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2016-12-10

結局皆、お見合い結婚に憧れている。

 『逃げるは恥だが役に立つ』というドラマ流行っている。

 要約すると最初便宜上契約結婚を交わして夫婦だんだんお近づきになり「本物の夫婦」になる話だ。

 こういう話は昔から日本人が大好きだ。男向け女向け問わず

 好きでもない相手同棲状態になったり、なかば無理やりお近づきになり、付き合っていくうちに本物の恋仲になる。

 そういうお話バリエーション含め、あなたはいくつも知っている。どれも人気作だ。

 少女向けコミックのそれ系統最近じゃ一月に一作は実写映画化されてるし、

 男性向けの場合は落ちものだとか、ハーレムものだとか呼ばれている(まあただハーレム場合、「好きでもない相手と〜」は一昔前の流行になってるかもしれない)。


 こういう系の恋愛物語がいったいなんで受け入れられやすいかというと、

 それは我々にとって(少なくとも概念的には)馴染みぶかい恋愛形態でもあるからです。

 見合い結婚メタファーからです。


 親や仲人から引き合わされて、ほとんど初対面の相手となんだかよくわからん結婚し、最初は家と家との結婚という感じだったのが、

 寝食を共にしていくうちに個人個人の「夫婦」になっていく。

この世界の片隅に』なんかもそうでしたね。

 あれが理想の「見合い結婚」、日本人の好きな「恋愛物語」のパターンです。


 日本人現在に至るまで実はアメリカ的な意味での恋愛結婚をよく理解していないのじゃないか、と思う。

 いやね、アメリカ人だってから自由恋愛バンザーイ!みたいによろしくやってたわけじゃないんです。

 50年代60年代あたりまでは、結婚相手なんて「ご近所さん」が普通だった。

 特に都市部では出稼ぎにきた移民労働者が、やはり移民であるお隣の娘さんをなんとなく良いな、と思って、デートを申し込んだり、

 あるいはいきなり「娘さんを僕にください」とやってきてそのまま結婚することも多かった(後新聞結婚相手募集広告出したりなんかしてた)。

 「結婚したあとで好きになっていく」パターンは実はわりと最近までアメリカにもあったんです。

 それが変わっていくのが60年代後半から70年代にかけて。

 カウンターカルチャーフリーセックス時代です。

 フリーセックスの方はエイズやらキリスト教保守派バックラッシュやらで廃れていくんだけど、

 自由恋愛のほうは残った。

 なぜなら自由恋愛が「技術的に」可能になったから。

 そう、電話の普及ですね。といっても、

 今みたいに個人につき一つってわけにはいかなかったけれど、約束を取り付けるのは楽になった。

 娯楽も増えたし、公民権運動余録女性地位も向上して女性選択肢もちょびっとながら増えた。

 なんたって50年代までは女性が単身で社会にでる手段なんて絶無に近かったわけですからね。

 やたら女性結婚を急いだのも実家という家庭から逃げ出したいところが大きかったんです。もっとも、結婚実家脱出したところで新しい「家庭」に囚われるわけですが。


 恋愛自由市場化が何をもたらしたかといえば、相手を「事前に」品定めできることでした。

 やはり恋人楽しい人じゃないといや。自分と合う人じゃないと。たとえば、音楽趣味映画趣味。本の趣味が合う人。

 食べ物の好みも重要服装センスも忘れちゃいけない。それに犬派か猫派かも……そうそう、絶対ウンコはもらさない人じゃないとね。


 こうして相手要求するリスト無限に増えていく。このうち一つでも「アウト」だとたとえその他の条件を満たしていてもバイバイさよなら、となりやすくなる。

 要求リストの細分化に貢献したのもやはり技術です。

 特にインターネット以後。フェイスブック以後。

 あなたは見知らぬ他人いくらでも知り合えるようになったし、その他人情報を一切会うことなしにいくらでも知れるようになった。

 メールSNSの発展は新しい人とのつながりを容易にもしたけれど、同時に既存のつながりの切断も容易になった。

 ネットで知り合ったあなたのカレの音楽趣味が最悪だと一分前にわかった? よっしゃ、ならメールを送るんだ。

あなたがそんな人だとは思わなかった。別れましょう」

 それで着拒すれば万事解決あなたは晴れてフリーだ。

 そういう人はまだやさしいほうだ。なかには、別れのメールすらおくらずに元恋人一方的ブロックする人間もいっぱいいる。


 アメリカではカジュアル出会えるマッチングサイトが普及しているけれど、

 日本ではまだ「出会い系」には抵抗がある人が多い。

 でも、なぜかアメリカ式自由恋愛マインドだけは心得ていて、相手への要求レベルは格段に細かく、高くなっている。

 知り合う手段は相変わらずインターネット以前のもの限定されているのに、意識だけはポストフェイスブックと化している。

 この齟齬は、なんだろう。

 といえば、おそらく日本人には「運命の人信仰があるからだと思う。

 「運命の人信仰とは、趣味が全部合うとか食べ物の好みが一緒だから好きなんだとか、そんなんじゃなくて、

 理屈抜きで前前前世から結ばれるべき運命だった人がいるんだよ、という幻想のことだ。


 そう、『君の名は。』だ。


 あの映画現代日本人の恋愛観が非常によく出ている。

 なんだか理屈はよくわからないが唐突に異性と結ばれて、

 わけのわからないまま同居生活を続けるうちに相手のことがなんとなく好きになって

 いつのまにかそれが運命だったということになっていく。

 実は構造的には『逃げ恥』と同じ話なのだ

 お見合いを引きずった現代日本人の恋愛観において重要なのは

 自分の好みと相手の好みが一致することではない。

 自分の好みを相手が事後的に受け入れ、相手の好みを自分が事後的に受け入れることだ。

 それは家父長的な家庭であれば、夫の好むを妻が一方的に受け入れなければならず、逆はないという非対称な関係であったけれど、

 現代恋愛物語ではそれがアップデートされて「お互い様だよね」ということになっている。

 理想論ではあるだろうが、まあ、理屈としてはそういうことだ。


 日本恋愛では、まず運命が先にあり、個人人格はあとからついていく。

 それはおそらく個人人格を認め合う自由恋愛の本義からは外れた思想なのだろう。

 でもまあ、なぜか日本人はそういうのが好きだ。

 結局、皆、自由恋愛最高!を謳いながらも、心の奥底ではお見合い結婚に憧れ、理想化しているのだ。

 



 

http://anond.hatelabo.jp/20161209024419

腐女子はまず男性オタクからバッシングと、腐女子マナールールから趣味は異常なので表に出してはいけませんと徹底的にすり込まれからな。

から自縄自縛ループに陥る。

腐媚びのアニメなんかに釣られない、そんなものは嫌いと無駄無意味な虚勢を張ってしまう。

誰にでも好き嫌いはある。がわざわざ腐媚びは低俗ものから私はそんなものに靡きませんと宣言してしまう。

そんなものに釣られるのは恥なんだと。

自分自分を殴っている姿のようで哀れにすら思えてくる。

若い世代腐女子はそういうしがらみを気にしてない自由な人が増えているけど。

これ以上腐女子は抑圧されるべきなんだからお前らもされろって新しい世代強要していく負の連鎖はやめていったほうがいいと感じる。

ユーリが転換期になってだんだん変わっていったら喜ばしい。

六本木にある旧ソーシャルゲーム覇者が人事的に死にかけている

IT系会社採用をしているのだが、旧ソーシャルゲーム覇者から流出人材の応募がいつまでたっても止まらない

どうなっているのだろうと、少し調べてみたところ人事的・採用的に終了していたので少し書いてみる。

人事的に死にかけていると断言する理由

人材不足人材の質の低下が酷い
出世できない会社
成長できない会社
残っている社員の質も下がっている
今後優秀な社員が入りにくい状況

まとめ

  • 人事的にみると崩壊し続けているようにしかみえない
  • ただし、中にいる優秀な人は(そんな人が残っていれば)この状況でやめない会社の本職が好きな人に違いない
  • 新規事業?もう人材いないだろ、あきらめろよ、試合終了のブザーは何年も前に鳴ったんだよ?

面食いなので

万人受けする可愛い顔を好きになる。

一度ハマったら数ヶ月は必死になって画像を集めたり、出演ドラマを見たりして、もっとその人を好きになろうとする。

知れば知るほど、面白いキャラクター性や性格のよさも見えてきて、ルックスの良さだけでなく、人間としてのよさが分かってくる。

けれど、私はそれ以上彼らにのめり込めない。

魅力的だとは分かっているんだけど。なんでかなあ。

しろ一定期間を過ぎると、だんだん興味を失いさえする。テレビで見かけたら「あ、」って思うくらい。

どっぷりのめり込んでしま相手も勿論いて、けれど彼らのルックスは、私の理想としているような女子顔負けの可愛い系ではなくて、塩顔の、低身長

そういう人たちは大抵、演技力の高さだったり、感性のよさだったり、歌やダンスのうまさだったり、“スキル”に目をつけて好きになる。

初めはスキルだったはずが、いつの間にか言動のすべてが、好みではないはずのルックスまでもが愛おしくなる。

なぜなんだろう。何なんだろう、この差は。

ごめんなさい。特にオチはありません。

ああ、ただお顔がとても好みで一時期大好きだったIくん。

最近週刊誌から陰湿記事を書かれているけれど、徹底した顔ファンなおかげで少しもダメージがありません。全然嫌いになんてならないなあ。

お顔はもちろんだけど、デタラメなようできちんと考えているところとか、シビア意見も持っているところとか。そんなところは好きなままです。

ただ、報道される以前から彼のファンではないけれど。

2016-12-09

発達障害の子供と心中しても良い法律を作ってほしい

発達障害…というか、キチガイの子供との生活が辛い。

話が通じない。

注意を無視する。

しつこい。

子供は頭を握り拳で殴らないと動きが止まらない。

だんだん子供の頭を殴る回数が増えてきた。

そうしないと子供は奇声を上げ続け、走り回り、ふざけ続ける。

療育施設全然あてにならない。

無難な答えばかりしか返ってこない。

育てる責任もあるが、終わらせる責任も親にある。

これ以上追い詰められて私も頭がおかしくなる位なら、子供心中するしかない。

みかん物語

むかしむかし、ある海辺の小さな村に、みかんの木を育てているおじいさんが居ました。

その頃はまだ、みかんの木を育てているのは、そのおじいさんだけでしたが、

そのみかんの木から採れるみかんは、とてもおいしく、村で評判でした。

 

ある秋の日、おじいさんは、実ったみかんを、遠くの街の市場に持って行きました。

おじいさんのみかんはたちまち評判になり、とても高い値段で取引されるようになりました。

喜んだお爺さんは、それからせっせとみかん市場に持っていくようになりました。

ひと冬が終わって、春が来るころには、おじいさんは、家を建て替えられるほどのお金を儲けて、

たいへんなお金持ちになっていました。

 

村の人々は皆、おじいさんを羨みました。

「いいなぁ、僕もみかんを育てて街で売って、お金持ちになりたいなぁ」

そういう人たちに、おじいさんは快く協力し、みかんの木の育て方を教えました。

村では皆がみかんの木を植え、みかんを育て始めました。

やがて村じゅうの畑や山が、どこもかしこみかんの木だらけになりました。

「みんなお金持ちになれるかなぁ、ワクワク」

 

でも、お金持ちになるのは、簡単ではありませんでした。

みかんの木は、植えてから、実を付け始めるまでに、なんと20年間も世話して育てなければならないのです。

みかんの木を植えた後、20もの間、周りの草を抜いたり、水や肥料をやったり、

害虫駆除したりしなくてはなりません。でも、その間、みかんは実らないので、

みかんを売って収入を得る事もできないのです。

その間、おじいさんは、毎年みかんを売って、ますます儲ける事ができましたが、

それを見て真似してみかんを植えた人は、前よりも貧しくなってしまいました。

「でも、みかんが実り始めるまでの辛抱だ。みかんが実り始めたら、きっと金持ちになれるぞ。がんばろう!」

 

やがて20年が経ちました。おじいさんの真似をしてみかんを育て始めた人々のみかん畑にも、

やっとみかんが実り始めました。

「やった、みかんが実ったぞ。どれどれ、1つ食べてみよう」

 

そうすると、困った事がわかりました。最初のおじいさんと同じように美味しいみかんができる畑もありましたが、

半分ほどの畑では、食べられないほど酸っぱいみかんばかりだったのです。

 

最初は、それぞれの農家が、それぞれ箱に詰めて、遠くの街の市場に持って行きました。

おいしいみかんは高く売れますが、酸っぱいみかんは誰も買ってくれません。

20年もかけて、頑張って我慢してみかんの木を育ててきたのに、すっぱいみかんしか実らなかった農家は散々です。

 

「これじゃぁあんまりだ。20年も頑張って来たのに、結果がこれじゃぁ、可哀そう過ぎる」

そういう訳で、村のみんなで集まって、どうすれば良いか相談しました。

「おいしいみかんが出来たのも、酸っぱいみかんになってしまったのも、運のようなものだ。一緒に同じように頑張ってきた事に違いは無い。

から、両方のみかん区別せず、混ぜて売りに行こう」

そういう話になりました。

 

さっそく、次の日から、おいしいみかんと酸っぱいみかんを混ぜて、市場に持って行きました。

市場ではどんな値段で売れるでしょう? 

おいしいみかんと同じ値段で売れるでしょうか?

おいしいみかんと、酸っぱいみかん中間の値段になるでしょうか?

それとも、ぜんぶ酸っぱいみかん扱いされてしまうでしょうか?

 

残念ながら、結果は最悪でした。味見で酸っぱいみかんが混ざっている事に気が付いた客は、

すっぱいみかんと同じ値段でしか買ってくれなくなってしまったのです。

 

村ではまた話し合いました。

「味見をする客は、箱の上の方のみかんしか味見しない。だから、箱の下の方に酸っぱいみかんを入れて、上の方においしいみかんを入れれば、

おいしいみかんと同じ値段で売れるんじゃないか?」

 

早速、試してみました。

最初の日は、とてもうまくいきました。味見をしたみかんがどれもおいしかったので、客はおいしいみかんの高い値段で全部買ってくれました。

でも、次の日には散々でした。下の方には酸っぱいみかんが入っている事に気が付いた客からクレーム殺到しました。

その悪評は、またたくまに広まり、その村は信用を失ってしまいました。

それ以降、その村のみかんをまともな値段で買ってくれる人は誰も居なくなってしまいました。

 

村の悪評のせいで、どうやっても高い値段で売れなくなってしまったので、村の人々はだんだんと諦めて、みかんの木を育てる事をやめてしまいました。

いったい、何がいけなかったのでしょう?どうすればよかったのでしょう?

 

そして、最後までみかんを育てていたのは、結局、あの、おじいさんだけでしたとさ。

 

[]イジメてた

Masuda Advent calendar 2016の九日目の記事です。



キッカケは兄の部屋で見つけたエッチおもちゃだった。

男性器を型どったティルドや、鼻に引っ掛けて顔を歪ませるフックや、浣腸器や、布面積が少ない下着など、多種多様な性具が兄の部屋にはあった。

その当時、友人たちとの間でも、彼氏とやっただの、ネット掲示板大人と知り合っただのと、性に直結する話題が増えてきたこともあって、とても興味を惹かれた。

から、つい、それを試して見たくなってしまった。

その頃、四人組で行動している中の一人に、どちからというと駄々草で、どちらかというと鈍臭くて、どちらかというと勉強ができない、四人の中で一番冴えない、と私が思っていた子がいた。

今にして思うと、何かを比較すればそりゃあ上と下ができるけど、それが不快に感じたり、生活する上で不便になるほど、彼女ダメ人間ではなかった。

けれどその頃は、自分よりも劣っていることが、彼女に対して無茶をしても良い理由になると思ってしまった。

しろ、こうして弄ってあげることで、彼女楽しいんじゃないか? ぐらいの、傲慢さがあった。

ことの全容を書くと、ただのポルノ小説や、ネットによくある体験談ポルノになってしまうため書かないが、それはまあイジメた。

いや、イジメという言葉は緩すぎる、単純に暴行だった。

最初のうちは、性の知識豊富な私がちょっと特殊な遊びを披露する、という趣だったのだが、だんだんエスカレートしていった。

特にわかりやすく変わったのが、四人組の残りの二人が傍観者でなく参加し始めたときだ。

うその頃には、一目置かれる私、というポジショントークの趣は完全になくなり、彼女にをイジメるのが主になっていた。

当初の性というテーマすら失われ、どんどんと暴行じみた行為彼女に加えてしまった。



もう本当に洒落にならないイジメ学校にバレるとかじゃなく、警察が出てくるとか、彼女刃物か何かを持ち出して私たちが殺されるか。

もはや傍観者の私がそんな発想に至るまで、暴行エスカレートしていった。

辞めさせるのは、困難だった。

発端が私だけに、もう二人を納得させるのは難しく、何よりそれはもう、私を代わりにしてください、という宣告になると思った。

かと言って、イジメている本人と普通に対話をすることも、また難しかった。

散々手のひらを返し、散々彼女の体に危害を加え、散々弄んだのだから、ごめんなさいと言ってしまったら、状況が何もかも変わってしまう。

とどのつまり、もはや内の加害者側の私からは、手の出しようがなかった。

と、当時は思っていた。

今にして思えば、うだうだ言わずにさっさと二人を連れて警察にでも行けばよかったんだ。

にもかかわらず、自分の身可愛さに、くたくたと理屈をつけて、彼女を殴り、笑っていた。



結局、私が危惧していた、警察沙汰にはならず、高校卒業した。

四人とも別々の進路だった上、私はこのことの気まずさから同窓会にも参加していないため、今彼女たちがどうしているかは、何も知らない。

ただ、卒業してから、初めてのお盆休みに、彼女メールをした。

「盆休み、暇? 遊ばん?」と、送った。

この時、何を思ったのか、自分でも定かじゃない。

会って謝りたかったのか、彼女が今困っているかどうかが知りたかったのか、彼女が困っていたら助けたかったのか、

彼女にまた暴行をくわえたかったのか。

どんな気持ちで、このときの私がいたのか、未だに心の整理がついていない。

けれど、結局、会わなかった。

彼女の「はい、わかりました。買ってもらったオムツの残りはあと二枚です。新しいのを買って持って行った方が良いですか?」という言葉の重みに耐えられなかったからだ。

今も、私は何の責任も取らず、ただこうして彼女のことを思うだけで、彼女でも国家権力でもない何かに贖罪の責を果たしたかのような、傲慢な考えのままでいる。

2016-12-08

マジで最初こっちに好意向けてたくせに離れていくやつってなんなの。

本当に最初から期待させないでほしい。

そのくせ最初は興味なかったくせに、話してるうちにだんだん好きになってくのやめたい。

損な性格だなあ。

この世界の片隅にのん」が絶賛されてる理由

彼女境遇に合わせて「はまってる!」と言ってる人がいるが、 も う そ う い う の 面 倒 だ か ら や め に し ま せ ん か 



この世界の片隅に」の主役はすずさん(アニメボイスのんである

そしてこの作品群像劇とは違う。確実に「すず」の目線で見た「すず」の世界お話であり「すず」の話である

最初から最後まで、のんボイスですずの心象風景が語られていく。

そのリアル自然なさま。

方言もどうやら絶賛のようだ(広島弁から呉弁に代わるらしい。うん、他県民なのでわからん。でも確実に広島弁なのは分かる)

「ありゃー」が口癖のすずさんの「ありゃーバリエーション」は素晴らしい。『上手いとか下手とかじゃなくて~』と人はよく言うが、これはかなりテクニカルなことだろう。

朝ドラ全話の「じぇじぇ」のバリエーションを全てまとめるというキチガイ動画しかNHK公式)を見たことがるが

何百回もあったので「この『じぇじぇ』と今の『じぇじぇ』は似てるな、近いな」と思うこともあったのだが

このアニメの「ありゃー」は全部違う。そして全部可愛い。(ありゃーはすずさんしか言わない。じぇじぇ!は皆川猿時も言う)



あの絵柄のため子供のすずさんと大人のすずさんの見た目はさほど変わらない。

お嫁に出たすずさんを大人、としても18歳なので、あまり変わってほしくもない。

なので子供時代の声も「のん」が当てている。イケメンボイスで「細谷佳正」もショタを演じてる(子供なのにイケメン声すぎであるが周作さんなのでよし)。

しかしある地点から、すずさんは見た目も中身も大人になっていく。

それが違和感なく、自然に、そしてふとした瞬間に<声>で分かるのだ。

このアニメ戦争記号化してきた作品とは違って、【あの時代】という事実を打ちだし、見る側に考えさせる形をとっている。

なので子供声と大人声を分けないと判断した功績は大きい。

子供の声はどうだ」とか「大人の声はどうだ」とかい記号化された認識を、声で打ち砕くことに成功した。



のん」の境遇と重ねるな、と最初に言ったので、あまちゃん能年玲奈という女優を例にだすと、

主人公アキは最初標準語で、ぼんやり暗い子だ。

それが最初の一週間を終わったころ別人になり、だんだん訛って、意思を持ち、表情が変わり、反抗期を迎え、目が鋭くきらめく瞬間がある。

そして不本意ながら世の中を迎合し、母親を受け止める。大人になる瞬間がある。

それを「のん」はアニメの中で声で表現した。

これがどれだけ凄いことか、というのは<音>の情報なので「見にいけ」としか言えないが

前半の「すず(のん)」と後半の「すず(のん)」の声は別人と化している。



本職声優なら誰でもそれができるのだろうか?

そうではないと思う。声優だってまり役とそうではない役がある。

この「のんの声と演技」は「すずというキャラクター」に恐ろしいほどはまっている。そして作品世界観を作り出している。

のんの声に引っ張られるように、他のキャストナチュラルに設定された。

もしコテコテアニメ声を出されていたら、この作品にその声は違ーう!!と心の中の宮崎駿が抗議をしにきたレベルだ。

奇跡的なハマり方をした。駿、これがしたかったんだな。

高山みなみ原作者結婚し、離婚しても降板せずコナンを続けているというくらいの奇跡的なキャスティングを起こしている。監督感謝したい気分だ。



いろいろ感想は見るが、本当に声がはまって一定レベルに達していないと「彼女境遇に重なって~」とも思えないと思う。

いくら境遇が合ったにしろ、下手だとか、微妙だとか、散々言われてただろう。

うがった見方、うがった聞き方をしているのはそんな絶賛を続けている方では無いだろうか。

のん」の奇跡と、実力と、キャスティングをした監督スタッフ一同。本当にありがとう

書きたい人と作りたい人のギャップ

PHPの授業をしている。

それを教える先生プログラミングを書きたいらしい。

論理演算子は左辺の計算trueになったら右の計算をやらないで飛ばす」

PHPポインタ参照じゃなくてコピーしている」

仕組みやアルゴリズムを熱く語っている。

多分仕事プログラミングを書いているうちに、作るよりも書くことが好きになり、いかに書くことが楽しいかを伝えたがっている。

そこがやりたいんじゃない。

こっちはプログラミングで作りたい。

「取り敢えず動くPHPを使えばイカしたWEBサイトを作れそうだ」

PHPでもなちゃとみたいなのが作りたい」

文学がしたいんじゃなくて、コンテンツ作りをしたい。

でも先生方が書くことに時間をかけている性で、だんだん気が滅入って、「プログラミングって複雑で面倒なんだなあ」と悟りコンテンツ作りを諦めて元となる文学に走っていく。

作ることから書くことに目的が変わっていく。


はぁ〜つまんねぇ〜(・_・)

ラスボス戦で弱くなる主人公ネタバレ注意)

特撮ヒーロー物のアニメでは、たいてい主人公も敵もだんだんと強くなっていき、ラスボスともなれば、これまでの技や武器を全て使って戦う。

たぶん、おもちゃを売るためなんだろうけど、それは別にしても盛り上がる。




でも、仮面ライダークウガは違った。

物語を通して、だんだんと強くなるのは定石通りなんだけど、ラスボス戦の最期画期的だった(と、俺は思っている)。

激しい戦いでお互い力を使い果たしてしまい、変身が解けた生身の人間の姿で戦うのだ。

素手での殴り合いだ。




世界を救うために戦うしかない、主人公はそれが哀しくて涙を流しながら。

一方でラスボスは、素手での破壊行為快楽を感じ、狂喜の笑い声を上げながら。






15年以上経つけど、これを超えるラストバトルは見たことがない。

2016-12-07

時間差で罪悪感に襲われてちょっと寝込んだ

何かと話題Welqと同じやり口で、芸能人をダシにしたゴシップキュレーションメディアの運営をやっている会社の社内ライターとしてバイトしてた。

私と同じような子が何十人も雇われていてその多くがまだあまり社会のことを知らないような学生で、中には就活中のインターン生もいた。

プロデューサーの人から指定されたキーワードを使って黙々と、片っ端から記事を作っていた。

参考になるようなサイトも教えられ、こんな文体言い回しを真似してねとか、画像検索して使ってねとか、盗用することをごく当たり前のように指示していた。

大量に生産された記事数に比例し、みるみるうちに訪問数も増えた。

そしてそのプロデューサーは社内で半期に一度行われる総会でMVPを獲った。

ところが昨日、サイトを停止した。

一瞬意味が分からなかったけど、社員の人たちが焦りまくってる様子からなんとなく察しがついた。

ふと我に返った時、犯罪紛いのことに加担してたのかな、とか、私もモラルが無いのかなとか、色々思い悩んでいたらだんだん気が滅入ってきた。

なんとかご飯は喉を通るようになったけど、もう六本木には行きたく無ないや。

2016-12-06

テクニックに長けた作家が苦手

こうの史代は確かに上手いんだけど、やたらと上手さをひけらかしたがる癖があるのが鼻についてどうも苦手

読み始めた二十年前はそんなこと思わなかったのだけれど、十年前あたりからどうにも引っかかりを覚えるようになりだんだん離れていってしまった

でもこれは作者の問題というより読者の問題だろうなとも思うのでもう少し無心に読めるようになったらまた戻ろうとは思っている

文章技巧に優れた小説を読むときストーリーより文章のものが前景に浮き上がってやたら主張してくるように感じるのだけれど、そういう場合はそれを感じる読者が悪いとはならず普通に散文が透明性に欠けると言ってしまって問題ないので、漫画小説の違いもあるのかもしれない

私の場合こうの史代に限らず漫画を読む時そのテクニックに目が行きがちなのだが、こうの史代は圧倒的なストーリーテリングで読者をねじ伏せるといったタイプ作家ではないから読んでいる間いろいろな部分を見渡す余裕が生まれやすく、そのせいで漫画家としてのテクニックの冴えを意識してしまう間も生まれやすいのかもしれない

あと最近のあの映画のヒットと絶賛の空気を受けて、批判的なことが言いづらいため「読者の私が悪い」ということにしておいた方が安全と感じてしまっているのかもしれない

医者さん増田助けて

ここに書くべきではないと思うのですが。


最近今日うんこしたっけ、って夕方ぐらいに思うんだけど思い出せない。

今日なんか、皿に乗ってたはずのおかずがない!って言ったら、今食べたじゃん、て言われて。

完全に無意識だったんですけど。



わたくし、抗精神病薬飲んでた身で、遅発性ジスキネジアが出て、2ヶ月ほど前に断薬したのです。

これはその影響でしょうか。

それとも精神疾患に見られる健忘というやつでしょうか。

それとも認知症でしょうか。



あと、

人間無意識でやったことってどの程度覚えてるものなんでしょうか。

子供ははじめての体験が多いか無意識って少ない気がするんですが、

だんだんルーチンワーク化して無意識領域が広がっていく気がするんですが、

認知症患者って、やったことを覚えていない(そして、やることがおかしくなるんですよね)

どういうことなんですか。

覚えていない、というのは無意識で行動してしまうのとどうちがうんですか。



うんこ漏らしたくないです。

http://anond.hatelabo.jp/20161206104508

それだと「だんだん短くなってる」じゃなくて「長くなったり短くなったりしてる」だし、

賞味期限からイコール保存期間ではない、ということで「半年しかもたない」も大嘘だよね。

http://anond.hatelabo.jp/20161205210518

カップラーメンの保存期間ってだんだん短くなってきていて

今は半年くらいしか持たないよ

2016-12-04

いとうせいこうトーキングセッション2014夏

2年前の敗戦の日ころにNHKラジオで流していた五木寛之さんといとうせいこうさんの対談の冒頭部分の書き起こし。

誰かフルで持っていませんかね。

作家五木寛之さんをお迎えしております

まぁ、僕はもちろん戦争体験年代ではないのですけど、五木さんは?

はいっても、戦場体験は、もう3つくらい上になるとあるんですけど

少年飛行兵とか

僕らの世代は、ちょっと前で、終戦ときは、中学1年生でしたか

平壌の一中に通ってました。

で、引き上げていらっしゃって

戦争体験にもいろいろありましてね。

大本営とか通信部とか

丸々太って引き揚げてきて、村の人が

出ていってときと別人のようでなんて人もいた。


インパール作戦とか

いろんな悲惨体験した人もいるし、

僕は国に対して、万斛の恨みがあるんですけど

荒廃した国土に何百万って人が帰ってきたら迷惑なんですよ

から当時の内閣閣議決定でね

海外にいる残留日本人たちは、

そのままにしておきたい

シベリア復員兵もひっくるめて

方針があったみたいですね

僕なんかは、引き上げというよりも脱北ですね

38度線を徒歩で越えた口ですから

脱北者として、逃亡してきた

から70年になりますから、引き上げ者といってもピンとこない

あっ、帰国子女ですかと言われたりするんで、

棄民のようなかたち?

完全な棄民ですね。

捨てられてしまたかたち

内地のほうで、迎える日本の側でも

ほんとにあの時期に勝手外地に行って

戦争の真っ最中日本では麦のカスを食べていたとき

平壌では、チョコレートがあったそうじゃないかみたいなかたちでね

上海では、ジャズバンドもあって、ダンスホールもやってましたか

そういう裏返しも、恨みみたいなものがあるから、余計なものが帰ってきてということで、

引揚者って言葉は、当時は差別語でした。

そのことみたいなものだんだんだんだん、伝えられなくなって

粗雑なお話になって、

あるいは美しい物語になってね

アカシア大連なんてね。うらやましいなと思って

かつての植民地いたことを懐かしいと思える先輩たちのね

五木さんはそうではなかった

僕なんかまだいいほうでね

北朝鮮の北のほうの豆満国境ソ連

近くに入植した人たちが、軍に見捨てられて


デマが流れて、ピョンヤンに来ると列車があるらしいということで、

見るも無残な行列

避難民か引揚者かと同情しながら見てたんですけど

その人たちは、ありとあらゆる戦争の愚行というもの惨禍を受けてね

ボロボロになって、やってきてるんですから

引き揚げにしても戦争体験にしても千差万別ですよ

ひとことには絶対いえないですよ

それがもう伝わらなくなってきている


帰国子女だという人がいるということ


五木さんに今このお話を伺うことは、とても大きなことなのではないか

今、話すのは無駄だと思っているんですよ。

虚無感というかむなしさの中で

沖縄戦のいろんなことを語り部として、修学旅行の生徒に語って聞かせるようなガイドの人たちは、もうだめだ。やめようと。

早くやめろとかね。その間みんなスマホを見ている、ぜんぜん聞こうとしない

昭和史のかんどうさんも歴史を人は学ばない

僕は伝わらないと思う

言っても言ってもね、実感というのは伝わらない


僕はもう半ば諦めている

その人が

そうなるまでは、

体験というものは美化して伝わる

物語化して伝わったり

そういうクッションを経て伝わるんだ

と、悪いんですけど、嘆いているんですよ


しかし、まぁ、それが実感なのだろうと


マンツーマンで向かってお話をしていればね

なんとなく、口ごもる

話の中にもその人が語りたくない

っていう感じが伝わってくるでしょ

本当のことは語りたくないわけでしょ

引き揚げ体験にしても戦争体験にしても

本当の自分に対してやましさを持っている人たちは

語りたくないんですよ

から、僕も本当のことは語らない

ずっと今日までね、引き上げをテーマにした小説は書かなかった。

そんなもの書いてね、おーなかなかい作品だねなんて

言われたら、とてもじゃないけど、申し訳ない

確かにそうですね。

以上の内容から読み取れることは、戦争体験千差万別であること。



修学旅行原爆資料館に行ったら、呉の軍港も見て、岩国基地も見て、バランスをとっておくべき。

沖縄にいったら、ひめゆりの塔に行ったら、米軍基地も見ておきたい。

空爆でやられたところとそうでないところ。日本都市部がなぜか軍需工場扱いされていた事実

やられなかったところは、当時の日常の延長なんだよ。

赤紙がきて、動員された人。上を目指して、半島大陸に渡った人もいた。

そういう事実の積み重ねの上、生き残った人が今を作っている。ただ、それだけ。


http://anond.hatelabo.jp/20161204184643

2016-12-03

母の日本語力が低くてイライラする

子供の頃はなんとも思わなかったが、他の大人と接するに連れて、だんだんうちの母の日本語力が低いと思うようになった。

小さい頃から母と話が通じなくて、自分なりに話が通じない原因を考えて指摘したりもしたのだが、母は一貫して自分の非を認めなかった。

例えば私が、話が通じなかったのは母の言葉が足りなかったからで、ここでちゃんとこの言葉を入れておけば分かりやすかったはずだ、などというと、「書き言葉と話し言葉は違うのよ」などと、まるで私が口語でのコミュニケーション問題を抱えているかのようにいうのだった。小さい頃は自分が悪いと思っていた。

実家を離れて、家族メールコミュニケーションをとることが多くなると、メールというはっきりと残る形で、母の日本語の拙さが顕れた。

祖母はもうすぐ90歳になるのに、メール文章はいつもはっきりしている。句読点は正しいし、助詞の使い方も正しい。祖母英語ができないのに、英語で書かれた私に関する書類から固有名詞数字、日付などを読み取って、スペルミスはあれど「ここにこのように書かれていますので、どうなったかなと」などと言って引用してくれる。

母は4年生大学は出ていないけど、短大は出ている。この世代女性としては低学歴な方ではないと思う。

2016-11-30

ジャニーズバンドを見れない

いや、TOKIO兄さんは全然見れるんですけどね?w


エイトバンドゴリゴリ推してきてからだんだん冷めていったヲタ…って全然居なくないすか?

わたしはどんどん冷めてってしまってエイト降りちゃったよ。ジュクボあたりも全然沸けなくてだな…

いやこんなこと思ってるあたりがやっぱりもうヲタ卒すべきだなって自分でも思ったことが「にぎやかスタイルのいつもの自分たちとは違うでしょ?楽器できるんだよ、音楽音楽音楽」みたいな感じがなーーー 大袈裟感も感じてなーーー、っていう。

踊り苦手だから!とか言いつつアイドルアイドルして踊ってるのが好きだったんだよーーー

っていうのはただ単にわたしが根っからの「アイドル好き」だからバンドスタイルを受け入れられなかっただけなんだろうけどーー



からもうバンドアイドルを見るのがしんどいっすわーー!!トラウマになる!!

ギャップで推しているのだろうけど!

かららぶとぅーんもしんどいんだよなーー!!

らぶにキスマイイズムを感じるから勢いがあるエネルギーもある個性派ゴリゴリギラギラグループ、とかで推せばいいのに、何で楽器プラスした??ヒロム爺やはそんなコンセプトのアイドルはもう売れないとか考えてたのかな…

ダンス間奏で出てくるドラムセットベースギターキーボードしんどいわー!

らぶとぅーんしんどい理由は、前に生放送ギター真田さんが不在の時に代役であらん君がギター持たせられてたのを見て、本当に、当て振りさせるくらいならやめろよと…こういうのがあるからジャニーズは「○○の真似ごと」とか云々かんぬん言われるのでは…

ほんとにしんどいわー!!

2016-11-29

劇場版艦これ、すごくない?

ネタバレあり感想です。

脳内整理のために書き殴ったメモです。だいぶしっちゃかめっちゃかです。










良かった点

戦闘シーンが良かった。

全体的に艦娘固有の艤装が活きていた。

最初の第八艦隊戦闘とかもう最高。古鷹の腕ってあん甲冑みたいになってたんだな。普段名前に隠れてるから全然知らなかった。めちゃくちゃカッコええやんけ。

天龍の刀が活きてたのも良かった。牙突みたいな構えしてたからそういうことすんのかなー、って思ってたら結局普通に発砲する。これがいい。あれは実際に敵を斬るためじゃなくて、印象づけておいてプレッシャーを与えるための武器なんだな。案外クレバーだ。怖いよ天龍ちゃん。

あとは何をおいても大和の発砲シーンですね。超火力・超迫力。やっぱり大和はこうでなくちゃ。まさに最終兵器

艦娘以外も良かったです。艤装の細かい稼動とか、見ててテンション上がった。

妖精もいい仕事してましたね。戦いの場には似つかわしくないビジュアルだと思ってたけど、それがむしろ張り詰めすぎかねない空気緩衝材になってて良かった。

妖精の空戦シーンもよかったしね。いっぺん翼を「クイッ」ってやってから旋回するやつとかね。あれめっちゃカッコよかった。




艦娘の描かれ方が良かった。

全編通じて、「それそれ!それが欲しかった!」って感じ。ポンコツは一人も居ない。ハラショーしか言わない娘とか、終始一人遊びしてる娘とか、男もいないのに行き遅れキャラでいじられる娘とかが居なくて本当に良かった。

個人的には金剛姉妹が良かった。TV版ではほとんどギャグ要員だったけど、今回は軍議の一端を担う重要役割金剛はなんだかんだで政治力ありそうだし、気も回りそうなんだよな・・・軍議にもしれっと紅茶出してたし・・・

大淀も良かったです。公式からは「スレンダーなお姉さん」という印象を受けるけど、今回の劇場版では完全に中学生体型。身長軽巡とそんなに変わらないし、頭身・肉のつき方・顔の丸さなんかも中学生のそれ。長門かだれかと並んだときにはそれがますます際立って、もうかわいくて辛抱たまらんかった。

他の艦娘も、TV版のようにやたらキャラが尖っていなくて良かった。ゲーム内のセリフも、無理なく混ぜ込まれていた。

あと艦娘同士の絆の描写もよかった。睦月如月関係はもう「睦月依存しすぎちゃう・・・?」と心配になるくらい痛々しかったけど、それが良かったし、

加賀も良かった。あのお互いを認めあっているものの素直にそれが言えない距離感な。この関係性がフレッシュでよかった。艦これベタベタ百合だけじゃないんや。

ほかには大和が座るとき描写、あれがなんだか面白かったな。普通体操座りするときって、いったん見苦しい動作が入るんだよね。手を後ろについて支えたり、急にドスンと腰を下ろしたり。でも、大和が座るときはそれがなかった。重心が一定したまま、スッと座る。あり得ない挙動だけど、美しい。あの描き方はアニメではよくある手法なのだろうか?それとも、女の子が完全に理想化された「艦これ」だからここまで徹底したのか?なんにせよ、ちょっとしたこだわりが感じられて嬉しかった。




・流血表現が良かった。

そう。今回の映画、流血表現あったんですよ。流血。艦これで流血。なかなか思い切ったなあと。いや、ストーリーもっと思い切ったことしてるんですけどね。

最初鳥海が流血したのを見て「あ、血出るんだ」と軽くショックを受けたけど、彼女を皮切りにそれ以降みんな続々流血。海の色もあいまって絵面の陰惨さがすごい。

でも、なんだか艦娘が血を流してると安心するな。「あ、彼女らも僕らと同じなんだ・・・」って。「赤い血=人間の証明」みたいなのってホントにあるんだなあ。

もちろん絵面に陰惨さを加えるための血も良かった。如月が「なんで消えないの・・・」って言いながら血が出るまで腕をこすってるとことかね。あと睦月深海棲艦に顔を掴まれて押し倒されるあたりも良かった。ここは血が出てたかどうか覚えてないけど。いや、ともかく今回リョナ心をくすぐるようなシーンがやたら良かったな。おびえ方がいいというか。




ストーリーの筋が一本通っていて良かった。

これが一番。TV版は何がしたいのかさっぱりわからなかった。「深海棲艦はなぜ存在するのか」「吹雪はなぜ特別なのか」といった謎も投げっぱなしだったし。

しかし、今回の劇場版は、そうしたいくつかの謎をできるだけ解消するという筋が一本通っていたぶん、非常にわかやすく楽しめた。

艦娘が戦う理由」みたいなのも良かったよね。護りたいもの云々と大層なことを言っていたけど、結局一緒に戦ってる仲間のためっていう。このへんがちょっとリアルに感じられて。マブラヴかなんかに「前線で戦ってる兵士たちは、国のためとか大義のためじゃなく、結局仲間のために戦っている」みたいな話があったけど(うろ覚え)、そういう感じで。

轟沈艦を出さないことが将来の勝利につながる」という設定も良かった。将来への希望が見えたし、この戦いにも「将来に繋がる重要な緒戦」という意味が見いだせた。これだけの戦闘轟沈が出ない理由にもなったし。

深海棲艦まわりの設定について、一部では「公式世界観名言しちゃっていいの!?」なんて騒がれてるみたいだけど、公式っつってもメディアミックスの一環だし、まあほとんど二次創作と扱いは変わらないでしょう。

気合の入った二次創作アニメを、1800円で、総集編同人誌より安いくらいの値段で、楽しむことができる。これだけでもだいぶすごいことだと思うけど。

上のような楽しみ方ができるのは、TVアニメ版がひどすぎたおかげなんですけどね。ちょっと卑屈になりすぎてる気もする。



悪かった点

深海棲艦に迫力がない

う~ん、「深海棲艦は轟沈した艦娘の成れの果て」という設定上、深海棲艦が親しみやすい絵になるのはしょうがないのかもしれないけど、にしても弱々しい。

単体ではかよわそうだし、かといって物量もないし、いまいち脅威に感じられなかったな。結局「僻地の小競り合い」って感じに見える。ゲーム内でも史実でも、そんな生易しいものではなかったはずなんだけど・・・




それくらいか。案外思いつかなかった。あとは下の疑問点が残ったことくらいですかね。



疑問点

・結局深海棲艦まわりの設定ってどうなってるの?

深海棲艦は轟沈した艦娘からまれ艦娘轟沈した深海棲艦からまれる」「深海棲艦は元いた場所に帰りたいと思い進軍を続けている」というのはわかった。

でも大元の「なぜ深海棲艦は発生したのか」というところがおぼろげにしかからなかった。いや、わかったつもりでいたんだけど、誰も言及してないかだんだん不安になってきた。

ので、ここからほとんど憶測になる。




おそらく、今回の艦これでは、深海棲艦が発生した理由は、

大戦で沈んだ艦が、自らの存在を人々から忘れられないために、自身の闇の感情記憶である深海棲艦を作り出し、光の感情記憶である艦娘と戦わせているから」というものなのだろう。

言うならば、この戦いはすべて、実艦が生み出した狂言だったのだ。

深海棲艦と艦娘無限輪廻を繰り返し戦い続けることで、人間軍艦の恐怖/輝かしさを覚えてもらう、思い出してもらう。

その際パワーバランスが偏って戦争が終わってしまわないように、艦娘たちは実艦と同じ場所で沈む運命にある。

しかし、その「運命」システムを崩す鍵となったのが吹雪であった。

・・・う~ん、これがぼくの深読みでなければ、ずいぶんエグい設定だなあ。

でも、めちゃくちゃ面白い設定だ。ゲームとも符合する。艦娘美少女である理由もわかるし、深海棲艦は艦娘しか倒せない理由もわかるし・・・

この設定を、ファン層が広い「艦これ」の、全国公開劇場版に持ってきた度胸。これが一番劇場版艦これのすごいところだと思う。

これだけでアニメ1クールくらい作れそう。それをなぜTVアニメ艦これ・・・なぜ・・・




でも、そうすると、


・「提督」とはいったい何者なのか?

艦が自身を覚えていて貰うために狂言とも言える戦争を創り出しているのだったら、

人間深海棲艦に被害を受け、艦娘応援するだけで役割にそぐうはず。

それなのに、わざわざ人間に「提督」というポストを用意してやるのは、いったいなぜなんだろう?

それとも、「提督」は人間ではない・・・

そうすると、具体的な見当はつかないな・・・吹雪を重用するところから、この戦争を終わらせる意思をもったものらしいということはわかるけど・・・

なんとなくTYPE-MOONでいうところの「霊長」とか「アラヤ」みたいなもの想像してしまうな。さすがにこれは妄想だけど。



吹雪はなぜ「希望」なの?

これが一番よくわからんかった。

闇の感情記憶と分離してるから・・・みたいな説明がなされてたような覚えがあるけど、それで他の艦娘と何が変わるのか?

TV版の最終話のような、「運命を変える鍵」になりえる理由がそれなのか?

最後精神世界描写は、結局吹雪が実艦吹雪の闇の記憶を消し去ったということなのだろうか?

う~ん。納得するにはちょっと理由が弱いような・・・





なんだか最後の方はほとんど妄想になってしまったけど、感想としては以上です。

いや~、いいメディアミックスでした。久々に艦これにワクワクさせられた。




追記:タイトル修正いたしました。

カテゴリーをつけるつもりだったのですがうまくいかなかったので結局削除しました(かわいい

配信サイトにおける女性比率

全てにおいてすごく個人的な印象なんだけどニコニコ動画とかニコ生視聴者

アニメイトみたいにだんだん女性比率がかなり増えてる気がする。

なんというか両方とも運営コンテンツ的にも露骨にそう感じるようになってきたなぁと。

なのでぼくはtwitchを見ます

openrecは知りません。

2016-11-28

ぼくの考えたさいきょうの東京オリンピック開会式


最近お気に入り妄想がある。


自分東京オリンピック開会式総合演出になったらという妄想である


これはかなりの麻薬テーマだ。

「もしも学校テロリストが進入したら」をはるかに超える中毒性がある。

仕事にも支障が出てきて、今日もお客さんを怒らせてしまった。

上司には「オリンピック開会式を考えていてミスした」などとはとても言えない。


この妄想に一区切りをつけるために、ここにその一端を葬ることにする。


テーマ

「mythological island of near future」


ストーリー

最初適当日本書紀っぽいことをやり、なんかわらわらいっぱいすごい人たちが出てきて、なんかやるぞ、って感じでテンションぶち上げて終わる。


~冒頭~

暗闇。静かな波の音。どおん、という爆発音振動音。

スタジアムの各方向から登場する静かに登場する日本車スポットがあたる。

トヨタホンダニッサンとか5台くらい)

自動運転によって、スタジアム中央へ集まってゆく。

菊紋のような形で静止。割れる地面。

そこから湧き上がるように音楽坂本龍一作のなんか荘厳かつアンビエントテーマ

今度は四方から人々がスローモーションで出てくる(須藤元気グループによる指導

スーツメガネステレオタイプ日本人男女。

効果音とともにすこしずつ崩れ落ち倒れてゆく。

みな崩れ落ちたなかで、二人だけがぼろぼろになりながら重々しげに走る。

一方は渡辺謙

一方は……菊地凜子か小雪芦田愛菜照英

離れ離れだったふたり中央で手をとりあう。

瞬間。ばあっと光りがあふれる。


第一部国づくりパート

明転するとボアダムス100人くらいのドラムとかギターがいて、一斉に演奏

倒れていた人間たちが立ち上がり服を脱ぐとすごい鮮やかな服(高田賢三による)

スピりまくってるニューエイジっぽい音楽。気が狂ったように踊る。

だんだん静かになる。enraみたいなグループがあらわれて地面にきれいな絵を描く。世界地図

そこからブラジル閉会式っぽいライトセーバー持ったモードぽい集団登場(衣装イッセイミヤケ

ヤスタカ音楽ayabambi振り付けデジタル国家建国するぜ的な感じ。

ついでにperfumeも出しておく。だんだんオブジェができてくる。盛り上がる。


~第二部祇園パート

なんかファッショナブル和服集団もでてくる。ええじゃないか音頭

punpeeによる坂本九スキヤキリミックス鼓童多幸感

ここで各方面配慮してAKBジャニーズオスカー吉本などの芸能人をガヤとして起用。

にぎやかに神輿とか出す。

途中から雷鳴。あわてる人々。妖怪の出現。ピカチュウとかキャラクター

合戦スタイルマスゲーム

ベイビーメタルとかニンジャとか鬼が島的なやつら登場。

ワンピース歌舞伎照英やりなげ。マッスルミュージカル鼓童スシテンプラフジサン


もうめんどくさくなってきたので続きはまた気が向いたら。

2016-11-27

子供を産みたいかどうかがわからない

26歳女、独身

結婚適齢期ということもあり、女友達に会うと絶対にそういった話になる。


でも、私は自分子供を産みたいのかどうかが分からない。

今まで子供のころから「お母さんになりたい」と思ったことは一度もなかった。

子供は嫌いじゃないけど、なんか特別に家庭を築きたいとか自分の子孫がほしいとか思わないんだ。

から別に結婚願望もそんなにない。


が、女友達はそんな私に

「歳をもっと取ったとき子供が居ないと寂しいよ!」

だんだん自分のことでは喜べなくなって充実しなくなるよ!子供の成長っていう喜びがないと悲しいよ!!」

「老後はどうするの??」

とか言ってくる。


私はそれにどう返答したらいいんだろう。


子供をもし産んだら、今見たいに自由気ままな生活は当然おくれなくなる。

たくさんあるやりたいことも、諦めなきゃいけなくなる。

しかも、必ず健常児が産まれるとは限らない。

けど、子供を必ず、育てあげる・幸せにするっていう、そういった覚悟がないと私は子供なんて産めないよ。

そういった覚悟がないから産みたいと思わないんだよ。


でも女友達には、「そんな子供作る前から障碍児が生まれるかもなんて考えたら、本当に障碍児を育ててる人に失礼だよ」とまで言われた。

別にそんなつもりはないんだけど、そうなっちゃうのかな。

障碍児だって1人の命だから、見捨てることはできないし、でも面倒を見るとなると自分人生を棒にふることになる可能性があるって、みんなは考えたことはないんだろうか。


人間って難しいな。こうやって「一般的なレール」の通りに生きるのが当たり前、って思っている人と話すと、まるで宇宙人と会話をしている気分になる。

そして、無条件に子供がほしいって思えず、いろいろなデメリットを考えてしまう私は欠陥人間なのかもしれない。


なんか疲れた




【追記】

ブコメトラバ色々いただけて嬉しい。

様々な意見が聞けるので増田に書いてよかった。


私の周りは育ちが良くてそこそこモテるしか居なくて、

「いつかは結婚をして子供を産むのは当たり前。

からそれ相応の人とお付き合いしなきゃダメよ。女にはリミットがあるんだから。」

みたいな感じで全然話が通じなくて疲れ果ててた。

その人たちの言ってることは間違ってはないけど、それを「当たり前」として押し付けられると嫌になる。



それよりも、たくさんあるやりたいこと
のほうが知りたい。

ちょっと特殊だけど昔からの夢だった仕事を今していて、主にそれで実現したいことが多いかな。

その中には子育てをしながらできるものもあるし、できないものもある。

けど、「子育てをしながらできる」ものも、パートナーの協力がなければ叶わないことなんだよね。

そう考えると、「子育てを協力して行うことが出来そうな人」と結婚しなければいけない、って考えてしまって、そこまでして子供欲しいのかな、って振り出しに戻ってしまう。



この人との間に子供が欲しいという超然としたエゴイズムで生まれた子が一番幸せではないか個人的には。

私もこれには同感する。

上で書いた話と関係するんだけど、もし仮に子供を産むんだとしたら変に「いい父親になりそう」「経済的に安定しそう」とかじゃなくて、もっと素直な気持ち家族になるのが理想ではある。

結局それは理想論で、難しいことなんだけど。



サービス残業になってしまうケース

サービス残業になってしまうケース(例)

1. 成果物について、指示した人と作業する人で認識が異なる

2. 1.が理由のため、指示した人が作業する人にやり直しを命じる

3. スケジュール基本的に定時で終われることを前提で引かれている。

 2.のやり直しを命じられた段階で、スケジュールは詰まっており余裕はない

4. 作業した人の工数も残ってない

5. 期限は守れ、工数も使うな と言われる

6. 作業する人は打てる手がなくなって持ち帰りなどのサービス残業をせざるを得なくなる

予防策と現実問題について

1. 成果物について、指示した人と作業する人で認識が異なる

→(予防策)作業する前に打合せや確認が不十分。認識のすり合わせをする機会を設ける。

 (問題)そもそもその「擦り合わせ」を嫌がる(時間が取られることを嫌がる、説明を嫌がる など)人がいる

2. 1.が理由のため、指示した人が作業する人にやり直しを命じる

→(予防策)指示した人から成果物クオリティ優先順位をあらかじめ確認しておく

     (急ぎでほしい、ざっくりでいい、丁寧にやってほしい、など)

 (問題)「自分で考えろ」「そんなこともわからないのか」と突き放す人がいる

3. スケジュール基本的に定時で終われることを前提で引かれている。

 2.のやり直しを命じられた段階で、スケジュールは詰まっており余裕はない

→(予防策)5割、8割ほどできた時点で、指示した人に確認を依頼する。

 (問題)1.と同様、確認を嫌がる人がいる。「効率が悪いので100%になってから持ってこい」という人も。

4. 作業した人の工数も残ってない

→(予防策)100%工数を使い切らない。80~90%の工数100%の完成度を目指す

(問題)個人レベル作業効率化、無駄のそぎ落としが必須

5. 期限は守れ、工数も使うな と言われる

6. 作業する人は打てる手がなくなって持ち帰りなどのサービス残業をせざるを得なくなる

→(予防策)上司さらにはその上への相談ラインを確保しておく(期限を守るには残業しなければならない、工数がかかる、何を優先させるか?)

 (問題)上司さらにはその上が超多忙相談時間が取れないことも。

それでも自分精神を守らなければいけない。メールなどの手段で何とか相談


(予防策)で記載した対策を取るたびに、(問題)で上げられる対応を取られたりして

だんだん八方ふさがりになり、サービス残業を余儀なくされるケースが多々あった。

今後のことを考えて、無茶な要求をする人、予防策について向き合ってくれない人とどう対応していけばよいのか、悩んでいる。

2016-11-25

それを夢小説かどうか決めるのは作者だ

と、わたし(筆者)は思う。腐女子こそ夢小説を書くべき論とかを読んで、うだうだ考えたことと提案

わたしの夢傾向のせいで、おおむね夢小説のことになるけれど、ある程度夢創作全体に通じると思っている。そして、だれにも押しつけるつもりはない。

わたしの夢傾向

女。

創作愛好歴はおよそ10年で、ブランクはない。「灰男」からとでも言えば、わかる人にはわかるだろう。

よく読む(積極的に探す)のは好きな原作二次創作夢小説。でも、おもしろいと思えば、なんでも読む。主人公個性がマシマシだろうがナシナシだろうが、性別が同性だろうが異性だろうが、恋愛があろうがなかろうが、その相手主人公と異性だろうが同性だろうが、ヒトであろうがなかろうが、ものだろうがなんだろうが、おもしろければ読む。じゃあ、どんな夢小説おもしろいのかとかいう話しにはキリがないので、割愛させてもらう。

「よく読む」と表現はしたけれど、書きもする。むしろ書くのがメイン。

で、わたしには一つ譲れないところがあって、自己投影する。作者がどういう意図をもって主人公を設定したか知らないけれど、その夢小説を読んでいるとき、その主人公は、わたし自身だ。

夢小説における自己投影

自己投影とは - 日本語表現辞典 Weblio辞書にはこう書いてある。

(2)目にした状況や呈示された刺激などを理解したり解釈したりする際に、その時の自分心理状態人格特性などが反映されること。「自己投影」は俗に、フィクション内のキャラクターなどを自分と同一視し、キャラクター自分に重ねることを指して用いられることもある。

そのうち後者フィクション内のキャラクターなどを自分と同一視し、キャラクター自分に重ねること)が、夢小説における自己投影だと思う。少なくともわたしにとってはそうだ。

わたしの夢傾向」を読めばわかるだろうけど、主人公自体にこだわりがあるわけではない。わたしは、おもしろければ読む。かれ(かのじょ)が、生き残った魔法使いだろうが、高校生探偵だろうが、半妖だろうが、天使の生まれ変わりだろうが、悪魔に呪われたエクソシストだろうが、マフィアの十代目だろうが、自分自身の子どもだろうが、あらゆる天賦の才能を無効化する天才だろうが、宇宙人侵略された地球でなんでも屋を営んでいようが、超次元サッカーを嗜んでいようが、メロンパンが好きな紅蓮の異能者だろうが、宇宙適応した新人類だろうが、幻のシックスマンだろうが、個性を掴みとった無個性だろうが、異世界侵略から地球を守っている戦士だろうが、壁の中の人類を追い詰める巨人だろうが、六つ子の六分の一だろうが、あるいはCV田村ゆかりでも、桃色の髪でも、透明な肌でも、眼鏡でも、ショートヘアでも、オッドアイでも、幼稚園児でも、おばあちゃんでも、壁でも、掃除機でも、薄汚い中年でも、ノンケでもレズビアンでもゲイでも、もうなんでもかんでも、それはわたしだ。夢小説を読んでいるときわたしはその突拍子もなくかけ離れた、ありえない、あるいはありきたりの、場合によっては自分そっくりの、そのものになる。

ところで、これがだれしもに当てはまるとは、思っていない。自己投影にはレベルがあると、わたしは考えている。レベル表現たからには高低があるが、そこに優劣を見ているわけでないことは言っておく。

ガバガバ。とくにレベル2と3。レベル0と1と4については、説明不要だと思う。

「無個性」について。文字どおり「個性」が「無」いことだ。その個性について、個性とは - Wiktionary日本語版(日本語カテゴリ) Weblio辞書には、以下のように書いてある。

ある個人を特徴づけている性質性格。その人固有の特性パーソナリティー。 「強烈な-をもった作品」 「 -を発揮する」

夢小説においては、主人公に「(自分と)同じ性別」「同じ種(つまりヒトである)」だけが設定されていることだと思う。それに加えて「同じ性愛の向き(同性愛異性愛か)」「同じ好きなひと(主人公とのかけ算の相手)」が設定されていることもあるだろう。その程度だ。ここまでが、レベル2の「無個性」の範囲だと思う。

レベル3の「ある程度の個性」は、単純なものではない。ここでは「なんでもかんでもは無理」としか説明できないことだと思う。レベル2の無個性に少しだけなら、いやいやヒトならいいよ、擬人化された人外なら、異性でも同性愛者ならいいよ、有機物ならいいよ、基本はヒトがいいけど単眼ならいいよ……などといった具合に。

夢小説の読み方

で、「自己投影」についていろいろ言ったばかりだけど、ぶっちゃけ自己投影しなくてもいい。読み方は自由だ。

二次創作に関して言えば「オリ二次」の一つとして読む人もいるだろう。実際、夢小説主人公は、原作存在しない「オリジナルキャラクター」といえることが多い。

二次創作的なものにばかり言及することになるが、原作に明記されていないことを、「こうに違いない」「こうだといいな」と考えたり、あるいは原作の設定を無視して「こうさせてみた」としたりすることがあると思う。あれも、ある種の読み方といえると思う。わたし二次創作夢小説を、そういう原作の読み方から書いている。こんな(夢小説の)主人公がいたら、原作のあのキャラクターはああするだろう、こうしたらあそこはああなって……とか。

どれもこれも読み方だ。わたしたちはおそらく考えながら読んでいる。そして、考えることは自由だ。だから、どう読むかも、また自由だ。

夢小説の書き方

わたしは、よく二次創作夢小説を書く。そして、この日記でいう自己投影レベルは4で、読者としては主人公自己投影する。

当然(ではないかもしれないけれど)、わたしの書く夢小説には、わたしの嗜好が大きく表れる。「おもしろさ」の基準を満たそうとするだろうし、自分の書くものから、ある程度は満たしていると思う。で、嗜好が大きく表れるので、主人公異性愛者の女性かもしれないけれど、おばあちゃんかもしれないし、ゲイかもしれない。ヒトとも限らない。ボールに入るモンスターかもしれないし、壁の外の巨人かもしれないし、魔神族の王かもしれないし、好きなCPが愛を営むベッドのシーツかもしれないし、だれそれがだれそれをドンする壁かもしれない。

でまあ、書くのも自由だ。ある程度は。書くということは表現で、表現することは、ある程度は自由だ(公共の福祉に反しないかぎりとか、憲法かなにかで言っていたと思う)。二次創作について言うと、著作権どうこうの話しになってしまって、これまたキリのない話しで、わたしには専門的な知識がないので割愛させてもらう。今のところ「非親告罪なので原作者が罪をつきつけないかぎりOK」というスタンスで、つまり原作側になんやかんや言われたら速やかに従いますよってくらい。しか言えない。これはマジで

実質夢小説

ここには夢小説に通じる内容があるよねってやつ。だと思ってる。

大阪国際的スタジオテーマパークの、魔法使いになれるところ。原作、大好きです。原作主人公が通う学校の生徒になれたらな、入学許可証がきたらなって思った。そして、なんと、大阪のその遊園地に行けば、杖が買えるという(行きたい! 買いたい!)。わたし()気持ちを書いたし、魔法使いになれたらなとも思った。んでもって、わりと世のなかには、あの小説映画や、あるいは遊園地で、わたしと同じようなことを考えたひとがいるんじゃないかと思う。遊園地では魔法使いになった気持ちを味わったひともいると思う。

次いこう。実は東京にはない夢の国。あそこで(遊んでいる間だけでも)夢の国の民だったひとも、やっぱりいると思う。あそこのキャストスタッフ)の神対応が、たびたび話題になっているから。

というかだね、幼いころに、日曜朝のヒーローになりたい、ヒーローに守られたい、あるいは戦うヒロインになりたい、楽器から魔法の道具を生み出したいとかって、考えたひとも、やっぱりいると思う。「あんなこといいな できたらいいな あんなこと こんなこと いっぱい あるけど」(だっけ?)とか、二十ウン世紀からきたロボットに会いたいとか。

ボールモンスターを捕まえるゲームが、リアルマップ対応したよね。わたしたちはスマートフォンさえ持っていれば、GOした先で、疑似的ではあるけれど、まるで本当のトレーナーのように、モンスターをゲットできるようになった。

こういうのは夢小説に通じる考え方だ。二次創作の話しになるけれど、先述の「オリ二次」にも、同様に夢小説に通じるものがあると言える。あのCPの営みを空気になって見ていたいとかもだね。そして、それが形になったものを見たとき、そこに「夢小説」のラベルがなければ、「実質夢小説」として見る。

商業小説にも、「わたし視点の、あるいは明らかに作者(のペンネーム)と同じ名前主人公がいたりする。(それだけとは限らないけれど)そういうところから夢小説のにおいをかぎとったとき、やっぱり実質夢小説として見る。

それを夢小説かどうか決めるのは作者だ

書いてるうちにだんだんと疲れてきて、かなり文章が雑に、より滅茶苦茶になってきていることを、わたし自覚している。本当に。

それを夢小説かどうか決めるのは作者だ。言いたいのは、これだけだ。題名にもしたけれど。

夢小説っていうのは、すごくガバガバだと思う。自己投影したりしなかったり、名前を変換したりしなかったり。夢小説は、ある種の表現技法で、考え方だと思う。そこには、かなり「主観」の要素がある。

まず、作者が、それを「夢小説」にする。ここには作者の嗜好が、存分に表れていたりいなかったりする。それが発信されると、だれかの目にとまることがある。このだれかが「読者」だ。この読者にも嗜好があって、もしかしたら、かれ(かのじょ)はそれを「夢小説」と思えなかったかもしれない(これのどこが夢小説だ! オリ二次でやってろ! モブ創作でやってろ! 云々)。そのときは、そう思うにとどめて、「これはわたしには合わなかった」「このひとの作品は読まないようにしよう」などと、読者が避ければよいだけの話しだと思う。読者が「おまえのは夢小説じゃないか夢小説のラベルを剥がせ」などと作者に強要することではないと思う。一人の作者として、わたしは、そう強要されるのは嫌だ。読者に読者の「夢小説」観があるように、作者にも作者の「夢小説」観がある。

これは、なにも「夢小説」だけの特別なことではなくて、いろいろなことに言えると思う。わたしは、実質夢小説だと思いながら、言いながら、けれどそこから「実質」を剥がしはしない。つまり強要はしないし、直接作者に提案することも、しない。わたしは、されたら嫌だから。考えてもみようよ。男二人の友情を、あるいは女二人の友情を、はたまた男女の友情を書いていたのに、「これ恋愛BL)(GL)ですよね。友情ものを名のるのやめてくれません?」なんて言われたら、どんな気持ちになる?

とくに、「わたし不快から夢小説の)ラベルを剥がせ」とかい強要提案)はやめたほうがよい。これにはキリがない。万人に受け入れられるものは、ない。Twitterにロバの絵の四つの比較みたいなのがあったと思うんだけど、まあ、あんな感じで。不快から剥がせという強要がまかり通るようになってしまうと、気づいたときには、あなた独りだけが夢小説を書いている……なんてことになりかねない。

つかれた。