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2017-02-28

[][]無職増田転職活動まとめ

前回までのあらすじ

無職となり街を彷徨っていた@saitamasaitamaこと無職増田仕事を探していた。

しか33歳という高齢の上見た目がキモくて金もないおっさんであるが故誰にも雇われることはなく――

だが最終的に仕事が決定したため、無職増田が実際に行った転職活動の内容についてまとめてみようと思う。

無職増田って何者?

ただのキモくて金のない33歳のおっさん。ただし20歳の頃からエンジニアとして働いているのでそれなりに結構技術には自信があるPHPおじさん。つまりは実質高卒であり、学歴は酷いものである

大学中退している手前学歴コンプであり、東大付近を通りかかるとインテリっぽい女子大石泉ちゃんみたいなの)がいないかどうかを目を皿のようにして見張ったりすることも。

性格的にはキモくて金のないおっさん類型とされるような中途半端な会話力の上にキモくてウザい語りをぶちまけた「女子絶対彼にしたくないと思う男性タイプ」そのもの

無職から仕事が決まったまでのスケジュール

どんな会社とどんな面談をしたか(全13社)

時系列順に記す。会社名は当然伏せます

スマホゲームを作っている会社様と面談。割かし上手く喋れたとは思ったが、「ウチの社風とおまんスタイルは合ってねーわ」で終了。

と金額的に平凡なpaizaにおいてかなりの好待遇募集していた会社様と面談。喋れはしたが「おまえコミュ力不安あるで」で終了。

VRやってる会社に入れたらいいなあポワワとその時は思っていた。ワイ自体映像系のスキルはあまりないので「そもそもスキルマッチしとらんわ」で終了。

WEBサービスを立ち上げたい、みたいな募集要項があったので応募。(ワイも会社立ち上げたいので)話はできても「お前のコミュ力なんか怪しい」で終了。

ゲーム好き集まれ、みたいな募集要項だったので応募。かなり良い対応をしてもらえて「ならちょい試しでどや?」みたいな話をいただいた。正直今回のようなことが無ければここにお世話になってたかもしれない。

応募してから採用要綱見直してみたら必須スキルとされるものを割と満たしていないことが発覚した。熱意で押せばみたいなこともあるが、ノンスキルおじさんをやる気で誤魔化して売りつけることはしたくないので面談で「わりいけどこちらの話を進めるのは無理そうだわ」ということでサレンドアップ。

WEB系っぽい業態なのになぜかUnity/VRという不思議スキル募集していたので応募。案の定「そういう案件はこれから増えるからしれんけど今のところはそんなない」みたいな話をしていた。が、話自体は上手くできたので担当者様的には好感触らしく、二次面談まで行った。

割と根掘り葉掘り面談の経緯や年収希望などを聴き、さらに実地でペーパーにコードを書かせるという暴挙を行っていた。ペーパーテスト難易度自体はそれほどではないものの、紙にコードを書くこと自体が激烈に難易度が高いため、3問中1問を完全に落とした。にも拘わらず「めっちゃやる気あるしポテンシャルも高そう」との評価。ワイの何を見たのか。

  • I社(ゲーム系)→結果は貰ってないけど辞退

古くからソーシャルゲーム運営をやっているところ。ワイもソーシャル系なのでスキル的には100%マッチしているが、保守運営という仕事があまり好きではないため敬遠することにした。ここからがレバテック案件

結構からスマホソーシャルゲーム運営開発をやっているところ。なのでほかのソーシャル系とは違うスキルを求められていたのだが、なんだかんだで求められているものは満たしているらしく商談がまとまった。新規開発なのもワイにとってポイントが高かった。

GREE/Mobageではないプラットフォームで中堅どころの立ち位置にいる会社様。ワイをどういう目的で起用したいのかが見えず、話も割とすれ違ってた。

これについてはあんまり語りたくない。ワイの苦手な<威圧するタイプの人>が相手だった。

twitterからスカウトに至った謎ベンチャー様。話を聞くと結構壮大な話で冒険はできそうというところでワイのテンションagaってる中で内定まで頂いて申し訳なかったのだが、今回他の内定を貰っていたところ等と比較して総合的な判断で(主に金)辞退という結果になった。

まとめると?

3週間で13社と面談してそのうち3社位から内定貰えた。

転職活動期間は実質25日。無職期間は実質20前後(稼働は3月からなので)。

心が折れそうになることもあったが、一応のこと転職成功したと言えるかもしれない。

レバテック様に関しては今回仕事を決めたのがレバテックであることと度々名前を出してしまっていた手前、こちらの記事で「大変弊社の助けとなった」ということで感謝の礼に換えさせて頂きたいと存じます。まる。

来週からは「KKO増田微妙冒険」が始まります

例のごとくNDA情報はおろか愚痴も一切漏らさないので、そこんところ期待する方はお早めにご退場願います

これからもKKO増田と、これから無職になる新しい無職増田たちをよろしくお願いいたします。

http://anond.hatelabo.jp/20170228170605

ライダーに出すために殺したのか、

キリヤをもう一回使うために途中退場組を招集したのか

どちらにしても面白けりゃええんや

2017-02-27

居酒屋分煙徹底

最近ニュース

居酒屋焼き鳥屋分煙徹底法令

本決まり

むかしといっても最近だが京都イタリア料理やに家族で行く前に

打ち合わせをせなならんかった。

理由は?

禁煙かどうかきかんならんかったからや。ガキが小さいので

近くでモクモすぱすぱやられたら店でていかんならん。

禁煙分煙じゃないですよとの店の返事。使えん!

イタリア料理をほおばりながら、すぱすぱやる輩はおそらくおらんと

思うけどとも

ああああああああ!

たぶんそやろな。でも確率が少しでもあるなら途中退場のProbabilityも

発生するわけ椰子( ^ω^)・・・

今回の分煙法令は良いことづくめだ。

鍋料理店は家族で行きたいのでよかった はよ施行せえよ 税金はらわんぞ>日本タヒね

2017-02-26

今更ながら、2017年目標

10年前、大学中退した僕はIT知識がほぼ無いままエンジニアになった。

僕は零細企業で客先に常駐するような勤務形態だった。

一応国立大学に通っていたのでまわりは基本的大企業就職する。

彼らに負けたくない。口には出さなかったがそんな気持ちだった。

そこで、とりあえず基本情報技術者を取ろうと必死勉強した。

そして1年後に合格した。

そのままソフトウェア開発技術者も取得できるのではないかと思い、また必死勉強した。

半年後にほぼ得点率98%で合格した。


あれから9年程経ち、今では知識経験もすごく増えた。

ただ、あの頃持っていたハングリー精神のようなものは無くなってしまった気がする。

【初心に帰る】

2017年はこれを目標にして、新しい知識を取得するようにしたい。

大学院中退しようと思う

一昨年,大学院入試に失敗して,妥協して別の大学院入学した.

それでも憧れの研究者になるために博士課程に行こうと思って,勉強研究もそこそこにやったつもりだった.

先日,飲み会にて指導教員と話した際に以下のような指摘を頂いた.

増田くん,君から熱意を感じられないよ」

「本当に博士課程に行こうと思っているの?」

「考え直してみたら」

「君のやりたいことは博士じゃなくてもできるよ」

衝撃的でもあった半面,確かにそうかもしれないと感じる一面もあった.

今考えると,周りから研究者に向いてるよとか,前の大学先生から研究者やらないか,なんてことを言われて流されてここまできたように感じる.

僕は何がやりたいんだろう.

そう考えると一気に大学院に関するモチベーションを失った.

博士課程を取らないならば修士課程はいらない.

あくま博士課程を取るための途中課程にしか感じらないからだ.

それならもう大学院をやめてしまおうと思った.

こんな自分が情けなくて,将来に対する希望道筋も全く見えなくて,全てがめんどくさくて,死にたいけれどそんな勇気もない.

2017-02-15

桶川ストーカー殺人事件」を100倍薄めたような出来事経験した

たまたま自宅近くの書店で手にした『桶川ストーカー殺人事件遺言ー』(清水潔著 新潮文庫)をパラパラ立ち読みしてて、こりゃ全部読まねばと思い購入。

あれからもうすぐ20年も経つのか、などと思いつつふと「そういや俺もその数年前に似たような出来事に巻き込まれたよなぁ・・・」と思い出した。

多分まだストーカーという用語自体があったかなかったか、そんな頃の話だ。

大阪府内のとある駅構内公衆電話で順番待ちしていた私は、その隣の公衆電話を使っていた女子大生風の女の子が、話の途中でカード切れになりそうになって財布を探り出したのが目に止まった。

ちょっと、ごめん、カードがなくなりそうなの、また後で・・・

たまたま私はその時3枚ほどテレフォンカードを手にしていて、全部貰い物だったので、ほんとに他意なくそのうち一枚を彼女差し出したのが出会ったきっかけだった。

普段ならそんなことする柄じゃない。たまたま彼女視線が私の手元にあったテレフォンカードにヒットした、それを私が見ていたというタイミングがそうさせたのだと思う。

 

彼女山口県出身で、大阪の確かどこかの外国語短期大学だったと記憶するが、女子寮に住んでいた。

身長150センチくらいで、ロングヘアーだったかな。ただ、ちょっと普通とは違うっていうか、今で言うメンヘルとまではいかないけどどこかしら精神的に不安定さを感じさせる部分があった。

とにかく毎日電話で私と話がしたいと言う。別に電話しなかったら怒ると言うほどではなかったのだけど、1日でも電話しない日があるとすぐ彼女は「他に彼女が出来たんじゃないの?」と冗談ぽく笑いながら言っていたのが忘れられない。

と言うのも、以前彼女と付き合っていた人に二股をかけられていて、それで男の人があまり信じられなくなったのだと言う。

実を言うと私は当時、二股どころか、他にも何人か彼女とまではいかないもののそれなりに親しい関係にあった女性がいた。そのことはもちろん彼女には内緒にしていたが、ひどい裏切りだったことは間違いない。けれど、自分自身にとっては後になってそのことが功を奏したと思う。もし彼女に一途だったりしたら私は殺されていたかもしれない。

 

で、とにかく毎日毎日彼女とは電話で話ししていたのだけど、二日ほど全く連絡が取れなくなったことがあった。多分付き合いだして一ヶ月くらい経った時のことだ。

正直、毎日電話で長話するのも疲れるので、彼女に対しては別に心配すると言うことはなかったのだが、実は彼女監禁されていたのだ、とんでもない男に。

その男精神カウンセラー職業としていたらしい。彼女二股失恋精神的にかなりダメージを受けたためその男カウンセリングを受けた。だがカウンセリングを続けるうちに彼女その男依存するようになってしまい、とうとう肉体関係にまで至ってしまった。ところが失恋ダメージから回復するにつれ、彼女の方はその男に対してどんどん冷めてしまい、関係を断とうとしたらしい。

それでその精神カウンセラーの男が未練たらしく・・・と言うだけなら良かったのだが、そいつがとんでもないストーカー気質の男だったから最悪なことになった。

 

関係を絶つなら、一千万円の慰謝料を払え

山口実家に行って関係責任をお前の親にとってもらう

大学卒業できなくしてやる&行けなくしてやる

・他の男と付き合うことは断じてさない。興信所使ってでも男性関係は必ず突き止める。そしてそいつを必ず殺す。

・どうしても別れるならお前を殺して俺も死ぬ

etc

などなど無茶苦茶なことを要求してきたのだとか。それを監禁明けの日に電話彼女から告白された。

監禁された理由は、他の男と付き合ってることを疑われたから。おいおい、それは俺だw←笑い事ではない。彼女は口を割らなかったそうだが。

だが、当時は桶川ストーカー殺人事件から数年前に遡る時代で、ストーカーみたいなのがそんなに恐ろしいとはまだ思われていなかった。

そりゃ多少はビビったけど、本気でそんなことする人間まさか近くにいるとは思えなかったし、だいいち私と彼女の接点はただ偶然駅で出会っただけの男女でしかなく、その上、関係は薄いながらも他にも好意を寄せていた女性がいたから、彼女電話番号以外は教えてなかったので自分危険が及ぶとも思えなかった。

でもその告白で恐ろしい監禁状態だったことを報告されてたのに、俺は内心「こいつどう言うつもりでそんな冗談言ってんだろ?」とか間に受けてなかったんだよね。

監禁中はずっと下着姿で椅子に縛り付けられて、軽い電気ショックを与え続けられていた、とか言うからさ。もちろんホントかどうかなんて分からないが、後で考えたら十二分すぎるほどあり得る話としか思えない。

 

その精神カウンセラー問題については何度も話し合ったが、桶川事件でもそうだったように、彼女も怖くて警察相談したのに全く取り合ってもらえなかった。ただ、桶川のように男に殺されるとまでは彼女は思わなかったので、取り敢えず誤魔化し続けていたらそのうち男の方も飽きるだろうと。結果的には監禁一年半くらい経ってから実際そうなった。

  

ともあれ、その告白後は多少なりとも慎重に彼女交際を続けることにした。例えば車でデートするならば尾行車を巻くように注意して運転するとか、同じ時間電話が話し中にならないように毎日異なる時間帯で電話するとか、彼女の寮には決して近寄らない、とか。

でも、何回かデートしてるうちに油断しちゃったんだな、お互い。そう、彼女を寮の近くまで送って行ってしまったんだ。奴はそこで前日からその朝まで張り込んでいたのだった。

彼女がその車が寮に横付けされているのを見つけて「逃げて!」と絶叫。バックしてスピンターン・・・だなんて華麗な運転技術もない私が何度も切り返してモタモタしてるうちに奴の車が近づいてあっという間に私の車の前に割り込まれてジ・エンド。

「おう!こら!にいちゃん!テメェとんでもないことやりやがったな!」とかなんとかその路上で延々私は奴に怒鳴りつけられた。

その後は、彼女の方から私に別れを言ってきて、ごめんなーとか謝りながらも私もあっさり身を引いた。とはいえ、無茶苦茶大好きと言うほどではなかったものの、それなりには彼女のことが好きだったからなんとかして付き合いを継続できないかとか思ったが、その男が私の住所も勤め先の会社も、実家ですらもすでに突き止めていたと言う話を彼女から聞いて本気で恐ろしくなってどうしようもなかった。

 

その後、彼女大学中退して、山口県に逃げるように帰ったもののすでに奴に実家は知られていて、彼女の親も巻き込まれて散々な目にあったらしいが、結果すでに述べたように、やつは彼女に飽きたのか、それとも別の女性に入れ込むようになったのか、ともかくもそれから三年くらい経って地元男性結婚し、平和に暮らせるようになったそうな。

彼女とは多分10年くらい前に電話で話したきりもう音信不通になってるけど、その時聞いた話は本当に今でもゾッとする。なんと、寮近くで奴と対決?したとき、奴は車に日本刀一本と出刃包丁を用意していた、とか。

 

さて、せっかく買った『桶川ストーカー殺人事件』、積ん読にならないよう最後まできちっと読むか。

2017-02-13

イケメンになってわかったこと

むかし、ぼくはブサイクだった



ブサイクだった」と言っても、実は今とさほど変わっていない。昔、ぼくは今のようにオシャレにこだわっていなかった。

少なくとも「ブサイク!」と面と向かって言われるレベルブサイクではなかったが、ともかくお世辞にもカッコイイとはいえない類の人だ。

ひげは伸ばし放題、眉毛もボーボー、そういう感じの生き物だった。

小学校中学校と、運動もできずコミュニケーション能力も高くもないような、目立った能力と言えば勉学程度のぼくが全くモテるということがなかった。

そもそも「モテたい」とは思いつつも、「モテよう」とは思っていなかった。

田舎の小中学校では、本当に一部の人しかオシャレみたいなことはしていなかったと思う。

東京とか、名古屋とか、大阪とかによく行く家庭の子たちが、なんとなくオシャレ最先端みたいになっていた。



高校に入って、ぼくはワックスなる存在を知って、それをつけるようになった。

年代のオシャレな人たちは、雑誌を読んでいろいろと頑張っていたようだ(当時はようやくFOMAシェアmovaを抜いたような時代

高校は、割と偏差値が高い高校だったので、ぼくは友達を作ることはできなかったが、いじめらることもなく、基本的に1人で行動し、たまにクラスメートと話すような存在だった。

学校モテることはなかったが、なんだかんだあって、高校3年生までに2人と経験した。デート自体は5人ほどだったと思う。告白された回数?そんなものゼロだ。



大学関東の方に進学して、ぼくは「大学デビューのようなもの」を果たした。

髪の毛も一通り染め、一通りデートし、一通りセックスし、確か1年で20人近くとセックスしたと思う。

当時はぼくは自分のことを「そこそこイケメン」だと考えていたが、今思えばくそったれである。そもそも1年で20人はかなり少ない方の部類だ。

オシャレも疎く、単純に「周りのゴミ男子よりもマシ」なだけで、「レベルの高い女」が周りに寄ってくることはなかった。

当時はモバゲー出会い系化が問題となり、GREEがその代替として登場していて、GREEが狩場のようだった。



大学はその後いろいろあって中退した。

ぼくは地元に帰りニートを続けた。地元でも相変わらず女を食い漁って、いろいろとめちゃくちゃしていた気がする。

顔面レベルは相変わらず変化なし。

JKJDOL主婦、狭い範囲でやっていたせいか噂になっていたようで、ニートバイトを数年交互に繰り返したあと、いたたまれなくって僕は地元から東京へと出た。

何人かの主婦セックスをしたが、何もバレなかったのは本当に僥倖だった。今考えるととんでもないことだ。



そして、僕は東京ホストをやろうと思った。自分顔面レベルにある程度自信を得ていたので、いけるんじゃないかと思って突撃した。

結果は惨敗だった。美容レベルが違った。男でも化粧はする。化粧水乳液は当然。アイロンもする。シャンプーは女物。眉毛を整えてないやつは死刑。そういう世界だった。

女は引っかかりはする。ホストクラブに連れてきさえもできる。

ただそれは、ライバルがいない中で引っ張ってこれるだけで、ライバルがいる場合は無惨だった。

コミュ障だし顔面も良くはない。人生で一番ブサイクと言われまくった時期がここだった。

顔面グロい」「頭が臭い」「鼻がくさい」「耳裏がジジイ臭い」「なんかザコそう」「鼻でかすぎじゃね」と、不備やコンプレックスを的確につつく、酷い言われようだった。

そのおかげでマシになったものもあるが。



ぼくはホストをやめた。当時は新宿キャッチ全面禁止になった時期でもあって、キャッチで客を引っ張らなければお茶を引くレベル自分にはかなりのダメージだった。

金も稼げない。『ホストが月30万を稼ぐ』というのは、『女に60万を貢がせる』のと同義だ。大多数のホストは、現役の寿命が短い割に、平均年収程度も稼ぐことができない。

キャッチ禁止に関しては、「なんで禁止なんだ!」とは思っていなくて「禁止になるのは妥当」だと思っていて、そもそも生涯夜で生きていこうだなんてこれっぽっちも考えていなかったので、やる気もなくなっていた。

この時点で経験人数は100から200ぐらいだと思う。もう正確に数えてない。性病も2回かかった。

「まず顔、その後は勢いと雰囲気、そしてコミュニケーションだ」みたいになっていたと思う。ぼくはコミュ障なので、枕営業しかできなかった。



ホストをやめたあとは、今の職種についていて、誰にもこのことは話してない。女に関しては、ホストをやめたあと彼女やらセフレやらを何人か作って、そういう状態で今のままだ。

美容に関する情報を絶えず集めて実践しているので、日に日にイケメンになっていくのがわかる。

そして僕は、だんだん「イージーな女」「ブサイクな女」への興味を失っていった。



昔は誰でもよかったのに、今はもう誰でもいいなんてあり得ない。

何せ、向こうから寄ってくるので、いちいちセックスしていたらキリがないのだ。ちんこも疲れるし、割り勘でも金は使う。

そしてつけあがる女たち。連絡はくどい。おちおち自分時間も取れない。

だんだんめんどくさくなってくる。1日デートして1万のものを貢がれるより、1日働いて2万稼いだ方が楽だし、そもそも僕は「払わせるの悪いな」と思う程度の良心はあるので、貢がせることに向いていない。



セックスも、オナニーの方が気持ち良いぐらいになってきた。もはや基本的に、セックスとは向こう側がやりたがるものだ。

セックスで向こうが興奮するから、演技をする。そうするとまた向こうは興奮する。もう、どっちが女かわかったもんじゃない。

ニコッと笑う・手が触れる、そういったレベルでさえ女の人が惚れてくる場合があって、そういうのを目の当たりにすると、ぼくはそれにささやかな喜びを感じるとともに、なんだかとてつもなく虚しくなる。

彼氏がいようがおかまいなし。「彼氏いないの?」と聞けば、いようがいまいが「いません」の一択

ナン都市伝説だと思っていたが、伝説でもなんでもない。ありふれたことだ。とりわけ、居酒屋では。



「男が動物だったように、女も動物だったのだ」と思うといたたまれない気持ちになる。

ただ僕は、もう『あのブサイクだった頃』に戻りたくはない。はっきり言って待遇が違う。

女性から冷たい対応をされることは皆無だからだ。圧倒的に敵対者が少ない。

そして、実は女性からだけでなく、男性からも当たりがいいのだ。初対面の人に嫌われることはない。

そしてぼくは、ぼくがブサイクだった頃より、格段に性格がよくなってきていると思う。



世界が変わった」とまでは言わないが、ともかく、たか顔面の違いでここまで如実な違いが表れた。

得たものも大きかったけれど、何か大事ものも、同時に失ってしまった気がしている。

2017-02-10

しりこだまさんのこと

(身内の人間がこの文章を読めば、私が誰だかすぐにわかってしまうかもしれません。 気付いた方も、何も言わずにそっとしておいてくれるとありがたいです。

タイトルのしこだまさんとは、今ベストセラーのあの話題の本の著者であるこだまさんのことです。

そしてこの文章は長い上にただの自分語りです。

こだまさんファンが喜ぶような新情報は一切ありません。)







私がこだまさんとインターネット上でほんの少しだけ接点を持ったのは今から8年程前のことだ。

女性審査員だけを集めて男性大喜利に点数を付けようという企画で、この企画が当時2chで叩かれた。

女性大喜利はつまらない、女に上から目線審査されたくない、女だからって調子のんな等、まあ今であれば流せるような悪口が書き立てられたのだった。

まだ二十歳そこそこでインターネットに慣れていなかった私は深く傷付いたものである

このとき同じく審査に協力した10名ほどのメンバーで、私たちスカイプグループを作りチャットでやりとりをしていた。

皆どっぷりネットにはまったような人たちで、私を含め現実人間関係ではどこか疎外感を感じているような人間の集まりであった印象だ。

当時私はインターネット世界に触れることで初めて自分の居場所を見つけられたような気がしていて、それまで自殺のことしか考えられなかった自分がこんなにものびのびと発言出来る場所があったのかと毎日新鮮な日々だった。

引きこもり統合失調症大学中退自殺未遂とめちゃくちゃな転落人生のなかで、インターネット上でなら自分がまるで普通女子みたいに他人とおしゃべりが出来るのだと知ったことは嬉しい驚きだった。

ある日手違いでそのスカイプグループから抜けてしまい、ちょうどそのタイミンググループに入ってきたのがこだまさんである

こだまさんは審査員メンバーでありながら、それまでスカイプチャットグループには入っていなかった。



塩で揉むというブログがある。こだまさんが当時から書いていたブログで、私は彼女の大ファンだった。

偶然私がチャットを抜けたそのタイミングこだまさんがグループに参加したことを、私はこのブログで知った。

そこには、おぼろげな記憶ではあるが以下のようなことが書かれていた。

女子のみなさんは可愛らしく眩しくて、私は脇をぱかぱかさせながらワキガでーすと言うことしか出来なかった。」

自虐である

私や他のメンバーのことを悪く書いていたということも一切ない。

しかし、なぜか私にはこの記事がめちゃめちゃショックだった。

この内容でショックを受けてしまったのはあくまでも私の個人的出来事であって、こだまさんに非は一切ない。

記事には例の企画参加者たちが多くコメントを寄せており、「やっぱりこだまさんは馴染めなかったんですね、こだまさんさんは俺らの仲間ですね」といった雰囲気で、彼らは2ch悪口のことを私に思い出させた。

それらのコメント群に対しこだまさんは同調することも否定することもなく、誰から見ても感じの良い返事などを返していたし、コメントを寄せていた人たちだってこだまさんのファンであり仲間意識があったというだけで、2ch書き込みの人たちのように私たちを下に見ていたという訳ではなかっただろう。

しかし当時の私は「こだまさんに疎外感を与える女子たち」対「2ch私たち悪口を書き込む虐げられた立場の仲間たち」の図式が頭に浮かんでしまった。

これまでずっと「普通の人」たちと馴染めないことが悩みだったはずの私にとって、これは衝撃的なことだった。

より疎外感を感じている人たちに、「俺らとは違う普通女子」として、自分は憎まれるような立場になってしまったのだと感じた。

さらには、「なぜ普通にできないの」と馬鹿にされ普通になりたいと心から切実に願った子供の頃の私や、普通じゃなくてもいいじゃん、と我が道をゆく決意をした筈の10代後半の頃の私、そしてインターネット上で普通女子として振る舞うことに浮かれていたそのときの私とが、こだまさん前では酷く不潔なものであるかのようにさえ感じられた。

考えすぎのただの馬鹿である

もちろん当時でさえ、被害妄想であり加害妄想であることはわかっていた。

私は彼らに脅威をもたらす女子として「加害者側」にいる、というおかし自意識と、その反動からくる強烈な被害妄想とで、頭が混乱しはじめた。

18の頃発症した統合失調症が再発したわけではない。

自分でも、こんなのは馬鹿げた自意識過剰妄想である自覚しながらも、こだまさんと私は対立関係にあるような錯覚に陥ってしまったのだった。

スカイプチャットグループには当然戻らなかった。

8年経った今でも、こだまさんのブログを読むとまるで自分が無神経にこだまさんの部屋に押しかけてくる押しの強いこだまさんの同級生であるかのような、こだまさんの職場理解のない同僚であるかのような、または現実空想の境目が薄い妄想癖のあるけんちゃんであるかのような、不思議感覚に陥ってしまう。

私は所謂普通の人」、「あちら側」の人間であり、ブログを読むことで秘密を共有できる「こちら側」には二度と戻れないのだと。




いい歳になっても周りと馴染めず、常に疎外感を抱く私にとって、こだまさんの文章とき処方箋のように私の心を勇気付け、と同時により強い副作用をもたらし続ける。

この文章がもしこだまさんの目に触れてしまったとき彼女が傷付くようなことだけはありませんように、それだけ祈って終わりにします。

(初めてはてなに書き込むので操作上の間違いがあったらごめんなさい。)

2017-02-05

親の敷いたレールがナントカのひと

石田ナントカ君っていたよね。

地方Fラン中退して起業するぞーって言ってた子。なにしてるのかな?死んだ?

勉強は役に立たない

なんで勉強するのか? 多くの子供たちの疑問であることと思います。 大人になったら勉強したこと役に立つの?はっきり言います 勉強なんて大人になって役に立ちません。 昔は勉強しとけば将来仕事に役にたつって思われてきましたが ネット上で高学歴ニートを見かけることができるようになったためちょっとずつイメージも変わりつつあると思います。 東大京大からニートネットには何人かいますから


自分の今や前の職場を見てみると 若いころぜんぜん勉強して来なかった人がいます。私は中学高校勉強ばっかりです。どっちが仕事できるかって?

そう 勉強して来なかった方たちです。 周りの方がなぜ こいつ勉強できるのはずなのに仕事できないんだろうって疑問に思うことが多いのですが、理由簡単 勉強で得た知識仕事必要いから。私は中学高校と人と話すことも 運動もろくにせず勉強ばっかり ネトゲ廃人ならぬ勉強廃人でした。別に楽しいこともなかったけど ただ追い詰められて勉強してきた。 そしてそれがやっぱり無駄だったと・・・ 大学中退してやりました。 大学入試までは勉強だけでいけます

ただ就職となった時不思議なことが起こります。 大学名は重視されるが学力は重視されない。 学力テストはあってもネット上で行われるため頭いい人に教えてもらえればバカでも余裕です。そして勉強できても面接で落ちます特に女なんて顔で落ちますよ 会社かわいい女の子ほしいですから・・・


そして、仕事もないままいろんな会社採用試験に行くわけですが 20歳という若さでもなかなか採用されない、35過ぎたらダメって言われてたが20でもダメみたいです。 そしてとあるさな会社採用試験 なんと自分の得意な数学だけテストをやって 数ⅡBあたりの内容だったかな?これこの会社の人もわからないとか言ってたけど・・ 満点とっちゃった(数学問題数すくなく満点になりやすい) そして面接どう答えていいのかよくわから・・・不採用でした\(^o^)/ 


そうこう言っても 県内零細企業金属加工系)とあれば自分卒業した高校名で驚かれることも多いのです。県内公立偏差値2位だからかこういう会社採用試験では珍しいのかな 就職難でこういう人間いくらでも余ってるはずだが その日だけで面接に5人 一人ずつ順番に そして、それを期待した社長が私を採用しちゃいました。馬鹿じゃねーのその社長ww 他に使えそうな人いたと思うけどなあ

体力的にきつい仕事でしたが、やってれば慣れるだろうと思い 無理をしながら働いてました。 他に行く当てないからね 零細企業正社員でも仕方ない。みんな定時で帰ってる会社でした。他行けばここから残業かなみたいに思ってました。 なお当たり前だが勉強はここでも役に立たない

そして1か月弱でクビになりました。 社長さん私の何を期待したんでしょう 勉強できる人ってこういうとこでは珍しいんだろう、見たことない生き物だから期待しちゃうとこもあるんだろうか。

自分にも問題はあるだろう ただ直前に採用した人がクビになったがやめたんだろう だから次の求人が出て私が採用された そして次の求人・・・

こんなことを何度か繰り返しました 今の会社でしぶしぶ・・・  勉強って何の意味あるの? その答えはいまだ見つかりません。

微分積分二次関数 一応自分はできるのですが何に使うんだろうね? 世の中にはこれを使う仕事もあるのでしょうけど それができてもそういうとこで採用されないのです。 


中高生諸君 勉強なんて役たたんよ

2017-02-03

統合失調症の母をついに入院させた話

先日、独居状態の高齢者である統合失調症の母をついに入院させた。

発症から入院までおよそ四半世紀程かかった。

ここ1年程で近隣とのトラブルが増え、ここ数カ月は週に一度のペースで警察からトラブル報告の電話が来て謝罪に行く日々だった。

そこで「医療保護入院」という形で、本人の了解なしに家族同意により強制的入院を行った。



「こんな長い期間なんで放っておいたんだ」「お前の責任でもあるだろう」という声もあるだろうが、

自分気持ちを整理する意味でもこれまでの経緯を書く。



母は兼ねてより気性の激しい性格で、自分の行動が間違っていると思う事がなく、謝罪したことを見たことがない。

興奮すると激しく怒鳴り散らし、強い言葉で他人を攻撃する人であった。



日常的に暴力を振る事はあまりなかったが、私は10歳になるまではかなり厳しく躾をされ、

時間以上正座状態で延々怒鳴りつけられ、時に激しく叩かれて育った記憶がある。



母は父方が信仰している宗教を激しく嫌っていた。

父が私と弟を連れ、父方の実家や親戚宅に遊びに行く際に、母がついて行くことは殆ど無く、

「もし宗教の勧誘があっても絶対に断れ!」「あれは怖い宗教だ!」と念押しをされていた。

たまに母も父方の実家に来たことがあるが、その際は私も母の影響で、事件が起こることを恐れずっと緊張していた。

夏休みの子どもだけの楽しい父方の親戚宅の滞在は、いつも怖い出来事が起こるのではないかという思いとセットだったが、

母が懸念するような出来事は一度も起きた事が無かった。



そのうち父の浮気を母が疑う様になり、夫婦喧嘩が絶えなくなり、別居となったのが私が10歳の頃

別居寸前の激しい言い争いの末、兄弟二人に「お前らは父と母、どっちに付いて行くのか」と問われた際、

「両親が分かれて暮らすことが嫌だ」と泣きながら主張した事を覚えている。

しかしその頃、私は母の影響を強く受け、父を慕いつつも、母の想像上の悪人である父を恐れていた事もあり、

母方の祖母宅傍に、母と二人で移り住む事となった。そして弟は父に付き、これまでの家に残る事になる。



専業主婦だった母は別居後、販売員仕事を始め親子二人の生活が数年続いた。

そして事あるごとに父の悪口とありもしない怖さを母から聞かされて育った。

余談だが、私は小学1年生から激しいいじめを受けており、別居で引っ越した後もいじめは続き、当時はかなりつらい人生だった。



ある日、私の学校開校記念日と、母の休日が重なった日に、思いつきで弟に会いに行こうか?

という話になり、離婚調停最中に、小学校の校門から出てきた弟をそのまま家に連れてきてしまった事がある。

再開を喜んだ夜になって慌てて父が家にやってきたが、母は玄関の鍵を開ける事なく、父を激しく責め

自分の非は一切認めずそのまま追い返してしまった。結局、その日から狭い借家に母と弟で3人で住むことになり後に離婚が決定する。



中学生の頃、私に激しい反抗期が起こる。これまで母の言いなりであった状態から、徐々に物事を相対的に見れる様に

なってきてから、今までの反動もあり様々な出来事から私は母を強く嫌う様になった。そしてこの感情はいまだに消えることが無い。



対照的に母は会えない期間のあった弟へ強く愛情を注ぐようになる。

私の事には無関心ながらも「高校を出たら最低限の勉強だけして就職して早く家に金を入れる様にしろ。」と言われていた。

しかし弟はスポーツに才能を見出し、なんとか母が体育系の大学に行かせていた。私は母を恨み、弟を羨んでいた。



母が徐々におかしくなっていったのはこの頃だったろうか。

仕事上での人間関係トラブルの話は祖母しょっちゅうしていたが、相変わらず対立する相手を悪くいう事がほとんどだった。

その内、「誰かと話をしている際に、嫌な同僚が盗み聞きをして事情を知っているのでは?」と言い出し、

次第に「盗聴しているんじゃないか?」と言い始めた。そして話の中で彼女の敵になる人間が徐々に増えて行った。

しかし私は「元々の激しい性格と強い猜疑心が招いたいつもの奴だろう」位にうんざりする程度で聞いており、

しばらくは家族親族の誰もが病気可能であることを疑う事はなかった。



就職してしばらくは生活費を払っていたが、とにかくそんな母と一緒に生活をしたくなかったので、

近所に一人暮らしをする事になった。母は「今の仕事がどうなるかわからいか一人暮らしはしないでくれ」と言っていたが

自分性格が招いた結果だと思い、無視して家を出た。そして私は実家生活費を払う事をしなくなった。



近所ではあるが、母と弟と会う事や話すことを極力避けた生活が続く。

母は仕事を辞めパートをするようになった、この頃から私は近所に住んでいた弟や祖母や親戚とも疎遠になる。



しばらくしてカートを引いて歩く母と会う事たまにがあったが、嫌っていたこともあり

まり会話をすることもなかった。

しかし、あれは確実に症状が進行し言動おかしくなり、徘徊をする様になった異常な母だった。



私が母の異常性を指摘すると激高して怒り、頑なに否定した。また、私自身も子供の頃からの嫌いな母と向き合う事になり、

落ち着いて説得することができず感情的しか対応できなかった。



その様な事実に気付きながら、私は再就職先が通勤で遠かった事もあり、実家の傍を離れる事となる。

弟や親戚が母をなんとかしてくれる。自分はあの家族とは関わりたく無い、という思いがあった。



おそらくこの頃の弟の絶望感は想像をするに余りある。体の故障体育大学中退した彼は、徐々に壊れて行く母と二人暮らしを続け、

アルバイトをしながら、母の生活費もまかなっていた。

兄や父には頼れない、母の兄弟である親戚の中でも、母は鬼の子の様な扱いだった為か、親戚にも相談できなかったのだろうと思う。

そして次第に彼も家に帰る事を避ける様になったという。 昼夜の境無しに恨み事と自分が狙われている妄想を、

弟が寝ていようがお構いなしに呪詛の様に話し続けるのに耐えられなかったのだろう。

彼は一時はカルト宗教に通った事もあったそうだ。



その頃私は都内仕事好調彼女もできたが、人間関係の立ち回りで失敗し、今思えば鬱の症状を発症し、結果解雇される事になる。

その後も自営業再就職をするが、運が悪いのか、決定的に欠けた何かがあるのか。最初は順調に勤めても何故か数年すると

上手く行かない状態が何度も続き今に至っている。

幼少期から自己肯定感は低い方だったが、今では自己肯定できる理由さらに少ない人間になってしまい、死を考える日も増える様になった。

しかしこんな私を慕ってくれるパートナーをこれ以上悲しませたく無いというのが、生きる理由になりつつある。



この頃は母の症状もかなり進行しており、必要のないものを買い込み家が物で溢れ、荒れ放題であった。

何年かすると賃貸住宅を出ないといけない状況が何度か続く、弟に頼まれ引っ越しの手伝いをしたこともあった。

普段弟は殆ど家に寄り付かず、母は近所では有名人であった様だ。

しかし何故か日常生活を一人で行うことには支障がなく、買い物や家事などは全て一人でこなせる状態で、

支給された年金と弟の援助で生活を続けていた。風変りな半独居老人しかなかった。



徘徊を行い細かなトラブルはあったではあろうが、周囲に大きな迷惑をかけることはなかったらしい。

ただし、自分が襲われ被害に遭う妄想は常にある為、頻繁な110番通報派出所に入り浸り被害妄想を延々しゃべり続ける事は

しょっちゅうだった様だ。たぶん地域警察官の中でもやっかい有名人であったと思う。

その点では心あたりのある警察官の方には大変申し訳なく思ってる。

仕事はい私たち同様、制度の穴で苦労を強いられる人々であることに変わりはない。



ラバラの家族に転機が訪れたのは、今から数年前に弟に彼女が出来た事がきっかけだった。

母の住む家に通える距離にある、彼女の家で生活を始め、近く家庭を持つ事を報告してくれた。

彼女は大きな困難を乗り越え成功を収めた家で育ち、弟にはもったいない程の素敵な相手だった。

そして彼の子どもが授かった事をきっかけに、母を何とかしなければ、という兄弟での協力体制が築かれる事になった。



これより以前に、弟が役所や医師に相談したこともあったそうだが、散々たらい回しにされ出てきた結論は、

本人に自分病気だという意識病識)が無いと、精神科への通院もできないし治療もできないとの事だった。

そして母の症状は強い猜疑心が伴う為「薬に毒が混入している」「過去に薬で体をおかしくされている」

という妄想を持っており、通院・投薬が難しい状態だった。

入院させるにも費用が高額な為、ワーキングプア状態では結局どうにもならなく何もできない、という結論に達していたようだ。



私も色々調べたが、実際、統合失調症がある程度進行した状態で、病識は無いが日常生活可能しかし治療を拒む状態だと、

いわゆるグレーソーンとなり、周囲の人間お金が無いとどうにもならない状態だった。



そしてこの結論はここ数年、兄弟二人で対処した際にも全く同じ結論にしかならなかった。



いくつかの精神科を兄弟で相談に回ったが、どこもまず本人を連れてこないと話にならない、という結論だった。

また、症状が出てから経過年数が長く比較的症状が重い為、どこも受診を嫌がる兆候があった。



そこで「健康診断に行こう」と言いつつ近くの総合病院に連れて行き、そこにあった精神科も同時に始めての受診をさせた。

はらはらしながらの受診だったが、精神科医統合失調症と病名を告げられても理解が出来ていない様子だった。



母無しで医師に相談した際、入院相談等もしたが、否定的な答えしか戻って来ず、投薬しても発症から長期経過している為、

回復はほとんど見込めない旨。どこも満床ベットが空くまで場合によって半年以上待つことになる旨。

入院には大変お金がかかる。月30万位は行く、生活が苦しいと難しいよねという旨を伝えられ。まるで軽くあしらわれているかの様だった。

今ならわかるが、この医師からケースワーカー存在を紹介されることもなく、国立や県立病院可能性を教えてもらう事もなかった。

自分の事を棚に上げてあえて言うが、面倒事を何とか避けようとしかしなった、この医師の仕事に対する姿勢を私はいまだに腹立たしく思っている。



それでもこちらから持ち掛けた話で、弟が与える健康ドリンクに密かに混ぜて飲ませるという事で薬を出してもらった。



薬は数週間飲ませ続ける事が出来た、その期間は明らかに普段と変わった状態になり、何らかの良い作用が出ている様だった。

僅かに希望が見えたが、次第に蓋が空いた状態で渡される健康ドリンクを疑い出した。

飲むと頭がぼーっとしてだるくなると言い、健康ドリンクを飲む事を拒否し始めた、

毎日離れた母の家まで通う弟の負担もあり、 投薬はそこで終了となった。



同時に[精神障害者保健福祉手帳]の取得を検討したが、結論としては現状で必要が無いものであった。

取得しても得られるメリットは通院をすることで受けられる医療費対象であること。

医療費負担が3割→1割だが、既に母は年金生活者で、医療費1割負担対象者であること。

そして手続きが煩雑という事を事前情報として聞いていたこと。

これらの判断から通院ができない母には不要であった。

今後母がトラブルを起こした際、持っておいた方が無いよりもマシでしょう。

という免罪符程度のものしか無い。という結論になった。



また、通院と同時に市役所への相談介護申請を行い、定期的に家に来てくれるヘルパーさんと信頼関係を築き、

ゆくゆくは薬を飲ませてもらう事も計画したがこれも実現できなかった。

まず、加齢により体の不調があることも理由介護申請を行ったが、統合失調症等の精神疾患介護認定の判定要素に

大きく加味されることが無く、介護度2となった。

ヘルパーさんが定期的に母の自宅に訪れて買い物の連れ添いや、身の回りの世話等をしてくれることになった。

母も最初は喜んでいたが、次第にヘルパーさんが物を盗んでゆくと言い出し、やはり疑う様になった。

そしてヘルパーさんを避ける為か、ヘルパーさんの訪問予定時間に外出することが増えた。

そうなると、介護サービスを受けた事にならなくなる。介護事務所も国にに介護をした事実の申請が出来なくなる為、

実費の人件費が発生するようになる。その費用がは当然私が持つ事になる。(1時間約3000円程度だったろうか?)

そしてヘルパーを家に寄こさないでくれ、と強く言い出し、これも結局お手上げとなった。



結局この時も出てきた結論は、もうちょっと病気が進行しないとどうにもならないね。ということだった。



そして、去年あたりになってから、私の元に警察から頻繁に電話がかかるようになる。

過去にも真面目な新人と思われる警官から、母の妄言を真に受け私の元に安否確認の電話がかかることがあったが、

今回はついに近所の方とトラブルを起こし始めた。アパート近隣の住民迷惑をかけ遂に警察沙汰となった。

どうも明らかな幻聴が聞こえる様になり、彼女人生で登場した嫌な奴をののしったり、

幻聴で助けを求める困った人を助けようとしたり、私たち子供危機を救おうとしたりした結果、大きなトラブルに発展している様だった。

以前より持たせて携帯電話も、しょっちゅう警察通報したり、私たちに電話をし、

一方的にしゃべり続けたりする大事必須アイテムだったが、いつしか持ち歩かなくなり、荷物だらけの部屋に紛れてしまった。



近隣のトラブルはついにアパート不動産屋に伝わり、大家が嫌がり、アパート契約更新一方的拒否され、退去を迫られた。

ヤクザの様な不動産屋に電話口で恫喝され、あなたが面倒を見ないと駄目だろ、引っ越すにしても老人一人を

入れてくれる所なんてどこにもないよ。とまったくもって他人の家庭事情に土足で踏み入る様な事を言われる。

要は親を引き取って面倒を観るなり施設に入れるなりしろ、という訳である。それが出来ればこんな苦労はしていない。

親を引き取って一緒に生活することになったら、私の気が狂うか、母を殺めてしまいかねない。と思ってる。



さら警察や近隣住民からの電話が続く様になる。その都度、謝罪の電話や訪問に向かう事が短い期間に連続するようになった。

これまで半世紀近く、おそらく二番目に被害を受けた人間が、その加害者のしでかした事の為に謝罪に回るという罰ゲームである



しかし、このトラブルの増加あたりから、状況は徐々に好転を見せ始める。

トラブル頻発の経緯からか、独居老人を見て回ってくれる地域高齢者支援センターの方がたまに母の様子を見てくれていたそうなのだ

この頃になると母の症状もだいぶ進み、自分の事を自分ですることが出来なくなりつつあり、言動が破たんしている頻度や時間

長くなってきた。支援センターの方は、そんな母を外部に連れ出し入浴をさせてくれたり、

家の手伝いや話相手になってくれることがあったそうだ。

長く孤独だった母に対し、支援センターの方が母との信頼関係を築いてくれた。

母が病気になってから知り合った人間名前を覚えて良い人物として会話に登場することになった。

この支援センターセンター長さんには感謝しきれない思いだ。



センター長さんの案で母を健康診断に連れ出す事ができた。

そこに私も同行し、その流れで精神科のクリニック紹介してもらい、再度精神科受診させることもできた。

しかし、入院施設もなく、通院投薬が前提のクリニックで紹介された入院施設のある病院は、

かつて散々嫌な思いをした地元の総合病院だった。ウェブサイトで調べた所、当時の担当医師は既にいなかったが、

入院をさせても高額になり、治療をするにも、これまでと同じ結論にたどり着くのは明らかだった。



でも、これ以上トラブルを抱えた状態ではどうにもならない、そこでセンター長さんは老人ホームへのショートステイ提案してくれた。

何度かショートステイを行って次第に慣れてもらい将来的にはそこで生活を、というニュアンスだったと思う。

まず2泊3日で滞在させることになった。滞在時には私も同行し、旅行にでも来たと思って楽しんでくれと言って置いていった。

けっこう喜んでいた様子だったが、結局、最後は自ら老人ホームを抜け出そうとしたそうだ。

怖い何かがいてここにはいられないとの事。母は予定滞在期間より少し早く、自宅に送り戻された。



老人ホームの事も調べた。経済的には何とかなる様になっているが、それにはアパートを引き払い、完全にホームで暮らすことが前提になる。

しかホームでは看護サービスは受けられるものの、やはり薬を強制的に飲ませる事は出来ないそうだ。

また、本人の意思尊重することが前提なので、無理矢理家に帰ろうとする母を拘束することはできない。

また周囲とトラブルを起こした際はやはり退去を求められる可能性がある為、現状での長期滞在は難しいという結論だった。



ここで進退窮まった。引っ越しは迫られる、トラブルは頻発する、治療には金がかかる。同居は実質不可能

正直にいうと少しだけ真剣完全犯罪を考えた事もある。

しか殺人容疑者比率で最も多いのは家族や近親者という事を知って、実現不可能であることを認識した。



こうなったら、母と絶縁状態の親戚を頼りにするしかない。という事になり、自らの恥を含め事情を話し、

母のきょうだいである叔母に当面の入院費を工面してもらった。

その際、医療関連の仕事をかつてしていた母の弟にあたる叔父から

県立の精神病院存在を教えてもらう。あそこなら比較的安くすむかもしれない。ということだった。



アパート引っ越し先を何とか見つけ、ゴミ屋敷引っ越しを済ませ、恫喝をされた不動産アパートの引き渡しを済ませた。

殴りたかったし文句の一つも言いたかったが、こちらは加害者なので、なにも言える状況ではなかった。



翌日、筋肉痛で疲労困憊の状態で県立の精神病院に電話をかけた。

事情を話し、入院費について尋ねると、これまで問い合わせた病院のどこよりも費用が安く入院できるとのことだった。

状況で費用も変わるが、約8万程度だという。さらにこれまで受診した病院と連絡を取ってもらい、事情を把握してもらった。

そして遅くとも2週間位で入院ができるとの事だった。



電話した日の夕方、再び病院から電話があり、明日入院キャンセルになった関係で、

母を連れてくれば、明日そのまま入院できる。と連絡があったのが、つい一昨日の事だ。



正直、すこし拍子抜けをした、これまでの苦労は何だったのかと。



最初に誰かが県立の精神病院存在制度費用についてしっかり教えてくれれば、自分自身できちんと全て調べていれば、

こんな苦労はしなかった。私自身、最初問題から逃げようとしていたし、問題に向き合ってからも苦労の方向性

間違っている事に気付けなかった、しかし、役所介護福祉医療警察、の現場であった人も親類も、

これまで誰もそのアドバイスをくれなかった。いや、耳を傾けようとしなかった部分も多分にあるだろう。



正直、母の病気は隠したい恥という部分もあり、これまで親しい関係の人にしか、打ち明けた事が無かったが、

自分の不甲斐なさと共に、制度の穴に対しても恨み言の一つは言いたいと思ってこれを書いている。


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あと少しだけ以下に続きます

http://anond.hatelabo.jp/20170203210406

結局のところなにつくっても、その形によって使い方は決まってくるっていうお話

テレビも、デスクトップPCノートPCスマホ携帯ゲーム機も据え置きゲーム機パチンコの台もアーケードゲームも、つかってる部品はちょこちょこ違えどだいたいおんなじシステム構成で、ついてるものも画面と音がでるスピーカ無線/有線ネットワークカメラなんだよね。



これらの中身のおんなじもの差異を与えているのは、人間がどのようにして利用するかってこと。

座って遠くから眺めるのか、座って細かく指示を与えて使うのか、立って片手で持って空いた片手で使うのか、よくわからないジョグハンドルをぐりぐり回すのか、昔懐かしい股間セットもといジョイスティックでバトルすんのか、流れてくる餌もといリズムアイコンに手を伸ばして喰いつくのか。



結局人がどう使うかってこと。

人の使い方に最適化したものを作るとそれが新しい流れや常識になる。

その常識を作り出した権利...というか先行者利益になるデファクトタンダートを生み出せたのが、根性なしの大学中退出戻りヒッピーだったスティーブジョブズ(嘘は何一つ言っていません)で、いいもん作っておきながら結局米国メーカに全部持ってかれたのは、ハードウェアできたらその機械の自慢と開発武勇伝に終始したあげく、使った開発費を回収するだけしか考えなくて結局あほみたいに高く売り出すとこに落ち着いた日本シャープSONYである



いまんとこPCスマホは健常者が扱う前提で設計..というかその形が決定してある。

障碍者が扱えるような形の代物はいまだ登場してない。してるかもしれないがデファクトスタンダードになるは至っていない。

障碍者どころか犬やネコが使えるものも登場してない。

野生動物トラッキングを小型のデジタル機器でやるのは学者先生の間では10数年前からごく普通のことで、それを飼い主が求める機能にすこしだけ替えちゃえばまた新常識が生まれ商売になると思うんだけど。

バカげてる?

電子タバコみたいなアホの塊みたいな製品すらできて、バカ売れしてるのに??



一番最初にも書いたが、大半のデジタル機器の中身は全部同じものである

誰に売るために、どんな形にするか。

そしてそれをデファクトタンダートはもちろん一般常識のものにまで昇華させるかが、これからメーカー仕事になる。

2017-02-02

死なないためにクソ野郎になった

学部卒業から修士課程中退のおおよそ2年間、その大部分を私は怠惰に過ごした。

まともな研究もせずに卒業論文突入し、指導教員にひたすらダメ出しをされてほとんどお情けみたいな形で卒業はした。進学後、これからはちゃんとしなくてはと思ったのとは真逆に、授業や研究に出ることは減っていった。

家の中(一人暮らし)ではただただ焦燥感が募っていった。授業に出なくては。研究しなくては。なにかしなくては。しかし数日間着替えてないし風呂にも入ってない。しなければいけないことばかり積み重なって後回しにして、ずるずると時間けが過ぎていった。自己嫌悪自己肯定が頭の中をぐるぐる回っていた。同級生生存確認してくるようになったので、コンビニ図書館時間を潰すこともした。家族や親しい人には、事態が決定的になるまで話さなかった。

中退後は今の会社に拾ってもらって、故郷大学からも離れた街で社会人ヅラして生きている。多分、根本的な問題は直ってないし、死ぬまで解決しない。ただ、絶望して死んだり生活できなくならないために、反省しないようになった。悩みすぎて苦しむこともなければ劇的に改善されることもない。安全装置の如く、ある程度まで感情が進んだらそれ以上深くならないイメージ

から出られなくなることがなくなった分、しわ寄せは周りに行く。責任感だけはあると思っていた自分が、責任他人に押しつけていることに気付く。家族からビョーキ呼ばわりだの親不孝者扱いされ、彼女からは本気で死んで欲しいと懇願される。それでもケロッとしているのは、やはりどこかおかしくなったのか。思い悩んでも寝て起きたら出勤して適度に仕事する。そんな日々。

2017-01-27

主張したいことがないと論文かけないなら博士課程なんて辞めてやる

だって大学院入ったばかりの頃はもうちょっと希望に溢れてバリバリがんばるぞ!とか思ってたはずなんだ。

工学部機電系就職も恵まれてたのにそれを捨てて理学系に来たんだ。当然そのつもりだった。

研究室セミナーで数々のマスハラをうけても、進捗報告で「それは違う、君の言ってるここはおかしいでしょ!」って毎回のように炎上しても、それでもちゃんと耐えていられると思ってた。



甘かった。



いつ頃からか、毎週の報告会が近づいてくると脈拍がおかしくて胃がひっくり返りそうな感覚で何度も嘔吐するようになってた。

たぶん酸蝕のせいか前歯が欠けていることも、言われて初めて気がついた。

精神安定剤睡眠導入剤は一度それに頼るようになると増えることはあっても減ることなんてない。

ただでさえ立派な肩書きのついたおじさんってだけで私にとっては威圧感を感じるのに、私のためだけに一対一で圧迫面接を毎週やってくれるのだ。こんなに効率的に削られる環境もそうそうないだろう。



処世術を身につけた私は、報告会の時にはなるべく断定的なことをいって詰められるより、ボスの気分を害しないよう曖昧な返答に終始するようになっていた。

詰められるかわりに今度は「何言いたいの?意味がわからないんだけど。」と言われる回数が増えていった。

でもあからさまにマスハラ受けるよりはそっちの方がずっとマシだ。ボスよりずっと私のことをよく知ってる友人たちにもよく言われてることだし、たぶん自分でも言ってる意味がわかってないことのほうが多いから。なんで間違ってるか自分でもわからない詰められ方してる時より、そうだよなあやっぱりわかんないよなあ、って自分でも納得できたから。

D進するかどうかは悩んだけど、親類縁者で理系大学院にいくのなんて私が初めてで両親はそんな私を誇りに思ってくれてた。研究テーマが決まってなくて学振すら出せなかったけど、それでも両親は支援してくれた。まだいける、まだいけるはず。



療養のために半年休学したりもしたけど、なんだかんだで3年乗り切ってきた。幸いなことに後輩の卒研指導などの役割分担からは外されていた。自分のことだけで精一杯な現状に引け目を感じつつがんばって、なんとかようやく原著論文投稿にお許しをもらった。レフェリーコメントが帰ってきた。introduction からなかなcriticalな指摘がきてる。進捗報告の時に改定案を見せなきゃ。



見せたところで帰ってきた返事は「言ってる意味がわからない、つまりどうしたいの?」。いつものことだ。昔の私じゃない。こういう時はどうするか?ボスがどのように理解したがってるかなんてこっちは知ったこっちゃない。こちらが取りうるほぼ唯一の戦略はどうとでも取れる玉虫色の返答をジャブとして繰り出して、相手の出方に応じて適切な返答を作る。即興ながら官僚の作る国会答弁問答集にだって負けないぞ!私の頭はキレッキレだ。

いつものこと、どう返事したかなんて細かいことは覚えてない。その代わり、呆れ返った声で彼が返した言葉はジャブどころか私に向かってストレートに投げつけられてきた。

「あのねえ、◯◯さんがこの論文でどういう事を主張したいのか、まずそれをはっきりさせてくれないことにはこっちだってアドバイスしようがないんだよ」

なんで今更そういうことを言ってくるんだ。私が何を主張しないべきかだけはあれだけしっかりわかってるくせに。辛い。苦しい。私は何を主張したいべきなんだ?わからない。わかってたらもっとはっきり自分意見を今までも言えてきたはずだ。でも私が知ってのは、ただただ「私は何をしないべきか?」。それだけだ。



「何をしないべきか」を彫刻刀で一つづつ削っていったら、版画みたいに「何をするべきか」がネガとして浮き上がってくる、そううまくはいってくれなかったようだ。

私は何をしたいべきなんだろう??最初論文の主張の話だけだったはずなのに、考えれば考えるほど、この問いに人生のものまで絡め取られていってる気がする。

何をしないべきか?逃げ出すことが敗北なのはわかってる。ボスだけじゃなく共著者みんなに対しても無責任なことだ。中退なんて高校だけでもうたくさんだ。でも、いくら「何をしないべきか」を潰していっても、どこからも「何をするべきか」は浮かび上がってこない。あとどれだけ「何をしないべきか」を潰していけばこの暗闇の中から一筋のネガが見えてくるんだろう。



疲れた。来週もまた研究室に行ける気がしない。レフェリーへお返事書く期限もたぶん間に合わない。「何をしないべきか」だけははっきりわかる。もっと別のことを私はわかりたかった。とにかくもう疲れた

「堅実な生き方」ってなんだろう。

「堅実な生き方」ってなんだろう。





先日、付き合って同棲して1年半になる彼から

「その歳(26歳)で君ほど堅実な人、見たことないよ」と言われた。

確かに私は都内によくいるキラキラOLと比べたら、キャピキャピしているわけではないし

仕事をしながらそれなりに家事をして、料理もそこらへんの同世代よりはるかに上手で

今後あなたと一緒に生きていくにしろいかないにしろ、最低限の貯蓄は蓄えたいと思って頑張っている。



とは言え、

田舎から大学進学で上京してきた当時は、歌手になりたい夢をおいかけていたし

都内の某大学は余裕で卒業したけど、この歳にして転職3社目のジョブホッパーだし

ほぼ毎日お酒を飲んじゃうし、あなた抜きで飲み友達酒盛だってしょっちゅうあるし

そもそも大学中退・元フリーターで30歳超にしてようやく正社員2~3年をこなしている、収入ザンネンなあなたを好きになって同棲しているんだから

よっぽど堅実ではない、と思うんだけどどうなのかしら。



あなたからその言葉が出たのはきっと、その晩に

仕事いか効率的に動かして、自分が求める将来像に近づく努力をするか」とか

「今後一緒に暮らしていくためにも、お互い金銭感覚をしっかりもって将来実現したいことに向けて計画たてないとね」とか

そういう話をしたからなんでしょう。



でもそれを呆れたように「堅実」という言葉丸められるのは、非常に残念なのです。



あなたが言う“堅実”って何なのさ」と聞く前に寝落ちしてしまたからわからないのだけど

その答えで、私たち未来への距離感がかわってしまいそうで怖い。



お互い「付き合っている分には楽しい」という歳をそろそろ越えようとしている中で

この疑問がずっしりのしかかってくるよう。

2017-01-26

犯罪者を減らすために、親になるための資格試験を導入するべき

法務省2015年矯正統計の「15-00-34 新受刑者の罪名別 教育程度」のエクセルファイルより平成27年学歴受刑者率を算出した。

受刑者

  男性 女性 総数
不就学 10 2 12
不詳 9 1 10
小学校中退 32 5 37
小学校卒業 39 19 58
中学校中退 73 13 86
中学校卒業 7,597 700 8,297
高等学校在学 12 0 12
高等学校中退 4,810 486 5,296
高等学校卒業 5,153 665 5,818
大学在学 12 4 16
大学中退 651 58 709
大学卒業 1,017 171 1,188
19,415 2,124 21,539

受刑者率(%)

  男性 女性 総数
不就学 0.05 0.09 0.06
不詳 0.05 0.05 0.05
小学校中退 0.16 0.24 0.17
小学校卒業 0.2 0.89 0.27
中学校中退 0.38 0.61 0.4
中学校卒業 39.13 32.96 38.52
高等学校在学 0.06 0 0.06
高等学校中退 24.77 22.88 24.59
高等学校卒業 26.54 31.31 27.01
大学在学 0.06 0.19 0.07
大学中退 3.35 2.73 3.29
大学卒業 5.24 8.05 5.52
100 100 100

上記表を見る限り、高卒下の人間で、男性91.34%、女性89.03%、合計91.13%を占めている。


犯罪者は9割が高卒以下の学歴だということになる。


高卒下の人の親は言うまでもなく高卒以下であることが多く、所謂DQNな親もかなりいるだろう。


そしてDQNな親からまれ子供はまともな教育も受けないまま、かなりの確率DQNになってしまう。


しか高卒でも成功している人間はたくさんいるし、昔DQNだった親でも、社会に出て厳しさを知りまともな親になる場合もある。


そういう親は教育重要性を肌で感じているので、子供がまともに育つ確率も上がる。


まり犯罪者になるかならないか、その違いは間違いなく教育にある。


高卒以下の学歴人間には、親になるための資格試験必要だ。


合格しない人間子供を作る資格すら与えられない。


そういう国になれば犯罪者は激減するだろう。




※追記

学歴人口比もないと片手落ちという指摘があったので、平成22年国勢調査のページから掲載しておく。


学歴人口比(%)

卒業者の最終卒業学校の種類、男女別15歳以上人口の割合

  男性 女性 総数
小学校中学校 17.5 20.0 18.8
高校旧制中学校 45.3 47.5 46.5
短大高専 6.5 20.6 14.8
大学大学院 26.7 11.9 19.9
100 100 100


※追記2

大学進学率は右肩上がりだが、それに伴い犯罪件数も減少傾向にあるのが以下のページのグラフからもわかると思う。

2017-01-21

それ「卒業」じゃないよね?

という感じの「自称卒業」を目にすることが増えた気がする。

紅白に出なくなった歌手が「紅白卒業する」

アイドルグループを脱退する人が「○○を卒業する」

とある会社を退社する人が「○○を卒業する」

学校用語で言い換えたら、

・退学処分

自主中退

・転校

単位取得退学

とかの方が実情に合ってるんじゃないかと思う。

…なんてのは、既出の嵐なんだろうが卒業シーズン前に書いておく。

進路が決まら大学卒業した女な訳だが[1]

2年前の3月自分就職が決まらないまま卒業式に臨み、そのままフリータールート突入した。

就職課をはじめとする大学関係者には「某生命保険会社営業内定が出た」と嘘をつくことで、表向きは「社会人生活へ向けて巣立ちを迎えるフレッシュ若者」になりきった。

就職が決まらないということが何より恥ずかしかったし、周りには心配をかけたくなかった。

今思えばそんなクソみたいなプライドで嘘をついた自分の方が恥ずかしいのだけれども。

学生の頃、正直自分はすぐ就職が決まると思っていた。

早くこんなつまらない地方都市から抜け出して、レインボーブリッジシーマ転がす業界人になってやる。

なんて時代錯誤でクソダサい動機を孕みつつ、鼻息荒く就活スタートした。おったまげ。

エントリーシートは通る。筆記試験も通る。しか面接でことごとく玉砕

気づけば残り弾数はゼロ。そして静かにマスコミ就活シーズン収束

就活の良い思い出?履歴書文字が綺麗って褒められたことくらいかな。ファック。

「まあそれでも?どこかには決まるし?ドンウォーリービーハッピー的な?」と楽観的に考えていたのと、内定承諾までの返答期限という事情から、他企業内定を辞退してしまっていた。

その後は流石に「転がすのはライトエースでも小型セダンでも、なんでもいいから、もうシーマなんて言いませんから…助けて…」と、ブットビまくってた理想をかなぐり捨てた。

どこでもいいから拾ってくれと地元中小企業などを血眼で受け続けたが、軒並みお祈り。

自分シーマどころか社用車にも乗れない人間。この事実を認めざるを得なかった。

冬ごろには就活をする気力も、今までの根拠のないプライドも、全て灰燼と化した。ぼくの心を就活は奪い去った。俺は空洞。でかい空洞。

全て残らず就活は奪い去った。

俺は空洞。面白い


全然面白くないです。


さすがにYami Yami Day(※病み病みの日のこと)を送って震えるのは嫌だったので、バイトを詰め込みまくり卒論を夢中で執筆することで現実逃避をしていたら、春なんてすぐだった。瞼閉じればそこに。

こうしてひとり、職無しのまま社会へ放流された死んだ目の若者が完成した。

卒業式後の飲み会で友人とフジファブリックの「若者のすべて」のサビを肩組んで歌った辛すぎる思い出。何年経っても思い出してしまうなあ。

毎晩内定のない人が見るまとめ速報を見て「自分マヂクズだゎ…ッラィ…」とか思いつつ、マンマのご飯はススムくんな、ナンダカンダ健やかなニート生活を続けていたある日。

「金を入れられない人間はこの家を出て行け。とりあえず働け。」

と母に某アルバイト情報誌でアタマシバかれ、ぱみゅぱみゅしてしまった私。渋々実家から激近の某企業アルバイトを始めた。

そこにいた先輩アルバイトのK氏は、大学中退後、様々なバイト転々として、今に至るらしい。「条件がかなり難しいか正社員にはなれないだろうけど、ずっと別にこのままでいい」と言っていた。

確かに仕事は楽だし、地元にしては時給もいいし、定時でしっかり帰れるし、人は優しいし、社食はおいしいし、福利厚生や社割もあるしで、バイト先にしてはマチャアキ文句なしの星3つだった。

しかし、そんなK氏を見ていると「自分はずっとアルバイトという立場でいいのだろうか?」という疑問が首をもたげてきた。

パン酵母か?というくらいに、その疑問は日に日に膨らみ、(マンマのご飯と社食体重も膨らみ)ついにバイトを始めてそう日が経っていない初夏のある日、母にこう言った。

「私、今から金貯めて東京行くわ。」

「は?東京?行ってどうすんの。」

東京行って就活やり直すだ。」

「どうしましょ、どうしましょ、どうしましょったらどうしましょ」


[2]に続かせてください。

結婚したい、出来ない

今私は大学2年、早生まれなので19歳。

田舎である地元と同じか少しデカイくらいの規模の場所一人暮らしをしてる。

この間成人式に出席したとき友達ではないけど顔見知り程度のコが結婚していてすでに2歳児の子持ちになっていて恐ろしいと思った。その子高校中退していた。多分これから年を重ねるにつれてこの手の話は珍しくない、むしろウンザリするほど話題に上がるだろうな。

翌日汽車で戻りながら、私は結婚出来ないということをぼんやり考えていた。

理由はここで挙げる以外にも細々したものがいっぱいあるけど特にこの3つに絞った。

1つ目は顔が悪いということ(子供を産みたくない)。

次にめんどくさがりということ。

3つ目に結婚に夢見すぎということ。

まず1つ目、私はブス。地味な顔なくせに化粧でマシにならないタイプの一番最悪な顔。中2と高1のとき男にいじめられた。正直これは顔のせいだけではなく舐められやすい態度と鈍臭さが相まってのことだと思った(今考えてみれば)。それで腹の立つ顔(ブス)してるんだからあいじめたくもなるんだと思う。女子友達普通に居た。(あと私はブスなので子供を産みたくない。未来の私の子供が私に似た顔で生まれたら私の子供が可哀想だ)

次に、私はめんどくさがり。

部屋はきれいな時と汚いときがある。

部屋のきれい度はわたしの疲れ度合いと比例している。1度に片付けるタイプだ。始めたら終わるまで一気に片付けるけどそれまでの時間が長い。だから常にきれいな部屋を保つのには向かない。料理も、自炊をめんどくさがってひと月に数回程度しかしないので、部屋の掃除とか料理の腕が求められる(と思われる)結婚は出来ないだろう(誰もそんなズボラな女とは結婚したがらない)。

3つ目に結婚に夢見すぎということ。

でも親は離婚してる。

普通親が離婚してたらあんまり夢見ないだろうと思うかもしれないけれど私は夢見てしまってる。なぜなら私はブス(鈍臭い)で交際経験皆無(処女)なのでそれが美化されてる。

あと最後にいうと

私は年上の人しか好きになったことがない。中学生から今まで、私は中高年のおじさんが好きだった。

何故ならそれは同級生男子と会話することがないので必然的に目に入る男は全て先生になるから。見る回数が多い分好きになるんだろう。単純接触効果かな。悲しいね……。

あと同級生男子は私にとって恐怖の対象で、向こうは私を虐める以外、男にとっての私はどうでも良い存在(眼中にない)ので接触しない。だから好意の抱きようがない。それと母子家庭から足りない部分(父)を補おうとしてるんだろうかっていう予想が自分的にはしっくりくるけどちょっとポエミーで恥ずかしいし、人には言えない。でも上記の理由の方がもっとみっともないのであんまり認めなくない、事実だけども。出来れば目をそらしていたい。

ちょっとまとまってないけどまあこんなにマイナス要素があれば結婚出来ないのは当たり前だと思う。努力しろよって話なんだけど得られるか分からない対価に対してそこまで頑張れるかっていうとそうじゃない。受験勉強や今なら公務員試験勉強なら同じく得られるか分からないけどある一定保証(あるいは水準)はあるから頑張れる。

今の私の武器になるもの(婚活において有利なもの)なんて若さしかない。

これももうすぐ無くなってしまう。

結婚したいなら大学卒業して就職が決まったら即婚活すべきなんだろうな。無理だろうけど。

私がこんなに結婚したい理由は2つほどある。

1つは既婚っていうだけである一定の人間性が無条件で認めてもらえるような、その称号というか身分がとてつもなく欲しい。2つ目は誰かに愛されたい、1人が寂しい(あと○ックスしてみたい、子供はいらない)。書き出して見るとロクでもない理由しかないな。

2017-01-20

静岡県韮山高校の体育の授業について まとめ

10年以上前情報も含まれているので、現在とは異なっている可能性もあります



服装

女子は股下10cm丈の黒いショートパンツホットパンツ?)。体育座りをすると下着やナプキンが見えてしまう。

・太っている生徒は露出した腿がこすれて股ずれを起こしてしまい、赤く腫れあがることがあるが、特に配慮されない。クロカンでは身体的にも精神的にも激しい苦痛を伴う(後述)

ジャージの着用は禁止。そもそも学校指定ジャージはない。冬期に寒冷じんましんが出る生徒がいるが、特に配慮されない。

・準備体操まではジャージを着用していても良い。その際のジャージ部活ジャージでも私物でもなんでもいい。



●韮高体操、二人組、ダンス、マット運動

特筆すべき点なし。他校と同じ普通の体育。



以下、補講が科せられる授業について記します。



水泳

・ひたすら泳がされた。

・泳ぎ方は教えてくれなかった。平泳ぎは手足の動かし方が分からなくてできなかった。

・泳ぎ方を教えてほしいと教員に頼むと「他のやつを見て自分で学べ」と言われる。

・授業を欠席・見学すると放課後に補講があり、500m泳がされた。

・補講では足をついていいのはプールの端だけというルールがあった。つまり50mは足をつかずに泳がなくてはならない。

・足をつくと50m無効になった。

・まったく泳げない生徒は10m泳いでは足をつき、プールの端まで戻り、また10m泳いでは足をつき・・・を2時間繰り返し、教員から「もうお前帰っていいよ」といわれるのを待たなければならなかった。



●新体力テスト

韮山高校は新体力テストが男女とも県1位なのを誇っており、新体力テストで記録を伸ばすためにさまざまな工夫(と不正)を行っていた。

・まず全種目のテストを行い、2ヶ月間授業と補講でトレーニングを重ねて記録を伸ばしていく方式

最初テスト目標値に達しなかった種目があると補講票が渡された。

・補講票はA7くらいの紙片で、種目名と氏名欄、補講日とその日の記録を書く欄があった。

・各種目、少なくとも週1日は補講日が設定されていた。

シャトルランなど補講対象者が多い種目は週3日などもあった。

・補講は放課後に行われた。反復横跳びなら反復横跳びを行い、記録を補講票に書いて体育課に提出した。

・記録が目標値に達していれば補講票は返却されない。もうその種目の補講に出る必要はないということ。

・記録が目標値に達していないと「再」のハンコが押されて翌日朝にHRで返却された。

目標値に達するまでは、何回でも補講に出席し続ける必要があった。

・体育の授業での記録を補講票に書いても良いことになっていた。

・体育が苦手な生徒は複数種目で目標値未満なことが多いので、毎日補講に出る必要があった。

・補講が長引いたり、毎日のように補講に出ていると部活動への参加が遅くなってしまった。

・補講は部活動に優先したが、補講のせいで部活動に遅れると顧問から叱責された。

シャトルランの補講に週3回出ていると疲労が溜まって記録がどんどん悪くなった。

・補講対象者が減ってくると一日で全種目を行うこともあった。疲れるし、部活に出られなくなった。



・結局、補講を終わらせるために生徒は実際の記録より高い記録を補講票に書くようになった。

・そもそもこの補講システム、生徒が自発的に記録を改ざんするのを狙っていたようだ。

・補講システムが功を奏し、韮高は十年以上連続で新体力テスト県内1位を達成している。チーム韮山の成果である



クロカン

・授業では女子は30分~40分で5km走る。男子は同7km

・授業時間内に走りきれない人は前の授業を途中で抜けて、先に準備してスタートするよう指示があった

・全授業で、絶対指定された距離を走らなければならない。脱落は罪。

・途中で過呼吸を起こすなどしてリタイアした人や授業時間に間に合わなかった人は教員に車で回収されるが、その際必ず罵倒された

 「気持ちが足りない」「気持ちが弱い」「気持ちが表に出ている」など抽象的に罵倒された

男子生徒は背中、肩などを殴られることもあった。

ぜんそくやチアノーゼを起こしている人も罵倒されていたし殴られていた。

・さすがに女子には体罰はなかった。

・太っていたり脚が太い生徒は股ずれが悪化出血することがあった。

・股ずれの出血は、はた目には急に生理が始まったようにも見える。恥ずかしさのあまりか、顔を覆って泣きながら走っている生徒がいた。

・股ずれを理由とした体育の見学許可されなかった。

見学した人は後日の放課後に授業と同じ距離を走るノルマがあった。

・たとえば1週間風邪を引いて授業を3回休むと5km*3=15kmが課せられる。風邪が治り次第毎日走って少しずつ返済しなくてはならない。

クロカン本番の順位指定校推薦と密接な関係があると聞いたことがある。



●「韮高の体育は第二の入試

・「韮高の体育は第二の入試」という言い回しがあった。主にお互いを励ますときに使ったりした。

・「韮高の体育は高校入試並みに辛く厳しい」の意だが、体育に耐えられなくて不登校になったり、中退したりしてしまう生徒がいるのは仕方がない、という意味もある。その生徒は「第二の入試」に不合格になった、ということ。

・実際、不登校になって中退する生徒は多い(後述)。



●影響

自律神経失調症になってしまう生徒がいた。

文化部女子生徒を中心に、市販薬の乱用が流行した。「ロキソニンを5錠飲んでから走るとお腹が痛くならない」などのテクニックが広まっていた。

中退率は2%台後半から3%。一応進学校なのに全国平均を大きく上回っている。

(もちろん海外留学などポジティブ理由中退も含まれる)



●近年の動向

地域中学校進学塾でも「韮高の体育は厳しい」と知られるようになったため、

体育が苦手な受験生三島北・沼津東に流れる傾向がある。

そのため韮高生の平均レベルが上がってしまい、体育な苦手な生徒にとってさら過酷環境になった。

2017-01-13

http://anond.hatelabo.jp/20170113103010

社会人になると、

給料のために長時間やりたくもないことに時間を費やす人生が定年まで、もしくは定年後衰えるまで続くんだからさ。

単位取得のために長時間やりたくもないことに時間を費やしたくない…というのは、我が儘のようにも思える。

ただ、私なんかは、化学系で大学院修士までエスカレーターで行っちゃったけど、学業的には落ちこぼれしまい、

就職IT企業で、大学院まで学んだ化学系の知識就職後、全く役に立ってない人生を送ってるので、

大学院中退するのも、その覚悟があれば良いんじゃないの?とも思うよ。

2016-12-30

増田よりも、底辺マイルドヤンキーといるほうが楽しいと思う

底辺マイルドヤンキーってのはともすれば

意識が高く意地悪い増田たちにぶっ叩かれまくる天敵だろう

かく言う自分はてブ界に住む増田の一人でもある。

ポリコレステマ批判精神はカウボーイが銃を持つようなものだろう。

自分もそれらを帯同する「良識的で善良な」圧倒的増田である

ヒョンなことから、付き合いで底辺界に住むマイルドヤンキーたちと

接触することが増えた。

底辺界の住人たちは、増田が心底憎み、目を合わせてはならない生物である

例えば子育ての話では、10代や20そこそこで何人も出産しているようなマイルドヤンキー達は

不幸の再生産を行う非国民のような扱いだ。

今年は付き合いでキャバクラガールズバーに行くようになったのだが

そこで働いている女の子は「訳あり」な人が割りといる。

例えば客先の営業に連れて行かれた、ビキニバーにいる20歳の巨乳美人ギャル

そのクビレから想像できなかったが、二人の子持ちである

インスタグラムに連絡先を自動同期していたから、その子アカウント勝手おすすめされ

中を見たら両腕にヤクザ系のスミを入れた不細工旦那が見れた。

ここ1ヶ月でボチボチ行くようになったガールズバー店員(清楚系ギャルというのがピッタリ)は

ぶっ飛んでいるぐらい酒が強く、プライベートでも朝まで飲んで

昼のバイトに出かけるというようなイカレ具合だ

の子子供の頃に親が離婚して、高校中退しており

15歳からクラブで酒を覚えた、いわゆる増田の敵である

14歳にはバージンを失っており、元カレの数は4人だが経験人数は20-30人という

ゲームで勝ったら秘密を聞いて良い、負けたら俺がおごるルールで聞いた。

誤解してほしくないが、経験人数とか聞くのはなしっていう前フリを受けたので聞いたのである

はてブ界の人間からすれば猿扱いされる御仁である

年末に朝まで飲んでその後、その御仁とアフターすることになった

店のシステムではなく、プライベートしてのアフターである

自分はもうおっさん増田であるので20歳程度の若娘とプライベート飲みなどの機会はとんとなかった。

そこで彼女の知り合いのダーツバーにいくことになり

これまた、ザ・マイルドヤンキーみたいな若者オーナーをしているのだが

その男も20そこそこである

オーナー店長イケメンで若くどう見てもヤンキー

着席早々にテキーラゲームである(全部オレの金だ)

そこで聞いたことあるようなないようなコール

増田にとっては呪詛であるが、マイルドヤンキーにとっての福音

をされ蛮族特有おもてなしを受けた。

例えばBOOWYonly youに合わせるコールなら

only you 飾らないで(飾りじゃないのよコンドーム!)

only you たった一度(1度と言わずに2度3度!)

みたいな敬虔増田が聞いたら、耳が破裂して廃人になる呪文を浴びせるのである

自分は半分マグルみたいなもんなので大丈夫だった)

上のコールは昔からあるらしいが。

女の子は多少のお触りOKでかわいくて

男はイケメン面白いことをしようとがんばってくれて

増田が立ち入るなと言っていた底辺界は決して悪くないのではないかと思った

というかときおりtwitterなんかで意識高い人たちが

顔写真なんかを晒しているけど容姿格差がひどすぎるだろ。

なんではてブ界の人々はちきりんイラストを具現化したような人しかいないのに

底辺界の住人はみんなイケメンだったり可愛いかったりするんだ。

こんなのっておかしいよ

僕ははてブ界で底辺ヤンキーは猿だって教えられたのに

これじゃあどっちが猿がわかりゃしないよ!

から飲みだして、ダーツバーを出たのは昼を過ぎていて

通算12時間以上飲んでたわけだが、こんなの何年ぶりだバカ

だけどいつも増田はてブブコメをして、社会を論じるよりも

完全に「生の喜び」を感じてしまった。

こんなのもう戻れないよ

飲みすぎて迷惑かけたかと思ったが

「楽しかった、また飲みに行こうね」と言われたら惚れてしまうやろ

思うに増田の心の狭さと、彼女たちの「とりあえずテキーラいっきしょ!」

みたいなノリの対比をしてしま

一体どちらが素晴らしい世界に住んでいたのか

世界観が壊れてしまった

イスラム教から仏教改宗しようか迷っている人は多分こんな気持なんだろう

瞑想運動が足りないんだよ」

主語がでかい

プリントアウトして病院へ」

などという煽りよりも

「もう飲めないのwヨワイーヨワイーw」

という蛮族の煽りのほうが遥かに心地よいということを知ってしまった。

俺はもうそちらへは戻れない

デンモクマイクくださーい)

東京大学に入ってうちがどれだけ貧乏か知った

年末なので実家へ帰った。


と言っても私が4年前に上京した時にお別れした一軒家じゃなくて

最寄り駅から車40で分ほどかかるど田舎アパート


3LDKで家賃は私が住んでいる巣鴨の1Kより安い。


そこに父と母と弟と妹の4人で住んでいる。

そして今はそこに帰省した長女の私もいる。

当たり前だけど、部屋に対して人間の方が多いか

必然的にスペースを分け合わなければ眠れない。

弟は大学中退したDQNなのもあり、その横暴さを振りかざして一つの部屋を独占している。

残った2つの部屋の内、ひとつリビングにしているので

8畳の部屋に父と母と妹と私で2つの布団を分け合って寝ている。


と、いうのが理想


現実は「仕事で疲れているんだ」といって父が一つの布団を使って眠るので

共働きの母はほとんど毎晩リビングで布団を畳みながら寝落ちしているらしい。

たまに最後まで畳めて妹のお布団までたどり着けたときは一緒に寝ている。

でもそれも私が帰ってきたら妹の隣を私に譲ってくれる。

「まるでヤドカリだね」「言い得て妙」と言って笑いあえる家族なので

弟や父にモヤっとした不満は抱きつつも我が家を嫌いになりきれない。

お父さんの適当トークはいつも家族爆笑を巻き起こすし、

弟が部屋で買っている亀は可愛い


でも今年受験生の妹に勉強机がなくて、テレビを見ている父のん横でテキストを解いている姿とかみていると

普段学生生活で友人の指輪自分トータルコーディネートの総額が負けたときとか

生活費のために働いているバイト先で(仕送りは当然なくて、奨学金は全部学費に回している)

今日8万もお買い物しちゃった☆」って会話が蔓延っている休憩室に座っているときとかの

胸の下あたりを細い糸でキュッと結ばれたような惨めな気持ちを思い出す。

妹は2つの推薦に落ちていて、センター試験を迎える。

両親には「勉強机を買ってあげて」って春に言ったけれど、結局叶えられず。

私はせめてと思って妹に自転車を買った。

安物だけれど、これで図書館に行って勉強してほしいなと思って。

片道40分かかるけど、無理な距離じゃないし、父とテレビに挟まれ勉強するよりかはマシだろう。


「ありがとう」と言ってくれた妹を見ていると、

私のときはまだ恵まれていたんだなと思う。

最寄り駅まで1時間ちょっとかかった家だったけど、借家の一階建てでボットン便所だったけど、

自分の部屋があってちゃんと勉強できた。

そのおかげで東京のそこそこの大学に入れて、

(惨めな思いはしつつも)貴重な体験がいっぱいできて、

お金かかるからまり満喫はできないけれど)読書以外の趣味も見つかって、

なにより素敵な友人たちができた。

ただ、私の家は結構貧乏だってことや、20歳デキ婚は当たり前じゃないってことなどに

気づかされたのは正直とても辛い。


私は来年そのまま東京に残って希望していた職に就くことになった。

そのことを伝えた時、両親はいつでも帰ってきていいよって言いながら泣いてくれた。

家族のことは大好きだ。本当にこの家の長女でとっても楽しい幸せだと思う。

でも、お金はないのに物で溢れている家だとか、母が10年間ずっと着ている服だとか

穴を繕ったスーツだとか、未だ借家暮らしていることとか、

実は黙っているけど結構な額の借金があることとか、東京までの往復費が出せなくて未だ一度も遊びに来てないこととか

友人は奨学金借りていないし仕送りももらっていることとか、お母さんの車はいまだにカセットなこととか

そういうのがただただ悲しい。

私に何ができて、どうすればいいのかも分からない。


最近貧困問題がよく取り上げられていて、色んな人の声を聞く。

その中には想像も絶するくらい苦しい状況の人たちもいる。

でもだからって「自分貧困じゃない」「まだマシだから弱音を吐いたらいけない」とは思えない。


何が言いたいのかまとまってなくてごめんなさい。

気の置けない友人たちにも言えない私のコンプレックスを酔いにまかせて吐き出したかっただけなんです。

私はこのまま東京に残って就職するけれど、いつでも帰ってきなさいと言ってくれる両親を裏切れるように頑張る。

せめて自分の子どもにはこんな惨めな思いをさせないように頑張りたいし、まずは結婚できるように恋人を作るところから頑張る。

結局どんな大学に入っても頑張らなきゃいけないことはなくならないし、

どんな大学に入るかより、そこで何を頑張ったかの方が大事から受験頑張れ、妹。

2016-12-25

2016年グローバリズム終焉した年だった

1月1日 - イスラエル中部テルアビブで銃乱射が発生、9人が死傷

1月3日 - サウジアラビアイランとの外交関係断交

1月11日 - イラク連続テロが発生し48人が死亡

1月12日 - トルコイスタンブールで爆発、10人が死亡、トルコ政府ISILによる自爆テロとの見解

1月14日 - インドネシアジャカルタテロ・銃撃戦、被疑者ISILと関連

1月16日 - 2016年中華民国総統選挙民進党蔡英文当選

1月30日 - シリア首都ダマスカスで爆発、45人が死亡、100人以上が負傷、ISIL犯行声明

2月7日 - 北朝鮮人工衛星と称するミサイルを発射

2月15日 - 保育園落ちた日本死ね

2月20日 - アメリカミシガン州無差別発砲の銃撃事件、5人が死亡

3月20日 - アメリカ合衆国大統領バラク・オバマキューバ訪問

5月9日 - フィリピン大統領選挙、ドゥテルテ当選(→麻薬戦争8月までに1000人以上死亡)

5月26日~27日 - 第42回先進国首脳会議

5月27日 - バラク・オバマが現職アメリカ合衆国大統領として初めて広島市訪問

4月3日 - パナマ文書公開

6月12日 - アメリカフロリダ州銃乱射事件、50人が死亡、ISIL系のサイト犯行声明

6月22日 - 北朝鮮が中距離弾道ミサイル2発を発射

6月23日 - イギリス欧州連合離脱是非の国民投票欧州連合 (EU) 離脱支持票が過半数を占める結果

6月25日 - アジアインフラ投資銀行の第1回年次総会

6月26日 - 拡張された新しいパナマ運河が開通

6月28日 - トルコイスタンブール空港テロ、死者36名、負傷者140名

6月29日 - 北朝鮮で第13期第4回最高人民会議

7月1日 - バングラデシュ首都ダッカにて、武装集団による襲撃・人質立てこもり事件、死者28人、負傷者50人、ISIL系のメディア犯行を認める声明

7月3日 - バグダードのカッラー地区繁華街爆弾を積んだ冷蔵トラックが爆発、200人以上の犠牲者

7月6日 - Pokémon GOサービス開始

7月7日 - アメリカで5日と6日、警官黒人男性が射殺されるケースが相次ぎ、全米で抗議活動が広がる中、テキサス州ダラスで7日夜、デモ警戒中の警察官5人が射殺される事件が発生

7月10日 - 日本で第24参議院議員通常選挙自公連立与党は合計70議席を獲得し勝利

7月12日 - (南シナ海に関して)フィリピンが「中国の主張は国際法違反」と訴えた仲裁裁判違反判決(→中国はそれに従わず

7月14日 - フランス南部ニーストラックテロ事件、84人が死亡、202人の負傷者、ISILの関連性

7月15日〜16日 - トルコで軍の一部によるクーデターが発生、未遂ながら200人を超える死者

7月17日 - アメリカルイジアナ州バトンルージュ警察官が銃撃を受け3人が死亡、3人が負傷

7月22日 - ドイツミュンヘン銃撃事件が発生。犯人を含み10人が死亡

7月26日 - 日本相模原障害者施設殺傷事件が発生。19人が死亡

8月5日 - 第31夏季オリンピック

8月8日 - 日本天皇生前退位問題に対してのお気持ちビデオメッセージで発表

9月4日 - 香港にて第六回立法会議員総選挙親中派は40議席、非親中派は30議席

9月7日 - 第15回夏季パラリンピック

9月9日 - 北朝鮮建国記念日に核爆発実験実施

9月14日 - 内戦が続くシリアで、米国ロシア仲介によって、アサド政権反体制派の停戦が発効

9月15日 - 4ヶ月で大学中退起業します。レールに沿ったつまらない人生はもう嫌だ。

9月17日 - 2016年マンハッタン爆発事件が発生、負傷者25人

9月22日 - バハマ文書公開

10月2日 - コロンビア内戦終結国民投票、僅差で否決

10月17日 - イラクハイダル・アル=アバーディ首相ISILに占拠された北部都市モスルの奪還作戦を開始と発表

11月9日 - アメリカ合衆国大統領選挙共和党ドナルド・トランプ民主党ヒラリー・クリントンを退けて当選

12月15日 - 日本安倍晋三首相ロシアウラジーミル・プーチン大統領が、山口県長門市で日露首脳会談

12月18日 - ヨルダン武装集団警官襲撃 観光客ら10人死亡

12月19日 - ドイツベルリンで行われていたクリスマスマーケットトラック突入、多数の死傷者

12月19日 - ロシアの駐トルコ大使アンカラトルコ人警察官に銃撃され死亡

12月19日 - スイスチューリヒイスラム教関連設備侵入した男が機関銃を発砲し3人が負傷

12月22日 - シリア政権反体制派が拠点としてきた要衝アレッポを完全制圧したと発表

事故災害は省いています

エンタメスポーツは一部を除き省いています

過不足の指摘などいただければ。

2016-12-21

履歴書にキズが付いたら経歴詐称しないと一生買い叩かれる

留年1年、大学中退派遣2年、空白3年、30過ぎで正社員になりたくてジョブカフェに行った。

希望離職率が低い製造ITだったが、経験がなく30過ぎてたので却下

介護、運輸、建設なら可能性があるが、定年までに平均年収に届くかは微妙

休みを削るとか退職金をあきらめるなど工夫が必要らしい。次の転職はやんわりあきらめろと言われた。

まり生涯賃金をできるだけ人並みに回復するなら今、経歴詐称するしかないのである

人並みの賃金を諦め、みじめに暮らせとか言われそうだが、ごめんである

経歴詐称がんばるしかない。

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