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はてなキーワード: 病気とは

2017-01-16

クラウドソーシングで開発案件を探してみたけど

フリー仕事をして5年目。仕事が途切れたので案件さないとなと思い、先週から知り合いとご飯したりして案件探してる。普段仕事ほとんどが知り合い経由での紹介。

さっき、ふと、クラウドソーシング各社ではじめて真剣案件探してみた。

海外の知り合いはクラウドソーシング案件とってるといっていたし、聞いたら単価も高かったので、そういう世界なのかと思ってたら、日本案件はひどかった。

探し方が悪いだけなのかもしれないけど、まともな単価の案件は見つからなかった。

常駐型で20万〜40万/月とか、サーバたててデプロイして手順書つくって5000円〜1万円とかが存在する。

こんなんだと日払いで引越しバイトでもやってたほうが圧倒的に儲かる。

そしてなにより怖いと思ったのはそれに応募してる人がいること。

フリーランスになったら最低でも60万/月は維持しないとフリーになった意味ないし人生詰むと思ってるんだけど(ボーナスもないし、案件とぎれることもあるし、国民年金しか加入してないし、病気になったら終わるし)、こんな貯金もできないような単価で働く人がいるのかと思うと心が痛い。

こんな単価で受けるのは、未来の働き方なんかではない。

クラウドでのマッチングはいいことだと思うし、地方にいても働ける時代がやってくるべきだと思ってる。

でも、今のクラウドソーシングは、営業ができない人と、安く買い叩きたい会社マッチングするプラットフォームしかない。

単価を上げる努力を各社しないと、安く労働力を獲得するためのプラットフォームしかない。

オス野良猫の奴がまじでうんこくせえ

風呂に入れるのは何の病気を持っているかからない野良猫だとリスクが高すぎるよなあ

と思っていたら水を使わないで済む泡シャンプーというものがあるらしい

値段もまあ手ごろだしこれであのデブ猫を泡まみれにしてやるのは気持ちよさそうだな・・・ジュルリ

『THE OA』って海外ドラマが神だった。

ネットフリックスっていう課金制の映画視聴サイトがあるんだけど。

そこで視れるんだけど。

かなり面白かった。

  

俺は子供のころは文学にかぶれてたんだけど。

医者さんになってみると、「精神病」ってのを疾患として理解できてしまって、

私小説とか、メンヘラ的な小説への感慨みたいなのが一気にそがれてしまっていた。

  

文豪神経症を見ても、「この時代は薬がなかったからねー」とか、「あ~これは典型的貧困妄想ですねー」とか。

パターンとしてしか見れなくなっていた。

そりゃ、書かれた時代は治らない病気から問題だけど。

現代では、治るっていうか、超絶重い状態精神病ってのが滅茶苦茶レアになってしまった。

  

で、そういうのをもう一度手に入れさせてくれたわ。

主人公精神病設定なんだけど。

「本当に精神病なのか?」という疑いを持てるぐらい説得力があるんだよね話に。

ストーリー展開も神がかっていて。『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』的に2つの話が行ったり来たりして、最終的につながるっていう。

更に素晴らしいのが、登場人物たちの人間性やどうしようもなさが伝わってくる。

  

まあドラマ自体のできがすごいってのはあるんだけど。

文学的意味合いとして、「臨死体験精神病を繋いだ」というのがうまいと思った。

現代では宗教的オカルト的なものは一笑にふされちゃうんだけど。

臨死体験は確かにオカルトとしても異質。

実際に臨死体験を経て超絶能力得てるとかあるから、謎な部分とかは確かにあるんだよね。

ここを結び付けてきたのがうまい

精神病奇跡だの神秘だのでごまかさずに書いてたり、周りの人の空気感ごまかさずに書いているのに。

それなのに、奇跡を書けるってのがすごい。

  

物語のしめかたも上手すぎてびっくりした。

完成度が異常に高い作品だった。

子供産んで失ったもの

よく、「子供産んで失ったもの沢山あるけど、それでも子供産んで良かった」って言う人いるじゃん。

私は、そうは思えない。

失ったものが多すぎて頭がおかしくなる。

私が子供産んで失ったものは、

時間、金、仕事健康笑顔ゆとり、正常な判断

子供産んで得たものは、

不公平赤の他人から暴言ストレス病気、心の闇、

子供は国の宝なんて嘘じゃん。

なーんで、こんな国で子供産んでしまったんだろ。

子供を守るのは親の役目だけど、外部から攻撃があまりにも酷すぎて共倒れになる。




日本子供を産んではいけない。

病むぞ。

死ぬぞ。

俺のめしは?問題

またTwitter病気の妻が「ご飯を作れない」と言うと「俺のめしは?」と返す旦那話題になってるが

わずに察して欲しい女様、やって欲しい事があるなら言え、男はエスパーじゃない

系統の男が結構いて、本当に多くの男には解らないの?

エスパー能力必要なの?

解らんとしたら男女で脳の作りが違いすぎね?と不思議になっている

幼児なら僕のご飯は?で自然な反応だけど何で解らないんだろう

2017-01-15

http://gigazine.net/news/20170115-how-not-to-be-angry/

恐ろしく皮相的で、もし病気ならこんなカウンセラーに当たりたくない……。

などと思っていたら、よくよく考えるとhope誤訳しているGigazine問題だったと気づいた。

希望」と「望み」&「期待」では全く意味が変わってくる。多分「期待」のほうが通じやすい。

ただカウンセリング的にもこれはいかんと思う。

問題は期待ではなく「思い込み」あるいは「マイルール」の「摩擦」なんだから

記事の選定をするGigazineもクソなら記事元の主張もクソで、翻訳もクソという酷さ。

「超潔癖主義」の非現実性

くさや問題が表した潔癖主義

ファブリーズの件もそうだが、今の日本は「超潔癖主義」に蝕まれすぎではないかと思う。くさやが臭いのは誰がどう考えても事実なので、地元はこのCMに便乗するくらいでいいと思う。

何かにつけて「地域差別ガー」というバカにはあきれてしまうが、つまるところ地域の抱える不都合な事実を外部が指摘することを拒絶するけつの穴が小さい子供である。それこそ、彼らの好きな言葉を借りれば「言論弾圧愛好家」ではないか。文化や社会には二面性がある。

私が生まれて間もない頃の話だが、1980年代1990年代鉄道文化が洗練されていたという話題がSNSや掲示板で流行している。はっきり言って、不良が巣を作りそうな文化がそこにあったわけだが、それでも鉄道ファンは誇らしく思う。「鉄道王国」も日本文化だと自尊心を持っているはずだ。

本来文化・社会性とはそういうものではないか2000年代新自由主義旋風だって文化や科学技術などの高度化の裏に犯罪の高度化や富裕層人口インフレ問題もあった。2010年代1960年代の再来のようなのムードの裏に貧困問題があった。オートバイブームの裏にはシビアな封建もあった。


オタク文化マイルドヤンキー問題共通点

オタク今日社会全般で受け入れられているという。あれといえば、昭和負の遺産にもかかわらず迷惑者が誰も輩出しなかったことを「世界に誇る日陰者」と自画自賛する書き込みが拡散されたことが多くの人に衝撃を与えたものだった。案の定オタク自身の努力で出世が実現するとスゴイ発言まみれになった。

冷静に考えてほしいのだが、同じ大衆の同胞であるべき人達がそれと村八分にされる時点で、そもそもすごくなんてないのである。そもそもオタクとは昭和時代学歴社会実験の失敗に伴いヤンキーと共に発生した負の遺産である本来ここで必要な発想は、負の歴史として再発防止策を考えることであり、恥かしく思うべきことである

仮にもしオタクがすごかったとしてもそれは個人個人がすごいのであってオタクはすごくないのである社会が立派だったとしても、それは日本人の寛容性のことである。もしあなたが大衆の一員であれば、さほど無関係ではないか

私は「オタクスゴイ」とそっくりな問題を抱えているのが「マイルドヤンキー」ではないかと思っている。地方リア充話題が出ると、なぜか不良とこじつけ話題が出てくる。不良とは縁のない人でもヤンキーのように扱われる、あの変な社会空気である

当たり前だが、リア充すべてが悪人なわけではない。大体ヤンキー本来の意味は実は汚い。もともとはアメリカ人白人を罵る言葉として生まれたものだ。ジャップと同じ意味合いアメリカ人が「ヤ○○」の言葉を使うものとしてとらえてほしい。

マイルドヤンキーに代わる言葉はあるだろ。とんでもなくダサそうな文化を謳歌しているのは一握りの地方民のうちの一部とか、不良経験者だけではないかと思う。あのグダポンの撒き散らす固定概念への批判としてもいうが、私は地方を何度も見てきたが、北関東でもマイルドヤンキーなんて一握りの数しかいなかったよ。

そもそもマイルドヤンキー言葉根底に都会人による地方人への偏見がある。車好きを例に挙げるまでもなく、外国には日本人が思い浮かべる都市部人間殆どいない。むしろマイルドヤンキーの特徴として挙げられる、「買い物先でショッピングセンター依存している」人は日本を出れば都市部ですら腐るほどいる。国土全体で鉄道依存社会が成り立つ国は、日本を除けば、オランダみたいな地形に恵まれる地域シンガポールのような都市国家以外にない。


「超潔癖主義」の究極である子供ファシズム

私はこの潔癖の究極が「子供至上主義だと思う。日本人はみな車嫌いで鉄道好きというおかしな風潮も、子供のために嗜好を装う仕草だという。必死すぎる。大人な人は、それが普通なしょうがないと受け入れるべきではないか。一番ひどいのは私鉄だ。

子供日本人美徳だと、道徳的な人を表す言葉として普及しているが、これはあの押しつけがましい「道徳」と同じうさん臭さを感じて、私は不気味に思っていることである子供って要は非現実的理想の追求であり、病気だ。

そもそも日本私鉄社会の根源は鉄道公有化の失敗だとか戦争連続による財政難だとか、歴史上におけるネガティブもの副産物である。今でも「幼稚」とかいう。それはつまり堂々とした対等な存在としてリスペクトするものではなく、結局これは子供なる年齢を使った言葉で「恵まれない現実にある人達」を見下している、前時代的な、差別を連想する表現である

欧米圏を見ればわかるように、鉄道弱者というか、つまりよそ者、あるいは貧乏人や弱者のためにある公共施設であって、所得関係なしに使うことをよしとする、ましてや商売の道具としてみなす日本おかしいのである

一昔前ですら日本ではここまで「子供」はうるさくなかった。子供大人らしい事由成熟した男女を目指した途上段階であり、気づけば加齢で大人になっていた、あるいは10代ですでに見た目も中身も大人同然という人もごろごろいて、それがわずか15年ほど昔までの常識だった。

あるいは「リア充な美しい大人は好きですか」というように、青年性を脱した兄や姉であるべきだった。正しさではなく「美しさ」が評価された。この美しさという言葉自体清潔を意味するもので今の異常な潔癖主義に通じたのも、もちろん事実ではあるけどね。


不都合現実」を受け入れた理想の発展が必要

特定環境を聖域化し、あるいは特定の人を「聖人」化してみなし、それを潔癖性を極めた発想とともに崇拝し、潔癖と反する不都合な事実を見て見ぬふりをしたり、あるいは無理してでも隠蔽させようとしたり、それを指摘する存在を許さない、あの感覚。グダポンの言葉を借りればこれは畳精神である

昔の高校を題材にした作品から黒髪すっぴんさんの描写を削減し、わざとそうでない人を代わりに差し替える。これも聖域を作る発想に由来することではないかと思っている。

その点、例えば私が韓国学生をみて感動をしたのは、日本において学生というと黒髪が少ないイメージなのかもしれないが、実際には黒髪のおりこうさんが多くいたこと、そういう風潮がそこかしこにあったため、他人に緊張することがなかったかである

バス停留所で会話したローカル若い女性は、なんかお茶目で、自分生活圏にやってきた外国人を楽しませようというホスピタリティがあって、ものすごく魅力的だったが、やっぱり大人オタクで、至上主義のない国のほうがよほど大人も魅力的だなと感じたのだった。

これは地方にも言える。マイルドヤンキーの連中なんてありゃ「普通リア充か重度なオタク」だ。オタク?ってくらい偏執的で、大衆らしさに欠けている。いわゆる元ヤンさえ良くも悪くもリア充らしさがない(事実、彼らが外国に行くとサブカルオタク扱いになる)広い意味での問題なのだ

日本に出てくるテレビタレントには個性らしさがない。オタクがいない(例外はあるが)。根っこからのおりこうさんであることを売りにした俳優・声優がいないし、変わった趣味を売りにする者もいない。誰もがそうなるありのままもないし個人差もない。

これは、日本人一定割合。どちらかといえば韓流ファン経験のある人たちで、同じくマイルドヤンキーか学がありそれなりに品格のあるような人が、ものの感じ方の成熟が遅れたことにあるんじゃないか、と私は思っている。子ども時代や貧乏なときは誰もが感性が幼稚で極端な理想を抱くものだ。

しかし、大人になり、10代になり、豊かになれば、あらゆる体験を通して現実を知るというか、様々な存在を知って、自分自身の肉体と考えの成長もあって、そういう非現実理想を一度捨てることになると思う。代表大学生における運転免許取得ラッシュだ。「免許取得者は学のない人のほうが多い」とか「都会人は一生免許と無縁」の虚構に気づく。

私達ネット原住民的には中二病とか高二病とも揶揄される、つまり冷笑主義にも陥るのだが、その現実実在不都合性を含めた事実の中にある魅力に気づき、そこから新しい夢を見出だしたりするのが、普通の諸外国ならハイティーンか遅くても20代経験する段階で、日本人もかつてはそうだったのではないか

そういうわけで、高学歴だろうと、立派な社会的地位にいようが、年齢が中高年だろうと、マイルドヤンキーと変わらないような潔癖主義理想を振りかざして現実を拒絶したり自由創造表現ユーモアを叩くあの感じは非常に納得がいかない。幼稚な人が多すぎる日本現実がほんとつらいです。


(韓国などの例外を除く)外国コンテンツは、優れた表現ほど徹底的に不都合現実事実に向き合っている。だが、それをただそのまま描いたり、不穏に誇張するだけではなく、そこから楽しさや夢を見出だそうとする傾向があると思う。その際にはお堅い因習を破ることになる。

だがその独創性第一段階にある「お堅い因習を破ること」を全力否定するのがグダポンのいう「畳精神」であり、右派や私の言う「コリアニズム(文化的右傾化)」である。つまりどんな理不尽でもそれがしきたりで、その空間では聖域性を守るために自分が屈しなきゃいけないし、適応しない他者は咎めなきゃいけないという枷を兼ねた同調圧力も発生する。韓流ブームものすごく親しんだ人ほど危ない。

ティーンエージャーになる前の現実離れした理想主義(と、それを理想を向けられた側がそのまま受けとめなければいけないということ)に畳精神コリアニズムはとても相性がいいのである。新しい幼稚な感覚と、古い老いた因習コラボさせると、アニメ漫画特撮ドラマビデオゲームまがいな、子供ヤンキーだという狂うジャパンがあふれるのである

私が現代の日本はともかくとして一昔の韓流華流コンテンツ敬遠したのは、アメリカコンテンツとは違い、理想主義を極めたあのディズニーでさえ、そのテーマパーク映画などに「不都合現実を受け入れた上でのイマジネーション」がないからだ。理不尽もの批判的に描くこともなく、拒絶せずにそれを受け止めることすらしない。現実逃避ありきなのだ

私の記憶する限り韓国中国テレビドラマアニメには、日本人ネガティブ過ぎるとして驚いた自転車乗りの姿が描写されていない。1990年代2000年代(2010年代)に日本型暴走族話題になったが、それを風刺するような作品は出てこない。当たり前だが韓国人中国人オタク風刺するような作品もない(日本ですらオタク風刺作品はあるが)

そういう子どもたちはこうしたコンテンツの変わりに漫画小説(ライトノベルを含む)やゲームいかれた様子を見ることで、それを教訓にすることができるわけである日本作品で言えば喧嘩番長龍が如くに出てくる「不都合現実を誇張した」不健全卑猥日本風景も、実は意外にも理想や夢とどこか通じるものがあるし、その中にもやはり社会に対するメッセージもある。

そう考えると、欧米程でないにしても自由な創意工夫性は日本においてはなんとか健在であり、その自由表現の娯楽を通して成長につながることもできたりし、その上でまた新しい夢が見れるというのが、本当にすごいと思っていて、韓国中国にもそういうクリエティティを獲得するには、まず日本同様に現実至上主義と畳精神解体を加速させることが必要なのだ

2017-01-14

http://anond.hatelabo.jp/20170114214133

心理的病気認定って社会生活をまともに送れるおくれないかっていうあいまい基準しかいからな

学校卒業して無収入状態が続いても勉強したくてたまらなくてずっと勉強してしまうとかなら依存症ってことになるんじゃないの

http://anond.hatelabo.jp/20170114213232

ゲーム依存症アルコール依存症病気っぽいけど、

勉強依存症とかスポーツ依存症って(そういう病気があるかは知らないけど)病気っぽくない。

依存症って基準みたいなものってあるのかな?

「生理の雰囲気を男性が味わうとしたらこう」今までのどんな例えより辛さが伝わる… - Togetterまとめ

こういうの読んで

「辛いのはわかるが、そういう面倒くさい体質を抱えた人間社会仕事をしないで欲しい。迷惑から

という感想しか持てない。

生理の辛さを訴える人は何をどうして欲しいの?

「女は先天的に重い病気を抱えているようなものから重要ポストから外して欲しい」という主張なら理解できるけど、どうもそういう感じではないみたいだし。

鬱の診断受けると保険入れないのな

正確には入れても保険金がもらえないということらしいがまあ同じことだ

すげえしんどいけど別に希死念慮はないんだが、

健常者に比べて死にやすそうとか大病しそうというふうに思われてるのか

っつか、保険大数の法則だとかそんな話を聞いた覚えがある

要は統計の塊みたいなもの

その保険が、鬱病患者リスクだと判定するわけなのだから

誰でもなるとか心の風邪とかそんな生易しい表現ごまかされちゃいけないな



鬱は恐い病気

はっきり分かんだね

2017-01-13

http://anond.hatelabo.jp/20170112234708

知人(女性フルタイム勤務)数名の経験として聞いた話。

 

夫が家事育児に非協力的 → 妻が本当に疲弊

  夫は本当に何もしないらしい。そればかりか家政の不具合を見つけては「おまえに責任がある」となじる。

  奥さん側は朝から晩まで体を動かしっぱなし。いつも疲れた顔をしている。残業が難しいので仕事が進まない。休日に出てくることもある。飲み会とかも難しい。肉体的にも疲労しているが、精神的にもつらいようだ。

 

子供問題が出る → 致命的に夫と関係悪化する

  風邪などの病気の世話とかはまだマシ。子供が育ってくると、不登校非行発達障害などの問題が現れる。このときが大変。夫の非協力的態度、無理解世間体重視、子供への誤った対応などで、子供の状況が悪化する。特に抑圧的な態度を持っている夫を抱えている人は非常に苦しんでいる。不登校と転校を繰り返す子供を抱えた人、中学校から引きこもって家族暴力を振るうようになり警察沙汰を繰り返している子供を抱えた人などを知っているが、どちらも夫が非協力的で苦しんでいる。

 

年の離れた夫を持つ知人

夫が早く退職家事負担経済的負担も全て妻が引き受けている。夫は嘱託になり週に数回元の職場に「勤務」、ほかはぶらぶらしているらしい。これまでいろいろ家事を手伝うように工夫をしてきたが、どうにも変化がないらしく、最近はあきらめているそうだ。私は定年後に家事好きになった男性も何人か知っているが、全くだめな人もいるということらしい。

 

数名の女性から聞く愚痴の中から紹介したが、上記の人たちはいずれも結婚したのを後悔し、離婚を考えている。もちろん事情はいろいろあるので濃淡はあるんだけど。

2017-01-12

[]

平日しか開いていない多治見市文化財保護センターに行ってきましたわ。

もはや意地ですわ。

博物館設備は一室のこじんまりとしたもので、常設展はないようです。

現在は「カミさまホトケさまお医者さま」展として医療と祈りに関する

文化財が展示されています

迷信と笑うのは簡単ですけど、原理のわからない病気に人々が感じていた

恐怖から救われたいという思いが伝わってきました。

平成23年になっても自分の患部と同じ部分に濡らした紙を貼り付けることで

治癒を祈願する紙貼り地蔵というお地蔵さまが作られているそうで驚きました。



以前も行ったとうしん美濃陶芸美術館にも立ち寄ってきました。

ちょうど「西浦焼展」がはじまったばかりで明治に新しく生まれ

繊細な絵付けの陶磁器を鑑賞できました。

同じモチーフの器でも、花の描き方や配置が違うことで

一個一個手作りであることが分かります

金魚の絵がついた一輪挿しが特に素敵で、表面に網を浮き出るように

釉薬で立体的に描いた手仕事の見事さに惚れ惚れしました。



最後多治見修道院を観てきました。

西洋風の立派な建物ですが、大きな窓の下の隅に力が集中するらしく、

そこから亀裂が走っている様子が目立ちました。上はアーチで受けているので大丈夫です。

もっとも、すべて丁寧に補修されています

裏庭にとても雰囲気があって、西洋歴史舞台に立った気分にひたれました。

たいへんな面積があるふどう園はすべて葉を落とした状態で、

修道院正面のぶどうはすでに綺麗に剪定されていました。

ここのぶどうで作ったワインは有名だそうです。

わたくしお酒は苦手なので、売店でクッキーセットとニック・ナックを買いました。

クッキーバタの味を活かした素朴な味わい、

瀬戸ドミニカ修道院の薄くて堅いクッキーがとても美味しゅうございます

ニック・ナックさらに素朴な「ぼうろ」みたいな味わいでしたが、

後味がとてもよかったです。

少量のジャム紅茶と一緒にいただきましたわ。ジャムは余分でしたわ。

わずかですが、炊き出し募金をしてきました。

2017-01-11

一ヵ年皆勤までもう少しだが、高校を休んだ、日記

僕は風邪をひきにくい体質だ。病弱そうな見た目の風邪をひかないタイプ人間だと思っていただきたい。

スポーツもあまり好きではなく、外出時は義父の車に乗って遠出をするので、怪我もしていない。病気も滅多にしなく、多少調子が悪くても軽い頭痛程度の私は、毎日毎日律儀に学校へ行った。おかげで一ヵ年皆勤まであと少しだった。教員に「努力すれば出来る子」としてみてもらいたいからでもある。

ところが、だ。

天国のような冬休みあいにく終わり、始業式のためだけの儀式的な学校に行ってから、どうも調子おかしい。気にせずその日は眠ったが翌日の朝、起きた時にはっきりと体がだるかった。布団を頭からぶっても寒かった。吐き気がした。

僕はがっかりした。僕も風邪をひくんだな、と思った。僕は母に頼んで学校を休んだ。

学校を休ませてほしい、熱はないがはっきり体調が悪い。その言葉さらっと出てくるまで何度か言い直した。一日休んだからといって学校での僕の立場が変わらないのは知っているが、皆勤を逃したくない、教員に「出来る子」と思われたい、という思想は僕を形作る大切な要素の一つで(僕はこの時それを初めて自覚した)、休みたい、というにはかなり葛藤した。

母は滅多に体調を崩さない僕の白い顔と、乾燥した唇からとぎれとぎれに漏れ出る言葉理解し、はっきりと動揺していた。母は心配そうな顔をして、派遣先会社へ向かった。

一人ぼっちの家の静寂に耐え切れなくて音楽を流した。P-modelアルバムを、ずっとリピートで流した。3回目のリピートに入ろうとした時に、僕は卒業アルバムを開いた。

小学生の頃、今とは比べ物にならないほど体の弱かった僕は、1~2ヶ月に一度は風邪をひいて、学校を休んでいた。普段学校に来るな、と僕に吐き捨てていた同級生は僕が学校を休むとなに学校休んでんだよ、と言ってきた。


耐え切れなくなってアルバムしまい、羽毛布団をかぶった。なに学校休んでんだよ、か。ひとりごちた僕は、何から逃げようとしているのかもわからないまま、布団の中でうずくまった。

貧乏は治る病気だが貧乏性は不治の病だ

年収大台超えて40近くになって子なし賃貸暮らし

投資マンション融資申し込みのために資産を洗い出したら 6,000 万円くらいあった。



でもユニクロ大好きだしスーツスーツセレクトの吊し売りしか買わないし、ジャンプ古本屋で毎週110円で買ってる。

ホームレスが駅のゴミ箱から収集したやつを売ってるから、雨が続くと入荷が少なくて困る。

いい品を店で見てもダイソーでいいよな…と思って結局買わない。

収入新人の頃の3〜4倍になったけど増えた分は全部貯蓄か投資に回り、支出大学生の頃と変わらない。



将来への金銭的な不安がないのは悪くはない(今収入が途絶えても同じ生活レベル20年維持できる)けど、これって幸せなのか、ふと悩むことがある。

http://anond.hatelabo.jp/20170111110153

種の違う卵子精子だったら受精しないってのをどっかでみたか中田氏しても妊娠心配はない

でも動物とか職種とかがどんな病気もってるかわからいか性病にかかるリスクはあります

というつっこみを期待していたのに・・・

http://b.hatena.ne.jp/entry/314985550/comment/ss-vt

確かに病気だったら例え身内殺されたとしても仕方ないな…って納得できる。

病気は誰でもなるんだからそれを理解しないで批判してるやつは屑のネトウヨだし。

創価学会を抜けた人のブログおもしろい ※追記

ぐぐったらたくさんあるんだね。

読んでて思ったこと。

創価学会の教えは現世利益追求みたい。宗教って死後の世界に救いを求めるものが多いもんだと思ってたけど、どうも創価学会題目を唱えることが現世利益につながるという教えらしい。他方、死後どうなるかについては割とあやふや

・上の教えの結果、脱会者が口をそろえて言うのは、「題目を唱えても何にも幸せにならなかったよ」ということ。題目唱えてたのに病気になったとか、受験に落ちたとか、熱心だったあの人も今は無年金だ、とかそういうのが多い。

・この点、死ぬまで幸福になるかどうか分からないキリスト教うまいな、と思った。

・そう思っていても抜けられない人がいるのは、題目をやめることで何か不幸が起こると教えているのが一つの要因らしい。なので脱会者は「脱会しても別に不幸にならなかったよ」と言う人も多い。

・とはい脱会しても信仰までは捨てられず、別の宗教に走る(だいたい日蓮宗みたいだけど)人が多いらしい。ただそこでまたカルトに引っかかる人が多いとのこと。

脱会者による創価学会、熱心な活動をする家族(「バリ活」と言うらしい)に対する罵詈雑言ものすごいけど、結構無理して言っているようにも見える。背骨から出る罵倒じゃないというか、縁を切りたくて必死になってる感じ。

創価学会の集金力はやはりすごいとのこと。一応寄付(「財務」と言うらしい)は任意で、実際に全く支払わない人というのもいるらしい(それでも別に何も言われないとのこと)。ただ、題目を唱えるだけでなく、学会活動を熱心にやることも現世利益につながるという教えらしく、救いを求めて高額の寄付をする人も多いみたい。そもそも100万人信者がいたとして、それが一人頭年2万円支払う(つまり聖教新聞をとる)だけで年200億円の収入なんだからすげーな。

・崇拝の対象日蓮やお釈迦さまではなく、歴代3代の会長理事長)らしい。特に池田大作先生尊敬され具合はすごいらしい。

・上の結果、池田大作先生が亡くなる日(「Xデー」と言うらしい)には創価学会にはかなりの激震が奔ることが予想されるとのこと。

被害者はいえやっぱり人の悪口をみんなして言ってるのは見ててつらいなと思った。



※追記

書き終わってから改めてブログ見て気付いたんだけど、創価学会の教えから脱却するだけだと救いがないなぁ、と思った。

もともと、題目を唱える⇒現世利益を得る、という教えを受け容れていたのに、これをやめるとどうなるか。

「X⇒現世利益を得る」という図式の中で、題目に代わってXに入るものは何なのか、という話になる。

無宗教場合ふつうXに入るのは、努力だとか才気だとか運だとか、そういうものだろう。

しか創価学会脱会した人というのは、割と40代50代の人が多い印象を受ける(違うかもしれない)。脱会してからこれらを積み上げていくのは困難が多いだろう。

そうなるともう疑いを持っていたとしても辞めづらいし、辞めたとしても辛い人生が待ち受けている。

これを救うのはもう別の宗教(それこそキリスト教か?)しかないような気がするんだが、なんとも問題が多い。

2017-01-10

脂肪肝

周りで、脂肪肝なっちゃったという話を時々聞くようになった。この言葉を聞くたびにドキッとする。

私の父は、私が中学生の時にアルコール脂肪肝になって、結局そこから10年後に亡くなったんだよね。

脂肪肝が進行しての肝硬変だった。

脂肪肝ってフォアグラかよwwwみたいな感じで家族で笑ってたんだけど、最終的な結果は全然笑えないものだった。

肝硬変になってしまった時、父と母は医者に本当に残念がられたらしい。肝硬変になってしまうと治ることはなく、肝機能も低下してしまい、死を待つしかなかった。

父の脂肪肝と、飽食や運動不足が原因の非アルコール脂肪肝とはまた別だと思うんだけど、原因がアルコールにせよ食事にせよ、節制回復できるし、逆に節制できないと死へ加速していく病気なので、本当に気をつけて欲しいと思う。

父が脂肪肝で最終的には死んじゃったとか言うと気分悪くなるだろうし、かと言って根拠もなく脂肪肝は怖いよと言っても説得力ないしで、いつも何も言えないんだけど…

マスダとマスダ

猫の会談

「百万回死んだ猫がいるらしいっすね」

「へえ~、すごいな」

「あれ、リアクション薄いですね。もしかして先輩はもっと死んだんです?」

「本当にすごい猫はな、一度も死なねえもんなんだよ。仮に死んでも、そのままスッパリ終えるのがカッコイのさ」

「なるほど! さっすが先輩!」



猫の会談2

「あら~、お久ブリティッシュショートヘア

「え、誰だ?」

「つれないわね~、よく見てよ、ホラ」

「あ、先輩! でも、見ない間に随分と、その、雰囲気が……」

ちょっと盛り過ぎて、去勢されちゃった」

「はあ~、なるほど……いや、別に去勢されたからといって性格まで変える必要ないのでは?」

「それもそうだな」



猫の会談3

「それにしても、人間勝手な都合で去勢されるだなんて不憫ですね」

去勢によって防げる病気もあるけどな」

「そんなの人間側の理屈ですし、大義名分なんてエゴですよ」

「まあ、確かに人間は予防のために去勢はしなくて、病気になってから手術するよな」

「でしょう?」

「まあ、俺は盛り過ぎたか去勢されたんだけどね」

「随分と理由を強調しますね」

http://anond.hatelabo.jp/20170110191011

病気になったときに看病してくれる人が居ない状況になるのが怖いんでしょ。

家で倒れた時に家人がいれば、すぐに救急車を呼んでくれて助かる命が、

一人きりでは倒れたら最後、死後数日後まで発見すらされないのが怖くて怖くて仕方ないと思うのも分かる。

病気だろうか

なんだか最近男と付き合いたいとか思うんだが。

男と付き合うとかそういうのキモいとかありえないんだが病気だろうか

とりあえず、異性と出会うって皆どうしてんの??

ポリコレ大好きな皆さんには申し訳ないけどやっぱホモって病気だと思う

2017-01-09

早野龍五のやっていることは決して科学手続きではない

今日この記事 http://bzfd.it/2jkl8zcホッテントリに入っていたが、正直言って早野龍五氏の科学者としての良心を疑わざるを得ない内容であった。

ところがブコメを見ると一部を除いて賞賛で溢れかえっている。未だに日本科学リテラシーが低いことを痛感した。

ということで、彼の主張の何が科学方法論としておかしいのか、挙げてみたい。

Disclaimer

この文章は、あくまでも彼の主張の問題をつくだけのものである福島安全かどうかというのは全く別の問題であり、ここではそれに関する議論は一切しない。

これでも噛みつかれそうなので一応書いておくが、別に私自身は特に何かを避けているとかはない。単に面倒だからだ。



例えばSTAP細胞ときに、たとえSTAPが存在したとしてもゲル切り貼りなどをした小保方氏はguiltyであるという主張は広く受け入れられたが、全く同じことである

たとえ福島安全であっても(その可能性はSTAP細胞実在するよりは遥かにもっともらしいとは思うが)、早野氏の科学姿勢は適切ではない。



福島とSTAPを比べるなんて失礼極まりない!放射能乙!と思われた人は論理的思考法が向いていないと思うのでブラウザバックを推奨する)

何がおかしいか

簡潔に書くと

Sr問題

これはブコメでも幾つか指摘が見られた。Srと言うのは極めて厄介な核種で、崩壊時にβ線しかさない。

β線γ線と異なり荷電粒子線であるので、物質中では前方散乱により極めて速くエネルギーを失い、かんたんに遮蔽されてしまう。

外部被曝という点ではこれはよい性質であり、我々はSrの影響を気にする必要はない。

しかしながら内部被曝ではこれは極めて厄介である基本的にはCsことなり、正確に体内のSrの量を見積もることはできない。

さらに厄介なことに、Srアルカリ土類元素であり、Csことなり生体での半減期が極めて長いことが知られている。

また、体内での蓄積部位も異なるので、影響も異なるはずである。今までの疫学調査でもSrは直接測定できていないわけで、Csほど信用に足る基準値は設けられない。

したがって、特に過去摂取について、WBC内部被曝とは一切の関係がない。あたかWBC銀の弾丸であるかのように書くのは重大な欺瞞である



食品に対しても同様で、Srの蓄積は注意深く扱う必要がある。全量検査では図ることができないからだ。

Srはあまり飛散せず、炉中に多く残っていると言われていることから汚染水はどうなっているか不明である

一応心配になった方のために厚労省資料 http://bit.ly/2iZ4M2u を挙げておくが、殆ど資料では検出限界を下回っているようなので、サンプルでの安全性という点では問題ない。

しかし、保証されているのはそのレベルであって、全量検査銀の弾丸ではないということに留意されたい。

別にサンプルしか見てないかダメだと言っているわけではないよ)



正しく事実関係を伝えることが科学の基本姿勢である

こういうソースがあって、このうちこれ由来の放射線は全量検査でき、ここであるモデル仮定するとそれ以外の放射線についてもこの程度見積もれる、というのが正しい科学である

WBC!全量検査!安全!というのではなんの説明にもなっていない。

もちろん現地でそういう説明をしているのかもしれないが、すくなくともこのインターネット記事を見るだけでは非科学的な説明しか見当たらない。

統計問題

そもそも、科学は白黒つける方法論ではない。統計学に従って、確率xx%以上でyyである、ということをいう手法である

なぜならば、ものを測って何かを予言する際には、次の3つの誤差が必ず発生しうるであるからである。すなわち、「理論誤差」「系統誤差」「統計誤差」。

高校中学で習う科学では、理論誤差はないものとして扱うが、測定時の機械による系統誤差および個人誤差は必ず生じる。

確率事象を測定することはあまりいか統計誤差には馴染みがないかもしれないが、生物の授業などで習ったのではないか

また、現実サイエンス世界では理論誤差は極めて重要である。上のように限られた情報(例えばCsの量)から何か(例えばSrの量)を推定する場合、必ずモデルが入り、それに伴う誤差が生じるからだ。



科学世界でも最も統計に対して厳しいのは、早野氏の分野である素粒子原子核の分野である

例えばCERNで見つかったHiggs粒子は5σ(99.9999426697%)以上の確率存在すると確かめられてはじめて発見と相成った。

しかし、彼がいまだかつて福島問題統計議論したことがあるだろうか?

「xx人を検査しyyであったのでモデルzz仮定すれば福島事故のせいでww病にかかる人は10万人中aa±bbである」というのが正しい科学的な言い方である

もしaaが十分少なければ、「1 / bb = nだから、nσすなわちcc.cc%の確率10万人いても誰もww病にかからない」ということができる。



ではなぜこれをしないのか?

私は全く専門外なので知らないが、おそらく疫学調査などではサンプルが少なすぎる、あるいは理論誤差が大きすぎるため、このような統計処理がうまくできないのではないだろうか。

また、「3σすなわち99.7%で安全です!」と言われても多くの人はむしろ恐怖を覚えるだろう。誰も1000人のうちの3人にはなりたくない。

(本当は3σで安全からといって3人必ず病気になるわけではない。ただ科学的には「わからない」というだけである。誤解なきよう)

最後の点に関しては100%早野氏に原因があるわけではなく、日本人リテラシーの低さも問題ではあるが。



しかしだからといってこれは全く言い訳にならない。仮にも原子核物理学者を名乗っているならば、物理学者としての作法を通すべきである

科学というのはこのように、いわば「歯切れの悪い」ものである。だからこそ、「水素が溶けた水はアンチエイジング!」みたいに歯切れのいいニセ科学が跳梁跋扈するのだ。

科学者ニセ科学に対抗するためにはきちんと科学流儀を通さなければならない。「わかりやすい」白か黒かの主張は、むしろニセ科学に歩み寄るものではないか

市民安心させるのは科学者ではなく政治家役割である

早野氏を賞賛するコメントでよく見受けられるのは、彼はアウトリーチを通して市民安心を与えているから素晴らしいのだ、という主張である

上の記事を読んでも伝わるが、早野自身も、市民安心させるという点は意識していると思われる。

しかしながら、科学者役割あくまでも観測対象客観的に見つめ、客観的結論を出すことである。その結論を見て本人がどう行動する、あるいは行動すべきかというのは、本人、あるいは政治家が決めるべきことではないか



もちろん市民安心を与えようというのが偽善だとかいうつもりはない。しかし、あまり対象に近づきすぎてしまえば、科学としての客観性が失われてしまう。

上で述べたように、あくまでも科学にわかるのは、「cc.cc%以上の確率安全」ということだけである。そのことと「絶対安全」の間には、大きな溝がある。



政治家が情けなさすぎるのか早野氏が科学者としての役割を逸脱しているのか、あるいはその両方なのかはわからないが、いずれにせよ「100%安全」というのは、科学者言葉ではない。

これが行き過ぎれば、100%STAP細胞があると信じて実験事実を捻じ曲げた、小保方晴子が再び生まれることだってありえないとはいえない

おわりに

何度も言うように、私は福島安全かどうかについては何も言うつもりはないし、この文章は何も言っていない。

ただ言っているのは、早野氏の言動には科学者として疑問を持つものが多いということである



なお、もしかしたら「東大物理の偉い先生が言ってるんだから正しいんだよ!」と思う人もいるかもしれない。

補足までに書いておくが、物理研究者福島言及している人のうち、早野氏のように「絶対安全」を繰り返す人と、ここで述べたようなきちんとした科学手続きを取っている人はだいたい半分ずつくらいである。

後者の方としては、東大の押川氏や、神大牧野氏らが「よいアウトリーチ」をしていると思う。

つらい

つらい。

自分のすべての行動、相手がどう思うか、こっちを気にかけてくれるかと言う観点で考えてしま

利己的すぎてつらい

情けなくてつらい

つらい

から何も言えなくなる

それがまたつらい

この辛い気持ちにも気づいてほしいけど、何か話そうとすると上に書いた状態になる

つらいつらいつらい

病気なのかな

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