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はてなキーワード: 死にたいとは

2017-04-25

死にたい

糞だ本当にクソ

本当にそれを今やらなきゃいけないのか判断できない

クソしねしねしね

テメーの時代と今の稼働状態とはっきり言って乖離しすぎていて、テメーの頃にできたからってその常識押し付けるんじゃねぇ

昔話を聞けば聞くほど昔は適当すぎで、根性解決することが多すぎる

本当に辞めたい

糞だ

死ね本当に死ねみんな死ね

しねしねクソ

死にたい

死ね本当に死ねみんな死ね

しねしねクソ

死にたい

疲れた死にたい

何につかれたかというと、疲れないことにつかれた。

もうだめだ。

2017-04-24

もう無理だ本当に無理

俺にはもうできない死にたい

ばあちゃん二人で線路に飛び込んだらしい

死んだ本人はもう何も思ってないかもしれないけど、

電車が止まって大勢の人が迷惑をこうむり、

残った遺族には莫大な損害賠償請求され、

鉄道運営側としても後処理にうんざり

誰も幸せになれない死に方を、多くの人が選んでしまわざるを得ない現実

少なくとも、死にたい年寄りが、楽に死ぬための選択肢があればいいのに。

誰か勇気ある政治家が、問題提起をしてくれないかなぁ。

道は険しいとは思うけど、、、

他人に褒められるのがしんどい

「働きものですね」「真面目ですね」「よく頑張っていますね」

 こういった評価を貰うことが多いが正直しんどい。言われるたびに死にたくなるぐらいしんどい

 特に家族から言われると最悪。

 その場では「ありがとうございます」て笑顔を作るけど「本当は違うのに」と心の中で泣いてる。

 褒められる自分現実自分ギャップ絶望する。

 酷い日は一日中首をくくって死ぬ妄想ばかりしている。

 臆病者だから死にたいと思っても自分死ぬこともできずに誰かが殺してくれるのを待つことしかできない。

 いっそ周りの人間から存在否定されるようなブラック環境に身を置いたらいいんだろうか。

 幸いにもそんな人間中学校担任以来出あっていないから、その環境自分の身にあっているのかいないのかわからないけど。

2017-04-23

別に死にたいやつは死ねばいいじゃんって思うけどね

結局労働者余ってるんだし

ここで偽善者ぶって生きろよとか言ってるやつは何がしたいのかわからん

高校入学直後に死んでおけばよかった

多分、ネットで何万回と繰り返されてきた話。

22歳、男性無職正社員歴無し、童貞

毎日ネットで誰かを攻撃して留飲をさげるだけの人生を送っている。自殺したいが、する勇気もない。

そんな人間が己の人生を振り返ります




小学校中学校では「神童」と呼ばれた。勉強ほとんどした記憶がない。でもテストはいつもほぼ満点だった。クラスの他の奴が100点を取れない理由が、当時は本気で理解できなかった。

高校県内一の進学校に行く事にした。さすがに塾には通ったが、似たような問題を反復練習して精度を上げるだけだった。入試問題はあっけない程に簡単で、合格通知が届いても特に感慨もなく、淡々入学手続きを済ませた。

私はこんなだったが、両親、特に母親は喜んでくれた。両親は2人とも学がなく、特に母親小学校すら満足に通っていない。私が幼い頃から、「人の2倍給料が欲しいなら、人の2倍働くしかない」が両親の口癖だった。

おかげで物心ついた頃にはいつも家にひとりでいた。両親は昼も夜も働いていた。土日も働いていた。たまに日曜日の晩に家族揃って晩御飯が食べられる時があるが、私はそれが何よりも楽しみだった。

そんな母親から高校合格した時には、ご近所に「○○高校になんとか受かりまして…。」と吹聴しまくっていた。私はそれが大層恥ずかしかったが、母にとっては自慢の息子だったのだろう、私が「あまり自慢するのはやめてくれ」とせがんでも、静かになる様子は一向になかった。

だが、テンプレ通り、私は高校でアッサリと堕落する。周囲は本物の天才揃いで、しか努力家が圧倒的多数だった。他校の授業は受けた事がないので一概に比較もできないが、通っていた高校の授業内容もかなり独特だったらしく、授業はかなりハードだった。

中学までの学習貯金はアッサリ底をつき、1学期の中間テストで壊滅的な点数を取った時、自分は選ばれた人間ではない事を知った。

そこからは早かった。学校には出席日数ギリギリしかわず、あとはバイト三昧の学生生活だった。バイトで稼いだカネはほとんどゲーセンで使った。高校までロクに遊びを知らなかった人間が「遊び」にハマった時の行動は極端で、学校よりも自宅よりも、駅前ゲーセンにいる時間の方が長かった。

さすがにこれじゃいかんと高校3年の時に慌てて勉強を始めたが、当然の事ながら宮廷だの地底だのといった大学には引っかかる事もなく、東京の某大に受かるのが精一杯だった。



この時に何か思うところがあれば、私は変われていたのだろう。だが皆さんのご想像通り、私は変わることができなかった。だからこんな文章をダラダラとタイプしている。



大学に入ると、当然一人暮らしになる。東京大学に入ったんだから、当然そうなる。私のような人間一人暮らしをするとどうなるか。答えは簡単だ。大学に行かなくなる。

起きたらバイトゲーセン大学に行くのはたまにである。その「たまに」が起こって大学に行ったとしても、サークル棟の奴らとダベって終わりである単位は3つぐらいしか取ってないんじゃないだろか。結局、大学は1年休学した後に辞めた。

大学を辞める時、母親に連絡しようか迷った。私は休学している事も告げず、毎月毎月仕送りを受け取り、盆も正月も帰らなかった。休学中も仕送りを受け取るのは心苦しかったが、都会の誘惑に負けた。しかし、さすがに大学を辞めるとなると連絡をしない訳にもいかない。


もしもし?俺だけど、働くことにした。」

大学のみんなと会社を立ち上げる事にしたんだ」

「だからもう、仕送りはいいよ。」

「今までありがとう。」



正直、会話の内容はあまり覚えていない。嘘と見栄と虚飾で糊塗した言葉をひたすら吐き出して、仕送りはもういいと言って一方的電話を切ったような記憶しか残っていない。



大学を辞めても、特に何も変わらなかった。休学中から特にやる事も変わらず、バイトゲーセンに通うだけの人生

いつしかインターネットで誰かを攻撃する時間が増えた。会った事もない、話したこともない、顔も知らない人間が、twitter失言する。ブログ炎上する。そんな人間を、自宅のPCから延々と責めたてる時間が増えた。「叩いてもいい」人間が目の前にいて、圧倒的正しさをもって思う存分叩ける。叩いている時は快感だった。自分正義執行であることに酔った。当初は目についた炎上案件を叩いていたが、叩く対象を探すようになり、失言文句暴言呪詛をすすんで検索するようになった。

見つけた後は、すぐに騒ぎ立てずに、対象個人情報収集にはげんだ。twitterfacebookなどの交友関係から年齢や地元を割り出し、実家写真などをgoogleマップキャプチャする。twitterなら鍵垢になってもいいようにフォローも飛ばす。フォローされやすいように、常時40個前後アカウント管理していた。様々な大学企業趣味嗜好についてのアカウント作成し、1日1回はアカウントに沿った内容で何か呟く。そうやって「育てた」アカウント対象に滑り込ませ、まんまとフォローされてから炎上→鍵付きとなったアカウント情報キャプチャで取得し、ネット拡散する瞬間には無上の快感があった。



そんな生活も2年近く続けてきたある日、実家から荷物が届いた。食べ物だった。段ボールの蓋だけ開けて放置していたが、翌日に母親から電話がかかってきた。「ご飯は食べているか」「元気でやっているか」「たまには帰って来いよ」基本的母親電話上の発言はこの3パターンしかない。なのでいつもは会話もそこそこに電話を切るのだが、この日の母親は違っていた。いつも通りの居心地が悪くなる会話を終わらせようとすると、ふいに


食べ物だけじゃなくて、少しお金も入れといたから、たまには彼女とおいしいものを食べてね。」


「いつ帰ってきてもいいんだからね」


「じゃあね。まだ寒いかも知れんから、温かくして寝るんだよ」


と言って、最後に「おやすみ」と言って、母は電話を切った。


母親から電話を切ったのは、今のところ、この時が最初最後だ。


すぐに箱の中身を確認すると、底の方に封筒が入っていた。中には20万円入っていた。




私は封筒を握りしめて嗚咽した。何もしていない、何もしていない、何もしていない。なんの努力もせずに、ダラダラと時間無駄に過ごし、他人攻撃ばかりしている。こんな何もしていない人間に、生きている価値があるのだろうか。これから何かを成し遂げる気概があるのだろうか。


消えてしまいたい。そう思ったが、自殺する勇気もない。だいたい、自殺できる人間は「自殺する」と強く願って成就しており、私のようにネットでダラダラと「死にたい」「自殺したい」と言っている人間自殺しない。


高校の頃に交通事故か何かで死んでおけば、将来有望若い命として、両親に多額のカネを残すことができた。「惜しい人を亡くした」と皆に同情してもらえた。ところが今はどうだ。今死んだところで、正社員でもない、学歴もない、才能もない。葬式を開いても誰も来ない。働きもせず、ネットで誰かをいびり、母親にお情けの仕送りを送ってもらう。そんな人生になんの意味がある?



特にオチもないが、私の自分語りはこれでおしまいである荷物が届いたのが数日前、それからバイトに行く元気もなく、体調不良と言って休んでいる。遠からずクビになるだろう。



できれば私はどうするべきなのか、教えてほしい。

2017-04-21

死にたいと思った事が一度も無い

死にたいと思った事が一度も無い。というか全くこれっぽち死にたいという感情理解できない。

死にたい、って一体何だ? 死にたい、って一体どういった心の状態なのだ? 死にたい? 全くもって分からない。

警察に捕まりました

2ちゃんで拾った児ポ画像携帯に入ってたってことで捕まった

今は一旦釈放され、家で起訴判断を待っている状態

このあとの展開もさっぱり分からない

未成年に手を出したことはなく、ほとんどエロい気分もなく、ただ漠然2ちゃんスレ画像落としていただけだった

これから人生どうすればいいんだ

死にたい

二留大学生死にたいです

死にたくても死ねない日々が続いていて苦しい。

私は現在大学2年生だ。1年留年している。さらにこれから2留することになる。

なるべく簡潔に言えば、人生がどうにもならなくなったか死にたい

高校生の頃の私は自分で言うのは少し恥ずかしいが成績優秀で、首席卒業した。好きな学問があって、大学教科書レベルの本を3年間で独力で読破した。

ところが大学に入ってからは周りに優秀な人が多く、また苦手な学問に直面してしまい、挫折してしまった。好きだった学問苦痛になってしまった。

その上いじめ経験したせいか人と会話することが怖く、学校に行きいわゆる「イツメン」と会話することが苦痛で仕方がなかった。

やがて周囲や理想自分とかけ離れていく自分が嫌いになり、自殺未遂をした。

幸か不幸かそれは失敗し、精神科に通うことが決まった。

精神科に通う傍ら、自分を変えるために自己啓発本認知行動療法などを試したが、どれも自分には向かず、そうこうしているうちについに限界が来てしまった。

それは前期期末試験の日だった。一切体が動かない。文字が読めない。

前期試験の間私は寝込み続け、そうしてなんとか憎い両親に嫌々ながらも自分の状況を伝えた。休学の許可を貰うためだ。

両親は私の説明を全く聞いていなかった。あろうことか「そんなことで休めるなら俺だって休みたい」「こんなことで甘えてちゃ生きていけないよ」

両親は人の話を聞くどころか八つ当たりをしてきたのである。この発言は両親への信頼をゼロにするには充分だった。

その後精神科医説明で両親はあっさり納得した。この親どもはハナから私の気持ちを聞く気などなかったのだ。

休学が決定したあとはゆっくり休みをとったが、両親の頼みでバイトをしたのは間違いだった。このバイト先でも私は嫌がらせを受けた。

そうこうしているうちに休学期間は終わり、学校が始まった。ところが私は学校には行けなかった。行こうとしても体が動かないのだ。

授業が始まって一週間、学校には行けず、履修申告もできず二留が確定したので首吊り装置を組み立てた。ところが死ぬ時の苦しみが怖くて実行できないまま時間けが過ぎていった。

学校サボり続けていれば勿論学校から親に連絡が来る。合鍵を持った親が下宿先まで来てしまった。

そして首吊り装置を目にし私を叱り、精神科に引きずっていった。

精神科医判断で私は自宅療養をすることになったが、正直苦痛で仕方ない。

毎日のように「どうしてあんなことをしたんだ」と説教してくる。休学の相談をしたときに人の話を全く聞いてくれなかった人に相談をする馬鹿がいると親は思っているのだろう。馬鹿はお前だ。

自棄になって髪の毛をズタズタに切った。ソシャゲに大量の課金をした。死ぬしかないと自分をここまで追い込んだのに、まだベランダから飛び降りて痛い思いをするのが怖くて死ねない。

もう生きていたってどうにもならない。二留なんてどこも雇ってくれる訳がないし、そもそも卒業なんてできない。バイトはグズで気の利かない自分には無理だ。

だれか私に死ぬ勇気をください。

こんなこと書いて他人に励まされようとしている自分気持ち悪い。人の気を引こうとしている自分気持ち悪い。自殺するする言ってどうせ死なないんだ。甘えに決まっている。構ってちゃんクズ私め、早く死ね

ここまで読ませてしまってすみませんでした。

2017-04-20

じゃあ男の成功例を紹介する。

http://anond.hatelabo.jp/20170420151301

ちょっと特殊だとは思うけれども、男の例を紹介しておく。

地方都市出身。男。大学生。妹たちがいる。



両親は士業系資格持ちで開業しているが、自分小学校高学年ぐらいになったころから収入が怪しくなってきた。独立開業してるってのは、ほんとリスキーなもんだな。両親ともに同業のなかではそれなりの立場にあったもんからプライドかいろいろが邪魔したのも余計に厄介だった。

現在の親の収入は、、、、大学授業料免除申請が全額免除で通ったりすることもあるぐらい、だ。なんと元増田よりひどいじゃないか・・・。母のほうは外にパートに働きにでていたこともあったが、稼ぎが月数万レベルしかならなかったことと同僚にいじめられたことにより、本業のみ。とはい本業のほうは、、、、仕事さえあれば月に5万ぐらいは稼ぐときあるかな、なんていうレベル

祖父母×2は存命だが、国民年金しか受給しておらず彼ら(別家計)はおおむねマイナス。家からの持ち出しが続く。

父は微アル中+微DV創価で、母は収入が父頼みであることもあって強く出られないでいる。



そんな家庭だったが、自分はほどほどに勉強はできた。高校のころには父は週一ぐらいで酔ってぐだぐだと説教しにきてはいたが、逆に言えば週6ぐらいは勉強できるゆとりがあった。そんなわけで必死勉強し、高校での成績はよかった。

受験の際には最高B判定だった第1志望国立医)と、A判定(一桁順位しかだしたことがなかった滑り止め(国立医)をうけた。

ところが落ちた。滑り止めにすら落ちた。第1志望はまだ許せる。しかし滑り止めに落ちたのはちょっと耐えられなかった。

そうして自分うつになった。浪人うつ浪人脱出しないと治りそうもないのに、治らないと脱出もできない。地獄だった。勉強はしたいのだがどうしても身が入らない。死にたいとばかり考えていた。

そんなこんなで浪人して成績はガクンと落ちてしまったのだが、そうはいっても腐っても鯛とでもいうか、まだ国立医学部にいけるレベルの成績ではあった。秋頃に防衛医大をおさえて地獄脱出の糸口をつかみ精神崩壊をおしとどめながら、なんとか翌年の春には大学へと入学した。



大学1年目には寮にはいった。奨学金は月15万借りた。親から援助は一切ないため、学費5万家賃5万生活費5万ぐらいの計算だった。寮だったため家賃生活費もっと抑えられたが、寮の環境はうわさに聞いていたため、途中で退寮することも視野にいれての金額だった。

寮生活はまあ楽しくはあった。深夜であろうと爆音音楽が聞こえてきたり、麻雀部屋から酔っ払いが這い出してきたり、飲み会では1人1人に一升瓶が用意されていたり工学部7年生とかいう輩に絡まれたり、寮自治のための集会が毎週あったりはしたが、そういうのには耐えられるタイプだった。耐えられないやつは1か月でいなくなった。耐えられた奴も半分以上が進級できていなかったが・・・。

寮生活で浮いた奨学金で、免許取得費やパソコンの購入費、2年目の引越資金もろもろなどを用意し、2年目には退寮した。



2年目から生活がカツカツだった。ネット回線高い、プロパンガス高い(家賃重視で物件を選んだのは失敗だった)、家賃の支払いがある、云々。バイトに精をだした。

すると後期になって授業料免除が通らなかった。自分収入のせいで免除基準を超えてしまったらしかった。全額・半額免除基準境界ぐらいの家計所得だったはずなのに・・・。下手するとバイトしない方が収支はプラスだったりしえた。加えてバイトのせいでテスト1個1個で死にそうな思いをしていたこと、そしてなによりきちんと勉強できず欲求不満だったこともあって、もうバイトはしないことにした。



3年目からはまあ満足できるぐらいには勉強できた。ついでに成績もあがった。このころになって給付奨学金というものがあることに気付いたが、そういうもの大学の推薦が必要で、いろいろと画策したが指導教官の推薦をえることが難しく、大概は諦めた。いや、うちの学部指導教官かいないんよ。名目上は各学生教官が割り当てられてはいるけれど、会ったことすらないし。調べてみたら自分担当はかなりのお偉いさんで、全然会えないし。それでもメールして訪問してメールして訪問して云々してなんとか1枚推薦状をもらえたが、なんと奨学金選考のほうで落とされた。収入も成績もGPAも悪くなかったと思うのに(収入は悪いかw)・・・、まあ「給付」は狭き門から仕方ないかとあきらめた。しかし推薦状の確保が大変すぎて他の給付奨学金へのさらなる申請も同時にあきらめた。

なお、我々には将来の就職先さえ決めれば、自治体病院から奨学金がもらえるという制度がたくさんある。そちらのほうは1年生のときから検討はしていたが、金額のいいどこかに身売りするなんてことはさすがにプライドが許さなかったし、かといって15年先まで見据えて自分希望に添うwin-win案件をさがすなんてことは大学入学時には考えることができず、見送っていた。3年生ぐらいで地元に戻ってもいいかななんて思って地元の県のもの申請してみたが、県外大学生×中途採用×自治医大合格辞退(←主にこれのせいだろう)のためか、通らなかった。

親はあんなやつだが、息子になんの援助もしていないことに負い目があるのか、所得証明書なんかは用意してくれる。それには地味だが大いに助かっている。帰省して自分で取りに行くのは大変だし、なにより費用がかさむ。あ、親は帰省すると5000円ぐらいお小遣いをくれるが、それでは交通費ですでに赤字だ。



大学同級生は、平均としてお育ちが良い。初心者マークつけた新車レクサスSUVとか案外よくみる。とはい大学生活していく分には今の自分のカツカツ具合でもそんなに問題はでていない。さすがに彼らと遊びに行ったりすると諭吉さんがポンポンとんでいくから付き合いきれないが、幸か不幸か自分はどちらかといえばひきこもりタイプネット回線パソコンさえあれば満足していられ人間趣味に金がかかるなんてこともなく、同級生はつきあいの悪いやつとは思われているとは思うが、まあそれぐらいの認識しかされていないと思う。ついでだから言わせてもらえば、執拗に昼ご飯誘うのやめてくれ家計破綻するわ。



とまあ自分はこんな感じで生活している。朝昼晩ほとんど自炊なのにもかかわらずエンゲル係数は80%超えていると思うが、PCタブレットも所持できているし、ほかに欲しいものなんかなく、現在のところ生活していてとくに不自由を感じたことはない。

しかし同時に、自分のような生活ができるのは限られた一部の人間だと思うし、1000万を超える借金を背負ってもそれほど心配せずいられるのは医学部という特殊環境いるからだとも思う。そんな自分でも、留年したら奨学金がとまってすべてが詰むことはひしひしと感じているから、進級判定はつねにふるえるほど怖いし国家試験も怖い。他学部だったらそこから就活なんて大波乱がさらに控えているんだろうから、それには自分でも耐えられる自信はない。うつ再発しそう、むり。



妹たちは自分とはちょっと年が離れているから、まだ高校生とかそんなもんだ。やつらは自分なんかよりはずっとできはいいが、とくに下の妹はメンタル豆腐から自分のような奨学金自転車操業をしなければいけないことになったら1週間で精神を病んでからの休学→退学の未来が見えている。しか文系から不確定要素が自分よりも高いときている。元増田をみて、やつらは自分が見放したらこんなかんじになってしまうのかなと改めて思わされた。

兄としては、かわいい妹たちにそんなことはさせられない。当然だ。

しかしだ、いわゆる有名病院のなかでは給料高いっていう虎ノ門とかでもちょっと給料足りなくて選択肢からはずさなくちゃいけなくなるけど、でもそこら辺の市中病院ならもっと高いとこ全然あるし、ワイちゃんの考えているいきたいとこランキング1位の某野戦病院もそんななかのひとつだ。

妹たち、安心して東京に進学していいぞ。応援してる。おまえらがそこら辺でくすぶってるなんて、世界の損失だからな!

働きたくないのでもう死にたい

もう良いんじゃないかなあ

頑張ったけど自分には能力も気力も備わらなかったので

早く終わりたい

でもなかなか死ねないんだろうなあ

2017-04-19

勉強嫌ならやめちまえ、勉強は贅沢なんだから、に似てる言葉

死にたいなら死ね

2017-04-17

月の稼働何時間から死にたくなる?

俺は240時間〜260時間くらいがすごく死にたい

 

それを抜けると「死にたい」という思考すら忘れるから一旦落ち着く

 

そして320時間〜400時間衝動的に死にたくなる

 

でも一番死にたくなるのは、それらが終わって2日くらい休んだ後

 

土日に休むのは逆に危ない

2017-04-16

普通に生きれるようになってきた

少し前までの私は、常に焦燥感と緊張の中にあった。

集団から外れたくなくて無理に笑い

寂しい人間だと思われたくなくて予定を作り

街中を一人で歩くだけでも見知らぬ人の眼差し意識してしま

家に帰ればぐったりと疲れていた。



当たり前だ。自分から疲れるような生き方をしていたのだ。

でもそういう強迫観念から逃れる方法が、分からなかった。

「誰も自分ことなんて気にしてない」と、何度心の中で繰り返しても無駄だった。



原因として思い当たるのは、中学時代

少し変わった行動を取るだけで、陰口を叩かれたり、笑われたりした。

たとえば声がひっくり返っただけで

前髪を切りすぎただけで

ラケットの振り方が変なだけで。

今思えば下らない話だ。表立ったイジメとかじゃなく、ただの噂程度。でも当時は監視されてるような気分だったのだ。

自分では気づいてないけど他人から見れば変なのかもしれないと、歩き方さえ気になったこともある。ノイローゼじみていた。



友達ダメなところを指摘してもらって、自分なりに直しても笑われるから友達のことも疑うようになった。

言い辛いから、ちゃんと指摘してくれないんじゃないかとか

優しいから、気にしないで居てくれてるだけなんじゃないかとか

本当は心の中で、変だと思ってるんじゃないかとか。

一度疑ってしまえばその後に新しく出来た友達恋人に対しても同様だった。完全に信じるということが、できなかった。




だけど今やっと、他人にどう思われてもいいやと思えるようになった。

自分の中にこびり付いていた自意識過剰が、やっと、剥がれ落ちてくれた。

知らない人ととも自然に目を合わせられるようになった。

服屋の店員に話しかけられたとしても、息が詰まる思いをすることがなくなった。

自信はまだそれほど身についてないけれど、とりあえずマイナスから0程度にはなった。

仕事でもプライベートでも、あまりかいことを気にしなくなった。

死にたいと思うこともなくなった。



治るまで随分と時間がかかってしまったなぁ、という気がするし、

色んな面で人より遅れをとってしまった気もするけど

あいいや、と思う。

私は私に合ったペースで、焦らずゆっくり生きていこうと思う。

プリキュアアラモードOP鉄華団団長みたいな妖精いるけど鉄華団なのかな

それはともかく死にたい

2017-04-15

ミサイル発射希望日時

とりあえず風呂入ってるときはやめてほしい。裸で死ぬのも嫌だし逃げるなら着替えなきゃいけないし。

できれば飯を食べ終わってからがいい。空腹で逃げたら大変そうだし。

なるべく彼女と一緒の時が良い。幸せのまま死にたいし。

夏のボーナス貰って貯金もすべて使い切ってからにしてほしい。遺恨が残ってしまう。



やっぱ死ぬ前に色々したいので日本にはミサイル発射しないでください。

まともな人は死にたいとは思わないのだろうか

先日、高校時代の友人と話していてドン引きされた。

その友人は、同僚がたまに「死にたい」と言って困ってるという話をしてきた。

しかに同僚がネガティブな事を言ってくるのは困るものだ。

ただ、自分はその同僚について「まあたまに死にたいと思う気持ち分からんでもないが…」と僅かに理解を示した。

それが彼にとって驚きだったらしい。

「そんなこと普通無いだろw」と大笑いされてしまった。

自分は彼のリアクションに驚き、それと同時に恥ずかしくなった。

わず「いや、本当に、本当に一生に数回、冗談みたいに思っただけだけどw」と自分に嘘をついた。

それでも彼に心配されてしまったが。



本当は毎日思っている。

家では口に出して死にたいと言っている。

仕事もつ死にたい独り言をしてしまいそうになる。

自分はこんなに死にたいと言っているが、彼にとってはその一部の一部ですらドン引きなのである

彼にとってはというが、これはまともな人の価値観なのだろうと思った。

普通の人とは言わない。

心身ともに健康なまともな人。

彼はまともな人、少なくともまともである人の価値観の一部を持っている人なのだと。

2017-04-14

専業主婦になりたい

anond:20170318211212


主「夫」じゃなくて

主「婦」

俺は男だけどね

(ちなみに既婚子有り)





俺は100%家族のために生きたい

愛する夫と愛する我が子のためだけに生きたい

家族のために滅私奉公

腹を痛めて愛する子を産めることに猛烈な憧れがある


もちろん会社で働くことだって間接的には「家族のため」かもしれない

でも必ず働いているうちに

「こんなことしても家族にとっては何のメリットもないけど、会社(あるいは収益自分地位)にはメリットがある」

みたいなことは絶対ある

そしてそのためにリソースさかなきゃいけない(あるいはさきたくなってしまう)ことは絶対ある


そうじゃなくて

俺は100%家族のために生きたいんだ

家族のためだけに睡眠時間を削り、趣味時間を削り、体力や精神力を使いたい

愛する夫や愛する我が子の望みならそれがどれだけ自分負担であっても応えたい

仮に自分死ぬことで家族が一番幸せになるというのなら喜んで死にたい

愛する家族のためだけに生きて、死ぬのが一番理想的生き方なんだ

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