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はてなキーワード: 入院とは

2017-05-28

明日から検査入院

大したことな検査だけどいい大人だけど痛いのやだ…

今回は麻酔が効いてあっけなく終わりますように!

2017-05-27

http://dylan.ikko-j.co.jp/~rendaico/2003seihendrama/koizumiseikenco.htm

【小ネズミの「下半身気質」考】

 インターネット上に次のような情報が流れている。「議員選挙2ch掲示板」の「小泉首相サディスト疑惑発覚か?/変態性欲者か」を参照した。この情報の真偽が定かでないままに引用するのは好みではないが、小ネズミ政治手法との共通性が認められるので、敢えて「下半身気質」を列挙させてみたい。

 この疑惑に対し、木村愛二氏が訴訟の挙に出た(「小泉訴訟」、「木村氏の捨身の小泉首相人格訴訟」考参照の事)。その成り行きが注目されている。

1 【逆ギレ興奮性】

 議論せねばならない事柄に対してそれを徹底できず、いわゆる逆ギレヒステリー症状を催し、その後は恫喝居直りで事を処理せんとする「ある種の坊ちゃん的小児性我がまま」気質が色濃く温存されている。この性分は三つ子の魂で治癒し難し、とれんだいこは認める。

 イラク特措法の審議中、「神学論争には興味ない」などの言辞を弄した「神学論争批判発言事件」もこの系譜にあると考えられる。

2 【婦女暴行習性

 「ロンドン留学真相」がそれを物語っている。小ネズミ履歴として「ロンドン留学」が云われているが、その背景事情として国内での婦女暴行事件があるという。真偽判明していないが、小ネズミは若かりし頃の慶応大学在学中に同学の女子大生強姦するという事件引き起こし、その件で神奈川県警で調書を取られているという。これが表ざたになるのを恐れて、当時防衛庁長官だった父親ほとぼりがさめるまで英国に逃亡させたものらしいという噂が流れている。

 これにつき、木村愛二氏の「小泉レイプ事件地元横須賀の市会議員の間では周知その他満載頁」を参照しつつ。以下、れんだいこが要約する。

 小ネズミは、一浪して1961.4月に慶応大学入学本来であれば1965年3月に卒業であったが、入学後二留し、1967年の3月にも卒業できなかったため、三留年が決定していた。この直後、婦女暴行事件を起こして神奈川県警逮捕されている。場所は、湘南であり、相手慶応大学女学生であった。警察の取調べの際に、「僕の父親は、防衛庁長官だぞ。連絡してくれ」と不貞腐れていたことが漏洩している。「この事件のことは、地元横須賀の市会議員たちの間ではよく知られている話だ」と云う。

 但し、小ネズミの父・小泉純也が「当時防衛庁長官であった」との記載が為されているリーものがあるが正しくない。元防衛庁長官であったとすべきだろう。小泉純也は、第3次池田内閣、第1次佐藤内閣防衛庁長官を務めているが、この当時は增田甲子七氏が防衛庁長官であると思われる。

 いずれにせよ、父親小泉純也氏が政治的圧力を使い、この事件をもみ消した。が、学内でうわさの広まるのを恐れ、小ネズミを急遽1967年の5月にロンドン留学という口実で日本から脱出させた。慶応大学は休学扱いしている。最新情報では、この間、精神病院である東京松沢病院入院させられていたと云う。この真偽は定かでない。これが実際とすると、日本国は際どい経歴の人物首相の座に据え、歴代三位長命政権を許しつつあるというケッタイなことになる。

 小ネズミは5月頃ロンドン高飛びしたものの、英語ができなさ過ぎて、9月から通常始まるロンドン大学入学試験合格できず入学できなかった。そのため聴講生として一般に開放されている大学の講座をとり留学体裁を採った。その後2年間ロンドンにいて、とった単位ゼロであった。「こういう経緯があるため、小泉地元には滅多に帰らない。 昔のことをあれこれ詮索されるのがいやだから、帰りたくないのであるとある

 霍見芳浩氏の次のような指摘もある。

 「閣僚の息子で婦女暴行で捕まった男が、留学という名目ロンドンに来ており、余り勉強もしていないとの情報が入手されており、これが小泉を指しているのではないのかと云う。この事件確認しようとすると、『警察のガードが予想以上に固いために、非常に難渋している』とも云う。前首相・森の学生時代破廉恥罪はスクープされたが小泉調査の壁は厚いということか」(参考サイトニューヨーク市立大教授霍見芳浩氏の「歪んだ日本情報公開」)。

 「女子高校生強姦事件」も噂されている。「代議士2年目になっても女子高校生強姦事件を起こし、このとき逮捕されている。結局示談で処理をした」との情報も出回っている。こちらも神奈川県警所轄の事件である

3 【家庭内暴力(D・V)】 

 小ネズミは、1978(昭和53).1月宮本佳代子結婚(媒酌、福田赳夫夫妻)。1983(昭和58)年に離婚しているが、「離婚真相」として「離婚の直接の原因は、妻への家庭内暴力ドメスティック・バイオレンス)だったとの噂」(「アサヒ芸能」02.2.23)、「3人子供を生ませて、離婚をしているが、その離婚動機も、妻が、小泉の殴る蹴る のドメステイックバイオレンス家庭内暴力に耐えられずに離婚をした」と云われている。

4 【本格SM趣味

 小ネズミSM趣味を廻る次のような証言がなされている。

 「小泉という男がいる。この男、極度のハードS(サディスト)というのは政治家の間では有名な話である。なんでも、『小泉部屋』なるSMルームを作らせ、日夜励んでいるとか。このハードSの小泉という男は、女の子のクビを絞めながらプレイするのが好きなんだそうだ。なんでも『締りがよくなるから』らしいのだが、全くもって噂どおりの変人変態である」(「噂の真相」、ジャーナリスト二階堂豹介氏の公開日記、2003.10.3)。

 「都内の有名SMクラブ『M』に、郵政大臣時代小泉が足繁く通っていたとの情報がある。首相就任した後も総理公邸SM嬢が“出張”していたともいわれる。(中略) 本誌はこのSM嬢を特定、その女性と親しい人物と接触することに成功したのだ。このSM嬢と親しい人物が語る。『彼女から小泉のことを聞いたことがあります彼女女王サマではなく、小泉の方がSだと聞いた』。そこで彼女にも連絡を取ってもらったが、『まだ仕事をしているし、しゃべることはできない』との返事。(後略)」(「噂の真相」2004.4別冊)。

5 【SM事件もみ消し疑惑

 小ネズミSM事件もみ消しを廻る次のような証言がなされている。

 「その小泉がいつものように女の子の首を絞めてハードプレイをしていたある日、興奮して女の子のクビを絞めすぎてしまったらしく、女の子があと一歩で死にそうになったことがある。一命は取り止めたが、その女の子は深いトラウマに襲われて大変なことになった。どうしたかといえば、小泉という男の部下に飯島という男がいるのだが、その飯島が即刻、現金500万円を持ってその女の子のところに謝罪に行ってとりあえずは収まったとか」。

 「小泉氏は、サド趣味があり、よく相手の首をしめてプレイするという。それで一度 死にそうに相手がなり、半死の状態になってしまった。驚いた 飯島秘書官が500万円を支払い、示談にしたことがあるという」。

6 【女性関係トラブル事件

 「鈴木宗男官房副長官だった頃、小泉に起きた女性関係トラブル鈴木宗男がカネで解決したとの噂、そして、そのカネの出所官房機密費だったとの噂」(「アサヒ芸能」02.5.23)。

7 【芸者「小はん」変死事件

 「小泉愛人」と言われていた新橋芸者「小はん」が謎の自殺。かって、小泉郵政大臣就任する直前、彼の愛人と噂された新橋芸者源氏名「小はん」、当時31歳で、小泉所属した旧福田派のアイドルともいわれた花形芸者)が自宅のマンションで不可解な自殺を遂げた。自殺として処理されたが、別に悩みもなく、人気もあ り、死ぬ理由動機などなかったという。 

 当時、この「小はん」の自殺を報じた複数マスコミに対し、小泉彼女との関係否定した。しかし、「ヤジ将軍」ともいわれたハマコーは、小泉を公の席で「この芸者殺し野郎!」と罵倒したと伝えられている。真相は闇の中だが、小泉の不気味な素顔を垣間みた気にさせるエピソードだ。(参考文献「噂の真相」01.8、「週刊新潮」03.1.2―9)。これについては、「小泉首相愛人小はん変死事件考」で更に言及する。

8 【その他顰蹙(ひんしゅく)系噂】

●「小泉の恥ずかしい写真が出回っている」との怪情報も。(「論談:記者クラブ」02.4.22)

小泉と親交のあった飲食店関係者との「ただならぬ関係」についての情報。(「アサヒ芸能」02.5.23)

●「小泉には愛人隠し子がいる」との噂。(「週刊新潮」03.9.11)

http://anond.hatelabo.jp/20170527231926

2017-05-25

今日誕生日なんだ

けど、子供の頃から誕生日というと毎年プチ嫌な事が起こる(様な気がする)ので、今年もおうちに潜んでいる。

なるべく出掛けたくないなぁ。雨だし。

今まで起こった嫌な事といったら、階段で足を踏み外して尻を強打して足も捻挫したとか、レポートで数日徹夜してやっと仕上がったから寝られると思ったら隣の住人がサークルかなんかの打ち上げ10人以上人を集めて朝までらんちきさわぎをしたとか、そういう些細な事が多いんだけど。

あ、でも尻を打った時は些細じゃなかったな。病院は行かなかったが二週間位痛いままだった。

記憶に残ってるので一番嫌だった誕生日は、6歳か7歳か8歳か忘れたけどそれくらいの頃に、母が誕生日からってケーキを買ってきてくれたんだが、それがいつものホールケーキじゃなくてショートケーキのよりどり詰め合わせ?みたいなので、ついうっかりそれを見た時に僕は

「えー、何で大きいケーキじゃないのぉ?」

って言っちゃって、そしたら母がえらい勢いでぶちギレて、なんかたぶん色々大変だったと思うんだけど、ケーキがあるだけ有り難く思え!って怒鳴られたとこまでしか覚えていない。

ケーキはよりどり詰め合わせ的なものだったから全部種類が違ってて、僕はチョコケーキが一番好きだったというか、ケーキチョコしか食べない偏食人間だったんだけれども弟と妹も同じ偏食の持ち主だったので当然の事ながらたった一つのチョコケーキをめぐって骨肉の争いが勃発したのは当然の流れだったが、いつもの母ならたぶん今日はにーにの誕生日からお前達は我慢するんだよって僕にチョコケーキをくれただろうが、前述の通り僕が失言でもって母を激怒させたもんだから、母はホイッとケーキを妹にあげてしまった。

すると僕の弟はすごくワガママなので恐らく泣いて暴れてかなり大変な事になったはずで、しか癇癪持ちの妹には敵わなかったのでチョコケーキを妹から強奪は出来なかったと思うんだけど、とにかくうるさかったのはうるさかったはずなんだが、それを母がどう収めたのかは今となっては謎だ。

僕は泣きべそかきながら、寒天なのかゼラチンなのか判然としない薄い膜の張ったフルーツケーキの様なものを食べた様な食べなかった様な気がする。

ケーキは六人家族分あっただろうが、当時は父が単身赴任でいなかったし祖母病気入院中だったので、祖母の好物のモンブランと父がいつも食わされる余り物の変なケーキはどうなったんだろう?

うそう、前述の失言エピソードだけ読むと僕んちは貧しい母子家庭みたいな感じだが父はサラリーマンでそこそこ稼いでいたし、その少し前までは祖母が元気で僕と弟妹の面倒を見ていて、母はバリキャリだったので、金に困った事は無かったんだ。

あの年の誕生日祖母病気入院してしまって、僕はばあちゃん子だったので祖母のいない誕生日が悲しくて、寂しさをもて余していたところ、母が忙しい中買ってきたケーキについ文句を言ってしまったという、そんな感じだった。

そういえば僕の誕生日って大体平日なんだけれど給料日なので、プレゼントが恙無く貰えそうなもんだが僕の両親は給料が入ったそばから大きな出費があるのは気分が萎えたらしい。

ともかく僕はまた一つ歳を取った。

まれた時は十歳までしか生きない難病だったんだがついにアラフォーになった。今年はちょっとボランティアがんばる。

【追記】

!?あ、あああありがとう!!

てっきり今日も0ブクマで流されていくと思ったからびっくりしたよ。

あと5月25日まれ結構いるんだね、それもびっくりだ!

おめでとうありがとう!!

【追記その2】

……なんか最後の文で皆さんを勘違いさせてしまったのかもしれなくてごめん。

まれた時は難病だった件なんだけど、1歳の頃に手術したら嘘みたいに快復して、18歳で経過観察も終わったよ。

子供時代病気の影響で運動するとすぐへたれてたけど、今はすっかり健康体です。

2017-05-24

最近フォローしたエロ漫画家がずっと体調崩し気味だったんだがついに入院かいいだした

エロ漫画家ってすぐ死ぬよな

2017-05-23

28既卒就労童貞博士ストレスにやられる

もうずっと食事が喉を通らない。

固形物を口に入れた瞬間、それが喉に詰まって窒息したりあるいは気管に入って誤嚥性肺炎を起こすことを想像するからである。いままでモチを詰まらせたことも魚の小骨を引っ掛けたことも無いというのに不思議な話であるが、おれの頭の中では食事と死のイメージとが鮮やかに直結しており、視界に映り込んだ鼻の頭のようにあるいはピンク色をした象のように、意識しだすと止まらない。おれはやがて経腸栄養しか口にできず糖分を採りすぎて糖尿病になって失明し脚は壊死して腎臓を壊して透析で苦しんで死ぬ。親が大手病年収が×××万円以上でなければ、なんとかと云う結婚紹介所におれを登録できないのだと云う。収入の不足分を補うためにかれとかれの母がもつ不動産相続させるとも云った。過干渉。おれが未婚で長男キモオタ身の回りの支度ができない無職プー太郎で優良企業就業済既婚の弟がいるものからそういう余計なお節介をされるのであろう。自分はその紹介所で妻との縁ができたのでお前もそこに入会せよと云う。おれくらいの年齢の頃、かれはすでに一と三分の二流くらいの企業に勤めていたからかれはその相談所に入会できたわけだが、28無職就業経験ゼロという現状そしておれのもつ素質たとえばわが指導教官にそれゆえにお前は研究者に向いてないと直々に云われるほどの社会性の無さなどの資質を鑑みれば、おれがその年収を達成することはとうてい困難なことに思われた。だからおれは早く家を出て住所も電話番号も秘匿して蒸発してしまいたいくらなのだがおれの学費生活費と住居費の××年分および奨学金の返済にかれの収入の大部分が充てられているという事実がある以上そういうわけには行かない。ところでかれはおれが野良博士という現代の不可触賤民であるにも関わらず一流有名企業に入れる実力を持っていると勘違いしているようで、どこぞの大電メーカー博士卒を重点的に募集しているなどと有難いタレコミを呉れる。あるいは予備校講師などしながら企業研究職を狙えばどうか、などとも云う。博士就職がいいと云っても景気がいいのは人工知能関連の分野だけだということをどうもかれは理解しておられないようである。おれはと云えば研究室にも行かず×年間も自宅に引篭もってノートの上の数式を弄っていただけの人生だったから、プログラミングスキルも各種資格もろくに無く、きょうびどこの企業からも御呼びでない。頭の回転も遅く某社のSPIでは酷い点数を取ってしまったために面接すら受けさせてもらえない。これでは受験数学問題など到底解けないだろう。登録していた就職斡旋から貴方にはシンクタンクなどが向いているでしょうなどと調子の良い言葉をもらったが一か月経ち二か月経っても音沙汰が無い。当たり前である。何かの手違いで某外資から研究内容を紹介する機会をもらったこともある。おれの能力を試すためにあえてそういうポーズを採ったのかもしれないが、かれらはおれの話を理解するそぶりを全く見せなかった。ショックを受けた。明らかに企業側の需要とのミスマッチが感じられた。おれのプレゼン問題があった可能性は否定しないが、要するに世界でも十人くらいにしか価値を認めてもらえない仕事を延延黙黙やっていたということは、おれも同意するところである。その十人のうちの一人がわが指導教官だったのは幸運だったのか不運だったのか分からない。もともとおれは数学などで分からない問題があるとイライラが募り便通が悪くなり院試の頃は特に最悪で原因不明の腹痛で入院するくらいで、睡眠時間食事の回数もゴリゴリと減っていき、歯ぎしりが止まらなくなり、かと思えば今日サボりの日だと云ってネットサーフィンに明け暮れるものの心はまったく休まらず、夜中唐突に呻きながら自転車で遠出をしたり、風呂洗濯もせず、機嫌は最悪で周囲に怒鳴り散らし、ただでさえ無口な性格だというのにいっそう塞ぎこんで誰にも相談できなくなり全て自分の力だけで問題解決したくなる人間だったから、博士課程に進学することは当然の帰結であった。おれが天才数学者だったなら上記のエピソード天才の微笑ましい奇行としてウィキペディア埋め草にでもなったのだろうが、悲しいことにおれはアホでマヌケIMOメダリストなどからは程遠い知能の持ち主だったか学位をとるのに結局◆年もかかり(思考速度と問題解決能力研究能力のすべてではないという当たり前の事実に気づけたことが大学院における唯一の収穫である)今では無職である。元から変だった自意識は余計に拗れメンタルは不調をきたした。食事が怖い。面接が怖い。唐突に脳血管の破裂が怖くなる。あれほど楽しかった学力試験が今では恐ろしい。自分の劣等具合を再確認させられるから大学院など行かなければよかった。博士課程など行かなければよかった。満期取得退学しておけばよかった。学位など取らなければよかった。高卒就職すればよかった。以上。

2017-05-22

http://anond.hatelabo.jp/20170522075152

病院で働いてます

入院中の患者さんがよく読んでます

スマホ派が多いですが、未だに根強い人気を誇っています

退院の時に置いていくので待合所にはこの系の本がいっぱい並んでいます

私も夜勤暇つぶしに読みますが、あまりもつまらないので

仕事への影響がでなくて済みます

スポットライトを浴びたくない

http://anond.hatelabo.jp/20170522184118

めっちゃ分かる。

成人式は、その年の何百人何千人といる新成人が十把一絡げだからまだマシだけど、

結婚式自分スポットライトが当たるから絶対嫌。

コンプレックスがあると見て欲しくないよね。

うちは、兄弟問題があったので、親だけ来てもらって顔合わせだけして、

結局、新郎親族には、その兄弟は会わせないまま、結婚した。

結婚式神社でやって、披露宴は無し。

新郎父親入院中で、病院がら式場に往復する状態からそれで済んだ。

2017-05-19

性別適合手術(男→女)を日本で受けたのでその体験談を紹介する

少し前に国内で性転換手術(男→女)を受けたのでその体験談を紹介する

読み物として、もしくは誰か当事者の参考になれば嬉しい

★すぺっこ

30代MTF結婚歴なしでホルは20代から

パス度は「イケメン」と呼ばれたりするあたりで察して欲しい

まぁ、その筋の人には簡単に見抜かれるはず

30代まで時間がかかったのは、そもそもお金がたまらなかったのと、診断書の出てくるスピードが遅かったのが大きい

NHとして働いたことはないのだが、今思えばそっちの道で働くのも良かったかもとは思う

お仕事

男として正社員入社したが、在職トランスには向かない会社だったので退職した

今は自営業会社員時代以上に稼いでる。最初から自営してりゃ良かった

本業以外にブロガー的な収入(いわゆるアドセンスとか)があると、手術期間中収入減をカバーできる

実際、ベッドの上でもがんがんブログ書いてたし、おかげで収入心配はさほどなかった

ありがたい時代である

自営業なので、昔Lv3という匿名掲示板で繰り広げられた「埋没OL」にはなれない

自営業は楽なのだが、周囲と調和して女として生きる、というのには向いてないように感じる

会社員とどちらの生き方が良いかはわからない

★手術

性同一性障害診断書関東の某有名どころからもらった

今は言うか知らないが、いわゆる正規ルートと呼ばれるコース

手術したのは富士山が見えるところ

MTFタイでの手術が多いが、「海外心配だ」という周囲の意向が大きかった

穴あり。手法はち○こをひっくり返し作る反転法

作り物とはわかるが、某GID関連の先生にはきれいに作られていると言われた

手術時間は6時間ぐらい

手術した後はいろいろ辛かったが、4日目ぐらいからは普通に歩き始めた

体拭いたりも4日目ぐらいか

普段風呂好きなので、何よりお風呂に入れないのが辛かった

自分のあそこをみたのは手術から1週間後ぐらい

kabaちゃんみたいに泣いたりはしなかったな

入院期間は2週間

費用は200万未満

あそこが痛かったのと、おみやげをたくさん買いすぎて、帰りの電車はちょっち辛かった

さすがに「性転換手術のおみやげです」とは言ってない

なお、男性として最後に食べたごはんロッテリアである

思い出深い味になるはずだったが、もう忘れてしまった

★経過

1ヶ月ぐらいは患部の痛みがあったが、その後は消失した

ただ、作った穴から出血というか、リンパ液の漏れ?は半年ぐらい続いた

溶ける糸が全然溶けなくて、あとあとの術後検査で切ってもらった

戸籍変更

当然だが、申し立てから1週間ぐらいであっさり許可された

一度変えたら戻せないよ!とは脅された。

性転換したけど「やっぱり間違いでした」って揉めたおっさん(?)のニュースを思い出したが、ためらうことはなかった

新しい名前については、「なぜその名前なのか」と簡単に聞かれたが、説明したら納得してくれた

役所

保険証役所窓口で申請して新しく作ってもらった

年金役所側で勝手にやってもらったので、いつの間にか名前変わってた

年金手帳名前自分で線引いて直してねと言われた。そんなばなな

免許証は新しい名前が裏面に、というあんぽんたんぶり

次の免許証更新まで何年あると思ってるんだよ

仕方ないので、免許証身分証明としてできるだけ使わないことにしている

最近について

今のところ、手術してよかったと思っている

彼氏募集中だが、こんな田舎候補は見つかるだろうか

ルジャンドルフランスウラン(Oullins)に生まれランス大学およびパリ大学に学んだ[1]。父親のJean-François Legendre-Héralは人物像を得意とした古典主義彫刻家エコール・デ・ボザールの教師[2]。24歳のときニューヨークの著名な弁護士の娘であったクララヴィクトリア・ミュロックブリュッセル結婚した。結婚後すぐに米国移住し、帰化した。

南北戦争[編集]

1861年に南北戦争が勃発すると、ルジャンドルは第51ニューヨーク志願兵歩兵連隊兵士募集に協力し、1861年10月29日に同連隊少佐に任官した。その後ノースカロライナでの戦闘従事し、1862年のロアノーク島の戦いにも参加した。しかしながら、1862年3月14日、ニューバーンの戦いで重傷を負った。

負傷にもかかわらず、ルジャンドルは軍を離れず、同年9月20日には中佐に進級。1863年には第9軍に配属され、多くの戦闘に参加した。1863年3月14日には大佐に進級。ヴァージニア荒野の戦いではユリシーズ・グラント将軍の指揮下にあったが、その最中の1864年5月6日ルジャンドルは再び重症を負った。今回は顔面を撃たれ、左目と鼻を失った。アナポリス病院入院したが、その間にも南軍最後攻撃から街を防衛するための準備を手伝った。その後ニューヨーク移送され、そこで第9軍の兵士募集を手伝った。1864年10月4日名誉除隊したが、1865年3月13日には准将名誉進級した。

中国[編集]

1866年7月13日ルジャンドル厦門米国領事に任命された。7月ニューヨークリバプールに向けて出港し、その後ヨーロッパアジア大陸旅行12月厦門に到着した。領事として、ルジャンドルは5つの条約港、すなわち厦門基隆台北、淡水および高雄責任を持った。そこでは、年季奉公人の不正取引抑制に尽力した。

1867年3月12日米国ローバー号が台湾遭難し、その乗員が台湾原住民殺害されるローバー事件(en)が発生した。ルジャンドルは福州へ赴き、台湾中国側当局問題解決圧力をけるように、福建・浙江総督を説得した。福建総督は自ら行動は起こさなかったが、ルジャンドル台湾に行く許可を与え、台湾知事が協力するように紹介状を書いた。

ルジャンドルは、遭難現場訪問のために米国船アシュロット号を雇い、台湾当局に行動させようとした(これは失敗した)。その後アメリカ合衆国海軍ヘンリーベル少将懲罰作戦実施したが、これも失敗した。さら情報を集めるため、ルジャンドルは再び台湾に出向いた(このときは、紹介状は無しであった)。

中国へ戻ったルジャンドルは、南台湾に軍隊派遣するよう福州の総督を説得し、ようやくこれに成功した。ルジャンドルは400〜500人の規模を希望したが、これよりはかなり小さな遠征隊が、1867年7月25日台湾に送られた。ルジャンドル砲艦派遣ベル提督要請したが、これは拒否された。このため、武装商船ボランティア号が雇われた。ルジャンドル9月4日台湾上陸したが、上司に対しては全くの傍観者として行動したと報告している。

ルジャンドル直ちに本来任務を開始した。南台湾の険しい山岳地帯を通りぬけ、原住民酋長と難破した欧米の船員の安全保証するための条約協議した。

1871年9月6日琉球宮古島)の船が台湾沖で遭難したが、ローバー事件と同様に、多数の船員が殺害された(宮古島島民遭難事件)[3]。1872年2月29日ルジャンドルは先に結んだ条約日本人船員にも適用するよう拡大するため、台湾に出向いた。任務は不成功に終わり、またルジャンドル北京駐在米国公使フレデリックロウ(en)とも不仲になってしまった。

日本[編集]

1872年厦門から米国へ戻る途中、ルジャンドル日本に立ち寄り、明治政府台湾問題武力解決提唱した。これは副島種臣外務卿意見とも一致しており、ルジャンドル米国領事の職を辞し、1872年12月12日外交および軍事顧問として明治政府雇用された[1]。1873年2月、副島は2年前に台湾で起きた宮古島殺害事件の処理交渉特命全権公使外務大臣として北京派遣されたが、ルジャンドルもこれに参加した。この交渉部分的には成功であったが、引き続きルジャンドル1874年台湾出兵の準備を手伝った。台湾問題に関して、ルジャンドル駐日米国公使チャールズ・デロングの支援を受けており、また個人資格でこの遠征に参加するつもりであった[4][5]。加えて、2名のアメリカ軍人が雇用された。ところが、デロングの後任の米国公使ジョン・ビンガムは、ルジャンドルを支持せず、1874年4月19日台湾出兵は一旦延期とされた。ルジャンドルらは長崎で出征準備を整えていたため、大久保利通長崎に向かった。結局遠征部隊5月18日長崎を出港したが、ルジャンドル大久保と共に東京に戻った。その後、ルジャンドル交渉のため福州に派遣されることとなったが、アメリカ総領事職場放棄の罪に問われ、短期間ではあるが上海収監されてしまったため、遠征には参加できなかった。1875年には日本政府から勲二等旭日重光章を授与されたが、これは外国人としては最初のものであった[1]。その年の末には顧問を辞任した。

ルジャンドル1890年まで日本滞在し、大隈重信個人的顧問を務めた。

韓国[編集]

1890年3月ルジャンドル日本を離れ、朝鮮王高宗顧問となった。1899年9月1日漢城(現 ソウル)で卒中により死亡するまで、その職を務めていた[6]。

長い夢を見た

年のころ10ぐらいの少年だろうか。頼りなく優顔の少年は通う学園で新しく転校してきた少女出会う。

少女カールした癖っ毛の金髪で、高潔さに足が映えて立っている様な雰囲気を携えていた。

人目で心を揺り動かされた少年は、金髪少女へと好意吐露する。

期待もせず、衝動的に行われた告白は、期せずして、少女の関心を得て、了承を得ることとなった。

恋人となって最初放課後少年は、金髪少女プレゼントとして緊縛される。

手足を縛られ目を隠され、闇の中で背中をけり倒された少年は、這いつくばれと少女に命じられ頭が割れそうなほどに踏みにじられながら、これでこそ望んでいた少女の姿だと自分の心を悟り、知らずズボンの中で精通果たしていた。

彼女に虐められ、束縛され、ご主人様と慕い奉仕する少年は、ある日少女夜の学校に来るように言われる。

指定された時間指定された場所へと訪れると、少年は、暗い校舎の中で一つだけ明るい校長室の僅かに空いた扉の隙間から、その中で、金髪少女校長に抱かれている姿を見る。

薄汚い笑い顔で愉悦する校長に、少女は媚びるような声で腰を動かしていた。

豚のように快感の喘ぎ声を出す校長言葉から少女孤児校長の妾役として学園に通っていることを知る。

その光景から目を離せずにへたり込んでいた少年は、行為の一切が終わって扉へと近づいてきた裸体の少女に、冷ややかな目で見降ろされる。

「幻滅したかい?」と言う少女少年咄嗟に首を振った。

少女に見捨てられることを恐れたのか、同乗したのか、それとも自身になおも冷ややかな目を向ける少女に一切の幻滅が消えたのか、少年には判別がつかなかったが、少女はむしろ当たり前のように頷いた。

月日が経ち、学園を卒業を間近となっていた。

校長室で変わりもなく少女を抱き、彼女の僅かながら柔らかくなってきた体と離れることを惜しむ校長に、

「惜しむ必要はありませんよ」と少女は笑い、校長背中に熱さを感じる。

隠れていた少年背中包丁を突き立てていた。激痛に顔を歪め慌てる校長の、その首筋に少女作業のように長い刃物差し込んだ。鍔の根元まで刃をえぐり入れて、少女は媚びた笑顔を落とし冷たい視線へと戻る。

陰茎を袋ごと切除して、

「私が毎日舐めてたものだ、いるかい?」と言う少女に、少年

「どうせすぐに大人に取られます」と頭を振った。

 

 

 

少年期の殺人犯として、裁判を経ずに二人は似たような囚人が集まる拘狗牢へと入れられる。

獄卒への奉仕を拒んだ金髪少女は、独房へと入れられ、外部と一切の遮断をされてしまう。

どうにか少女と、再開するかを考える少年は、一人の少女出会う。

監獄ですら表情に幼さの長い黒髪少女は、少年牢獄自分の望みを自由に叶える方法を教えると誘い込む。

その引き換えとして、少年黒髪少女を抱く。少年にとって初めての性交だった。

性交の後、少年黒髪少女から彼女の服を分け与えられる。

言われるままに少女の服へと着替えると、優男で細身の体故に、少年一見して面貌の整った少女のような風体になっていた。

そのまま生活を送る中で、元から控え目で、気後れした性格故に、気弱な少女のように見えた女装少年は、看守に襲われる。

背中から押さえつけられ、尻の穴を犯された少年は、痛みと圧迫の中で快感に満たされて、何度も射精していた。

意図を察した少年は、黒髪少女の元へと訪れて、軽く非難をする。しかし、誑し込むのが一番手っ取り早いという少女言葉に、少年も頷く。

黒髪少女に、少年は一人の女性を紹介される。

長身で、栗色の髪をボブカットをした女性一見にしても美人で、少年は見惚れてしまいそうになる。

少年の体を抱きしめた栗色の髪の女性は、少年アヌスをいじり、自らの股間に生えている男性器を見せつける。

女装した男娼の先輩として、栗色の髪の人は、少年アヌスへと陰茎を挿入し、その奉仕の仕方を教え込んでいく。

黒髪少女衣服と交換に性交を重ね。

先輩に気持ちよさを教え込まれ

客の囚人や看守に、薬を打たれて、死ぬような快感の中で精液を注ぎ込まれる。

少年は、快楽の中で、頭を呆然としていく。

 

 

 

独房の中で、夜も朝も分からず、何度目の睡眠かすらも数えなくなっていた金髪少女は、分厚い鉄製の扉が開く音に気が付いた。

期待もせずに見た入り口からは、記憶の中でも、もはやあやふやになっていた少年の姿を見つけた。

一瞬の幻覚を疑い、現実だと悟った金髪少女は、すぐに蒙昧としていた意識を取り戻した。

看守とつてを作り、体と引き換えにさまざまに要望を聞いてもらえるようになった少年は、ようやくの段階で、独房少女と面会できるようになっていた。

しかし、その金髪少女は、天井からベストのような包みでくるまれて面され、その四肢は根元十センチほどで切断されて丸く縫い付けられていた。

逃げないようにと、暴れないようにと、彼女を性のはけ口とする看守に対する配慮だった。少年は、そういう性のはけ口の分け前をもらうという形で、少女の部屋へと訪れることを許されたのではあった。

少年を見止めた金髪少女は、その瞳を見つめた。喋れないように轡をされた少女は、なにも伝えようともしなかった。

ただ、少年を見つめて、小便を漏らし始めた。

少年は、その滴る小水を浴びて、口に受けた。

それで二人には充分だった。

それから監獄の中で権力者たぶらかしていった少年は、刑期を大幅に短くして、金髪少女とともに拘狗牢を出所していくことになる。

両親もなく、寄る辺もなく、四肢もない金髪少女は、弱り切った肉体もあって、そのまま病院へと入院することになった。

それは監獄大人たちの最後の両親でもあったのだが。

 

出所から数日もしない、晴れの日、少年は両親へと電話をかけていた。

心配しないで欲しい。すぐ戻るから。ちゃんと元気でやっている。と電話口で笑顔で伝える。

電話の向こう側からは、金をどこにやったという男性の怒号と、女性悲鳴が聞こえてくる。その音を聞きながら少年笑顔電話を切った。

満載のリュックサックと、鉈を持った少年は、病院への道を洋々歩き出す。

 

慌て蓋める医者たちと、悲鳴を喚き散らして右往左往する看護婦たち、警報が鳴り響き、大人の影が行きかっていく。

そのころには既に、自分で動けない金髪少女を抱えて少年は山の雑木林の中を登っていた。

これから二人で生きていくのだと少年は言って、ようやく自由になったと少女は言った。

 

 

 

幾日か幾月か経った山小屋で、飢えて死んだ少年四肢のない少女遺体が見つかった。

と言うところで、胸糞が悪くなって目が覚めた。

2017-05-18

クズが肉親で恥ずかしい

この間、母が亡くなり、久しぶりに兄に会ったら、離婚していた。

母といっしょに住んでいた姉に、離婚理由を聞いたら、

「お嫁さんには、いい人ができたみたいで、何もいらないからと出て行ったのよ」

と言われた。

兄は、3度結婚したが、いずれも若い10歳以上年下の相手ばかりを選んでいた。

兄も、私も、普通サラリーマンなのだが、

実家には、家賃収入だけで暮らせるぐらいの資産があるので、

楽な生活をしたい、金目当てな女性が寄ってくるので、何度も結婚できるのだろうと思っていた。

3人の妻は、いずれも、外車を乗り回したり、短期留学したりと、派手な生活をしたがっていたようだった。

しかし、母も、姉も、華やかな生活を好まないし、

兄も、自分の稼ぐ収入に応じた生活を望んでいたようだった。

そういう価値観のすれ違いから、愛想をつかされて、妻たちに逃げられた………と私は思っていた。

この間、3番目の前妻、元姉に会うまでは。

偶然会った元姉に近況を伝え、甥の成長を聞いているうちに、話がはずみ、聞いた離婚理由

離婚したのは、兄が、お金をまったくくれなかったから。

このままでは、息子ともども生きていけないから。

兄は、まったくお金わたしてくれなかった。

いっしょに行けば、買い物の代金は払うが、食料品や生活必需品以外は絶対買ってくれない。

旅行に行くときは、割り勘。

出産費用も、入院費用も、払ってくれなかった。

子ども教育費も出してくれない。

仕方なく、母と姉に預けて、朝と夜とパートを掛け持ちして働くしかなかった。

話を聞きながら、羞恥心と怒りで、目の前が真っ暗になった。

以前はこう思っていた。

元姉は、結婚してからも、子どもが産まれからも、働くことを止めなかった。

母や姉から

「働かなくても食べられる生活費はもらっているのに、意地になって働いている」

「好きなようにお金を使いたいからでしょう」

と聞いていて、私も子どもを母に預けてまで働く元姉を軽蔑していた。

なぜ、そこまで、金が欲しいのか。

思い返すと、その前の妻、そのまた前の妻、どちらも、

お金がない」「お金がない」と文句ばかり言っていると、母がこぼしていた。

母の愚痴を聞くたびに、無駄遣いするから金が足りないのだ。

そう、私は、思っていた。

恥ずかしい。

「いつか変わるかと思ったが、まったく変わらないので、もう、待てないと思って家を出た」

と言われてしまうと、謝るしかなかった。

申し訳ない、本当に申し訳ない。なにも気づいてあげられなくて、申し訳なかった。

恥ずかしさと怒りしかないのだが、母の遺産相続するために兄には会わなければいけない。

遺産は、いくらかもらえればラッキーと思っていた。

からは「現金1000万円ぐらいでいいだろ?」と打診されていた。

実家土地建物アパート駐車場を考えたら、安過ぎないかと思って保留にしたが、

やはり、きっちりとって、彼女に少しでも援助した方がいいのか。

いや、断られるか。

連絡をとってもいいものか。

こんなクズの弟が。

菊川怜の夫に婚外子が4人いた、しかも、養育費もまともに払っていないというニュースを見て、

“なんてクズだ”

と怒りがこみ上げて書いた。

クズが肉親で恥ずかしい。

クズが肉親で恥ずかしい

この間、母が亡くなり、久しぶりに兄に会ったら、離婚していた。

母といっしょに住んでいた姉に、離婚理由を聞いたら、

「お嫁さんには、いい人ができたみたいで、何もいらないからと出て行ったのよ」

と言われた。

兄は、3度結婚したが、いずれも若い10歳以上年下の相手ばかりを選んでいた。

兄も、私も、普通サラリーマンなのだが、

実家には、家賃収入だけで暮らせるぐらいの資産があるので、

楽な生活をしたい、金目当てな女性が寄ってくるので、何度も結婚できるのだろうと思っていた。

3人の妻は、いずれも、外車を乗り回したり、短期留学したりと、派手な生活をしたがっていたようだった。

しかし、母も、姉も、華やかな生活を好まないし、

兄も、自分の稼ぐ収入に応じた生活を望んでいたようだった。

そういう価値観のすれ違いから、愛想をつかされて、妻たちに逃げられた………と私は思っていた。

この間、3番目の前妻、元姉に会うまでは。

偶然会った元姉に近況を伝え、甥の成長を聞いているうちに、話がはずみ、聞いた離婚理由

離婚したのは、兄が、お金をまったくくれなかったから。

このままでは、息子ともども生きていけないから。

兄は、まったくお金わたしてくれなかった。

いっしょに行けば、買い物の代金は払うが、食料品や生活必需品以外は絶対買ってくれない。

旅行に行くときは、割り勘。

出産費用も、入院費用も、払ってくれなかった。

子ども教育費も出してくれない。

仕方なく、母と姉に預けて、朝と夜とパートを掛け持ちして働くしかなかった。

話を聞きながら、羞恥心と怒りで、目の前が真っ暗になった。

以前はこう思っていた。

元姉は、結婚してからも、子どもが産まれからも、働くことを止めなかった。

母や姉から

「働かなくても食べられる生活費はもらっているのに、意地になって働いている」

「好きなようにお金を使いたいからでしょう」

と聞いていて、私も子どもを母に預けてまで働く元姉を軽蔑していた。

なぜ、そこまで、金が欲しいのか。

思い返すと、その前の妻、そのまた前の妻、どちらも、

お金がない」「お金がない」と文句ばかり言っていると、母がこぼしていた。

母の愚痴を聞くたびに、無駄遣いするから金が足りないのだ。

そう、私は、思っていた。

恥ずかしい。

「いつか変わるかと思ったが、まったく変わらないので、もう、待てないと思って家を出た」

と言われてしまうと、謝るしかなかった。

申し訳ない、本当に申し訳ない。なにも気づいてあげられなくて、申し訳なかった。

恥ずかしさと怒りしかないのだが、母の遺産相続するために兄には会わなければいけない。

遺産は、いくらかもらえればラッキーと思っていた。

からは「現金1000万円ぐらいでいいだろ?」と打診されていた。

実家土地建物アパート駐車場を考えたら、安過ぎないかと思って保留にしたが、

やはり、きっちりとって、彼女に少しでも援助した方がいいのか。

いや、断られるか。

連絡をとってもいいものか。

こんなクズの弟が。

菊川怜の夫に婚外子が4人いた、しかも、養育費もまともに払っていないというニュースを見て、

“なんてクズだ”

と怒りがこみ上げて書いた。

クズが肉親で恥ずかしい。

2017-05-17

がん研有明

父の胃がんセカンドオピニオンをもらいにがん研有明に来た。

車で近づいてみると地獄要塞のように思えた。

中に入ってみたが以外に明るく、入院するには良い雰囲気だなと思った。

セカンドオピニオンをもらうために今1時間くらい待っている。判決をもらいに行くってのはこんな気持ちなのかな。

http://anond.hatelabo.jp/20170516164700

重度かつ慢性の入院患者11万人もいるのはおかしい、それは基準不適切からだ、もっと重度かつ慢性の入院患者が少なくなるような基準を作りやがれ、じゃなきゃ地域移行に支障をきたすだろ、精神病患者にとっての楽園イタリアを見習えってことかですかね。

基準を変えたところで現実は変わらないのになあ。

厚生労働省による平成23年患者調査によれば、日本統合失調症患者数は約71万人。

Bleuler Mによる統合失調症の経過類型によれば、重度の終末状態に移行するものは22%であり、また中根允文らによる長期追跡研究によれば、治療進歩しているにもかかわらず依然として21%患者改善がみられず精神病性症状が持続する。

これらの研究結果を見る限り、重度かつ慢性の患者11万人というのはそれほど歪な数値でもないと思いますがね。

日本他国に比べて、身体拘束をする、重度・慢性とされる患者割合が非常に高いわけで、その基準精神科病院経営している、日本精神病院協会によって決められているっていうのがやっぱりまずいんじゃないですか

身体拘束をする割合が高いのは、日本の超高齢化社会、というか、精神科病院認知症患者受け入れ数が増えていることと無関係ではないでしょう。

また他国に比べて重度・慢性とされる患者割合が高いといっても、基準が違うのでいちがいには比べられない。

まあでも基準作成に日精協が関わってるのであればバイアス存在無視できないわな。

で、資料を「こっそり差し替え」「証拠隠滅」という記述に関しては、あくま想像憶測の域を出ないのに決めつけちゃってる時点で、印象操サーさんのいつもの妄想乙って感じですなあ。

しかし、福島さんは人権擁護の観点から地域移行を推進してるんだろうけど、結局それは医療費削減に繋がるわけで、財務省は喜びそうな話ですよね。

自分自身のためにここに関連資料置いときます

これから精神保健医福祉のあり方に関する検討会 第2回「新たな地域精神保健医体制のあり方分科会」2016.04.22

平成 25〜27 年度 厚生労働科学研究補助金 障害者対策総合研究事業精神障害者重症度判定及び重症患者治療体制等に関する研究研究結果の概要 ver.4.3

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12201000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/0000122522.pdf

収入の半分を置き引きされる

入院、手術のために病院へ。

部屋を案内され、カバンを置いてトイレへ行った。

戻ってきたらカバンの中にあったはずの財布が無い。

財布には年金6万円の半分、3万円が入っていた。

ほんの数分の犯行

おそらく常習犯だろう。

これから手術で、一人不安を抱えていた老女に対し

酷い行いをした犯人が憎い。

しかし、先日

自転車や傘を盗んでも平気な人間の話が出ていたが

この置き引き犯もその手の人間だろう。

「そんなとこ置いとくやつが悪い、私が盗らなくても、他のやつが盗っていた」

とか言いそう。

一生反省などせぬまま、死んでいくのだろう。

2017-05-16

[]福島瑞穂「同じ日付の同じ名前文書で、中身が違うものが配られたんですが、どゆこと?」」

国会ウォッチャーです。

 今日参院厚生労働委員会福島瑞穂議員は、たぶん速記録が出た時点でブログで公開してくれるので、書き起こす気力がわかないわけですが、福島さんはやさしいなぁと思った次第。これが森ゆう子議員なら、「差し替え依頼のメールなり手紙なりを見せろ」というところだと思うよ。てかこんなん許しちゃダメでしょ。日精協のほうがまちがえていたということだけども、向こうの口封じなり、つじつまあわせなりはちゃんとできているのかな?

4月25日質疑

福島

「重度かつ慢性に関する診断基準、これは資料新聞を付けておりますが、厚労省は、第五期障害者福祉計画、二〇一八年から二〇二〇年度において重度かつ慢性に該当しない長期入院精神障害者地域移行を目指すという方針を出しています。また、これから精神保健医福祉のあり方に関する検討会、あり方検討会によると、一年以上の長期入院精神障害者、約十九万人、認知症を除くの六割以上、約十一万人が重度かつ慢性に該当するとされています。 障害者地域移行は世界スタンダードです。であるにもかかわらず、十一万人もの人々が地域移行から排除されるのは問題ではないでしょうか。」

堀江

精神病棟に入院後、適切な入院医療継続して受けたにもかかわらず一年を超えて引き続き在院した患者のうち、精神症状、行動障害生活症状、身体合併症などの基準から重度かつ慢性の基準に満たすとされる方についての御質問でございますけれども、当該基準を満たすことを理由地域移行へ向けた取組の対象から外れるようなことがあってはならないと、それから当該症状を有する障害者にはより手厚い入院医療提供することで、できる限り地域移行に結び付けていくことが方向性として確認されているものでございます

 また、第五期障害福祉計画では、平成三十二年度末の長期入院精神障害者地域生活への移行に伴う地域精神保健医福祉体制の基盤整備量を明記することといたしてございます。この第五期というのは平成三十年度からのものでございます。 基盤整備量を算出するに当たりましては、御指摘の重度かつ慢性の基準に該当する患者以外の地域移行だけでなく、治療抵抗性統合失調症治療薬の普及等によって御指摘の重度かつ慢性の基準に該当する患者地域移行が進むことも想定しているもの

ございます。」

福島

「ただ、十一万人が重度かつ慢性というのはどうでしょうか。この基準作成厚労省の補助研究事業研究班が作成しておりますが、この研究班やあり方検討会に精神科病院業界団体である日本精神科病院協会幹部メンバーとして入っております。十一万人が地域移行をするのか、それとも引き続き入院したままなのかは極めて重要経営問題でもあります利益相反ではないでしょうか。」

堀江

「御指摘の重度かつ慢性の基準は、精神症状、行動障害生活障害身体合併症について重症度を評価するものであることから精神医学の専門的な知見を有する医師等が中心となって作成したもの認識してございます。 また、これから精神保健医福祉のあり方に関する検討会では、当該基準を満たすことを理由地域移行へ向けた取組の対象から外れることはあってはならないこと、当該症状を有する精神障害者にはより手厚い入院医療提供することでできる限り地域移行に結び付けていくことが方向性として確認されてございます

 このため、精神科病院医師等が作成しているということで利益相反にはならないというふうに考えてございます。」

福島

「ただ、この十一万人がまさに重度かつ慢性というこの診断基準おかしいと思います資料として、配付資料八、九に付けております重度かつ慢性を診断する際の基準となっているBPRS、簡易精神症状評価尺度は、その第一項目、精神症状の評価基準として十八項目における点数、なしの一点から最重度の七点までの七段階評価の合計を四十五点以上としています。十八項目の総得点が四十五点以上ということは、一科目平均二・五点以上で重度かつ慢性とみなされるという意味になります

 しかし、BPRSの点数表においては、二点はごく軽度であり、三点は軽度となっています。四点が中等度、五点がやや重度、六点が重度なんですね。ということは、二・五点平均点で取っていると、でも三点が軽度で二・五点はごく軽度なんですよね。ですから、各項目における評価基準と総点数の評価基準とが著しく乖離していて、評価尺度として適用するのは不適切ではないでしょうか。」

堀江

精神疾患重症度を評価する重度かつ慢性の基準構成するBPRS、簡易精神症状評価尺度評価基準につきましても、研究班に参加している有識者合意形成に基づき作成されてございます研究代表者によりますと、BPRSの評価基準につきましては、総得点四十五点以上は治療抵抗性の精神症状を評価する際の目安として学術的にも用いられている、いずれかの項目で六点以上となれば重度な症状を有していると言えるといった考え方の下、有識者合意形成に基づき設定したとのことであり、一定合理性があるものと考えてございます

 いずれにいたしましても、これから精神保健医福祉のあり方に関する検討会報告書においては、御指摘の重度かつ慢性の基準によってより配慮された名称並びにより適切な基準となるよう、学会など様々な場において引き続きの検討必要であるとされてございまして、今後これを踏まえて適切に対応してまいりたいと考えてございます。」

福島

「でも、重度かつ慢性が十一万人、六割以上がそうだとなると、地域移行の歯止めになっちゃうじゃないですか。イタリアとかは御存じ、入院をしないようにするとか、大臣はいろんなことに明るい方ですからもっと精神障害者問題地域へというのはよく御存じだと思います。その意味で、これの重度かつ慢性の評価基準おかしいと思います。」

この利益相反指摘に対する資料の話。かいつまんで言うと、日本他国に比べて、身体拘束をする、重度・慢性とされる患者割合が非常に高いわけで、その基準精神科病院経営している、日本精神病院協会によって決められているっていうのがやっぱりまずいんじゃないですかっていうのが前の福島議員の指摘。それで資料請求したら、5月11日に届いたんだけれども、その内容が5月15日に届いた河合孝典議員らに配られたものと、利益相反の有無についての回答がしれっと書き換えられていた、というのが今日の冒頭の指摘。

概要だけ

この後採決に向けて、理事会開催のためと思われる休憩で、散会しないとアーカイブが見れないので覚えてる範囲概要だけ。詳細は福島さんのブログ明日、あさってぐらいにはアップされると思いますよ。

福島議員が、たまたま河合孝典議員らと、示された資料を一緒に見ていたら、福島議員のものだけ、川崎市病院で行われた研究班の26年度報告書に関して、利益相反はない、と書いていて、他の2議員のもの利益相反の可能性があると書いてあった

・これはいったいどういうことですか、ときくと、日本精神病院協会から提出された資料について、本年5月8日に、日精協のほうから資料に間違いがあったので、差し替えて欲しいという依頼があったので差し替えた。

福島議員に古いものを渡してしまったのは単なるミスといいはる堀江部長

福島議員は、これは国会で取り上げられたから、利益相反ではないと考えている旨を書いてあったらまずいと思ったから、厚労省から頼んだのか、日精協が頼んだのかしらないけど、あとから言ってみれば捏造したんじゃないのかと指摘。

あくまで間違いであって、これを差し替えさせてもらったと言い張る堀江部長

福島議員は、この2年間、間違った自己申告に従って。拘束の基準となるような重大な会議資料が作られていたというのならば、こんなにサラッと修正しましたーで済ましていいわけがない、ミスならミスとして、誠意を持って対応するのならば古いものと新しいものを2枚くっつけて、こちらは間違っていて、いついつまではこちらが使われていたとするべきじゃないか、と指摘。もし私に間違えて古いのを送ってこなかったら、こっそり差し替えて、何事もなかったかのようにしてたんじゃないのか。厚労省ぐだぐだだけど大丈夫ですか、と塩崎大臣に振る。

みたいな流れ。これはまぁ、4月25日質疑で、利益相反じゃないかっていう話題になって、それを当事者自覚してないみたいな報告書になってるのはまずいから、こっそり差し替えたはずが、間違って古いのを渡してしまったって話で、いってみりゃあいもの証拠隠滅をするつもりが、失敗しちゃっただけだと思うんだけど、福島さんはやさしいからなぁ。

お久しぶりに来てみたら

なんなんよこの荒れ模様は

ワイは増田が始まる頃から古参なんだが

あと数週刊過ぎればきっと収まると思うからみなさん耐えてくれ

荒らされてる古参はもちろん

スルーすらされない新参気取りも知らないだろうけど

こういう流れはこの季節の恒例行事なんだよね

みんなも入院して正気に戻ってくれ

オレの大好きな増田を荒らさないでくれ

 ・゚・(つД^)・゚・

2017-05-14

愚痴以外の何物でもない愚痴

親父の父親自分から見たら祖父)が亡くなって、相続が発生した。

こう言ってはなんだが、親父の兄弟はみんな一癖二癖ある連中なので、親父は面倒を嫌い相続放棄をしたいと言い出した。

それはいい、制度の事もよくわからいからこっちに調べてくれと頼むのもいいさ。けれどもね、調べた結果こうして欲しいってこっちが言ってるのに

「なんでそんな金を払わないといけないんだ」「なんで俺がそんな事しなきゃいけないんだ」っていちいち噛み付くのやめろよ。

そもそもお前の相続なんだよ、俺は一銭ももらえないの。それなのにわざわざ調べて、後に禍根を残さない様にってやってやってるのよ。

家裁却下されたら、次は2週間以内に高裁即時抗告の手配をしなきゃいけない。もう面倒くさい、死ぬほど面倒くさい。

そもそも被相続人の死後に口座から入院費出したら、相続したとみなして相続放棄できないかもって日本法律って本当にアホなのかと言いたい。

それを杓子定規適用する家裁の奴ら、お前らもアホだよ!いいから早く放棄認めてくれよ、頼むからさ。

2017-05-13

同級生が亡くなった

中高の同級生が亡くなった。

最後にあったのは2年くらい前か。

彼のお父さんがFacebookGW中に彼が亡くなった事を報告されていた。

その投稿には、彼と友達になっていた人たちからリアクションコメントが残されていたが、どうしてもそこに何かを書く気になれずにここに書いている。

彼は中学時代にも一度長期入院をしていて、最近も長期の闘病をしていた。

人って本当に簡単にいなくなっちまうんだな。

なんであいつなんだよ。

もっと他にいるだろ。

長い闘病の末に亡くなるってなんなんだよ。

死っていきなり来るんだな。

俺は、あいつのぶんまで生きるとかそういうことはできないけど、生きてる間は自分が好きなことして生きたい。

いつか俺が死ぬ時が来たら、あいつにあって自慢してやるんだ。

俺はこんなに楽しんだぞって。

2017-05-10

http://anond.hatelabo.jp/20170510152617

 措置入院を減らすべき、というのはもう何十年も言われていて、治療者側からは、治療のための要求として、地域治療への移行を求めてきたのに対し、おっしゃるとおり、行政側は医療費削減の文脈で、医療保護入院等への移行を進めてきたので、措置入院が約10分の1になっても、その分以上に医療保護入院が増えているので結局措置入院を減らす、という数値目標のために治療性格無視した措置入院、そこから拙速退院となっているのでしょうと思います

 イタリアだけでなく、基本的精神保健支出入院医療から地域治療へと変更していく方向はオーストラリアカナダでも勧められているようです。オーストラリアのMental Health Strategyによって、地域治療への支出入院治療への支出がほぼ均衡するようになって、利用者満足度が大きく向上したというような報告がでているようですね。(National mental Health report 2013)

 アメリカは州によって大きく異なるようですが、少なくともカリフォルニアフィラデルフィアニューヨークなどの主要な州では、措置入院のような入院(involuntary treatment)を2週間とか1ヶ月とか継続するには、医師裁判所に出向いて、人権抑制必要性説明せねばならないというような制度が整備されているようです。しかしそれでも、必ずしも患者家族QOLが低下しているということもないようですし、実際に人口あたりの精神病床数はドイツイギリスよりも相当低くなっているようです。。

 措置入院件数の違いは精神保健指定医の偏在ももちろんそうでしょうし、彼らのポリシーによっても大きくかわるだろうということはそのとおりだと思いますが、他の先進国と同様に、精神治療に関わるケアワーカー等への投資を進めていくべきなんだろうと思います。もちろんリソースの拡大も必要でしょうし、病院(1兆円)から地域ケア(500億円)へと移行していくべきだと思いますオーストラリアでは、配分を変えたことで、ケアワーカーの数は2倍以上になったようですし、イギリスでも医師よりも患者家族ケアワーカーがより多く増加しているようです。海外先進国にできて、日本にできないということはないように思うんですが。

卵巣のう腫の手術から1年経ったから、経過と感想をダラダラ書く。

卵巣のう腫は、卵巣の中になんか出来ちゃうやつ。

中身はまちまち、人によってはお腹がぽっこりするくらい大きくなったりする。

気付かないことも多いけれど、大きくなった卵巣がコロンとひっくり返って卵管が捻れたり、破裂したりすると一大事

詳しくは専門家HP読んでね。

https://jsgo.or.jp/public/ransou.html

私の場合はこうだった、というのを書く。

婦人科系の症状は個人差大きいので、あまり参考にならないと思う。気になることがあったら病院へどうぞ。

※後半に摘出した部位を食べ物に例える描写があるから、苦手な人は気を付けて


1.発覚

社会人なりたての頃に「自治体から子宮頸がん検査無料チケットが届いたから」とか「生理痛しんどい」とかそんな理由で近所の婦人科にかかった時に、ついでに発覚。

「片方の卵巣デカいですねー。卵巣のう腫でしょう。現状問題ないので年1回くらい様子見ましょう。」とのこと。

この時、痛いとかお腹出てるとかそういう症状はなかった。全然気が付いてなかった。生理痛はそこそこ重かったけど、のちにチョコ菓子を控えるようになったら軽減されたので卵巣のう腫とはあまり関係ないと思っている。


2.手術を決めたタイミング

時は流れて30代手前、「年1で」と言われていた検査のこともすっかり忘れた頃に結婚が決まり、別の病院ブライダルチェックを受けた。

特に問題はなかったけれど、そこでも言われる「片方卵巣デカいですねー」。

近所の病院に通ってた時よりも少し大きくなっていた。この時で6cmちょっと。通常は2〜3cmで、大体クルミと同じくらい。

このままにしておいても問題はないけれど、妊娠出産を考えるなら早めに取っちゃった方がいいですよ、とのこと。

やっぱり捻れたりするのが怖いし、妊娠にのう腫を取ることも出来るけど、今の内の方がリスク少ないし楽なんだって

それまで手術も入院もしたことがなくて好奇心はあったし、その場で手術が出来る病院を紹介してもらった。


3.手術の内容

私の場合腹腔鏡下手術と呼ばれるものだった。

へそとその周辺数ヶ所に開けた穴からガスとカメラ器具入れて患部を切ってもらうタイプ。術中は全身麻酔入院トータル1週間。お腹を切って開ける開腹手術よりも、術後が楽で回復が早いらしい。

「のう腫部分のみ切除します。術後の生殖能力には影響はないですよ」の言葉安心したのをよく覚えている。

ちなみにこの時点ではのう腫が良性か悪性か分からない。

担当医曰く「検査した結果を見ると良性っぽいけど、のう腫を摘出して中身見ないと分からない」らしい。

なんとなく、生理予定日を避けて手術の日程を決めた。


4.手術前に検査説明を受ける

入院の少し前、採血・採尿・心電図・肺気量・MRI……色々やった。

クリアファイルを片手にスタンプラリー気分で大きな病院内をウロウロ。

その後、手術を担当してくれる先生から説明を受けた。

みなさん手術や業務の合間を縫って時間を作ってくださったようで、とても忙しそう。

麻酔担当・手術の際立ち会ってくれる看護師さん・病棟でお世話してくれる看護師さん……他にもいらしたかもしれない。

「こんな手術します、こんなケアします、これ準備してください、もしもの場合も一応覚悟しておいて下さい、質問ありますか、では書類サインを」大体こんな感じ。とにかく書類が多い。

麻酔先生イケメン、眼福。


5.手術当日

前日夜から食事抜き。

当日朝に浣腸をした。初体験

浣腸の後、出来るだけトイレ我慢して下さいね。5分頑張って!」と言われたものの、1分で脱落。今入れたものがそのまま出てきた。無力。

病室で手術着に着替えてから、歩いて手術室に向かう。

手術室は予想に反して朗らかな雰囲気で驚いた。

ベッドに横になり、手術担当看護師さんとおしゃべりしている内に麻酔が始まり、気付いたら病室に戻っていた。2時間は経っていたらしい。

夫と親の顔を確認して、その後は丸一日眠った。

時折、看護師さんが私の股座をゴソゴソと開けてチェックし、時に拭い、そっと戻して去っていった。事前の浣腸もっと頑張ればよかった。

からは点滴、腰付近からは痛み止め用の管、尿道からは私が麻酔で眠った後に入れたらしい管がそれぞれ出ていた。

から出た管は小振りな筒に繋がっていて、痛みで辛い時に自分でその筒のボタンを押すと痛み止めを注入出来る。幸い使う機会は無かった。

点滴のおかげで喉の渇きや空腹感はないけれど、口が渇くので看護師さんが様子を見にきてくれる度にうがいをさせてもらった。


6.術後1〜2日目

手術から丸一日経つと、自分で歩いてトイレに行くくらいは出来るようになった。

多少下腹に痛みがあったけれど、それ以上に丸一日寝ていたせいで体力が落ちたのがしんどい

まり寝っぱなしでいると臓器が癒着するからどんどん動けと言われたので、トイレの他にも病室近くの談話スペースで漫画借りて読んだりテレビ観たり、ベッドから出てる時間を増やした。

食事も徐々にあからさまな病人から普通食事に変化していった。

シャワーは術後2日目頃から自分で浴びられるようになった。


7.退院

手術したのが月曜日退院予定は金曜日だったが、木曜の朝に「元気そうだから後で診察して問題なければ今日退院していいよ」と言われた。

執刀医2人と面談、診察してOKが出たので会計を済ませて退院した。こうもアッサリ終わるものなのかと大層驚いた。

退院後1〜2日はゴロゴロしていたが、3日目から散歩に出て、4日目には仕事に復帰した。元々暇な座り仕事なのですぐ復帰出来たけれど、そうでなければもう少し自宅で安静にしていたかもしれない。

執刀医と面談した際に確認したところ、のう腫は良性だった。

摘出したのう腫の写真には、髪の毛がピンピン飛び出した鶏皮の塊のようなものが写っていた。

中身は歯・骨・髪・脳・脂肪等。

流石は人間の素が入ってる臓器、中身のバリエーションに富んでる。実物は見せてもらえなかった。残念。


8.手術痕

私の場合は腹の4ヶ所に穴を開けたらしい。

へそ・へその下・そこから拳1つ分を空けて左右2ヶ所。

さな穴ではあるけれど、放っておけば勝手になくなるタイプの糸で縫合されていた。

術後数週間で穴の一つから糸が出てきて抜けた時は驚いたが、あとで正直に担当医に報告したら「別にいいですよー、また出てきたら抜いちゃって下さい」と言われてホッとした。糸が残っている間は少ししこりのようなものがあるが、気付いたらなくなっていた。

傷口の赤み・痒みは時間と共に薄れて、今では乳首色で小指の爪サイズの痣が3ヶ所あるだけになった。

いちばん大きな穴はへそに開けたそうだが、見た目は全く分からない。


9.費用

手術前が決まった頃、会社に指示を仰いで「健康保険限度額適用認定申請書」なるものを用意した。

医療費めっちゃかるというのが事前に分かっていれば、最初から自己負担限度額で請求してくれるらしい。

これを出さな場合は、かかった費用を一旦自分で全額支払い、後日全額から自己負担限度額を差っ引いた額を戻してもらう為の申請必要になる。

どっちにしろ、支払う額は変わらない。

詳しくはこのあたりを参考にどうぞ。

https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g5/cat550/1137-91156

私の場合、通院から手術まで全部合わせてトータル10万行くか行かないかくらいだったかなぁ……


10.生命保険

もちろんおりた。

それなりに女性特約をつけた生命保険だったので、今回の治療費をペイ出来るどころかあと2回同じ手術受けられるくらいおりた。月々安くない金額払っているだけある。

今回の費用を余裕で払える程度の貯金はあったのでお金については心配していなかったけれど、入院手術で心身しんどかった後にちょっとしたお金が貰えたことで少し気持ちが上向いたのはありがたい。

書くまでもないと思うけれど、貰える金額は各々の契約内容次第なので、私のもらった額は全く参考になりません。


11.その他

意外なことに、術後割とすぐ子作り可と言われた。人によるかもしれないので、同じ手術を受ける人は担当医にちゃんと確認してほしい。

生理周期もズレたりするかと思いきや、変化なし。

変わったことと言えば、他に要因があるのかもしれないけれど、おりもの臭いが軽減され、へその臭いがキツくなった。なんで?


以上です。

最初に書いたけど、あくま医療無知個人の感想なので「そんなパターンもあるのねー」くらいに留めておいてほしい。

http://anond.hatelabo.jp/20170510152617

措置入院に至るような精神障害者病識のない人が多いです。

故に、本人意思や本人の代理人による権利擁護担保された状態での選択性にしたら制度実効性がなくなるし、実効性のない制度意味をなさないでしょう。

日本精神病院他国とくらべて圧倒的に平均入院日数が高いということも問題だと思っています

これはもうすでに対策が進んでいて、退院したくても地域に受け皿がなく退院できないような長期入院高齢患者なんかを除けば、新しく入院した患者はだいたい3ヶ月未満で退院させられます。まだ治ってなくても。

イタリア基本的入院治療は行わない、という制度意向によって、地域社会でのインクルージョンが大幅に進んだ

でた!イタリア

この手の人って本当にイタリア大好きだよね。私はイタリア実態について詳しくないので踏み込んだ意見は言えないのですが、イタリアについては「いい話しか聞こえてこない」のと、その素晴らしいイタリア追従する国が出てこないことに懸念を抱いていますアメリカとかならやりそうだけどね。主に医療費削減のために。

措置入院可能な限り減らしていくことが望ましいのではないかと思っております

そうですね、措置入院公費負担ですし、国としてはできる限り措置入院制度よりも医療保護入院制度活用してほしいところでしょうね。

ちなみに年間措置入院件数都道府県格差精神保健指定医の偏在とも大いに関係してると思いますが、いかがでしょうか。

参考人質疑の中でも、障害者権利を専門とする弁護士が、強制的医療によって、患者治療拒否状態になり、治療効果がでない、というようなこともおっしゃっておりました。また通院を義務化したことによって、自殺者も顕著に増えたとおっしゃっておりました。

強制的移送治療トラウマになり、その後のスムーズ治療につながらなくなるケースは多々あるようですので、強制的治療介入が必要になる前に早期に手を打てればいいんですけど、それが出来たら苦労しませんよね。ちなみに通院義務化で自殺者が顕著に増えたというのは何かソースがあるのでしょうか?

リソースを増やそうよというのは大正論だと思うんですけど、今後の情勢的にはどう考えても厳しいですよね。精神科入院治療で最も手厚い人員が確保されてるのが精神科救急病棟スーパー救急病棟)ですけど、あれ入院10割で月額100万円近くかかるんですよ。

措置入院するようなタイプ精神障害者を、隔離ではなく地域生活させるために増税しますっていって国民の支持が得られるとはちょっと思えませんけど、まあ希望を持つの自由ですからね。

http://anond.hatelabo.jp/20170510150629

どうもありがとう。なんか話せそうになってきた。

あるケースで警察の介入をお願いしたいというものがあることは否定しませんよ。ですから本人意思や、本人の代理人による権利擁護担保された状態での選択性にすればよいのでは、と考えているのですが、なぜ義務として必ずそうしないといけないとなるのでしょうか。その説得的理由がいっさいわかりません。

>ロクに治療が行われず、措置解除後はすぐに出されてあとは放置

まさしくこれが問題だと思ってますよ。日本精神病院他国とくらべて圧倒的に平均入院日数が高いということも問題だと思っています措置入院件数格差は、人口が違うので、人口当たりだと14倍程度と国会議論されていたと記憶しておりますが、イタリア基本的入院治療は行わない、という制度意向によって、地域社会でのインクルージョンが大幅に進んだということなので、方向性としては、措置入院可能な限り減らしていくことが望ましいのではないかと思っておりますが、私は専門家ではないので、これが必ず正しいとは思っておりませんが、まさしく地域間格差があるということそのものが、疫学的、社会学的に有効処置検証ができる状況にあると思いますので、厚生労働省にはしっかりとその面での研究奨励して頂きたいと思いますね。

 参考人質疑の中でも、障害者権利を専門とする弁護士が、強制的医療によって、患者治療拒否状態になり、治療効果がでない、というようなこともおっしゃっておりました。また通院を義務化したことによって、自殺者も顕著に増えたとおっしゃっておりました。結局、認知症治療発達障害治療等と同様に、投入されるリソースが少なすぎるから治療効果無視した、対処療法的であったり、悪影響を与えかねないような治療形態しか選ばれていない、ということなんだろうと思っておりますので、私の結論としては、もっと金を出そうよ、というところですね。私個人としては、大きな政府支持ですので、そのための増税はむしろ歓迎しているところです。そういう意味民進党共産党を支持しているかといわれると難しいところはあります

痴漢精神病

痴漢厳罰化(化学去勢も含む)について書いた増田だよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170508105254

増田を眺めていたら、精神病患者措置入院に関する法律話題になっていた。

痴漢を含め、性犯罪というのは、癖になるものだと聞く。

そうすると、痴漢をしてしまう人というのは、もしかしたら病気なんではと思い、10分くらい調べものをしてみた。

すると、やはり、最新のDSM5では、病気として、以下のようなモノが定義されていたのである


Wikipedia(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AA%83%E8%A7%A6%E7%97%87)より適宜抜き出し

窃触症(せっしょくしょう英語: Frotteurism)とは同意していない他者の体を触ったり、自らの身体をこすりつけることに性的興奮を感じる性的倒錯である

DSM-5の診断基準

A. 少なくとも6カ月間にわたり、同意していない人に触ったり、身体をこすりつけたりすることから得られる反復性の強烈な性的興奮が、空想衝動、または行動に現れる。

B. 同意していない人に対してこれらの性的衝動を行動に移したことがある、またはその性的衝動空想のために臨床的に意味のある苦痛、または、社会的学業的、職業的、または他の重要領域における機能障害引き起こしている。



同じページには、薬物療法もあると載っていて、ホルモン剤の投与も書かれている。何のことはない、これは、所謂化学去勢とよばれるもの」をしているのだ。

精神障害者は危ない、病気から薬を飲ませて、入院させなきゃというのなら、全く同じロジックで、6ヶ月以上継続する痴漢病気だ、薬を飲ませて去勢しなきゃが成立する事に、もうなっているのである

6ヶ月以上継続するということの立証は凄く難しくて、まあ無理なんだろうけど、仮に「やっちゃいけないと分かっているのにやってしまう」ことで苦しむ痴漢がいるんなら、サポート出来る世の中にはなってほしいと思うのであった。

2017-05-09

[]精神保健福祉法改正案は廃案にすべきpart2

http://anond.hatelabo.jp/20170509180609

つづき

石橋議員無双状態

 これ気持ちええやろなっていうぐらいズバズバ切られていく大臣副大臣障害保健福祉部長

石橋

「(略)改めてお伺いするが、大臣はこれまでの答弁で”本人や家族が入るのは当然のことである”、とこう言っている。それまでは一切言ってなかったのに、なぜか途中からこう言い出した。堀江部長、これ本人の参加、47条の2(退院支援計画作成を、関係者が、措置入院中に行わなければならないとする文)、これ条文上本人の参加がどこに担保されていますか。教えてください。」

堀江

改正案47条2の退院支援計画作成は、本人の社会復帰支援するためのものですから個別ケース会議は、本人が参加すべきものと考えてございます。これは精神保健福祉法第1条において、”この法律は、略 を目的とする。”とされていることにも明らかでございます。これに基づきまして、退院後の支援ガイドラインに明示いたしまして、支援趣旨理解の徹底を図ってまいりたいと考えてございます。」

石橋

堀江部長法律のどこに根拠がありますか」

堀江

「この第1条に()目的とされていることからも明らかだと考えております。」

石橋

「わけがわかりません。47条の2、退院後の支援計画策定に、本人の参加がどこに担保されていますか」

堀江

「47条の2は、支援計画につきましては、措置入院者が退院支援計画によって、社会復帰の促進、自立の促進の支援をを円滑に受けることを目的として行われることと、第47条2、1項に書かれていることからも明らかであります。」(野党失笑

石橋

「まったく答弁になってませんよ、堀江部長、みなさん笑っちゃってるじゃないですか。じゃあ1項のどこにかいてあるんですか」

堀江

「47条2、1項は(上述の内容を再度読み上げる)医療機関等に作成するものこと、また第1条に示されているとおり、明確に示されていると思います。」

石橋

「(苦笑)答弁になってませんよ、書いてないなら書いてないでちゃんとここで発言を残してください(この発言が出せる議員は好きよ、国会意味がわかってると思える)。条文上、本人の参加を担保するものはない、と政府の答弁として。本人の参加の権利は、条文上担保されていない、これでいいじゃないですか。大臣そうやって答弁してください。」

塩崎

「ご指摘のですね。この47条の2のどこに、本人の参加が書いてあるのか、でございますが、条文上明示的に書いているわけではございません。しかし、部長から答弁したとおり、そもそもこの法律自体が、社会復帰、または自立のための援助をすることを目的としているわけですから社会経済活動への復帰を促す、というこの第1条に明確に書いてございます。そこから考えれば、支援計画はもちろん本人の、社会生活のためであって、本人とご家族の納得の行く話し合いが行われるのは当然であって、これは私は立法事実となっているだろうとこう考えております意味フ)」

石橋

大臣まったく説明になってませんよ、でも認められましたね。法律上担保されていない、書かれていないということを答弁されました。法文上かかれていないということは、法律上権利として保障されていないということなんです、大臣。もしこの法律全体で保障されているのであれば、本人不在で、支援計画策定された場合、本人は権利侵害訴訟を起こせますか、答えてください」

橋本

「47条2、で規定されているものは、自治体に対して、退院した人に支援計画作成しなさい、という義務を課すものであります患者のほうが訴訟ができるのかというお話でございますが、患者さんのほうに何らかの義務を課すものはございません。患者さんに作成された支援計画を行う義務はない、わけでありまして、計画の実行を行わない、とすることもできるわけでございます。ですから訴訟ができるかということですが、何かしらの義務をかける、ということで、異論があればそれに対して訴訟等に訴えるということになるんだと思いますが、今回の場合患者さんには義務がないので、そんなことはないと考えております。」

石橋

副大臣、完全に履き違えておられますよ。義務の話じゃないんです、患者さんの権利の話なんです。退院支援計画策定について、どこに本人参加の権利保障されているのか、されていない、と先ほどの答弁で認められた。つまり権利保障がないわけです。本人の支援のためだといわれているけれども、本人が参加しなくても勝手に誰かが作成してしまう。これ権利侵害じゃないですか。でも権利侵害として、法律に基づいて訴えることができないのであれば、権利保障されていないということになるでしょう。だから欠陥法案だと申し上げているわけです。

 今言われた点、矛盾があると思うので、重ねて聞きますが、これ47条の2、第1項は、自治体作成義務を負わせています。そして第5項は自治体に、実行の義務を負わせています堀江部長、この理解で良いですね」

堀江

「今回の法案におきまして改正後の47条の2につきまして、その一項において、措置入院患者社会復帰就労支援等を強化するために、都道府県等に対して、退院支援計画策定等を義務付けております。具体的には、措置入院者の入院中に、精神障害者地域支援地域協議会における協議を行ったうえで、退院支援計画作成する。作成した支援計画当事者交付するとともに、個別ケース協議会で、構成するもの(これに警察が入りうる)に対し情報の通知を行い、作成した支援計画に基づいて、患者ならびに本人に対して、相談指導を行うこと、措置入院者が、転居した際にその情報相手自治体に通知することを義務付けているという内容でございます。」

石橋

「聞いていることに的確にこたえてください。繰り返しますが、第一項は作成義務を、第5項は実行の義務を負わせている、これでよろしいですね」

堀江

「そのとおりでございます

石橋

「そこには本人の参加、法律上担保がない、これは答弁されたとおり。つまり本人が参加しようがされまいが、都道府県には義務が課されるわけです、これによって。そうですね。本人が参加してなかろうが、やらなかったらむしろ自治体不作為になるわけです。そういう理解ですね、堀江部長

堀江

「そのとおりでございます

石橋

「これすごい話ですよ。さきほどから大臣、本人の参加は当然だとおっしゃっているが、法律上都道府県には本人の参加不参加は関係ないんです。法律上義務付けられちゃうんです、これによって。本人が嫌だといっても、都道府県はじゃしません、というわけにはいかないでしょ。」

法制局にもこのことを確認して、そのとおりと思うとの答弁を得る。

石橋

「大変重要な答弁を頂きました。法制局も認められました。都道府県には本人の参加不参加関係ないんです。どこに本人の権利が確保されてるんですか。法律上まったく穴が開いちゃってますよ。都道府県は、ですね義務があるんですよ。これ第5項は書きっぷりもすごいですね、指導させなければならない、これ指導対象なわけです、法律上は。計画作成主体じゃないんです。本人は指導されるんです。そういうおそろしいたてつけになっているからこそ、皆さん心配されているんでしょ。

 もう一つ恐ろしい話を聞きますが、先ほど部長からも答弁がありました、第3項で、協議会に、本人も参加するべきだと答弁されましたが、これ、措置入院中の、ご本人が、協議会に参加するんですか。3項で、個別ケース検討会議で、本人が協議に参加する、だから人参加が担保される。ほんとにそうなんですか。じゃ、措置入院中に、ご本人が、個別ケース検討会議に出かけていくんですか。堀江さんこれそういう意味ですか。」

堀江(もうアップアップになっている)

「あの、あ、本人の参加というのは、あの、協議会に参加していただくということになっている、います意味フ)。ですから、ですから、あの検討会議ーが、あの会議ーの、あの参加できるように環境を整える、とーえーいうことになると思います。」

石橋

「これ、大事な点ですから部長、明確に答えてください。そちにゅういんちゅうですよ!措置入院中にご本人が協議会に参加するんですか。それで、ご本人が、退院後どのような支援希望し、ご本人の意思尊重し、それを正しく反映できるんですか。問題は結局、第2項に入院中に作成せよとなってるからまずいんですよ。これが問題でしょ。結局、もともと本人の参加は想定してないからこんな条文になってるんじゃないんですか(そりゃそうだろーなー。)。入院中に作成すること自体が、本人が参加する環境を作るということになるんですか。そんなことできないでしょうよ。堀江さん、明確に厚労省として、入院中に正しくできるとお思いですか答えますか。」

堀江

「あの、措置入院中ですので、あの、病院関係者が集まって協議会を開くということを中心に考えております。」

石橋

病院協議会開くんですね。そして措置入院中の方、そこに参加をいただいて、協議会開くんですか。今考えられたこと?もともとそういう想定で作られました?今ぽんと考えられたものじゃないですか。本当にそんなこと想定されていたんですか。それで正しくできるんですか。本人は47条の2に、第4項、交付を受ける、これだけなんです。これしかご本人は出てこないんです。そもそもご本人の参加は想定していなかった。想定せずにこの法律作った。大臣お認めになりませんか。」

塩崎(当然答えられないから煙に巻きにかかっている)

「(意訳)措置入院後は消退届が出されるが、そこに何もかかれずに地域に帰されていく、そういうケースが2割も3割もあるということがわかった。だから退院支援必要から自治体義務付けた。当然ご本人の納得は必要であるしかし、退院時に何の支援計画もないというのは問題からこの法案を出している」

石橋

大臣、完全に論理破綻してますよ。冒頭申し上げたとおり、ではその支援計画エビデンスを示してくださいよ。地域ごとに対応がばらばらである比較検討されて、支援有効性について議論されたんでしょう。兵庫方式については参考人からマイナス面があると指摘されて、それに対してどうやって議論したのか、示さない。(譲って)この支援計画有効だとしましょう。じゃあその策定にご本人の参加はどこに担保されているのかと問題にしているんです。それがないままに、この法案策定だけ義務付けられている、それが問題だといっているんですが、大臣今もそこはお答えにならなかった。法律上権利として保障されていないものは、保障されないんです。だから多くの当事者団体の皆さん、こりゃだめだといってるんです。これこのまま通したら、自治体も大混乱しますよ。義務付けられちゃうんだから。これは(障害者権利条約にも逆行する話。これは大事なことだから指摘をしておきます

 さら問題があります(まだあんのか)。当事者団体が大変不安をもたれている。47条2の6項、転居後の自治体自動的な通知が義務付けられている。これ個人情報保護法の要配慮個人上との関係どういう整理されていますか」

堀江

継続性が大事から転居で必要支援継続できるように自治体に通知を義務付けている(ただし中止する手段はない)ものであります。一方で個人情報保護観点から重要問題なので、秋ごろにだすガイドライン方針を示したい。」

橋本

個人情報保護法で補足させていただきます。あの、計画を作るのは自治体主体となっております自治体は、個人情報保護法対象になっておりません。各自治体の個人情報保護条例によって扱われることになっております。そして、条例各自治体ありますが、個人情報保護法場合は、一般には法令に基づく個人情報提供が明記されているとその対象とならないとされていて、今回の法案ではその旨明記されていますから法令上の問題は生じないと考えております。」

石橋

「今副大臣が答弁されたことが大事なことですよ。これ本人の同意なく、個人情報は通知をされる。これ、本人がやめてくれ、といったらやめてくれるのか、そういう法律ですか」

堀江

法律上自治体にそれを義務付けています

石橋

「みなさんわかりました?これ本人がNOとはいえないんです。自治体には義務付けられちゃってますから。本人の権利はないわけです。とんでもない話じゃないですか。これ自治体支援計画策定しなければならない、そして、それを本人に指導しなければならない、そしてどこに転居しようがそれを自治体に通知しなければならない。こういう法律なんです、どこに本人の権利尊重があるんですか。とんでもない話ですよ。障害者権利条約、逆行してます。笑いものになりますよ(そもそも本人の自傷他害を理由としても、身体拘束をすることはダメだとされて、何度勧告されてもも守ってないかカエルの面にションベンではとおもうけど)。これ塩崎大臣、どうやって説明するんですか。安倍総理海外しょっちゅう法の支配といっています。どこが法の支配ですか。これ改めて指摘しておきますよ。やめるなら今ですよ。これこのまま通せばますます国際社会から指摘されますよ。個人情報保護法の話はまたやりますが、一点大事なことを確認します。これご本人が退院支援計画に異議があるとき、これどうやって申し立てるんですか。」

堀江

退院支援計画自治体に対し策定義務付けるもので、患者はそれに従う義務はありません。計画同意できない場合は、計画を受けないことを選択もできる。それで、まぁあと計画作成する段階で、えーこの、意見を聞いていただいて、それを反映していくことが大事だとは思いますが、最終的に計画に従う義務はないということでございます退院支援計画は、退院後確実に支援を受けることを目的にしていますので、本人が拒否していても、準備をしておくことで、本人が希望に至ったり、家族希望した場合にはすぐに対応できるようにすることを目指しているといえます。」

石橋

「どんどん深みにはまってますよ。大丈夫ですか。これ本人が拒否した場合、うけない選択もできる。自治体には策定義務、実行の義務もあって、転居の通知もしなければならないが、本人はそれも拒否できる、というこういう法律ですか。」

橋本

「(意訳)本人の希望策定段階で、反映されるべきだし、それをできるだけよいものにする必要はありますし、丁寧に説明する必要がありますが、支援関係者も、本人が嫌がることをわざわざはやらないので、本人が嫌がる場合には、本人がやりたいといったときにどうするかという内容になるだろうと思いますし、ガイドラインでそのような内容を示していきたいと思う。」

石橋

「思うとかそういう話をしてるんじゃないんですよ。法律上人参加の権利はどこに担保されているのかという話をしているんですよ。本人が嫌だといったって、あなたいなかったけど、我々これ作ったから、どうぞ従ってねって説明して、うまくいくと思ってるんですか。うまくいくわけないじゃないですか大事なこと答弁されていません、本人の異議申し立て修正要求、できるようになっているんですか」

堀江

「意訳)ガイドラインで示したい」

石橋

「またガイドラインですか。法律義務付けているものガイドラインで覆す、そういう変な法律なっちゃてるんですよ、大臣これは理解してくださいね。もうひとつ確認しないといけないのが、ご本人が参加したくても病状の問題で参加できない、そのような場合でも、権利条約で、権利擁護者、弁護士のような、これをしっかりと確保すべきだと書いています。これ法文に明示しませんか。措置入院になった、これ強制入院です。だったら、措置入院の際、必ず、権利擁護保障する、弁護人を選任する、本人がいなくても、本人の権利擁護を働いてもらう、支援計画についても意見を述べてもらう、これが人権を守るための措置になるんじゃないですか、どうですか(もはや天晴れ)」

塩崎

「(権利条約について述べるもの法令上の明記をするとはけっしていわない答弁)」

この法律もし廃案にできたらMVPは間違いなく石橋議員だよ。めっちゃがんばってると思う。

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