「憎悪」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 憎悪とは

2017-03-28

憎しみについて。

factはもうどうでもいいのだろう。

各人が自分にとって好ましいと思われる主張だけを取り入れ(「好ましくない」主張は排除し)ひたすらにナイーヴな、個人のinterestのみにかかわる声だけをあげつづけている。

現代もっとも重視する感情は「ヘイト」だ。「ヘイト」は被害者意識から発する。「わたしが手にするはずの権利利権が××によってそこなわれている」。その××が憎悪対象となる。それを裏付け根拠付けるはずのfact論理手続き正当性といったものは全て無視される(結論の正しさは必ずしもそれに到るまでの手続きの正しさを保証しないというのに)。

自分のinterestをおびやかす(ものとされている)相手――もっといえば「わたしが嫌いなあの人(たち)」――を叩いて、自分存在承認してさえくれれば――それはあくまで「承認」だけにとどまり、その先の恩恵は何一つ(それこそfact論理による)保証をもたないのだが――手続きレベルでなされた詐術や背後の事実関係などをすっ飛ばして、直ちに支持してしまう。

未だに(不幸なことに)「大きな物語」と「小さな物語」の対置というリオタール的な図式は有効で、実感のない「大きな物語」より自分にとってより切実に感じられる(ように錯覚される)「小さな物語」としての"身の周りのこと"を優先する態度だけが前面にあらわれて、その「わたし」「わたしの嫌いなあの人(たち)」「わたしの嫌いなあの人(たち)を――事実裏付け論理的正当性はともかく――叩いてくれるあの人(たち)」の三項からなるごく卑近な図式を通してしか、他のレイヤーに存するはずのあらゆる社会的問題も捉えられない(ああ懐かしの「セカイ系」!)

ライフハックとかQOLとかに端を発する「個人の(あなたの)生活第一!」という恐ろしくプラグマティック思考が幅をきかせ、みんながみんな自分(と、自分と利害を共有する「身内」)にばかり甘くなる。「身内」によって構成された「内輪」の外にいるのは、「わたし(たち)と利害を共有しない」がゆえに「わたし(たち)の生活を害して利を得ている」ものてされて――その判断客観的事実による裏付けは全く必要ない――「ヘイト」を集め、排除された人びとだ。その「排除された人びと」もまた別個の「身内」どうしで固まり、これらの集団はそれぞれ互いを憎み、排除しあう。かくして現代の「分断」の構図は生まれるのであった。

もちろんこの文章もまた、何らの論理的正当性個別的客観的factによる裏付けももたない、何か実体のない相手に対する「ヘイト」と被害者意識から書かれ、そしてわたしとinterestを共有する「身内」に向けて発せられた言葉にすぎないのだが。

2017-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20170325134552


私は心理教育関係に関わっていますが、あなたと同じような危惧を共有しています

やはり心理教育問題を抱える人々と関わっていると、どうしてもそうした貧困問題対峙せざるを得ず、

またそうした人々は倫理道徳といった概念を身につける以前に生きていくだけで精一杯で、

その過程で人の心を驚くほどたやすく踏みにじったりすることが日常茶飯事です。

また、踏みにじった方も多数の踏みにじられた経験を受けた被害者であることがほとんどで、

そうした背景を理解していないととてもじゃないけれど世間流通している「普通常識」では携わることはできない世界です。



はてなにおいてはそうした普通常識では測れない世界に対する理解がありそうなところだと初めのうちは思っていたのですが、

あなたの仰る通り、「価値観に対して寛容では無い」ことが散見される点が常に気がかりでした。

普通常識では測れない世界に対する理解はありがたいのですが、

それに対する無理解があると過剰なバッシングというのでしょうか、攻撃性というか、不寛容性には強い不安をいつも感じていました。

先程も述べたとおり、常識理解しない人間は、常識的対応をされない日常に日々身を置いているのです。

いわゆる爆サイ系の人々は弱者ではあるでしょうが、彼ら弱者は驚くほど弱者に対して冷酷でもあります

弱者は蔑まれて当たり前だという世界に生きているのです。

この残酷さが、はてなの人たち、あなた方は本当に分かって下さっていますかと、涙がでるほど情けない思いをしたこともあります

あなたたちは、理解しようと言った人を、一方でこんなに手酷く攻撃するのですか、と。

常識で測れない世界を、理解してくださっているのではなかったのですか、と。

弱者は守られるべきなんて優しい言葉はひとかけらも見当たらない世界なのですよ、ここは。



世界残酷で当たり前だと頭と心に叩き込まれて、

それでも苦しくて苦しくて助けてほしくて救われたくて、

蔓延する不信感の中から絞り出すようにして私の職場の扉を叩いて訪れてくる人の気持ちを、

あなた方は本当に理解してくださっているのですか、と。

一筋縄はいかないのですよ。

助かりたいと思いながらも、弱者は見捨てられて当たり前という心身に刷り込まれた恐怖の掟は、

助かりたいという自分自身気持ちもズタズタに切り刻み、責め苛むのです。

弱者なんか死んだ方がいいという考えが、助けて欲しいという気持ち破壊しながら常に心の闇から吹き出してくるのですよ。

私も攻撃を受けます。お前だって私なんか死んだ方がいいだろうって。

攻撃受けたら私だって人間です、傷つきますよ、腹が立ちますよ、でも、

そんな凄まじい闇を抱えながらも、助かりたい気持ちを一縷の望みとして持っている人間を、どうして憎めますか。涙しか出てこないですよ。胸を裂くような悲しみばかりが溢れて出てきますよ。そして、絶対こんな不幸なものは一日でも早く解消して欲しいという思いが募りますよ。

つらい日々があっても、何とかそうしたいと思うから続いているんです。

弱者に寄り添うって、そういう覚悟気持ち必要じゃないですか?



あなた投稿を見て、私も普段澱のように溜まっている気持ちを少し吐き出してみたくなりました。

しかしたら、はてなにいる人々も、教育所得はそれなりに備えていても、

心の中の弱者に対する憎悪というものは解消できずにいるのかもしれません。

お行儀の良い弱者だけ助けるのであれば、そのはてなの人は、お行儀の悪い弱者というものは今もなお許せず、

それがために「口汚く攻撃的な様」を見せるのかもしれません。

2017-03-24

http://anond.hatelabo.jp/20170324230105

でもさ、でもさー

まとめサイトにはあんなに憎悪を露わにして撲滅に躍起になっているのにだよ

爆サイ知らないって本当にあり得るのかな?

国会証人喚問して質問してみて欲しい

2017-03-21

憎悪と一緒に人生への執着もなくなってしまった話

父への復讐人生の目的だった。

父はキャパが小さく、自分問題で手いっぱいになるとパニックになって家族に当たり散らすタイプだった。

中高生時代毎日死ねばいいのにと思っていた。

最近、昔ほど親への憎悪自分の中にない。

一番ひどかった中学生の頃はいつでも胸の内にマグマのような怒りが煮えたぎっていたのに、あの強烈な感覚を感じなくなって久しい。

昔よりいろんな事情が見えるようになって諦めを覚えたのか。怒りを燃やし切って勢いがなくなって、もういいやという気持ちになったのか。

大人になったのかもしれない。でも、今、自分人生を占めていたそれがなくなった分、自分空っぽさが痛烈に身に染みて、痛い。

今まで親のことにエネルギーを割いていたが、他の子自分人生エネルギーを注いで、充実させてきたのだろうか。

私は自分人生をさぼっていたのだろうか。親のことを言い訳にして。

漠然と、父を殺して自分死ぬ将来のイメージが頭の隅にあった。働くとか結婚するとか、そういう幸せイメージじゃないのが自分でも悲しい。

それでも一つの目標ではあった。今はそれがなくなった。

なんとなく20歳そこそこで死ぬと思っていたけど、結局死ななかった。

恐らくこれから先も生きる可能性のほうが高そうだ。

から前向きに人生検討しないといけない。

でも今まで人生って苦行だと思っていた(そのほうが辛い目にあったときダメージが少なくて済むから人間にとってはくそ難しいぞこれ。

しかしだからと言って父への恨みつらみを原動力にしていた頃には自分はもう戻らないだろうな。

人生振り返った結果虚無感に襲われているなう

2017-03-18

憎悪エネルギーにして生きている

最近自己反省が出来なくなってきた。人のせいにして恨んでばかりだ。

しか自分の不幸は自分のせいだと気づくと絶望無気力で生きていけない。

から本来自分のせいであることまで憎悪が膨れ上がってる。

恨むと、一応無気力にはならない。

自分を変えようとしているのだけど、誰かを見返したいとかは思わない。その代わりもう少しマシな人間になったら、昔の知り合いや親がいないところに行きたい。

ああ、人生やり直したいなぁ。

歴代総理大臣で一番嫌われてたのって誰なんだろうな

正確には“嫌われている言論が多く観測できる”のは誰なんだろうな

安倍総理への相当なヘイトを見ていると、過去はどうだったんだろうかと思ってしまったよ

小泉なんかもやっぱり相当嫌われていた気がするなあ

福田とか鳩山なんかは嫌われていたというよりも呆れられていたという感が強くてあまり今みたいな憎悪は感じなかった

2017-03-05

この国のミソジニー根深


ミソジニー大国のこの国では「痴漢冤罪」の話は大人気。

まとめサイトはもとより、大手メディアも大々的に報道する。創作会でも大人気のネタだ。

「女は被害者ぶるな。男こそが被害者だ。女尊男卑だ」と主張するのにうってつけのネタから痴漢事件が起こるたびに、女が痴漢被害を訴えるたびに、冤罪というコメントがつく。

「本当に痴漢されていたのだとしても女はさんざん冤罪で男の人生を壊してきたのだから自業自得

「女はいいよな。痴漢されたと叫べば周りが味方してくれる」等等。

本当か?むしろ、「冤罪と叫べば無条件に味方してもらえる」「痴漢を訴えても冤罪と思われる」のが実際ではないか

(ただし、2ちゃんを見て実感したことは、どういうわけか警察関係者痴漢事件にはあまり冤罪認定は湧かない)

そして執拗憎悪コメントをしてくる人の中で、実際に冤罪人生を壊された人は一人もいない。ねぽりんのあれも16年前の事件だし。

痴漢常習者が首にもならず家族も失わず野放しになっている、今は容疑者の手に着いた繊維などで証拠を集める、という話を聞く。そっちの方が信用性が高く見える。

「女に冤罪を被せられる!」という声はもはや痴漢だけではなくなっている。

少し前、「女子男子トイレに入って中で用を足していた男性逮捕された」というツイートが何万RTもされた。根も葉もないデマなのにもかかわらず大量に拡散され信じられた。各地まとめサイトがそれをまとめ、類似ツイートが飛び交った。

ネット上のデマまとめが嘘だとツイートするも数百RTしかされず、今も女尊男卑事件として多くの人々の心に残っていることだろう。

その後、自爆事件を起こした元自衛官DV冤罪被害者であるというツイートが何万RTもされ、記事にもなった。はてなDV証拠がまとめられ、ゲンダイ冤罪は嘘だと記事にされた。

意外だったのがミソジニー本部と思われがちな2chの方が懐疑的コメント、元自衛官批判するコメントが多かったことである。ただし男女板住民には「女様の言うことがすべて本当だというのか!」と話は通じなかった。

そして、「女児荷物持ちを頼まれ冤罪を着せられた」というツイート

これは比較的すぐにツイート主のおかしいところが指摘され、デマということで落ち着いた。

ミソジニー大国日本において幼女は愛されており、また老女は意外と憎まれていない(BBA、という言葉の刺すのは大抵中年女性だし)ことが関係しているのか?

もうこれらのデマは「韓国人井戸に毒を入れた」というヘイトデマと同等に扱うべき。今やネットではミソジニーレイシズムと同等、いや、それ以上に深刻なのだから

BBCCNNNewyork Timesは日本人からみれば昔からFake news

BBC児童ポルノ云々がホットですね。

結構前に毎日変態新聞があったけれど、上の報道機関って「日本相手」になると毎日変態新聞並のFake newsを昔から散々流していたよね?

あることないこと好き放題ゴシップ憎悪で書いていたよ。大西とかより前から

2017-02-28

あ~うんこ

あ~うんこうんこという名の響き

臭くて茶色い君でさえ



あ~うんこ、その魔法言葉を唱えると

愛嬌のある愉快な物質に変わってしま



あ~うんこ、すごくいいよ

その名を口に出すたびに、口元には笑みが浮かび、どんなに沈んだ気持ちも湧き上がる



あ~うんこ、愛しい君は

いつもそばにいてくれる、体の中から見守ってくれる



あ~うんこ、いつからか君は

すごく大胆になってきたね



あ~うんこあんなに恥ずかしがり屋だったのに

時々、お外で顔を出そうとするね



あ~うんこあんなに愛しかった君に

これほど憎悪したことはない



あ~うんこ君は僕だのもの

他人視線さらしたくはない



あ~うんこ、俺の体から離れるな

離脱した途端、君は俺の一部ではなくなるのだ



あ~うんこ、そうせかさないでくれ

君の居場所はここじゃない



あ~うんこ、もうすぐだよ

君の本来の行きつく先



あ~うんこ、そこは

あ~うんこ、ちがう

あ~うんこ、もう少し待てなかったのか

ああああぁぁぁ‥‥



あ~うんこ、それでも君が愛おしい

これからも、そばにいておくれ

2017-02-25

セクハラされているぐらいのほうが楽だから良い。」

フェミニストはどうしてネット上の女尊男卑指摘などという、くっそどうでもいいものと戦おうとするのだろう?

戦うべき事柄現実社会の中にいくらでもあるだろうに。



例えば明大集団昏睡事件慶應インカレレイプ事件など、毎年のように習慣的に繰り返されている大学サークル内における強姦事件を予防する為の取り組みとか、

西原理恵子が期せずして暴露してしまったいまだはびこる芸能界での枕営業強要とか、

それらに象徴されるような女性尊厳をすさまじく損なうような事柄というのは、まだまだ溢れていると思うのだけど、

なんでまた表現規制だの男性憎悪だのといった果てしなくくだらないことに躍起になるのだろう?それって女性の権利擁護する為に必要な事?



もっともっと男を苦しめて本当の「女尊男卑」にした方が男もちょっと大人しくなる気がする。



と言っているから、いまフェミニズム的な言動が男を苦しめているという実感があるみたいだけど、例に挙げたような真の女性蔑視者たちは一切苦しんでないと思うよ。

苦しんでいるのは女性とあまり縁のない弱者男性だけだろうね、一体なんでフェミニズム弱者男性蔑視別称になってしまったのやら。



友人にとても美人女の子がいるのだけど、彼女セクハラについてこう言っていたよ。

セクハラされてるぐらいのほうが楽だから良い。」って。

どういう事かというと、別にセクハラされても何も気にならないという意味ではなくて、もちろんセクハラは嫌だし気持ち悪いが、

いざ本当に気に食わない場合は訴え出れば自分は"被害者"という有利な立場に立てるし、

平素はそれさえ我慢しておけば女の子としてチヤホヤされ、大抵のことは大目にみられるので楽である。って。



私は、なんて意識低いんだろうこの子は、と思ったけど、でもこの男女差別的な社会で生きていくには正しい処世術なのかもな、とも思ったね。

フェミニストってそういう世の中を変えたくてフェミニストやってるはずだったよね?でも実際はこの子とやってること変わってないんじゃない?

被害者という美味しい立場を手放さないことそれ自体フェミニズム目的になってしまってるように見えるな。



http://anond.hatelabo.jp/20170224151556

2017-02-21

      _______ 
    __/          \_ 
   /  .|            \ヽ 
  ,|   _| __l┴┴┴┴┴┴┴| | 
  |   l `| |  ヽ.___/ヽ__/|  | 
  |    ヽ6||   ( ●) || ( ●)l  |  
 ,|    |` 〈     ̄  | |  ̄ .〉 |       / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 
 |     .||    ヽ__,/(`  ´)ヽノ |     < 私は男性憎悪する
|     |. l    {ヽ   `─´/|  |       \________ 
,|     | ヽ   ヽ/=====ヽ/  | カタカタカタ 
|     .|   \.  ヽ=====/.|   | _____ 
.|    .|    \_________/ .|  |  |   \  \ 
|     .|   // \ /ヽ\|__|  |     | ̄ ̄| 
.|     |  /  \  ∞ノ     |  |     |__| 
|     |  | \   ̄ ̄ ̄ミつ   |  |__/  / 

                        ,,一=-,,  _,,,-一<
                     ,イ"     ,,y"     ヽ
                  _,,心く-=="'''一女_,,--=こ-   i.
                /  ,    '"⌒`ヽ  \ _,,::ン⌒い
               /  , /        ヽ ノゝ /   { \
 ,-一='''" ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`''''f'  / /    i      i ノ} }/    ヽ ヽ
              /  ./ ,ソ    ! i     ヽ"! i      i  }
、   \     _,,..ーフ  / /| i  / ト |  i  . v /      | ノ
..ヽ    `ょ一''"   ィ'  i ィハ ソ ノノ | リ i |  i | ノI      | ノ
  、     \    i !  ||`メ、ソル / ル レ i  i 杉|      i /  
  ヽ      ヽ   |i   !|弋tッiハ/ ー-ミ_!_ ノ  ノ|! ,|      |./ 
   \     \  i|ト  .!i `ハ" 弋tェァメソ  レ|i /|      ! ト,
    ヽ      \ソ|iゝ i リi ノ      フノ  /f 乍 |      | /i    私は男性憎悪する
     \      ゝt! い ゝ`     イ/  /彡y/ |     |V i
      ゝ      ヾ,| i  |ヽ`フ   / / i/  !/ |     |ヽ  ヽ 
       \      | | i ! ゝーイ.イi  / ト、| i  !     | ヽ ヽ
         \     i | | ! ヾミー" | i i i  Yレ'1     ド  \ 、
          \  、 !|i | <~::/ /|| | ! / !::{ '      |ヾ   ヾ
            \ ヽゝi |イ::/ /ノ i| レ´ /::::)  ,     | \   \
             ヽ /:::ゝ!:/  /  フi |  /::(::i  /     i   \   \
             /::ソ:::::/)) / /,ィ|| /::::ノ::! {     !}    }    ヽ  
           /:::::(:::::::::/" ,,..i/" ノリ/:て::::ゝ i    / |    |     }

男性存在であるということ

男に生まれたら自戒し続ける、己が存在呪い続ける、女性謝罪し続ける

性別という原罪を背負い、一生を奴隷身分でとどまるべきだということ

自らに内秘めた暴力性を自分に向ける、それが義務

去勢し、なるべく男を減らしていくということ

私は男性憎悪する

2017-02-20

er ist wieder da

er ist wieder da

かなり一気に読み進めてしまった

今日休肝日であることもあり

今日中に読み終わりそうだ

表向きはコメディーということになってる。

しかしその実、どうか?ヒトラー時代のようなことを

二度と起こさないように警告してる

のが趣旨とも思えないしな

ヒトラー流のプロパガンダに愚かな国民

騙されがちだ!だから気を付けろって主張か?

それも違うような気がする。

あの時代問題解決戦争という手段に訴えるのも

普通だったし、ユダヤ人に対する憎悪ってのも多くの人が

抱いてたんでしょ?

当時のドイツ国民は騙されちゃっただけで悪くないよって

いうのもなああ なんか納得できない

2017-02-19

人間の本性は悪であり憎悪…もう誰も信用できない

ネットでも憎しみあい

現実でも憎しみあい

人類なんて誕生しなければ良かった

生物として脳が発達したせいで過去未来不安ばかり考えてる

生物として本当に不幸だと思う

不安憎悪を生む

こんな人類が100億人まで増え地球を覆い尽くす…地球環境破壊され戦争ばかり起きる未来しか見えない

ネット自分こそが正義で潔白だと思ってる連中も誰かに憎悪をぶつけて叩きのめしたがってる

ニュースを観てると親か子の命を奪い子が親の命を奪う話ばかり

人類は親子ですら憎しみあう

金正男さんは弟さんにやられた

正男さんは平和を望んでいたそうだがそれは叶わなかった

人類の本性は悪であり憎悪から平和社会など絶対に実現しない

2017-02-17

カズレーザーがかっこいい

カズレーザーってバイなんだよな、確か。

この男性はアリ、ナシとか言っててさ、「そうだ、もっとやれ」って思った。



世の中ゲイとかバイってカミングアウトしたら、「俺のこと狙うな」とかい男性が割といるわけ。

もう知られている事実だろうけど。



でも、それでもいるわけよ。



いやいやいや、考えてみ?

女の子全員好きか?穴があれば誰でもいいか



たまにそんな人はいるけどさ、でも大多数は選ぶだろ?



同性愛だって、選ぶ権利も当然のごとくあるんだよ。

もう知られている事実だろうけど。



カズレーザー、かっけえなって思った。

男性として男性が好きだと、主張してるのが、ちょっと輝いて見えた。



あんまり笑い者にしてないというかさ、テレビも受け入れるようになってきたっていうか



からさ、もっと広まってくれたら、俺としては嬉しいなって思ってるわけ。



生理的嫌悪憎悪は仕方ないと思ってるよ。

押し付けはしない。近づきはしない。だけど、笑わなくてもいいじゃない?

獣のような扱いしなくったってもいいじゃない?



誰がお前なんか襲うんだよ、って言いそうになったこともある。

「あーそういう人もいるんだ、自分には関係ないけど」くらいでいいの。

怒ってる相手にいきなり合理的説教するな

男女対立でも貧富論でも世代対立でもオタ非オタ対立でも外交問題政治論でもそうなのだ

世の中のなにかに対して文句をぶちまけてる人間に対して

「確かに問題はあるけど極論や叩きに走っては関係するどの陣営の態度も硬化するだけ。

現実的解決は本当にわずかずつしか進まないけれど、根気強く取り組んでいこう」

みたいなこという人がいるけど、怒ってる相手にいきなり合理的説教をするな。

極論や破壊行為に走るくらいの、心の全てを支配するほどの怒り恨み鬱屈憎悪があるんだよ。

もう一秒たりとも我慢しがたいのに「ゆっくりとした解決のため」とか言われて頷けるわけないだろう。

丁寧な物事の考え方とかできるわけないだろう。

余裕のあるやつが余裕のある場所から余裕の笑顔で神経逆撫でしてきてるようにしか見えない。

合理的説教をするなら怒りを解消させてやってからしろ

2017-02-15

遺書

私は女叩きに絶望して自殺する。

冗談だと思う?本気です

ネットをやめればいい?でもネットの向こうにいるのは現実人間ネットの外でも女叩きする男の情報をいくつも読んだ。

女叩きしない男なんかほとんどいない。特に若い男は。

彼らは捏造をし、自分たちが常に被害者であると喚き、気に入らない女にはすぐに「これだからま〜んは」と顔を晒し嘲笑し、女が被害者でも女が悪いと喚き、反発すると「ま〜ん笑」と嘲笑しまくった。

バンクーバー日本人女性が殺された時、見るも絶えない下劣被害者叩き、女叩きが溢れかえった。反発するコメント嘲笑され、被害者叩き、女叩きが当たり前で正義だと彼らは言っていた。その時、日本女性に生まれるということは憎悪嘲笑性的搾取サンドバッグになるということだと知った。

女叩きを見ないサイトなんかない。はてなだってそうだ。

若年層ほど、ミソジニーに毒され救いようがなくなっていく。

そしてその若年層が、やがて政治家になり法律家になり「女尊男卑是正」の元に女を苦しめるだろう

こんな日本未来はない

女叩きを否定するコメント(できれば男性の)が見たくてネット中回った。そのたびに女叩きを目にする羽目になり傷ついた。ひどさは際限がなかった。絶望しきったと思っても、さらなる絶望に落とされた。

私はすっかりミサンドリーに侵された。ミソジニーが野放しなのミサンドリストたちは執拗攻撃されまくった。昔は男性差別にも憤っていたのに、今は男がどんなひどい目にあおうとざまぁしか思えない(だって女性被害にあうとま~んが悪いとかキチョマンとか言われるんだから)。女叩きを嫌というほど見すぎて脳に損傷ができたかもしれない。頭から離れない。笑えない。日常生活に支障が出て、いい大学に通っていたのに、立派な未来を夢見ていたのに、道も踏み外してしまった。男が怖くて就職もできない。

男の人と結婚して子供を産みたかった。でも男嫌いの私にはもう無理。万が一素晴らしい男性を見つけて結婚しても、子供は産めない。男の子なら虐待しそうだし、女の子ならこんな国で生かせるのがかわいそう。

私がこの遺書を残して死ねば、少しは女叩きは社会問題化されるだろうか。韓国の様に。日本ミソジニー軽視のされ方は異常。みんな同意してるんだろうか。

でもミソジニーどもには響かないだろう。自分たちが人を殺したとは考えもせず、「ま〜ん笑、メンタル弱すぎ」「男性差別のホーガー」「俺らのほうが差別されているのにマンコは甘やかされているからこんなことで死ぬのか(さんざん自殺率の高さを男性差別根拠にしておきながら)」「ま〜んが自殺するのは望ましいからどんどん女叩きしようぜ」ってなるに決まってる。

さようなら日本。次に私が生まれ変わる時までにはもうちょっとマシな国になるか、でなきゃ滅べ

2017-02-14

歩行者自転車に道を譲れ

我が物顔で車道を歩きやがって、自転車の通る道がないじゃないか

なになに、車道を走れ?

片側1車線で歩道車道結構な高さの段差があって、ちょっとでも車を避ければサイドから段差に激突する上に植え込みまであって普通に漕いでるだけで足がぶつかりバランスを崩す上にちょっとでも車の邪魔になろうものなら即クラクション鳴らされて。

それで安全歩道を走れば幅いっぱいに広がって歩く歩行者がいて、控えめに「チリ……」とベルを鳴らしても気づいてもらえず、歩道が狭いから降りて押すなんて幅もなく、最徐行で横を通ろうとすればビクッてされて「うわっびびった」なんて言われて。

ちょっと大きめに鳴らそうものならブログで「ベルを鳴らすのは違法だ!」と言われ、自転車をこの世からなくさんばかりの憎悪ブコメを見せられ。

一度「すいません」って声かけたらおばさん三連星に睨まれそれから下手に声もかけられず。

もう自転車が気軽に走れる道なんてないんだよ。



最初に道を譲れと言ったな、あれは嘘だ。

せめて「チリ……」というかすかなベルの音が聞こえたら、内心では死ねと思ってくれてもいい。

ちょっと脇を通らせてくれないか

もうわざわざ幅寄せしてくるようなアホ運転手に怯えながら自転車に乗りたくないんだよ……。

臭い若い女が増えた

僕は接客業飲食ではない)をしている。働いている店は、なかなか格調高い雰囲気の店だ。

少なくとも、気軽にスウェットサンダルで来ることができない店だ。客の身なりもそれなりに良い。

それは、今も、僕が働き始めた頃も同じだ。



だけど、最近違和感を感じることがある。

臭い若い女が増えているのだ。

何も、僕は女の頭を引っつかんで頭頂部に鼻をつけて臭いを嗅いだり、

おもむろに女の片腕を掴んでバッと手を挙げさせて、脇のくぼみに鼻をつけて臭いを嗅いだりしているわけではない。

対人距離定義で表すならば、遠目の“個人的距離”~“社会的距離”をあけて客に接している。



どんな臭いなのか。

所謂わきが臭いではない。そういう人は今も昔も臭いは変わらない。これは遺伝なのだから仕方のないことだ。

そうではなくて、恐らく誰でも嗅いだことがあるであろう「しばらく風呂に入ってない臭い」だ。

酸化した皮脂の臭い。恐らく大部分は頭部から発せられていると考えられる。



臭い若い女は、服装もちゃんとしている。だけど臭い

僕は、この臭いが大嫌いだ。

ホームレスならば仕方がない。明らかに貧乏ならば仕方がない。

でも、綺麗な装いをしているのに何故臭いのか。許せなかった。



そんな風に鬱屈した日々を送っていたら、あるときネットの広大な海でたゆたっている最中に「湯シャン」なるワードを拾った。

湯シャンとは何か。

色々なやり方(酢やクエン酸を使うとか)があるようだが、究極的にはお湯のみで洗髪するということを指しているようだ。

シャンプーには色々な化学物質が含まれていて髪や頭皮を痛める。ハゲる。

五木寛之(頭を年1回くらいしか洗わないことで有名らしい)やホームレスがドフサなのは、頭を洗わないせいとのこと。

ここ数年、若い女性湯シャン実践している人が結構いるらしい。



僕は激怒した。

若い女が臭い原因の一つは、奴らがシャンプーをやめたからだ。

若い人間は、皮脂の分泌が旺盛だ。それをお湯だけで洗う?

ふざけるな。

お湯だけで頭皮の脂がとれるはずがない。

シャンプー石鹸には界面活性剤が含まれており、これは分子疎水基と親水基の2つを持っているために脂汚れを落とすことを可能としている。

水だけでどうやって落とすんだよ。

しかも、顔と違って頭には髪が生えていて、頭皮の脂が髪の根元にこびりついている。いくら水流を強くしたところで簡単には落ちないんだよ。



そんな風に、五木寛之への憎悪を深める日々を送っていたら、休日に買い物帰りの妹にばったり遭遇してしまい飯をおごらされる羽目になった。

彼女就活放棄し、大学を出てからすぐに、僕達の幼馴染であるKと結婚を決めた舐めくさった女だ。

妹は若く、身内の手前味噌かもしれないがなかなか悪くない容貌をしている。

Kは僕達より一回り年上の高給取りで、妹には潤沢なおこづかいが与えられているらしくいつも隙のない服装をしている。

しかしその日は少し様子が異なっていた。

一通り食事を終え、食後のコーヒーを飲んでいるときに、我慢できずに妹に切り出した。

「気のせいかもしれないけれど、どうやら君から洗ってない犬みたいな臭いが発せられているように思える」

ちなみにその時は、へんな時間レストランに入ったせいで、僕らの周りのテーブルに人はいなかった。

「そんなはずないわ」彼女は言った。

「こういうことを女性に言うのは気が引けるのだが、ちゃんとシャンプーで頭洗ってるの?まさかお湯だけ、とか言わないよな?」

僕が問い詰めると、妹は少したじろぎ、しかし次の瞬間胸を張って言った。

シャンプーは髪に良くないの。環境にも害があるし。お湯だけで洗ってるわ。でも臭くないもの

自分臭いは分からないものだよ」

「私だけがそう思っているんじゃないの。毎日Kさんにチェックしてもらっているもの

僕は“密接距離”まで彼女に近づき、恐る恐る鼻をひくつかせた。あの何とも形容しがたい香ばしい臭いがして、Kに同情した。

「君ね、溺愛している奥さんに『臭いよ』って言える男なんてそうそう居ないよ」

妹は顔を真っ赤にしてレストランから飛び出していった。

彼女高校生の頃、毎朝わざわざシャンプーして、遅刻しそうになりながら登校していたのだ。ずいぶん変わってしまったものだ。

ため息をついてテーブルに目を落とすと、妹が食べていたデザートの皿は空になっていた。

抜かりない女だ。



数日後、Kから連絡があり、心から感謝された。

妹がまたシャンプーするようになったと喜んでいた。やっぱり臭かったけれど言えなかったらしい。



湯シャンをしている人に言いたい。あんた方は多分臭い

家族に嗅いでもらって点検している人もいるようだが、「臭いよ」とは言いづらいものだ。

だいたいお湯で洗っただけの頭皮を嗅がせるなんて罰ゲーム以外の何者でもない。親しき仲にも礼儀あり、だ。



長々と書いてきたが、結局何が言いたいのかというと

女性にはシャンプーのいい匂いをまとっていてほしいんだよ。

最近夫婦セックスレスが深刻化しているらしいが、臭い女が増えたせいじゃないのかと僕は思っている。

頼むから普通に頭洗ってください。お願いします。

2017-02-13

夢は南海トラフ上野女史への反感―

本来、三大命題二つ目を書きたかったところだが、こちらの問題を先に論じさせてもらう。


この論考は以下のURLにたいする一人の若者から反論である

https://togetter.com/li/1080097

以上の新聞記事で、上野女史は「経済犠牲にしてでも、平和国家として衰退すればいい」と主張している。

この主張にたいする批判等は、本職の社会学者に任せるとして、ここでは私の純粋なる反感について述べていきたい。

平和国家という「ファンタジー

上野女史は無邪気にも、戦後日本を「平和国家」としてとらえている。

この考えはまったくの見識違いといわざるをえない。


そもそも、戦後日本社会体制1940年代の「総力戦体制を「経済最優先」の形として再編したものである

扶養控除、源泉徴収終身雇用制、護送船団方式のすべてが元々「戦争を想定して」造られたものだ。


社会実態についても、「平和」と呼ぶにはほど遠い。

1950~60年代には、「高度経済成長」の美称の裏で、世界でも稀にみる学生運動市民運動社会不安が吹き荒れていた。

70~90年代にかけては、家庭や企業社会体制のガタが入り、人々を「死へと誘う」システムへと変貌していった。

これが少年非行いじめ過労死などの狂気的な状況を引き起こした。


戦後日本とは、世界的にも稀にみるただの「ゆたか社会である

まったく「平和」でも「民主的」でも「自由」でもなかった。ただただ「ゆたか」だっただけである

後期近代―不確実な私、国家社会

しかも、「ゆたか社会」は90年代2011年にかけて完全に崩壊した。

まず、政府安全神話が崩れ、

企業身分制保障崩壊し、

最後に、原発事故とともに社会安全神話が吹き飛んでしまった。

この事実について語らない者はすべて、今の時代にたいして不誠実である


では、現在社会とはどのような社会なのか。

それはギデンズやバウマン、ジョッグ・ヤングなどを見てもらえば分かるが「流動的、効率的である

企業におけるセーフティーネットが「生産性自己実現神話」の名のもとに縮小され、

パートフリーターという不安定生活者が生まれた。

政府が担っていた安全保障は「構造改革」の名のもとに縮小され、

監視カメラSNS監視なしに、人々は安心して生きることができない。

不誠実な脳科学認知神経科学AI研究によって人間という「私」の特権性が失われ、

人々は常に失職と人間尊厳消失心配するようになっている。

そして、このような多様な人々が同じ町で同じように暮らしている。


このように、後期近代社会とは

当たり前だったものがすべて崩れ去り、人間永遠の虚無へと投げ出すのである

相対的剥奪感と存在論不安

このような状況では、人々は二つのレベル不安を抱えることになる。

一つは生活レベル不安相対的剥奪感―

もう一つは存在レベル不安存在論不安

である


私たち人生ほとんどを仕事をして、生きている。

しかし、その仕事価値が急速に低下してしまった。

人生の多くを占める活動である仕事にふさわしい「対価」が支払われなくなってしまった。

一方、ただ一日中パソコンを見つめて投資とやらというギャンブルをするだけでも「対価」を得られる人々もいる。

この二極化する現実は人々に

「不当な地位にいる!」

「ふさわしい金額、敬意をもらっていない!」

という相対的剥奪感を抱かせる。


また、後期近代社会はいわゆる「コミュ力」の高い人々が成功する。

軽薄に仕事にたいする敬意なく、強者追従する人々が「評価」され、グローバルエリートとして出世していく。

そして、仕事に真面目ながらも報われない弱者は常に「自己批判」と「変革」を迫られる。

二極化する現実に人々は「私は人間らしい扱いを受けていない」という存在論不安を抱かせる。


しかに、ここであげた例は極論である

しかし、似たような体験をする人は多いだろう。

そして、人々はつねに不平不満をもらすのだ。

「私はこうなれたのに……」

「私もこうしたかった……」

ここでは深く述べないが、この可能性としての私=‹他我›にたいする深い怒りの感情現代社会不安の核心にあるように思う。

上野女史は「みんな貧しくなる」ことによって、この怒りを無くせるなんて無邪気にも思っている。しかし、それは不可能である

この感情こそが永遠の虚無において、私を生きることのできる唯一の鍵だからである

夢は南海トラフ赤木理論の失効―

――常に人々に嫉妬を抱かせながら、その嫉妬を用いて欲望を加速させる。そして、その嫉妬を全身に受ける者は高笑いしつづける。


このような後期近代グロテスクさに最初に抗議をあげたのが赤木智弘だった。

彼はある論考で「夢は戦争」とドゥルーズ的な集団自殺理論を主張した。

しかし、私は「戦争」を夢にはできない。

今や「戦争」こそが「富裕層」を富ませ、「貧困層」を殺すことを知っているからだ。

今や「自殺」ですら「富裕層」を富ませる資本である

加藤智大植松聖などの社会的自殺者は、情報として処理され資本となる。

そして、情報となった「自殺」は「貧困層」による社会転覆不可能性を解き、

「後期近代」の隊列にから逸脱しないことを促進させる。

後期近代において、「自殺」こそが「富裕層」へのもっと積極的な「支援行為なのだ


私の夢は「南海トラフである

防ぎようのない「天災」によって、

嫉妬の中心地である太平洋ベルト東京

ありとあらゆる社会資本が壊され、嫉妬の根源が無化される。

私はベンヤミンのいう「法維持暴力」に立つ者であるが、

この瞬間を心の底から待ち望む。

私はそのとき、心の底から嗤うことができるだろう。

109崩壊し、秋葉原が灰塵に帰し、大手町サーバーがダウンし

白金の御婦人たちが焼け出され、お台場の子どもたちが押しつぶされるとき

後期近代はその柔らかな恥部を表出する。

私は笑顔でその恥部憎悪の限りをぶつけてやり、

後期近代を殺し、末期近代を出現させてやるのだ。


そのときに来るのが、

東のいう変質したファシズムなのか

笠井のいう生存のためのサンディカなのか

佐藤のいう無慈悲アナーキズムなのか

知ったことではない。

私が心の底から嗤いたいのである

相対的剥奪感や存在論不安に晒されることなく嗤いたいのである


そして、私は嗤いながら確信する。

東北の「土」と「血」が正しかったことを

東京の「コンクリート」と「鉄道」が虚妄であったことを


このような自己破滅願望について納得する解答を提示できない上野女史に

後期近代現代社会を語る権利はない。

彼女はせいぜい自らの理念後生大事に背負って、大学瓦礫に押しつぶされて死ぬのがお似合いだ。

2017-02-11

やらおん記事に対する反応からわかったこと

腐向けアニメ叩き記事→一部アンチも居るが、確実に擁護も湧き、「男オタが腐アニメを叩いたー!」と被害者ぶる人間が増える

萌えアニメ叩き記事擁護なし。叩き一色。擁護(のフリ)は「〇〇の方がクソ」というような露骨対立煽りのみ

腐向けアニメよいしょ記事→褒め一色。文句つける人間リンチ

萌えアニメよいしょ記事→「〇〇信者が~!」「〇〇の方が上」と叩いたり対立煽りを始める。更にはその記事を利用して「やらおん信者萌え豚だらけ~」と宣伝する



まり腐女子が多数

腐女子殆どなのに、他の人間書き込みは全て男オタだと決め付ける

冷静に考えれば自分達もそんなことないと分かっていても、とにかく男オタを叩きたいために濡れ衣を着せ、下手したら自分でもそう思い込んでいる

例えば自分の嫌いな腐アニメは叩き、男オタの仕業に見せ掛けてるのに、自分の好きな腐アニメが叩かれると男オタだと思い込もうとし、そう見せ掛ける工作鵜呑みにする

とにかく男オタに対する差別心の塊で、あらゆる機会を男オタを貶めようとする

一方で一般女性に対する中傷は大好きな癖に、事が腐女子叩きに変わると、擁護と男オタ叩きで黙らせようとする

自分達は同姓から虐められてきた腹いせで、酷いミソジニーに取り憑かれていて、”一般”の女性という性別全般には執拗憎悪をぶちまけているわけだ

ふたばちゃんねるが排外的になった原因は津田大介

http://www.roll8.xyz/entry/kemonofriends

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.roll8.xyz/entry/kemonofriends

ここ数日、

けものフレンズネタふたばちゃんねるが取り上げられ

取り上げた人にクレームが入って記事が消されて…

というようなプチトラブルをいくつか見た。




クレームを入れられた人も困惑しただろうが

ふたばちゃんねるは極端に排外的というか、ネタログを外部に持ち出されるのを嫌う。

そしてこれは一応理由や経緯があってのことだ。

端的に言うと津田大介のせい。




原因となった事件から随分時間も経つの

記録として改めて書き残しておきたい。




1.ネット雑誌売れっ子ライター津田

ご存知の人はご存知の通り、掛け出しの頃の津田大介ネット雑誌ライターをやっていたが

知識センスもそのへんのオタクと同等以下の津田が書ける「売れるネタ」と言うと

winnyやらWinMXやらの違法ファイル収集ソフトの使い方指南だった。

photoshop等の高額ソフトエロゲーロリコン動画などを無料ダウンロードするやつだ。




どれも当時のネットオタクたちが積み上げて共有していたよくないノウハウだったが、

それらの知識から素人中高生が喜びそうなことを抜き出して金とって教えるのが津田生業で、

それはネットオタクからバカにされるだけでなく、忌み嫌われてもいた。

津田によってマナーの悪い新参ユーザーネットオタクの遊び場に突然現れるようになったからだ。




本来ならそこに辿り着くまでにそれなりの知識必要な中級者以上の遊び場に

津田が突然ツアーコンダクターのように素人流入させ始めたのだ。

ネットオタクたちはみんな迷惑したし抗議もしたが、津田もごもごした言い訳や知らん振りに徹した。

自分ライターとして報酬やらポジションやらを得て、

呼び込んだ素人の面倒見は一切オタクたちに押し付けるのだからいい商売だったろう。




2.ふたばちゃんねるに目を着けた津田

違法ファイル収集ソフト指南エロサイト観光ツアーの次に、

新たなネタとして津田が目をつけたのがふたばちゃんねるという画像掲示板だった。

ふたばは当時、トップレベルに質の高いオタクエロ画像ネタ画像豊富に貼られる掲示板だった。

津田は「このサイト画像乞食をするといい画像が一杯手に入るぜ」という記事を書き、

更にはふたばちゃんねるを自動巡回して画像収拾するツールまで紹介し使用を推奨した。




雑誌読んだ素人子供が大挙押し寄せてそんなツールを使うとどうなるか?

掲示板の負荷が激増してとんでもなく読み込みが重くなり、まともな使用に耐えなくなる。

そうやって潰された掲示板コミュニティは多く、

巡回ツールマナー違反だという了解相互配慮がとうにあったが、

自分が儲けたいだけの津田にはしったこっちゃないし、

津田誘導された素人たちはそんなことしりもしないかしょうがない。




ふたばちゃんねるは荒れに荒れた。

変な質問場違い投稿を繰り返して喧嘩をする素人たち。

アニメ漫画アダルト同人画像に喜ぶ明かに18歳未満の子供たち。

ツール負荷で何度も落ちるサーバ

津田はもちろんそれらの被害についても知らんぷりを決め込んだ。




3.その後の津田

津田大介はそのようにして

ネットコミュニティ掲示板を食いつぶす商売をしていたのだ。

巡回ツール画像だけ抜き取る迷惑行為に「ぶっこぬき」という用語まで付してノリノリだった。

あの手法ライターとしてよっぽど売れたのだろう。




津田特にマナー違反行為違法ファイル収集を推奨する記事を多く載せていたのが

ネットランナー」という雑誌であった為、

その読者である素人たちは「ネトランイナゴ」「ネトラン厨」として大いに恐れられたし、

素人と違って迷惑になるのがわかっていながら自分1人の儲けの為に笛を吹き続けた津田に対しては

深い憎悪軽蔑が残った。




ネトランライターの後は

ネット問題大先生」業が当たり、

更にその後はリベラル風の味付けも加えてウンタラジャーナリストだとか何とか言っている。

駆け出しか現在に至るまで津田に一貫していたのは

素人門外漢を客にしていくスタンス

・徹底した成り上がり志向

だ。

ネット風俗についても技術についても大したセンス知識も見識もない得意分野の無い津田

ネットを専門にする人達と絡んだらすぐ底の浅さがばれてしまう。ので、

初心者、よくわかってない人、ネットが嫌いな人、に浅い解説をする仕事を極めた。




昔のネットオタクたちは津田のそのような器量と根っこの人格を知っているので

リベラル文化人風に成り上がった津田がなんだかもっともらしいコメントをほざいていようと、

すべて商売でやってるだけのスカスカ人間だとわかっている。




そういう経緯で、

一時ネトラン禍により滅亡の寸前までいったふたば

外部で話題に挙げられるのを極度に忌み嫌うようになり、すっかり流星街みたいになった。

現在津田は経歴に掛け出し期のことを載せたがらない。

2017-02-01

http://anond.hatelabo.jp/20170201151127

文中、唯一の謝罪言葉が追記の中の母親に向けられたものなのが気になる。

まともな大人なら、子供を泣かせたらたとえ他人の子供であったとしても罪悪感を感じるものだ。

子供の行動にイライラしてついカッとなって怒鳴ったり手をあげたりするというのはまだ理解できるが、その怒りが数時間も続くというのであれば子供にとっては虐待どころか拷問のような経験になるだろうし、その行為に対する反省はなく子供への憎悪さらに燃やしているというのは明らかに情緒問題がある。

子供の行動が「わたしへの嫌がらせしか思え」ないというのは、子供自分より弱い保護指導対象としてではなく、自分と対等な、自分存在を何らかのかたちで脅かす存在として認識しているということなのだろう。

それはつまり増田成熟した大人としてではなく、子供と同じレベルにまで落ちて子供と接しているということになるわけで、そのように未熟な増田に接したカウンセラー人格形成に大きな役割を果たす増田本人の親子関係について疑うというのは当然なことだ。

そもそも誰だって親との間に嫌な思い出のひとつやふたつはあるはずで、それを振り返ってみて自分人格にどういう影響を与えたのだろうと考えてみる程度のことはやってみて損はないと思うのがまともな考え方だろう。

本当に「わたしと母の関係は良好で本当になんの問題もない」のであれば過去を振り返ることになんの苦痛も感じないはずだし、過去点検しろというカウンセラー増田が怒りを感じるのは、増田にとって母との過去は本当は振り返りたくなるような良好なものではなかったのではないか

謝罪言葉が向かう先が長女でも夫でも次女でもなく母親であることや、人格にこれだけ明らかな問題を抱えながら「親の悪口を言わせようとした」という理由カウンセリングを中断してしまうことから増田にとって「わたしと母の関係は良好で本当になんの問題もない」というのはほぼ信仰に近い信念と化していて、この信念が嘘である可能性を疑うことすら増田にとっては身を切るような痛みを伴う行為になっているのではないか想像してしまう。

親と自分との関係が実は良好なものではなかったのかもしれないと疑うことは楽しいことではないかもしれないが、「毒になる親」(ISBN:9784062565585)や、「不幸にする親」(ISBN:9784062814812)などの親子関係問題を扱った本を何冊か読んでみて、いちど過去点検してみるということをしてみてほしい。

今のままの増田と関わり続ければ、虐待を受けている長女はもちろん不幸になるだろうし、次女も増田の過干渉によって不幸な人生を送るおそれが強いから引き離すのは妥当だろう。

もしこのまま子どもたちと他人になったまま生涯を終えるのが嫌なのであれば、親子関係に限らず自分過去点検して、専門家書籍の助けも借りながら自分問題の原因を自分なりに探ってみてほしい。

世界で誰よりも自分を愛してくれるはずの自分母親に「生理的に好きじゃない」と精神にも肉体にも暴力を与えられ続けた長女に対して、申し訳ないという気持ち自分から持てるようになるときが来たとしたら、それから初めて長女と次女の両方ともう一度親子としてやり直せるよう頑張って欲しい。

っていうかそういう憎悪自体が真の母性本能なのかもな。下の子にリソース割くために上の子を軽視するように脳が働いてるのかも。 - masudamaster のコメント / はてなブックマーク

エントリの時のブコメはコレ。



他の増田

この人知障害者対峙したとき何て言ってるんだろうね

とか書いてて、最近の彼は本当にどうしたんだろう、変わっちゃったんだろうか? といったん思ったりした。

しかちょっと考えてみて、感情にまつわるもの・脳の機能に基づくものに、お説教でどうこうしようとするトラバブコメが多くて、これははてなありがちなモラハラ的状況なんだなと。

なんていうか、ちょうど自分母性神話信者感が強いトラバが多くてちょっとゲンナリしてしまったところだったので、「先生はいらない」とかやっちゃう彼としては、そういう分かりづらい形でしか表現できなかったんだろう。

2017-01-30

「新しい」国民戦線についての5つの偏見フランス語web記事翻訳

https://twitter.com/goeland_argente/status/825881166334996481

このツイートに触発されて、以下の記事を訳してみた。

Cinq idées reçues sur le “nouveau” Front national

http://www.lesinrocks.com/2015/04/18/actualite/cinq-idees-recues-sur-le-nouveau-front-national-11742654/

フランス語はそんな上手くないし、フランス政治には全然詳しくないのでひどい訳です。

どんどん誤りを指摘してください。補足してください。何ならもっといい翻訳をつくってください。

*****

「新しい」国民戦線についての5つの偏見

モンペリエ大学パリ政治学院政治科学助教授であるアレクサンドル・デゼは、『問題になっている「新しい国民前線」』の中で、ステレオタイプに反して、国民戦線については、新しい点よりも昔から変わらない点の方がはるか重要であることを示した。


1 国民戦線は「フランス第一党」ではない

2014年選挙での国民戦線の戦績が良くなったことは否定すべくもない。しかしながら、そのことを過大評価してはならない。アレクサンドル・デゼは次のことを思い出すように促す。地方選挙において、国家レベルと結びつけて考えるなら、1995年ときのように、票の4.7%しか獲得していない。これらの結果を、2012年大統領選挙の時の人口10000人以上の都市におけるマリーヌ・ル・ペンの結果と比較してみよう。そうすると、今回の地方選挙の結果は、票数に関してはいくらか劣っているものだと言える。ヨーロッパ選挙に関していえば、かつて聞かれたように、29.4%のフランス人国民戦線投票したのではない。棄権考慮に入れるならば、有権者10%だけである

奇妙にも、県の選挙の結果は、彼らの前進を示している。ただ、世論調査での高い予想のせいで、この結果は過小評価されている。国民戦線候補者は43の県で1位であり、1107の小郡(canton)で、降りずに留まっている。

これらの結果というのは、国民戦線を彼らのスローガン通りの「フランス第一党」とするには不十分なものであるアレクサンドル・デゼは、国民戦線存在感というのは、市町村レベルでは副次的ものであり、地域圏(1880人の議員のうち118人、議長は1人もいない)・県(4108人の議員のうち62人、議長は1人もいない)・国会(577人の代議士のうち2人)のいずれのレベルでも甚だ不完全なものである党員の数について言えば、国民戦線には42000人の活動家がいるが、その数は依然共和党社会党よりも少ない。


2 国民戦線は「政権のすぐそばに」いるのではない

2011年1月マリーヌ・ルペン国民戦線党首に選ばれてから、「脱悪役(dédiabolisation)」という戦略が実行されるようになってからエリゼ宮(※大統領官邸)への道のりは既に引かれたのだ、という声がしばしば聞かれるようになった。しかし、全くそうではない、とアレクサンドル・デゼは静観している。「この読みはメディアの大多数によって共同でつくられ引き継がれたことによって認められているのだから政治的フィクション領域に属するような話である。」

国民戦線は、国政の責任者に至るまでには、おそろしいほどに枠組みを欠いている。他の党との「融和」を誇示するような最近のいくつかの手がかりのうち、いくつかはあまりに短い間であったし、あるいは、内部で問題視されていた。さらに、権力の扉は国民戦線に対して無情にも閉じられたままであるだろう。選挙制度上の理由で、今まさにそうであるように、国民戦線政治的孤立したままでいるだろう。「この孤立は、2回に分けての多数決投票が影響力をもつ政治システムのうちでは、権力への道を妨げる最大の障害物になる。」


3 国民戦線は「新しい」党になったのではない

国民戦線は他の党と同じような党になったのだろうか? マリーヌ・ル・ペンによってなされた刷新というのは、本当に党の顔を変えてしまったのだろうか? アレクサンドル・デゼによれば、これらの疑問への答えは改めて否定的ものであるマリーヌ・ル・ペン就任の前と後での国民戦線戦略プログラムとその支持者を比較して語るところでは、「マリーヌの国民先生ルペン国民戦線の間には、新しくなったところよりも十分多くの変わらないところが多い」のである。脱悪役? 国民戦線歴史は、絶え間なく更新される脱悪役の試みの歴史である。したがって、右派へと国民戦線差し出す手のうちに、あるいは、立派な風貌を打ちだすことによって新しい支持者を集めているとされている周辺的なさまざまな手段のうちに、新しいものは何もないのである

プログラムに関していえば、国民戦線は常に自らの基礎に立脚している。反体制批判国家の特恵、国家防衛欧州連合拒否ユーロ圏から離脱失業不安の原因と見なした上での移住拒否である。反リベラルへの再定位は1992年に遡るが、マリーヌ・ル・ペン社会的演説は、連続性を担っている。


4 マリーヌは、そう信じられているのと異なり、反ル・ペンではない。

リーダーシップに関して言うと、マリーヌ・ル・ペンは、彼女父親イメージとの対照によってそのメディア上のイメージが形作られている。「このような対照性が推測されていることは、国民戦線に新しく投票するようになった人が、自らの投票正当化するために持ち出されるような、最先端議論になっている」とアレクサンドル・デゼは語る。しかしながら、言説における一連の相同性や、マリーヌ・ル・ペン自分父親について反対を示さなかった機会を列挙するこの研究者によれば、マリーヌ・ル・ペン彼女父親との差は、思われているよりも微々たるものである。例えば、2014年5月に父ルペンが「エボラ殿下」の介入が「人口爆発」と移民問題解決しうると主張した時、あるいは、彼が2015年1月に「私はシャルリーではない。私はCharlie Martel(※イスラム教徒ヨーロッパへの進出イベリア半島までで食い止めた8世紀フランク王国の王)だ」といったとき。これらはいずれも、議員の免責特権恩恵を被ることはなかった(「人種的憎悪扇動」として彼女を追及することは、現在進行系で行われている)


5 「マリーヌの国民戦線」は、過激派と切り離されたわけではない

最後に、その組織図に関して、「粛清」という幻影を生み出しながら、党によって過激すぎると判断された特定の諸個人排除した。しかしながら、アレクサンドル・デゼが述べるところでは、「国民戦線過激極右グループ活動家たちと、緊密な関係を維持している。」コゴラン市(Cogolin)の国民戦線市長は、GI(Génération identitaire)の共同創設者であるジュリアン・ランゲラ(Julien Langella)を広報担当として2014年に起用した。ボーケール(Beaucaire)の国民戦線市長は、GIスポークスマンであるダミアン・リュー(Damien Rieu)を、市の広報部長補佐として任命した。二つの例を挙げれば十分だろう。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん