はてなキーワード: GWとは
初めてリーダーを任されたプロジェクトが成功したことで、私は会社を辞める事を考え始めた。
もちろん、以前のように仕事が辛くて辞めたいと思ったわけではなく、
全力で仕事をした結果、私ができることはやり尽くしたと思ったからだった。
医療のSEは激務で、女が長く続けていけるような仕事ではなかった。
こんな生活を続けていたら、いつか体を壊すだろうと思っていた。
どうしても一人暮らしがしたくて、わざわざ東京の大学を受けた。
就職する時地元に戻ろうかと思っていたけれど、まだ少し東京に未練があって
でも地元を離れて時間が経ち、帰りたいという気持ちが強くなっていた。
そんな思いもあり、転職活動を始めた。
活動を始めて1ヶ月、あっさり内定をもらった。
東京の会社ではあったものの、タイミング的に新年度を新しい会社で迎える事ができ、
また、思ってもない程の好待遇。仕事の内容も興味があり、それまでの経験も十分に生かせるものだった。
でも、どうしても会社を辞めるという決心がつかなかった。
5年間勤めた会社。そう簡単に辞められるわけもない。
でも、それだけではなかった。
それを見る事で、彼がそこにいるような、見守られているような気がしていた。
それらをもう見る事ができなくなる。
そう思うと、辞めるという決断がどうしてもできなかった。
最初に内定をもらった会社は辞退し、その後も悩みつつ転職活動は続けた。
これで地元に帰れる。妹や友達にも相談し、その会社に入社しようとほぼ決めた。
そして会社を辞める事で、彼のことにけじめをつけようと思った。
彼の事を忘れたいと思った事は一度もなかった。
でも、どこかでけじめをつけなければいけないということはいつも考えていた。
業界最大手であるその会社の内定をもらえるとは、正直思っていなかった。
その会社が、中途はほぼ契約社員でしか採らない事を知っていたので、
更に悩む事になった。
仕事内容や待遇など総合的に考えると、最後に内定をもらった東京の会社が良いのは分かっていた。
でも、地元に帰りたいという気持ちも強かった。どちらかに決める事ができず、悩み続けた。
回答期限を何度も延ばしてもらった。
最終的には、東京の会社から、希望があれば数年以内に地元への転勤も可能という話を聞いて、入社を決めた。
会社に未練が全くないわけではなかった。
最後は、その気持ちを半ば強引に断ち切った。
会社の寮に住んでいた私は、辞めるとなれば当然引っ越さなければいけなかった。
就職する時に、寮に入らない荷物を実家に送っていたため、まずはそれを取りに行こうと思った。
車を持っている友達に頼んで一緒に行ってもらおう、と思いつき、例の男友達を思い出した。
以前から、私が引っ越す時は手伝ってね、と言っていた。これもある意味引越しだ。
金曜の夜に出発して、西宮へ向かった。
大好きな街。やっぱり帰りたいという気持ちが出てきてしまい、東京の会社を選んだ事を少し後悔した。
帰ってくるのが数年遅くなっただけ。あと少し、東京でやりたい仕事頑張って、必ず戻ってくる。
自分にそう言い聞かせた。
その日は一緒にホテルに泊まった。
こいつ一応彼女いるのにいいのかよ。。とは思ったが、お互い全く異性という認識がなく、
一晩一緒に過ごしたところでどうこうなるなんて考えられなかった。
その日は広いベッドで、くっついて寝た。
5年間友達でいて、しょっちゅう一緒に遊びに行ってはいたけれど、あんなに近付いたのは初めてだった。
体温がものすごく気持ちよくて、離れたいとは思わなかった。
帰りの高速で、「私たち恋人同士にはなれないけど、夫婦にだったらなれそうだよねー」
という話をした。昔から、私たちはよく似ていた。食べ物の好みは見事に一致していたし、
何故か同じタイミングで同じことを考えていたり、相手が考えている事が分かったりする事が多かった。
「でも実際結婚したとして、結婚10年目ぐらいの熟年カップルからのスタートだよねー」
「新婚の初々しさなんてきっと皆無だよねー」なんて話をしていた。
あり得ない事だけど、もし本当になったら、きっと幸せだろうなあ、と思っていた。
無事帰宅し、疲れて寝ていたら、その友達から「彼女と別れた」という報告の電話があった。
車の中で「別れるかも」という話はしていたが、まさか本当に別れるとは思わなかった。
そして彼女の愚痴でも聞かされるのかと思ったら、何故か私たち結婚したらどうなるかなぁという話をしていた。
まさかそんなことあり得ない、とお互い分かっていたはずだったけど、そんな話をしているのは楽しかった。
彼を亡くした後、誰も好きにならないと決めていたわけではないけれど、実際誰も好きになる事はなかった。
今後も、誰も好きになることはないのかもしれないな、と思っていた。
そもそも結婚と恋愛は別物だ、と思っていたから、恋愛を飛ばして結婚だけできるなら、それもありだなぁと思った。
夜は沖縄料理屋で飲み、さてこれからどうする?という話になり、どっかのホテルで飲もうということになった。
帰る心配をしなくて済むからいくらでも飲める、という考えからだった。
飲みながらDVDを見た。見終わってベッドに入ると、彼は突然
「結婚しよう。舞といつか生まれてくる子供を、一生愛せる自信あるよ」と言った。
まさか本当にそんな事言われるとは思わなかった。信じられなかった。でも嬉しかった。
この人と一生一緒にいたいと、本気で思った。
そして彼は「んじゃーまぁ、一応付き合っとく?」と言った。
サーバ室は携帯の電波が届きにくく、最低限の仕事上の連絡以外は誰とも連絡を取らなかった。
ただただ、作業に集中した。何も考えず。
病院と家との往復。帰宅したら、疲れて眠るだけだった。食べることすら忘れていた。
彼の事を忘れたいわけではもちろんなかった。
でも彼の事を思い出すと、どうしても後悔の底に落ちて這い上がってこれなかった。
そんな生活を2ヶ月続けて、私の心は壊れそうになっていた。
「例の彼とはどうなったの?」」と聞かれるのが怖かったから。
壊れていたのは心だけではなく、体もだった。
1年前に普通に着ていたはずの服が、ぶかぶかで着られなくなっていた。
5年間使っていた金属バンドの腕時計も、コマを詰めなければいけない程になっていた。
会う人会う人に「痩せたね」と言われ、そのうち「大丈夫?」と心配されるようになっていた。
着られる服は全くなく、買いに行ってもサイズが合わないような状態だった。
もう、限界だった。
仕事に没頭する事で彼の事を考えないようにしていたはずなのに、
仕事に集中できず、彼の事ばかり考えるようになっていた。
それまで私は、夏休みを1週間取る以外で長期休暇を取ったことは一度もなかった。
そんなに仕事が好きだったわけではないけれど、
盆・暮れ・GWが書き入れ時の医療SEは、簡単に長期休暇は取れなかった。
それに自分の仕事には責任を持ちたかったので、あえて休暇を願い出ることもしなかった。
そんな私が、初めての長期休暇を上司に申し出た。
激務が数ヶ月続いていたこともあり、休暇はあっさり認められた。
少し心と体を休めようと思った。
私のスケジュールが突然「休暇」になった事を心配した別の部の同期から、電話がかかってきた。
「大丈夫だよー。ちょっと忙しくて疲れたから休んでる。すぐ戻るよ」
そう言ってごまかした。本当の事が言えるわけもなかった。
当時私がいた部は、元々希望していた配属先とは違っていたし
仕事内容自体も、どうしても好きにはなれなかった。
プログラミングができない、サーバの知識もない、そもそも大学は文系の私に
SEなんて務まるわけもなかった。
配属されて初めてのプロジェクトでは、仕事がきつすぎて毎日泣いていた。
何かうまくいかないことがある度に、辞めたい辞めたいばかり言っていた。
実際、その年の頭には、転職活動を始めようとしていた。
そんな私に、彼がこんな事を言ったことがあった。
舞ちゃんがいつも頑張ってるの知ってるよ。
どんなに夜遅くなっても、自分の仕事に責任持って最後まできっちりやってること知ってるから。
そういうのちゃんと見てるから、辛いのは分かるけど、でも簡単に辞めればいいなんて言えないよ。
彼にそう言われてから、私は辞めたいと言わなくなっていた。
彼は仕事ができる人だった。だから彼に少しでも追いつきたくて必死で勉強して、プログラミングアレルギーも克服した。
今の私を彼が見たらどう思うかな…。
そして私は、当初の予定を1週間延ばしたものの、3週間で職場に復帰した。
復帰後は、少しでも負担の少ない仕事を、という上司のはからいで、
同じ部内で別のグループに移って、全く違う仕事をすることになった。
(というか無理矢理食べさせようとしたんだろうが)
でも、彼とよく会っていた福岡にはどうしても行きたくなかった。
福岡だけでなく、彼と一緒に行った場所を私は避けるようになっていた。
ただ、九州支社はその年の5月に別の場所にできた新しいビルに移転していて、
いつもなら、空港内にある有名なクロワッサン屋でクロワッサンを買う。
彼に「美味しいから一度買ってみなよ」と言われて買ってからお気に入りだった。
もう、クロワッサンを買う気ににもならない。
仕方なく、売店でお土産を買って時間を潰して搭乗時間を待った。
羽田で福岡行きの飛行機を待っていたら、偶然同じ便で福岡に向かおうとしていた彼に会ったこともある。
博多駅から九州支社に向かう途中の道、彼と電話しながら歩いたこと。
色んな事を思い出しすぎて潰れそうだった。
結局その日は、ほとんど眠ることもできず朝になった。
翌日は土曜日で、午後から横浜に行く用があったものの、他にする事がなかった。
ふと、ある男友達の事を思い出した。
その人は会社の同期ではあるものの、職種が違うため仕事での関わりが全くなく、勤務地も違っていた。
それでも入社してすぐの研修で同じクラスになって仲良くなってから、
定期的に二人で飲みに行っていた。彼と付き合っていた時も月1程度で会っていた。
私にとっては完全に「友達」で、恋愛対象として見たことは一度もなかったし、
それは相手も同じで、私を女として見ることはなかった。
だから、二人で会っても大丈夫だと思っていたし、彼に対して、悪いことをしている気持ちには当然ならなかった。
その友達に彼のことは話した事は一度もなかったし、
私の色恋沙汰について何か聞いてくることもほとんどなかった。
ちょうどいいや…。
さすがに当日に連絡しても空いてないだろうなー、と思いつつ、メールをした。
いるー!
その日は横浜で待ち合わせをし、東急ハンズで買い物をして、飲みに行った。
それからの週末はしょっちゅう旅行に行き、家にいることはほとんどなかった。
そして、旅行のお土産だとか色々理由をつけて、その男友達と頻繁に飲みに行った。
色々深く聞いてこないその友達が、一番都合がよかった。
そしてその人と一緒にいると、不思議と気持ちが落ちついた。
前年の年末は、彼がリーダーをしていた病院で正月にシステム本稼動があり、彼は当然仕事をしていて、一緒にいられなかった。
来年は一緒にいられたらいいね、と言っていた。だから、日本にいる事すら嫌だった。
そうやって、現実から目を逸らすことで、どうにか自分を保っていた。
F1が好きだった彼と私は、いつも月曜日にF1の話をしていた。
這い上がれなくなるので、私は見るのをやめた。
二人とも読書が好きだったので、会うとよく読んでいる本の話をした。
仕事が早く終わった時はいつも本屋に行って本を買っていたのに、本屋に近づくことすらできなくなっていた。
http://blog.mizoshiri.com/archives/93
(Cloud 9 さん ブログ)
社外のサーバはyumばかりかwgetもpingもことごとくだめって、
FWの設定間違えたかな...などと考えをめぐらせつつググってみたら、こちらに解決手順が。
Windowsだと、デフォルトゲートウエイもNICのTCP/IP設定画面に含まれているけど
それって考えてみたら、デフォルトゲートウェイはコンピュータ(ホスト)固有だからおかしいよね。
/etc/sysconfig/network-scripts/cfg-eth0
の項目をいじっても社外につながらなかった(/etc/sysconfig/network にGW設定も必要)
ことへのグチですけど。。
今まで出来ないものだと諦めていたが先日ついにできたので備忘録として書き留めておく。
【環境】
Win7 Pro 32bit
WinVista HP 32bit
※恐らくWin7、WinVistaであれば何でも出来る。
GW-US54GXS
【大まかな流れ】
・無線子機(私の場合GW-US54GXS)のドライバ環境を整える。
・あとは普通にKaiをやる。
【はじめに】
・今まであったすべての接続方法で出来なかった人が対象である。
【やり方】
①http://www.planex.co.jp/support/download/wireless/gw-us54gxs.shtml
ここから「ドライバ・ユーティリティWindows Vista/XP/Me/98SE版」をダウンロード。
※※理由:ドライバ・ユーティリティWindows 7版にはPSPXlinkModeプロパティがないためKaiが出来ない。
②展開後、中にあるインストーラのプロパティから互換性→Windows Server2003(SP1)、管理人モードで実行をチェックしておく。
③無線子機を接続する。このとき勝手にドライバをごちゃごちゃやり始めるがすべてキャンセルする。
※これ重要。
④Windows+Breakキーでシステム画面を開き、デバイスマネージャを起動する。
⑤開くと自分の無線子機の名前があると思うので右クリックし、「ドライバソフトウェアの更新」をクリックする。
⑥「コンピュータを参照してドライバソフトウェアを検索します」を押す。
⑦先ほどインストールしたフォルダの中の「USBIrv」(うろ覚え)みたいなフォルダを参照させる。
⑧更新が終わったらデバイスマネージャ上の無線子機を右クリックし、「プロパティ」をクリックする。
⑨「詳細設定」→「PSPXlinkMode」を選び、「Enable」にする。
⑩ネットワークと共有センターを開き、Win7:アダプタの設定、WinVista:ネットワーク接続の管理を押す。
⑪PSPのアドホックを1chに設定して、オンライン集会浴場に入る。
⑫⑩で開いたところに無線子機のアイコンがあるので右クリック→接続からPSP_AUL……を選び接続する。
あとは他の入門サイトにあるようにkaiを起動してください。
http://d.hatena.ne.jp/nanjou/20110515/1305416629
>ガイガーカウンターで、郡山市の自宅や友人宅などの放射線量を計測。
>屋内:0.1~0.2
>ベランダ床表面:0.4~1.0
>屋内:0.1~0.8
>屋外:1.0~2.6
>庭の土表面:2.4~3.6
ここの数値を参考にして、郡山市民の幼児のリスクを考察しましょう。
【ケースA】
屋外=2.6マイクロシーベルト/時と仮定。
(3×2.6+21×0.8)×365=8,979マイクロシーベルト/年
【ケースB】
屋外=1.8マイクロシーベルト/時と仮定。
(3×1.8+21×0.4)×365=5,037マイクロシーベルト/年
【ケースC】
屋外=1.8マイクロシーベルト/時と仮定。
(3×1.8+21×0.2)×365=3,504マイクロシーベルト/年
郡山市内でも、数百メートル離れると、線量が大幅に変わったりします。
ヨチヨチ歩きの2歳児がいる場合、
2歳児の場合、身長が低いので実際の線量が増加することも考えられますし、
こういう場合、ケースAで通常生活するのは、いささかリスクがあります。
(因みに2歳児ですので、学校通ってませんから、今回の校庭土壌入替の影響は受けません)
であれば、郡山市全地域において線量検査をし、比較的低汚染のスポット、
ケースCのRCマンションに住めば、リスクは3分の1になります。
(ケースB、ケースCの家屋を行政が確保するなり、家賃補助するなりという次善策)
あるいは、「今の職場」と「乳幼児児童の安全」を両立させるため、
会津地方に仮設住宅を設け、パパは磐越西線で通勤する、という手法だって考えられます。
「中通りから全員疎開」という案もありますが、疎開費用の捻出が出来ないのであれば、
このように次善の策、三番目の策を皆で知恵を出すべき、ということを言いたいのです。
最初は仲の良い友達だったんだけど、段々と意識するようになった。ちなみにお互い彼氏彼女はいた。
意を決して卒業後、俺の上京の1週間前、二人で酒を呑んだ。セックスもした。恥ずかしくて告白できなくて、
「当時は好きだったんだよ」と言った。
Aの返事は「私もだよ。」その時の俺はなんでか「けど今はお互い相手がいるからつきあえないね」みたいな事を言った気がする。Aは笑った。
その時から俺は「今はお互い相手がいるし遠距離だけど、頑張れば付き合えるかも」と思うようになった。
SNSで相手を探して、いっぱいセックスして、どこが気持ち良いか勉強した。
俺は都合のいい男だったらしく「歩くバイブ」とか言われた。
Aは地元で結婚したいと言っていたので、何度も会社に転勤願いを出した。けど受理してもらえなかったので仕事を辞めて実家に戻ってきた。これが3月の頭。大地震の時、震源地から近い所にいた俺はAの心配ばかりしていた。
Aはいきなり「彼氏と別れた。付き合いたい人がいる」と言って、写真を見せきた。楽しそうなAとイケメンが写ってた。
Aは本気らしく、告白もしたらしい。返事待ちと言っていたけれど、たぶん付き合うのだろう。
その日もやっぱり酒を呑み、ホテルへ行った。ホテルはAから誘ってきた。
俺が「その付き合いたい人にやったみたいにしてよ」と言ったら、Aは色々してきた。彼氏候補のイケメンは、Aにこんなに尽くしてもらって
いると考えると悲しくなった。
セックスが終わった後、告白した。告白というか、自然に口から出た。「やっぱり好きです」
そしたらAは笑いながら「あーあ、言っちゃった」
「もう違うし、遅いんだよね」
どうやらAは好きな人が複数いて、その一人が俺だけど、付き合いたいという段階までは行けなかったっぽい。
いや、一度は行ったかもしれないけど、それは数年前。
それに対して俺は、誰とでもセックスするけど好きな人は一人で、それがAだった。
その日も、もう一度セックスをした。今回は俺だけ泣いてた。2年前とはもう違う。
4年間近く目の前にぶら下がってた人参をいきなり盗られた気分で何をするにも気力がわかない。俺にはAが全てだった。
そして頑張った結果はJロックの知識とセックスしまくりが原因の不感症、そして無職(無職は自分のせいでもあるけど)。
今まで相談事は全部Aにしてきたから、Aのいない今、誰にも話せないので増田に書いた。
恋なんて不毛だ。
私はアラフォー女性です。新幹線で一時間の距離に気になる先生が居ます。その先生は私の家の裏に去年の秋、偵察?に来てましたが何しに来てたのか?私は、自分に都合良く解釈し舞い上がり先生の医院宛に手紙を書き携帯とメルアド書きましたが、返事も無いので先生の携帯もメルアドも知らないままです。先月半ばにも台所で洗い物をしてたら先生の声がしましたが、窓が曇りガラスなので私か母か外側からは分からないので先生の友達の違ってたらどうする?という声がして去って行きました。私は思い切ってGWに空いてる日があれば、先生の住む街で会いませんか?と先月末に医院宛に手紙を出しましたが返事はありませんでした。HPのブログにはスタッフとの食事会の様子など掲載されてますが、家庭を匂わす内容はなくて既婚かどうか分からないです。家の裏に来てたのは土曜日の夜で昼まで診療がある日なので片道180キロをどんな気持ちで運転してるのか知りたいです。先生は若いスタッフに囲まれて仕事をしてるし、歯科医はモテると聞くので私の事など眼中にないかな?と思う反面、気持ちが知りたいです。何か良い方法があれば、教えて下さい。お願いします。
GWに法事で親の実家に10年ぶりくらいに強制連行されました。
よりによってかの陸の孤島と名高き人口が100万切ったか切らないかぐらいの某県に。
もうね、怖いの。
プラスどこそこのなんとか先生(町だか市なんだかの偉い人らしい)の話。
何一つ話題についていけねえ……!アウェーすぎる!!
政党と天皇家に関しては地雷臭がぷんぷん漂ってたので全力でスルーしました。
話題が車になったときだけ、「ええ!すごいですね!」「そうなんですかー」で乗り切ろうとしましたが、
車に詳しくないがためにいまいちうまく乗り切れず、ペーパードライバーという事実を告白せざるを得ませんですた。
祖母「○○ちゃんはでっかい車乗り回してるのに××ちゃんときたら…」
私ばっちゃが何をいってるのかよくわからないの……。
車って仕事で使う人以外でそんなに乗り回すものじゃないよね?遊び以外で使わなくね?
そもそも政党と天皇家と車となんとか先生って親戚一同が集まる法事で話すことでもなくね?
だがしかし発言力ゼロのアウェー星人は話題を変えることもできず
ただひたすら相槌うつしかないんだぜ!この恐怖をどうつたえよう!!
いなかこわいほんとうにこわい
私は28の男で兄がいて、兄は確か35ぐらい。
兄は離れたところに住んでいて、ちょっと問題を持ってる。
でも、流石に私も堪忍袋の緒が切れた。
それでも着信ありまくり。
ひたすら無視しているけど、さすがにもう相手したら
本人のためにもダメだと思うので無視を続行している。
金を貸してくれっていう始末。
俺としては金を与える=ギャンブルの軍資金だから絶対にダメだといったんだが、
今もずっとメールと電話来てるが、正直な話、どっかの牛丼チェーンでも
強盗に入ってムショ入った方がぱちんこ中毒が治って本人のためになると思ってしまう。
(人様を傷つけるのは問題だが。。。)
とりあえず、頭かち割りたい。どんな頭の構造してるのかと。
人として終わってる。
(思ったことを勢いで書いてるので読みにくくてすみません。)
昔から親とはあまり意見が合わず、中学に入って以来、あまり話をしなかった。
実家は大阪なんだけど、親元から離れたいこともあって茨城県の大学に進学、一昨年に静岡で就職。そして今年2月に結婚もした。
これから、親とはあまり関わらない、自分だけの人生が楽しめると思っていた。
僕にはやりたい事がたくさんあって、ただ食べるために働くのは嫌だった。何かを成し遂げたかった。
父は仕事後にビールを飲むのが生きがいで、たまにパチンコに行くのが趣味。それ以外に何の楽しみもないようで、僕には何のために生きているのかさっぱり分からなかった。
僕は逆に多趣味で、毎日がとても忙しいけど、そんな趣味に生きるのが好きで、いつか趣味に関わることで何か成し遂げられたら良いな、と思っていた。
最近はずっと、成し遂げたい「何か」がなんなのか、を考えていて、何をするにしても、自分や周囲の幸福度を上げる事が一番だ、という考えを持った。
幸せとは何か?といえば、不満が無い状態かな、と思う。
欲しい物を手にいれれば幸せだし、何かに夢中になれれば目的・目標に飢えることが無く、幸せだ。
だから、適度に難しい課題を自分で設定して、それをこなす事で、人に物を提供するのが良いかな、なんて考えていた。
そんな矢先、父がガンと言われて、生きる意味を改めて考えさせられた。
自分にとって親は、いつか死ぬもので、死んだら悲しいけど、いつ死ぬか分からないし、「とりあえず今は何も考えなくて良い存在」。
たまに実家に帰った時にちょっと話をして、話が長くなると意見が合わなくて嫌になる、そんな存在だった。
だから、実家に帰るのは一年に一回か二回、結婚したので今後は一年中帰らないこともあり得ると思っていた。
だけど、ガンって言われてようやく気づいた。
一年に2日会うとしたら、20年後に死ぬなら40日しか会えない。
しかも、よく考えたら親は近い日に簡単に死ぬかもしれない。病気でなくても、事故って死ぬかもしれない。
いつ死ぬかわからないからこそ、死ぬ前にできることは何よりも優先してやらないといけない。「とにかく今何かを考えなくてはいけない存在」だ。
ガンって言われると、急に親の死をリアルに想像できて、想像するたびに涙が出た。
いつかは絶対死ぬ、そんな分かりきったことが悲しいのか?
つまり、人が死ねば、どう頑張っても、周囲の人を不幸にするんだと思った。(残念ながら、人が死んで幸せな人もいるかもしれないが)
人は生まれた時点で死ぬ運命にあるので、死ぬときに必ず不幸を撒き散らす。
じゃあ人は、その不幸を上回るような幸福を生み出さなければいけない。それが人の生きる意味なんじゃないかと思った。
僕にとって生きる意味って、なんだろう。
それは、親や嫁、そのほか多くの人を幸せにすることだ。
いつか死ぬ彼らに、いつか死ぬ自分が撒き散らす不幸よりも多い幸せを与えることだ。
まずは、ガンになった父に今まで世話になった御礼をちゃんと伝えて、
僕は育ててくれたことを大変感謝している、父は自分を誇りに思っていい、父のおかげで今の自分がいる、
父を失うのは本当に悲しい、僕は父が大好きだ。というところまで、ちゃんと伝えなければいけない。
今まで親と会話をしなかった分、きっちり自分の考えを伝えて、そこに安心してもらいたい。両親とも、不安に思っていると思うから。
その上で、ガンが治るなら治って、その後も、いつか死ぬその日まで、なるべく多くの楽しい時間を共有して、笑い合って過ごせたら、それはきっと幸せだ。
本当は死ぬ事なんか意識しないで、大笑いして過ごして、気づいたら死んでいた、というのが一番なんだと思う。
そうなれるように、僕は変な反抗期なんか克服して、素直になるべきだ。
GWを利用して昨日今日と父の見舞いに行ってきたら、どうしても書きたくて書きました。
まさかこんなシリアスな話を自分のBlogに書けないし、というのがひとつと、
あとは似た境遇の(親と距離があるような)人が居たら是非親孝行をしてほしいな、というのがもうひとつ。
そんな理由で書きました。
そんじゃ、読んでくれてありがとう。
混んでると思うので行きたく有りません。→そうか、失敗したな。今度は空いてて静かな所に誘おう
じゃねえぞ
どんなに素敵な理由で断られたとしてもこっちは断ってんだからな、いいな?ことわってんだからな?
好きなら福島だろうと行くわ
たのむぞ
少し気になったんだけど、気のせいかとも思って知らん顔してたら
この前なんか、乗客が少ない電車の中なのに、わざわざ隣に座ったりして、マジ怖かったよ
目つきも完全におかしいし、年齢もいくつくらいなのかわかんないし、目があうとかすかに笑うんだよ
ストーカーって他人事だと思ってたんだけど、マジで普通にいるもんだと思った
GW終わったらまたあの男に会うのかと思うと、ちょっと鬱になりそう
自分の中で悔しいというか、本当に人生で忘れられない一日になった。
ただ無力。自分の無力さを恨んだ。
自分の無力さは当然知ってる。
それなりの幸せも感じたこともあった。
自分がどこまでできる役者なのか、力量はわかってるつもりだ。
今回は、自分の無力さを改めて感じた。
見方を変えてみる。
自分の与えられた役は、主人公の人生の転機にアドバイスする友達Aといった所か。
全くもって、仕事にならなかった。
エキストラにもなれなかった。
メールや電話でのアプローチをしたり、時には嘘をついてみたり。
下準備をしてから、この仕事に挑めたら、結果は変わったんじゃないかと思う。
本当に悔しい。
1人で部屋で焼酎を飲んでいる。
20代半ばにして、こんなの初めてだ。
彼の勢いはすごかった。
今年に入ってから、そんな印象を受けていた。
あっという間に会社を辞めた。
そういえば昔からそんな事を言ってた。
1年くらい前に飲んでる時に、「カフェの経営がしたい」みたいな話をしていた。
ただ、話していても、経営のビジョンとか、戦略はまったくないし、
カフェである理由は無かったし、カンブリア宮殿に出演するような経営者にありがちな
「情熱」や「熱量」が全くなかった。
彼が心配だったのと興味本意で。
彼の友達に会おうとおもった。
ちょうど飲み会に誘われた。
ルームシェアしている人の家で飲むという。
そこに1人異彩を放つ30代女性がいた。
彼はその場では言わなかったが、後に彼女の事を「師匠」と呼んだ。
その時は何にも知らなかったので、ただ適当にやり過ごしていたのだが
突然ゲームが始まる。
調べてみると、ほとんど同じ手口みたいだ。
そのゲームがネットワークビジネスの魅力を体験できる、いわば入り口となっている。
気になった点が3点。
一斉に、みんな示し合わせたように、机を片付け、ゲームに興じる。
複雑なルールを知っているメンバーが、知らないメンバーの横にいて、教えていく。
「師匠」が崇拝されすぎ。そして正体不明すぎる。
なんで「師匠」が自分にとって何もメリットを与えなそうなガキ共を集めて
あまりにも違和感があったので、純粋な疑問を「師匠」にぶつけてみる。
「なんであなたはこんなゲーム大会をしていて、こんなに若者が集まってるんですか?」
「お金儲けをしたいなら、僕だったら同じパイが減るんで、良い情報を教えて、ライバルを増やしたくないですけど」
「師匠」はこういった。
「えっ?何でそんな事聞くの?みんなに楽しんでもらいたいからだよ。あなた何か辛い事でもあったの??」
とんでもない。こっちが悪者かよ。
帰って、インターネットの書き込みと照らし合わせた。
彼にメールを打った。
「もしかしたらキミは騙されているかもしれない。ちょっとだけ時間をもらえないだろうか。」
彼と2人で会った。
彼に会う前に、マルチ商法(ネットワークビジネスと言うらしいが)についてネットでそれなりに調べたので、たくさん質問した。
「ああいえばこういう」という会話はこういうものなんだろうと初めて知った。
だけど、似たような出会いが、mixiを使って全国的に多発している。
1回目は集団で行うゲームに参加、
3回目はセミナーへ参加(関西で強行スケジュールで開催。ネットワークビジネスの素晴らしさを徹底的に叩き込む。)
この流れは天文学的では無い。
日本全国に起きているんだ。
作られた流れなんだよ。
何人も似たようなケースに巻き込まれて、書き込みが出回っているんだ。
彼は「インターネットに溢れているのは継ぎはぎしたデタラメな情報。負けたやつが書いているだけ」と言った。
それはそうかもしれない。
だけど、初めてその情報を見せたのに、全く受け入れなかった。
少しも、疑いの目を持たなかった。
昔のキミだったら、そんなことあったか?
それは、インターネットの情報は負け犬が嫌がらせで書いているだけだ、信用するなと
もっとたくさん、話をしたけども、あまり思い出せない。
自分のセリフは、「何かを盲目的に信じ込んでしまっている状態」の彼には、あまりに響かなすぎた。
「師匠」のやり口やビジネスモデルを全てわかった上で、取り組むなら、これはもう止められない。
実は、そのレベルを期待していた。
「師匠」と同じステージにいてくれれば、それの方がまだ良かった。
彼は、まだ「利用されている」人間にしか、本当に末端にいる存在にしか見えなかった。
もしかしたら、夜通しネットでネットワークビジネスについて調べた自分の方が、
情報をもっているのかもしれない、とすら思った。
ふと気づいた。
ただ、自分のやっていることって、こっち側の世界へ留まれっていう勧誘なんだ。
よかれと思って、人は宗教やマルチ商法に、周りの人へ紹介して巻き込んでいくのだろう。
悩んだ末、あまり彼について考えるのを辞めようと思った。
だが、どうだろう。
間違いなく、あらゆる手段を使っても、解決する道を探るだろう。
これから先、自分が「他人」に与えられる何かは何なのだろうか?
自分はまた、こんなケースがあった時に、「他人の人生だからさ」と少し大人ぶった、そんな態度をとってしまうのだろうか。
せっかくのGWもこんな気分では何も楽しくない。
彼へのメールを考えていた。
1つだけ、お願いがある。
キミは、たくさんの人を、ビジネスに巻き込んでいくのだろう。
個人や企業や、もしかしたらコネがなくなって、昔の友達にも声をかけるかもしれない。
そして、何かしらの商品を売るのか、仲間を増やすかをするのだと思う。
その相手の人生に、キミが入り込むんだ。
他人の人生もあるってことだ。
巻き込んだ人の、この先の人生を、真摯に受け止める責任を持って欲しい。
もしかしたら、キミの勧誘により、その人が失敗したり、嫌な思いをするかもしれない。
「あなたの自己責任だ。あなたの努力が足りないから上手くいかないんだ。」
キミがセミナーで習った、基本的な考え方のスタンスは、こういったものだと思う。
だけど、キミがその人を巻き込んだという自己責任の事を、忘れないで欲しい。
これから出会う人に、ちゃんと、良い面も悪い面も、伝えてあげて欲しい。
それじゃ、うまく売れないなら、仲間を増やせないなら。
嫌な思いをさせないような、完璧なフォローをしてあげて欲しい。
どうか、優しい心を忘れないで。
見えなくさせてしまう要素が、このビジネスにはあると思うんだ。
書いていて思うんだけど、本当にお節介極まりないと思う。
自分はもうキミとはかかわらないよ。
応援したいんだけど、価値観が全くもって違う自分は、キミの足かせになってしまいそうだから。
お互い頑張ろう。
また笑って話せる日がくると良いな。
その人生を背負うことの出来ない弱さでもあり、
その人生を自由にさせてあげたいという優しさでもある。
寛容さを持っている人間でありたいという、ただの自分のエゴでもある。
自分の人生だったら主役張ってるけど、他人の人生だったら本当にちっぽけな存在なんだ。
他人の人生に、ちょっとでも良いから、影響を与えられるような存在になってみたい。
仲よくないのに二人きりの食事とか誘ってくるし。
断る理由を考えるのがめんどくさい!
返信したくないけど、何故か「またせている」っていう
罪悪感だけが溜まっていってどんどん苦しくなる!
GWも一緒にどっか行こうとか誘われてて困ってる・・・。
内定をいただいて以来、業務関係の連絡が全くない会社とその会社に新入社員として入社した人の話です。
入社式でした。小さなIT企業なので3畳ほどのスペースで辞令を社長からいただきその後簡単な自己紹介をしました。4月中は研修を行うと聞いていましたが、実際は資格の勉強と社会マナーなどが収録されているDVDを2週間、プログラミング実習を別課題各1週間だと聞かされました。その時、やたらOJTというい単語を上司の口から出ていましたが、OJTという単語を確実に勘違いしている。
4月4日~
コンサル主催のセミナーにも向かいましたが、基本社内で資格の勉強をずっとしておりました。渡されたDVDは会社のPCで見ることはできませんでした。おそらく、大量の常駐ソフトによるメモリ不足、コーデック関係のどちらかだと思います。再生30秒ごとに数分止まるという無駄な時間が過ぎていき、とてもイライラしたことを覚えています。本当に私は今月入社することになっていたのだろうか。その割にはあまりにも準備がされていなかった。DVDを見せるなら正常に再生できるか。何か説明をするのならあらかじめ話す内容を決めておいているのか。そして大抵の説明の最後に「なにか質問はありますか?」と聞いてくる。質問するほどの内容を説明していないのにこの自信はなんなのだろうと思いました。DVDは結局個人的に借りて家で見てレポートを書くことにしました。会社のPCで再生できるように奮闘した結果がかくかくな再生では非常に時間の無駄だった。
会社への不安と不条理さと試されている感が交錯しながら2週間を終えました。
来てそうそう配属について連絡がありました。配属といっても自社開発はなく客先常駐のプロジェクトでした。「新人 PG 架空の経歴書 事前面接」このあたりのキーワードでピクピク来る人とは仲良くなれそうです。研修後半の課題が出されました。使っているPCがとても遅い。コンパイルが遅い。IE起動が遅い。無駄な常駐ソフト。
新人が一人で客先常駐って時点で、完全に終わってることを自覚しなさい。 - @katzchang.contexts のエントリを何回か見ました。元の増田が削除されているのが残念です。
どうやら新人が一人で客先常駐に行かされるらしいです。その事前面接をしました。前述したとおり架空の経歴書を渡され、ある事ない事しゃべってきました。どこの会社も行っているからという理由は弊社でそれを行う理由にはならない。もう今週くらいになると自分自身でキャリアプランニングをしている。最長2年の間に架空ではない経歴書を書けること。いつ会社を辞めるのか。それまでに自身に課さねばならないタスクはなにか。それらをGWにじっくり考えるつもりだ。
その他
話の中で人があまり出てきていませんが、ほとんど接しなかったためです。今年の新入社員は私一人だけでした。一日中会社にいてやること済ましてそのまま帰ることも何度もありました。たまに掛かってくる上司の電話口から声が小さい事を指摘されました。ずっと黙ったままの作業していて、発する声が元気なわけありません。それ以降、ぶつぶつつぶやきながら作業をすることにしました。社内には私しかおりませんので当然注意する人もおりません。