の動向を示すと、日毎の変動はやや大きいものの、昨年末調査開始の時点で日平均約220枚程度の投稿があったものが直近1ヶ月では約140枚前後まで減少している。

このような減少傾向はpixivニコニコ動画といった旧来のコミュニティの動向と大差なく、結果を総合的に判断すると、現段階ではpixivなどからTwitter活動の場が移ったと解釈するのはいささか困難であると言わざるを得ない。


集約化の進む「艦これ同人誌即売会

前回に引き続き「艦これ」が関係する同人誌即売会の動向を調査した。

いくつかのイベントを例に直近の動向を調査すると


 ・コミックトレジャー(オールジャンル):381(第25回)→372(第26回)→319(第27回)→361(第28回)

 ・蒲田鎮守府:243(第2回)→59(第3回)→以降開催なし

 ・海ゆかば:133(第3回)→47(第4回)→54(第5回)

 ・西海ノ暁:50(第5回)→63(第6回)→33(第7回)→55(第8回)→56(第9回)→14(第10回) ※第9回は併催の艦これオンリーを加えると114サークル

 ・駆逐してやる!~なのです:65(第4回)→32(第5回)→16(第6回)→46(第7回)→34(第8回)→17(第9回)→27(第10回)

 ・我、夜戦に突入す!:375(第2回)→312(第3回)→287(第4回)→115(第5回) ※第5回は併催イベント共々募集規模が小さい

 ・砲雷撃戦!よーい(東京):1010(2015年9月開催)→686(16年1月開催)→945(5月開催)→834(9月開催)


となっており、各イベントとも多少の増減はあるものの規模は比較固定化してきたように見える。

その一方で「蒲田鎮守府」「鎮守府に着任しました!」「艦娘まりんふぇすた」など、休止した即売会も規模の大小を問わず多く存在しており、即売会の統廃合が急速に進んでいることが伺える。

特に艦これ同人誌即売が群雄割拠した2014年比較して2016年個別開催数が約半数までに落ち込んでいることを踏まえると、現在継続して開催している即売会が規模を維持できているのは、集約化による影響が大きいと考えられる。


即売会の規模について簡単に触れておくと、現在継続して開催されている即売会には、最大規模の「砲雷撃戦」の他、「我、夜戦に突入す!」「西海ノ暁」「駆逐してやる!~なのです」「絶対海域」などが存在するが、「砲雷撃戦」と「我、夜戦に突入す!」を除けば全て参加サークル100未満の小規模即売会となっている。

比較的小規模なまま推移しているのは、おそらくは艦これ即売会基本的に他ジャンルとの併催で行われることが多く艦これ単独での規模が抑えられがちになる点、キャラクターオンリー即売会などが発達せず即売会同士の差別化が多分に地理的要因に起因している点が原因ではないかと推測している。

このような要因によって艦これ同人誌即売会を取り巻く環境は今なお厳しく、集約化はこれからも間違いなく進んでいくものと考えられる。


サークル当選数」が隠すコミケの動向

最後コミックマーケットにおける艦これ二次創作サークル数の推移を見て行きたい。

2013年冬のC85以来、コミケにおける艦これ二次創作サークル数は常に増加してきた。

今冬のC91では艦これサークル数は2153サークルとなっており、前回を91サークル上回った。


しかしながら、コミケは参加申し込みが他の即売会比較して圧倒的に多いため抽選制を取っており、基本的落選がなく申し込み数=当選数となるオンリー即売会のように「(当選)サークル数」の推移を見ただけでは傾向を掴むことはできない。

そこで、艦これ専用のジャンルコードが設けられたC87以降の艦これジャンルの (当選数, 申し込み数, 当選率 [当選数/申し込み数]) を確認すると


 ・C87=(1840, 2295, 80.17%)

 ・C88=(1846, 2230, 82.78%)

 ・C89=(2062, 2425, 85.03%)

 ・C90=(2062, 2360, 87.37%)

 ・C91=(2153, 2364, 91.07%)


となっており、当選サークル数が毎回増えているのは当選率が毎回上昇しているためで、申し込み数のピークはC89であったことが判明した。

特にC91ではC90と申し込み数がほとんど変わっていないにも関わらず当選率が3.7%上昇しており、結果的過去最大のサークル規模を達成する直接の原因となった。

これだけの規模のジャンル当選率が9割りを越えることは非常に珍しい。 (コミケでの規模が第2位の「東方」は (1582, 1780, 86.87%)、同第3位の「アイドルマスター」で (1231, 1428, 86.20%) 、また「東方」が今回の艦これと同程度の当選数だったとき当選率は C85=(2246, 2848, 78.86%))

この原因はおそらく同ホールに配置された他ジャンルとの兼ね合いでの端数調整に起因するものと考えられるが、より規模の小さなジャンルに端数分を振らなかったことにはやや疑問を覚える。(無論、艦これファンとしては当選サークル数の増加は嬉しいことではあるが)

これまでの分析では、集約化によって減少した艦これオンリー即売会の穴を埋めるようにコミケへの参加者の集中が起こっているものと考えられていたが、検証結果を見る限りでは実体としては「コミケへの集約化は思ったほど進んでいない」あるいは「集約化は進んだがそれ以上のペースで艦これサークルが減少している」のいずれかが起こっているものと考えられる。

いずれにせよ、コミケ以外の場における強い二次創作の減少傾向が存在することからも、今後のコミケにおける艦これの動向は決して明るいものではないと予想される。


艦これ二次創作の今後

以上から艦これ二次創作を取り巻く現在環境は非常に厳しく、今後も現在の傾向が続いていくことになると予想される。

ジャンルの動向を見ても、ここ半年からガルパン」の二次創作が爆発的な人気を博しており (6月のSDFスペシャル9月の砲雷撃戦に参加した方は、併催のガルパンオンリー即売会にむしろ艦これ以上の人数が集まっていたことに気付いたことと思う)、加えて東方の人気が再び戻ってきたという話も最近はよく耳にし、アイドルマスターも未だ徐々に規模を拡大しつつある。

今後、仮に二次創作が再び増加に転じることがあるとすれば、それは公式関連の劇場版が多くのファンから好評を得た場合である

というのも、書籍映像作品二次創作に繋がるような要素を多く含み得るものであり、また過去にも賛否割れアニメの放映後に実際に二次創作活動が最盛期を迎えたという実績もあるためだ。

公式関連の人気が今だ根強いことは、この記事を書いている今ちょうど話題になっている百貨店三越」とのコラボ商品を求めて多くのファン店舗に集結したことなからも伺える。

そして、コラボグッズと映像作品、どちらがより二次創作に影響を与えるかということを考えると、物語性の強い映像作品に軍配が上がることは簡単に予想できる。

しかしながら、以前に実施したコラボと内容の近いなか卯コラボローソンコラボ第2段がやや不発気味だったことを考えると、同じ映像作品であるアニメ放映後の劇場版にどれほどのインパクトがあるか、それによって二次創作人気の下落は底を見せるか、反転後の上昇はどの程度まで達するか、などが重要となってくる。


長々と検証を述べたが、艦これ二次創作の規模は明確に縮小しているという現実を知った上で、その事実に抗って跳ね返すくらい活発な二次創作活動が今後増えてくることを期待している。


(了)

増田スパムについて運営から回答を頂いたので書くよ

captchaNG文字列対策はしている

定期チェックはしている

今後も有効対策検討している

スパム投稿者側も対策をしていて難しい


だそーです

2016-11-23

スクエニFF15ネタバレ拡散者に法的措置検討

IGNのライブFF15ディレクター田畑が直接言ってた。

特に海外じゃなくて日本だってよ。


海外配信してるだけだけど、日本はどうも無差別ネタバレ爆撃かましてる人が大量にいるみたいで凄まじいことになってる。

20代後半の後輩に将来の夢聞いた

どういう流れだったかは忘れたけど

仕事が一段落して帰り支度しながら

宝くじ当たったらとか

金ためて何したいか

みたいなくだらない話をしていたときだと思う


俺は最近家建てたんだけど後輩はどんな家がいい?一戸建マンション

みたいなことを聞いた(田舎でフルローンでも賃貸家賃と同等か安いくらいだからか家を建てたり買ったりするのは当たり前の地域だ)


後輩は去年結婚したばかりで来年には子供も産まれるらしいので

さぞピカピカな夢を語ってくれるんじゃないかと思ったんだけど

出てきた言葉

「そんなことより(定年退職後)有料老人ホームに入りたいですね」

というものだった

それも「どうせこんな時代だし老人ホームに入るのが夢でいいや…」みたいな諦観絶望でそういってるんじゃなく

「将来は庭付き一戸建てに愛する妻と我が子と住んで、大型犬を飼うんだ」

みたいなテンションで言ってる

まり本気で「夢」として老人ホームに入ることを語っている



もともとこの後輩は冷めてるところがあるので、そんなこと言ってるのかなと思ったんだけど

驚くべきことに近くにいた(後輩の)同世代の人たちも

「あーそれいいねー」

とか

「家もいいけどやっぱ老人ホーム用に金残しておきたいよねー」

とか言ってる


イオイマジかよ

しか

「今度隣の県にこんな老人ホームができるらしいぜ」

とか

「でもあそこ入居費だけで○○万円とかでしょー」

とか具体的な話で盛り上がってる


いま新築でもお前らが入る頃にはオンボロだぞというツッコミは置いといて

そんだけ具体的な話ができるということは

老人ホームに入ることを真剣検討リサーチしてるということだ

20代の、新婚が



別に家を建てることが大正義と言いたいわけでもないし

貯めたお金をどう使おうと勝手だけど

それが「将来老人ホームに入るための資金」ってのはなんか悲しい

でも俺の観測範囲では20代には一定同意が得られるってことは

20代老人ホームを夢見るのは悲しい」って考えはオッサン価値観なんだろうなあ





と、なんだか寂しい思いをしたもの

これってもしかしてなんらかのビジネスチャンスなんじゃないか

20代自分が入る老人ホームを売る」ってのはなかなか想像しにくいけど

これだけ(俺の観測範囲では)需要があるってことは

なんか上手いことビジネスにできるんじゃないのか?

それとももうあるんだろうか

20代 老人ホーム」等でググっても

親の介護職員としての仕事についてが殆どだった

20代に(自分が入る)老人ホームを売る」ってビジネス

もしかしてまだ誰もやってないんじゃないのか?

2016-11-21

あああああああああああああ雨降ってるゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

マジで近所のジムの会員になろうか検討しそう

予言するけど、日本は今後50年以内に一夫多妻制になるよ。

日本少子化を(一時的にでも)食い止める有効方法がこれしかいからね。

20年以内には議論が始まり、30年以内には法整備含めた具体的な検討が始まるだろう。

今後日本は貧富の格差が広がり、富の一極集中が起こる。

そうなればもはや一般家庭では子供を産み育てる事は現実的不可能になる。

本来ならここで国が動かなければならないんだけど今の日本ではもはや手遅れ。

そもそも票にならない若い世代子育て世代相手有効な手立てなどとれるはずもない、だってこの議論してる人たち全員子供何人も育てられるだけの富を持ってるからね。

この話以外もそうだけど金持ってる連中が自分の懐傷めないように勧める貧困対策なんて効果あるはずが無い。貧富の格差は今後確実に広がる。

独身税とか子育て費用無料とか金のかかることはできない、富める人たちの懐が痛むからね、問題解決に十分な額は絶対に出さない。

金かけずに済む「小中学校で性の授業を取り入れる」とか程度が関の山じゃないか

となると、富める人たちが得をして元々子育てをあきらめた人たちから文句が出ない唯一の回答が「一夫多妻」これだけ

まあ一夫多妻だけだと男女平等うんぬんって問題になるから一妻多夫も認めるだろうけど

結婚後の男女別姓あたりから入って家族の在り方を時代に合った形にとかって議論の段階を経て富める人が複数配偶者を持てる用に制度改正がなされる

議論する人も、法整備する人も、報道する人たちも、全員配偶者複数持てる富める人たちだからすんなり可決するでしょ

男は何人の女を嫁にできるかがステータスになり、女はいかに金持ちの男の第一夫人になるかがステータスになる

そういう時代が50年後には絶対来てる。

予言

2016-11-20

auスクエアふざけんな

母の機種変に付き合って、ヨドバシauスクエアに行った。

いろいろ検討して、AndroidからiPhoneに変更することになった。

私自身はauでもAndroidでもなく、データが移行できるかが気がかりだったので聞いたところ、アプリが用意されているので多分大丈夫とのことだった。

作業WiFi内で完結するとのことだったので、それならと契約後に母から古い方の端末を預かって作業することにした。



ところがデータ移行に必要アプリが、機種変後だとダウンロードできない。

ダウンロードにはau IDなるものの設定が必要らしいのだが、どうもSIMが使えないとその設定が無理らしい。

自分ではどうにもならなそうなので、近くのauショップに行った。

auショップでは、機種変前でないとauマーケットからアプリインストールできないし、仮でSIMを挿して使うとかもできない。

ショップでできるのは、電話帳の移行だけだという説明を受けた。



元々聞いてた内容と話が違うので、ヨドバシauスクエアに行ったが、

  • 申し訳ないが変更後だと、こちらではどうすることもできない
  • 1Fにデータ移行サービス (有料)があるので、そちらに行ってくれ

と言われ、説明通り作業してできなかったか代替案を聞きに来たのに、その案内はないだろと怒りはヒートアップするばかり。



最終的に提示された代替案がJSバックアップ + Dropboxとかで、脱力したんだけどこんなものなのだろうか。

とふざけるなと思ったポイントは多いが、まともに対応しようとしないauスクエアの態度が一番頭にきた。



いろいろ調べたりして時間結構使ったし。

本当は週末別のことしたかったんだけどな。

高い通信料を払って、こんなお粗末なサービスを展開する通信キャリアとは何なのだろうか。

2016-11-17

フリーランスリーマン勤めた後にすべし

人手不足解消へ フリーランスの働き方の普及検討

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161117/k10010772481000.html


今年度中に実態調査するそうだが、今までは何もせず、いきなり「フリーランス有効」って何なの?

フリーランスが抱える問題の一つは「信用」を得られないこと。

一旦サラリーマンになって「信用」を得て経済活動を行い、それからフリーランスへ移行しないと誰も相手にしてくれない。

銀行とか不動産とか、不審眼差しで窺って来る。


国は働き手が増えて嬉しいかも知れないが、働き手にとってはあまり魅力は無い。

ワープアへの近道だからな。

小説サイトスレかで川端康成雪国問題視されたことがあった

「夜の底が白くなった」とか意味不明なんですけど、という言いがかりに近いものがその発端だった。

結局彼女川端など名文ではないし、何がしか理由自分のほうがより達者である結論づけていた。

「夜の底が白くなった」そのものは言うまでもなく暗喩換喩一種であり、これは説明すべくもない。

ところがこうした表現増田のみならずネットで用いたらどうか。

たちまち夜の底という表現から、白くなった物体検討や連文節のつながりについて不毛な指摘が入る。

今の人が同じく今の人を侮って色眼鏡判断するということだが、これにはもう一つの側面がある。

ある人がメロスについて話題を提起したときのことだ。

彼は「メロス激怒した」「許せぬ」とか今の小説だったら許されないですよね、と語っていた。

言うまでもなく激怒したことを文字通り激怒表現するのは、基本的に物書きとして失格であるという話だ。

彼の言っていることは確かに的を射ている。

まり彼女比喩に対する嫌味はある意味大変今時代的な面があるとも言える。

なぜなら彼女は決して文章音痴な人ではなかったかである。少なくとも記憶が正しければ。

しか彼女はすべての意味が判然とした、小難しく味のない文体愛する人ではなかったか

まれ、かくしてこのような余裕のない態度が面白い表現や、巧みな意図を次々殺してゆく。

今の社会には裏側が存在しない。裏も表もなくすべて判明していなければ気が済まない。

文章の中ですら明瞭でなければ嘲り笑う者達に取りかこまれしまう。

そんな流れの中にかつての自分への指摘と、前述のようなできごとを重ねて思い出した。