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2017-05-21

日本世界一怠惰にしたのは、程度の低い国民を増やしすぎたせい

https://togetter.com/li/1112480

安倍政権攻撃するつもりはないが、日本社会の上から下の社会、極端にマナーにうるさい社会風土、反リベラル人間が幅を利かす風土が一番大きいと思う。

団塊世代より初期ゆとり世代のほうが民度とか人間性とか、あるいは初期の豊かさは良いが、後期ゆとり世代ポストゆとり世代人間性は劣っている。

中国人から日本人は「目も当てられないほど醜い」、韓国人から日本人は「世界で一番相手にしたくない人たち」と言われているように、日本人は明らかに劣化している。

世界はどうか知らないが、富裕層とか程度のよい人が子供を作らなかったりしている一方で、庶民子供をたくさん作っている。

福祉整備が行き過ぎた結果、庶民が何人子供を生んでも大丈夫になった一方で、教育統制が進んで出世できる人たちが生まれにくくなっている。

消費社会にも問題がある。今の日本経済は「下流を中心に回っている」といっても過言ではない。

はっきりいって日本富裕層の居場所がない。お金使う場所がない。

日本の景気を良くするには、所得関係なく消費社会に参加させることだが、政治経済下流場所ばかり作ったおかげで中流以上の居場所がなくなってしまった。その結果アベノミクスで頑張ろうが消費者が消費しないから景気は思うほどよくなっていない。

すばらしい日本というのは、下流を中心に回る経済怠惰人間を生み出さな風土を実現してこそ成り立つものだ。

2017-05-19

校正の極意

昔、とある会社サイト掲載されていたのに知らない間にページが無くなっていた。

この極意を肝に銘じ仕事をしていたのに残念。

4,5,6条が素晴らしい。

【第1条:信じるヤツは、アシすくわれる】

【第2条:全て「疑う眼」で見るべし】

【第3条:「慣れ」と「思い込み」は、命とり】

【第4条:満点以外の校正はクソと心得るべし】

【第5条:自分は「アホ」だという自覚を持つ】

【第6条:粗探しに誇りを持って常に真剣勝負

【第7条:文字パニックにご注意】

【第8条:さまざまなジャンル用語網羅すべし】

第9条:日々是情報収集

【第10条:校正の極意】

"

【第1条:信じるヤツは、アシすくわれる】

校正マンは何も信じてはいけません。一番信じてはいけないものは「自分」のこと。

校正には知識必要です。だから校正マンである自分仕事関係上、それなりに努力もしているので知識を持っていると思っている人が多いようです。そして自分知識に自信を持っている人も多い。そういう人は、校正マンとして不向き!

自分知識に間違いはないと信じて、いちいち調べて確認することを怠った者は、アシをすくわれてスッ転ぶだけ。知っていることも、いちいち確認するのは面倒な作業ですが、自分知識を信じることなく、確認する労力を惜しまない人が、確認作業プロフェッショナルなのです。

【第2条:全て「疑う眼」で見るべし】

校正仕事は、常に「疑う目」で見ることが必要不可欠。まずは、第1条で述べた通り、自分自身を疑うべし。そして確認するための工程使用するアイテムも「疑う眼」で見なければなりません。国語辞典出版社によって、編纂者によって、辞典の大きさによって(小事典・中辞典・大辞典)も内容が違います。どれを使っても大同小異ほとんど同じだと思っている時点で確認プロフェッショナルではありません。同じ言葉でも辞書によって解釈が異なる場合があることを念頭においておかなければなりません。インターネットでの検索も「疑う眼」で確認すること。情報が多く便利なアイテムですが、情報が多すぎることが問題ひとつ。ふたつ目の問題は、間違った情報も多いという点。確かな情報源を手に入れるまでに、情報の海に溺れてしまう時もあります。常に「疑う眼」で見ることを忘れずに付き合っていると、情報の海で土左衛門になる前にインターネット情報の拠りどころとして使えるようになってきます。紙媒体インターネット等、拠りどころは多いにこしたことはない!数値のデータは、最新のデータの方が良いし、旬の時事ネタを調べる場合にも、印刷物書籍など)よりもインターネットの方が断然便利です。インターネット情報を得る場合には、必ず複数データ調査し、公式サイトなどのデータ確認します。校正大切なことは、信頼できる情報確認すること!疑わしい情報確認しても、それって確認作業にになってないし…(汗)。

【第3条:「慣れ」と「思い込み」は、命とり】

職種によっては「慣れ」ることにでより技術に磨きがかかり熟練工としてして匠と称される場合も多々ありますが、校正プロフェッショナルとしては「慣れ」は大敵でもあります校正のコツを身につけ、経験を生かして間違いを予想して校正することもありますが、この場合細心の注意が必要です。「慣れ」は「思い込み」を生み出すきっかけとなるから…「思い込み」は校正マンの目を曇らせ、ミスを見落とすという最悪の結果を招きます。常に初心を忘れず「思い込み」を全て捨て去り“無心”の状態校正に挑むのが、確認作業プロフェッショナルとしての基本です。

「慣れ」と「思い込み」は命とり…これを肝に銘じて、集中力と根気をもって最初から最後まで校正することが何よりも大切です!

【第4条:満点以外の校正はクソと心得るべし】

校正お仕事は、その結果100点満点が当たり前!満点をとっても誰にも褒められることはまずないという、ちょっぴり寂しいお仕事でもあります。全てのミスを見つけ出すことがお仕事なのですから、当然といえば当然です(…が、たまには褒めてもらえるとうれしいのです。ブタもおだてりゃ木に登るぅ~ってな感じで、次回の校正への励みになりますし…)。満点以外の校正は、言葉が悪くお下品ですが(詫)、“クソ”と同じ…そんな校正なら、しない方がマシ(!?)時間無駄使いをしてしまったと落ち込みます。致命的なミス発見できれば、少々の校正ミス(=モレ)があっても実質的な損害を与えることにはなりはしませんが、お客様からの信頼は確実に減少するのは免れることはできません。校正の精度が疑われるような校正結果では、お客様安心していただくことができません。皆さんも経験があると思いますが、試験100点をとるために何度も見直して「完璧!」と提出した答案が、返却された時の点数は98点…なんてことはザラにあります100点満点を目指すなら、200点目標確認作業をしてトントン校正マンは、200点を目指して、120点を目標として常に全力投球します。その結果の100点なので、満点で当たり前というわけです。

校正業務を開始する際に、体調などに左右されることも。なかなか集中できない場合もありますが〆切は待ってはくれません。どのような状況でも集中できる体制を即座に整えることができる…これがプロフェッショナルです。満点以外の校正はクソですが、集中力を欠いた校正作業はクソ以前の問題です…全身全霊をもって集中して校正に挑んでも、校正ミス可能性はなくならないのですから

校正作業完了し、全責任を担うべく校正紙にサインをした後は、ヘトヘトになり暫しの間放心状態になります校正は毎回が真剣勝負、全力投球ですから当然です…“この一球に悔いなし”!

【第5条:自分は「アホ」だという自覚を持つ】

自分のことを「賢い」と思っている人は、大バカ野郎!逆に、自分を「アホ」だと思っている人は、自分のことを「賢い」と思っている人に比べれば「賢い」人です。自分は「アホ」だから、間違うかもしれない!という思いを常に心の隅に常駐させつつ、そんな自分他人様の制作したものに対して間違いを探したり、ミスを指摘したりするなんて恐れ多いコト…と、謙虚姿勢校正に対するのが、確認作業プロフェッショナルです。その謙虚姿勢が、いちいち確認する面倒な作業を怠ることを防ぐための防波堤役割を担ってくれる上、確認する労力の源となるので、自らの間違いやミスの発生率が極端に減少するわけです。自分のことを「賢い」と驕っている校正マンは、いつか取り返しのつかないドツボに填まることになるので、今すぐに校正マン廃業した方が賢明(…!?)です。

なお、自分は「アホ」だという自覚を持っているのにもかかわらず“あほミス(注)”をしてしまったら、それは本当の「アホ」…目も当てられない状態です。そんな状態に陥った「アホ」は、即効で校正マン廃業すべし。

(注)あほミス…「アホちゃう!?」と叫びたくなるような“あほ”みたいなミスのこと。知識能力の不足ではなく、不注意による誤り。SETでは「あほミス」と言いますが、一般用語では「ケアレスミス」のことになりますかね。ちなみに「ケアレスミス」は、careless mistakeの略語です。

【第6条:粗探しに誇りを持って常に真剣勝負

校正お仕事は、実に意地の悪いお仕事です。制作者もプライドを持って全力で業務に勤しんでいます。「完璧だっ!」と渾身の制作物を校正するのですから、その作品の粗探しをする校正マンは、疎ましい存在なのでは…(涙)。しかしながら、ミスや間違いを発見するのが校正マンの使命ですから、そこのところは一歩も譲ることな任務を全うすべし!粗探しという、一見、意地の悪い作業に誇りをもって、全力で挑まねば制作者に対しても失礼にあたります制作社は、作品ケチをつけられたらカチンときたり、ミスを指摘されたら「クソォ~」と悔しがるのが当たり前。そんな感情が湧かない方がおかしい…湧かない場合は、制作作業に対して手抜きしてるからでは?ミスの指摘を受けて悔しがらない制作者は、問題あり…なので、そんな場合には一言苦言申し奉ります。「ミス校正で見つけてもらったらいいや~」などという怠惰な態度は、校正マンに対する冒涜制作者も、常に100%の完成度と誇りをもって全力で校正マンに挑んでいただきたい。分野は違えど、制作校正プロフェッショナル同士の真剣勝負なのですから

【第7条:文字パニックにご注意】

校正(笑)一種に「文字パニック」という症状があります日常の全てにおいて目にする文字がすべて疑わしくなる病気(!?)です。校正業務ではない日常生活においても、辞書等で確認せずにはいられなくなる…それは読めない漢字意味がわからない用語でなく、通常に使用している簡単漢字であっても。その上、一度確認してもまた同じ文字が出てくるたびに辞書を引っぱり出している自分がいる。やめたいのにやめられない、辞書等で確認しないと落ち着かなくてパニくる…これが「文字パニック」。治療方法としては、休養することしかなく、目と体、そして心を休め落ち着いて回復を待つこと。あわてないことが重要で、確認作業プロフェッショナルなら一度はかかる通過儀礼のようなものなので、自覚症状があらわれた際には、校正マンとして一人前になったのかなぁ~と喜ぶべき病気(!?)ということで、お赤飯でも炊いてお祝いしてください(笑)

文字パニックとは別に校正マンがかかりやす病気として「本が読めなくなる病」もあります活字とにらめっこしている時間が多いため、もう活字は見たくないという原因をもつ場合と、本を読んでいても、無意識誤植を探していて内容を楽しむことができなくなる場合の2種類があり、この病にも特効薬はありません。本人の意思時間の経過により、体力と気力が回復すればそのうち治るでしょう。でも、貧乏ゆすりと同じでクセになってしまったら、なかなか治りません。私の場合子供学校からもらってきた学級便りやお知らせのプリントに朱入れしてしてしまう始末。町内の回覧板広報誌やフリーペーパー等々、印刷物を目にするとダメですね。インターネットの画面では今のところ症状は抑えられますが、サイト情報プリントアウトすると、誤植探しをし、数値を重複確認してしまっている自分に気付く今日この頃です(汗)。

【第8条:さまざまなジャンル用語網羅すべし】

何事にも興味を持ち、広く知識習得すべく心を開放しておくこと。自分には関係のない分野の話も、小耳にはさむ程度でもいいので気に留める寛容さが必要です。ひょんなことで、その知識が役立つことがあるからです。校正は、自分知識確認することはなく、調べて確認する作業です。この調べるという作業で、広く知識がある人とそうでない人との差があらわれます校正ではさまざまなジャンル文章校正するため、歴史社会自然科学技術産業芸術など広い分野の知識必要とされます。全ての分野で専門知識をもっているスーパーマンになることは、並大抵の努力では不可能です。用語の大よその意味理解できていたり、見当がついていれば、調べるときに大変助かります校正に費やせる時間無限ではありません。校正マンは、校正だけできればそれでよいというものではなく、定められた納期を守って校正できることもプロフェッショナルとして当然のビジネスマナーです。限られた時間で、どれだけ正しい情報にたどりつけるか…校正マンとしての力量が問われるところです。

第9条:日々是情報収集

前条と内容が重なりますが、ジャンルを問わず知識習得するための心得をもうひとつ友達との何気ない会話、家族との日常職場で流れているラジオテレビ番組CM…等々、日々の生活情報収集に事欠くことがありません。しかしながら、ただただ聞き流してしまうのか、ちょっと意識を持って聞いているかの違いで、情報収集の機会は雲泥の差を生み出してしまます。「さぁ~情報収集だっ!」と意気込んで調べものをすることもありですが、日々の生活でのチャンスを逃す手はありません!いちいちメモして資料を残すなんてことは大変ですので、少し意識を変えるだけで充分です。人間の脳ミソは全く知らないコトを思い出すことは不可能ですが、一度でも耳にしたことは思い出せる可能性が0%ではありません。また、必要に迫られた場合や、自分が興味のある事柄は自ら情報収集することができますが、自分の頭の片隅にもないような事柄についての情報収集することはできませんよね。不特定多数対象情報提供してくるラジオテレビ、街中での雑談や目にする様々な媒体ちょっと意識するだけで、情報収集きっかけは生まれるのです。

校正時での「疑問出し(注)」の巧拙に、期せずして校正マン能力があらわれてしまます。とんでもない見当違いの疑問出しをした場合校正マンは赤っ恥をかくだけでは済まされず、校正の精度そのものに疑いがかかり「この校正マン大丈夫?」という状況を引き起こししまうのです。「これで大丈夫ですか?」と指摘したのに、「オマエこそ大丈夫かい?」という展開に…(涙)そんな事態を招かないためにも、日々是情報収集は、プロフェッショナルとしての日常のあり方です。

(注)疑問出し…原稿の間違いや不備ではないかと考えられるが、調査してもはっきりとは間違いだと判断できない箇所を「これで大丈夫ですか?」と、制作者や先方様に確認するために校正紙に校正マン鉛筆で書き込んでおくこと。

【第10条:校正の極意】

校正に極意はありません。ただ「無心」で校正に対するのみ…

しかするとソレこそが、校正の極意なのかも!?

"

引用http://www.set-inter.com/creator/kotomi-t

2017-05-15

現代アートって

詐欺じゃね?

自分で何もしてないでガラスの塊ぽんと置いてアートですって

アホか

工業製品をあえてそのまま置いて日常が云々・・・御託並べてるのとか一層許せない

これで金取ってるとしたらマジで詐欺だろ

訳わかんない形してる彫刻とか、あれ、作家本人が作ってるの?

あいうのの代金が入場料や税金に入ってたと思うとイライラするわ

芸術家なら技巧を凝らして見た人が直感で綺麗と分かるものを作るべきだろ

それをしないで見た人に解釈させるのって傲慢怠惰以外の何者でもないと思う

2017-05-13

滑稽な人たち

休日何かしないと必死な奴らとか

いい歳してこんだけ酒のんだとか

人との繋がりを大事にしたがる奴らとか

そういうの全部茶番しか見えないし

周囲の人間必死アピールして己が優位な位置に立ちたいのは分かるけど

そういうのはそちらで勝手にやってくれ

こっちは興味ないし

ただ怠惰に生きたいだけなんだ

それだけ必死アピールしてその程度の地位しか築けていないことに気付こう

http://anond.hatelabo.jp/20170513153740

別に成績に優位な変化は現れなかったし、

桑田投手のあとに続く人もいませんでしたね

スポーツトップ中のトップであるプロ野球ピッチャー

革命的に有益技術スルーするほど怠惰だと?

革命的に有益技術、ではなく技術の一体系として採用した、程度ではないの。

それが体育的であったかといえば今までにはあまりなかったよね、というだけ。

成績が伸びたかどうかでではなく、選手生命が伸びたと考えるべきではないかね。

http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2003dir/n2529dir/n2529_05.htm

ここ見る限りは成績の伸びも言及されてるけど、それよりも力みが取れたことが強調されてる。

これは選手にとって重要な事でしょ。

現代体育的な論法」って簡単におっしゃるには

現代体育的な理論(って具体的に何のこと?適当言ってるっしょw)について一通り体得してる必要があると思いますあなたスポーツ歴はどんなもんですか? 現代体育についてどれほどのご経験と見識がおありで?

両方が手首を掴んでいる状況から、さして押しもしないのに相手の重心が崩れるって用法柔道じゃ見ないよね。

柔道は払いから崩しに以降しまから。あと劣等感たっぷりのお前のスポーツ遍歴とやらもここに書いといてよw

別に自慢されたところでどうでもいいけど、まあ説得力くらいにはなるんじゃねえの。

何もないっしょ?

あなたの口走る「現代体育」っていうのは

自分がやってる神秘主義武道を持ち上げるための比較物として言ってるだけの

内容空虚概念なわけですよ。

そうじゃないっていうなら現代体育についての自分レベル体験を語って。

なにもないのはあんたの方だよ。

俺が体験したってことと神秘主義を同列にしてんだから

最初から最後までテクニック範疇だが現代体育では見ない動きですよね、と言っているに過ぎない。

運動コンプのみならず頭も悪いんじゃ、そりゃ人生楽しくないわな。俺以外のやつにも全レスしてるし。

お前不幸なんだろ?

から還元されるほどの何かがどれほどあったんですか?と言ってるんだけど

「ぼくのどうじょうのおじいさんのはなし」はもう結構ですよ

見てないから甲野さんの動きのように否定はしないけどその一方で肯定もしようがないです

って最初に断ってるんだから何度も同じ話しなくていいよ

特定状況下でおじいさんが若者を転がすぐらいのことな可能性を否定しませんとも言いました

変な練習しただけの小男がワンパンで人を空に飛ばすとかは聞いただけで「有り得ない」と言いますけど、とも

じゃあ上に挙げた、実技レベル実践してた桑田さんの鼎談でも見りゃいいじゃん。

自分の主張を撤回するかどうかに「しらんがな」はないでしょう

都合が悪くてちゃぶ台がえししてるようにしか見えません

武道との距離とかも関係ない話ですよねー

実績出てるって評価してる人がいるのに取り下げるわけ無いでしょ……

どんだけラリってんだよ。

この同じ文の序盤だけでも

「甲野の技術吉田をひっくり返すほどすごい!総合格闘家の誰にも出来ないことを軽々やった!」

って話をしてるのはあなたです

腹は勝手に立てたらいいけど自分発言には責任持ってください

「腹が立つの発言責任を持たないのだ!」とか言い出すなら負け犬の遠吠えってやつです

その上目まで腐ってると来た。そんなこといってねえし別ツリーのやつじゃねえのそれ。

TVの実演なら龍飛雲先生ですらやってます

龍飛雲先生NHK教養講座すらお持ちでした

人柄的には面白いおっさんでしたが、彼の「武術」はどんなものでしたか

堀部正史先生の話もしましょうか?

さまざまなメディア露出して持ちあげられてたし

たくさんの有名人が彼に弟子入りしていましたね

じゃあ堀部正史さんの技術はまともなものでしたか

堀部が自分とこの武道歴史をフカしてたのは有名な話だし、「徹し」とかはよくわからん

ソバット教えたってのも事実確認してないし違うかどうかも知らんな。それほど興味がない。

龍飛雲の弟子南原の前でボコボコにされてこりゃ「格闘技として」だめだなと思ったのは俺も同感なんだが。

それについてなんか不都合でもあるのか?

「TVに出ていた」「あの有名人も褒めた」「世間に認められている」

こんなもん

龍飛雲先生弟子

堀部正史先生弟子

麻原彰晃尊師弟子が言うレベル根拠ですね

いや、一定レベルの実績が上がったというインタビュー乗っけといたから一応見てね。

さっきから何の証拠も挙げられず、思い込みばかりをぶちかましているのはお前の方だぞ?

要するにあなたは変な新興宗教にも気をつけるべきだし

もしご家族がガンになった時は怪しい代替医療お金を取られる危険性大の人なので気をつけてくださいっつーことです

知ってるか?

洗脳にかかりやすいやつは思考に柔軟性がないやつだぞ。

納豆ダイエットに傾倒するババアみたいな肯定感ですね

おめでとうございます

あらゆる要素を選別せず唾棄するお前にこそオカルティストの名はふさわしい。

有用もの選択されるし、だめなもの現実証明している。それだけのことだな。

思い込みの激しい新興宗教家の卵に何言っても無駄かもしれないが。

http://anond.hatelabo.jp/20170513073018

うん。役に立つから桑田投手転用して取り入れたって話してたじゃん。

事実誤認しちゃいかんだろ。

別に成績に優位な変化は現れなかったし、

桑田投手のあとに続く人もいませんでしたね

スポーツトップ中のトップであるプロ野球ピッチャー

革命的に有益技術スルーするほど怠惰だと?


なんでそんな帰結になるのかがわからないし、本気で頭が悪いと思う。

俺の通っていた道場において、現代体育的な論法と離れてる方法講道館とも違う崩しを行ってる先生がいた、

という体験談を踏まえた上での見解なんだがねえ。

現代体育的な論法」って簡単におっしゃるには

現代体育的な理論(って具体的に何のこと?適当言ってるっしょw)について一通り体得してる必要があると思います

あなたスポーツ歴はどんなもんですか? 現代体育についてどれほどのご経験と見識がおありで?


何もないっしょ?

あなたの口走る「現代体育」っていうのは

自分がやってる神秘主義武道を持ち上げるための比較物として言ってるだけの

内容空虚概念なわけですよ。

そうじゃないっていうなら現代体育についての自分レベル体験を語って。


もう一つ、仮にそういった体の使い方が体育に還元されるようになった暁には、「現代的」の名前を冠しても良いと思ってるよ。

武道身体」ではあまりにもイリュージョンすぎると感じるのであれば変えればいい。

から還元されるほどの何かがどれほどあったんですか?と言ってるんだけど

「ぼくのどうじょうのおじいさんのはなし」はもう結構ですよ

見てないから甲野さんの動きのように否定はしないけどその一方で肯定もしようがないです

って最初に断ってるんだから何度も同じ話しなくていいよ

特定状況下でおじいさんが若者を転がすぐらいのことな可能性を否定しませんとも言いました

変な練習しただけの小男がワンパンで人を空に飛ばすとかは聞いただけで「有り得ない」と言いますけど、とも


しらんがな。武道から遠ざかってるし、お前みたいな決めつけ野郎のためにそんな時間裂きたくないわ。

だって腹が立つから相手してるけど、基本的時間無駄だし。

自分の主張を撤回するかどうかに「しらんがな」はないでしょう

都合が悪くてちゃぶ台がえししてるようにしか見えません

武道との距離とかも関係ない話ですよねー


甲野ageなんかしてないけど。一例としてあげただけで。

この同じ文の序盤だけでも

「甲野の技術吉田をひっくり返すほどすごい!総合格闘家の誰にも出来ないことを軽々やった!」

って話をしてるのはあなたです

腹は勝手に立てたらいいけど自分発言には責任持ってください

「腹が立つの発言責任を持たないのだ!」とか言い出すなら負け犬の遠吠えってやつです


甲野善紀に助けられた増田TVの実演、スポーツ選手採用なんかを拠り所として、お前なんかより実証があってよほど認められる、って話しかしてないだろ。

TVの実演なら龍飛雲先生ですらやってます

龍飛雲先生NHK教養講座すらお持ちでした

人柄的には面白いおっさんでしたが、彼の「武術」はどんなものでしたか

堀部正史先生の話もしましょうか?

さまざまなメディア露出して持ちあげられてたし

たくさんの有名人が彼に弟子入りしていましたね

じゃあ堀部正史さんの技術はまともなものでしたか


「TVに出ていた」「あの有名人も褒めた」「世間に認められている」

こんなもん

龍飛雲先生弟子

堀部正史先生弟子

麻原彰晃尊師弟子が言うレベル根拠ですね



要するにあなたは変な新興宗教にも気をつけるべきだし

もしご家族がガンになった時は怪しい代替医療お金を取られる危険性大の人なので気をつけてくださいっつーことです

少なくとも視聴者の俺の目線的には「あり得る」程度の肯定感はあるよそら。

納豆ダイエットに傾倒するババアみたいな肯定感ですね

おめでとうございます

2017-05-12

左翼(それともはてサの?)の限界

富裕層年寄り優遇するなとか富の再分配しろとかBIを導入しろとか言うけどさ

http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20170511170337

上記記事コメント欄を見て何度めかわからないけれど「左翼的な言説の限界と言うか気持ち悪さというかなんかもやもやするもの」についてのメモ

初めに断っておくと、自分個人は穏健な左翼的人間だと思ってる。この辺曖昧なのは「それそのものの人」に「お前なんかニセモノだ、死ね!」と棍棒で叩かれるのが怖いからであって、内心ではちゃんと穏当左翼だよ悪いスライムじゃないよぷるぷる、と思ってる。再配分はした方がいいと思うし、生活保護の捕捉率は上げたほうがいいと思ってるし、戦争はしないほうがいいと思ってるし、言論思想の自由大事だと思ってる。

でも、一方で、それは「俺という個人がそう願ってる」であるとも思っている。

ただ単純に「俺という個人がそういう政治的思想で、つまりは、そういう好みで、そうなればいいなあ、そうしたいなあ」と思っているという意味だ。

でも、政治的記事へのはてブコメントを見たり、世の左翼的な言説をするひとの発言を読んだりしていると、割と頻繁にどうしようもない違和感を感じる。

たとえば「再分配しないと社会が歪むでしょ」「再分配しないと治安悪化するでしょ」「再分配しないと経済が伸びないでしょ」みたいな種類のコメントだ。

それらって、まず第一に、本当に本当なんだろうか?

例えば、社会が歪んだ結果、カタスロフ的なことが起きて世界が滅亡する――というような想定がなされているのであるならば、全人類が私欲を捨てて力を結集するというのにはインセンティブがあるのは明らかだ。しかし、想像だけど「社会が歪むでしょ」といったときの「歪む」って、そういうレベルの大災害を想定していない気がする。

そして第二に、だとすると、それって主観マターなんじゃないだろうか? つまり、歪んでいると感じない人(例えば富裕層)が存在する程度の「歪み」なんではないだろうか?

治安悪化するでしょ」「経済が伸びないでしょ」もそうだ。程度の問題主観マターになってしまう気がする。

ここ2000年くらいの歴史を見ても、相対的評価すれば、いまは全地球的に豊かで幸福時代だと思う。歴史上最も格差が広がっているこの時代に、最も幸福なのだとすれば、格差が人を不幸にしているというのは、どういう説得力をもっているんだろう?

最初に言ったように、俺個人は再配分政策に賛成だ。もう少し弱者ケアをしたい。だから、そういう歪みや経済悪化を感じる主観があるってことそのものは、別に問題だとは思わない。ただ、でもそれは「俺はそう感じているんだよ!」でしかないので、他者を説得するに足るものではない。

違和感を感じるのはそこで、はてサであるいは左翼言説でよく見られる「~(は自明)でしょ」「そうすべきなのは明らかでしょ」「それが正解でしょ」という態度だ。

その発言を行った時点で「説得できた」と思っているような態度と言い換えてもよい。

左翼の人たちは、なんだか、「正しさ」に過剰な自信を抱いているようにみえる。「正しい(と自分自身で思っている)結論」を呟けば、それで話は終わるというような、その発言にあるような未来がやってこないのは、政府の/権力者の/資産家の陰謀であるとか、衆愚が正しさを理解しないかであるとか、なんだかそういうニュアンスを感じる。

個人は、どうしてもそこで安心して話が終わったという気持ちになれない。

俺が左翼っぽい、福祉とか再分配をもうちょっといい感じにしたいと思っているのは、純然に俺の好みでしか無いと思うし、そんな好み程度の発言で誰かを説得できるとも思わない。

日本社会の歪みについては、歴史的に見ても、今ある歪みを直せば別の種類の歪みが出てくると思う。それは福祉ケアするという変更ですらそうだと思っている。この歪みとあの歪みのどっちがいいかっていうのは、まだそれを実行してないので選べないけれど、「歪みのない完璧社会が来る」なんて思えない。「いまよりましなのはこっちなんじゃないかなあ、好み的な判断だけど」くらいしかいえない。

治安の悪化については、うん、格差が広がると治安悪化すると思う。でもそれを前提とすると、日本世界的に見て治安トップクラスに高いので、まだまだ格差はちいさくて、この先格差をどかーんと広げる余地があるっていう結論になってしまうんじゃなかろうか?

経済の発展については、最低賃金は上げたほうがいいと思う。でも、資産からお金没収してそれをやるなんてやったら、それこそ経済ぶっ壊れると思う。私有財産権という、民主主義が旺盛や封建制から血みどろで奪った権利を「俺の好み」程度で犯すのは、到底「正義」だとは思わない。

何度も言うけれど、俺個人福祉とか再分配をもうちょっといい感じにしたいと思っている。けれど、それはただ単に俺の政治思想的な好みの問題であって、「俺が正義で唯一正しい結論を言えるから」ではない。当然他の好みの人もたくさんいるのだ。自由主義グローバリズムは、地球規模で見れば多くの人を救ったと言われれば、そうなんだと思う。俺個人は、そっちの思想の人を「お前は不正解」と断罪できるほどの「正しさ」をもっていない。

さまざまな政治信条の人が暮らす社会自分の願いの方向に動かすのは、粘り強い議論とか、空気の醸成とか、そして選挙とかを経なければならないのだ考える。

仮にそっち方向に社会が進み始めたとしても、その後やってくるのは、プロジェクトを立ち上げた時に出てくるような、うんざりするほどの運営トラブル制度バグと、それを一個一個デバッグしてアップデートしていくクソ長い時間だと思っている。

なので、「左翼的決断正義でしょ/当たり前でしょ/そうしないと社会滅びるでしょ」みたいな「正解を言ったんだからわかれよ」みたいなコメントを読むとものすごい違和感を感じるし、日本左翼的思想限界ってここ――つまり「俺たちは正しいのでそうならないお前らが悪い」という、政治的対話妥協拒否する、傲慢怠惰さなんじゃないかと思う。

今よりもっと良い社会がほしいのなら、今よりもっと対話テーブルで汗をかく必要があるんじゃなかろうか。多くの人たちに自分たちの主張を「好き」になってもらえるように。

さら鉄道会社に言いたい

昨日もまた誰か線路に逃げてたな。

まあ、コート捨てて逃げたドジなやつ以外誰もつかまってないみたいだから

今現状でも逃げるが勝ちなのか。案の定ネットでもそんなことが言われまくっているみたいだ。

一応言っておくが、俺とて本物の痴漢は嫌いだし奴らが逃げるのには気分はよくない。

が、痴漢冤罪食らったらおそらくこれしか対応法がないのは今現時点でも泣けるほど厳然たる事実だ。

そりゃそうなるよな。あんだけ痴漢冤罪危険が叫ばれてたのに

無策と放置冤罪推奨上等広告貼りまくりを繰り返し、

結果的に「痴漢冤罪食らったら逃げるしかない。」という弁護士発言までたたき出したのは、

あんたら鉄道会社及び警察裁判所までの冤罪作成チームの活動及び冤罪対策への不作為怠惰引き起こした当然の帰結

あの弁護士が言わなくても別の誰かが言って結局同じことになっていたはずだ。

逃げてる人が冤罪被害者痴漢かなんて逃げた人のみぞ知るだろうが、問題は逃げたのが誰かじゃない。

痴漢冤罪食らったら逃げるしかない。」という共通常識を生み出したことそのものだ。あんたら鉄道会社に大いに責任がある。

まあ案の定その事実を認めずガン無視反省の色ゼロでこの期に及んで被害者面してるみたいだが、あんたら無策の報いを受けてるだけで別に全然被害者じゃないから。

あの弁護士発言あんたらが引き出したもんだから今や痴漢痴漢冤罪も猫も杓子も線路に逃げるって話になってもうどうしようもない。

そもそもあんたら及び警察裁判所まで全然信用されてないか最近時折聞く「冤罪の時はちゃんと冷静に応対しよう(苦笑)」みたいな火消しが馬鹿にされるだけで事態をむしろ悪化させてるってことに気づけよ。

誰も信じてないぞあれ。俺だって一応少しは信用してあげたいんだぜ?無理だけど。むしろ火消どころか信用できねーの大炎上でも起こして冤罪被害者線路誘導したいのかな?

信用してほしかったら今までの冤罪推奨体制が何でできてしまったのか少しは公に反省したら?

あともう一つ、だからいい加減「全部男女別車両しろ」って。

うそしかないだろ。100%解決じゃない?

少なくとも痴漢冤罪だの痴漢だのの問題は今となってはドラスティック物理的に完全に男女を分断するしかもう解決以前に対応策そのものがないだろ。(むしろ冤罪いから完全に分断してください。)

よく対策として言われる防犯カメラだってないよりは全然しかもしれんが満員電車では効果は相当限定的だ。

そもそも防犯カメラ絶対痴漢できない位置にいたのが明確な無罪証拠映ってるのに有罪という事例すらあったし。

男性専用車両だって今や1両2両じゃ全然足りないだろ?女性専用車両とやらは昔空いてるとすらニュースになっていたが、男性専用車両の1両程度では逆に男が殺到して乗れないとかいう泣けるニュースになるのが目に見えている。

おそらくその二つではもう問題の5%の解決にもならない。

ぶっちゃけ10年前にこの二つ及び多少の冤罪対策をやってれば全然状況は違ってたしそれなりに有効効果があったはずだが…な。あの冤罪は逃げろ発言を生むレベルまで状況悪化した以上もう手遅れだと思うが。)

もっとあんたらは未だに1%の対策すらしてなかったりするわけですがね。

東京一極集中をやめて解決かいう人もいたようだがそれいつになるかわかんねえ。出来れば確かに対応できる方法といえるが、東京五輪なんてもんで人金かき集めてるしこれから東京さらに集中することはあっても地方分散はまずそもそも起こらないしな。

2017-05-11

靴下ぬぎ子『ソワレ学級』

いわゆる展開の妙という意味では上手いも下手もない作品。ただ淡々日常系文脈の中で綴られてゆく倦怠感のある空気主人公及び周囲の人物定時制高校に通学しており、その中で誰かをそれとなく見下したりいなしたり、正面から衝突せずに嫌な気分になったり、かまってほしかったり、といった空気をいつも発散する。この憂鬱モラトリアムの中で他校の生徒はまたもやんわりと彼らを馬鹿にする。

まり平穏無事に見える彼・彼女らの生活はいつも不穏で、振り切れるほど喧嘩腰でもなく、やる気もなく明るくもない、というどこまでもだらしない普通空間が広がっている。メッセージ性をあえていえば自己承認とそれにまつわる立場物語であり、柔らかく傷つきやすい全体をそのままパッキングするほどの器用さも伺えない。描写が突き放されているから、という理由もあるかもしれないが、むしろこの乾きはウェットを押し殺して諦めてしまった彼らの過去にあるようにも思える。実際登場人物過去は退屈な現在よりも暗く、その傷によって多くを諦めているように描写されるのである。行く先はブラック企業か野垂れ死に、格差社会で何者にもなれない嫉妬や引きずり下ろしの中で諦める、という構図はそのまま若年層に当てはまることで、ある意味背景を感じ取った若者としては刺さるのかもしれない。ここで舞台のものが大きな人格性を持って、後退的自己否定、つまり積極的にではなく惰性での自己否定ぼんやり提示するのである

こうした何もしない空気は一巻半分を超える辺りから急に緩和されてくる。それはヒロインの内「るり」と「べに」の百合関係の食い違いから発生するものだ。一生懸命な姿へと変化してゆくるりに対してべには次第に距離を感じるようになってしまう。つまり急速に生活環境漫画から百合漫画へと態度を変えるのである普通漫画場合ここで寂しさから怠惰に走るべにが悪い男に引っかかる、などの方向に舵を切りがちだが、ゆるゆるとした世界観を持つこの話では流石にそれをやらない。理由は急激な構造化にある。物語の後半で早見啓、主人公柳千草、ゆり、べにの四名で四角関係形成されるのである

どうも日本の連載作品の悪癖で、世界設定の紹介からストーリーラインへの組み込みという悪い流れが存在しており、世界設定紹介時点で票が取れるかどうかを編集が目配せしているのではないか、と思える。この悪癖は少年少女漫画に限らず週刊連載の特徴と限界であり、考証をよほど練ってスタートしないとこのように継ぎ接ぎスタートを切らざるを得なくなってしまうのではないか、と感じてしまった。無論大御所ともなればこの傾向は緩和されるが、ツギハギ、継ぎ足しの問題が作者だけに依拠しているようには思えない。しかしそれとこれとは別で、この作者から今後の可能性は感じない。百合漫画にしたいのかモラトリアム漫画にしたいのか、そのどちらにも舵を切ってアンチテーゼを投げ付けたいのか、趣旨すらもぼんやりしているのは問題がある。

2017-05-06

人事に携わった者として無資格技能な奴を時給1500円で雇うということに理解できない

GWはなんとか3連休確保したわ(愚痴

最近アメリカとある州並の時給に上げろ!と議論されたり最低時給1500円にあげろというデモが行われたりと賃上げ闘争がやや活発になってるわよね。

でもねぇ…企業人事に携わった者として無資格技能なやつをなんで1500円で雇わなきゃならんって思うわよ。

所詮大人になっても時給制バイト非正規なんて学生時代「楽」を選んだ奴なんですわ、その怠惰っぷりが大人になって返ってきてるんだわ。そんなやつをなぜ高時給で雇わなきゃならんのだよ。

私はねぇ、高校時代周りがタバコを吸いつつ放課後カラオケゲームばっかしている奴と違ってとにかく勉強三昧だったんよ、高校二年生の頃から部活終了後塾に通うし、もちろん土日も塾に通いつめたんよ。

高校課題と塾の課題をやりこなすのはとにかく苦しかったわ。泣いたこともあったわ。でも学生時代に苦しんだおかげで今はそれなりに楽に生活できているわよ。少なくとも金銭面ではね。

時給1500円になれば企業ますます自動化をすすめるんよ、工場海外へ、AI時代が来ればなおさらだわ。

AIが爆発的に普及するのは10単位はかかるだろうけどねぇ…まあその頃に最低時給1500円だとかなりの無資格技能バカは職にありつけないんじゃないの?

AIが普及すれば最低時給は500円に下げないと雇用は守れないと思うわよ。ちょっと下げ過ぎかしら、バカでも最低限度の生活は守ってやらなきゃならんしな。

学生時代に楽をしたバカ大人になって苦労する、それを今の高校生にはわかってもらいたいものだわね。

勉強なんて社会に出たら役に立たないしぃ、だから勉強しないわぁ!」とかよく言われるけど確かに三角関数とかmol計算なんて私の業界では全く使ったことはないけど。でも社会に出る途中(試験とか)にはバリバリ必要だわよ。

世の中の高校生諸君モンストグラブルデレステみたいなスマホゲーばっかしたり、流行りのアイドルバンドの追っかけばっかしてないで勉強もして苦しんでほしいものだわね。

息抜き必要だけどそれがメインになっては駄目だわ。私の高校時代息抜きテスト高得点とった休みの日はゲーセンによく行ってたのを思い出すわ。でも月1くらいだったわね。

スマホゲーは本当人間をダメにするわよ、ギャンブル性とイベントで縛り付けて廃人にするっぽいわね。作っている奴らは高学歴、ハマるのは勉強できない低学歴バカよ。バカ所詮搾取される運命なんだわ!そうならないためにも学生時代は苦しむべきだわね。


終わり おねえ風に書いてみました、もちろん仕事をする上では普通の男です。


【追記】2017年5月6日 21:18

年代についてトラックバックされましたので、1984年まれですわ

2017-05-02

[]ニートが夢から覚めたとき

私は数か月で高校中退してからバイト歴もなく家にいるニートで、もう三十路目前です。

不登校になるきっかけは、今思えば些細な事の積み重ねでした。

人間関係が築けず孤立したこと、慣れない運動部疲弊したこと、私の珍解答を晒し教師への反感、

ちょっとした病気になって学校を休んだこと、成績が悪化したこと、それで通えなくなりました。

私の小中学校時代の唯一のとりえが学力でした。塾に通っていたのと少しだけ早熟だったおかげでしょう。

コミュニケーション能力が低くとも、どんくさくても、友達が少なくても、性格が少し歪んでいようとも、

学級委員立候補すれば自分場所を確保できました。将来は学問仕事にできればと思っていました。

アイデンティティをなくした当時の私は家で勉強に専念することを考えていました。

すぐに高卒認定をとって、大学受験参考書を揃えましたが、自分継続して勉強することは難しい。

知り合いに会うのが恐ろしくて、制服姿の学生を見るのがあまりにつらくて引きこもります

親と衝突して将来どうするのかと問われても何も答えられません。

昼夜逆転して気がふさぐばかりの私に、そのうち親があきらめたのか静かになり、何もない平穏な日々がやってきました。

このあたりで専門家支援を受けていれば何か変わったでしょうか。

弟の受験邪魔をするわけにはいかないとか適当理由を並び立てて引きこもり続けます

弟は苦労したものの立派に受験をやり終えて大学で学んでいます。家に邪魔者がいても文句の一つも言わないよくできた弟でした。

なにもうまくいかない、自分で決めたことが何もできない、そんな無力感の日々が延々と続きました。

最近日記をつけ始めました。3年間日記を書き続けています。はじめはぼんやりした字で頭がよく回ってないことがわかります

大学へ行くんだというアリバイ作りのためかセンター試験と受かるはずのない二次試験に3回行きました。

願書を出しても勉強せず、数日前でも勉強せず、まったく意味のない、義務的な、自罰的な行動でした。

2年ほど前から運動の習慣をつけています。はじめは家で筋トレをし、それを日記に記録するだけでしたが

そのうち週に何回か外を走れるようになりました。まったく生産性のない生活の中唯一の充実した時間です。

走れる距離スピード面白いように伸びていき、自信をつけました。

一か月前、突然勉強時間が伸びました。インターバルタイマーをつかって時間管理することで

一日2-3時間が8時間勉強できるようになりました。自分努力できるんだと最高の気分でした。


すべては夢でした。一週間前ほど、私の人生にはもはや明るい未来存在しないことを確信しました。

このまま勉強を続ければ有名大学に入れるだろう、どの学部にしようかなどと調べ物をした時のことです。

ひきこもってすぐにはもう、浪人留年は+2年までだという定説を知っていたはずでした。

すでにどの大学でどの学部で何の勉強をしようともそれを生かせる職業につけるはずはありません。

医学部薬学部くらいでしょうがハードルが高すぎて絶望しかありません。

今まではい大学に入ればなんとかなると妄信していました。それを唯一の希望として生活していたのです。

その先の未来のこと、働かなければならないということについて真剣に考えたことはありませんでした。

コンピュータを扱う仕事がいいなと漠然と思っていました。引きこもる前後趣味だったのです。

ひきこもれば時の流れを忘れます。何も起こらない生活は何の記憶にも残りません。

日記を書く前の自分が何を考えていたのか、何をしようとしていたのか、まったくわかりません。

今更大学に行ったって何にもいいことがない、無駄に年を食うだけで、ほかにやることがあるのではないか

そもそも卒業できるかどうかもわからない。大学勉強社会には役立たない。卒業できても中卒の看板大卒に替えるだけ。

職業訓練専門学校に行ったほうがいいのかもしれない、でも大学受験には未練があります

まったく自信を無くし、食欲がなくなり、悪寒と冷や汗、夜は眠れず朝は早く目が覚めます

無意味かもしれないと思いながら机に向かいます不安で真っ黒の頭は計算ミスを繰り返すばかり。

こみあげる吐き気と闘いながら机に向かいます。今すぐにできそうなことは他に見当たりません。

外に出てアルバイトを探すべきなのか、車の免許を取るべきなのか、ぐるぐる問答しながら問題集を解きます

中卒引きこもりという最底辺仕事を探すのは死ぬほどつらそうでした。どこでもいいか大学を出ていればよかった。

怠惰自分に戻らないように勉強を続けます学力が伸びる保証も、今の勉強が続く保証もありません。

そもそも私に仕事が続けられるでしょうか。学校に通い続けられるでしょうか。

継続できない人間に居場所はありません。私は社会で働いているすべての人々を尊敬します。

今年の受験シーズンはまだ始まったばかりです。しか学力を伸ばすには短すぎ、神経を衰弱させながら続けるには長すぎる。

今気づいたのはよかった、そう自分に言い聞かせますがもう分水嶺を越えてしまっているようです。

大学中退という勲章を一つつけるために勉強をしているようなものです。泣きたくなっては外を走ります

気分の浮き沈みが激しいです。この文章を書き始めたときは死にそうでしたが少し楽になりました。


これを早朝に書いてから数学参考書に手を付けたのですが難問を前に気持ち悪くなってしまいました。

タイマー時間がいつまでたっても進みません。難しいことを考えるのを頭が拒否しているようです。早めの昼寝をして今パソコンの前にいます

勉強から逃げているだけでしょうか。つらいことと向き合い続けるのが人生なのに。

受験勉強を本格的にしていると胸を張れるのはたった一か月だけです。なんて甘ったれなんでしょう。

なんらかの支援を受けて今の生活から脱したほうがいいかもと考え始めます

そういうところにいる人たちを私は蔑視していました。今は将来に向け頑張ってる前向きな人たちと思えてきます

私はちょっと休んでいただけで、まともで、自力人生を切り開けるんだと、そういう無根拠な自信がなくなってしまいました。

両親と相談する勇気すらありません。両親は大学へ進めば何とかなると、私はやればできる子だと、そう応援してくれます

ほかの選択肢について真剣に話したことは一度もありませんし、考えたこともありませんでした。

から覚める前までは楽しく勉強していたのに、昨日までは何とか机にかじりついていたのに、嘘みたいです。

中学生のうちに取った英検二級、去年のセンター7割、何の意味もありません。

日曜日には模擬試験を申し込んであるのに、行かない理由ばかり探してしまます

インターネット無限時間を吸い取る悪魔ですが、ほかに相談する相手がいません。


追記 5/2 20:50

少し楽になりました。今は大学を目指してもいいのかなと少し前向きになれました。

放送大学や夜間は全く考えていませんでした。さっさと仕事を見つけろということですよね。

どんな仕事があって、どんなふうに仕事を探して、どうやって住むところを見つけて移動手段を確保すればいいか、恐ろしくてたまりません。

こんな人生になってしまったんだから泥水をすすらなければならないのはわかっています。今まではその覚悟がありませんでした。

何とかもがいてみようと思います。何かあったらまたよろしくお願いします。


追記2 5/3 10:25

明日から心を入れかえようと決意したものの、夜はやはりつらくて、身の丈に合わない努力は無理なのかなあと思いました。

運動部練習についていけなかった時のように、急に受験生のまねごとをして疲れてしまいました。

死ぬ気で努力したら何とかなる、の美談の裏には死人がたくさんいて、自分もそちらのほうに入っているようです。

人の何倍も努力することはできず、十年取り返すことは不可能で、自分なりのささやか幸せをみつけなければいけない。

朝起きたらコメントが増えていて驚きました。

対人スキルが全くないのはその通りで、弟と母親しかまともなコミュニケーションがないまま十年です。

この十年かつての同級生と会ったことはただの一度もありませんが、実際にはこの田舎地方都市)で立派な社会人をやってる人も多いはずです。

今すぐに仕事を探そうと考えられないのは彼らに会ってしまうのではないかという恐怖からだと思います

プライドが高すぎるのもその通りです。大変な仕事をやっているひとたちを蔑む感情自分にはできないと卑下する感情とがあります

文章がそれなりに見えるとしたら推敲時間をかけているせいでしょう。

気づいたのだから今すぐ動かなければならない、でも何をすればいいのかと途方に暮れる。

昨日から自分文章と皆さんのコメントを何度も読んで廊下をうろうろしていて、無駄時間を使っていると焦りを募らせる。

勉強をしていても受験生はこれを一年二年の間にやっているんだろうとか、もっと難しい問題集を解いているんだろうとか焦ってばかりでした。

私は世の中にどんな仕事があるのか、どんな能力が求められているのかも知りません。

大学を調べて思ったのは、いろんな学部いろんな学科があって、それを自分選択しなければならないけど、

どれがどんな職業につながるのか、あるいはつながらないのかが全くわからないということでした。

新卒なら何を学ぼうとポテンシャル採用されるのでしょうが高齢では直接仕事につながるスキル資格を得なければ。

それでもどの道にもつながっていないような気がして絶望したところです。

前までは漠然いい大学に進もう、ほかに道はない、高校勉強をしないで大学に入って何になる、そんなことを考えていました。

今すぐに働くなら受験はあきらめるのか、それでいいのか、決断を後回しにすれば全部失うとわかっていて、それでいて動けずにいます

行政相談窓口は今日はやっていないようでがっかりしてしまいました。

やっていそうなところがあったので今からちょっと行ってみますプリントアウトして持っていけばいいでしょうか。


追記3 5/3 12:50

ついて初めてゴールデンウィークだったか気づきました。これだからニートはいけない。

それでも気分がよくなって人間は日の光と休憩が必要なんだと実感します。

何も解決せず進んでいないけど心が晴れてきました。


追記4 5/3 20:10

どういう風の吹き回しか今日は母と焼き鳥屋へ行きました。酒の席は生まれて初めてのことです。

酒が入って口が軽くなったので腹を割っていろいろ話しました。今までこのように話したことはありませんでした。

私はずっと何も言わない家族を、腫れ物に触わるような扱いをされているのだと疎外感を感じていました。

干渉すれば反発してやる気を失うと思ってずっと見守ってくれていたそうです。

試験直前になって勉強しているのかと聞いてくる父親が嫌いでした。直前までずっと我慢していたそうです。

急に外を走り出した事について何も言われた記憶はありませんが、好ましく思っていたそうです。

この一か月の勉強も私が孤独だと思い込んでいただけでした。

親の心子知らず、親を非難するわけではありませんが機能不全家族という言葉が思い浮かびます

しか一般論として、子供ひきこもりになったときにどういう対処をすべきなのかは当事者の私にもわかりません。

いまは生きる活力があるからこそ将来を悲観しているわけですが、今までは生ける屍で諦めてしまっていました。

やっと勉強ができるようになったのだから続けてほしいというのが母の希望です。

今日はぐっすり眠れそうです。まったく勉強しなかったけれどいい一日でした。

2017-05-01

クリエイター職の待遇改善されない理由


人間多数決というやつが大好きで、頭の足りない人間は数をかき集めて賢しい人間社会的にはたき落とし、

そうすることでしか満たされない自己承認欲求生存戦略を満たし続けるわけだが、要はこれが極まった現代社会では無理という話である


アニメーター日本において人間扱いされない。やりがいではメシを食えないということが忘れられている。

あまりにも有名な話なので、アニメーターにおける例はまあ語らずともという感じだろう。

CD売上に対する作詞作曲家マージンはよくて10%、普通は5~6%が目安だ。

残りのすべては小売・広告制作レコード会社が暴利とも言える勢いで持っていく。

広告代理店下請けとなったデザイナー動画制作、末端のアシスタントディレクターなど、

その辺りの闇も同様に深い。学生時代バイト先に派遣されてきた元テレ業界末端の方の話がいまも忘れられない。


娯楽関連に限らず、後付された仕組みや制度によって辛酸ぶっかけられているような製造業

たとえば農家の方々やら下請け工場IT業界関連も広く捉えればこの例にあてはまるだろう。

とにかくどこを見ても、損をしているのは「一次生産を担う末端の人間である


アニメーター問題にはこれまた様々な対策や、どうにかしろという風潮はあるものの、

少なからず向こう30~40年は解決することは絶対に無理であろうと見ている。

社会構成人員が総入れ替えされなければ達し得ない、そんな目標であるからだ。


ここで、「きっと何者にもなれない人々たち」の話をする。

特別な才能を持たず、一般的な家庭に生まれ幸運にも恵まれず平均水準の環境で育った人々のことを指す。

他国は知らないが、日本国内においてはこの種類の人々は年々増加し、おそらく現代は9割がこれにあたるだろう。

筆者もまたこの部類に属する、「きっと何者にもなれない人々」である


現代社会というのは、「新しい価値創造提供できる人間」が継続的に現れないと立ち行かない。

これは「運命に愛された人々」で、優れた才能を持ち、裕福な家庭に生まれ幸運にも恵まれ高水準の環境で育った人のことを指す。

必ずしも裕福である必要はなくて、要は能力値が120/100くらいになるという結果があれば条件を満たすところだ(貧乏家庭から出世)。


こうした種類の人々はぽつぽつと存在していて、決してそこまで珍しいものではないと言える。

その辺の人を10人並べれば1人はいるくらいの割合だ。真に傑出している人物もっと少ないだろうが。


そして現代社会というのは、この「運命に愛された人々」によって支えられている割合と、

その重要であるはずの彼らに対しての報酬バランスが崩れている――という話である


一次生産は誰にでもできることではない。彼らの仕事を見ていると本当に感服するし、

尊敬せざるを得ない人間性を抱えている方も多いし、自分とは違う領域に住んでいると実感することも多い。

自らの意志ねじ曲げることができず、不器用ではあると思うが、それでも圧倒的に「強い」人間なのだ


そんな彼らがなぜ迫害とも言える攻撃力で、社会的に低い身分に甘んじなければならないのか?

簡単な話である。そうしなければ「きっと何者にもなれない人々」は満足に生きていけないからだ。

なぜそのような雑魚風情が「運命に愛された人々」を差別できるのかというと、これも単純で、

数の暴力がいとも容易く通用してしま人口構成比だからである


アニメ業界を例にあげて考えてみよう。

日本動画の線が引ける人間というのは、おそらく製作委員会構成する会社それぞれが抱える、

社員全員とその家族の総数よりも圧倒的に少ないだろう。この時点で容易に想像できるが、

原画を描ける人間さらに少なく、作監クラスさらに、一握りである監督を務められるような

すばらしいセンスを持った人間は、その辺の駅にいる通勤ラッシュ構成する人々よりはるかに少ないはずだ。


単純に考えて、アニメーター監督という「運命に愛された人々」は、

製作委員会にいる無数の「きっと何者にもなれない人々」を少数で全員支えていると言っても過言ではない。

なぜなら、優れたアニメーターたちがいなければ製作委員会以下の社員たちは稼ぎを失って死ぬからだ。


アニメーターたちは「線を引いてアニメを作る」という仕事価値よりも、

「彼らでなければ生み出せない」という希少価値製作委員会提供していると言える。

この唯一無二性はもっと評価されるべきであり、しか社会はここから目を背け、

運命に愛された人々」に対して尋常ではない差別を平然と行っている。


かい理屈を抜きにして考えれば、アニメーター製作委員会利益を7:3くらいで折半すべきで、

これは左右の総数に差があろうとも適用されるべき比率であると思う。彼らの仕事は代え難いもので、

アニメーター(500人):製作委員会10000人)であっても正当な理屈であると考える。

しか現実社会はそれで回らない。それは低賃金化で生活レベルの維持が困難になるとかではなく、

単純に人間が持つ「劣等感」や「嫉妬心」などによって、この7:3は維持が不可能からである


である製作委員会側に属する人間圧倒的多数で、その中にはご存知のとおりどうしようもないダメ人間

おそらく2割くらいは含有されていて、彼らがまず率先して大きな声をあげる。

卑怯である」と。「あいつらは好きなことをしてメシを食っている」と、「自分たち差別している」と。

ダメ人間である自分社会にどれだけの価値提供できるかなど考えず、感情で彼らはアニメーターを殴る。

しかし、ここで製作委員会側に属する8割の人間は、そのダメ人間を止めることはしないのだ。

彼らのなかにも同様の心理がある。「卑怯である」と、「自分たち差別している」と。

価値創造できないことの何が悪いのかと、この時点で、己の怠惰を棚にあげて内心で「差別」が始まっているのだ。


この不当な差別は、500:10000という圧倒的大差による数の暴力通用しまかり通ることで増長してきた。

安く買い叩かれ続けて20年30年、現代では立派な「常識」としてこの差別根付いてしまっている。

手塚治虫がなんとかという話もあるが、それは「きっかけとなるひとつの隙」でしかないと言っていいだろう。


作曲家に関しても同じことが言える。バラエティ番組全盛の1970~80年代というのは、

本当に有能なごく一部の作曲家が大量の案件を安く引き受け、一件ごとの単価を引き下げていた。

その頃は生楽器による演奏音楽主体であったため、アカデミック知識センスを併せ持つ、

打ち込み全盛である現代とは一線を画する、優れた能力を持った作曲家けが仕事を得ることが出来た。

その結果として「きっかけとなるひとつの隙」が与えられ、やがて現代マージンに収まっていく。



別に、何も「運命に愛された人々」に常に7割のマージンを与えろという話ではない。

現在のままでは、彼らに対するリスペクトがあまりにも低く、報酬水準も0.1:9.9くらいのものであり、

これはさすがにおかしすぎるという話である仕事必要能力給料が合っていない例として、

一時期どこかの美術館での募集話題になったことがある。そのときは「人脈が」「経験が」と言われていたが、

そんな「社会的価値」を生み出したのは他でもない「きっと何者にもなれない人々」の醜い嫉妬心であり、

ここに搾取構造があるという大前提完璧に見落としているから、あの件はそこそこ話題になったのである


日本では、何かを作ることで大富豪になった人間小室哲哉くらいなのではないかと思う。

それ以外の人間は、「きっと何者にもなれない人々」が「きっと何者にもなれない人々」のために作った、

まりにも無能であるゆえに複雑怪奇と化している社会的システムを利用したごく一部の人である

彼らは何も作り出すことは出来やしない。事実がどうあれ、どうしようもないほど不快存在だと思ってしまう。



自分たち「きっと何者にもなれない人々」は、「運命に愛された人々」をもっと尊重しなければいけない。

嫉妬心劣等感から彼らを差別するのではなく、少しづつでいいから、彼らに対するリスペクトを醸成して、

世代が入れ替わるごとに新しい価値観をなんとか育て続けなければいけない。現代社会で育ちきってしまった、

変化を極端に忌み嫌う現代大人などに期待できることは何もない。若手が変えていかなければいけないのだ。



そのための啓蒙となっている現象は、ツイッターをはじめインターネットでよく起こっていると思う。

運命に愛された人々」のすごさを、捻じ曲げずに直接触れることができるのだ。

これからに期待してはいけない、ということはないと思う。






GWなので日々思っていたことをクソ長文にして吐き出した。これで休める。

http://anond.hatelabo.jp/20170430232025

3年くらい前に、マウス実験怠惰遺伝する話はでていたし、

怠惰がもたらす効能エネルギーの温存だから

そんなにずれている気はしないけどね。

2017-04-30

絵を描くのをやめて数年たった。

5年くらいだろうか。もはやどれだけ月日が過ぎていったかからない。本当にあっという間だ。

とっくに情熱など消え去り、気力もなくなり、ただただ怠惰毎日を繰り返している。

絵にかわる趣味といえるものが無いわけではない。今の世の中遊ぼうと思えば娯楽などいくらでもあるのだ。

遊び、働き、寝る。

これはこれは充実した毎日ではないか人生謳歌している。絵なんて描かずともこんなにも楽しい

しかし、なんだか胸に穴が空いたようなのだ。何をやっても入ってこない。冷えきってしまっている。

原因は絵をやめたことなんだろう。分かりきっていることだが手は動かなかった。描きはじめれば苦しいに決まってる。

結局何も描くことはできずに絶望するのだ。誰もお前なんかに期待していない。お前より絵を描けるやつなんてごまんといる。

そんな雑念に支配され悩むのも疲れた。なんで忘れられないんだ。苦しい。どうすればいいんだ。

また描きはじめる?今から努力する?分からない。分からない。分からない。

2017-04-17

社会を0からリスタートさせて並列化したい

経過的にいろんなもの怠惰的に続いている要素が含まれている社会の中のある一つの制度があるとする。

これを0からリスタートさせて構築し直したい。

さらリスタートが必ず成功するわけではないので、何通りもの再構築を行なって、並列にして動かしたい。

さすれば、最適解を求めて社会が動くことができる可能性が上がる。

そんなこと出来るわけないだろって?

複数世界線を行き来でき、かつ、それぞれの世界線で、そのある一つの制度リスタートすることができるリーダーがいればできる。

ただ、そのリーダーが全ての世界線でリスタートをかけられるかどうかは不明瞭。

その世界線に立ってみないと支持を得られるか分からない。

まり、僕らの見ている世界線の上だけで、最適解な制度を作っていくことは困難を極める。

最適解を知るものが現れるまでは。

僕らはそういう世界の中で生きている。

今週もまた月曜日がやってきた。

2017-04-12

友人ども早く松飽きねえかな…

てか二期やるならとっととやってほしかった

私は松をそういう目で見てないからほんとしんどい

松スタンプでLINEしてくるのもしんどい

早く飽きて

てかニートに憧れてるのか知らないけど仕事サボる人間になるくらいなら松見ないで欲しかったマジで

松を見て怠惰自分肯定しながらも自分愚痴LINEしてきて、いっそ自分ことなんか考えないで松のことだけ考えてればいいじゃん。飽きてほしいけど。

もう、自分愚痴から他人の慰め、みたいな茶番は見飽きたんですけど

正直こっちも疲れるんだよ

2017-04-11

怠惰な真面目が日本を殺す

働き方改革生産性向上。


多重下請け構造によりエンジニア底辺押込めるIT産業

剥がれ落ちない垢のように降り積もったセキュリティ対策

文科省役人を喜ばせるための雑務に圧迫される研究時間


はてな界隈ではもうずっと長いこと、生産性や、それを阻害する

制度や習慣についての話題が尽きない。


ある人は言う。リスクを取らずひたすら保身を求める顧客経営層が悪い、と。

またある人は言う。この国では新しい産業が育たず官僚主義支配されてしまっているのだ、と。


僕も最近までそう思っていた。


でも、30代半ばを過ぎてもう一つの気持ちに気づいてしまった。

考えるのをやめてひたすら手を動かし続けるだけで仕事をしていることになる、それがとても楽だということに。


このままこの安穏に身を任せてしまいたい。そこそこの良い企業でちゃんと仕事をしてると見做されて、

それなりに評価されて、でもやってることは考えることをやめてひたすら手を動かすだけ。

判断が求められないわけではない。でも、決まりきった思考パターンテンプレ文言に乗せて意見を言うだけ。

数年に一度か二度ピークが無いわけではない。そんなときに少し本気を出せばよいだけ。

日々学びを重ねるわけでもない、周りも惰性で働いているだけだ。


クズだ。

若い頃の自分なら、間違いなくそう言ったに違いない。


でも、周りから見れば、勤勉な人に見えるんだろう。

多くの、真面目な日本サラリーマンの一人に見えるんだろう。


最近は思ってしまう。

新しい技術を学び続け、効率を上げるために努力し、意味のない慣習と戦い、常に仕事の仕方を変えていく、そんな働き方を。

成果と生産性が本当に評価される、意味のない雑務存在自体否定される、そんな世の中を。

本当に多くの人が望んでいるのだろうか、と。

頭を止めて手を動かし続けるだけで維持できる現状に満足してるんじゃないか、と。


みんなどう感じてるんだろう。

2017-04-07

http://anond.hatelabo.jp/20170407000221

私は大学中退した。

あなたの言う「全部辞めたい」を実行したわけだ。

正確には、辞めたくなる状況にすらたどり着いていない。

結果、40歳で無収入

親のスネかじってる。

ろくでもない人生だ。

みじめな最期しか想像できない。

「諦めずに努力を続けていれば」

「あそこでもっと踏ん張っていれば」

いつも後悔してる。

しかし、よくよく思い出してみれば、

あの時もこの時も、すでに相当耐えていた。

努力して踏ん張った結果が今なんだ。

無論、常に最善の選択をしたわけじゃない。

恥ずかしくて、かっこ悪くて、だるくて、

避けた選択肢が山ほどある。

怠惰な面もあったのだ。

しかし、常に果敢に挑戦して自己変革し続けるなんて、

誰にでもできることなんだろうか。

結局、全体を眺めてみれば、

なんとも納得のいく人生だった。

自分特性と周囲の環境の、ごく自然な結果だと思う。

予想外の出会いもたまにあった。

そんな時は、考えや行動のパターンが少し変わった。

だが、やがては元に戻る。

とても自然な成り行きだ。


で、提案なんだけど、休学してみたら?

私は、自分ときはこの選択肢に思い至らなかった。

新卒就職できない可能性も受け入れて、

休学や留年をしてでも、まずは卒業を目指しては。

伸びた期間をまかなう資金のめどがなければ難しいけど。

ストレスで体調を崩しやすいのはあなた独自特性から

「それぞれの立場関係者」の視点想像する必要はないと思う。

から聞いたが、

私と1歳上の兄とでは、幼少期の好奇心の示し方がまるで違ったそうだ。

玩具売り場で、私は1つのおもちゃに執着する。

兄は別に執着しない。

同じ育て方をしたのに、と不思議だったらしい。

私は、執着しすぎて心身の調子を崩すという同じ失敗を20年続けている。

おそらく、私の苦しみは他人には想像できないだろう。

私の友人に、ストレス頭痛を起こす人がいる。

しかし、私にはその苦しみを想像できない。

自分の苦しみは「理解してほしい」と願っているくせに。

あなたは、あなた特性に合わせた自然結論を出せばいいと思う。

もしも自分ではどうしても不本意な結論しか導き出せないなら、

予想外の出会いを信じて片っ端から相談してみて。

休むとは何なのか

 もともとストレスに弱いたちなので、割とすぐに体調を崩してしまう。育ってきた環境の都合上、ストレス耐性が低いのは分かっている。

2年前の夏、心の調子をひどく崩した。爪噛みや抜毛とは長い付き合いだったが、過剰服薬と殴打が増えてしまった。不眠もあり、頭がほとんど回っていなかった。

 今、それと同じような状態になっている。飲める薬は2年前に飲み尽くしてしまったため何も無いので、過剰服薬はしていないが、代わりに過食をするようになってしまった。

大抵いつも胃が痛いのが分かる。食後の疲労感をどうしても記憶しないらしく、ずっと過食をしている。元来少食というわけでも無いため、食費がかさむことがストレスになっている。

上階の住人の足音がうるさい。課題に追われている。アルバイトが詰め込まれている。就職活動を進めなくては。

 好きなことをしようとしても涙が出てきてしまって、お話にならない。

毎日毎日部屋に帰って一息つくと泣いてしまう。夕飯を食べなくては、課題のための勉強をしなくては、今度の説明会はいつだったろう、切符を手配しなくては。

疲れる食事、思い通りにならない課題、先の見えない就職活動、相変わらず煩い上階の住人、無神経な同期。

全部いやだ。でもおそらくこの内の大半はきちんとこなさなくてはもっと惨めだ。休みたい。全部辞めたい。

毎日体が重い。言葉が上手く使えない。思っていることを言わなくてはいけないのに、何も思考できない。

来週から講義も本格的に始まる。ここで全部だめになるのだろうか。怖い。

 先日、件の無神経な同輩に殺意をおぼえてしまった。今日、混雑の中で肩がぶつかった人に殺意がわいた。今、何も出来ない自分殺意がわいている。

気分転換をして休めと言われた。休んで良いのか?それぞれの立場関係者から見たら、私は怠けているにすぎない。

 体が辛い。休みたい。朝が来てほしくない。これは怠惰に他ならないのでは?

2017-04-01

怠惰

風呂に入ればそれはもう気持ちが良いことなんて頭でわかるんだけど

風呂に入らない気持ち良さに体がまけてる。でも今日は週末、明日おやすみ、このまま寝落ちしよう。

2017-03-30

はてなーってリーマンばっかだからてるみくらぶバカにするけど

資金繰りに悩む経営者気持ち理解しようとしないならいくらでもぶっ叩けるんだけれどねてるみ

支払いどうしようと日々悩み続けるとそのストレスは確実に理性をじわじわと蝕んでいく

気づくといつの間にか普通じゃあり得ないようなやり方にグッドアイディアと思って飛びついてしま

例えて言うなら将棋の難局で何度も何度も長考して煮詰まり過ぎちゃった挙句に、

「これだ!!!」と閃いた妙手が二歩だった、的な感じ

それくらいおかしなっちゃうんだよ

そうでなければ闇金に手を出すわけがないし、

でも連日のように会社FAXスパムよろしく怪しげな金融屋の広告がなぜ送信されるのかといえば、

そうした煮詰ま経営者を食い物にして割に合うという現実があるんだわ

まあはてなーはこういうと「そもそも資金繰りに困るような経営している時点で経営者失格」とかカンタンに言っちゃうんだろうけど

はてなーって会社が絡むと途端にマッチョイズムに染まるんだよなあ

まあそれだけ会社うだつの上がらない日々を過ごしてるから、その腹いせなんだろうけど

追記

おっ

何かあっという間に結構ブクマついたな

案の定無能経営者を叩けることに嬉々としているはてなー」ばっか湧いてるがな

まあ経営者だってトチ狂うほどには日々過大なストレスを受けているというのが言いたい話なのだが、

経営者の言いたい話なんかに誰が耳を貸すものか、それより俺らの日々の鬱積とした愚痴と不満の方が何よりも大事だ、

というオレオレ主義者無能被雇用者の集まりはてなーから無理もないわな

所詮弱者立場理解しろ」という美辞麗句は畢竟「俺ら」弱者理解しろという利己主義の粉飾にすぎないわけで

「俺ら」に属する弱者だったらどんだけ無能怠惰バカ堕落したうだつの上がらないゴミでも擁護するのだが、

経営者の弱い立場なんぞこいつら100億年経っても理解することはないだろうなあ

バカから

2017-03-21

クソ女の進路希望

ブス、バカ、性悪、怠惰を兼ね備えたクソ女なのに、りっぱに仕事成功結婚子供を求められて息苦しい。どれ一つ満足な結果を出せそうにない。逆にすごい。

なんで無理かと言うと、とにかく頑張れない。頑張りたい、頑張らねば、とは思うけど行動できない。

常に監視されているようなザワザワ感がある。他人に見られながら文字って書けませんよね、あの感覚。あの感覚が怖くて不快で行動できない。

それでも私は健康文化的人間という位置づけだから仕事結婚子育ても当たり前にこなさないといけない。

絶対どれも無理だけど、どれも手をつけないといけない。

適当な人と結婚して、流産してってしたら何も言われないかなって、こんな倫理観も何もないことカジュアルに考えるからクソ女。

だけど私は自分が楽になりたいから、こんなこと考えますって知られてしまったら、勝手に感じてる重荷が降りるかな。

少なくとも、わたし家族をやらなければならない人は現れないはず。

それはきっと、みんな幸せことなんじゃないかな。

まぁ仕事結婚育児の他に介護っていうビッグイベントも待ってるんだけど。

2017-03-20

Perfect Human のこのすばテーマ替え歌

1年くらい前に Perfect Human のこのすばテーマ替え歌思いついてMAD動画作り出したけどダラダラ作ってて出すタイミング完全に失った感じなので替え歌歌詞だけここに書いて供養しておく。


世界行くけど馬小屋寝泊り土木作業の日々 ペケポン


彼女言った世界は必ずしもみんな平和だとは限らない
彼女言った世の中には日本とは異なる世界存在する
彼女言った死後案内するのが自分自身 goddess of the world
彼女をオマケに転生を決めるすぐさま異なる世界Warp
連れてきた彼女役に立たないが
だけどそれを選んだのはカズマ
怠惰言葉 彼女乱射
信者 みんな 避ける立場
カズマよ養う準備はいいか
自分の高すぎ運を使いな
さあカズマ手を敵にかかげ
そしてパンツを掴め
恐れるな おののくな
生きろ 蘇ろ
第二の人生を今ささげろ

「私は高貴な女神
a,qu,a aqua
a,qu,a aqua
a,qu,a aqua
「私は高貴な女神
We live in horse house.
a,qu,a aqua
「私は高貴な女神
What a wonderful world.
a,qu,a aqua
「私は高貴な女神

大地ボッカーン城もボッカーン
気取ってるデュラハンかいうやつもボッカーン
そんなになるならやめてくれよ
ペコペコするな…っておい冬将軍
女神ならそう規定くつがえす
彼女がすなわち bad goddess

A to the Q to the U to the A
S to the A to the M to the A

ありがたきこの名を呼んでみよう
ア ク シ ズ
Say 天才!(天才!)
まさに天災!(天災!)
Say 天才!(天才!)
まさに天災!(天災!)
She’s 変態!(変態!)

ほんとほんとやめてー!

恐れるな おののくな
生きろ 蘇ろ
第二の人生を今ささげろ

「私は高貴な女神
a,qu,a aqua
a,qu,a aqua
a,qu,a aqua
「私は高貴な女神
We live in horse house.
a,qu,a aqua
「私は高貴な女神
What a wonderful world.
a,qu,a aqua
「私は高貴な女神

a,qu,a aqua
a,qu,a aqua
a,qu,a aqua
「私は高貴な女神
a,qu,a aqua
a,qu,a aqua
a,qu,a aqua
「私は高貴な女神

ラノベ天狗の人と青二才の人について

わいラノベ書いて暮らしてる人なんやけど、正直そんなに頑張ってない。正確に言うと、子供の頃から絵とか文章をずっと書いてきたので、それらでそんな苦労とか苦痛を感じたこともないし、天気のよしあし程度の軽いのるのらないで、毎日原稿書いたり消したりしてる。仕事で書くのに飽きたら、匿名で書いてWebに放流したりしてるし、無責任に変なもの書くの楽しい

そういう人間からすると、ラノベ天狗の人も青二才の人も、頑張り過ぎだし、真剣すぎで、真面目すぎじゃないかな。ぶっちゃけ自分創作に対して彼らほど人生かけて取り組んでるようには思えない。ふたりとも、なんかある種鬼気迫ってるじゃないですか。あんなに熱量あるなら絶対自分作品かけるし、そっちのほうが明らかに楽だと思う。

だっていうのを価値観に持ってくるあたり怠惰なのかもしれないけど。でも怠惰ってのは自覚有るしな。書かないで時間過ごすよりは書いて過ごすほうが明らかに楽だ。人生は余白が多すぎるよ。

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