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はてなキーワード: アンチとは

2017-03-26

アニメけものフレンズ」が自分に教えてくれたこと。

 2017年、初春。

 その頃、私は「けものフレンズ」を知らなかった。


 どのアニメを見ても、正直なところ物足りない。

 もう自分大人になったのだろうか、それともアニメに向いていなかったのか。


 それでもアニメを見て、良し悪しの判断を繰り返していた。


 「この作品は何がウリだろう」

 「なるほど、この作品はあの人の影響が強いな」

 「こんな人に向けて作ったのかな」


 批評家の真似ごとを繰り返しては、ありもしない完全な作品比較する日々。

 多くの作品を見て、多くの物語に触れて、より多くを語る。


 熱弁を振るい、売り上げを比較し、何者かに勝利する。


 事の始まりを語るつもりは無いが、およそ幼少期から劣等感であろう。

 馬鹿にされるのは嫌である


 賢者愚者を叩く智慧の剣を持つのだ。

 叩くのは賢者権利である


 当然、今期のアニメも叩く視点ばかりか考えていた。


 やれ自転車バイクがどうとか、やれ作画がどうとか

 やれ萌えアニメだ云々。


 評価できるのは「四畳半神話大系」か「リトルウィッチアカデミア」くらい。


 見ても疲れる、見るのは馬鹿だ。

 頭がいい作品を見ればいい。アニメなんて馬鹿が見るのだ。


 正直にいうと、そう思っていた。

 自分アニメなんか、楽しんではいなかった。

 楽しんでなんか、いなかったのだ。



   云々。



 そんな矢先、私は「けものフレンズ」に出会った。

 ちょうど、3話が終わったばかりの頃である


 クセのある棒読み、間の抜けた世界観

 理路整然としない展開。


 物語冗長で、5分で飽きる。


 格好の的である


 ニコニコ動画を開き、コメントを打ち込み、

 徹底的に叩き、笑いものにする。


 私は賢者である

 愚者を叩く賢者である


 それが楽しかった。


 私は観客と一体となり、笑い、馬鹿にして、それを楽しむ。

 正直なところ「いじめである


 何時しか私は「けものフレンズ」に夢中になっていた。


 気付いた時に4話を録画して「これはヤバい」と思った。

 当然、時すでに遅しである


 けものフレンズ面白いのだ。

 自分の中にある懐かしい感触


 私は躊躇わず入園料を払って2話を見た。


 そこから先は即落ち2コマの如く評価が変わった。


 クセのある棒読みは元より好きだったし、サーバルちゃんの腰つきはエロかった。

 ジャガーさんはオジサンっぽくて好きだし、アルパカには祖母を重ねた。


 スナネコには心惹かれる魅力があった。

 画伯の演技は相変わらず奇怪で、楽しかった。


 誰がなんと言おうとも構わない。 

 けものフレンズ楽しい楽しいのだ。


 自分楽しいのなら、それで良いではないか

 熱弁を振るって、いい気になる必要など何処にも無い。


 ただアニメを見て、ドキドキして、ワクワクして、それでよいのだ。

 もちろん、それほど成熟した作品だというのも事実なのだが。


 気がつけばアンチ言葉も気にならなかった。


 叩かれれば「ひどーい!」で済むし、

「君は人の話を聞かないフレンズなんだね」と煽られれば「えっへん!」と返せばいい。


 同時に、私は他人の楽しみを許せるようになっていた。

 自分が「けものフレンズ」を楽しむように、人には人の楽しいものがあり、それぞれの楽しみ方がある。


 「けものフレンズ」に暗い世界観を求める人もいれば、

 おじさんとセックスさせる同人作家存在する。


 それでいいのだ。


 人気だからけものフレンズ」を書いても、それはその人の楽しみ方だし、

 リツイートアクセス数の為に「けものフレンズ」の批判記事を書いても、それはその人なりの楽しみ方ではないだろうか。


 もちろん、好き嫌いはある。

 ただ「それもまた、その人の個性なんじゃないかな」と、気楽に物事を考えるようになった


 ラノベも然り、なろうも然り。

 女性向けの漫画も然り、一般小説も然り。


 世の中にはいろんなものがあって、いろんな人がいろんな楽しみ方をしている。

 そこに文句を付ける必要も無いし、絶対的指標評価する必要も無い。


 自分楽しいのなら、一先ずは、それで良いのだ。


 最後に、この駄文を彼のフレンズ言葉で締めくくりたい。

「たーのしー!」

  ――コツメカワウソ――

フミコフミオ基本的毒物を内向きに放つから嫌われないんじゃないの。

ざけんなよてめえら、とかしょっちゅうやってたらもっとアンチが湧いてると思う。

ただあの文体増田に投下されたら何かイラッとはする。あの人のキャラあってのもんだ。

http://anond.hatelabo.jp/20170325234031

本人に悪気無くても頻繁にホッテントリ入るようになるとアンチは必ず発生する。

好みでないものが嫌でも視野に入ってくる苛立ちが本人にぶつけられるんよね。

かつてコンビニ店長もそんな感じだったし。

2017-03-25

アンチ批判する文章を書くのをやめてくれ

そんなアンチがいるということを知るだけでげんなりする

http://anond.hatelabo.jp/20170325092118

今回の件はアンチ安倍全然得してないどころか、

アンチ安倍の財布から安倍信者に金が流れてるから叩かれてるの。

http://anond.hatelabo.jp/20170325091821

安倍信者アンチ安倍も得することをやってくれるんなら、最高です

森友学園 追ってない者がはたから見てて

なんか野党とか左翼とか安倍アンチとかメディアが騒いでるだけに見えるんだけど気の所為

いか政治しろ

 

スキャンダルにしてもしょぼい

支持率もどうせ横ばいだろ

  

ただのメディアの飯の種か?

 

築地移転もしょぼいと思ったが、最近ニュースどんどんしょぼくなるな

良いことなのかもしれんが

共産党員なのに

またネトサポ認定されてしまった、苦笑いするしかない

何故かネット上では自民党支持者だと勘違いされてしま問題

共産党員であつまったときに盛り上がるあるある話で、皆経験しているらしい

ある種身内だからこそ苦言を呈したくなるのであって、どうでも良ければ何も言わないのにね

もちろん攻撃的な言葉遣いはしないから、、それがかえって慇懃無礼に見えるのかなぁ

来年から民生委員も引き受けるくらいの共産党員なのに反安倍の人からも叩かれる悲しさ

結局のところアンチ活動しかしない人達って暴れたいだけの人と変わらないのでしょうね

その後が大切だからこそ、そこを見据えて地道な活動を続けないといけないのに

2017-03-24

安倍アンチキチガイが早く血管ぶち切れて死にますように

ダンガンロンパV3amazonれびゅー がすごいことになってるけど、これはこれで興味をひかれるからアンチにとっては不本意だろうなあwww

大絶賛されてるもの安心して買えるっちゃ買えるけど、ことゲームについていえばぼろくそなやつが興味ひかれるwwww

アンチ記事擁護ブコメが大量に付いてて、メタブで「こいつらのコメントキモい」と叩いてる奴がいた

アンチ側の奴かと思ったけど他のブコメ見るに信者側の人間だった

どうやら元記事コメント欄を叩いてたらしい

なんかややこしい

2017-03-23

母を幸福にしてくれない宗教が嫌いだ。母を幸福にできない自分も嫌い

私は某宗教三世だが、某宗教死ぬほど嫌いだ。

親戚の手前、はっきりと口に出せずにいるが、信者との接触のたびに腹わたが煮えくり返り、その日、一日中気分が悪い。

うちは祖母が熱心な信者で、他宗教には排他的他者にも信教を強制しようとする、ネットで語られる新興宗教信者体現したような存在だった。独善的独裁的で他者反論を許さな祖母が私は大嫌いだった。

娘の母は二世で、家庭環境から価値観としての信仰はあるものの、他者布教はしない消極的な(熱烈信者からはよく思われないタイプの)信者だった。祖母とは真逆のやさしい人で、私は母が好きだった。

私自身は記憶もないうちに入信させられた三世で、新年に謎の会館で数珠で遊んでいたり、自宅で行われる謎のイベントに参加した記憶はあるものの、物心つくと次第にその慣習が疎ましくなっていた。

思春期を過ぎた頃には、内心では完全にアンチと化しており、会合の誘いはのらくらと断り続けたし、選挙活動もその場は適当に応じながら、絶対に票は投じなかった。

近所で信者挨拶されるたびに苦笑いと胃のムカムカが止まらず、挙句の果ては、当てつけのようにこれまた新興宗教の某証人の話に耳を傾ける始末だった。

この憎しみにも近い激しい感情がどこから来ているのか、ずっとわからなかった。

私は「母を幸せにしてくれない」から宗教が嫌いだった。

そして、私は「母を幸せにできない」自分も嫌いだった。

母は数十年、うつ病に苦しんできた。

うつで寝込んでいる母を、祖母信心が足りないとなじり、私に母のために信心するよう強制した。

祖母への反発が強かった私は、祖母の前では頷きながらも、絶対に祈らなかった。

私が祈らないから、母は治らないのかもしれない。

母のために祈れない私は冷たい人間なのかもしれない。

私が母を不幸にしているのかもしれない。

私は「母を幸せにしてくれない」宗教を憎むことにした。

「母を不幸にしている」自分を憎む代わりに。

私は「宗教」というフィルターを通して、「自分」を憎んでいた。

宗教を憎めば憎むほど苦しくなるのは当たり前だった。

自分罵声を浴びせ続けるようなものだったからだ。

私が某宗教を嫌いながら、表面上それを表に出せなかったのは、私の行動の責任が母にまで及ぶことを恐れていたからだ。

私が脱会することで母が信者内で悪く言われるかと思うと絶対脱会できなかった。

玄関先に挨拶に来た議員候補を追い返したかったができなかった。

宗教を捨てることは、母を捨てることだった。


幼い子供は親が怒っていたり悲しんでいたりすると、自分のせいだと思い込む性質がある。

両親が不機嫌だったり、落ち込んでいたりする家庭で育った子供自己肯定感が低くなるのはそのせいらしい。

親を幸せにできなかった挫折感は、「自分は人を不幸にしている」という呪いになる。

殆どの人は、その呪いに気づけないまま、一生、謎の生きづらさを抱え込む。


私は母の幸福を諦めることにした。

引っ越したら脱会届を書くつもりでいる。

結局、私は母を捨てたのかもしれない。

2017-03-22

アンチシリアス展開マンは脳を培養液に浸けたまま一生外の世界に出ないで欲しい

アンチシリアス展開マンは脳を培養液に浸けたまま一生外の世界に出ないで欲しい

2017-03-21

サーガonアイスで悲しい

佐賀観光の締めくくりに、ユーリ!!!コラボしている「キャラバン」(https://twitter.com/caravan1979/status/816643893584216065)というお店に行きましたが失敗したなと思いました。

当方学生です

文章おかしいかもしれませんが、気持ちが伝わればと思って書きました。

私自身は全話視聴済で、ユーリは好きです。

身内が公式イベントへ参加しに他県へ行ったりや円盤購入するなど積極的ファンです。

先日お店へ訪問ユーリオンアイスイベントで店内ユーリ一色だったのですが、店長のそれに対しての自分語りが長かったです。

自意識過剰というか何というか、私には合いませんでした。

結構賑わっており、口コミ(ミシュラン星1つ)もお値段もいいので期待しながら行きました。

しかし、待ち時間中にお客さんがたくさん待っているにもかかわらず、レジ会計をしながら若い女性客とユーリトーク

(料理中にお金を触っていいものなのでしょうか?)

(他にも店員さんが3人はいました)

【追記】しっかりと自分の目で確認した訳ではないので他に店員がいてお金自体には触ってないのかもしれません!考え直すと不確定な情報で悪く言ってはダメですね…すみません

【追記】他の方が教えてくれたのですが、その方の時は会計シェフが行い、握手TwitterFacebook友達申請を求められたそうです。

そこが残念です。

6000円×人数分のお肉+コラボメニューを1皿を注文。

予約時間から45分ほど待った後

(これに関しては予約時に、予約した時間より待たせるかもしれないということは聞いてあります

また、シェフTwitterで「飛び入り客も予約客のご厚意で割り入れてあげています」という内容のツイートが見られたのでこの件については確認不足でした。ここまでだとは思いませんでしたが)

にやっと食事なのですが、ユーリの客でないと分かると放っておかれます

(予約の際にユーリ好きかどうか聞かれたので、ユーリを知らない人もいると回答済みです)

「ノリが悪い客は〜」や「アンチは〜」「前にも興味ない連れ付きの客が来たし興味ないなら今度からユーリ好き一人で来て〜」などという内容の発言がこちらに向けて言っていたり、言っているようで不愉快でした。

掴みのトークで、前に来た客が途中で帰って自分テンションが下がった話をされてこっちがテンション下がります

「さっきね、もうすぐ出しちゃうってときに帰っちゃったお客さんがいたんですよ〜も〜そのせいでテンション下がってる…無理かも〜」

「立ち直れそうかも〜」

「さっきね〜(別客に変わったので同じ話)」

こんな感じで待ち時間に何回も聞いている(全員に言っていた)のでうんざりしました。

他にも私達の注文した分の肉(¥6000コース×4人分)を

「これで遊んじゃおうか〜笑」

などと若い女性客に言ってフランベ。気分最悪です。

本人に言うならまだしもなんで他の客のサービスに使われなければならないのか…?

この間私達へのトークは0です。完全に他の客へのサービスです。

フランベしているときに「動画を撮って〜」と言うんですが

「3、2、1!はいボタン押しちゃいましたか?w」

「押しちゃった人は仕事の出来ない奴ですw」

など暴言を吐かれます。(いじり?)あとで

ボタン押しちゃった人は結婚するのに向いてますね」(ごめんなさい。ここ暴言に気をとられたり繋がりが意味不明すぎて不確かです)、とフォローを入れられましたが…

ミシュランの人にもやったんですかね

凄すぎます

あと、この工程自分スマホポケット(?)から出して客に貸してあげるよって触らるんですけど、スマホって雑菌凄いって聞いたんですけどいいんですかね?


料理がやっと運ばれたら料理説明途中で若い女客とユーリの話を始めてどうすればいいのか分からず、待っているうちに冷めてしまいました。

美味しかったちゃあ美味しかったのですが、気分最悪で、6000円には見合わないです。

最後久保ミツロ●先生自分のやりとりや議員とのやりとりの自分語りを30分ぐらい(一日3回しかしない感動する貴重なお話らしいです)

で〆

その話がまじでクサすぎて顔死にました。

正直こんな対応をする店は初めてです。ミシュラン星1つって本当なの!?と思いました。

この人の自己満足のために決して安くはない金払ったんじゃあありません。

サーガonアイス提案者(?)らしいことの自慢話もしてましたが、提案者がこんなんじゃあ…

正直この人のせいでこの土地ユーリにあまりいい印象を持てなくなりそうです。

旅行計画一生懸命立てて頑張ってた姿を見ていた分本当に悲しいです。

追記:こう書きましたが、この土地で素敵な場所や物や人ももちろん居ましたし、楽しませていただきました。

あと、若い女性客への対応露骨です

気分がぐちゃぐちゃのまま書いてしまったのでお見苦しい点があると思います。ごめんなさい。

違法行為というわけでもないのでそこまで言う必要性があるか微妙ですが、悲しかったので…

長文失礼しました。

追記:いろいろコメントありがとうございます。見させていただいてます

文章に関してはすみません。正直Twitter愚痴の延長、気分が悪くて食事どころじゃなかったので味に関してのコメントしづらい、感じたことメインで書きたかったので食べログではなくこちらに書きました。食べログ検討します。

追記:食べログ投稿しましたが、全文ガイドラインにひっかかる発言になってしまうようなので無理でした。店へ悪影響及ぼすかつ個人的なことはダメということです。

オタクに疲れてきた話

 フィクション物語現実逃避にうってつけだった。自己肯定感が低い私は自分自身応援することができず、代わりにアイドル応援するようになった。中学生の頃の話だ。

 二次元に描き出される世界は魅力的だし、アイドルたちはきらきらとした輝きに満ちている。けれど、私が精神的に強い人間だったら、ここまでのめり込むことはなかっただろう。

 だからオタク精神的に弱い人がなるのだと思っていた。

 違った。

 ツイッターで今はまっているゲームについて調べるとき、推しのアイドルについて調べるとき、あまり情報の多さに目眩がする。見ていて気持ちがいいものばかり拾えるわけではない。というか、検索し終えたあとはどっと疲れていることのほうが多い。愚痴垢、アンチ、学級会、厄介報告、晒し……

 二次元アイドルがもたらしてくれる麻薬めいた幸福感。それと引き換えに削れていく精神(私の自衛が下手、と言われたら返す言葉もない)

 これなら友達スタバくそ高いフラペチーノをすすりながら他愛ない話をしていたほうがいい。瞬間的な幸福度は低いだろうけれど総合的な幸福度はこちらのほうが圧倒的に上だろう。

 ほんとうは、メンタルが強くなければオタクなんてやっていられないのだと思う。私はそろそろリタイアしそうです。

2017-03-19

ひるね姫観た?

昨今の劇場アニメブームも落ち着いたかと思ったところに、先月公開した『劇場版SAO オーディナルスケール』がこれまた日本らしいエンタメ快作だった。伊藤智彦監督は、スポーツ紙にどうでも良いゴシップ解説してるだけの人じゃなかったんだと安心した。アインクラッド編以降のハーレムっぽい展開が好きになれなくて、監督代表作は『世紀末オカルト学院』(水瀬いのり新人)のデビュー作)と所在なげに言わなくて済むようになった。

それに引き換え神山健治の新作は、予告編をみてると、ヒロインの魅力が伝わってこないし、何より癪に障るのが主題歌の「デイドリームビリーバー」。

タイマーズやザ・モンキーズ神聖視するわけじゃないが、自分にとっては3度のCMソングは呆れるほどの商業主義権化みたいな存在劇場セブンイレブンCMで清志朗の歌声聴くたびに、おにぎりが上手いとか、鮮度管理がどうとか真面目にナレーション付けてる時点で、音楽に対してまともに向き合っているとは思えない。正気の沙汰じゃない。死者に鞭打っていると思わないのだろうか。期待値は下がる一方だった。


本当は『モアナと伝説の海』の字幕版を観たかったけれど、時間が合わなくて、何故か『結城友奈は勇者である。-鷲尾須美の章』と『ひるね姫 ワタシが知らない物語』を連続でみた。

偶然だったけれど、どちらも瀬戸内アニメだった。尾道舞台アニメはあるし、『この世界の片隅に』『うどんの国の金色毛鞠英語タイトル Poco's Udon World)』とか流行ってんのか?


鷲尾須美は、相変わらず結界封絶+エヴァ戦闘作画は良いけど、20年経っても日常パート戦闘パート整合性を考えることを放棄したセカイでおめでたいなという感じです、はい終了。

唯一良かったのは花守ゆみり演じる三ノ輪銀が予想を裏切ってきた。以下は声オタの戯れ事なので飛ばして良い。

(昨日もテレ東10時の『リルリルフェアリル妖精のドア~』第1期最終話直前の第58話「アンチューサの花言葉」で1年演じてきたりっぷ(花咲ゆみり)の集大成の泣きの演技がやばかった。三ノ輪銀は、デレマス佐藤心(しゅがーはぁと)や他の深夜アニメとは違って、完全にボーイッシュというかマニッシュな声だった。最近ポニキャン以外の作品が増えて推すのやめたのかと思ったけど、声オタなら劇場版はチェックしておくべき。)


それで本編のひるね姫。これは完全に申し訳ありませんでした。


予告編ミスリードだった。アレは一般向けにメカを見せずに毒を抜いてたと確信した。

途中3D映像が粗いところはあったけれど、現代日本2020年)をテーマにして、現実世界物語世界リンクさせる点、日本の各地を進むロードムービーな点、神山作品の特徴でもあるメカを動かして活躍させた点、そして何より自動運転というテーマですよ。


現代日本IT総崩れの中、日本が誇る最後希望である自動車メーカー(あと投資会社ソフトバンクくらい)の致命的な弱点である、オートパイロット表現することによって、嫌というくらい課題を突きつけてくる。あくまストーリー世代間や親子での話を軸に、オーソドックスにちゃんと動かしながら、ここまでロジカルストーリー映像表現できたのは神山監督ならでは。

個人的に『君の名は。』『この世界の片隅に』のあの暴力的な(ブルートフォース動画枚数によって、ロジカルよりも情動を刺激する感覚は確かに、日本的アニメ真骨頂ではあるけれど、そんなセンスオブワンダーにあまり頼ってほしくない。

そして主題歌デイドリームビリーバー」がちゃんと原曲と同じ意味作品に使われていて泣いた。

ヒロインの飾らない性格も本編見ると見方が変わる。


本当誰だよ。『ポッピンQ』並みだとか言ったやつ。

あれは最初予告編の想定から何一つ突き破らなかったよ。

(追記)

原画磯光雄かいたけど、確かに作画リソース勝負している感じじゃなかった。

あくま神山監督の画づくりというか、過去作品との演出比較で見る方が楽しい

2017-03-18

国鉄民営化30周年

国鉄民営化30周年は公共交通31回忌という人が多いと思う。

そういう人はデモ行進集会を開くのではなく、そういう人なりの生活をしてほしい。



皆の愛している日本鉄道趣味近いうちに戦争化なんかで非合法化される。

鉄道自体日本が滅ぶなり人口爆発日本人が少数派になれば消えてなくなるかもしれない。

ましてや科学進歩鉄道自体滅ぶかもしれない。

国鉄民営化の元となっている新自由主義のもの死ぬかもしれない。



国鉄民営化に反対する人、鉄道アンチの人はそれなりの生き方をしてほしいと思う。

2017-03-17

(他のコンテンツと比べて)海外受けしてない

 ↓

外人に少しでも反応があるから海外受けしていないというのはおかし



信者アンチの溝やね

アイマス 界隈の気違い

http://tarte.2ch.sc/test/read.cgi/idolmaster/1489592868/

488 :名無しですよ、名無し!:2017/03/16(木) 12:22:42.95 .net

もう静岡知らんやつのほうが多そうだな

一言で言えば昔からいる9.18で拗らせた系の公式アンチ

急にコピペ貼り出す変な人だ。アイマススレならどこにでもいる

アイマススレじゃなくてもたまにいる

574 :名無しですよ、名無し!:2017/03/16(木) 13:13:05.79 .net

>>488

ニコ動アイマス2タグつけまくってた暇人

んで渋でも同じ事やったらあっちはタグつけた垢が投稿者に告知されるので特定されたというねwww

576 :名無しですよ、名無し!:2017/03/16(木) 13:15:15.72 .net

>>574

そのID晒せ

579 :名無しですよ、名無し!:2017/03/16(木) 13:25:42.48 .net

>>576

id=330425

懺悔しま

数年前、漫画岡本倫さんに嫉妬して彼のアンチ活動をしていました。

岡本さんの才能に嫉妬したわけではなく、むしろ彼は「絵が下手だけど話が面白い」という絶妙立ち位置だったからこそ

マニア受けする漫画家としての地位を築いている彼に嫉妬したのだと思う。

さすがに、アンチ活動の虚しさに気づいて、岡本さんへのバッシングをやめていたのだけど

当時、私が声優中田譲治さんの名前を借りて、岡本さんの作品を叩いていた書き込みのせいで

中田さんと岡本さんの両氏が喧嘩になってしまったときいて、罪悪感で申し訳なくなっている。

2017-03-16

2次元3次元と2.5次元

2.5次元に対する拒否反応すごい人が、声優さんが顔出して歌うライブとかはありなのがよく分からない。

これは完全に個人感覚から単純に私は分からないと思ってるだけで、それが全然アリな人の方が圧倒的多数なのは分かってる。

からこれをヲタ繋がりの人がいっぱいいるツイッターとかは絶対言えないんだけど。




アニメ漫画ゲームキャラクターの、その見た目からその声が出てるって認識してるんだ私は。

から、その見た目と全然似てない人からその声が出てるのを、キャラとしては見られない。

なんか、声が似てる人のカラオケみたいな気持ち

生歌は聴きたいけど、でもそれはキャラの生歌ではなく、キャラの声をやっている○○さんの生歌であって、キャラの生歌ではないよね。

普通にもちろんそのキャラの声をやっている人の歌としての価値は分かるし、それを聞きに行きたくなる気持ちはとても分かるけど、声優さんキャラって感じになるのはなんかよく分からない。

声に対してキャーってなる気持ちはすごく分かるんだけど、ビジュアルを見て混乱する。そのキャラではないから。

いわゆる2.5次元作品で見目麗しい俳優さんとかがメイクとかを駆使してそのキャラビジュアルを寄せた上で演じてくれてるものに対してキャーキャーいうのは、ちょっと分かる。演じているという前提ありきなので。声は似てないけどコマにない部分まで動きを見せてくれる漫画みたいなもんだし。

ただ、キャラ俳優って見るのは無理だし全く意味からない。

何をいいたいのかというと、

声優さん場合、声がキャラと一致してて見た目は一致してない

俳優さんの場合、見た目がキャラと一致してて声は一致してない

って感じだから、同じようなものなのに、片方はこき下ろして、片方は絶賛する意味いまいちからないな、ってことなんだけど。

私は両方いまいちしっくりこないから、なんかこう、ライブとか2.5次元とかに乗り切れない。

声も見た目も一致してる人もごく稀にいるけどね、声優さんでも俳優さんでも。でもまぁその人だけがライブとか舞台とかやるわけではないし。

普通にアニメとか漫画とかゲームとかCDとかだけ楽しむことに満たされてるから特に文句はないんだけど、とにかく回りに声優さんライブは行くのにアンチ2.5次元の人が多くて謎だったから吐き出したかった。

2017-03-14

http://anond.hatelabo.jp/20170313232706

村田マリさんという方には執念深いアンチがいる。

いたるところに悪評をばらまく、匿名人間(おそらく男性)がいる。

嫉妬私怨か分からないが恐ろしい。

2017-03-13

はてなアンチフェミ主張してるやつのレベルの低さは異常

アンチフェミ気取るなら、まず自分フェミをどう理解してるのか説明してみろというと

たいていろくなことを言わない。

ところが、フェミがなんかいうとそれについての文句ばかりは一生懸命言う。

ああ、だからアンチ」なんだな。

叩くべきフェミがいないと何も言えない。

自分自身は何一つ理解して無くても適当なことを言える。

アンチって楽な立場だなプゲラ

2017-03-11

さよならAC

2011年3月11日、未曾有の大災害東日本を襲った。影響は各方面に及んだ。福島原発は爆発し、首都圏を含む広域な交通網は打撃を受けた。多くの人が亡くなり、多くの人が家をなくした。

この震災を受けて、企業各社はCM放送自粛した。震災時のCM放送が法によって規制されている訳ではなかったが、CM放映による非難企業自主的に避けようとしたのである。代わりに、テレビ局人畜無害ACCMを流した。 繰り返されるCMにより、ACは一躍その名を高めていった。

震災から一週間が経った。震災による犠牲者は一万人に迫ろうとしていた。テレビでは未だACCMばかりが流されていた。企業としてはそろそろ通常のCM放送したい気持ちだったが、もし自分会社けがそうすることによって「不謹慎だ!」と言われてしまってはたまったものではない。ネットではとあるACパロディ動画があげられていた。それは冷静に見れば面白くもなんともないものだったが、きっと他に見るものもなかったのだろう、驚くべき再生回数を記録した。その人気にあやかろうとしたのだろう、次々とACCM関連の動画アップロードされた。大の大人が「ポポポポーン」と叫ぶという、滑稽とも見苦しいとも取れる動画群であったが、人々はそれを不謹慎とは受け取らなかった。

二週間が経った。各国から支援が続々と寄せられていた。人々は(被災していなかった地域を含む人々は)それを見て「A国は素晴らしい」だの「K国はやっぱりクソ」だの言っていた。その頃、国会ではある法案が審議にかけられていた。アンチコマーシャルメッセージ法案通称AC法案である。この法律では、震災復興を達成したという判断政府が下すまで、企業テレビCM放送禁止規定していた。何故こんな法律が審議されることになったのかはよく分らない。しかイメージダウンを恐れて企業法案に反対できなかったし、当然のことながら猛反対の立場をとるテレビ局各社は盛んにこの法律弊害を訴えたが、震災報道ヘリコプターを使って被災者迷惑をかけたり、衝撃的な映像をまくし立てるように放送し続けたりしたテレビ局視聴者は既に愛想を尽かしていた。結局AC法案は難なく両院を通過し、テレビで映るCMACのものだけになった。

一ヶ月が経った。とある実業家による億単位義援金や、さるスポーツ選手によるツアーの賞金全額寄付宣言世間では話題になっていた。テレビ局スポンサーに働きかけるのに必死だった。自社のCM放送されないのに企業お金を出すなんてことはおかし論理だったが、それを認めたらテレビ局は立ち行かなくなってしまう。結局、「番組内で可能な限りスポンサー商品を紹介する」ということに決まった。出演者スポンサー企業ロゴ付きの服を着ることが常識になったし、番組の中でそれまでの流れとは関係なく唐突商品の紹介が始まることになった。それでもスポンサーから今まで通りの料金を徴収することは叶わず、経費削減の為にギャラの高い大物芸能人は締め出され、金のかからない素人芸人の起用が急速に高まっていった。ネットではAC関連動画の盛り上がりが、最高潮に達していた。

三ヶ月が経った。全く前例のなかった計画停電が行われ、都心優遇ぶりに一部の人々は憤慨していた。結局テレビは何とか放送を続けられていたものの、以前との差は歴然としていた。番組の内容もそうだが、間々に挟まれCMが全てACの為、テレビ自体一種カルト宗教的色彩を帯びていたのであるAC側もCMバリエーションを増やしはしたが、それも焼け石に水と言える程度のものだった。もはや国民ACの名を知らぬものなどいないという有様だったが、多くの国民は良い感情を持っていなかった。余りにもCMが繰り返された為、段々ネットACパロディにする人も減ってきた。

半年が経った。さる地方テレビ局が、番組内で東北地方のお米をセシウム米と表示したことが大変な物議を醸した。ただてさえスポンサーからの金が期待できなくなっているのに、その上この不祥事ではもはやなす術がなかった。結果、番組のみならずテレビ局までもが潰れた。テレビ局が潰れるなんてことは前代未聞だった。この事件の後極度にテレビ局各社は不祥事を恐れるようになり、人々の反感を買いそうな発言ますます避けるようになった。ネットでは、(直接的な関わりはなかったものの)ついにACは局を殺したと言われた。

一年が経った。大震災の模様が改めて各メディアに取り上げられた。問題は未だ山積みであったし、それとごろか原発を中心とした被害は更に拡大していったが、人々はというと大震災のものより、原発は推進すべきだとか廃止すべきだとか、与党を変えるべきだとか変えないべきだとか、そういった話題に興味を持っているらしかった。AC以外のCMが消え失せてしまったことも、もはや当たり前のこととして受け止められつつあり、誰かが思い出したようにACネタにした動画を作るだけだった。

二年が経った。被災者を除くと、人々は既に震災に関する興味を失っていた。時代は変わった。震災後急速に衰えていったテレビに代わってインターネットが主要なメディアと見なされるようになった。人々はテレビを見なくなり、テレビACCMしかやらないことなんてもう誰も気にしていなかった。企業は力を失ったテレビに代わってインターネット上での広告に力を入れるようになった。ユーザーの好みにピンポイントで合わせた商品宣伝から、見るだけでお金が貰える斬新な広告までもが生まれた。それはかつてのテレビCM以上に多彩で、ユニークで、興味深いものだった。テレビなんてものパソコンが使えない情弱だけ見てればいい。そんな声が強くなっていった。

 五年が経った。この年大震災テーマにした映画が公開された。それは大変な好評を博し、歴史に残る名作とまでも言われた。しかし、人々は未だ故郷に戻れぬ仮設住宅暮らしを強いられている被災者がいることを知らなかったし、被災地寄付することなんて思いもよらなかった。震災は感動という名のビジネスの道具となっていた。同じ年、政府によりAC法案の解除が発表された。瀕死テレビ業界はこの宣告に狂喜したが、すぐに期待は裏切られた。なぜなら、AC法はこれより四年後、2020年東京オリンピックの開催と共に解除だということが知らされたからだ。明らかに、国が立ち直ったことを国内外アピールするための政府戦略だった。このころになると、テレビは見てはいけないものとさえ思われるようになり、まだあどけない子どもたちが何かの拍子にテレビを見て、「ポポポポーン」なんて言った日には親から叱られる始末だった。

 震災から九年が経った。遂にテレビCMが復活する時が来たのである。既にテレビは最盛期を思えば哀れになる程衰退しており、CMを復活させたところでかつての威光を取り戻すことが不可能なことは誰の目にも明らかだった。各局はなんとかスポンサーを見つけようとしたが、もはやあえてテレビで自社のCM放送しようと考える企業はいなかった。「もうこの業界は終わりだ」最後希望を打ち砕かれた業界関係者たちは嘆いた。

 そしてその日がやってきた。オリンピックの開催とともに、首相によって震災から復興が全世界に高らかに宣言された。AC法も解除された。人々は56年ぶりの首都でのオリンピック熱狂した。散々興味がないと言っていた人までも試合の経過を見守ったり、見たことのない程人で溢れかえる東京に驚いていたりした。オリンピックは、成功裏に終わった。

 その一方で避難者は七万を下らなかった。福島出身の子供に対する苛めも収まらなかった。東北地方の食に対する信頼も回復しなかった。原発放置されたままだった。しかし、そんなことに心を痛める人はもういなかった。人々は震災被害なんてものは遥か昔に回復したものだと思っていたのだ。

 それから人々が震災のことを忘れるのに時間はかからなかった。いや、震災のことだけじゃない。この九年間で人々はテレビを忘れた。テレビだけじゃない。テレビで嫌というほど繰り返されていたACのCM―かつてはネタにして面白がった、それから先は忌み嫌うものとして見なしたCM。特異な状況であれほど繰り返し放映され、国民全員がこの先忘れることはないだろうとさえ思ったCM。そのCMのことすらも、震災に関する全ての記憶とともに、忘れていたのだ。

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