「違和感」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 違和感とは

2016-09-27

http://anond.hatelabo.jp/20160927090257

違和感を感じる という言い方がどうしても気になる

うなぎ擬人化動画違和感を感じなかった人たち

それってその人たちの根底に「エロ」の概念希薄だったからだと思うのです。

AVとかあまり見たことない人たちなんじゃないかな。

見てたらあれがエロいとかヤバいって感じると思うんだよ。

あと、エロ以外の観点で、人間養殖されている=監禁とか、そういうイメージに繋がらないとしたら、それもおかしな話だと思う。想像力の欠如だよね。

というか普通におかしいとか思う感覚がないのかな?

それともちょっとズレてるのかな?

恋する寄生虫ver9

http://anond.hatelabo.jp/20160927040319

現在:P304-

9つの物語



比翼は傷付き飛べなくなるか

高坂からエロスにより卵を大量に植え付けられ、苦悩がなくなったりしないかなあ」と思ったり

相変わらず自分ゲスであるが、自らのダブルスタンダードを許すのは仕方がない

これも自分






さて、読了、読み終わり、読み終わった

なんともきれいに終わってしまい、感想はあまりない

自分自我違和感のある結論、結末ではなかったからだ

死一宇なら、生きていれば、否、生きるしかない、生きる理由は生きる以外にはない、つまりであるという結論を持つが故に

自分にとって、この後がいくら死だったとしても、生き汚く生に延びて欲しい、延びるべきであると思ってしまうのはどうなのだろうか

主観幸福を優先するといいつつ、死を根拠なく否定するダブスタっぷりに、呆れるばかりである

まあ、なんでもいいか




意図したわけではないが、章数と同じだけこちらもエントリを書いた

これから2chとげんふうけいのtwitterでも覗いてみようかと思ったが

わたしはもう、ねむい



人を選ぶ作品であった

正に、悲哀と苦悩を持たない、それも同じ質でない場合には触れ得ぬ作品であった

げんふうけいは、同じ時期に同じ体験をしたものを惹きつける何かを持っていると思う

そうした構造村上春樹である

しかし、あの当時のvip、そのネット文化、というよりその背景にあるなにかしらの共有物を持っているあの当時の人間として

そして、リアルタイムで進行するこの世代として、この経過がどうなるのか、一緒に流れていきたい

もう ねゆ はしってねゆ(ときかけ)

 小説はもと/\毒のあるものです。苦悩と悲哀を母胎にしてゐるのだからね。苦悩も悲哀もない人間は、小説を読むと、毒蛇に噛まれるばかり。読む必要はないし、読んでもムダだ。

 小説劇薬ですよ。魂の病人のサイミン薬です。病気を根治する由もないが、一時的に、なぐざめてくれるオモチャです。健康な豚がのむと、毒薬になる。

 私の小説を猥セツ文学と思ふ人は、二度と読んではいけない。あなたの魂自身が、魂自体ふるさとを探すやうになる日まで。

 私の小説は、本来オモチャに過ぎないが、君たちのオモチャではないよ。あつちへ行つてくれ。私は、もう、ねむい。

2016-09-26

http://anond.hatelabo.jp/touch/20160926084549

戦国時代とか戦乱の世を舞台にしてるのに、主人公平和主義だったり不殺だったりするのに違和感があったので、ドリフターズの「首おいてけ」のノリはすごく好き

失注

大型案件を失注した。敗軍の将、兵を語らずだ。

責任は、提案を牽引してきた自分にある。それはいい。

ただし、兵は語らずとも自己総括は必要

やれることはすべてやった。やり尽くした。顧客価値を常に主眼に据え、価値提案しつづけてきた。

もちろん価格重要な要素だからして、単に値引きではない戦略的価格提示した。

しかし、顧客は「単に」最も安価企業選択した。ここに今回の違和感失望がある。

ガムを買うのではない。これほどまでに大規模な事業に対して、単に価格で選定してしまうような、

そんなマインドのまま調達に臨ませてしまった自分提案力のなさに失望した。価値提案では誰にも

負けない自信があったのに。

確かに今回の調達一筋縄ではなかった。規模も特性も著しく異なる40近いステークホルダー

対してどのように合意形成していけば良いのか、最大公約数(落とし所)はどこなのか、暗中模索

提案だった。困難という言葉は使いたくないが、決して容易ではなかった。最も合理的で納得しやす

キーワードが「価格」であったことは否めない。しかし、そこに身を委ねることは単なる「逃げ」に

過ぎない。だからこそ、真正から向き合い、価値を中心に真摯提案を重ねてきたつもりだった。

いったいこの提案のために、どれほどの人が関わったのだろう。どれほどの人が期待したのだろう。

俺はその人たちの期待に応えられなかった。デジタルと同じだ。「1」か「0」。結果が出なければ「0」なのだ

彼らに伝えるべき言葉がまったく見つからずに萎縮している自分がいる。失敗は恥ずかしいことではないと常々

言っている自分申し訳なさにいっぱいになって萎縮している。萎縮ではなく、単に自分能力の低さを看破

されるのが恐いのかもしれない。というか、そうなんだと思う。弱い。

万策尽くしたから悔いはない、得るものがあった、なんていう美辞麗句は、俺のポジションには不要

かといって猛省でもない。公共という市場に対してずっと感じていた違和感が露呈した案件だった。

今回の件で、公共市場全般に対する失望感を強く感じた俺は単に逃げているだけなんだろうか。分からない。

とにかく救いが喉から手が出るほど欲しくて「孫子」を読んだ。しかし、そこには自己肯定しかなかった。

ならば、考えることは他にある。

最後に。誠に自分勝手なことを言わせてもらえば、今回の失注は最高だ。

この失敗によって、更に俺は強くなるし、俺の根は深くなる。

聲の形原作を読み終えての違和感

主人公がやった、

「しらんこや転校してきたこをいじめる」といういじめはもちろん絶許なのだ

主人公の元友人男女がやった、

「元友達なのを裏切っていじめる」といういじめは更に罪重くない?




であるのに

前者の罪ばっかり執拗に問われ続けて後者が全くスルーなまま進み終わるので

原作読み終えて「???」ってなった

あんまり原作読んでる人いないしこんな話しにくいからなー

togetterのまとめとか見てもここに疑問もってる人いないみたいで

自分感覚おかしいのかな?




前者はいじめ対象障碍者の女のこで、後者はいじめ対象が健常の男のこだからの違い?

よくわからない…

他人が決めた基準で消耗する人たち

他人が決めた基準絶対的なモノとして崇拝し忠実に実行しようとする人種がいる。

そんな人種に限って消耗ネタを書いて話題になるが、正直バカだなとは思う。

他人勝手に決めた基準生活をしていて違和感を感じないのだろうか?

「『普通の女』をやる月々のお値段が6万円」

これは話題の某女史の提言として一部の層に賛同する人がいるらしいが俺からすると、普通の女になるために月々6万かけてもブスはブスだし美人美人である事に変わりはない。

金をかけて外見を良くした方が印象としてはポイント高いって話も美人に限るし、そんな「男の好み」に付き合う必要はないと思う。

印象を良くした分、他のハードルまで上がって結果的に自滅する確率が高い上に「月々6万の普通の女」を演じて男性と付き合えても不幸な結果になる。

女は自由に生きるべきとか女性差別反対とか言ってそうな人が自ら女性を蔑むような提言ばかりして支持を得ている事に疑問を感じるが

ネットで話題になるフェミニストはそういう人種なんだと勝手に納得することにしている。

これは俺の観測範囲内の話ではあるが、化粧をしたことがない公務員キャリアウーマン主婦が身近にいるので「『普通の女』をやる月々のお値段が6万円」という提言は何言ってんだコイツと言う感想しかない

とは言え妙に「『普通の女』をやる月々のお値段が6万円」と言う提言に消耗してる人や共感している人が多いのでここに書き残しておく。

朝ドラ史観気持ち悪さ

最近流行りという、異世界召喚されて現代の○○を駆使して云々、という作品についていけない。

そう思うのは、異世界にもその世界なりの歴史があり、そして流れがあるのであって、

それをさも現代主人公活躍するための踏み台のように描くのは、なんか歪んでるなーと感じるからだ。

まあ、あのジャンルも過当競争と淘汰が進んで、今はお約束に当てはまらない作品も増えているのだろうが。



似たような例が、歴史もの朝ドラだ。

朝ドラ史観では、主人公である女のやることはおおむね正しく、そして先進的というのがお約束になっている。

さらに、主人公が直面する問題は、たいてい現代日本にもある何かと相場が決まっている。

たまに見ると、あ、これは流行りの××のことが言いたいんだな、というのが鼻につく作りになっていて、

正直気持ち悪いと感じる。



まあ、ドラマしょうがない。あくまフィクションだ。

当時の風潮をそのまま描いたら、場合によっては炎上しそうである

しかし、何か主張したいことがあるのなら、歴史の手を借りるべきではない。

それでリアリティを補強しようとするのは卑怯だと思う。

これはフィクションです、異世界ファンタジーですから、と断りを入れる謙虚さが必要ではないか



昔、『少年H』を読んだ時に感じた違和感の正体も、今から思えばそれだった。

あの作品では、戦時中の奇妙な空気に対し、作中の少年たちが冷静すぎるほど冷静にツッコミを入れていた。

そこだけはっきり、時代感覚がずれていたのだ。

フィクション自伝曖昧な(そしてたぶん意図的にそうしている)作品で、ああいうのをやるのは反則だと思う。

男女の友情あったんだが

「男女に友情はあり得ない。なぜなら男は女を恋愛対象としてしか見ないから」と言われると凄い違和感がある。

自分は男で、かつてとても仲の良い女友達がいた。その子とはもう疎遠になって、

彼女結婚して出産したみたいな話を地元の知人から又聞きする程度の関係にはなってしまったが、

中学時代、同じ趣味友だちだった二人の関係はどう考えても「友情」としか言いようがなかった。



確かに多感な時期だけに、自分たち二人よりも周囲がその関係恋愛だと勘違いして

囃し立てられたり、あるいは何の権限があるのかクラスで目立つタイプ女子

関係を問い詰めてくるという面倒事に巻き込まれることはあった。

(後で知ったが、その問い詰めてきた女子自分のことが気になっていたらしい)



その仲の良い女友達とは、同じに将来の夢を語りあったり、悩みを打ち明け合ったりしていたし、

同性の友人のように固い絆で結ばれていた、と自分は信じている。

ただ、高校の進学先が違ったことと、自分東京大学に進学したことから

必然的関係は(まだFacebookができる前だから)疎遠になっていったけれど、

それでも少なくとも年に1,2度は会って話をする機会があったし、

お互いの恋愛事情について語り合ったりすることもあった。



彼女に初めて彼氏ができた、と報告されるとき自分のことのように嬉しかったし、

その彼との関係破綻しかけたときは心の支えになったり、求められたらアドバイスをしたりしていた。

周囲からは「悔しくないの?」と煽られたりしたこともあったけど、

当時は心の底から「いや全然」と思っていた。それは今でも変わらない。



ただ、彼女自分に対して恋愛感情がなかったのか、と問われれば、

自分には分からないとしか答えようがないが、恐らく全くなかっただろう。

実際、二人の関係恋愛のような局面になる瞬間も一度としてなかったし、

まるで自分の同性の親友に対する感情のように、

存在のものをただ受け入れ合うような温かみのある関係だったと思う。

君の名はってFLASH動画以後の映画だなって思った

ものBGM違和感がない

エモーショナル感情さぶりに躊躇がない

ノリや感情みたいなのをむき出しで刺激する

それがFLASH動画

ネタ見せ番組みたいにすぐに反応できるものが好まれ




ラサイトとか、https://www.youtube.com/watch?v=oLFMdMYWUxM

トゥートゥートゥマシェリとか、https://www.youtube.com/watch?v=MCBS8-kh3e0

マイヤヒーとか、https://www.youtube.com/watch?v=GeeUSDW3tcA

しぃのうたとか、https://www.youtube.com/watch?v=VurT6jZnZks



でそのなかで、2ちゃんねらーのなかでも

かなり中高生若者にうけてたのがこれ


https://www.youtube.com/watch?v=GKqGN3EQUIs



そうBUMP OF CHICKEN

エモくて俺は苦手だったんだけど

とにかく当時のニヒリズム2ちゃんねらーでもバンプは人気だったのを覚えてる

おまえらこういうの好きなのかよってね



これ以降、ネット動画サイト時代になったりして、ニコニコ動画的なものが生み出されていくから

最初FLASHのこと忘れてて、君の名はってのはニコニコ動画的なものだなって思ってたんだけど

新海さんの年齢から考えて、おそらくFLASH動画のエモくて歌ものBGMでの演出に影響されていったんじゃないかなって思う

RADWIMPS指名したのは新海さんだっていうんだけど、歌い方がみょうにBUMPっぽくなってて驚いた。

あのせだいに訴えかけるなにかがあるんじゃないだろうか

2016-09-25

異性で顔が一緒のアニメが嫌い。

萌えてる最近アニメが好きではないと思ってたけど違った。

主人公ヒロインそしてモブ髪型変えて違和感ないアニメが嫌いなんだ。

30年アニメ見てきてやっと自分の好みがわかった。

伏字が嫌い、問題であるという指摘についての資料

伏字が嫌い、問題であるという指摘について。引用部分は【伏字文化史】という本から引いたものです。

現在マンガなどで行われている伏字は、人名商標などに対してお遊び的に行われている1文字伏字だと思いますが、日本の歴史上、伏字検閲逃れとして、元の語が分からなくなるように行われていました。


新聞紙上に伏字が登場した頃、読者からの次のような投書が掲載されました。

此頃諸新聞文字の代りに何だか○○○点がよく書て有ツて分りませんから或る学校教師に尋ねましたらあれハ算術で○(本では「れい」のルビあり:匿名ダイアリー執筆者注)の処へ遣ふ符微だから大かた算法律から代用したので有らうと申されましたが如何でございます新聞屋さん 麻布市兵衛町 長屋太郎

読売新聞 明治八年十二月十四日第二面

検閲発禁処分(言論弾圧)を受けないために使用された伏字ですが、投稿者教師伏字意味が分かっていなかったようです。

明治十年には伏字に対しては下記のように違和感を表明し、使用を止めるように新聞社へ促す投書が見られます

どうも了簡が少し卑屈で「うづく○(本では「まる」のルビあり:匿名ダイアリー執筆者注)」様に見えるから此丸々の新聞は止て貰ひたいと貴社へせ○(本では「まる」のルビあり:匿名ダイアリー執筆者注)もの

このように、卑屈で蹲るような文体は止めて下さいと、新聞社に対して駄洒落つきで求めています


文章に対して伏字をどのように行うかは編集者判断によるが、

自主検閲はしばしば企業家の予防的措置助長させて、権力の直接介入による検閲よりも表現の自由制限することがあると」

と指摘されました。

内閲制度改正運動の発端を作った藤森成吉は、後に「亀のチヤーリイ」という作品の文末において、次のように書いています

附記、「争う二つのもの」について。あまり伏字は多くなるので、その掲載をやめる事になりました。どうも住みにくい国です。同作者

当時は、発禁措置を避けるために伏字にすることが必要でした。

小説家である上林暁は、戦前改造社にて編集部員をしていた人物でした。著書「伏字」では、伏字対応記述されています

次のように記述されています

結局、どんなに手を尽してみても、伏字といふものきれいなものではなかつた。紙面を汚くしたといふより、紙面を滅茶苦茶にする場合もあつた

当時は、「革命」「平和」「反戦」などの言葉や、それらを匂わす章句も全て駄目でした。

小林多喜二は、伏字が多いために作品が読みにくくなることは避けるべきであり、そのために作家としては伏字が少なくて済む作品を書き、編集側は一文字でも伏字を少なくした出版をするよう説得を試みています


読書論・読者論と言った研究においては、大前提として、読者が入手したテキストは完全なものであることが必要です。

しかし、日本では戦前戦時中検閲制度によって、伏字という傷を持つテキスト流通していました。

以上です。引用誤りなどあればすみません

最近特に気になることを書き残しておく

最近規模の大きな地震が各地で頻繁に起きているらしいので気になることを書き残しておこうと思う。

ちなみに私は霊感なんてものは一切なく、

単純にそういう能力をお持ちの方々のツイート記事等を参照しているだけに過ぎない点をご了承願えればと思う。

何が気になっているのかというと、

1. 伊勢女さんの予言

http://matome.naver.jp/odai/2138198761354037801

伊勢女さんの予言」というのを知った時からずっと気になっていた。

中でも予言の中で「夏の予言」が特に気になっている。

「秋の予言」も個人的には気になってはいるのだが、

これは今年11月アメリカ大統領選挙の結果次第、

そして「来年の秋頃」なんだろうなと個人的には思っている。

日本には影響が無いようなので楽観視している。

2. yahoo知恵袋のprimecherrysweetさんの友人の方の予知

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14148621134

私が特に気になっているのがこの中に書かれてる数字列。

311143335】

単純に3桁区切りでやってみると、

311,143,335 となる。

根拠は全く無いのだが、緯度と経度を表しているのか?と思ったりもした。

東経143度、北緯31.1度と北緯33.5度

もう一点、primecherrysweetさんリンク先の中で、

「指が6本」と書かれていたので私は単純に「12進数」と考え、根拠が全く無い計算をやってみた。

12進数から10進数に変換をかけてみると、

【1329100313】

これをまた三桁区切りでやってみた。すると、

【1,329,100,313】

何の数字なのか…としばらくの期間考えていたら不意に『道路の番号』ではないのか?

と思ってWikipediaで調べてみた。

1,329,100,313 12進数から10進数に変換後、下位桁から3桁区切り

国道1号 東京から大阪

国道329号 沖縄

国道100号 欠番

国道313号 広島 岡山 鳥取

上位桁から3桁区切りだったらどうなのかと思い、

132,910,031,3 で調べてみると、

国道132号 川崎港から川崎市

国道910号 なし

国道31号 広島

国道3号 福岡 熊本 鹿児島

全く根拠のない計算から導き出したことなので何とも言えないのだが、

私が気になることのうちの一つだ。

3. 地震が起きる場所違和感

私は専門家でもなんでもないので、なんとも言えないのだが、

昨今起きている地震について個人的に気になっているのが、

地震が起きる可能性がある場所ではなく、

まったくマークしていなかった場所で起こっているという点についてである

これは火山等にも言えるのではないか?と最近気になっている。

何の前触れもなく、突然活動し始める場合もあるのではないか?と気になっている。

4. 「魔の水曜日

私は詳しくは存じあげないのだが、松原照子氏の予言の中での「魔の水曜日」が気になっている。

内容についてはググッて調べて欲しいのだが、私が個人的に気になっている点が、

カレンダーが赤くなっている」という点である

これは何も「祝日」だけを表しているのではないのか?と思ったからだ。

六曜」の「大安」もだいたいは「赤(または朱)」で書かれているからだ。

5. 足して「18」「9」の日と「46分」

西暦月日をすべて足すと「18」または「9」になる日は、

大地震事件等が起きる、と言われているらしい。

あと「46分」に気をつけろ、というもの

個人的にはすべて半信半疑ではある。

ただ何か気になってしかたないのだ。

========

まったく根拠のない話にここまで読んでくれた方ありがとう

個人として、今週の27日と28日は注意しておこうと考えている。

なぜかと言うと、上記の5番と4番が今週の27日と28日に当てはまっているからだ。

2016年9月27日は、27日を一桁に分けても、二桁で計算をしても総和は「9」になる。

2016年9月28日は、「六曜」の「大安」となっている。

こじつけ感が半端ない私自身強く思っているのだが、

何となく今週はいつも以上に気をつけようと思っている。

何も起きないことを祈っている。

聲の形」見たのでおすすめする

はじめに

公式の書き方や、巷で燃えてる情報だとどんなところが魅力なのか分かりづらいなと思ったので

見るかどうか迷ってる人に向けて

どういうところが面白かったかなど書きます

 

ある程度あらすじを書かないと正直何も言えないので

導入部分だけネタバレします(いじめあたり)

 

もちろん大事な部分はネタバレしませんが

情報ゼロで見たい人は読まないようにしてください

 

ちなみに原作は読んでいません、あと私はおっさんです

  

全体的な感想ネタバレ無し)

正直予想を遥かに超える良い作品でした

Key作品を手掛けていたときのような京アニ彷彿とさせます

キャラの繊細な心理描写が、鼻に付かない程度に上手く表現されていて

一冊の小説を読んだかのような読了感を覚えました

 

テーマも非常に面白いです

一般的物語というのは人と人の関係によって生じるものが多いですが

この作品は「いじめっ子いじめられっ子障害者)」です

このような加害者被害者という関係性の作品は無いこともないですが、ここまで真正から

アプローチして面白くできていることに驚きました

まるで新しい味のラーメンを食べたときのような、「なんだこれ、旨いな」感がありました

 

原作シナリオ大分改良を重ねられているらしく、映画もできすぎているくらいによくできています

特に登場人物の心の変遷が面白いです

 

おすすめできる視聴者層ネタバレ無し)

この話は、もし小説だったなら学校図書室に置いてありそうな話です

なので、老若男女問わずおすすめできると思います

 

もちろん、もっとハチャメチャな展開を希望する人にはおすすめできませんし

小学生には難しいかもしれません

 

導入部分のあらすじ(ネタバレ

物語主人公石田将也が自殺を図る意味深なシーンからまり

そもそもなぜそうなったか小学校時代に遡ります

 

石田は小6の頃、元々粗暴なガキ大将タイプ少年でした。

どのクラスにも一人はいるような悪ガキですが、割りとクラスに溶け込んでいました。

 

そのクラス聴覚障害者西宮硝子が転校してきます

障害を持った児童普通学級に入ることはままありますが、様々な要因により、このクラスではうまく行きませんでした。

やる気のない教師。陰口を叩く女子。やがてそれはエスカレートしていき、明確にいじめに発展していきます

 

石田も、何を考えているかからないような彼女に対して「気持ち悪い」と思うようになり

途中からはいじめ筆頭として直接手を下すような存在となっていきました。

 

しかし、補聴器を何個も紛失させるなど度が過ぎたため、ほどなくしていじめがバレます

そしてクラスメイトはその罪を全て石田に負わせました。

それどころか、今度は仲の良かったクラスメイト石田いじめターゲットとするようになります

 

母親にもバレ、大金を弁償するという苦い思いをする石田

その石田に、いじめられていた西宮けが優しくしようとします。

しかしその行為理解できず、石田さら西宮に辛くあたるのでした。

 

そのまま何も解決せず、西宮は転校してしまます

 

石田は小6から高3まで「いじめっ子から近づかない方がいい」という理由いじめられます

それによってか、西宮硝子に対して行った罪の重さを自覚し、結果すっかり自己否定人間不信のような鬱屈した人間と変貌します。

人の顔すらまともに見れなくなった石田は耐えられなくなり、母親が払った弁償金をバイトで稼ぎ、そのまま死ぬつもりでいました。

 

そんな中、石田は通っていた手話教室で5年ぶりに西宮硝子と再開します。

果たして2人はどうなってしまうのか!

 

※ここまでが導入部分で、こっからスタートだと思います

おさえておきたいポイント

要点

 

疑問

これらが分かったとき、私は「いい作品だ」と思いました

その後の展開は?

 

石田西宮クラスメイトを中心に展開しま

 

個人的面白いと思った点

 

石田とともに罪悪感を覚える

最初石田○ねとしか思いませんが、いつの間にか感情移入していきます

すると西宮とどうなろうが、必ず罪悪感がつきまとい、優しい行動にすら違和感を覚えていきます

「俺なんかが話していいのか」「嫌がっていないか」「喜んでもらうにはどうすればいいのか」

そんな感情ラブストーリーで感じるものに少し似ていますが、罪の意識が強い分、別の何かです

喩えるならヤマアラシジレンマでしょうか(エヴァネタ

このモヤモヤ感は是非味わってほしいです

 

登場人物の変遷が面白い

西宮という存在によって、登場人物が思い悩みます

そして西宮自身も思い悩みます

 

そのどうしようもない中で、状況だけが変わっていきます

その登場人物の心情や状況がどんどん変遷していく過程面白いです

  

小学校時代西宮登場前と後、高校時代西宮登場前と後と、フェーズが多く

その上家族まで関わってくるため、なかなかに層の厚い話に仕上がっています

 

登場人物の配置

周りの登場人物が、いじめ筆頭から部外者まで連綿と配置されているところも面白いです

現実でも問題の中心に近い人だけが存在するわけではありません

西宮と他の者、石田と他の者の距離感一定ではないのですが、そのことで良いテイストが出ていると思います

  

加害者被害者

加害者被害者というテーマは実際のところ非常に難しいです

バランスを欠くとどちらかにご都合的になったり、ダレたり、気持ち悪さが残ります

でもこの作品はそういう灰汁が出てないんですよね

 

永束くん

永束くん

 

おわりに

聲の形はいいぞ

 

2016-09-23

http://anond.hatelabo.jp/20160923154235

イントネーションは全く違うが

実際ほとんど標準語だけどな

イントネーションだけ変えられても視聴者違和感だろうし

津軽弁バリバリ出されてもネイティブ若者が聞き取れないw

 

妥当ラインだったと思う

http://anond.hatelabo.jp/20160923150300

どっちも見てないけど

その地方言葉を使う → その地域という設定

その地方言葉を使わない → 背景だけその地域で別の場所

 

っていつも解釈してる

つかネイティブからすると違和感あるし方言ネタって難しくね

ふらいんぐうぃっちなんかはよかったけど

http://anond.hatelabo.jp/20160923144908

演技についてド素人だが

演劇映画ドラマアニメなどの演技を見て

「上手い演技」の定義がいっぱいあるんだなーとは思ってた

そんで人によって好みも分かれるし、評価も全く異なってくる

 

そして上手い演技の定義複数あるが、一つの作品でそれが混ざると違和感を覚えるというのも合ってると思う

声優ばかりの作品棒読み素人が入ると浮く

自然体なドラマ演劇っぽい演技が混ざると浮く

 

そういうのって配役でほぼ決まっちゃうんだよね

監督次第ってのもあるけど

 

あと例外的に、わざとそういうキャラを作るってのもあるよね

演技じみたキャラを作るとか、棒読みキャラを作るとか

でもそういう全体の雰囲気総合的に作り上げる作業って、今の日本映画では難しそうだなぁ

 

__

 

個人的には「演技してません演技」は下手なら嫌い、上手ければ好き

「演技してますけど自然な演技」が一番好き、TRICKとか

『怒り』観た。演技がうまいってどういうことをいうのだろう?

映画おもしろかったよ。演技の所作ひとつひとつ真相物語っていて、説得力のある力作だった。内容も然り。


さて、映画の中で、演技うまいなーあなどれないなーと思う人もいれば、

逆にやっぱりいっつも違和感が残る演技なんだよなー世間ではうまいと言われているらしいけど…

という俳優さんにわかれた。

(ちなみに一番意外だったのは広瀬すずちゃんと佐久本宝くんの沖縄組。よかった。)


たとえば、今の朝ドラに主演されている某女優さんとか、年間何本もの映画ドラマに引っ張りだこっていう大人気の女優さん俳優さん方。

事務所ごり押しだけのレベルではないから、俳優業としての実力があることはあるんだろうけど、どこか違和感がある。

たぶんその正体は

『今までのトレンディードラマレベルなんかじゃなく、演技してませんみたいな一つ上のレベル自然な演技やってます』感?


いや、こう考えてしま自分感性が乏しいのかもしれない。おれだってそんなことを考えながら映画を観たくないよ。

でも、どうしても”自然体っぽい演技”をしている感が伝わってきて逆に「超演技してる、わざとらしい…」って感じちゃうんだよ。


そう感じる人は、おれ以外にも性格がゆがんでそうなはてなーには少しはいるんじゃないのかなと思って。

みんなはそういう違和感、感じたことはない?

2016-09-22

http://anond.hatelabo.jp/20160922214050

アドバイスが欲しいのであって、答えを求めていないのでは。

大人定義子供定義に関しても、

「読んだあなたが考える大人子供」を対象にした話を展開しているだけであって、

特に違和感はない。

どうも『ポルノ』という言葉

違和感がある。

現代口語だと『エロ』でしょ?

感動ポルノ』じゃなくて『感動エロ』はどうかな。

ネットスラングで『飯テロ』ってのがあるから『感動テロ』とかさ。

アトピーゾンビって本当にアトピーなのか?

俺も子供ときアトピーだったが、アトピーゾンビの言うことには違和感が有る

掻きむしってるだけのキチガイじゃね?

アニメ主人公少年少女である理由とは

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.taiyaki-oyako.com/entry/2016/09/21/135303



まず対象年齢層が子供からっていうのがあるが、ライダーウルトラマン大人主人公だし、ロボットアニメなども大人主人公のもの普通にあった

子供にとって「憧れの大人」としてヒーローがある場合は多い



次に制作者の能力知識不足にたいする予防線としての機能をあげる声もあるが

それでは実写の映画ドラマに同様の現象が起きない説明がつかない

てかアニメ制作者をバカにしすぎだし実写の制作者を過大評価しすぎどっこいどっこいだよ



作画的な理由をあげる者もいるがこれは半分は妥当かと思う

妥当でないと思う半分は手間がかかるからという意見

手間がかかる作画が嫌われるならあんなツンツン髪でキラキラお目目の作画が溢れるわけないしブラック労働も行われません



要は綺麗なものの方が受けるし、描く気になるんですよ

言うて実写だって若いイケメン美女ばっかりでしょ

オッサン主人公なのはそりゃ在るけど比較したら少ないですよ

洋ゲーやらハリウッドアクション映画でオッサン率が高いのは戦場へのリアリティの違いだろうね

日本人にとって戦争は異世界出来事なので女子高生が重火器持ってても疑問を抱かないけど

戦争やって当たり前に人殺してきた軍人がおる国ではハゲダルマじゃないと美醜以前に違和感しかならんよ

http://anond.hatelabo.jp/20160922121716

これ、個人的な印象は全く逆なんだよなあ。

今、未婚の人の中には結婚する気がある人もない人も、どっちか微妙な人もいるけど、

しろ、そういうのが十把一絡げに「結婚したいけど○○(金とか出会いとか)が足りないから……勢」

として扱われていることにこそ違和感があるよ。



出会いがない」というのも、この不景気結婚に適した人の絶対数が減ったことが最大の問題であって、

マッチング問題二の次だと思う。

なぜなら、民間がすでにそういうサービスを整えているから。

どうしてもハイスペの男と出会いたいなら、専用のサービスでクソ高い金を払えばよろしい。

近いうちにリクルートまで本格的に参戦して、おそらくさらに洗練されたシステムになることだろう。

それで理想相手結婚できるかは別としてね。

そこまで民間ビジネスとして成立させてるのに、今更公の支援として何が必要なんだろうか?

よほどのクソ田舎で、民間業者すらろくにいないのなら、それこそお役所が手を挙げるしかないだろうけど。



それから、公のやることに効果があるとも思えない。

うちの田舎でもやってるけどさ、関東から女性呼んできて、ツアーついでに地元の男とお見合いさせるやつ。

あれ意味あんのかねえって正直思うよ。旅費の補助出した分、食い逃げされておしまいじゃんあれ。

だいたい、奇跡的にカップル成立したって、いきなり遠距離なわけじゃん。どうするんだよ。

何か現状の左派フェミニストの多くは「現時点で結婚していない人=結婚したくない人」という前提の元に、婚活支援不要としてしまうから違和感があるのだ。

結婚したけど子供がいない人や、一人ないし二人しか生んでいない人に対してはその解釈は採らないくせに。

特に婚活しないで出会える相手なんて、自分学校職場趣味やその繋がりと言ったごく限られた範囲しかない訳で、

その中でパートナーが見つけられなくても他では見付けられる可能性もあるでしょうっていう。

婚活支援結婚したくない人に押し付けものではなく、あくま結婚したい人を手助けするものでしょう。

それを不要と断ずるのは、弱者弱者のまま不幸なままでいろと見捨てる発想に思える。

結婚したくないので独身、産みたくないので産まない、という人達は現状特に困っていないのでそれでいいと思うが。

したくとも出来ない人の存在無視して多様性を押し出す言説が強いか違和感があるんだよな

2016-09-21

本当に弁護士の書く文章の読点は「,」なのか

なぜ弁護士の書く文章の読点は「、」でなく「,」なのか

というブログ記事ブクマを集めている。

http://storialaw.jp/blog/2081



弁護士の一部に読点として「,」を用いる人がいること及びそのようになった経緯については、概ね記事の通りだとは思う。

ただ、弁護士の大半がそうしているかのようなタイトルには違和感を覚える。

記事中にも全ての弁護士が「,」を用いるわけではないとの記載があるが、ブコメで「,」を用いるのが弁護士の大半であるかのような誤解が散見されるので訂正しておきたい。



職業柄、多数の弁護士の書面を見る機会があるが、体感では「,」を用いる弁護士は全体の半数以下である

正確に数えたわけではないし、サンプルに偏りがあると言われればそれまでだが、それでも全国的に大多数の弁護士が「,」を使っているとはいえないのではないか

弁護士以外には、「,」を用いる人はそう多くはない。

本人訴訟ベテランの方だと使っていたりすることもあるが…)

そのため。「,」を用いていれば弁護士作成文書だという推認はある程度合理性があるといえるだろう。

他方、「,」を用いていないか弁護士作成文書ではない、という推認は成り立ち難いのではないかと思う。



また、記事中では、「,」を用いる理由として、裁判官コピペやすいことが挙げられているが、これも疑問である

そもそも、裁判官弁護士に準備書面のデータ提供を求めること自体そう多くはない。

(これも統計を取っているわけではなく、体感である。)

その上、裁判官が準備書面の記載コピペするかどうかを決める際の考慮要素として考えられるのは、データ提供を求める手間(実際にやりとりをする書記官の手間も含む。)、コピペによって省ける手間、コピペによって失われる文章ニュアンスコピペした文章の細部を訂正する手間あたりであって、記事にもあるが、置換一発で解決する読点の問題が決め手になることは考えにくい。

「,」が用いられる理由としては、記事中に指摘されている裁判所要請と慣習以外に大した理由はないのではないかと思う。



以上、なぜ〇〇なのか、と言われたときは、そもそも本当に〇〇なのか疑わないといけない、という話。