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はてなキーワード: 入院とは

2016-12-04

明日から精神科入院する 後をよろしくな

明日から精神科入院するんだが不安だ。

スマホ病棟内に持ち込み禁止だ。

使えるのは申請して午後の15分だけ。

15分で一日分の増田が全て読み終える訳がない。

ましてや自分増田が書き込めるわけがない。

自分の読んでいない増田が次々と消えていっている状況をどう耐えればいいの。

増田を全て読まないでいられる人って他に何をしてるの?

パソコンの前にいない時間って何をしてればいいの?

まあ病棟内で出来ることしか出来ないかジョギングとかパチンコとかは無理なんだけど。

同じ階層には男しかいないし、スマホないし夜の息子のお勤めは妄想でするのかな。

何ヶ月入院するのか全く分からないけど、みんな頼んだよ。

土人ジャップルール

入院の見舞いに鉢植えは禁止

 

 → 根(寝)が張り、入院が長引くから

2016-11-30

動物病院って、どうしてこんなにボッタクリの詐欺が多いんだ?

実家で飼っている犬が死んだ。

膵炎だったらしい。

泣いた母から先ほど、電話がかかってきた。

いつも予防注射をお願いしている動物病院では、これまでも定期的な検査提案され、

犬も高齢からということで、一応3か月ごとに受けてきた。

土曜日にご飯が食べられなくなったから、診察を受けさせたら、

入院検査を勧められ、その通りに。

2日入院させている間に(もちろん2日間お見舞いには行っていたらしい)

完全にぐったりしているばかりでなく、

足にウンチがついているような状態

それなのに、追加の検査をたくさん提案してきたそうだ。

可哀想だったので、連れ帰ってきたという。

検査を断って、

2日入院検査で6万円払ったらしい。

連れ帰ってきて、往診してくれるという獣医さんがいたので、

昨日診てもらったら、すぐに、十分な高齢だし、膵炎だという診断。

できるだけ一緒にいて見送ってください、と言っていただいたそうだ。

病気のことだから、一概に入院させた動物病院が全部が全部悪い、と思ってるんじゃない。

でも、犬だって死ぬときに、病院の檻のなかでさみしく心細い思いをして死ぬよりか、

我が家で、家族と一緒に最期を迎えたいじゃないか

もし言われるがまま検査を受け続けさせて、退院させなかったら、

すみません検査してたんですけど死んじゃいました、って

言われて、何万も請求されたのか、

と思ったら、なんかゾッとする。

なんだか、とっても悔しい。

2016-11-27

turimotonaoki

色々金融資産は有るにせよ、年収250万円の男が女が振られるのは仕方無いだろう。節税目的なのだろうが、将来入院するとか子供を育てるといった物入りを考えると社会人の女が付き合う男としてはかなり寂しい金額だ。その彼女に新しい男が現れなくても振られていたかも知れない。

 

http://anond.hatelabo.jp/20161126203842

2016-11-26

「恵まれステージ4の乳がん患者」もウナギを食べる。

高齢者は、年金旅行へ行き、ウナギを食べる。

足が痛いと整形外科へ気軽に行き、

塩辛漬物を無制限に食べ、高血圧の薬を処方され、

寝る前までカフェインたっぷり日本茶を飲み、眠れないからと睡眠薬を処方される。

「恵まれステージ4の乳がん患者」もウナギを食べる。

BBCで「今年の100人女性」に選ばれた

「恵まれステージ4の乳がん患者」のニュースに対するコメント

「私も癌ですが、豪華個室に入って、のんびり養生がしたいです。

非正規で休んじゃ食えないので、体にむち打ち、無理して働いています

この人が、心底羨ましいです。」

と書き込んだら、

非正規はお前が悪い」

「同じ病に苦しむ人間立場が一緒にならなきゃいけないルールはないんだから

しょうがない。そんなに悔しいなら金持ち結婚すればよかったのに」

「ほーんとかわいそうw

自分が癌になったとしても、同じ闘病仲間をこうやって僻みたくないわぁw」

はい努力しましたが非正規スパイラルからは抜け出せませんでした。

励ましてくださった方もおられましたけどね。

非正規手取り161,139円、高額医療費自己負担限度額57,600円。

今月も抗がん剤白血球が下がってるから

ウィルス罹患し、こじらせ10日間入院言わずもがな

ガンは治る病気になってきているし、保険内の標準治療で十分だと思っているけど、

だるさ、疲れが取れないまま、勤務を続けているのは、寿命を縮めている実感はある。

「今年の100人女性」とは大げさな

本人に自覚があるなら、

遺伝性じゃないです」などと無駄な事を発信していないで、

これからを生きるすべての若い女性に対しても、自分の娘に対しても、

そこまで悪化させた経緯をつまびらかにするべきだと思います

民間療法に頼ったとの報道もありますしね。

2016-11-24

オレの彼氏父親が死んだ。

一度も会ったことのない、オレの彼氏父親が死んだ。

もうずいぶん悪くて、ずっと入院してたから、いよいよ、という感じ。



ある時、飛行機距離に転勤になったオレは、

彼にどうしてもついてきてほしくて、彼の親にお願いに行こうとした。

ら、彼に止められた。

父親はもう意識があったりなかったりだから意味がない、と。

母親はきっとオレのことを認めないだろうから、と。

結局、彼が彼の親を説得して、オレは一度も親と話すことなく、

連れて行ってしまった。

彼づてに聞いた、月1回は必ず帰らせる、という約束は守っていた。



そのまま、一度も会わなかった彼の父親に会いに、

そして、彼の母親に会いに、もうすぐ行くことになった。

こんな形で、初対面を果たす。

なので、緊張して眠れない。




休みがとりやす職場で本当によかった。

特に詮索もされないし。

でも、本当だったら慶弔休暇モンだよな、とふと立ち止まる。



というかそもそも、もうちょっと普通スムーズなんだろうなと思う。

まっさきに飛行機で飛んでいって、いろいろ手伝うべき立場だと

思うのだけれど、それはどうやらちょっと難しい。



母親は、たぶん差別意識があるんだろうな。

自分のムスコを勝手にどこに連れて行くんだ、とか思ってるんだろうな。

でも今回は、「友人としてなら」参列してもいいわよ、と言ったらしい。



どんな第一歩になるだろうか。

2016-11-23

鬱になって休職し、その後復帰、現在仕事をしている人

鬱になって休職し、そのまま戻らなかった人

復帰し部署を変えて働いていたが、最終的には辞めてしまった人

精神的なもので長期入院したが復帰し、現在もかなり上のマネージャ職にいる人

自分は何度となく休職を考えているが、まだそこには至らない

上に相談するとだいたい止められるのと、業務上の小休止(落ち着いたプロジェクトへの短期参画)でなんとか凌いでいるような感じ

あちこちの現場部署をたらい回されて理解したことは

うちの会社でとれる仕事業務環境人材限界といったもの

自分が今後また火事プロジェクト現場に配属され、精神的な理由休職したとしたら

復帰の努力転職活動になる気もする

大好きなおじいちゃんおばあちゃん

母方のおじいちゃんおばあちゃんが大好き。

お母さんには弟がいたんだけど、お母さんが当時20歳前半のころ、母弟は20歳前後。雪が積もって地面も凍ってつるつるだった日の夜中に、車で友達と出かけて事故が起きて亡くなった。



私にはお兄ちゃんとお姉ちゃんがいるんだけど、子供は2人をぐらいかと思ってた両親に、おじいちゃんが「弟が亡くなったのだから、もう1人ぐらい孫が欲しい」と言って産まれてきたのが私。

おじいちゃんおばあちゃんが居なければ、そしてお母さんの弟が死んでいなければ私は産まれてなかったんだなー。

なんやかんやあって、末っ子なこともあって、多分兄妹の中で1番甘やかされて育ってきた自覚はある。欲しいものはなんでも買ってもらってたし、なんでも食べさせて貰えた。(現在元気にピザ)



おじいちゃんは、10年ぐらい前に家で血を吐いて倒れた。その時、お姉ちゃんがおじいちゃんの家に泊まっていて、あの時の光景は今でもトラウマだってお姉ちゃんが言ってた。原因はお酒の飲みすぎで肝臓?に穴があいたとか、なんかそんな感じ。今でもアルコール制限かけられてる。けど、これがじいちゃんのガソリンなんや笑といいながらこっそり飲んでる。おばあちゃんにも怒られてるのに笑



おじいちゃんが、おばあちゃんが大好き。私のことを愛情たっぷりに育ててくれて、私が将来おじいちゃんおばあちゃんの家に住むことを期待してただろうに、現在私は仕事の転勤で上京してる。地元までは新幹線で片道4時間。なかなか帰れる距離ではない。



大学学費もおじいちゃんが全部出してくれた。奨学金借りたらお前が辛いやろって。車の教習所お金も全部おばあちゃんがだしてくれた。大学卒業旅行お金も2人がだしてくれた。金銭面でもいっぱいいっぱい迷惑かけて、支えてくれた。

いつでも家に行ったら嬉しそうに出迎えてくれる。私が免許とってから、おばあちゃんは私には運転を任せるようになった。おばあちゃんは運転するの怖いからって。「おばあちゃんの友達は、よく孫が一緒に買い物に行ってくれない、隣を歩いてくれないって寂しがってる。こんないい年のおばばと一緒に買い物にあってくれてありがとうなぁ」って言ってくれた時は、おばあちゃんと買い物に行くことが恥ずかしいなんて思ったこともなかったからなんだかお礼を言われるのも不思議だった。



おじいちゃんもおばあちゃんもありがたいことに今も元気に2人で暮らしてる。でも、お酒を飲み続けてるせいで数値が高くなったおじいちゃんが今月末から年末まで入院することになった。心配心配でならない。大丈夫かなって。おじいちゃんにもおばあちゃんにもずっとずっと長生きしてほしい。会うたびに120歳まで生きて、私がおばあちゃんになったら一緒に死んでね!笑、って言ってる。まだまだ恩返しができてない。私が東京に居る間に東京遊びに連れてってあげたい。美味しいものいっぱい食べさせてあげたい。田舎のおじおばであんまり出かけたこともないから、いろんなところ連れてってあげたい。ひ孫の顔を見せてあげたい。



あーーおじいちゃんおばあちゃん大好き!!ずーっと健康でいてくれ〜〜!!

おじいちゃんおばあちゃん好きすぎて死んだ時のこと想像して、想像するだけでボロボロ号泣ヤフーで「おじいちゃん 死んだ」「おばあちゃん 死んだ」って検索して知恵袋とか文章読んでボロボロボロボロ泣いてる!今も書きながら涙が止まってない!!笑



ずっとずっと長生きしてね。年末帰るから、一緒に年越ししようね。

2016-11-22

地震津波大事件でわくわくするのはなんでだろう

不謹慎は百も承知で。

大きな地震があるとおっふぉふぉってテンションがあがって、行動力が出てくる。

地震津波の速報ははりついて見ているし、衝撃的な映像は食い入るように何度も見てしまう。

大きなマグニチュードとか、もうわくわくなんてものじゃない、非日常感。

3.11ときにもテレビで流れる火事映像を見て、流される家や車を見て、大変だねー、大丈夫かなー、なんて言いながら実際はもうなんだか楽しくて仕方ない。

周りの人が心底同情しているように震災を語っているのを見ると、その人が本心でそう感じているのか不思議でならない。

そりゃ、震災で亡くなった人はかわいそうだし、不運だったとは思う。

家族や友人がなくなった人が悲しみの淵に沈むのは理解できるし、もちろん、その人たちに「地震ってわくわくするよね」なんて言わない。

今まで自分に関わってきた人や自分の一部に感じていた人がなくなるとそれは悲しいだろう。

でもある程度遠い地の自分に関わりのない人の死って、正直、運が悪かったねーかわいそうだねー、か、イベントを楽しむ程度の気持ちしか浮かんでこない。

なんで地震津波、そういう災害大事件はわくわくするんだろう。

遠い地の他人事からかと思ったけど、遠すぎると逆にまったくの無関心で、わくわくはしない。外国大地震とかはわざわざネットで調べたり写真を見ようとは思わない。

ほどほどに遠くて、でも「同じ日本」で、みんなが注目する大きな出来事で、「これから何かが変わるんじゃないか」という瞬間のあのわくわくは他の何にも代えがたい。

引きこもり人質事件も、もしかたらこ犯人はなにか大きなことをするんじゃないか、なんて思ってしまう。

地震に関して言えば、今現在東京に住んでいるので時々揺れを感じるし、違う土地に住んでいた時にはほどほどに大きな地震被害にあったこともあった(家が全壊してけがした)けど、その時でもこの感情は変わらない。

痛かったけど、初めての入院はとても心躍る毎日だった。

一瞬恐怖を感じても、すぐにそれが楽しみにすりかわる。

しかしたら地震津波にわくわくするのは一種現実逃避なのかもしれない。

上に書いたけど、地震でわくわくどきどきすることは、被害にあった人たちには口が裂けても言わない。

当人たちの感情を思えばそれが不適切なことぐらいはわかる。

地震津波に対してわくわくしないという人の意見はごもっともだし、被災者に対して同情(?)したい気持ちもわからないではない。

人が死んで嬉しいという気持ちもない。道路陥没もわくわくした。

ただ、それでも地震津波が起こるたびにもしかたらこれで色んな物が終わるんじゃないかと、わくわくどきどきとても楽しい気持ちになる。

なんでもいいから消費できる非日常がほしい。

そんなことを、今日のような地震が起こって、ツイッター掲示板にはりついて見るたびに思う。

2016-11-20

http://anond.hatelabo.jp/20161120011138

理系女子に限らず訊かれるよ

例えば英文学科だったらシェイクスピア作品が好きでとか

看護学科だったら子供の頃入院した時に看てくれた看護師さんに憧れたとか

具体的なエピソードを交えて語れる人だっているんじゃないの?

勿論単に漠然と興味があったからでもいいけれど

「なんで入ったの?」なんて話の入り口に過ぎないんだから

そこでふてくされないで話を盛り上げればいいのに

こういうタイプの人って就職の時に志望動機を訊かれても怒るのかな

妻は死に、子は離れ、兄弟と共に住むが、彼らも先立った。

私の入院の朝、万感の思いで玄関の電灯を消す。

2016-11-19

にゆく人の特徴

もう残りがいないくらい身内の死を目の当たりにしている。

すべて病死なので、事故死ほかの不慮の死についてはわからないのだけども、病気で衰弱していく人には特徴がある。

ひとつは歩けなくなる。全員病室のベッドから動けなくなる。

次に笑えなくなる。笑顔を浮かべるのも至難の業にになる。

そしてそれより前段階としては歌えなくなるというのもある。鼻歌でもカラオケでも。

父親は歌が好きでよく口ずさみづつ野良仕事をしていたが、病気が進むに連れて入院する前段階ですでに歌わなくなっていった。

祖母音楽が雑音にしか聞こえないといってた。以前はマメラジオTVから演歌を録音して聞いていたのに。

から逆にいうと無理して意地でも歩いたり笑ったりしてると長生きするんじゃないかとかなり真剣に思ってる。歌も。

ということで笑わせていただける方はTVネットや他に限らずありがたい存在です。

口ずさみたくなる歌を作る人も。

ポケモンGOなど歩きたくなるものを作る人も。

散歩に連れて行けと鳴き叫ぶ犬も。

2016-11-17

僕は何度でも泣いてしま

僕には父親がいない。

結婚するということがどういうものかよくわからなかった。

大人になって、特に子どもが嫌いというわけでもなく、好きでもなかった。

から自分子どもが出来たと知った時、正直不安だった。



「僕は自分の子どもを好きになれるのだろうか」

「僕はちゃんと父親になれるのだろうか」

父親とはどうあるべきなのだろうか」

「これから何をすれば良いのだろうか」

大人が何なのか分かっていないのに子どもなんて育てられるのだろうか」



そんな不安な日々が続き、僕は奥さんを気遣うことができなくなってしまった。

初めて見た子ども3D映像でも、実感は沸かなかった。


ある日、奥さんとケンカした。

なんでケンカしたのかはもう覚えていない。

気まずい朝を迎え、僕はそそくさと出勤した。


しばらくして、お昼を過ぎたあたりだっただろうか。

奥さんからLINEで連絡があった。


入院することになった」


ケンカしてすっかり忘れていたけれど、検診の日だった。

検診で血圧が高くなりすぎてしまったので、入院することになった、と。

産婦人科では血圧のことは言われていた。

血圧計まで買って、毎日血圧を計っていたけど下がらないので、産婦人科のおじいちゃん先生から紹介状書くからすぐに大学病院に行けと言われて翌日行った。

だけど、大学病院先生には少し呆れ顔で、まだ大丈夫だと言われた。

産婦人科のおじいちゃん先生が、危険かもしれないと判断したけど、大学病院先生問題ないレベルだと言ったのだ。


そんなことを思い出しながら、僕は急いで病院に向かった。

病院に向かう途中、何故入院になったのだ、いやきっと大丈夫ケンカしたせいかもしれない、いやきっと大丈夫

そんな自問自答を繰り返した。

病院につくと、大丈夫だと言っていた先生から検査入院」だと言われた。

やっぱり血圧下がっていない、と。

から、安静のために入院してほしいと言われた。その時、子どもはまだ31週だった。

まれるにはまだ2ヶ月くらい早かった。

僕は少し安心しつつも、これから2ヶ月間しばらくは病院いかなと思いながら家に帰った。

奥さんからは、「部屋が暗い」だの、「周りがうるさい」だの、「安静にしなきゃいけない妊婦ばかりで気が滅入る」だの、文句ばかりのLINEが送られてきた。

まりそういうことをLINEで送ってくるような人じゃないので、きっと精神的に疲れているのだろうと思ったのを覚えている。



3日後。



朝、電車会社最寄り駅に着いてすぐに、奥さんからLINEが送られてきた。

今日帝王切開することになった」

僕はパニックになった。

理解ができなかった。

もの凄い不安になった。



とにかく病院に急いで向かい担当から説明を受けた。

血圧が下がらず、最悪は胎盤が剥がれて、赤ちゃん酸素が行かなくなり危険になってしまう。

また、お母さんも血圧が上がりすぎて良い状態じゃないので、妊娠を終了させるためにも今日帝王切開します。と言われた。

訳がわからなかったが、先生を信じるしかないと思った。

その時丁度妊娠32週目の日だった。



僕は子ども名前も考えてなかった。いや、二人で大体考えていたけれど、年末ゆっくり考えればよいかと思って、まだちゃんとは考えてなかった。

義理のお母さんがやってきた。

何を話したかは覚えていない。だけど、最悪なことも考えないといけないとは言われた。私たちがしっかりしないといけないと言われたのを覚えている。

帝王切開出産したということはよくあるだろう。

だけど、早く産まれしまったというのは僕の周りでは聞いたことがなかった。

調べなくても良いのに、僕は思わず妊娠高血圧症候群について調べてしまった。

胎盤剥離が発生すると、数十パーセント確率赤ちゃんは亡くなってしまうこと、10%の確率で奥さんが亡くなってしまうこと、数%の確率でどちらも亡くなってしまうことを知った。



僕は絶望的な気持ちになりかけたけれど、やっぱり先生を信じるしかないと思い、マイナス考えるのをやめた

夕方予定されていた手術は17時までずれ込んだ。

それまで僕は祈る以外に出来ることがなかったので、子ども名前を考えた。

そして、待合室で祈った。



18時過ぎ。

待合室の他の患者親族の人から、「◯◯さん、今赤ちゃん通りましたよ!」と言われて、慌てて廊下にでると、そこにはとても小さな赤ちゃんがケースに入っていた。

赤ちゃんは小さな声だったけど、ちゃんと泣きましたよ」「これからちゃんと検査しまからね」「お母さんも元気です」と言われた。



僕はその場で泣いた。



暫くして、奥さんが運ばれてきた。帝王切開は半身麻酔らしく、意識はあったけどぐったりしていた。

先生から胎盤が剥がれかかっていて、いつ全部剥がれていてもおかしくなかったこと、剥がれる前に出産できたからまずは安心だということを言われた。



それから時間して、NICU先生から説明を受けた。

まず、最初検査では問題は無かったけど、これからもう少し詳しく調べますということ。赤ちゃんは産まれて3日間が一番大きく変化があること、その3日間で問題が発生する可能性があることを聞いた。

かなりの数の承諾書サインをして、唯一肉親の僕だけがNICUへの入室を許可された。

時間はもう21時。

NICUは僕の想像していた赤ちゃんの部屋とはまるで違う世界だった。

暗く、無数のセンサーやランプが繰り返し点滅し、頻繁にアラート音がなるような場所だった。

僕のこどもも、大きなセンサーがつけられた保育器の中で寝ていた。

触って良いと言われ、アルコールで消毒したあと、僕は自分の子どもに初めて触れた。



とても小さく、脂肪殆ど無い身体だった。

どこを触っていいかからず、足だけを触っていたら、子どもが小さな声で泣き出してしまった。

どうして良いかからず、看護師さんに助けを求めたら「大丈夫ですよ」と言われ、安心した。

しばらく触れていたら、また涙が出てきた。



僕は何を不安に思っていたのだろうか。何も悩むことなんてなかった。

僕はこの子を守るために生きるんだと。どんなことがあっても守るんだと心の底から思った。

自分想像していた父親像とかどうでも良かった。ただ、子どもを守るために頑張るだけだった。



帰りの電車

大学病院からは数駅だけだったけれど、電車の中で僕はまた泣いた。

家に帰って、布団の中で僕はまた泣いた。


不安もあったけれど、安心の方が大きかった。







あれから2年。

息子はもうすぐ2歳になる。


まれとき体重が1,600gしかなかったのに、いまでは11kgくらいある。

まれ半年で平均に追いつき、すくすく育ってくれた。

もう抱っこするのもしんどいくらいだ。

今では車が大好きで、おもちゃミニカーばかり。

毎日「はたらくくるま」を歌っている。


息子と散歩に出かけては成長を感じて泣いてしまう。

息子がお昼寝のときに、突然起きて泣いてしまうのを見て僕も泣いてしまう。

2年前のこのことをふと思い出しては泣いてしまう。




僕は泣いてばかりだ。

でも、息子も奥さんも元気だから良かった。

ただ、それだけ。

2016-11-15

東大女子だが

http://anond.hatelabo.jp/20161115002441

三鷹国際宿舎は女子フロアの数が少ないので新入生の女子の枠は留学生含め30人程度、かつ留学生から優先的に入れるので(当然だが)、実質日本人女子は十名以下の定員だ。これはいくらなんでも少ない。

昔は三鷹に入れなかった場合白金が受け入れてくれる場合もあるとあったが多くて4,5名、少ない時は1,2名、しか留学生から優先される(なお現在白金寮はなくなった)。日本人だと地方出身者と親の年収が低い方からになるので、中近距離住まい一般家庭の女子学生ほとんど寮に入れなかった。かといって駒場付近家賃が高くしか民間女子寮ですら決して安くない。通学時間が片道2~3時間かかったとしても千葉茨城埼玉方面からくる女子は通学定期を買って通学したほうが安い。ところが通学だけで一日4~6時間かけてると正直進振りレースには入れないし、サークルなんてもってのほかバイトの余裕すらない。


くわえて地方学生には県人会などの奨学金制度や寮制度があるが千葉埼玉茨城茨城あるかな?)群馬神奈川栃木あたりの首都圏ではあまりそういうのが盛んではない。東京都内もしくは神奈川実家のある富裕層東大女子の多くを占めると言われている)はそもそも寮に入る必要がないし、親だって二年間の補助を受けるよりマンションを買ってやったほうが税金対策やその後の投資の面でも安上がりなのでそうするだろう(東大女子マジョリティである富裕層というのはそれくらいのレベル金持ちが多い)。結局本当にこの補助を必要としているのは、決して少なくない数がいる、授業料免除を受けるほど貧しくはない首都圏郊外に住む親がサラリーマン一般家庭の東大女子なんだよ(年収が300万を切らないと授業料免除も落とされるので実質貧困家庭よりこれくらいの家庭のほうが家計的に厳しい)。


駒場付近で二階以上の1ルームマンション家賃は安くても五万程度から女子学生ならセキュリティ的に六万程度はみておきたいところだ。三万円の補助があれば定期代の三万+補助でちょうどそれくらいの物件が借りられる。当事者には大変にありがたいと思う。



ちなみに二年間だけなのは本郷に進学する学生が多いからだと思われる(逆にいえば最初の二年は必ず駒場に通わねばならない)。本郷では本郷学生課があるのでそちらでなにかやるんでは?

自分一年の時から本郷周辺に住んでいたが、あのあたりは下町なのでギリギリ3~4万くらいのぼろい女子専用アパートがある。一階に大家が住んでいるという形態のやつ。そういうとこにはたいてい院生が入っていて学部の時から借りてるとだいぶ苦労人の扱いをうけた。北区の方へ行けば家賃も下がるし、千葉茨城埼玉あたりからなら自宅から通うという選択肢もある距離だ。その後四年時は柏の葉キャンパスへいく学生もいるので一律補助みたいなやり方はやりにくいのだろう。ちなみに男子場合豊島の寮の定員が多いので中近距離でも豊島寮に入れる(追分などは老朽化でなくなった追分は国際宿舎になったそうです。豊島追分の国際宿舎は毎年各十名程度女子が入れるようだがやはり少なすぎ)


さらにいえば、首都圏郊外出身者の東大女子が応募できる奨学金給付・貸与どちらも)が非常に少ないのも問題だ。特に理系場合対象男子のみとなっている場合も多く、女子というだけで奨学金の応募資格がない。特に企業のだしてる奨学金青田買い意味合いが強く、そのせいで女子敬遠される傾向がある。なんとか取れるのが日本学生支援機構の二種くらい。一種ももらいやすいが、学生補助の対象外になるとバイトにかけなきゃならない時間が段違いにふえるし、バイトをしなくてもいい富裕層の子女や留学生にくらべ勉強時間が削られるので成績上位者にはなりにくいという事情がある。男子しか応募できない奨学金制度是正するなどの処置をとってほしい。


個人的にはそこらへんの事情をかんがみて後輩に進学の相談をされた場合お茶の水女子大を推薦しているくらいだ。東大は入るだけなら楽、でも卒業するのは大変。普通に卒業するのも結構大変なのに、理一なら進振りが大変だし進振り専門課程に進んでからの授業はもっと大変だし、それをこなしつつ生活費を稼いで卒業するのは正直言って困難だ。理系東大女子修士進学率が低いのはこの大変さをさらに二年経験するよりは就職したほうが楽だからだろう。博士過程まで進学すれば授業料免除になるし、東大学振をとりやすいのでかなり楽になるが。





追記:

借り上げの女子寮にしないのはやはりセキュリティ問題だと思いますよ。この建物女子東大生がすんでいる借り上げ寮となるとそれを狙ってくる変質者が必ず来ますから白金でも配達員を装って変質者が入り込んだことがあるみたいなことを白金にすんでた人からいたことがあるし、御茶ノ水女子寮もそのあたりを常に警戒していました。女子寮はどこもそういう問題を抱えています特に一棟全員女子となると誰か一人でもセキュリティホールがいると同じ棟にすむ別の誰かが被害者になる可能性もあるので、一箇所集中で変質者の注意を引きつけるより、大学が紹介できる物件複数ある方がリスク分散になるのでは。


また、自分修士までいって計十二回授業料免除申請しましたが、東大授業料免除基本的に親の収入評価ベースとし、一定値を引いたのち、各家庭の状況に応じて値を引いていって、最終的にゼロになったら免除がおりるという仕組みになっています世帯収入が二百万ちょっとだと一定値を引いた段階で値がマイナスになるので必ず免除に、三百万くらいだと一定値をひいてさらに本人が下宿をしている場合の値を引くとだいたいゼロになるので免除がおります。それより上だと、兄弟高校生もしくは大学生下宿をしていたり、誰かが入院していたり、おじいさんの介護必要だったりするとより免除がもらえやすくなります。ただし、同じように高校生兄弟がいる場合も通っている学校私立のほうが引かれる値が大きいので、「お金がないので公立に」というほんとうの意味であまり裕福でない家庭には不利な計算になります。これでだいたい400~800万(兄弟の人数にもよりますが)くらいの世帯収入の家庭で免除をもらえる家庭とそうでない家庭に別れるます。ちなみに地元被災したなどとなると親の年収にかかわらず次の期に授業料免除になります

自分修士一年の冬に父親のガンがみつかり、春頃から休職をしていましたが、世帯収入判断源泉徴収票で行われるため、卒業まで免除が受けられませんでした。翌年、妹は授業料免除され寮にも入れましたが、基本的に家庭の収入が激減した場合一年耐える必要があります。もらい火事で家がなくなった、とか急に介護必要になって母親仕事をやめた、父親リストラ減給されたなどして世帯収入が激減すると、もともと厳しい状況が更に困難な状況になると経済的理由による休学もやむをえない、現代日本とは思えないような状況になるわけです。このような場合にせめて住居という名目はいえ三万円が次の期からもらえれば、当事者には大変にありがたいです。またその場合女子寮よりも現在住んでいる場所そのままで援助してもらえるほうが引越し費用などをすこしでも節約できるので制度として活用やすいかと思い明日

東大年収区分を設けなかったのは、こういうふうに400~800万ゾーンもっと免除がもらいにくく、かつ本当は低所得世帯留学生よりも補助を必要としている学生を援助するためと思われます本来なら男子学生もこのような処置があるといいとは思いますが、前述の通り男子は寮に入れる余地が多少なりともありますから短期的にあいている寮に押し込むことで解決しているのかもしれません(女子場合その余地もない(なお昔は博士課程で学振をもらってる学生独立世帯であるとして申請すると、収入が低すぎて独立世帯なわけがないと落とされていたらしい(文科省もっと金を出せ



あと奨学金の応募資格の件ですが、有名私立高校OBがやっている女子のみ対象奨学金もあったりしますので一概に「男子のみだからだめ!」と大学が言うわけには行かないのだろうなと思いますアメリカだと「○月生まれのための奨学金」みたいなのがありますが、それに該当しない月のひとが「差別だ!」と言うのはちょっと変ですよね。問題なのは、定期的に企業研修へいくとか、卒業後は入社するように縛りをもうけている男子のみ対象奨学金のようなあきらかな青田買い奨学金だと思います。でもまぁそれも強くは言えない(そういう方針だと言われてしまえば大学は口を出せない)のでなかから改革するほかないのだと思います。こちらとしてできるのはそういった企業就職しないとか、商品を買わないとかそういうことになりますが。

なお自分学部生で奨学金をあさっていたのは就活バブルなみによくなった20062008年より前で企業がかなり学生に対して強気だった時期なので今はちょっと違っているかもしれません。

奨学金でいえば併願不可のくせに一万ポッキリ給与かい奨学金を出している団体は一体何なんだろうかと当時は思ったりしていました…なんなんだろうな、あれ。

2016-11-13

親類の葬儀に口を出し仕切りたがる親戚を見て、自分喪主になったら親戚呼ばずに直葬しようと思った話。

先々月に風邪をこじらせて肺炎入院した際に、医者からはもう長くないと言われていた。

11月に入り危篤状態になりそのまま息を引き取った。齢90歳。大往生だった。

 

亡くなった後の手続きはめまぐるしかった。といっても喪主私の叔父が忙しかったのだが。

 

たとえば、

入院した病院で死亡診断書を貰い、死亡診断書役所に提出して火葬許可証を貰ったり、

葬儀屋檀家になっている寺に連絡し葬儀を調整したり、

家系図を引っ張り出し祖母に近しい親類から順に参列する親戚の焼香順を決めたり、

 

叔父がはじめての喪主として慣れてない葬式手続きを頑張って進めていたのを見て、自分勉強になった。

普通に葬式が終わっていたなら、葬儀は高価で忙しかったって話で終わっていたと思う。

  

だが叔父の弟親子が、自分の方がもっと上手に出来ると言わんばかりに喪主に口出ししてきた。

こっちの方が正しいだの、ああしろだの。弟親子は喪主なんて一度も経験したことはない、

何度か近所の葬式を手伝った程度なのに喪主すらやったことのあるような口ぶりで喪主である叔父に指図する。

そのくせ、喪主が一緒に親戚へのあいさつ周りなど、喪主仕事をさせようとすると

私は知らないとばかりに喪主仕事を手伝わない。

 

叔父の弟は、日常でもたびたび自分が正しいと思っていて間違った他人を仕切ろうと、あれこれ指図するが、

葬式の時までそれをやられるとは、思わなかった。

正直、私も葬式運営の手伝いより、喪主の弟の仕切りたがりを右から左に流すことに疲れた

私が喪主だったら叔父のように笑顔で流すことができず、葬式邪魔をするなと喧嘩になっていたと思う。

 

 

もし自分の親が死んで、喪主になったとしたら、

あんわずらわしい親戚を呼ばず、自分の身内だけでひっそりと火葬だけする直葬にして、後で親類にはがきで知らせようと思った。

親の人生最期儀式喧嘩したくないから。

 

なお、葬儀一般的な斎場で行ったので場所代飲食費で100万。お坊さんへのお布施20万程度でした。

小さめの葬儀はい普通葬儀って高いんだと実感しましたとさ。

 

 

 

関連:お坊さんをお呼びした家族葬(D.I.Y.葬)が総額42,360円で完璧に出来たお話

http://anond.hatelabo.jp/20160331150720

2016-11-12

http://anond.hatelabo.jp/20161111101641

増田中の人はBさん本人ではありません。Bさんへの誹謗中傷トラックバックブクマコメントはやめてください。



増田

8月のAさんのツイート

本日警察へは告訴状資料、私のPN証明できる商業誌を持参していきました

今後のことと体調面を考慮し、今回は告訴に至りませんでしたが、問題行動を起こす人物が誰であるか、どういったことをしているのか、相談履歴などは残っています



注意喚起」として有益もので、事前に提供から承諾取れているものは「注意喚起ページ」に掲載しま



これから自分生活や周囲を大事にし、なによりエンジョイジョイ(このセリフ好き)して、日々暮らします。また、創作者として、今後活動するひとが萎縮せず、好きなことに打ち込めるように尽力したいし、何よりそういう環境になることを祈っています



趣味は楽しく、ただ金銭や信用にかかわることは趣味はいシビアにきちんと。誠意と思いやりを持って、少しずつでも楽しんだり、考えたりしたいです


妄言DMとかLINEでばらまくから本当にタチ悪いよね。私も散々言われてたよ。頭おかしいとか妄想とか

閉鎖病棟入院歴を取り上げて「病気悪化した」って言うのもあったね。今病気悪化したのは確実にそういうことする人のせいなんだけど。

診断書出てるし、警察へは告訴状と一緒に提出したよね



散々自慢したい学歴より大事品性人間性でもう相手にする価値意味もないか

サポートしてくれる家族とか友人とかいないのかな。

けど、つるんでる人も散々馬鹿にしてるメンヘル患者だったよね

付き合う人はもう少し考えた方がいいと思うなぁ。

協力してるつもりが利用されて詐欺にあったり悪事片棒担ぎに勝手にされてたりしなきゃいいけどね。これ以上被害者出ないことを祈るよ



長年ストーカーで悩んでる人がお店の名前出してオフ会のやりとりをネットでするんだー(棒読み

何事もなくてよかったね

まあ、オフ会でも人の嘘情報とか汚い言葉とか言いふらしてそうだけど



正直小蝿吐瀉物集合住宅で平日朝から夜中まで馬鹿だの野良犬だの品性のかけらもない怨念しか吐かない嘘ばかりつく同年代女性嫉妬する要素まったくない

ごめんね、ちょっとだけ本音出たね



学歴なくて病気持ちでも人を馬鹿にせず仕事して猫と自活できてるからいかなって思ってる。納税もしてるし、選挙も行ってるし

これ以上振り回される価値も感じない。し。楽しいことして、学んで過ごそう。

反面教師だわ

ああはなりたくないなぁ



告訴状に関しては、住所、氏名、携帯番号、各種アカウント学歴出身地記載たかな。

すべて公表されてる情報記事から引用したり読み解いてたどり着いた情報で、それを証明する資料も添付しました

これに関しては違法性はない(本人から公表している情報)と担当刑事さんより確認してます

まあ、少なくとも出身地情報は今年出された情報だったしなぁ

9月ツイート

言いたいことあるなら直接本人に言え。友人知人を盾にしたり、こちらの関係者本人や家族攻撃対象にするな。

私は私だし、個人の考えや行動を勝手他人と同一視するな。大人でしょ?

あと勝手にこちらの発言や行動を捏造しないでほしい。



再三にわたり言うけど、嘘をついて勝手に事を暴走させないでほしい。

また警察に怒られたいの?いい加減にして。本当に。

こっちも忙しいし、狡いのに構ってられないから黙ってるの、少しは察して



やっぱりこのアカウント、これからサークルインフォとか萌え話に使っていい?もう暗い話とか無益な話したくないや。



ちなみに直接イベントスペース訪問するなら、私は以下のイベントに参加予定です

2016年12月04日「閃華の刻 9 年納」

2016年12月29日冬コミ

ただし、今回の件で身の危険を感じていますので、主催者および警察へは事前に報告と相談しま



ただ、再三に渡り言いますが、自衛しますし、その対策としてイベント運営会社には一式の資料と共に相談しま

んで、ここからはお願いなのですが、pixivメッセージとかで変なメッセージ来たら、萎縮せず、運営会社通報してください。

何より不当な発言行為に臆することなく、毅然とした態度でいてくれる人が増えると、風向きもよくなると思うんです。のびのびとやりましょう。趣味ファン活動ですから



とりあえず、イベントにはすぐ取り出せる位置にposutaのベースとかバーとかおいたり、濡れジャンでも仕込んでおきます

防刃ベストでも着ようかな…



活動については知能犯担当の方とも立ち会いの元、相談しています

ただ、こちらは少し思惑というか私の考えもあるし、相手が逐一情報を探っている人なので、どうせ分かられることでもあると思っています



警察の方の見解を言いますと「どうせ相手は口だけで死ぬ勇気も殺す勇気もないし、ネットでせいぜいぼかして過激なこと言うだけでしょう」とのことでした。ここで何か「事件」となったらその時はその時でしょう

それで、活動については特に制限もなく、むしろ相手の狙いに従わないことで、私の主張というか「態度」を示す狙いもあります



自分安全と楽しみ、健康自分で守ろう。大人から子供は困った時は自分解決せず、親御さんに相談しよう。友達は駄目だよ


1年前からストーカーって私じゃないね

そもそも、私は4月?か3月弁護士存在質問投げたのが初めてだしね

ストーカーって誰だよ。嫌がらせって誰から。明記しないとわからないよ。

そもそも存在するの?



つーか、弁護士から埼玉県警からも連絡ないよね。

埼玉県警は確実に私のこととトラブル知ってるけど。担当者相手側の話聞いた人?の名前も知ってるよ

マジで本気明言しないとわからないしやめようないんじゃないの

つーか、直接言おう?伝えてって伝わってないよ!



正直、嘘ばかりつく人や狡い人相手にするより、忙しくて時間が限られているので、もっと有益なことをしたいわけですし、しま



私が知ってる限りだと「件の人」について警察相談したことある人は両手ほどです。で、多分私が知らない人もそれなりにいると思ってます



再度発言しますが、強迫行為自殺発言などは最寄りの警察へ。私や関係者に言っても解決しません。原稿料未払いや契約違反は各裁判所法テラス

市区町村無料法律相談もやってます

あとは、危険だと思ったらブロックなりなんなりして距離を取ろう。



イベント搬入物や不審者に注意。挨拶大事

イベントでも困った人いたら声かけてあげようね。もしくは最寄りのスタッフまで。サークルも買い専もみんな「参加者」です。

相互助け合い声かけで、お互い楽しく「趣味」や「イベント」を過ごしましょう。これはオンラインでもある程度そうだね



どのアカウントで言うべきか悩んだんだけど(どうせ鍵アカも見てるって言ってるし相手)一応、赤ブーさんとYOUさんにお手紙書いて出してきたよ

とりあえず半年?とかこの問題やってるけど、こんなこと普通生活じゃしないから、未だにお手紙の出し方とか書き方とかも分からないよね。

適切な感じが



まあ予想だけど、個人間のトラブルから静観だろうとは思うけど、一応報告と相談兼ねてしておいた。

イベントは極力会場搬入しないようにするよ



赤ブーさんとYOUさんには一応赤ブーさんがいじめ加担?の時のログとか迷惑行為ログとかと一緒に事情説明と嘆願の手紙送っておきました



業務連絡】スタジオYOUさんから件の「強迫行為」「迷惑行為」についての返信があり、警備会社及びスタッフ間での情報の共有と警備強化をお約束頂けました。

また不安な方がいましたら連絡あれば、事前、当日本部、以降も都度対応してくれるそうです。

取り急ぎイベント前ですので連絡します。



もうこれ以上、私からすることは今はないと思う。

イベント会社へ連絡したのは度重なるスペース訪問仄めかす発言と、実際にスペース訪問した過去があるからです



虚言だと思うなら虚言でどうぞ。そうだと思えばそうなんじゃないかな。(はなほじ)

2016-11-07

チンコ洗わされたかミサンドリストバカフェミなっちゃいましたーって端的にいって精神科にかかって入院したほうがよくない?

今年になってから母が転んだり入院したりと明らかに今までより老化のグレードが上がったと漠然と感じていた。

入院した際、退院後のレンタル用品も増えるだろうと予想し介護認定の再申請をして良いケアマネと知り合うこともできたが母は直接介護事業所に電話してあんものはいらないこんなものはいらない設置した手すりのせいで転んだなどと文句を言っている。

ベテランケアマネは様々なところで尽力してくれるが「お母様は難しい性格の方」という評価をした。

このセリフを聞いたときに私は一瞬にして女子高生に戻ってしまった。

そして当時なんとなく感じていた言葉や形にできない母への憤怒は間違っていなかったのだなとあの頃の私の肩をたたいて励ましてやりたい。



毒母とまでは行かないまでも当時40代の母は支配傾向が強く自分の思い通りにならない私が気に食わないようだった。更年期との折り合いが上手くつかなかったのかもしれない。進学校に通っていた私には比較的裕福で穏やかなご両親を持つ友人しか周りにおらず母のことを愚痴ってはみたもののあまり彼女たちにはピンとこない様子だった。母と比較する対象大人サンプルをあまり知らない私にとって、私が悪いのか、もしくは私と母の相性が悪いのかが判断できず、かなり情緒不安定精神安定剤に頼る子供となっていた。進学したいのでグレるという選択肢はなかった。

私がやっと自分人生を送り出したのは離婚後の30代半ばだと思う。

思い返してみれば結婚した主な理由結婚しないと母の機嫌が悪くなるので、というのでは結婚生活などうまくいくはずもない。

離婚後の私は実家没交渉になり1年に1度帰るか帰らないか程度、留守電放置していた。距離を置いたことにより母と私は上手く行っていると思いこんでいた。

しかし、今年に入って何度も実家に行って母と会うと実は状況は凍結されていただけで改善されているわけではないということがわかった。

そして冒頭の「お母様は難しい性格の方」という言葉で私は母が他人から見てもかなり難ありな人間だと知り救われた。


また母と同居している弟は「元々キチガイなんだから気に病むな。」と言う。じゃあ、弟も母をヤバいと思っていたということなのか。この件について兄弟で話し合ったことはないが私だけが母と合わないわけではなく単に弟のスルースキルが高かっただけどわかった。

なんだか目の前の霧が晴れたような気分だ。

私はもうすぐ50に手が届く年齢だ。

そんな成熟した大人を未だに母は苦しめる。

実の親だからって娘をサンドバッグにしていいという法はない。

父を気持ち悪いと思った過去

先日話題になっていた増田

「娘が気持ち悪い」http://anond.hatelabo.jp/20161102211759

を読んで、昔の自分を見ているようでとても懐かしい気持ちになった。ちなみに私は娘さんの立場です。


私の父は私にとても愛情深く接してくれました。小学校の時、クラスメイト男の子ケンカをしてケガをした時、家に帰って来て母親から話を聞くなり、「うぉぉおお!!俺の娘に、何てことしてくれるんだぁぁああ!!」と突如絶叫して家を飛び出し、暫くして「相手の子の家に怒鳴り込もうと思ったけど、よく考えたら家の場所を知らない」としょぼくれて帰って来るような、私のこととなると見境のなくなってしまう、ちょっとお馬鹿な人でした。私はそんな父が大好きでした。


小学校中学校くらいはそんな父ととても仲良くしていたのですが、私が高校に上がったころ、ある時を境に何故だか父に対し、「気持ち悪い」という感情を抱くようになりました。父は同世代男性比較すると、適度にオシャレにも気を使うし、ハゲでもないし、デブでもないし、清潔感のある男性だったのですが、何故だか父親匂いが嫌だ、と感じるようになりました。次いで休日ちょっと伸びる無精髭が気持ち悪い、洗面所に置いてある髭剃り、歯ブラシ気持ち悪いと次々に父の所有物、如いては父自体嫌悪感を感じるようになりました。


ある日、部活が終わって家に帰ると父が先に帰宅していて、玄関に靴が置いてありました。私は瞬時に「あぁ、この靴と私の靴を近くに置きたくない」と感じ、父の靴を玄関の外に出しました。何の気もなしに、パパッとやってしまったんです。翌朝、父が出勤する際、「あれ?靴がないよ」と言い、母を呼びました。「ないよー?なんで?なんで?」と靴を探す父と母を、私は見て見ぬフリをし、リビングテレビを見ながら朝食を食べていました。暫くして、父を見送った母が戻ってきて、「あなた、お父さんの靴外に出した?」と私に聞きました。私は「臭かったから。外に出しておいた方がいいと思って。忘れてた」と答えました。母は「そうだったの」と、答えただけでしたが、母はあの時点で私の変化に気が付いていたのだと思います


その数日後、私は母に「洗濯するときは父の物と分けて欲しい」とお願いしました。母は私に、前述の増田についたブコメのようなことを一つ一つ教えてくれました。人間動物であり、父に嫌悪感を感じることは正常な働きであること、自分も昔同じ経験をしたから、私の気持ちも十分にわかるということ。最後に「でもお父さんはあなたが大好きだから。それを言うと絶対に傷つくから。なにかこうしたい、ということがあれば、母さんに言ってね」と言ってくれました。その後少しすると父専用の洗濯籠が登場しました。私と母の服はほぼ毎日、もしくは二日に一回洗濯機を回してましたが、父は洗濯籠に1週間分の洗濯物を溜め、週末に自分で洗って干していました。父は特に私に何も言わず淡々としていました。その時の私はそれを見て(いや、実際臭いし、気持ち悪いし、当然でしょ)という思いしかなかったのですが、その後、父の思いを、辛さを痛感させられることになります


ある夜、父がシュークリームを買ってきました。私の大好物です。「よかったら食べて」と言いながら、シュークリーム冷蔵庫に入れる父を私は無視しました。シュークリームは何日も冷蔵庫に入っていました。賞味期限がどんどん近づきますが、私は父の買ったものが食べたくないので放置していました。ある日の夜、キッチン飲み物を取りに行くと、父がリビングシュークリームを食べてました。チラッと一瞥をした私に、「ゴメン。賞味期限切れたから」と父は言いました。私は少し胸が痛くなりました。けれど、そこでも父を無視してしまいました。


父はどちらかと言うとインドア派で、休日は家で読書をしたり、レザークラフトをちょこちょこ作ったりする人でした。けれど私は父と同じ空間にいたくなくて、休日に父が家にいれば私は外出、父がいなければ私が家にいる、というような状態になりました。しかしあるタイミングから休日に父が家にいることがなくなりました。


そんな生活が続き、高校3年に上がる頃、父が事故に巻き込まれました。

土曜日のお昼に家の近くの交差点で、わき見運転をした車に突っ込まれ、頭を打って病院に運ばれました。家に電話が来て、母と大慌てで病院に向かいました。父はICUで呼吸器を付けて寝ていました。お医者さんが頭を強く打っていて、危険状態であり、意識が戻っても障害が残るかもと言いました。号泣する母を見て、私は「こんなドラマみたいな展開が自分家族に起こるなんて」と急な展開に放心しながらも、どうして父にあんなに冷たく当たってしまったんだろう」と激しい後悔に見舞われました。父は何とか一命をとりとめ、搬送から三日後に意識を取り戻しました。けれど障害として、右手の親指から人差し指にかけて痺れが残ってしまいました。一方でこの程度の障害で済んで本当に良かったと、車がガードレールにぶつかってから父に突っ込んだため威力が落ちていたが、場合によっては即死でしたとお医者さんが後から教えてくれました。


父が入院している最中、私は母に「お父さんはどうして事故に巻き込まれたの?」と聞きました。母は「自分で聞きなさい」と、それしか言ってくれませんでした。ある日、私だけで父を見舞いに行ったとき、父に前述のことを聞きました。父は「俺が家にいるとお前が休日家で休めないだろう。だから、外でブラブラしてたんだ」と言い、「俺インドア派だから外での過ごし方がイマイチからなくて、でも最近は水切りにハマってさ、昔よくやったんだけど、河原でこう…石を探すんだよ。できるだけ平べったいヤツを。それをな…」と説明しながら動かす右手が痙攣していて、それを見た私は堰を切ったように号泣してしまいました。相変わらず馬鹿な父にではなく、自分事故の原因だったと知って、それでも私を責めない父に申し訳がなさ過ぎて、私は子供のように、過呼吸寸前になりながら病室で泣きました。「ごめんなさい!ごめんなさい!」と繰り返す私に、父は「母さんから全部聞いていた。暖かく見守ってやってくれと言われた。父さんはお前が大好きだから、お前が頑張ってるなら、父さんも我慢しようと思って」と言いました。その瞬間、私は今まで何を父にしてきたんだろう、父がどんな思いで過ごしていたんだろうと自分が恥ずかしく、情けなくなりました。これが、私の父に対する嫌悪感の終わりです。


あれから10年程経ち、今では周りが不思議がる程、父親とは仲が良いです。父は私に「お前が責任を感じることは一切ない、むしろ不安にしてしまって申し訳なかった」と言っていますが、やはり当時のことには負い目を感じています。「娘が気持ち悪い」の増田さんも、別エントリで娘さんの行動に理解を示すことができた、と発言されていました。世の全ての娘が父親に対し、嫌悪感を抱くとは限りませんが、ブコメにもあった通り、やはり動物である限りは本能の上でしょうがないことだと思います。一方で、やはり人生の先輩である両親が、こういったことに理解を示し、適切な対応を行うことで乗り越えることができる、しかも乗り越えることで更に親子の愛情が深まる大切な時期(イベント)だとも思います。当該エントリを読んで、自身過去を思い出し、勝手に書いてみた次第です。自身過去正当化するつもりは更々ないですし、我が家対応が正しいかったともいえないですが、これが少しでも世のお父さん、娘さんのご参考になればと思います

追記(11/8)

一晩明けてみたら、とても多くのブコメが付いていて、初めてのことに驚いています。厳しいご意見ありがとうございます


私が父にしたことを本能から(議論はあるようですが)と正当化するような書き方をしてしまい、反省しています。私が父にしたことは最低なことで、それはゆるぎない事実です。私が書きたかったのは、そんな馬鹿娘を両親が両親なりにサポートしてくれた、そのことへの感謝でした。今こうして上のようなエントリを書けるのは、両親が「あの時はね」と私に話してくれたおかげでもあります


冗長になってしまうかと思い割愛したのですが、例えば父が自分洗濯をしたことに関しては、両親の話合いの結果だったと聞きました。母は洗濯物を分けるのなら、私の分だけを分けて、自分洗濯をさせると発言したそうですが、父が「自分理不尽発言のせいで、父親自分洗濯を行う姿を見て、何か感じてくれれば」と諭し、結果的にそうなったようです。


私自身、あんなに好きだった父を、何をされた訳でもないのに嫌悪感を抱くようになった時は戸惑いだらけでした。母は父を大好きでしたので、母に影響を受けた訳ではないですし、周囲の友人の中でも、父親と仲の良い子はたくさんいました。けれど、何故か父を気持ち悪いと感じてしまった。ちょうどあの頃「異性」というもの意識し始めて、一番身近にいた異性が父親で、どう接してよいかからなくなっていたのかも知れません。今となって後付けで理由を付けることはいくらでもできますが。


父は「親の立場を利用して、なりふり構わず娘にいう事を聞かす真似はしたくない。一つ一つ自分で気が付いてくれれば良いと思った」と母に言っていたそうです。私はこんなにも勝手なことをしていたのに、両親が一生懸命に考えて私を導いてくれた、そのことに感謝してもしきれません。


「父が事故に遭わなければ最後まで気が付かなかったのでは?」というご意見も尤もです。両親は「いや、いずれは気が付いてくれてたよ。少しづつ変わってたよ」と言っていましたが、我が家のケースは結果論しかありません。


今私は結婚して、男の子が一人います。夫にこの話をしたとき、「もしかたらこの子もすごい反抗期を迎えるかも知れないけれど、一緒に考えて解決していこう」と言ってくれています。こんな風に思え、考えられるのも両親の教えがあったからだと心から思います


意見いただきっぱなしなのも悪いなと思い、少しだけ追記させていただきました。たくさんのご意見ありがとうございました。

http://www.sayulog.com/entry/kantanjanai

うつ病患者運動筋トレ押し付けるのはやめてくださいませんか?

どこにいるんだろそんな奴。Twitterとかかな?

いわゆる「筋肉万能説」ってのは( ´∀`)Σ⊂(゚Д゚ ) ナンデヤネン!ってツッコミ入れるとこというか脳筋ネタの笑いどころというか。

マジギレ・マジレスするとこじゃないんだよね。アホかって鼻で笑ってスルーするとこ。


まあこの人精神2級って話だからなあ。

入院してたりして普通生活が送れず、障害年金も出てる重度の精神疾患認定者だから寝床で出来そうな簡単運動とかも容易には出来ない日もあるってのは分かるな。

ただ仮に入院してたとしても、散歩くらいはさせてもらうべきだと思うね。ポケGOとかIngressとかやりながら。


あとねえ”うつ”って多分治らないと思うんだよなあ。具合が良くなる、症状が軽くなるってのはあると思うんだけど。


http://www.sayulog.com/entry/2016/11/02/181754

ああ一個前の日記読んだらなんとなく分かった。

通院ドタキャンちゃうとあるから治療特に薬)が途切れちゃうんで入院させられて2級とったんだな。

2016-11-05

医学生に「良い医者になってください」って説教するのやめろ

自分より学歴の高く自分より年齢が低い者に説教することに悦びを見出す人たちがいる。彼らにとっての恰好ターゲット医学生である。彼らは医学生に「良い医者にならなきゃダメだぞ」と説教して学歴コンプレックス鬱憤を晴らす。

「彼ら」は医学生だけを標的にする。本当はエンジニア官僚教員研究者薬剤師アナリストクォンツを志望する学生にも説教をしたくてたまらないが、できない。それは、「彼ら」はエンジニア官僚教員研究者薬剤師アナリストクォンツが何をやっているか知らないからだ。高学歴者の就く職のなかで彼らが辛うじて理解できるのが医者だけだ。だから医師志望の学生に集中的に説教をする。

外来や臨床で患者と向き合う時間医者職務のほんの一部でしかないのだが、「彼ら」はここを攻撃してくる。先日入院したとき医者はとんでもないやつだった、患者の目を見ない、難しい用語説明する、患者の話を途中で切る、親身さが感じられない、看護婦からも嫌われていた ( 「彼ら」はいまはもう看護師と呼ばれることなど知らないし、まして「パラメディカル」だなんて単語は聞いたこともない。病院にいて医者でない人間はみな「看護婦なのだ ) だのと、礼儀上の不備をまくしたてる。礼儀に関することは、どんな学識のない人間でも一家言持てることである。「彼ら」の得意領域はここだ。礼儀正しいだけで病気が直るならば医学は要らない。全国の公立中学校野球部員をかき集めてきて白衣を着せて医者に任ずれば良い。現実がそうでないということはやはり医師にとっての必須の素質はそこではないということだが、「彼ら」は気づかない。

病人はわかりやす弱者である。だから病人に対する態度は道徳的文脈から非難やすい。加えて、医者給料税金から出ているから、「彼ら」にとって自分も何か言って良いという認識を持ちやすい。

「良い医者になってください」はただのマウンティングからやめとけ。

生きることは食うことだ!!!

離れて暮らす両親の話。

親父が癌だ。今は食道癌

最初の癌は15年前。白血病抗がん剤→骨髄移植で一応元気になった。

次は皮膚癌発症は顔のほっぺた。小さかったのと初期に見つかったので薄皮一枚削った。

次は今も闘病中だが食道癌。見つかった時はステージ3。皮膚がんたまたま見つけやすいとこだったか医者が気づいたわけだが、白血病で毎月検査しているからかあんまり他の癌に注意してなかった模様。まぁアホな親で困る。一度治療を終えたが、再発が見つかった。また抗がん剤が待っている。

食道癌は喉に出来たこともあり、切ろうと思っても声帯ごととる大手術になる。最初白血病の時にだいぶ体力を失っていたこともあり、手術に耐えれる体力が無いと医者判断され、抗癌剤放射線治療のみ。

抗癌剤治療副作用は凄まじい。巷では副作用が少ない抗癌剤がとか、科学進化がとか色々言っているけど、親父は白血病の頃から数えて10回以上抗癌剤治療を行っているわけで、傍からみててもう限界に近い。一回一回痩せていくその姿はとても痛々しい。元々痩せ型〜普通くらいの体型のくせに、体重は15kg前後落ちた。髪の毛が再生するのは最初のうちだけで、骨髄移植後はなかなか生え揃ってくれず、陰毛みたいな白髪がうっすら生えてくるだけだ。カツラをつけるって言っても、留める毛すら揃わない。大手保険会社部長を勤めたイケメンの姿はもうない。

抗がん剤治療を乗り越えるには、それなりに体力が必要。手術する体力が無いと言われた親父は、本当なら10日で退院できる抗がん剤治療でも1ヶ月半くらい軽く入院してる。色んな病気を併発するからだ。白血病の時は肝臓ウイルスがどうとかで1年以上入院した。前回の食道癌の時は肺炎になり、元々肺気腫気味だったけど悪化した。おかげで現在は5分も歩けないし力仕事なんてできない。

また、これだけ抗がん剤うてば、口の中も荒れ放題になる。もともと虫歯一つない歯だったのに、今では奥歯はほとんどない。入れ歯抗がん剤後には合わなくなり、調整してもまた治療したら微妙に合わなくなり。次の抗がん剤を間近に控えて、現在は痛くて使わなくなってる。

味覚も狂う。最初抗がん剤治療後(骨髄移植前)は、何を食べてもまずく感じるなか、唯一ラーメンけが美味しかったらしく、街中のラーメン屋を片っ端から食べ尽くしたらしい。骨髄移植後は割と味覚も戻り、美味しいものを美味しく感じれる生活を送っていたが、食道癌になってからは何を食べても美味しく感じないらしい。喉に引っかかるから飲み込むのも辛いとかなんとか。

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おかんは熱心な宗教家でもあり、エセ科学とか大好きだ。もともとそんな人なわけだが、抗がん剤治療で日々弱っていく親父を見るとなんとかしたいという一心から、様々なエセ科学を調べる。俺自身、身近な友人を抗がん剤治療関連死(まだ元気だったけど治療開始後一週間で亡くなった)とかあったので、抗がん剤を心から信じているわけじゃないし、おかん気持ちはよく分かる。

んで、最近食事療法的なよくわからんやつにご執心だ。体にいい食べ物、悪い食べ物に分類してあれはダメだ、これはダメだっていうやつ。これは良さそうに見えて本当は良くないとか色々ある。興味本位で色々聞いてみたら、おかんに入れ知恵している先生的な人曰く、坊さんの精進料理的なものしか本当に体にいい食べ物はないらしい。肉もダメ野菜も大半ダメ、魚もほとんどダメ。なんだそれ。

はいっても夫婦で食べる料理はそんなに極端に変わっていない。あからさまに体に悪そうな食べ物ファストフード的なやつとかポテチとかそういう系)は元々食べないし、別に我が家食卓でそんなに大幅な変化はない模様。二人とも元々同郷の農家だし、昔ながらの食い物ばかりな感じ。

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生きることはとどのつまり食べること。病人だって美味いと思えるものをしこたま食べれば体力も少しは戻ってくるだろうさ。少なくとも運動もできない体になった以上、食う以上に大切なことは思い浮かばない。

おかんにはそのことを話した。抗がん剤治療を信じない、食事療法で内側から治すという考え方は大事だと思うけど、病気を倒す体力や元気を身につけるには、体に良い悪い食事よりも親父が食べる事に喜びを感じる方が遥かに大事って。俺はさすがスピリチュアルおかんに育てられただけあって、スピリチュアルに伝える技術はいくらでもある。割と簡単に納得してくれた。ちょろい。

問題は本人。つまり親父だ。何食べても美味しいとは思ってくれない。そもそも奥歯がなくても食べやすくて美味しいものなんて俺にはなかなか思い浮かばない。刺し身と鍋は比較的いけるっぽいけどあまり楽しんでくれない。クソ。

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最近一つわかったことがある。

親父はおかんと二人の時より、俺がいた時の方が美味しいと感じるらしく、俺の嫁がいる時の方がもっと美味しく感じる模様。同様に姉家族が孫を連れて帰って一緒に食べる時などとても美味しい模様。

前回俺が嫁と一緒に帰った時に4人で外食したわけだが、その時に食べた鍋焼きうどんがとても美味しく気に入ったらしい。で、後日一人で食べに行ったみたいなんだけど、全然美味くなかったとかなんとか。

姉には子どもがいるが、俺にはまだいない。俺がガキつれて帰った方がご飯は美味しく感じるのだろうか。たぶんそうなんだろうな。

確かに孫と囲む食卓だったら、何食っても美味いだろうな。

贅沢な親父め。クソ。

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あれだけ弱っていて、かつ自分の死期が比較的近いと考えている人間が、あと何回抗がん剤治療を乗り越えられるのか、あと何年生きられるのか。

出来るだけ美味しいご飯を食べさせてやりたいなと思うところです。

2016-11-04

http://anond.hatelabo.jp/20161104210049

もともとこちらは一切興味のない趣味話題しかも頼み事がメインの連絡ばかりで辟易していたところだったのですが

自分の親が病気入院したという話題を出したところ、そんなの大したことではない・皆それぞれ辛い思いはあると切り捨て、再度自分趣味話を続けようとしたあたりで

もうだめだと思いブロックしました

悪気はないのだろうと思いますが、もう話をする気にはなれないし

話が通じるとも思えません