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はてなキーワード: 修正とは

2017-03-25

ゲーム迷惑サイトはなくならないよ

Switchを買った。ゼルダ面白いヒャッハーサイコーだぜ!って感じではないけど、気が付くと延々と3時間でも4時間でもプレイしてしま面白さだ。

ソフトはまだゼルダしか持ってないので、友人や恋人と遊ぶために他にも何か買おうかと思ってる。

1-2-Switchは友人が持ってきてくれて一緒に遊んだので、わざわざ買ってもう一度やるかというと微妙ぷよテトは面白いけど、オフライン対戦なら体験版で十分遊べてしまう。

じゃあやっぱりボンバーマンか。

小学生のころにスーファミボンバーマンソフトは1つだけもっていて、ストーリーモードは難しすぎて半分くらいまでしかいけなかったけど、対戦は弟とよくやっていた。マルチタップを持っている友人もいたので5人対戦を何度もした記憶もある。64のソフトも友人の家で何度か遊んで楽しかった覚えがあった。

買おうかどうしようか迷えば当然ネットで評判を調べる。「遅延がひどすぎる」「操作の遅延自体パッチ修正されたけど、カメラワークが悪くて遊びにくい」「むずかしすぎる」「3Dのせいで状況がわからない」ものすごく評判が悪い。

「あー、どうしようかな。やめとこうかな」私はボンバーマンを買うのをやめた。

これが自分もっと好きなシリーズなら、どんなに評判が悪くても買って自分の目で確かめただろうが、自分にとってのボンバーマンは「昔そこそこ遊んだことのあるゲーム」といった程度なのだ

残念ではあるが、ホッとしている自分もいた。買わなくて済んだのだ。

話が回りくどくなったが、この「買わなくて済んだ」こそ、迷惑ゲームサイトがなくならない理由だ。人は常に買う理由と同時に買わない理由を探している。自分自身Switch本体ゼルダ液晶保護シートやポーチなどで4万円ほどの出費をしている。日々労働従事しているので払えない金額ではないが、それなりに覚悟のいる大きさだ。ここで楽しさに酔ったまま追加で5千円の出費をしていいものか。買わなくて済むならそれでいいのではないか

もちろんソフトの評判を見るときゲーム迷惑サイトは見ていない。最近はIGNとAUTOMATONをよく読む。電遊奇譚すごくいいよね。電ファミニゲーマーもキュレーションメディアとしてはイマイチだが、オリジナル記事はよくできてると思う。しかしそれらの比較的「まともな」メディアには、『買う理由』は書かれていても『買わなくていい理由』は書かれていないのだ。もちろん不具合があればそれは記事になる。しかしある程度冷静な文章で「このような不具合が報告されました。公式ではこのような発表をしています。」に留まる。

「〇〇はマジでクソゲーwwww買わない方がいいぞwwww」と書いてくれた方がありがたいときがあるのだ。

ゲームは好きだが、寝食を忘れるほどかと言われればそうではない。ゲームは好きだが、他の何かを我慢してお金を貯めて買うほどかと言われればそうではない。私はゲームをそこそこやるが、ゲーマーではない。でもゲーマーでいたいんだ。だってゲームが、好きだから

からこそ、「このゲームを買わない理由は、お金がないから」「このゲームを買わない理由は、自分情熱が足りないから」ではなく、「このゲームを買わない理由は、このゲームクソゲーから」と言ってくれた方がありがたい。自分プライドを傷つけることなく、ゲームをせずにゲーマーで居続けるには、そうするしかないのだ。ゲームを貶すことでしかゲーマーで居続けることができない。


プレイヤー(あるいはプレイヤーでない者たち)が買わない理由を求める限り、ゲーム迷惑サイトはなくならない。

2017-03-24

http://anond.hatelabo.jp/20170324230202

SF用法くそもない。

『パークガイド帽子』を被ったかばんちゃんを見たボス権限付与したの、ボスの『心の中』を想像して物語的に受け取ることもできるし、「なるほど必要オブジェクト認識したことでプログラムキックされたんだな」とSF的に見ることも、好きな方に見れる作り方で好き

サイエンスフィクション」として成立している用例をあげたら「SF物語性を伴ってるから例示がおかしい」

とかこれはツッコまれたらクチをポカーンと開けて待機するしかない案件だと思う。

事細かくツッコミを入れたら物語、という単語SFには指示されていないと読むことはできるが、これは「アホか」ってレベルしかない。

仮に上記文章をお前の意見に照らして修正するとすれば、そこは現実ではなく「SF物語として」に言い換えたほうが丁寧だってことになる。

そしてツイートの例示が物語性を伴っていないなら、彼の言ってることは現実ではなく設定だってことになる。

とりもなおせばそれはフィクションであり、サイエンス形態をもったフィクションであるからSFという形容以外にはありえない。

そもそもSFに必ずしも物語性が関与している、という定義は先程のWikipediaですら誰も発言してない。根拠不十分で理由がほしいところだ。

http://anond.hatelabo.jp/20170323234614

研究教育を切り離せという意見がありますが、研究していないと教育できない(特に上位の大学では)ので、研究教育を切り離すのは難しいです。

逆に東大なんかだと研究所が沢山あってそっちだと授業とかの義務はなかったりしますが?

また、基本的に下位の大学ほど全てを一人でやってる様な教授は多いです。

教授会にしても運営する側の教員の数が違うので。

あなたは一体何を見てるのでしょう?


文科省に出す書類は分厚く大量なので、文章の読み書きになれた文系教員でないと作成したり誤字脱字を修正したりというのが難しいようです。

一体なんの文章のことを言ってるのでしょうか?

研究に関する文章であれば職員が書けるわけがありません。教員自分研究のために書くだけです。

一方、事務的文章に関して言えば逆に教員が書けるわけがありません。

言語学教授ならまだしも、それ以外の教授陣が事務方よりも文章の誤字脱字などに関して能力が高い、なんてことは東大でもありえません。





一体どこの何をみて言ってるのか意味不明

2017-03-23

http://anond.hatelabo.jp/20170323162129

研究教育を切り離せという意見がありますが、研究していないと教育できない(特に上位の大学では)ので、研究教育を切り離すのは難しいです。

ただ、事務職員でもできるような仕事教員がやっているというのは確かにそうで、一員としても謎なままやらされています試験監督はその最たるもの

文章作成したり校正したりという作業は、事務職員の基礎学力があって、文章推敲ができるレベルならよいのですがそうでない大学では事務職員ができないか教員がやらないといけないのかもと思ったりもします(短大で教えたことがある方はわかると思いますが、短大には日本語がままならない方もおり、でもそういう方が「エクセルができます」とか言って大学職員採用されたりする。)文科省に出す書類は分厚く大量なので、文章の読み書きになれた文系教員でないと作成したり誤字脱字を修正したりというのが難しいようです。教員が見て初めて修正された部分がいくつもありました。

事務教員パワーバランス問題もあります。私がいたところでは、事務職員が「忙しくてできない(実際は能力が低くてさばききれない)」と投げ出した仕事教員がやらざるを得ない状態でした。やらないと管理職に「あの教員が働かないから辞めさせろ」と言いに行くのです。

比較偏差値の高い大学で、大学事務職員が卒業生だと基礎学力モラルも愛校心もあり、それほど大きな問題は起きないのですが、いろいろな大学があり事務職員も多様なので、事務能力や意欲の問題からできない(やらない)で教員やらせている仕事結構あるように思います

プログラムとかで短期教員事務職員を雇用してという形で予算が出るので、教員予算をとるための書類書きや事務仕事に追われます事務職員もいろいろな人が雇われるので質もばらつきが出ます文科省予算のつけ方を変えるのが一つの解決策なのでは。

===

コメントが付いたので追記です。

一時私立大で非常勤をし、ある国立大学学位を取り、ある国立大学プログラムで働いていた者の意見です。

東大は~」という意見がありますが、東大とは前提として違うところがいろいろあり、こちらも東大の状況をよく知らないので何とも言えないところがあります。ただ、東大の~研究所でも学部生の授業を持っていたり、院生指導をしていたり学振PDを受け入れたりというのを結構聞きます独立行政法人研究所バイトしていた時もありましたが、そこは研究だけしていたら良いようでいて、意外と他の大学非常勤に行っている人が多かった。教えることを通して学ぶこともあるので、研究だけ、教育だけと分けなければいけない、というものでもないのではと思います教育研究を両方やるのは別に普通だけれど、教員事務仕事生活指導のような雑務を異様に多くやるのが問題なのではと私は思います

事務事務が専門で、教員教育研究が専門なのだから教員事務仕事をやるのはおかしいというのは確かに最もで、本来はそうあるべき(かつてはそうだった)のかもしれません。ただ、現実として、試験監督文科省に提出するプログラム運営必要な分厚い書類を若手が作らされるというのはあり、それを拒否することはできません。他大ではもしかするとそのあたりの事務仕事事務の方がやっているのかもしれませんが、私がいたプログラムでは事務仕事は大量にあり、だれも逃れられない状態にありました。事務の専門を尊重してというのはやってきましたが、その事務専門性も危うく(日本語が危ういとか仕事に対する意識の低い職員が少なからずいる)教員教員の専門を尊重されることはほとんどなかった。若手の教員は次々に変わっていき、「代わりはいくらでもいるんだ」という態度を管理職から事務からもとられていて、すべてを受け入れないといられない状態でした。若手研究者が過多で足元を見られて酷使されるというのはポスドク問題とも関係してくる問題なので、文科省競争させてプログラムお金をつけるという方針であることだけに起因するものではなく、複合的に生じた問題のように思います

ニートによる妄想(意識編)

意識高い系の人…自分にも他人にも厳しい。べき論に凝り固まりやすい。

意識高い人…ベースとなる本心の部分で、自分にも他人にも過度に期待しない。が自分仕事客観的に相当高レベル

 

なぜ期待値を低くしておけるのか、というと、意識が高いゆえに、人間限界多様性を熟知しているから。

自分他人に常に強度のテンション(張力)を掛けておくことが必ずしも最適解ではないと知っているので、寛容になれる。

もちろん表面上、他人に期待をかけることはある(大抵は有効なので)が、仮に失敗してもひどく叱責することはない。

それどころか寄り添って、上手に褒めながら行動修正相手に自ら引き出させることができる。

自分に優しいということは単に堕落を許すというわけではなく、自分キャパティを熟知しているという意味

どの程度の息抜き必要か、なおかつ仕事への感度の高さを維持するにはどう自分モチベートすれば良いかを把握している。

2017-03-22

WEBデザインをパクってアレンジしてうまくなるのは基本だよな。

と言うかクライアントデザインセンスがクソで、クソな方向に修正が入って上が取り合ってくれない時の方が納得できなかったわ。

2017-03-21

http://anond.hatelabo.jp/20170321040927

捏造している自覚は当然あるだろうから

うっかり修正と言ってしまったんだろう

歴史修正主義ってレッテル間抜けすぎだろ

修正って正しく直すって意味だろ?歴史認識が間違いだと言いたいなら、歴史改竄主義と呼ぶべきではないか

言葉の使い方を気にする歳か

自分は何人かと共同でソフトウェアを作る仕事をしている。

作る工程の内、バグ修正機能追加をする時、そのコード添削プロジェクトメンバー同士で行うようにしている。

その添削時、「ご対応ありがとうございます」と言う奴がいて、それが地味に気になっている。

別にそいつに頼まれた訳でも、そいつ担当作業を巻き取った訳でもないのでお礼を言われる筋合いはない。

しろお礼を言われると、まるで自分そいつ命令されてしたような気分になる。

勝手上下関係を作られてるようで腹が立つ。




相手には敵意はない。

マウンティングしてやろうという気も無い。

単に自分にとって言葉の使い方が気になるだけだ。

こういうことをイチイチ気にしてしまう歳になったのかなと思う。

2017-03-20

二分法の危険性は知られているのに右翼とか左翼とか分ける意味って?

何故、主張を切り取って、右翼左翼と言う風に分けるのだろう。

そもそも右翼左翼と言う分類は何なの?団体?主張?属性?明確な定義がされているの?

その分類ってカジュアル相手馬鹿にするためのスラングになってない?

その分類に乗せると、主張をスラングとして軽く扱える、みたいな流れが毎回不思議なんだけど

例えば右翼認定だと

北朝鮮韓国中国間で各問題が紛糾し、危険性が増大してる、国防観点からアメリカとの連携国内法律自衛隊重要性が高まっているので軍備を増強しよう

→またネトウヨ暴言か、そんな事よりも政治献金土地不正の方が大事だろう

疑問:どっちも優先順位がつけれないほどに危ういと思うんだが

左翼認定:

土地不正問題の何が問題かというと、権力国家財産私物化問題であってね。国家と言うもの貨幣と同じく信用で成り立っている部分もある。会社資金私的に流用したら会社犯罪だし信頼性を失って企業は失墜するだろう?

それと同じ事を国家がやらないよう、国民国家運営をある程度監視する必要があるのさ

はてサがいつも正しい判断政府批評出来ればね

疑問:その判断の是非は議論すればいいし、言ってる事は正しいと想う。でも国家である以上はそれに「全力を尽くす」ってことをやってはいけないんじゃないかな。インフラの整備や外交、回って当然のことを回し、危険性のあるところは注視しつつ、運営しながらや不正や腐敗の是正大臣更迭もやらなきゃいけない。それってどうすれば巧くいくのかな。

追記:見切れていたのでタイトル修正

2017-03-19

赤旗誤報を叩いてるやつって、知能レベル大丈夫か?

誤報から修正記事出してるんだろ?

国会で嘘を強弁し続ける安倍とか、稲田に対してはなんとも思わないのかな?

お前らアホにはこの一件で赤旗まとめサイト同類に見えるとかキチガイだろ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/byline/yanaihitofumi/20170318-00068851/

2017-03-18

専業主夫になりたい

(希望条件)

・年齢:32歳まで

年収:400万以上(将来性のあるお仕事をされてる方)

包容力のある方

(僕のスペック)

年齢:26

年収:360(残業込み)

学歴:関関同立

容姿:普通です

身長:176

料理:就職してから一人暮らしなので、割となんでも作れる

専業主夫と書きましたが、パートなら応相談です。

子供は僕はどちらでも良いですが、あなた妊娠希望場合子供が産まれるまでは僕も働き続けます

・朝のお弁当は週2までならお作りしま


僕と結婚してくれる方おられないでしょうか。

※年齢についてご指摘があったため修正しました。お弁当ですが、毎日作って貰っている家庭なんて逆に珍しいと思いますよ。

県境マニア聖地撮影禁止だった!

県境マニアの西の聖地イオンモール高の原」(京都府木津川市奈良県奈良市)。建物は1F、5F、屋上駐車場で、2~4Fがお店なんだけど、どの階にも府県境警察管轄)を示す線が引かれていることで有名で、写真におさめる人も多い。

ところが、自分も3Fの吹き抜けから2Fの境界線を撮っていると、警備員に館内(駐車場も)は撮影禁止写真を削除するように言われ、「1回注意しまたからね!」と念を押された。

うん、確かにどの商業施設でも入口に撮影禁止と貼ってあるし、明るい廃墟ネットで話題になったピエリ守山だって、本当はオープンした時からず~と撮影禁止だ。でも、イオンモール高の原場合は、写真撮影のために2FにKYOTO/NARAと明示してくれてあるし、過去にはあの有名なゆるキャラ写真が撮れちゃいます!と記念撮影アプリまであった。

そのことを伝えると、警備員県境撮影可だと認めたものの、それは2Fでの撮影だけで「いままで上から撮った人なんていなかった」という。いやいやいや、下だけだと全体が入らないから、県境マニア石井裕さんも、デイリーポータルZ西村まさゆきさんも、放送作家吉村智樹さんも、皆さん上から撮影されている。

それに、「す・またん!」「ねとらぼ」「空から日本を見てみよう」「スクール革命!」「三関王」なんかも上から写真映像だったし、その一部はイオンモール広報部の提供じゃないのか。この点について確認したところ、メディアは特例で、とにかく2Fの通路以外はダメとのこと。

警備員プライバシー保護理由と言っていたけど、地元の方は府県境なんて全く気にしないから下で撮るのは恥ずかしいし、何より下で撮る方が通りがかった人や、ショップにいる人の顔が入っちゃうんだけどなあ。

年月 出来事
2005年3月 両府県警の間で事件事故の際の対応協議イオン(当時)に店内に線を引くよう申し入れをする。
2007年5月 イオンモール高の原グランドオープン
2012年5月 2F通路NARA/KYOTOというシートが登場
2012年10月 せんとくんまゆまろ記念撮影できるアプリ高の原県境AR」登場
2015年3月 2F通路県境にショーケースが登場
2016年2月 ショーケースの下半分のデザイン変更
2016年3月 奈良市非公認キャラのリニー君が、モール内でのフラッシュモブ終了後にミニリニー君のフィギュアを渡し、ショーケースに置かれる
2016年4月 ショーケースの上半分とシートのデザイン変更
2016年5月 シートのデザイン修正
2017年2月 ショーケースとシートのデザイン変更

世界要人が俺に金を渡したがるので困ってる

俺も、安倍から直々に100万円手渡されたんで、月曜日自分の口座に安倍名義で振り込んでくるよ

郵便局の窓口で振込名義を修正させられるかもしれないけど、これをネットにupすれば、安倍国会議員の座から引き摺り下ろせるから、もう受け取らなくてすみそうだ。

あと、来週は蓮舫から100万円受け取る予定だし、来月はトランプに1万ドル手渡される予定。でもトランプよりはイヴァンカに渡されたいなあ。あとサルマン国王から渡された原油100バレルはどうしよう。こいつら、領収書とか受領書もいらないみたいだから、俺の裏金たまるだけで超困る。

俺はもう貰うのめんどくさくなったから、誰か代わってくれないかな。代わってくれる人は、以下のアドレスアクセスして、メールアドレス登録してくれ。メール送信ポイント必要だけど、要人から振り込まれる金ですぐ元が取れるよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170318003216

記事にそのまま書いてあるだろ。

籠池が自分に100万を振り込もうとしたとき安倍名義にしたところ注意されたので修正液で消して森友学園名義にした。

2017-03-17

http://anond.hatelabo.jp/20170317194335

同じことバカみたいに投稿するなら角度→確度ぐらい修正しろ

わざとアングルつけてます宣言しか見えないぞ

今より若くなることは永久にない

から三枚くらい欲しい服買って、写真館とか行って修正バリバリ写真プロに撮ってもらおうよ

若かりし自分の供養ができるのは今、あるいは子供を身代わりに捧げるくらいだよ!

服は満足したら売ればいい

http://portal.nifty.com/kiji/161212198283_1.htm

こういうの国内でもありそうだけど、コス写さんに頼むことになるんだろうか

http://anond.hatelabo.jp/20170317155716

http://anond.hatelabo.jp/20170317134832

修正液の上にある郵便局長印が偽造ってことかな?

https://news.yahoo.co.jp/byline/suganotamotsu/20170317-00068806/

払込用紙を修正液で直したものなんて受け付けないだろw

普通は書き直すし、訂正するにしても二重線に訂正印必須

2017-03-16

森友・籠池氏の「財務省佐川局長から身を隠せと言われた」発言信憑性

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3005344.htm

 

なかなかどんな場面での発言なのか、想定できないから、丸っきり籠池氏のでまかせと判断している人もいる。

しかし、話を盛っているにしろ、丸っきりの虚偽ではないと考えている。

 

籠池氏の証言は、「顧問弁護士酒井弁護士?)から財務局の人(佐川局長)が籠池氏にしばらく身を隠してくれと言われたから、10日間隠れていた」というもの

佐川局長は、「籠池氏や弁護士と面識も話したこともない」と証言

弁護士は、「佐川局長と面識も話したこともない」と証言

 

別に矛盾なく成り立つ。

 

且つ、佐川局長は、近畿財務局を通じてだろうか、確実に騒動後に森友学園側と連絡を取り合っていたのだ。

朝日新聞掲載された「ごみ撤去1億円」という籠池氏のインタビュー記事が出た2月14日早朝

http://www.asahi.com/articles/DA3S12794669.html

 

これを、翌日の財務金融委員会で、共産党宮本議員が指摘したところ、佐川局長が、この記事森友学園から事実誤認であるとして、記事修正を求めている旨を、聞いているとの答弁がなされている。

https://www.youtube.com/watch?v=BtbNXYzxBrs&t=1132s 

(22分10秒から佐川の答弁)

 

宮本議員は後で、なんで佐川局長森友学園側の代理人のような答弁をするのか、とツッコミをいれている。

 

そして森友学園の籠池氏は、この矛盾が大きく報じられるようになると、今まで受けていたテレビ新聞取材から遠ざかるようになっていった。

 

まあ、実際に財務省人間が「悪事を伏せるために身を隠してくれ」なんて言ったとは全く思っていない。

ただ、国有地取引を通じてツーカーだった近畿財務局人間弁護士を通じて籠池氏に「いい加減なことをマスコミに答えないでくれ」くらい要望したのではないか、とは想像できる。財務省職員手続きが間違っていたとは思っていないのだから

 

それを、弁護士を通じた伝言ゲームの中で、籠池夫妻を通過してノンフィクション作家菅野完氏に伝わった時には「財務省佐川局長が『身を隠してくれ』と籠池氏に言ったから隠れていた」という話になったのではないか

http://anond.hatelabo.jp/20170315215154

プログラマ仕事を出す元請け上司が意地悪だから病みやすいんでしょうね。

でも、プログラマも悪いんですよ?

3日でバグ修正してくれって依頼したのに、ちゃんと3日で仕上げてくれないんだもん。

バグの原因が分からないとか、子供じみた言い訳しかできないなら、最初から仕事するなって思う。

コンビニに置かれるエロ本について

#コンビニエロ本を売らずにおむつを売れ

https://togetter.com/li/1090143

先日、このようなtwitterでこのような侃々諤々があったということを知った。

私はコンビニでの勤務経験もないし、子持ちの母親でもない。

コンビニ日用品ラインナップにおむつを加えるべきか、については

既に議論も尽くされているだろうから、敢えて触れる必要はないと思っている。

それは各店舗地域の客層・需要収益性を考えて判断すればよい。

問題エロ本の方だ。

コンビニで働いたことのあるような人たちですら

雑誌棚の成人向けコーナーに置いてある本について、多くの人が誤解しているように見える。

勿論、これは出版社流通説明不足に起因するものだと思うが

18禁雑誌を堂々と販売している」という主張は

少なくとも法的には、或いは出版業界としては正しくない。

まず、コンビニに置いてある漫画や実写系のエロ本

確かに雑誌の傾向としてはエロ本しか表現しようがない。これは間違いない。

しか結論から言うと、コンビニに「18禁(成人向け)の雑誌」は置いていない。

出版社所謂18禁、成人向けの雑誌書籍には一目でそれと分かるよう

成人向けのマーク記載する必要があり、そのマークのついた雑誌特定書店通販しか購入できない。

成人向けマークのついた雑誌書籍は、表紙の段階から下着はもちろん、乳首性器露出といった過激描写に特徴づけられる。

内容も様々で、激しい性描写人倫に悖る行為暴力的猟奇的な内容まで含まれる。

これらの雑誌書籍コンビニでは売っていない。

(というよりも、コンビニが店に置くことを許可しないのだが)

このマークによる流通制限出版社による自主規制ゾーニングである

ではコンビニに置いてある括弧付きの「エロ本」とは何か。

これには成人向けマークがない。

極論すれば、様々な週刊誌や「少年~」「ヤング~」という

漫画雑誌となんら変わるところはない一般向けの「普通雑誌である

青年誌を読む人にとって、「ヤング~」という漫画雑誌

描写のある漫画が載っていることは驚くに値しないだろう。

或いは、週刊誌に時折ヘアヌード袋とじがあることはよくご存知のはずである

では週刊誌は、「ヤング~」は18禁雑誌だろうか?

コンビニの成人向けコーナーに置かれている雑誌書籍は、これらと本質的な違いはない。

少なくとも法的にこれらを明確に区別する根拠はない。 ※青少年条例に基づく有害図書規制個別指定されたものを除く

ただ、エロの占める割合が高いというだけの話であり

例えば漫画場合、性描写自体は「ヤング~」の延長にある程度だ。

性器に対する修正もかなり強く、この点は特に成人向けマークのある雑誌差別化されている。

成人向けコーナーにある雑誌の表紙にきちんと目を通してほしい。

確かに扇情的ものは多いが(エロ本である以上、当然ではあるのだが)

下着のようなものはなく、そう見えるもの殆ど水着である

エロ本のくせに、乳首性器露出していない。

雑誌ビニール紐で縛っていない店舗でも青いシールで封がされており

立ち読みはできないようになっているはずだ。

何故か?

様々な年齢や客層が利用するコンビニに置かれるからだ。

ふと目に入ってしまっても、直接に性的ものが映り込まないよう細心の注意が払われている。

水着グラビア写真が表紙を飾る雑誌と、果たして要素としてどんな違いがあるだろうか?

エロ本であることは否定し難い。

しかし「18禁雑誌」ではない。

あくま出版社は誰でも買える、一般向けの雑誌として流通させている。

だが現実に、コンビニでは成人向けコーナーへそれらエロ本隔離されているではないか

そう言われるのはごもっとである

それらエロ本店舗の隅に隔離したり、未成年エロ本を売ろうとしないのは

コンビニ各社の陳列・販売における自主的判断によるものである

これは流通側の規制であり、雑誌を作った出版社意図とは基本的関係がない。

畢竟、コンビニが「一般向けの雑誌を成人向けとして扱っている」ということになる。

ここが多くの人が誤認するもとになっている。

実際、コンビニでは成人向けコーナーにあるようなもの

ある書店では普通雑誌の横に並んでいるということも大いに有り得る。

その書店配慮が足りないかもしれないが間違っているわけではない。

流通各社による、方針の違いでしかない。



「成人向けマークがどうとか、そんなものレトリックしかない。

 エロ本エロ本であり、やはり子供の目の届く可能性があるコンビニにあるのはおかしい。」

「あの表紙で普通の客に配慮しているつもりなのか?

 結果的不快に感じている人も少なくはないのだし、カバーをかけるなどして対処するべき。」

こうした意見も大いに出てくるであろうことは想像に難くないし、

それらについて賛否どちらの立場に与するつもりもない。

ただ「そもそも18禁雑誌コンビニ置いてあるのがおかしい」という

事実誤認による空虚な論難を避け、より建設的な議論を促すためにも

出版流通による自主的規制を通り抜けた末に店舗に並んでいるという実態はより広く知られる方が望ましい。

2017-03-15

毎朝ぎりぎり出社の運用エンジニアです

今日会社障害対応

最近やっているプロジェクトはつまらない。

今やっている仕事の50%は運用プロジェクト関係

運用なので実装や開発ということもなく、何かシステム修正があればテスト、というような感じ。

障害も頻発するわけではないがそれでもつらい。

先輩はいい人で色々教えてくれるので、勉強になるからその点はうれしいのだけれど、

やっぱり運用プロジェクトというせいかモチベーションが上がらない。


最近は毎朝起きるのも遅い。

乗る電車もいつもぎりぎり間に合う電車


以前は出勤時間の3〜4時間前に起床して、好きなプログラミングをしたり

本を読んだり、ランニングをしたり自由に過ごしていた。

会社にはみんなよりも1時間早く来ていた。

きっとその頃は仕事が楽しかったのだろう。

会社に入ったばかりでやることはどれも新鮮。

少し難しい仕事も任されるようになってきてモチベーションもあったと思う。

仕事楽しいだけでなく充実感があった。

それが今では不思議と朝起きたくないのだ。

起きるのがつらいというか億劫

別に疲れが溜まっているわけではない。

目覚めは悪いどころかいつも目はぱっちりしている。

でも起きれない。ぎりぎりまで布団の中。

そして時間ぎりぎりになると焦燥感を感じつつのっそり布団から起き上がる。

まり憂鬱なのだ会社に行くのが。

この状況を打破するにはたぶん運用プロジェクトをやめるしかないのだろう。

今ではどうせ朝早く起きれないなら深夜までずっと起きていようか、なんて考えている。

会社をやめていく同僚にも言われたが、運用やってるとだれてくるらしい、私生活が。

そういって同僚はフリーランス転職した。

今では職場でも私生活でもいきいきしている。うらやましい限りだ。

自分フリーランスにはなろうとは思わないけども、少なくとも今のプロジェクト半年が限度かなーとは思ってる。

同じ環境にずっと居ても成長できるか不安だし。

それに自分市場価値はどんどん上げたいと思っているし、会社だけでなく会社の外でも評価される人間になりたい。

そういう意味でも今の運用プロジェクトに長く関わるのは、正しい選択ではないように思う。

運用プロジェクトの残念なところは、仕事の大半が顧客対応コミュニケーションコストでつぶれること。

特にお硬いお客さんだと本番作業をする度に、申請書類を書いて作業日の何日か前に提出しなければならないだとか。

障害対応であれば書類に発生日時や発生事象、発生原因、顧客影響、業務影響、対応策、横展開対応、再発防止策、etc..

なんてことをつらつら書かなければいけなかったり。

なにより障害が発生したらものによっては休日にも出勤しなければならないこと。

まぁ自分はその経験はまだ一度もないけども。ただ障害が起きて帰りが遅くなった時は本当に疲れる。

体力には自身があるけども精神的にはわりときます。人によるのかな?

つらつらと運用プロジェクトについてネガティブな事を書いたけども、悪いことばかりではない。

運用プロジェクトでは顧客対応必須だ。なので顧客との話し合いは上手くなる。

あと、運用エンジニアには広範な知識が求められる。

例えばフレームワーク脆弱性が発表されれば、どの程度影響があるのか、どのような対策を取れば十分か、そもそもどんな対策がとれるのか、とか。

ハードウェアミドルウェア障害が起きればそれに対する知識を駆使して対応を行う必要があるし、

ドメインが変わった、IPアドレスが変わった、となればシステム運用保守作業で影響がないか調査する必要がある。

なのでそのような対応を考える機会があるので勉強にはなる。

他にも必要知識として、プログラミング言語SQLはそこそこかけて、DBクライアントLinux操作、その他ミドルウェア知識必要になる。

なので現時点では自分スキルはそこそこ伸びてはいるのかなーとは感じている。

そんなこんなで運用プロジェクトは色々大変だよってことです。

理想運用プロジェクトで吸収できるものは吸収していって、早めに別プロジェクトに移っていきたいですね。

めんどくさいことが多いけどもつまらなすぎて潰れないようにとりあえずがんばります

明日仕事ですね。みなさん一緒にがんばりましょう。

機械室で事務仕事してたら心と体がぶっ壊れた話

 三月機械室は寒いビル全体に快適な空調を提供するための機械が詰め込まれ、常に忙しく稼働しているが、地下三階のこの部屋自体は空調の対象外だ。本来人間のいる部屋ではないから当然である

 束の間静かになったかと思うと、あちらの機器が動き、こちらの機器が唸る。遥か上層まで温風を送るための、巨大な機械の稼働音。出入口の重たい鉄の扉には、騒音漏れ出しを防ぐためだろう、「開放厳禁」のプレートが貼られている。

 その扉の横には、在室者表示パネルがあるのだが、あまり意味はないのかも知れない。人がいると表示されているにも関わらず、全ての照明をオフにして出てゆく人が時々いる。後に残るのは機械が動く音と、非常誘導灯の光だけ。

 私はその、地下三階の機械室で働いていた。申し訳程度に置かれたストーブは、部屋の寒さと広さに対してあまりに貧弱で、温かいと感じたことはなかった。仕事中もコートは脱がず、ヒートテックの腰と肩と下腹部に、貼るタイプカイロを仕込む。電気ポットも電子レンジももちろんないので、温かい飲み物を一日に二本は買いに行く。それだけやっても、夕方には体が氷のように冷たくなる。大きな音をずっと聞いているためか、外に出ると全ての音が遠く小さく聞こえた。

 ここまでの文章を読めば、そういう場で働く職業の人か、と思われるだろう。だが、実際はタイトルの通りであるExcelや専用ソフトを用いた書類作成が主な仕事であり、その他コピー取りや備品の注文といった雑務も行う、私はただの「派遣事務女性」だ。機械室の奥の、気休めのようにパーテーションで区切られた広場という就業場所以外は。

 そこに常駐しているのは私一人だった。他の人は打ち合わせで外に出たり、営業所に出向いたり、同じ建物内の別の事務所仕事をしていた。

 ただの事務のくせに、スマートフォンは常に手元に置いていた。心証が悪いのは分かっていた。それでも手放せなかった。一人きりで機械室に置かれた心細さも多分にあったが、在室表示を見落とした誰かに照明を落とされてしまったら、光源は非常灯とパソコンモニターだけになる。そうなると私はスマートフォンLEDライトを点けて、機器の間の通路を通り抜け、自分で照明スイッチの所まで行かなくてはならない。そういう事態が、一日に三度は発生する。昔、自分懐中電灯を持って歩くお化け屋敷に入ったことがあるが、今は何故あんものお金を出していたのかと不思議に思う。機械室に、脅かしに来るお化けはいない。誰も居ない。こちらの方がずっと怖い。

 そんな環境で三日ほど働いた。たったの三日。その三日間で、私の心は駄目になった。四日目の朝、起き上がれなくなった。


 目は覚めているのに体が動かない。スマートフォンの目覚ましアラームが鳴っている、うるさい、止めなければ。頭では分かっているのに、全身が鉛のように重く、手を伸ばすのも一苦労だった。起き上がることはもちろん出来なかった。

 毛布にくるまったまま、体調が悪いので休みます、と派遣元派遣先にそれぞれ電話を入れた。そのまましばらくぼんやりしていた。食事を摂るべきだと思い至って、ベッドの上を這い、落ちるようにして床に降りた。その姿勢のまま、壁を見つめて泣いた。

 休むつもりなんかなかった。少なくとも昨日の終業の時点では。テキスト形式のToDoリストに、明日作業に使うはずのファイルパスを貼り付け、紙の資料は机の上に出しておいた。温かい飲み物を毎回買うのはお金がかかり過ぎると思い、買い物リスト魔法瓶と書き込んだ。小腹が空いた時のための飴のストックも、どの職場にも持ってゆく自作マニュアルも、引き出しの中に入っていた。明日もここで仕事をするのだと信じて疑わなかった。

 最後の一藁が積まれたのは、おそらく退勤後、帰りの電車に乗った時だ。運よく空いた座席に座ることが出来た私は、鞄から文庫本を取り出したものの、読む気になれず膝の上に置いてしまった。凍え切っていた体が、車内の暖房に温められて緩むのを感じた。それを自覚した時、ああ、今の私はホームレスの人みたいだ、と思った。

 ローカル現象かも知れないので補足しておくと、私が利用している普通電車には、時々ホームレスが乗ってくる。全財産であろう荷物を抱え、申し訳なさそうに体を縮めている。彼らが乗ってくるのは、決まって冷え込みの厳しい早朝や深夜だ。深夜営業マクドナルドも、地下街もない田舎から、初乗り料金の切符を買って電車の中で暖を取るのである

 彼らのほとんどは、きっと悪いことをしたわけではないのだろう。好き好んでそうしているわけでもないのだろう。私も同じだ。それなりに一生懸命やってきたつもりだった。そうして勝ち取ったものが、この労働環境と、冷え切った体だった。

 心の背骨が、音を立てて折れた。


 たった三日で、と書いたが、実際はそうではない。実は夏から、私は似たような環境で働いていた。

 そこはとあるビルの、やはり本来機械室で、冷房機器がなかった。もちろん窓もなく、日差しに焼き殺されることこそなかったが、這い上がってくる湿気に蒸し焼きにされるような、座っているだけで体力を削り取られるような環境だった。

 体調を崩して病院に行くと、熱中症と診断された。冷房を付けないと体に毒ですよと医師に言われ、冷房機器自体職場にないと伝えると絶句された。月の医療費は一万円近くに上り、休んだ分の給与はもちろん出ず、家計は逼迫した。冷房なしでも平気な鋼の肉体ではない私が悪いのか、と理不尽に感じた。

 それでも働き続けたのは、頑張れば良くなると信じていたからだ。冷房は今手配してるから、という雇用主の言葉を信じていた。臨時事務所と言えどここまでひどいことはそうそうない、とも聞かされていた。認められれば営業所への配属も叶うと思っていた。結局、夏も終わる頃になって馬力不足のエアコンが付いた。そんなものが要らない秋が来て、防寒着とカイロヒートテックで武装するしかない冬が来た。

 なんとかそこでの仕事を二月いっぱいまで勤め上げ、三月からの配属先も機械室の臨時事務所だと聞かされた。今度はきちんとした事務所でしょうね、と私は確認した。ちゃんとした事務所体裁になっている、という言葉を信じて、契約更新書類に判を押した。

 ちゃんとした事務所

 机とパソコンが置かれ、電話通信環境さえあれば、それは「ちゃんとした事務所」ということになるのだろうか。パーテーション暴力的に乗り越えてくる冷気と騒音は、ないものと見做すのが一般的なのだろうか。私には分からない。

 ただ、体を壊し、薄給にも耐えて、それでも次は良くなると信じて頑張った結果がこれか、と絶望を噛み締めるには十分だった。新しい事務所環境も、三日間という時間も。


 仕事に行こうとして起き上がれなかったあの日から一週間、ずっと泣いて過ごしている。正確に言うと、何をしても涙が出て止まらないのだ。あの機械室で過ごした時間よりも、自室の壁を見つめて泣いている時間の方が長いというのはどういうことか、自分でもおかしいと思う。

 年甲斐もなく泣きじゃくりながら関係者電話をして(泣き止んでいる時間ほとんどないのだからやむを得まい)、とりあえず休職することが決まった。仕事休みになったらやりたいと思っていたことは沢山あったはずなのに、旅行はおろか、買ったままになっていた本を開く気力もまだ湧かない。せめて気持ちを整理しようと、布団に潜り込んだままタブレットを使ってこの文章を書いている。


 まだ耐えられる、という考え方は危ない。自分限界と、改善の時期を正確に見極められるのならその限りではないが、少なくとも私には無理だった。まだ働けると思っていた。自分限界は、思っていたよりも小さかった。

 雇用主の人は、どうか労働環境に気を使って欲しい。口では耐えられると言いながら、無自覚ダメージボロボロになっている、私のような人もいるかも知れない。同じ環境に置かれても、年に八百万円貰っている管理職と、四百万円貰っている社員と、二百万円貰っている派遣社員と、仕事が大好きで報酬なんか気にならないという人では、耐えられる限界がそれぞれ違う。

 もし望まずに似たような環境に置かれている人がいたら、出来れば逃げて欲しい。次の仕事も見付けられていない私が、逃げても大丈夫だよ、とは到底言えないから、「出来れば」としか言えないのだけれど。朝から晩まで涙が止まらず、食べ物を買いに出れば道行く人や店員にぎょっとされ、転職活動をしようにも履歴書に貼る写真が撮れない、自分の好きなことも楽しめない、友人から電話を受けてもロクに話せない──こんな状態になるくらいなら、もっと早く逃げておくべきだったのだと思う。


 涙が止まったら、仕事を探しに行くつもりだ。最低限の空調機器の備わった居室で働かせてくれる転職先が、見つかるといいのだが。


【同月16日23時 追記】

 勢いのまま書いて投稿したものに、多少の加筆修正を行った。面白くもない話題の長文なのに、予想よりもブクマ数が多くて驚いている。目を通してくださった方、ありがとう。その程度で休むのか、とのお叱りも覚悟してコメント欄を開いたはずが、今は世界の優しさを痛感している。

 子供の頃の夢は作家だったので、文章力を褒められたり、覆面作家じゃないかと疑われるのは面映ゆい。私が本当に作家だったら、有名なジョークよろしく「良かった、可哀想派遣社員はいないんだ……!」となって、それはそれで良かった気もする。

 現実の私は、ボイラー技士の資格は持っていないが、その類の業界の専用ソフトの扱いに慣れている。派遣会社業界経験者優先で仕事を紹介するし、少人数の臨時事務所特に教育不要経験者を欲しがるわけで、私が同じ業界の似たような職場に続けて派遣されたのはさほど不思議なことではない。


 この労働環境が法に触れるものであることは、私も承知している。ただ、同じ事務所に出入りする他の社員たちは、不満は言っても我慢は出来るという様子だった。性別給与も、滞在時間も違うのだから仕方がない。

 私が一人で告発したとして、正社員ならふてぶてしく居座ることも出来るだろうが、派遣社員場合はそれが原因で(表向きは「経営上のやむを得ない事情」で)即座に切られる可能性がある。自分就業中にはとても出来なかった。逆に今の私は失うもののない身なので、後任が同じ目に遭う前に一言言っておきたいとは思っている。

 本文中にも書いた通り、もしこれを読んでいる中に環境を作る側の人がいらしたら、少しの配慮をお願いしたい。この記事へのブクマコメントだけでも、「私より辛かったんじゃ……?」と思うような書き込み複数あった。それらは全て、改善されるべきものだ。改善出来ない立場の人は、どうか自分の身と心を守って欲しいと願う。


 幸いだったのは、今回の派遣先短期契約で、私も近々次の仕事を探す心積もりであったこと。転職情報を集めたり、職務経歴書を作り始めた矢先だった。自分の心が折れたのは計算外だったものの、少し休んで五月くらいに次の仕事を見付けられれば大体予定通りだな、と結構気楽に構えている。

 収入が絶えることだけが不安だったので、傷病手当金を貰える可能性があると教えて頂けたのは助かった。貰えないとしても、自分メンタルケアのためにも明日病院に行くつもりだ。


 名も顔も知らぬ私の文章を読んで、心配してくれる人がいる。それだけで心が軽くなった。本当にありがとう

 ストレス要因はなくなったので、たっぷり寝て美味しいもの食べて、あとはジョギングしてプール行って本読んで映画観てカラオケに八時間くらい篭もれば回復すると思う。今はまだ泣いてるけど。私の今後のことは、どうかご心配なく。

2017-03-14

自動運転は完全に70年後に実用しました

こちらの次元では少し時期を促進させるために、完全自動化をする上でのターニングポイントを予め通知することにしました。

尚、文章作成するにあたってこの時代AIネット文献の力を借りていますおかし表現文章があったらご容赦願います



自動化の一番の課題は、全てを自動化させない限り事故リスクゼロにできない点でした。

そしてそこには、機械にはなかなか理解することのできない、人間動物的な感覚が要因としてありました。

その部分を人間が認めず、我々が発見できないことが完全自動化拮抗させる原因になっていました。



囚人のジレンマ言語化されている問題があります

集団スコアが高くなる行動が明示されているにもかかわらず、個人スコアのために集団犠牲にしてしまうという生物特有利己的な行動です。

我々がどれだけ交通量全体を最も期待値の高い状態で維持しようにも、そこに非自動運転の車がたった1台でも存在するだけで全体のスコア頭打ちになってしま問題を抱えていました。

また、自動運転同士の事故の原因も長い年月の間特定が出来ずにいましたが、それも結果として手動運転が原因だという結論に至りました。

手動運転予測が困難なことで常に全体スコアの再計算必要になり、再計算命令の実行とのラグが原因で事故が発生していたのです。

しかしそれは手動運転存在したブロックとはかけ離れた、一件関連性の感じられない場所における事故だったために原因の特定までに多くの時間必要とすることになりました。

手動運転存在する周辺における計算修正は限りなくラグがない状況にまで達することが出来ましたが、問題は波状に広がる命令が互いに特定状況下で干渉し合うことにありました。

あなた方がバタフライエフェクトと呼ぶ現象に似ていますが、静かな水面に水を一滴垂らしときに広がった波紋が、壁面に反射して段々と模様が複雑になっていくように制御が崩れてしまうことが原因だったことで、関連性の特定が困難になっていました。



前置きが長くなってしまいましたが、手動運転を完全に人間に諦めさせるために最終的に行ったことは車の窓をなくしたことでした。

一見不思議に感じられるかも知れませんが、そのヒントがちょうど存在しているこの時代からこそこうしてこの内容を記載しています

そのヒントとは、高層ビルを走るエレベーター運用方法です。

あえてエレベーター現在位置を知らせないことで、もっと効率よく運用でき、尚且つそこで待つ人間ストレスを軽減することに成功しているというものです。

まり人間相対的位置関係を知ることでストレスを感じる生き物だということを知るヒントになりました。

しかし、第四次エネルギー革命以降には、エレベータービル間もまたぐことができるカプセル単位での高速移動に変化したため、その知識ロストテクノロジーになっていました。

エレベーター制御AIネットワーク化される前の時代情報だったために発見に膨大な時間を要しました。



車の窓をなくして正しい到達予測時間を伝えておけば、交通状況や現在位置に対して人間が抱えるストレスは大幅に軽減されました。

風景が見たいだとか、運転に主導権を失いたくないだとかい人間的な考えを尊重しようとしたことが大きな遠回りになったのです。

その代わりに、エンターテイメント仕事生活など、別のものに集中できる空間提供しました。

そのことによって、移動は生活シームレスにつながることができ、最終的には自動運転義務から手動運転禁止までをスムーズに行うことが出来ました。

まり、この時代においてついに交通という概念をなくすことに成功したのです。

そこに至るまでに長年つまづいたもの象徴が窓でした。

これから自動運転開発がまさに始まろうとする今だからこそ、そしてエレベーター効率維持が機能している今だからこそこの忠告をおいておきます



自動運転の開発は、窓をなくすことを前提で行うこと。

車の延長ではなく、生活の延長として交通という概念を無くすことを目的とすることで、完全自動運転化に至るまでの時間を30年は短縮できるはずです。幸うんこ祈ります

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