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はてなキーワード: サポートとは

2016-06-28

http://anond.hatelabo.jp/20160625205344

息子と嫁とでの核家族モード現在育児を楽しんでいるし子ども可愛いので二人目もという思いはあるが、現状の生活環境では正直しんどい。なので、欲しいと思える環境というか嫁実家サポートが得られるのは素直に羨ましい。

もうちょい気楽にもう一人とか言えるといいんだがなー。

DLNAとかDTCP-IPとか面倒くさい

アナログ放送廃止

アナログ放送廃止になるからって慌てて

テレビを買いなおした。

外付けハードディスクを買えば、録画もできます

ってことで飛びついたが、あかんな。

HDDがいっぱいになったらどっかしらの録画番組を消さなければ

ならない。

dtcp-ipウィンドウズ10対応しているのだったらよいが、

DIXIMなんちゃらとかいソフトサポート放棄だってよ。

しか日本独自の規格ゆえ海外製のソフトもないし。

日本人プログラムアップデートするのが遅いと思う。

したがって、ウィンドウズ10対応するソフトも当分出ないんだろうな。

出したとしても採算が取れないのかもしれないと拝察されます

テレビにそんなに魅力を感じないのである自分家族が出演した番組

親戚とかにも見せたいのが人情

2016-06-26

http://anond.hatelabo.jp/20160625205344

全面的サポートしてくれているから俺は未だにミルクをあげることは疎か、オムツを変えたことすらもない。

全面サポートがなくなると子育てに対する俺の負担が増える

元々やる気ないじゃん

イライラしてしまったこと。

職場で、とある仕事を後輩が中心になってやることになった。

今までは、私が結構やっていた仕事で、今後は後輩がやることになるらしい。

という話を、上司が後輩に説明していたところ、ものすごい拒否反応。

なんか、大変になるから嫌なんだそう。

それをやっていた立場からするとわからないでもないから、

ちゃんとサポートすると言ってるのに聴く耳持ってくれない。

(ちなみに、口だけではなく今までもちゃんとサポートしてきている)

しまいには、半泣きになりながらひたすら拒否

確かに細かいタスクの寄せ集め的な仕事なので、煩雑といえば煩雑な面もあるけど、

それをやっていたおかげでいろんな仕事をこなせるようになった。

というような、やることでのメリットもちゃんと伝えたのだけど・・・拒否

小さい子どもが、いやいやをしているようだった。

で、次の日休んだ。

何となくだけど予感はしていた。多分休むんだろうなと。

以前、上司ちょっと厳しいことを言われた(パワハラ的なことではない)次の日も

休んだから

正直、イライラしてしまった。

後輩の気持ちもわかる。

わかるけど、自分ときはどうだっただろう。他の人はどうだっただろう。

誰一人、目を輝かせて「やります!」と言った人はいなかった。

みんな、ため息をつきながらも「やります」と言ってやってきた。

ここで逃げても、絶対に同じようなことは起きる。

後輩の仕事を見ているとそれが予想できる。

から、踏ん張ってほしいのだ。

2016-06-25

娘が生まれた件に対する雑感

3週間くらい前に娘が生まれた。小型のガッツ石松しか見えなくて造形的にはかわいいと思えないんだけど、存在自体かわいいかわいいというか愛おしい。

うちの嫁さんは外国人で連れ子が2人いる。3人目が生まれるまでは感じなかったけど、3人目が生まれて感じたことが2つある。

1つ目はもう何人か子供が欲しいということ。

上の2人は女と男で、今回が女。俺は今もう2人男の子が欲しい。

嫁さんの母ちゃんが子育て全面的サポートしてくれているから俺は未だにミルクをあげることは疎か、オムツを変えたことすらもない。

要するに子供が生まれたという事実による負担がない、だからこんなにもカジュアルもっと子供が欲しいと感じられるんだろうな。

2つ目は家族に対するビジョンが生まれたこと。

これはまだ正確に言語化するのが難しくて、ビジョンという表現が適切かどうかもわからない。

だけど娘が生まれることによって俺の脳内子育て家族を持つことについてのインプットを増やしたい欲求が芽生えた。


3人目が飛行機に乗れるくらいになったら日本帰国して子育てするかななんて考えたこともあったけど、そうなると全面サポートがなくなり、全面サポートがなくなると子育てに対する俺の負担が増えるし、報道なんかを見てると「この報道公共電波で発信されている国に住む人」の存在想像され、そのような人の家庭で育てられた子供と一緒に育てられることになるわけで、それはちょっと親として避けたい事案なのでやっぱり日本帰国することはしない。

風の噂でb:id:hungchang東大卒ときいた。

学歴ブコメの質が決まるとは思っていないが、b:id:hungchangブコメが素晴らしいのもまた事実だ。

本当に東大卒だとしたら、さらによりいっそう説得力が出て、より素晴らしく感じるのかもしれないなあ。



暇だから、他のブクマカたちのことも考えてみた。



頭良いし真面目

イメージ的には、カシュゼロロク、ワロスハッカー、デス六、シダーコンドー辺りは高学歴かはわからんが、学生時代勉強を真面目にしていそう。

特に、カシュゼロロクは偏差値じゃなく卒業後の進路とか、やりたい学問とかを考慮して大学を選んでそうだから、あまり知名度が高くないけど良い大学、みたいなのを選んでそうだ。



頭良いけど不真面目

逆に、msdbkm、リ・カム、け、辺りは不真面目そうな印象があるな。

リ・カムなんかはその印象がずば抜けてて、勉強しなくても偏差値65ぐらいはありそうな印象が凄いある。



頭悪いし不真面目(テストの点数的な意味で)

すけきょわんわん、ながたふぇは、勉強に興味がなさそうな感じがする。

頭が良いとか悪いとかというよりは、学校が教えることに興味がなさそう。

すけきょわんわんは間違いなく「サインコサインの何が役に立つんだよ!」って思いながらも、口にせずに、しれーっと自分のしたいことをやってそう。



無能な働き者

あと、ニュウスリーは馬鹿っぽい印象がある。

こうテスト始まった10秒後に、テスト範囲どころか、今日テストの科目自体を間違えて勉強したことに気付いてそう。

勉強以外でも、大事書類を破くとか、コピー用紙をぶちまけるとか、お茶をこぼすとか、そういうミスをたくさんしてそう。




テストの点数とかじゃなく、道徳心とか倫理観が優れている人

あと、こういう評価基準とは関係なさそうなのが b:id:sugimurasaburo さん。(なんて読むの? スギラサブロー?)

今まで挙げた人達は、なんていうかこう、男社会に置ける評価基準みたいなものイメージを膨らませたけど、

この人はもうそういう基準で計るべき存在じゃないなって思っちゃう

言い方は悪いかも知れんけど、結婚したときに、2人で共働きするよりも専業主婦やって全力でサポートすることで、相手年収を二倍以上に上げるようなイメージだ。

ただ、別に本人自身仕事は出来そうだから共働きなら共働きガッツリ稼ぎもしそうでもある。



ヒモ

むにおかみたいな、やる気ないタイプもいるよね。

こいつ勉強とか仕事が出来るとか出来ないとかじゃなく、やる気が根本的に欠けてそう。

金を稼ぐとか、テストでいい点数を取るとか、そういう社会的なあれこれに一切の興味がないタイプ




普通

でもまあ、一番多いのは、サバみたいな、ほどほどにやる気があって、ほどほどに勉強が出来て、ほどほどに仕事も出来る、みたいな普通の人なんだろうなあ。

はてなでは特殊な奴らが可視化されるけど、現実には、サバカレーみたいな奴ばっかりだよ。

ほんと、そういう意味で良いバランサーになってるよ、サバカレーは。

2016-06-23

もし妊娠した子に障害があったと判明したら

現在社会は何かしらの障害があったら普通に生活できるような社会の基盤ができていないと感じている。

もし子どもが産まれから成人して一人で生活していくようになって〜の数十年間の間に、社会や対人の意識が大きく変容するとは考えられないし。

障害があってもこんな事ができます!こんなサポートがあれば普通に生活できます!って言うけど、なんか違うなと感じる。

私が抱いているのはマイナスイメージが強い。そもそも生まれながらに負担を我が子にさせたくないなーと思う事は当然だと思うんだけど。

さくっと考えたのはここまで。

今度ちゃんと考えるね。

2016-06-21

◯◯◯◯ョン・ルームピアという悪徳不動産屋はやめたほうがいい

良さそうな物件を見つけていざ申し込みとなった段階で、危うく不明瞭な金を払わされそうになったので、その一部始終を残しておく。

他の店舗でもカモられそうになった人がいるようで、店舗全体でこういう方針だろうと推察できる。店内の雰囲気も明るく、店員さんも丁寧で好感触を持っていただけに非常に残念だった。

疑問1. 見積もりに、「室内抗菌処理代の21600円」と「24時間サポートの16200円」の不明瞭な項目がある

任意である」という説明もなく、見積書に含まれていた。

疑問2. その不明瞭な項目が申込金に含まれている

初期費用の支払先が諸々この会社の口座になっており、管理会社への支払い等もこの会社仲介するという方法のようだ。申し込みの段階で「一時申込金」として、見積もりの内いくらかを払う方式になっているが、先程の不明瞭な項目の金と仲介手数料を払えとのこと。

直接聞いてみると曖昧な返事しか返ってこない

クロであることは確信していたが、どういう返答をしてくるかの興味もあり、直接店舗に伺ってこの2つをぶつけてみると、案の定曖昧な返事しか返ってこない。

聞けば聞くほど「室内抗菌処理代」と「24時間サポート」の正体がわからない。どの会社提供しているサービスで何のためのサービスなのかの説明が返ってこない。根堀葉掘聞いていくと「説明が足りておらず申し訳ありませんでした」の一辺倒。

そもそも、管理会社敷金礼金を払って、不動産会社仲介手数料を払うのであればわかるが、費用全体を不動産会社に払って、色々な手続き不動産会社が行うというのはよくわらかない。なぜ一時申込金に含まれるのかを聞いてもよくわからない返答だし、結果的任意だったことも考えると不透明中間マージンを取ろうとしているようにしか思えない。「室内抗菌処理代」「24時間サポート」の説明曖昧なところを見ると、完全にクロだろう。

営利企業として利益を上げていかなくてはならないという点だけは同情しつつも、こんなことしてても客の不信感が募るだけではという当たり前の感想が残る。仲介手数料が少し高めに設定されているくらいの方がまだクリアである。そうしたら客がつかないのはわかるんだけど。

店員さんたちに個人的恨みはないけど、ぼったくられる人がこれ以上増えてほしくないので増田に書いた。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201606/CK2016061802000134.html

年金22万円で家賃13万円の家に住む事に疑問を持たない事や、都庁に勤めてりゃ離婚後はサポートが手厚かったろうし、離婚後単身で年金そんだけ出るんなら、現役時代も相当貰ってる筈だよなぁ…とか、ツッコミどころしかないにも関わらず、ある種の悲劇談として扱われていて、案の定twitterでは現役世代呪詛言葉しか聞かれないんだけど。今、新聞購読者って、そういうお花畑的な層が主体から、こういう論調なんだなぁ…と感心もした。

そんなバカみたいな使い方をすれば、年金が30万あっても40万あっても足りないだろうし。現役世代は、それが必要であるからという理由で、おいそれと増えたりはしないんだけどなぁ…

2016-06-20

君は闇プログラマーの「その後」を知っているか(その後)

オッス!オラ君は闇プログラマーの「その後」を知っているか元増田だ!いっちょやってみっか

元増田が消えてるのはてなサポートによる削除です。すまんなしばらく時間取れなかったんで放置してた。元増田はまだこことかで読めるので初見の人はそっち参照。


はてなサポート曰く、

記事にて言及されている当事者より削除の申立がございましたので、削除を行いました。

だそうだ。

アレが周知されて困るのって元闇プログラマー本人だけだしWeb魚拓とかもセコセコ削除申請してるので、多分本人の削除申請なんだろうけど「本人確認どうやったん?自己申告ベースだと『この増田は私の名誉を毀損しています!』ってメールで色んな増田が削除できちゃうよね?」ってはてなサポートに返信したら、

本人確認手段は「はてな情報削除の流れ」に準じ、実名、住所などの

連絡先の記載原則としています

匿名ダイアリーに対する削除依頼例外として、ユーザー名が

明示されているユーザー自身ユーザーログインした状態

削除依頼を行っている場合、本人からのものとみなしています

言及対象あいまいである場合や、削除依頼者が当事者である

疑わしい場合には、本人しか知りえない事実記載など、合理的

本人と判断できる相応の根拠を求めておりますので

懸念されているように、どなたでも削除依頼ができるということには

なりません。

ただ、本来、本ルールは、記事権利侵害にあたることを理由とする

プロバイダ責任制限法による削除手続とは異なり、あくまで、サービス

ポリシーとして、特定ユーザーや個人を批判攻撃する文章を公開する

目的での利用自体不適切と考えていることに由来するものですので、

削除依頼者が本人であることに疑義があるとする反論は受け付けません。

公共の利害に関し、公益に適う内容で、事実に基づいて個人に対する

批判を行いたい場合匿名ダイアリーではなく、ご自身ブログなど、

第三者から投稿者特定できるサービスをご利用ください。

だそうだ。

削除依頼者が疑わしい場合」の処理なんか実際やってねーんじゃねーの?っていうか「削除依頼者が本人であることに疑義があるとする反論は受け付けません。」ってすげえ言い草だぜ…と思うが、要は「誰か批判するなら増田使うなボケが」「これがうちのサービスポリシーから嫌なら他所でやんな!」って事だからこちらとしてもそうっすかサーセン、としか言いようが無いなーと思った。ただその代替案が「自身ブログでやれ」は訳がわからんはてブロでやればいいすか?やらないけど。

ちなみに元増田の時も踊り子に触らないマナーある人々ばかりで、すげーな流石はてな民民度は違うぜと思ったのでさらにその後をお伝えしておくと、今彼はこっちのアカウントで「アニメゲーム企画」「ガルパンとか防衛省とのコラボ話をしたりします」とかまるで反省する素振りもなく嘯いてるので今後も生暖かく見守ってあげてね!

2016-06-19

http://anond.hatelabo.jp/20160618211423

こういうのって就活成功した人たちからアドバイス(という名のさりげない成功自慢)ばかりになるから嫌になるよね。みんな諦めればいいだの、他の道はあるだの、無責任なことばかり言っている。

俺も二年前に同じようなことを書いた。新卒での就活は全て失敗し、就職できないまま卒業した。就職できるまではフリーターをして食いつないだ。

結果的第二新卒という形で内定を貰った。使ったのは、ハローワーク

ハローワークには新卒対象の案内所がある。そこでアドバイザーについてもらって、その人の紹介を受けて面接をした。

ぐぐれば出てくるはずだから、それで行けばいいんじゃないかな?

ネットで調べて自力でやらなくても、インテリジェンスとかマイナビ新卒紹介とかリクナビエージェントとか適したサービスはある。

インテリジェンスが一番しっかりサポートしてくれたな。就活はひとりでやるもんじゃない。チームで行動するべき。そのチームは、必ずしも同じ学生である必要はない。

2016-06-17

1.0から学ぶJava

タイトルを見て釣られクマーな皆さんこんにちは

ホッテントリメーカーで作るような煽りタイトルって、みなさんもう見飽きてると思うんですよね。

今調べたらホッテントリメーカー2008年だそうで。どうりでねー。古臭いなーと思いましたよー。

「一から学ぶJava」ってのをね、1.0にするだけでこんなに素敵なタイトルになるんだから面白いですねー。

タイトルを思いついただけだったんですけど、思いついたらやっぱりちゃんと中身も書かないと行けないじゃないですか。やだー

面倒くさいんですけどね。ちょっと1.0から学んでみましょうか。

Java 1.0 1996年1月23日

Javaの1.0がリリースされたのは1996年1月23日ですね。発表されたのが1995年5月23日でJavaの誕生日といった場合にどちらを取るかで揉めることがあります。

かれこれ20年前なわけで、当時のパソコンというとハードウェアはCPU が Pentium 133MHz メモリ16M とかそんな感じだったかなあ。今どきの携帯電話の例としてiPhone 6sを挙げるとCPUが1.85GHz メモリ 2G ってんだから凄いですね。OSは1995年11月23日リリースされたWindows95とかそんな時代背景です。インターネットがようやく一般に普及し始めたところでしょうか。

今から思うと相当弱いハードウェアですけども、そろそろVM方式を採用しても良さそうな、そんな時代でした。インタープリタだと流石に遅い、でもC言語のようなコンパイル言語だと"Write once, run anywhere"とはいかない、という判断もあったのだろうと思います。Javaが純粋なオブジェクト指向言語ではなくintなどのプリミティブ型を持つというのは、当時のマシンスペックを考えた場合、ある程度妥当な判断だったと言えるでしょう。これが後々苦しくなってくるわけなのですが。

Javaを作った会社はSun Microsystems(サン・マイクロシステムズ)というアメリカの会社で、2010年1月27日オラクルにより吸収合併され今はありません。SolarisというOSとSPARCプロセッサでUNIXサーバーの販売で90年代後半までは一人勝ちのような状況だったと聞きます。当時にすでに「ネットワークこそがコンピュータ」(The Network is the Computer)というモットーを掲げてたんだからおかしい。1996年リリースのJavaが標準でネットワーク機能を備えていたのもこのあたりの思想から来ているのかもしれませんね。

当時のプログラミング言語としてC++が挙げられますが、C++でのプログラマへの負担といいますか、ヒューマンエラーの起きやすさといいますか、その辺を改善する目的で開発されたのがJavaだったわけです。

1996年の時点にこんな言語が登場したのですから革新的でした。

いろんな企業がJavaに賛同します。その中にはMicrosoftもありました。この時期、Microsoftは次期のWindows開発用のプラットフォームにJavaを据えようと考えていました。その後、袂を分かつことになるのですが……。

プログラム言語として構文などを見ると、C++を強く意識した構文なのは間違いなく、しかしポインタ演算を廃してポインタを機能を限定した「参照」に置き換えるなど簡素化が多く見られます。C++からはいろんな機能が削られています。関数ポインタ、構造体、演算子オーバーロードテンプレート((テンプレートについては実装が間に合わなかったという話を聞きます))などなど。そのためC++の劣化であるように揶揄する人もいますが、こうしたものを捨てて言語仕様を比較的小さくシンプルに抑えた点は評価に値すると思います。しかし、今でもこうした削減された機能を愛する人からはJavaを腐す要素として挙げられてしまうのでした。

Java 1.1 1997年2月19日

Wikipediaからピックアップすると1.1での大きな機能追加は

といったところです。当初よりJavaの内部文字コードUnicodeで文字を表すchar型は16bitで設計されていました。Unicodeは当時それほど普及しておらず、Unicode対応のテキストエディタさえ少なかったと記憶しています。時代を先取りしていると言えますが、大きな誤算はUnicodeが当初16bitのコードポイントに世界のあらゆる文字を格納しようとしていたことで、漢字圏の我々からすると16bit=65,536程度の空間に文字が全部入るわけないだろ!というものだったが故に早々に破綻し、Unicodeは21bitのコードポイントに拡張されることになるのです。これはまた後の話。

なんにせよ、日本語が対応されたのは1.1からで、日本でのJavaの採用が始まったのはこの頃からと言えましょう。

当時のJavaのGUIはAWTというものでしたが、これを用いたGUIの開発は当時は結構行われていたイメージですね。Visual BASIC でGUIを作るプロダクトも結構あったと思います。GUIのためのオブジェクト指向言語としてJavaが使われていたイメージがありますね。JavaBeansもそのための仕様でした。件のsetter/getterの話題に繋がっていくのですが。

JDBCはJavaとデータベースをつなぐインターフェースです。RMIではあるJava VMから別のJava VMにオブジェクトを送って実行する、といったことができます。こうした機能が用意されたことで、ソフトウェアフロントとしてのGUI、裏方の実装のためのネットワーク機能、データベース機能、さらにはソフトウェアを配布するためのJava Appletという布陣でJavaでのソフトウェア開発が加速していた時代といえます。

Microsoft Visual J++ もこの時代ですよ。

Java 1.1以降のバージョンのものは互換性確認のためにOracle Java Archiveからダウンロードすることができ、今でも入手することができます。もちろん、Java7ですら2015年4月にEOL(End of Life,サポート終了)となっているので、通常利用するのはJava8としてください(本稿執筆時点)。

当時のドキュメントを見るのも一興です。現在と比べると標準APIがかなり小さい。なお、当時のjavadocは今とはデザインが大きく異なります。

  • java.applet
  • java.awt
  • java.awt.datatransfer
  • java.awt.event
  • java.awt.image
  • java.beans
  • java.io
  • java.lang
  • java.lang.reflect
  • java.math
  • java.net
  • java.rmi
  • java.rmi.dgc
  • java.rmi.registry
  • java.rmi.server
  • java.security
  • java.security.acl
  • java.security.interfaces
  • java.sql
  • java.text
  • java.util
  • java.util.zip

この時代であれば、全パッケージを舐めて標準APIを学ぶこともそう難しくはありませんでした。この時代から触っている人間は新バージョンが出るたびに増えるAPIを順に学んでいけたのです。しかし、現代にJavaを学ぶ場合、どのバージョンでは何があって……というのをいちいち学ぶ必要はほぼありません。Java5以前は一緒くたでいいと思いますし、一部のAPIで歴史的経緯があってねーというのを知っていればおそらく十分ではないでしょうか。

Java 1.2 1998年12月8日

strictfpキーワード浮動小数点演算をやる人は覚えておきましょう。JavaはパフォーマンスのためにCPUの浮動小数点演算を扱うことが許されており、そのため実行するCPUによって精度が異なることがあるんですね。まあ今時のCPUだと大丈夫だとは思うんですが。

リフレクション機能ではJavaのクラスを抽象的に扱うことができます。設定ファイルに書かれたクラス名のclassロードして実行する……みたいなことができるんですね。フレームワーク的なものを作る場合には多用することになります。

1.2からは新しいGUIのSwingが採用されました。AWTがOSごとのGUIパーツを用いていたためデザインに違いがあったのに対し、Swingでは統一的なルック・アンド・フィールが用いられるようになりました。まぁ今ならJavaFXを使うのが良いと思います。

初期のJavaはやはりVM方式の実行速度の遅さが指摘されていました。実行時の構文解析を伴わないだけインタープリタよりは早いものの、実行バイナリを作るC/C++よりは遅い、そうした評価です。ここではサン・マイクロシステムズのVMにJIT(ジャストインタイムコンパイラ)が乗ったことが挙げられていますが、JIT自体は別の会社が先駆けて開発していたことは記しておきたいと思います。

JITコンパイラは実行時にJavaのバイトコードを環境のネイティブコードコンパイルして動かす技術です。この後、JITコンパイラ、動的再コンパイル技術、世代別ガベージコレクションを備えたHotspotといった様にJavaVMは進化していきます。現代では実行時の最適化が進み、大きなスケールで見た場合、Javaの実行速度はC/C++での実装と比べてそれほど遅れるものではありません。遅くても倍の時間は掛からない程度といったところでしょうか。

あとは特記すべきはコレクションフレームワークです。皆が多用しているであろうjava.util.Listやjava.util.Mapといったライブラリが整備されたのがこの時なのです。それ以前はjava.util.Vectorやjava.util.Hachtableというクラスが可変長配列の機能を一手に担っていました。今ではVectorやHashtableは使うべきではありません。

Microsoft 離反

Java の開発はSun Microsystems が主導していたけども、すべてがSunのものだったというわけでもなく。Javaには多くの会社が出資していてその中のひとつMicrosoftだったわけですね。

Microsoft の Visual J++ では delegate とか独自機能拡張もありましたけど、裁判で問題になったのは J++ でコンパイルしたclassファイルMicrosoftのVMでしか動かないという部分ですね(他社製のVMで動くclassファイルを作ることもできる)。classファイルがどこのVMでも動くの大事だろ、"Write once, run anywhere"だろ、お前何してくれてんの!と喧嘩になったわけです。当時のMicrosoftブラウザまわりでも独自拡張がやりたい放題、標準規格?なにそれ美味しいの?みたいなスタンスをあちこちで見せていたものです。

結局、この事件でMicrosoftのJavaはバージョン1.1相当でストップ。好き勝手にやれないなら独自に言語作るわーとばかりに.NET フレームワークと C# といった方向に舵を取ります。

JavaがPC上でのUI開発の主力になろうとした勢いはここで潰えます。

Java EE

Java SE とは別にこの時代に Java EEリリースされていることは特記しておきたいですね。これ以後、それまでのCGIに取って代わって、JavaはWebサービスの開発のプラットフォームとして多用されるようになります。

2000年あたりからはJavaはGUI開発というよりは、Webサービスの開発が主流という流れになっていきます。インターネットサービスが非常に発達していった時代、背後ではとてつもない量のJavaのプログラムが支えていたわけです。ただまあ、こうした産業利用は一般的ユーザーの目にはあまり入らないわけです。一般人からすればJavaといえばJava Appletみたいなイメージはずっと残っていたでしょうが、実体としてはJavaといえばServletという時代になっていたわけです。

企業で用いられる社内システムにもServletは多く採用されました。

理由はいろいろ挙げれると思うのですが

というのが大きな理由だろうと思います。JSPというテンプレートエンジンを用いてHTMLを整形してWebページを作り出す、というアーキテクチャある意味では便利で簡単でした。

もっともHTMLの表現力に足を引きずられるため、GUIの機能性という点では後退したわけなのですが。それでもメリットが大きいと判断されたのでしょう。というか、まともにGUIを組めるプログラマがほとんどいないから、GUIのシステム開発がなかなか成功しないってのもあったんでしょうけどね。

iアプリ Javaアプリ EZアプリ

2000年あたりというと携帯電話の普及も取り上げなければなりません。現代のスマホガラケーに比べれば非常に機能は貧弱で、まさに携帯「電話」でした。要するに電話とメールぐらいしかできなかったんですね。

そこにdocomoiアプリJフォン(ボーダフォンを経て現ソフトバンク)のJavaアプリ、auのEZアプリという携帯電話上でちょっとしたアプリが動くよ!というのが乗るようになってきたんです。これがJavaを組込み用途にコンパクトにしたJava MEというものが土台となっていて(正確にはiアプリちょっと違う)Servletと並ぶJava言語の大きなもうひとつの領域となっていました。

iアプリは当初は容量が10k byteまでといった制約があり、容量制限が非常に厳しかったのですが、新機種が出るたびに容量は緩和されていきました。

docomoiアプリ含めiモードによって一世を風靡します。こうした土台を作ると、その上で商売をしたい人がたくさんやってきて、勝手にコンテンツを作ってくれる。docomoはそれらから手数料を取るので労せずして大金を稼げるというわけです。賭場の胴元というわけです。

この賭場が、将来にAppleiPhone, GoogleAndroidに荒らされることになります。docomoがなかなかiPhoneを出さなかったのもiモードという自前の賭場を失うことを良しとしなかったためです。金づるを失ったdocomoSamsungと組んで独自の携帯向けOSであるTizenの開発に乗り出します。そんなTizenですが鳴かず飛ばず。噂ではインドあたりではリリースされたとか、なんとか。

RIA時代

話を2001年に戻しましょう。

Microsoft離反でGUIのプラットフォームとしてのJavaというものは存在感を弱めていました。この分野の復権に寄与したのはJava 1.4 (2002年2月6日)で導入されたJava Web Startです。

Java Appletブラウザ埋め込みで動作したのに対し、Java Web Startではブラウザから起動しつつも独立したアプリとして起動するのです。

Webシステムが企業の社内システムに採用された話は先に述べたとおりですが、やはりWebシステムのGUIというのはHTMLに引きずられて貧弱だったんですね。

端的に言えば入力値が数字かどうか?みたいなチェックがなかなか難しい。HTML上でJavaScriptでやるわけなんですが、なかなか気持よく入力できるような感じにはならなかったんですね。

また、Ajaxによるブラウザのページ遷移を伴わない通信というのが出てきたのも2005年ぐらいなので、入力値に対してサーバ問い合わせするようなことはできなかった。当時だと一旦画面遷移させないとできなかったわけです。

こうした事情から、クライアントサイド、要するにPC側でもっとリッチなUIが使いたい!という要望があったわけです。Webシステム使いにくい!という不満の噴出と言ってもいい。そこで出てきたのがRIA (Rich Internet Applications)というわけです。

Javaは1.0時代のAppletからそうですが、ネットワークを介して別のPCにプログラムを送り込み、そこで動作させるという能力を持っていました。それこそまさにRIAに求められる機能性だったわけですね。

RIAの代表とされるのは

あたりです。三つ巴の戦い、どこに軍配が上がるのか!?と注目されましたが、勝利したのはHTML / JavaScriptでした。

Google MAP で注目を浴びたAjax技術、それまでブラウザでは不可能と思われていた高級なGUIをHTML / JavaScriptで実現させました。もうやめて欲しいですよね。せっかく脱ブラウザの流れが来たと思ったのにまたWebシステムに逆戻りですよ。

RIAが失速した理由として考慮して置かなければいけないのはスマートフォンの台頭です。RIAでは端末を選ばずどこでも同じアプリが動かせる点がポイントひとつでしたが、スマートフォンではそうは行かない。"Write once, run anywhere"を破壊したのはスマートフォンだったというわけです。

しかし、先日インストールなしでアプリを実行するAndroid Instant Appsが発表されたりしまして、結局RIAの思想といいますか、要求というのは今でも息づいているのだなと思った次第です。

Java 5 (2004年9月30日)

1.3 / 1.4 では機能追加はあっても言語構文が大きく変わることはありませんでした。大きく変わったのはJava 5です。この時からバージョニングが変わって1.5ではなく5と表記されるようになりました。

Java5の特徴はなんといってもジェネリクス。それまでjava.util.Listにデータを出し入れするのにはキャストが必須だったわけですが、ようやくキャストから開放され型の安全度がぐっと高まりました。その他に以下のような変更があります。

言語としては随分変わっったわけですが、もうかれこれ10年以上前のことですからこれらの機能が「Java5から導入された」という知識は今となってはあまり必要とされません。これらの機能が使えないJava 1.4で開発をする事案が殆ど無いからです。0ではないのが悲しいところではありますが。

その後

Java 6 (2006年12月11日)がリリースされた後、Java 7 (2011年7月28日) が出るまでJavaは停滞してしまいます。その間にSun Microsystemsという会社がなくなってしまったためです。

Sun Microsystems の経営状況が悪化しており、ついに身売りをすることになりました。身売り先はIBMともGoogleとも噂されましたが結局2010年1月27日オラクル吸収合併されました。

Javaの停滞中にはJava VM上で動く非Java言語も台頭してきました。Scalaなどですね。

やや戻って2007年Androidが発表されます。Androidの開発言語にはJavaが採用されていますが、実行環境はJava VMではなく、ライセンス的な事情でJava(TM)は名乗らない微妙な位置関係にあります。

Java 5 以降で大きく言語仕様に手が入るのは Java 8 (2014年3月18日)です。並列処理を行うためのStream APIと、そのために簡易に関数を定義するためのラムダ式が導入された点が大きいですね。日付APIも刷新されました。

このように、Javaは1.1の黄金時代から今に至るまで利用ジャンルを転戦しながら産業の土台となって支えてきた歴史があります。ジャンルの趨勢により浮き沈みもあります。今後についても決して楽観視はできないでしょう。Javaを学ぶことはプログラミングを学ぶステップとしては意義はあると思いますが、Javaを学べばゴールというわけではありません。プログラム言語次世代へと移りつつあります。業界動向には注視していきましょう。

2016-06-16

障害者施設で働いていた

初めてここに書く。

以前、障害者施設で働いていた。何年か前にやめ、今は別の仕事をしている。

身の回り介護施設で働いている、いたという人はそれなりにいるのではと思うが、「障害者施設」となるとなかなかいないのではと思う。

障害者施設とは

施設には色々種類があるのだが、私がいたのはいわゆる授産施設である正規雇用で働けない、働きたくても働けないという障害者に向け、内職仕事などを行う場を提供し、工賃を得てもらう、という場所である。月々の工賃額は、全国平均で見れば2万円行けば御の字というところである障害者が月2万でどう生活するのかと思うかもしれないが、ここに来る人はほとんどが生活保護障害年金を受け取っており、そこから差っ引かれる税金等はほとんどないので贅沢さえしなければそれなりに生活はできるのである

そして利用者が通所することで、障害者福祉サービスを与える対価として行政から施設収入が入る。1人の利用者が1ヶ月休まず通所(平日のみ)すると、施設形態地域によっても差はあるが概ね10万円程度は施設収入となる。つまりここの職員賃金税金から支払われており、立場としては半官半民、みなし公務員というのが一番近い。

なお関連する資格として「社会福祉士」や「介護福祉士」などがあるが、なくても業務可能である。あると待遇採用時に優遇はされる。

仕事内容

9割方は作業をしに来る利用者支援である支援とは何か、であるが、例えば作業のやり方を教えたり、何か困っていたら手を貸してあげたり相談に乗ったり、送迎を行ったりという具合だ。とりあえず利用者から要請があれば、すぐに駆けつけできる範囲対応を行うと考えてもらえればと思う。要請がなくても、利用者の小さなサインを見逃さず、こちらから声をかけることも必要である

支援を怠ったり支援を行う中で職員に落ち度があったりすると利用者家族)が管轄する役所に苦情を入れたりして、最悪施設行政処分を受けることもある。利用者不快にさせないように常に気を揉むところから始まる。


何が大変か

作業支援

ただ作業を教えるだけであれば楽に見えるかもしれないが、そもそも利用者作業が「できない」人たちである。何度話してもやり方を覚えられないこともあるが、視力障害があれば製品に傷をつけてもわからない、精神障害があれば突然取り乱してしまうこともある、知的障害であれば作業を行うように促しても何も行えない、と言った具合に、ここの「できない」は単純に技能習得が遅いこととは限らない。そういった彼らをサポートしなければならない。

その上で、製品には当然納期がある。納期を守りつつ、製品不良品が混じらないように検品し、納品して次の作業を持ってくるところまで職員は行う。なお利用者とは労働契約を結んでいるわけではないので、ノルマ等はない。ミスってもズル休みしてもまずお咎めはない。利用者の欠席が続出したり大量に不良品を作られるなど、トラブルが重なると作業管理するはずの職員作業を行わなければならないこともあり、こういうときは肉体的に疲れる。

対人関係支援

福祉現場はどこもだが、職員が少ない。1人で多くの利用者の面倒をみなければならない。利用者たちだが、年齢層は様々、持っている障害も様々、意思疎通が難しかったり拘りが強かったりとキャラクターも様々、障害の他に持病を抱えいつ倒れるかわからない、etc...作業の以前にそういった人達相手をするのである。そんな個性派同士が狭い空間で過ごすのだから職員いくら配慮しても喧嘩トラブルの類は絶えない。こういった時職員解決仲裁に向けてもちろん支援しなければいけない。他にも突然利用者職員に食って掛かったり、延々と不満をぶつけてきたりすることもしばしばだ。くどいがとにかく気を揉む。精神的に疲れる。もはや参る。

事務処理

事務仕事だが、まずはトラブルが起こったら事の顛末をすべて書面に残す必要がある。先ほど書いたとおり、まず何かトラブルがあるので必然的に書く量は多い。その他、利用者の通所管理支援プラン作成、工賃の計算作業に関わる伝票の作成など、細々とした書類を上げるとキリがない。一つ一つで見るとそれほど作業量は多くないのだが、種類が多岐に渡るので管理できないと間違いなく混乱する。それはどこの会社でも組織でも同じかもしれないが、支援ストレスを抱えた上で行うので単純比較はできないかもしれない。

虐待

今まで話してきたとおり、障害者相手はとにかくストレスが溜まる。そしてその捌け口として職員虐待に走ってしまう、という事例はニュースでも時々報道されている。私の施設新聞沙汰になるような問題はなかったが、第三者が見れば虐待にあたるかも…ということは(ストレスが原因と断定はしないが)ゼロではなかった。人間は必ずミスをするということから考えると、こういったことは頻度の差はあれどこの施設でもあると思う。施設職員虐待について常に留意しなければならないのは当然にしても、実はこれが結構ストレスになる。

断言するが、こういった職場に勤めるなら合法的ストレスの捌け口を何か用意しないと精神的に壊れる。


待遇

介護業界給料が安いとはよく言われるが、そもそも福祉業界給料基本的に安い。どの都道府県にも大卒なら月〜十万円から、といっただいたいの基準があると思うが、それよりは明らかに下であるパートだと時給800円も行けばいい方ではないだろうか。賞与については、年間で2ヶ月分も出れば良いのではないかと思う。そもそもない所も多いと聞いた。

国は給料をあげようと手当などを拡充しているが、せいぜい1万円程度でありその手当を受け取るにしても一定の条件を満たさなければならない。全部が全部とは言わないが、施設側が給与を出し渋っているフシは強く感じる。

福利厚生はあってないようなものである。例えば外食チェーンでちょっと安く食べられるサービスがあったが、巷で手に入る各種クーポンを使ったほうが特だった、というオチであった。当然、使わなかった。なお、独身寮とか保険に安く入れるとかわかりやすものほとんどなかった。

年間休日では、取引先の年間暦に合わせる事が多いのでだいたいは土日や盆、年末休みである。このパターンであれば年間で110日程度はあるのではないかと思う。なお利用者が通所ではなく寮等を併設している場合になると、当然24時間365日休みなく業務が続くので、シフト制になる。

やりがい

対人関係を築く商売としては福祉以外にも教育医療があるが、それらは「子供の成長する様子が見られる」「患者治療を通じて笑顔になっていく」といったところから、いろいろ大変でもやりがいが生まれてくるのではないかと思う。

ここには、反論覚悟で言うが、まずない。トラブルの処理に追われ、利用者にいつ怒鳴られるか気を揉む毎日やりがいはあるか?どれだけ利用者支援しても作業の正確性や能率が上がらず、不良品を処理する毎日に充実を感じるか?毎日製品検査に追われる毎日に楽しさはあるか?とにかく仕事の中で楽しいと思えることがないのだ。それで薄給である

働きやす

これについてはトップ施設長、理事長)の一存ですべて決まるフシがあるので、なんとも言えない。いいかいかは運次第。拘束時間については事務処理をすんなり終わらせることができれば、早く帰れることが多い。けど早く帰れたところでストレスが溜まりに溜まっている以上、余暇を楽しむ余裕は一切なかった




こういった具合である

福祉施設もいろいろあるので、私の書いてあることに疑問を感じる人もいると思うが、あくまで一例として読んでもらえればと思う。

まだまだ国産ブラウザKinzaこき下ろす

最近になってMac版が公開されたようだが、まだまだ突っ込みどころがあるのでhttp://anond.hatelabo.jp/20151222085835に引き続きこき下ろす

嘘っぱちの「純国産」と宣伝した影響

D社は最近になって(いつごろからかは不明)「純国産」ではなく「国産」と名乗るようになった。これならセーフであるしかし、過去に「純国産」と名乗ったことで、それを鵜呑みにしたニュースサイトがあるのは困ったものである

前々回(http://anond.hatelabo.jp/20150508190512)、「純国産」は嘘でChromium冒涜する行為だと書いたが、念のため補足する。ソフトウェアにおける「純国産」の明確な定義はないのだが、辞典で調べると

構成内容がすべて自国内で作られたものであることを意味する語。 (※実用日本語表現辞典より抜粋)

と書かれている。この定義に従うと、構成内容にChromiumが含まれているので、筆者は「嘘だ」と主張してきた。

さて、D社が修正した後も「純国産」と書いてしまったニュースサイトは、軽く調べただけだが少なくとも3サイト存在している。

http://ascii.jp/elem/000/001/178/1178737/

http://www.mdn.co.jp/di/newstopics/45615/

http://www.ossnews.jp/oss_info/article.html?oid=6547

この記事を書いたライターライターだ。今回のバージョンアップMac対応記事で「純国産」と書かなかったところもあるが、純国産のまま記事を出すようなところは校正もろくにできないということだ。

トップページ文章意味不明文章がいくつか見られる

揚げ足取りレベルだが、あえて書く。

「基本」と拡張性を備えたChromium?

トップページの「なぜオリジナルブラウザをつくったのか」のくだりに、

Kinzaは基本と拡張性を備えたChromiumベースとして、便利さ・安全性を実現しました。

という文章があるが、「基本」とは何だろうか。Chromiumのうたい文句は「スピードシンプルセキュリティの 3 つに重点を置いて開発されたブラウザ」であり、この文章の示す「基本」が何のことか全然からない。単純にChromiumのうたい文句引用すればよいものを、言い換えて意味不明文章になってしまっている。

ホスピタリティ?

世界の主要ブランドに比べユーザーとの距離が近く、日本ならではのホスピタリティを感じられるブラウザです。

出たー。パッと見て意味わからん文字使う文章ちょっと前までうたってた「エターナル青春系」に通じる「意識高い系」(俗称)の感じと似ているが、意味がないわけではない。ホスピタリティ一言でいえば「思いやり」「おもてなし」という意味で、サービス業業界用語らしい。

前後文脈で言いたいことはなんとなくわかるが、この文章を見てすぐに意味が通じた人はどれだけいるだろうか。

「Noスパイウェアの文面がYes!スパイウェア」がまだ直っていない (※2016/06/15時点)

前回指摘した文章

ユーザー許可なく送信されるスパイウェアアドウェア排除や、Kinza無関係ソフトウェアの追加インストールしません

が、いまだに直っていない。この文面では「スパイウェアアドウェア排除しません」とも取れる文章になっていることがまだわかっていない。誰も疑問に思っていないのだろうか?国産から安心だと思い込んでいないだろうか?

やはり、D社にはホームページ校正できる人員はいないようである。それだけChromium派生ブラウザの開発が大変だということなのだろう。

一向に登場しないポータブル版、64bit版、ベータ版

これらはサポートコストメンテナンスコストに見合わないということで、これからも登場することはなさそうだ。サポートをきっちりとやっているような印象を与えることには成功しているが、せっかく興味を持った潜在的ユーザーを逃している。サポートしないことを明記したうえで公開ぐらいしてもいいんじゃないかと思うが、D社はそうは思わないらしい。


Mac版が出ようが平常運転ユーザー意見により機能ますます肥大化するこのブラウザは、どこに向かっているのだろうか。

シンプルにして軽くしてほしい」と「もっと機能がほしい」という矛盾する意見が出てきたときにどう対応するのか。まだまだ行く末は気になる。

そもそもが体育の単位取得に足りない成績+妊娠により通常の実技ができないってことだから学校は休学を勧めたみたいだけど

例えば元々真面目に授業受けなかった生徒がバイクで転んで怪我して授業出られなくなったら留年くらい当たり前だと思うんだが

それとなにが違うんだろう?

学校は公平に判断しただけ(むしろ生徒に対して手厚くサポートしてた方)に思う

2016-06-15

JFAグラスルーツ。4種の末端から見える景色

http://www.jfa.jp/football_family/grassroots/gr_play/

JFAグラスルーツ『補欠ゼロ賛同パートナーHP

思った通り、地域でもスタッフの数や体制が整った「強豪チーム」の名前ほとんど。そりゃそうだ、コーチの人数も、練習場所試合の会場も相手運営ノウハウもしっかりしてる。複数カテゴリで同等の相手を見つけられる選手層の厚さを持ってる。こういう取り組みも、早くからアンテナ張ってたりあるいは地区協会からあらかじめ粉かかってる。

本当にサポートして欲しいのは地元小学校で細々続いてきた少年クラスなのにな。セレクション最終選考クラスから、軽度の発達障害を疑うレベルまで居て、ようやく8人ギリギリで在籍していて、コーチ複数学年掛け持ちで相手にしてくれるチームの選択肢が近隣小学校少年団くらいしかなく年1回の市大会や県大会ボッコボコにされちゃう楽しいのかなんなのか。

そんなチームが、いちばん最初ボールを触る、グラスルーツなのに。チームの運営指導の骨幹、選手の育成メニュー課題が山積しているのは、上記に挙げられたチームより下のチームなのにな。残念。

地元の小さな少年団は合併、縮小する一方。ここに長年取り組んできた地元大人たちへのリスペクトは無いんだよね。なんかモヤモヤするんだよ。いろんな弊害もあったろうけど...。新しい、地域クラブチームの皆さんは本当に良い指導をされていると思うし、尊敬します。結果も出てるしね。目指せ全国!!海外!!

何か疲れるわー。この勝利至上主義大会遠征引率も疲れるわー。ウチそんなテンションサッカーしてないもん普段。「真剣じゃない」とか叱られるんだろうけど。大会エントリーしなきゃ良いんだよなぁ。この辺がチームグダグダになってるとこでもある。ほら、迷走してるでしょ?さぁ、協会の偉い人、一緒に考えてくれる?

少子化の進行とともに4種の再編は加速度的に進むんだろな。昔ながらのお父さんコーチや近所のサッカー好きオヤジの屍を踏んで。

2016-06-14

請負の話

プロジェクトマネージャーと呼ばれる人間が持ち帰り請負案件を1人で10件以上抱えていた。

他にプロマネ存在しない。毎日毎日遅くまで残業して数をこなしていた。

ある週次の会議にて、持ち帰り部隊予算を達成するにはもっと案件を取ってこないといけない、という旨の話があった。

1人プロマネ管理職に昇格した直後、そのプロマネ退職してしまった。

以前、その方は「社内だけに目を向けずに外を見ないとだめだよ」とおっしゃっていた。


数か月前からサポートして入っていた人員プロマネとしてアサインされ、数多の請負案件を引き継いだ。

毎日毎日遅くまで残業して数をこなしていた。

ある週次の会議にて、持ち帰り部隊予算を達成するにはもっと案件を取ってこないといけない、という旨の話があった。

1年後、そのプロマネ退職した。

以前、その方は「いつまで君はこの会社にいるのかな」とおっしゃっていた。


別の人員が突然数多の請負案件と一緒にアサインされた。

毎日毎日遅くまで残業して数をこなしていた。

ある週次の会議にて、持ち帰り部隊予算を達成するにはもっと案件を取ってこないといけない、という旨の話があった。

http://anond.hatelabo.jp/20160614194125

周囲の環境とは全く関係なく、大学に投下された公金(税金からの補助が問題なんでしょ。

その学歴を得るために税金からサポートがありました。乗数効果的にその税金を納めるまでに収入を上げてくれるのが国策意図だ。

その会社で勤務してそれだけ納税できる予定なら無駄遣いじゃないし、できないのなら無駄遣いだ。

私大を出たのなら(何歳からそうなるかは別にして)年収600万円を10年くらいは続けてほしい。国立ならば800万円で10年くらい。それだけのはなしだよ。

内々定先にADHD伝えるべき?

ちょっと前にADHDが発覚した就活中の大学生医療機関正式に診断を受け、診断書もある。

今まで感じてた違和感の正体がわかったのは良かったし、薬によるサポートがあるのは心強い。

ここでふと思ったんだけど、内々定をもらっている企業にはこの事実を伝えるべき?

http://anond.hatelabo.jp/20160614152104

AutoDesk「売り切りが欲しい人は別のところ行ったってや。ウチは売り切ったもんを五年越しとかでサポートするの辛なってんねん。OSの分断化も激しゅうなっとるしな」

マイクロソフトコミュニティフォーラムいじめはすげえな。

回答者が間違ってるかニワカなのに敬語で太字にして逆ギレしてる奴とか結構いてヤバイ感じ。

トラブルシューティングの開口一発目で一番多いのがチェックディスクしてくださいという低品質サポート担当

おいおいそこは最新蟹ドライバがないからじゃねえのか、という常識的な解答など殆ど見られない。

きっちり他の環境で動いているアプリを引き合いに出して、「古いWindows対応しかうたってないのでそれが問題ですね」、としたり顔。

そこじゃねーよw 無法地帯過ぎてこっちが書き込むのも躊躇するわ。なんでこの程度の低さで公式なんだ。

2016-06-13

人質マルウェア? よく知ってるよ

先日この界隈を騒がせたあのニュース、ほら、Google社員パーティをしながら顧客情報を開けて酒の肴にしてたってやつだな。

それでみんな驚いちまって、抗議するものの一週間程度で火が消えちまった。

そりゃそうさ。何しろみんながみんなGoogleWebOSに頼りきってしまたからね。

数十年前に流行り始めたサーバ全面SSD化とついに実現しちまったクレイジー技術Google Loonで俺たちはでかいマルウェアを食わされたようなもんさ。

だけど連中ときたらローカルデータなんて持ち合わせてないもんだから講義しようにもどうしょうもないってわけだ。

紙にでも書くかい? それともビル・ゲイツみたいにパンチカードに記録するかい? ハハ。今なら億万長者が狙えるだろうね。

僕が何から書き込んでるかって? 簡単さ、サポートの終わった "堅牢な" そしてネットだって自由に拒めるWindowsからさ。

それといつスピンアップしなくなるかもわからないHDDってポンコツと一緒にね。

おいおい、よせよ。だれがジョンタイターだって? もう50年も前のネットミームじゃないか

2016-06-11

バカに育てられた話

私はバカに育てられた。テレビで「8歳の子大学合格した」というと私に8歳で大学合格させようとする。ただし何のサポートもせず、「努力すれば8歳で大学合格できる!」という思い込みのみ。そういう自分は「今日疲れたから」とコンビニ弁当を私に渡す。小学二年の大半はカップラーメンコンビニ弁当だけで過ごした。勉強はできたけれど、たまたまテストができないと絶望された。「この世の終わりだ」と言われた。総理大臣をどうやって選ぶかも知らないお前に言われたくないわ。

そいつ小学校の時に塾の先生に「防衛大学合格できるレベルです」と言われて浮かれるやつだった。「月に10万円もらえるのよ!すごいわ!防衛大学を目指しましょう!」、そういって防衛大学を目指させるやつだった。しかもその10万円が自分の手元に入ると思うらしく面談の後早々にブランドバックを買いに行った。ちなみに防衛大学のことを「お金がもらえる普通のそこら辺にある大学」と思っていたやつだった。あーーーーーーーー、なんでこいつに育てられたんだろうなぁ、私の人生の汚点だ。

http://anond.hatelabo.jp/20160611180708

なるほど、Windows 8/8.1の場合2023年1月10日まではよけいなことをせずに使えるようにしないと駄目だってことですね。(Windows 7 メインストリーム サポート終了のお知らせ - Microsoft https://www.microsoft.com/ja-jp/windows/lifecycle/eos/consumer/

しかにそう言われたらそうだなあ。