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はてなキーワード: 無職とは

2017-04-26

http://anond.hatelabo.jp/20170426153233

自称というのは、ウラがとれてないっていう意味で使うんですよ。

本当は大企業の偉い人なのに、会社迷惑を掛けたくない理由で、無職詐称することだってあるでしょう。

容疑者自称無職

そこは本人の申告を尊重して「無職」としてあげてもいいんじゃないか?

新卒カード無駄にしたら

16卒、ブラック経験あり。現在就活中。

退職直後は「こんなブラック経験したんだから次は多少きつくても頑張れるだろう」と思っていた。

しかしいざ就活してみると、異常に傷つくことを恐れて求人の条件を無意識に厳しく見定めていた。

別にブラックというわけではなくても「なんか辛そう・大変そう・心折れそう」と感じると怖気づいてしまう。

ブラック企業就業経験で得たのは耐え抜く力じゃなくて自己保身だけだったと気づいた。

これを「新卒時代就活の失敗経験反省し、それを今後に活かしている」と言うと聞こえはいいが、

週休完全二日制で残業が少なくストレスもなくボーナスもそれなりに出るホワイト正社員への道なんざ、

自分のようななんのキャリア資格もない無能にはないのだ。

キャリア資格もなくてもその道が用意されているのは他でもない、新卒だけだ。



ついさっき、正社員登用制度ありの契約社員コールセンター・受電)の面談に行った。

コールセンター学生時代バイト簡単な発信経験だけあるので、志望動機は書きやすい。

担当の人はとても良い人だった。前職のことも同情してくれた。

クレーム多いよ。耐えられる?クレーム電話のあと、またすぐ電話とらないといけないけど、気持ち切り替えられる?」

明日仕事かあ、電話とりたくないなあって落ち込まない?」「ずっと溜め込んで引きずらない?」

溜め込む。引きずる。気持ちの切り替えはヘタ。仕事が嫌だと思うと自室で泣く。クレーム処理の経験はない。怖い。

でも正社員へのためだと思って、「大丈夫です、大丈夫です」と機械のように答えた。

すると話は進み、具体的なシフト時間帯の話になった。

シフト時間帯を悩んでいるうちに、「このままだと決まってしまう」とだんだん不安になってきて、

すみません、やっぱりちょっと」と話を中断し、辞退した。

声が小さくなって目が泳いでいたか担当の人も薄々わかってたんじゃないかと思う。



まっすぐ帰るのももったいないので、雑貨屋や服屋やコンビニをブラつき、適当に何か買ったりした。

そういえば父親プリンターインクを頼まれてたなと思い出し、それもダイソーで買った。200円だった。

帰宅してパソコンをつけて、だんだん情けなさと惨めさが心の奥底から沸き上がり、目頭が熱くなった。

昨夜、母親に「ここにするよ、正社員登用に力入れてるって書いてるし、GW明けから働くよ!」って元気よく言ったことを思い出した。

新卒時代からずっと私の就職のことで心配をかけていたので、本当に決めたかった。

母親今日から東京旅行に行っている。

私の就職心配もなくなってスッキリした気分で飛行機に乗り、観光しているんだろうか。

「やっぱりだめだった」と連絡をするのは、旅行中と帰宅してから、どちらがショックが少ないだろうか。

私が帰宅しておよそ1時間後、父親も出先から帰宅した(家で仕事をしているので基本平日でも家にいる)。

プリンターインクを渡すと、お駄賃として1000円貰った。今日のことは聞いてこなかった。

もともと父親は私の人生の進路に興味関心がない。

私の進学や就職恋愛に関しては何も口出しをしてこない。そういうのは母親の役目だ。

私もそれを不満に思ったことは一度もない。家庭環境には何一つ問題はないと思っている。

しろ少し甘やかされて育ったと自覚しているほどだ。

久しぶりにリクナビNEXTを覗くと夢真ホールディングスがちらりと見えたのですぐ閉じた。



話がそれた。

正社員も落ちる。契約社員も落ちる。派遣も実務経験を求められることが多く、コールセンターばかり紹介される。

コールセンターが多い地域から仕方ないか

おもに新卒がこじらせる大手病というものがあるが、女子事務職病になるのではないだろうか。

大手に入ることよりも、未経験者が正社員事務職に就くことのほうが難しいのではないか



新卒入社しそこである程度経験を積む」ことができなかった者の人生ハードルが高い。

その道からあぶれた者がまるで人間ではないかのような扱いを受ける。現代のエタヒニンだ。

調べると沢山いる。17もも既卒なのかと少しぞっとするし、09卒の人もいて驚く。

ネット就活の嘆きで溢れかえっている。社会問題だ。

新卒就活解禁の時期は毎年ニュースになる。気持ち悪いほどの真っ黒なスーツ集団で埋め尽くされた合説会場が映し出される。

リクスー日本気候に不向きだとかパンプスは移動に不向きだとか履歴書手書き論争とか

そういうのは今ここであーだこーだ言わない。そこはまあルールに合わせる。

それで内定が貰いやすくなるなら喜んでルールに従う。



でも既卒マジでやばいだって。ほんとに。

ていうか新卒でも結構やばいだって若者就活事情がもうおかしいんだって

まあ新卒就活に関しては割と話題になることもあるけど、既卒なんてもう亡き者扱いになってる。

第二新卒」って単語知ってる大人もそんなにいないでしょ。

甘えだとか自己責任だとか言われるけど、それは知ってる。わかってる。

その上でほんとに、なんとかして。



社会が私を無能と言っているのなら殺してほしい。痛くないように。

簡単安楽死できる施設がそこらへんにあってほしい。郵便ポストみたいに。

自殺はだめと言われるのに、自殺したくなる環境を野放しにすることは咎められないのはおかしくないか



さな小銭入れしか持ってない父親がくれた四つ折りの千円札を眺めながらこういうことを考える。

考えても現状は変わらないので、とりあえず履歴書を袋から出す。

毎日この繰り返しだ。無職は生きてる心地がしない。

2017-04-25

http://anond.hatelabo.jp/20170425154111

わいは無職なので少しもサボってないのだ恐れ入れ。

5ヶ月無職だったけどついに

パンティ

無職楽しい

無職楽しいなー

毎日昼まで寝てても怒られない

趣味100%時間を費やせる

あと1ヶ月で仕事始まっちゃうからいっぱい遊んどこ

http://anond.hatelabo.jp/20170425111021

毒っ気のある人の処遇は難しいところだと思う

あ、無職の戯言なので気にしないでください

2017-04-24

http://anond.hatelabo.jp/20170424143945

労働義務!その通りだね。もっとライト表現があれば無職の人いなくなるかな……笑

なにはともあれ両親に迷惑がかからないように、最低限のお金は息子に稼いでもらいたいね

氷河期無職だけどとりあえず話題になるだけなって誰もどうにかしてくれなそうだから寝るわ

2017-04-23

歌うように喋れた少年時代

今はもうダメ口も脳も鈍重

加齢のせいだろdon't you?

言い間違いもしょっちゅう

無職毎日お盆

高校入学直後に死んでおけばよかった

多分、ネットで何万回と繰り返されてきた話。

22歳、男性無職正社員歴無し、童貞

毎日ネットで誰かを攻撃して留飲をさげるだけの人生を送っている。自殺したいが、する勇気もない。

そんな人間が己の人生を振り返ります




小学校中学校では「神童」と呼ばれた。勉強ほとんどした記憶がない。でもテストはいつもほぼ満点だった。クラスの他の奴が100点を取れない理由が、当時は本気で理解できなかった。

高校県内一の進学校に行く事にした。さすがに塾には通ったが、似たような問題を反復練習して精度を上げるだけだった。入試問題はあっけない程に簡単で、合格通知が届いても特に感慨もなく、淡々入学手続きを済ませた。

私はこんなだったが、両親、特に母親は喜んでくれた。両親は2人とも学がなく、特に母親小学校すら満足に通っていない。私が幼い頃から、「人の2倍給料が欲しいなら、人の2倍働くしかない」が両親の口癖だった。

おかげで物心ついた頃にはいつも家にひとりでいた。両親は昼も夜も働いていた。土日も働いていた。たまに日曜日の晩に家族揃って晩御飯が食べられる時があるが、私はそれが何よりも楽しみだった。

そんな母親から高校合格した時には、ご近所に「○○高校になんとか受かりまして…。」と吹聴しまくっていた。私はそれが大層恥ずかしかったが、母にとっては自慢の息子だったのだろう、私が「あまり自慢するのはやめてくれ」とせがんでも、静かになる様子は一向になかった。

だが、テンプレ通り、私は高校でアッサリと堕落する。周囲は本物の天才揃いで、しか努力家が圧倒的多数だった。他校の授業は受けた事がないので一概に比較もできないが、通っていた高校の授業内容もかなり独特だったらしく、授業はかなりハードだった。

中学までの学習貯金はアッサリ底をつき、1学期の中間テストで壊滅的な点数を取った時、自分は選ばれた人間ではない事を知った。

そこからは早かった。学校には出席日数ギリギリしかわず、あとはバイト三昧の学生生活だった。バイトで稼いだカネはほとんどゲーセンで使った。高校までロクに遊びを知らなかった人間が「遊び」にハマった時の行動は極端で、学校よりも自宅よりも、駅前ゲーセンにいる時間の方が長かった。

さすがにこれじゃいかんと高校3年の時に慌てて勉強を始めたが、当然の事ながら宮廷だの地底だのといった大学には引っかかる事もなく、東京の某大に受かるのが精一杯だった。



この時に何か思うところがあれば、私は変われていたのだろう。だが皆さんのご想像通り、私は変わることができなかった。だからこんな文章をダラダラとタイプしている。



大学に入ると、当然一人暮らしになる。東京大学に入ったんだから、当然そうなる。私のような人間一人暮らしをするとどうなるか。答えは簡単だ。大学に行かなくなる。

起きたらバイトゲーセン大学に行くのはたまにである。その「たまに」が起こって大学に行ったとしても、サークル棟の奴らとダベって終わりである単位は3つぐらいしか取ってないんじゃないだろか。結局、大学は1年休学した後に辞めた。

大学を辞める時、母親に連絡しようか迷った。私は休学している事も告げず、毎月毎月仕送りを受け取り、盆も正月も帰らなかった。休学中も仕送りを受け取るのは心苦しかったが、都会の誘惑に負けた。しかし、さすがに大学を辞めるとなると連絡をしない訳にもいかない。


もしもし?俺だけど、働くことにした。」

大学のみんなと会社を立ち上げる事にしたんだ」

「だからもう、仕送りはいいよ。」

「今までありがとう。」



正直、会話の内容はあまり覚えていない。嘘と見栄と虚飾で糊塗した言葉をひたすら吐き出して、仕送りはもういいと言って一方的電話を切ったような記憶しか残っていない。



大学を辞めても、特に何も変わらなかった。休学中から特にやる事も変わらず、バイトゲーセンに通うだけの人生

いつしかインターネットで誰かを攻撃する時間が増えた。会った事もない、話したこともない、顔も知らない人間が、twitter失言する。ブログ炎上する。そんな人間を、自宅のPCから延々と責めたてる時間が増えた。「叩いてもいい」人間が目の前にいて、圧倒的正しさをもって思う存分叩ける。叩いている時は快感だった。自分正義執行であることに酔った。当初は目についた炎上案件を叩いていたが、叩く対象を探すようになり、失言文句暴言呪詛をすすんで検索するようになった。

見つけた後は、すぐに騒ぎ立てずに、対象個人情報収集にはげんだ。twitterfacebookなどの交友関係から年齢や地元を割り出し、実家写真などをgoogleマップキャプチャする。twitterなら鍵垢になってもいいようにフォローも飛ばす。フォローされやすいように、常時40個前後アカウント管理していた。様々な大学企業趣味嗜好についてのアカウント作成し、1日1回はアカウントに沿った内容で何か呟く。そうやって「育てた」アカウント対象に滑り込ませ、まんまとフォローされてから炎上→鍵付きとなったアカウント情報キャプチャで取得し、ネット拡散する瞬間には無上の快感があった。



そんな生活も2年近く続けてきたある日、実家から荷物が届いた。食べ物だった。段ボールの蓋だけ開けて放置していたが、翌日に母親から電話がかかってきた。「ご飯は食べているか」「元気でやっているか」「たまには帰って来いよ」基本的母親電話上の発言はこの3パターンしかない。なのでいつもは会話もそこそこに電話を切るのだが、この日の母親は違っていた。いつも通りの居心地が悪くなる会話を終わらせようとすると、ふいに


食べ物だけじゃなくて、少しお金も入れといたから、たまには彼女とおいしいものを食べてね。」


「いつ帰ってきてもいいんだからね」


「じゃあね。まだ寒いかも知れんから、温かくして寝るんだよ」


と言って、最後に「おやすみ」と言って、母は電話を切った。


母親から電話を切ったのは、今のところ、この時が最初最後だ。


すぐに箱の中身を確認すると、底の方に封筒が入っていた。中には20万円入っていた。




私は封筒を握りしめて嗚咽した。何もしていない、何もしていない、何もしていない。なんの努力もせずに、ダラダラと時間無駄に過ごし、他人攻撃ばかりしている。こんな何もしていない人間に、生きている価値があるのだろうか。これから何かを成し遂げる気概があるのだろうか。


消えてしまいたい。そう思ったが、自殺する勇気もない。だいたい、自殺できる人間は「自殺する」と強く願って成就しており、私のようにネットでダラダラと「死にたい」「自殺したい」と言っている人間自殺しない。


高校の頃に交通事故か何かで死んでおけば、将来有望若い命として、両親に多額のカネを残すことができた。「惜しい人を亡くした」と皆に同情してもらえた。ところが今はどうだ。今死んだところで、正社員でもない、学歴もない、才能もない。葬式を開いても誰も来ない。働きもせず、ネットで誰かをいびり、母親にお情けの仕送りを送ってもらう。そんな人生になんの意味がある?



特にオチもないが、私の自分語りはこれでおしまいである荷物が届いたのが数日前、それからバイトに行く元気もなく、体調不良と言って休んでいる。遠からずクビになるだろう。



できれば私はどうするべきなのか、教えてほしい。

42歳で無職のおれが婚活したら希望が見えたという話

おれは40になるときにいままで22年間働いた会社をやめた。

おれは高卒学歴もなければ、体を動かすような仕事しかできなかった。

運よく高校卒業したあとに雇ってくれた引っ越し会社アルバイトから入り、25歳のとき正社員に。

なんのとりえもない雇ってくれたことが嬉しくて、必死に働いた。

給与は月の手取りで20万くらい。

ちなみに退職したときほとんどかわらない給与

知人経由でそれをいったら、なんでもっと早くやめなかったのか?といわれる始末。

ちなみにやめた理由実家農家をつぐためだ。

ただ、実家農業をいざやろうとおもっても、収入はおもったほどあがらない。

まり事業主と名ばかりの無職だ、

なにも面白くない人生だけど、一つぐらい華があってもいいだろうと思い、ふと結婚を思いたった


https://www.yamaguchi-kekkon.com/


http://xn--eckax1ai9ik7oy043a0rnkl9b5rdlw9l.biz/

検索したら、このあたりの結婚相談所婚活サイト紹介サイトを参考にやっていった

正直おれはコミュ障なので、めんとむかってのあれは無理・・・

どっちかというとネットでひそひそと婚活するほうがしょうにあっている。


で、続けた結果、ほとんど収入のないアラフォー非モテなおれにすこしぽっちゃりだけど、興味をもってくれる女性がいたんだ

人生もうおわりだとおもったけど、わるくない。

恋愛なんてやるような性分じゃなかったけど、やってみるもんだ

今度婚活サイトで知り合った彼女デートにいく。


いま必死女性について学んでいる。


終わりだとおもった人生、いいことあるもんだ

がんばっていきようとおもった

2017-04-22

28無職童貞職歴ゼロ学会に行く。

先日SPIなる就活悪魔と相対し壮絶な社会への討ち死にを果たした28大学院既卒無職職歴ゼロ今日意気揚々人工島の上の国際空港に向かう。



学生時代投稿した論文国際学会に採択されたためであるSPIできなくても面接官に研究プレゼン理解してもらえなくても本業ではちゃんと評価されてるんだからね!最後の役目を果たさんとする彼の足取りは重く自信に満ちていた。



だがそこは28無職童貞大学就職課の劣等生、空港ロビーに着けば嗚呼無惨。「機材メンテナンスノ為欠航簡素な掲示がこの男に世の厳しさを教える。すかさず代替便へ振替えを企むも受付は既に長蛇の列。7時間待たされた挙句、次の便は最短で40時間後だという。マイナー路線宿命か。あーそっかーー2日後かーーー俺の発表は初日の午前中なんだよなああああああああああ。明らかに間に合わない。



ぼく「大学院出て無職なんてもうゴリゴリだよ」

「アベ死ね」って騒いでる人たち

共産党なのか左翼なのか市民団体なのか知らないけど、興奮したのか本当にリアルでも「アベくたばれ死ね」ってデモで騒いでる人たちがいてびっくりした。

アベ(安倍阿部安部)という苗字はそんなに珍しくない。むしろ人数的にはなかなか上位だと思う。

となるとデモ集団やなんちゃらの会の中にもアベさんは一定数いるわけだ。

から疑問だったんだが、そのアベさんたちは心中どんな気持ちなんだろうか。

いくら自分のことではないって分かってるにしろ、なんとなくちょっと気まずいのだろうか。

自分と同じ苗字申し訳ないとか思ってるのだろうか。アベ族郎党の恥さらし!なんて憤ってるのだろうか。

周りの方も、もし集団内にアベさんがいた場合「アベなんかくたばっちまえ!...いやアベさんのことじゃなくてね。総理のほうね....」なんて配慮して議論なんかするのだろうか。

すごく気になる。

自分はある漫画家さんと同じ苗字で、無職時代にその漫画家さんの有名なミームを見るたび心にダメージ食らってたか他人事ではないのだ。

もし知ってる方いたらぜひ教えていただきたい。

就活ストレス以上に家庭がつら

就活生だよ!まだ内定はないよ!業界的に選考が始まってなくて今はES説明会ラッシュだよ!

ちなみにゼミ友達が3月時点で華麗にベンチャー就職決めやがった!おめでとうファ⚪ク!

自分なりに頑張ってるけど家庭の理解がなくてストレス倍増なうだよ!父が私以上にパニクって当たり散らしてくるよ!お前の就活じゃねえんだよ!

仕事首になってから再就職せず数年無職状態のパピーから余計にむかつくよ!

就活ストレス以上に親ストレスきついな!ハードモードで挑みたいほどマゾじゃねえよ!

ふぅ。まあがんばるべや。

2017-04-21

無職半年経過

無職になって半年が経つ30代前半

転職回数は4回で正規非正規交互くらい

長文注意

30社以上応募したが、なかなかいいご縁がない(1月辺り約5社だから少ないけど。前半は精神がやられてたので休んでました)

その中で面接できたのは5社くらいだからいい方なのかも

やっぱり自己分析が足りないのか、やりたい事が何かを考えるのが足りないのか、というか考えすぎなのか

やりたいと考えてもほんとうにそれがやりたい事なのか、本当にやりたいことでもタイミングよく募集があり面接も上手くいってその後も仕事が続けられるのか、というか考えすぎなのか

面接で上手くいかないのは準備不足か、念入りに準備しても上手くいかないのは準備のしすぎなのか、面接官が初めから歓迎ムードじゃないのは何かいやな事があったのか、いやいや面接するのか、じゃあ書類選考でさきに落とさなかったのか、期待できないけど会うだけあってみような気分なのか、最初からそんな気持ちからいい印象にならないのか、こちらが明るく振る舞えばいいのか、明るく振舞ったらヘラヘラしてると思われるのか、やっぱり考えすぎなのか

普通の人はいつでも面接でハキハキとちょうどいい具合に話せるのか、そんなにメンタルいい人がやっぱり普通なのか、自分に自信が無いだけなのか、自信とは自信持てと言われてすぐに持てる物なのか、普通に友達感覚で話せばいいのか、そんなわけ無いだろと読んだ人は思うのか

相手の様子を見て態度を変えてるのがいけないのか、じゃあ切れてもいいのか、嫌味を言っていいのか

うまくやれる人はそだちがいいのか、努力してきたからなのか、単純なのか、適当な人の方が上手くいくのか、適当なひとは社内で適当な事ばかり言って迷惑はかからないのか

面接官もそんなに出来る人なのか、転職者を見下していい気になっているのか、失敗したく無いからそんなに採用に慎重なのか

自分の勢いが足りないのか、スキル評価されないのか、基地外なだけなのか、社会不適合なのか、死ねというのか

転職回数多めでも職歴を褒めてもらったけど、面接覇気が足りなかったのか、隠し切れない不安を押し殺せというのか

転職回数多いのはそんなに悪いのか、最近はむしろあるていど普通じゃないのか、全体からみて非正規も半分近いんじゃないのか

全体の景気が悪いせいなのか、就職氷河期からこんな感じなのか、派遣で探すべきなのか、また転職回数増えるのか

正規で威張ってるやつは何なのか、仕事渡して自分は定時で帰るやつは何なのか、俺も正規になるとそうなるのか

それでもやっぱり考えすぎなのか

これを最後まで読む人はいるのか

考えすぎなのか

もうだめなのか、もう寝るのか、まだ早いのか、飯食うのか、どうでもよくなってきたのか、終わりにするのか、オチはどうつければいいのか、就職できる奴はオチも上手くつけられるのか、俺にはむりなのか、やっぱりむりなのか、どうなのか






なないで




頑張ってれば上手くオチがつけられるようになるのか、やっぱりオチがうまくつけられなかったのか、無理してオチをつける必要は無いのか、もはや怪記事になってしまったのか


7日なのかのかなの就職できるかな

理系院卒無職28歳職歴ゼロSPIが解けず書類で落とされる

知能が低い意欲がない頭の回転が遅すぎる

学部レベルどころか中学生程度の学力も残っているのか怪しい

いったい専門以外の知識はどこに置いてきてしまったのかと愕然となる

当然その専門性社会にとって役に立つものではない

最も企業敬遠する人材

世間はやれ圧迫面接だGDだと騒がしいが頭が悪いとそのステージにすら進めない

惨めさと無力感を噛みしめる毎日

精神疾患理由社会から拒絶されそう

うつ病と診断され、休職している。

正直、うつ病であるとは自分では思っていない。昨年の6月から9月にかけて、はじめて、少し大きめのプロジェクトに参加することになった。とにかく、すべてがはじめての仕事で、何をどうしたらいいのかわからず、やっては怒られ、みずからの至らなさを痛感するばかりの日々だった。毎日終電で家に帰り、そのあとも自宅で深夜3時頃まで仕事をし、寝て、翌日正午頃に出社していた。出社時間を遅らせることができる環境であってよかったとその一点は会社感謝している。けれど、それでもやっぱり無理があったようで、プロジェクトが完遂すると同時に、わたしは不調を感じるようになった。

まず、夜に眠れなくなった。深夜3時過ぎに寝る生活状態化していたからだろう。それから意味もなく涙が出てくるようになった。仕事中に突然悲しい気持ちに襲われて泣いてしまうのだ。だから、いつも会議室パソコンを持ち込んでひとりで隠れて泣きながら仕事をしていた。

プロジェクトの期間中わたしはいつも、じぶんの仕事のできなさ、思慮の足りなさを突き付けられているようで苦しかった。何をしても、考えが足りていないと怒られたし、ほんとうにその通りだったから悔しかった。上司に悩みを相談すると「あなたにはやる気がないからだ」と言われた。やる気がないから、ほかの人のように勉強をしようという意欲もなくアウトプットが貧弱だし、案件に真面目に取り組んでいれば気づくようなことにも気づけないのだと。その通りだな、と思った。毎日深夜3時まで働いているのに、わたしにはやる気というものがなかった。だからほかの人のようにうまく仕事ができないのだと思った。「やる気のない人間が一人いると、メンバーモチベーションが下がる」とも言われた。それも、その通りだと思った。わたしはわざわざ深夜3時まで働きながら、周囲の人間モチベーションを下げている。それからというもの仕事中に「このタスクちょっと面倒だな」と思うたびに、呪いのように「お前はやる気がないから駄目だ」という言葉を思い出すようになった。

ある日、ほんとうに涙が止まらなくなってしまい、会社を抜け出して精神科のクリニックへ向かった。自分うつ病だと思っていたわけではない。休日友達と遊びにいったり、映画を観に行ったり、そういうことはできていたから。ただ、わたし精神病気についての知見がなく、病院に行けばきっと悲しい気持ちを消してくれるような即効薬がもらえるのではないかと思っていた。もちろんそんな劇薬存在しない、というか、お医者さんは処方してくれない。あっさり「うつ病でしょうね」と言われ、睡眠導入剤抗うつ剤をもらうだけで、当面の悲しい気持ちについては何も解決しないまま、会社に戻ることになった。

自分ではそうとは思わないが、うつ病かもしれないと会社に告げるべきか悩んだ。また、「やる気がないからでしょう」と言われるのが怖かった。わたしは、通常の業務であれば好ましくないことがわかっていたが「やる気がない」と言った上司さら上司である部長に話してみようかと思った。チャットで「今日お話がしたいのですが、お時間よろしいですか」とメッセージを送り、送った直後に後悔して「やっぱり大丈夫です」と追加で送信した。まるで彼氏にかまってほしいときにおくるLINEみたいだなと思った。うつ病じゃなくて、ただのメンヘラだ。メンヘラのほうが実感としては近かったし。

部長は、メンヘラのかまってほしいオーラを察したようで、直接声をかけてきてくれた。わたし空気が重くなることを恐れて、「いやあ、病院に行ったらうつかもとか言われて。まじかって感じなんですけど」とふざけた調子で話したが、気づいたらぼろぼろと泣いていた。部長は親身になって話を聞いてくれ、すぐに仕事の量を減らすために動きだしてくれた。

数日後、「お前はやる気がない」と言った上司とも話をした。彼も業務過多であったことを詫びてくれたし、業務を減らしたことにより、ほとんど自宅で作業しても問題ない内容の仕事ばかりになったので、無理に会社に来る必要はないと言ってくれた。もし、完全に自宅で働く方がいいのなら、そうできるよう上にかけあうと。わたしは、全力でその言葉に甘えた。ほとんど会社には出社せず、出社しても会社にいるのは5時間程度、あとはすべて自宅で仕事をした。どうしても会社PCでなければできない作業があれば、土日に隠れてこっそり出社した。自宅や誰もいないオフィスでの仕事であれば、突然泣き出してしまっても問題なかった。自宅での勤務時にも、勤務開始~勤務終了のタイムカードをつけていたが、12時間以上働いた日もあった。

しか会社は、わたしのことをサボっていると判断したようだった。上司は上にかけあうと言ってくれたが、どうかけあってくれたのかもわからないまま、突然人事から「いまのあなたの働き方を会社は認めるわけにはいかない」と言われた。そして、今後の進退をどうするかについて、産業医面談するよう命じられた。

休職するのは嫌だった。たしかに出社できないということは会議等に参加できないということだから、ほかの人と連携して働くのは難しいだろう。しかし、一人で行える作業も山のようにあったし(そういった作業のために派遣を雇うこともあった)、そういった作業であれば、うつ病と診断された後でも満足にできていると思っていた。上司作業については問題がないし、頼りにしていると言ってくれていた。でも、あれは嘘だったのだろうか。今となってはわからない。

うつ病かどうかはおいておいて、確かにこの時期のわたしは疲れていた。産業医との面談は散々なものだった。仕事について何を聞かれても「わたしはどうせやる気がないからだめだ」と答えていたような気がする。ほとんど忘れてしまったけれど。ただ、産業医の方はその道のプロであるはずなのに「あなた不思議ちゃんなのね」とわたしに向かっていい、まるで「少し変わっていて、社会になじめないかうつなんかになるのだ」と決めつけるように終始話をされたことに、ひたすら腹が立ったことだけを覚えている。中学生くらいの頃は、個性的とか変わってるとか言われることで得意になっていたが、もういい大人だ。それが人を馬鹿にするときに発される言葉であることくらいわかる。ちなみに、面談をした日の日記を読み返してみたら「わたしのことを「世間からちょっと外れた」「変わり者の女の子」だから説教してあげなきゃ」と思ってるのが見え見えすぎて、つーか説教って結論ありきでこちらの話を聞かずに一方的になされるものから対話じゃないんだよな。対話仕事なんじゃないのそちらさんは?それでもプロですか?わたしの話、なにも聞かずに終わったよね?どいつもこいつも人のこと説教コンテンツだと思ってんじゃねえ」と書いてあり、当時もめちゃくちゃ怒っていた。面談の翌週(12月の頭)、突然部長と人事に呼び出され「明日から休職してください。産業医により休職必要だと判断されました」と言われた。ほんとうに何の前触れもなく、突然言われたものからわたしは笑ってしまった。え、自宅でできる仕事はどうなったの。「ほんとに?明日から?じゃあ明日のお昼映画観に行ってもいいってことですか?」あまりに信じられなくて、ほとんど相手馬鹿にするような口調で言うと、神妙な顔で「そういったことで気分転換をしてもいいかもしれませんね」と言われた。よくわからないまま、とても雑な仕事の引継ぎが一時間で行われ、わたし休職することになった。

わたし休職を言い渡された瞬間にTwitterで「うつから休職しろって会社に言われた」と呟いた。いいねが何件かつき、じゃあ暇でしょ今週ご飯いこうよという誘いが何件かきた。友だちには恵まれているなと思った。はじめの一週間は毎日のように友だちと会って遊び歩いた。これのどこがうつなんだろう。毎日楽しく遊んで暮らしていることが会社に伝われば、会社もすぐにわたしを復帰させてくれるかなと思って、とにかく遊んで遊びまくった。三週間でお金と体力がつき、その後はしばらく引きこもって一日中寝ていた。

休職は一か月で終わるだろうと思っていた。しかし、会社から音沙汰がない。こちらから基本的に連絡を取ってはいけないと言い渡されていたので、やきもきしながら会社からの連絡を待った。連絡がきたのは、年明けのことだった。再度、産業医との面談のために出社してほしいとのことだった。出社日までにかかりつけの精神科医から診断書をもらって、いつまで休職必要かを会社に提出するように、とも言われた。わたしは早速そのことをお医者さんに話し「こちらとしてはいつでも復帰できるのですが」と告げた。お医者さんはなぜか「でもあなたはまだ疲れているでしょう」と必要以上にわたしをいたわり、休職期間を3月末日までとした診断書を出した。そうして、わたし3月末日まで復帰できないことになった。元気なのになぜだろう。

1月の半ばに産業医との面談を行った。この日の日記を読み返すと「なんで時間取ったのってくらいふわふわした会話しかなされなかった」としか書いていなかった。近況報告くらいで大した話はしなかったのだろう。面談後、診断書を提出するために人事と会った。このときわたしは、診断書休職期間は3月末日までと書かれているが、こういうものはこの日までに必ず治るというものではなく期間が前後する可能性はおおいにある、とお医者さんに言われたと伝えた。前後する、については、だから復帰を早めてもいいと思う、という思いを込めたつもりだった。働いていないので、そろそろお金がやばかった。人事は「そういうものだと理解しているか大丈夫ですよ」とだけ言って診断書を受け取った。

それきり、しばらくの間また会社から一切連絡が来なかった。さすがに日が空きすぎているだろうと思い、3月の頭に一度だけ人事に連絡をしてみた。復帰のスケジュールはどうなっているのか。休職直前に異動することも可能だと言われたが、今でもその話は有効なのか。その2点について尋ねてみたが、前者については「産業医確認してまた連絡する」、後者については「それは会社の都合だからあなた希望がどうであれ知らない」とどちらもにべもない答えだった。復帰して働きたいという意志を伝えたつもりだったのに、おまえの意志など関係ないのだと突き放されたようですごく惨めな気持ちになったし、休職が決まる前は「あなたの働きやすいようになるべく希望をかなえたいと思う」と言っていたはずなのに、休職が決まった途端、手のひらを返して厄介払いするような態度を取る相手に裏切られた、信用できない、という気持ちになった。わたしは、3ヶ月も社会から離れて孤独を感じていたのかもしれない。そんなときに、会社の人から冷たくあしらわれたことで、社会から本格的に拒絶されたような気もちになってしまったのかもしれない。こちらからはもう連絡しないと心に決めた。

3月の頭に「産業医確認してまた連絡する」と言った人事が次に連絡をしてきたのは、3月31日20時だった。彼はなぜかはじめからわたしに対して怒っているような、責めるような口調だった。

診断書には、3月31日までが休職期間と書いてあるんですが、どういうつもりですか?」

どういうつもりとは?わたしは彼の第一声に疑問符を浮かべることしかできなかった。正直、わたし1月に提出した診断書ことなどすっかり忘れてしまっていた。おまけに「期間が前後することは理解しているので大丈夫ですよ」と言われたことで、診断書問題はすべて解決したものだと思い込んでいたのだ。人事がいうには、診断書の形で正式に提出されていない期間に休まれては困るとのことだった。困るって誰が。何が。

診断書の期間より、休職がのびるなら、連絡してもらわないと」

「復帰に向けてのスケジュールについて相談させてくれって連絡しましたよね。そのあと連絡しなかったのはそちらです。おまけに、今日ちょうど病院に行ってきたから、その時診断書もらって会社に持っていくこともできたのに。こんな夜遅くに言われても困ります。そもそも、以前診断書を提出したとき休職期間は前後する可能性があるって言ったら「大丈夫」とおっしゃられたので、再度提出が必要だという認識がなかったのですが。認識違いをしていたわたしも悪いですが、リマインドするにしてもちょっとタイミングが遅すぎて対応しようがないです」

「そういう考え方もありますよね」

そういう考え方もある?わたしは怒りで頭が真っ白になった。3月31日が年度末だから、18時から会社パーティーを行うならわしであることくらい知っている。つまり、すでにお酒を飲んで酔っ払った状態になってようやく、本来なら1か月前にすべきだった連絡を今してきた彼が、自分不手際を認めず、わたしがすべて悪いのだと言っていることくらいわかる。

「困る、と言われても困ります4月3日に復帰するといっても会社の受け入れ態勢も整っていないでしょうし。4月から診断書記載がないから、わたし解雇ってことですか?」

「まあ、会社が決めることなのでわからないですけど」

「どうするんですか?次の病院の予約は2週間後なのですが」

「わかりません。確認します」

からないなら電話をしてくるなと言いたいところをこらえ、「では、確認お願いします」とだけかろうじて返し、電話を切った。あまり対応に怒りが収まらなかった。怒りは翌日まで持続し、我慢できず、部長へことの顛末を記したメールを送った。部長からの返信はなかった。…わたし病気なのだろうか?こんな風に、怒ったりして。

翌週、診断書会社が直接医師のもとへ受け取りにいくから何もしなくて大丈夫だという内容のメールが人事から送られてきた。そして、また2週間後に産業医面談をすることになった。産業医が首を縦に振らなければ、復帰はできない。初回の面談で、わたし相手に対して苦手意識を持っていたが、面接に臨むようなきもちで、いか休職期間もきちんと規律のとれた生活を送り、すぐにでも復帰できる状態にあるのかをアピールした。産業医は、「前に会ったときより、ずいぶん明るくなったわね」と言ってくれた。いける、と思った。けれど、ここでまさか診断書に足を引っ張られるとは。

人事が医師から直接受け取った診断書には「うつ症状」に加え「人格障害の疑い」と記載されていた。1月にもらった診断書には「うつ症状」としか書かれていなかったのに。かかりつけの医者から人格障害の疑いがありますね」と言われたことは一度もなかった。お医者さんとは会うたびに「最近どうですか」「元気です」という会話くらいしかしなかったし、惰性のように抗うつ剤を処方してもらうだけだった。不眠症状はすぐになくなったため、睡眠導入剤も処方してもらっていなかった。わたしはショックだった。人格障害があるの?お医者さんと普通に会話していたつもりだったのに、お医者さんは陰で「こいつは人格障害がある」と思っていたの?あとで調べてみて「人格障害」とは「人格に欠陥がある」という意味ではないことがわかったが、診断書のその文字を見たときは、お医者さんにも裏切られてしまったような気がした。

でも、疑いは疑いだ。確定したわけじゃない。…産業医は、物事を決めつけて話すタイプの人なのだった。

人格障害ってことは会社に復帰できないんじゃない?」

無職になったら困ります

「でも、人格障害のひとは一般的社会に受け入れてもらえないものからあなた自覚してない?人格障害の人って、周囲のひとが嫌な気持ちになっているのに気づけないのよ。だからあなた無意識でそういうことやっちゃってるかもしれないわよね。それって会社で働くって無理よね。どう?」

自覚ない?って言われても、周囲の空気自覚できない病気なのであれば、わたしがそれを察知することはどうやったって不可能なのでは…?」

産業医がいうには、人格障害の人は常識社会と異なっているから、周囲が「この人変だな」という空気を出してきても、その空気に気づけないのだそうだ。人格障害の疑いと言われるくらいだから、心当たりがあると思うんだけど、と言われたが、仮にわたし人格障害であれば、空気が変であることに気づけないはずだから自覚しているわけないし、人格障害でないのであれば、周りも「こいつ変」空気を出していないのだからその空気に気づくわけもない。つまり産業医が言っていることは矛盾していてめちゃくちゃなのだけど、彼女はどうしてもわたしの口からわたし人格障害かもしれない」と言わせたいようだった。(家に帰って調べてみたところ、産業医人格障害についての説明もめちゃくちゃだったことがわかったし、そもそも最近は「パーソナリティ障害」と呼ぶのだそうだ。そういうところの配慮のなさにもげんなりした。)だいたい、「あなた、周囲の空気読めてる自信ある?」と聞かれて、迷いなくイエス!と答えられるものだろうか。気を遣っていても失言してしまうことはあるし、つい調子にのって一方的に熱く自分の話をしてしまうことだってあるだろう。(そしてわたしはそういう失敗をいつまでも引きずる)ほとんど誘導尋問に近い形で人格障害であることを認めさせられ、「だからあなた会社勤めができない」と懇々と説かれた。

会社勤めは難しいって、どうしたらいいんですか」

人格障害でも活躍してる人、たくさんいるじゃない。書道家とか俳優とか」

「それはそういう才能があるからですよね?わたしには何もありません」

「でも、あなたも頑張って会社以外の場所を見つけないとだめなのよ。性同一性障害のことを考えてみるとわかりやすいんだけど、今は時代が変わったけど、あの人たちだって社会から一般的には受け入れてもらえないでしょう。だから当事者が頑張って、社会から認めてもらわなくちゃいけないの」

…この人、今の話には全く関係のない性同一性障害を引き合いに出して、パーソナリティ障害の人々と雑にひとまとめにして差別したことに無自覚なのだろうか。「あなたたち〇〇は、社会に認められていない劣った存在からわたしたちに認められるように努力する義務がある」という発言差別的であることに気づけないのだろうか?

 悔しいけれど、わたしは怒りが頂点に達すると、うまく言い返せなくなってしまう。このときも、「それは社会がまちがってるんじゃ……」と呟くことしかできなかった。「社会がまちがってるってことはないけど」と、「社会側」の産業医は言った。悔しい。こんな人たちになんて認められなくたっていいのに。まっとうに生きていきたいだけなのに。

「まあ、そんなわけで、精神疾患を抱えた状態のひとを会社が受け入れるポストがあるかどうかってことをあとは会社あなたで調整してください。がんばって」

そう言われて、面談は終わった。帰り道、とぼとぼと歩きながら、「疑いがあるというだけで人格障害であると決めつけられ(それは正式な診断ではない)、だPermalink | トラックバック(2) | 11:39

2017-04-19

専業主夫なめんな!

おい、男ども!

おまえら、いい加減にしろよ!

どいつもこいつも、

俺をバカにしやがって。

あのな、専業主夫ってのはな、

立派な仕事なんだよ。

炊事、洗濯掃除育児

これを毎日なすのが、

どんだけ大変かわかってんのか!?

無論、俺の周りのママさん達は、

全員わかってくれてるさ。

どうしようもねえのは、

男どもだ。

どいつもこいつも、

俺を見下しやがって。

ヒモだ、無職だと、

無責任に囃し立てやがる。

ここ数年、酒の席で、

何度もヒモ呼ばわりされた。

そのたびに、

俺はブチ切れて帰った。

その後、そいつらとは

縁を切った。

おかげで今、

俺には友人と呼べる男が

ほとんどいなくなったよ。

まともな男がほんとに少ねえよ、

この国は。

社会マッチョ志向

首まで浸かりやがって、

その自覚も無え!

挙げ句に、パワハラリストラで、

鬱病コース

頭悪いのか?

硬直して、視野が狭い連中ほど、

俺をヒモだなんだと言うのさ。

ほんとはまえら、

俺に嫉妬してんだろ?

バレてんだよ!

俺にはキレイな妻さんがいて、

外でしっかり稼いで、

家ではゆったりくつろいでくれてる。

娘は俺にしか見せない笑顔

たくさん見せてくれながら、

毎日すくすく育ってる。

その間、お前らは外で、

大したことねえ仕事抱えて、

上司にいびられ、

安定剤をかじってるのさ。

どっちが賢い生き方かな?

妻さんも、俺の生き方

RESPECTしてくれてる。

基本的に、うちの家庭は

俺と妻さんと娘で完結してんのさ。

幸せの円環ができてる。完全に。

から外野は黙りなさい。

ヒモとかなんとかほざきなさんな(笑)

まあ、来年、妻さんが会社

辞めるから、そしたら今度は

俺が外で働くけどね。

もちろんそうなっても、

俺はマッチョ志向に染まりゃしない。

多様性だよ、多様性

わかるかな、諸君に?

(43歳・専業主夫)

マスクマナーと社交不安

春、山にはいろんな人が来る。非日常を味わいたくて、現実逃避先として山にでも行ってみようと思う感覚はよくわかるし、それ自体全然悪いことじゃないんだけども。

現実が嫌になって、どこにも居場所が無くて、自分が嫌いになって、人と関わるのが嫌になって、山へ行く。ところが、それなりに身近な山というか、整った登山道があるところなら、意外に人と遭遇するし、山特有の対人距離の近さ、密度ってもんがある。

街中じゃすれ違う人となんて挨拶しないもんだけど、山道は違う。田舎に近い感覚とでも言おうか、とりあえず挨拶するのがマナーってことになってるわけで。

そんで、このまえ歩いてて感じたんだけども、マスクしてる人で挨拶をしない人がやたら多いことに気が付いた。最初花粉症で体調が悪い、つらいのかな?って思ってたんだけど、どうもそういうわけではないような。花粉症の人がわざわざ屋外の山に来て、体調が悪いって考えづらいし。体調が悪い、鼻水が止まらない、目が充血してる、声が出せないとしても、すれ違う時に目を合わせない、強引に無視する、会釈すらもしないって理由としては弱いでしょ。あー、人を避けてるんだ!って思ったらすごい納得できた。それが若い人、1020代の多感でデリケートそうな時期の人では全然なくて、それなりにお年を召してる方に特に多かったので驚いた。もちろん個人の感想で、サンプル数も少ないし、偏見は混じってる。あー、これがマスク依存症ってやつか、って思った。そういう人と対峙した時の、こっちの不安感、居心地の悪さ、後味の悪さがハンパなかったわ。

山は無職ニートオタクコミュ障でも誰でも受け入れてくれる場所だ。挨拶ってそういう場所で、お互いを認め合うっていう最低限のマナーでしょ。見知らぬ人と形式的挨拶すらできないってそれなりに重症だな、と心配になった。別に挨拶返してくれなかった、って怒ってるわけじゃないんだけど。

まー、そういう知らない場所で、知らない人と挨拶交わしてるだけでも和らぐ対人不安ってあると思うので、みんなが挨拶できるようになるといいねってことで。山じゃなくてもいいけど。

山は好きだけど、「山はいいぞ」と気軽に他人に勧めてまわらない人もいるんです。責任とれないからね。行きたい人が勝手に行ったらいいと思う。

希望は、戦争

無職で詰んでるし、流れ弾が飛んできて、不可抗力死ねいかなあ。

ピンチに陥ったとき、"Somebody help me!"と言うのが世界標準なら、

"Somebody kill me!"がジャパニーズスタンダードな感じ。

http://anond.hatelabo.jp/20170412085744

毎日両親のため息ばかり聞こえるのがつらい

私自身はため息を絶対につかない。意図的だろうと無意識だろうと聞こえた人の気分を下げるから


三十歳手前のフリーター無職になり実家に世話になって四ヶ月。

失業保険をもらいはじめたのが最近

この一ヶ月は特に鬱屈していて一日12時間以上寝ていた。

布団で目を覚ましても、起きていても何も良いことがないので夢の中に逃げた。

日が暮れて両親が仕事から帰ってくる頃に焦って起きた。

夕食の支度をしたり、家族TV映画を観たり。その後は朝まで小説を読んだりして、そういうとき笑ったり泣いたりはできる。

ひどいときは確実に鬱病だったのだとおもうけれど、病院に行って診断を受けたことはない。

今は四六時中無気力ってわけでもないし、常に週2くらいで何かしら友人と遊んだり社交的なことをするからさら病院へ行っても鬱病認定されるのかよくわからない。

ただ鬱にせよ鬱でないにせよ、認定を受けたところで社会的に良いことないだろうから病院に行ってもデメリットのほうが多そうだ。

思考がもたつく。すぐ昼夜逆転する。頭がすっきりしない。気付くと時間が吹っ飛んでいる。

三ヶ月間ずっと部屋掃除が進まない。

親は我慢している。が、たまに爆発する。

今まで何をやってきたんだお前のせいで家計がガタガタだ寝られなくなったおかしくなった甘えるな詐欺師etc.

もっとも、実際迷惑をかけつづけているので何も反論できない。

親は我慢している。ため息が聞こえる。

ため息の原因は私だ。

聞こえないふりをするしかない。

いま、私の現状を初めて文章化した。

部屋掃除の終わりがようやく見えてきたからだ。

掃除が終わったら就職活動を始めなきゃ。

最低なことに貯金自暴自棄パチンコで溶かしてしまった。

鬱は甘えとはよくいうが、私は鬱に甘えてるんだな。

http://anond.hatelabo.jp/20170419095316

無痛分娩存在は知ってるのに産院不足は知らないのがよく分からん

後者の方が数年前に散々報道されたから知ってる人多そうだけど)

育休復帰でない限り保育園入れないなんて子供いない人でも知ってる常識だと思うけど

出産時点で無職の癖に1歳で保育園入れて働く予定だったってのが世間知らず過ぎるし

幼稚園はそんなに役員嫌なら無い所選んで入れれば良かったのに

何も情報収集せず適当に近所だからとか言う理由で入れたんだろうか



実際は子供はいなくて、ただはてなでかき集めた(偏った)情報だけを使って作ったネタ

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